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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
54/119

-33-

 ヤルバーン、そしてティエルクマスカ人が、日本以外の国家……海外へ訪問する事になった先は、アメリカでもヨーロッパでもなく……皮肉なことに中華人民共和国だった。


【ヤルバーン自治体代表団。初の日本国外へ訪問。中国主催のアジア信用共同主権会議へ出席。今後、米国訪問予定はないようだ。】


 米国で最も権威があるといわれている新聞、ユナイテッドニュースが伝えた言葉である。

 ヤルバーン自治体への海外からのコンタクトは、日本を通さなければならないという決まり。これはもう世界が知る事である。

 そもそも、ヤルバーン自体が、日本以外の国に興味がない。

 誘っても返事がない。返事があっても丁重に断られる。

 そんなところなので、世界各国もあえてヤルバーン自治体に、自国への『招待』を積極的に行ってこなかった。

 しかし、中国は『国際会議に出席することをお願いしたい』という、ある意味政治的盲点をついてヤルバーン自治体を事実上中国へ招待した。


 この成果を、中国はこれ見よがしに世界へ発信した。

 それはまるで『欧米にできなかった事を我々はやったんだぞ』といわんばかりの感じである。

 中華時報のような政府系機関紙でも、インターネットサイトで大々的に宣伝する始末。

 そして必ずこういう国の政府系機関紙が載せる言葉。


【これは我が国の外交部が、外星人交流を日本の独占状態からもぎ取った、外交的勝利である】


 そんな言葉がホームページに踊る。  


 ヤルバーン代表団が、日本を飛び出したという事。

 たったこれだけの事が、日本以外の国家には重要な事なのだ。

 

 そう、もう日本と日本人、そして日本以外の国家の意識には相当な開きがある。

 そんな因果、そして、時の流れに入っているこの世界だった……  




 ……………………………… 




 ……アジア信用共同主権会議。

 中国が主導して、アジア各国の安全保障や経済問題、相互信頼を目的とし、中国がアジア世界の首脳に働きかけて組織された多国間協力組織である。


 と、こういえば聞こえはいいが、世界有識者の間では、中国が経済的に進出しているアジア地域国家、つまり中国マネーの息のかかった国家と共同して、中国主導の安全保障と経済国家圏を確立しようという目論見の組織だというのがもっぱらの見方である。


 それが理解できる最たる例が、第一回のこの会議で、オブザーバー国家として参加を要請した国が……


 米国・マレーシア・フィリピン・ウクライナ・欧州安全保障協力機構・オーストラリア。


 ……中国やこの会議参加国でのもう一つの大国ロシアと領土領海で主権問題を抱える国ばかりだ。

 この多国間連合は、アジア社会の総意という形で、これら国家に要求を行うための圧力組織のようなもの……というのが実態なのである。


 今回、二回目となるその件の会議に、日本とヤルバーン自治区がオブザーバー参加国として中国から参加を要請された。

 ヤルバーンへの直接交渉や書簡の送付は現在日本を通さないと不可能なので、日本を通じて彼らにも参加を要請してきた。


 つまり……今回のこの会議での議題。特にアジア安全保障に関する議題は……ヤルバーン自治体の国際的な取り扱いとなるのは誰の目にも明らかだった……




 ……ちょうど二藤部達が政府専用機で羽田を発った頃、外務省国際情報統括官 新見貴一は、親友である駐日本米国大使 ジェニファー・ドノバンとの定期会合を行っていた……という名目の、早い話が昼飯に誘われていたのである。そこで色々話をしようという事。

 本来、米国大使と公式に話をする外務省の部署は、『北米局』の仕事であるからして、新見がドノバンのところに行くというのは、あくまで個人的な付き合いに過ぎない。そして彼女も『対策会議』のオブザーバーだからだ。


 ……ちなみに昨今、ヤルバーンに関する事案は、事実上の日本とヤルバーン関係者の機密組織である『安保委員会』の方で討議する形になっているので、通称『対策会議』の方は、安保委員会で決定した事項で、公に公表しても良いものを各政党、政府各部署や参画企業各部署に公開。その案件を討議実行する場所になっている感じである。従って現在の対策会議は、今では色々な専門部署に分科し、各部門で個別に動いているような感じなので、もうあまり以前ほど機密性の高い組織ではなくなっているのだ。

 という事もあって、近々この愛称で呼ばれてきた『対策会議』すなわちそれまでの正式名称『未確認人工物体対策本部』も、ここまでティエルクマスカとの交流が進んだ今、よくよく考えたら今更な名称だという意見が出たわけで、組織名称が変更される事になっている。

 ただ、それでも本来は日本国の正式な政府組織ではあるので、外国人や外国政府関係者が参画することは通常ありえない。従ってドノバンのオブザーバー参加という立場は、やはり特別な事であるのは変わらない……



「……ということで大使。数日中に今の『対策会議』……つまり『未確認人工物体対策本部』が解散し、その組織がそのまま『ティエルクマスカ交流促進本部』愛称は『交流促進会議』へ変更になります。その『本部会議』のオブザーバーとして、引き続き参加をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「はい、喜んで参加させて頂きます。改めてこれからもよろしくね、ニイミサン」

「はい、よろしくお願いいたします」


 改めて握手なんぞをする二人。でもドノバンは少し呆れ顔。


「しかしニイミサン……『未確認人工物体対策本部』なんていう名前、ここまできて、まだ使っていたの?」

「はははは、いやぁ~……こういうのはなかなかタイミングという感じがですね、はは」

「ヴェルデオサンからよく今までクレームが出なかったものね」

「はは、私もそう思いますよ。あの方々はどうもそういう事、あまり気にしない感じでしてね」


 と、まずは新見、そんなところを報告したりする。


「で、ニイミサン。例の『CJSCA』ですけど、二藤部総理閣下やヴェルデオサン達、うまくやれるのかしら」


 CJSCA。アジア信用共同主権会議の英略称である。正式には『Credit joint sovereignty conference in Asia』という。


「その点は大丈夫でしょう。その件では色々お世話になりました大使。まぁ、なんといいますか、いきなりの話でしたので」

「はい。私達合衆国もあの会議は警戒していますから……アドバイスがお役に立てばいいのだけれど……」

「やはり、米国的には例のヤルバーンとの金融為替事業ですか?」

「ええ、やっとヨーロッパとも連携が取れそうなときにライバルの登場はあまりうれしいものではありません」


 頷く新見。日本は別にして、やっと米国主導でヤルバーンとの事業展開を一つ見出せたのだ。これに関しては正直日本と米国だけで主導したいというアメリカの思惑はわからんでもない。


「大使、先日総理もそういうことでハリソン大統領閣下とも緊急で電話会談をなさったそうなのですが、総理が仰るに、大統領閣下の言葉のニュアンスから、米国は本気でヤルバーン外交から当面手をお引きになると?」

「ええ、今のわが国は、お恥ずかし話ですが、正直他国のイザコザに首を突っ込むほどの余裕がありません。これは国内世論的にも。財政的にもです」

「はい、そのあたりは私も聞き及んでおりますが」

「ですので……こういう言い方をするのは申し訳ないのですが、我が国は貴国を『盾』として利用させてもらおうと思っているのです。これは大統領も二藤部総理閣下にお話していると思います」


 厳しい現実である。

 米国は今、度重なる戦争紛争介入のツケに、世界を巻き込んだ金融ショックが今現在も尾を引き、財政状態がかなり厳しいところまできている。

 そこに社会福祉政策の強化で軍事費が削られている矢先に、ウクライナの事件やベトナムの事件だ。

 正直「世界の警察」などと言っていたのはもう今は昔の話で、米国はそんな国では既になくなりつつある。

 中国は『太平洋の権益を分けよう、太平洋は二つの大国を受け入れる余裕がある』などと勝手にアジアの盟主を自称し、米国に大きく出てくる始末。

 

 白木は、ヤルバーンが来る前の話として、日本国尖閣諸島海域を中国がマーレノストロ化、つまり『内海化』しようと企んでいると話したが、実のところ現在、米国は太平洋という大きな海洋をマーレノストロ化している。

 つまり、日本・台湾・フィリピン・豪州・ハワイ・カナダ・アラスカ・そして中南米。

 こういった地域や国々との連携と、強大な軍事力で米国は太平洋をわが物としているのだ。そんなのをなぜにタダで中国に渡さなければならないのか。そう考えている。

 そこでやはり米国が注目するのは極東地域の要、日本だ。

 

 現在、米国はこう考えている。

 ヤルバーンに無理強いして敵視されるよりも、日本とヤルバーン―ティエルクマスカがそこまで強力な関係にあるのなら、あえて無理に干渉せず、ヤルバーンと日本の関係を支援支持することで、日本列島をそれこそ昔言われた『不沈空母』にして、中国が『太平洋を分割しよう』という、ヨタな発想がわかなくなるぐらいの鉄壁の要塞としてしまえ……と。

 そうすることで、米軍の負担も減り、何も考えずに現状の地域情勢を維持強化できるではないかと。


 そんな話をドノバンから聞かされ、新見は腕を組んで頷く。


「……今回のヤルバーンとの金融為替事業と、このコストのかからない日本の安全保障強化……我が国の立場になって考えて頂ければ、ご理解できるでしょう? ニイミサン」

「なるほど、そういう事ですか……しかし大使。そこまでの内容、私になんか話しても良いのですか?」

「ええ、かまいませんわ。どうせ同じ内容を大統領も二藤部総理にお話しているでしょうから」


 結局『名を捨てて、実を取る』ということなのだろう。

 ドノバンは続ける。


「これはハリソン大統領が仰っていたのですが……今、世界は日本による『政治災害』の真っ只中にあると」

「政治災害?」

「ええ、そうですね……例えるなら今この地球世界には、政治的に『日本とヤルバーン』という異次元空間がぽっかりと空いている情況だ、という事です」

「……」

「その政治的異次元空間には、他の国ではどうしようもない力が働いている。そして下手に排除を試みようなら、大きなしっぺ返しが待っているかもしれない……」

「……」

「しかもその異次元空間の中にいる日本の国民は、その空間と馴染んでしまい、今や日本以外の世界と、その世界観や倫理観がだんだんと乖離しつつある……おまけにその異次元の向こう側を垣間見てしまった人物までもいる……そう例えていました」


 確かに的を射た言葉である。

 今の日本国民の世界観は、それまでの日本の抱えていた問題がちっぽけに見えるような、そんな感じになりつつあるのは間違いない。

 ちっぽけに見えるという言葉。これは日本の抱える問題がどうでも良くなるという意味ではない。

 言ってみれば……力技に訴えればなんでも解決できるような立場にあるということだ。

 例えば北方領土問題や竹島問題。これにしても極端な話、特危自衛隊がメルヴェンと共同でカグヤを運用すれば、相手国に有無を言わさずそれこそ一日でその問題を排除できるような話になってしまった。

 それを日本側は、わざわざ地球世界の政治的混乱に『配慮』して、穏便に済まして『やらなければならない』立場になってしまっているのだから、これは別の意味で大変なことである。


「日本も、少しは一時期の米国の立場というものも、これでわかってもらえたと思いますけど、ウフフ」


 ドノバンが言いたいのは、世界経済の盟主で、世界の警察であらなければならない米国という国のことである。

 新見はドノバンから少し目をそらし、そして……


「フゥ……言われればそういう状況にあるのが今の日本なのですよね……確かにまだ自覚できていませんね、そのあたりは……そうですね、それは『政治災害』といえる物なのかもしれません……」


 今の地球世界……この地球という惑星で、日本のみがSF映画のような状況にある。

 確かにこれは他の国からみれば、それぞれの国の国体すら揺るがしかねない『政治災害』である……

 ドノバン……いや、ハリソンアメリカ合衆国大統領が電話会談で、その言葉のニュアンスで臭わせたのはここのところだ。

 日本の歴史ストーリーと、それ以外の国の歴史ストーリーは、もう同じ時間軸に乗っていないのだ……ということ。

 これを日本が災いと見るか、福音と見るか……そのあたりを考えてほしいという事だった……


 新見はドノバンの言いたいことをよく理解できた。何回も頷いて彼女の話を聞く。


 米国は結局、今のこの情況をヤルバーンが飛来する前までの世界情況の延長線で利用した。これが『名を捨て、実をとった』という事だ。だから日本を『アメリカ内海を守る難攻不落の要塞』とみなした。そうすることで、この地球世界でのアドバンテージを労せずして保証できる。これはアメリカ的には大きい大きい成果である。別に日本が世界征服を企むわけでもなかろうし、後のことは時間をかければどうとでもなる。いや、ならざるを得ないだろう。

 『世界の警察』をやめた時点で、もう『アメリカ イズ ナンバーワン』は終わったのだ。

 米国的にも、よくよく考えたら気が楽な話である。

 あとは日本に任せて、国の立て直しに集中できる。考えてみれば、これほどありがたい話はない。


 新見は、さすが米国政治の奥の深さをと言うものを感じた……あるところでは合理的であり、計算高くもあり……情況に合わせて自国の国益を臨機応変に変化させてくる国……これがアメリカなのだと……


「ニイミサン、でも朗報もありますよ」

「は? 朗報ですか?」

「ええ、あなた方がコードネームで呼んでいる『ガーグ』とかいう存在……いや、『情況』というべきかしら? まぁそれなのですけど……」

「はい」

「米国での動きが鈍化……いえ、霧散したようですわ。今その動きはもう見えません」

「えっ?! どういう事ですか?」

「あのヤルバーンとの金融為替事業の合意。やはりこれが効いたみたいですね。あれ以降、急にその動きを鈍化させました。結局我が国に巣食っていたガーグ連中のほとんどは『異星人から何らかの利を得られればいい』という連中だったのでしょう。それ以外の目的を持った連中と急に手を切り始めたようで、その勢力が急速に弱まりました」

「そうですか……ハリソン大統領としても良かったのではないですか?」

「ま、そうですね。これも日米協力の成果……と見させて頂いてよろしいかしら?」

「はは、そういう事にしておきましょうか」


 ドノバンと新見は、お互い「まぁいいか」という感じの笑みを見せる。


 しかし新見の内心は、北京へ向かう二藤部や柏木達の事を思う。

 米国が日本のことを『米国勢力圏維持のための、政治的難攻不落の要塞』と、見ている。

 ということは……その難攻不落の政治的要塞を中国がどう動かそうと仕掛けてくるか……

 それ次第で日本のみならず、世界の動きが変わる。


(総理……そう事は単純ではないかもしれませんよ……)


 ハリソンと二藤部は今日のために話はしている。その事はおそらく柏木や他のスタッフにも伝えられているだろう。

 さて、彼らはどう立ちまわってくれるのか……そう思う新見であった……




 ………………………………




 中華人民共和国・北京首都国際空港。


 二藤部達は政府専用機に横着けされたタラップ車の階段を降り、赤絨毯を踏みしめる。

 黒フチ眼鏡をかけた中肉中背のオールバック姿の男。

 中国国家主席 張徳懐はゆっくりと二藤部達に近づき、笑顔で握手を求める。

 通訳を介して一言二言。「よくいらっっしゃいました」「どうもお出迎えいただきありがとうございます」そんなところだろう。

 しかし、その握る手にはお互い力が入っていない。

 三島とも握手をし、同じような感じ。三島はいつもの通りの有名な満面の笑みで応じる。

 そして柏木とも握手。


『柏木大臣閣下、外星人国家への渡航、ごくろうさまでした。同じ惑星に住む人類の一人として敬意を表します』

「恐縮です、国家主席閣下」

『今会議で、今後のティエルクマスカへの人類規模の対応へ、色々ご意見を交わせると期待しております』


 そんな挨拶を交わす。

 マスコミは二藤部達との握手の時以上にフラッシュを炊く。

 中国でも柏木の存在は有名だ。なんせ世界初の異星人国家渡航者である。有名でないはずがない。


 柏木は通訳を通して話しているが、実はPVMCGの翻訳機能を立ち上げて、相手の話し言葉のみ翻訳できるよう、耳の鼓膜近くに、特殊なイヤホンを造成していた。フェルからそのやり方を教えてもらった。従って相手の言葉はヤルバーンの高度な翻訳技術により、ネイティブ並みに理解できていた。

 実際通訳の話す言葉とはニュアンスが違うところがある。彼はそのあたりが実は重要だと感じ、そんな技を使っていた。


 そして張は、次にヤルバーン勢の元へ歩み寄る。

 日本人勢に見せた笑顔とは違い、笑顔をさらにパワーアップさせる。


「ヤルバーン自治区の皆様、ようこそ中華人民共和国へ。我が国は皆様を熱烈歓迎いたします」


 ヴェルデオに握手を求める張。握り返す手も力強い。


『ファーダ・チャンコッカシュセキ。この度はお招き頂き、ありがとうございまス』


 和音のような異質な言語に混じって、どこからか聞こえる中国語の声。

 PVMCGの翻訳機能に目を丸くする張。


『ファーダ・シュセキ。ご紹介いたしまス。こちらが我がヤルバーン調査局局長、フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラです』

『……』


 目が虚ろなフェルフェリア局長。目に輝きがない。

 拷問の後、解放された無実の政治犯のような顔……少しフラフラである。


『局長?』


 ありゃりゃと思うヴェルデオ。

 ……情況を察したシエが、フゥと少し首を横に振り、フェルの側に寄って……耳元で魔法のイゼイラ語を呟く。


「(カシワギト、チューシヨッカナ……)」


 ハっと、催眠術が解けたように我に返るフェル。


「フェルフェリア先生? いかがなされましたか?」


 訝しがって尋ねる張。


『ア、アア、は、はい。ファーダ。初めてお目にかかりまス』


 情況を遅ればせながら理解して、外交儀礼的に恭しく敬礼するフェル。張は握手を求める。


「はは、はい、フェルフェリア先生、貴方のことは我が国人民にも有名です。お会いできて光栄に思います」


 そしてヴェルデオはニルファを紹介する。

 

『コチラは、今回、宇宙船カグヤで新たに着任した、我がヤルバーン自治区の新たなスタッフである、イゼイラ政府・対チキュウ特使、ニルファ・リデラでス』


 ニルファも敬礼をして張の握手を受ける。

 対地球特使? そう、柏木との当初の打ち合わせどおり、そういう事にした。

 ニルファの「議長代理」は臨時の役職であり、肩書ではない。なので『肩書』として、『対地球特使』を名乗らせた。

 そして、『ダァント』という姓を飛ばして、名前を紹介した。もちろんその理由は……そういうことである。


 張は、ヴェルデオ達三人を見て、少々訝しがる。


「?…… ヴェルデオ大使閣下、フェルフェリア先生は別として、特使閣下と大使閣下ということですが、今回、中ヤ会談でお話になるのはどちらですかな?」

『ハイ、我がヤルバーンは、合議制の自治体ですので、この三人で会談させていただきまス。フェルフェリア局長は、チキュウ調査の責任者でありますので、この度は担当者として出席させていただきまス』


 確かに間違ってはいない。

 フェルはナンバー2ではあるが、連合議員で、共和国議員なので、ティエルクマスカやイゼイラ本星の政策に関する事では、ヴェルデオと合議の元、フェルの意見の方がヤルバーンでは優先される。従って、ヴェルデオの話は間違ってはいない。

 ニルファの場合はフェイクである。後々の作戦のために、会談出席という既成事実を作っておきたいという事。


 そして……フェルが連合議員で、共和国議員であることは、実は……秘守義務を課せられた関係者、外国勢ではドノバンと、ハリソン周辺しか知らない…… 

 更にはフェルがフリンゼであることは、安保委員会関係者しか知らない……


「なるほどそうですか、分かりました」


 張は何も知らないので、素直に納得した。

 で、彼は更に別の方向へ目を向ける……護衛として後ろで控えるシエの方だ。

 シエは「?」な表情。


「貴方が『女巫隊長』で有名な、シエ先生ですな。お会いできて嬉しく思います」


 シエ先生、中国でも有名なようだ。

 

『ア、アア、恐縮ダ。チャンシュセキ』


 シエ先生、中国国家主席相手でも、話し言葉の態度はデカイ。

 これでも最大限努力しての『敬語』である。

 張も、そのシエの堂々とした態度……に見える……所作に少々驚いているようだ。


 シャルリにも歩み寄り、挨拶をする張。

 獣人のような容姿に興味津々なようである。

 シャルリのサイボーグ姿には相当驚いていた。


 ヤルバーン勢の挙動一つ一つにカメラのフラッシュがバシバシ炊かれる。

 日本では、彼らに対する取材がイゼイラの法に配慮して色々と制限されるため、ここではもう水を得た魚のように本来のマスコミらしさを爆発させる。


 ……その後、彼らはリムジンに乗せられ、北京国家会議センターへ向かう。

 フェルは柏木と一緒に乗りたかったのだが、中国側に日本とヤルバーン各関係者は分けて乗車させられてしまった。


 今回、日本とヤルバーンは首脳が訪中しているので、こういったリムジンのお出迎えが来た。本来国際会議出席のために訪中したのであって、こういう対応は中国側としても異例の事であった。

 要はヤルバーン側に気を使っているのである。日本は中国的にはオマケみたいなものだ。

 ヤルバーン側のへそを曲げさせてはいけないので、日本にも気を使っているというような感じである……中国側も日本とティエルクマスカの親密さが尋常ではないことぐらいは把握している。なのでそういった対応をとっているのだ……


 二藤部達と同乗する柏木。


 本来、言ってみればあまり良い関係でない中国国内で、しかもこういった車内ではペラペラと喋らない方がいい。なぜなら運転手が国家安全部の人間だったりする可能性も無きにしもあらず……いや、ほぼ間違いないだろう。


 イゼイラ勢の乗車するリムジンの方では……


「……空気が悪いですねぇ……これはひどすぎるですよ」


 イゼイラ語で話すフェル。

 彼女達もそれぐらいのことは分かっている。イゼイラ語で話せば相手もわからない。


「そうですね……大気汚染が尋常ではないですね。外出時は、パーソナルシールドをフィルターモードにした方がいいかもしれません」

 

 ヴェルデオも同意する。


「……」


 ニルファは外をじっと凝視している。


「どうしましたか? ニルファ奥様」


 フェルが尋ねる。


「ええ、この国……ニホンと比べれば、相当に広大ですが……やはりニホンに比べて少々遅れている国家であるのは確実ですね」

「ハイ、私もそう思いますです」


 さすがは元イゼイラ空間軍技官である。

 建物の立地と周辺環境との比較。建築中の建造物の状態。そして町並み。

 確かに高層建築物が並び、見た目近代化はしているものの、彼女達はその近代化がここ数周期レベルのものであると一発で見抜く。


 更に、ここへ普段なら、どう見ても物理的に信じられない量の荷物を積んだチャリンコが走っていたりするのだから、もし彼女達がそれを見てしまったらどう思うだろうかと。

 今回は中国政府の規制により、そういった類のものは町から一掃されてしまっている。

 北京市内から郊外に向かって走る道路……有名な観光地の、万里の長城へ行く幹線道路などを走ると、未だに牛が荷車を引いて、御者が居眠りしている情況を目にすることなど普通にあるのだ。


 そんな話をしつつ、彼らは…… 


 30分ほど走ると北京国家会議センターへ到着。

 今会議はこの施設で行われる。


 会議場には各国代表に首脳が続々と到着し、民族色豊かな情景が展開される。

 そんな中でもやはりフェル達イゼイラ人の到着はショックが大きいようで、ヴェルデオやフェル達がリムジンから降りると、会場の視線が一気に彼らに集中する。

 無論視線だけではない。会場を「おお〜」と大きくどよめかせる。


 いつも柏木の前ではホエホエのフェルサンも、件の美しいサーマル装束を身にまとい、背筋を伸ばして、切れ長の鋭い金色の瞳で前を見据えて会場ロビーへ入場する。

 ニルファも気品漂わせて同じような感じ。勝負服はイゼイラのドレス。ブルーを基調にしたワンピースドレスにレギンスパンツを穿いたような感じで、ワンポイントの宝石が綺羅びやかに輝く。

 ヴェルデオはいつもの礼装用制服。表情は穏やかであった。


 会議参加各国代表は、初めて直に見る異星人に驚きを隠さない。

 隣の知人と話したり、指を指したりといろんな驚きの表情を見せる。


 フェル達もすました顔はしているが、目線をいろんな方向へ向け、その人種を観察する。


 ターバンを巻いたインド人。

 トーブを着る中東アラブ人

 日本人に顔立ちが良く似た東南アジアの人々。

 言葉も違えば、所作も違う。そして匂いも違う。


 柏木がフェルに近づく。


「フェル、フェル」


 お澄まし顔で、柏木に視線を送るフェルさん。


『何でゴざいましょうカ? マサトサン』


 フェルさん、ホエホエモードは封印のようである。しかし……


「あそこの……ホラ、頭に布を巻いた方いるだろ?」

『ハイ』

「あの方はインドという国の人なんだけど……インドはフェルの大好きなカレー発祥の国なんだぜ」

『エッ!! そ、ソレハ本当ですカ!』


 フェルの目の色が変わる。



  人生はカレー、カレーは正義。

       (フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ)



 そんな事を言ったか言わないかは分からないが、フェル的にはこれは捨て置けない。

 

『ムムムムム……話しかけるべきカ、やめておくべきか、そこが問題でス』

 

 真剣に悩むフェル議員閣下。

 しかし……ふとフェルは思った。


『マサトサン、でもですネ、マサトサンは以前カレーライスは日本の食べ物と仰ったことがありましたヨネ』

「ああ、実はそこんところは色々と歴史があってね……」


 日本のカレーライスは、英国料理が原型だったりする。

 実は、文久3年頃に、インド式カレーは一部武士階級の日本人には知られていたが、インド人の船員らが、液状の食べ物を米と混ぜて手づかみでそれを食しているのを見て、インド式カレーの方は、「小汚い蛮族の食べ物」と当時の日本人には認識されてしまい、あまりいいイメージを持たれなかった。

 まぁこれは文化の問題なので仕方がないっちゃー仕方がない。

 これが、インド式カレーが日本で普及しなかった理由の一つでもある。


 しかし、明治時代に入って英国式のカレーが輸入され、日本に紹介されると高級料理としてレストランでも普及し始め、即席カレーなども売り出されるようになる。

 そして、当時英国と親交の深かった日本海軍が公式に調理法を公開して、日本の食材でも調理しやすいように工夫された、日本式カレーが国内に普及した。


「……とまぁ、かいつまんで言うと、そんな感じ」

『ほぇぇ……カレーは奥が深いでス! やはり私の目に狂いはなかったですネっ!』

「ハハハ、そうだな」


 そんな事を話して、実はフェルの緊張を解こうという柏木の作戦。

 彼はフェルの目を見て、少し緊張……というか警戒感があるなと感じたからだ。

 そんな事では周りが見えなくなる。こういう会議でそれはあまりよろしくない。


「ま、フェル、肩の力抜いてな」

『ハイです。マサトサン』


 フェルの両肩を叩いてモミモミする柏木。

 フェルはそうやってもらえるのが嬉しい。ニコリと笑顔。


『マサトサンはこれから事前折衝ですネ』

「ああ、着いた早々で忙しい話だ。フェル達は張主席と会談だな?」

『ハイです』

「そっか……いきなりの話だな。お互い頑張りましょうってところか……うまくやれるか?」

『ハイ、問題ないデすよ。お任せクダサイです』

「よし、んじゃ明日の全体会議の時は、例の作戦、頼むな」


 フェルはコクンと頷く。



 その様子を見る中国側警護官。おそらく安全部の奴だろう。フェルと柏木の仲の良さを見て、どう報告するか。しかしそんなもの柏木は百も承知である……




 ………………………………




 ということで、日中首脳会談事前折衝。

 こういう国際会議で首脳会談をやるとなると、そのスケジュールはどうしても押してしまう。

 なので、すぐにこういった事前折衝が始まる。

 よくマスコミなどでは首脳会談のみが注視されがちであるが、実のところ首脳会談で話し合われる大まかな内容は、この時点ですでに話し合われる内容が決まり、大筋の方針も決定されるのだ。

 無論、その内容はケースバイケースで、ほぼこの時点で決定するものもあれば、話し合う議題だけを確認して、あとはトップ同士の決断に委ねられる場合もある。すなわち、双方国家にとって意義のある内容の会談であればあるほど事前折衝は頻繁に行われ、トップが話するときは、決まった内容の確認だけか、まっっったく話が折り合わずに、トップ同士ガチンコでやって決まるか決裂するか、という感じである。

 したがって、こういう国際会議の合間を縫うような首脳会談は、さほど込み入った話は普通なされないものなのだが……



「三島先生、率直に申し上げると、我が国はかような要求を貴国にさせていただきたい」

「ふむ……」


 『かような要求』……つまり、白木達が先にシミュレーションした内容だ。聞いてみれば、やはりもうあのシミュレーションそのままの内容だった。


(流石だな、白木達は……ってか、まぁそういう感じになるか……)


 三島の横で聞く柏木はそう思う。


「しかしですな、李先生、じつのところ、その点を我々に要求されましても、どうしようもないのが現実でしてな」


 三島は、中国外交部・李白鴎り はくおう外交部長(外務大臣に相当)にそう答える。

 三島も李も英語が堪能であるので、通訳を介さない英語でのやりとりだ。

 実はこの方が外交交渉には具合がいい。なぜなら一方の母国語で会談を進めると、その言葉のニュアンス、捉え方の違いで、後々弊害を生む可能性があるからである。


「だが、日本は先般のアメリカ大統領とヤルバーン会談で、金融為替交渉の仲介を行い、実績をあげているではありませんか。なぜわが国の要求を仲介できないのですか?」

「それは簡単な話ですよ李先生。あの時、我々はヤルバーン自治体に何も要求していません。まぁ確かに情報を提供して差しあげはしましたがね。それだけの事です……米国と折衝したいと言い出してきたのは向こうの方からでして」


 まぁ間違ってはいない。その通りだ。しかし、それ以前に日本政府が最重要同盟国の大統領からのお願いに、少々困っていたところに助け舟を出してくれた……というのが実情だが、そんなところまでは言う必要もない。


「……それに李先生、その要求の一覧ですが……まぁ、老婆心で申し上げますと、折衝云々以前に、その要求、ヤルバーンさんは飲んでくれないと思いますよ」

「……ではお聞きしたいが……なぜに日本はヤルバーンに『大使館』という名目の、領有地を租借できているのですかな?」

「それはもう既に公表しているとおり、当方があの相模湾の地をイゼイラさん側に租借した……まぁ、言ってみれば、お互いの誠意でそういう感じになっている訳ですわ。それ以上の事はありません」

「なるほど……では、一つお聞きしたい事が……」


 そういうと、李は隣にいる側近に目配せをして、資料を持ってこさせた。


「……この資料ですが、我が国が独自に調べたものですが、どうやらあのヤルバーン日本大使館に送られている物品の中に、貴国の戦闘兵器の部品や、装備品が大量に納入されているようですが……これはどういう事ですかな?」


 柏木は(あっちゃ~……やっぱ漏れてるよ……)と平然とした表情をしながら心の中で思う。


 三島は……


「ほう、私は初めて聞く話ですが、その情報はどこから?」

「それは申し上げられません。然るべきところから……と申しておきましょう……で、ですな、そんな事をして、一体何をなさるおつもりなのですかな?」


 まぁ、こういうやり取りは、このような事前折衝では普通のやり取りである。

 相手の弱みを小出しにしたり、時にはバーンとぶつけて弱みを握り、自国の要求を通すため、有利に話を進める。特に中国はハニートラップなどで得た情報で、相手個人の倫理的弱みに付け込んでこれをやるのが得意中の得意な戦術だ。


「といわれましても……柏木先生、何かご存知ですかな?」


 柏木先生に振る三島先生。

 柏木の横には通訳がいるが、PVMCGの翻訳機能で、ネイティブ並みに聞き取れている。


「申し訳ありません李部長、そのリスト、拝見できますか?」

「ええ、どうぞ」


 リストを手に取る柏木。一瞥すると、新たにリストを書き起こした感じの物で、オリジナルではない……まぁそうだろう。オリジナルなんか出せば、どこが流したかチョンバレである。

 で、そのリストには、F-2のエンジンや部品、10式のエンジンや部品。センサー機材一式やクローラーの部品にF-2用の塗料など、確かに防衛関連品ではあるが、火器や兵装、そして、兵器自体のものではなかった。


(なるほど……こういうものか……ハイハイ……)


 柏木は無言で頷く。

 柏木がリストを読む間、李は……


「我々もかような兵器関連の物品を、日本がヤルバーンへ送っているとなると、やはり色々憂慮せざるを得ませんな……貴国も確か武器輸出に関する法で、かような行為は見過ごせないはず。恐らく貴国の反動勢力が、かような貴国の平和主義的なヤルバーンとの外交方針を無視して行っているとも考えられます。よろしければ今後このような貴国の法を無視した不正行為を未然に防ぎ、極東アジアの安定のためにも、これら情報をわが国は提供し、ご協力する用意が……」


 そう、まぁもっともらしい事をツラツラぬかす李の話を遮るように……


「あぁ、李部長閣下」

「……は、なんでしょう柏木先生……」

「この物品リストですけど、これ作って、この部品をヤルバーンへ渡す指示したの、私ですよ」


 さもありなんという表情で話す柏木。


「は、はぁ?」

「三島先生、このリストって、ほら、あのF-2のエンジン部品とか、10式のエンジンとかの件」


 片目を瞑る柏木。


「ん? あ、ああそうだぜ。なんだそのリストかよ」


 三島も片目を瞑る。


「え?……」


 李は「どういうことだ?」と訝しがる顔。


「ああ、李部長閣下。これはヤルバーンから提供してほしいという要望のあった日本……というか、地球の機動機械の部品リストですよ」

「は?」

「いえね、なんでもイゼイラには、こういった内燃機関式の機械が存在しません。なのでフェルフェリア局長に依頼を受けてこの手の機械部品を定期的に提供させていただいているんです。他に……確かB747のエンジンに、チヌークヘリ一機も納品しましたね。ああ、そうだトヨハラの自動車も相当数納品させてもらいましたよ。ここんところはフェルフェリア局長に問い合わせて頂いたらわかることです」


 平然とペラペラしゃべる柏木にきょとんとする李。


「い、いやしかし、これは機密書類……いや、こういったものは機密扱いなのでは……」

「ええ、そうですよ」

「ではなぜ、そんな機密をここで饒舌にお話になるのですか?」

「いや、機密って……普通そうでしょう、入札価格情報や、個別企業の納品リスト、普通公開します? 中国ではそういう企業情報、公開する習慣があるんですか? 」

「いや……」

「まぁ……そんな企業の内部情報ですから、流されるこっちもたまったもんではないですな。これじゃ入札物件バレバレじゃないですか……該当企業に厳重注意しておかないと……」

「では、この情報……流されては困るものなのですね?」


 李はニヤリとする。


「ええ、そりゃもちろんです。しかし、その情報、流されたらヤルバーンさんも相当困るでしょうね……」

「え?……」

「だって、彼らは今、地球の商取引を勉強中の身ですよ。私も今日の事をヴェルデオ大使に報告しますけど……顧客情報を不正に入手したということをヴェルデオ大使が知ったら……為替取引事業や、他、いろんな輸入事業も行いたいってヴェルデオ大使、仰ってましたからねぇ……」


 この言葉に青ざめる李。


 柏木は、件のヤル研向け自衛隊兵器装備品納入リストを、ヤルバーンの入札・顧客情報資料にすり替えた。

 商売人だから成せる技である。

 あの資料は、見方によっては出納リストだ。そういう技も使える。

 商売をする人間にとって、顧客情報を不正に入手するという行為。これは一番やってはいけないことだ。しかしそれをやってしまうのが、これもまた商売。普通は口をつぐんで必死に隠すものである。それを今の状況、中国は『不正入手しましたよ~ん』とペラペラしゃべっている状態なのである。


「いやぁ……どうしよう……言わないわけにはいかないしなぁ……貴国も困るでしょうそうなったら…

…確か……この次にヤルバーンとの折衝もあるのですよね? しかし助かりました李閣下。もしそのリストが漏れたら『他国の』事業にも、致命的な信用問題を起こすところでしたよ。我々も帰国してすぐに不正を行った企業の割り出しを進めます。いやぁ~ご協力感謝します部長閣下。助かりました」


 深々と頭を下げる柏木。三島も同じく……しかし必死で笑いを堪えている。


「い、いや……そういう事でしたら我が国としても……クッ……」


 その後の言葉が出てこない李……握った拳をぎゅうと絞める……


 まぁ、おそらく中国はこのリストを日本国民にバラして『二藤部政権はヤルバーンと軍事同盟結んで戦争するぞ~と言いふらすぞ』と、まぁかいつまんで言えばそんな事を言って、白木がシミュレーションした要求の一つでも飲ませようとでも思っていたのだろう。

 しかし、柏木はそれを逆手にとって、商売人が一番やってほしくない嫌な事にすり替えた。

 そこは自称ビジネスネゴシエイターの柏木だ。その手のハッタリは最も得意とするところ。

 そして逆に、そんな事をしているとヤルバーンが機嫌よくやっている事業に支障をきたすぞ。ヤルバーン怒らせたいの? ふ~ん……という方向へすり変えた……


 これで中国の日本への要求は全てパーである。これ以上の話は進まない。

 というか、そもそもその要求、日本へされても仕方ないものだ。ヤルバーンさんへ直接言ってくれと。

 結局、策士策に溺れたのは……というところである……

 

 時間も押している……これで事前折衝終了だ……というか、何も折衝できなかった気もしないでもないが……と柏木は思う。




 ………………………………



 北京国家会議センター、別の場所。

 中ヤ会談が行われる会議室前のロビー。

 大勢のテレビカメラや記者が入り、その時を待っている。


 張国家主席が側近を従えてロビーに現れると、記者達カメラのシャッター音がパシパシと鳴り響く。

 そして、少し遅れてヴェルデオら三人がロビーに現れる。ヴェルデオ達には他国の習慣上で不便がないように、外務省のスタッフが補佐についていた。


 ヴェルデオと張が握手する。

「よくいらっしゃいました」「どうもありがとうございます」みたいな言葉を一言二言交わす。

 そして握手の状態でカメラ撮影用のポーズ。ヴェルデオもカメラ目線をしなけりゃならないところがつらいところ。


 フェルやニルファとも同じような感じ。

 特に世界で名の知れている金色目のフェルと張が握手をした時のシャッター音は、こころなしかヴェルデオやニルファよりも多かったような気がしないでもない。

 

 ……そして三人は、会議室へ誘われる。


 


「……ヴェルデオ大使閣下、改めてようこそ中華人民共和国へ」


 そう話す張に、作り笑顔で頷き応じる三人。


「皆様方がこの地球にいらして、そろそろ一年になろうとしていますが、地球、いや、日本での生活にはもう慣れましたかな?」

『ハい。我々がチキュウへ来訪した当時、この惑星の地域国家各国に色々とご迷惑をおかけしましたが、幸い我々が目標としたニホン国の皆様方に、温かく受け入れていただき、今では良き隣人として、良好な関係を築かせていただいております』

「そうですか、しかし今回、わが国へ訪問していただいたという事は、貴国にとって初の日本以外の国への訪問となります」


 そう、それは確かにそうなる。


「そして今回、先ほどのお話では、そちらにいらっしゃるニルファ特使閣下という地球世界に対する特使をも当会議へ派遣していただいた……現在貴国は、日本以外との直接交渉を拒んでいらっしゃるが、今回のこの措置、貴国のわが国や、地球世界に対する今後の対応に何らかの変化があったものであると期待せざるを得ませんが、如何ですか?」


 するとヴェルデオは『その点はニルファ特使から……』と彼女を指名し、話をさせる。


『ファーダ・チャン。まず誤解のないように申し上げておきたいのでありますが、私が今回この席に出席させていただいたのは、ニホン国と我が国との今後の関係において、ニホン国の周辺地域国家の情勢を見聞するためでございます。従いまして、現段階では本国の方針にはまだ何ら変更はございません……しかしニホン国と親交の深い同盟地域国家との関係は、何らかの考慮、配慮をしなければならないという意見は、我が国、そして連合にも確かにございます。ですので、かような理由をもちまして、我が国は連合と協議の上、とりあえず『キンユウカワセ』という経済活動において、ニホン国と同盟関係にあるアメリカ国との経済協力をニホン国を介して行う事といたしましタ。従いまして、今後の事は今会議で色々見聞をさせて頂き、本国へ連絡させていただいてからの事となるとお考えくださイ』


 ……ニルファのその堂々とした態度。

 確かに柏木との打ち合わせ通りの内容ではあるが……その打ち合わせの内容以上に、ニルファのアドリブが炸裂している……マジモンの『議長代理』みたいだ……

 その姿にフェルとヴェルデオは口をポっとあけて、見入ってしまった。


 張はその言葉を聞いて、ある程度予想はしていたが、しかし予想通りではあったため、顔は笑いながらも、口元は少し笑っていない。

 やはりそういう事かという感じで、頷いている。


 その話の後、張はお茶を濁しても仕方がないと理解したのか、単刀直入な話に話題を移した。

 その内容……やはり白木がシミュレーションした通りの内容であった……

 

『……畏まりました。その内容、しかと本国へ連絡いたしますので……』


 ただ、張が一つ食い下がり、突っ込んできたのは最後の要求だった。

 それは……


【日中外交問題への不干渉】


 という点だった。


 張が話す……


「ヴェルデオ大使閣下。他の項目に関しては、確かに貴国本国との折衝が必要なところもあるとは理解できます。しかしこの項目。これに関しては、以前貴国……いえ、ヤルバーン自治体として、『ヤルバーン、ないしイゼイラは、地球世界の内政に干渉はしない』という事を明言なされています。この発言は現在でも有効ですかな?」

『ハイ、もちろんですファーダ・シュセキ。わが国は、ニホン国と我が国の関係以外で、惑星チキュウ世界に存在する地域国家への内政には一切干渉いたしません』

「ふむ、しかし貴国は、以前、日本国天皇へ信任状を渡し、日本国議会で演説をなされた際、『我々は日本国の主権を尊重する』という旨の発言をされていらっしゃる。これは普通に考え、受け取るならば『日本国の主権に他国が介入すれば、自分達も日本の対応に同調する』と聞こえます。その点、我々中国を含めた諸外国はどう理解すればよろしいのでしょうか?」


 なるほど、そうきたかとヴェルデオは思った。

 この言葉ではっきりした。このチャイナ国は、日本という国に自分達がいることを快く思っていないのだと。

 つまり、彼らの権益のために、現状では我々が邪魔な存在なのだろうと。

 米国大統領ハリソンと以前会談した時、彼らの要求は、二藤部がアドバイスをした事とはいえ、特段ヤルバーンの利益を何か脅かすようなものではなかった。むしろ金融為替の件では、全面的に協力するとさえ言ってくれた。なので、むしろ好意的とさえ思えた。何かヤルバーンと色々何かできることがないかと積極的でさえあった。なのでヴェルデオは、ハリソンに対しては、悪い感情はあまり抱いていない。

 しかし、張の今の主張は、早い話が「お前たちは我々が日本と何かもめた場合、首突っ込んでくるのか? そう聞こえたぞ?」と問われているようなものに聞こえたのだ。


『ファーダ・チャンは、その前者と後者の発言に矛盾があると仰るのですカ?』

「その通りです。この際ですから、はっきり申し上げておきますが、我が国と日本国は色々と国家間で問題を抱えております。例えば、日本と我が国の歴史におけるその認識の問題。そして、一部領土領海に関する問題です」

『ハイ、存じ上げておりまス。確か、この惑星で起こった惑星規模の紛争におけるその後の問題と……ニホン国南部に存在する小さな島々に関する領有権についてですな』


 張は、ヴェルデオの言葉に、そこまで具体的な話を知っているのかと少々びっくりした。

 しかし……


「ヴェルデオ閣下、その『紛争』という認識は間違っておられる。あれは『戦争』ですよ」


 その言葉にヴェルデオはフっと笑い……


『それは申し訳ありませんシュセキ閣下。私達も、資料でその『戦争』なるものを拝見いたしましたが、あの程度の戦いなら、私達の認識では『紛争』のレベルでございます。私達もこういう『国家』でございますから、わが国の長い長い歴史の中で、紛争や戦争の歴史も持っていないわけではありません。しかし、私達の認識の『戦争』というものは、星間規模、惑星規模の国家間で行われるものです。従いまして、地域国家同士の争いであれば、『紛争』の域を出ませン』


 ヴェルデオはこれでも『全権大使』だ。しかもイゼイラ大使ではなく、ティエルクマスカ連合から選出された大使である。

 普段は、温厚な人柄のよい彼ではあるが、『首突っ込んでくるのか?』とまで言われては、少々彼のプライドにも傷がつく。

 なので、彼は少し大きく出て……まぁ言ってみれば『脅して』やった。


 張はその言葉に、彼ら中華的な『大きさ』よりも、遥かその上をいく存在だと、今やっと認識する。

 ハっとする張。

 彼の主観で見れば、ヴェルデオに『そんなちっぽけな紛争レベルの話など我々の知った事か、で、そんな宇宙の塵みたいな小さな島の領有権がどうしたって?』と言われているように聞こえた。


 彼らティエルクマスカの人々からすれば、中国の主張する30万人の話も、たった4周期しか行われなかった『紛争』の話も、正直大した話ではないのだ。

 そして彼らが地球世界の歴史的資料を見た時、『なんで日本がたった4年しかやっていないこんなちっぽけな紛争に負けただけで、特定の二国からその後も延々とボロクソいわれなきゃならないんだろう』と常々思っていたところではあったのだ。

 

 張は、しばし腕を組んで考える。


「ふ~む、なるほど……そういう点では、貴国と我々、いや私達アジア人の間では、相当な認識の開きがあるようですな……なるほど……わかりました。その話はここまでにしましょう」


 張はこれでもなかなか頭の切れる男である。彼らに中国主観の倫理的なカードを切っても無駄だと理解した。だが……


「ヴェルデオ閣下。あなた方の感覚では、とても小さなことでも、我々にとっては、あなた方の発言が、大きな国家的大事となることも理解していただきたい。あの時の発言は、我々にとってそのぐらい大きな衝撃だったのです」


 張は言う。

 我々と日本が抱える問題は、日本と中国が解決しなければならない問題であると。

 そこでヤルバーンが知らぬこととはいえ、かような発言をすることは、ヤルバーンが今後も地球世界にとどまることを考えた場合、あまり良いことではないと。なので発言には気を付けてもらいたいと。


 しかしヴェルデオも負けてはいない。


『わかりましたファーダ・シュセキ。その件は本国にも伝えておきます』

「ご理解していただけて幸いです大使閣下」

『しかし……我々も本国の確固たる命を受け、そして、我が国、我が連合の国益の為に、このチキュウ、そして日本にやってきましタ……ファーダのおっしゃるとおり、私の申し上げた『主権』の発言に危惧を抱いていらっしゃるのであれば、その点は今後考慮いたしますが、我々もまたその『主権』は貴国同様に持っております。そしてニホン国の皆様は、そんな言ってみれば『よそ者』の我々の『主権』を快く迎え入れて下さいました。従って、我が国の主権と、日本の主権がもし同じ国益であった場合、それは我が国としても、我々の問題と受けとめるのは当然でございますな? その点もご理解頂きたい』


 張は今の発言で、やはり日本とヤルバーンはもう国家的にかなり深く食い込み合うところまで来ているのだと悟った。

 そして、その間には一分の割って入る隙もないものなのだろうと。


 ヴェルデオは更に畳みかけるように話す。


『ファーダ』

「はい」

『貴国の国家間紛争、いえ、戦争ですか? その話が出ましたので、少々お話したいことがございます』

「はい、お聞きしましょう」

『私の母国、イゼイラでは、実を申し上げますと……歴史上、同族間で『戦争』というものを行ったことがないのです』

「えっ!?……」


 張は驚く。

 地球世界じゃ、その歴史において、まるで奇祭の如く行っていた戦争を、彼らは同じ知的生命体でありながらやったことがないという。そんな話、普通では信じられない。


『なので、我々が戦争を知ったのは、我々が宇宙に飛び出して、他のいろんな種族と遭遇してからの事であります』

「……」

『ましてや、同じ国の者に対し、武器を向ける事などという事は、我々からすれば理解を超えることでもあります』


 その言葉に張はハっとする。

 それは、彼らが地球世界にやってきたとき、ヴァルメを捕獲するために『軍部』が行った行為だ。

 村一つ犠牲にして、攻撃を加えた。しかしその村は壊滅しなかった。なせならヴァルメ……つまりヤルバーンがその村の住民や資産を守ったからだ。

 

 ……当時、張は担当者からこの話を聞かされた時、彼も国家主席とはいえ人間である。その軍部の行為にかなり激怒した。しかし当時の彼は、中国軍部の暴走を抑えきれずに傍観するしかなかった。なのであの事件はもみ消すしかなかったのである……結局は動画で配信され、世界の知るところになってしまったのではあるが……


(まさか……あの事を言っているのか?)


 今のヴェルデオの話、そう思ってしかるべきだろう。

 実際ヴェルデオはそれを意識して言った。


 ヴェルデオは更に続ける……


『ファーダ・シュセキ。今現在、ニホン国民とイゼイラ人や、他の種族の間で交流が盛んな事は、言うまでもありませんが、それだけではございません』

「……」

『その中には、既に将来を誓い合った者たちも、もう少なくはないのです』

「えっ?……そ、それは……本当ですか?」


 張はびっくりする。

 異星人と地球人の間で、そのような関係が成立するのかと。


『はい。で、先ほどの『主権』のお話ですが、そういったものも我々にとっては、重要な『主権』となります。その点も申し添えておきたいと思いまス』


 ヴェルデオ、なかなかのものである。ゴルフのエアスイングしているだけのオッサンイゼイラ人ではない。伊達にティエルクマスカ連合選出の大使はやっていない。


 フェルは、横で記録係として、PVMCGのキーボードをタッピングしながらニコニコしている。

 ニルファもその横でウンウン頷いている。


 張は、ヴェルデオの話を聞き、何か色々思うところがあったようだ。

 そしてウンウン頷くと……


「わかりました大使。貴国のお話、我々も色々と検討させていただきます」


 そう言って、中ヤ大使―首脳会談は終わる……



 ……その後、予定通り日中首脳会談も行われた。

 しかしその会談は、なんとたった二〇分で終わる。記者達も拍子抜けだった。

 その会談内容も、尖閣諸島の主張をお互いにしただけ、他には『経済活動を活発にしましょう』そして、ヤルバーンに関しては『今後もヤルバーンに世界各国への柔軟な態度を示すよう要請をお願いしたい』というだけの話であった。

 二藤部は、もっと侃々諤々やるものだと思っていただけに、拍子抜けだったという。一体張に何があったのだと?



 ……中国側控室に戻った張。外交部長の李と話す。


「李同志、君の方は、あまり成果があがらなかったようだね」

「は、はい、申し訳ありません首席。件の機密情報の方も、あまり大した武器にはなりませんでした……あれは使えませんね」

「フフフ、そりゃそうだろう、私もヴェルデオとかいう大使に色々とカマをかけて話してはみたが……日本人と外星人の繋がり……あれは半端ではない」

「やはりそうでしたか」

「ああ……しかし、今回の件で確信したよ……李同志、あの作戦、できるかもしれんぞ」

「えっ! では……」

「うむ、日本と外星人……彼らには少々申し訳ないが、大いに利用させてもらう。これ以上我が国を……」


 張首席、何やら日本とヤルバーンを巻き込んだ大いなる謀略を考えているようである……


「では、同志たちもすぐに連絡を……」

「まぁ慌てるな……それより私も一つ確認したいことがある……その事で李君、一つ日本政府へ打診してほしいことがあるのだ」

「はい。何でしょう」

「あの、柏木真人とかいう外星人担当大臣と、話ができるよう段取りを付けてもらえないか?」

「えっ!? あの男とですか?」

「ああ……君の事前折衝の話を聞く限り、今回の会談の『絵』をかいているのはあの男だよ、恐らくな……」

「?」

「フフ、二藤部も優秀なリーダーシップを持った男だが、そんな荒唐無稽な絵を書ける男だとはどうしても思えん」

「いや、案外三島かもしれませんよ」

「ははは、確かにな、しかしむしろ三島ならなおさら柏木に絵を書かせるのではないかな?」

「……確かに……」


 李も腕を組んで納得して頷く。


「では、明日の全体会議は……」

「ああ、可能な限り、各国代表に、当初の通りの意思を伝えてくれ」

「畏まりました」




 ………………………………




 ……日本国控室。

 日本政府スタッフは会談を終えて、お茶でも飲みながら一息入れているが、みんなダンマリを決め込んでいる。

 そして、やたらとテレビの音だけがうるさい。


『マサトサン』


 フェルらヤルバーンスタッフが日本国控室へ入ってきた。

 二藤部達は、彼女らを待っていたのだ。


『アノ~……』


 すると柏木が口に人差し指を立てて「シッ」という格好をする。

 フェルが思わず両手で口を塞いでしまう。

 柏木が彼らの元へ歩み寄り、みんなに耳を貸せというジェスチャーをする。


「(みなさん、地球では、こういう会議の場所は、盗聴されていると思った方がいいですよ)」

『(ソ、ソウナノデスカ?)』

「(ああ)」

『(ナルホドです……シエ?)』

『(リョウカイシタ)』


 シエは、部屋の中に入り、VMCモニターを立ち上げて、ポポポっと何かを打ち込む。

 すると……


『(ナルホドナ……コノ場所ニアソコ……ソレト、アソコカラ、公共電波以外ノ周波数反応ガアルナ)』

「(はい、ということです。シエさん。場所を変えないと……)」

『(ナニ、心配ハイラン)』


 するとシエは、何か操作をすると、控室のソファーの前にみんな集まれという。


『ヨシ、モウ普通ニ話シテイイゾ』

「え? 大丈夫なんですか?」

『ウム、コノソファーヲ中心ニ、アソコノアタリマデ、遮音シールドヲ展開サセタ。コノ範囲ナラ、会話ガ外ニ漏レルコトハナイ』

「なるほど、そういう手がありましたか」


 流石自治局局長のシエさんという感じで、主要メンバーがソファーに腰を掛ける。

 シャルリや、大見ら他のスタッフには、シールドの外で、当たり障りのない会話でもしておいてくれと頼む。でないと、あまりに静かだとかえって怪しまれるからだ。


 

「はぁ……息が詰まりますね、ホント」


 柏木がやれやれな顔で話す。


「ハハハ、そんなものですよ、柏木先生」

「ああ、そういえば総理も北朝鮮で以前……有名ですよね、アレ」

「ええ、そうですね。そんな事もありました」

『ノースコリア国でデすか? 何のお話ですカ?』


 柏木は、二藤部が内閣官房副長官時代だった時の武勇伝をフェルに話した。


『そうなのですカ、それはそれは……』

「あの問題も今後積極的にやっていかないとね……」


 ……とまぁ、そんな話をしながら、本題へ。


「柏木さん、先ほどの日中会談、とても拍子抜けみたいな感じで終わってしまたのですが……事前折衝で何か他にあったのではないですか?」

「え? いえ、特に……ですよね、三島先生」

「ああ、特に総理へ報告した以上の事はなかったぜ。柏木先生の咄嗟の猿芝居で難を切り抜けたが……」

「あ、何ですかそれ……猿芝居はないっしょ……」

「おう、すまん。では迷演技ってことで」

「“メイ”の字がそっちですか」

「だってよぉ……あれが入札資料だなんて、ちょ~っと無理があると思うぜ、俺はよう……」

「いいじゃないですか、結果的に相手を封じ込めたんですから」

「ありゃ、ヤルバーンの名前出して脅しただけじゃねーかよぉ」


 二人のやりとりに、二藤部はクククっと笑う。


『え? どういうことですかな? ファーダ・ミシマ』


 三島は事前折衝のやりとりをヴェルデオに話す。

 するとヴェルデオ達も大笑いだ。


『ハハハハハ、なるほど、そういう事ですカ……しかし咄嗟にそういう事を思いつくのはファーダ・カシワギらしいですな』

『ソウデスネ、私もこれからは気をつけないと……ウフフフ』

「え? 何に気をつけるんだよぅフェル……」

『ワタシトノ関係カ?』

『ア、ナンですかそれは! 聞き捨てなりませんヨ! シエにはケラー・タガワがいるじゃないですか!言ってやロ~……』

『ナ……何ノコトダ? フェル』


 ちょっと焦るシエ。ピ~プ~と口笛。

 え? と思う二藤部に三島……


 まぁそれは置いといて……


「……結局機密が漏れていましたね」


 渋い顔をする二藤部。


「ええ、結果的に言えば、玲奈のおかげですが……まさかあの手の資料まで……」


 柏木も同じような顔。


「しかし……君島のスタッフが流すとは思えねーんだかなぁ……」


 三島も腕を組んで考え込む。柏木も……


「ええ、その点も山本さんと話しましたが、問題ないと」

「んじゃどーいうこったい?」


 すると久留米が、思い当たる事は一つしかないという。


「なんだい久留米君」

「ええ、おそらく中国のハッカー部隊でしょう。確かに今の安保委員会参画企業のシステムは、ヤルバーンシステムのセキュリティを利用して保護されているので、以前よりはセキュリティも相当強化されてはいますが、残念ながら全てではありません。その既存のシステムか、個人所有のパソコンなどをハッキングされた可能性もあります」

「んじゃ、君島さんところにも言っておいてやらねーとな……」

「君島とは限りません。何でも今回は『部品リスト』という事でしたので、その下請け企業の可能性もあります」


 そう言う点、まだまだ日本のセキュリティには難があると話す諸氏。

 しかし、まだ今回は『部品』レベルで済んだから、あの猿芝居も効果を発揮したが、あれが『武器』レベルでは、ちょっと猿芝居では済みそうになかったと……まったくヒヤヒヤもんである。


 しかしやはりそれを利用して、白木達がシミュレーションした通りの事を仕掛けてきた中国側。

 だが、それにしても会談は拍子抜けだった。

 事前折衝でシカトを食らって、首脳会談ではもっと攻めに転じてくると思っていただけに余計にだ。


 ……ということは……と考えると……


「ヴェルデオ大使達の会談ですよね総理……」

「ええ、そうなりますね……大使、どういう内容でしたか?」

『ハイ……では、口で説明するよりご覧いただいた方が早いかト』

「え? 『ご覧いただいた』?」


 どういう事かと訝しがる二藤部達。


『フェルフェリア局長、お願いできますか?』

『ハイです。では……』


 フェルはVMCモニターを立ち上げると、なんと先の中ヤ会談の映像を映し出した。


「うお! フェル、映像記録取ってたのか!」

『ハイです。あの方々はゼルクォートの機能などご存知ないでしょうから、チョロいモノですよ、ウフフ』


 悪戯少女な笑みをするフェル。

 実はフェルが会議中にVMCモニターを立ち上げて、ゴソゴソやっていたのは、映像記録を撮りながら中ヤ会談のダイジェスト版を作っていたのだった。

 ハタからの見てくれは、何か文書を作成しているようにしかみえない感じだが、フェルにしか見えないフィルターモードを使って、会談中そんな事をやっていたのだ。

 フェルさん、使える議員サンである。


「おお~ やるなぁフェル。中国を出し抜くとはなかなか……」


 感心する旦那様。

 という事でその映像を見る諸氏。しばし画面に見入る……



「……ニルファさん、私、こんな台本渡しましたっけ?」と柏木。

『ウフフ、少々脚色させていただきましたわ、ダイジン』と、したり顔なニルファ。

「ぶはは、こーいうのを“名”演技っつーんだよ、先生」と三島。


 トホホ顔の柏木先生。


『フフ、ダイジン、私はこれでも向こうの世界で精神的に“齢”を経たフリュですわよ。これぐらいの事はやってみせまス』

「はは、御見それしました」


 

 そして……



「うわ、大使、結構キッツイですね……ってか、大使もすごいです」と柏木。いつものヴェルデオにはない迫力を感じる。

『アタリマエですファーダ。これでも場数を踏んでいますよ私は、はは』ちょっと鼻が高いヴェルデオ。

『コノアイダハ“ごるふこーす”ノパンフレットヲ読ミ漁ッテイタノニナ』といらんこと言いのシエ。

『ア、それは言いっこナシですよシエ局長』口元波線なヴェルデオ。



 鑑賞会終了。で、柏木の感想としては……


「……結構丁々発止やってたんですね、中国をあそこまで抑えるとは……ニルファさんに大使もすごいです」

『イエ、ファーダ。別に演技でやっていたわけではありませんヨ。あれはイゼイラやティエルクマスカの意向そのものです』

「はい、それはわかっています……ということは総理……」

「ええ、おそらくこの会談で、張主席は、何か思うところがあったと見るべきでしょうね」

「んじゃ総理、もしかしてこの調子じゃ、白木君達が考えていた、次の『ヤルバーンとの交流中止の要求』とかは……」

「いえ、それはまだわかりませんが、三島先生の思っている通りかもしれません」


 つまり、次の要求は出てこないかもしれないということだ。

 結果的に言えば、柏木にしてもヴェルデオにしても、遠まわしに中国へ脅しをかけたという事になる。

 まぁ、言ってみればそういう脅し合いも外交ではあるのだが、当初のもくろみ通りくさびを打ち込む事には成功はした。

 しかし……


「なんか……嫌な感じですね……」


 柏木は訝しがる。


「ああ、総理の会談といい、ちょっと素直すぎるな……」


 三島も同じ感じ。


「という事は……明日の全体会議と、その後の『宣言採択』ですか……」


 二藤部は考え込む。


「ああ、そういうことですな総理。今回、別に日中サシで会談やるために来ている訳じゃねぇ……総理、明日、全体会議までの間、いろんな国から会談のもちかけ、あるんでしたな?」

「はい」

「時間の許す限り、面を通しておいた方がいいかもしれませんな。私も可能な限り話をしてみますよ。柏木先生も、ヴェルデオ大使達にひっついて仲介役やってくれよ。で、できる限り希望する国があれば話させてやってくれ。イメージってのも大事だからな」

「わかりました」

 

 と、そういう形で話がまとまりかけていた時、大見が遮音シールドを抜けて、二藤部に話しかける。


「総理」

「はい、何でしょう」

「今、中国側の使者が来ていますが……」

「えっ?」

「なんでも、張主席が柏木とサシで話がしたいとかで……」

「何ですって!?」


 みんな顔を見合わせて「どういうことだ?」な表情。


「今からですか?」

「ええ」


 柏木も相当訝しがる表情で……


「どこで話するんだ? オーちゃん」

「それはわからん。ただ、こちらの護衛もつけても構わないと言っているから、まぁ、ヤバいところじゃないだろう」


 するとフェルが心配顔で……


『デハ、私がマサトサンの護衛に……』

『ナニヲ言ッテイルノダ、フェル。ニホン国閣僚ト、チャイナ国ノトップガ、サシデ話ヲスルノニ、イゼイラ人ガシャシャリ出テドウスル』

『でも……』


 大見がフェルの顔を見て、吐息を一つ突く。


「どうしますか? 総理。もう車を待たせているとのことですが……」


 三島が「そうきたか」というような表情で……


「やっぱ、先生が『絵』を書いたの、向こうも察したみたいだな……」

「ええ、そのようですね。どうしますか、柏木先生」


 柏木はしばし考えた後


「まぁ、向こうが会って話をしたいという事は、今の話の意図を掴むのにも有効ですし、逆に言えば、今の話があってのお誘いでしょう……行きますよ、私」


 二藤部は頷く。


「フェル、まぁ何も殺されるわけでもなかろうし、大丈夫だよ」

『ウン……』


 でも心配なフェル。


「大丈夫ですよ、フェルフェリアさん……総理、護衛には私が就きます。コイツの考えることなら、私にもわかりますので、不測の事態にも対処できますし」

「なんだよオーちゃん。その『不測の事態』ってぇ……」


 みんな『突撃バカ+銀河』という言葉が脳裏に浮かぶが、言わない……


「フフ、わかりました。では許可します柏木先生。よろしく状況掴んで下さい」

「かしこまりました総理……オーちゃん、行こうか」

「ああ」


 柏木は大見と共に部屋を出る。

 そして、中国側の使者と、中国が用意した通訳とともに、外に待たしてあったドイツ製高級車に乗りこむ。


 ……車は、北辰西路を南へ下っていく。三〇分ほど走ると、景山公園を抜けて、更に南へ……


「ん? このまま真っ直ぐ行くのか?」


 ぽつりと漏らす柏木。


「どうした? この道、しってるのか?」

「ああ……俺は以前……ってか、もう十何年も前になるけど、一度北京に来たことあるからな」

「ハハ、ああ、あの話な」

「おう、ハハ」

「で、どこに行くんだ? このまま行くとよ」

「ああ、恐らく……」



 そして車が停車する。

 ある場所には普段以上の衛士が立ち、その様子を見て、行きかう北京市民の興味本位な訝しがる顔が衛士達に注がれる。

 普段なら観光客で賑わうその場所も、閉館時間を迎え、人もいないはずだが、その警備の数で普通ではないと市民たちも理解する。


 そして車から降りる柏木。


 柏木の顔を知っている北京市民もいるようで、それが柏木だとわかると、指を指して知人と話している姿もチラホラいるようだ。


 柏木と大見は、その使者に会合場所へ案内される。

 大見は初めて来るその場所に、顔を上げて見渡す。思わず観光客になってしまいそうだ。

 柏木は一度来たことがある。なので、懐かしさも少しあったり。


 その場所……そこは……





 『紫禁城』……







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