―20―
フェルがオペレートするトランスポーターが飛ぶ。
窓にチラチラと表示される障害物感知センサーを眺める。
何か一昔前のスプライト表示式レースゲームのように、旧大地と新大地をつなぐ柱のような山岳を抜けて飛ぶ。
障害物感知センサーが、それをゲーム画面のように前から後ろへと流していく。
しばし飛ぶと、新大地と旧大地の間の空間を抜け、優しいボダールの光りに照らされた外界へと飛び出す。
下を見ると、ヴァズラーを始めとした、比較的巨大な生物が目立ってうごめく。
大昔にこういった異様な生物がイゼイラの民を恐怖のどん底に陥れていたのかと思うと、なんとなくその物語に現実感を感じることがまだできない。
あとで聞くところでは、古代のイゼイラ人が、かろうじて生き残ってこれたのもあのヴァズラーのおかげだという。
ヴァズラーは本来大人しい動物で、新大地に降りた人々は養殖……というか、家畜化にも成功していたそうだ。
ヴァズラーは、産卵期の卵を守ったり自分の身に明確な危険を感じると、あの恐ろしく巨大なハサミを振りかざして抵抗する。固い甲殻は、そうそう他の動物の攻撃を寄せ付けない。
その生態を利用して、自分達の集落を守ったり、前に出して逃げる時間を稼いだりしてもらったそうだ。
なのでイゼイラ人は、ヴァズラーに対しひときわ愛着を感じているのである。
あの戦闘兵器にヴァズラーの名を付けたのも、かの動物に敬意を表してのことなのだろう。
食ってよし、使ってよしと、ヴァズラーはイゼイラ人にとっては思い入れのある動物なのだそうだ。
柏木は思う。
『科学技術』とは、知的生命が知恵を見につけ、環境に適応するために、そして自分達の好みの環境を作り出すためにその能力を発達させてきたと今まで思ってきた。
人類など、生物学的には取り立てて目立った能力を持っていない。
丸裸の人類なんて弱いものだ。走るのが速いわけでもないし、力が強いわけでもない。何か武器になるような牙や爪を持っているわけでもないし、毒を吐くわけでもない……別の毒を吐く能力に長けた人は、たくさんいるみたいだが……
『知恵』
それだけで霊長類などという呼称で、地球世界の最強生物として君臨できた。
なので、人類にとって、人類の敵は人類という構図になってしまった。
しかしイゼイラ人は違う。
環境の変化に知恵で対応できなかった。なぜならその環境、いや、生存する上での敵が、当時の彼らの知恵でどうにか出来る相手ではなかったからだ……あまりに圧倒的すぎたのだ。
なのでイゼイラ人は、生きるために同族を大切にした。同族と争うことをしなかった。
生き残ることのみに知恵を使った。種の存続のみに、滅びる事を避けるためだけに知恵を使った。
……そしてトーラルを発見した。
同族を殺めることの知らない彼らは、種族の繁栄のみにトーラルの力を使った。
なので、古代人が一足飛びに未来人になるような発展を遂げても、滅びるようなことがなかったのだろう。
……そんな風に考える柏木。
フェルは地球人を尊敬しているといった。
しかし彼は、尊敬されるのはイゼイラ人の方だと思う……
なぜなら、今現在の地球、というよりも日本が、彼らの大昔に体験した状況と似た感じだからだ。
それが巨大で強力な『生物』か、巨大で強力な『国家』か……それだけの違いだ……
で、その似た状況の地球じゃどうだろう。
ヤルバーンの飛来で各国のエゴがむき出しになり、一時期はその真意がどうあれ、日本は世界からよってたかって隔離される寸前までいったのだ。
そして『ガーグ』の存在が、単純にヤルバーンの事を恐れているだけの物ではないということを柏木達に知らしめた。
そう、彼らを恐れるどころか、彼らのいる状況を利用して何かを企み、成就させようという連中。
あれほどの存在がいるというのに、まるでスキマ商売のようにそのスキを縫って何か利を得ようとする連中。
ここぞとばかりに己のイデオロギーやら何やらを掲げて暴れる連中。
一番厄介なのは、そういう状況を利用して高度に暗躍し、国家を利用しようとする連中。
そしてそれに乗る政治家、軍人、官僚……
……特にアノ国とか、ソノ国とか、あんな国とか…………アッチの国は……まぁいいや……
……正直、地球人なんてのは、そんなに褒められたものじゃないと思う。
……しかし、そんな地球でも、こんな状況になった現在、明日のために努力して、発明、発見、行動と人類のより良き進歩に貢献しようとしている人はたくさんいる。
それは民間は言うに及ばす、官僚にもそういう人物はたくさんいる。
政治家にもたくさんいる。
軍人にもそれはいる。
それを柏木は知っている。
しかし、そういう人々が表立って評価されることはあまりない。なぜか? それは、それが本来の当たり前の姿だからである。
なのでマスコミも、ネタになりそうな『オカシイ奴』や『正しいことのやむを得ない矛盾』などをクローズアップする。そんなのに焦点を当てるから、いつのまにかそのオカシイ奴の論理……いや、詭弁や、やむを得ない『矛盾』の批判が正しいと世の人々は錯覚する。
……なんともはやである。
なので、そんな人々のいる地球人や日本人を尊敬すると言ってくれるのなら、それはとてもありがたい話だと彼は思う。
しかし……彼らが日本にやって来てくれたこと……そのおかげかどうかはわからないが、日本は確実に変わったと感じる。
昔から日本という国は面白い国で、島国故のエートスからだろうか、日本の民族性というものは、ある事をきっかけに突如として突然変異するかのごとく大きく変化する。そして変化しても、すぐにそれに馴染む。そしてその変革を取り込んで、変革の本質そのものを全く新しいものに融合し、変えてしまう。
まるでそれが以前からあったものであるかのように、自然にそれをやってしまう。
鉄砲が輸入されてすぐ、欧米のものよりも性能の良い国産鉄砲が日本を席巻し、戦国時代には、日本は鉄砲保有量世界一になる。
インド発祥のカレーがイギリスから輸入され、その本質を変化させて、フェルが命の『カレーライス』という『日本食』になった。
中国の粥のような麺料理が輸入され、『ラーメン』という全く別物の日本食になった。発祥の中国でも、日本のラーメンは『日式麺』と言われている。
西洋の技術を取り入れたアジアで唯一国産化に成功した戦闘機が、その極端とも言える独特な戦術思想で太平洋戦争を席巻した。
米国や欧州が王者だった自動車も、今では職人芸的な技術者の能力と、サービスインフラという概念を取り入れた日本車にかなう性能の自動車はない。
別に世界に輸出するつもりのなかったサブカルチャーも、今じゃ外国が勝手に感動して買いに来る……元をたどれば全て外国の文化が源流だ……アニメしかり、TVゲームしかり、映画技術しかり……
そのきっかけ……元は全てにおいて外界との接触と、衝撃だ。
大陸との接触、欧州との接触、そして新大陸からの接触。
日清戦争、日露戦争、第一次大戦、第二次大戦。
その都度、国体や文化を、それは他の文化圏では考えられないほど、ちゃぶ台をひっくり返すように変えてきた……しかしちゃぶ台は、その家にあるものだ。ちゃぶ台をひっくり返して、別のテーブルを持ってきても、結局その家にあるものだから、いつかはその家の家具として馴染んでしまう。
そんなことを歴史的に繰り返してきた国……それが日本である。
イゼイラと日本は、そういう点、似ているところもある。
しかし根本的に違うところは、日本の場合、日本独特の哲学や文化が触媒になったところだ。
イゼイラの場合、切羽詰まった種族の状況と、あまりに……いや、当時としては別次元の突出した技術を得てしまったがために、それがない。
つまり、彼らには探求する余裕がなく、探求してもわかり得るような代物でもなかった……
二〇一云年の時、ティエルクマスカ―イゼイラとの接触。
今、日本のあらゆる分野の人達が、それにどう対応するか必死で動いている。
民間、官僚、政治家……明治維新の志士がそんな感じだったのだろうか、そして動かなければ日本という国がどうなるか……こんな状況なら、どんな能無しでも動くだろう。
そしてフェル達イゼイラ人も、彼らの何かのために必死で動いている。
その結果がどうなるのか、まったく分からない。
これはお互いにとって未知の領域な世界なのだろう。
そんな事を思いながら、フェルの話を思い返しつつ……トランスポーターの中で居眠ってしまう柏木。
………………………………
『マサトサン、マサトサン、着きましたヨ』
フェルが柏木を優しく揺さぶって起こす。
「んお? え? あ、ああ、居眠りしちまったか……アハハ、ゴメンゴメン」
柏木は少し目をこすりながらトランスポーターを降りる。
そしてその足で、フェルと共に大使館フロアへと向かう。
すると、フロア前の玄関がやけに賑やかだ。
若いフリュやデルンがひっきりなしに行き来している。
どこかで見たような……
『……アナタ、その置物はこちらへ飾って下さいな……ア、その絵はその壁にネ……アラアラ、それはちがいますわ、そうではないでしょう……』
何やら聞いたことのある声が中から聞こえる。
少し訝りながら、玄関のオートドアを開け、中を覗くと……
「あ! サンサさん?」
『ン~? あ、アラアラ、ファーダ、お帰りなさいませ。あら、フリンゼもご一緒でしたか』
『サ、サンサ? な、何をやっているデすか?』
するとジェルデアが奥から出てきた。
『ア、ファーダ、おかえりなさい』
「え? ただいまジェルデアさん。って……これ、何やってるんですか?」
ジェルデアが作業服に身を包み、ちょっと息を切らせながらやってくる。
さながら引っ越し屋のスタッフのよう。
柏木はその妙にせかせかと忙しそうな状況を見て尋ねる。
状況としては……大使館フロアに沢山の調度品やら、美術品やらが沢山運び込まれ、模様替えをやっているようだ……尋ねると、そのとおりだという。
『ハハハ、いや、実は首脳会談の準備を行うのに少々手が足りませンで、フェル局長のご実家の方に人手をお借りしようとご連絡させていただいたら、ケラー・サンサが直々にお手伝いをしていただけるということで……まぁこんな次第に』
『たまには都心の方へ足を伸ばして、侍従や侍女達にもこういう場所を見せてオベンキョウさせませんとね……と思いまして、参上仕ったわけでゴざいます……ご迷惑でしたでしょうか? ファーダ』
「いえいえ、有難いですよ、なぁフェル」
『ウフフ、そうですね。でもサンサ、お城の方は大丈夫なのデすか?』
『もちろんでございまス。シフト制にして、交代でこちらへお手伝いに来ておりますのデ』
「え? シフト制って……いいのかぁ? フェル……」
『ハイ、構いませんヨ、マサトサン。なんでしたらサンサ達を、この日本大使館で職員としてお使い下さればいいのではありませんカ?』
そうするとサンサはポンと手を叩き
『アラ、さすがはフリンゼ。それは良いお考えですわね……どうでしょうファーダ。交代で我がヤーマ家の侍従、侍女を職員としてお使いいただけませんか? この者達にも良い勉強にナリマス。お城に閉じこもっていては、色々と見えないこともあります。如何でしょウ』
「あ、はぁ……まぁ地球でも大使館で現地人を職員で雇うのは普通ですからね。あとで本国に確認を取ってみますが、まぁ今はそれで良ければ……」
『ハイ、では決定ですわね、ウフフ……あ、あらアナタ、その絵画はこちらへ飾らないと……』
そういうとサンサは、また張り切って室内装飾に精を出す。
なんでも、家庭用ハイクァーン造成器を持ち込んで、日本の調度品やらを造成し、イゼイラの調度品と合わせて、『日本とイゼイラの調和』をテーマに飾り付けているのだそうだ。
……とはいえ……
……やはり、ステレオタイプな外国人のような感性がそこはかと見えたりする。
柏木は壁に飾ってある、それはデカい額縁の中のものを見る。
「あの~~ サンサさん、これは……」
と指差す柏木。
『ええ、これはヤルマ……あ、イエ、ニホンの絵画のようですわね。さぞかし名のある方がお描きになったものなのでしょう。この躍動感のある海洋生物と、海洋の抽象的表現の構図、そしてニホンの、独特の文字の配置がスバラシイですわ……』
「は、はぁ……そうっすか……」
満足気なサンサ……
呆ける柏木……
そこに飾られている絵画なるもの……
それは……
『大漁旗』だった……
なんか『清水港 浜田水産株式会社』とか書いてある……
「で、サンサさん……コチラの方はなんなんしょ……」
『ええ、データを見た時、なんてスバラシイ彫像なのかと、目を見張りました。この緑色の二股にわかれた躍動感のある頭髪の曲線、この服装のデザインセンス、表情豊かな造形。素晴らしい彫像ですわね』
そこに飾られていた彫像なるもの……
1/1スケールな、音声合成ソフトの店頭キャラクターフィギュアだった……
応接室に、左右対称で二体置かれてる……
表情には見せないが、心のなかで頭を抱える柏木。
誰がこんなもののデータを採ったんだと……あ、フェルか……
多分、こないだヤルバーン・フリュ軍団で東京見物に行った時だなと。
秋葉原に行きやがったな……と。
しかし、日本らしいものも飾られていた。
障子にふすま。畳敷きの和室に、なんと茶室まで作っている。
それをイゼイラ芸術的な独特の様式で作られている……でもちょっとステレオタイプっぽさが入っているが。
「え? サンサさん、茶室、ご理解できるんですか?」
『あ、ハイ。文献を読ませていただきました。なんでも、不思議な縁で出会った事を喜び合う場所だとか。それを作法に則って、お茶を飲み合う事で出会いの喜びを表現するなんて、なんとも風情のある雅な文化だと思いますわ。出会いを仲介する場所である"大使館"にふさわしい場所ですわね』
ほーー、と思う柏木。なるほど、そういう理解もあるかと。
千利休に、この5千万光年彼方にある知的生命体の御意見を聞かせてやりたいと。
サンサの感性に関心してしまう。
そして、お約束な鎧兜。仙台市博物館が所蔵する『黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用』のハイクァーン複製品やら、日本刀の数々。そして本物の火縄銃ハイクァーン複製品や、九九式短小銃やら、四四式騎銃やらも飾られていた。
多分、これも自衛隊から提供された、現存する実銃のハイクァーン複製品だろう。
ってか、大使館って日本の治外法権区だから実銃ダメじゃん……と思うが、ここは地球じゃないし、ウィーン条約なんざ関係ないんだろうから、まぁいいかと……後で考えることにする。
なんでも古そうなデザインの武器なので、さぞかし名のあるものだろうと思って、飾ったそうだ。
まぁ確かに、旧軍の銃器は、性能がすこぶるよろしい。
敗戦濃厚になった末期生産型はともかく、初期型~中期型のボルトアクションライフルは、現在でも米国などのオークション市場では、程度の良いものは同種のライフルと較べても、ブッチギリの高値で取引されている。
火縄銃にしても、当時のマッチロック式銃でおそらく銃本体のみで美術品として成立するのは、日本の種子島銃だけだろう。
なんせその作る手間がおそろしく芸術的である。
銃身の製作法を例にとってみても、鉄棒に巻いた鉄の筒の上に、さらにテープ状の鉄板をぐるぐるに巻き付けながら銃身を鍛えていくのである……過去の技術を探求するイゼイラ人的には、これは確かに捨て置けないものだろうと思う。
案の定、サンサは日本の文献で読んだそれらの技術に感銘を受け、刀や銃を飾ったそうだ。
……そして、模様替え終了。
イゼイラの美しい調度品や……日本様式の調度品……別の意味で日本らしい調度品が、妙にマッチした日本大使館が完成した……なんかどこかで見たことあるような……まぁいっか、みたいな感じになる柏木。
ってか、フェルや調査局の連中は、何を調査してんだと……
ジト目でフェルを見る。
しかしフェルはドヤ顔をしていた。
腕を組み、その部屋を見て、自分の仕事に満足顔。
ま……まぁ、確かに、『一部』の調度品について例えて言うなら、ヨーロッパでゴッホやゴーギャンが衝撃を受けた浮世絵とやらも、当時の日本では、チラシや包装紙の類に書かれていた絵からだったというから、そんなもんなのかなとも思ってしまう。
そして入口に、【在ティエルクマスカ銀河共和連合 イゼイラ星間共和国 日本国大使館】と明朝体と、その下にはイゼイラ語と英語で書かれた立派なメタルプレートが掲げられる。
侍従、侍女軍団と共に拍手でささやかに祝福。
『ファーダ』
「え? あ、なんでしょう、ジェルデアさん」
ジェルデアが真剣な顔で柏木を呼びに来る。
『そろそろ、繋がりますので……』
「あ、はい。わかりました……フェル、どうする? 総理達と話すけど」
『ア、ハイ。解りました。ご一緒しますでス』
「では、ジェルデアさんも、記録係としてお願いできますか?」
『わかりましタ』
そう言って三人は会議室に入る。
その様子を見るサンサ……サンサは側にいる部下の侍従、侍女に、サっと手合図する。
フリュの一人は、フェルの調査データを大使館システムに転送し、もう一人はお茶をいつでも出せるように用意。
侍従デルンの一人は、即座に何か用意を出来るよう、会議室入口で待機。
そして一人は、来客が何時来てもいいように、玄関受付で待機。
他の者は、ミーティング終了後の食事の用意や、オフロの用意やらと……完璧である。隙がない動きで、さっそく在イゼイラ本星―日本大使館は稼働する。
『……では、接続します。ファーダ』
「はい、お願いします」
ジェルデアはそういうと、VMCキーボードをポンと叩く。
すると、会議室に設置された巨大なモニターに、パッと見慣れた景色が映る。
まだたった数日なのに、その景色を懐かしく感じる柏木。
『ア、ソウリカンテイの応接室ですネ』
フェルがニッコリして言う。
「うわ、すげ……繫がったよ……」
柏木も思わず漏らす。
すると、モニターの向こうにゾロゾロと人がやってきて着席する映像が映る。
二藤部と、三島と……春日、真壁、新見、白木だ。
とすると、向こうの三島が、こちらに向かって話し出す。
『おーい、柏木先生、見えてるか~』
ピラピラと手を振る政治家のみなさん。何か家族バラエティー番組のエンディングのようだ。
「ははは、はい、見えていますよ。ご無沙汰ぁ……なのかな?……しております」
『お~ ホントだ。こっちも映ったよ、いや、結構画質いいな。』
柏木が軽く会釈。フェルもピラピラと手を振る。ジェルデアはティエルクマスカ敬礼だ。
『いやはや、本当にスゴイですね、5千万光年彼方ですよね? 本当に』
二藤部がらしくない喜びよう。
なんかみんなIT技術の展示会状態。柏木達がいることより、映ってる事の方に興味津々。
『確かにこんな通信技術持っていたら、電波なんてしらねーわなぁ……アノ時の柏木の勘、的中ってことかよ』
と白木。
新見はいつもどおり、黙してニヤついてるだけ。
『いや、これでもう冥土にいつでも行けますわ』と真壁。
『いやいや教授、逝かれたら困ります』と春日。
すると良いタイミングでサンサがお茶を持って入室してきた。
「ああ、サンサさん、良いタイミングで来てくれました……みなさん、ご紹介します。この方が……例の、私のメールに書いてあった、フェルの家……というか、お城の侍従長さんで『サンサ・レノ・トゥマカ』さんです。サンサさん、この方々が……」
とサンサに二藤部達を紹介する。
すると、サンサはびっくり顔で
『まぁ! ヤルマルティアのファーダ大臣方とは……これはこれは……お目にかかれて光栄の極み。サンサ・レノ・トゥマカと申します。以後、お見知り置きを……』
サンサは、トレイを傍らにおいて、身なりを確認し、膝を折って敬礼する。
その様式ばった敬礼に、二藤部達も思わず起立して腰を曲げ、お辞儀。
『ではファーダ。何かございましたら何なりと』
そう言ってサンサは再度敬礼し、退出していく。
……要はサンサも、様子を見に来たかっただけだったりする。
そして二藤部が話しかける。
『いや、柏木さん……本当に……メガトン級ですね、そちらの情報は……』
「はい、すみません。多分そんな感じになってるだろうとは思っていました。ハハハ」
すると白木が
『柏木よー、あのオメーの動画データやらメールやらで、卒倒する人間、何人出たと思ってるんだ?』
「ああ、多分、相当でたんじゃないかなぁと……そこんところは想像つくよ、ハハ」
『ホントによぉ……ってか、確かにそっちにいるオメーが一番体感してるんだから、そりゃまぁ仕方ねーか、ハハハ』
日本側一同、その白木の言葉に笑うと、二藤部が改まった姿勢になり
『特に……フェルフェリアさん、いや、陛下。これまでの数々のご無礼、平にご容赦の程を。柏木さんから事の詳細は拝見しました。貴方がそのような御身分の方だったとは。改めて政府を代表して、今までの日本とイゼイラ関係にご貢献頂き、誠に感謝いたします』
その言葉と同時に、全員が起立して、お辞儀敬礼。
すると、フェルが「ほえ?」となり
『ナナナ、なにをおっしゃいますデスか、ファーダ……それは昔がそうであったというだけで、今は私も一イゼイラ市民でス……どうか今までのようなご対応の程をお願い致しますでス』
フェルは腕を前に交差させまくって焦り倒す。そして起立してペコペコと頭を下げる。
すると三島が
『ハハハ、わかっていますよフェルフェリアさん。まぁでも、こちらも一応国を預かる身ですわ、相応のスジは通させていただかないと』
『そうですね、三島先生の言うとおりです。皇室貴族制度が現在ないとはいえ、旧皇終生議員制度……ですか?……それに代わる制度で、その権威は存在しているということだそうですから……』
フェルも、二藤部と三島の意を汲み取り
『ハイ、お心遣い感謝いたしまス』
と敬礼する。
「まぁ、フェルも俺たち安保委員会の仲間だもんな。そこんところは今まで通りだ」
柏木も二藤部達に同意する。
やはりみんな地球で見せるホエホエなフェルさんのイメージがないと、どうにも具合が悪い。
『ハハハ、まぁそういうことです。今後共よろしくお願いいたしますフェルフェリアさん』
二藤部がそんな感じで今まで通りに、という感じで話すと、フェルも『ハイ』と笑顔と会釈で返す。
『ということで柏木さん、時間もあまりありません。さっそく本題なんですが』
「はい」
『単刀直入に、という感じですが、何か例の件でお分かりになったことはありますか?』
例の件、つまりヤルバーンの『機密』の件だ。
「ええ総理。その件については、もうこちらでは『機密』ではなくなっています……まぁ、もうそれは話すと長くなりすぎるような話で、後ほど急ぎ報告書を書いてお送りしますが……」
『では、政府の疑問を解消できるような内容であると』
「ええ、恐らく明日の議長閣下との会談で、100パーセントわかると思います」
『ということは、まだ一部わかっていないことがあると?』
「と、いうよりも、日本側と相談したい事があるみたいな感じなんですが……う~ん……なぁフェル」
『ハイ……』
そのフェルと柏木の会話を見て、訝しがる日本側。
三島が話に入り
『え? 先生、なんだいそりゃ。フェルフェリアさんはそれをソッチの議員さん方に報告に行ったんじゃないのかい?』
「確かに報告はしたのですが……あ、いや、実はその議会、見学させてもらったんですよ」
『ほう……そうかい、良ければ是非その内容を聞きたいね』
「ええ、実は……」
柏木は議会を見学した時の様子をかいつまんで二藤部達に話した。
大きくわけて四つ。
1)日本に来た彼らの目的=発達過程文明を探していたこと。
これに関しては、日本の情報関係者も、そうではないかという予想をしていたので、さほどの驚きはなかった。が、なぜそんな文明を探していたか……
2)彼らの文明の歴史=トーラル文明の影響。
この事を話すと、日本勢全員、一瞬石化した。
『え? じ、じゃぁ……イゼイラさんの宇宙船技術や、あのハイクァーンとかも?』
と三島
「ええ、彼らは、もしそのトーラルなる文明の遺産を見つけなければ、滅んでいたかもしれないという種族だったそうです」
と柏木。
日本勢は、言葉を失う。
そんな前例、この地球にはないからだ。どう反応していいやらわからないのだ。
SFの世界では聞いたこともあるが、まさかそんな世界が本当に実在していたとは……と……
3)なぜ彼らが日本のみに集中して交流を持つのか?=ティエルクマスカ連合の外交政策方針。
コレに関しては、ジェルデアから説明を受けた。
先の柏木に話した事を、ジェルデアから話してもらったほうがいいと。
すると、日本勢一様に納得顔だった。なるほど理屈が通っているからだ。
確かに、尋常ならざる科学技術を持った立場の方から見れば、そういう考え方に至るという事も一理あると。
やはり彼らも、過去の日本と今の日本、そして先進国のやっていることが頭をよぎったようだ。
4)日本に来ることで解決できる、彼らが持っている何らかの問題=これは現在不明。
そして精死病という恐ろしい病というのも話す。
これも、この中の全てに、総合的に関連しているようだと話す。
特に4)の項目、この点が重要らしいのだが、そこがわからないし、根本的な核心の部分だろうと。
「……で、このところなんですが、フェル達に聞いても、フェル達も確信が持てないから、まだ話せないというんですよ」
『そうなのですか? フェルフェリアさん』
『ハイ……申し訳ございません……こればかりは迂闊な発言ができないのでス……ファーダ・ニトベ……』
二藤部はコクコクと頷くと、柏木がフォローする。
「総理、その点なんですが……実は、もうフェルの質疑の一件、あることで、一気に二の次な感じになっているようでして……」
『え? それはどういう……』
「はい、実は……」
フェルの質疑、内容を議会で聞いていると、議会的には何か通信ですべて済みそうな、そこまで重要な案件ではなさそうだったと話す。
「で、ですね……実は例の……陛下からお預かりした贈り物、ありましたでしょ?……」
『え、ええ……』
「あの中身なんですが……何かイゼイラ側からみれば、意外な品物だったそうで、何でも精密検査にかけたらしいんです……」
フェルも、その柏木の言葉に「えっ?」という顔になる。
二藤部達も驚いた表情。みんなで顔を見合わせている。
『そ、ソうなのですか?マサトサン……』
「ああ、後でフェルにも話すつもりだったんだけどな、なんかそうらしい」
『じ、じゃあ……』
「うん、おそらくそれでフェルの質疑が一気に……二の次になったというか、その質疑に伴うイゼイラ的な疑義が解決したっていうか……多分だけど、そんな感じなんだと思う。まぁあくまで俺の推測だけどな……でも多分当たってると思う。それしかないわ」
フェルは目の色を変える。
冷静を装ってはいるが、どことなく狼狽している感じだった。
横で記録しているジェルデアも、その話を聞いて、思わず記録する手を止めてしまった。
すると、今まで無言で聞いていた新見が話に入り
『柏木さん、では、もしかしてその陛下の贈り物の中身で、急遽首脳会談をセッティングしてほしいという感じになったと……』
「はい、まぁ……潮目があの贈り物で一気にフェルから私の方……つまり日本側に変わったという感じでしてね……そういう感じで明日は『会談』というよりも、向こうから日本へ『確認したいこと』『要望したいこと』があるような……そんな口ぶりでしたね」
すると三島が腕を組んで唸る……トレードマークな口元を、更に歪ませて
『なるほどねぇ……ということは、先生がさっき言った四項目の全部にそれが絡んでるかもしれねぇって事か……』
二藤部も頷いて
『なるほど解りました。ではその点は明日ということですね』
「はい……」
『ふむ……では、その質疑ではっきりわかったことといえば、イゼイラ政府側の外交方針と、イゼイラの歴史、それに伴う『発達過程文明』? ですか? その探索の件ということですか』
「ええ、その点は、はっきり開示されました」
二藤部はこれまた腕を組んで考えこむ。
なぜなら、この案件、日本的には……いや、地球世界の今後を考えても、実に考えなければいけない案件だからだ。
実際それは想像を絶する事だ。
二藤部の代わりに三島が話す。
『フェルフェリアさん』
『ハイ、何でしょうファーダ』
『まぁ、この三つの案件だけでも、地球世界的には、えれぇ事になるものばかりですな……確かに『機密』にしていて正解でしたよ』
そう言われて、フェルもコクンと頷く。
そして三島は、柏木が以前交渉の時に言った『知らないものは初めからないものと同じ。知らないほうが良い秘密もある』という意味がよくわかったと話す。
『ハイ、ファーダミシマ。ご理解いただけてありがとうございまス』
すると、真壁が「どういうことですか?」と二藤部や三島に問う。まぁ彼は宇宙物理学者なので、政治家ほどそのあたりはわからない。
『つまりですね真壁先生、もし仮にヤルバーンが、天戸作戦直後に、今聞いた外交方針に準じる発言を高らかにしちまうと、この地球世界での、各国イデオロギー的な主導権争いにリセットがかかってしまい、世界各国は日本に対して最大の警戒をしてしまうということですよ』
三島が的確かつ簡潔にその理由を説明する。
『ははぁ……なるほど……確かに。わかります』
三島の後に、春日が歴史的事例を出して解説する。こういうのは春日の専門。
言うなれば、日清戦争・日露戦争後の日本と同じだと説明する。
明治維新前、ちょんまげに刀を差していた、当時ぶっちぎちりの後進国だった日本が、明治維新後には大国列強の一つ、ロシアを叩き潰して大国の仲間入りを果たす。
当時の白人列強諸国は、アジア辺境、島国の猿人間国家ぐらいに思っていた国が、50年もたたずに軍事大国となり、欧米の科学技術を吸収して世界のパワーバランスの中に食い込んできた。それに警戒する状況と似ていると話す。
『……実際はそれ以上なんでしょうけどね、真壁さん』
二藤部達は頷いて、春日の例え話を肯定する。
「ですので、今でも、そのイゼイラの外交方針が他国に知れたら、地球的には想像を絶するとんでもない状況になるのは目に見えていますので、我々以外は『機密』の方針を堅持していただいたほうがいいと思います」
柏木が見解を二藤部に話すと
『ええ、もちろんです柏木さん。なるほど“知らないほうが良い機密”ですか……確かにあの時にあなたが言ったこと。今身にしみて理解できますね』
「はい……」
『とはいえ、もう知ってしまいましたからね、ハハハ……となれば……あのヤルバーン自治体は、もうあの場所に恒久的に固定される領土とみなして良いということでもありますね……それと、明日の会談次第という事にはなりますが……イゼイラとの関係も、日本の国益や、対外的な対応策のためにも、今以上に強固なものにする必要性が出てきますね……とすると……』
二藤部は、手もみをしながらしばし考える。そして、パンパンと手を鳴らして……
『フェルフェリアさん……』
『ア、はいファーダ』
『先ほど、柏木さんからお聞きした“発達過程文明”ですか? それに伴う地球世界や日本の技術研究ですね。それと、貴国の歴史的経緯ですか……これは大変驚かされましたが……その点も含めて明日、貴国に何か提案できるように我々も早急に考えてみましょう』
すると、フェルとジェルデアは、その前向きな二藤部の話に明るくなり
『ホ、本当でスか!?』
『はい。で、柏木さん』
「はい」
『そういうことですので、明日の首脳会談、できれば、地球時間の午後からお願いできるようにしていただけますか?』
「と、いいますと?」
『午前中に、早急に閣僚会議を開いて、全閣僚にこの事を伝えます』
「ということは……イゼイラ時間では明日の……なるほど、はい、わかりました……こりゃ資料作成大変だな、ハハハ」
それを聞いていたジェルデア。
フフフという目をして……
『その心配はご無用でス、ファーダ』
「え?」
『そういうことモあろうかと、先ほどの議会内容、そしておっしゃっていた四項目の内容。既に資料を取りまとめていまス。ファーダは、フェル局長とお話しになった内容を、あとで私にお送り下さい。それをまとめてヤルバーン経由で、ニホン政府に送信するよう指示しておきますので、明日のためにお疲れを残さぬよう、ゴゆっくりお休み下さい』
その言葉を聞いた柏木は……
「う、うそ……ジェルデアさん……あ、ありがとうございますぅ~……ああ、生で“そういうこともあろうかと”を聞けるとは……」
感動に打ちひしがれる柏木。
日本人にとって、一度は体験してみたい、生“そういうこともあろうかと”
その態度を見て、三島と春日、白木と新見がハハハと笑っている。
二藤部は、イマイチ理解していない。
『柏木先生、優秀な“技師長”さんじゃないか、羨ましいね』と三島
『そうだよなぁ……で、そっちにゃ、赤い色のエロロボットはいるのか? ハハハ』と白木
『エ? 私は法務局主任で、技師長ではアリマセンが……』と、キョトンとするジェルデア。
「あ、いや、ジェルデアさん……これは日本の比喩表現でして……」とフォローする柏木。
そういう事で、とりあえす、事前ミーティングのようになったテレビ会議も一段落つけた。
そして、まだ時間は少々あるので、お互いの近況を話す。
『ところでよ先生、こっちのニュースとか見てるかい?』
三島が切り出す。
「はい、何かお隣さんが大変なことになってるみたいで」
『まぁな……こっちが手伝うって言ってるのに、断られちまったらなぁ……なんともな話だよ……あんなの普通にやりゃぁ全員余裕で助かる事故だぜ……』
『あの事故』……大事故のように見えるが、その本質は実際のところ大した事故ではない。これが日本なら全員助かって普通な事故である。メルヴェンが出るほどの事故でも本来ないものだ……それを助からないようにしてしまったのだから、なんともな話だ。
しかもその事故を起こした企業のバックがあまりにも怪しすぎる。
彼の国の対応も対応だ……
バチカンから苦言を呈されるほどだから、彼の国の対応は相当なものと言わざるをえない。
『……でよ、それよりも……中国がやりやがったよ、これはまだ知らねーだろ』
「え!?」
『南シナ海でな……例の場所で、中国とベトナムがぶつかった』
「……」
全員しばしの沈黙。
いよいよ連中が動き出したかと思う。
状況としては、海上採掘施設が、ベトナムの主張するEEZを侵害したらしい。
『でな、今度何でも『アジア信用共同主権会議』とかいう、わけのわかんねー会議をやるらしい……情報筋の話じゃ、張主席の主催で上海でやるそうなんだが、そこでヤルバーンの一件が槍玉にあがるかもしれないってよ』
「え? 張政権って、軍部に政権転覆されかけてたんじゃ……」
『そう思ってたんだが……どこかで手打ちしたのかもしれねーな……それか、どこかと組んだか……』
「……」
『今、例のウルムチの件、想像以上にひどいそうだぜ。軍部もちょっと目測誤ったのかもしれねーな……あの中国国内で、今やテロ真っ盛りだ……そこのところもあるのかもしれねーぜ』
その話を聞いて、フェルが三島に尋ねる。
『ファーダ・ミシマ……その会議でチャイナ国が何か企んでいるのでしょうか……』
『いや……まだそれはなんとも言えませんな……ただ一つ言えるのは、先生やフェルフェリアさんがソッチに行ったという事……これが何か連中に憶測を呼んでるのは確かでしょうな……』
すると二藤部が続き……
『まぁフェルフェリアさんに柏木さん。そのあたりの件はこちらで何とか対応します。特に柏木さんは、明日の件の対応をよろしくお願いいたします』
「はい、そうですね。了解です……あ、そうだ総理」
『はい?』
「ハリソン大統領の件、ギリギリのタイミングになりますが……大丈夫ですか?」
『ええ、というよりも、このミーティングでイゼイラ側の外交方針での『機密』をはっきり聞けましたので、かえってこちらもやりやすいかもしれません……むしろこちらの自由度が高くなったかもしれませんね』
「え?……それはどういう……」
『ハハハ、それは、まぁお任せ下さい。私に考えがあります。ヴェルデオ大使ともその点を相談してみますよ』
「ハハハ、わかりました。ではそちらの方は……そろそろ時間ですね……ではまた明日ということで」
『はい、そちらはもう“お休みなさい”というところですか?』
「まぁ、そんな感じです」
そういう感じで、ミーティングは終了。
しかし、やはり最後を締めるは……
『なぁ、柏木ぃ~』
「なんだよ白木……」
白木は口に平手を当てて……
『…………あんまり、はりきんなよ……』
ポソっと言う白木……でも声は大きめ。
「はぁぁ!?」
日本勢、全員大笑い。特に三島のダミ声な笑いが耳に残りつつ、「それではさらばじゃ」とばかりに一方的にプチュンと向こうから通信を切ってしまった。
「おまっ!……あーくそっ、いつものパターンかよ!……あんの野郎~~……向こうで企んでやがったな……」
振り向くと、フェルが……
『ケラー・シラキにも、帰ったらオチューシャですネっ!』
と、頬を染めてプンスカモード。
「い、いやフェル……白木の遺伝子って言ってたの、フェルじゃん……」
隣で聞くジェルデアは、笑いをこらえていた……
ということで、柏木は大使館フロアでフェルとの会話を書類データにまとめあげてジェルデアに渡す。
そして少し遅い食事をフェル、ジェルデア、サンサ達侍従侍女部隊と一緒に取る。
その後、ジェルデアは宿舎へ帰り、サンサ達も城へ帰っていった。
フェルは明日のこともあるので、今日は大使館内公邸で柏木と一緒に過ごす事にする。
もうかなり遅いので、二人は一緒に寝床に入る……
『ネェ、マサトサン……』
「ん?」
『先程のミーティングの件デすけど……シレイラ号の一件は言わなくて良かったのですカ?』
「ああ、それね……う~ん……やっぱ帰るまで伏せたほうがいのかもしれないよなぁ……」
『ソうですか……大丈夫ですカ?』
「正直微妙デス……まぁ俺が銃ブッぱなしたのは、別に宇宙の果ての話で構わないし、ジェルデアさんも緊急避難と正当防衛でイゼイラの法的にも問題ないらしいけど……まぁ、じゃなければあそこまで英雄扱いしてくれないだろうしね、アハハ」
『ウフフ、そうですネ……』
「まぁ……色々と考えてみるよ……寝ようか」
『ハイ、オヤスミナサイです』
「うん、お休み」
………………
というわけで次の日……
柏木達は、サイヴァルのいる議長府を訪ねる。
ヤルバーンからは、今日の予定、万事順調との知らせを受けているので、こちらは日本側の準備を待つだけだ。
出席者は、昨日のメンバーと共に、日本側は大見と久留米、空自の多川、海自の加藤。ヤルバーン側からは、ヴェルデオとシエ、ゼルエ、ニーラの祖父であるジルマも出席するらしい。
『ケラー・カシワギ。ここが今日の首脳会談を行う会議室です』
柏木とフェルは、サイヴァルに本日の会談議場へと案内されたが……
「こ、ここですか?……いや、なんにもないですね……」
傍らで聞くフェルは、ウフフとほくそ笑む。無論、フェルは知っているからだ。
その場所、本当に何もないダダッ広い真っ白な部屋だ。
しいえていえば、部屋の四スミに、何か装置のようなものが埋め込まれている。
『ハハハ、では……そうですね……部屋の内装は、ニホン人の方モ馴染みやすいように構成しましょうか』
「え? 何を言っているんです? 議長……」
サイヴァルは柏木の訝しがる目線に、指を立てて横に振り……
『システムに命令……ゼル空間生成。調査局データを検索し、その資料の中から、ヤルマルティア国の、国際会議等に使用する部屋に準じた内装空間を構築せよ』
『了解。ゼル空間構成します。対象はニホン国における報道映像を元に、その意匠を再現します……構成開始_』
そうシステムが、どこからともなく返答すると、部屋の地面から、ワイヤーグラフィックか、ベクタースキャンか、そんな眩い直線上の立体輪郭線が瞬く間に構成され、最初は単純な古いポリゴンのような形状から、みるみるうちに彫刻の石を削り取るようにその形状が具体化されていき、部屋の家具調度品のようなもののシルエットが形成され、その物体がピカピカと光ったと思うと、立派な家具調度品が具体的な形状となって形成されていく……
そして5分もたたない内にその殺風景な空間が、日本のどこかにあるような、新聞かネットニュースの記事の一コマで見たことのあるような空間に構築される……
「おお~……これは……」
『ケラー、これが我がイゼイラの技術『多目的仮想空間施設』です。この空間と全く同じ空間をヤルバーンにもある同じ施設で形成し、向こう側の出席者をゼルクォート技術でこちらの空間にトレース形成しまス。もちろんヤルバーン側へも同様の仕組みでこちらと同じ状態を形成しマス』
ほぉ~ っとなる柏木。
「え? で、では、この空間のもっと大きなものを作って、そこに地形を再現したら、まったく違う場所にいる人達とサバゲー……あ、いや、軍事演習みたいなこともできるとか……」
思わず趣味的な事を漏らしてしまう柏木。
『ハイ、そうですね。その通りでス。というよりも、娯楽施設でそういうものはありますヨ……そういうことにご興味がおありですか? ケラー』
「あ、い、いや、ま、まぁ……アハハ」
ポリポリと頭をかいてしまう。
『ハハハ、わかりました。では、その娯楽施設も、視察予定にお入れになさるがいいでしょう、フリンゼとお二人で行ってみてはいかがですか?』
そういうと、フェルもウフフと笑って
『そうですね、マサトサン。それも視察予定に入れておきましょウ』
公私混同であるが、まぁいいかと思う柏木。これもイゼイラ科学の視察である。重要な視察なのだ。うん。
……そんな話をしていると、マリヘイルが数人の秘書を伴ってその空間……というか、今は部屋に入ってくる。ジェルデアと、イゼイラの政府関係者も一緒だ。
『こんにちは、ケラー。昨日はごゆっくりお休みになられまして?』
マリヘイルが柏木に話しかける。
「ええ、連合議長。お気遣い感謝いたします」
『聞くトコロ……色々とヤルマ……いえ、ニホン国の皆様がお知りになりたかったことがわかったようですネ』
「はい……もう、私にはあまり壮大過ぎて……昨日、本国とミーティングしましたけど……まぁ向こうもおそらく卒倒者続出でしょうな。アハハ……」
そういうとマリヘイルは、それはとても良いことだと話す。
「え?良いこと?」
『ハイ、そうです。それが『未知との文明』と交流を持つ醍醐味でス……確かにお互いビックリもするでしょうし、コシを抜かし、気を失いもしましょうが、いやな事ではないでしょう?』
「ええ……確かにそうですね」
『そう……未知の文明と出会って、お互いの驚きを交換する。これは本来素晴らしいことです。しかし、そこにはどうしても不安や、恐怖、畏怖、警戒、疑義という言葉が最初につきまといます……それが素晴らしいことになるためには、そういったネガティブな方向に事が進まないように、お互い器量を大きく持って努めなければなりません……今回は、我々としては、ニホン国という、もう既に国交のある対象がお相手になりますから良いですが、これが一から始めなければならないことなら、なおさらですね……そのネガティブな事柄は、実務的で現実的なことでもありますからね』
さすがは連合議長と呼ばれる人物だけはある。
彼女は柏木との二言三言の会話で、今の柏木の心中を見事に言い当てた。
少し心が軽くなる柏木。
すると、室内放送で、スタッフが連絡を入れる。
『サイヴァル議長閣下、ヤルバーン側からゼル空間同期完了の連絡が入りました。準備完了です』
『向こう側のお客様方は?』
『既に、入室済みとの事でス』
『わかった……では、同期させてくれ』
『了解……同期します……』
その言葉と同時に、部屋に置かれた長テーブルの対面に光柱があがり、人物らしき形状が造成されていく……そして寸分たがわぬ姿でその人物達が、仮想物質ホログラフで造成された……
二藤部、三島、春日、新見、白木、真壁、大見、久留米、多川、加藤、そして数人の政府スタッフにッ真壁関係の科学者数人……シエ、ヴェルデオ、ゼルエ、ジルマ、ヤルバーン側スタッフ……
日本のヤルバーン側から見れば、イゼイラ側の人員が同じように造成されているのだろう。
柏木は、フェルの家で見た件のホログラフな現象もあってので、多少は慣れているが……見た目全く変わらぬ知人達の登場に、やはり少々狼狽する。
無論、先ほどのマリヘイルの言葉ではないが、日本のみなさんは、目をまん丸にして柏木達を凝視していた……
「は、ははは、どうもみなさん。地球時間では一週間ぶりぐらいですか?」
「か、柏木!……おまっ、本当に柏木か?!」
「あたりめーだろ白木。まぁ仮想立体物だけどなお互い。……オーちゃんも元気か?」
「あ、ああ……い、いや……お前……今、5千万光年先のイゼイラにいるんだよな……」
「そうだよ……まぁとりあえず握手といこうか」
白木や大見と握手する柏木。
おそるおそる手を出す二人……
すると、白木、大見がギョっとした顔をする……
「う、うわ……触れる……で、でも、体温ねーぞ……」
白木が驚く。
そして握手を離した手をジロジロと眺めていた。
大見は、北海道で似たような経験をしていたので、まだマシな様子。
「これが立体仮想映像通信……こちらではゼル空間通信というらしですが……すごいだろ……あ、総理、三島先生、春日さん、そしてみなさんもお疲れ様です」
そういって柏木は握手を行う。
一様に、みなびっくり顔。
『マサトサン……ウワキハシナカッタ?』
シエが、ヌルヌルな感じで柏木に擦り寄ってくる。
『え? まさかケラー……シエ嬢とも!』
サイヴァルが驚いたあと、柏木を見る。
「えぇぇ! ち、違いますよ議長! シエさんもうぅぅぅぅ……まぁた誤解されるでしょう……」
『ナンダ? 再会ヲ喜ビ合ッテハイカンノカ?』
「だから、その『浮気』がどーのこーのってなんなんですか!」
『シエ! もぅまたですカ!……ニホンに帰ったらヒドイですからネっ!』
ムキー!で、プンスカなフェル。
え? え? となるサイヴァル。
するとマリヘイルがフォロー
『サイヴァル、シエのいつものヤツですよ、ホホホホ』
『あ? あ、ああ、そうか、ははは! あ~ びっくりしタ……』
どうもシエは、本国でもこんな感じらしい……
大笑いするサイヴァルとマリヘイル。日本側もいつものことなので同じく大笑い。
とにかくまぁ、これでツカミはOKということで、場が和んだところで、柏木が日本側の人員を紹介の後、イゼイラ側の人員を二藤部達に紹介した。
『ファーダ・ニトベ総理大臣、ファーダ・ミシマ副総理、ファーダ・カスガ幹事長。お会い出来て誠に光栄です。そして皆様も……私がイゼイラ星間共和国議長のサイヴァル・ダァント・シーズです』
『私はティエルクマスカ銀河星間共和連合・連合議長のマリヘイル・ティラ・ズーサです。お会いできて光栄でございます』
サイヴァルとマリヘイルが、地球式握手をみなに求める。
「はじめまして。よろしくお願い申し上げます。サイヴァル議長閣下、マリヘイル連合議長閣下」
二藤部も緊張が解けたのか、笑顔で挨拶。
三島は、かの有名な半径二メートルの笑顔を振りまく……三島の笑顔は、国際舞台では必殺のカリスマ笑顔で有名である。
『そして、ヴェルデオ司令……この度の任務、大変ご苦労でした……スバラシイ成果ですね』
『ハ、議長。ありがとうございまス』
『ケラー・ゼルエ。君もご苦労だった……助かったよ……ケラー・シャルリを寄越してくれたのは大正解だった』
サイヴァルは暗にシレイラ号事件の事を言った。無論彼やシエには、その事の報告は行っている。
『ハ、光栄でありますファーダ』
『それとシエ……君は相変わらずだなぁ……まぁ、ある意味安心したよ、ハハハハ』
『ウム、サイヴァル。ソシテマリヘイル。オマエ達モ壮健デナニヨリダ。シカシ、ソノ相変ワラズトハナンダ? 私ハイツデモ誠実実直第一ダゾ?』
え? 誠実? 実直? マジか? マジデスカ? となる柏木。
ハァ~ となるサイヴァルとマリヘイル。
するとマリヘイルが……
『シエ、貴方もフリンゼと一緒に帰ってきて、一度本国に顔を見せれば良かったのニ……』
『デ、アノ、バカ息子二人ニ挨拶シニイケトイウノカ? フゥ……カンベンシテクレナイカ……』
手を横にあげて、ウザそうな顔をするシエ。
サイヴァルとマリヘイルは渋い笑顔でお互いの顔を見る。
シエのダストール会話に、まぁ解っているとはいえ、なんとも驚く日本スタッフ……まるでそこらのネーチャンと、オッサン、オバハンの会話である。
そんな再会の喜びもそこそこに、イゼイラと日本、お互い対面に分かれて着席。
無論柏木は日本側に着席する。
まず話し出すはサイヴァル。
『ファーダ総理。この度は我が国、そしてティエルクマスカ連合との国交樹立に際して、日本政府ミナサマのご尽力に、心から感謝いたしまス』
そしてマリヘイルが続く。
『ええ、私達も、ヤルバーンが地球に到着した際の状況は全て知っておりまス……当時の事を考えれば、貴国の対応に敬意を評したいと思いまス』
その言葉に二藤部は恐縮しつつ
「いえ、私達としても、地球や日本の歴史において、まるでフィクションな物語の世界が現実に起こってしまったわけでして……当初は驚きましたが、いざ蓋を開けてみれば、お互い種族性ともうしましょうか、共通するところが多々あるようで、現在の関係に至れたことに嬉しいというよりも……ハハハ、正直ホっとしているというのが感想です」
そんな社交的な挨拶もそこそこに、今度は二藤部が切り出した。
「議長閣下、実はそちらの時間で昨日になりますか、こちらの柏木大使から数々の報告を受けました」
『ハイ、それに関しては我々も承知いたしております。今回、もうご存知でしょうが、フリンゼと呼称される立場のフェルフェリア議員とご一緒していただいたケラー……あ、いや、ファーダ・カシワギ大使に、色々とご覧いただき、件の事案についてご説明、開示もさせていただきました……今回、ニホン政府の皆様が疑問に思っていらっしゃったことの御回答ということになったと思いますが、如何でしょう?』
「はい、確かに貴国そして連合各国と、あまりに格差のある技術文明の接触という点を考えれば、貴国のお取りになった対応は、賢明であったと今もって思います」
サイヴァルとマリヘイルはウンウンと頷きながら聞く。
そして二藤部は続ける。
「特に……貴国の文明の成り立ちですか……これに関しては我々地球の文明では前例がないようなもので……正直、そのフィクション作品の世界で語られるお伽話な世界がそのまま現実であったという事なので、その点に関しては驚きを隠せませんでした……」
『ハイ、ファーダ。我々の文化文明は、かような経緯を経ておりますので、確かに貴国やチキュウ世界との科学技術格差は、相当なものがあろうかとは思いますが、その点を特に我々は重要視しておりませン』
サイヴァルはその言葉とともに、少し言葉のトーンを落とす。
『ファーダ・ニトベ……それにニホン政府の皆様方……』
「はい、何でしょう」
『単刀直入にお話ををさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』
「はい、如何様な事でしょうか?」
すると、サイヴァルは、マリヘイルと目線を合わせ、お互いに頷きあい、意を決したように話す……
『ファーダ……我が国、そして連合は今、存亡の危機にありまス……』
……
…………
………………
……ヘ? となる日本側。
思わず柏木が横から
「ぎ、議長……な、なんですって???」
『フフフ……ファーダ大使……聞き間違えではありませんよ……そのとおりの意味です』
ジッと聞いていた三島も思わず……
「議長閣下……何かの冗談ですか? 少々話がみえないのですが……」
日本スタッフ全員「なんの話デスカ?」な顔。
しかし、よくよく見ると、サイヴァルのその話が出た途端、フェル以下、イゼイラ・ヤルバーン側のスタッフは、とてつもなく重い顔になる……
どうやら冗談で言っているのではないらしい……
柏木達日本スタッフも、お互い顔を見合わせ合う。
二藤部が日本勢のざわつきを制するように、掌を前後に振り……
「おっしゃっている意味が、良くわからないのですが……まぁ……お話を聞きましょう」
『ハイ……ハハハ、私もさすがに、いきなりのこういう切り出し方はどうかとは思いましたが……フゥ……ファーダ大使にもお話しさせていただいたように、そのままの意味なのです……』
二藤部は、眉間にシワを寄せて、真剣な目線でその話を聞く。
『ファーダ・ニトベ……ファーダ大使より『我々が希望を必要とする問題を抱えているようだ……』というような報告を得ていますよね?』
「え、ええ……」
『なるほど……ふむ……実は、我々は、あと、そうですな……地球時間で言えば……300年から500年後……少々幅は大きいですが、それぐらい先に滅亡してしまうかもしれないのです……』
「さ、300年から500年後?……め、滅亡……ですか?」
『はい……今すぐの危機ではないのですが……それぐらい先に、このティエルクマスカから、連合各国の種族は絶滅……消えてなくなる可能性があります……』
柏木が思わず声を上げる。
「ぜ、絶滅って……言葉の意味、間違っていませんか?」
『イエ、そのままの意味でス』
柏木は、その言葉を聞いて、ハっと思い出す……
「え?……も、もしかして……あの……精死病? ですか?……」
『確かにそれも一つのファクターでしょう。ただ、それが全てではありません』
サイヴァルは話す。
昨日、フェルが柏木に話したイゼイラの成り立ち……
地球で言う中世の人間が、一足飛びに科学技術の極地に達した文明。
それ故に、彼らには『進歩』『発達』の概念が、希薄であるという事。
これ、すなわち、彼らの文明は、科学技術と、それに伴う社会構成、そして社会インフラが成熟しきってしまっているという事でもある……
『成熟』している……といえば聞こえはいい。
確かに彼らの社会は成熟している。なので、彼らは他種族と争うこともなく、かような高度な連合国家を築くことが出来た……なので、地球側から見れば、貧困と、差別という概念と、偏見すら一掃した完璧とも言える社会主義社会か、共産主義社会ともいえる世界を維持してこれた……コレ自体は彼ら文明の偉大なる成果である。それは間違いない。
しかし、本質的なところで問題があった……
それは『成熟しきってしまった』ことである。
『成熟した』であればそれはいい。
しかし、『成熟しきってしまった』となれば、言葉の意味は変わる。
例えば、果実が、生物が、成熟しきってしまった後はどうなるか……腐るしかない。
腐るという事自体は、実は問題ではない……腐ることは悪いことではない。それはよく宗教で言われる『土に帰ること』だ……次の世界か、何かがあるのだろう。
しかし、イゼイラやティエルクマスカの科学者は、自分たちの世界に存在する、ある矛盾点に気づくことになる。
もし『成熟しきる状態』が、その科学技術に相応した『知識』『精神』もそうであれば、問題ない。
精神と、知識と、技術が『成熟しきった』時、おそらくその文明は、次の何かが待っているのだろう。 おそらく、その次の、未知の世界の扉を開くことができる。
しかし、彼らティエルクマスカの人々は……『精神』と『知識』が成熟していないのだ……むしろその精神は地球人に近い。
つまり、まだ青い果実の状態である。
知識に至っては、彼らの持つトーラル文明遺産以前の、そこまでに至る、長い長い長い知識の積み重ね……その歴史が『 な い 』
他の部分が若々しく、これから先があろうかという青年のような状態で、一部分のみが成熟しきった……そう、熟れ過ぎた果実のような状態。
それがティエルクマスカの世界なのだ……
サイヴァルは、このようなティエルクマスカ世界を救える方法がないか、模索しているという。
そういう彼らの世界の状況を聞いて欲しいと、二藤部や日本勢に語った……
『……ファーダ大使……あの精死病なのですが……かの医療施設の医師が『原因がわからない』と言っていたのを覚えていますか?』
「え、ええ、もちろん……」
『ええ……確かに医学的にはその原因はわかっていません……しかし、我が国の理論物理学者や、哲学者の間では……医学的な事が原因ではないのではないか……と、仮説を立てているのです……ただ……』
「その仮説を証明したくても……誠に失礼を承知でこういう表現をしますが……その歪な発達のおかげで、あなた方の世界では、その仮説があっても、証明しようがない……と……」
『はい、そのとおりなのです。ファーダ大使……そして、その精死病患者の発症率を調べると……ティエルクマスカ連合各国の出生率と、患者発症率、その比率を計算すると……ティエルクマスカ連合の国家機能が停止するレベルに達するのが、300年後から500年後という結果がでているのです……』
「……」
『そして……ティエルクマスカ連合各国の出生率も、周期を追うごとに低下していまス……これも原因は色々と言われていますが……どちらにしろ、この出生率低下と、精死病発症率の増加傾向が、大きな問題なのです……』
……柏木は頭をかきむしる。
(哲学に理論物理かよ……俺は芸術系だぞ……こりゃ……ちょっとな……)
他の日本側出席者も、多かれ少なかれ同じような感じだ……どうにも理解の範疇を超える問題だ……
しかも、その期日が、300年から500年後の話と言われても、どうすればいいのかと……
出席者一同、しばし沈黙……
だが……日本勢の中で、席の端っこの方に座る一角のみが、やいのやいのと活発な会話をしていた……
そう、東大宇宙物理学教授の真壁と、真壁が連れてきた学者連中である。
「……一度、その患者さんを見てみたいですね……」
「うん、そうじゃな……君、どうかな、キミの意見は……」
「……レディンガーの猫じゃないですが……」
「ええ、考えられることといえば、その患者自体が、イゼイラの長い歴史という時間軸で、エヴェレットの多世界解釈的状態に陥っている可能性もありますが……現状ではなんとも……」
「そのもつれた状態を、どこかで重ね直しできるとか、そんな感じにできないかね?」
「いやぁ~ 今の話でも、かなりSF的ですよ、ヨタ話に近いですし……」
「まぁヨタ話としてもだ……その可能性があるとして、そうなったのはやはり……」
「ええ、イゼイラの、そのトーラルという文明の技術があまりに進みすぎているという可能性も考えられますが……」
「あ、あの~ 真壁さん?」
「でな……ん、んん? あ、ああ、何かな?柏木さん」
「も、もしかして……今のお話、理解できるんっすか?」
「いや、理解というか……『可能性』の話だがな、ハハハ。彼が哲学的にわからん話ではないと言いおってな」
真壁が、その学者の一人を指差す。
その話を聞いた途端、イゼイラ側は「えええええ!?」というような表情に変わる。
「でじゃな、コッチの彼が、ヨタ話……ゴホン、あ、いや、ちょっと無理のある仮説という前提で……という事で、そういうことならとね、色々可能性はあると言い出しおってな、議論紛糾中だよ、ハハハ、スマンスマン。こっちは気にせず続けてくださらんか」
そう言うと、それまで黙して聞いていたジルマが……
『ち、ちょ、ちょっと待ってくれ……そのエヴェナントカとかいう話、詳しく聞かせてくれんか……』
「え、ええ構いませんが……では後ほど、会議終了時にでも」
『あ、ああ、ぜひともお願いしたいのう』
すると、その学者の一人が……
「あの~ 議長閣下」
『は、ハイ、なんでしょうか?』
「もし、よろしければ、その患者さん、診せて頂くことはできないでしょうか?……」
すると白木が
「せ、先生、そりゃ無理ってもんでしょ。今こんな風に普通に会話してるんで錯覚してやしませんか?」
「あ、そうか、そちらは5千万光年先ですものね……ハハハ、すみません」
柏木はその様子を見て、手を顎に当て、しばし考えた後……
「議長閣下、もしよろしければ……私が帰国する際、その精死病の患者さん……何人か地球に移送させることはできませんか?」
『エッ?』
「ええ、まぁそれでどうにかなるという話ではないですが……あちらの先生方も意欲的になってくださってるようですし……あの患者さんの様態を見るに、難しい話ではないと思うのですが……」
そう話すと、そこで二藤部が「その話が出たか」とばかりに……
「それと議長閣下、柏木さんの報告で我が国の閣僚らとも検討しましたが、貴国がご希望するなら、貴国が所望する分野の技術者や、職人、学者を集団でそちらへ派遣させていただく……ということも可能ですが、如何でしょうか?」
その二藤部の言葉に、イゼイラ側は色めき立つ。
二藤部は続ける。
「我が国は、貴国より様々な技術の提供を受けました。それはもう金銭では換算できないほどのものをです……そしてあなた方の外交方針と、その責任をお伺いしまして、皆様が純粋に誠意のある方々と理解できました……そのご恩返しのためにもこれぐらいの事はさせていただきたい。で、政治には、表があって裏があるとは良く言いますが、ハハハ……まぁ、このお話の裏を話せば、当方の派遣する技術者集団に、貴国の科学を学ばせて頂きたいと言うこともあります。もうハッキリ申しておきましょう」
サイヴァルと、マリヘイルは目をほころばせ、ウンウンとその話を聞いている。
真壁が連れてきた一人の学者がサイヴァル達に語りかける。
我々地球人や日本人は、確かに現段階では、ティエルクマスカの科学に比べれば比較にならないほど遅れていると。
しかし、ティエルクマスカの科学技術は、それを『結果』……つまり一種の回答として、提示され、それを見せてもらえば『理解』はできるのだと。
それはなぜか?
なぜなら、我々日本人や地球人も『想像』をし、今はまだ仮説や、理論、それ以前のSF的で荒唐無稽な疑似科学レベルのような話であっても、100年先や1000年先の世界の技術を『発想』することはできる。だからティエルクマスカの技術は『理解できる』のだと。
一般国民は別にして、我々科学者や技術者がティエルクマスカの技術に驚愕する理由は……『信じられない』のではなく、想像の『答え』を具体的に見せられたからなのだと……そう話す。
そして、柏木の報告を見ると、どうもティエルクマスカやイゼイラの人々は、その1000年先を発想、想像する力が希薄なのではないかと。
それは恐らく、生き残るためとはいえ、いきなり本来イゼイラ人が知性の歴史を積み重ねて行かなければならない1000年先か、果てはまだその先の先か……な世界の技術を手に入れてしまい、それ以上の発想や想像ができなくなってしまっているのではないかと、その学者は語った。
二藤部はその話に続く。
「……ですからサイヴァル議長……もし貴方がたが、我々の持つ技術や文化の歴史を欲するというのであれば、日本国政府は総力を上げてそれらをご提供致しましょう。そして地球世界の、我が国の友好国であるアメリカやヨーロッパ諸国といった国々の協力を得ることも出来ます。そういった国々には、我が国が苦手とする技術を持つところも多々あります……もし貴国の、我が国に対する外交方針に一段落つけば、そういった国々とも我が国が窓口になって協力を要請しましょう。そしてお互いの世界で、1000年先の話をできるようにしていきませんか? 如何ですか?」
1000年先の話……
サイヴァルとマリヘイルは、顔をほころばせしばし沈黙する。そしてお互いの顔を見る。
イゼイラ側スタッフもみんな笑顔だった。
シエも、それまでに見たこともない優しい笑顔で笑っている。ゼルエもジルマも、ヴェルデオも同じく……
フェルは柏木の顔を、笑顔でじっと見つめていた……
彼らは……彼らの予想では、300年後から500年後に滅亡するかもしれない……しかし日本国政府は、1000年先の話をしようと言ってきたのだ……
柏木は、二藤部も相当な演説家だと思った。
その点では、ネゴシエイター的には……(花マル100点っす、総理)と心のなかで思い、彼も顔を綻ばせる。
そしてサイヴァルは、やおら語りだす。
『やはり……今日、会談をして正解でしタ……大正解だ……』
「……」
『皆様地球人、そしてニホン人の方々は、やはり相当高度な知性をお持ちの方々だ……』
「……」
サイヴァルは、そうゆっくり話すと……スタッフを呼び「例のものを」と告げ、何かを持ってこさせる。
しばし待つ皆の衆。
するとスタッフが、イゼイラ製のきれいな箱を持ってきた。
大きさはスーツケースぐらいだろうか?
サイヴァルは、その箱を二藤部達の前に差し出し、そっと開ける……
その中に入っていたもの。それは……
「これは!?」
黒光りする箱の上に描かれるは、金色の菊花紋章。
そう、あの今上天皇陛下の贈り物だった……
サイヴァルはその箱を、さらに開ける……
両陣営のスタッフは、身を乗り出してそれを覗きこむ。
日本勢は、一様に礼儀正しく敬礼してから。
マリヘイルにシエやゼルエ達も、興味津々だ。
フェルも、目がサラになっている。
サイヴァルは、そっとその箱のフタを持ち上げて、傍らに置いた……
その中身は……
何やら筒状の物体数本と……きれいな鳥の羽根で出来た扇だった……
「これは?……」と二藤部。
「まさか、これを陛下が?」と三島。
「えらく古ぼけた品物ですね……」と白木。
サイヴァルが、二藤部に何やら穏やかな表情で、その品物の説明を始める……
『この贈り物デすが……誠に失礼を承知で、当方の科学者に検査を依頼しました……』
「ええ……それで?」
『誠に信じがたい事なのデすが……この品物の作られた年代は、約1000年、もしくはそれ以上前の物という結果が出ました……』
「はい……」
『で、この品物なのですが……こちらの筒状の物体、これは、我が国で使用されていた、かなり古いタイプの、ナノマシン投入用アンプルであることがわかりました……』
この言葉に、日本勢、全員……
「は、はぁぁぁぁ!?」
と言葉をあげてしまう。
サイヴァルは、更に続ける……
『そしてこの道具、何の目的に使用するかはわかりませんガ……』
「こ、これは……扇、ですね?」
『オ・ウ・ギ?』
「ええ、いや、ハハ、暑い時にこうやって仰ぐ道具ですよ……このような鳥の羽を素材として使うタイプは、中国からの渡来品のようにも感じますが……」
『いえ、それガ……』
「?」
『…………この素材なのですが……イゼイラ人の体毛と同じDNAが検出されたのです……』
「え?…………………………なんですって?……………………」
横で聞く柏木は、その言葉にハっとする。
そう、クリスマスの時に、フェルからもらった、フェルの、羽髪製の万年筆だ……
思わず柏木とフェルは口をポっと開けて、顔を見合わせる……
『しかも、このDNAがですね……フゥ……我々も驚いたのですが…………我が国にその人物と同一のDNAデータが現存していまして……』
「……」
サイヴァルは、チラとフェルの顔を見る。
フェルは、まだ口をポっとあけたまんま……
『その人物の名は……『ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ』……もうご存知かと思いますが、フリンゼのご先祖で、我が国の女帝、そして創造主のお一人、いや、日本人的な言い方をすれば、“イッチュウ”? です……』
・
・
・
・
・
一同、言葉が出ない……
三島は「え?」「何?」という表情をして、薄ら笑いだ。
日本側は、みんなお互いの顔を見合っている。
イゼイラ側は、何かとんでもない驚きと、喜びの表情が合わさったような……そんな顔。
いつのまにかみんな立ち上がって、ざわついてしまっている……
「ち、ちょ……みなさん、ま、まぁまぁ、とにかく着席しましょう……落ち着いて……」
柏木が、ハっと我に返り、手を前に出して、制するように上下へ振る。
そして、ジェルデアに
「ジェルデアさん、この間お話ししたこと!……」
『え、ええ、ファーダ……的中していました……』
すると三島が横から
「な、なんだい先生、その話ってのは?」
「い、いや、実はフェルの質疑を見学していた時なんですが……その時に、どうもイゼイラ人の方が、今より過去の時代に、地球を訪れていたような事を話していまして……」
「え、えええ!? ほ、ホントかよ先生……そんなの報告書に書いていなかったぞ!」
「す、すみません……いえ、それが彼らもわからないとかなんとかで……さすがに報告できるようなレベルの話ではなかったので……フェル、そこんところどうなんだ?」
『ハイ……ハァ……議長……もうこれでハッキリした、ということでヨロシイのですネ?』
『はい、フリンゼ……フリンゼの質疑が、あそこで打ち切り状態になってしまったのも、ファーダ大使がコレをお持ちになり、その結果が判明したからでして……つまり、その時点で質疑をする意味がなくなってしまったということです……』
そしてサイヴァルは、正面に向き直り……
『ファーダ・ニトベ……』
「は、はい……な、何でしょう」
さすがの二藤部も少々、いや、かなり狼狽している……
『実は……先ほどファーダ大使の仰ったとおり、我々の持つ過去の記録で、イゼイラ人、いや、そのナヨクァラグヤ帝が、過去にチキュウ……その中のニホン国とおぼしき場所に行っていたという記録があるのです……』
「は……と……言われましても……」
『この品物を調べるに……当方の記録と合致する点も、多々あります……地球時間でおよそ1000年か、それ以上前になると思います……』
「……」
『実は……あなた方日本国政府が一番お知りになりたいと思っていらっしゃること……これがその理由なのでス……』
「え? と、言いますと……あなた方が、なぜ他国ではなく、日本のみをターゲットにしてやって来たか? という?……」
サイヴァルは、フゥと吐息を一つ入れると……
『……それをお話する前に……ニホン国で……その……我々のような、地球人から見れば異星人のような存在が、過去に日本を訪れたような……そのような記録はないのでしょうか?……どんな些細な事でも構いません。如何でしょう?』
「ハハ……と、言われましても……さすがに……」
困惑する日本政府側。お互いの顔を見合わせて半笑い状態……
……すると、ポップカルチャー大臣な三島が一言……
「……まぁ~……ねーこたぁねーけどよ……」
その言葉を皮切りに、日本人なら誰でも……老若男女皆が知っているアノ話を思い浮かべる……
「え? まさか……」と二藤部。
「ええ、まぁ、あるっちゃー……ありますよね……」と柏木も。
『ホ、本当ですカ!? マサトサン!』と目を輝かせるフェル。
「まさかぁ……あれか?……いや、そりゃ関係ねーだろー」と白木。
「ああ、いやまぁしかし1000年前ぐらいっちゃー、アレぐらいだろうなぁ……」と大見。
「しかし……いや、まさか……それは……あまりに……非現実的な……」と真壁。
「アレ?……え!? まさか……それはないでしょう!?」とタイミングの遅い春日。
「でも……物的証拠が……ここに……」と贈り物を指さす多川。
「しかしあの話の内容が……ただ共通するのがアレってことだけで……」と久留米。
「でも、ナノマシンとか言っていますよ……あの話だって……」と加藤。
「しかし、皇室からナノマシンが提供されますか? 普通……これをどう説明します?」と学者A
「あの物語の人物と、年齢と状況が合わないでしょう……最初の出だしとか……」と学者B
「所詮は寓話だからなぁ……しかも写本でしょ、アッチは……」と学者C
何やら三島の一言が、雪だるま式に、日本側の議論を紛糾させる。
イゼイラ側は、しばしほったらかしにされて「???」な表情。
その中に、一人勇者として、フェルが日本側の議論に混じっていた……いつの間にかフェルは日本側の席に座っている……自分のご先祖の話だ、致し方なかろう。
『オイ……オマエタチ……』
その様子を見ていたシエが、さすがに業を煮やし、議論の間に割って入る。
日本側が、ビデオのポーズでもかけたかのように、『世界秩序』なアーティストのロボットダンスのような格好で、各々のポーズの状態で固まり、シエの方を見る。
『議論スルノモケッコウダガ……スマンガ、話ヲマトメテ、我々ニモオシエテクレナイカ? ホッタラカシニサレルノハ寂シイゾ……』
「あ……」と、全員、頭をかきながら、元に席につく……フェルもいつの間にか日本側にいたのに気づいて、頬を染めながら、トテトテと自分の席に戻る……そしてポソっと着席。
イゼイラ的には、超真剣な話なのに、その日本側の滑稽な様に、サイヴァルやマリヘイルもさすがにクククっと笑ってしまう……それとシエの突っ込みにも……
『ファーダ・ニトベ。その様子ですと、何やらニホン国民全員がお知りなる『情報』のようですガ……』
「ええ、いや、まぁ……そうなんですが……」
『お願いしまス、どんな些細なものでも構いません。お教えいただけますカ?』
「はい……う~ん……」
二藤部的には、政治家としてやはり話しづらい。一応は一国の首相である。
それに、知ってはいても、学術的な話まではさすがにわからない。
そこで、それを見かねたポップカルチャー担当の三島が「俺が代わりに」とばかりに、話し出す……
「いや実は議長閣下、日本にも丁度1000年前ぐらいに、そういった異星人……かどうかはわかんねーんですが、そんなお伽話がありましてな……」
『ん? それはどんな?……』
「ええ……そのお伽話には、今風に言えば異星人じゃないかって感じの、人物が登場するんですわ……」
『ハイ……』
「その人物の名が……『かぐや姫』って言いましてね」
『カグヤ……ヒメ?』
「ええ、で、日本人は、その名前でみんな知っているんですが、正式な本名が……『なよ竹のかぐや』と言うんですが……う~む……言われてみりゃぁ……確かに……」
その言葉に、イゼイラ側は全員色めき立つ。
まるで頭に稲妻でも落とされたかのようだ。
『ナ……ナヨタケノカグヤ……』
フェルも、その名前をブツブツと連呼しているようだ……
あまり言い過ぎると万歳三唱しそうなほど……
しかし……と三島は頭をかく。
所詮は、科学の『か』の字もない頃の、日本のお伽話だと……
『ファーダ・ミシマ……もしよろしければ……そのオトギバナシの内容……お聞かせいただけませんカ? 資料提出に時間がかかるのであれば、いつまでもお待ちいたしまス……』
「あ~いや、そんなに時間はかかりませんよ。じゃぁ、ちょっと休憩入れましょうや……なぁ総理、別に構わねぇだろ?」
「そうですね……ちょっとお互い色々と頭の整理をしたほうがいかもしれません。そうしましょうか……」
『確かニ……では、この部屋はこのままの状態にして、一旦休憩にしましょウ』
ということで、休憩に入る諸氏。
日本側や、ヤルバーン側は、部屋を出て行ったようで、シュンシュンと光とともに、その姿を部屋から消していく。
しかし、シエとゼルエが居残った。
休憩になった会議室の中に、シャルリが入ってきたようだ。
「隊長、久し振りだね」
ゼルエに話しかけるシャルリ。
「おー、シャルリか……久しぶりだな……元気だったか?」
「まぁね……なんでも隊長も出席してるって言うから、ちょっと顔を見させてくれってね」
「そうか……」そしてゼルエは小声になり……「(聞いたぞ、シャルリ。あいつらとやりあったんだってな……)」
「(ああ、大使もまだニホン政府には報告してないってさ……色々あるみたいだよ)」
「(そうか……でもケラーもなかなかよくやってくれたようだな)」
「(アア、正直、大使がいなけりゃヤバかった……)」
「(フム……あのなシャルリ……俺の進言ってことで、総省にちょっと掛け合っといてくんねーか?)」
「(なんだよ……一体……)」
「(……)」
何やら耳元で囁くゼルエ。
そんな二人を横目に、シエがフェルと柏木の元にやってきた……
『カシワギ、元気デヤッテイルヨウダナ』
「ああ、シエさん、どうも」
『シエ! 何ですかさっきのハ!』
『フフフ、マァソウ怒ルナ、フェル』
「ハハハ……あ、そうそう、シエさんに一言お礼を言っておかないと」
『ン? ナンダ?』
「あのライフルですよ……聞いてるでしょ? あの件」
『アア……アレカ……災難ダッタナァ……マァ、アノ武器ガ役ニ立ッテ良カッタ』
「当面、政府には伏せておいてくださいね……さすがにちょっと日本的にはややこいしので……」
『ウム、了解シテイル……トコロデ、フェル』
『ナンデスかっ?』
『私ノライフルガ活躍シタヨウダカラ……今度カシワギト、デートナ』
『ア~~! なんでそうなるデスカっ! あ、デモ、サーマルの服着ちゃいましたもんネ~~ フフン』
『私ハダストール人ダ。ソンナ、イゼイラノ習慣ナンゾシラン フフン』
『ア、ソンナこと言うデスカ、じゃぁ……』
いつものフェルとシエの会話。
このやりとりを、なぜか心地よく思う柏木。思わずニヤついてしまう。
しかし……と柏木は思う。
(まぁ……あの話かどうかは別にして……イゼイラ人、いや、ナヨクァラグヤ帝が、1000年程前に日本に来ていた? どうも確定みたいだが……どういうことだ?)
フェルの顔を見る柏木。
フェルとシエが、キャイキャイとなんかやっているようだ……
シエにも早くデルンを見つけてやらないと……と思う柏木。口を波線にする。
(ナヨクァラグヤ……か……なよ竹のかぐや……ナヨカグヤ……フェルが、かぐや姫の子孫? ……ハハッ……まさかね。もしそうなら、日本の歴史、ひっくり返っちまうぞ……)
日・イ・ティ首脳会談。
緊急の会談とはいえ……今日は、これまで以上に驚かされる。
そして、これまでのヤルバーンが『機密』にしていた事の総括と……新たな始まりのような、そんな会談だ。
(しかし……イゼイラ人が今のままでは滅亡、絶滅してしまう……か……300年後か500年後ってなぁ……どうするかなぁ……)
お互い存在するようで存在していない仮想空間の一室。
隣では、フェルとシエが、まだキャーキャーやっている。
柏木は、そんな二人の横で、机に立て肘突いて、考えこんでしまうのだった……




