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『人格』という言葉がある。
科学的な意味で言うなら、普通は個人の人柄であったり、性格であったりと、いわゆるその個人の主観全体を意味する言葉である。
しかし、別の意味での『人格』という言葉がある。
それは、いわゆる生物としての『人格』ではなく、法の上での人格というものである。
こういうと、何のことだ? という話がでてくるが、実は世には法で定められるところの、生物以外の『人』というもの……いや、人とみなされるものがあるのだ。
そういう意味での『人格』というもの。
この世界には、法が『人』もしくはそれと同格と定めるものが大きく分けて三つある。
一つは『個人』
一つは『法人』
一つは『国家』
個人とは、いわゆるその人、人間個人自身であるのは、まぁ、いうまでもない。
では、法人とは何かというと、所謂、株式会社・財団法人・医療法人・学校法人といったような、法で認められた『組織』として人格を持ったものの事を言う。
法的に人格を持っているので、その組織が、銀行から金を借りる事もできるし、保険に入ることもできるし、自動車を所有することもでき、組織として法的に責任を持った『意思』を世に発表し、罪を犯せば組織が法で裁かれる。
そして、その組織としての人格を持った最大の存在が『国家』だ。
つまり、国家とは、その国の中にある個人や法人すべての人格をまとめる最上位の存在であるという事でもある。
そういった法で定めた『人格』という存在。
当然、人格と人格が対立すれば、争いが起こる。
個人と個人が争えば、警察が出てきて、その国の法で個人は裁かれる。
法人と法人が争えば、これまた警察等の司法組織が介入し、法人が法で裁かれる。
つまり社会において、人格というものは、それを統括する上位人格の法に支配される。
個人というおおまかな単体であれば、大きく括ってその国の法律。
さらに、サラリーマンという組織の人間であれば、時には会社の規約・契約に従わなければならないだろうし、企業なら、会社法のような法律であったり、地方自治体なら、中央の決めた方針というところだ。
そんな色々な決まり事や規則の中で、人格を支配する最上位者が『国』であり、その『法』なのだ。
つまり、個人や法人にとって、国の法というものは『神』と同義といってもよい。
決して逆らう事が許されないものなのである。
では、『国家』という人格同士ではどうか?
国家という人格には、その上位がない。まぁ、当たり前である。国家という単位が、この地球社会では最上位の人格なのだから。
「いや、国連があるではないか」という人もいる。
最近の日本では、記者会見などで特定の他国に対し「法の支配が云々」という言葉もよく耳にする。
しかし、国という人格同士が争えば、だれがそれを強制的に諌めるのだろう。
誰がその国同士の『神』になるのだろう……
そう考えると、国連などというものは、国という百数十ヶ国の世帯がよりそって住む、地球という村社会の集会所にすぎないのだ。
では、国家のいう他国に対する『法』とは何か。
それは『法』ではなく、『掟』にすぎない。
地球という村に住む、国家という住人同士の間には、『法』なぞハナから存在しないのだ。
そこにあるのは法などではなく、国際法という名の『掟』にすぎない。
『掟』と『法』……これは似て非なるものである。
法とは、支配する対象に対し、絶対的なものであり上位の存在。すなわち神の言葉に等しいものである。
つまり、法が適用される対象の存在があって、初めて法が成り立つ……ということもできる。
しかし掟は、集団の行動規範であり、ルールに過ぎない。
したがって、極端な話、そのルールが気に入らずに、守らなかったところで、何がどうなるわけでもないものなのだ。
法の場合は、その法を好む好まざるに関わらず、強制的に守らされる。
しかし掟は、気に入らなければ「知るかそんなもの」と言うことが出来る。
掟とは、掟を制定した者同士の規範を守る同意と、義務感と、倫理感や道徳心で成立するものであって、絶対のものではない。
村八分という言葉があるが、これも結局は集団のルールに従わない一部を、そのルールの恩恵からその他集団がはじき出すだけの行為である。
もし、弾き出された対象が、そのルールの恩恵を受けなくても何ら損害をこうむらない場合、そいつにとって掟など何の意味もなさない。
そうなると、掟のグループは、その対象に損害を与える罰を加えようとする。
しかしその対象が、その罰すら何の意味もなさず、さらにはその集団の相互利益を超え、その罰則すら弾き返すような力を持った存在なら、掟を守るグループはどうするのか?……
答えは、どうしようもない……そして掟は崩壊し、新たな秩序につくりかえられる。
更には、その力を持った存在が複数ならどうなるか?
当然、新たな掟を作ろうと、その存在同士が戦い、どちらかが倒れるまでやりあうことになる。
そして『力が正義』となり、力を背景とした、その複数の強力な存在を基盤とした掟を正義として、どれかに付き従う組織が複数できあがる。
それが、この地球での、国家間の『常識』なのだ。
そんな世界が、今の『地球』なのである……
………………………………
―201云年 日本時間 某月某日 昼前―
「……ただ今、ジョージ・ハリソン アメリカ合衆国大統領が、大統領専用機エアフォースワンから姿を見せました……笑顔で手を振っていますね……この度の日本への訪問は、日米間で折衝が続いている多国間貿易協定で懸案事項となっている、主に食肉、農産物の関税において、両国間での意見の相違をトップ会談で決着させるため、アメリカ側の要請で急遽大統領直々に訪日が実現したということであります。そして現在、昨年よりこの惑星、地球の新たな住人となったヤルバーン母艦。現在では、イゼイラ星間共和国・ヤルバーン自治区と呼ばれている自治体の、事実上の首長でもあるヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ大使との、我が日本国以外では初となる、外国人首脳との会談も予定されています……会談は、ヴェルデオ大使の要望により、我が国の首相官邸で行われる予定ですが、そこでヴェルデオ大使と、ハリソン大統領が、如何なる話を交えるのか、世界中が注目しています……」
羽田空港でレポートする、レポーターの声が飛び交う。
各局のレポーターが、各々のカメラマンに向かって、発泡飛ばしながら茶の間に向かってレポートをする。その内容は、まぁどこの局も似たようなもの。
各局のカメラは、レポーターの姿を飛ばし、そのレンズをエアフォースワンのタラップから降りてくるハリソンに向け、その様子を撮影している。
ハリソンは、タラップを降りると、迎えに来ていたドノバンとハグをし、関係者と一言二言、言葉をかわすとアメリカ製の高級リムジンに乗車し、すぐさま空港を離れて目的地へと向かう。
リムジンの先と後には、米国シークレットサービスと、日本のSPが乗車した車両がそれに続く。
空港では、なかなか見ることのできない“UNITED STATES OF AMERICA”と、デカデカ書かれたB747型機を一目見ようと、観客が殺到していた。
そして、観客のお目当てはもう一つ。
その後に続く、信任状捧呈式で見た光景のアレである。
あの光景は、今やもうこの羽田では、見慣れたものになってしまっているが、それでもその光景は今でも圧巻で、その姿を見るためだけに空港を訪れる客も少なくはない。
今や羽田空港の名物ともなっていた。
その光景……そう、ヤルバーンから飛来するデロニカの雄姿だ。
エアフォースワンが到着した数十分後、ヤルバーンから飛び出したデロニカは、間をおかず羽田に飛来した。
――ちなみにヤルバーンは、その艦体にデロニカを20機ほど格納している。そのうち6機が今、デロニカ・クラージェになってイゼイラへ行っているので、現在は残り14機である――
……デロニカはいつもの通り、デロニカ用に特別に作られたクソバカでかいヘリポートのような場所へ、大鷲のように舞い降りる。
その姿に、居残ったエアフォースワンのスタッフも、タラップ上部から身を乗り出して見学していた。
特に連中は空軍軍人だ。その様相に思うところも必ずあるはず……
それはともかく、着陸後、例のごとく格納ハッチから黒塗りトランスポーターを引き出し、降機ハッチの前へつける。
そしてヴェルデオ以下関係者が、見知った日本スタッフと握手でもしながらトランスポーターに乗り込む……
そして今回、捧呈式の時と違うのは、格納ハッチより、例のイゼイラで柏木が見た、重装甲型ロボットスーツが数機降りてきたことだ。
そのサブカルチャー的なバイザーのない装甲化された鎧のような本体と、屈強な外骨格が駆動部を司るようなデザインのロボットスーツに、それを、お初で見る観客達は、「おおおおー」と歓声をあげる。
そりゃそうだ。みんなそんなものSF映画かアニメでしか見たことがない。
それがリアルに目の前で動いているのだから、感動もするだろう。
ロボットスーツは、頭部装甲をガバっと上げ、中のパイロット……とでもいうべき人物が、他のロボットスーツに対し、腕部装甲マニュピレーター部からスポっと素の腕を出して、色々とジェスチャーで指示を出している。
その状態で、護衛にきた日本の白バイ警官と握手をし、色々と確認をしているようだ。
しばしの後、警官との打ち合わせが済んだのか、ロボットスーツ各機は、側面にある翼状の浮遊装置を横に跳ね上げて、フっと数十センチほど浮かぶ。
白バイがサイレンを鳴らし移動を始めると、ロボットスーツもヴェルデオのトランスポーターを護衛しつつ、車両を追って、極低空を浮遊しつつ進みだす。
さらにその後に、SPの警護車両が数台続く……
その様子を、眺めるはエアフォースワンの乗員達。
何か呆気にとられているようだ。
それ以上に、そんなものすごい異星人連中と日本の警察は、何の違和感もなく自然に連携し、まるで古くからのチームでもあるかのように、お互いが親しく共に行動している。
その様子に圧倒されているかのようでもあった……
そしてエアフォースワンのクルーや観客たちは、妙にコアなところに気づく……
そのロボットスーツ……前後に日本のマル外ナンバープレートを付けていたりする……
「え? パワードスーツにも車検があるんだ……」
「小特かな? 大特かな?」
そんな観客の声が、聞こえたり聞こえなかったり……
……ハリソンの乗る車列は、空港から銀座方面へ向かう。
「大統領、今日はとりあえずワギュウ・ステーキ店でニトベと会食ですな」
リズリーが話す。
「ハハ、まぁこれは私の希望で、ということだからな。楽しみだよ」
「ハハハ……ところで……今、連絡が入ったのですが、我々が出発したすぐ後に、ヴェルデオの乗った例の宇宙船が羽田に到着したようですな」
「ほう……」
「なにやら物凄い装備で護衛しているとかで」
「ものすごい?」
「ええ、スターシップトルーパーのような感じの兵器が同行していたと」
「スターシップトルーパー?……ハインラインのか?」
「ええ。しかもスピーダーバイクのように宙に浮いて走るそうです」
「フッ、まぁ……そういうものがあると話には聞いてはいたが……ふぅむ……日本はそんなものを国内に入れることまで許可しているのか……」
「なんでも、日本のナンバープレートまで付けているようですな」
「ホワット!? ほぉ~……我々に対する示威行為にしてはやりすぎだな……」
「ニトベというよりは……ヴェルデオの方ですかね?」
「かもしれんな……ふむ、その点をよく調べさせるように言っておいてくれ」
「わかりました」
……一方、ヴェルデオの方は……
「ヘルゼン部長、どうかな?」
ヴェルデオが、トランスポーターをオペレートするヘルゼンに話しかける。
「やっぱりみんなビックリしていますね~……『デルゲード』まで持ち出す必要あったのでしょうか?」
――『デルゲード』とは、この重装型ロボットスーツの呼称である。
名前の由来は、例の獰猛な動物、ツァーレと、あまり仲のよろしくないイゼイラ原産大型草食性動物の呼称だそうだ。
人にはあまりなつかないが、かといって獰猛でもなく、ツァーレの襲撃に、集団なら対抗できる動物だそう――
……すると、隣に座っていたシエがオルカスに話しかける。
「ココデナメラレルワケニハイカンカラナ。ニトベガ許可シテクレタノモ、ソノアタリモアッテノコトダロウ。武装モ、スタン兵器ノミダ。心配ハナカロウ」
シエが長い御御足を組んで、足首をクイクイさせながら外の景色を楽しんでいる。
そして、やおらヴェルデオの方を向き
「ナァ、ヴェルデオ……シカシ、今回、私ヲ秘書トシテ同行サセテルガ……イイノカ?」
「なぜかな?局長」
「ウ~ム……ドウモ私達ダストール人ノ容姿ハ、チキュウ人カラミテ、特異ナモノノヨウナノダ」
「私達イゼイラ人よりもかね? 容姿的にはダストール人のほうがチキュウ人に近いじゃないか」
「確カニソウナノダガ……コノ間、フェルカラ借リタ“てれびげーむ”ヲ遊ンデイタノダガ、ソコニ出テクル、チキュウの怪物ガ、私ソックリダッタノダ……オマケニ下半身ガ『リバイタ』ミタイデナァ」
『リバイタ』とは、地球でいう蛇のような動物の事だ。
「でも、シエ局長、ニホン人さんや、チキュウ人さんに大人気じゃないですか」
ヘルゼンがそうフォローする。
確かに、ネット上でのヤルバーン異星人女性人気ランクでは、今フェルを抜いてしまい、一位だったりするキャプテン・シエ嬢。
ちなみに二位はフェル。三位にポル。四位にヘルゼン。五位にリビリィ六位にオルカスと続く。
「ハハハ、ではシエ局長は、どっちかというとチキュウ人の感覚で言う“ダークヒロイン?”っぽさがいいということではないのかな?」
「ソコダ……ソノ、だーくひろいんトカイウヨウナ私ガ、オマエノ秘書ナンカデイイノカ? ト思ッテナ。シカモ、アメリカ国トイウ地球デ最大ノ大国ナ、トップト話ヲスルノダロウ? 相手ノ印象トイウモノモアルゾ」
「でもね、シエ局長。あなたの、あのフィブニー旅客機犯罪を阻止した実力を、多分向こうも知っているだろう。と、まぁそういうところも考えての事なのでね、ハハハ」
「フーン……アンナ犯罪、別ニドウトイウコトナカッタノダケドナァ……褒メラレル程ノ事カ?」
自分の功績をイマイチ理解していないシエ。
御御足の足首を相変わらずクイクイさせて、また外の風景を楽しむ。
そういうところがまたいいのだとヴェルデオは思うが、そこはニヤついてあえてシエには言わない。
この何とも表現のしようのない奔放さというか、余裕がシエの持ち味だと常々思うヴェルデオ。
ダストール人という種族は、往々にしてそういうところが種族的にあり、リアッサにしても理知的ではあるが、どことなく余裕を感じさせる。
実際ティエルクマスカ世界でも、ダストール人は非常に義理堅く、冷静なように見えて、情熱的で、ちょっと天然というイメージで通っている。
おそらくダストール人が敬語の概念を発達させなかったのは、そういった種族的性格からだろうなと彼は思う。
どことなく、ダストール人、とくにフリュは、小さいことを気にしない包容力のようなものがあるのだ。
……ヴェルデオ達が、そんな会話をしながら総理官邸へ向かっている時、ハリソンは、銀座一角の、とある有名和牛ステーキ店へ到着する。
そこは神戸牛を食べられる事で、都内でも有名な店だった。
ハリソン達が到着するやいなや、その一角は警視庁の警察官達が、大々的な道路封鎖を行い、通行人の所持物検査も徹底的になされ、制服、私服、黒服姿の警官やSPにUSSSがそこらじゅうで徘徊する様相を呈する。
普通なら混乱もいいとこで、はた迷惑な話なのだが、そこはそれ、アメリカ大統領だ。USSSを付き従えながらも、車から降りるとにこやかに観衆へ手を振り、何を言っているのかは聞こえないが、カメラを指さしてジョークの一つでも言っているようだ。
そうしていると、ステーキハウスから二藤部が登場し、ハリソンと笑い合って握手。そしてハグなんぞを一発。
マスコミからせがまれて、握手の状態で、写真撮影のフラッシュを浴びる。
ステーキ店に入ると、店内の撮影を少しだけ許可され、鉄板カウンターの前で談笑する二人をマスコミのフラッシュが照らす。
そして、マスコミは退出。
ステーキ店は関係者のみとなる……
「お久しぶりです大統領閣下」
「ははは、そうですな。あのホワイトハウス以来ですかな? 総理大臣閣下」
「ええ、ハリソン大統領。あれ以来ですね」
普通なら、ジョージ、シンゾウとでも呼び合うところだろうが、実のところこの二人はそんなに親しくはない。実際これで会うのは二回目なのだ。
「まぁ……その間色々ありましたな……とにもかくにもあの地震だ……そしてコッチは、サブプライムの件……そして、今はヤルバーンで、ですな」
「ええ、まぁお互い色々とありますね……」
目の前で、見頃なサシが入った神戸牛が焼かれ始める。
独特の匂いに、お互い思わず視線が肉の方へ。
「ところでニトベ総理。率直なところ、どうですか?」
「ヤルバーンですか?」
「ええ」
「もう貴国もお分かりと思いますが、正直、不思議なほどうまくいっていますよ。彼らがやってきて、まだ一年も経っていないというのに、まるで昔からそこにいる人々のようです……慣れというものは怖いもので、あの相模湾の空飛ぶ島も、今や我が国の普通の光景で、観光地とすらなっています」
ハリソンはコクコクと頷く。
「まぁ、詳しい話は明日の実務になりますが……」
ハリソンは話す。
今回、ドノバンから聞いた報告で、もうイゼイラ―ヤルバーンの件は、日本以外の国は、取り付く島もないような状態であるということがわかったと。
当初は、日本側から、ヤルバーンヘのアプローチ、しいてはイゼイラ本国へのアプローチをどうにかできないかと考えて来たが、それらが相当甘い考えであるということがわかったと。
……米国という国は、実際そういうところは実務的だ。
100パーセントダメとわかったら、どこかの粘着体質な近所の国と違って、サッサと諦める。
そしてすぐに別の手法を考え始め、全く違うアプローチで攻めてくる。
次に、交渉相手に相当譲歩するが、その譲歩分のリスクを必ず相手にも求めてくる。
その後気づくと、同等の利益とリスクの交換のように見えて、気が付くと一方的にアメリカ側だけの利益になっているという、まるで詐欺師のような交渉をしかけてくるのがアメリカだ。
1977年の日米漁業協定然り。
1986年の日米半導体交渉然り。
今回の多国間貿易協定も、そんな感じである。
それがアメリカという国のやり方だ。
……我々がこれだけのことをやっているのだから、お前たちもそうしろ。
……我々も悪かったが、お前たちにも責任はある。
特に後者は、ベトナムとの国交正常化交渉の際、これをやって、ベトナム側を激怒させたことがある。
『俺もやっているんだから、お前もそうしろ』『俺も悪いが、お前も悪い』
絶対に100パーセント相手の言い分を飲まない。
必ず何か理由をつけて、何割かでも免罪符を得ようとする。
日本人のように、100パーセントの損をして、その損を飲み込んで得を取るということをしない。
損と得を必ず秤にかけ、その割合を測り、損の中に爆弾を仕掛けて相手の得を騙し討にする。
その騙し討に引っかかると、あとは「もう決まった」の一点張りで、「騙されたほうが悪い」となる。
コレがアメリカのやり方であり、交渉の基本なのだ。
二藤部もこれは百も承知だ。
そして、それを腹の立つ事とも思っていない。いたって普通の事である。
政治家たるもの、こんな事に腹を立てるようなことは無いし、腹を立てても仕方がない。
外交とは、例えるなら、どっかの家庭と家庭の話し合いのようなものだ。
家庭には、その家の家風、家訓がある。一方の家庭から見れば、相手の家庭に対し「おかしいだろ」と思う事でも、その家庭にとっては、それが普通なのだ。
言ってみればそれが国民性であり、その国の常識であり、文化なのだ。
逆に言えば、日本のやり方のほうを、アメリカ人はオカシイと思ってもいる事もあろうし、日本人のやり方が異常だとも思っている事もあろう……実際そうである。
そんな考え方の違う家風・家訓同士の話し合いにも似た事が、外交交渉である。
外国との交渉事とは、そんなものなのだ。それはお互い解っていることであって、そこに妥協点を見出す。
なので、アメリカ人の「騙されたほうが悪い」という理屈も、ある意味正しく、その通りだったりするのが外交なのである。
……ハリソンが『イゼイラとの直接交渉は諦める』というニュアンスの話の次に、それだけでは済まないということも二藤部はわかっていた。
しかし、二藤部はもうイゼイラの外交方針は、柏木からの報告で百も承知である。
正直、イゼイラ関係の交渉の回答は、どんな事を言われても、もう決定しているようなものだ。交渉の余地などハナからないのであるからして……
「ニトベ総理。そういうことで、彼らとの直接交渉要求は当面見合わせましょう。我々も今だからこそ言いますが、あのドノバン大使の報告がなければ、少々強引にでも事を貴国に要求するところでした」
「賢明なご判断だと思います大統領。実は、ハハハ……我々も貴国がそういう形で来るのではないかと思いまして、急ぎドノバン大使をお呼びしてお話させていただいた次第です」
「なるほど。お見通しというわけですか……総理、もし仮に、我々が今回、あなた方が予想してた交渉を、強引に行ったとしたら、どうなるとお考えでしたかな?」
二藤部は首を斜めに少し傾ける仕草をして
「正直申し上げて……閣下が今、頭の中でお考えの事と同じ事が起きていた可能性は十分にあります。今すぐではないにしても……」
二藤部は、ブラフを話す。
柏木から聞いたニュアンスだと、その最悪の事態はなさそうだったからだ。そう、つまり戦争である。
なんにせよ、地球の軍事力など、彼らにとってみれば、赤子の手を捻るより簡単だ。それこそ竹取物語の月軍vs帝軍の構図である。
戦争という選択肢など、とってもとらなくても結果は同じなのだ。
「なるほど……」
そんな話をしていると、神戸牛がおいしく焼きあがったようで、シェフが、ナイフをカチカチさせながら肉を切り、取り分けていく。
うまそうな匂いをさせながら、付け合わせも同時に二人の前へスライドさせるように差し出される。
「これはおいしそうだ」
ハリソンは箸を使ってその肉を一切れ口に入れ、目を丸くして頬張る。
「ンンー!」
首を振りながら、三つの指をつまむような仕草で感動を表現する。そして、シェフに親指を上げる。
二藤部も、そのうまさに、その瞬間は、思わず素に戻ってしまう。
ビルの下の高級寿司屋もいいが、日本の和牛も立派な日本食の食材なのだ。
しばし会話は肉に奪われてしまう。
うまいものはどんな活発な議論も沈黙させる力を持つ。
そんな瞬間……
ハリソンは、肉を頬張り終わると、水を少し口に含みつつ話し出す。
シェフはSPに促され、その場から身を引く。
それまでの話も、まぁ聞かれてはいるが、お互い英語でしゃべっているのでどのみちシェフには理解できない。
「……そのお話は理解いたしました」
「はい」
「しかし、それとは別に、わが国経済界からのたっての要望もあります」
「それはどのような?」
「貴国が先日稼働させた例の産廃処理施設の件です」
「……」
「わが国の経済界は、あの施設に大変な危機感を抱いております」
ハリソンは、二藤部へ向きなおり、目を見て話す。
二藤部的には、当然出てきて然るべき話なので、彼も姿勢を正して聞く。
ハリソンは続ける……
「明日の実務会議での議題にも出ますが、あの事業、単刀直入に言いますと……わが国も参画させていただきたい。もし良い回答が得られないのなら、わが国も、相応の対応を取らねばなりません」
こういう点、米国は、はっきりとモノを申す。
しかし、二藤部も……
「なるほど、そのお話ですか……う~む、困りましたね」
「? 困った? どういう意味ですか?」
「いえ、大統領閣下。そのお話を私たちにされても、どうしようもないのですよ。そもそも、お話を持ち掛ける相手を間違えていらっしゃる」
「え?」
「あの事業は、ヤルバーン自治区が主体でやっている事業で、我々は地球世界における経済活動のアドバイザーとしてお手伝いさせていただいているだけです。はっきり申し上げれば、あの事業については、日本国は何ら指揮監督する権限を持っておりません」
そう二藤部が話すと、ハリソンは訝しがるような口調で
「い、いや、しかし貴国のイツツジやキミジマのような大企業が参画しているという話じゃないですか」
「大統領閣下……貴国もドノバン大使からお聞きになって、もうご存知と思いますが、ティエルクマスカ連合は、貨幣経済社会ではありません。ですので、彼らはこの地球、特にこの日本での調査活動や、彼ら自身の日本での社会生活の営み、娯楽の享受。物品の購入などを行う上で、いわゆる外貨を欲しております……我が国はその外貨を得るお手伝いと、地球社会におけるその経済活動のルールを教示しているにすぎませんので、現在協力している企業や、我が国の財務省、日本銀行等々も、彼らが地球社会の経済活動に順応した時点で、全て手を引く方針になっております」
二藤部はそう説明する。
「な!……では、その話をするには……」
「はい、あの事業の実質オーナーであるヤルバーン自治区首長の、ヴェルデオ大使とお話していただかないことには、私ではなんとも……ですので、今回、なんとか大使を説得して、大統領とお話できるようお繋ぎした次第なのです」
二藤部もなかなかにうまい。
まぁしかし、実際そうなのだから仕方がない。
ハリソンも、日本が相手だと、色々搦め手を使ってなんとか利になる条件を引き出すことも出来ると思っていたようだが、「日本は関係ございません。ヤルバーン、つまりイゼイラと直接お話ください」と言われたら、これははなはだ難しい。
なぜなら、日本に対して『我々もあれをしたのだから、お前たちもこうしろ』という手法が使えなくなるのだ。
おまけに、超巨大星間国家相手に、さしものアメリカも脅し賺しは使えない。
ハリソン的な主観では。んなことやったら、逆に脅されてしまうのがオチだと考えるだろう。
つまり、対日交渉としては、今回の訪日でハリソンは二藤部に、『アメリカは、イゼイラとの交渉からは、とりあえず手を引く』と言ってしまうだけで終わってしまうのだ。
ハリソンは、実務協議をやる前に、このステーキ店で、腕を組んで考えこんでしまう。
で、ここでほっておくのもアメリカの顔に泥を塗ってしまうという事もあるし、それにヤルバーン関連では、国際的な味方は一人ならぬ一国でも多いほうがいいので、二藤部は助け舟を出してやる。
「大統領閣下」
「ん? え、ええ……」
その返事もいささか元気が無い。
「実は以前、ヴェルデオ大使からお聞きしたのですが……現在ヤルバーン自治区はその貨幣経済を我が国の“円”で賄っております。ただ……やはり地球の食料品や特定の資源の購入に関しては、外国から輸入した方がいいのでは……ということを理解されてきたようで、円以外の外貨、つまりドルの獲得をどうしたらいいか相談がありまして……」
これは事実である。以前そういう相談を、ヤルバーンに新たに出来た『財務局』の局長から相談があったのだ。
現在は、日本以外の通貨をヤルバーンが欲する場合は、その都度日本の所有外貨、つまり円とドルとを換金しているのだが、これを今後もやっていくとなると、日本的にも少々具合が悪い。
おまけに、そういった食料品や、資源の購入となると、日本を通して買うとどうしてもコストがかかってしまう。
当初はそれでも良かったが、事業が拡大し、地球世界の色々な技術を購入取得する上で、やはり外国から輸入するとなると、日本の外貨準備金にも負担をかけないように、外国通貨もあったほうが良いのではないかという相談を受けていたのだ。
現在、イゼイラからの通達で、交流こそ例の方針と理由で、日本一本にしているものの、二藤部からの助言もあり、海外のいろんな物産、技術品も日本を通して積極的にヤルバーンは購入している。
メードインジャパンは優秀ではあるが、こと『技術』や『資源』となると、日本だけというわけにはいかない。
そして、それらをどんどんハイクァーン転送で、イゼイラ本国に送っているのだ。
先日は、米国製のスーパーコンピュータをイツツジを通して購入した。
そして、ヨーロッパの美術品や文献もかなり購入したらしい。
これもすべて円で支払っているが、中にはレートの関係上、円以外の外貨で購入した方が、イツツジも助かる場合が多いのだ。
そういう説明を二藤部から聞き、ウンウンと頷きながら話を聞くハリソン。
「ですので、そういう点をお話になったら如何ですか? 大統領。その点ですと、ヴェルデオ大使ともお話ができると思いますよ」
「なるほど……そんな背景があったのですか……」
「ええ、その点については私からも推薦をしておきましょう……但し……」
「但し?」
「彼らは御存知の通り、万年単位で連合国家をやっている国です。彼らは信義を大切にします……こういう言い方は失礼を重々承知で申し上げますが……アメリカ的な商売のやり方で、アメリカ的にモメてしまうと……わかっていただけますね?」
ハリソンも、この一言は耳に残った……
万年単位で連合国家をやっている……つまりは、相互理解が完全に出来上がり、相互利益の概念も完璧に確立した国家群だということだ。
今までのアメリカ人的な感覚で……何かあればすぐに足元を見るような訴訟なんてやり方でやれば……大変な事になりますよ……ということである。
ハリソンは、とりあえず米国にもスキマながら入る場所があるということを確認できただけで良しとしたようだった。
そして彼は二藤部に話す。
なぜに米国がここまでヤルバーンとの付き合いに拘るか……つまるところ、ヤルバーンを恐れる一派があり、また、ヤルバーンとの関係を日本から横取りしたい一派があり、更には、ヤルバーン―イゼイラの技術を欲する一派があるからだということだ。
つまるところ、日本とヤルバーンの言うところの『ガーグ』だ。
彼らは相当米国議会に食い込んでいるという。
議会議員がそうであるということではない。そのパトロンがそうさせているということだ。
この手合が米国を牛耳れば、ヤルバーンに対する事以前に、米国内で世論を巻き込んだ大混乱を引き起こす可能性もあると。
それが肥大すれば、日本にも必ず悪影響が出るだろうし、しいては世界にも悪影響が出るだろうと。
なので、そのあたりはとても大事なことだとハリソンはかいつまんで話す。
二藤部自身も、そんなことは百も承知である。
しかし……最悪それを無視してでも今の日本は、ティエルクマスカやイゼイラとの関係を維持しなければならない国運をかけた理由が出来てしまった……
地球の国際関係と、ティエルクマスカ―イゼイラとの関係。そのバランスたるや、筆舌に尽くしがたいほど難しい……
あれを出せば、コチラが引っ込み、向こうを引けばコチラが出てくる。
これは、シャルリが柏木に言ったとおりの『試練』だと、二藤部は感じていた……
……………………………………
その後。ステーキ店を出た二藤部とハリソンは、ハリソンのリムジンに同乗する形で総理官邸へ。
終始、周囲には和やかな雰囲気を演出しつつ、銀座を後にする。
日本との、例の他国間貿易協定の話し合いは明日なので、次にハリソンが会談するのはヴェルデオとであった。
総理官邸に到着したハリソンや、リズリーは目を見張った。
なぜなら、例の警護用重装ロボットスーツ“デルゲード”が、官邸駐車場に置かれていたからだ。
『ヘイ! すまないが、止めてくれ』
思わずハリソンは運転手に叫ぶ。
そして総理官邸玄関への到着を待たずして車を降り、デルゲードの方へ歩み寄ってく。
ハリソンの行動に、SPも少し戸惑うが、二藤部が「かまわない」と軽く腰のあたりで平手をかざし制止する。
ハリソンは、その無人のデルゲードをなめるように見回す。
隣にいたリズリーに
「本当にハインラインだな……」
と漏らしてしまう。
その様子は、しっかりと報道にも撮られていた。
恐らくアメリカや海外ではトップニュースだろう。
そこへ、日本スタッフから呼ばれた、そのデルゲードのイゼイラ人パイロットがやってくる。
彼は、ハリソンへティエルクマスカ敬礼をすると、ハリソンからも地球式敬礼でピっと返礼され、ハリソンから握手を求められる。
さすがは米国大統領だ。人外な容姿の彼を見ても臆することなく明るく振る舞っている。
そして、何やらその警備員から、デルゲードの説明をいろいろと受けていたようだ。
それ以前に、そのPVMCG英語翻訳に相当びっくりしていたようである。
……そして、そのまま駐車場から総理官邸へと徒歩で向かう。
ヴェルデオは玄関大広間で待っていたようだ。横にはシエが控えている。
そしてヴェルデオとハリソンが握手。
米国的には異星人首長と、大統領が初めて対峙した記念すべき日となった。
更に……
「もしや……貴方は今巷で噂の……キャプテン・シエではないですか?」
ハリソンは、シエにも近づいて握手を求める。
シエも……
「イカニモ、ワタクシガ、オマ……ゴホン……アナタガタガソウ呼ブ、シエ・カモル・ロッショト申スモノ。ヨロシクオネガイモウシアゲル」
そう言うと軽く会釈。
ハリソンが何やら言っているようだが……自分の息子がファンだのかんだのと……シエは、愛想笑いはするが……実は全然聞いていなかったりする……
この状況にマスコミは、実はイライラ爆発寸前だった。
なぜなら、もう声を掛けたくてたまらなかったのだが……事前に一切声掛けのようなことはしないように。もしやったら叩き出すとマスコミ各社に強く『要望』していたので、それが出来なかったからだ。
そして彼らは会議場へ。
二藤部は一旦大広間でハリソンと別れる。
無論それは、今からの会談は、ヤルバーン自治区と、アメリカの会談だからだ……とはいえ、無論後ほどヴェルデオから報告は行くので、二藤部はいてもいなくても同じな訳だが……
そうやって彼らの、会談漬けの今日が続いていく……
………………………………
ということで、所変わってイゼイラ共和国の諸氏。
ちょっと昨日……地球時間で、十数時間ほど時を戻す。
昨日は、フェルさんの組んだデートスケ……いや……視察スケジュールに則り、色々とイゼイラの文化、技術視察と相成っていたわけであるが、初っ端から柏木は、地球原産のゾンビに襲われーの、フェルさんに襲われーので、なかなかに……仕事してんのか? という感じであったが、まぁそれはそれ。次に向かったシエタリア“博物館”の方で、普通の視察なお仕事となった。
残念なことに……というか、フェル一人が残念なだけであるが、例のナンチャラ湖畔でのお食事は中止となってしまった。
なぜなら、雲行きが怪しくなってきて、雨になってしまったからである。
雨の中で、野外カレーというわけにはさすがにいかない。
……どうも、彼女は相当楽しみにしていたようだが……ちょっとがっかりで、残念至極なフェルさん……
そんな感じで、市内のレストランで食事……無論非常に悔しがっていたフェルさんに、強制的にカレーライスを食べさせられたあと、一つ飛ばしてこの視察地へ。
当初は、シエタリア“美術館”の方へ向かう予定だったが、フェルが「博物館もある」ということを言ったので、そちらへと向かう事にしたわけである。
なぜなら、おそらく博物館というからには、イゼイラの歴史に関するものもあるだろうと踏んだからだ。
無論、古代発掘物品のようなものもあるだろうと思ったからでもある。
フェル的にも、実はそっちの方が良かったりする。
フェルが柏木を当初美術館へ連れて行こうとしたのは、柏木が芸大出であることを知っていたからだ。
なので、そっちのほうが良かろうと思ったのだが、博物館の方が良いと彼が言うので、科学者のフェルサン的には、むしろこっちの方がありがたい。
専門ではないが、フェルも博物学にも多少の心得はあるので、色々と説明できるからである。
…………
「ほぉ~~~……これはこれは……」
その所蔵物に思わず柏木は声を上げる……
そして、とてつもなく広い。
常々思うが、ティエルクマスカーイゼイラの施設やらなんやらは、とにかく『デカい』『広い』『クソバカスゴイ』というビッグスケールで攻めてくる。
この博物館も御多分に漏れず、野球ドーム何個か分のダダっぴろい施設空間に、いろんな所蔵物がテーマに分かれて保管されている。
そして、そこを動く歩道のようなもの……オートロードに乗って、好きな場所に行き、オートロードを逸れて、色々見物する。
そんな感じの施設だ。
実際、児童教育機関の見学も多いようで、そこはかとイゼイラ児童達の声が聞こえる。
「ハハハ、子供はみんなどこも同じだな」
キャイキャイ言って、騒いでいる子供に、それを諌める引率の先生?
『ウフフ、カワイイですね』
「ああ……」
チラと柏木の顔を見るフェル……何か言いたげだったが、言わない。
言ったら、またリアッサの突っ込みが帰ってくるから言わない。
そんな子供達の様子も観察しーので、柏木はふと気づいた展示コーナーでオートロードからトっと足を外す。
「ここは……イゼイラの古代? の物品か?」
『ハイ、そうですネ。チキュウの歴史文化デいえば、“ろーま時代?”ぐらいな文明レベルの発掘品デス』
「なるほどね……」
そこには、壺や皿、食器類に衣服。そういったものの発掘品が飾られている。
発掘品にしては、妙にしっかりとしたものだ。
『コれらはハイクァーン複製品デすよ。実物は厳重に管理されたところで保管されていまス』
なるほどと。
地球の博物館のようなところと同じだな……と。
地球でも、博物館などで著名な展示品のかなりのものは、精巧な複製品だったりする場合が多い。
もちろんこれは実物の品質保存性の問題や、盗難防止といった意味もある。
しかし、この博物館の場合、ハイクァーンの複製品だから……基本見た目と質は実物と同じなのだ。
しかも……
『マサトサン、良ければ、手にとって触ってみますカ?』
「えっ! いいのか? そんなことしても……一応展示物だろ」
『コレを使えばいいのですヨ』
フェルはそういうと、柏木のPVMCGを指さす。
「あ……なるほどね……これでスキャニングして、仮想造成させればいいのか」
『ホラ、あれを……』
フェルが、先ほどの見学に来ていた子供たちを見ろという。
すると、子供たちは自分の児童用PVMCGで、博物館の品物を仮想造成させ、色々と教師から教えてもらっているようだ。
「ハハハ、なるほど! 確かにそうすりゃ、最高の教材だな、これは」
地球で例えれば、エジプト・カイロ考古学博物館のツタンカーメン像を子供が手にとって教材にしているようなものである。
「いや! すんばらしい!」
思わず唸る柏木……ここにきて、やっとPVMCGの意義を理解したようである……エアガン造成して遊ぶのが目的な機械ではない。
ということで、そういう事ならと柏木もPVMCGで、目についた展示物をスキャンして手にとって見る。
まぁそういう点では、彼はまがりなりにも芸大卒の学士様である。美術専攻ではないにしても、プロデューサー的知識から、そういうところもある程度は理解できる。
古代の日用品、服飾、装飾品。
そういったものを色々データで取って、仮想造成して、手に取り眺めてみる柏木。
そういった発掘物を見ると、やはり一様に地球のソレと、感覚的にはあまり変わらない。
「やはり、古代のイゼイラ人は、地球人とさほど変わらない感じだったんだなぁ……」
『ソウなのですか?』
「うん……まぁ、この食器類にしてもそうだけど……地球にもありそうだよ。別に何か特別なようなものじゃないね。服装も……多分、これって、こうやって着るんだろ?」
柏木はその場で、仮想造形の古代イゼイラ人の服をスーツの上から羽織ってみた。
「こんな感じか?」
『ア、良くわかりましたネ。でもチョット違います……ココはこうやって……』
柏木の着た着方を修正するフェル。
それは、古代ローマ人が着ていた、正装の一種。『トガ』という大きな一枚の布で羽織る服のようなものに似ていた。
トガと違う点は、羽織り方と、最後に革のベルトのようなものと、小さな短剣を腰に刺して、出来上がり。
『おお、似合ってルじゃないか、大使』
シャルリが褒める。
『ウム、ナカナカサマニナッテイルゾ、カシワギ』
リアッサも腕を組んで、ウンウン頷く。
「でも、スーツの上からじゃねぇ、ハハハ」
『イエ、マサトサン。それで良いのですヨ』
「え?」
『その“パラト”は、そうやって、個人の思い思いな正装姿の上から羽織る服なのでス』
「ああ、なるほど……」
『イゼイラ人の間では、もう着ることはアリマセンが……フ~ム、そのチキュウのすーつとよく合いますネぇ……』
そう言うと、フェルはPVMCGで柏木の姿を撮影したようだ。
柏木はそんな感じで、色々と古代から時代を伝っての物品を色々と見て回った。
すると、サイヴァルが首脳会談で説明したように、ある時代を境に、それまで『発掘物』だったものが、しっかりと管理された『保管物』に変わっているのが見て取れる。
「このあたりから、トーラルの発見がなされたという感じかな?」
『ハイです。やはりわかりますか? マサトサン』
「うん、全然違うもんな。モノの保管状態が……それと品質も」
『ソウですね。同じお皿でも、明らかですネ』
柏木は、そのあたりをスマホで撮影する。
そして、VMCデータもしっかりと採った。
「なぁフェル」
『ハイ』
「この博物館に、武器、武具の展示はないの?」
『ハイ、ありますヨ……ア、そうか、マサトサンならそちらの方は専門家デスもんね』
「専門家ってわけじゃないけど、ハハ……ま、ソッチのほうが理解しやすいのは確かでして」
フェルはそう言うと、柏木を武器兵器の展示ブースへと案内する……
「おおー! なるほどね! スゴイスゴイ」
彼の理解できる偏った知識の範疇な物品が、ズラリと揃っていた。
柏木は、古い時代から目を皿のようにしてそれを見学する。
「これは……データを取っていいものなの?」
『ウフフ、はい構いませんよ。データを採る分には何でも大丈夫でス。造成はレベルに応じたものしかできませんヨ』
「了解了解」
ウキウキで展示物を仮想造成しまくるテッポーキ◯ガイ。
古代の刀剣、弓などを色々と造成して、いじってみたり。
色々と調べていると、このあたりも地球の武器発達史とさほどの違いはなかった。
中には、中国の諸葛亮が発案したとされる連弩のような、連射式ボウガンのようなものもあったが、どうもコレに関してはイゼイラの方が威力、機能的にも発達しているようだ。
そして、銃火器もあったが、それはフリントロック式銃のようなものであった。
「やはり……巨大生物に対抗するために色々と考えたわけだね」
『ソウですね』
戦争は武器を発達させるが、普通は相手が同じ同族であるからして、同族に対する殺傷能力があればいいわけだが、相手が装甲車両並みの防御能力を誇る巨大生物となると、古代人も相応の発想をもって彼らの当時の能力で色々考えた……というところだろうか。
そして柏木は古代イゼイラ人が使っていたというグライダーのようなものや、気球、飛行船の巨大な展示物を目にする。
「なるほど……これがあの話の……」
『デスね。こういうフィブニー効果で飛ぶことを、古代の人は、経験則から知っていたようでス』
「まぁ、フェル達は鳥さんみたいな生物から進化した種族だもんなぁ……体重も軽いし」
柏木は、フェルの体重がどれぐらいかを夜の体験学習から、だいたい知っていた。
確かに同種の体格の人類と比べれば、異常に軽いのだ。
柏木の腕力でも、ヒョイと簡単にお姫様抱っこできるぐらいである。
それで生物の耐久性が人類と同程度であるからして、自然界とは面白く生物を進化させるものだと柏木は思う。
熱気球に関しても、古代イゼイラ人は、どうも燃焼性鉱石や可燃ガスの概念を理解していたようで、そういったものを活用して空を飛んでいたようだ。
「しかし、こんな大型の飛行船まで作っていたなんて……どうやって……」
『イゼイラでは、チキュウで言う『へりうむがす』に性質の似た物質が沢山採れるのでスヨ。イゼイラの北半球では、今でもたくさん埋蔵されていまス』
「え? でも地球じゃヘリウムガスは単体で産出される事はないんだけど」
『チキュウのことは良くわかりませんが、イゼイラでは、古代の人はその気体物質が空気より軽い何かだという事を解っていたみたいデスね』
「ほう……いや、改めて聞くとすごいな……ということは、気流のような土地の空気の流れのようなものも解っていたということか……」
そう、それがわからなければ、気球や飛行船は運用できない。
しかし、彼らが鳥類のようなものから進化した種族なら、経験則的にそういう知恵、知識の蓄積はあったのかもしれない。
考え方を変えれば、彼らは知恵を取った代わりに翼を捨てたが、翼を捨てる前の経験や知識までは捨ててはいなかった……ということでもある……捨てた翼を、こういった道具で補った……ともいえる。
『ハイ、でもこれもみんなあの大災厄後の世界で、生き残るために知恵を絞った結果でス』
なるほどと彼は思う。
地球人は、生き残るというよりは、種を繁殖させ、その版図を拡大し、より良い生活と、豊かさを求めてその技術を発展させた。
しかしイゼイラ人は……ただ生き残るためだけに知恵を絞った。
確かにそれを考えると、イゼイラ人の古代技術史は地球人のそれとは全く違う。
特に武器に関しては、とにかく威力を大きくしようとしたものが多く、「機動性」「隠密性」「可搬性」も地球史のそれとは全然違ったものなのだ。
彼らの古代技術も、そういったイゼイラ人の歴史的背景が凝縮された結果なのだろうと柏木は思う。
『必要は発明の母なり』という言葉があるが、彼らの場合、その『必要』である状況が、あまりにも極端だったわけだ。
それが地球史では考えられない早さと、彼らの生物としての特性から『空を飛ぶ方法』を身につけさせたのだろう。
そしてまた時代を伝っていくと、やはりここでもその展示物が、ある時代を境に様相を一変させている。
そう、剣や弓、そして、フリントロック式火器のようなものが、急に粒子ブラスターなどの兵器に変わって、その展示物の様相を一変させている。
地球では、その間にあるであろう『紙薬莢式弾薬』や『パーカッション式装填発火』『リムファイアー式弾薬』『ピンファイアー式弾薬』そして、現在主流の『センターファイアー式弾薬』その次に来るであろう『ケースレス式弾薬』の銃火砲がまったくない。
フェルにリアッサ、シャルリは、柏木が繰り出すその聞いたこともないような専門用語に興味津々で、VMCモニターを出して、地球のネットに接続し、その言葉を検索していたようだ。
柏木の説明に、フムフムとお勉強中。
そしてそれどころか、兵器技術全般で見れば、レシプロエンジンにジェットエンジン、ロケット技術に、それに伴うミサイル兵器。
火薬式銃器の次に来るであろうレールガンもすっ飛ばしており、更にはレーザー兵器もない。
地球型の戦闘車両、航空兵器、軍用艦艇もない。
動物牽引式の軽車両や、中世型帆船から、いきなり浮遊式機動マシンだ。
この歴史が、彼らにとっては普通なのだから、それが普通ではない地球人の柏木からみれば……
「はぁ~……こうやって現物を見せつけられると全然違うな……ホント、驚きだわ……」
フェル達は、柏木の、その偏った知識に驚きであった……いわゆるこれが武器ヲタ……いやいやいや。
その後も、この施設を色々と回ってみると……
情報技術ブースでは、なんと……柏木も直で見るのは初めてな、地球のISM社製汎用スーパーコンピュータと、OGH傘下のメーカーが作った汎用スーパーコンピュータが、それはダダっ広い敷地を有し、デンと飾ってあった。
解説には、『ハルマ・アメリカ国製とヤルマルティア国製の二進法式演算システム』と書いてある。
ガラス越しの中で、研究員のようなイゼイラ人や、他の種族が、色々と操作しているようだ。
「ありゃ、こんなの買ってたんだ……」
『ハイ、チキュウの情報処理システム研究の為デすね。アメリカ国製の方は、例のジギョウで貯めたオカネで買いましたヨ』
「え! そうなの! んじゃメチャクチャ儲かってるんじゃん」
『ウフフ、そうですネ。でも、ニホン製の方は、ケラー・オオモリにご協力頂いて、ハイクァーンデータを取らせて頂いたものです』
「でも、ここにある米国製の方も、現物からのハイクァーン複製品なんだろ?」
『ハイ、オリジナルはヤルバーンで保管していまス』
「なるほどねぇ……でもスパコンって運用にメチャクチャ金かかるんじゃ……って、イゼイラの技術と合わせれば、どうってことないか、ハハハ」
ところで……と柏木はフェルに尋ねる。
このスパコンを見れば、誰もが思う疑問を訪ねてみた。
「……イゼイラのシステムって……どういう理屈で動いてるわけ?」
『ハイ、量子と超光速素粒子と、時空間変動差を利用したものですネ。量子時空間情報処理学の難しいことは……私も専門外ですので……ニーラチャンならわかるかも……』
さしものフェルさんにも、わからんことがあるらしい。
テヘっと頭をかいて照れ笑い。
しかし……
「ゴメン……俺はもっとわかんないデス……」
聞かなきゃ良かったと思った柏木……さりげなく今の質問はなかった事にする……
ふと見ると、その横では、例の子供たちがワイワイと遊んでいたが、そこにはフェルも持っている地球の次世代ゲーム機がワンサと置かれていた。
これは多分……フェルだな……と思ったり。
フェルが言うには、この、いわゆる情報処理技術の歴史と言うもの自体がイゼイラにはないので、発達過程文明の、その歴史と開発された経緯を研究する事は、イゼイラ的には、非常に重要な事なのだと。
なるほどと思う柏木。
確かに、イゼイラの歴史では、地球のような、ドイツの『Z計算機』や英国の『Colossus』そして有名な米国『ENIAC』に始まる電子計算機の歴史など皆無なのだろうから、こういうものを研究することは、彼ら的には非常に重要なことなのだろうと思う。
他、色々と博物館を回る柏木。
産廃事業で儲けたカネで買いまくったいろんな物が置かれてあった。
特に美術品関係は、イゼイラの美術品と比較するような形で置かれてある。
これもオリジナルのハイクァーン複製品であるそうな。
まぁ、地球の美術品はいいとして、イゼイラ側の美術品にも、裸婦画があったり、裸婦像があったり、風景画があったり、とそのあたりは地球と変わらないのだが、全体的にそのほとんどが、地球で言う写実主義的な……しいえていうなら、バルビゾン派的な印象を持つものが多い。
バルビゾン派の絵画として有名なものといえば、かのミレー作『落穂拾い』だ。
写実主義というものは、絵を写真のように、極めて正確に描写する手法を好む製作主義の事である。
対して、印象派というものがあるが、これらは読んで時のごとく、印象的な抽象的イメージを含んだ手法での製作を好む一派の事だ。
そんな知識でイゼイラ絵画を見ると、その絵も極めて時事写真のような絵画が多い。
彫像にしても、そんな感じである。
フェルが言うには、やはり当時の人々は、後世に何かを正確に残すためにこういうものを残したのだろうと……なので、芸術というよりは『記録』として、必死に製作していたところがあると、そう解説してくれる。
確かに、その美術品の歴史を見ると、いわゆる印象派的な手法を持った物が出てくるのは、やはりトーラルの影響を得た以降の時代からになっている。
いわゆる心の余裕ができたからだろうか。そして、ナヨクァラグヤの時代までには、確かにプロパガンダ的な『傲慢さ』を示すような猛々しい物も見受けられる。
そして、やはりというか……地球で見られる現在の工業デザインへ至るアール・ヌーボーや、アール・デコ的なイゼイラ風デザインが……見受けられない。
トーラル接触以降は、トーラル文明のもたらす物品デザインなものが大半を占める……というより、それ以降の芸術活動的勃興が起こっていないような感じだ……
芸術は、その国や文明文化を写す鏡とはよく言うが、ここでもなるほどと納得させられる彼であった……
そしてひと通り博物館を見た柏木は……
「いや、フェル……ありがとう」
『? アリガトウ?』
「うん、この施設に連れてきてくれたことだよ……いや、やはり話だけより、目で見て、触ったほうがよく分かる……この博物館に来ただけでも、イゼイラへ来た甲斐があったってもんだ……イゼイラ人や、ティエルクマスカ社会の事がよ~~くわかった……」
『ハイです。そう思ってくれて嬉しいですよ、マサトサン』
フェルが満足気に答える。
『カシワギ』
「はい、なんでしょう」
『ティエルクマスカノ加盟国文明ハ、多カレ少ナカレ、コンナカンジダ』
リアッサはそう言う。そしてシャルリも
『ああ、そうさね。この間のハムールって国あったロ?』
「ええ、シレイラ号の」
『うん、あの国ハ、今はまだティエルクマスカ連合に加盟していないけど、近いうちに加盟することになってるんダヨ』
「え! じ、じゃぁ、あの国も……」
『ああ、あの国も最近になって、って、もう何十周期も前だけどね……トーラル文明の影響があったって事がわかってね。イゼイラが中心になって、連合へのお誘いをかけていたのさ』
「なるほど……じゃぁ……サマルカ人も?」
『いや、あの国は特別』
「へ?」
『元々すげー技術持ってたらしいんだけど……まぁ別バージョンのトーラル的な感じでね。その技術の根源を知らないらしいんだヨ。なので、同じような境遇だってことで、加盟を認められたんだヨ。で、あたし達は、彼らサマルカ文明の根源も研究するお手伝いをしてるってわけ』
柏木は思う。
(やっぱ……ドノバン大使には言わないほうが……いいのかなぁ……)
……まぁそれはいいとして、それまで話を聞くだけではイマイチ、ピンとこなかった柏木も、いわばこういう物的証拠ではないが、そういうものを直に見せられると、そこになければならないものが「ない」のであるから、違和感も出てくる。
しかもそれが「博物館」として存在するわけである。
柏木は思う。
(やっぱ……歪だよなぁ……これはマズイような……)
トーラル遺跡発見以降の彼らの歴史には、革新的なものがない。つまり、彼らはそれを知らない。
そのような状況で、何万年もいる状態……確かに驚異ではあるが……いいとは……いえない……
…………
そんな感じで、柏木は博物館で、予想以上の理解と成果を得ることが出来る。
次に向かったのは……そのナンチャラ地熱帯にできたホテル金……いや、新設の温泉施設であるが……そこで今日の疲れをとる……
なんか、その一時のみ、日本へ帰ってきたような変な感じ。
でもお客さんが、みんな異星人。
お食事も、やっぱりどこかで見た懐石料理。
フェルも……相当気に入っていたのか? と思ったり思わなかったり……
しかし、温泉初のリアッサとシャルリは大満足のようで、シャルリに至っては「これから通う」と言い出す始末……こりゃヤルバーンに赴任したら、温泉めぐりか? と思う。
というか、こんな題材の映画、最近日本で公開されてたなぁ……と思う彼。
涙流したら、地球に戻ってしまうんじゃないかと……
とまぁそれはともかく……
「お城で反省会」は結局中止となってしまう。
なぜなら、みんなここが気に入ってしまい、ここで宿泊と相成ったからだ。
しかし……部屋が一つしか空いていなかったため……四人で一室、雑魚寝状態。
デルン一人に、フリュ三人。
それでもシャルリとリアッサは、気にしないと。
フェル一人が……陰謀を阻止された形になって、ちょっと残念。
そんな感じで、次の日へ……
………………………………
時間を戻し、その日の地球・日本国。
ハリソンは、とても満足そうな顔で総理官邸を出てくる。
それに続くは、ヴェルデオ。
二藤部が玄関広間で彼ら二人を待ち構えるように二人と握手。
その光景を、マスコミのカメラフラッシュが待ち構える。
そして、ハリソンは二藤部に、明日の貿易協定関連の事を軽く会話した後、総理官邸を後にする。
この件に関しては、記者会見などは行われない。
二藤部とヴェルデオは、ハリソンを見送ると、そのまま応接室の方へ姿を消していく……
宿泊施設へ向かうハリソンのリムジン。
ハリソンは、明日の二藤部との会談のため、今日は近くの高級ホテルで宿泊する。
一応、国賓としての訪日ではあるが、米国側の都合で緊急の訪日であったため、迎賓館には宿泊しないということだ……それだけスケジュールが混んでいるのである。
ホテルへ到着すると、さっそくハリソンは、側近らを集めて会議を開く……
「……大統領、プレス向けの会見はよろしいのですか? 記者連中は、ヴェルデオとの会見について質問させてくれと五月蝿いようですが」
会談に同席したリズリーが、データを記録したタブレットを確認しつつ、ハリソンに話す。
「かまわんよ、そんなもの後回しだ。それより明日のニトベとの会談と、これからのことをまとめておきたい」
すると側近の一人がさっそく
「で、大統領。ヴェルデオとの会談ですが、何か得るものはあったのでしょうか?」
「ああ、まぁね。一応手ぶらで帰国という事態は避けられそうだ」
「では、どのような?」
「うむ、これはニトベからの助言もあっての話だったのだが……どうもヤルバーン側は、ドルを欲しているようなんだ」
「ド……ドルを、ですか?」
ハリソンは、二藤部から助言のあったヤルバーンの日本以外の外貨取得を希望していることを話した。
側近たちは、意外なヤルバーン側の提案に顔を見合わせて首を捻る。
「いや大統領……彼らは……話では貨幣経済を行っていないのでしょう? それなのにドルを欲しがるとは……じゃあ何ですか? 彼らはコストコで買い物でもしたいと?」
その側近のジョークに乾いた笑いが起こるが、ハリソンは笑いながら片手を振って場を鎮め
「ハハハ、いや、実はどうもその通りらしい」
「はぁ?」
「ヤルバーンは、色々な地球の物産を、どうも買いあさっているようなのだ。それを今までは円で購入していたそうなのだが、まぁ為替のレートなどを彼らも学んでいくうちに、円以外にも通貨を持っていたほうがいいと気づいたそうでね。そこでドルやユーロ、ポンド等の外貨を効率よく得られる方法を提示してくれれば、話に乗るということだったよ」
「え? では、元やウォンは?」
そう側近が言うと、ハリソンは首を振って笑いながら、手を横に振る。
側近らは爆笑。
「ハハハ、その話は聞かなかった事にしておくよ。まぁただ、条件付きではあるがね」
「条件?」
「うむ、必ず日本の指定した企業や機関を通して欲しいという条件付きだ……まぁ、例をあげれば、必ずイツツジやキミジマ、OGHのようなヤルバーンが指定した企業と協賛……言うなれば合弁でやって欲しいということだな」
「直接取引は無理だと」
「ああ、その点は本国の方針とやらで、固く禁止されているらしい」
「方針ですか……ドノバン大使、その点は、『お友達』から何か聞かされていないのですか?」
会議に列席していたドノバンに向けて、側近が質問する。
「ええ、その点は全く」
「そうですか……しかし、クァンタム通信で連中の本国とやりとりできるんですよね? 何とか彼らの元首と話できないものなのかなぁ……」
「その点についても、まったく取り付く島がありませんわね。ただ……」
「ただ?」
「ミスター・コンタクターがイゼイラへ行ってから、日本政府の動きが慌ただしいのは確かです」
「何か大きな動きがあると?」
「ええ、急に私を呼びつけて、ああいった……ちょっと信じられない話をしだしたのも、そういうことじゃないかしら?」
足を組み、腕を組んで、タブレットを老眼鏡でチラチラ黙して眺めていたリズリーが、そのドノバンの話が出たかと、割って入る。
「大統領……」
「ああ、リズリー」
「今回の件……確かに日本もそうですが……イゼイラにも、何か大きな決定があったと見るべきでは?」
「ほう……聞かせてくれ」
「ええ、まぁ今はカンとしか言えませんが……日本が我々の顔を立てた……と考えて、ああいう形でヴェルデオとの会談をセッティングしてくれたとしても、今回のヴェルデオとの会談……初めてにしては少々具体的すぎましたな」
「ああ……言われてみれば確かに……」
「ええ、我々はよくよく考えたら初の会談になります。初めてなら『やぁやぁ、これからもよろしく』で終わるところですが、のっけからコストコでの買い物の仕方を聞いてきた……」
すると側近の一人が……
「では……そのお伽話の云々より他に……日本以外はどうでもいいが、日本だけでは賄えない何かが出てきている……ということでもあると……」
リズリーは、その側近を指さしながら
「そう考えて普通だろうね……」
「では、その点を研究すれば、日本に強く出ることも……」
するとリズリーは首をふり
「いや、そう考えてはダメだ」
「え?」
「そんなことぐらい、おそらくイゼイランは日本へとっくに相談していると見るべきだな」
「あ……」
すると今度はハリソンが……
「ではリズリー……ここ急に日本の動きが慌ただしいというドノバン大使の話を総合的に考えれば……」
「ええ……日本は何か打って出てくるのかもしれませんね……しかも……今までの日本では考えられないようなもので……」
ハリソンは、目を細めて、ウンウンと頷く。
『日本が打って出る』
この言葉、戦後70年、聞くことの無いと思っていた言葉である。
今までは、米国が『同盟国』という名の庇護者として日本を見てきただけに、現在の日本とイゼイラとの関係を見るに、ありえない事ではないと思うハリソン。
「やはり結局はあの……お伽話か?」
ポツリとつぶやく。
実際は、彼らの思う以上に、日本とイゼイラ―ティエルクマスカの繋がりは深いものであることを、彼らは知る由もなかった……
……………………………………
さて、またまた場所は変わって、イゼイラ共和国。
件の温泉施設。某有名ホテルのパク……
本日、地球では、日・ヤ・米会談当日。
柏木は急ぎ起床して、日本大使館フロアへ向かう準備をする。
みなさん施設ロビーで、準備万端。
『フゥ、今日も大忙しだねぇ……』
シャルリは快眠であったようである。元気いっぱいで義手に義足を振って、ウォーミングアップ。
『ウム、マァコノ施設デ、リフレッシュモデキタ。今日モガンバッテイコウ』
朝食も済ませ、軽く準備運動するリアッサ。
『デも……シャルリもシエみたいでヒドイです……』
フェルはちょっとプーとなっている朝。
『アハハ、ゴメンゴメン、アレは不可抗力だよぉ……』
手を頭に当てて、フェルを宥めるシャルリ……
そして、施設ロビーに最後に登場するは……なんとなく寝不足の柏木大使……
「う゛~……まさか、シャルリさんから、ああいう攻撃を受けるとは……盲点だった……」
なんとなくスーツの着方が情けない。
昨日、デルン一人で、フリュ三人な構図で、雑魚寝状態な宿泊だった柏木達。
フェルはまぁいいとして、そんな感じで、うら若き異星人乙女三人と同室で雑魚寝というのはヤバイとは思ったものの、リアッサとシャルリは全然気にしないというものだから、やむなくそういう感じで泊まったわけであるが……
どうもシャルリは、寝ぼけぐせがあるらしく、朝起きたらシャルリがフェルを押しのけて柏木を抱きまくらにして眠っていたらしい。
そして、フェルが柏木と思って、リアッサを抱きまくらにして寝ていたそうな。
フェルは、百合な趣味はないので、朝起きた時、相当ショックだったという……なぜなら、リアッサめがけて朝のチューをする寸前だったからだ。
寸前で気づいたからいいようなものの、リアッサもリアッサで、止めもしない。ダストール人の懐の広さも、ここまで来ると犯罪だと……
んでもって気づいたら、シャルリが、柏木にしがみついて、柏木がウンウン言っていた……つまり600万ドルな力でしがみついていたという話。
シャルリの弁では、別に柏木とのナニな事をするつもりはなく、シャルリの大好きな動物の丸焼きにかぶりついていた夢を見ていたそう。
つまり、柏木に『抱きついていた』のではなく『かぶりついていた』のである。
なので『不可抗力』なのだそうだ……
当の柏木は、シャルリのデカイ胸に顔面を圧迫されて、睡眠時無呼吸症候群な状態であったという……
オマケに、シャルリが頭にかじりついていたらしい……
『アハハ、大使、おはようさン。朝はあんなになってゴメンねぇ~……カンベンだよぉ……』
「アハハ……いえいえ、ま、そういうこともありますって……アハハ」
『マサトサンは、きっとシャルリに抱きつかれて喜んでいたデスよっ!』
「い、いや、フェル……俺は脱出を幾度と無く試みたが、あの腕と脚は脱出できん……なんかチチチチッ……という幻聴が聞こえた……」
『ソウイウフェルモ、私ニ愛ヲソソギコモウトシテイタガナ、クククク……』
『ア~! リアッサ! それを言ってはダメです!』
頬を真っピンクにして、リアッサをポカポカ叩くフェル……どうも柏木は知らないらしい。
とまぁ、んなアホな事を言いつつも、ちゃっちゃとトランスポーターに乗って、イゼイラタワーの大使館フロアに向かう柏木。
『ところでマサトサン、昨日はどうでしたカ?』
「うん、あの博物館は行ってよかった……さっそく大使館へ行ってレポートをまとめるよ。画像付きでね」
『ハイですね。お手伝いしますヨ』
「それと……今日の会談結果も聞かないとな……米国とヴェルデオ大使との、まぁ地球的には歴史的会談になる。その内容も併せての話で、博物館の事も報告しないと……」
『デハ、日本の報告を受けた後に?』
「ああ、その結果をサイヴァル議長にも言っておかないとな……まぁでも、今日はムリだろうなぁ……」
『ニホン側のスケジュールが押していますものネ』
「うん……」
トランスポーターの中で、そんな会話をする柏木達。
フェルはちょっとだらしない柏木のネクタイや襟元をクイクイと直してやっている。
柏木に後ろを向かせて、PVMCGで地球製のクシを造成して、髪の毛をといてやったり。
それをニヤついた眼差しで見るリアッサとシャルリ。
するとシャルリのPVMCGがピロピロと音を鳴らす。
シャルリは、VMCモニターを作って、その内容を確認していた……
どうも文書データ……メールのような感じだった……
その内容を一瞥すると、彼女はニャっと口元を歪めて……
『大使ぃ』
「はい?」
『今日、あいてる?』
「え、ええ、まぁ……朝のうちはちょっとさっきの話で仕事をまとめたいのですけど……」
『んじゃ、その後でいいからさ、あたしに付き合ってよ。もちろんフェルとリアッサも……あとジェルデアとニーラも連れて行かないとね』
「はぁ?」
首を傾げて訝しがる柏木。
『いやサ、ちょっと会って欲しい人がいるんだよ』
「? 誰です?」
『ウチの大親分』
「お、大親分?……」
『ああ、“ファーダ・ヘストル・シーク・テンダー”一等ジェルダーってんだけどね……』
「ぐ、軍の方ですか?」
『ウン』
「で、その……一等ジェルダーって……」
そんな話をしながら、フェルを見ると、驚いたようなポヨヨンな顔をして、柏木を見ている。
リアッサも同じ感じ……前見てオペレートしろよと……
するとフェルが……
『ファーダ・ヘストル……ですか? 彼がマサトサンに何の用なのでしょう……』
『アハハ、まぁ、色々お話したいんだって……あたしも……初めてお会いする方だからねぇ……』
シャルリは、笑ってはいるが、なんか冷や汗かいている模様……
「いや、でさ……その一等ナントカなんだけど……」
『ア、ごめんなさい……えっとですね、一等ジェルダーっていうのは……』
そういうとフェルはVMCモニターでいつものように検索して……
『地球の、ジエイタイやグンタイでいうところの……“バクリョウチョウタルショウ”か、“タイショウ”という階級の方になりマス』
…………
「はあああ!?」
『ハイ、そんな感じデス』
「あ、あの……ティエルクマスカ……防衛総省の?!」
『ハイです』
「そ、そんな人が、俺に何の用なんだ?」
……地球では、米国が初の外国として、ヤルバーンとの接触に成功し、動き始める。
安保委員会の放った矢が、どう刺さるか……米国は世界にどう発信していくか……
そしてイゼイラでは、視察という名の仕事をしてんのかしてないのか、わからん状況から、やっとこさ通常運転に戻ろうとしている矢先に、ティエルクマスカ軍のトップが会いたいと仰る。
いろんな思惑が本格的に動き始めた地球とイゼイラ……
「将軍って……俺、またなんかやらかしたのか?」
また何かやらかしそうな、柏木大使閣下であった……




