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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
46/119

-26-

 ティエルクマスカ連合からの、日本政府に対する壮大な贈り物……ってか、どうするのという扱いに困る贈り物……


 『宇宙空母 カグヤ』


 当初、この船の名前は『戦術機動母艦 ヤルマルティア』になる予定だったが、今回の『カグヤの帰還』作戦に合わせて『カグヤ』に名称変更された。

 決してヤルマルティアの語源が色々と日本的に『マズイ』という理由からではない……断じてない……と思う……


 さて、このカグヤ級宇宙空母。

 柏木は、セルゼントゲート到着までの5日間を利用して、色々と艦内設備を見て回った。

 フェル達実験作戦実行要員はこの間を利用して、訓練訓練の毎日で多忙を極める。

 この中でとりあえず暇人である柏木は、デヌに言われた言葉もあったので、いざとなればクルー達の補佐もできるようにと艦の設備を熟知しておこうと、彼なりに勉強していた。

 彼とてこの実験作戦の提唱者であり発案者だ。そして件の称号も受勲してしまった。体裁上とはいえ、その効力は有効だ。そんなところもあっての話……


 船の設備を見るに、やはり柏木の偏った知識が予想した通りな感じの船だという事が大体わかってきた。


 というのも、この船、いわゆる純然たる『空母』のようなものではない。

 艦載機、つまりヴァズラータイプや、その他、多目的機を搭載できる機数は、その船体の大きさに比して意外と少ない。

 ヴァズラーを40機ほど、で、ヴァズラーをベースにした多目的機が10機ほど……

 艦載機としてはそれだけである。

 大きさに比して、明らかに搭載機数が少ない。

 ちなみに、その中でも日本版ヴァズラータイプは10機ほどあったりする……量産してんのかよ……と思う柏木……

 しかし……シルヴェル型空挺機動兵器を、なんと20両も搭載している……しかも、あの観兵式で見たものとは少々仕様が異なるようだ。

 見た目、あのシルヴェルより本体部に重厚感のあるタイプが搭載されている。

 名称は、『シルヴェル・ベルク』というらしい。さずめシルヴェルB型や、乙型といったような意味だ。


(よくわからんけど……明らかに要撃型っぽいよな……何に使うんだろ……)


 細長い、前部が後部より尖ったような菱型をした本体に、虫型の4脚をそなえるシルヴェル。

 本体側面に格納されたマニピュレータ部が火器になる。そして本体中央部が、地球で言う『主砲』のよな役割を果たすエネルギー兵器らしい。そして、その本体中央より少し下部が搭乗口兼センサー部になっているということだ。

 しかし、この搭載されているシルヴェルは、その本体先端の主砲部にアダプターのような物が付けられた感じで、少々イカツイデザインになっている。そして脚部も少々骨太だ。

 どうみても一般形のシルヴェルよりは鈍重っぽいが……



 ……そして、航空機にあたる空間機動兵器は格納庫の中央部。そして、シルヴェルのような、空挺兵器のようなものは、格納庫前後部にシルヴェル専用の特殊なハンガーが設置された状態で搭載されている。


「変わった構造だなぁ……やはりこの船って、空母っていうよりは……強襲揚陸艦なのかな?……」


 それでも普通、強襲揚陸艦は航空機を上層部、陸戦兵器を底部に格納するのが普通なので、それとも違う。

 まぁ、地球で運用するような海上船舶ではないので、相応の理由でもあるのだろうとは思うが、そこのところはわからない。

 そんな感じで、船体規模に比して、その艦載兵器搭載状況が少々特殊なのでそんな風に思ってしまう。


 とはいえ、よくよく考えると、それもそうかなとも思う。

 なぜなら、イゼイラの正規機動母艦は、全長1000メートル以上の船で、ヘストルの乗る『戦艦』と言われている5000メートルクラスでも、物凄い数の艦載機を搭載している。

 この船、つまり500メートルクラスの艦艇は、イゼイラでは中規模の部類に入るのだ。

 つまり、本来ティエルクマスカでは、このクラスの船は、ある程度の数を投入してナンボな船なのだろう。


 他、なんとなく『いずも』っぽいデザインの縦長なブリッジや、その直下の船内区画には、いろんな施設が入っている。

 いずもでは、煙突になる部分。そんなものはこの船にはいらないので、何か縦長のビルディングのようなものが、船の端っこにドカっと船体に突き刺さっているようなイメージの施設だ。相当に大きく、広い設備である。


 ……決して煙突部がVLSセルになっていたりはしない……


 ブリッジ区画や、センサー等の装備はもとより、食堂・娯楽施設・ジムのような施設・会議室・ブリーフィングルーム・全個室になっている居住区・医療施設・自然環境サロン……で、あとは……


「や、やっぱりあった……絶対フェルが作らせたな、これは……」


 自然環境サロンに付随するもの……大浴場である……やっぱり『 ゆ 』と書いてある……今回は女湯と男湯があるようである。


「ま、まぁ……今後自衛官も使うし……まぁいいか……」


 と勝手に納得することにする。


 総じて見ると、やはりティエルクマスカは、あの『いずも』等のキミジマが造った日本の艦艇を参考にしている点が多いなと感じる。

 艦橋の意匠は、あきらかに近代日本や米国の軍用艦艇風な意匠だ。無論そこにはティエルクマスカ風味な技術意匠が盛りだくさんではあるが。

 そもそも彼らは、その技術史上、近代海上船舶の概念を知らない。なので、いろいろ見渡すと、地球で調査し、学んだことをそこはかとなく使っているのがよくわかる構造になっていた。

 要するに、日本政府へのお土産なので、近代日本的なインテリアな構造が多いという事だ。


 そして柏木は機関部と中央システム区画も見学させてもらう。


 機関部には、ディルフィルド機関と、通常空間での主機関となる空間振動波エンジンがどでかく鎮座する。

 そこに直結するは、ティエルクマスカ船舶すべての命綱となるハイクァーンジェネレーターだ。


『コのハイクァーンジェネレーターのお陰で、我々の船舶は、ほぼ100パーセントのメンテナンスフリーを実現していまス』


 機関部員の説明では、船体各部のあらゆるところが損傷を受けても、このハイクァーンジェネレーターが作動し、元素ストックの許す範囲で自己修繕・修理してしまうのだという。

 ヤルバーンもそうだが、ティエルクマスカの船舶を運用する際、そんなに人手がかからない理由は、このハイクァーンジェネレータによる部分が大きいのだそうだ。つまり、単純に言えば、補修人員がいらないということである。

 そして、各部署に多数設置されたゼルクォートリアクターによって、主武装とは別に、情況に応じて仮想造成される『副兵装』や、その他装備で、いろんな戦闘任務、他、諸々をこなすことができるのだという。





 ………………………………





 ……そして、イゼイラゲートに進入から5日後……


 艦隊は、セルゼント州亜惑星都市に到着する。

 そして来た道同様に太陽系方面ゲートへ、艦隊は亜光速速度で直行した……


 艦隊は、太陽系方面ゲート付近に集結する。

 そして、各艦はゲート進入フォーメーションに変更する操艦を始める。


『とりあえずここまでは何事もなく来れましたな、ファーダ・ヘストル』

『ああ、そうだな艦長。さて……我々はここまでだ。巡航艦や機動母艦、戦艦はこれ以降先にはいけない……本当は太陽系まで同行したいところだが、法だからな……こればかりは仕方ない……』

『ハハハ、ではこちらに来て、お忍びで行かれますか?』

『はは、そんなことをしたら即解任されてしまうよ……本音はそうしたいがね、フフフ』


 全艦が最終艦隊陣形をとる間、ヘストルとそんな会話をするティラス。

 これから先に、ティエルクマスカの戦闘専門の艦艇は進むことが出来ない。

 これはティエルクマスカ連合憲章で定められた事項に触れてしまうからである。


 ティエルクマスカ連合憲章では、ティエルクマスカ軍は安全保障関係の条約が結ばれていない文明圏への軍用艦艇の進駐、進行が禁止されている。

 日本とヤルバーン、つまりイゼイラとは秘密裏に安保関係の条約が結ばれていることは、イゼイラやティエルクマスカ連合も承知はしているが、日本が地域国家圏で他の地域国家の主権問題があるために進行ができないのである。

 仮に、日本やヤルバーンが何らかの攻撃にさらされた場合は、今、日本でも真っ盛りな話題の集団的自衛権の発動で彼らも強制的に介入することができるのだが、実際のところ地球とティエルクマスカの科学文明格差が大きすぎるため、現行では、ヤルバーン単独でも対処できる……そのあたりの判断もあるということで、実際のところは難しいのである。

 

 しかし今時は、件の実験作戦の事もあり、非戦闘艦艇、つまり自衛用の兵装が主装備の艦艇……偵察艦や科学調査艦、哨戒艦、病院艦などの補佐、及びモニター機能を持つ艦艇のみ、特別に太陽系への進行を許可された。

 それもそうだ『イナバ』をモニターしなければならないので、そうもなる。

 柏木が日本政府へ託された『カグヤ』は、唯一この法の範囲から漏れる戦闘艦艇だが、これもそういったモニター艦艇、補佐艦艇を警護する意味もあるのだ。


 つまり、今現在、艦隊がその陣形を変更中であるのは、そういった艦艇をゲートへ進入させるための行動なのだ。


 ヘストルの座乗する旗艦からカグヤへ命令が入る。


『コちら戦艦バーシェント。機動母艦カグヤへ通達。モニター艦艇及び補佐艦艇が所定の位置についた。カグヤは最後尾につけ、待機せよ』

『了解、カグヤ移動する』 


 太陽系行きゲートは、ヤルバーンが建造した帰還用ゲートなので、一般のゲートに比べるとそんなに大きくはない。

 規模は冥王星ゲートと同じ直径30キロぐらいの規模だが、いかんせんティエルクマスカ艦艇はどれもこれもバカデカイので、艦隊移動となれば、このゲートでも小さいぐらいなのだ。



『イル・ジェルダー・ヘストル。作戦用艦艇の進入陣形、整ったようでス』

『そうか、ではゲートを稼働させてくれ。その後我が警護艦隊は、周囲を警戒しつつ作戦艦隊を見送る』

『了解。各艦に通達。ゲート臨界稼働まで……』


 艦隊は、作戦艦隊を警護する体制を取る。

 ここまでは順調だ。

 何事もなくこれたので、各員余裕がある。

 旗艦バーシェントでは、ディルフィルドジャンプの準備を行う通達が、カウントダウンとともに乱れ飛ぶ。

 ヘストルは、そんな中、カグヤに通信を繋いだ。


『さ、これで大使ともお別れですな……寂しくなります』


 カグヤブリッジの柏木も、感慨深い顔で


『ええ、将軍。短い間でしたけど、非常に有意義な旅でした』

『ええ、そうあってもらえて私も嬉しいですよ』

『将軍も、いつか日本にいらっしゃってください。大歓迎いたしますよ。私の知人の、自衛隊幹部にもご紹介したいですし』

『ええ、そうですな……まぁでもいつの日になるか……ハハ、これでも忙しい身ですからなぁ……しかしもし訪問できるなら私の妻…………ん? なんだ? どうした?』

『? ……将軍? どうなさいました?……』


 すると、バーシェントの艦長がヘストルに大きな声で……


『イル・ジェルダー! ダストールの『グムヌィル』が わずかな亜空間変動を多数捉えたと報告!』

『なにっ!……まさか!……』


 すると直感したへストルは間髪入れず



『全警護艦隊! 第一級戦闘配置! 見物客がやってきたぞ! 全員気合入れていけ!』


 すると、その様子を見ていた柏木は


『ど、どうしました!? 将軍!』

『大使! お客さんですよ、ガーグ・デーラだ!』


 その言葉と同時に、各艦のセンサーマップに、10……50……100……500もの光点が浮かび上がる。


『将軍! ガーグ・デーラ母艦、数500! 次元溝から出現!』

『500か! こっちとドッコイだな……しかし大型艦艇はいるまい』

『ガーグ母艦、ポッドを多数射出!……いや、待ってください……チッ!……ジェルダー! 中には対艦ドーラも多数いるようです!』

『対艦ドーラだと!? クソっ、厄介だな。まぁいい。各艦、機動兵器を発艦させろ。そして対艦戦闘用意だ! 本格的な機動部隊戦闘になるぞ!』



 ………………



 ……カグヤ艦内。

 その一報でカグヤのクルーも、慌ただしく動き出す。

 ブリッジでヘストルと話すティラス。


『やはり来ましたな、ファーダ……』

『ああ、ここまであまりにも順調だったからな……オカシイと思ったんだ……ここは例の事件の現場付近でもあるしなぁ……』

『ファーダ。一旦時空間ジャミング艦でケツを抑えて、連中を一掃してから、我々は旅立った方がよろしいのでは?……』

『いや、それはダメだ。ゲートはもう臨界に近い。ここでジャミング艦の強制空間修復機能を使えば、ゲートがその負荷に耐えられず吹っ飛ぶ可能性がある……』

『なるほど……ではこのタイミングで狙っていたということは……』

『ああ、間違いなく待ち伏せだな……どこかで作戦スケジュールが漏れているとしか思えん……』

『シレイラ号事件でも、不可解な行方不明者がいた事もありますしな……』

『うむ……とにかくゲートが臨界に達したら、諸君らは突っ込め。連中は対艦ドーラも投入しているようだ。アレに捕まったら厄介だぞ……それと今後の作戦艦隊の指揮は、君が取ってくれ。連中は私が一匹残らず一掃してやる』


 そしてへストルは柏木に目を向ける


『大使、とんだ見送りになりましたな、ははは』

「将軍閣下……いえ、もし将軍の艦隊がいなければ、大変なことになっていました。感謝致します」

『そう言って頂けてよかった。とにかく大使、今は作戦の事だけを……』

「はい」

『それと大使、ヤルバーンと、フリンゼの事を頼みましたぞ。日本政府の方々にくれぐれもよろしく』

「はい。閣下……で、勝てますよね?」

『アタリマエです。“こんなこともあろうかと”コッチには切り札もあります』


 ヘストルはニヤついて話す。


「なるほど“こんなこともあろうかと”ですか……それは地球じゃ幸運の言葉ですよ、期待しています」


 と柏木も頷く。


『それは最後にいいことを聞きましタ。ではっ作戦の成功と航海の安全を』

「はい、閣下もご武運を」

『ご武運を、ファーダ』


 エネルギー砲と、爆音に歪むモニターに映るへストルに別れを告げる柏木。

 VMCモニターに、お辞儀敬礼をし、ティラスはティエルクマスカ敬礼を贈る。

 その背後では「敵、迎撃距離に接近!」「各兵装各個撃破プログラムへ!」などと、大きな音声が入り込む……戦闘が始まったようだ。ヘストルが後ろを向き、いろいろと指示を飛ばす。


 そして、再度揺れるモニターに向き直るヘストル。

 彼は、柏木達に『地球式軍隊敬礼』ピっとすると、VMCモニターを切った……

 その気概に、笑みを浮かべて首を少し左右に振る柏木。

 ティラスもフッとひと吹き笑みをこぼす。



 ――対艦ドーラ。

 これは件のドーラの機能を大型化したような機動兵器である。

 その大きさは、全高13メートル程。

 大型のコアに巨大な指のような四肢。その四肢には、強力な対艦兵装を備えている。

 この対艦ドーラが厄介なのは、件の小型ドーラ……対人ドーラ同様に、ゼル端子を持っていることだ。

 このドーラが、敵艦のブリッジ付近や機関部付近に、シールドを破って取り付くと、そのゼル端子を打ち込んで、ブリッジなら船の制御を。機関部なら、船の航行を奪い去ってしまう事ができる。

 そして、ブリッジ部に取り付いたドーラは、その船の制御を奪って、他の船を攻撃し、機関部なら、機関部を暴走させて自機もろとも自爆してしまうという恐るべき攻撃手段を持つ。


 そして、このドーラには、対人ドーラ同様エネルギー系兵器が効きにくい。

 物理兵器も相応の物理防御能力を持っているので、例の対物ライフルのように簡単にはいかない。

 まぁ、その対抗する兵器が、軍用艦艇の艦砲や機動兵器搭載の大型火器なので、効果が無いというわけではないが、相当な集中砲火が必要となる。

 やはり最も効果的なのは、一般的には重力子兵器なのだ。




 太陽系方面ゲートが臨界を迎え、空間境界面を生成する。

 モニター艦隊はティラスの号令のもと、前進を開始。カグヤは殿しんがりを努め、後方につき、接近する敵を警戒する。


 すると、何を思ったのか、先のポッドテストにも従事していたダストール戦術空間ジャミング艦『グムヌィル』が、カグヤに並走して陣形を変える。


『グムヌィル、どうした。減速しているぞ。先行しないか!』


 ティラスが問う。

 すると、カグヤのモニターにグムヌィルの艦長が応答する。


『ティラス艦長、貴艦ト並走スル許可ヲモライタイ』

『一体どうしました? 艦長』

『ウム……何カイヤナ予感ガスル……杞憂デオワレバヨイガ……本艦ハ他ノ船トチガイ、相応ノ戦闘力モ有シテイル。邪魔ニハナランダロウ、カマワナイカ?』


 ティラスはフ~ムと考える。

 空間ジャミング艦は、その空間ジャミングシステムが時には能動的な攻撃兵器として働く時もある。そのため戦闘艦艇ほどではないが、相応の対艦、対機動兵装も装備している特殊艦艇だ。


『わかりましタ。艦長、お名前は?』

『ダストール軍管区、タウサー恒星系方面軍ノ、イル・カーシェル・ダル・フィード・マウザーダ。ヨロシクタノム、ティラス艦長』

『了解ですダル艦長。では共に殿を務めましょウ』

『了解シタ』


 団子のようなシルエットのグムヌィルが共に殿を務め、後方を警戒しながらゲートへと進む。

 現状、警護艦隊がガーグ・デーラから射出された機動兵器群の侵入を抑えている。

 しかし彼らは、ティエルクマスカの技術でも探知しにくい次元溝潜伏機能を備えている。未だに本隊はどこにいるかわからないのだ。

 まるで、第一次大戦時のUボートだ。

 

 ダルは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 「こんな敵、我が艦のジャミングシステムを使えば一網打尽にできるのだが……」と……


 そして、前衛がゲートへ次々と進入していく。

 どうやら何とか敵に食われずに済んだようだ……そしてカグヤとグムヌィルもゲートへと近づいていく……



 ………………



「ファーダ・ヘストル。モニター艦隊、ゲートへ全艦進入いたしました!」

「よし、なんとか食い止められたな。ゲート閉鎖までの時間は?」

「160ヘクトルほどかかかります」

「おしっ!」


 ヘストルは両の掌と握り拳をパンと叩いて、全艦隊に檄を飛ばす。


「全艦に通達、これで我々の当初の任務は終わりだ、さぁて、諸君、今日はいい機会だ、奴らにこの間のお礼をさせて頂こうではないか……諸君、好きにやれ! 連中を完膚なきまでに叩き潰してやれ! モニター艦隊の作戦に華を添えてやるのだ!」


 その声にブリッジクルーは握り拳を天に突き、歓声をあげる。

 そして、その激と共に、今まで警護のために守りの陣形についていた艦隊は大きくうねるように移動を開始し、攻撃陣形へとその様相を変化させる。

 各艦は残りの全兵装を展開させ、ゲート周辺を警戒していたヴァズラー他、機動兵器群も、前衛へとすさまじい機動で移動を開始する。

 ・

 ・

 ・

「対艦ドーラ! 第253番巡航艦に取り付いた!」

「付近のヴァズラー隊は、253番艦のドーラ排除に向かえ」

「185番、186番巡航艦、ドーラ第二波と交戦開始、対機動重力子砲斉射します」

「アルケ方面、ベルク方面のドーラへ重力子砲斉射命中、敵ドーラ25パーセントを撃破」

「第34機動母艦、ドーラポッドの侵入を許しました……空間海兵が排除に向かいます」

「バーシェントより強襲艦、34機動母艦へ第5機兵空挺を送れるか? 対人ドーラ排除求む」

『クッ! やられた! ヴァズラー486脱出する、転送回収してくれ!』

「ヴァズラー486了解、ビーコン信号を消すなよ!」

『ヴァズラー358。対艦ドーラ3機撃破』

「よくやった358。明日のカレーはお前の使用権でオゴリだ」

『ハぁ? 俺かよ! クソっ!そっちにドーラを誘導してやるからな!』

「了解、お前もろともジルフェルドブラスターでカレーの具にしてやるから連れて来い」


 そんな会話が各艦艇ブリッジを舞う。


 ……ある艦艇では……


「クソっ! こちら要撃艦178! 機関部右側面にドーラが取り付いた! ゼル端子反応アリ! まずいぞ! だれか引き剥がせないか!」

『こちらヴァズラー207 ダストールの駆逐艦が向かった! なんとか保たせろ!』


 すると、ダストール駆逐艦が要撃艦178に向かって突貫してくる。


「おい……おいおいおいおい、あのダストール野郎、突っ込んでくるぞ!」

「こっちゃ引き剥がせって言ってんのに突っ込んでどうする気だ!」

「何考えててんだ! 総員、何かに掴まれ!ふっ飛ばされるぞ!」


 するとダストール駆逐艦は、要撃艦の後方から右側面スレスレに船体を擦るか擦らないかの距離でかすめるように操艦する。

 すると、機関部から大きくはみ出たドーラへ、駆逐艦の船首を体当たりでぶつけ、船体へ食い込んだドーラをまるで牡蠣をヘラで岩場から引き剥がすかのように持っていく。

 と、同時に、要撃艦と駆逐艦船体に挟まれ、巻き込まれたドーラは、シールドを暴走させて火花を全開に撒き散らし、すり潰されるように粉砕された……後に残るはミンチになった残骸のみ……


 しかし、やはりそこまで精密な操艦はできないもので、かなりお互いの船体がぶつかったよう。

 要撃艦内では、まるで絶叫マシンのように船体が揺さぶられる。

 船内のイゼイラ人クルーは、ウワー! どぉあー! ギャー!と悲鳴に嗚咽をあげて吹っ飛ばされるのを耐える。


 駆逐艦が通り過ぎる時、互いのブリッジが交錯する。相手クルーの互いの顔が見えた。

 ダストールブリッジでは、全員が要撃艦の方へ抜いて、「どうだみたか!」を意味する人差し指と親指、小指の3本を突き立てて、要撃艦ブリッジの方へかざす。しかもみんな無表情なすまし顔で……


「ドゥス野郎! 何考えてんだテメーコノヤロウ! もっとマシなやり方考えろ!」

「冗談はテメーらの会話だけにしとけ!」

「すまし顔で三本指おっ立ててるんじゃねーよ!」

「シエか! お前らは!」


 ブリッジで相手を侮蔑するポースをとるイゼイラ人クルー。

 こんなやりとりがあったり……

 せっかく助けてもらったのに大ブーイング。そりゃ船が突っ込んでくればそうもなる。

 シエはこんなところでも、アレな噂で有名なようだ。

 要撃艦クルーはカンカンになって怒る。これならドーラにゼル自爆されて脱出したほうがマシだと。

 さすがはダストール人である。操艦まで天然だ……しかし僚艦が助かったのは事実。これがヘストル艦隊の気概であったりする。




 ………………




「ファーダ・イル・ジェルダー。敵機動兵器第一波、第二波撃退いたしました」

「よし、わが軍の被害は?」

「中破以下の艦艇が若干数ありますが、軽微ですね。機動部隊損耗率3パーセント以下。問題ありません」

 

 旗艦バーシェントオペレーターは、具体的な数値を読み上げる。


「……よし、損害を受けた艦艇には救護艦を向かわせろ。脱出した機動兵器パイロットの回収も厳にな」

「了解。救護艦に通達します」


 そしてヘストルは、さてここからだという感じで、艦長以下参謀を戦域VMCマップに呼び寄せる。


「さて……とりあえずは連中のドーラをなんとか防いだが……それでも結局は無人兵器だ。戦果とはいえん。放たれたユミの矢を叩き落としただけだからな」


 ヘストルがマップを見て腕を組む。


「ええファーダ、その通りです……しかし、連中の母艦が次元溝に潜伏している以上、こちらからは手が出せません」

「そうですね。ガーグ・デーラの次元溝潜伏技術は、我々の技術にないものです。我々の対探知遮蔽技術とは性質が異なりますからな」


 参謀たちが口々にその技術の脅威を語る。


「うむ、ディルフィルド航法のような亜空間航行技術のようなものとも違う。敵ながら興味深い戦法だ。ダストールのジャミング艦がなければ対応策に往生するところだな」


 ヘストルも参謀たちに同意する。


「しかし、あのジャミング艦も相手が出てきてナンボですしね。潜伏している連中には効果がありません。単に時空間にフタをするだけですから、相手に被害は与えられませんし……そのまま次元溝から退却されればそれで終わりです」


 ダストールの空間ジャミング艦も、相手の攻撃を防げはするが、ここまで敵が多いと決定的ダメージを一気に与えるまでにはいかないのが現実なのだ。


「フフフフ、そこでだ……諸君、私はこの間、チキュウの古い『エイガ』という映像娯楽作品を楽しんでいたのだが……」

「はぁ……」

「チキュウの、かつてのチキュウ世界規模な地域国家紛争を題材にしたものだそうなのだがね。確か……題名は……『ガンカノテキ』とかいう名前だったかな」

「ほう……」

「なかなか興味深い作品だったが……チキュウには、海中に潜る『センスイカン』とかいう兵器があるらしい。現在のチキュウでも、その兵器の海中に潜る特性は、探知するのにやっかいな代物だそうだ」

「はぁ、そんな兵器が……我々にはどうということのないものですが……立場としては、今の我々に似ていますね」

「うむ、で、ニホン国のジイエタイは、そのセンスイカンの探知に非常に長けているらしくてな。その戦法や資料を防衛総省技術局に研究させたのだが……ソイツをガーグ・デーラどもに食らわせてやろうかと思う」

「そんなものが!」

「うむ、“こういうこともあろうかと”用意させていたのだよ。恐らくという感じはあったのだが、案の定だったのでね」


 ヘストルは柏木に教えてもらった幸運の言葉を得意げに使って話す。

 そして、へストルはその『ソイツ』の内容を、参謀達に話す……


「そ、そんな戦法……そして兵器が……」

「うむ、次元溝潜伏なんていう敵の戦法がなかったら、我々には永遠に思いもつかない戦法と兵器だな」

「では、これから……」

「ああ、連中を炙りだして、一気に殲滅してやる。できれば敵の母艦を鹵獲したいが……無理はナシだ」

「了解ですファーダ。ではご命令を……」


 ヘストルは、その作戦を命令した……

 さて、その内容とは……


「ファーダ、ガーグデーラ母艦の出現予想位置、算出しました。この辺りに非常に小さな空間の変動が確認できます……しかし、本当に微かですので、自然現象の可能性も考えられますが……」

「かまわんよ。よし、では、デロニカに我が艦隊周辺に例のものを徹底的にばら撒かせろ」

「了解」


 ブリッジに命令が飛ぶ、木霊する復唱。

 機動母艦から沢山のデロニカ軍用仕様が発艦し、艦隊周辺へと八方に飛ぶ。

 すると、デロニカは、格納庫を開けて、何か小さい破片や残骸のような物体を無数に空間へ放出していた……


「……ファーダ、『キライ』と『そのぶい』の投下完了いたしました」

「よし、デロニカを帰投させろ。で、各艦に通達。損傷を受けた艦艇は、ゼルクォートで例の偽装を開始。盛大にやられたフリをしろ、わかったな」

「了解、各艦に通達します」


 その命令とともに、北海道で見せた演習のごとく、少々損害を食らった船から爆炎があがり、今にも沈みそうな演出をVMC映像で演出する。

 少なからず被害を受けた船はあるので、艦隊の結構な数から火の手が上がる。無論、演技である。

 中には、死んだフリして、ロボットスーツを着て宇宙にプカプカ浮かんでいる演技派もいたりする。

 他の艦艇では、ドーラの残骸をわざわざVMCなハリボテで組み立てて、ブリッジに飾ってみたり。

 そんでもって、味方の船に発砲したりして、VMC模擬弾を食らった船の方も、爆発炎上させたりと、なかなかにみんな演技派だったりする。


「おいおいおい、あの漂流している死体はやめさせろ、ありゃやり過ぎだ。気持ち悪いぞ……って、どぉわっ!……おいおい、ドーラを仮想造形させて遊ぶのもほどほどにしとけよ……心臓に悪いぞ……」


 ヘストルが口元波線で指さして言う。

 みんな凝った演技を思い思いにするので、ちょっと洒落にならない。


 ……そんな演技な状態が数十分続く……

 すると……


「ファーダ、敵母艦の反応アリ! 次元溝から通常空間へ出現しました」

「よし! かかったっ! 位置はっ!」

「投下場所ど真ん中です!」

「バカめ! 勝ったな。一気に殲滅してやる!」


 ガーグデーラ母艦が通常空間に出現した場所には、ティエルクマスカ軍兵器の残骸に偽装させた空間機雷が多数浮いているど真ん中だった。

 機雷はホーミング機雷の一種で、残骸のように見えるそれがフヨフヨとドーラ母艦に近づき……


 大きな重力子爆発を起こして、炸裂した。


 デーラ母艦の装甲がシールドもろとも一部圧潰する。そしてその場所が大爆発を起こす。

 

 その爆炎が、ヘストル艦隊の周辺でビカビカと閃光をあげて光る。

 どうやらガーグ・デーラ艦隊は、ヘストル艦隊を包囲し、大量のドーラをもって地球で言うところの『飽和攻撃』を仕掛けようとしていたようだ。


 ガーグ母艦は、一体何が起こったのかわからないようで、明らかに狼狽した動きを見せる。

 各艦がてんでバラバラの方向へ進もうとする。おそらく何かの砲撃を食らったかと思っているのだろう。しかし蜘蛛の巣に絡まった虫のごとく、動けば動くほど、偽装機雷の反応を呼び、爆発する。


「よし、仕掛けは成功だ……全艦ヘタに攻撃するなよ……出現した数は?」


 ヘストルが舌なめずりをしてマップを睨む。


「300ほどですね」

「では、あと2~300ほど次元溝にいるわけか……ククククク……さぁて、早く次元溝に沈まないと、全滅しちまうぞぉ~」


 無理にドーラを射出しようとする母艦もあったが、その射出と同時に機雷が反応し爆発。その煽りを食らって自滅するヤツもいる。


 たまりかねた敵母艦は撤退を決断したのか、一隻一隻と次元溝に転移しようとする。

 しかしガーグ母艦の特性を熟知していたへストルは、この機を待っていた。


 ……ガーグ母艦は、次元溝へ転移する際、一定範囲の通常空間にある物体も一緒に巻き込んで転移する。へストルはこの瞬間を待っていた。


「……『そのぶい』の次元溝転移確認! センサーに感アリ! 量子ビーコンの反応捉えた…………やりました!敵の潜伏亜空間階層位置を確認!」

「よし! その階層めがけて『ディルフィルド―広域重力子ギョライ』をぶち込んでやれ! 全弾だ!」

「了解、駆逐艦隊、ディルフィルドギョライを量子ビーコン誘導地点へ発射せよ!」

『了解! 発射開始! 発射! 発射!』


 もうもうと、ウソンコ偽装爆炎のあがる駆逐艦隊から、ディルフィルドギョライが発射される。

 その魚雷は魚雷本体のお尻にホタルのような光を纏いながら巡航する。

 その後しばし巡航し、空間波紋を作って澄み切った水面に突っ込むように通常空間から消え去っていく……


 この魚雷という兵器の発想も、本来ティエルクマスカにはない。そもそも、それまでそういうものを必要としなかったわけであるから当然である。

 ヘストルの映画を見た発想……というわけではないが、海上自衛隊の所有する兵器資料を見て発想したものだ。

 このディルフィルド魚雷は、その名の通り小型のディルフィルド機関を搭載しており、ディルフィルド航法で亜空間内へ突入する能力を持つ。いわずもがな、その能力をもって、ガーグ母艦の潜伏する亜空間階層へ侵入し、ソノブイを称するセンサーポッドの敵艦反応を追尾。そして、地球でいうところの『核爆発』ならぬ、『広域重力子収縮』を発動させ、一気に殲滅する。


 いかんせんその重力子収縮は亜空間で発動するので、通常空間には、なんにも影響はない。


 ……この瞬間、カーグ・デーラ艦隊の運命は決まった……

 

 一隻残らず圧潰し、その後大爆発を起こす。

 亜空間で重力子収束なんぞをやられたら、その威力は乗数的に倍増する。

 それはもう……文字通り『終わり』である……


 通常空間では、その威力の凄まじさを物語る現象が起こる。

 あちこちで、ディルフィルドアウトのような現象が発生し、ガーグ母艦の残骸が噴出されるかのように爆炎巻き上げながら通常空間へ放出される……

 

 その様子を見て、驚愕する兵たち、そして同時に大歓声が各艦を席巻する。  


 ふぅ……と一息つくヘストルと参謀達。

 

「……やったな……この成果は今後の役に立つ……」


 ヘストルは漏らす


「ええ、これでガーグ・デーラどもからの攻撃に、受け身にならずにすみます……これもハルマと、ニホンのジエイタイ資料のおかげですね……」

「うむ……また大きな借りを彼らに作ってしまったなぁ……」

 

 彼らには、いわゆる『対潜戦闘』というものの経験がない。

 なぜなら、彼らの歴史では、近代海戦の歴史がないからだ……

 なので対潜水艦戦闘なども経験した事がない。

 したがって、地球の海軍では普通の、概念的にはよく似たこういった戦法も、彼らには初めての経験なのである……


 この戦法で、通常空間を海上、次元溝を海中に見立てて作戦を遂行した彼らも、やはり地球人と何ら変わりがない発想を持つ知的生命体なのだ。

 おそらく地球人がイゼイラ人と同等の技術を持っていれば、その経験則からおそらく簡単にこういった戦法を発想するだろう。しかし、イゼイラ人には経験・基礎がないので、そのきっかけ・発想がない……

 こういう事も、彼らの特殊な技術文明を物語る一つといえるのだろう……


 参謀の一人が冗談めかしにへストルへ話す。


「ははは、ではファーダ。彼らへのお礼として、今度はこの機動戦艦でも差し上げますか? 名前は『カグヤ』で当初予定していた『ヤルマルティア』などいかがですかな?」

「おいおい、私を失脚させる気か? ははは。私はこの船を気に入っているんだぞ」


 そんな冗談にも花が咲く。

 ティエルクマスカ的には、今まで辛酸をなめさせられていた謎の敵に、決定的なダメージを与えられたからだ。

 この事は、必ず抑止力になって働く。

 もちろん奴らも、いずれは相応の対抗策を立ててリベンジを仕掛けてくるだろう。

 しかし……奴らの技術を持ち帰れば、もう今までのような煮え湯を飲まなくても済むのだ……


 ブリッジクルーがヘストルに報告する。


「ファーダ、朗報です。行動不能になったデーラ母艦が一隻漂流しているということです!」

「何だと! で、鹵獲は可能か?」

「はい。自爆する素振りも見せません。生命反応は……えっ! ないようです!」

「本当か!?……脱出するにもこの情況ではな……まさかガーグ母艦も無人だというのか?……そんな馬鹿な……」

「母艦に突入した第5空挺によれば……どうも本当のようですね。もぬけの殻以前に、兵員が乗艦して運用するような構造ではないという事です……」

「どういうことだ?……トラップの可能性は?」

「それもないようです……中央システムらしきものが機能不全を起こしているようで、完全に機能停止状態だそうです」

「……曳航できるか?」

「はい。問題ありません」

「よし……細心の注意を払ってお持ち帰りしよう。念の為にその中央システムらしきところに爆薬を仕掛けておけ。不穏な行動をしたら即破壊する」

「わかりました。通達します」


 と、そんな会話をしていると……


「ファーダ! 敵母艦反応あり! まだ生き残りがいたようです!」

「なに! 数は!」

「数2! って、ちょっと待って下さい……え! 敵母艦、タイヨウケイゲート方面へ突っ込んでいきます!」

「!……そんなことをすれば……ゲート通過シールド装置もなしでか!?……そんなことしたら制御不能に陥ってどこかにスッ飛ばされ…………って、まさか……そうか! マズイ! 近くにいる艦艇、機動兵器! なんでもいい! そいつを沈めろ!」

「え?」

「早く!」

「は、はい! 了解!……バーシェントより各艦へ! 直ちに逃亡する敵艦を撃沈せよ!直ちに!……」



 ……しかし、遅かった……

 その二艦を逃してしまった……

 二隻のガーグデーラ母艦は、そのまま閉鎖寸前のゲートへ突っ込み、亜空間へ突入した……


(奴らは次元溝なんていう不安定な空間で活動できる連中だ……まさかとは思うが……カグヤ……)


 一瞬のスキを突かれて逃亡された敵に一抹の不安を覚えるヘストル。


「通信兵」

「は、はい……」

「量子通信でカグヤに連絡……この情況を詳細にな……」

「了解しました……」



 カグヤなら大丈夫だ……

 そう信じるヘストルだった……




 ………………………………




『……艦長、バーシェントより通信。ガーグデーラ艦二隻、ゲート内へ逃亡。警戒されたし』


 亜空間回廊驀進中のカグヤ通信オペレーターがティラスに報告する。


『ガーグデーラ母艦が? ゲートシールド装置を装着せずにか? また無茶なことをする連中だ。そんな事をすれば一巻の終わりじゃないか……』


 ティラスはそんな事、子供でも知っているぞという感じで、その報告に不思議そうな顔をして答える。

 なぜにヘストルはそんな連絡を寄越すのかと。


 同時にグムヌィル艦長のダルもその連絡を受けていた。


「…………」


 ダルは掌を顎に当てて考える。

 

「通信担当、ティラス艦長ニ繋ゲ」

「了解」


 カグヤ艦内、ダルの通信が入る。


『ティラス艦長、イル・ジエルダー・ヘストルノ通信ハ受信シタカ?』

『ええ、ダル艦長。ファーダ・ヘストルはなぜにあんな通信を?……』

『……警戒シタホウガイイナ……』

『え?』


 ダルは時空間ジャミング艦などという代物の艦長だ。即ち亜空間に関しては専門家でもある。

 

『ティラス艦長、連中ハ、次元溝ナドトイウ場所ニ潜伏スルコトガデキル奴ラダ。我々ノ知ラヌ技術ヲ持ッテイルヤモ知レン……警戒スルニ越シタコトハナカロウ』

『しかし、仮にそうであっても、もうこの超光速空間では、我々の方が相当先行しています。十分に振り切っていると思うのですが……』

『マァ、私モソウハ思ウガ、ジェルダー・ヘストルモ、考エナシニコンナ連絡ハシテコナイダロウ』

『フム……それもソウですな……了解ですダル艦長。しかし、この空間ではエネルギー兵器のパワーは減衰してしまいますぞ』

『ソレモ承知シテイルガ、全ク効果ガナイワケデハナイ。準備ハシテオコウ』


 そういうことで、ティラスは全艦に情況理由を説明し、第一級の戦闘配置につかせる。

 その会話を横で聞いていた柏木は……


「艦長、ヘストル将軍の話ですが……最悪実験の中止も……」

『いえ、このまま行きましょウ。我々は相当先行していますので問題ないでしょウ。仮に何かあったとしても、戦闘艦艇の艦隊ではないとはいえ、そんなガーグデーラに遅れは取りませんよ』


 そう言って大丈夫だと話すティラス。

 柏木も頷くと、とりあえず納得する。


「では……私はちょっと格納庫に行ってきます……フェル達も準備整っていると思いますのでね」

『エエ、そうしてさし上げて下さい』


 ティラスはニヤッと笑って許可を出す。

 柏木も少し照れ笑い。

 彼は格納庫に行き、最終調整中のシャルリ達に話しかける。


『やぁ大使。ブリッジはいいのかい?』


 シャルリが左腕の機械腕を、何やら工具に変えて色々とやっているようだ。


「みんな、がんばってますね」

『ええ、ファーダ大使。みんなこの作戦が成功したら、精死病の恐怖がなくなるといって張り切っていますよ』

 

 ジェルデアも最終調整に張り切っているようだ……というか、何やら『イナバ』に武装を施しているみたいである。体じゅう油まみれだ……ティエルクマスカの機械で油まみれなんてことはないのにと……


 すると……


「え?……これはM230?」


 アリアントテックシステムM230機関砲。通称M230チェーンガン。

 対戦車ヘリの機首などに搭載されているチェーン駆動型の機関砲である。

 よく知られるガトリング砲のような武器は、複数の銃身が回転することで、実包を給弾するのに対し、チェーンガンは、その名の通りモーター駆動のチェーンで給弾駆動させる。したがってガトリング砲のようにかさばらないという利点がある。


『ブリッジの通信会話、コッチにも流れてたよ……ガーグ・デーラがこのゲートに逃げ込んだって話じゃないか』

「うん、そうみたいなんですよ」

『その話を聞いてね、急遽チキュウの武器データを漁って、イナバにコイツを付ける事にしたのさ』

「しかし、なんでM230なんですか?」

『コイツなら、ハイクァーンで予め“ダンガン”を用意しておいたら、パワーを使わずに済むだろ? イナバは小さいからね。なるべくシールドにパワーを回したいからね。それにドーラ相手には、エネルギー兵器より、コッチの方がいいみたいだし』

「なぁ~るほど……そういうことですか」


 彼女達も、色々と経験則で考えているようだ。

 まぁ、こんなものを使わずに済めば、それに越したことはない。


 外の話し声が聞こえたのか、フェルとリアッサがイナバの中から出てきた。


『ア、マサトサン』


 フェルが駆け寄ってくる。

 リアッサも搭乗口から出てきた。


「そろそろだな、フェル」

『ハイです』

「怖くないか?」

『大丈夫デスよ、リアッサもいてくれますし、みんなもモニターしてくれますから』


 気丈に振る舞うフェル。しかしその表情から不安が少なからずあるのは読み取れる。

 しかし、そうかと頷く柏木。


 しかしとばかりに、ぷはーと上部メンテナンスハッチから油まみれの顔を覗かしてその話を聞いていたニーラ先生。


『ファーダ、大丈夫デすよ、このイナバには色々な自律セキュリティガードシステムを付けていますから、大概の非常時には対応できマス……あ、リアッサお姉さま、“キュウダンベルト”の設置、終わりましたヨ』

『ウム、スマナイナ、ニーラ。コレデ最低限ノ自衛力モ付イタ。ナントカナルダロウ』


『後はフェル達が亜空間回廊壁に突っ込んで……通常空間に出て来るだけだね』とシャルリ

『ええ、通常空間に出た時点で、何か結果が出れば御の字なのですが』とジェルデア


 すると、リアッサがフェルと柏木の様子を見て、気を利かす。


『サァ、ミンナ。作戦時間マデマダ少シ時間ガアル、腹ゴシラエデモシテオコウ』


 ピっと片目を瞑るリアッサ。


『あ、ああ、そうだね、それがいいね……ほらぁ、ニーラ、アンタも行くんだよ』


 ニーラの襟元を持って、引っ張るシャルリ。ジェルデアもその後に続く……


 そのミエミエの様子を見て、吹き出す柏木。ありがたいやら、なんともかんとも……


『マサトサン……』

「ん?」

『ちゃんト……迎えに来て下さいネ……一人で先にチキュウへ行ったりしたらダメですよ……』

「ああ、わかってるよ。必ず先に迎えに行くから……量子ビーコンのスイッチ、入れ忘れるなよ」

『ハイ、分かってるデスよ……』


 そう言うとフェルは、上目遣いになって……目を瞑り、柏木の方へ、唇をム~ っという感じで向ける……

 無論、柏木もその行為に応えてやる……腰に手を回して……

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

『(ねぇねぇ、あれ、何やってんのさ、口と口をくっつけてサ……)』


 腹ごしらえに言ったはずのリアッサ一行、どうも二人の情況偵察をしてからのようだ。


『(ン? 知ランノカ? ナンデモチキュウ人ノ、デルントフリュノ、情緒的ナ挨拶ラシイ)』

『(へ~ あたしもしてもらおうカナ?)』

『(ウ~ム、ソレハドウダロウカ、誰トデモスルヨウナモノデモナイラシイガ……シエガ得意技ニシテイタナ……戦闘デ)』

『(ハァ? 戦闘でも使う技なのかい!)』

『(私もアトでしてもらおうかな~……)』

『(多分、フェルに殺サレルカラヤメテオケ、ニーラ)』


 その会話を口元波線で聞くジェルデア……やはり彼が一番の常識人であったりする……




 ………………




 ……そして、作戦開始時間がやって来る……


 BGMは環太平洋な感じか?

 フェルとリアッサがイナバコクピットでVMCモニターを多数立ち上げて、各種機能をチェックする。

 さすがに今回、普通ではない場所へ行くものだから、その身には宇宙服のようなものを着こみ、密閉型ヘルメットを装着する。

 しかしスマートに着込むそのスーツは、地球で使うような身動きするのも大変な、あんな感じではない。


「機体防護シールドジェネレーター、チェック……生命維持装置チェック……」

「えむ・にいさんまるチェック、自律行動システム、チェック、問題ナイ」


 宙空に浮かぶボードをポポポっとアチコチと操作する二人。

 フェルは、しばしコクピットの後ろを見る……そこには医療ポッドが数台。

 しばし何かが頭をよぎるが……すぐに向き直り機体チェックを続行する。


「フェル、操船ハ私ガヤロウ、オマエハトニカク患者ノモニターヲタノム」

「ハイです、リアッサ」

「私ガデキル事トイエバ、船ノ操縦ト、戦闘グライナモノダ。頭ノ方ノ仕事ハマカセタゾ」

「ウフフ、わかりました」


 ……チェックがひと通り終わると、ブリッジから連絡が入る……ニーラだ。


『お姉サマ、ではでは、時間です。準備はいいですね』

『アア、ヤッテクレ』


 ニーラが作戦開始を告げる。


『フェル、くれぐれもあの時言ったこと、忘れるなよ』

『ハイです、マサトサン。“安全第一、限界手前で一度引け”ですよね』

『ああ、そうだ。それさえ解っていれば間違いはない』


 コクンと頷くフェル。

 そしてティラスが


『フリンゼ……いえ、局長。兎にも角にも安全第一で……よろしいですな?』

『ハイ艦長』

『リアッサ副局長も……フェルフェリア局長が無理をしそうになったら、殴ってでも止めてくれよ、ははは』

『ワカッタ、ソノ時ハキツイノヲオ見舞イシテヤル。カシワギ、許セヨ』


 フェルはその話を聞いて、プーとなる。柏木も苦笑い……フェルはあれでホエホエだが、結構頑固なところもある。横でシャルリとジェルデアが笑っていた。



 そして、機体が艦内トラクターフィールドで持ち上げられ、射出口まで運ばれる。

 艦底射出口に固定されるイナバ。 弁当ウサギのようなタマゴ型シルエットがゴウンと揺れる。



 ……ブリッジではカウントダウンが始まっている。

 ニーラが秒読みを始めた 


『60・59・58………30・29・28……10・9・8・7・6・5・4・3・2・1……実験作戦開始ですぅ。ポッド投下ぁ』


 イナバ型実験ポッドが、カグヤ艦底から、艦外へ放出される。

 イナバには、ディルフィルドゲート通過シールドは装着されていない。

 それはもう荒れ狂う海へ、ラグビーボールを放り込んだように、もんどり打って落下していく。

 コクピットから見える風景。それはまだら模様な、凝視すると目がおかしくなるような空間。

 カグヤ艦底のアップが、大きくズームアウトするように離れていく……今、カグヤを見上げるように彼女たちは眺めていた……

 

『クゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!』

『ウォォォォォォォォォ……!! コレハキツイナ……』


 フェル達も、宇宙艦艇にのってこんな事は経験した事がない。

 そのガタガタと大きく揺れる船体に思わずそんな声も出てしまう。

 

 そして落下後、すぐにカグヤから指向性トラクターフィールドが発射され、イナバはロープに吊るされたボールのように、その姿勢を安定させた。

  

 ……カグヤブリッジ。ティラスは担当者に命令を飛ばす。


『トラクターフィールドの出力を安定させろ、グムヌィルが目標を割り出すまで、ゼッタイに離すなよ!』

『了解』

『グムヌィルからの連絡はまだか!?』

『現在、亜空間波動状況分析中とのことです。もうしばしと』

『早くたのむと言っておいてくれ……この亜空間内じゃトラクターフィールドのパワーも不安定になる』

『了解』


 柏木は、こうなれば何も出来ない……傍観者に徹するしかない。

 親指のツメを噛んで、ギリとモニターを睨みつける……





 ……イナバ船内


「スゴイ振動ダナ……エルバイラ達ハ、アンナ脱出ポッドデコンナトコロヲ漂流シテイタノカ……信ジラレンナ……」

「そうですね……この船は対策をちゃんと講じているからこの程度で済みますけど……普通の脱出ポッド程度のものなら、こんなものでは済まないはず……トンデモないです……」


 二人は視線を各種モニターに這わせて機器をいじりながらそんな会話をする。


「オイフェル、患者ノ容態ハドウダ……マサカモウ“異変ガデマシタ”トカダト洒落ニナランゾ」

「ウ、ウフフ……まさか……って、えっ!!?」

「ド、ドウシタ!!」

「ウソですよ、フ、フフフ」

「ハァ……カンベンシテクレ……」


 とりあえずはまだ余裕がある。

 そんな異常な冗談も、出るだけマシだ。

 船に弱い奴なら、一発で嘔吐しそうな振動を耐えつつ、状況をモニターするフェル達。

 少し前を行く、各国モニター艦も、フェル達の状況をモニターし始めたようだ……各種信号を次々にイナバへとリンクさせてくる。


 もうこの段階から次々とデータが各国モニター艦へ流れていく。

 それぞれの艦種が得意とするデータを、船の中央システムが分析を開始する。

 

「ウっ!……これは……」


 思わず頭に手を当てるフェル。リアッサも同じ感じ。


「コレハ、ザムル艦ノ、生体センサーノ波動ダナ……サスガハザムル族ダ。コノ波動センサーガアレバ、患者ノ容態ハ一発デワカル」

「ええ、そうですね。みんな頑張っていますね。私達も頑張らないと……」


 そうフェルが言うと、リアッサも頷いて笑みを浮かべる。





 ……カグヤブリッジ


『グムヌィルからのデータはまだか?』

『いえまだ……いや! 届きましたっ!』


 担当員の両の腕が急に忙しく動き出す。


『そうか! よし、トラクターフィールドのパワーゲージから目を離すなよ!』


 本作戦では、脱出ポッドに見立てたイナバを亜空間回廊へ放り出し、漂流させるという作戦だが……実は直前に少々方法に変更が加えられた。


 放り出すには放り出すが、カグヤがトラクターフィールドで曳航し、まるで凧を引っ張るように流すという方法が取られた。

 これならば、何か緊急事態が発生してもすぐに回収でき、目的の亜空間回廊壁へ到着しても、そこへ向けて棒の先の物体を押しこむように正確に突っ込ませることが出来る。

 先のテストで、ゲート通過シールドがない状態では、当初予想していたよりも、思うように船体の制御ができないという事から、そういった形で行われることになった。


 しかし問題もある。

 先の会話からもわかるように、この空間ではエネルギー兵器の威力が減衰するのと同じく、トラクターフィールドのパワーも相当に低下してしまうのだ。

 なので、その状況を常に目配せしておかなければならない。

 もし、この状況でトラクターフィールドの牽引力からイナバが外れれば……イナバは糸の切れた凧のようになってしまうのだ。


 

『……突入空間波動域まで、あと約200ヘクトル!』


 通信員が秒読みを開始する。


『さすがはグムヌィル……いや、ダル艦長だな……波動変動域のデータが、気象マップを見るようにわかるぞ……』


 カグヤブリッジの前面大型モニターには、亜空間回廊の状況が、立体的に超高精細な3DCGのように映しだされている。

 カグヤ以下艦隊の位置と、先の青く塗られた目的域までの距離や到達時間がチカチカとイゼイラ語で表示されていた。


『ふむ……このままいければなんとか……』


 ティラスは柏木の方を見る。

 柏木はその立体映像を凝視していた……




 しかし……




『な、なんだこれは!?……』


 空間回廊をモニターしていたクルーが驚愕の声を上げる。


『どうした?』

『い、いや、これを……』


 そのデータをクルーは大型3Dマップに転送。

 すると、カグヤら艦隊の後方から、ものすごいスピードで、青い安全領域が進行方向へ向かってやってくる。


『何! 進行方向へ逆行する安全波動領域だと! そ、そんな馬鹿な!』


 歪な形のチューブ状マップの壁面に、青、黄、赤とまだら模様に走り、通り過ぎて行く状況図。

 しかし淡い青色の領域がどんどんと艦隊を追いかけるように向かってくるのだ。


 ティラスは直感する!

 そして間髪入れず命令を下す。


『全艦隊、ヤツらが追ってきたぞ! 戦闘配置!』


 艦内に不協和音な警報が轟く。途端に艦内が慌ただしくなった。

 柏木が叫ぶ。


「艦長、一旦イナバを回収しましょう!」

『ええ、やむなしですな。連中を一掃してから再開するしか……』


 そう言っている矢先に、カグヤはドカンといった強烈な衝撃に見舞われる。


『うぉっ! な、何だっ!? 報告しろ!』

『ハイ! 先の正体不明領域から…………ええっ!?……た……対艦ドーラが射出されましたっ!』

『!!?』

『亜空間回廊壁を突き破って、ものすごい勢いで射出……いえ、送り込まれていますっ!』

『な、なにっ!?』



 戦慄の光景……亜空間回廊壁……巨大なまだらにうねるトンネルの、時空間境界な壁から、対艦ドーラがそこを突き破りものすごい勢いで射出されてくる。

 一機は先の衝撃でカグヤのゲートシールドに取り付いた。

 どうやらシールドを破れないようである。しかし、四肢の先についた兵装でそこを破ろうと試みている。


 カグヤは全兵装を対艦ドーラへ向ける。


 ティエルクマスカ技術のシールドは、特定のエネルギー周波数を同期させれば、その周波数を纏った物体を透過させることができる。


 ……ちなみに、地球で、シールドを纏ったヤルバーンへヴァルメを回収できたのも、この機能のためだ。


 ティラスは命令一発、そのドーラに向けて、シールド透過同期させた艦載兵装の集中砲火を浴びせかける。



 しかし……減衰がおもったよりひどい。命中してもなかなか敵を引き剥がせない……

 右舷の兵装を徹底的に浴びせて、何とかドーラを引き剥がすことに成功した……ドーラは四肢を引きちぎられて、爆炎を纏いながら回廊壁の中へ沈んでいく……


『ま、まさか……奴らはあの波動領域を驀進できるというのか……信じられん……』


 その言葉と同時に、ダルがモニターに映る。


『オソラク……連中ノ次元溝潜伏能力ガ、ソウイウ状況下ニ対応デキルノダロウ。ソウ思ッテシカルベキダ』

『ダル艦長……貴方の不安が的中しましたな』

『アア、全クモッテ、ウレシクモナントモナイガナ……』

『とにかくイナバを回収しないと!』


 ティラスはイナバの回収を命じる。

 しかし通信担当員が叫ぶ


『艦長、前方のカイラス偵察艦『セイルド』のシールドに対艦ドーラが多数取り付いています!』

『クソっ!野郎、なめやがって……こちらから対機動兵装で援護してやれ! あのクソどもを引き剥がせっ!』


 ティラスの言葉に怒りがこもる。

 横で戦闘を見る柏木は、ティラスの言葉に同意した。


 カグヤは粒子対機動兵器砲を集中砲火でセイルドのドーラめがけて浴びせかける。しかし……減衰がひどく、効果が薄い。

 セイルドも抵抗を試みるが、偵察艦の自衛兵装程度ではこれも効果が薄く、侵入をかろうじて抑える程度のようだ。


 ……すると、シャルリがブリッジに飛び込んで来る。


『艦長、兵装制御をあたしに預けておくれ!』

『ケラー・シャルリ! 何をする気だ?』

『イイから!……ほら、どいたどいた!』


 シャルリは兵装担当をどけとばかりに押しのけて、そのシートへドカリと座りこむ。

 ティラスはその様子を見て、指と目線で「彼女にまかせろ」と担当員に合図する。


『エっと……この船のデータバンクに確か…………あ、あった! これこれ!』


 シャルリはそのデータを見つけると、何やら操作をする。

 すると、カグヤのゼル造成副兵装台座から、粒子砲が全門霧散して消える。

 「何をする気だ?」と訝しがるクルー。

 シャルリは何やら再び操作をすると……副兵装台座に新たな兵器が造成された……それは……


「なっ!!……あ、あれは、オート・メラーラ127ミリ単装速射砲じゃないか!」


 柏木の偏った知識がそう叫ばせる。


 オート・メラーラ127ミリ単装速射砲……日本の護衛艦、こんごう型、他、世界の軍用艦艇に多数採用されているイタリア・オート・メラーラ社製の艦砲だ。

 127ミリという艦砲弾を、毎分45発という恐ろしい間隔で速射できる代物である。

 その砲を仮想物質造成兵器として、艦前方の副兵装台座に……なんと10門も造成させた。


『ヘヘヘ、こないだのシレイラ号でアタシ達も学んだからね……これってあの『ジュウ』のデッカイのだろ? 大使』

「え、ええ、そうですが……」

『結構だね……まぁ見てなよ……おいアンタ、席変わるよ、この武器をあのクソ野郎にブチ当ててやんな』

『り、了解!』


 シャルリは兵装担当に席を替わる。

 そして彼はVMCボードを操作し、127ミリ砲の照準を偵察艦『セイルド』にまとわりついたドーラへと合わせる。


 10門もの砲はウィンウィンと駆動音を唸らせて、まるで生き物の触覚のようにその仰角をドーラへ合わせる……そして発射!


 ドカドカと砲声を唸らせ、砲煙を巻き上げながら、毎分45発もの砲弾が10門もの砲身から発射され、曳航を引きながらカグヤのシールドを透過して飛んで行く。

 摩擦抵抗のない空間ですっ飛ぶ一発一発の砲弾は、その発射初速をそのまんま維持して対艦ドーラに吸い込まれる。


 ……敵対艦ドーラは、かなりの数の127ミリ砲弾を喰らい、粉微塵に次々と吹き飛ばされる。

 さしもの物理防御機能を持った対艦ドーラも、この数の127ミリ砲弾は耐えられまい。


 ブリッジで「よっしゃ!」とクルーが歓声に握り拳を作る。シャルリもしたり顔。

 自衛隊から提供された兵装資料を、よくお勉強してたシャルリ姉。


 そしてその様子を唖然として見ていたティラスも学んだ……

 

『こりゃスゴイな……ならばっ!……』 


 ティラスはカグヤ右舷の仮想造成粒子砲も全て撤去させ、127ミリ砲に造成を変更させた。

 その数、なんと30門。


『なるほど、この物理的な攻撃ならエネルギーの減衰なんて関係ないな……見てろよぉ……』


 ティラスは全砲の砲口を回廊壁の方へ向けるように命令を出す。

 そしてその照準は、グムヌィルから送られてくる、艦隊に並走する正体不明の薄い波動領域へ向けられた。


『全砲発射用意!……てっ!』


 号令一発、各砲塔から先ほどの三倍もの砲煙、砲声が唸る。その情景、壮観なり。

 並走する目標物にカグヤのシステムが正確に予測照準を行う。

 砲弾の曳航は前方へ大きく弧を描いてヒュンヒュンと雨あられのごとく飛翔し、亜空間回廊壁へと吸い込まれていく。

 各砲は微妙に仰角、射線をズラしながら、さながらマシンガンの如くぶっ放す。

 仮想造成兵器の真髄はここにあり。この兵器には弾数など関係ない。砲のチャンバーに次々と砲弾が造成され、装弾されて発射される……ゼルリアクターの造成有効範囲ならその威力は確実だ。

 砲前方からは絶え間なくデカいカートリッジが排莢され、回廊の後方へと流されていく。 


 しばしの時間、そんなふうに砲を乱射していると、回廊壁の向こうからピカピカと光点が幾つか灯るのが見えた。


『ヤったか!?』


 ガーグデーラの機動兵器や艦艇は、対エネルギー兵器の防御力は、それはとてつもなく高いが、物理攻撃には意外に脆い。

 なので重力子兵器を使うのが最も良いのだが、この亜空間内で重力子兵器をそうそう安々とは使えない。なぜなら亜空間回廊の形成に悪影響が出るかもしれないためだ。

 そのあたりを考慮してティラスはこの攻撃を咄嗟に行った。


 どうやらその試みは正しかったようだ。


 もしその空間で音が聞こえるのなら、ゴパァ! とでもいうような感じ。

 亜空間回廊壁から巨大な潜水艦が緊急浮上するかのように、砲撃にたまりかねたガーグ・デーラ母艦がその巨大な姿を表そうとしていた。


 127ミリ砲をさんざん食らったその艦体からは、小さな爆発を無数に起こし、もうもうと煙を吹き上げている。

 ドーラ射出口も完全に破壊され、もうどうしようもない。近接兵器で応戦してくるが、この減衰の激しい空間では、もうもはや何の意味もなさない。しかし……


『クっ!マズイぞ、このまま出てこられたらカグヤの進行方向を塞がれてしまう!』


 ティラスは焦る。

 だが……


『マカセロ、ティラス艦長』


 グムヌィルのダル艦長がモニターの向こうで何やら命令を出している。


『時空間修復装置作動用意。目標ハ敵母艦出現位置ダ。可能な限リ範囲ヲ絞ッテ作動サセロ!』

『了解。時空間修復装置作動開始』


 その瞬間、カグヤやイナバ、グムヌィルは、一瞬空間のゆらぎを感じる。まるで何か一瞬の酔いを感じるような衝動だ。

 すると……


『艦長! あれを!』


 カグヤクルーがガーグ母艦を指さす。

 ガーグ母艦周囲の亜空間回廊壁が、一瞬凍りつくような視覚的情況を見せる。

 と、その瞬間!


 ガーグ母艦は鋭利なカタナでぶった切られるように、その船体を真っ二つにさせ、爆音轟かせながら吹き飛んだ。

 ダル艦長は、時空間修復装置を作動させて、一瞬だけ回廊壁の時空間を歪め、回廊壁外の、まだ沈んでいる船体との空間を断ち切ったのだ。

 

「よっしゃ!」


 その様子を見ていた柏木も、思わず声を上げる。

 

「ナイスです! ダル艦長!」

『恐縮ダ、大使』


 三本の指を上げて見せるダル艦長。見せ場が出来てご満悦。

 しかし、これで終わったわけではない……




 ……イナバ船内


「ふぅ、どうなることかと思いました……」


 その凄まじい激戦を、船内で見物するしかなかったフェルとリアッサ。


「コッチハタマッタモノデハナイガナ……シカシ、ヨク守ッテクレタ」


 トラクターフィールドで、かろうじて安定を保っているイナバ。

 よくぞこの状況で戦闘できたものだと感心する。

 127ミリ砲が敵に炸裂した時は、フェルとリアッサもハイタッチで喜んだ。

 リアッサが柄にもなくはしゃいでいたのが印象的。


 カグヤから通信が入る。


『フェル、とんだことになったが、もう一度一からやり直すか? どうする?』


 柏木がフェルに問う。


『ハイです。まだディルフィルドアウトまでには時間がアリますよね?』

『ああ、十分だよ。じゃぁダル艦長にもう一度安定域を算出してもらうから、もう少し待っててくれ』

『了解でス!』


 グムヌイルは再度安定域の算出に入った。少々時間があるので、フェル達はもう一度念には念を入れて機器をチェックする。



 しかしその時!

 先ほどのガーグ艦の破片だろうか……その大きな残骸がイナバ前方をものすごいスピードで横切る!

 するとその瞬間、イナバはまるでそれこそハリケーンに放り出されたカッターボートのごとくその船体の安定を失う。


『キャァァァァァァァァァ!』

『ウォォォォォォォォォォッ!』


 デカい破片がイナバとカグヤの指向性トラクターフィールドラインを断ち切ってしまった。




 ……カグヤでは。


『どうしたっ!』


 とティラス。急な警報に焦る。


『先程の戦闘での残骸が、イナバと本艦のトラクターフィールド線軸を通過。パワーが断裂した模様!』

『イナバ、流されます!危険状態です!』


 まずいぞと全員が思ったその時、ダル艦長から通信が入る。


『安心シロ! 本艦ノトラクターフィールドデ、カロウジテウケトメタ!』


 いて安心のダル艦長。さすがはプロの軍人である。

 しかし安心はできないと話す。


『……スコシ流サレスギテイルヨウダ。先ホドノ時空間攻撃デ、パワーヲ幾分カ使ッテシマッタ。本艦ノ今ノパワーデハ、繋ギ止メテオクダケデ精一杯ダ……回収ハデキナイ。コノママノ状態デ、ディルフィルドアウトスルシカナイナ……』

 

 ダルは残念そうな表情を浮かべる。


『中止もやむなしか……』


 イナバからの通信。


『ダメでスっ!』

『え?』

『ここでヤめちゃったら、今までの苦労が台無しでスっ! トラクターフィールドを切ってクダサイ!』

 

 思わず柏木が割って入る。


「おいおいおいおいフェル! 何を言い出すんだ! 今回は無理でも、またいつかやる機会はあるって!」

『デモ!』

『ククク、コイツは一度言イ出シタラ聞カナイカラナ……』


 リアッサはもう覚悟を決めたのか、余裕である。少しハイだ。


「フェル、落ち着け……言っただろう……『一度引いて考えろ』って……」

『引いて考えタ結果が中止だなんて……ソレは考えていないのと同じデすよ、マサトサン……』


 フェルに柏木の十八番を奪われる。

 どっちにしろ、このままの状態ではディルフィルドアウトして、結果は中止だ。

 頭をポリポリかく柏木。フェルの言い分もわからんではない。


『言ったでしョ……何もないところから何かを生み出すチキュウウジンサンはスゴイって……何かアイディアはナイですか? マサトサン……』

「って言われてもなぁ…………俺は学者じゃないんだぞ…………」

『デモ、アマト作戦を考えたのはマサトサンですヨ』


 夫婦二人の会話をクククと笑いながら聞く艦内のクルー。

 どうやらフェルは、ダンナの操り方を知っているようだ。

 尻に敷かれちゃっている柏木の旦那。


 ふーむ……と頭をかいて考え込みながらブリッジをうろつく柏木。

 外の景色を見る……

 凝視すると、酔いそうなうねり狂う空間に、カグヤの甲板……


「ん?」


 柏木は甲板上に駐機してある、ある機体を見る……柏木達が乗ってきたデロニカ・クラージェだ……


「…………」


 そして少し後ろを並走するグムヌィルに、遥か後方の米粒のようなイナバ……

 それを見た柏木はおもむろに艦内通信機に手を掛ける。


「ニーラ博士……ちょっとブリッジまで来てもらえますか?」


 しばし後、ニーラがタタタっと走ってやってきた。


『ハイハイ、なんですか? ファーダ』

「ち、ちょっとこちらへ」


 窓際にニーラを呼び寄せる柏木。

 ニーラに色んな方向を指さして、何やら意見を求めているようだ。

 ニーラもフムフムと腕を組んで聞いている。


『…………フムフム、そういう手で来ましたかぁ……さすがはファーダですねぇ……なるほどなるほど、それならイケますね。但し……』

「クラージェも一緒に……ですね……」

『ハイ。まぁクラージェのシールドなら全然大丈夫デすよ。イナバより上ですし。ただクラージェの方は、専用の時空間周波数にシールドを調整していませんから、イナバに限りなく接近して、シールドエネルギー転送を同期させないといけませんネ』


 そんな事を話す二人……話は決まったようだ。


「ティラス艦長」

『決まりましたかな?』

「ええ……」

『ド、どうやるのですカ? マサトサン……』


 柏木は説明する。

 デロニカ・クラージェを発艦させ、カグヤのトラクターフィールドを使って、イナバに可能な限り接近させ、さらにクラージェのトラクターフィールドでイナバを安定させる。

 その際、イナバに積まれているニーラご謹製の時空間シールドをクラージェまで拡大させて包み込む。その際のパワーは、クラージェがイナバに転送する。

 

 そして……クラージェからの操艦で、イナバとクラージェ双方が安定域に突っ込む。それしかないと……


『なっ! そ、そんな方法で……』

「ええ、 昔の話ですが、私がゲーム会社に入社仕立ての頃、新人時代にそんな感じのパズルゲームを企画したことがありましてね……ハハハ、まぁボツになりましたけど」


 すると、ダル艦長もその話を聞いていて


『今、計算サセタ……確カニソノ方法ナラ可能ダ。流石ダナ、カシワギ大使』


 ティラスも考えた後……


『やってみるカ……我々の明日がかかっている……結果が出なくとも、やったほうがいいか……このまま中止すれば、国民も相当落胆するだろう。それならやって失敗したほうが納得もいく……』


 そういうと……


『ニヨッタ船長、頼めるか?』

『モチロンです、艦長。喜んで……ヨシ! クラージェクルーは直ちに乗船。ファーダ大使の作戦を行う。すぐに乗船を開始しろ! 時間は!……』


 ニヨッタが張り切りだす。


「艦長、私も行きます」

『大使!?』

「ははっ、言い出しっぺがヨメさんをほったらかしにはできんでしょう」


 ニコリと笑う柏木。

 

『許可できませんな……貴方は国賓だ……しかし……“特務イル・カーシェル”のご命令なら、私は何も言う権限はありませんが……』

「では、そういう事で」

『了解致しました、“タイサ”ドノ』


 ティラスはため息をつきながら、地球式敬礼で了承した。


『ファーダ、私も!』


 ニーラが自分も行くと言い出す。


「あ、いや、博士はこちらに残って下さい。アウトした時に、モニターの専門家がいないと困りますし……あと、ジェルデアさんもこっちに残ってもらいましょう。艦長、参謀としてジェルデアさんを」

『了解です』


 ニーラはちょっと残念っぽそう。


『じゃぁ、あたしは行ったほうがいいネ、戦闘の専門家って奴さね』

「ええ、シャルリさん、お願いします……では艦長。準備に入りますので」

『はいタイサ、くれぐれもお気をつけて』


 コクンと頷く柏木。

 そしてブリッジをゆっくりと出て行った……




 ………………




 クラージェは発進体勢に入る。

 クルーは全員配置についた。

 全機能正常。問題ナシ、オールグリーン。

 各員緊張の面持ちで、計器に機器と睨み合う。


 そしてクラージェは甲板から浮上する。

 カグヤのゲートシールド内を微妙な操船で移動すると……


『ヨシ! シールド外へ!』


 ニヨッタの命令一声、一気にシールドの外に飛び出す!


『ウァァァァァァァァァッ!』

「どぉあっっっっっッッッ!」


 瞬間、すぐさまコントロールが大きく鈍る。

 六角形状の……言うなれば円盤状の物体が、安定を失ったフライングディスクのようにフラフラと揺れ、流される。

 だが、すぐさまカグヤのトラクターフィールドがクラージェを捕まえて安定させた。


『ふぅ……まったく……とんでもないところですね……』


 ニヨッタが一瞬に拭きでた汗を拭う。


「え、ええ……まさか、ここまでとは……フェルも根性あるなぁ……」


 クラージェよりはるかに小さい船で頑張っている愛妻を、柏木は尊敬した。


 カグヤは、トラクターフィールドのパワーを限界まで伸ばし、クラージェをイナバに接近させる。

 予定の距離まで近づくと、次にクラージェがイナバにトラクターフィールドを発射させ、イナバを捕まえた……そしてイナバをクラージェまで、パワーの許す限り引っ張って接近させる。


 とにかくこの空間ではパワー減衰がすさまじい。トラクターパワーの調整が微妙だ。計器から目が離せない。

 

 グムヌィルは、イナバの受け渡しが終わると、今度はそのトラクターフィールドをクラージェに当てて、カグヤのパワーを補佐、援護する。


『すみません、ダル艦長』とニヨッタ

『ナニ、オ安イ御用ダ……コチラハマカセロ』とダル。余裕の笑み。


 クラージェは、イナバに余剰パワーを送る。


「クラージェからパワーがきましたよ、リアッサ」

「アア、イイ感ジダ。サスガハオマエノ夫ダナ。ナカナカニ順調ダ」


 すると柏木から通信が入る。


『やぁフェル、うまい具合に行っているか?』

『マママ、マサトサン!!! ななな、なぜクラージェに!?』

『そりゃ一緒に行くからに決まってるでしょ、ダメか?』

『エエエエエ! で、でもマサトサンは大使サマでしょ! そんなことしちゃダメじゃないデすか!』

『もう遅いよ、んで今は俺は大使じゃない。ははは、今は“特務大佐”殿だよ、わかった?』

『無茶してッ! あとでゼッタイお説教デスからネっ!』

『はいはい、『アト』でな。んじゃ、そろそろやるぞ、フェル。準備いいか?』

『モウ!』


 プ~っとなりながら計器をいじるフェル。でもちょっと嬉しい。

 横で柄になくハハハ! と笑うリアッサ。相当にこの夫婦漫才が面白いらしい。


 そして突入の時……


 カグヤでは、カウントダウンが始まっている……


『…………10・9・8・7・6・5・4・3・2・1……安定領域来ます!』


 クルーの報告と同時にティラスは


『よし! 押し込めエエ!』


 カグヤとグムヌィルは、絶妙のタイミングでクラージェを安定領域方向へ押し出した!

 

 クラージェ、イナバはまるで手を繋ぐように、一定間隔を保ちながら亜空間回廊壁へと落ちていく……


 そして……その中へ姿を消した……






 ………………………………






 時空間回廊壁に落ちた瞬間、柏木の見たもの。

 クルーの悲鳴……

 そして、頭の中身をかき回されるような、今まで感じたことのない異様な感覚。

 それは一瞬の事か、長い時間か……そんな感覚までも奪われる……


 それが最後に入った視界。

 意識がなくなる……真っ白な風景……クルーの悲鳴がドップラー効果のように薄れ、消えていく……

 周りの風景は……真っ白……だっけ?……そんな感覚も……忘れていく……

 何かどこかに行くような……意識が移動する…………

 どこかに何かが繋がる……そんな感覚……

 どこに行くのだろう……いや、どこに逝くのだろう? そんな感覚……そんな感じ……


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・









「どぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ガバァっと布団から目が覚める。


「ニヨッタ船長! ホムスさん! フェ……フェル!」


 周りを見渡す……


 チュンチュンと鳴く小鳥のさえずり。

 朝だ……


「ヘ? こ、ここは?…………」


 周りを見渡す。

 どこかの部屋。誰かの部屋。

 壁を見る……


 AK-47にM4カービン……最近買った? M60軽機関銃……エアガン?


「お、俺の部屋?……いや、違う……え? いや俺の部屋だ……でも…………」


 自分の服装を見る。

 パジャマ姿。

 のっそりと起きてみる………しかし、どこかで見たこの部屋の風景……

 

 しかし彼は覚えていた……


「そ、そうだ……確か……TES時代の……俺の社員寮の部屋…………」


 でも、何かが違う。

 外の景色を見る……

 東京の風景。いつもと同じ……え? いつもと同じ?……


 スマートフォンの音がする……ベッドの上で鳴っている……おもむろに左腕で取って見る…… 

 はたと気づく……左腕に何かを付けていた気がするが……なんだったかなぁ……と。

 まぁとにかくその電話を取る。


『おう、柏木! 俺だ』

「え? お、お前、遠藤か!」

『はぁ? 何言ってんだよ、寝ぼけてんのか?』

「お、おお、ああ、すまん、で、何?」

『何じゃねーだろ、今日、幕張で発表会なんだから早めに来いよ』

「え? 幕張?」

『“ユニバーサルハンター”結構前評判いいんだぜ、お前の処女作なんだから、しっかりやらねーと』

「あ、ああ、そうだったな。わかった。んじゃ……1時だっけ?」

『おう、そういうこと。んじゃな』


 切れた。


(ユニバーサルハンター? 知っている……自分の企画したネットゲームだ。今日はゲームショウでの発表会だ……え? そんなゲーム知らないぞ……初めて聞いた……遠藤? えっ!……あいつは確か……すい臓がんで死んだはず……葬式にも行った……)


 ワケのわからない柏木。

 頭を振りつつ無意識に手帳を見る……予定表……


 すると挟んであった名刺がポロリと落ちた。

 自然にその名刺を見る。


「なっ!?……セ……」


 TESの名刺ではない。

 聞いたこともない企業の名前。

 住所は、東京都品……

 でも彼は知っている……充分に知っている……その会社の社員だ。


 柏木は焦る……


「な、何なんだココは! 俺が俺じゃない! いや、確かに俺だ……しかし俺は俺を知っている!……どういうことだ!?」


 部屋の周りを気が狂ったように見渡す彼。

 新聞を見つけた!


 這うようにその新聞を手に取る。

 そしてバサバサと読み始める……


【米国大統領 本日、日本へ来日。TPPで首相と直接交渉】


 その記事を目を皿にして読む……

 その大統領の名前が目に入った……




「だ、誰だ? これ……こんな奴知らない……いや? 知っている?……」






 その新聞に書かれてある米国大統領の名前……





「バラ……オ……マ…………」





 写真には、にこやかに手を振る黒人の顔が載っていた…………








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