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沖縄県那覇基地より飛び立った海上自衛隊第5航空群第5航空隊所属P-3C。
P-3Cは、ロッキード・マーティン社製P-3の対潜哨戒能力を向上させた機体だ。日本はこの機体をライセンス生産している。
もともと民間仕様の旅客機をベースにしたこの機体。その汎用性の高さから、初飛行後50年以上経った現在でも、日本の海を守っている機体である。
P-3Cは現在、沖縄県那覇空港から西へ進路を進めている。
その任務は言うに及ばず尖閣諸島周辺の警戒と監視だ。
先立って飛び立った僚機は中国軍のJ―15と思わしき機体にニアミス寸前の接近行為をされたという。
「えっ? J―15だって? あれって、確か中国のポンコツ空母で離発着訓練やってた開発途中の艦上機だろ。確か、ロシアのSu―33のパチモンとかいう」
「はい。あの機体が飛んできたということは、中国も、遼寧をまがりなりにも運用しているということですよね」
「本当かぁ~? 本土から飛んできたんじゃないのか?」
「いえ、方角的には現在確認できている方向からだという事でしたよ」
「ふ~む……しかしあんな空母、使いものになるのか? 確か空母開発のための練習艦じゃないか、とか、そういう話だろ」
「さぁ? どうなんですかね。でも、どっちにしたってあんなのにストーカーされるのは正直御免被りたいですよ」
「まぁ、そいつは言えるな」
P-3Cの中で、機長と副機長がそんな話をしたり。
実際のところこの機長達の言う通りである。
かの『遼寧』という空母。元は旧ソ連、現ロシア連邦で建造されたスキージャンプ式正規空母『ワリャーグ』を修理改修したものだ。
じつのところこの空母も、相当如何わしい経緯で中国に渡っている。
元々この空母は、ソ連解体後のウクライナ共和国でスクラップになる予定だったものを、マカオの観光会社がカジノにするという事で購入。そして中国まで回航したのだが、実はこの観光会社の社長が、元中国海軍の軍人で、この観光会社も事実上のペーパーカンパニーだった。
結局、ウクライナをだまくらかしてこの空母を購入し、修理改修した船が遼寧という空母である。
しかしながら、確かに艦上機60機ほどは積める正規空母ではあるのだが、この空母、空母運用の経験がないロシアが作り、ロシア自身も欠陥空母として放置していたに近い代物なのである。
というのも、この空母は、正規空母といいながらスキージャンプ式の甲板なのだ。
本来、スキージャンプ式甲板は、短距離発艦が得意な機体を運用するために考えだされたもので、元来軽空母や強襲揚陸艦によく見られる構造のものである。
なので、大型機を乗せて、海上の航空基地として稼働させる正規空母には向かない甲板方式なのだ。
なぜに米国の原子力空母に発艦用カタパルトが装備されているのかというと、早い話がE-2Cのようなターボプロップ型(プロペラ型)の機体や、フル爆装した攻撃機といった重量級の航空機を発艦させるためである……言うに及ばず、そんな機体は、空母のような短い滑走路でノーマルに発艦などできないので、カタパルトで勢いよく打ち出してやる必要がある。
スキージャンプ式は、スキージャンプのように上方向へ滑走させることで、揚力を大きく取り発艦しやすくするための構造なのだが、いくら揚力を大きく取るためとはいえ、この方式だと大型航空機は軽装でなければ安定して発艦できない。
飛べないとは言わないまでも、パイロットにかかる負担はかなりのものである。飛べるか飛べないかわからない寸づまりな滑走路を上に向かって飛ぶのだ。下手すると揚力を大きく取る以前に、上へ向かって飛び出した瞬間、失速する可能性もある。
いくら頑張っても、フル爆装のマルチロール機や哨戒機などの発艦には向かないのである。
つまるところ、どんだけ頑張っても軽装備の航空機しかまともに積めない空母と言っても良い。
しかもJ―15のような大型マルチロール機をフル爆装で飛ばすなんてのは、普通に考えて無理がある。
軽空母ならいざしらず、正規空母でフル爆装機体や、哨戒機のような大型機を積めないなどというのは、はっきりいって正規空母としての意味が無い。
なので、軍事関係者の間では、この遼寧という空母は、中国の今後の外洋艦隊創設のために建造しようと企んでいる正規空母に対応するための練習艦ではないかという見方がされている。
……と、そんな感じで周囲を警戒しつつ、緊張を和らげるために、そんな雑談などしながら目的地付近に接近するP-3C。
機体を右方向に傾斜させ、旋回する。
窓からは左手に魚釣島。右手に久場島が見える……
望遠鏡片手に窓から領海を航行する船舶を記録する搭乗員。
こういう作業は目視が一番大事で、意外に地味な作業なのだ。
ベテラン隊員なら、船の形式をすべて頭に叩き込んでいるという。なので見ただけでどういう目的の船か判別が可能だという。
しかし……今現在の状況では、そんなベテランの知識など必要ない。
一見しただけで誰でもわかる緊張した情況……
海保の船と、海警の船が、まるでラグビーでもやっているかのように互いの進路を妨害しあう構図。しかも海警の船が圧倒的に多い。
「これは……海保さん……大変だぞ……」
思わずそう漏らしてしまう搭乗員。
船の数を勘定する記録係……圧倒的に海警の数が多いのは、数えるまでもなくわかる。
「よし、もう少し魚釣島の方へ寄ろう」
「了解。しかし、あまり食い込むと、中国の自称『防空識別圏』とかへ深くへ入り込みますよ」
「かまうか、ここは我が国の領土だ。あいつらの寝言なんざ知った事か……とはいえ、警戒は怠るなよ。いざとなればいつでもトンズラできるようにしておけ」
「了解」
P-3C搭乗員は、高度を下げてデジカメで船を一隻一隻撮影し、船種を確認していく。
デジカメは何か特別なものではない。市販の高性能一眼レフカメラだ。このカメラで撮影し、拡大機能を使えば容易に船種を確認できる寸法である。
中国海警の船。政府所属の監視艇という名目だが、そんなものではない。
これら中国の警備船舶は、いってみれば旧式の巡洋艦や駆逐艦の武装を減らして白く塗っているだけである。所謂なんちゃって監視船なのだ。
「……」
彼らは、今のところ自衛隊としては手も足も出せない状況に苦虫を潰す。
現在、かの『治安出動』が下されたのは、特危自衛隊だけなのだ。
しかし一般の自衛官は、現状高度なS組織である特危自衛隊の存在をまだ知らない……
………………………………
東シナ海に向けて、海上を進む宇宙空母カグヤ。
空飛んで行けばいいじゃないかという話もあるが、そこはまだ特危隊員がこんな代物で空を飛んだ時の対応ができないため、そんな感じである。今後イゼイラ人らティエルクマスカクルーに色々教育訓練してもらい、対応していくことになるのだろう。
しかし、カグヤは海上航行と言っても別にスクリューで進んでいる訳ではない。後方下部に抱える大きな機関部に積んでいる、空間振動波機関で航行するため、見た目水上を進んでいるように見えるが、実際は空中を飛んでいるのと同じ状況なのだ。なので、正確に言えばカグヤは海の上を浮力で浮かんでいる訳ではない。
従って、その航行速度もこの大きさにしてとんでもなく速い。しかし、あまり高速に進んでしまうと、『炎の狐なMiG-31』の超低空飛行よろしく、ドッカンとその巨体に波柱巻き上げて進んでいくので、近所……もとい、沿岸地域迷惑である。なので、現在はとりあえず30ノット前後を維持して進んでいる。
「一佐。F-2HM1番機、尾崎一尉、『偵察』に出ました」
「よし……では俺も続いて飛ぶぞ」
「え? 旭光でですか? シエ嬢がいないと機動戦闘できないじゃないですか」
「何いってんだ、俺もF-2HMで出るんだよ。あいつは俺がヤル研で開発段階から関わってきた機体だ。俺以上に扱える奴はいないよ」
「何番機で出るんですか?」
「3番機を借りるわ。小川二尉にはそういうことでよろしく言っといてくれ」
「了解です。」
そういうと多川はPVMCGを操作して、その場でF-2HM専用のパイロットスーツ姿になる。
何とも簡単なものである。PVMCGという機械がどれだけすごい機械か、改めて思い知らされる。
「ああ、そうだ垂井二尉……」
「はい?」
「ヤル研にF-2HMの残り5機、仕上がり次第どんどん送ってくれって言っといてくれ」
「了解です」
ピっと軽く垂井に敬礼する多川。彼はヘルメットを被りながら、エレベータからせり上がってくるF-2HM三番機へと歩いていく。
機体を一様にぐるりとチェックして、タラップを登り、コクピットに身を沈める多川。何やら色々スイッチを入れて確認作業。
イゼイラ人クルーからVMCボードを見せられて、チェックに注意事項を確認する。
ここのところは自衛隊員相手なので自衛隊流、いや、地球流だ。
すると、ブリッジの方からタタタっと駆け寄ってくる、やたらと別嬪のWAC。
(ん? 誰だありゃ? えらい別嬪のWACだな……あんなWAC、特危にいたっけ?)
何者だと訝しがる表情の多川。
トトトっとタラップを駆け上ってくるWAC。コクピットにまるでハーフのような色白東洋人の顔をのぞかせる。
『タガワ』
「え!! お、お嬢か!?」
『ウム、キグルミデナ、今ハコノ格好ダ……フフ、気ニイッタ?』
「それはもう……ってか、お嬢がそれ使ったらそんな風になるのな……』
実は多川、キグルミの日本人バージョン・シエ嬢を見るのは初めてだった。
「……って、もう発進だけど、何か用か?」
『ン? イヤ……特ニ何モナイガ……相棒ガ一人デ出ルノダ。見送リタクモナル』
少し微笑を蓄えてそう話すシエ。
「はは、そうか、ありがとなお嬢。ま、心配いらないよ。そっちも頑張ってくれ……多分、今の状況じゃお嬢達『陸上科』の出番はまず間違いなさそうだしな」
『ソウネ、私モスンナリ事ガ運ブトハ思ッテイナイケド…』
シエも口を少し歪めて、背後を振り返る。
大きく長いブリッジ中央あたりのハッチで、イゼイラ人スタッフと何か話している大見が見えた。
……多川は最近シエの自分に対する口調に、少し「?」な感覚はあるが、彼は柏木ほど鈍感な男ではない。
『ケラー・タガワ! 時間です!』
イゼイラ人発艦スタッフが多川に声をかける。
多川はスタッフに、ピッと手を上げて応えると
「んじゃ、お嬢、行ってくるわ。お嬢も頑張ってな」
多川はシエの頬を2~3回軽くポンポンと叩くと、シエは頷き、ちょっと顔を赤らめてタラップを降りる。
彼女はスタッフにブリッジの方へ行くように促されて、駆け足で下がり、多川の乗ったF-2HMを眺める。
「シエさん、多川一佐とお話していたようですが、何か連絡事項でも?」
大見が近寄ってきてシエに話しかけるが、シエは腰を少し片方へ寄せ、腕を組み多川の機体を見つめたまま……
『イヤ、相棒ヲ励マシニナ。ソレダケダ』
少し微笑を蓄えるシエ。
「そうですか……フフ……」
『ン? ナニカ可笑シイカ?』
「いえ、こっちの事です。お気になさらずに」
柏木に、良い土産話ができそうだとほくそ笑む大見。
……イゼイラ人スタッフが多川の機体から少し離れると、大きなジェスチャーでバンザイするよなポーズをとる。
すると副兵装台座のトラクターフィールド発生器から、指向性の、空気が波打つような波動がF-2HMに照射され、機体はクンと上空へ持ち上げられる。
そして、カグヤ左舷方向の海上数十メートルぐらいまで持ち上げられ、機体を少し上向きにされて空中停止。
ランディングギアを収納するF-2HM。
前方に、何やら信号機のような大きなパネルが仮想造成される。
赤から黄色へ。黄色になると、多川はエンジンをフルスロットルにする。
甲高い金属音が唸るエンジン。その後、低音の燃焼音が轟音を轟かせる。
そして青へ……刹那、トラクターフィールドは、猛烈な加速でF-2HMを押し出し、矢の如く機体を彼方へと放つ。
「うっひゃぁ~……すごいな。こりゃ世界中の海軍が欲しがるぞ」
大見はその様子を見て思わず唸る。
しかしシエは大見の方を向き、ニッコリ笑ってコクコク頷くだけ。そして見る間に小さくなって飛んでいく多川の機体をジっと見つめる。
「気をつけて……」なんてセンチな事を思ったりするシエではない。彼女は太陽系外縁部でのドーラ機動戦で、多川の腕は充分知っている。
シエ曰く。巡航形態戦闘のみで初めてドーラとやりあって、あそこまで戦えるなんて大したものだと多川を賞賛していた。なので大丈夫なのはわかりきっている事だ。
そのシエの目線を横目で観察する大見は……まぁ、色々予想はしてみたが……彼女の考えている事なんて詮索するだけ無駄なので、それ以上はやめた……
………………………………
場所は戻り、尖閣諸島周域。
海上自衛隊P-3Cは可能な限りの情報を収集するため、島の周囲をぐるぐると大きく旋回するように飛行する。
現状では双方警察権の行使を前提にしているため、自衛隊では対応できない。
しかし、相手の海警は、警察とはいっても、事実上の軍隊だ。警察軍と言っても良い。そもそも中国にいわゆる民主主義国家にあるような『純然たる司法上の警察』なんてものは存在しない。みんな軍隊の片割れみたいなものだ。
「むぅ……なんだか数が増えていくな……」
「ええ、さっきもまた来ましたね。この小一時間で三隻増えています」
「このままじゃ海保さん、へばっちまうぞ……応援呼んでやらねーのかよ……」
「我々海自も、いつでも出港できるよう対応はしているようですが……」
すると、COM(通信担当)がエンジンの音に負けまいとするような大声で
「機長、本部から帰還命令が出ました!」
「あ? 帰還だって? 帰れってか? まだ時間はあるだろ。交代には早いぞ……って、交代にわざわざ本部がどうこう言ってくる訳ないか……どういうこった?」
すると副機長も……
「機長、あれ!……海保さんも撤退していますよ……」
「なんだって!?」
白い航跡を絡ませ合い、まるでラグビーか、カバディを船でやっているかのような構図だった魚釣島周域を守っていた海保の船が、すべて転舵して引き揚げ始めた。
「お……おいおい、どういうこった?……まさか諦めたのか?」
「政府の方で何かあったのでしょうか? 中国と話をつけたとか……」
「んなアホな……それで海保を引き上げさせたら二藤部政権が吹っ飛んじまうだろう」
するとCOMが二人の話に割り込むように……
「機長、やっぱり動きがあるみたいです」
「どうした?」
「おかしいと思って、今、民間放送を色々聞いてみたんですが……例の『宇宙空母』がこっちに向かっているそうですよ……」
「え! イゼさん達がか!?」
「はい……30ノット以上の速度で……」
「さ、30ノット以上って……あの巨体でか!……本部からはその件については?」
「いえ、何も……」
機長は唇を歪めて目線を左右に振り、訝しがる顔……
「……そう言えば……こないだの中国での会議……イゼさん達も出席してたんだっけな……」
機長が副機長に尋ねる。
「はい、そうですね。で、なんでもフェルさんがトンデモな役職な人だったって、ニュースからネットまで大騒ぎでしたからね……まぁ今回の騒動も、あの会議の内容に関係するんじゃないかって話ですけど」
「まぁそりゃそうだろうが……なるほどな……フフ……不謹慎だが、なんだか面白い展開になりそうだな……まぁいいや、しゃーないな。よし、引上げるぞ」
「了解」
P-3は機体を大きく旋回させて、東へ舵を切り、那覇を目指す。
中国の自称する『防空識別圏』へかなり入り込んでいたので、ほぼ真東へ進路をとる。
そういえば、この時点で一機もアメリカ軍機を見なかったが、それもおかしいなとふと機長も思うが、その疑問はあとで考えることにした……
……P-3Cは、久場島を右手にみてしばし飛行していると……
「機長、中国の戦闘機です!」
SS-3(レーダー担当)が叫ぶ。
「チッ、やっぱりか……方角は?」
「遼寧の進んで来る方角……ドンピシャですね。機数は……え……え? よ、4機?」
「なに? 4機だと?……あの機体、4機も運用してるのか!」
機内に緊張が走る。
なんせP-3Cなどの航空機は、戦闘機から見れば空をとぶバスのようなものだ。速度も速いわけではないし武器を何か積んでいるわけではない。
瞬く間にJ-15、4機はP-3Cを取り囲み、何やら機体を横に降ってジェスチャーをする。
そして国際バンドで通信を入れてきた。
『You're approching to China airdomein. Follow my guidance……警告。隆机器已经触犯了中华人民共和国的领空。并按照我们的指示……警告。貴機は中華人民共和国領空を侵犯している。我の指示に従え』
その言葉に「はぁぁ?」となるP-3C搭乗員。
「おいおいおいおい、自称とはいえ防空識別圏で領空侵犯だぁ? なんじゃそりゃ。あいつら防空識別圏と領空をゴッチャにしてるとは聞いていたが……」
尖閣諸島の件が悪化してからというもの、昨今の中国は『自国理解』の変な解釈の国際法を連発している。この『防空識別圏と領空のゴチャマゼ』もその一つだ。
『本物の』国際法では、本来、防空識別圏とは、自国に近づく航空機が何者かを確認する範囲というだけの話であって、領空と認識するようなものではない。しかし中国はこれを海上で言うEEZかなにかと混同しているのである。
「って、仮に向こうさん的にそうだったとしても、まずは退去勧告でしょ」
「チッ……海保が引き上げた件といい、俺達に帰還しろと言うことといい、こりゃ何か変だ。絶対おかしい」
「機長、そんなことよりもコッチも何か言い返さないと」
そういうとCOMが『警告。貴機は日本領空を侵犯している。そして正当な運行をする航空機の進路を妨害している。直ちに退去せよ』といった具合にJ-15へ警告を放つ。
警告文言の応酬である。
「チッ! 進路妨害かっ」
「どうも中国側に進路を戻そうとしているみたいですね」
「そうはいくか……って、那覇から上がってこないのか!?」
「いえ、まだ……」
「米軍機は!?」
「それも確認できません」
「どういうこった? クソっ」
普通ならこんな状態になったら速効で那覇の空自戦闘機がスクランブルしてスッ飛んでくるはずだ。
あまりに普通でない異常事態に搭乗員達は焦る。
すると今度は……
「機長、ロックオン警告!」
「何!」
領空侵犯機が言うことを聞かない場合、最終手段として2つの行動を取る。
その一つがロックオンして脅す方法だ。
現代航空戦で、ロックオンされることは、ほぼ間違いなく撃墜の危機にあるということである。いわゆるこんな非戦闘航空機であれば、撃墜されたも同然の情況だ。
そして2つ目が……
「うわっ! 中国機、威嚇発砲!」
「クソっ! マジで何考えてやがんだ!」
今、コクピットの横を曳光弾の一線が見えた。後方からぶっ放しているようである。
普通、警告射撃は機体の横へ並走して発射するものであるが、それを後方からぶっぱなすというのは危険極まる行為だ。
「どうしますか機長、この調子じゃ!」
「……」
「機長!」
機長はしばし沈黙すると……
「……こんな情況で中国領内へ強制着陸させられるわけにはいかん……今の状況じゃ進路変更もままならん……お前ら、覚悟しとけよ、いざとなったら海面へ不時着する……」
唾を飲み込み全員コクリと頷く。
と同時に全員救命ジャケットを着こみ、いつでも脱出できる体制をとる。
みんな脂汗を流し、中国機4機編隊に囲まれた情況で、無理から那覇へ進路を取る。
その行為に驚いたのか、右舷J-15は機体を急上昇させ、その場から離れた。
P-3C機長は、クイと機首を下げ、いつでも海上へ不時着できる高度まで機体を下げようと試みる。
右舷から下がったJ-15はブレーキをかけ、急減速をすると、P―3Cの後方へクンと付け、更にロックオンをかける。
(撃ってくるか!?)
機長は無理からにP-3Cを右へ左へ移動させ相手を躱そうと試みるが、いくらなんでも相手は戦闘機だ。しかも中国製のパチモン戦闘機とはいえ最新鋭だ。無駄な努力とは思いつつも、せめて不時着できる時間はなんとかして稼がないとと機長は考える……ここで撃ち落とされたら終わりだからだ。
……
…………
………………
「あれ?……ロックオン警告が消えたぞ?……」
「! どういうことでしょう?……」
機内の搭乗員は、全員窓から外を眺める。
機長は、これまた様子がおかしいと機体を現在の高度で維持させ、周囲を警戒しつつメチャクチャに動いた航路を元へ戻すために舵を切る。
すると、外の情況を観察していた副機長が……
「き、機長! あ、あれ!」
「!?? な、なんだぁ?」
両パイロットは絶句する。あまりに変なものを見たからだ。
その光景は、J-15、4機が、何かから逃げているような……そうとしか見えない航跡を放ち、右往左往している様子だった……
「な、何やってるんだ? 連中は……」
「あ、頭のアレな人が、見えないお化けから逃げてるみたいな……」
「お、おう……っと……とにかく今がチャンスだ。全速でこの空域を離れるぞ!」
「了解!」
………………
『一佐、海自さん引き上げていきます』
「ふぅ、なんとか間に合ったな……」
『はい、しっかし、遼寧から4機上がった時もびっくりしましたが、まさかあんな行動を取るとは……』
「ああ、正気の沙汰とは思えんが……ってか、あの事大主義者連中に俺達の常識が通用するとも思えんしな……」
『しっかし柏木さんも無茶言いますねぇ……海保を全隻下がらせて、尖閣を無防備にしろって……』
「ああ、おまけにあのP-3Cがあんな目にあってもスクランブルさせるなとか……ヒヤヒヤもんだぜ……って、その話は後だ。そろそろ追いかけっこも飽きてきたな」
『了解、奴さんにこの変態戦闘機のお披露目をしますか?』
「おう、んじゃ……あの正面の雲に突っ込んで、変身といくか」
『了解』
中国軍機J-15は、さっきからひっきりなしにロックオンアラートが鳴りまくりであった。
確かに、何かに追いかけられているような感じはするが、何も見えない。
中国軍機パイロットは焦りに焦りまくる。
「まさか、新型の長距離AAMか!」などと考えても見たり。
で、一旦ロックオンアラートが消えると、今度は別の僚機二機が右往左往して逃げまくる。
他の僚機が周囲を見渡すが、何も見えない。
レーダーにも反応が何もない。
一体なんなんだと思う中国機。
すると、大きく空に浮かぶ雲が、にわかにブワっと花を咲かせるように弾ける……
そして間を置かずに……中国軍J-15全機のレーダーに、ポっと光点が2つ浮かび上がった。
「何!」と思う中国パイロット達。
刹那、その雲の中から……異様なデザインの、そして見たことのある戦闘機がブワっと雲を突き抜け姿を現す。
『那是什么?!!』
そう、言わずと知れた特危自衛隊 航空宙間科所属、ヤル研渾身のオモ……試作機『F-2HM』だ。
『多川一佐、お披露目、しちゃいましたね』
「かまわねーよ尾崎、見てくれはF-2の改良型だ」
『これでですかぁ? どうみても『オラ戦闘機コンテスト』みたいな……』
「何の話だよ……よし、無駄話は終わりだ。『ビビらせ作戦』いくぞ」
『了解。左の二機は自分がおちょくります』
「任せた。俺は右をからかう、頼んだぜ」
多川はそういうと、かかってこいやとばかりにワザと後ろをがら空きにして飛行する。
その異様なデザインの魔改造されたようなF-2とも、F-16とも言えなくもないような機体に中国軍機は焦るが、その多川機にチャンスとばかりにケツを取ろうと試みる。
で、案の定ロックオンされる。
(一応治安出動令は出てるが……相手が攻撃してこないことにはコッチも手がだせんからな……)
ロックオンされたのに、多川は余裕である。
敵の追いかけっこに付き合うように、機体を上へ下へ、右へ左へと振り回す。
……中国軍パイロットは、かなりの極限状態にあった。
さっきから訳の分からないロックオンアラートに悩まされ、で、次にはどこからともなく現れた日本の新型戦闘機だ。
急にレーダーに姿を表し、そのF-16デザインのお化けみたいな姿を見せつけられる。
正直、理性がもう飛んでいた。
司令部からは、P-3Cを脅して日本の出方を見ろと命令されていた。
よしんば中国領内に強制着陸させることができれば後々の外交カードにも使えると。
そこまでならまだいいが、一番まずいのが……
「殺らなければ殺られるぞ、日本軍の専守防衛なんて嘘だ」
と洗脳教育を受けていたことだ。
天安門事件でもそうだった。
「学生達が暴れると、お前たちの家族も皆殺しに会うぞ」
そんな教育を受けた人民解放軍兵士が天安門事件を起こした。
これが中国軍の兵を戦わせる常套手段である。でないと、中国兵はいざピンチになったら堂々と敵前逃亡する兵が多いからだそうだ。
なので、兵に脅しをかけ、思想的に洗脳して戦わせる。
これが中国軍の兵の動かし方である。
ハァハァと息を荒くし、HUDを睨みつける中国パイロット。
そしてロックオンアラートの音色が甲高い音を音を鳴らす。
彼は無意識にトリガーへ指をかけた…………その瞬間!
「什么!?」
F-2HMが、ヒュンっと眼前から消え去る。
と同時に、思わず操縦桿に力が入り、空対空ミサイルの発射トリガーを引いてしまった。
空気を裂くような音を唸らせて飛ぶミサイル。
しかしミサイルは追尾する獲物が眼前からいなくなってしまったため、不安定な軌道を描き、彼方に消える。
その様子を見ていたバディのJ-15は、信じられないものを遠巻きに目撃してしまった。
僚機が完全にケツを抑えていた日本軍のF-16モドキが、突如、機体を水平にしてそのまま垂直に飛んだように見えたためだ。
「一体何が起こったんだ」と言わんばかりに、僚機へ通信を入れる。「敵は真後ろだ」と必死に叫ぶ。
言われた方は、今眼の前にいた敵機が真後ろにいるといわれても信じられるかとばかりに、顔を上へ向けてブンブンと頭を振り回す。
「尾崎! 奴ら撃ったな!? 撃ちましたな!? 撃ちましたよね!」
『はい! バッチリ撃ちやがりました! 見ましたよ! こっちの記録装置にもバッチリです!』
「おっしゃぁ~……八咫烏より天照へ、中国機のAAM発射確認。自衛行動に入る」
『コチラアマテラス。チャイナ機動兵器のみさいる反応確認しましタ。貴機主権判断におまかせしまス』
「了解ぃ。治安出動令に基づく自衛行為を行う。オーバー……さってっと……尾崎、リミッター解除行くぞ~……Vナントカ発動だ」
『はぁ? なんっすかそれ』
「るせぇ、気分の問題だ気分の……よぉ~し、高機動可変力場作動……レディ」
多川はとあるスイッチをいれると、スロットルレバー付近にVMCボードが生成される。
そして一気にスロットルを全開にして加速。
先ほど多川にミサイルをぶっぱなしたJ-15の眼前にわざと出てやる。
そしてぐんぐんと加速し、J-15からはっきりと見える距離まで間隔を開けると、彼はVMCボードのスライドバーに指をかけ、クンと右へスライドさせる。
すると……なんと、F-2HMは空中で加速しながらその場で180度半回転し、バックで飛ぶ。
そして機首を上げ、鎌首上げてバックするように飛行、刹那、アフターバーナーを吹かし、更に何か波動のようなものを後方へ放って、垂直にものすごいスピードで急上昇する。
更にその上昇中に、機体を90度カクンと回転させて水平に戻し、飛んできた方向とは全く逆の方へ、まるで慣性の法則を無視するかのような動きで……そして見た目、直角に動いているとしか思えない動きで再度J-15のケツを取りにかかる。
F-2HMの真髄、斥力発生モジュールと、高機動可変力場装置のなせる技だ。
……F-2HMは、目には見えない空力制御を行うシールドを発生させることができる。
このシールドは、機体の周囲に張られることで、まるでモーフィングを行うCGのように機体への、空気の流れを制御する。
従って、機体がどんな状態で空中を飛ぼうが、絶対的な揚力を常に確保して飛行することができ、更に斥力発生装置が宇宙船のスラスターのように空間を蹴り、飛行中の機体への姿勢制御を強引に行うことができるために、先のようなまるでハチドリの如き俊敏な姿勢制御を可能にする。
これがヤル研ご謹製のF-2HMといわれる実験機の真髄である。
この機体、旭光Ⅱのような言ってみればヤルバーンのハイクァーンで製造したものとは違い、地球の科学で理解できる範囲で、ティエルクマスカ技術を取り入れたものだ。
なので、ヤル研の技術者達も、自分達でイゼイラのオーバーテクノロジーを解析したという自負がある機体なのである……
「ぐぉあっ!……すげぇGだぜっ! こんなの、この特製パイロットスーツ着てなきゃ、一瞬で昇天だぞ!」
多川は中国機に見せつけるようにF-2HMしか成し得ない変態……いや、信じられない超高機動飛行を行う。
彼は、こいつなら白い悪魔にも勝てると一瞬だけ思ったりした……
そのえげつない飛行を見せつけられたJ-15、4機のパイロットは、唖然呆然……一瞬回避機動をすることさえ忘れてしまう。
多川に続いて僚機の尾崎も負けじと高機動可変力場と斥力発生装置を駆使してUFOのような動きを見せ、彼に食らいついてくる敵機を悠々と振り切る。
こうなれば中国軍機は、もうどんなにあがこうが、どんな知恵を振り絞ろうが、絶対に彼ら2機の後ろを取ることは不可能になってしまった。
ロックオンしたくても、もう多川と尾崎は調子に乗ってクンクンと鋭角的に上へ下へ右へ左へと動きまわるので、もう中国軍パイロットは何をどうしたらいいかわからなくなり、錯乱状態寸前になっていた。
J-15のコクピットで鳴りっぱなしになるロックオンアラート。
その、今や彼らには、悪霊の嗚咽にしか聞こえないその音を振り払おうと機体を振り回すが、どんな機動をやってもピーピーと耳障りな音を鳴らす。
パイロットは首を上下左右に振り、敵の位置を探ろうと試みる。
たまにチラと映るバックミラーのF-2HMと、レーダーにはまるで静止画像のごとくピッタリと自機の後方に張り付いてはなれないその機体。
彼らはもう100パーセント勝つことは不可能だと判断していた。いや、本能的に理解した……しかし日本人に負ける訳にはいかないというプライドが邪魔をして、狂っていく……
すると丁度タイミングよく国際バンドで通信が入る。
その言葉は
『警告。貴機は日本領空において不当な武力行使を行った……1分やる。とっと尻尾巻いてママんとこに帰んな! 1分経ってもまだいやがったら撃ち落とすぞコラァ!!』
少々乱暴ではあるが、多川はかような言葉を日本語と英語、中国語で行った。英語の方ではさしずめ語尾に『fucker!』という言葉でも付けたのだろう。
その言葉と同時に、機体後方から光の一閃がJー15の横をかすめる。
多川は威嚇射撃を行った。
その警告と閃光にハっとしたJ-15パイロットは、何とか我を取り戻す。
右横を見ると、F-2HMがピッタリと横に付けていた。
多川は、J15に、ピッと敬礼してガンを飛ばす。
そして向こうへ行けという感じで、人差し指を大きく、そして素早く横にふるジェスチャーをする。
すると、さすがに諦めが付いたのか、Jー15は、進路を大陸の方へ向けて去っていった。
しかし敬礼もしない……まぁ多川に『撃ち落とすぞコラァ』とまで言われては、連中も面子丸つぶれである。敬礼しないのがせめてもの意趣返しのつもりだろう。
(ん?……大陸の方へ向かった?……遼寧に帰還しないのか? 着艦が苦手なのか、燃料が続かないのか……)
『一佐』
「おう尾崎、ご苦労さん。お前もなかなかやるねぇ」
『いやいや、やはりヤル研技本のマッド……ゴホンゴホン……優秀極まる技術者の成果ですよ。コイツをもっと量産して調達できたらなぁ』
『おいおい、コレ量産するぐらいなら旭光を量産した方がいいだろ』
「旭光はダメです。飛行機のロマンがありません。ありゃUFOロボじゃないですか……やっぱ戦闘機は航空力学で飛んでこそです」
「UFOロボって……お前も古いねぇ……しかしな、その言葉絶対フェルフェリアさんにはいうなよ……ってか、この機体だって斥力発生装置使ってるじゃないかよ……」
とりあえずひと仕事終えた感な二人。冗談の一つも出たり。
すると、カグヤから連絡が入る。
『天照から八咫烏へ……遼寧が先程から転進したようだ。母港へのコースを取っている』
「何だって? 諦めたのか?」
『正直良くわからない。ただ、コレ以上の作戦行動は行わないようだ』
同じくカグヤからの無線を聞いていた尾崎は訝しがり……
『あのポンコツ空母出してきて、試作機と思ってた物を4機も投入しただけでも不思議なのに、えらくあっさり引き上げるんですね』
そのカグヤオペレーターの話を聞いて、何か引っかかる多川。
「ん~……なんか後味悪いな……何か引っかかるなぁ……」
『どうしたんですか一佐?』
「あ~、いや、遼寧の話だけどな……あー、まぁいいや、帰ってから考えるか。こんな東シナ海のどまん中で考えても仕方ないな。尾崎、俺は帰投するが、お前は当初の予定通り海自さんの代わりに島の監視続けてくれ。偽装かけるの忘れるなよ……交代で垂井や小川を寄越す。こんな話の後でスマンが、よろしくな」
『了解です一佐』
尾崎はそういうと多川にピっと敬礼して別れ、尖閣諸島の方角へ飛んで行く。
そして、しばし見送ると、尾崎機はフっと空中に溶けこむようにして消えた。
対探知偽装をかけたようである。
多川は尾崎を見送ると、転舵してカグヤへ向かって飛ぶ。
しばしの間、その、遼寧が転進してしまった事に対する自分の違和感を考えなおしてみる……が、こんな狭いコクピットじゃ、そうそう何か思いつくわけでもない。
ただ……
(柏木さんならどう思うだろうか? 何か答えもってそうだな……)
………………………………
ヤルバーン自治区、フェルの執務室。
柏木は、このフェルの執務室には初めて訪れる。
今まで訪れなかった理由は特にない。単に来る機会がなかっただけの話だ。
フェルも、自分の執務室なんかに柏木を連れてきても面白くないだろうという事で、特に誘ったりすることもなかったのだが、初めて訪問したフェルの執務室……
イゼイラ女性らしい匂いがプンと香り、フェルの城にあった彼女の部屋のような調度品で飾られた綺麗な部屋だった。
ヴェルデオは柏木と話をした後、ジェグリ副司令と打ち合わせをするということで、司令部スタッフ全員を呼び、会議を行っていた。
柏木は、どうせまたコッチにこないといけない用事ができるのは予想できたので官邸には帰らずに、フェルの執務室を借りて、フェルに少し無理を聞いてもらった……
「フェル、無茶なお願いをしたいんだけど……いいかな……」
『ハイ、何ですか? なんでも仰って下さい』
「うん……実は、例の聖地案件のことなんだけどさ……俺、恥ずかしながらだけど、フェル達があそこまで考えてるなんて、ちょっと予想外だったんだよ」
フェルは旦那のいうことを黙って聞く。
「正直、もっと長い時間をかけて、ゆっくり決めればいいやぐらいに思っていたところがあったのは正直なところです。ごめんな……」
『イエ、それはわかっていますよマサトサン。あの件は、どちらかと言えば私達ティエルクマスカやイゼイラの一方的な希望……オネガイでしかないですかラ』
「うん……で、正直な話を言うとさ……その聖地代替案なんだけど……日本のいろんな各部局が動いてくれているんだけどね、イマイチパっとしないそうなんだよ……」
『良いアイデアがナイということですか?』
「うん……色々アイディア出たよ、世界遺産みたいな感じで、ユネスコっていう組織に、日本にある特定の場所を認定してもらおうかって話も出たけど……フェル達は、日本国そのものを聖地にしたいんだよな?」
『ハイデス』
「ならそれもイマイチッて感じでね、で、逆にティエルクマスカへそんな感じの認定をお願いしては? って話になったんだけど……そうしたところで、これまた今もめてるところとかが、『主権侵害の地球侵略行為だ』とか言いがかりつけてきそうだろ? なのでイマイチ扱い……結構難しいんだよなぁ……」
『フゥ~ム……やっぱりイゼイラが単独で行うしかナイのかなァ……』
「でさ……実はね、俺も考えてたんだけど……日本に帰国する前に……」
『エ……?』
「まぁ、ただね……このアイディアもフェルが見たらまた『寝ろ』って言われそうなアイディアでさぁ……」
『……ダメですヨ、ちゃぁんと教え……』
「あ~、ダメダメ。これはフェルさんの頼みでも今は言えない。絶対ダメ」
『エェ~……ブ~……夫婦なんですから隠し事はダメデスぅ』
「ごめん、これはまだちょとね……」
フェルはまた口を『 3 』の字にして、柏木に抗議するが、今回ばかりはちょっと言えないという。
ただ……
「でさ……できれば……すぐにでもサイヴァル議長か、マリヘイル連合議長と話がしたいんだけど……フェル、取り次げるかな?」
『ヘ、議長お二人とですか? なぜまた……』
「うん、その件で相談したい事があるんだよ……参考意見を聞かせてもらいたいっていうかな……これはティ連担当大臣としてね。総理達には話していないんだけど……でさ、フェルも同席してよ。その時教えるからさ」
そういうとフェルもしっかりと頷き
『わかりましたでス。マサトサンがそこまで仰るのなら、私の権限でお話を通しますよ。マァ、心配は要らないでしょウ。マサトサンのお願いなら連合側も快く受けてくれるはずでス』
「うん、頼むよ……とはいえ、今は中国への対応だな……」
『デスね……』
すると、柏木のPVMCGが音を鳴らす。
「ん? 誰からだ?……あ、白木だ」
柏木は着信を知らせるVMCアイコンをプっと推すと、眼前に17インチぐらいのモニターが起ちあげる。
「どうした白木」
『おう、柏木、話はついたか?』
「ああ、フェルの方針で行ってもらえるそうだ。多分大使からすぐに話が行くと思う」
『OKだ。で、緊急の知らせなんだがな……』
白木もVMCモニターで話をしながら時折スタッフから送られてくる書類に目を通して、何か指示をしている……緊急というが、さほど焦った感じはない。
『っとスマン、えっとな……多川さんが、中国の戦闘機とやりあったそうだ』
彼は、海自のP-3Cに襲い掛かったJ-15と交戦……まではいかないものの、寸前まで行ったと話す。
「ハァ……やっぱりそうなったか……で、どうなった?」
『まぁやりあったといっても、豪勢にドンパチやらかしたわけじゃない。といってもミサイル撃たれたそうだけどな……多川さんキレて……ハハ、相当ビビらせて、追い返したそうだが……』
白木は4機のJ-15に対して、F-2HMが例の超性能を誇示して相手を震え上がらせたと話す。
「……ふぅ~ん……撃ってきたのか……で、あのポンコツ空母に4機の試作機……まぁまだ中国クオリティな許容範囲だな……で、遼寧はまだ南下してるのか?」
『いや、それがだな……遼寧、そのまま北上して、母港に向かってるそうだ。で、J-15は多川さん達にさんざん遊ばれて、大陸のほうへ飛んでいった』
「なに?…… 帰ってるのか?」
『ああ、よくわからんが、多川さんに泣かされて帰ったんだと思うが……』
柏木は白木のその話を聞いて、腕組んで考え込む。
「おかしいなぁ……仮にそうだったとしても、こっちゃ中国領海や、公海を進んでる遼寧には手が出せない……で、こっちのP-3Cにちょっかいまで出してきてるのに、遼寧に帰還しないってか……当の遼寧は母港へ引き返す?……何しに出てきたんだ?」
『遼寧のポンコツさ加減を自覚したか、それともJ-15に問題あったか、ってところじゃないのか?』
「いや、J-15のほうは、とりあえずイッパシの戦闘機動はできてたんだろ?」
『らしいけどな』
「ふぅ~む……」
ますます考え込む柏木……何かが繋がりそうで繋がらない。嫌なもどかしさを感じる。
すると、白木に新たな情報が渡されたようで、それを見た白木の顔が、非常に渋い顔になる。
その様子を見た柏木は……大体の内容は察しつつも、彼に尋ねる。
「どうした白木……」
『ふぅ……オマエの作戦、バッチリはまっちまったよ……責任取れよぉ?』
実は、尖閣に展開する海保や、海自機を引き上げさせて、米軍に手出しさせないように提言したのは柏木だったのだ。
要するにカグヤで突っつきやすい設定を仕組んだわけである。
ここでもし自衛隊や海保、そして米軍が展開している状況でカグヤを行かせるのは、状況をミソもクソも一緒にしてしまい、カオスになるだろうと考えた。なのであの海域を一度まっさらな状態にするため、そうさせた。
この状況の方が物事を単純化することができる。そして、何よりカグヤと特危が動きやすい。
「はは……ということは……動いたか?」
『ああ、南海艦隊が動いた。衛星で確認したそうだ……艦隊の中には、揚陸艦が入ってるってよ』
その言葉を聴いて、柏木は腕組んだ状態で……
「…………ふっ……クックッ……クククク…………なぁるほど、そういうことか……なるほどね……」
と不気味な感じで笑い出す。
隣で見るフェルも、その不気味な柏木先生にちょっと引いてしまう。
『おいおい、どうした柏木、不気味なヤツだな……』
「ああ、いや、スマンスマン……いや、なんか理解できてきた……」
『え?』
柏木は人差し指と親指で顎をつまみつつ下を向く。そして何かに納得したように、白木の写るVMCモニターへ視線を合わせて……
「こりゃ……今回の仕掛け……『ガーグ』じゃねぇなぁ……」
『なに? おいおい柏木、そりゃ……さっきコッチで言ってたことと話がちがうじゃねーか』
するとフェルも困惑顔で
『ソウデすよマサトサン。ガーグじゃないなら一体……』
柏木は二人のその質問に平手を横に振り
「あ~、いやいや、言い方が悪かった。 確かに今問題を起こしているのはガーグだ。それは恐らく間違いない……ただ……こりゃ絵ぇ描いている奴、別にいるな……正確に言えば、この状況を設定した奴が別にいるって事だよ……」
そういうと柏木は、更に二つほどVMCモニターを造成させて、片方を中国のニュースサイトに。そしてもう片方をCSの国際ニュースチャンネルに合わせる。
そしてしばしそれらを検索、そして視聴する。
白木も柏木の偏った脳ミソが何かに反応したとみて、しばしほったらかす。
柏木が何やらゴソゴソとやっている間、いつの間にやら白木の背後には、二藤部や三島らが顔を覗かしていた……
「白木……これさ……って、うぉっ、みなさん御揃いで」
白木の背後で軽く手を振る二藤部達。
『おう、で、これってなんだよ』
白木も軽く後ろを振り返り、柏木に問いただす。
「ああ……これ見ろよ、中国系ニュースサイトだけどさ……何にも出てない。能天気なぐらいによ。テレビも同じ。報道官も休業状態だ。この調子じゃ、中国国内は何もなかった感じになってるだろうな」
『ということは、中国国内の外国放送も……』
「ああ、おそらくブラックアウトだろ」
つまり、この尖閣関係で海外放送局のニュースが中国国内で流れると、放送を強制遮断させられるアレである。
そして……
「で、こっちのニュース……中国の新興報道会社の幹部やプロデューサーが、軒並汚職や薬物で逮捕されてる……」
すると、VMCモニターに、二藤部が割ってはいるように……
『どういうことですか? 柏木先生』
柏木はその質問に、再度目線を他へ向けて、頭の中で整理した後、モニターへ目線を戻し……
「ええ、総理……おそらく今回の事件、絵を描いてるのは……張主席ですよ……」
『えっ、張主席が?』
「はい……」
柏木は自分の推測を説明する。
まず、先の主権会議で張とサシで話した時のあの言葉……
『言いたいことは今まで通り言うぞ』
『その言いたいことを現実にする手段もある』
『でも戦争に勝ったことがない』
そこへ、今までの状況を加えてみる。
『張は、政権を失って失脚しかけた』
『張は、何らかのガーグ勢力と近づいて、政権維持を図れた』
『中国国内には、張派と、ヤルバーン排除派、ヤルバーン取込派の三派閥がある』
『そのうち、排除派と取込派は、完全なガーグ勢力』
『張は、このいずれかに接近しているだろうが、おそらくベッタリではない』
こういった状況で、今回の事件が勃発する。
で、現在の状況を加えてみる。
『尖閣にコスプレ漁民を送り込んだ』
『直後、とても実用的とは言い難い空母『遼寧』と、試作機だろうと思われる『J-15』を投入してきた』
『J-15は、カグヤが動いたタイミングで、海自にまったく不毛な理由の挑発をしてきた』
『多川たちが、J-15を圧倒的な力で追い返した』
『すると、J-15は引き返し、遼寧もあっさり帰港の航路を取った』
『今度はそのタイミングで、中国南海艦隊が動く。しかも揚陸艦をともなって』
『これだけの事をやっているのに、中国では一切報道もされないし、広報官も出てこない』
その話を聞いて、二藤部も大きくウンウンと頷く。白木や三島も同じ。
柏木が何を言いたいのか、大体察しがついたようだ。
フェルはもうその後の言葉を理解したようで、目つきが鋭くなっている。
「つまり……私達は……いや、私個人と言った方がいいですか……張主席に、いいように踊らされているってところですね……」
『踊らされている?』
「はい総理。とはいえ、まだ張主席の真の目的は見えませんが、ただ言えるのは、私たちは張主席が考えている何らかの目的のコマにされているって事ですよ」
『……』
「おそらく……ガーグ勢力を、どういう方法かは分かりませんが、日本としては絶対に譲れない尖閣諸島を獲りに行くように仕向け、更に、遼寧とJ-15でこっちを挑発し、カグヤを突っついてみる……」
すると今度は三島が驚いたように……
『えっ! じゃぁ先生、張主席はカグヤやヤルバーンと、日本の関係を知っているって事かい!』
「いや、知っているというより、そう『推測した』と言った方が正しいでしょうね……はからず私達も、イゼイラの聖地案件や、安保協定関係の案件にまで話を拡大させて、今後のティエルクマスカとの関係も含めて、結局特危を動かして、世界に日本とティエルクマスカの関係を公開するに近い感じにしてしまいました……これで張主席の思惑は……どれだけの物かは分かりませんが、彼が思っていた事の確認の意味も含めて……一つ達成されたという事になるのでしょう……あ~気分悪いな、クソっ……突っついたつもりが、コッチが突っつかれてたわけか……」
柏木は後頭部をボリボリとかいて、机をパンと悔しそうに叩く。
しかし、尖閣諸島と、それに伴うティエルクマスカの聖地案件という両国にとって絶対に譲れない案件がある時点で、仮にたとえ張の掌で踊らされていたとしても、両案件に対処しないわけにはいかないと。
結局、柏木は以前思い返していた中国お得意の戦術にまんまとはまってしまっていたという事に気付いた……つまり、張は日本政府よりも、柏木個人の突撃バカ的才覚を利用したわけである。
柏木は、結果何かいいように利用された感じになって、段々腹が立ってきた。
それを察した愛妻フェルは、柏木を宥めるように……
『デもマサトサン。まだチャンシュセキの最終的な目的が分からない以上、推測の域を出ないのではないのですか?』
「うん……確かにそうなんだけどね……確かに最終目的は分からないけど……推測はできる……」
『ト、いいますと?』
柏木はVMCモニターに向き直り、二藤部に、推測だが、自分の考える張の目的を話しても良いかと尋ねる。
『ええ、もちろんです。今までのお話を聞いても確かに頷ける事ばかりです』
「ありがとうございます……では……おそらく、張主席がやりたいことは……中国国内におけるガーグ勢力、つまり「排除派」か「取込派」どちらか、いや、両方かな?……それらの『排除』もしくは『抹殺』そして『粛清』でしょうね……」
一瞬の沈黙……みんな顔を見合わせる。
そして間をおいて『えっ!!』という表情になる。
柏木も、今の自分の言葉で、バラバラに巻かれた頭の中のパズルのピースがすべてカッキリと組み合わさった感覚を覚える。
そうだ、そうに違いないという確信のある推測だった……
そう話した瞬間、後ろで聞いていた新見が、パンと手を鳴らして『そうか! そういうことか!』と漏らし、彼は……
『総理、確かに柏木さんの推測ならば、合点がいく事が多々あります』
新見の問いに、二藤部や三島もコクコク頷く。特に三島は郭大使とも直に話した。
郭大使の、何かうやむやな態度もそれなら合点がいくと話す。
フェルはイマイチ状況を呑み込めないのか、「どういうことですか?」と柏木に問いただしていた。
こればっかりは仕方がない。フェル達に中国の政治体勢のありようなどわからないからだ。
柏木は、先に書いていた雑記帳を造成して、汚い字で書きなぐったメモを見せて、中国と言う国の特性と併せて彼女に説明した。
すると、フェルも相当驚いたような顔をして……
『ソ、そんな……チャイナ国のトップは、味方を切り捨てるような真似をしてどうしようというのですカ?』
「つまりねフェル。中国では、政治も軍事も全てトップが統括しないと、政治が動かない国なんだよ。で、張主席は軍に関しては、ガーグに乗っ取られて事実上実権がなくなっている。政治部と軍部なら、軍事という実力を行使できる点だけでも、必然的に政治部の力なんて弱いものになる。そこを俺達を利用して……ガーグに汚染された軍部を失脚させて、張政権が、軍・政共に実権を取り戻そうって腹なんだと思うよ」
『……』
「でも、それだけで終わればまだいいけど……もし仮にそうなら……その次の方が怖い」
そういうと、白木も脂汗を流しながら、その次の予想を柏木より先に話す。
『ヤルバーンの……排除か?』
柏木はコクリと頷く。
その最悪のパターン。
この件で国内の決着をつけた張政権は、まずはガーグ勢力を綺麗さっぱりお掃除した新生人民解放軍を使って、まずはウイグル方面イスラム勢力を、無慈悲なほどの徹底的な軍事作戦で排除する方向へ向かうだろうと。
そしてその次は……ヤルバーンと結託した日本の糾弾だ。これを国際社会を巻き込んでやるに違いないと……おそらくそうなれば、プロパガンダも用意周到に準備しているだろうと。
「下手したら……また国連安保理事会にかけられる可能性もあるぞ白木……」
『ああ……そうなったらマズイな……』
柏木の推測では、おそらく張政権は、ガーグ勢力の『排除派』に近い思想を持っている可能性があると話す。
「白木、お前たちが以前推測したシミュレーションの第二段階、あったろ」
『ああ』
「結局、アレだよ……チッ、せっかく軌道修正できたと思ったのに……まさか順番がズレただけの話になるかもしれないなんて……」
結局のところ、つまる話をすれば何も難しい事ではない……中国も米国同様、ヤルバーンが飛来する以前の国際パワーバランスに戻したいだけなのだろうと。
以前、ドノバンが言った『日本を難攻不落の要塞に見立てて、米国の勢力下を維持したい』という事と同じことを中国も考えていただけの話なのだ。
つまり、ヤルバーンを日本から追い出して糾弾し、二藤部政権を崩壊させ、それまでに取得したティエルクマスカ技術を謀略を駆使してあわよくば入手し、中国の軍事、政治プレゼンスを以前以上の状態にしたいという思惑。おそらくそんなところだろう……
そしてロシアも同様だろう。なのでこのヤルバーンの関係する事件に、積極的な関与をしてこないという推測も成り立つ……あの大統領ならあえてそうする可能性は十分にある。
そんな事を柏木はみんなに話す……
「そうでなければ……このタイミングで尖閣諸島を狙ってくる理由がわかりません」
確かにそうだと諸氏納得の表情。
つまり、単純に尖閣諸島を中国的にヤルバーンが来る前の論理で獲りに来るならいざ知らず、今やヤルバーンという、もう公然状態で日本との最友好国ともいえる超巨大勢力の存在を目の前にして、中国が尖閣を獲るというメリットが、どう考えてもない。
柏木に限らず、みんな普通はそう思う。
なので柏木は、ガーグのなんらかの陰謀という理由で埋め合わせをしてみた……だが、それでも矛盾している。
そこで中国の空母、遼寧が取った行動が、キーになった。
中古のポンコツ空母と、正式採用にもなっていない試作機を繰り出して、無意味な挑発をする。つまり日本の何らかの行動を促しているとしか思えない。
その中国の行動を見て、誰が日本の関係者に意見するか……といえば、柏木自身である。おそらく政府も彼の見解なら重要視し、何らかの判断を下すだろう。
そう見越しての張の作戦となれば……かの御大、只者ではない……いや、こういう搦め手を使ってくるが故の中国ともいえるのだろう。
『そのダシにされたのが尖閣かよ……確かにあそこへ食らいつかれたら、俺達日本政府は動かないわけにはいかないからな……』
白木も唸る。相当な困惑顔だ。
「そうだよ白木。仮に今俺が言った事が当たっていたとして、その手に乗るかと尖閣に何も手出ししなければ、日本の世論が騒ぎ出す。そして、日本国民から二藤部政権が糾弾されて、仮に総選挙にでもなって、政権交代……いや、仮に与党が勝ったとしても議員数を減らせば、ヤルバーンとの関係もまた違ったものになってしまうだろうな……もしそうなったとしても、中国にしてみれば大きな成果だ……勝ちといえるだろうな」
柏木のその言葉に続くは新見。
『で、ヤルバーン抜きで尖閣を守って、仮に我々が勝ったとしても、負けたガーグ勢力を張主席は糾弾して粛清。どっちにしてもおいしい所獲りですか……』
「はい、オマケにそれをダシにして、『我々は平和的解決を打診していたのに、日本は軍国主義を復活させた』だのなんだのと騒ぎ立てるでしょうね。そこへ韓国とロシアが結託すれば、色々とややこしい事態になります。日本のリベラル派も、そりゃ水を得た魚の如くになって、結果は『日本が動かなかった』パターンに似た感じになるでしょう」
三島がさらにその言葉に続き……
『という事はよ、今のカグヤを基盤にした作戦で尖閣を奪還したら……』
「はい……その場合は、ヤルバーンと日本が軍事協定を結んでいると騒ぎ立てて、人類の裏切り者だのなんだのと騒いで、世界中を巻き込むでしょうね」
……完全にしてやられたと思う諸氏。
結局、日本が明確な態度を示さず、隣国への配慮配慮でうやむやにしていた問題のツケがココに来てアキレス腱になったのだという事だ。
いや、考え方を変えれば、中国がこういう時のために温存していた仕込みなのではないかとさえ思える。
なんにせよ、状況は良くない方向になるだろう。
そして、諸氏この一見何の軍事的メリットのない中国の行動に対して、柏木の予想がピッタリはまるということを理解すると……彼の推測に感心するのと同時に、悔しそうな顔をしてため息をつく。
そして柏木はフェルのほうへ向き直り……
「フェル……酷な事を言うようだけど……ここにきてフェル達ティエルクマスカの『一極集中外交方針』も仇になってるんだよ」
『エ……どう……いう事ですカ?』
「うん、それはね……フェル達の言う『一極集中外交方針』というのは、一見聞くと、対象一国のみに集中して外交を行って、その地域国家とティエルクマスカ圏の関係を強固にするもの……と誰しも思うよな」
『ハイ、でも実際その通りです……』
頷き、柏木は続ける。
だが、中国という国……いや、張という男は、そこを日本とティエルクマスカ関係における最大の弱点と見たのではないかと話す。
その理由は……一極集中……つまり一国のみに絞って外交を行い、他には目もくれない。それは明らかにテェルクマスカ側が、日本に対して究極的に欲するものがあるための最大級の良心と誠意の現れだろうと、恐らく張は理解する。
とすれば、ティエルクマスカがそこまでの態度で臨んで、他国に一切の内政干渉をしないということは、仮に日本ともめたとしても、最悪、引き下がる可能性があるのではないか? と考えるだろうと。
相互理解が究極的に進み、互いの信頼で成り立つ文明なら、おそらく侵略行為のような残忍な行動はしないだろうと……早い話が良心と理性で、何か別の解決策を模索するだろうと……
「……と、あの狸オヤジはそう踏んだのじゃないか? と俺は思う……」
『そ、そこまでの事を……』
「事実、そうじゃないか? フェル」
『…………ハイ、確かに……それは言えているところがありまス……』
「では、もしそういう感じになって、フェル達がその第三の方策を選択した場合の、将来的に予想できる事は……フェルはもう体験してきたよね……」
『ハ……ハイ……あの並行世界での私……デスね……』
柏木はコクンと頷く。
VMCモニターの向こうで、渋い顔をする閣僚と官僚達。
彼らは、張が柏木の突撃バカ能力を利用したという点でこれまで張徳懐という男を過小評価していたことに気づいた。と同時に、それに尖閣諸島を絡めて、日本が張の策から逃げ出せないように仕組んだ中国共産党らしい策に対しても、それまで色々と問題を政治的大人の事情でうやむやにしていた事を後悔するような表情を見せる。
『柏木先生の推測だと……現状維持でカグヤの作戦を中止したほうが、まだ一番マシという事になりますね』
井ノ崎が渋い表情で話す。
『そういうことなら海保を引き上げさせた判断は、結果的に誤りだったという事では』
寺川も、柏木の判断が甘かったのではないかと、少し批判する口調で話す。
だが、新見が柏木をフォローするように
「いえ、寺川先生。あのまま海保を張り付かせていたとしても、同じ状況が長引くだけで、結果南海艦隊は出てきたでしょう。情況は同じですよ。保安官を疲弊させるだけだったでしょうね」
寺川も新見の言葉に頷く。
そして、柏木の目をジーっと見る白木と三島。
何も喋らない。言い訳しない柏木先生の表情を観察する。
二藤部も同じような感じ。
ここで二藤部が思い出すのは、ヤルバーンがまだギガヘキサと言われていた時、国連総会で日本よりもたらされた天戸作戦の話。
あの時も、正直にっちもさっちもいかない情況であの作戦を聞かされた時、二藤部は、みんな狂ったと正直思った。
これで自分の内閣も終わりかとさえ思った。
しかし結果、蓋を開ければ大成功で、国連安保理決定を先延ばしできた。
こんなバカな作戦を思いついたのは誰かと興味本位で、千葉の館山まで行ったら、柏木がいた。
スタッフに『コノ作戦考えたのコイツです』と言われた時は、何なんだこの男はと正直思った事もあった。
今の情況が、あの時とよく似ていると感じていた……
そんな事を思い返しながら、二藤部は柏木の表情を観察する。
目を細めて上を見たり下を向いたり……口をモゴモゴさせて、フェルの方をチラ見していたり……
そして……ニヤっと笑う柏木大臣……
その笑みを合図に、二藤部は柏木に尋ねる。
『柏木先生……貴方はティ連担当大臣として、この状況、どうするおつもりですか?』
「……」
『先生?』
「………………総理……」
『はい』
「よくよく考えたら、こんな状況になるのは……今回の問題がなかったとしても、遠からずこんな風になったのでしょうね……」
二藤部はその問いに、少し考えた後……
『まぁ……そうでしょうね。私の政権も永久に続くわけではありません……政権が交代したりすれば、全然違ったストーリーになったのかもしれませんね』
「ええ、そうですよね……」
そういうと柏木はまたしばし沈黙する。
そして……
「こりゃ、ルール通りにやっても、もうダメだな……俺も舐められたもんだ……」
ポツリと柏木は漏らす。
白木はその言葉に少々訝しがり……
『お、おい柏木……おま……また何か変なこと考えてるんだろ……』
その言葉に三島が更に不安になり……
『まさか、中国をカグヤで潰したらどうか? なんて言うんじゃねーだろうな、そりゃダメだぞ』
「何を言ってるんですか三島先生。んなこと言うわけないでしょ!」
井ノ崎や寺川も、この状況でどう帰結させるか至難の業だと言い、
『どういう決着点を見出すおつもりですか? 柏木先生』
と、問いただすように柏木に話す。
いかんせん今回の情況を作ったのは、言ってみれば彼だ。
そして、結果的にではあるが……『張vs柏木』の構図が出来てしまっている。
こんな情況、普通の政治家がどうこうするには流石に無理がある。
ここは言いだしっぺの柏木大臣様にケツ拭いてもらうのが筋というものだ。
そして……諸氏、彼のトンデモアイディアに期待してしまったりもする。
しばし考え込んだ後……
柏木は、ウンウンと考えがまとまったようで……
「まず、カグヤの魚釣島での『漁民保護』作戦、あれは予定どおりやりましょう」
ゲ! という表情な皆の衆。
『せ、先生、やるのかよ……』と三島
「ええ、上陸するんでしょ?中国」と柏木。
『はい、確実でしょう』と井ノ崎。
「んじゃ、派手に」と柏木。
『え? 派手にって?』と白木。
「解放軍が、上陸したのを見計らって、もうボッコボコに『悪夢』をね」と柏木。
『悪夢……ですか……確かにあの作戦ではそうなるでしょうね』と新見。
そして
「で、その後ですが……フェルと私に少々考えがあります。時間、もらえませんか? 仕込みをしたいんで……」
二藤部も、またあの時の感覚が蘇ってきた感じで
『フフ、仕込みですか?』
「ええ、仕込みです」
『それは、教えて頂けないと?』
「ええ、まぁ……ちょっと……無茶しますんで、失敗したら……腹切る覚悟もいりますので……」
その言葉にフェルが「ひょえ!」となり
『マ、マサトサン! ハラキリはダメです! 私が許しませんよっ!』
「あぁあぁ、そんな……覚悟の話だよ。リアルに腹バッサリなんてしないよぉ……江戸時代じゃあるまいし……」
『……モウ、驚かせないでくださイ……』
一体何の資料をフェルは調査したんだと思う柏木。
まぁそれはいいとして……
「すみません総理。仕込みが終わったら、必ずご報告しますので」
と、パンと合掌してお願いする。
そりゃそうだ。普通ならトップに何をするか相談してから事を行うのが政治家であるが、トップのご意見すっとばして、勝手させてくれというのだ。普通はそんなもの認められるわけがないが……
『ハハ、わかりました……まぁ、天戸作戦といい、メルヴェン隊創設の件といい、そして例の『カグヤの帰還』作戦の事、そして宇宙空母の件ですか……もう今に始まったことではないですしね……分かりました』
フゥという表情で任せると言う二藤部。
「恐縮です、総理」
『はい……では井ノ崎先生、特危には現状通りでということでお願いします。これは特危の最高司令官である私の権限でよろしく』
『わかりました』
『寺川先生、海保も最終的には出張ってもらう事になりそうです。今のうちに、保安官を休ませておいて下さい』
『はい。畏まりました総理』
しかしと白木が……
『はぁ~……コイツの事ですから、また胃に穴が空くような事に決まってますよ総理……』
『まぁ、そうでしょうね、多分』
苦笑する官邸側。
柏木もそこらへん今回ばかりは流石に自覚している。
「ふふ……で、その前にちょっと状況変更ですが」
『はい』
「もし……仕込みがうまく行った場合、先ほど話した総理とヴェルデオ大使の個別記者発表ですが、共同記者発表に変更します」
『?……わ、わかりました』
「ええ、その点だけ、とりあえず……」
………………
……通信を切り、フゥと吐息をつく。そして柏木はフェルに向き直って話す。
「フェル。で、さっそくで申しわけないけど、さっき言った議長達との面談。即行で可能かな?」
『エ? そ、即行ですか?』
「ああ、もう今すぐという感じで……」
『チ、ちょっと待って下さいマサトサン。さっきも『すぐ』って言いましたけど……』
「ああ、さっきのは、『比較的早めに』って感じの意味だったけど、情況が変わっちまった……もうそれこそ三〇分後レベルな話で……無理かな?」
『モゥ……そんなの……ウ~ン……無理じゃないですけど……』
「さっき話した聖地案件にも絡む話なんだよ」
『エ! そうなのですか?』
「うん」
『そうですか……デモっ! 一つ条件があるですヨ』
「え、ええ? じ、条件? なにそれ」
『さっき内緒にした内容、教えて下さいデス。そしたら即行で善処してあげるでスヨっ』
腕組んでプイと横を向いて話すフェルさん。
「あ、そういう作戦するわけ?」
『アタリマエです。ファーダ・マリヘイルもお忙しい方なのですヨ、いくらフリンゼの私でも、相応のお話の内容でないと、緊急性が疑われてしまいます。怒られるのワタクシなんですからネっ!』
「あ~……確かに……フェルを困らせるわけにもいかないしな、わかった……」
そういうと、傍らにおいてあった雑記帳を取り出して開く。
そして、書きなぐったページをパラパラめくって、該当のページを探し出す。
「フェル……前もって行っておくけど、大真面目なんだからな……また『今日はもう寝ましょウ』なんていうなよ……」
『言わないですから早く教えるです。時間ないのでしョ?』
「はいはい……じゃぁ、この部分、汚い字だけど………読める?」
フェルは、フローチャートのようなものが書かれた部分を読む。そして、二重線が引かれた場所を凝視して……
……口をポっとあけ……ゆっくりと柏木と目線を合わせる……
『コ……これは…………』
「聖地案件の件で……っていうアイディアだったんだけど、今の情況を打開……いや、粉砕するには……もうそれしかないっしょ。だから……ね」
その一文を読んで呆然とするフェル……コクコクと頷く。
するとフェルは、おもむろに椅子から立ち上がり、早足で執務室の扉方向へスタスタと歩いて行く。
扉の取っ手に手をかけると……
『マ、マサトサン……これは……ヴェルデオ司令にもお話して、同席していただかないと……イイですよね?』
「ああ、まかせるよ。ここで待ってる」
『ハ、ハイ……』
そう言うと、扉をあけて出て行ってしまう。
そして、早足から、走る音に靴音が変わるのが聞こえた……
……もし仮に、誰かが誰かを暗殺するということを推測したとする。
しかし、結果、暗殺が推測できたとしても、その方法がわからない……刺殺か爆殺か、銃殺か毒殺か……
そんな状況で、その人物を守るためには、要するに殺されるという状況から最悪の事態をあらかじめ想定して隔離してしまえばいい。それしか方法がない。
なので、柏木はある防護線を張った。それはとてつもなく大きな防護線だ。
柏木の考えた推測。
あくまで推測にしか過ぎない。ただ、事後の結果が何らかの形で合致すれば、その推測は間違ってはいなかった……という事なのだろう。
ただ、相手は中国だ。その推測が当たっていたかどうか……というのは、おそらくなんらかの形で結果が事象として出たとしても、おそらくすぐにはわからないだろう。
その結果が『おそらく当たっていたのだろう』と理解できるのは、柏木や、安保委員会のとった行動の結果、そしてその後の状況で、これまた推測するしかない。
難しい話である……
………………………………
一路東シナ海へ進む宇宙空母カグヤ。
日中中間線の日本側EEZ内を白航引きつつ進んでいく……
『……ト、いうわけだティラス艦長。まぁ一応体裁的には俺が命令しなけりゃならんことになっているが、ファーダ・ニトベと、ファーダ・カシワギの決定だ。よろしく頼むゼ』
『了解しましたゼルエ局長。では、トッキの方々の方には……』
『ああ、もうケラー・クルメに命令が行ってるだろ。作戦内容は変わらずだ。まぁ、ちょっと派手目でやってくれっツー話だけどな、ハハハ』
『はは、了解です……なかなかに痛快な『演習』になりそうですな』
『おう、まぁ向こうさんはマジで来るかも知れねーから、ちったぁ気をつけてくれよ艦長』
『ワカリマシタ……しかし、カシワギ・ダイジンも大変ですナ』
『まったくだぜ。今度も何かぶっ飛ぶような事考えてるみたいだけどな、ふはは……じゃ、頼むわ』
通信を切るゼルエ局長。
柏木大臣、超科学の使徒なティ連人にもこんな風な言われ様。もう彼らにも相当いろんな意味で特殊な人間として見られているようである。
ティラスはその場で振り向き、後ろで控える海上自衛隊制服に身を包んだ日本人に声をかける。
『ケラー・トウドウ。そういうことでよろしくおねがいいたします。私はこのままセンカク海域へ進みますので』
「了解です艦長……よし! 全特危隊員に通達。定刻どおり漂着漁民救出のための『夢魔作戦』を実行する。各員準備せよ」
「了解! 通達!『夢魔作戦』発令。作戦開始時刻……」
ティ連防衛総省派遣指導員に混じって活動する自衛官。
命令通達が復唱され木霊する。
このティラスに従う海上自衛官は……そう、あの天戸作戦の際、『特務艦いずも』の指揮を執っていた海上自衛隊一等海佐『藤堂 定道』である。
彼は、かの作戦での功績もあり、加藤に特危自衛隊・海上宙間科へ引き抜かれた。
現在は自衛隊側の作戦参謀として、ニヨッタとともに副長待遇としてその任についている……将来のカグヤ日本運用時の艦長候補だ。
さすがに宇宙空間や、ましてやカグヤの飛行運用のことなんてのは藤堂もわからないため、そこはティラスやニヨッタから彼自身も指導を受けていた。
藤堂も最初このカグヤを間近で見たときは、足の震えが止まらなかったという。
彼自身もいずもを任された時、いずれ来るであろう海自の空母運用を想定して、後へ続く者への礎となろうと頑張っていたのだが……まさか正規空母すら通り越したこんな化け物じみた代物の艦長候補にさせられるとはと……
甲板にイゼイラ的な警告音が一つ鳴る。
そしてスピーカーから……
『達。 夢魔作戦、予定通り発動。作戦開始時間は定刻通り。地上科部隊、及び八千矛隊は待機せよ。以上』
それを聞いた大見は、部隊員に号令をかけ、装備を装着させて、甲板で待機させる。
ドカドカと長靴の音を轟かせ、迷彩服姿で、どことなく一般隊員と装備の雰囲気が違う地上科隊員が、甲板に整列する。
そして念には念を入れ、大見は再度装備を隊員同士でチェックさせる。
いかんせんこの特危自衛隊員の装備は、普通の所謂歩兵部隊装備とは訳が違う。
これもヤル研の変……いや、強力な技術陣が考え出した、地球史史上、例を見ない歩兵用装備だ。
なので、彼らもヤルバーンでゼルエの特訓を受けてはいるが、初の装備は勘を狂わせる。なので慎重には慎重を期する必要がある。
大見が率いる特危自衛隊の最精鋭部隊である八千矛隊。その構成員はすべて一曹以上の隊員で構成されている。無論レンジャー資格必須。さらにはプラス何らかの資格をもう一つ必要とする。
今作戦で投入される地上科部隊は、一般地上科5小隊50名前後。プラス八千矛小隊10名。八千矛隊は、大見三佐という高級将校が直々に率いる事になっている……その理由は、大見小隊には、シエ・シャルリ・リアッサが副官で付くからだ……ある意味最強の小隊といっても良い。
ここに、支援部隊として、イゼイラから持ち帰ったヤル研、研究装備のハイクァーン複製品。つまりイゼイラでの観兵式でみた機動兵器群の……
○10式戦車改造品『試製14式浮動砲』
○AH-1コブラ改造品『コブラHGS』
が支援につく。
久留米が向こうで一般地上科部隊に、何やら訓示を行っている。
大見も同じような感じ。ただ、大見達八千矛小隊は特別で、まぁ言ってみればメルヴェン隊が創設された頃からの知った仲同士なので、そんなに堅苦しい事はしていない。
「みんな聞いてくれ……先ほど加藤海将から連絡があったんだが、今回の事件、どうにもかなりマズイ状況らしい……このマズイ状況と言うのは、我々が不利というのではなく、極めて政治的にという意味でだが、まぁそのあたりの話は今はいい。話したところで俺達のやることは変わらんからな……ただ、この夢魔作戦、もう理解していると思うが、かなり特殊で荒唐無稽だ。まぁ、ヤルバーンの技術あっての作戦で、地球の技術では不可能な作戦といっていい……コッチはある意味『演習』だが、向こうは本気本物で来るからな。くれぐれもいつもの感じで勘違いしないようにな。常に気を張っていろ。いいな」
この夢魔作戦。荒唐無稽ということだが、何が荒唐無稽なのだろうか?
「で今回、八千矛へメルヴェン隊と、ティ連防衛総省から支援参加してくれているのが、このお三方だ」
大見は、シエ、リアッサ、シャルリを紹介する。
「シエ局長はもう知っているな。この中でも彼女の嬉し恥ずかしい撃墜マーク食らった奴はいるだろ」
そういうと、隊員が大笑いして「コイツです」「いやお前もだろ」と揶揄しあっている。
「はは、で、こちらがシエ局長の副官、リアッサ副局長だ……彼女とも以前の演習で交戦した奴はいたな」
すると、一人の隊員が挙手して
「は、自分であります。後ろから首根っこ掻っ切られたであります」
おお~……と称賛のどよめきをする隊員。リアッサは驚かれてフフン顔。ちょっと得意げ。
「……撃墜マークは頂いておりませんが」
で、余計なひと言。リアッサも
『了解シタ。次ノ演習デ、オマエヲ見ツケタラ、シエニ負ケナイグライノヲ付ケテヤル』
よっしゃ! と握り拳を作る隊員A。しかし「それって負けだぞオマエ」と他の隊員からバカにされる。
「ははは……で、最後はみんなお初になるな……彼女は本職も本職だ。ティエルクマスカ連合防衛総省の最精鋭部隊、第5機兵化空挺団という部隊から派遣された、シャルリ・サンドゥーラ少佐だ……」
『よろしく頼むよ、みんな……確カ、こういう敬礼だったネ』
ピっと自衛隊敬礼するシャルリ。隊員も気をつけで敬礼して返す。
その戦隊物にでも出てきそうな、悪の女美人大幹部のような……異様な自衛隊装備姿に、みんな目が釘付けになる。
「で……まぁみんな奇異な視線で見ているみたいだが、彼女は、今の日本人モードではこんな感じだが、驚くなかれ……シャルリ少佐はサイボーグだ」
その言葉に、隊員は「ウソっ!」「ええええ」と驚きの声を上げる。
そして、その異様な姿に納得した。
「……彼女はすごいぞぉ……腕から武器は造成するわ、バレットをピストルみたいにぶっ放し、M60持たせても、彼女にとっちゃ、水でっぽうみたいな感じだからな。で、もし彼女とタイマンでやりたい奴がいれば、俺が仲介してやる。遠慮なく言ってくれ」
するとみんな平手を左右に振り「遠慮します」という表情。
そんなの『元カリフォルニア州知事型アンドロイド』とやりあうのに等しいと。
確かに、彼女なら『元カリフォルニア州知事型アンドロイド』に余裕で勝てるかもしれない。
とまぁ、その時が来るまで、甲板でそんな話をして時間を潰す。
するとシエが……
『ナァ、オオミ……』
「はい? 何でしょうシエさん」
『ジエイタイノ戦闘服ダガ……コンナ、ダブダブナモノシカナイノカ?』
「え? いや、動きやすいでしょう?」
『ウ~ム……ナントナク頼リナクテナァ……モット、ピッタリフィットシタモノガ欲シイノダガ……』
「い、いやそれは……なんといえばいいか……」
シエさん、ピチピチの迷彩服が欲しいようである……隊員のみなさんも、心の中で「そっちの方がいい」と目で納得した……
……そして全隊員、TR各機に搭乗。
今、中国の輸送ヘリコプター部隊が、先だって魚釣島に上陸したという情報が入った。
日本国領土へ、第三国の侵入が確認される状態になる。
この時点で政府は、治安出動から防衛出動へと段階を切り替えることができるが、二藤部はまだ治安出動のレベルを維持する。理由は、特危の出動を警察権の行使。すなわち、あくまでもその目標は避難民の保護という名目で動いているからだ。
しかし、中国がヘリ部隊で軍を動かした時点で、もうそんなものは有名無実化してはいるが……
……次々とカグヤ甲板から発艦していく輸送TR。
同じくコブラHGSも同時に発艦する。
更に……甲板には、ヤルバーンから飛来したマルチ無人ドローン、お馴染みのヴァルメが駐機され、それらもキュンキュンと音を立て、対探知偽装をかけ、シュンシュンと物凄いスピードで飛び立っていく。
魚釣島に難破した中国漁民を『保護』するための『作戦』……『夢魔作戦』が始まった……
………………………………
ヤルバーン自治体・ブリッジ内行政区。
柏木とフェル、ヴェルデオは今、かの記念すべき日・イ・ティ首脳会談が行われたヤルバーン側の仮想造成ゼル会議室にいた。
今回の部屋の雰囲気は……在イゼイラ共和国第二日本大使館の会議室をエミュレートしている。
その部屋の雰囲気に懐かしさを感じる柏木とフェル。
ついこないだの事とはいえ、なんとも物凄い日数がたったような感覚を覚える。
フェルは、柏木の現状を打破……いや、粉砕するアイディアを聞き出して、彼のメモを見た瞬間、これは大事だと察し、急ぎヴェルデオにも話してサイヴァルとマリヘイルに緊急で取り次ぐようイゼイラ本国へ連絡を入れた。
すると、運良く二人ともイゼイラにいたようで、その話を聞いたサイヴァルとマリヘイルも、「それはコチラも望む事」とばかりに、即OKを出してきた……
しかし、向こう側も即OKで、望むところという事に、柏木は少し訝しがる表情を見せるが、まぁとにもかくにも即時話ができるということで、安心する。
しばし待つと、光柱が立ち上がる。イゼイラ側のゼル会議室に誰かが入ったようだ。
「あれ、サンサさん!」
『アら! マァマァマァマァ、これはこれはファーダ……お久しゅう御座います』
サンサは柏木を見ると、嬉しさのあまり口に手を当てて、驚き、両の腕を開いて抱擁を求めてくる。
『サンサ、元気にやっていますカ?』
フェルもとても嬉しそう。
『フリンゼもお変わりなく……ファーダと仲良くやっていらっしゃいますか?』
『ハイです。心配はいりませんヨ』
サンサとフェルはぎゅうと抱き合う……サンサの目には少し涙。
「あ、でもサンサさん……どうしたんですか? 今日は」
『ハイ、急にファーダ・サイヴァルからお呼びがかかりまして、なんでもファーダ・カシワギと急遽ゼル会議を行うとかで、手伝って欲しいと……非公式な会議ですから、記録係を仰せつかりました。身内の方がなにかと良いということだそうで』
「そうですか、お世話になりますサンサさん」
『イエイエ、滅相もございません……ア、それからファーダ。ダイジンサマにおなりになられたとかで、おめでとうございまス』
深々と頭を下げるサンサ。
「いえいえいえいえ、そんな……こっちゃもうどうしたらいいかってなもんで最初はオロオロしてましたから……」
『デ、こちらへのタイシサマ配属の日程、お決まりになりましたか?』
「あ、はい。ただ今鋭意検討中ですよ。はは、いかんせん赴任する距離が距離ですから」
『オホホ、そればかりは致し方ございませんわね。着任候補のタイシサマには、こちらへいらっしゃった折は、誠意ご奉仕させていただきますとお伝えくださいまし』
「はい、わかりました」
そんな話をしていると、サイヴァルとマリヘイルが姿を現す。
『ケラァァァ~~!!』
ガハハという感じで、サイヴァルが柏木を見つけると、満面の笑みで両の手を広げ、柏木に近づく。
『議長! お久しぶりです!』
柏木も同じ感じ、ガッシリと抱擁し、背中を叩き合う。
『ケラー、またお会いできて心の底から嬉しく思いますよ』
マリヘイルも、久々に会った自分の弟のような感じで、柏木に抱擁を求める。
『連合議長もお変わりなく……お二方ともその節はお世話になりました』
そう柏木がいうと、サイヴァルが「ナニを言っているんだ」という調子で、彼の両の肩をバンバン叩き……
『それはコチラの台詞です。貴方にはまだ『カグヤの帰還』作戦のお礼を直接言っていません。今、イゼイラでは、国民みんなが、今度貴方がいつ来るのだと楽しみにしておりますよ』
「いや、そんな……大した事は……しましたよね、やっぱ……ははは」
一応自覚はある突撃バカ。
『次はフリンゼとの式の時ですか? そうなれば早く予定を教えてくださらないと、各国との調整が……』
ポっと頬染めるフェル。
しかし柏木は、何気にえげつない事を言うマリヘイルにストップをかける。
「え? え? え? 各国との調整? ななな、なんですかそれ……」
「あ、しまった」という感じで、口に手を当てるマリヘイル。少し苦笑い。「なんでもないですよ」と誤魔化す。
またなんか企んでるだろうと、トホホ表情の柏木。
そんな雑談も早々に、諸氏着席して、話を始める。
今回は、実のところ形式的には『会談』というほどの大層なものではない。言ってみれば柏木がお願いして、プライベートな感じで話がしたいという会談なのだ。
なので、サンサが記録係として付いたのも、そのあたりの事をサイヴァル達も察しての事だろう。
『で、ケラー、フリンゼのお話では、緊急のご用件ということですが』
「はい、サイヴァル議長。もうご存知かとは思いますが……」
『チャイナ国の主権侵害行為ですな。我が国、いや、ティエルクマスカでも大きな事件として取り扱われております』
「大きな……ですか……あんなちっぽけな諸島の領有権問題が、5千万光年先の銀河大国にまで影響を与えるなんて……」
柏木は、つくづく中国……いや、ガーグの無節操さに呆れかえる。
しかも、イゼイラやティエルクマスカで、何故に大事件になるか……これだって大体想像がつく。
そりゃ、彼らが『聖地』としようとしている国が侵されているのだ。大事件にもなるだろう。
サイヴァルとマリへイルは、皆まで言うなと話す。
もうそのあたりは、十分彼らも把握しているそうだ。
『もう、対応策は打っているのでしょう? ケラー』
「はいマリへイル議長。一応は……ただ……私の悪い癖でして……恐らくその一手で、現状は打開できるのでしょうが、それ以降の展開と言いますか……我々地球世界における日本を取り巻く国際情勢を考えた場合、そこから推測できることが、どうにもこうにも……良い方向に展開できるようには思えないわけでして……」
柏木は髪をかきむしり、そのあたりで本気で悩んでいると彼らに話す。
それは彼に限らず、二藤部や三島達も同じだと。
……尖閣諸島の問題。この問題をなぁなぁにして放置した結果、ヤルバーンと日本の関係……いや、ティエルクマスカ世界と日本の関係以上の、地球世界を巻き込んだ史上例を見ない、世界規模で悪影響を及ぼす可能性が出てきたと……先に二藤部達に話した内容と同じ内容を柏木は話す。
『……ナルホド……我々ティエルクマスカ側の主観で見れば、我々の一極集中外交方針が、その諸島の問題をこじれさせることによって、かえってアダになる可能性があるというわけですな……そのチャイナ国のチャンとやら……なかななかに考えますな』
「ええ、そうなれば……下手をすれば聖地案件自体も、解決が頓挫する可能性もあります……なんせ、相手はヤルバーンを排除するにしても、ただ排除するだけではなく、地球世界を巻き込んで……さらには、結果的にですが、ティエルクマスカ世界をも巻き込んで事を成してしまうような感じですので……そして、今後の地球世界に大混乱を起こしかねないという、そんなところなのです」
張自身は、そんな大それたことは考えてはいないのだろうとは思う。
ただ、すべてにおいて、連鎖的に、結果論で、最終的にそうなってしまうだろうと、柏木は話す。
そして、下手をすれば……もう彼らにも報告は行っていると思うが、フェルの見た並行世界のような形になってしまういかもしれないと……そう柏木は話す。
「……なので、その予想される負の連鎖の波を粉砕するために、とてつもなく巨大な防波堤を作っておかないとと思いまして……」
するとマリへイルは、フェルの顔を見て……
『フリンゼ、あなたが先ほどヴェルデオ大使と血相を変えて私に会ってほしいと訴えた内容が、その大きな“ボウハテイ”の中身なのですか?』
『ハイです、ファーダ』
『ええ、その通りです。連合議長』
フェルとヴェルデオも、真剣な顔で頷く。
ただ、その内容は自分達からは言えないと。なので柏木から聞いてほしいと話す。
『わかりましたケラー。ではその内容を教えてください。我々もニホン政府には大きなご恩があります。そして、貴方という個人にもです。可能な限り、最大限ご協力致しましょう』
マリへイルは『何でも言って来い!』な感じで、胸を張って応じる。
『マリへイルの言う通りですケラー。我々としても、貴方がたの窮地を見過ごすわけには参りません。そしてケラー、『友』としても、是非、あなたの提案をお聞きしたい。な、マリへイル』
『ソウです。『友人』としてお聞きしまス』
その言葉に涙腺が緩みそうになる柏木。これが『ティエルクマスカ連合』という存在なのかとつくづく思う。
相互理解が進んだ国家のトップでなければ、絶対に出てこない言葉である。
おそらく地球の国際関係では、まずありえない言葉だろう。
「ありがとうございます…………」
そういうと、柏木は深々と礼をし、カバンから、柏木のかきなぐった汚い字のメモを、清書した書類を取り出す。
そしてそれを二人にスっと差し出して見せる。
「サイヴァル議長、マリへイル連合議長……無理を百も、千も、万も承知でご検討いただきたいのです。如何ですか?」
二人は、その書類を手に取り、一読する……サイヴァルは、サンサにもその内容を見せていた。
すると、二人は段々と顔色が変わり……サンサに至っては、目を大きく開けて、柏木とフェルの方を見て、平手を口に当てている。
ただ……その驚きの表情の後……サイヴァルとマリへイルは……
『クッ……クククク……ハッハッハッハ……』
『ウフフフフ、ホホホホ…………』
大笑いしだした……
「えっ?」
柏木はどうしたんだと狼狽する。
フェルやヴェルデオも同じ感じ。
更に、マリへイルは、『ホホホ』と笑いながら、PVMCGを操作して、A4サイズほどのVMCボードを造成し……
『ウフフフ、なるほどなるほど、ケラーは、そういう解決方法をお導きになりましたか……ホホホホ、それなら話は早いですわ』
『ああ、そうだな……フフフ、まさかこんな展開になるとは……これは絶対にナヨクァラグヤ帝のお導きに違いない。絶対にそうだ。ハハハハ』
その笑いが止まらない二人に相当訝しがる柏木達。
しかし、その笑いは、何か喜びのそれである。バカにしたり、舐めてたり、そんな風ではない。しかも『ナヨクァラグヤ帝のお導き』とまで言う。
「い、いや……御二方とも、どうなされましたか? そんな笑われるような内容でしょうか?」
するとサイヴァルは平手を大きく左右に振り「イヤイヤ違う違う」という仕草を見せる。
『いや、実はですなケラー。我々も今回の件を鑑みて、近いうちにファーダ二藤部に会談を申し込もうと、マリへイルと言っておったところなのですよ』
『ハイそのとおりです。そして私達から、ある提案を貴国にしようと、私は連合加盟各国の承認を得るために、かけずりまわっておりましたのよ』
「はぁ……」
するとサイヴァルも、頭をかきながら、
『元々はマリへイルが考えた、今日本政府内で困っていらっしゃる『聖地案件』に対する、シュウキョウ的でない方法という点を打開するためのアイディアということだったのです。で、私も彼女から聞かされた時は、相当ぶったまげました。こりゃまた休日返上の仕事だなとね……しかし……その時と同じ事をここでもう一度味わう事になろうとは……これは間違いなくナヨクァラグヤ帝のお導きでス。誰が何と言おうとそうに違いない』
横でマリへイルも「そうだ」と頷いている。
『で、ケラー、これをお読みください』
マリへイルは、VMCボードを一つスっと机に置いて柏木に差し出す。
その横には、先ほど柏木が渡したワープロ書類も一緒に添えて……
無論、VMCボードは、少々違和感があるが、日本語に翻訳されている。
その内容を読む柏木大臣、フェル、ヴェルデオ……
すると、今度は三人の顔色がみるみる内に、変わっていく……
そして、しばしの後……
「は、はは……ハハハ……なるほど……そういうことでしたか!」と柏木
『ヘ?……ほえ?……あ、あは、アハハ……ウフフフ……ナルホドナルホド』とフェル。
『こ、これは……なんとまぁ……ハハハハ、確かにこれはナヨクァラグヤサマのお導きだ!』とヴェルデオ
その柏木が作った文書と、マリへイルが作った文書。
二つの書類に、書かれてあった共通の……日本国宛、そして、ティエルクマスカ連合宛への提案。
その内容……
二つの書類冒頭に書かれた二つの文言。
それは……
【ティエルクマスカ銀河共和連合への、日本国加盟要請原案】
【ティエルクマスカ銀河共和連合への、日本国加盟の可能性に関する可否検討伺】
という言葉だった……




