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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
56/119

-35-

 中国人民解放軍という組織。

 この組織は所謂『国軍』ではなく、『党軍』すなわち国を守るための純然たる軍隊ではなく、中国共産党を守るための、つまるところ国家規模の私設軍隊ともいうべき組織である。

 それを理解できる人というのは、軍事に詳しい者以外は、あまりいないだろう。

 現在の中国人民解放軍は、いうなれば私設軍隊が国軍のように振舞っているだけの組織という理解ができる。

 特危自衛隊 久留米二佐は北京で柏木達に、その理由として中国の法を根拠にして説明した。

 国家元首に宣戦布告権や、動員令布告権がない。

 それができるのは、党中央軍事委員会。つまり『党』だ。

 ということは、この時点でもうシビリアンコントロール下の軍隊ではないということを、彼ら自身が謳っている……


 そして、張の言ったあの言葉……


『言いたいことは今まで通り言うぞ』

『その言いたいことを現実にする手段もある』

『でも戦争に勝ったことがない』


 柏木は、彼の偏った知識をフル回転して考えると、一つこの言葉で思いつく事があった。

 

 人民解放軍が『党軍』であったとしても、それが通常の国軍のように運用されるならば、それが党の軍隊であれ、国軍であれなんであれ、結果は同じだ。

 その所属する親玉が国か党かの違いであり、大した問題ではない。

 おまけに中国は一党独裁国家だ。言い換えれば『国イコール党』と考えれば余計にそうなる。そして一党独裁という時点でハナからシビリアンコントロールなんぞ期待できるわけがない……が……


 それでも、党軍という組織であれば、シビリアンコントロール下の軍隊とは、ある一点において、決定的な違いが出来上がる。

 それは……『軍閥』である。

 軍閥といえば聞こえはいいが、要するに党の幹部が軍隊という武装組織を私物化する事だ。そして中国という国家では、実際にそれがある……


 中国という国、この国は先の『党中央軍事委員会』という組織が事実上のこの国の支配者と言って過言ではない。

 なので、党の上層部に上り詰めたものは、兎にも角にもこの人民解放軍を何らかの形で自分の傘下に置き、その権限を手中にしないことには、何もできないのである。

 事実、過去の中華人民共和国でも、軍から遠い幹部が失脚するという事がよくある。

 従って、中国では、党幹部が何らかの形で子飼いにしている軍の部隊が必ず存在する。所謂、党の実力者という場合は、必ずそうである。これ即ち『軍閥』だ。

 なのでその軍閥は、改革開放政策以降、国内でホテルを経営したり、工場を経営したりとそんな事業を展開している。そこで得た金が幹部の懐に入る。そして、軍閥を通さないと一般市民は仕事ができなかったりするわけで、そこで賄賂が横行する。

 

 極めてわかりやすく例えるなら、人民解放軍の組織実態とは、『ヤクザ』や『マフィア』のそれと全く同じ理屈で動いているのだ。


 張主席の言った『中国は戦争に勝ったことがない』という言葉。

 柏木がパっと思いついた原因がそれである。

 つまり、中国軍というのはそんな軍閥組織であるからして、軍全体の組織的運用ができない、もしくは苦手な軍隊なのである。

 

 例えばある国で、中国が軍を送り込み、紛争なり戦争をふっかけたとしよう。

 その国は、中国の事前調査でメチャクチャ弱そうな相手だったと認識したと仮定する。

 で、中国は軍隊を送り込み、敵を潰そうとするだろう……だが、実際戦ってみると、相手はメチャクチャ強くて中国軍が返り討ちに会い、ボロボロにやられてしまった……

 

 こういう情況を仮定すると、その軍の部隊を子飼いにする党幹部は即失脚である。

 なので中国軍は、『絶対に』勝てる相手としか戦争をしない。勝ちたい相手には、とことんまで嫌がらせをしたり、内部工作で相手を疲弊させたり、懐柔したり、協力者に仕立て上げたり、相手国の世論を扇動したりとそのような陰湿な策を徹底的に行う。

 これは外国企業を買収したり、その国の株式に上場したりと、そんな事もこういった範疇に入る。なんせ相手は社会主義国家だ。中国に純粋な私企業なんて存在しない。必ず親会社は法律よりも上位にある『中国共産党』なのである。


 そして、相手が弱って勝てると踏んだ時点で戦争をふっかける。

 現在進行形の事件で言うなら、南沙諸島でのフィリピンとの対立がその良い見本である。


 そうしないと、普通に戦争をして、仮に負けたり、勝ったとしても、兵力の損耗が激しい勝利であったりすると、その軍を統括する幹部が責任を問われて失脚。おいしい生活ができなくなるのである。

 例えば、チベット然り、東トルキスタン然り。

 この二つは、とてもではないが『戦争』をして勝ったとはいえない相手国である。

 逆に言えば、中越紛争時の中国。

 ベトナムを舐めてかかってボロ負けした。

 あの戦争でも中国軍は、とても頭を使って戦ったとはいえない戦争である。結局調子に乗って、相手の懐深くまで考えなしに侵攻して返り討ちにあった戦争だ。

 おそらく、党幹部の首が飛んだだろう。


 そして、特に改革開放政策以降、一時期はこの軍閥企業の独断的性質が頓に色濃くなってきた。

 例えば、柏木がかつて、中国の兵器メーカーである中国北方工業公司ノリンコ傘下の中国国際北方射撃場という場所で銃を打ちまくれたのも、軍閥の外貨稼ぎ以外の何物でもない。

 

 現在の中国……

 欧米的商習慣が入ってきた事や、出戻り華僑といった純粋な資本家の進出などの影響。張政権の党内引き締め政策の影響で、一時期は以前ほどはそういった軍閥が幅を利かせるような情況ではなくなってきていたのだが、ヤルバーンの飛来以降、所謂ガーグ的勢力と、軍部、即ち軍閥が結託し、ガーグの対日工作と、軍閥の、張政権を鬱陶しく思っていた思惑が合致して、現在の中国は『張政権』と『軍部外星人排除派』と『軍部取包含在内派』という三つ巴の国内勢力、そしてそこへ、『トルキスタン・イスラム聖戦同盟』というトルキスタンのイスラム革命を目論むテロ組織も加え、四つ巴状態といった国内情勢にあった……




 ………………………………




 ……日本に帰国して以降、あの張の言葉を思い返しては、色々思案していた柏木。

 彼の雑記帳もそんな事を考えながら、この件でかなり真っ黒になるまで何やらゴチャゴチャと書きなぐられていた。

 

「ふ~む……ワカラン……」


 大臣執務室で一人、ウンウン唸ってしまう。

 最近愛用の、摩擦熱でインクを消せるボールペンをトントンと机へ叩き、唸ってしまう柏木大臣。

 鼻と口の間にペンを挟んで『 3 』の字の口をしてみたり。


 彼は今、特務交渉官時の部屋から引っ越して、以前の部屋に比べて三倍ぐらいはある閣僚室を充てがわれていた……はっきりいって広い。自分には分不相応な部屋だと感じている大臣様。

 執務机も新調品。

 上座とその脇にソファーのある立派な応接間。

 どこかのイッパシな企業の社長室みたいだ。


 そんな事をしていると、なにか俄に外が騒がしい。

 ドタドタという足音が近づいてくる。

 そして、ノックもせずに、バカっとドアを開けて入ってくるは……白木だった……


「おいっ! 柏木!」

「んおっ! お、おう、どうした白木」


 白木が鬼の形相で柏木の部屋に飛び込んで来る。


「まだ何も聞いていないのか!?」

「ん? い、いや、何の話だ?……俺は今朝から例の件でずっと思案してたトコだったからな」

「そうか……チッ……いいか、よく聞けよ」

「あ、ああ……って、どうしたんだよ、んな血相変えて」

「中国が……やらかしやがった……」

「え?」

「中国の漁船が、魚釣に難破しやがったんだよっ!」

「な……なにぃ!」


 偏った知識専門家の柏木大臣なら、この一言で充分である。


「柏木、一緒に危機管理センターまで来てくれ」

「え!? 俺がか!?」

「あたりめーだろ、関係者じゃねーか、お前は」

「い、いや、ちょっと待てよ。俺はティ連担当大臣だぞ。俺なんか行ってどーすんだよ」


 白木はハァ~という顔をし……


「あのなぁ……漁船ってな……あんなド台風来てる時にどこのバカがお魚を捕りに出かけるんだよ……こんな状況でアソコへノコノコ漁船っつったら……わかるだろ?」

「いや、そんなのわかってるよ。で、それのどこがヤルバーンと関係が……って……あ、そうか!……」

「ハイハイ、お前の今のその頭の中身で考えてる事、ご名答だ。ホラ、いくぞ!」

「お、おう」


 つまり、あの会議からそんなに日が経たないうちにこの事態だ。

 あの会議内容が関係しているかもしれないということだ。

 あの会議ナシでこの事態なら、柏木はとりあえずは不要だったかもしれない。しかし今のこの状況、件の会議が無関係だとは、さすがに言えないだろう。


 ……PVMCGで造成していた雑記張と、ボールペンをサっと消し、ハンガーにかけた上着を引き抜くように手で持って執務室を飛び出す柏木。小走りで白木の後に続く……



………………




「総理!って、あれ?」

「柏木さん、お待ちしておりました」

 

 地下の内閣危機管理センターに入る柏木達。

 防衛大臣の井ノ崎が彼らを迎える。


「あれ? 井ノ崎先生、総理達は?」

「総理は緊急記者会見の準備です。三島先生は、中国の郭大使を呼んで抗議の真っ最中ですよ」

「そうですか……しかし、防衛大臣の井ノ崎先生がいるってことは……そんなに事態は逼迫しているのですか?」


 すると後ろから声をかける女性。


「ええ、そういうことです柏木大臣」


 振り向くと、国土交通大臣の『寺川由美てらかわゆみ』が彼らに話しかけた。

 かつては防衛大臣も務めたことのある保守系女性議員で有名な大臣だ。

 ちなみに、こういう場合は、まず日本では『海上保安庁』が警察権をもって対応する。

 その海保の統括官庁は、国土交通省である。


「こうやってお話するのは初めてですね。柏木大臣」

「あ、どうも。よろしくお願いいたします寺川先生……ということは……」

「ええ、そうよ。ちょっとマズイところまできてるので、井ノ崎先生にも用意してもらっているんです……これを見てくれますか?」


 寺川は、担当者にセンターの中継モニターを切り替えさせる。

 すると、恐ろしく鮮明な、魚釣島周辺の映像に切り替わる。まるで映画の撮影でもしているかのような鮮明さのライブ映像だ。


「えらく綺麗な映像ですね」


 柏木が口を尖らせて感心すると、井ノ崎が……


「はい、特危に出てもらいました」

「特危ですか! ってことはカグヤも……」

「いえ、カグヤは、災害対応を行っている鹿児島湾沖で待機してもらっています。この映像は、カグヤに搭載されているヤル研が試作した無人偵察ドローンの映像ですよ……」


 ……ヤル研のヲタ……いや、優秀極まる技術者が試作した偵察ドローン。

 対探知偽装などと言う邪道は使わない。正々堂々と偵察をするドローンである。

 その実態は……とびに似せた、動物ロボット型の偵察ドローンだ。これなら飛んでいても誰も気にすることはない。そして、島の木々にとまらせることで、堂々と敵地を偵察できる。

 ちなみに、名称は『試製14式擬態無人偵察機』愛称『14式トンビ君』……ピーヒョロロロロと鳴く機能も付いているらしい……

 そんなことを井ノ崎から説明を受ける。


「す……すご……って、愛称適当すぎですね……ヤル研らしいというかなんというか……別に鳴かんでも……」

「ええ、本当に……無駄に役に立つからどうにもこうにも……愛称もこんな状況で堂々と言える物じゃないですけどね、ハハ……で、その横に映ってるのが、海自哨戒機の映像ですが……」


 柏木は、その映像を凝視する……


「どうです?」

「確かに……マズイですね……」


 その状況。どこからか湧いて出てきた大量の中国公安辺防海警部隊。いわゆる中国海警の船舶が、完全に海保警備艇をブロックしている状況である。

 海保の船舶に、体当たりでもしそうな勢いでブロックしている。

 おそらく海保は『ここは日本国の領海である。貴船は我が国の領海内に侵入している。直ちに領海外へ退去せよ』という具合にやりあっているのだろう。

 しかし、相手の数が多い。

 

 センタースタッフが寺川に報告する。


「寺川大臣。中国側はこんなメッセージを」


 その内容は……


【我々は現在、我が国の遭難者を領海内で救護活動中である。釣魚島は古来より我が国の領土であり、遭難者を我が国が保護するのは当然の行為である。貴船は、わが国の救助活動を妨害している。直ちに中国領から退去せよ】


 その文章を読む諸氏。苦笑いに渋い顔。

 思わず白木が……


「お約束通りの事やりやがって。舐めてやがるな……どうしますか? 寺川先生」

「今のところは現状維持でしょう……三島先生の状況待ちでしょうね」

「まぁ……結果はある意味分かり切ってはいますが……」


 白木は、舌打ちして画面を見入る。

 すると……


「おい、あれ見ろよ……ありゃぁまずいぞ……」


 白木が『トンビ君』のモニターを指さす。

 ドローン『トンビ君』は、魚釣島の、どこかの樹木にとまったようだ。難破漁船の方にカメラを向けて、ズームしている。

 すると、その漁船の船員らしき男たちが、中国国旗を振り回している姿が見えた。


「なるほどな……やっぱりコスプレ漁民か……」と漏らす柏木。


 コスプレ漁民……すなわち、中国の工作員ということだ。


 そんな話をしていると、フェルとゼルエがやってきた。


「フェル? それにゼルエさん?」


 驚く柏木。

 内閣危機管理センターといえば、官邸でも機密部署なだけにヤルバーン人員が来るなど予想していなかった。


「ああ、柏木さん。総理に許可をもらって私がお呼びしました」


 井ノ崎が心配ないと手を振る。


「あぁ、そうだったのですか……フェル、どうしたの?」

『ニホン国の一大事と聞いて、飛んできましたヨ。てれびのニュースを見て、ビックリしてファーダ・ニトベにご連絡しましタ』

『アあ。なんでもチャイナの主権侵害行為って話じゃねぇか。今やニホンとは友好国だし、俺達も安保協定もあるしな。こりゃほっとけねぇってんで飛んできたぜ』


 フェルにゼルエ。両異星人さんも心配顔。

 彼らティエルクマスカ人は、協定とか、条約といった約定事には極めて誠実で忠実なのである。

 まるで自国の事のように、渋い顔をしている。


『ファーダ・イノサキ。シエとケラー・タガワは既にカグヤへ“キョッコウⅡ”で飛んでもらいましタ。あと、例の“改造へりこぷたー”の“ちぬーく”で、リアッサ、シャルリ、ケラー・オオミ、ケラー・クルメもカグヤへ向かって頂きましタ』

「わかりましたフェルフェリアさん。ありがとうございます」


 その話を横で聞いて、柏木は……


「え? おいおいおいフェル。それってメルヴェン隊と特危のメインメンバーじゃないか! 戦争でもおっぱじめるつもりかよ!」

『マサトサン……』

「え?」

『ソの可能性……最悪の状況も考慮しておく必要がありまス』


 フェルがいつになく真剣な顔で話すので、何かのっぴきならない事でもあるのかと思う。

 するとフェルがVMCボードを造成させ、柏木に渡す。


「これは……ガーグネガティブコードシステムのデータ?」

『ハイです。以前、私がイゼイラへ帰還する前に、試験的に算出したデータなのですけど、もう一度今回の状況を鑑みて算出しなおしました……上のデータが以前のデータで、下のデータが、今さっき算出したデータでス』

「!」


 柏木はそのデータ内容を見て、ハっとする……


「上のデータは……ヤルバーンが積極的に関与したと仮定した際の、尖閣諸島に対する近隣諸国の反応か……で、下のデータは……」

『先日の『主権会議』の結果をデータ入力してみたデすよ……どうですか? マサトサン』

「ほとんど同じってか……という事は、ヤルバーンが尖閣へ積極的に関与してきた状況と、こないだの会議結果は……ガーグコードシステムは、同じ状況と認識したわけか!?」

『そういう事になりますネ……』 


 井ノ崎や寺川も、そのタブレットを柏木の手から取って眺める。


「と、いう事は……」と白木。腕を組んで、口を歪ませる。

『ハイ、覚悟した方がいいかもしれませン……』フェルも、切れ長瞳をさらに、切れ味するどい瞳にして話す。


 柏木は……腕を組んで、片の掌を口に当てながらパイプ椅子に座り込み、ドローンの送ってくる映像を凝視する。


「よう、みんなご苦労さん」


 中国、郭大使との話が終わった三島がセンターへ入室したきた。


「ああ、フェルフェリアさんとゼルエさんもいらっしゃってましたか」

『ハイ、ファーダ』

『ファーダ・ミシマ、ご無沙汰しておりまス』


 フェルにゼルエが敬礼する。

 満面……とまではいかないが、笑みで応じる三島。空いている席へ二人を誘う。

 三島も席へ座ると、大きな吐息を一つつく。


「どうでしたか? 三島先生……って、おい……おい!柏木!」


 白木は三島が来たのに、知らんぷりでドローンの画面を凝視して考え込む柏木を呼ぶ。

 ビクっとして振り向く柏木。


「ん!? って、あ! 三島先生、お帰りなさい」

「おいおい、どうした先生。えらく真剣に考え込んでるな」

「そりゃ……あんな絵を見せられたらそうもなるでしょう」


 柏木は親指で、背後のモニターをクイクイと指さす。

 彼は三島の傍まで来て、近くの椅子を引きずって座る。


「まさか、こないだまで自営業者の私が、国の安全保障最前線にいるなんて……なんなんでしょね、これって」

 

 柏木が思わず愚痴をこぼす。すると三島が「何言ってんだ」という感じで


「おいおい先生……宇宙の果てまで行って、変な殺人ロボットや宇宙艦艇とドンパチやった先生が言っても、何にも説得力ないぜ」


 みんな乾いた笑い。


「いや、これとそれとは……はは、まぁいいや。で、どうでしたか?」

「ああ、まぁ……基本的には相も変わらずだけどよ……」


 その言葉に白木が訝しがる顔で……


「基本的には?……何ですかそれ」

「ん? ああ、 こっちゃてっきりいつもの芸で『釣魚は中国の領土で革新的利益』を鸚鵡おうむ返しみたいに繰り返すと思ってたんだけどよ……今日はその次に、『我々は平和的解決を望む。我々はこれ以上の問題拡大を望まなない』ときたもんだ……」

「え? 本当ですか? それ……」

「ああ、ちょっといつものパターンと違うんで、調子狂っちまったがな……」


 すると横で聞いていたフェルが


『平和的な解決を望む? 良い事ではないですカ。お話し合いの場を設けたら如何デすか?』


 そういうと、柏木、三島、白木が掌を横にブンブン振り「ちゃうちゃう」という感じで、フェルの意見を否定する。


「いや、あのねフェル」

『ハイ?』

「フェル達は分からないだろうけど……この問題では、中国は今まで頑として、『あの地域は中国の物』と主張してきた訳だよ」

『フムフム』

「で、今回、もう明らかにあの島を獲りにきている行為を連中はしているわけだろ? んじゃフェルがチャイナ国の立場なら、この状況で日本が文句言ってきたら、どう言い返す?」

『そうでスね……コの島は元々チャイナ国の物ダ。元々チャイナ国の物を、なぜニホン国と話し合わなければならないんダ……って言いますでス』

「正解……で、今の三島先生の話を聞いてどう思う?」

『ア、そうか……言っている事と、やっている事が矛盾していまスですね。おまけに“問題解決”と言っているデすから……相手はこの状況を“問題”と認めている訳デすか……』

「その通り」


 するとゼルエも横から……


『ト・言・う・事・は……おいおい、もしかしてチャイナの偉いサンも、今のこの状況を不本意と言っているみたいなもんじゃねーか……どういうこった?』


 すると、新見がいつの間にか諸氏の背後に立っており、話を聞いていたみたいで……


「ゼルエ局長の仰っている事、当たっているかもしれません」

「うぉっ、新見君! いきなりビックリするじゃねーか」


 三島の体がビクっと動く。

 みんなも同じ感じ。


「ははは、すみません。みなさんが真剣に討議してらっしゃったので、声をかけづらくて」


 頭をかいて、スンマセンな表情の新見。


「はは……で、どうだった? 新見君よ」と三島が新見を指さし尋ねる。


 新見は対面の席に座り、カバンを開けて書類を取り出しているようだ。

 三島はいつもテレビで見せるような、両の掌を組んで、乗り出すような恰好。

 柏木達も新見に向かって座りなおす。


「三島先生、新見さんはどちらへ?」

「おう先生。毎度のドノバン大使のとこだよ」


 白木が横から……


「なんでも、張主席から、今回の件で直接ハリソン大統領に電話があったそうだ」

「ほー……で?」

「ドノバン大使がその会談内容を教えてくれるっつーんで、統括官にアメリカ大使館まで行ってもらってたんだよ」

「なるほど……」


「でよ、新見君。どうだった?」

「はい。なんでも張主席は、まぁかいつまんで言いますと、ハリソン大統領に『我々は、我が国の領土に漂着した避難民を救出しているだけだ。従って、米国は本件に介入するな。かかる問題は、日本と協議解決する』という事だそうです」

「ほぅ……んじゃ、郭大使の話と同じだな……」


 柏木もそれに同意して


「ええ、やっぱり『問題』って言っていますね……正直今、この状況では中国側が主導権を握っています。ですので、今まで日本側が中国に言ってきたように『自国の領土だ、何も問題はない』と言い張ればいいものを、張主席自ら『問題がある』って言っていますね……」

「ああ、そうだな先生……まるで問題にしてぇみたいな言い方だぜ……」

「ふぅ~む……」


 そう言うと、柏木はまたドローンの送ってくるモニターへ目を向ける。

 そして、さっき大臣室でウンウンと考えていた件の問題と、今の現状をなんとなく照らし合わせてみたりと、彼の脳内でバラバラにまき散らされたいくつもの種類の違うジグソーパズルのピースを、勘で探して組み合わせるかのように、何かの考えを組み立てていた……


 しばしみんなそんな感じで、思案にふける時間……沈黙が走る。


「……寺川先生……」

「はい、何でしょう柏木先生」

「海保、どうするんです?」

「ええ……岸に接近したくてもこの状況ですからね。船の数も違いすぎますし……」

「ヘリで、あのアホタレを確保するのは?」

「どうでしょう? できないことはないですが……ヘリを出したら出したで、今の感じでは向こうも対応策を打ってきかねませんしね……」


 その話に補足するかのように、井ノ崎が……


「ええ、そうですね……柏木先生、海自哨戒機の報告では、海警2305型も投入されています。で、その船では、いつでもヘリが飛びたてるような状態だと報告が入ってきています」

「そうですか……では井ノ崎先生、海自の方も……」

「はい、いつでも……特危もです」


 ウンウンと頷く柏木……


「(やはり……そうなのか?……)……フェル、さっきのガーグ監視システムのデータ、もう一度見せてくんない?」

『ア、ハイ……どうぞ』

「ありがと」


 柏木は、フェルからもう一度件のデータを見せてもらい、思案する。


 ……と、そんなことをしていると、二藤部や浜に加藤ら他、自衛隊や官僚関係スタッフが記者会見から戻ってきたようだ。

 全員起立して二藤部を迎える。

 二藤部は、平手で「そのままそのまま」というような仕草をすると、みんな着席。


「フェルフェリアさん、それにゼルエさん。会議室の方へ……あ、それとマスコミが少々入りますので……」

『ア、ハイです』

『オっと、そいつはいけねぇな』


 そう言うと、二人はPVMCGを操作して、日本人モードに変身する。いかんせん一瞬マッパになるので、フェルが変わるときは女性スタッフが周りを囲んであげたり。


 

 そして会議室へ。

 マスコミも入り、会議冒頭を撮影して、退出していく。

 ゼルエのイカツイ顔に、マスコミも「誰だあのオヤジは……」というような顔。

 そして、関係者のみになった危機管理センターでは、二藤部の冒頭の言葉の後、具体策が話し合われる。

 バックのモニターには、尖閣諸島の映像が映る。


「……記者会見の後にハリソン大統領からも電話があり、在沖縄海兵隊の休暇を全て取り消して、待機命令を出したという事です」

「では総理、米国も現在の状況、最悪を想定していると?」と白木が問う。

「はい。あの状況ではもう、海保では対応できないのが現状でしょう。それと、今さっき入った情報ですが、中国の空母、『遼寧』が青島チンタオより出港したという情報も入っています。そして、南海艦隊にも動きがあると」

「なんですって!?」


 議場がにわかにざわつく。 


「では、中国軍は本気だと?」

「……そう見ていいのかもしれません」


 すると井ノ崎が……


「では防衛出動は……」

「はい、もはや避けられないかもしれません」


 すると、センターにスタッフが慌てて飛び込んでくる。


「総理! 哨戒中の海自哨戒機が、中国軍戦闘機に追跡されているそうです!」

「!?……それで?」

「はい、ピッタリくっついて離れないそうですが、哨戒機も偵察を続行中です。那覇から204航空隊がスクランブルしましたが……」


 一刻一刻と切迫した状況になる尖閣諸島。

 加藤によると、海自も既に出港準備に入っており、佐世保港から、護衛艦こんごう以下艦艇が待機している状態であるという。


『ファーダ・ニトベ……』

「はい、なんでしょうフェルフェリアさん」

『ワタクシ達にも、何かできることはありませんでしょうか?』

「いえ、現在の状況では……いかんせんまだ中国もこちらをけん制しているような状況です」


 するとゼルエが


『しかしですゼ、ファーダ。あの島の海域は、明確なニホン領なんですよね』

「ええ、それはその通りです」

『ンじゃ、現状、完全な主権侵害行為……いや、侵略行為じゃねーですかい。私達の考えじゃ、とっとと軍出して、排除するってのが普通だと思うんですがね?』

「我が国は、仮にそうであったとしても、明確な相手国の軍事行動がなければ法律で自衛隊の武力行使を行えないのですよ。現在は相手も『海警』すなわち、名目上は海上警察ですから、ここは我々も海上保安官……即ち海上警察組織が対応するしかないのです」

『フ~ム、ナんだか面倒くさい話ですなぁ……』


 ゼルエ達も、フェル達が調査した日本の内情は良く知っている。

 前の世界的紛争で日本の法がこんな形になっているのも当然知っている。なので、それ以上は言えなかった。

 更に二藤部は、中国側が「平和的に問題を解決したい」と言っている以上、今、尖閣にいる中国海警が、その漁民を救助してそのまま引き上げればそれで良し、また後で文句のいいようもある。そう思うところもあるので、まだ手出しはできないと話す。


 そして、この不毛な緊張状態が続く……




 ………………………………




 鹿児島湾沖に浮かぶ『宇宙空母カグヤ』

 外からは一見すると、何も動きもない平穏そのもののようなバカデカイ空母型宇宙船が、海に浮かんでいる構図である。


 しかし……


 ……カグヤ甲板。


 カグヤ艦長 ティラス・ヴァージ・サルドは、甲板に出て甲板上で作業をする様子を見守っていた。

 カグヤの甲板は、現在今まで以上に賑やかになっている。

 ヘルメットを被ったイゼイラ人クルーに、特危自衛隊クルーが声を掛け合い、作業をする。

 本来災害救援活動のためにここまでやってきたカグヤだったが、かような緊急事態になり、このカグヤも一段落ついた災害復旧活動を切り上げ、万が一の対応に備えていた。


 すると、カグヤの数百メートル後方から、いきなり何かがビカっと光って姿を現す。

 シエと多川の乗ったXFAV-01『旭光Ⅱ』だ。

 そして、その後ろから、同じくビカっという閃光とともに、『CH-47Jチヌーク』を改造した『チヌークTRトランスポーター』とヴァルメ一機が姿を表す。

 このチヌークTRは、チヌークヘリのローター部を撤去し、空間振動波エンジンに換装した、ヤル研試作のオモ……いや、重要な試作機である。


 そう、このカグヤの実際の忙しさと、外から見た平穏さ。この違いは、現在カグヤには事象可変シールドの一種、ホロシールド。つまり偽装シールドがカグヤ中心から半径数百メートルにわたって、大きなドーム状に張られている。

 なので、その範囲外から客観的に見るカグヤは、何も動きがないホログラフ映像なのである。

 そのホロ映像シールドドームの中を、対探知偽装をかけた旭光Ⅱが侵入してきたので、かような状況になっている。

 チヌークTRも同じような感じ。しかしチヌークTRには、対探知偽装装置がついていないので、ヴァルメを伴ってやってきた……


 旭光Ⅱは、特危隊員の誘導にしたがって、VTOL着陸をする。ウォンウォンと機関音を唸らせて、難なく着艦。

 チヌークTRも同様。ヘリのようなバタバタ音もなく、スっとカグヤに着艦する。

 中から降りて来るシエに多川。そして大見や久留米、リアッサにシャルリ。


 イゼイラ人誘導員がチヌークと旭光Ⅱをトラクターフィールドを使って、艦の端に寄せ、駐機させる。


『ティラス艦長、久し振りだネ』

『ティラス、変ワリナイカ?』


 シャルリにリアッサがティラスと握手に抱擁など。


「艦長!」


 多川がティラスに声をかける。


『ケラー・タガワ。ご苦労様でス。ヤルバーンに出向いた早々、こんな事態で大変ですナ』

「まったくです。あ、お嬢、例の件……」

『エエ、ワカッテイルワ……ティラス、モウ少シデ、特危ノ新型セントウキが三機到着スル。受ケ入れレヲ頼ムゾ』


 シエの一瞬の口調に全員「???」となる。

 あれ? 聞き間違いかな? と耳をほじくったり。


『ア……わ、ワかりました。連絡は受けておりますよ、シエ局長』

「ああ、それから艦長、紹介します。こちらが、特危陸上部隊担当の久留米ニ佐と、大見三佐です」


 自衛隊迷彩服を着こみ、鉄帽を被った二人がティラスに握手を求める。


「初めまして艦長、柏木大臣よりお話は伺っております」と大見と久留米。

『コちらこそよろしくお願いいたします。後ほど副長のニヨッタも紹介いたしますので』


 そんな感じで挨拶をする諸氏。すると、イゼイラ人クルーがティラスに駆け寄ってきた。


『艦長、連絡のあったセントウキが三機、着艦許可を求めていまス。着艦手順の指示を求めていますが』

『ウム、では、普通に地上へ着陸するような感覚で、カグヤに接近するように伝えてくれ。その後はこちらの指示に従うようにと伝えろ』

『了解』


 その様子を眺めようと、甲板で見物するみんな。

 しばし待つと、例の『F-2HM』がホロシールドを抜けて姿を現す。

 フラップを下げ、車輪を出し、機首を少し上げて、普通に着艦体勢に入っていた。


「うわ、こえーだろうなぁ……」


 と漏らす多川。そりゃそうだ。普通の陸上機で500メートルはあるとはいえ、空母に着艦するのだ。普通の空自隊員なら初めての経験である。


 F-2HMがある程度カグヤに接近すると、副兵装台座に仮想造成された装置から、指向性の某らの波動がF-2HMに照射される。

 すると鎌首あげたF-2HMは、少し制動して空中にクンと停止し、機体を水平に戻される。


『F-2HMアルファ、あとの着艦作業はコチラで行いまス。エンジンを停止願いまス』

『り、了解、エンジン停止』


 そんなやりとりがブリッジでなされていたり。

 そして、トラクターフィールドに捕獲されたF-2HMは、そのままゆっくりとカグヤ甲板へ降ろされる。


「おおぁ~! すごいなぁ……」


 思わず拍手してしまう多川ら自衛隊員。


「話には聞いていましたが……確かにこれなら専用の艦上航空機など作る必要ないですね」


 久留米も首を横に降って、思わず唸る。


「しかし……事前資料では、F-2HMも、斥力ナントカとかいう装置でVTOLできると聞いていましたが……」


 大見が多川に尋ねる。確かに大見の意見も、もっともだ。F-2HMには斥力発生装置なる変な機能が付いている。


「ああ、確かにそうなんだが、それを器用に扱えるかどうかは別の話だからな。まぁなんせ俺達は空母への着艦なんて初めてだし、カグヤさんのこの機能使えば、どんなヘタクソでも空母に着艦できるしな、はは」


 まぁ、そんなところである。

 そして、カグヤは順当に三機のF-2HMを着艦させる。

 パイロットが降りてきて、特危航空部隊への着任を多川に伝える、そしてティラスや他のクルーにも挨拶。


「これで、特危自衛隊カグヤ向け戦力の異動は完了ですな、多川一佐」

「ええ、で二佐、あそこに集まっているのが……」

「はい、特危の陸上部隊です。まぁ、こんな組織ですから、さすがに「普通科」なんて言えませんけどね」

「はは、なるほど」


 など、現在の諸々の情況を確認しつつ、多川や久留米は、この見事な艦の、大きな甲板を眺める。

 ティラスは、とりあえずブリッジへと多川達幹部自衛官と、シエ達幹部局員を誘う。

 ティエルクマスカお馴染みの屋内転送装置を使い、甲板から一瞬のうちにブリッジへ。

 そして、ブリッジにある戦術マップ備え付けのミーティングシートへ腰を掛けるように促す。


 このカグヤ関連の連絡係である多川は……


「で、ティラス艦長、この度の事件についての指揮権ですが……」

『ハイ、それに関してはヴェルデオ司令よりお聞きしております。陸上部隊はケラー・クルメ。機動兵器部隊は、ケラー・タガワ。そしてこのカグヤ運用全般に関しては、シュショウカンテイにいるケラー・カトウの指揮下に入れと』

「すみません、そういうことでよろしくお願いいたします」

『イエイエ、本来この船はニホン政府の物デス。我々は、言ってみればニホン政府へ出向の身みたいなものですから。体裁上、ヤルバーンの指揮は受けておりますが、そういうことですので、お構いなく』

「重ね重ねありがとうございます」

『ハイ、それに、個人的にも友好国への主権侵害行為……捨て置けませんな。この国は我々イゼイラ人、いや、ティエルクマスカのナヨクァラグヤを信奉する者の聖地です。もしこの船を私の独断で使えるものなら、とっくに……』


 少し興奮気味のティラス。

 多川達が、「シーっ!」「まぁまぁ」とティラスを宥める。


『ア、アハハ、これは失礼をば。少々興奮しすぎましたかな』

「ははは、そこまで仰って頂けるなら心強い限りです。艦長」


 多川も、ティラスの腕を取り、感謝の言葉を言う。


 しばし、現状の状況をお互い確認していると、ニヨッタ副長がイゼイラ茶を持ってブリッジに入室する。


『どうぞみなさん。お疲れでしょう』


 「やぁこれはどうも」という感じで、みんな熱いお茶を有難く頂く。


『ニヨッタ副長。君も同席してくれんか? ケラー達を紹介したい』

『ハイ、畏まりました艦長』


 そんな感じで、ティラスはニヨッタにもお初の面々を紹介する。

 しばしとりとめのない話をした後、久留米が茶をひとすすりすると……


「……ふぅ……一応準備は整いましたが……あとは官邸がどう判断するかだな、大見三佐」

「ええ、官邸もそうですが……やはりアイツがどう見ているかですね」


 すると多川が横から……


「アイツって、柏木さんですか?」

「ええ」

「話は聞いていますよ。なんでも張主席とサシで話をしたとか……すごいですねあの人」

「いや、まぁ、向こうからの指名でしたのでね。私も警護で同行していましたが……」


 それもすごいな、と驚く多川。

 シエも話に入り……


『デハ、カシワギハ今、アノ“チャン”トカイウ男ノ話ヲ、ドウ判断スルカ、思案中トイウワケカ……モシカシテ、我々ノ行動モ、ソレ次第トイウコトカ? オオミ』

「ええ、恐らくはそうなるんじゃないですか? どう考えても中国の今回の行動。あの会議と関係ないわけがありませんよ」

『フム……確カニソウダロウナ……』


 柏木が今回の件、どう見て、二藤部達に具申するか……そのあたりではないかと思う諸氏。

 これはなかなかに時間かかかりそうだと皆は思った……




 ………………………………




 官邸、危機管理センター。

 周りでは、みんなが今後の展開やら、予想などを色々と討議している。

 その話を黙してジっと聞く柏木。

 時折、フェルが渡してくれた、ガーグシステムのデータをチラチラ見ながらみんなの話を聞く。


「このまま海保と海警が延々とにらみ合う状況は考えにくいですね」と白木

「どちらかがしびれを切らすのを待つか……数が多い中国には有利ですな」と三島

「相手は漁民を保護する素振りを見せませんからね」と新見

「佐世保から、一隻出しますか?」と加藤

「いや、それをやったら相手の思うつぼです」と井ノ崎

「現場の保安官も、限度がありますよ」と寺川。


 その寺川の言葉に、「ん?」となる柏木。


「寺川先生、現場の保安官さん、もしかしてスキあらば突っ込んで上陸する気ですか?」

「ええ、それはそうでしょう。わが国の領土です。当然ですわ」


 柏木は、ドローンの送ってくるモニター映像を指さして


「あの状況でですか?」

「はい、それが彼らの仕事です」


 映像には、多数の海警に行く手を阻まれ、隙を伺う海保警備艇の様子が映る。


「彼らもそこが日本の領土だという意識でやっています。引くわけにはいかないでしょう」


 寺川が語気を強くして柏木に話す。井ノ崎もそれに同意して……


「そうですね、確かに……現場はつらいでしょうが、ここで彼らが引けば、『負け』になります。」

「なるほど……で、防衛出動も現状では迂闊にできないと……連中が何者なのかわかってるのに厄介ですね」

「ええ、逆にいえばこれをやられると一番かなわないと、こちらも自覚してはいたのですが……」

「法ですね」


 そういうと、井ノ崎も二藤部も頷く……これが日本国の現実なのである。


「でもちょっとおかしいですね……これ見てくださいよ」


 柏木が先ほどから凝視していたVMCモニターを、空中でクイと回す。そして、VMCキーボードを叩いて、画面のスミをクイと空中で動かし、モニターを30インチぐらいまで広げる。

 VMCモニターを間近で見たことのない寺川は驚きつつも、その画面を凝視する。

 

「私、さっきから中国系のニュースサイトを覗いていたんですが……こんだけ日本がアップアップ言っている状況なのに……どっこもこの事件、載ってないんですよ」

「え?」


 みんな、柏木がPVMCGで翻訳し、画面中にたくさんウインドが開かれた中国ニュースサイトをのぞき込む。


「……でぇ、こっちで日本のニュース……今現在、特番真っ最中で米国や韓国、ヨーロッパではもう話題もちきりですが、中国のテレビニュースでも取り扱っていないそうです」


 柏木が怪訝な顔をして説明する。


「え?……あ、本当だ……」

「おかしいでしょ? 中国の今までの例なら、尖閣周辺の景色を編集してまで『中国が実効支配してるぞ~』とか言いふらすのに、なぜか今回はダンマリで、報道官のあのオバサンも顔見せてないそうですよ」


 全員、柏木の見せるその状況に「確かにおかしい」と言う。


 ……柏木の脳内では、バラバラに巻かれた脳内のパズルピースが一つ一つ段々と組み合わさっていくのを感じていた。


「もしかしたら……ゼルエさんのさっき仰っていた話……案外アタリかもしれませんね……」

『エ、どういうこったいケラー』

「張主席……この状況、不本意なのかも……いや、ちがうな……不本意というよりも、関知していない状況なのかもしれません」


 すると二藤部はさらに訝しがる顔で……


「ど、どういう事ですか?」

「つまり……あくまで私のカンですが……こいつら、恐らく『ガーグ』勢力ですよ」

「えっ!」


 柏木は、自分の……あくまで『推論』ではあるが、という前提で説明をする。

 まず第一に、張主席は、一度は失脚寸前にまで追い詰められたということ。

 そこで、どういう経緯かは分からないが失脚を免れ、何らかのガーグ派閥を後ろ盾にして盛り返したようだと。

 すると、今の中国は、拮抗して対立した中国軍部のガーグ派閥同士がにらみ合っている状況であると。

 で、先の張と行った会談のあの言葉……つまり張は、ガーグを後ろ盾にしてはいるが、その勢力へ完全に加担している訳ではないのではないか? 

 そして……もしかして今回の行動、ガーグ派閥の独断ではないか? と……

 もし張がそれに加担していれば、それこそニュースサイトや、電波で大っぴらにこれでもかというほど報道するだろうと。


 その話を聞いて、白木が少しおかしいと異議を唱える


「おい、ちょっと待てよ……こないだの会議で連中も日本とヤルバーンが緊密な関係だってわかってるんだろ? こんな事件起こしたらヤルバーンさんの印象悪くなる。そして、今後の接点がプッツリ切れて、中国の視点……っつーか、ガーグの視点で見れば、ヤルバーンに何されるかわからないって事ぐらい、ガーグどもも想像するだろうがよ。なのに何でこんな自分で自分の首を絞めるような事、わざわざやるんだよ……」

「スマン、そこはわからない」

「はぁ?」

「いや、俺がそう思ったのは、今の状況と……フェルの持ってきてくれたガーグシステムのデータで思いついた事なんだ……」


 柏木は、確かに白木の指摘はもっともだという。

 張は、今回の件、不本意と思っていると仮定して、中国が軍を動かす。しかも、相当大規模に尖閣諸島という、日本と中国が一番もめているところにだ。

 となれば、想定されるのは……遠からずこの状況が続けば、日中の軍事衝突しかない。

 そうなると、一番喜ぶのは誰だ?……ここがまだ出てこない。


「なんだよ、オメーにしては、イマイチな回答だな」

「いや、そうでもないよ」


 柏木はそう言うと、二藤部に向き直り……


「総理……カグヤに動いてもらいましょう」

「えっ!?」


 いきなりの柏木の提案に、驚く二藤部。


「何か考えが? 柏木先生」

「はい……現状、防衛出動がままならないのであれば……その範囲外の物、カグヤに動いてもらって、状況を突っついてみましょうよ」


 そこで、相手なり、中国国内の情報ソースなりが動けば目的が見えるかもしれないと。


「ふ~む……しかし、カグヤには特危も乗っていますしね……」


 すると井ノ崎が……


「特危の航空部隊には、F-2の、例の改造型が積んでいるはずです。アレで、海自哨戒機の護衛と言う形で飛べば、言い訳はつきます。それでも一応合法的に『突っつけ』はしますよ。」

「海保としても柏木先生のお話に乗せてもらいたいですわ、総理。これ以上保安官に負担はかけられません」


 腕を組んで考える二藤部……


 するとフェルも……


『ファーダ、確かニ、カグヤなら世間ではヤルバーン所属のオフネということになっていまス。ニホン国にはご迷惑はかからないと思いますガ……』


 ゼルエも


『ああ、そうですなファーダ。協定で我々が日本近海をどう動こうが勝手な話だ。しかし、もしチャイナが俺たちの何某で策を弄するなら、何かどこかに動きが出ると思いますぜ。ファーダ・カシワギの、相手の猜疑心を揺さぶるという方法、悪くないと思いますガ……』


 三島も意を決したように


「総理、どっちにしても今の状況じゃ埒があかねぇ。外務省としても、今後次官や大使閣僚級の会談を繰り返したところで、正直やるだけ無駄だという感じだぜ……ここはヤルバーンさんに甘えてみてもいいんじゃねーかい?」


 柏木はその三島の言葉に続く。


「そして……これはヴェルデオ大使の協力も必要になりますが……今回の事件を機会にというわけではないですが、もし仮に中国が大きな動きをした時点で、ヤルバーン側から、現在機密事項になっている安保協力関係を公にしてもらったほうがいいかもしれませんね……」

「!!」


 その柏木の言葉にみんな目を鋭くする。

 二藤部も柏木の眼を見て問う。


「それは……例の張主席との会談で、ということですか?」

「はい。それと主権会議の結果も含めてです……あの会議で私達は、ヤルバーンの権利と彼らの状況。そして例の聖地案件も含めた日本の権益を守るためとはいえ、ニルファさんとフェル……つまりイゼイラやティエルクマスカの最重要人物と接触があると、結果的に公開してしまいました。しかもそのお二人はティエルクマスカの一極集中外交方針のためとはいえ、日本以外との直接交渉をしないとまがりなりにも国際会議の場で表明しました。となれば、普通に考えてそれが友好的な国交以上の……つまり安全保障的な関係も疑われるとみて当然だと考えるべきでしょう」

「なるほど……」


 二藤部はいつもの冷静な二藤部らしくない眉間に皺を寄せたような顔で思案する。

 一国を預かるトップとはいえ、この決断はかなり大変な決定になる。

 しかし、それもトップの仕事だ……世の中というのは、なんでも全て丸く収まるようにはできていない。

 今までの日本は平和ボケだのと、なんでも全て丸く収まる方法があるように思わされてきた。しかし、事こういう状況に至っては、日本のみ、単にその因果から外れていただけの話だと痛感させられる。


 フェルも日本人モードの黒い瞳で、二藤部の困惑する顔を見つめる。


『……ファーダ・ニトベ……』

「?……はい」

『ソのヤルバーンとの安保協定を公にする件、私に少々お任せいただけませんか?』

「と、いますと?」

『ハイ、先のシュケンカイギの件でもそうですが、ファーダ達や、マサトサンに私達はお世話になりっぱなしデス』

「え?、いや、先の会議では結果的にあなた方の力を借りたのは我々の方です」

『イエ、それは違いますファーダ……最終的に、ケラー・シラキ達のシミュレーション結果を変えることができ、現状を維持できた上に、ジギョウ交渉等も行えました。お世話になったのは我々の方です』

「い、いやしかし……」

『で、今回の件、ワタクシに少々考えがあります。ニホン国政府の方々にはご迷惑はおかけしませんので、ここは私にお任せ頂けませんか?』


 愛妻のその真剣な瞳に、柏木も……


「総理、どうでしょう……フェルがここまで言ってくれているんです。彼女はまがりなりにもティエルクマスカの連合議員です。どうですか?」


 二藤部もフゥ、と吐息を付くと……


「……わかりました。では、ここはお任せ致します。しかし……」

『ハイ、段取りがついたらご連絡いたしまス。ご心配なきよウ……それとマサトサン』

「ん?」

『そうと決まれば、私はヤルバーンに一度戻りまス。マサトさんもついてきてくれますか?』

「ああ、わかった……横で見てて欲しいってことだな」

『ハイです。それと、お知恵を拝借するかもしれませんし』

「よし、そうと決まればすぐにヤルバーンに行こう。よろしいですね、総理」

「はい、よろしくお願いいたします」


 そういうとフェルと柏木は、すぐに管理センターを出て、小走りで駐車場に向かう。

 転送で即ヤルバーンヘ、といきたいところだが、今日の官邸、外にはウジャウジャとマスコミが待機している。

 正面玄関から出ようとすると、お馴染みの……


「柏木大臣! 現状で何かわかっていたら一言お願いします!」

「大臣! 日本は尖閣で防衛出動を発令するのですか?」

「ヤルバーン側の反応はわかりますか!? お願いします!」


 そんなマスコミの声掛けが飛ぶ。

 今回ばかりは彼らも必死だ。巷の新聞やニュースでは、防衛出動。即ち日中交戦も噂されている。

 そんな予想もあって、株価も下降気味。円も下がり続けている情況だ。

 正直、長引かせるのは良くない。

 しかし、事を急いてもいけない。

 タイムリミットはどのぐらいかは分からないが、早いほうがいいに越したことはない。


 フェルと柏木は、外に待機していた公用車に飛び乗る。そして、羽田まで行ってもらえるように頼む。

 本当ならどこか広い場所で転送装置を使いたいが、いかんせんこういう時、マスコミの追跡は必至だ。

 なので、そういう段取りでヤルバーンヘ向かうことにした。


 サイレンを鳴らすパトカーに先導されて、彼らは羽田に向かう。

 羽田には、件のイゼイラ人専用転送ポートがある。そこなら堂々と転送もできるし、マスコミも入ることができない。

 

 ……そして、羽田に到着後、彼らはヤルバーンヘ飛んだ……




 ………………………………




 急ぎヤルバーンヘ飛んだフェルと柏木は、ヴェルデオとの面会を申し入れる。

 無論、ヤルバーン内でも今回の事態は緊急と受け止められているので、ヴェルデオの方からも、すぐに会いたいという返事か返ってきた。


 司令執務室へ直行する二人。

 

『ヴェルデオ司令』

「大使、こんにちは」

『こんにちは、ファーダ・ダイジン。フェルフェリア局長』


 挨拶もそこそこに、ソファーへ腰掛け用件に入るフェル。


『司令、今日は此度のニホン国で発生しているチャイナ国の主権侵害問題に関して、一つお願いがあってやってまいりましタ』

『ハイ、私もその件だと思いましたので、早急にお会いしたほうが良いかと』

『アリガトウございます……司令、この度の件、ヤルバーン自治体として、日本との協力に関してどのようにお考えですカ?』

『ええ、我々もニホン政府と非公式とはいえ安保協定を結んでおりまス。ただ……この協定、実際の所は、あくまで我々ヤルバーンが、何らかの外敵から攻撃に晒された場合の対処行動がメインになっている協定でして、今回のような件は……想定に入っていないのです』


 すると、その話を聞いた柏木も


「確かそうでしたよね……あの協定は、私がイゼイラに行く前にできた覚書のような暫定的な文言がベースになっていますから……」

『ハイ、アノ時は、私達がチキュウに来て、ニホン国との交流が、さぁこれからだという時のモノでしたからね……しかし……』

「しかし?」

『先の中ヤ首脳会談で、私はチャン国家主席から、例のニホン国国会での『主権』発言が如何様なものか問いただされた時、私は『日本の利害と、我々の利害が合致した場合、それは同じ認識の主権だ』とも回答しました……ただ……件のセンカク諸島なる場所の帰属権問題が、我々の直接的な主権と日本国の主権と利害があきらかに合致するところがあるかといえば……これは正直微妙なところでス……ですので、カグヤにも準備はさせていますが、現状待機の状態を維持させていまス』


 柏木はコクコクと頷く。やはりそうかと。

 しかしヴェルデオも何とかならないものかと色々思案はしてくれていたみたいだ。


『司令、そこで私からアイディアがあるのですガ……』

『何でしょう、是非ともお聞かせ下さい』

『ハイ……あの例の“聖地案件”を利用いたしましょう』

『え!?』

「ん!?……どういうことだい? フェル」


 フェルが言うには、彼女達が地球にやってきた最終目的は、発達過程国である文明の探索など、諸々を全部ひっくるめて、ニホンをイゼイラやティエルクマスカにとっての『希望と悠久の聖地』とするためにやってきたことであると。それをそこに住む日本国民や日本政府に認めてもらうためだと。

 そして、ティエルクマスカ国民。特に多数を占めるナヨクァラグヤ信奉者に対して、明日を生きる希望を与えるためでもあると。

 しかし、残念なことに、日本の法ではそれを認められない、従って現在日本国は、その代替になる方策を誠意検討してくれている真っ最中だと……


『……シカシ、その聖地が認められないのは、あくまで日本国の内政のお話であって、極論を言えば、我々イゼイラ人やティエルクマスカ加盟国の国民には関係のない話です……我々にとっては、ニホン国の法がどうであれ、このお国は『聖地』であってほしい。そして聖地にしたい国なのは絶対でス……』

「……」

『……』

『ですので司令……今現在イゼイラのオフネと思われているカグヤを動かしてみて、チャイナ国が何らかの対抗的な動きを見せた場合、そのタイミングで、この件を理由に、ニホン国の主権主張と同調する発言を、“ますこみ”の前で、発表していただきたいのです』

『ナルホド……そういう作戦ですカ……』


 そのフェルのアイディアに、柏木はしばし瞑目したあと……


「フェル……その聖地の件、どの程度の内容を発表するつもりなんだい?」

『ハイ、私の考えでは、とりあえず『チャイナ国は、我々のタケトリモノガタリに関する重要な案件を妨害していル』という程度で留めてもよろしいかト』

「ふぅ~む……しかしそれって、相当なリスクを伴うぞ……」

『如何様な?』

「仮にそれをやって、ヤルバーンがこの事件に介入し、中国をあそこから撤退させたり、交戦したとして、撃退できたとしよう……するとだ、その後に来るのは、その『竹取物語』に関する重要な案件とはなんだ? という国際的な追求だ……なんせこの地球の……国際連合常任理事国、そして、大国の一つにケンカを売るんだ……そりゃ相当な国際的追求が待っているぞ……」

『ハイ、それは覚悟していまス……それに……』

「?」

『マサトサン、大事なことを忘れていませんカ?』

「え? 大事なこと?」

『……この国は、私達にとっても、とてもとても大事なお国なのでス……だから危険を犯してまで『カグヤの帰還』作戦も、連合規模で実施いたしました……もし……もし私達がここで手をこまねいて、日本国の主権が侵されるのをただ傍観していたら、私達の国民は、ヤルバーンに対してどう思うでしょウ……色んな意見が出ると思いまス……【聖地が汚されるのを黙ってみていた腰抜け】そんなそしりを受けるかもしれません。しかし、その程度のそしりなら、私達はいくらでも受けます……しかし、もし連合の国民が【防衛総省を派遣して、チャイナ国を潰せ】となったら……』


 そうか……そういうことかと柏木は思った。

 ……とかく日本人は、こういった民族のエートスに関わる事には、鈍感である。

 確かに彼らティエルクマスカ人には、地球人のような宗教観はない。しかし、彼らにも信じるものはある。その信じるもの、そして希望と見ている対象が第三者によって汚されたとなれば、いくら相互理解が進んだ彼らでも怒りはする。

 そしてヤルバーンに今現在いるのは、所謂『エリート政府職員』や『エリート軍人』なのだ。一様に物事の分別を持った優秀な人材なのだ。しかし……彼らの母国イゼイラやティエルクマスカにだって賢い奴もいればバカもいる。善人もいれば悪人だっている。

 そんな人々が神聖視するものを、そして信じるものを侵されたとなれば、その行動というものは単純明快である……後先考えずに独立にYES・NOの青と赤のプラカードを掲げて、国を二分するような……それに似たことは彼らだってやるのだ……


 実は、先に柏木が、カグヤで事態をつつけばいいと発言した時、彼もヴェルデオに協力をお願いしようと思っていたのは確かだ。

 彼としては、単純に国会で発言した主権発言をもとにカグヤを動かせないか……と、そう単純に思っていただけだった。

 しかし……フェルの方が、はるかに考えが深かった……そこまでの事を考えていたとはと……

 さすがは自分のような民間人成り上がりの政治家ではないと感心する柏木。そして……フェルは普段ホエホエっぽいけど、流石は生まれながらにして議員職はやっていないと……プロだと思った……


(ここまでフェル達が考えているとなると……聖地案件も……長引かせるわけにはいかないな……)


 ボリボリと頭をかく柏木。

 その仕草を見て、フェルが訝しがる。


『どうしたデすか? マサトサン……』

「ん、んん? あ、いや、なんでもない。心配しないで……で、大使……確かにフェルの言うことも、もっともです……私からはどうこういう言う権限はありませんが、如何ですか?」



 するとフェルはきょとんとした顔で……



『……何を言っているデスカ、マサトサン』

「え?」

『マサトサンにも発言する権限は大いにあるですヨ。ですから一緒に来て欲しいって言ったでスよ』

「は?」

『マサトサン……アナタは、イゼイラのトクムタイサさんでしょ?』

「あ、いや、まぁそうだけど……この件とはあまり関係ないんじゃ……」

『それと……私のダンナサマでしょ?』

「は、いや、その『旦那様』はあくまで体裁で、まだ婚約者でしょ?」


 フェルはハァ~ という顔をして……


『マサトサン……私、イゼイラから地球に帰還する前に、お役所に『婚約者届』出してきたですヨ』

「え?……婚約者届???……なんじゃそり……あ! そうか!……」


 そう、フェルはイゼイラのお役所に『婚約者届』をきっっっっっちり出していた。

 つまり……柏木大臣は……イゼイラ国籍保有の二重国籍者なのである……


「お……おいおいおいフェル……んな勝手に……」

『ダメですよ、そういう事はキチンとしとかないと』

「って、二重国籍者が日本の閣僚って……マズイってそれ……」

『黙ってたらワカンナイです。なので大丈夫なのでス』


 柏木は、さっきフェルをプロだと言ったことを脳内で若干修正した……やっぱりフェルはホエホエだった……

 その二人の様子をみて、プププと吹き出すヴェルデオ。


『ククク……ハハ……わかりました。私もお二人を見て決心がつきました……フェルフェリア局長、貴方の作戦で行きましょう』

『ハイ、アリガトウございます司令……』

「えっ! いいんですか大使!」

『ええ……覚えていませんか? ファーダ。私がチャン主席に話した『主権』の話……』


 フェルが会談を録画した件の事だ。


『あなた方お二人の関係も……立派な我々の『主権』なのです……後のことは解りませンが……そうですね……今はこれで難を乗り切りましょウ』


 柏木も、その言葉にフゥと吐息をつくと……


「……わかりました。ではそれで……」

『この件は、私からファーダ・ニトベにお伝えいたしまス。その方がよろしいでしょう?』

「はい。お願い致します」



 そして、善は急げということで、さっそくヴェルデオは二藤部にこの件を伝えた。

 二藤部も、さすがにフェルの言う『聖地案件』の件で重要だと言われては納得するしかない。

 二藤部も、ヤルバーンだけに負担を背負わす訳にはいかないということで、ある奥の手を使った。これは防衛事務次官である河本のアイディアで、ある裏技を使った。


 それは……

 自衛隊法第81条に基づく『要請による治安出動』を命じた。

 これは、『間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもっては、治安を維持することができないと認められる場合』として今回の事件を認めたからである。

 実際、海保では対応できない。当然、各自治体所轄の海上警察で対応できるはずもない。

 なので、石垣市市長から、沖縄県知事への要請、そして、沖縄県知事から政府への要請という形で、かような処理を行った。

 これでとりあえず最低限中国海警には対抗できる。そして、特危自衛隊も動かすことができる。


 二藤部はまだこの治安出動を公表せず、内々に通達し、もし、中国がカグヤに対し、何らかの動きを見せた場合、ヴェルデオのマスコミ向けの主権対応発表とともに、治安出動を同時に公表。連携を可能せしめるものにした。


 確かにリスクはある。しかし、相手はただの中国海警や、そしてそのバックに控える中国軍ではない……おそらくガーグ勢力だ。

 これ以上、日本の国益を損なわずに穏便に解決することは不可能と判断したというところもある。

 これも致し方ないところなのだ……




 ………………………………




 地球から遥か五千万光年彼方―イゼイラ星間共和国。


 この星間国家にも、かの日本の事態はリアルタイムに伝わっていた。

 イゼイラ星間共和国議長 サイヴァル・ダァント・シーズは、議長府執務室で大きなVMCモニターを起ちあげ、なんと……地球から送信されてくるヤルバーン経由のNHKのニュースを、音声から文字までリアルタイムで翻訳しながら見入っていた。

 そして、隣には親友のティエルクマスカ連合議長のマリヘイル・ティラ・ズーサも同席し、VMCモニターを共に見入る。


『サイヴァル、これがヤルマルティアの報道形態なのですか?』

『ああ、なんでもこの報道機関は、ヤルマルティア……あ、いや、ニホン政府が貨幣経済的な経営権を持つ報道機関で、民間が運営する報道機関よりは、客観的中立性が保たれた報道機関らしい』

『なるほど……しかし私も報告データを読ませていただきましたが……ニホン国はえらく大変なことになっているようですね』

『うむ……実はこの事態になったのは、私にも少々責任があるのではないかと思っていてね』

『と、言いますと?』


 サイヴァルが言うには、ニルファの事だ。

 彼女に議長代理権限を渡し、それを名乗らせ、しかも会議参加国に向けた、受け取り方によっては脅しにも聞こえる自筆の親書を読ませた。

 結果、その意思を表明でき、会議の結果を軌道修正させることには成功したものの、それから数日でこの事態である。おそらくあの会議が影響しているのでないかと彼も思う。


『しかし、アノ場合は仕方なかったのでしょう?』

『まぁ確かにそうなんだが……ニルファもうまい具合に場を乗り切ってくれたのはいいが……まさかこんな事態になろうとはなぁ……』

『しかし……その問題の“チャイナ国”といいましたか? かの国も、露骨過ぎますわね』

『ああ……なんでもこの問題になっている小さな諸島は、単純に諸島というだけではないらしいのだよ……』


 ヴェルデオは、尖閣諸島の資源埋蔵量や、その地政学的な重要性など、この島々の領有権問題は日本の問題だけに留まらず、米国や太平洋諸国に関する重大な問題となるということをマリヘイルに説明する。


『……なるほど……私も資料で見ましたが、そのチャイナ国という国……ティエルクマスカ憲章に照らし合わせれば……敵と言わざるをえない国家政体ですものね……』

『うむ……そしてそれだけではないしな……』

『ハイ……』


 サイヴァルはVMCモニターを起ちあげっぱなしにして、席を立ち、マリヘイルを誘って窓の外からイゼイラセンター広場を見下ろす。

 すると、センター広場にはたくさんの群衆が集まって、大集会を行っているようだ。

 

 サイヴァルはその様子を見るため、VMCモニターをもう一つ造成して、イゼイラタワーの外部カメラに繋ぎ、群衆を拡大する。


 すると、群衆は自分たちの頭上に、たくさんの大きな空中に浮かぶようなプラカードのようなものを造成し、イゼイラタワーに向かって何か叫んでいる……


【ヤルマルティアを脅威から守れ!】

【ナヨクァラグヤ様の、第二の故郷を守れ!】

【聖地を犯す奴らには、鉄槌を!】

【防衛総省軍を派遣しろ!】


 そして、彼らが口々に叫ぶ音声を拾ってみると、


『ヤルバーンは何をやっているんだ!』

『安保協定があるんだろ!』

『フリンゼは何をなさっておられるんだ!』

『ファーダ・カシワギをお助けしろ!』


 彼らも、恐らく時事情報データバンクで、かの情報を得て、こんな風なことをやっているのだろう。

 サイヴァルとマリヘイルは、いかに件の聖地案件が重要なものか、改めて思い知らされる。


『ここまでの騒ぎになるとは……』

『ああ……こんな事は、記録ではナヨクァラグヤ帝の帝政解体令交付以来のことだ……』

『かのケラー・カシワギが行った“カグヤの帰還”作戦の成功以降、ティエルクマスカの民にも、何か変化が起きているみたいですわね』

『うむ……過去の通るべき道を見つけ、精死病の恐怖から解放されるつつある今、彼らにも徐々に、先に進もうという意識が芽生え始めたというか、そんな感じがするな……』

『しかし、それも負の方向に向いてしまっては意味がありません』

『確かに……マリヘイル、実はこういう情況は我が国だけではないのだよ……確かパーミラでも……』

『ええ、まだここまでの事態にはなっていませんが、時事情報データバンクでは、国民がこの件について議論を活発に交わし始めているようですわ』

『そうか……しかしダストールやカイラス。ザムルにサマルカでも同じような感じだそうだぞ』

『えっ! そ、それは本当ですか?』

『ああ、ダストールは、ついさっき総統府のバストム情報局局長から連絡があった』


 二人は、窓際から移動して、NHKの映るVMCモニターが見えるソファーに再び腰を降ろす。

 サイヴァルはハイクァーンで茶を二つ造成すると、一つをマリヘイルに渡す。

 マリヘイルはフーと息を一つ吹きかけ、茶を口に含む。

 そしてやおら……


『ニホン政府的には、単なる小さな諸島の領有権問題かもしれませんが……私達には『聖地案件』という重大な問題ですものね……』

『ああ、まるで自国領土が侵略されたみたいな大騒ぎだ。ここまでの騒ぎになるとは思っても見なかったよ……』


 サイヴァルも『湯呑み』を手でコロコロ転がしながら思案しつつ話す……


 ……ちなみに、サイヴァルお気に入り『湯呑み』には、何やら漢字の『魚へん』が付いた漢字がいっぱい書かれてある……


 しばしの沈黙の後、マリヘイルが……


『サイヴァル、確か……ケラー・カシワギは今、ニホン国の閣僚になられたと聞いていますが……』

『うむ、なんでも“ティエルクマスカ担当特命大臣”という名前の役職に就かれたそうだ。大した方だよ』

『フフフ、そうですね。では丁度いいです。サイヴァル……一つお願いしたいことがあるのですが』

『ん。何でも言ってくれ』

『ケラー・カシワギと近々にお話できるように段取りを付けてもらいたいのですが』

『え? ケラーと? どういう事だ?』

『ハイ、その聖地案件についてですが、あれから日本政府より打診は?』

『いや……色々あれから解決策の候補は上がってきたのだが、イマイチニホン的にも、我々としても『これだ!』というものではなくてね……まだ検討中だよ』

『そうですか。では丁度いいです。私に一つ案があります……ただこの案は、盟約主権国家全ての了承と、加盟国全ての協力が必要になる大事業になりますが……』

『何だって? 一体何をするつもりだマリヘイル……』

『はい、実は……』




 ………………………………




 地球 日本国 鹿児島湾沖に停泊する、宇宙空母カグヤのブリッジ。


『ティラス艦長!』


 ニヨッタがブリッジに飛び込んできてティラスに叫ぶ。


『どうした副長』

『ヤルバーンからの命令がきました』

『何!?』


 ティラスはニヨッタから渡されたVMCボードを手に取ると、一読して表情一つ変えずにウンウンと頷く。


『出動ですね』


 ニヨッタが目を鋭くして尋ねると


『うむ……但しあくまでも様子見だ。我々は単に外国籍の船として、航行を行うだけだ……とりあえずはな……』

『わかりました。カグヤ全クルーに、出航準備をさせます』

『頼む』


 そうティラスは言うと、久留米に多川、大見にシエ、シャルリもブリッジにやってきた。


「艦長、私達に出動命令が下りました」


 久留米も真剣な表情で話す。


『あなた方もですか』

「では……艦長も?」

『ハイ、今さっきですが』


 全員顔を見合わせ、なるほどなという表情をする。


『ト、イウコトハ……ヴェルデオト、ニトベノ間デ、話ガツイタトイウコトダナ』

『アぁ、そうみて間違いないね。でさ艦長。こちとらの出動内容は?』

『とりあえず航行するだけだよ、ケラー・シャルリ』

『ナるほど、様子見ってわけかい。で、クルメのダンナ達は?』

「“治安出動”という名目での出動になります」

『チアンシュツドウ? ナンダソレハ』

「ええ、例えば、警察などで手に負えない犯罪や、テロ行為、もしくは武装蜂起などに対応して適用される出動命令ですよシエさん」


 するとシャルリも関心した感じで


『なぁるほど、考えたネ。 で、使用できる装備は? 確か、アンタらジエイタイでは、武器の使用に、えげつない制限や決まりがあるんだロ?』

「はい、その点は……小銃、機関銃、火砲など、相手側が相応の武装をもって対抗手段に出れば、相応の火器で当方も相手を制圧する判断を、私の権限で行うことが出来ます」

『なんかまどろっこしいけど、要は使えるものは使えるってことで理解するヨ……じゃぁ艦長、こちとらも準備にかかるよ』

『了解です』


 するとシエも……


『デハ、タガワ。私達も旭光Ⅱで待機スルカ』

「いや、お嬢、それはダメだ」

『エ?……何故ダ?』

「これは日本国の問題だからな……カタは我々でつけないと……確かに旭光……いや、ヴァズラーやシルヴェル。そしてカグヤの機能をフル稼働してやれば、事は簡単だが……そうなると、その時は良くても、その後の周りに与える影響が大きすぎる事態になっちまう……」

『ソッカ……』


 とても残念そうな顔をするシエ。


「ははは、そんな顔をするなってお嬢、お嬢らにも、ちゃあんと仕事があるってよ。な、大見三佐」

「はは、そうですね。シエさんにシャルリさん。そしてリアッサさんには、キグルミで日本人モードになってもらって、万が一に備えて我々と一緒に島へ上陸し、遭難者を『保護』するのを手伝ってもらいます」

『ナルホド、ナラ納得ダ。シカシ、タガワト一緒デナイノハ少シツマランガナ』


 その言葉に、大見や久留米は、またまた「え?」となる……もしや本物か? と……

 

 そして……シャルリも別件で少し困惑顔……


『アのさぁ……そのキグルミっていう擬態システム、さっき使ってみたけどサァ……あたしの場合。何かとマズイよぉ……』

「え? どうしてです?……って、あっ!そうか……」


 アチャ~な顔をする大見。

 そりゃそうだ。シャルリがキグルミで日本人モードになって自衛隊戦闘服着たら……どっかの特撮ヒーロー物の、悪の女大幹部みたいになってしまう……


 すると多川が大笑いしながら


「ぶはははは! いいじゃないか、目はそういう装備ってことで。手や足は自衛隊がテスト中の新型な普通科装備システムって事にしとけよ」

「大丈夫ですかねぇ……」


 そんな話をしていると、リアッサが報告に入ってくる。


『オマエタチ、全員ミーティングルームニ集マッテイル。打チ合ワセヲヤルゾ』


 リアッサさん、日本人モードでご登場。

 サングラスかけて、何かハリウッド映画にでも出てくるやり手の女軍人みたいでメチャクチャカッコイイ……

 おもわず久留米と大見は目が釘付けになってしまう……そしてシエの方を見る……どうせまたエロいんだろうなぁ……と妄想したりする……そんなWACいねーよと……



 

 ……そしてカグヤは出航する。


 とりあえずは相手の様子見だ……カグヤの行動を見て、中国……いや、ガーグどもはどう出るか?

 今、一機の偵察を兼ねたF-2HMが、トラクターフィールドで持ち上げられ、空中で押し出されるように加速を付けて飛び立っていった。

 F-2HMは、偵察衛星の監視を躱すために、中国の衛星が日本上空を通過したのを見計らって飛び立っていく……カグヤにかかれば、偵察衛星の判別などお手のものだ。



 ……カグヤは白い航跡を引きながら進んでいく。

 




 向かうは一路、東シナ海へ……






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