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『おかえりなさいませ、ファーダ』
『おかえりなさい、ファーダ大使』
大使館フロアに到着すると、サンサとジェルデアが出迎えてくれる。
サンサ達侍女侍従部隊は、立派に職員として働いてくれていた。
『ファーダ、これらが昨日から届いております、各国大使からのお祝いです』
大使館開設を記念して、ティエルクマスカ各国から、ドカドカとお祝いの品が届いていた。
それはもう尋常な量ではない。
(オイオイ……どーすんだよ、こんな量……ハハハ……)
大使館は、実のところまだ正式に開設されたわけではない。それも当たり前の話で、全権大使が赴任していないからである。
現在、柏木が特派大使として臨時に着任している状態なのだ。
一応、政府にはそういうことで、大使館として認証してもらっているが、現在、ヤルバーンにも日本大使館があるため、苦肉の策として、政府はこの二つの大使館で、一つの大使館とみなす方針で取り扱っている。
しかし、あと数日で柏木はイゼイラを離れるので、その間、こちらの大使館は空き室状態になってしまう。
そこのところをどうするのか? とジェルデアに相談したところ……
『ハイ、ソウイウ場合は、チキュウのヤルバーンにある大使館に、仮想造成空間通信システムを構築して、こちらの空間と同じものの一部をヤルバーンにも仮想空間として設定しまス。そうすれば大使館業務は行えるでしょウ』
つまり、二藤部・サイヴァル会談と同じ事をやればいいということらしい。
ティエルクマスカでは、大使が一時的に不在になる場合、よく行う手法なのだそうだ。
しかし柏木は……
(いや……それ以前に、こんな果てしないところに着任したがるヤツっているのか?)
とも思ったりもする。
しかし、メシはうまいし、モノには困らない。
こっちへ来る時間も、まぁ一週間前後を見とけばいいので、果てしない天文学的距離を考えれば、時間的にもそんなにはかからない。
完璧な職員、サンサ達侍女侍従軍団もいてくれるし、ネーチャンもきれい。女性ならイケメンも多い。
医療設備も万全。仮想空間娯楽施設で、休みの日にゃ、ゴルフも出来るだろうし、ゾンビとも戦える。
はっきりいって悪い場所ではない。それどころか、最高の赴任先ではないかとも思う。
と、まぁ……そんな悩みは帰ってからすればいいとも思うので、彼はさっそく執務にはいる。
リアッサとシャルリは、防衛総省へ報告と、ニーラを迎えに行くということで、一時別れる。
フェルは別室のシステムルームで、柏木の採った資料データと、付属資料をイゼイラ官庁のデータバンクから引き出してまとめてくれているようである。
そのあたりは調査局長のフェルであるからして、プロの仕事という奴だ。
とりあえず柏木の仕事は、視察の報告書をまとめることだ。
主に昨日の博物館での資料をまとめること。
そして、それの柏木なりの分析。
(あとは……あの『聖地』の話だな……)
……実は、コレについても、彼なりにいくつかアイディアはあった。
それもまとめて書いておく。
ただ……いくつかある内の一つのアイディア……
(これは……ちょっと非現実的だな……)
そう思い、書くのをやめた。
そして、例の精死病関連のアイディアも、フェルに話したら『寝ろ』と言われたので、とりあえずは引っ込めておく。
というのも、地球側もイゼイラから資料を提供してもらい、研究するということだからである。
その結果を見てからでもいいかな? と思ったりもする。
とまぁ、そんな感じで、お仕事をしていると……
『ファーダ大使』
ジェルデアが執務室に入ってきた。
「あ、はい。何でしょう」
『ケラー・シラキからメールが届いているのですガ……明日の朝に会議をしたいということなので、空けてほしいということなのですけど……何かご予定は?』
「明日の朝かぁ~……うん、特にないですね……じゃあその時に、日・ヤ・米会談の事でもやるのかな?」
『恐らくソうでしょうね。 今日はアメリカ国との晩餐会が日本では行われるようなので』
「そうですね。まぁ向こうも今日一日は手一杯でしょうし」
『アト……ファーダ・ニトベが……』
そういうとジェルデアが柏木に近づき、小声で……
『(ニホンの、皇帝ヘイカに謁見なさったそうです……)』
「(えっ! 本当ですか?)」
『(ハイ、ケラー・シラキのめーるにそう書いていました……)』
「(そうですか……総理、何かお聞きできたのだろうか……)」
掌を顔にかぶせるようにして、少し考える柏木。
『(おそらく、明日の会議デ、その件も……)』
「(ええ……そうでしょうね……わかりました……)」
そう言うとジェルデアはウンと頷き、声のトーンを戻して
『で、お仕事はまだかかりそうですカ?』
「いえ、もう終わりますので。あとはフェルがやってくれている資料待ちです」
と言っていると、フェルも資料をまとめ終えたようで
『マサトサン、資料まとめ終えましたヨ』
と、柏木のPVMCGにそれを転送してきた。
「ああ、ありがとうフェル。んじゃ、送っておくか」
柏木はフェルがまとめてくれた資料をひと通り確認して、ヤルバーン側の日本大使館へ量子転送通信で送信する。
そこでヤルバーン側大使館の担当者が色々とデータの処理をする事になっている。
PVMCGや、ハイクァーンで造成するときの造成データ等も含んでいるので、いわゆるインターネットメールではさすがに送れない為である。
従って、送った各種データは、ヤルバーン日本治外法権区にある研究施設で、復元造成されて、研究資料にされるという寸法になっている。
「おっしゃ、とりあえず朝の仕事は終わりだ」
『お昼からは例の……デすね』
「うん、例の大将閣下にお会いする件だな……しかし軍のお偉いさんが、俺に何の用だろ」
そういうと、ジェルデアも
『ソレを言うなら、私達モですよ。私はヤルバーン法務局、つまりイゼイラ法務省の要員デすからね。軍とは縁もユカリもない身でス』
するとフェルも
『私モですよ、マサトサン……マァ、確かに身分上、そういった身分ですが、私も人生で、防衛総省の最上級幹部とお話した事なんて、あまりアリマせんから……まぁ、ファーダ・ヘストルは個人的に知っている方ではアリマスが』
ふ~むと、腕を組んでしまう柏木。
まぁ、柏木的にはそういった軍……というか、自衛隊の偉いさん……加藤海将のような人物とも付き合いはあるので、そんなに抵抗はないのだが、それでも軍の規模が違う。
ティエルクマスカ防衛総省の幹部となりゃ、格が違うだろう。
「あ、フェルさ」
『ハイ?』
「よく、“ティエルクマスカ防衛総省”っていうけど、ティエルクマスカって名前は連合全体のことだろ? イゼイラ軍ってのとはまた違うのか?」
『ア、なるほど、そういう疑問ですカ。フム、少々ご説明しましょうか?』
「うん、お願いします」
『ハイ。ティエルクマスカ防衛総省っていうのは、私達の慣用句みたいなもので、略して言っているだけですヨ。正確にハ、“ティエルクマスカ連合防衛総省 イゼイラ星間共和国軍管区”ト言います』
「あ、なるほど、じゃぁNATO軍とか、ワルシャワ条約機構軍とか、国連軍って、俺達が地球で言っているようなものか」
『ソウですね。ティエルクマスカは連合国家デすから、各国軍は、各国の主権をもった軍とは別に、“連合即時派遣軍”というものを常時保有しています。そして有事の際は、それらの部隊が各国連携で連合軍を結成しまス。その際の最高指揮を行う部署がティエルクマスカ連合防衛総省デす……ですので、これからお会いする方は、その軍管区の方になりますネ』
「なるほど了解。よくわかりました」
地球の場合、フェルが説明したほどのいろんな主権国家の軍事戦力が、その主権を離れて一つの共同した意思統一機関で運用されるということなどまずないので、このあたりは流石ティエルクマスカ連合だと感心してしまう。
まあ、逆に言えば、この連合防衛総省の存在自体が、ティエルクマスカ連合そのものの象徴ともいえるのかもしれない。
フェルが説明するには、その連合即時派遣軍は、別の国家の即時派遣軍人が、他の国家の即時派遣軍に配属されることもあるといったような、完全に各国の主権や、その国の軍隊からは独立した存在であるそうだ。
ただ、それでも、それぞれの国の法によって各国即時派遣軍の扱いには若干の差異もあるそうで、連合防衛総省は、そのあたりの調整も行う重要な機関なのだそうである。
「なるほど~……それであのシレイラ号事件の時に、ダストールさんとこのフネも混ざってたわけか……」
『そういう事ですネ』
「いや、すごく連携がとれた組織なんだなぁ……ってか、そんな組織の将軍さんって、とんでもなく偉い人なのでは……」
『デスね。ウフフフ』
なんか脂汗が出てくる柏木大使であった……
……そんな事を大使館待合室で話していると……
『ふぁ~だぁ~ お早うでス!』
という叫び声とともに、ダダダっと走ってきて、ビトっとおなかのあたりに抱き付いてくる小さなフリュ……ニーラであった。
「ハハハ、やぁニーラ博士、お早うございます」
そういうと、柏木は、ニーラの頭を撫でてやる。
次に……
『フェルお姉サマ!』
フェルにビトっと抱き付く。
『ハイ、ニーラチャン。お早うございまス』
ニーラはジェルデアやら親しい侍女侍従に次々とビトビト抱き付いていく。
これがニーラ流の、親しい者への朝の挨拶らしい。
最後にサンサへ抱きつこうとした時……コケた……
期待を裏切らないニーラ博士。
『アラアラアラ』
サンサは優しくニーラを起こす。
ニーラのくちゃくちゃになった服を直してやるサンサ。
『デヘヘヘ……』
ニーラは頭をかきかきてれ笑い。
「ハハハハ、ニーラ博士は、朝から元気いっぱいですね」
『えっとえっと、オ友達とも、久々に会えて、色々とお出かけとかしましたから、楽しかったですヨ!』
「それは結構ですな、ハハハ」
柏木は、ニーラの屈託のなさに、顔もほころんでしまう。この女子高生な見た目の女の子が、ヤルバーン科学局の副局長なのだから、大したもんだ。
そうすると、その後からリアッサとシャルリもやってきた。
『ニーラノアノ挨拶ハ、毎度ノ事ナガラ、明ルクテ結構ダ』
『そうさね、こっちも明るくなるさね』
二人もニッコリ顔。
『お早うさん、みんな』
『オハヨウ』
シャルリとリアッサがジェルデアとサンサ、他、侍女侍従達に挨拶。
まだイゼイラ的にはお昼前。
柏木も、フェルのおかげで、少々仕事を早めに済ますことができた。
なので例の将軍閣下との面会には、まだ少々時間がある。
時間まではゆっくりすればいいと、サンサの淹れたお茶でも飲みながら、大使館待合室で時間をつぶす事にする。
……とすると……
『オハヨウ、諸君』
『オハヨウございます。みなさん』
『おはようございます』
なんと……
「ティラス船長! ニヨッタ副長にホムスさんも!」
『やぁ大使。大使館創設おめでとうございます』と、柏木と握手するティラス。
『おめでとうございます大使』ニヨッタとも右に同じ。
『おめでとうござます。いやぁ、すごいですネ』とホムス君。
「いや、どもども……って、みなさん、どうしたんですか?」
柏木は、少々ポカンとして、首を傾げる。
ってか……これってデロニカ・クラージェの主要乗員ではないかと。
『いや、私もケラー・シャルリから、こちらへ来るように言われたのでやってきたのだが……これは錚々たる顔ぶれですな』
とティラス。
『ええ、私も船長に同じですわ』とニヨッタ
『私も同感であります』とホムス。
柏木は、チラと言いだしっぺのシャルリの顔を見ると、なんとなくニヤついている。
(ははぁ……彼女、何か企んでるなぁ?)
フっと笑う柏木。
まぁ、なるようになれだ。
……そんなこんなで時間になる。
『じゃ、みんなすまないけど、トランスポーターロビーまで行こうか』
クラージェ乗組員連れだってトランスポーター乗り場へ向かう。
でもって、しばし待つと……
『オ、来た来た』
シャルリがそういうと……
「げ……な、なんだありゃ!……」
柏木が眼をむく。
トランスポーター乗り場にやってくるは……
重装ロボットスーツ『デルゲードタイプ』を先頭に、艶消し色の、角ばった武骨な……明らかに軍用丸出しのトランスポーター群。
しかも、なにかやはり、地球の軍用車両同様に、機体……というか車体に、イゼイラ的ミリタリー文字な単語やら、数字がデカデカツラツラと書かれている。
機体色も、カーキ色っぽい……ということはないが、深い艶消し紺色のものやら、グレーなものやら、そんな色のトランスポーターが何台も続く。
さしずめ、地球的に言えば、米国製高機動車両『ハマー』が連なって到着したという感じか?
そして、数台ほど、鋭角的な感じの高級感のあるトランスポーターがそれに続く。
まぁそれでもやはり艶消しのグレーで、車両ナンバーらしきイゼイラ文字が書かれている。そのどれもが明らかに装甲車両っぽい雰囲気満点だ。
その様相に、思わず柏木の脳内で、ダダダンダッ、ダダダ……とマーチなテンポが鳴り響いてしまう。
トランスポーター乗り場に来ていた他のイゼイラ人達も、その様相が珍しいのか、野次馬になって見学していた。
その車列が乗り場に全車停車すると、即座に車内からピシっとした制服に身を包んだ兵士らしきイゼイラ人が、キビキビとした動きで、各車ドアの前に立ち、直立不動になる。
そして、先頭の車両から、その隊列の責任者らしき兵士がシャルリの前に歩み寄り、今までに見たことのないキビとした所作で、靴の踵を鳴らし、ティエルクマスカ敬礼をバシっと行う。
シャルリもそれに返礼する。
その責任者らしき兵士がシャルリに……
『ケラー・サディ・カーシェル。オ迎えにあがりましタ』
『ああ、ご苦労さん。じゃあみんなを案内してやっておくれ』
『ハッ!』
シャルリがそう言うと、各々各車両の担当兵士が、みんなを車へ丁重に誘う。
みなさん少々驚きつつも、案内された乗用トランスポーターへ乗り込む。
その中でも、柏木とフェルは、一番高級そうなデザインのトランスポーターへ誘われる。
リアッサとシャルリは、防衛総省要員だからだろうか、高機動型トランスポーターへ乗り込んでいたようだ。
全員が乗り込むと、各トランスポーターの隊列は、フィフィ、ヴォンヴォンと唸りをあげて、その場を離れていく。
いかんせん全機軍用だ。その動き出す様も、一般のトランスポーターよりも音が大きい。パワーもある。大迫力だった。
フェルと柏木の前に座るは、精悍な顔つきのイゼイラ兵士。
ピシっと制服でキメている。
彼はまっすぐ前を見て、身じろぎ一つしない。さすが訓練された兵士といったところか。
「あの、すみません」
柏木は思わずその兵士に声をかける。
すると兵士は、まっすぐな視線を柏木へ向け。
『ハ、何でありましょうファーダ大使』
「えっと……これからどちらに?」
『ハイ、これからファーダとフリンゼお二方を、ファーダ・ヘストル・シーク・テンダーの処へお連れいたします。場所は、ティエルクマスカ防衛総省・イゼイラ星間共和国軍管区・セタール恒星系方面軍司令部になります』
すると、フェルがその話を聞いて。
『セタール恒星系方面軍司令部デですか? 少しサント・イゼイラからは距離がありますネ』
「ん? フェル、知ってるの?」
『ソレはもちろんデスよ。ちょっと遠いデすけど……確かあそこは、とても大きな演習場も併設されていましたネ』
「演習場? あの北海道や富士みたいな?」
『ハイそうです……』そういうと、フェルが兵士に話しかけ……『アナタ、何か聞いていませんカ?』
『ハ、承知しております。が……』
「が?」と柏木
『ガ?』とフェル。
兵士は、少しニヤっと笑い
『ナイショ、だ、そうでありまス。申し訳ございません』
口を尖らせ、歪めて、首を傾げあうフェルと柏木。
まぁ行けばわかるかと。
とまぁそんな感じで、車列……というよりも、隊列は進む。
隊列は、イゼイラ人工大陸を離れ、新大地上空を進む。
相も変わらず、デカいヴァズラーさんに、凶悪ツァーレが見えた。
しかし、さしものツァーレも、何か過去に嫌な体験でもしたのだろうか、この隊列を見て恐れたようで、どこかにスゴスゴと去っていった。
しばし走ると、とてつもなく大きな街のような人工施設が見えてくる。
しかし、よくよく見ると、それは街ではなく……宿舎か、官舎か……そんな感じの施設だ。
そこは、大きな塀のような物に囲まれ、いかにも軍事基地らしい様相を呈している。
すると、柏木とフェルの乗ったトランスポーターと護衛トランスポーター二、三台が隊列を離れて、施設内の一際大きい建物の方向へ進んでいく。
「あれ、みんなと別れてしまったぞ」
『アラ、どういうことでしょウ』
柏木とフェルが、窓を覗き込み、他のみんなが乗った車列を見送ってしまう。
兵士に聞くと、二人のみ、ヘストル一等ジェルダー……大将閣下の元へお連れする、ということらしい。
しばらくするとトランスポーターは、その大きな建物の広場のような場所に着陸する。
そして、降車。
周りを見渡すと、見た感じひと目で分かる輸送用トランスポーターや、軽戦闘型トランスポーターのようなものがズラリと並び、まるで雰囲気は何百年後の自衛隊基地といった感じ……その何百年後に自衛隊という組織があるかどうかは別にして……
同乗していた兵士は、キビっとした動きで、柏木達二人を誘い、その建物……間近で見ると、おそらく司令部だろうと思われる建物へと歩いて行く。
すると、向こうからも何者かが徒歩でやってくる。デルンのようだ。
何人もの部下を連れている……
『ア、あれは……』
フェルはその姿を見て、背筋を伸ばした。
そして、スっと目線を落ち着いた感じにさせる……
先を歩く兵士は、その人物を見た途端、歩みを脇に逸れさせて、ビっとティエルクマスカ敬礼の姿勢をとる。不動の姿勢だ。
そのデルンは、引率の兵士に敬礼をすると『なおれ』のジェスチャーを軽く取り、その兵士は腕を後ろ手に組んで、また身じろぎ一つせずに立っている。
柏木は、その様子を見て……
(ああ、多分あの人が……)
と思う。
すると柏木の後ろを歩いていたフェルが、彼より歩みを早めて、少し前へ出ると……
『イル・ジェルダー・ヘストル。お出迎えアリガトウございます』
『お久しぶりでございます、フリンゼ・フェルフェリア。何周期か前の、公開質疑以来ですかな?』
イル・ジェルダー・ヘストル。
そう、彼がティエルクマスカ共和連合防衛総省・イゼイラ星間共和国軍管区・セタール恒星系方面軍司令官、ヘストル・シーク・テンダー一等ジェルダー。すなわち大将閣下である。
――ちなみに、イル・ジェルダーの“イル”という言葉は、イゼイラ語で、所謂“ファースト”に当たる意味である。従って、『一等ジェルダー』即ち『大将』となる。
そして、“トゥラ”がセカンド“サディ”がサードとなる。従って、先にシャルリの事を『サディ・カーシェル』と兵士が呼んでいたが、すなわち『三等カーシェル(少佐)』という意味になる――
『……ハイ、その節は色々ご教示頂き、ありがとうございまス』
二人は、そんな身内な話を二言三言交わすと、フェルが、柏木に平手を添えて
『イル・ジェルダー、この方が、ヤルマルティア国の特派大使である、ファーダ・カシワギ・マサトです』
『はい。ファーダ大使。ご高名聞き及んでおりまス。お会いするのを楽しみにしておりましタ。私は……』
自己紹介を受ける柏木。ティエルクマスカ敬礼の膝折バージョンを受け、最大級の敬意を払われる。
彼の見た目は、羽髪を短く切り込んだ、やはり軍人らしい雰囲気。
年の頃は、見た目40代後半か、50代前半か。
彼の着る軍の制服には、三角形を基調とした略式勲章のようなものが、胸にズラリと並んでいる。
そういうところは地球と同じような感じである。
もう見た目に偉いサン。
典型的なイゼイラ人容姿だが、理知的で紳士なイメージを持った柏木。
そのオーラに恐縮しまくる柏木だが、まぁ態度には出さない。
柏木も、30度お辞儀敬礼で返す。
そして、彼も、二言三言社交的な話をしたあと、「まぁこんなところでは何なので」ということで、司令部の応接室に通される。
周りを見回すと、やはり軍施設という感じだ。
地球もイゼイラも、そういうところは変わりがない。みんなキビキビした動きである。
背筋もシャンとしており、こういうところは政府施設とは全くの別世界だ。
ヘストルに促され、応接室のソファーに腰を掛ける柏木とフェル。
その後、即座にマシンの如き動きで、フリュな兵士が入室。お茶を置いていってくれる。
敬礼の後、ビシっとした動きで退出。
その所作……というよりも、挙動に、田中さんとはまた違ったスゴさを垣間見てしまう。
やはり、ヤルバーンの戦闘員は、基本政府職員だと思わざるをえなかった。
なんせもう動きやオーラがまるで違う……確かに、ここは『軍隊』である。
『ファーダ大使。シレイラ号の一件では、色々とご協力いただき感謝いたします』
「は、はあ……協力といっても、まぁ……たまたま持っていた地球の武器をお貸しした程度ですが……」
そんな大したことはしていないと答える柏木。
『ハハハ、いや、噂通りの肝の座ったお方だ』
「え?」
どうも、イゼイラの軍事組織では、柏木の事が歪んで伝わっているようだ。
『ああ、それはそうとフリンゼ、御婚約おめでとうございます』
『ア、ハイ……どうもデス……』
二人とも、なにかどことなくぎこちない。
その理由は……
「あの……将軍閣下」
『ショウグン?……ああ、チキュウでの呼び方ですな。ハハハ。ハイ、なんでしょう』
「いや……こういうとなんなのですが……我々、いや、クラージェの主要要員をお呼びになって……一体どのようなご用件でしょう……』
彼らは、どういう理由があってこのようなバリバリの軍事施設に連れてこられたかさっぱりわからないと、訝しがる柏木とフェル。
『え? お聞きになっていないと?』
「はい」
『全くデス……』
そう二人が言うと、ヘストルは、あちゃ~という顔をする。
『まぁた、カーシェル・シャルリの悪い癖だ……あれだけちゃんとご説明しておけと言ったのに……』
ヘストルは頭をかいて、片目を瞑る。
『いや、申し訳ないファーダ大使。カーシェル・シャルリにちゃんとご説明しておくように言っておいたのですが……』
「え? そ、そうなのですか?」
『ハイ』
「じゃあ……きちんとした理由があってというわけですか」
『当たり前ですよファーダ。いや、実は、先ほどの話ですが、例のシレイラ号での活躍を評価して、クラージェ乗員に軍が受勲を行う事になりましてな。その来賓としてご出席をお願い……してくれていると思っていたわけでして』
「ああ、そういうことですか……」
『ええ、で、その前に少々、ファーダらお二人とお話がしたくてここにお連れした次第です』
するとフェルが
『モー! シャルリはっ! ドッキリを企んでいたんですよっ! あとでお仕置きですネっ!』
なんだそういうことかと、安堵する二人。ハハハと笑顔になる。
なんせティエルクマスカ連合軍なんぞとは縁もゆかりもないだけに、どういう事かと思っていたが、ひと安心する。
柏木がイゼイラへ到着した際に聞いていた、受勲の話はこの事だったのかと。
そして、ヘストルは、柏木と少々話がしたくて来てもらったのだという事だそうだ。
まぁ、フェルはそういうことなので、配偶予定者であるからして、そういう感じでご同行という事らしい。
フェルはヘストルとも面識があるので、その方が話しやすいだろうと。
いかんせんこういうところは、一般人的に物騒なところと彼も自覚はしているらしい……実は柏木的にはそうでもなかったりするわけだが……
そんな感じで、話を進める柏木達……
『……ファーダ大使は、こういった軍事組織での経験はおありなのですか?』
「いえ、まったく」
『いや、シカシ、あのご提供いただいた“ジュウ”という武器の使い方を熟知されていたとう報告を得ておりますが……』
「いえ、それもたまたまですよ。まぁ……以前、仕事でそういうものを少々娯楽で扱った事があるというだけです」
まぁ……『サバゲーが趣味で、中国と米国で小遣い使い果たすまで実銃撃って遊んでいました』……とはいえない……
しかしフェルが
『でも、マサトサンは、こういうものに関しては専門家なのデすよ』
と、エッヘンとばかりに胸を張って自慢げに言う……柏木は、博物館の時といい、自分が『銃の使い方を熟知する専門家』扱いされているのはフェルのせいだと理解して、苦笑い……多分、フェルが言いふらしているのだと悟った……まぁいいかと……
『なるほど……いや、ファーダも遭遇されたあの“ガーグ・デーラ”ですが、我々も少々手を焼いている連中なのですよ』
「そのようですね。あの戦闘の様子を拝見させてもらえば理解できます。まぁ、正規の軍事組織では大丈夫なのでしょうが……しかし、ティエルクマスカ連合ほどの国家連合体が手を焼くとは、私としては少々理解に苦しむところがあるのですが」
柏木は、ニーラやティラス船長から聞いた話を思い返して、そういった。
『ファーダ。この宇宙、いや、このティエルクマスカ銀河は広いのです。我々も『ティエルクマスカ星間共和連合』などと名乗ってはいますが、それでもこの銀河の十分の一の世界しか、まだ知りません。あのガーグ・デーラどもが、敵性勢力の全容なのか一部なのか、はてはただのテロリストなのか……それもまだわかっていないのが本当のところでス』
「なるほど……」
この銀河の十分の一でも知ってれば上等じゃあないかとも思うが……
『ファーダも、おそらく議会に出席なされたり、ヤルバーンでいろんナ種族とお付き合いなされてもうご理解出来ていると思いますが、やはりこの宇宙には、我々の倫理観や、諸々の概念が通用しない存在というものもいるのです。話し合い……というモノ自体が、根本的に成立しないような相手もいるのですよ』
それは、ティエルクマスカ連合全体の倫理観……言い換えれば、人類型倫理観を持つティエルクマスカ連合とは違い、それはまるで、ティエルクマスカの主観から見れば『科学を使う凶悪な動物』とでもいうような存在もいるのだという。
ヘストルは率直なところを柏木に話す。
かつては、大きな『戦争』まではなかったものの、そんな存在との生存競争レベルの紛争もあったのだと。
やはりそういう存在とは『話し合い』というモノ自体が期待できない以上、火が付いたらもうやりあうしかない。
そういう場合、かならず戦端を先に切るのは向こうからだと。
ティエルクマスカ連合は、未知の存在との交渉が不発に終わった場合は、基本撤退が方針ではあるが、そういうややこしい連中に限って、執拗になると。
そうなると、何を言っても聞かない。躊躇ない。容赦ない連中には、相手が降参して二度と立ち上がれないぐらいにするか、最悪の場合、滅ぼすか、もう徹底的にやるしかないのだと語る。
『……ガーグデーラもそんな存在とよく似ています……投降を求めても、船を自沈させるわでしょう? 降参するならまだマシです。降参するという意思の疎通ができますからね。そうでない場合は、もう徹底的にやるしかないのが実情です』
柏木はコクコクと頷く。
ヘストルは、確かに現在の連合軍の戦力をもってすれば、現状は簡単な話ではあるというが、それでもやはり、気分のいいものではないという。
ヤルバーンが初めて地球に到達し、当初、ヴァルメが攻撃を受け、地球世界が騒がしくなったと聞いたとき、ヘストルは軍人として、やはり『やむなし』も覚悟したという。
しかし、ヤルマルティアへ向かった途端、状況が一変し、歓迎を受け、あれよあれよと交流が進み、その交流の立役者と自国のフリンゼが恋に落ちてヤルマルティア人とデキてしまったと聞かされた時は、正直彼は、何かの冗談かとさえ思ったという。
で、その当の本人が大使としてイゼイラに来ると聞いた時から、一度会ってみたいと思っていたと。
そして、彼もフェルの出席していた議会を見学していたという。
そこで聞いた柏木の演説で、益々興味を持ったらしい。
「いやはや……私は今、基本、大使ですので、それ以上でもなければそれ以下でもありません将軍閣下」
そう言われても……と少々困惑する柏木。
『ははは、そうですな、なるほどです……しかし、カーシェル・シャルリから聞いていますが、なんでも今回のシレイラ号の一件、少々お悩みという話ですが……』
「え? あ、あぁ、いや、まぁ……それは私とわが国の件ですので……まぁ……何とかなる事ですから、ハイ」
『よろしければお聞かせいただけませんか? お力になれるやもしれませんし……』
「はぁ……」
するとフェルも
『マサトサン、私もファーダ・ヘストルにご相談した方がいいと思うのですが……』
フェルも一応柏木に話は聞かされているので、そうしたほうがいいという。
「ええ……じゃあ……」
柏木はヘストルに事情を話す。
……例のシレイラ号でバレットをぶっ放し、戦闘行為に参加したという行為に出た件。これが日本でどう扱われるのかと。
日本では、現在、集団的自衛権がどうのこうのと議論になっている。
柏木の行為は、実は正当防衛ではない。これが正当防衛なら何の問題もない。
しかし今回のケースでは、柏木自身が戦場に自分の意思で向かっていってしまったからだ。
そして、柏木が一般人の立場ではなく、政府職員の立場で行ってしまった。
例えるなら、どこかの紛争国に外務官僚が仕事で出かけて、紛争やらテロに巻き込まれ、外務官僚が義侠心に駆られて、武器を取って、一部指揮を取り、敵対勢力を一掃してしまった……という形になってしまっているからだ。
よくよく考えると……日本的には問題アリアリである。
大使という身分を、国家の保障する身分として捉えれば、それは自衛官も同じである。
で、そんな身分の人間が武器を取って第三国の戦闘行為に加担したという事になれば……解釈のしようでは集団的自衛権に当たる。いや、もしくはソレ以上だ。
おまけに今やティエルクマスカとは、非公式ながら同盟国扱いだ。
クラージェが救援に駆けつけ、それに乗っかってシレイラ号を救うために武器をぶっ放し、ホムスやシャルリ達に武器を分け与えて、戦闘行為の補助をした……ということである。
ただ、その場所が地球各国の施政権が及ばない遥か300万光年彼方の事であるからして……どう日本政府に報告すればいいものやらと……
前例がないわ、理屈では問題あるわ、どうしましょう……ということだ。
そんなことを柏木は話す。
『なるほどなるほド……それでゼルエとシエが連名でああいう事を申請してきたのか……』
ヘストルはアゴをなでつつ、ポソリと呟く。
「え、ゼルエさんとシエさんが……何か?」
『あ! あぁ、いえいえ、こちらの事で。お気になさらぬよう』
ヘストルは少々焦るような仕草で平手を前に差し出して、前後に振る。
「は、はぁ……」
『ま、まぁ、貴国の特殊な軍事関連の取り扱いは、私も資料で拝見しております……というよりも……なんとも変わった方針のようですが……わかりました。あの事件に関しては、管轄は我々ですので、何か良い方法を考えておきましょう。アハハ』
「?」
なんとなく訝しがる表情で首を横に傾げる柏木。
フェルも横で聞いていて、同じ感じ。
そんな感じで話をしていると、受勲式典の時間が近づいてきたようで、ヘストルの部下がそれを知らせにやってくる。
『そろそろ時間ですな、ファーダ。では移動いたしましょウか』
ヘストルはそういうと平手で二人を誘い、部屋を出る。
廊下やロビーを歩くと、兵士達が三人を見るや全員ビシっと直立し、彼らが通り過ぎるまで待つ。
これがヤルバーンなら、「こんにちはぁ~」と和気藹々でやるところだが、さすが軍隊。空気が違う。
受勲式会場までは少々距離があるが、その間、ヘストルから色々と施設の説明を受けながら歩く。
ってか、こういうところって、普通は軍事機密バリバリではないのかと柏木は思うが、この区画はそういうものでもないそうだ。
イゼイラ学童達の見学コースにもなっているという。
そんな感じで会場に到着。
観客席の正面に大きな舞台が設置された、典型的な会場セッティングだ。
ただし、会場はどうも大きなダダっぴろい演習場に設置されているようで、舞台はその演習場側に設置されている。
観客席は、演習場を見渡す形になっている。
会場を見渡すと、既に関係者が大勢着席しているようだ。
ほとんどは、軍の士官だが、中にはクラージェクルーの家族や関係者。職場の仲間なども見受けられる。
そして最前列中央付近に、クラージェクルーがズラリと席を埋めている。
席に座る人数は、ざっと1500人ほど。結構な規模の受勲式だ。
柏木達は、舞台上の席へ誘われ、着席。
舞台上席には、いわゆるお偉いさんがズラリと列席する。
柏木も、一応大使閣下なので、偉いさんの一人になるのだろう……まぁフェルは終生議員サマであるから当たり前か。
全員が揃うと、式が始まる。
ヘストルが、先のシレイラ号事件で活躍した者の功績を讃えるために、ティエルクマスカ連合憲章に則って、この式を執り行うと宣言する。
ヤルマルティア大使をイゼイラへ送るため、偶然事件現場に居合わせたヤルバーン・デロニカ・クラージェ乗員のシレイラ事件への対応と、その勇気を讃え、それらクルーに最大の賞賛と、受勲を持って軍はこれに応えると。
特に顕著な功績を見せたクルーの名を呼び、特別な賞を授与される。
そして、それぞれが名を呼ばれ、壇上へ上がり、賞を授かる。
シャルリは、正式に三等カーシェルへの昇進を言い渡され、胸に階級章をヘストルより付けてもらう。
頭をかいて照れ笑いし、『ガラじゃないわさ』と一言。
リアッサは、現在シエやゼルエと同じくヤルバーンヘ派遣出向扱いの身なので、副局長という官僚職に就いているが、原隊では一等キャスカー(大尉)だったので、彼女もシャルリと同様に、三等カーシェルへ昇進。
……ちなみにシエやゼルエは二等カーシェル(中佐)だったりする……
ニーラとジェルデアは、今回の負傷者介護の功績を認められて、ニーラは、ティエルクマスカ軍医療統括官章。ジェルデアは救護統括官章を授与される。
この章を付けていると、章に準じた指揮担当者として、政府内や軍で活動することができる……ジェルデアは法務関係が本職なので、まったくの畑違いな章に、困惑した笑みを見せていた……まぁそこのところは章なので、名誉を貰ったという面もあるのだろう。
ホムス君は、名誉一等キャスカー(大尉)の階級を授与されていた。ホムスは、本来軍人ではく、ヤルバーンの一警備防衛要員であり、政府職員なのだ。
軍の名誉階級としての章を与えることで、その貢献を讃えられた。
とても喜んでいるようだ。
他のクルーにも、相応の名誉士官階級が与えられることを伝えられると、全員席から起立して、敬礼をする。
みんな笑顔である。
そして、ニヨッタ副長には、政府から『船長資格章』が与えられた。
今後、ニヨッタは、政府からの何らかの任務がある場合は、船長として赴任する資格を得る。
彼女はまさかの章に、口に手を当てて、涙を流して喜ぶ。
そりゃそうだ。今後は、自分の船がもらえるかもしれないのだ。嬉しくないはずがない。
ティラス船長も凄かった。
ティラスには、その上をいく『機動艦艇艦長資格章』が与えられる。
クラージェで見せた機動戦闘の腕を買われてのことだ。
機動艦艇艦長資格章は、5000メートルクラスまでの艦艇を指揮する権限である。そうそうなれるものではない。しかも軍用艦艇を指揮する権限である。
これにはさしものティラスも、目を丸くして驚いていた。
ティラスも本来は軍人ではない。政府職員だ。なので『船長』なのであるが、これは暗に「いつでも軍へ来なさいよ」というスカウトの意味もあるのだろう。
そして……
『フリンゼ・フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ。こちらへどうぞ』
『ヘ? 私ですか?』
どうもフェルにも何かくれるらしい。
しかし、フェルは終生議員で、フリンゼ様だ。これ以上何があるのかと。
それは自分でも自覚しているだけに、何なのだろうと思う。
『フリンゼ。貴方には、ハムール公民国政府から、“国家最高英雄章”を預かっておりますので、私がハムール公民国政府を代行して、これをお渡しさせていただきます』
ハムール公民国、国家最高英雄章。これはハムール国がハムール国に最大級の貢献をした人物に、国の内外、身分を問わず与える勲章である。ハムール国民なら、最高の栄誉ともいうべきハムール国最高の勲章なのだ。
ハムール政府は、フェルがそういう立場の人物であることも知っているので、相応の賞をもって応えたのである。
『ア、ありがとうございますでス……わぁ……』
イゼイラの勲章とは趣の違ったデザインの勲章を胸に付けられるフェル。
とても嬉しそう。
出席者から、万雷の拍手を受ける。
さて、ひと通りの受勲が終わった……と柏木が思っていたら、そんなわきゃない。
このオッサンにも何かくれるらしい。
『ファーダ・カシワギ・マサト大使。こちらへ』
これまたへストルへ誘われる柏木。
「へ? 私ですか?」
『ハイ、そうですよ』
「は、はぁ……」
言われるがままに前へ出る。
『ファーダ。貴方にも受勲があります』
「え??」
『さて……ファーダ・カシワギ大使。貴方には、シレイラ号事件の際、大使という身分であるにもかかわらず、仲間を助けるために危険を顧みず、敵に対して画期的かつ有効な戦法をもって我が連合へ勝利をもたらしたことへの感謝と、その勇気を讃えるために……我がティエルクマスカ連合防衛総省より、ティエルクマスカ軍“名誉特務一等カーシェル(特務大佐)”の階級章を授与します』
その言葉の瞬間、会場から「おおおおおー」というどよめきが起こる。
どうも彼らティエルクマスカ軍的には、相当なものであるみたいだ。
客席の軍人のみなさんや、関係者のみなさんが顔を見合わせて驚いている。
あのクールなリアッサも、ポっと口を開けて驚いていた。
シャルリは、満面の笑みで、“してやったり”というような顔。
しかし柏木はニッコリ笑い
「ハ、恐縮です。有り難く頂戴致します」
と、何事も無く堂々と受け取る。
ヘストルもニッコリ笑い、ウンウンと頷きながら、階級章を柏木の胸元に着ける。
しかし、これだけの章をもらい、なぜに柏木は平然としているのか。
まぁ、柏木的には「なるほどな」と思うところもあったからである。
というのも……名誉大佐という称号。これは地球にも存在するからだ。
英語で、大佐のことをカーネル(COLONEL)という。
特に米国で有名であるケンタッキー州のチキンな唐揚げ屋の親父……例の虎球団が優勝した際、道頓堀川に沈められた、かの白いスーツのオッサンであるが、あの人物もケンタッキー・カーネルという名誉大佐称号を持つ。なので、『カーネル・◯◯◯ー◯』なのだ。
地球での『名誉大佐』という称号。
これは別に軍隊の大佐という意味ではなく、そういう『名誉称号』なのだ。従って、何か軍隊の指揮権限を有するといったそういうものではない。
地球的に言えば、その国の軍に「アンタは偉い。よーやった」と言われているだけの事だからである。
日本人でも、この名誉大佐の称号を持つ人物はかつて存在し、現在も存在する。
有名なところでは、かの医学者『野口英世』が、エクアドル共和国軍から名誉大佐の称号を授与されている。
最近では、日本のカーオーディオ販売業の社長が、ケンタッキー・カーネルの称号を貰っている。
そんな感じの物だろうということで、柏木もありがたく頂戴した…………のだが…………
柏木が、章をもらいフェルの隣に着席すると、フェルが目をまん丸にして……
『マママ……マサトさん……ととと、とんでもない章をもらちゃいましたネ……』
「んん? 名誉大佐称号だろ? 有難い話じゃないか。これで俺も少々ハクがついたかな? ハハハ……」
頭をかいて照れ笑いな柏木……しかし……
『ナナナ……何を呑気サンなこと言ってるですか、マサトサン……もしかして……その階級の意味、わかってないのでは?』
「え? 名誉大佐だろ? 地球にもあるよ。フライドチキンなオヤジもそうだし。あ、そうだ。カダフィーのオッサンもそうだったな。ハハハ」
フェルはそんな話をする柏木の背中をパンと叩いて
『それは地球でのお話です! ティエルクマスカでは…………その階級は、連隊規模の部隊を指揮する権限を持つ、本物の階級なのデすよっ!』
「………………………………は?………………………………」
フェルが言うには……
ホムスや他のクルーももらった名誉階級は、軍の要請や、その場に居合わせた緊急事態と判断された状況の場合、自分の持つ名誉階級より下の階級の者を名誉士官権限で、正規軍人が新たに着任するまで命令、指揮することができるらしい。
状況と希望によっては、そのまま正規に任官してしまうこともあるそうだ。
ただ……同じ名誉階級でも、特に『名誉』の後に『特務』がつくと、正当な状況理由がある場合、任意で防衛総省に申請すると、その個人用に部隊を特別に編成して送ってもらえる権限を持つ名誉階級なのだそうだ……しかも、『名誉特務大佐』は、軍が名誉階級として与える最高の階級だそうである。
そして、その特別編成部隊の任務が終わるまでは、正規軍人として一時的にティエルクマスカ連合軍人として取り扱われるそうな。
しかも、ティエルクマスカ世界でも、その名誉特務大佐の階級を持つ人物は数えるほどしかなく、ティエルクマスカ世界に貢献した著名な実績をあげた『科学者』や『研究者』『探検家』などが、それぞれの仕事のスタッフを揃えやすいように贈られたりする場合がほとんどなのだそうである。
「ままま……マジですか?! フェルサン……」
『マジもマジです、大マジですよ、マサトサン』
脂汗がにじみ出てくる柏木。
お気楽に考えていた『名誉称号』はマジモンの『名誉階級』だった……
バっとヘストルの方を見る彼。
ヘストルは、悪戯小僧が、悪戯に成功したような笑みを浮かべて、柏木の方を、式典絞めの演説をしながらニヤついて見ていた。
そして、ジロリとシャルリの方を見る彼。
シャルリは、向こうを向いて、『ピ~プ~♪』と口笛を吹いている。
(は、謀ったなぁ……シャルリさん……)
喜んでいいのか、どうすればいいのか、もうシッチャカメッチャカな状況の柏木大使。
胃に穴が開きそうである。
「フェル……この章、どうにかなんない……って、え?……」
フェルは手のひらを胸の前に組んで、目に星を浮かべながら、恍惚とした表情で柏木を見る……
(だ、ダメだこりゃ……しかしまたなんでこんなものを……って、ゼルエさんとシエさんがどうのこうのとか言ってたな……主犯はあの二人かぁ~?……)
困った事になったと……項垂れる柏木であった……しかし……結局やっぱり彼は、何かやらかしてしまった……
………………………………
その後、受勲式は終わり会場舞台が撤去され、式のアトラクションではないが、ティエルクマスカ軍の観兵式が行われ、演習や装備などが公開される予定になっている。
受勲式参加者以外の一般人の入場も許可されたのか、特設席にゾロゾロと一般人も入場してきたようで、この会場は万単位の人数に埋め尽くされていく。
柏木は、富士の総合火力演習みたいなことでもやるのかな? と思う。
富士の総合火力演習も、自衛隊の言ってみれば一大イベントだ。かの演習は、チケットがなかなか取れないことでも有名だ。
そうしていると、サイヴァルも駆けつけてきたようで、向こうのほうでヘストルと握手を交わし、何か色々と話をしている。
そしてチラと柏木の方を見て、「わかったわかった」というようなジェスチャーをヘストルにしている。
そして、柏木の隣の、空いている席にサイヴァルが座った。
『やぁやぁ、どうも大使』
「はい、議長。お疲れ様です……」
『いやいやいや、名誉特務カーシェルの階級授与、おめでとうございます』
サイヴァルはニヤついて言う。ちょっとワザとらしい。
「な~にを言っているんですか議長、企んでたんでしょう……あんな階級を私に与えて、何を考えてるんですか? イジメですか?イジメ」
柏木は口を波線にして冗談っぽくサイヴァルに話す。
『ハハハ、心外ですな大使。これも貴方の事を考えての事ですよぉ』
「え?」
『ほら、例のシレイラ号事件の件。悩んでおられたでしょう、貴国の法の取り扱いで』
「え、ええ、まぁ……でもそれと今回の受勲の件と、どういう関係が?」
『ヤルバーンのゼルエ局長と、シエ局長も、その件でやはり貴方と同じ事を考えたそうでしてな。彼らの提言と、ティエルクマスカ防衛総省の協力で、こうさせてもらった次第です』
「は、はぁ……」
サイヴァルの話では、ゼルエとシエが、日本の法や、国際法を調べて、柏木にこの階級を与えることを要請してきたのだという。
サイヴァルは話す。
少々苦肉の策ではあるが……という前提だが、ゼルエとシエは、フランスの外国人部隊の制度を参考にしたらしい。
フランスの外国人部隊は、よく『傭兵』と言われているが、これは間違い。
現在、地球世界では、政府に正式に雇用されたPMC(民間軍事企業)を除く、傭兵制度は禁止されている。従って、フランスの外国人部隊は、身分としては正規のフランス軍人なのである。
他、米国でも外国籍の兵士を多数入隊させている。そのほとんどは、グリーンカード目的の移民希望者だが、士官以下の階級までなら、米国でも外国人兵士を正式に徴用していたりするのだ。
つまり、地球では、国家が保証する身分の軍属、軍人であれば、ジュネーブ条約等々の国際条約、国際法で、戦闘行為が認められ、武器の取り扱いや戦闘での殺傷行為を行っても法で罪に問われないことになっている。
つまり、日本人が、フランスの外国人部隊に入隊し、戦闘行為で火器を使用した殺傷行為を行って、その後日本へ帰国しても、フランス政府の認める法と保証の元で行われた行為であるので、正当な合法行為として取り扱われ、日本で罪に問われることはないのだ。
実際は、それ以上に地球の施政権外での行為なので、そんなことをしなくても本来問題はないのだが、ティエルクマスカ人から見ると、理解に苦しむところが多いヘンテコに見える日本のこういった軍事関連の法を考えると、柏木が帰国した際、日本での社会的な事由で問題が出るかもしれないことを憂慮したゼルエとシエは、柏木の行為に法的な正当性を持たせるために『名誉特務大佐』の階級と称号を与えてはどうか? と考え、そういう提言をしたそうである。
なので、名誉特務大佐階級の授与も、その権限発動も、日時的にはシレイラ号事件の前に設定処理しているそうである。
「なるほど……そういう事だったのですか……いや……そこまで考えていただけるなんて……ご配慮痛みいります、議長」
『いやいや、礼ならゼルエ局長とシエ局長に言ってやってください』
「ええ」
柏木は、ゼルエやシエといった仲間の配慮に心から感謝した。
これで少しは帰国した後の心配事も減る。
しかし、唯一の不安がまた出来たとも思う。
それは……シエからまたデートの要求をされ、フェルと一悶着起こす……う~む……と。
『ああ、それと大使』
「はい?」
『まぁ、こういうことになりましたのデ、ニホン政府にも、シレイラ号の件を含めて、イゼイラ政府として正式に感謝の気持ちも添えてお伝えしておきました。これで何の問題もなくなるでしょう』
「え゛……言っちゃったんですか?」
『もちろんでス。これはこちらから日本政府へお伝えするのが筋ってものです』
「は、はぁ……それはどうもスミマセン……」
明日の会議で、絶対何か言われる……そう思うと、もう一つ胃に穴が開きそうな柏木大使……いや、柏木名誉特務大佐殿。
『さぁ、その話はここまでにして、閲兵式を見学しましょう。なかなか壮観ですぞ』
「はい、そうですね……フェルもそういうことでいい……か……な……?」
フェルの方を見ると……まだ目を星にして、掌を胸で組んで、柏木を見つめているフェル……
この階級って……そこまでのものなのかと……
あとで聞くところでは、科学者にとっては、憧れの階級であるらしい。
なぜなら、通信一本で、軍の研究スタッフをワンサカ寄越してくれるという、科学者にとってはヨダレの出る憧れの称号なのだそうだ……とっても素敵らしい……
……………………………………
その後柏木は、ティエルクマスカ連合軍の閲兵式と、演習を見学する。
今回の閲兵式は、クラージェ乗員受勲式に合わせて行われたもので、特別なものなのだそうだ。
そして、一般参加者も今回の閲兵式は特別ということで、楽しみにしていたらしい。
それは……日本の兵器類が公開されるという告知をされていたからである。
「え!? 日本の兵器って……自衛隊の装備をですか!」
『ハイ、ハイクァーンデータで送られてきた資料を元に再現したものです。私達の世界では見たこともないものばかりで、みんな楽しみにしていまス』
「ほ~~」
そんな事をサイヴァルに言われ、見学する柏木とフェル。
最初は連合軍のお馴染み兵器、ヴァズラータイプにデルゲードタイプ。デロニカ軍用型や、軍用戦闘トランスポーター。
他、柏木も初めて見る大型機動兵器『シルヴェル』と呼ばれる四足型の空陸両用の歩行兵器。
――『シルヴェル』型重機動歩行兵器。ティエルクマスカ世界では、いわゆる地球で言う主力戦車に該当する兵器だそうである。細長い菱型の本体下に、蜘蛛や虫のような形の四足脚が付き、本体に格納されたマニピュレータには、強力な兵装が装着されている。
大きさは、全高13~15メートルほど……地球の陸上兵器を比較しても、ものすごくデカい。
輸送艦などから降下する際は、その四足脚が☓印型に折りたたまれて、浮游飛行できる。そんな兵器だ。名前の由来は、これもイゼイラに生息する動物の名から取っているようで、太古の時代に生息したと言われている大型恐竜のようなものの名前から取っているという――
柏木は、趣味的にこのシルヴェルがたいそう気に入ってしまう。
浮游状態から脚を伸ばし、本体を揺らさずに、まるで虫のようにガシガシと歩くその姿は、ものすごく壮観だ。
「ハハハ! こりゃウェルズの『宇宙戦争』もあながち間違いじゃないな」
そんな風に思ってみたり。
しかし、一つ気づいたことが……これら兵器が、どういうわけか迷彩色に塗装されている。
ティエルクマスカほどの兵器なら、光学迷彩ぐらいあると思うので、なんでこんな無駄な事するのか? と尋ねると……
『ハハハ、どうも兵士の間で、ジエイタイのこの色が流行っているようでしてな。カッコイイそうです』
と、なんともフリーダムな返事がサイヴァルから返ってくる。
軍内部でも、何やら地球、日本ブームなようだ。
唖然としてしまう柏木。
そして、今回のメインイベント。
彼らがハイクァーンデータから製造した研究用自衛隊兵器の登場らしい。
デロニカが数機飛来し、格納庫から颯爽と登場するは……自衛隊が誇る10式戦車に、90式戦車、そしてなんと……74式戦車に61式戦車、更には大戦中の三式戦車まで出てきた……しかもかなりな数だ……場内は大歓声に包まれる。
それは、イゼイラで忘れられた、本来通るべき道の機械達だからだ。
演出も凝っており、キューポラハッチからは、自衛隊や、旧軍戦車兵の格好をしたイゼイラ人やダストール人、カイラス人らが会場に向かって手を振っている。
さながらコスプレといったところか?
「おおー! すごいすごい!」
柏木も、思わず身を乗り出して拍手してしまう。
三式戦車や、61式に至っては、もうもうと排気煙を上げながら走行する。かなり忠実に再現されているようだ。
そして、次に登場したのは……
「うわっ! なんだありゃ!」
思わず柏木は声を上げる。
これも驚きの、10式戦車を、イゼイラ技術で改造したような兵器だった。
なんと、クローラー部分が撤去され、その部分に浮遊装置が装着されたような、何とも変わった意匠を持つ『浮いて走る戦車』である。
ウォンウォンと機械音を唸らせて、縦横無尽に走る様は、なんとも日本人的には不思議な光景だ。
『コれは、ヤルバーンと、ジエイタイの技術者が、共同で試作した物だそうデすよ』
「ほ、本当ですか!」
ほぉ~ と思う柏木。
それだけではない。AH-1コブラヘリのローター部を撤去し、その部分に羽状の浮游装置を装着した兵器や、その兵器のUH-1バージョン。
「ぎ、議長、あれもですか?」
『ハイ、アレも貴国の防衛研究機関が試作しているという兵器だそうです』
技本か……と柏木は思う。
もうここまで技術転用の研究が進んでいるとは……と……
ハイクァーンの造成機能は、もう接着剤なしのプラモデル並みで研究製作が可能なのだと改めて認識させられる……確かに、こんなものが、ややこしい連中に流れてしまったら大変なことになるなと。
今、ここで見る、所謂既存の兵器に『付け足しただけ』の兵器でも、おそらく地球世界では比類する兵器はないだろう。
ティエルクマスカの地域国家に対する一極集中外交政策。
確かに、理解はできる……相反する利益が重なりあう未熟な世界で、こんな技術がその世界中に流れたら、確かに大変なことになると……
しかし……
『ア、あれはニホンバージョンのヴァズラーですよ』
フェルが指をさして、指摘する。
例のトリコロールカラーなヴァズラーだ。
『エ』の字な下翼を脚にして立つが……通常のヴァズラーは、逆関節だが、この技本バージョンのヴァズラーは正関節だ。
しかも……上翼部のマニピュレータも、引き込み脚式から、翼全体が腕部に変わる形式に変更されている……そして、機体部から、センサー部がせり出すが……なんか頭部的で、二つのイカツイ目のようなものが付いている……変な方向にバージョンアップしているようだ……
トホホになる柏木……
(技本の連中……アイツら、遊んでるだろ……)
技本の連中が、握りこぶしを作って男のロマンと哲学と、新人類と、プロトタイプな文化をヤルバーンの酒場で議論している姿が目に浮かぶ……
……しかし……イゼイラの子供たちには大好評だったようだ……みんな「うわぁ~」という目で、お菓子片手に魅入っていた……まぁ……これも彼らの欲するクールジャパンである……
……………………………………
ということで次の日。
昨日は、まぁ言ってみれば特派大使としては普通の業務。歓待式典ではないが、そんな感じの式典に主席する形になった柏木大使。そこで、ティエルクマスカ連合防衛総省と、イゼイラ政府の度が過ぎた配慮で、とんでもない称号を受勲してしまった彼であったが、それでもやはり最後の観兵式での一件は、彼らが地球文明や日本を相当に重要視しているということを認識するに足る充分なものであった……まぁ最後のアレは、どう理解していいかは別として……
『ご苦労さまです、柏木さん。何かそちらでも色々あったようですね?』
大使館会議室のVMCモニターに映るは、内閣総理大臣 二藤部新蔵。
ニヤニヤしながら、隣に座る三島や、新見、白木に春日、浜に久留米……そして、シエにゼルエもおんなじ感じ。
「いやぁ……すんませんです……あの件、帰国してからの方がいいかなぁ……って思ってまして……」
頭をポリポリかく柏木。
しかし三島が、まぁまぁとばかりに
『いや、柏木先生、結果論だが、その事はもう解決済みだ。いいってことよ』
「いやでもぉ~」
『まぁ、確かにあの当日にその話されたら、俺達も吹っ飛んでる所だったがなぁ、このお二人が尽力してくれたお陰で、何とか事なきを得そうだ。法務省も、それなら問題ないって言ってるしよ。まぁ帰ったら、山本君が参考程度の事情聴取をしたいって言ってきてるから、付き合ってやってくれよ』
このお二人とは、シエ嬢とゼルエの事だ。
「いやでも……今総理が進めてる集団的自衛権の件でも、下手したらネガティブなネタになるところでしたし……」
『でもね、柏木さん。私は貴方を尊敬しますよ』
そう言うは久留米二佐
「え?」
『状況を聞きましたが、相当危機的な状態だったそうではないですか。それを対物ライフル一挺で状況を変えて、沢山の人の命を救えるなんて、私達自衛官は貴方をある意味羨ましく思いますよ』
「はぁ……いや、まぁそう言ってもらえると、私も救われますが……しかし私が心配しているのはそれ以外のこともありまして……」
そう言うと二藤部が
『ガーグ・デーラ……とかいう存在ですね』
「ええ……まぁ地球には今のところ最低300万光年も離れた世界の話ですので、直接関係ないかもしれませんが……そういう、人類的文化概念を共有する存在に対する敵性体がいるということは……よくよく考えたら結構重要な事ですよ……これって……」
『そうですね……まぁしかしそれを今議論しても始まりません。帰ってからの案件にしましょう』
「ええ、そうですね……あ、それからシエさんにゼルエさん。どうもお手数おかけしまして申し訳ないです」
するとゼルエはガハハと笑い。
『何の何の。まぁ、こっちもアノ話聞いた時にピンとキたからな……ああ、こりゃニホンの法でもめるかもしれねぇってナ……丁度そのあたりを研究してた所だったしよ、なぁシエ』
『アア、ソウイウコトダ。気ニスルナ、カシワギ名誉特務イル・カーシェルドノ』
シエが柏木にティエルクマスカ敬礼をしておどけてみせる。
「やめてくださいよ、シエさぁ~ん」
柏木は両手を振って「カンベンしてよ」というジェスチャーをする。
『イヤイヤ、イル・カーシェルドノニハ、此の身にデートノ命令ヲシテクレルト、アリガタイノデアリマスガ』
「はぁ? まぁたですか!」
すると、隣に座るフェルが
『ソ、そんな命令、終生議員特権で取り消しデスっ!』
と、ムキーな目になる。
日本勢は、そんなやりとりを見て爆笑。
春日がそのやりとりを見て
『ハハハ、まぁでも、これも結果論ですが、私達にとってはその……受勲の件は、有難い話ですけどね』
「え? どういうことです?」
『選挙で、良い材料になりますよ、ハハハ』
「はぁ……それですか……」
まぁ……ファーストコンタクターで、内閣官房参与で、現在特派大使。選挙時には民間選出な、ティエルクマスカ担当大臣の肩書も持つだろう。そこにティエルクマスカ連合軍名誉特務大佐の受勲付き……自保党所属で、有名な元ヒゲの一佐も負けそうな肩書だ。
これで選挙に落ちたら……本物のバカである。
そして……
「総理、それはそうと米国の一件、どうでしたか?」
二藤部は、雑談も終わりとばかりに、目線を真剣に戻し
『ええ、とりあえずは事無きを得たという感じですかね。例の外貨獲得の件で譲歩はした形になりましたが、うまくまとめました……まぁ、例の貿易関係は、前々からの議題でしたのでね。その辺りで少しありましたが、とりあえず……といったところです。資料はメールで送っておきましたので、後で確認して下さい』
「了解です……では、これからですね……」
『そうですね……この放った矢が、米国から流れて、どう刺さるか……少々博打になりますが……』
「近隣諸国の動きは?」
『今はこれといって……まぁただ、ハリソン大統領の訪日から、中国がやはり来ましたよ』
「?」
『例のごとく……『この懸案を米国と日本だけではなく、国際的に協調するべきだ。日本は米国と結託して、無用な混乱を世界に生じさせている。この混乱の責任は日本にある』……というような感じですね』
柏木は苦笑いをしながら……
「ククク……相変わらずですね……」
『まぁ、今回ばかりはあながち的外れ……ではないですけどね。ハハハ』
するとシエが……
『我々カライワセテモラエバ……『放ッテオイテクレ。オマエタチニハ関係ナイダロウ』ト、イイタイガナ』
と、口を尖らせて話す。
ゼルエは、しかしとばかりに
『マァ、そうはいうがなシエ、なかなかそう簡単にはいかんだろうサ』
『ウ~ム……』
全員、どうにもこうにもな感じで、コクコク頷く。
しばし間をおくと、白木が
『総理、それと、例の件を……』
『ああ、そうですね』
柏木は来たかという感じで、姿勢を正し……
『柏木さん、先日、陛下にお会いしてきました……』
「ええ、お聞きしています」
するとフェルが
『こ、皇帝陛下に……ですか? ファーダ……』
『はい、フェルフェリアさん。で、例の件をお尋ねしてみました……』
二藤部はその詳細を話す。
ハリソンが来日する前の夜、急ぎ陛下に謁見したと……
陛下は夜であるにもかかわらず、その謁見を快諾してくれたという……いや、むしろ夜だから良かったというべきか……
二藤部は先の日・イ・ティ首脳会談時に出た全資料を持って、陛下にお渡ししたそうだ。
その中で、やはり興味を持ったのが……竹取物語と、ナヨクァラグヤ帝の関係に関する資料だったと……
その資料を、老眼鏡をかけて、二藤部を前にして、食い入るようにお読みになっていたという。
そして、ひと通り読み終わると……
「やはり、そうでしたか……」
と仰ったと……
「えっ! それでは陛下は……それを知って……」
『いえ、そういうわけではないようです』
「え? それはどういう……」
『陛下は、御存知の通り、生物学者でも在らせられます。で、実は、皇室には、我々一般国民がまだ知らない沢山の天皇家に関する資料が、山のようにあるのですよ……これは大きな声では言えませんが、下手をすると日本の既存の歴史として扱われているものがひっくり返るような、そんな感じの資料ですが……』
これは今でもそう言われている。
例えば、大阪府堺市にある、所謂、仁徳天皇陵古墳にしても、本来なら世界遺産に指定されても良いぐらいのものであるが、それがそうされない。
これは、仁徳天皇陵古墳が宮内庁管轄であることと、天皇家に関するものであるため、発掘調査などが禁止されているためである。従って、宮内庁がその方針を変えない限り、この仁徳天皇陵に関しては、今後も未来永劫何もわからないのだ。
『……皇室では、イゼイラへ贈った例の資料は、以前から出処不明な、謎のある物として扱われてきたそうです』
「……」
『そういうものがあると知っていた陛下は、皇太子時代に興味を持って、色々調べていたそうなのです……』
するとフェルが……
『ニホンの皇帝陛下サマは、科学者サマなのですカ!?』
「あ、ああ、そうだよ。地球世界でも、著名な生物学者でもあらせられるんだ。特に海洋・水生生物学に関しては業績のあるお方でね。陛下のお名前を冠した新種の魚類なんかもたくさんある。あと、とある国の食糧事情を、研究成果を通して劇的に改善なされた実績もあるんだ」
『ヘェ~~~』
フェルは、自分と共通するところがあるのか、感心しきりだった。
『ええ、フェルフェリアさん。そういうことで、その時に、例の『扇』に使われている羽や、アンプル……まぁ当時は何か訳のわからない容器ということでしたが……その事を調べていく内に「なんだこれは?」という疑問がずっとあったそうなのですよ……』
「では……陛下はイゼイラ人が初めて姿を見せた時に……」
『ええ、あの体毛を見て、もしやと思ったそうです……』
なるほどなと……学者ならではの発想かと……
『それで、ヴェルデオ大使の捧呈式の時、間近で見た彼の容姿で、あの品物を贈ってみようと……そう思ったそうですよ……』
その話を聞くと、柏木も思わずクククっと笑ってしまい……
「いや、こんなことを言うと大変無礼千万を承知で申し上げますが……陛下も結構お茶目なところがありますね……」
『ハハハ、まぁかつては……お忍びで銀座に遊びに行って、日本中が大騒ぎになったこともありますしね……』
まぁしかし……陛下のその機転が、現在のティエルクマスカ―イゼイラとの関係を確固たるものにしてしまったのだから……やはり大した御方であると、二藤部は話す。
「……では、竹取物語や、ナヨクァラグヤ帝との相関関係自体の直接的な言及は……」
『はい。さすがにそこまではわからないと……しかしですね、陛下もこちらからお渡しした資料に大変ご興味を示されて、これからも何かあれば提供して欲しいと申しておられました』
「へぇ~~……そうなのですか……」
『ええ、それと、陛下の方も、そういうことならと、何か新しい事が分かれば、陛下の方からご連絡いただけると……但し、あくまで、『歴史研究の一環』としてですが……』
「すごいですね! フェル、良かったな。陛下のご協力が得られるぞ」
『ハイです! これはさっそくサイヴァル議長と、マリヘイルサマにお話しなければ……』
『はい、そういう事ですのでフェルフェリアさん、貴方の方からお二人にそうお伝え下さい』
『ワカリマシタですファーダ……色々とアリガトウございます……』
フェルは深くお辞儀をして、敬礼する。
『いえいえ……あ、それとフェルフェリアさん』
『ハイ』
『陛下からお言葉ですが……もし機会があれば、貴国へ訪問してみたいとも仰っていました……しかし……陛下のご年齢もありますので、実現するかどうかは別のお話ですが……』
『ハイです。必ずお伝えするでス……もし来訪頂けるのなら、連合を挙げて歓迎するとお伝え下さい……ナヨクァラグヤ帝にユカリのある御方が来て頂けるとなれば……連合やイゼイラは、大騒ぎになりますネ、ウフフフ……』
『それともう一つ……フェルフェリアさんに柏木さん』
「は?」
『ハイ?』
『陛下が、お二人に、ご婚約おめでとうございますと、伝えて欲しいと仰っていましたよ、ハハハ』
「どえっ! マジですかっ!」
『エエエエエエ!』
気を失いそうになる柏木……昨日から今日といい……有難いし、嬉しいが……これはある意味罰ゲームではなかろうかと……どうすんのと……
すると白木が追い打ちを掛けるように……
『ハッハッハー、柏木ぃ、これで夫婦円満にやらねーと、国賊扱いだな、ククク……』
「白木、おめー! るせーよ!」
シエさんは……
『デモ、デートノ権利ガ消エタワケデハナイカラナ。ククク……』
「シエさぁ~ん、たのんますよ、マジで……」
『シエとは、一度ちゃあ~んとお話しなければならないですネっ!』
まぁ、なんともはやである……
まぁまぁと笑いながら二藤部が割って入り
『それとフェルフェリアさん……』
二藤部はコレに関しては……と顔を真剣にして……
『ハイ』
『例の精死病の件ですが、陛下もなにかその手の文献がないか、探させてみるという事でした』
『本当ですカ!』
『ええ、まぁ、どうなるかは全くわかりませんが……あと柏木さん……例の『聖地』の件ですが』
「ええ、そうですね」
『コレに関しても、陛下は一言……『その件は、よしなに……』との事です』
「つまり……それは……日本政府が主体として……ということですね」
『そういうことです。現行法では、そういうことになります』
「了解です」
……そんな感じで、日本との会議は終わる。
「ふぅ……はぁ……いやはや……」
柏木は両手で髪の毛をかきあげて吐息を一つ付く。
会議が終わったタイミングを見計らい、サンサがお茶を持ってきてくれた。
『ファーダ、ご苦労さまでス』
「はい、すみませんサンサさん」
サンサの煎れた日本茶の匂いが、柏木の精神を和ませてくれる。
フェルも熱い日本茶をズズズとすする……ちょっとホッコリ気分。
「……宮内庁……それと、皇室も協力してくれるか……スゴイことになったな……」
『ハイ……みんなが協力してくれますね……』
柏木は席を立ち、窓の外を見る。
空中に浮かんだ人工の大地。そして空中を行く沢山のトランスポーター。
そういう景色が普通である光景な、この世界と、地球にある一つの島国が密接に繋がる現在の状況。
方や銀河規模の大きな世界の話であり、方や小さな一惑星にある小さな国家の話。
それがこうも対等以上につながりあい、時代を進めていく……
もう、今までの日本の政治のやり方では、絶対に先には進まない。
どうなるのかと、改めて考える柏木。
そして……日本の中でも、最もその存在が、別次元な世界として存在していた皇室も動いてくれるという……
そして恐らく近日中に、何か動きがあるかもしれない世界の動向……
米国が世界に現状をどう発信していくか……これは極めて重要である……
そして柏木の考えるは、昨日見た日本とヤルバーン共同研究の兵器。
あれも、今後の日本をある意味、暗示する一つの具現化された形なのだろうと思う……
物事には必ず何かの因果関係がある。
例えば、何かが存在するということは、その何かが世に必要であるから存在できるのだ。
言い方を変えれば、必要とされているからとも言えるし、必要となってしまったから生まれた……とも言える。
必要とされないものは、この世には存在できない。
存在に意味のないものなど、そもそも存在自体を世の因果が許すわけがないからだ。
とすれば、あの兵器達もどこかで必要とされる時が来る。
いや、あの兵器の存在自体が、必要を引っ張ってくるともいえるかもしれない。
今の地球の状況たるや、そんな因果を寄せ付けるネタに事足りぬことのない状況がたくさんある。
柏木は、自分もそんな一人なのだろう……とも思う……
「フェル……」
『ハイ?』
「ちょっと予定より早いかもしれないけど……地球……日本に帰ろうかと思う……」
フェルはその言葉にコクンと頷く。
「やっぱり……現場にいないと、情報が後手後手に回るな……」
『確かニ……そうですね……』
「フェルはどうする?」
『モチロン、マサトサンと一緒ですヨ。私はお嫁サンですから』
「ハハハ、そうだね……でさ、フェル……この間言ってた事なんだけど……」
『この間? ハテ?』
「例の……精死病の件だよ」
『エエエ!』
「一応……話すだけ話してみないか? サイヴァル議長や、マリヘイル連合議長、それと、ヘストル将軍に……帰国のついでといっちゃあなんだけど、無理な話じゃないと思うけど……」
……日本への帰国を決めた柏木。
因果というものがあるのなら、逆にそれを利用してやろうと決意する。
しかし……優秀な科学者でもあるフェルさんに『寝ろ』扱いされたアイデイア。
はてさて、彼は何を考えるのか……




