-24-
……それを聞いた人々は、彼に対しこういう……
シャルリは……
『そ、そんな無茶な……大使ぃ……』
リアッサは……
『カシワギ、イマカラ医療局ニイコウ……』
ジェルデアは……
『ファーダ大使、それは……無茶すぎます……』
ニーラは……
『フムフム……なるほどなるほど……そういう手がありましたかぁ~……』
ティラスは……
『う~む……船長として、とても認められませんな……』
ニヨッタは……
『……ティラス船長に同意です。とても無理です……』
地球のシエに言うと……
『フム、アイツノアイディアナラ、ツキアッテヤル』
同じくゼルエは……
『……アマトサクセンとは訳が違うぜ、ケラー……』
ヴェルデオは……
『本当に行うのでしたら……アメリカ国とも……』
リビリィは……
『無茶すぎるぜケラー……でも、ケラーらしいや。アハハ』
ポルは……
『ソレをやるなら……私の知識を全部注ぎ込みます……』
二藤部に言うと……
『確かに、それができればですが……わが国だけではサポートしきれないかもしれませんね』
三島にも言われた
『先生、北海道に俺の知ってる良い先生がいるんだけどよ……頭の……』
白木は……
『柏木、突撃バカは今日で卒業だ……』
大見は……
『…………さすがにコレはきついぞ柏木……』
ヘストルは……
『もしそれを行うなら……最精鋭スタッフと装備を揃えさせましょう……フフフ……なかなかに気に入りましたよファーダ』
マリヘイルは……
『全加盟国のモニター艦をかき集めないといけませんね……成功すれば……ティエルクマスカ史に残りますよ、大使……』
そして、サイヴァルは……
『もし失敗すれば大使も取り返しが……一般市民の患者を使うわけには……ならば…………』
………………………………
柏木は、フェルに帰国する事を話した。
サンサにそれを話すと
『ファーダ……そんな……もっといらっしゃればよろしいのに……』
と引き止められる。
しかし彼は
「すみませんサンサさん。私もできればもっと滞在したいのですが……どうも地球の状況がそれを許さないようです……」
『そんなに悪いのですか? ハルマの情勢は……』
「いえ、危急というものではないのですが、不穏ではありますね……特に私がこちらに来てから……」
そうですかと、帰国をとても惜しむサンサ。
柏木に、もっとヤーマ家の事を話せると思っていたところだったからだ。
フェルも、もちろん一緒に帰るわけだが、まるで自分の娘のように再び旅立つことを惜しむ彼女。
まぁそれでも今すぐ立つわけではないので、時間はまだあると宥めるフェル。
『サンサ、そんなに悲しい顔をしないで……もうこの大使館があるのデすから、いつでもゼル通信で会えるではないですカ』
『ハイ、フリンゼ……確かにそうデすね……では私は次のニホン大使がいらっしゃるまで、きちんとここをお守りせねば……』
すると柏木も
「はい、心よりよろしくお願いしますサンサさん。貴方がここにいて頂ければ安心だ」
『ファーダ、もったいないお言葉、痛み入ります』
何か困ったことがあったら、何でも日本政府に言ってほしいと話す柏木。
って、まぁ、ここにいて困る事なんて、まずないとは思うが。
「じゃあフェル、俺たちは議長府に行こうか」
『ハイですね……で、あの件も……本当に言うのですかぁ~?……マサトサン……』
「ああ……実はニーラ博士に話したんだ……」
『ニーラチャンにデスか?』
「うん……フェルも、本当のところは不可能ではないんじゃないか? って思ってるんだろ?」
『エっ!……ど、どうしてデスか?』
「ハハハ、フェルがああいう表情で考え込む時は、いつもそんな感じだからな。ニーラ博士は『フムフム……なるほどなるほど……そういう手がありましたかぁ~……ちょっと考えてみますね、ファーダ』って言ってくれたぞフェル」
ニーラの口調をものまねして話す柏木。
『ムーー、確かにソウですけど……でも……確かにニーラチャンは、時空間事象物理学に関しては、専門家で、第一人者デスからね……』
「い、いや、その学問がどーゆーのかはわからんけど……」
そういうと、グダグダ言っても仕方ないとう感じで、フェルも
『フンム。ではサンサ、ケラー・ジェルデアにこの事をお話して、クラージェクルーのみなさんにお伝えいただけるよう、お願いしてもらえますか? 私たちはファーダ・サイヴァルにお会いしてきます』
『畏まりましたフリンゼ。お任せ下さい』
そして柏木はイゼイラタワー議長府エリアへと向かう。
柏木はサイヴァルと会うと、帰国の意思を率直に伝えた。
そして、その理由も。
『……ナルホド……大使がわが国へいらっしゃった事と、そのアメリカ国ですか? その国がヴェルデオ司令と会談した事が、チキュウにそこまでの影響を与えているのですか……』
「ええ、まぁしかし今はまだアメリカの動きが見えませんので、地球世界の情勢は緩慢ですが、大きく動き出してからではマズイと思いまして……コチラにいては、リアルタイムに地球の情報が伝わるといっても、やはりどうしても後手後手に回ってしまいます」
『なるほど確かに……で、こちらで見聞したことを早々に持ち帰りたいと』
「はい」
『ウム、なるほど……わかりました……というよりも、こと貴国の内政事情ですからな。私からはどうこう申し上げる権限はございません……まぁ、ハハ、個人的にはもう少しというところはありますが』
「ハハハ、そうですね。私も本音を言えばもっと滞在したいところなのですが、やはりそうも言っていられません」
『ハイ、でも……晩さん会ぐらいはお付き合いいただけるでしょう? それぐらいはさせて頂かないと』
「そうですね、確かに。ハハ」
そんな感じで話すと、柏木は目線を真剣にして……
「それと議長……フェル、あの事を」
『ハイ、そうですネ……ファーダ』
『? ハイ?』
『先程、ファーダ・ニトベとお話したのですが、お喜び下さい。ニホンの皇帝陛下から今回の件で、ご協力していただけるというお言葉を頂きましタ』
『なっ!……そ、それは本当ですか!?』
『ハイです。ファーダ・ニトベは約束を守ってくれましたヨ。そして、更には何か資料があればもっと送って欲しいと……皇帝陛下の方でも、精死病治療法の参考になる古文献がないか探させてみると』
『そ……それは素晴らしい……』
『そして、もし状況が許すなら、わが国に訪問したいとも仰っていたそうデス』
『おお…………ナヨクァラグヤ帝にゆかりのある方がいらっしゃるとなれば……これは大事になりますな』
フェルは、今上天皇が生物学者であるという事を話した。
そして、あの贈答物を贈ったのも、特に扇の羽が、地球の生物では少なくとも見たことがない特性のものだったので、まさかと思い、サイヴァルへ贈ってみたと……で、案の定だったという事を話す。
『ハハハ、それは……さすがというかなんというか……やはりニホンの皇帝陛下もソウですが、ニホンやチキュウの科学者はそういう発想で物事を考えるのですな……』
そういう点だけでも、やはり我々と地球人や日本人は違うと感心するサイヴァル。
「……ハハ、と、まぁそういう形で現在日本の方もまとまっておりますので、よろしくお願い致します議長。あと議長からマリヘイル連合議長閣下にもお伝えくだされば」
『ハイ、了解いたしました』
サイヴァルはウンと頷き満足顔。
「そ・れ・と……」
と、その次の言葉を言おうとすると、フェルが
『マサトサぁ~ン……やっぱりやめましょうよぉ~』
と柏木の腕をとって前後に揺する。
「でも、フェル、現実的にアレしかないじゃん……話すだけ話してみようよ」
『工工エエェェエエ工工』
メチャクチャイヤそうなフェル。なかなかに往生際が悪い。
例の『寝ろ』と言われたものはそこまでのものなのか。
柏木の腕を振る手の動きが前後に左右がプラスされる。
柏木はその挙動に身を任せて、フェルに「な、な」と納得を求めている。
その様子を見て、何をしているんだこの二人はと、サイヴァルが……
『あ、あの、大使にフリンゼ……一体、どうなさったのですか?』
もう言うぞ、とばかりに強引に話を始める柏木。
さすがのフェルも、諦めた……少々渋い顔。金色お目目の美しい顔が、ひょっとこのようになっている。
「実は議長……例の精死病のですね……原因を特定するアイディアがあるのですが……」
『は?』
フェルはひょっとこだが、柏木はいたってマジな顔で話を進める……
サイヴァルは急な話に
『え? 精死病の……原因を……特定……ですか?』
「ええ……まぁ私は医学者でもなんでもない、そういう理系学問の知識は皆無なのですが……荒唐無稽な考えでよろしければ……『方法論的』に、ないこともないと考えまして……」
『はぁ……これはまたいきなりですな……まぁ、ええ、お聞きいたしましょう』
さすがにサイヴァルも困惑する。
柏木が著名な科学者ならいざしらず、基本、ただのオッサンなので、何を言い出すのかと……
しかし、彼は天戸作戦発案者で指揮者だ。その点は、ただのオッサンとはワケが違う。
そういう実績もあるので、話を聞こうとは思うサイヴァル。
「ただ……議長、少し確認したいことがあります」
『ハ、ハイ……』
「ナヨクァラグヤ帝が……その宇宙船の事故で、強制的に脱出させられた時の事ですが……その間、おそらくどこかを漂流していたと思うのですが、その間の漂流記録というか、航海記録というか……そういうものの詳細なデータって、ありますか?」
『いえ、ありませんな……流石に脱出ポッドにそういったものは付いておりませんし、帝のゼルクォートからは精死病状態でバイタル記録は拾えません。医療ポッドも同じくですな』
「ですよね……で、その……帝のバイタル信号やSOS信号が受信された状況も、どういう状態で……とまでの正確なものは……」
『ハイ、それもありません。エルバイラの記録では、遥か遠い宇宙からの信号としか書かれておりません……さすがにあの距離で発信箇所の特定を、ピンポイントでイゼイラから行う事は、我々の技術でも無理です』
「やはり……」
その会話を聞いていたフェルは、柏木の腕を揺さぶるのをやめ、ひょっとこ顔も普通に戻し、少々真剣な顔になって聞く。
フェルも今サイヴァルが話した事ぐらいは知っているが、改めて聞くと……思うところもあったようである。
またあの時のように『ウ~ン、フム~』と唸りながら考えこんでしまう……
その『科学者フェル』の姿を見て、サイヴァルは訝しがり……
『あ、あのファーダ……一体どのような方法をお考えなのですか?』
「あ、はい……実は、私が帰国する際に、先日の会談で決まったあの『精死病患者さんを地球に搬送する件』でですね、ちょっと考えがありまして……」
………………………………
さて、所変わって地球の日本国。外務省霞ヶ関本省。
男性用手洗いから、用を足して出てくるは白木崇雄 特務情報官室 室長。
鼻歌歌いながら、ハンカチで手を拭きつつ部屋に戻ろうと……
「あ~……白木室長!」
廊下で白木の姿を見つけ、手を上げてオイオイと彼を呼び止める声。
他部局の知り合いだ。
「おう、どしたい」
「ちょちょ、そっちじゃなくてコッチコッチ」
そやつが白木の体をくるりと旋回させ、歩む方向を変えさせる。
「おいおいおい、なんだよなんだよ……」
白木は背中を押すそやつに何するんだと、首を左右に振りつつ、ハンカチを持ってプッシュされながら歩く。
そして連れて行かれるは会議室。入室厳禁と書かれてある。
ガチャンとドアを開けると……そこには……
アジア大洋州局の知り合い。
北米局の知り合い。
欧州局の知り合い。
中東アフリカ局の知り合い。
……と、まぁ錚々たる顔ぶれが席に座っていた。
白木がやってくると、全員冷静な目つきで彼を見る。
白木は「あらああら」と手に持ったハンカチをポケットにねじ込み……
「これはみなさんお揃いで……」
どうも各地域内部部局のみなさんに捜されていたようである。
んでもって、空いた椅子に座らされる。
「で、私如き間諜みたいな人間に、何か御用ですかな?」
「すみません室長。今、こんな感じで、各部局の諸氏と……まぁ、わかりますわな」
そう言うは、中国・モンゴル第一課長。
「はぁはぁはぁ……では、各国に動きがありましたか……クククク」
「ええ、総理の狙い通り、米国がリークしましたね。今回の件を」
「で、中・モさんとこに、やっこさんからナシがあったと」
「はい。さっそく例の……梁大使の後釜、郭芸謀大使がね……張主席の親書持ってやってきましたよ。ヴェルデオ大使宛の……」
「で、どっから流れたんですかね? わかりませんか?」
「さぁ~ そっちはお宅さんの仕事でしょう。我々は普通の外交部署ですからなぁ」
小さく頷くと、今度は欧州局の西欧課と、ロシア課の各課長も同じような感じだと話す。
「で、みなさん同じようにヴェルデオ大使と話をさせて欲しいと」
「ええ、で、まぁこれが各国親書の内容ですわ。アナタならこの程度の文書。数分で読めるでしょ。どうぞ」
なんとまぁ、各国首脳の親書をみんなで回し読みである。
無論、二藤部から許可を得ての話ではあるが……
みんな白木が人間スキャナーな人間SSDであることを知っているので、ドサドサと親書のコピーを白木に渡す。
「ふむふむどれどれ……………………欧州やロシアはみんな丁寧な文章だなぁ……日本をちゃんと立ててくれてるわ。でも、あの二つは……なんじゃこりゃ。あいも変わらず『べきである』で、お隣さんは『歴史』ですか……アタマ痛くなってくるな……丁寧語でこんな事書かれたら、余計にムカつくぞ……」
で、ひと通り読むと……
「なるほどねぇ……」
と白木がニヤつく。ってか、こんだけの言語をスラスラ読めるアンタがすげーよとみんなが思う。
しかし、この会合、考えてみればとてつもなく異例だ。
なんせ外務省といえば縦割り組織の権化のような場所で、みんな自分トコロの縄張り意識が強い。
昔は伏魔殿などと「おめーの方が化け物だろ」と言いたくなるような女性政治家に言われたりもしたが、さすがに現状、こうなりもすれば、縦割りなんぞと言ってはいられない。
自然と横に繋がり、情報交換も密になる。
「で、まぁ……全部の内容を一瞥するとですな……結局米国に許したヤルバーンさんとこの外貨獲得事業に乗せてくれっつーとこですか」
と白木が言うと、西欧課の課長が
「ええ、まぁそういうところですな……米国がEUに話すのは、ポンドやユーロの話で何か考えてるんでしょうから、まぁそれはいいとしても、ロシアと中国、韓国に知られてるのは、やっぱりアメさんにいますな、その手の連中が」
「ええ、モロですな……財界経由か、内部のスパイか……まぁどっちにしてもあの情報を知っているのは、外国ではアメさんだけだから……総理が放った情報が、レントゲンの造影剤みたいな感じで、どういうルートでこの情報が伝わるか……これで幾分目処がついてきますな」
白木がそういうと、なかなかうまくいったと、みんなとりあえず成果を感じる。
ヤルバーンの情報とは、ほんの一握りしか知らない情報である。
それを米国に流し、まぁ商売の情報であるからして、彼らも商売の戦略として世界の各方面に、時にダイレクトに、時に間接的に情報を流す。
その情報の流れを追えば、先ほどの例えのように、そういうルートやどういう組織を経由して、流れて止まるか、まるでレントゲン造影剤のように浮かび上がる。
そしてその情報の流れを……ヤルバーンにある必殺の『事象情報分析システム』や、対ガーグ用の『ネガティブコード警戒システム』にかけ、事実情報を諜報員を使って追跡監視すれば、いろんな組織の動向予測がつく。
シエがブルーフランス事件を解決した要領な感じである。
ただ、中東アフリカ局の課長が「現実問題としてちょっとヤバイ事もある」と話す。
白木は……
「ウイグルですか?」
「ええ、そうです」
「ふーむ……あそこは例のUEF連中が雇ったPMCどもが手を引いたら終わりと思っていたが……やっこさん、なかなかしぶとく頑張ってますな……しかし、中東アフリカ担当のお宅がなぜウイグルの事を?」
「いや、例のシリアがらみのイスラム過激派の件、あるでしょ」
「ええ……まさか連中がウイグルくんだりまで出張って事ですか?」
「そのまさかです。あのウイグルも、宗派的にはスンナ派が多数を占めますからね」
彼が言うには、中国軍部の張政権転覆のために仕掛けたトルキスタンでの茶番劇と思われる行為が、イスラムスンナ派の入れ替わり支援介入で裏目に出た。
その後に今問題になっているイラクでの話だ。
「皮肉な話ですが、実は中国とイスラム教は、実は不思議とうまい具合にやって来てたんですよ」
と、中・モ局のその課長が話す。
実のところその通りである。
米国とイスラム教国が何故に仲が悪いかというのは、米国的民主主義の押し付けと利権がつまるところの原因だ。
しかし、実のところ中国は、中国のイデオロギーをイスラム教徒に押し付けたという事は露骨にはなく、中国が重要視しているのは、そこがイスラム教であれなんであれ、中国の一部であればなんでもいいという事である。
確かに小さいところで見れば、官僚の腐敗などもあり、政策以前の論外な部分もあるが……
なので、意外にこれまでイスラム教徒と中国政府との衝突というものは、ないとはいわないまでも、米国ほどの露骨に表面化したものというものは少ない。中国の強硬政策と懐柔政策のコンボがそれなりにうまく機能していたといえる。
しかしヤルバーンが地球に来て、ガーグだろうと思われる連中の工作活動が裏目に出て、中国のウイグル人に対する締め付けが極めて露骨になってきた。つまり微妙なバランスでうまい具合にやってきた政策がほころびを見せ、イスラム教徒的には、中国のやり方も米国と同じように映ってきたのだろう。
当然そうなると、喜ぶのは過激派テロリスト連中だ。
彼らのネットワークは、それは綿密で、陰湿で、根深い。
どこからか湧いて出て、簡単にはびこる。
まぁ、考えてみれば、極自然な流れになっただけともいえる。
「なるほど……では結局張政権が生き残れたのも……」
「軍部とは別の……いや、その上をいくガーグ連中と手を組んだとの見方もあります。しかし……あの今のウルムチの状況を抑えきるのは、少々現在の中国では難しいところがありますな……ヘタすれば……言い方を変えればウマイことすれば……ですが、ウイグル。独立もありえますな……今の状況じゃ……」
そういうと白木は
「なるほど、そりゃめでたいこっちゃないですか、ハハハ……モゴモゴモゴ」
そいつに口を封じられる白木
「室長! 滅多なこといわんでくださいよっ!」
「モゴ……お、おう、スマンスマン」
みんな苦笑い。
「で、それの何がヤバイ事ってんですか?」
懲りない白木。
「ハハ……で、そこで出てくるのが例の『アジア信用共同主権会議』ってヤツですよ」
「ふむ」
「あのウイグルが独立したら、上のロシアさんもヤバイっしょ」
「そうですな。ガスや石油のパイプライン通すにも支障でまくりでしょうな」
「そう、そこです……あそこが独立でもしようものなら、ロシアと中国は、経済的にかなりのダメージなんですわ」
白木はフムと、顎に手を当てて考える……色々と事象を連想してみると……行き着くのは……
「例の産廃事業ですか?」
「ご名答です」
彼が言うには、ヤルバーンの産廃事業で、事実上ロシアの日本に対する資源外交は頓挫していると。
で、結局ロシアは中国頼み。中国もロシア頼みで資源をやりくりしなければ成り立たない。
しかし、ウイグルはあんな感じ。当面解決の見通しがつかない……いや、下手したら今後云十年単位で解決ができない可能性がある……イスラム問題は、一旦火がついてしまうと、そうやすやすと消せないのが厄介なのだ。
「で、ロシアや中国の大使館からの情報なのですが……どうも例の、米国の外貨の話……アジア信用共同主権会議規模で、何か狙って来るような感じですね」
「徒党を組んで……って事で?」
「ええ……それで米国にも水面下で政治家や経済界に積極的アプローチかけてます……それで何かイゼイラの技術を狙っているんじゃないかと……」
ふむ……と考えこむ白木。
「技術……技術……どんな技術が欲しいんだろ?」
「まぁそれはわかりませんが、どっちにしろそうなれば窓口は我が国になりますから、警戒しないと……で、白木室長、今のところヤルバーンに関しては、内閣府とお宅ら国際情報統括官組織の専任ですけど、今後なんかあれば、こっちにも情報回してください。たのんます」
ヤルバーン外交関連に関しては、今のところ内閣府と国際情報統括官組織の専任になっている。これは機密情報をあまりに多く含むので、そういう事になっているわけで、実は他の外務省部局はこの件に関してはほとんど関与していないのが実情だ。なので、こういった各内部部局の担当者は、ヤルバーン関連事項のコアな部分に関してはほとんど知らない。
では、何故に同じ外務省の担当部局と情報共有しないのかというと……情報漏洩を恐れてのことだ。
外務省には情報漏洩に関しては前科が結構ある。ハニートラップにかかる者や、変に担当地域の国家に肩入れする連中など、残念なことにあまり一般部局の一部人員については、信用ならないのが正直なところなのだ……
しかし、こと今になっては、そんなことも言っていられない。
先の米ヤ会談で、各国に動きが見えてきた今、各部局もそのことで持ちきりであって、「私達は知りません」では対外的に通らなくなってきたのである……正直、相当困っているそうだ。
で、そういうことで、白木はトイレからこの会議室に強制連行されてきてしまったわけだ……言ってみりゃ各部局担当者の直談判という訳だ……
「う~む……しかし色々となぁ……」
と言う白木。
「たのんますよぉ……白木室長と我々の仲じゃないっすかぁ~……今の情報でも、結構担当部署のできる範囲でかきあつめたんですよぉ~……その努力に免じて……ね」
と部局のある一人が合掌させて言う。掌をスリスリさせている。
確かに、ここにいる連中はみんな気心知れた信頼できる連中ばかりではある。まぁ所謂、友人であり悪友だ。
なので、連中の気持ちもわからんではない。
「え~……では、早速この件を持ち帰って、早急に統括官と検討の上、可及的速やかに前向きな回答を近日中に出せるよう努力する所存で……」
「何をボケた事言ってるんですか、白木室長がんなこといっても説得力1ミクロンもないですよ」
「だってぇ~……こっちだって総理直轄なんだぜぇ~……三島先生とかとも相談させてくれよぉ~……」
「そんなこと言わずにさぁ~……情報は速さが命なんっすよぉ~」
「んーーーーー……………………やっぱ無理……んじゃ……」
席を立ち、部屋を出ようとする白木。しかし、諸氏に阻まれる。
「あ、なんだよそれ」
「たのんますよーーー、お願い!」
「だから無理だって!……って…………あ、やぁシエさん、こんにちは。一体何事ですか?」
向こうを指さして話す白木
「ゲっ! シエ局長がなんで!」
みんなが向こうを向いたスキにドアをガチャリとあけて脱兎して逃げる白木。
「あ、騙しやがったっ!」
「逃すなぁ!」
さて、白木は逃げ切れるのか……なんともかんとも……
………………………………
で、イゼイラ星間共和国。イゼイラ本星。
サイヴァルは机に両肘を当て、そして顔を両手で塞ぎ、ウンウンと考えこんでいる。
『そんな方法でですカ……それは考えつきませんでした……そんな方法があったとは……ウ~ン……』
フェルが横で柏木の体をゆすって
『ダぁかぁらぁ……無理デすってばァ~』
しかし、柏木はまぁまぁとフェルを制する。
「いやフェル、俺だってこの話をそのまんまやろうってわけじゃないよぉ……」
『ドういう事ですかぁ?』
「要は……状況の要点、要素を再現できればいいんだよ……わかるだろ? べつにそのまんまじゃなくてもいいんだって……」
フェル的には『寝ろ』なアイディアだが、サイヴァル的にはどうも本気で考えこんでいるようである。
目が実は少し真剣。
「議長……結局ナヨクァラグヤ帝の一件にしても、そこなんじゃないかって思ったんです……」
『ト、言いますと?』
「ええ、あれから貴国より提出された例のナヨクァラグヤ帝の件、見なおしてみたんですが……帝は日本に帰りたがっていた訳ですよね?」
『エエ、その点は先の会談で説明させていただいた通りですが……』
ナヨクァラグヤが、ヤルマルティアの帝や、世話になった人々に情がうつっていた……という話である。
「そこなんですが……本当にそれだけなのでしょうか?」
『エ?……では、ナヨクァラグヤ帝も、大使と同じ事を考えていたのではないか……と?』
「はい……まぁ結局、後に彼女は皇帝になったわけですから、彼女自身もそんなに確信はなかったのかもしれません……で、帝が共和制に移行したのは、後の世代の自由な発想に託したのではないか……と、言えるとも思います」
するとフェルがハっとして……
『モシカして、その事をエルバイラに相談したら……猛反対されたからだと……だから……』
「ああ、そうも考えられるな……今のフェルみたいにな。ハハハ」
そう言って柏木が笑うと、フェルの口が『 3 』になり、柏木の尻をムニュっとつねる。
「あだぁ!」
『? ど、どうしました?大使』
「あ、いえ、いえいえ……ハハハ」
そんな事を話していると、議長府の秘書なフリュさんが、部屋にVMCモニターを立ち上げる。
『ファーダ議長、科学省ヤルバーン自治区担当のケラー・ニーラ・ダーズ・メムルと、スタッフの方が面会を求めて、こちらにいらしておりますが……』
『ン? ニーラ副局長が?』
すると柏木が……
「あぁ、議長、すみません。私がお呼びしたんです」
『大使が?』
「ええ、実はお話の件で、検証をお願いしていたのですよ」
『ああ、なるほど……わかりました……君、通してくれ』
『畏まりました』
すると、ニーラが秘書とともに、自分より年上と思われるスタッフを数人従えて、部屋に入ってきた。
小さなニーラは、ちょこんとサイヴァルに敬礼する。
『ヤルバーン科学局・副局長の、ニーラ・ダーズ・メムルですっ。こんにちはファーダ議長』
『ハハハ、はいこんにちは、ニーラ副局長……ああ、君、ケラー・ニーラに、この間マリヘイル議長が持ってきたお菓子をお出ししてくれ』
『畏まりました議長』
ニーラとスタッフは、サイヴァルに促されて、ちょこんとソファーに座る。
そしてすぐに秘書が、お茶とお菓子を持ってくる。ニーラだけ特別扱い。
ニーラは、ニコニコになって、お菓子を食べている。
その様子に、なんとなくみんな微笑ましくなってしまう。
愛用している日本製の、鼻のないネコキャラの鞄を肩からかけた姿な、そんなイゼイラ少女。
「で、ニーラ博士、こちらに来ていただけたということは……」
『ハイハイ。 目処がつきましたよ、ファーダ』
「で、どんな感じですか?」
『フムフム、科学省の中央システムが出した計算結果と、ワタシ独自の計算結果はホボ同じでした。ファーダのアイディアに、色々と実際に行う準備と、機器なんかを考えたら、大体成功率は75パーセントほどデすね』
「7割ですか……微妙な数字ですね……」
『そりゃそうですよファーダ。生還率は、現在のイゼイラの機器を色々工夫して使うのデ、ほぼ90パーセントを超えますが、原因追及に関しては……ウーン、日本語で言えバ『ウミヤマ』なものですからね~ コレばっかりはわかんないデス。そのあたりを差っ引いて、75ぱーせんとなのデス』
ニーラは、冷たく冷えたお茶をストローでチュ~っとやりながら答える。
側で座るニーラのスタッフもウンウンとニーラの話に同意している。
その答えにフェルは……
『け、結構確率高いのですネ……』
『マァ、アレをあのまんまやるわけではナイですからね、フェルお姉サマ……モグモグ』
ケーキのようなお菓子を頬張るニーラ。
『ファーダ議長』
『は、はいなんでしょう』
『モシももしも、実行するのなら計画書出しますヨ』
『……ニーラ副局長は、賛成なのですね?』
『ファーダ大使が帰国するのを利用するのデすから、やってみない手はないと思ったダケですけどぉ……あとの問題は、被験者をどうするかダケです。それだけだと思いまス』
『……』
サイヴァルは口をゆがめてかなりの間で考える。
フェルも、最初はかなり否定的だったが、柏木のナヨクァラグヤの話や、ニーラのデータを聞いて、今はそうでもなくなってきていた。
『大使』
「はい」
『一度、マリヘイルに話してみます……そして、みんな……地球の方々もご出席いただいて、例の仮想空間会議で検討してみましょう……』
「え? 地球のみんなもですか?」
『ええ……みなさんは、いわゆる『臨床実験的』な感覚で、そんな規模でお話しているみたいですが……私のような立場で申し上げさせて頂くと……連合規模の、大作戦になりそうな……そんな気がしますヨ』
「え!?」
『まぁ、そういうことですので……私は早速マリヘイルのところへ行ってきます』
「あ、では私も……」
『私モ、ファーダ』
柏木とフェルも席を立とうとするが、サイヴァルは平手で抑えて、私一人でかまわないという。
そして、マリヘイルとの話が進めば、それからヘストル将軍にも話をしてみるという。
『フフフ……しかし大使……アマトサクセンといい、大使のお考えは突拍子もないとお話には聞いていましたが……まさかここまでとは……フフフフ』
柏木は「いやはや」と頭をかき、しかしと言う。
「この精死病の件、やはり聞けば聞くほどマズイものだと思います」
『ン?……』
黙して聞くサイヴァル。
「簡単な話……フェルがいきなり精死病で倒れる……なんてのは嫌ですからね、私も。それにフェルに限らず、シエさんやリアッサさん、シャルリさんにジェルデアさん。ポルさんにリビリィさん……みんながそんな風になるのは……やっぱり嫌ですよ……無論、貴方やマリヘイル連合議長もです」
『マサトサン……』
きゅうと柏木の腕を取るフェル。
「原因さえわかれば……ティエルクマスカほどの技術があれば、あとはどうにでもなるかも? っていうのは、あります……ちょっとご都合主義ですけどね」
サイヴァルは、今の柏木の言葉で何かを決めたようだった。
精死病は、発症する前兆がない。おまけにどんなに健康的でもすべてのティエルクマスカ人を対象に発症する。
それは、考えてみればとてつもない恐怖だ。
精死病は、現在のティエルクマスカでは死亡扱いにはされない。しかし、近年でもこの病気で死亡した人間は、少なからずいる。
それは、病気自体が原因なのではなく、その二次被害で死亡したものだ。
例えば日常生活中に突如発症し、事故に巻き込まれた……という事例である。
とすれば、やはりこの病気は、死の病だといえなくはない。
『では、大使。あなたも送別晩さん会の前に、ニホンのみなさんとお話できるように、日時の調整をお願いできますか?』
「畏まりました議長」
フゥと深呼吸を一つ着くサイヴァル。
そしてポツリと呟く……
『(しかし……この計画、もし失敗すれば大使も取り返しが……一般市民の患者を使うわけには……ならば…………)』
その言葉、フェルと何か話す柏木の耳には入らなかった……
………………………………
地球、日本・相模湾上ヤルバーン自治体……ヴェルデオの執務室。
シエ、ゼルエ、調査局局長代理としてリビリィにポル、科学局のジルマ、他、部局の局長級が彼のもとへ集まっていた。
そしてミーティング中だったりするのだが、ヴェルデオがサイヴァルの伝えてきた情報をみんなに報告すると、全員一様にポカ~ンとした表情を見せる。
一同、しばし沈黙の図。
その沈黙から抜け出すように、シエが……
「フム、アイツノアイディアナラツキアッテヤル。流石カシワギラシイトイウカ……本当ニ面白デルンダ。フフフフ」
しかしという感じでゼルエが
「……アマトサクセンとは訳が違うぜ、ケラー……どうするつもりなんだよ……」
リビリィは半分呆れながらも……
「無茶すぎるぜケラー……でもケラーらしいや。アハハ……って……局長も止めろよぉ……」
ポルはどちらかというと肯定派で……
「ソレをやるなら……私の知識を全部注ぎ込みます……でも……そうなるとヤルバーンシステムフル稼働になりますネ……さすがにそれはできませんし……」
ヴェルデオは皆の意見を大体聞くと、ウンウンと頷いて
「本当に行うのでしたら……アメリカ国とも……ファーダ・ニトベと相談して、アメリカ国宇宙機関の協力を得なければならない事態も考えなければなりませんね……」
その言葉にゼルエが
「でもよ司令、なるべくならソイツは避けたほうがいいんじゃねーのかい?」
「ええ、まぁそれはそうなのですが……」
「日本の“じゃくさ”とかいう組織じゃダメなのか?」
するとポルが
「ゼルエ局長、じゃくさと、“なさ”では規模が違いすぎます」
「ポル、一時的デモヨイカラ、ソレニヤルバーン全システムパワーヲ使ウワコトハデキナイノカ?」
「シエ局長、さすがにそれはできませんし、自殺行為です……それをやってしまうと、ヤルバーンの防衛能力がガタ落ちになってしまいます……そこをガーグに突かれたりしたら大変なことになりますよ」
ポルは掌を横に振り、ダメダメと渋い顔で言う。
リビリィも追随して……
「シエ局長、万が一ってこともあるからなぁ……そいつはやめたほうがいいっすよ」
「ウ~ム……」
ヴェルデオもポルとリビリィに意見を同じくする。
「シエ局長、これはポル達の意見のほうが正しいですよ……なんせ計画自体がイチかバチかに近いですし、それでなくてもこの微妙な時期、ヤルバーンの防衛力や生活インフラを犠牲にすることはできません」
「ナラバ、ヤムナシカ……」
すると、科学局局長のジルマが、ひげを相変わらずモシャモシャさせて……
「司令、話ではニーラが計画の技術担当になるって事じゃないか。あの子が噛んでるなら、技術方面では大丈夫だとおもうぞい」
「ええ、その点は心配していません……私が心配しているのは、地球でのことですよジルマ先生」
「まぁ、確かにそこはな……」
ヤルバーンの官僚トップのみなさん……柏木が日本に帰国するという話に、とんでもない計画がくっついてくるかもしれないという事で、急遽かようにミーティングを開いたが、そのくっついてくる内容にかなり驚く。
ナヨクァラグヤが精死病を克服した謎の原因を探るためという話らしいが……そのあまりに突拍子もない計画に困惑しまくりであった。
………………
そしてミーティング終了後、ヴェルデオは先日ヤルバーンに設置されたホットラインを使って、二藤部に連絡を取る。
このホットライン。本来はイゼイラ本国との直通なのだが、回線をヤルバーン経由でつなぐため、ヤルバーン自治体首長権限で、ヴェルデオも使うことができるのだ。
まぁ、ホットラインといえば、米ソの赤電話を思い出しがちだが、そこはイゼイラ技術のなせるワザ。VMCモニターを使ってのスーパーテクノロジー会談だ。
『…………ファーダ二藤部、ということなのですよ……』
『はい大使……実は、二時間ほど前にこちらへも柏木さんから連絡がありました。こちらの情勢が心配なので帰国するということでしたのでね……もう少しイゼイラに滞在すると思っていましたが、まさかそういうオマケ……と言うのも失礼ですが、そんなことを考えていたなんて……』
『ハイ、で、至急で例の仮想空間施設で、大規模な会議を行いたいらしいのです。そちらも主要人員を揃えて準備をお願いできませんでしょうカ』
『なるほど……わかりました。ご協力しましょう……では急いだほうがいいですね』
『ハイ。で、先ほどお話したアメリカ国への協力要請の件なのですが……』
『ええ、まぁ……そういう病気があって、その原因を探るため……などといっても、米国を混乱させるだけですし、米国の立場で考えれば、せっかく外貨事業で進み始めようとしているところで、そんな話をすれば、我々が何か企んでいると疑われる可能性がありますからね』
『ソウですね……では、そのあたりの『設定』もお願いしてよろしいでしょうか?』
『わかりました……とはいえ、全容は会議当日まで伏せておきましょう。柏木さんから直接みんなに話してもらったほうがインパクトがありますし、彼の説明なら、みんな耳を貸します』
柏木が行った例の『天戸作戦プレゼン』の事だ。
あの調子で説明してもらったほうがいいかもしれないと話す。
そんな感じで、超特急で会議設定を行うことで話がつく……
………………………………
イゼイラ星間共和国・イゼイラタワー内の日本国大使館。
『そ、そんな無茶なぁ……大使ぃ……よくそんな事考え付くなぁ……』
シャルリもやっぱり驚いた。
『ファーダ大使、それは……無茶すぎます……もし失敗して人命でも失われたら、日本との国交が……』
ジェルデアも本気で心配する。
「いや、ジェルデアさん、アレをあのままやろうってわけじゃないんで……ええ」
しかし、その発想自体が信じられないと……
『カシワギ、イマカラ医療局ニイコウ……アタマノニューロンデータヲトッテ、脳神経ヲ修正シ、逆移植シタホウガ……』
などと、リアッサは何気に恐ろしいことを言っているが、彼女なりに心配していたりする。
「リアッサさん、それはカンベンシテクダサイ……」
『でもよ大使ぃ、そんな“作戦”を本気でやるつもりかよ』
シャルリはまだ渋い顔だ。
「まぁ、あくまで方法論の話ですよ。まさかあんなことをまともにやるわけにもいきませんから」
『まぁ、そりゃそうなんだろうけドさぁ……でも、どっちにしても相当危ないっちゃぁ、危ないよぉ?』
「ええ、で、その事で会議をやりますので、軍の現場を知ってるリアッサさんとシャルリさんにも出席してほしんですよ」
『まぁそれは全然かまわないけどさ、なぁリアッサ』
『ウム、オマエノカンガエル事ダ、断ル理由ハナイ』
なんだかんだで、変に信用だけはある柏木。
『シカシカシワギ、仮ニダ、ソレヲ行ウニシテモ被験者ハドウスルノダ?』
「ええ、まぁ普通に考えれば公募……ということになると思うのですが」
『公募かい……集まるのかねぇ、そんな危険な『賭け』にさぁ……』
「ええ、まぁそこんところがいかんともしがたいところでして……まぁでもこの提案が何かのきっかけになってくれればって思っていますから、ダメでもともとですよ」
『そうだねぇ……』
『……』
リアッサは、腕を組んで何かを考えているようだった……
………………………………
そんなこんなで、サイヴァルとマリヘイルの主催で、日・イ・ティの合同会議が急きょ開かれることになる。
つい先日、初めて仮想造成通信で、驚異の会談をやったばかり。それをこうも立て続けに、まるで近所の市民会館にでも集まる感覚でできてしまうのだから、たいしたものである。
とはえ、今回は少々趣向が違う。
会議場のデザインは、まるでどこかの大学の講堂のような感じ。
前回の対面テーブルで旗立てて……というような感じではない。
それに出席者が多い。
サイヴァルにマリヘイルといったイゼイラ政府関係者、クラージェの主要クルーにヤルバーン幹部。ヘストルらティエルクマスカ連合防衛総省幹部。そして二藤部に三島ら日本政府主要閣僚、陸海空自衛隊幹部、もちろん白木や大見もいる。
……錚々たる顔ぶれである。
日本側も、二藤部が超最重要案件になるかもしれないと、安保委員メンバーの政府関係者を欠席不可で呼び出した。
そんな感じなので、みんな当初は何事かと思ったが、イゼイラ側の顔ぶれをみて納得顔。
まだ会議には少々時間があるので、大きな講堂のような部屋で、イゼイラ、日本側双方が自己紹介などしあっている。
初めてこういう会議に出席した日本側スタッフは目を丸くして、言い寄ってくるイゼイラ人に名刺なんぞを渡してペコペコしている。
イゼイラ側に名刺を渡しても、仮想物質なので意味がないと教えると、困惑顔。その様子を見て、笑うは白木や大見や、慣れた感じの日本勢。
『……シャルリ、久シブリダナ』
シャルリに話しかけるはシエ。
『おーーー、シエ、久しぶりだねぇ!』
『フフフ、相変ワラズノサイボーグカ、イイ加減元ノ肉体ニ戻ッタラドウダ』
『なにいってんのさ、この体のおかげでこないだは助かったんじゃないか……アンタも元気かい?』
『アア、コノ星ガ気ニ入ッテナ。毎日楽シクヤラセテモラッテイル……デ、リアッサ、任務ゴ苦労ダナ』
『ウム、コチラニ来ル前、オマエガ言ッテイタコトガ良クワカッタヨ』
『ン?……アア、アレナ』
『アア、アノデルンハ楽シマセテクレル……今回モコレダシナ』
リアッサは視線を会場へ向けて、顎でクイと指す。
その物凄い顔ぶれが、和気藹々と自己紹介をしあっている様に、首を横に振って感慨深げ。
『オオ、ソレト二人トモ、昇進オメデトウ。カーシェル階級ニナレタトハ、メデタイナ』
シエは二人に祝意を言う。
『ああ、まぁね。ガラじゃないけどサ……アンタやゼルエのダンナが二等デ、あたしらが三等。そして……』
『アア、アノデルンガ、名誉階級トハイエ、一等ダ、フフフ、イイ感ジデハナイカ』
とリアッサ。
『しかし、アンタも思い切った提言をしたねぇ』
『フフフ、マァ、ゴ褒美ト思エバイイサ。コレマデノ功績ヲ考エタラ、コレデモ足リナイグライダ』
シエはフフンと、そんな感じで自慢げに話す。
『確かにネぇ……あ、そうだシエ』
『ン?』
シャルリは、またいつもの悪戯顔で、シエに禁断の話をチクる。
シャルリはリアッサから、シエと柏木との面白話を色々と聞いていたからだ。
『あたしとリアッサさぁ……カシワギタイサと一緒にオフロヘ入ったよ』
『!!……ナ、ナニ!!』
シエが目を丸くして、反応する。
その反応を見て、リアッサも調子に乗って
『フフフ、ウム、アノ時、タイサドノハ、私達ノ姿ヲ見テ、顔ヲ真っ赤ニシテイラッシャッタナァ……』
『ナナナ……ワタシデモソノ作戦ハマダヤッタコトナイノニ……デ、フェルノ反応ハ?』
『まぁ、偶然一緒になったって感じだから、フェルは知らないよ、ククク……』
『ウムムム……ウラヤマ……ゴホン、イヤイヤ……チョット、タイサドノノトコロヘ行ッテクル……』
シエは、肘を横に振る感じで、フンムと、柏木の処へ行ってしまった……
『ア~あ、横で聞いてりゃ、いらんこと言いやがって……ガハハハ』
ゼルエが、どうも横で三人の話を聞いていたようだ。
『あ、隊長……ヘヘヘ』
頭をポリポリかくシャルリ。
『リアッサも、おめーらしくもねぇ、一緒になって煽ってどーすんだよ……』
『ン? 事実関係ヲ局長ニ報告シタダケダゾ。部下ノ義務デハナイカ』
『何を言ってんだよ……ククク……おめーもちょっと変わったなぁリアッサ』
『ソウカ?……フフ、ソウカモナ……』
それまでこんな冗談めいたことはあまりしなかったリアッサを見て、ゼルエは苦笑い。
視線は、柏木の方を見る。
シエが、柏木にまとわりついて、柏木が困惑している顔が見えた。
横ではフェルが、ムキーモードになって、シエに怒っている。
白木がフェルにまぁまぁとやって、それを見る大見が、頭を抱えて呆れていた。
そして一通りお互いの顔見世を行ったところで、サイヴァルが壇上に立ち、会議を始める。
日本勢、イゼイラ勢ともに席に着いた。
『……みなさん、もうご存知とは思いますが、ファーダ・カシワギがハルマ・ヤルマルティア……ニホン国へ帰還なさることになりました。普通なら、このような報告を、こういった形で行うようなことはないのですが、本日はファーダ・カシワギのご提案により、ニホン国政府、及び関係者の方々に、ある報告と、ご協力をおねがいしたく思い、お集まりいただきました……』
日本政府陣でも、今回の会合の内容を知っているのは、実は二藤部だけで、他の者、三島や白木、大見、新見達もきかされていないので、じつのところ少々訝しがっているのは事実だった。
ただ、柏木が帰国するということは聞いていたので、その関係の話なのだろうと思っていた。
「サイヴァル議長閣下、で、柏木先生が帰国するのに、なぜこんな大層な会合を行わなければならないんで? まぁ~た彼が、何かやらかしましたか?」
三島が手を軽く挙げてサイヴァルに問うた。
『ハハハ、いや、ファーダ・ミシマ。実は……その通りです』
すると、イゼイラ側から、軽い笑い声が起こる。
「先生ぇ~ 今度はなぁ~にやらかしたんだい?」
三島がダミ声でニヤつきながら柏木に声をかける。
するとサイヴァルが
『マァ、ファーダ・ミシマのそういうお話も出ましたので、大使、前でお願いできますカ?』
「はい、そうですね」
柏木は席を立ち、サイヴァルとその場を交代する。
壇上へ上がると、柏木は天戸作戦のプレゼン時と同じよな仕草で、揉み手をしながらしばし考える。
「え~……今回私が少々時期を早めて帰国しようと思ったのは、まぁ……先の米国大統領の件と、三島先生らからお聞きした地球の世界情勢などを踏まえて考えた時に、やはり、どうも情報が後手に回ってこちらに伝わってしまうと感じたわけでして……特にティエルクマスカ―イゼイラの日本に対する機密がわかって以降、早々に私が得た情報を持ち帰りたいという事もあり、例の『聖地』事案に関しても、検討を進めないと……というところもありまして、そう決断した次第であります……」
「でも先生、情報だけじゃ、確かにソッチにいたら後手に回るだろうけどよ、別にそんなに意思の疎通が難しいってワケじゃねぇだろ? いまここでこうやって会議してるしよ、そもそも俺達からすれば、こんな技術で5千万光年の距離を話してること自体、本来信じられねぇ事なんだぜ……もう慣れちまったけど……」
「まぁそうなのですが三島先生……私が臨時大使としてコッチにいるということ、地球じゃ相当な騒ぎになってるでしょ、やっぱり……」
「ん~、まぁなぁ……」
実際そのとおりだ。
世界は柏木がイゼイラにいるという事が、どういうことなのか、日数が経つにつれ、不安視する傾向がある。それは、軍事同盟を結んでいるだの、イゼイラ技術で世界的市場を独占する計画を立てているだの、そんなこんなな不安や憶測が日に日に高まっている。
二藤部がハリソンと話をし、ヴェルデオとも話をさせたのも、そういった『声』を集めるためでもあった。
「……なので、そういうのもありまして、一度きちんと帰国して、ちゃんとした全権大使を立ててこちらに送って、って事やらないと、と、改めて思いましてね」
「なんだよ、ちゃんと考えてんじゃねーかよ」
「当たり前です三島先生ぇ……」
日本側から笑い声が漏れる。
「んじゃ、先生がそのままソッチに全権大使として赴任しちまったらどうだい?」
「いいんですか? そんなことして……大臣とか選挙とかあるんでしょ?」
「あ……そうか……」
すると出席していた春日が
「三島先生、それはカンベンしてくださいよ」
「あ、ああ、そうだったですな、ハハハ」
柏木も少々苦笑する。
すると白木が……
「三島先生、実際柏木の言うことももっともですよ」
「どういうことだい? 白木君」
「実は、昨日、外務省の各部局の連中に拉致監禁されそうになりましてね、ハハハ」
「はぁ?」
「部局の連中も、やっぱり大統領会談の件以降、今までにないぐらいに動きが激しいらしくって、情報不足だ情報不足だって、わめきちらしてるんですよ……なんせティ連関係の情報は、内閣府とウチで一括でしょう?」
「あ~……そうだったなぁ……でもこっればっかりはなぁ……」
「なので、柏木に帰国してもらって、一度マスコミやら何やらの前で、コイツの口から何か言ってもらったほうがいいのは確かなんですよ」
「なるほどね……わかった……でも先生……それだけじゃあないんだろ?」
柏木は三島のその言葉に、コクコクと頷く。
「ええ、まぁそんな報告程度で、ここにいるイゼイラの方々や、我が国の面々にお集まり頂くようなことはしません」
「で、本題って奴か? それを言ってくれよ……まぁた、何か妙なアイディアなんだろ?」
「ハハハ……妙なアイディアかどうかはわかりませんが……」
そういうと、柏木は、パンと一つ手を叩き……
「実は……日本のヤルバーンにある研究機関にも、データは行ってると思うのですが……例のイゼイラが抱える問題……『精死病』の件です……」
すると日本勢は「あぁ、あれな……」という顔をする。
イゼイラ側で、話をまだ聞かされていない者は「えっ?」という顔をする。
「あの精死病ですが……日本のみなさんはあまりピンとまだ来ていないかもしれませんが、イゼイラやティエルクマスカでは、やはり問題なんですよ……以前、会談前の資料でお渡ししましたけど、実際、患者もこの目で見ましたしね……で、私がサイヴァル議長閣下に提案した事があります……」
「……」
「私が帰国するのを利用して……この精死病の原因も探ってみようじゃないかと……そういうことを議長閣下に提案しました」
柏木がそう話すと、イゼイラ側の話を知らない諸氏が「ええっ?!」という感じで、ざわつき始める……
『ファーダの帰国を利用する……ですカ? いや、精死病の原因を探ることと、ファーダの帰国と、一体どんな関係が……』
そういうは、この話を初めて聞くイゼイラ人スタッフの一人。
「ええ……まぁ、あまりグダグダ話しても始まりませんから、結果を先に言います……先の会談で聞いた『エルバイラの記録』の話、えっと……ナヨクァラグヤ帝が宇宙船の事故で遭難した話、ありましたよね……」
コクコクと頷く皆の衆。
しばし話に間を置く柏木……
「実はですね…………あの事故を、再現してみようって……そんな感じです。ハイ」
・
・
・
・
・
日本勢……ポカーンと口を開けて、しばし沈黙……二藤部以外は……
イゼイラ勢……もみなさんポカーンと口を開けて沈黙状態……話を聞かされた者以外は……
そしてしばしの間を置いて、みんなザワザワとざわつき始める……
すると、サイヴァルが自分の席で起立して、大きな声で
『マァマァ、諸君。最後まで話を聞いて欲しい……私はこの話を大使から聞かされていてね。実は今日、こうやってみんなに集まってもらったのは、この話を聞いてほしいからだったのだよ』
サイヴァルは手を大きく上げて振り、場を制する。
マリヘイルも
『みなさん、ワタクシもサイヴァル議長から、この話を聞かされた時、初めは何を言っているのかと思いましたが……まぁ、ファーダ大使のお話を聞いてください』
連合議長閣下のお言葉で、場がようやく静粛になり、柏木は話を進める。
「すみませんマリヘイル閣下……ハハ、まぁ驚かせましたかね……」
『デ、ファーダ大使、あのエルバイラ記の遭難の話、どうやって再現するというので?……まさか……』
そう言うはジェルデア。
「ええ、ジェルデアさん。あのままの事を行います……まぁさすがに船をボカチンさせるわけにはいきませんが……」
柏木は、この計画に同意してくれる被験者の関係者……つまり精死病の患者を乗せた脱出ポッドを、ディルフィルドゲート通過中に、船外へ放り出すのだ……と話した……
そしてエルバイラ記に記載してある状況を可能な限り忠実に再現したタイミングと、ポッドが消失した時間なども忠実に再現するという……
すると、議場からは
「大使、それは無茶だ!」という声が大勢を占め、ざわつく。
『ファーダ大使、それは……無茶すぎます……なぜそんな発想を……どうしたのですか?』
とジェルデア。
『う~む……船長として、とても認められませんな……亜空間内がどんなところか、大使もご存知でしょう』
と厳しい顔で反論するティラス船長。
『……ティラス船長に同意です。とても無理です……ポッド程度のものを亜空間に放り出すなんて……』
と不安顔なニヨッタ。
日本側からも……
「柏木、突撃バカは今日で卒業だ。今日からオマエの事をギャラクシーバカというぞ、俺は」
と白木。銀河級のバカに認定された柏木。
「…………さすがにコレはきついぞ柏木……昏睡患者をC-130からパラシュートつけて高高度から落とせっていってるようなものじゃないか……」
と大見。友人の斜め上さ加減に「どうしたんだこいつは」というような目で見る。
そしてトドメは……
「先生、北海道に俺の知ってる良い先生がいるんだけどよ……頭の……今度紹介してやるからよ……俺が付いて行ってやるよ……」
と、アタマをトントンと叩く仕草……
柏木は……
「ハァ~……三島先生……そりゃないっすよぉ……」
「でもよ先生、こないだアンタが言ったじゃんねーか、ハリケーンの中にカッターボートで飛び出すような世界だって……そんなのを実験でやるなんて普通じゃねーだろぉよぉ……」
「まぁまぁ、最後まで聞いてくださいって……あ~……ニーラ博士、すんません、あと、お願いできますか?」
柏木は、さすがにみなさんの反応にマズイと思ったのか、ニーラを呼んで、説明してもらうことにした。
横でジルマが、「およ?」という顔で見る。
ニーラは「ハイ」と元気よく応えると、テクテクと壇上に上がる……前に、階段を踏み外して、ドデっとコケた。
『ふぅエ~~』
半泣きになるニーラ。
フェルが思わずニーラに駆け寄る……
皆の衆、口元波線で不安顔……
壇上に上がるニーラ。
彼女は、大きなVMCモニターを出す。そして、自分のお気に入り肩掛けバッグから、モショモショと指揮棒のようなものを取り出して、ピュっと延ばす。
日本製の文房具だ……先端に大きな人差し指のようなものが付いている……どこで買ったのか……
『グシュ……フンッ』
ニーラは、背筋をシャンとさせる。オデコが少し赤い……
『エっとえっと……ファーダが、なんかトンデモな事言ってるみたいですけど、別にあのエルバイラ記をそのまんま再現するわけじゃないですヨ……ファーダもちゃんとそう言わないとダメダメですよぉ……あんな言い方したら、みんなそりゃあビックリしちゃうじゃないですかぁ……』
「あ、アハハ……スンマセン博士……」
柏木は自分の席で、あたまをかく。
フェルも隣で「ムーーー」という顔で、睨む……またツネられているようだ。
『んっとんっと……まず、今回の計画デハですね、いわゆる『状況』を再現できればいいわけですぅ……ですので、何も当時のマンマを再現するってわけじゃなくて、脱出ポッドも、特別に今回の計画用につくりますので、それを使います』
ニーラは彼女が柏木のアイディアに賛成した経緯も含めて説明する。
彼女が言うには、今回、色々なモニター観測機材を設置した特注の脱出ポッド型の宇宙船を作ると。
で、そのポッド型宇宙船には、被験者をできれば数人は載せたいと。
そして、ディルフェルドゲート航行中に、エルバイラ記に記されたタイミングでポッドを船外に放り出し、放置状態にするのだという。
その際、できればポッドにモニター要員と非常事態要員として、何人か乗り込んで不測の事態に対応できるようにしたいと。
『……恐らくデスね……当時のナヨクァラグヤ帝の乗ったポッドは、ゲートの亜空間回廊から逸脱して消息をロストしてしまったんだと思いまス』
「あ、亜空間回廊?」
日本側の学者が尋ねる……
亜空間回廊とは、ディルフィルドゲート同士で、空間を曲げて接続させる際に形成される、トンネル状の回廊のことだ。
通常はその回廊の中をぶっ飛んで、空間跳躍するのだが、事故などで宇宙船が機能不全に陥った場合、制御不能になり、この回廊から飛び出してしまう事があるのだという。
そうすると、もうどこに飛ばされるかわからなくなるという。
もしかしたら、全然予想だにしない宙域に飛び出すか、もしやもすると、並行世界というこの三次元宇宙とは違う別の三次元宇宙世界に飛び出すかもしれないという。
『マァ? ですから、そのあたりは恣意的にディルフィルドゲートを調整して、回廊を飛び出しても通常空間に戻れるように調整はしますが、仮に不測の事態で、並行宇宙に飛び出すようなことがあっても量子ビーコンが作動するので、救出はカンタンですからご心配ナク』
ニーラの説明に、チンプンカンプンな日本側。
理解できているのは、真壁以下、学者軍団のみ。
『ソシてそして……通常空間に飛び出すと、ポッドは一路チキュウに向けて進路を取るように設定していまス。その際に遠ければエルバイラ記に記された記述を元に、出現地点を割り出していますので、そこまでディルフィルドジャンプさせてから地球に向けて飛ばしまス……あまりに遠いところや、恒星に近い危険な場所、並行宇宙にアウトしてしまったら、残念デすけど、計画は中止しまス』
すると大見が……
「なるほど……そのエルバイラ記の事故を演習しようというわけか……」
『そういう事デスネ、ケラー・オオミ』
ニーラは続ける。
『それでそれで、もしこの間に、患者の容態に変化があった場合……精死病の患者サンはそもそも容態の変化というものがありませんから、容態の変化があった場合には、計画は成功ということで、その場で中止、撤収ということになりまス……という感じでいいデすか? ファーダ』
「はい、ありがとうございます。流石は博士ですね」
『ハイ、アリガトです』
ニーラは柏木に褒められてニッコリ笑い。席に戻る。
今度はコケなかった。
次にまた柏木が壇上に立ち……
「と、まぁそういう計画なわけです」
全員、無茶なことをするわけではないという事で、一安心な感じだが、また大見が……
「しかし柏木、いくら……その……精死病? のためとはいえ、なぜそこまで強烈な事をやらかす必要があるんだ?」
「オーちゃんさ……よくよく考えてみてくれよ……この病気、ティエルクマスカの科学力を使っても、その原因すら解明できない病気なんだぜ?」
「ああ」
「で、ナヨクァラグヤ帝が、その事故で、地球にやってきて、彼女一人がいつの間にかケロリと治ってたなんて、どう考えてもオカシイだろ」
「まぁな……」
柏木は、仕事とはいえ、あの会談当時や今までの視察でトーラル文明の事などを知り、考えた時、一つの結論が頭に浮かんだという。
彼らが病気になった時、その治療を行う行為を見ていると、極論を言えば『対症療法』しかしていないのだと。
例えば、シエがバレットで打たれた時も、それを直したのはナノマシンの力だし、例の膵臓ガン患者を直したのも、彼らの信じがたい医療技術で、まるで機械の部品を取り替えるかのような手術で、ポンと治してしまうのであって、その病気の根本的原因を探り、その根治を目指すようなものではないと話した。
そして、彼らにはそれが当たり前であって、トーラルのもたらした医療技術の前では、理由など考えなくても、なんでも治してしまう。
いざとなれば、シャルリのようにサイボーグにでもなればいいし、再生した体の部位をくっつければいいだけの話だ。
そんな医学だから、やはりその病気の発症と原因も、みんな結果論でしか知らないのだろうと話す。
すると真壁が……
「なるほど……では、この精死病は、彼らの医療技術……いや、トーラル的にも理解できない病気だから、対処のしようがないと」
「ええ、そう考えました……普通は病気になると『頭がいたい』といえば何時頃から痛いか、どういう行動をとったら痛くなったか? 前の日に何を食べたか? どんな生活を送っているか? タバコを吸うか? とかやりますよね?……でも彼らにはそれが必要ないんです。なので、そういうノウハウが少ないから、対処できないんですよ、多分」
この話に、イゼイラ側も、そしてイゼイラ医療関係者もウンウンと頷いて聞く。
「で、それをこの病気に関しては、それをやろうとした人物がいました……」
すると、フェルが……
『ソレが……ナヨクァラグヤ帝……ご先祖サマなのですネ……』
「ああ、多分そうだよ……だから彼女は地球、いや、日本に帰りたがったんだ……」
今までどうにもならない状況があって、それが自分だけどうにかなった……
そのどうにかなった状況が、想像だにしないものだった場合……科学者はそれを再現しようとする。
それがアマゾンのジャングルでの状況であれば、医薬品会社は、エージェントをアマゾンの密林奥深くに送り、それが未開の無人島であれば、その原因を探るために、その場所へ学者を送り込む。
ナヨクァラグヤはただ……それをしようとしただけの事だったのではないか……そう柏木は思った。
だから、この計画を思いついたのだと話す……
『アア……では、ご先祖サマは、ちゃんと我々の未来を考えていてくれたのですネ……』
「そういうことだな、フェル。ナヨクァラグヤ……いや、なよたけのかぐや姫は、立派な人物だよ……」
ティエルクマスカ文明の、超万能な科学技術にスキマのように存在する致命的な欠陥。
これもその一つなのだ……と、フェルは改めて認識させられる……彼女達には、そんな発想はない。
ただ一人、それを体験したナヨクァラグヤだけは、それをやろうとした……しかし、時代と彼女の立場がそれを頓挫させた……その事が、帝政を解体し、大勢の民の自由な発想に、未来への希望を託した『共和制』だったのだろうと、柏木は語る……
「フフフ……さすがは柏木さん。締めるところは締めますね……」
今まで黙して聞いていた二藤部が、笑って話す。
『ですナ、ファーダ・ニトベ……アマト作戦の時も、こんな感じだったのですか? 彼は』
「ええ、こんな感じです……見事に言いくるめられて、アレをやりました……ハハハ」
『ナルホド……しかし、ああまで言われては、もうね……』
サイヴァルは、そういうと、へストルの方に視線を向ける。
ヘストルは大きく頷いて……
『ハハハ……もしそれを行うなら……最精鋭スタッフと装備を用意させましょう……フフフ……なかなかに気に入りましたよファーダ。いや、痛快ですな……こんな『作戦』 なかなか経験できませんぞ、どうですか? ファーダ・マリヘイル』
ティエルクマスカ連合軍の最高司令官でもあるマリヘイル。彼女は……
『そうですね……そうなれば、その状況データをあますところなく録る必要があります……全加盟国のモニター艦をかき集めないといけませんね……成功すれば……ティエルクマスカ史に残りますよ、大使……』
マリヘイルは、各加盟国が所有するモニター艦……つまり、偵察艦、観測艦、科学実験艦のたぐいを結集しようと言う。
『で、ファーダ二藤部。我々は基本的にティエルクマスカ連合の各加盟国領有権地域からは、よほどの有事がない限り、法律と、協定で出ることが出来ません。もし早期に原因が分かればいいですが……地球近海まで状況が長引いた場合は……お願いできますか?』
そう振られると、二藤部も
「わかりました議長閣下。その際は、我が国の宇宙機関も総出でモニターするようにしましょう。そして、米国……アメリカ国にも協力を要請します……まぁ、彼らは精死病の事は知りませんから、何か適当な理由……そうですな、遭難事故でもデッチあげて、その救出という形で要請でもしてみましょう」
『申し訳ない。お願い致します』
「いえいえ、もしこの作戦が成功すれば、貴方がたの問題も、大きく一つ減ることになります。それは我が国にとっても望ましいことです」
『ハイ……』
そして二藤部は、日本勢みんなの方を向き……
「みなさん、それでかまいませんね」
と問うと、誰も反対意見を出すものなどいなかった。
黙して是という感じ。みんなウンウンと頷いている。
サイヴァルも
『諸君、どうだ? 失敗は覚悟の上だ。もし被験者が……いや、今は言うまい……その時は、私が全責任をとる。どうかね?』
マリヘイルも
『フフフ、サイヴァル。その時は私もお付き合いしまス。どうですか?みなさん』
イゼイラ側も全員黙して是。
目つきが変わる。
ティエルクマスカ世界を、ジワジワと真綿で首を絞めるように苦しめてきた問題。
これが、彼らの世界に数百年後というタイムリミットを突きつけていた問題。
その原因を探ることができるかもしれない。
原因さえ分かれば、彼らの科学力で後はどうにでもなる。
そして、『あの時』のように、全員気合が入ったところで、三島が締めの言葉を投げかける。
「で、先生よ。あの時みたいに『作戦名』……付けようや」
「ハハ、天戸作戦みたいな感じですか?」
「おもてなし作戦みたいなのは言うなよ……って、まぁソッチはマスコミなんざいねぇだろうからな、ガハハ」
「ハハハ。でもまぁ、今回は私ではなく……フェルに考えてもらいますよ。なぁフェル」
『ほぇ!? ワ、ワタクシですか?』
「ああ。メルヴェンみたいなのを頼むよ……俺、結構気に入ってるんだぜ、あの部隊名」
『ハァ……ウ~ン……ト』
するとシエが横で
『フェル、私ニフルナヨ』
『振りませンよっ!』
ゼルエが
『俺も……』
ギロリとフェルに睨まれるゼルエ。
『す、スンマセン……ハハハ』
『モウ……チョット考えさせてくださイ……エットエット……』
フェルはウンウンと腕を組んで考える……
で、ピコンと何か思いついたようだ。
『ウフフ、そうですね……ご先祖サマの想いに応えるために……』
「応えるために?」
『作戦名は………………『カグヤの帰還』…………』




