―19― (下)
イゼイラ星間共和国議会。
イゼイラの議会は一院制からなる。その議員総数10000人。ティエルクマスカ連合議会議員数よりも多い。
日本の場合は、衆議院が現在475人で、参議院が242人。日本国1都1道2府43県で、国民数約1億2000万人。
イゼイラの場合、日本のような地域国家とは比較できないが、自治体化した派遣探査艦を除くと、自治体領有惑星、衛星数は250。その中で領有する恒星系が4星系。首都本星イゼイラの総国民数は30億で、星間共和国全体で見ると、約600億。
とはいえ、惑星単位で自治権を持つ州として制定している自治体がほとんどなので、イゼイラは実際のところは連邦国家なのである。
国民の分布も様々。中には惑星一つの州に、人口が10万人しかいないようなところもある。
そしてその州から選挙で選出された議員が中央で共和国全体にかかわる政治案件を決定する。
従って、国政議会の人数としては、国家規模に比して決して多い数ではない。
この中で、議員数10000人の内、150人が旧皇終生議員の数である。
つまり、この旧皇議員の数は、各自治体惑星が旧皇室貴族の領有地であった頃の数に比例する。
従って政党数は、それはものすごい数がある。
イゼイラでは一党が単独過半数で政権運営するということはまずありえない。連立政党で過半数を取り、政権を運営するパターンがほとんどである。なので、純粋な政策集団でなければ政治をやっていられないという事情もあるのだ。
まぁとはいえ、10000人という数自体は、比率とは別に体感的には実際多い人数だ。ここで質疑応答することというのは、それこそどこかのコンサートで、10000人の観客相手に一人で歌を歌うタレントの心情に等しい。
一つなにかやらかして議場をざわつかせれば、10000人がざわめき、ブーイングも10000人のブーイングを食らう。
柏木は今、まだ誰もいないこの議会の来賓席にいた。
先の首脳会談要請の件を、ヴェルデオと白木と日本政府に連絡したあと、彼はサイヴァルに頼んでフェルの質疑応答を見学できないかと頼んでみた。
すると、意外な事に、見学どころか、議会で何か演説を行ってほしいとサイヴァルから要請がきて「なんですと!?」と相成ったわけである。
サイヴァルが言うには、ヴェルデオが国会で演説させてもらったのであるからして、柏木もイゼイラの議会で何か一発発言してもらうことは当然だと。むしろこちらからお願いしたいとおっしゃる。
まぁそう言われれば当然か……とも思うが、ヴェルデオに演説してもらったのは、正直言って地球世界での日本とティエルクマスカ―イゼイラの関係を誇示するための……正直な話、少々政略的なところもあり、お互い打ち合せの上での、所謂一種のお芝居という面もあったわけだが、今回は純粋にお客様のお言葉としての発言を求められられている。
何を喋ったらいいか、チョイと困ってしまう彼であった。
演説はフェルの質疑の後で、ということだ。
つまり、サイヴァルの考えとしては、フェルが何故に召喚されたか、質疑を見てもらい、その雰囲気や内容を知ってから、話をして欲しいということなのだろう。
ある意味、彼はサイヴァルに試されているのか?とも思ってしまう。
(しっかし、やっぱ宇宙規模の議会となりゃぁこうもなるか……)
議場を見渡し、これまた呆ける。ほぇ~ ってな具合だ。
おそらくこういった国政の議場で、デカイといえば、中国の全人代などがよく知られている。
あのバカデカイ議場で一体何をするのかといつも思っていたが、ここはそれ以上だ。
まさしく野球場の半分ぐらいの議場というのが適当かと。
ホント、コンサートか何か開けそうである。
議場を案内してくれたスタッフの話によると、やはり一万人規模の議場だけあって、質疑応答の設備もすごいらしく、議員はその場にいながらにして、VMCモニター等を駆使するなど、議場全体にその表情やジェスチャーをアピールできるような工夫がされているという。
日本の国会のように「何々君……」とか言って、いちいち壇上に立ったり座ったりということはないらしい。
確かにこの規模の議会ならば、そんな杓子定規なことをいちいちやっていたら時間がいくらあっても足りないだろう。ましてやヤルバーン等の探査艦派遣議員とのやりとりともなれば、通信だけですまないこともあろうかと思う。
ホントその広さたるや、柏木のいる来賓席から見ても、一番向こうの席は豆粒である。
柏木はPVMCGの時計機能を見る。
イゼイラ時間がアラビア数字表示されている。無論柏木はイゼイラ時間の読み方なんぞわからないので、時間の数字だけ教えてもらい、その数字のカウントだけ見て、議会質疑があとどれぐらいかを理解する。地球時間であと30分ほどだ。
柏木の今いる来賓席は、かつてはイゼイラ皇帝が座っていた席だという。
ここで皇帝は元老院議会の議事進行の様子を見て、国政方針の参考にしたという。
今は外国の来賓が議会を見学する来賓席になっている。
『ファーダ、ヴェルデオ司令と日本国への連絡、完了いたしましたヨ』
「ああ、すみませんジェルデアさん。お手数かけます」
ジェルデアが用件を済まして柏木のところにやってきた。
「あとはヴェルデオ大使がうまく話をしてくれるかですね」
『ソのあたりは問題ナイとは思いますが、そのアメリカ国ダイトウリョウとの会談をニホン政府がどう調整するかですネ』
「ええ、基本、通信会談ですから難しくはないとは思うのですが……」
『情報漏えいですカ?』
「はい……日本が単独でティエルクマスカやイゼイラの首脳と突然会談をやったというのが世に漏れれば、大変なことになるのは目に見えていますからね、しかも日米首脳会談の前に……」
『ならば、余計にこの議会での内容、どうなるかですよネ』
「ええ……」
ということは、柏木としても、この議会質問をどう見るかがが問われる。当然この議会質問の内容を日本に伝える必要も出てくる。
首脳同士が会談を行う場合、普通、事前折衝というものを行うが、サイヴァルは柏木にこの議会を見物させることで一気にそれに準じた事をやってしまおうというのだろうか?
『もうそろそろですね。イゼイラ議会を見学なんてそうそうデきませんからね、私も同席させていただいてよろしいですか?』
「あ、そうか、ジェルデアさんはパーミラ人さんですものね、その点は私と同じですか? ハハハ。ではお願いできますか? お恥ずかしい話ですが……一人でこんなとこいたら心細いですしね、ハハハ」
『了解でス。ファーダの『秘書』として、喜んでお付き合いしますヨ』
ジェルデアはそう言って笑う。
そんな話をしていると、議員が続々と入場してくる。
柏木はその入場してくる人々を観察する。
ふと彼は気づく。
「あ~れ? 議員さん達ってイゼイラ人さんばかりじゃないんだ」
『モチロンですファーダ。ティエルクマスカは連合国家ですからネ。イゼイラでも、いろんな種族が二重三重と国籍を持っています。当然イゼイラ人以外の種族もこの星に住んでいますし、その中には議員になる者もいますヨ。マァ、その数は少ないようですが』
「なるほど……っと……およよ?」
彼はなんとなく見たことのある種族が目に入る。
大きな目に小さな鼻に小さな口。背丈は……わりと低め……頭髪はない。肌の色は緑系である。
「あれは……グレ……!」
そう言おうとした瞬間、ジェルデアが
『ファーダ、あの種族に興味がおありですか?』
「え? は? え、ええ、まぁ……」
『あの種族はサマルカ人と言いまして、連合では比較的新しい加盟種族ですよ。彼らの母国は『サマルカ統一連帯群国』という惑星国家でス』
「な、なんですか? その国名は……」
『ハイ、ニホン語ではそういう訳にナリマスね。適当な言葉が見当たりません……実はサマルカ人はティエルクマスカ連合でも謎の多い種族でして、もともとはこの銀河発祥の種族ではないらしいのです』
「では移民か何かで?」
『イエ、元々は人工生命体ではないかと言われています』
「じ、人工生命体?」
ジェルデアの話だと、サマルカ人は、この銀河を探査に来た何処かの文明が放った探査用人工生命が何かのきっかけで自我を持ち、ティエルクマスカ銀河の、現在のサマルカ人本星で文明を築いた種族ではないかといわれているらしい。
『……デ、サマルカ人自身も、自分達の出生に関わる記録を失っているらしく、よくわからないそうなのでス』
「しかしなぜ人工生命だとわかるので?」
『彼らの遺伝子情報を調べたところ、国民全員が同族……つまり国民全体が家族のような種族という結果が出まして、自然発生の生命ではそれはありえないということでしてね。クローンのようなものかもしれないと言われています……実際彼らは自然生殖で繁殖しませんし、性欲や恋愛、恋人、夫婦の概念もありません。とにかくシステム的な行動を取るかなり変わった種族であるのは確かでス……しかし友好的で優秀な種族ですよ。そして統一した行動を取らせたら、あの種族に敵う者はいないでしょう……そういうところからも、そう思われています』
そういう点、技術体系も他のティエルクマスカ連合加盟国とは違い、独自の技術体系を持つ種族だという話。現在はティエルクマスカ連合のインフラを基準としているが、とにかく変わった面白い種族だとジェルデアは言う。
(これは……ドノバン大使に話したほうがいいのか悪いのか……話した途端に黒い服の外人さんに誘拐されたり……しないよな?)
そんな感じで、なんとなく日本人的には木曜日な気分になる話をジェルデアに聞かされていると、議場は議員達で一杯になり、サイヴァルとフェルも入場してきたようで、閣僚席のような場所に座っていた。
サイヴァルは来賓席の方に目をやり、柏木に手を振っている。
フェルも右に同じ。
それに気づいた柏木も目立つように深くお辞儀をして返す。そしてフェル向けに手をピラピラと振って返す。
ジェルデアもティエルクマスカ敬礼をしていた。
そして二人は席に座り、議会を見学する。今日の議題はもちろんフェルへの質疑だ。
その内容をメモするために、愛用のタブレットをPVMCGで造成する。
イゼイラにおける議長という立場は、いわゆる一般的に言われる議事進行の責任者という立場ではない。議会の決定に責任を持つという意味で使われる。
従って、いわゆる議事進行役には『議事進行官』という役職が別途存在する。
その議事進行官が入場し、ざわついていた議場が静まる。
進行官はサイヴァルに一礼すると着席する。と同時に、壇上背後に大きくイゼイラ国章、つまり国旗が立体映像として映しだされ、進行官は一言。
『ただ今ヨり、イゼイラ星間共和国議会。臨時会議を開催します。本会議は、我が国議長であらせられるサイヴァル・ダァント・シーズ閣下の要請で招集されるものであり、本議事は現在進行中の探査計画『ヤルマルティア計画』の内容に関してのみ、集中して質疑するものですので、議員各位はその点を踏まえていただきたく、よろしくお願い申し上げまス』
進行官は議会の開催を宣言する。
日本の国会ならば、ここで『ぎちょぉ~~~!』とかやるところだが、イゼイラ議会は淡々としたものだ。しかも今回は臨時招集会議なので、そこまでの儀礼的なことはやらない。
進行官の声は、この巨大な議事堂に大きく響き渡り、その姿は議場中心に大きく立体映像となって映し出される。
この映像をみることで、議員席最後部から見れば米粒のような閣僚席にいる人々も、どういう所作で議会に臨んでいるかを伺うことが出来る。
『では、サイヴァル閣下より、本議会開催趣旨の発言をお願いいたしまス』
そう進行官がいうと、サイヴァルはコクンと頷き、演壇へと向かう。
演壇の前にサイヴァルが立つと、議場中央の立体映像が切り替わり、彼の大きな姿を映し出す。
彼は目の前にVMCモニターを造成させる。原稿だろう……そして話を始める。
『ありがとう進行官、そして、本日、私の招集要請に快く応じて頂いた各政党、議員諸氏にまずは御礼を申し上げたい』
サイヴァルはティエルクマスカ敬礼を軽く行う。
『さて、思い返せば我々は、約2週期前にある希望をもって、我が国の誇る探査母艦ヤルバーンを宇宙に送り出しましタ……最高の人員、最高の設備、最高の装備、そして最高の頭脳を擁したその船は、イゼイラ史上類を見ない超長距離宇宙探査へと旅立っていったのであります。そしてその船は、我が国、いや、ティエルクマスカ連合全体の将来と希望を担った船でもあります……』
柏木には、サイヴァルはえらく言葉を選んで話しているようにも見える。やはり柏木がいるせいか?
彼はその話を黙して聞く。そしてタブレットのペンをスラスラと走らせる。
(ヤルマルティア計画? ヤルバーンが希望を託された船?……ヤルマルティアって言葉は、日本語に直せば日本の事だって言ってたな……その名の通り『日本計画』という意味だよな……それにヤルバーンが将来の希望を担う船……ってことは、逆に言えば希望を必要とする『問題』があるということか?……ふ~む)
サイヴァルは続ける。
『この度、諸氏にお集まり頂いたのは、本件の進捗報告のために帰国していらっしゃるフリンゼ・フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラから、議員各位、政党から提出されている質問にお応えしていただくためでありまして、その点を集中的に討議いたしたく思う所存でございます……そして……』
そういうとサイヴァルは柏木の方へ平手と腕を大きく指し、
『本日は、その地域国家ヤルマルティアよりいらっしゃられたファーダ・カシワギ・マサト大使も本会議を見学されております』
そういうと、議場から歓声と大きな拍手が湧く。
この世界でも、相手を讃える行為は拍手であるようだ。しかしよく見るとイゼイラ人以外の種族は別の動作をしている。まぁいわゆる拍手のようなものなのだろう。
柏木は大きく頭を下げ二度三度お辞儀をする。そして軽く手を上げる。
その拍手の中、柏木の翻訳機は……
『ヤルマルティアか……エルバイラの記録は本当だったのか……』
『ナヨクァラグヤ帝の……帝政解体令ハ……』
『……やはり帝のヤルマルティア記は……』
『アノ話が真実でなくとも、発達過程国が見つかっただけでも貴重……』
『コレで我が国やティエルクマスカ連合全体が……くわれる……しれな……』
そんな言葉をとらえる。
さすがにPVMCG翻訳機も、一万人もの言葉をすべて柏木の耳に届けるのは荷が重い。
まるで通信不良の無線機のように、いろんな声が途切れ途切れで翻訳される。
柏木はPVMCGをポンポン叩く……叩いてどうにかなるわけでもないのに……
(チッ……)
彼は心のなかで舌を打つ
そして着席し、途切れ途切れで聞こえる日本語を片っ端からタブレットに書き写す。
『そして、ファーダには後ほど、こちらにてご挨拶をお願いいたしたく思いますが、よろしいでしょうか?』
良いも何も、要請されたのだから、ハイと言うほかにない。
柏木は着席したまま、頭を下げ、了承の態度を取る。
「ジェルデアさん」
『ハイ?』
「エルバイラって……どういう意味ですか?」
『エルバイラですか? それは『皇帝』という意味ですネ。その男性形でス』
「そうですか……(ふ~む、イマイチよくわからんが……)」
そして言葉を絞め、サイヴァルは演壇から降りる。
『アリガトウございますファーダ……では、次に本会議の本題であります、旧皇終生議員兼、ヤルバーン調査局局長であらせられる、フリンゼ・フェルフェリアへの質疑を行いたいと思います……フリンゼ、演壇へどうぞ……』
やはり一議員とはいえ旧皇終生議員サマだ。扱いが違う。
先のサイヴァルは一人で演壇に向かったが、フェルはスタッフに先導され、平手で「どうぞ」と促され演壇へ立つ。
フェルが演壇でティエルクマスカ敬礼をすると、議場にいる議員が総立ちになって、同じくティエルクマスカ敬礼を行う。しかも膝を少し曲げて。
その時、席を立つ議員達のざわついた音が、議場を揺らした。
(さすがフリンゼ様だなぁフェルは……サイヴァル議長とどっちが偉いのかわからないじゃないか)
そう思うと、思わずニヤついてしまう。
そしてフェルの立体映像が大きく議場空中に映し出される。
その巨大なフェルが柏木の方を向いて少し上を向く。映像的には、かなりトンチンカンな方向を向いているフェル。
つまり、演壇にいるフェルが柏木の方を見ているのだ。
柏木はそれに気づくと、立ち上がってフェルのほうを見て、頭に手をやり、軽く地球式の敬礼を返す。
「がんばれよ」という感じだ。
するとフェルの大きな立体映像もニヤっと笑顔になる。
その映像を見た他の議員は、一斉に柏木を注目する。
そして何やらみんな『への字』な目でヒソヒソ話。
一万人規模でこれをやられる柏木もたまったものではない。頭をかいて照れながら着席。
大きなフェルの立体映像は、ウフフと手を口に当てて笑っている。
そしてフェルはVMCモニターを眼前に三つほど造成し、質疑の態勢を整える。
進行官が「準備はよろしいですか?フリンゼ」問うと、フェルは軽く頷き、質疑が始まる。
堂々たるものだ。いつも柏木に見せる天然ホエホエフェルさんの面影は微塵もない。
フェルの顔立ちは、切れるような美しい切れ長金色目に整った顔立ち。本来ならホエホエっぽさなど微塵もない印象なのだが、地球にいるときは文化文明の相違で色々とあってので、天然っぽく見えてしまう。
この表情が本来の、フェルの顔なのだろうと柏木は思う。
そして、議場にいる議員の姿が空中に映し出される。質問をする議員の一人だろう。
『フリンゼ、長旅ご苦労様でございました』
『ハイ、ありがとうございます議員』
――ちなみに“ご苦労様”という言葉。ビジネスマナーでは、目上から目下に言う労いの言葉として有名だが、これは間違い。ビジネス研修では同格、もしくは目下から目上へは「お疲れ様」と言えと教えているが、誰がこんなウソを広めたのだろう。
一般的に言われているのは、昔の殿さんが目下の者に「ご苦労」といったからと、アホなことを堂々と世のビジネス研修とやらでは教えているようだが、これも大嘘で、殿さんは目上から目下の者には『大儀であった』と言った。
「ご苦労」の労いの意味は、目上目下に関係なく、労役を伴う者に対するねぎらいの言葉である。
従って、相手が天皇陛下でも、労役、作業を行えば、“ご苦労様”なのだ――
『それと、お話ではあちらにいらっしゃるファーダ・ヤルマルティア大使と配偶予定者になられたとか、おめでとうございます。国民を代表してお祝い申し上げます』
『ハ、ハ……ハイですファーダ議員、アリガトウございます』
1万人の目の前でコレを言われるフェルもたまったものではない。
議場から拍手と祝福の笑い声が聞こえる。柏木も口を波線にして笑顔。
『ハハハ、申し訳ございませんフリンゼ、意地悪が過ぎましたかな。デハ、本題へ入らせていただきます……現在我々もヤルバーン、ヴェルデオ司令より報告される諸々のデータを随時拝見させて頂いておりますが……まずは単刀直入にお伺いいたしますが、エルバイラの記録にあったナヨクァラグヤ帝に関する記述に登場するヤルマルティア国……これは現在のハルマに存在するその『ニホン』と呼ばれる国がそれであると確定したと見てよろしいのでしょうか?』
『ファーダ議員にお応えいたしまス。その点につきましてはまだ未確定でス。決定的証拠が発見されておりまセン……しかし、そのニホン国の政体ナド諸々の条件から鑑みて、その可能性は恐らく高いだろうという事で現在も随時調査中でありマス』
柏木は一発目からこの議員の質問に生汗がブワっと吹き出た。
「なに? 記録だって? え? イゼイラ人はかつて……って、ナヨクアァラグヤ帝の時代でみれば……1000年程前か?……その時に地球や日本に来たことがあるっていうのか!!?……ジェルデアさん!」
ジェルデアはこの初っ端からの話で狼狽する柏木の疑問に、目線を鋭くして答える。
『ファーダ……ふぅ……いきなりのこういう質問がデるとは……』
「ど、どうなんです? だ、大事なことですよジェルデアさん」
『実は……よくわからないのでス』
「え?」
『その点は、我々も知りたいところデして……』
「…………」
柏木は、これがヴェルデオの言っていた『機密』の一端であることを察する……間違いないと。
ジェルデアは唇を丸めて目線を議場へ戻す。柏木も軽く2、3回頷いて目線を議場へ戻す。
フェルは議員に、その件の調査に関しては、正直なところあまり進んでいないと少々残念そうな表情で詳細……といってもその詳細がないので概要のみ答える。
『ワかりました……ありがとうございます。では今後も調査継続をよろしくお願い申し上げます』
フェルは大きく頷く。そしてその議員の質問が終わる。
その議員は隣にいる同僚だろうか? の議員に何やら色々と話しているようだ。
次に出てきた議員は、パーミラ人のようだ。イゼイラ国籍のパーミラ人デルンといったところだろうか。
『フリンゼ、ご苦労さまです』
『ハイ』
『私からは、ハルマ―ヤルマルティアの発達過程について質問させて頂きまス……ご存知のように、我がイゼイラ、そしてティエルクマスカ加盟国圏では、文明発達の度合いにおいて、現在解っている考古学的観点からほぼ全ての種族が『トーラル』の影響を受けております。従いましてそのトーラルの影響を解析するためにも、トーラルまでに至る過程を研究しなければ我々の将来が危ぶまれるのは各議員諸氏もご存知のとおりです……で、フリンゼや、他の局員方のご報告を拝見させてもらうに、どうもヤルマルティア……いえ、ニホン国ですか、そしてハルマ全体の地域国家は明確な発達過程文明と見ましたが、ソレに関してはそういう認識で構わないでしょうカ?』
この質問には、フェルも胸を張って答える。
『ハイ、ファーダ議員。それに関しては間違いありませン。ハルマ……特にその中のヤルマルティア……いえ、ニホン国は他のハルマ地域国家と比しても突出した発達過程度合いを見せる地域国家でありマス。その点の成果で言えば、ほぼ我々はその調査を達成したと宣言してもいいデしょう』
この言葉に議場は「おおお~」と大きくどよめいた。
各議員が自分の隣人を見て、例の平手挨拶のような事をしたり、肩を叩き合ったりしている。何かとてもその報告を喜んでいるようだ。
「地球が発達過程文明? なんだそりゃ……どういうことです? ジェルデアさん」
『ウ~ん、何と言えばいいでしょうか……私達の文明までに到達する事ができる過程にある文明と言いましょうか、そんな意味でス』
「地球が、あなた方の基準でそれに当たると?」
『ハイ』
「ふ~む……しかし、そういうものってあなた方もそういう過程を経て、今の文明があるのでしょうから、特段、わざわざ5千万光年も旅して調べる程のことでもないような気がしますけど……しかもあれほど喜ぶような事なのでしょうか?」
『その点は……お話しすると長くなりまス。それにパーミラ人の私からは……』
「あ、すみません、わかりました……あ、それと……『トーラル』という初めて聞く単語が出てきましたけど……」
『その点も、簡単に説明することは……それニ……』
「あ、ああ、すみません、わかりました」
トーラルという言葉、それにあの議員は『我々の将来が危ぶまれる』と言った……つまり、イゼイラのみならず、ティエルクマスカ連合全体の将来と見るべきだろう。
彼はこの言葉をしっかりとメモに書き記す……これに関する言及も必ずあるだろうと感じる柏木。
でなければ、こんな議場を見学などさせないだろう。
彼は、もうこれは明らかな首脳会談の事前折衝の代わりだとハッキリ感じた。
つまりサイヴァルから『予備知識を身につけておけ』と言われているようなものなのだろうと。
しかし……よくわからんことに喜ぶ人達だと感じる柏木。
まぁ、未知の文明の発見というのは冒険者には嬉しいものなのだろうが、こんな国家の議員が総出で喜ぶようなものかと。
ということは?……と彼は思う。
それがあれば、『希望』がみえて、その希望に準じた『問題』が解決するわけか? と……
パーミラ人議員が質問を終えると、次にまたイゼイラ人議員が質問を行う。
今度はフリュだ。年の頃は地球人的に30代に見える。
『フリンゼ、ご質問させていただける機会を頂き、感謝いたしまス』
『ハイ、こちらこそ』
お互い敬礼をして頭を垂れ合う。相手方のフリュ議員もなかなかの別嬪さんだ。
『では質問させていただきまス……先ほどの議員の質問に準じる形になりますが、そのニホン国の技術、文化、精神などを調査する際に、他のハルマ地域国家の反応は如何様なものだったのでしょうか?』
『ハイ、数々の干渉を受けたことは事実でス、そしてそれは、現在進行形の事案でもありまス』
『どのような?』
『友好関係構築の申し入れがほとんどですネ』
『で、それに応じられるような事は』
『ハイ、一切行っておりません』
『なるほど、懸命な判断ですね。感服いたしますフリンゼ』
その言葉にまたもや「え……」となる柏木。
「えぇ? ち、ちょっと……今の質問では、イゼイラは日本以外は興味が無いというのを通り越して、どうでもいい、もしくは完全に無視していると聞こえますが……」
『ハイ、実際その通りですファーダ』
「じゃあ、ヤルバーンやイゼイラは今後も日本以外の世界とハナから話をする気なんてサラサラないということですか?」
『ハイ、その通りです。そして実際そうしておりまス』
どういうことだ? と。
柏木的には、もし日本のことがある程度片付けば、世界にもある程度門戸を開くこともあるのか? と思っていたが、どうも当面、しかも長い期間でそのつもりはない……という事なのか?
『ファーダのお考えになっていること、大体お察しがつきますよ。ニホン国との関係がある程度確固たるものになれば、世界にも目を向けるとお思いなのでしょウ?』
「え? ええ、その通りです。しかし今の話じゃ……」
『ナルホド、私もニホン国にある映像作品や、フィクションの物語を閲覧しましたが、どうもその点でチキュウ人の方々と、我々との間に大きな認識の相違があるようですネ』
「と、いいますと?」
『我々も、他の地域国家に興味がナイわけではないのです。しかし、色々と理由があるのですが、お話いたしましょうか?』
「ええ、お願いできますか?」
『デハ、このあとの休憩時間にでも』
その後、フェルはこの議員の質問に色々と答える。
地球における日本の地位や国際情勢、他国との関係や……その最大の懸案事項『ガーグ』の件、それに対抗するメルヴェンの事など……
この質問には議会も少々荒れた。
中国の話が出た時は、中国をヤルバーンがけん制するべきだとか……
米国とは関係を拡大してもいいのでは? とか……
米国も中国も考えてることは同じだ。とか……
ヤルバーンが軍事力を行使して、地球世界の日本以外の国に、自分達の置かれている状況をはっきりと認識させるべきでは? とか……
このイゼイラにも、まぁ、タカ派ハト派などいろいろいるようで、過激な発言から、外交重視な発言、そのあたりは地球とあまりかわらないなと、柏木はそう感じる。
しかし、ここでも違和感を覚えるのが、そのどれもが日本を中心にしての考えである。
つまり、そこまでしても日本を重要視しているという事だ……
そして、議会は一旦休憩に入る。
ジェルデアと柏木は来賓席を出て、お茶でもということでレストランフロアに向かう。
さしずめイゼイラ版国会議員食堂みたいなものだ。
ジェルデアと柏木は適当な席につき、先ほどの話の続きを始める。
『ファーダ、先ほどの話の続きですが……』
「ええ」
『我々ティエルクマスカ連合は、地域国家への外交交渉に対しては、特段気を使うのですよ……』
「はぁ、と、いいますと……」
『そうですね……私達が地域国家と外交を行うということは……ニホン人に解りやすく例えるなら……どこかの小さな貧しいムラに、突如大金持ちが、そのムラのある一軒の娘をヨメにほしい。そしてヨメにさせてくれたら、あなたの家族の生活も、何もかも全て私達が面倒を見る……と言っている状況に例えられまス』
「ふむ……」
『とすれバ、そのムラの他の住民は、その娘の家に対してどういう感情を抱くでしょうか?』
「当然、妬みや嫉妬も出てくるでしょうね」
『ハイ、そうです……』
ジェルデアが説明するには……
その村の例え話でもわかるように、現在の地球で言えば、日本以外の国も当然、我々とも交渉をしてほしいと下手に出てきて要求をするだろうと、そういう形になることは充分彼らにも解っているという。
しかし、もし仮に……仮にである、ヤルバーンがその要求を受け入れて、他国とも交渉をしたとしよう。するとどうなるか?
地球世界でヤルバーンのティエルクマスカ技術争奪戦が展開されることは目に見えていると。
あれやこれやで、手を変え品を変えて争奪戦が展開されるだろうと。
そして、地球世界同士で、結局各国が得た超技術の、これまた争奪戦が展開されるだろうと。
物が天と地ほどの格差がある技術だ。言ってみれば、その技術を制するものが地球世界を制すると言っても良いような技術である……もしそんなことになれば、地球世界で戦争紛争の火種になるかもしれないと。
ヤルバーン的に言えば、もしそんな面倒くさい事が起これば、とっとと地球なんざほったらかしてトンズラすればいいだけの話だが、トンズラすればしたで……下手に技術を世界に供給してしまったが故に……おそらくその星の文明は……どこかの地域国家や、その勢力が、他の勢力を駆逐して征服するか、それとも自滅して滅ぶか、そういう道を辿るだろうと……
実は過去のティエルクマスカの外交史で、ある加盟国がそれをやって、一つの文明を滅ぼしかけてしまった経験が彼らにはあるらしい。
その時の苦い経験から、彼らは地域国家と外交する場合は、目をつけた特定の一国のみと徹底的に交流をし、他の地域国家には一切目を向けないという。
そして、技術や知識もその一国に集中して流し、その地域国家を、彼らが帰属する地域世界から突出したレベルにするのがティエルクマスカ流の地域国家外交だという。
そうすることで、逆にその地域国家近隣文明の滅亡危険度を下げる事ができるという話なのだ。
「んじゃ、その地域国家が増長して、その技術を使って、その地域世界を制圧、征服してしまう危険性もあるのでは……」
『ソれは我々の知るところではアリマセン。そうしたければすればいいでしょウ。その方がその星の世界……地球なら地球世界の文明を存続させるには良い方法かもしれませんネ』
ジェルデアは冗談っぽい笑顔を見せ、柏木の意見を肯定した。しかし本心ではないことはわかる。
ジェルデアは法務関係の専門家だ。そういう点では綺麗事は言わない。それで理解できるなら、極論でもその言葉を肯定して説明する。さすがにそういう点、やり手の弁護士か検事のようで説明がウマイ。
『……結局、そこはその国の良心の問題デス……ではお聞きしますが、日本は私達が提供したティエルクマスカ原器を活用して、地球世界で世界征服でも企みますか?』
「ハハハ、まぁないでしょうね、それは」
『デしょう? 私達もそういうところを考え、選んで接触しています……もし仮に……仮にデスよ、私達がチャイナ国と接触したら、地球はドうなりますか?』
「ハハハ、それも……考えただけで恐ろしいことになるでしょうね」
『フフフ、ソウイウことですよ、ファーダ……それが我々の認識なのでス』
なるほどと柏木は思う。
まるでかつての敗戦直後、日本と米国における関係のようだと柏木は思った。
敗戦後、何も無くなった日本は丸裸同然で、地政学上、アジア大陸から太平洋への出口となるこの国をどこの国も欲しがった。影響下に置きたかったのである。
そこでアメリカが取った手法は、自身が戦勝国であるにもかかわらず、天皇制を残し、徹底した民主化懐柔政策と、徹底した日本への支援であった。
経済的にも、円を1ドル360円という破格の安値に設定し、輸出による経済の活性化を推し進め、無論日本人の努力もあり、朝鮮戦争特需もあったりしての話だが、日本を極東アジアで突出した経済大国へ押し上げる事に成功し、東アジアを米国政治、軍事プレゼンスの影響下へ置くことに成功したのである。
これは敗戦後のドイツ西ベルリンも同様の手法で、西側の影響力を保持することに成功させ、後の東ドイツ解体と、ソ連崩壊へと導いた。
そして、ジェルデアの話した『失敗例』に似たような事例は、現在進行形で今も存在する……
例えば、冷戦終結以降、世界の先進国は人件費高騰のために、ところ構わず人件費の安い国へとその労働力を求めて進出していった。
特に、中国のような『社会主義国家』のようなものにまでだ。
ソビエト連邦制崩壊後のロシアにもそうである。
中国の改革開放政策というエセ民主化モドキの口車に乗せられて、先進国は生産設備などの技術移転を進めた結果、今ではどうだろう。
世界標準から外れた民度の人治国家が、知恵と、金と、技術を得た結果は今さら言うまでもなかろう。
ロシアでも同様である。
ロシアという国の国民性は、実は『強いものになびき、従うことが好き』な国民性である。これは民俗学の視点からでもよく言われていることだ。旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が、西側ではそのカリスマ性で人気を博したものの、当のソ連では人気がなかったのも、その点にある。ロシア人はその国民性から君主的な指導者が好きなのである。従って、あの飲んだくれのボリス・エリツィンがどういうわけか人気があったのも、そういうところなのだ。
そしてソビエト崩壊後、西側の進んだ技術や資本がロシアに流れ込み、資源開発にロシアの政治プレゼンスを見出して再び増長し、年月を経た結果が現在のウクライナであったり、目付きの悪いハゲの台頭であったりするのだ。
それが我々地球社会だけの話ならまだいい。
そこに向けて、彼らティエルクマスカのような存在が入り込んできたらどうなるか?
そして、彼らが地球社会に好きなだけ技術をバラまいて『ほなさいなら』と言って帰ってしまった後の地球世界はどうなるか?…… それは想像するだけでも恐ろしい結果が待っている……
地球世界は、各地域国家の国益が複雑に絡み合う状況だ。ヤルバーンが来ても、いや、来たからこそ各国のエゴが丸出しになっている状況と言ってもいい。
もし仮に、今、ヤルバーンが地球から退去してしまったら?
それこそ日本は世界からいろんな面で総攻撃をされてしまうだろう。それは容易に推察できる。そしてその状況こそが『ガーグ』そのものなのである。
もしガーグの『本体』とは何か? と問われれば、今の議会質疑ではっきりする。
それは、そういった状況そのものが『ガーグ』なのだ……そう、柏木があの時フェルに言った事、そのものなのである。
なのでヤルバーンはガーグを生み出す原因が自分達にもあるということを自覚している。なので日本と国交を持ち、自治体として日本に張り付いて、技術を惜しみなく提供し、退去する素振りさえ見せない……
これが彼らティエルクマスカ流の、外交の責任というものに対する態度で示す方法なのだろうと柏木は思った……
彼らの『機密』
今ジェルデアは意識せず、柏木に色々と話したが、その答えの一つはコレなのだと理解できた。
確かにあのヤルバーンが日本に接触してきたその当時、その時点でこんな事は話せないだろう。
『あなた方は我々と接触して交渉する権利に当選しました、おめでとうございます』なんてヤルバーン側があの時点で言ったら、どこのフィッシング詐欺だコイツらは……と思われるに決まっている。その時点でお話は終わりだ。
もしくは……それで日本がとてつもなく増長し、今ハヤリの言葉で言うなら『チート確定』な事がわかってしまったら、現在のヤルバーンや日本のように、良い交流関係が作れたかどうか、それも疑問である。
(ヴェルデオ大使ぃ~…… やっぱあの時『機密がある』なんて言っちゃダメですよぉ~……)
やはりあの時のヴェルデオは『迂闊っす』と改めて思う柏木。口を波線にして当時を振り返る。
その表情にジェルデアは「?」な顔。
しかし……
(では、なぜ彼らが日本を選んだのか?……結局それが……)
柏木は、今のジェルデアの話も含め、先のフェルの質疑応答で見聞きした事を総合した結果が、その答えなのだろうと思ったのだった……
……そんな話をしていると……
『ケラー・カシワギ』
「あ! これは議長」
柏木とジェルデアが席を立とうとするとサイヴァルは「そのままそのまま」とそれを制する。
『ご同席させて頂いてよろしいですカ?』
「ええ、もちろんです」
屈託のない笑顔で席を共にするサイヴァル。
『……ケラー、どうでしたか?フリンゼの質疑は』
「ええ……まぁ、色々と考えるところもあります」
そう柏木が言うと、サイヴァルは少し頷いて……
『ケラー、少シ歩きましょうか』
「は? あ、はい」
するとジェルデアはその様子を察し
『ア、ではファーダ、また後ほど』
「あ、すみませんジェルデアさん」
『イエイエ』
ジェルデアはサイヴァルに敬礼すると、その場を去っていった。
サイヴァルは柏木をイゼイラタワーの中にあるとても大きな室内庭園にような場所に誘う。
「ああ、綺麗ですねここは」
『ハハハ、このタワーは巨大な山みたいな建物ですからな。これぐらいの施設を設けないと、職員はなかなか自然物に触れる機会がありませんので……運動したりするのには丁度いい場所ですヨ』
確かにその中では運動をしたり、ジョギングしたりするイゼイラ人もちらほらと見受けられる。
「議長」
意を決して柏木は率直なところを尋ねる事にした。
『ハイ、何でしょウ』
「先程のフェルの質疑の内容、あれがその……ヤルバーンが『機密』として扱っていたものの片鱗なんですね?」
『……ハイ、その通りですケラー……』
少し微笑し、彼の問いを肯定するサイヴァル。
柏木は腕を後ろに組んで、サイヴァルの歩みに合わせて話す。
「やはりそうですか……『ヤルマルティア計画』『エルバイラの記録』『トーラルの影響』『発達過程文明』…………色々と私達の知らない単語が出てきました。それに関する共通したところに集まる言葉が『ティエルクマスカとイゼイラの希望』というところです……」
柏木は歩みを止めて、サイヴァルの方を向き
「これらの言葉を総合して考えれば、普通に出てくる……いえ、誰しも思う答えは……『ティエルクマスカやイゼイラが、何か大きな問題を抱えている』『その問題解決の糸口が、日本や地球にある』と考えて然るべきだと思います……違いますか?」
サイヴァルは、庭園の美しく咲く薄紫色の小さな花を見つめながら、ゆっくりと柏木の方へ顔を向け……コクリと頷く。
「やはり……では議長が私に会議を見学して欲しいといったのも、首脳会談前の予備知識として、そういった状況を見てほしいということ……と考えますが……」
『エエ、そう思ってもらって構いません』
「では、具体的な話は……」
『ハイ、首脳会談が実現した時に、全てをお話し出来ると思いまス……今の会議を見てもらってもお分かりと思いますが、我々としても機は熟したところまで来ていまス……』
「機は熟した? それはどういう……」
サイヴァルはその質問に少し俯いて、柏木の方へ目線を向ける。
『……今日、会議が終わった後、時間を空けて欲しいとお願いしていましたよネ?』
「あ、はい、それは聞いておりますが……」
サイヴァルはその先を言わない。
つまり、その時に分る、もしくは話す……ということなのだろうか?
柏木もそれ以上は突っ込まなかった。
急いてはいけないと本能で察したからだ。
『ア、そうそう、ケラー』
「はい?」
『すみません、言い忘れていました。この休憩時間が終わったら、早速議会で一発オネガイしたいのですが』
「え?、い、一発って……演説っすか?」
『ハイ、ハハハ、お願いします。その後の都合もありまスので』
「ええ!?……あ~ なるほど、わかりました……って、何話したらいいんだろ?」
『ナんでも構いませんよ、思うところで結構でス』
「はい、わかりました。では……これまでの、感想でもお話しさせてもらいますよ」
『ハイ』
お互い微笑んで、また歩き出す。そしてその脚を再び議場へと向けた……
………………………………
……議会が再開される。
『ア、マサトサン』
「フェル、お疲れさん」
議会待合室でフェルと話す柏木。
『ハイです。今、聞きましたけど、これから演説するそうデすが……』
「ああ、さっきサイヴァル議長と話をしていてね、なんか今からお願いしたいって」
『ソウですか』
「フェルは俺の演説の後もやるんだろ?」
『イエ、それが……』
「どしたの?」
『もう終わりだそうでス』
「は、はぁ!? じ、じゃぁ、あんだけのことで5千万光年を帰って来いってか!」
『ハ、ハイ……アレだけの事なら、それこそ通信だけで済みますヨ……』
柏木は、そのフェルの言葉に、腕を組んでサーっとイゼイラに来てからの経緯を思い返してみる。
瞬間、彼はハっと思う。
「首脳会談か……」
『エ?』
「フェル……どうも潮目が変わったみたいだな……」
『シオメ? う~ン、良くわからないですが……』
「つまりね……フェルの調査報告の質疑は、もうさほど重要ではなくなった……ということだよ」
『エ!? それはどういう……』
「最初はフェルの質疑を重点的にやるつもりだったんだろうけど……ある事でその必要性がなくなって、その疑義が一瞬にして解決した……そう考えるべきだな」
『……』
「今は、どっちかというと、俺の方だな……多分……それは……」
そう柏木が言うと、議会スタッフが
『ファーダ大使、時間でス』
と待合室にいた柏木を呼びに来た。
「あ、はい、すみません……んじゃフェル、行ってくるな」
『ウン、ガンバってくださいね、マサトサン』
そう言うと、柏木はスタッフに付き添われ、議会へと歩いて行った……
会議場には休憩時間を終えた議員が既に着席を終えていた。
彼はその大きな議場を視界に入れる……
(か~っ……こりゃ上で見るのと下で見るのと全然違うわ……)
そのデカさに改めて圧倒される。
しかし彼は特にひるむ事はない。なぜならこういう場は過去にも経験があったからだ。
それは彼がネゴシエイターとしての仕事を始めるきっかけとなったジェネラルソフト社のプレゼンだ。
確かに観衆が1万人規模の異星人というのはどえらい事ではあるが、あの時でも、確か、2万人は見に来ていたはず……そう思うと、特段なんてことはない……と自分に言い聞かす。
実際は緊張していないわけではない。
ただ、場慣れしているのでやっていけるという感じだった。
柏木はスタッフに促され、壇上への通路を行く。
すると議場は拍手に包まれ、全員起立していた。
そして演壇へ……
すると大きな柏木のホログラフ映像が、議場中心部に映し出される。
そしてバックの国旗ホログラフも変化する。
イゼイラの国旗が左方向へ寄って小さくなり、その横に同じ大きさの日の丸……日本国旗が映像化され、隣同士でくっつき合い、表示される。
なかなかにニクイ演出である。
柏木は後ろを振り返り、それを見ると、ニコリと笑い、議場へ向かって直立、そして約30度の角度でお辞儀をする。
その姿を見た議会議員たちも、全員が丁寧に、右胸に右手を当てて、敬礼を返してくれる。
『デハ、みなさま、ご着席下さい』
進行官が議員に着席を促す。
『ファーダ大使、では、お願いいたします』
柏木は進行官に一礼して
「ありがとうございます……本議会にご出席の議員のみなさん。私はここイゼイラ星間共和国から、約5千万光年先の、銀河系内、太陽系3惑星地球の、地域国家、日本国政府より派遣されてまいりました特派大使であります、柏木真人と申します。よろしくお願い申し上げます」
そういうと柏木は議場を見渡し、一拍置く。
その様子は、議場空中に浮くホログラフィックにも反映され、デッカイ柏木が、壇上にいる柏木の動きをトレースする。
そして彼は話を続ける……
「もう何日も前になりますか、イゼイラの単位でどれほど前と表現すれば良いか、私はわからないのですが……同じような光景を我が日本国で拝見いたしました……貴国の誇る、ヤルバーン探査艦。その司令官、ヴェルデオ大使閣下の、わが国での国会演説でした……そこまでに至る経緯、道のりは、我が国……いや、我が国に限らず、地球世界全体に及ぼした影響は、それまでの地球人が築き上げてきた歴史上の出来事がすべて小さく見えてしまうほどの、それは大きな衝撃でした……その過程はここではあえて申しません。当然この議場にお越しの皆様は、その経緯を質疑されるためにいらっしゃっているわけでありましょうから、おそらくその点はもう既にご周知のはずと存じます……」
彼は、いきなり話してくれと言われたので、正直ネタの仕込みをやっていない。なので場の雰囲気を読みながら、どういう話をしようか、手探りで話していた。
とりあえず記者会見で話した自分の経緯を話す。一市民国民が、何の因果かイゼイラ人や、他の種族と友人関係になり、政府の仕事をする事になって、5千万光年彼方まで、今、やって来たということを話した。
で、結局、イゼイラと日本の関係ということを、前向きに話したほうがいいと思ったので、ヴェルデオの国会演説での話を拝借することにした。
「そして……まぁ、何と言いますか、やっぱり縁というものはあるのでしょうね、貴国でよく使われる言葉を拝借すれば『創造主、ナヨクァラグヤ様のお導き』とでも申しましょうか……貴国のフリンゼ・フェルフェリアと、かような関係を持たせていただくことにもなりました……議員の皆様、そしてイゼイラ国民の皆様におかれましては、かような素晴らしいフリンゼ・フリュを私に賜りまして、心から御礼申し上げます」
そう言って柏木は深く頭を下げる。
すると議場が大きな笑いに包まれる。
中には大きな声でヤジっている議員もいるよう。翻訳機で聞けば、ひやかしの言葉だ。
「そして、どういうわけか、ヤルバーンのフリュの皆様は、我が国のデルンに興味津々な方が多いようでございまして……今後の貴国、及び、ティエルクマスカ連合各国との関係に亀裂が入らないか、大変憂慮いたしている次第でございます。このところも、今後、両国の懸案事項にならないよう、考えていかなければならない事案と思っている次第でございます」
ここでも、更に大きく笑いが起こる。
また何やらゴチャゴチャと冷やかしの野次が柏木の耳に入ってくる。
柏木は、ニッコリ笑って、そのざわめきが落ち着くのを待つ……さすがに慣れたものである。
「フリンゼ……」
サイヴァルが隣の閣僚席に座るフェルに話しかける。
「ハイ?」
振り向くフェルは、頬を膨らましている。
「流石ですな、ケラーは……」
「し、知らないですっ!……あとでマサトサンもお注射の刑ですっ!」
「ハハハハ、でも御覧なさいフリンゼ……先程まで議員たちは、ヤルマルティアからの使者だという事で、構えて聞いていましたが、態度が一変しました……我々はハルマ人的には未知の世界の相手です。それをあそこまで堂々としていられる……そういう人物というのも、なかなかいませんぞ……」
サイヴァルは、今までいろんな外交官がこの議場で話をするのを見てきたが、大体この議席の様相を見れば、普通は緊張もして杓子定規な事しか話さないものだが、ここまで堂々として、アドリブで冗談もいえる人物も珍しいとフェルに語る。
「トツゲキバカだからだそうですヨ、議長」
「は? なんですかそれは?」
「シーるェン ター ドゥス……ファー ぱーシェル スェンテスターる だそうですよ」
「フ……ハハハハハハ、なるほど、そういうことですか。なるほどね……覚えておきましょう」
柏木は、演説を続けていた。
但しその演説には、先ほどのフェルの質疑内容の評価などは入れなかった。
なぜなら、彼は大使だからである。おまけに今の彼は、全権大使ではない。特派大使であり、招待されているとはいえ、本来は視察が目的だ。こんなところで柏木が勝手にフェルの質疑に対する評価を話したり、その見解を述べたりしてしまえば、それは正式な日本国政府の意思となってしまい、そう受け取られてしまう。
さすがにそこまでの権限は、今の彼にはない。
なので、まぁ言って見れば、当り障りのない友好の辞を述べるのが、こういう場合は普通なのだ。
地球世界でも、よく大使が「帰って本国に伝える」という言葉を耳にするが、これはそういうことなのだ。
「……という経緯で、現在では我が日本国民にも、イゼイラ人、ダストール人、カイラス人、パーミラ人、その他多数おられる種族の方々も、普通に日本国を往来し、各方面で友好的関係を築き、中には将来を約束した方々もいらっしゃるようで、我が国、そして貴国の前向きな努力も相まって、良き隣人として、何の問題もなく友好的な関係を成就させているところであります……我が国も、イゼイラ政府のご好意で、この場所に大使館フロアを用意していただきました。近い日に、我が国の全権大使が赴任し、この星から日本国の査証を発行し、多くのイゼイラや、連合各国の方々が日本へ訪問してくださる日も来るでしょう。そして、日本からもイゼイラに訪問させていただく事もあるでしょう。その日を早急に実現できるようにするためにも、両国が今後も変わらぬ友好関係を維持していくことが肝要かと、私は思う所存であります。そして、イゼイラで皆さまの日本国に対する意見、想い、見聞させていただいたことを、漏らさず本国へお伝えする事をお約束いたします……シーリュセ フォム リーズぁ サーシェル ファールせ(ご清聴ありがとうございました)」
この言葉を締めに、柏木は演説を終える。
最後は、フェルに教えてもらったイゼイラ語だ。単音発音種の地球人が話せば、イゼイラ人が発音する副音帯の感情韻音がないので、彼らが聞くと何の感情もこもらないただの棒読み語に聞こえる訳だが、そこは外遊演説ではお約束である。
すると、彼は万雷の拍手を受ける。スタンディングオベーションというやつだ。同じような習慣がここでもあるようだ。無論、種族によっては、拍手ではない表現をしている者もいる。
二度三度、正面、右、左と頭を軽く下げる柏木。
スタッフに案内され、演壇を離れる……そしてロビーへ案内された。
ほどなくして議会は閉会され、ロビーへワラワラと議員諸氏が出てくる。
柏木は外で待っていたジェルデアと色々話していると、フェルとサイヴァルがやってきた。
『ケラー、演説ご苦労様でした』
『スバラシかったですヨ、マサトサン』
軽く手を拍手して叩きながらやってくるサイヴァル。
フェルもニコニコ顔だ。
『デはファーダ、私はヤルバーンへ今の件を問い合わせますので、あとは……』
「ええ、お願いしますジェルデアさん」
するとジェルデアは敬礼して、三人の下を去る。本当に良く動いてくれる秘書さんだ。
『ン? ケラー、彼は何をしに?』
「ええ、例の首脳会談の件で、日本へ確認をお願いしています」
『おお、そうですか』
「良い返事をもらえると良いのですが……特に日程的に……」
『こちらもいきなりのお願いでしたからな。あまりご無理は言えませン』
そんな話をしていると、柏木を見つけた議員達が、ワラワラと寄ってきて、彼に話しかけて挨拶をする。
素晴らしい演説だっただの、ぜひ一度自分の地元の自治体に来て欲しいだの、そんな感じである。
柏木は嫌な顔一つせず、彼らの挨拶に応じる。
そんな中には、先ほどのサマルカ人の姿もあった。
地球人としては、やはりこの種族さんだけはどうしても緊張する……そしてその姿を目で追ってしまう……
段々とその人数が増えてくるので、サイヴァルはさりげなく警備員を呼んで壁を作り、他の議員連中から柏木を切り離す……まぁキリがないからだ。
そしてフェルと柏木を連れて議長府エリアへ移動する。
『マサトサンもすっかり有名人ですネ』
『まぁ、ケラーは例のシレイラ号の一件もありますからなぁ、ハハハ』
議長府へ徒歩で向かう途中、サイヴァルはフェルに目配せをして、フェルも頷くと、その足を止める。
そしてサイヴァルは柏木の方を向くと……
『ケラー』
「はい?」
『先ほどのお付き合いして欲しいと申し入れていた件でスが……』
「ええ、そうでしたね」
『デは、今からよろしいでしょうか?』
「え? ええ、それは一向に構いませんが……」
そう彼が言うと、サイヴァルは歩みの方向を変え、議会玄関の方へ足を向ける。
玄関には柏木がイゼイラタワーへ来た時に乗ってきたタイプと同じ型の、黒塗りトランスポーターが停めてあった。
彼はそれに乗るように促される。
当然柏木は、どこに行くんだろうと思う。
「どこへ行くのですか?」と聞いても、無駄な話だ。なぜならそれに答えてもらったところでわかるわけはない。
フェルと柏木が、後部座席の後ろ側へ座り、サイヴァルが正面へ座る。
来た時と同じパターン。
サイヴァルが、シートの側面を触り、トランスポーターのパワーをオンにする。
『ファーダ・サイヴァル議長、フリンゼ・フェルフェリア、他乗客1名の搭乗を確認しました……目的地をどうぞ_』
『レントゥーラ区のレントゥーラ総合医療センターまで行ってくれ』
『了解_目標、レントゥーラ区のレントゥーラ総合医療センター。出発しまス』
サイヴァルがトランスポーターのシステムに命令すると、車はフっと浮き上がり、スーっと進みだす。
まるで何かの秘密基地から飛び出すかのごとく、トランスポーターは玄関前道路を半周して滑空し、外へと飛び出す。
そして空の道を、まるでそこに道路でもあるかのように飛び、他の車の車列へと入る。
摩天楼の中を、左へ右へとアクロバティックに飛ぶトランスポーター。
時には空中に停止し、大型輸送用トランスポーターに道を譲りながら進んでいく……
「議長、先ほど行き先で『医療センター』とおっしゃいましたが、病院へ行くのですか?」
『ハイ、そこで少々ご覧頂きたいものがあるのです』
「はぁ……」
しばし走ると、人工の大陸ながら、風光明媚な大きい農村のような区画に入る。
人口造成された自然とは思えない、空に浮いた丘や川、湖の見える場所の低空を飛ぶ。
河川の行き着く先は人工大陸外周部で、水はそこから滝になって海へと流れこむ……しかし高度数百メートルに浮かぶ大陸から落ちる河川の水は、落ちる途中で霧散して、霧のようになり雲のように大陸の下を敷物のように漂う。
「美しい風景ですね……これが人工の物だとはとても思えないな……」
『確かニ人工物ですが、数万年もこの状態で存在していますから、もう今では立派な普通の自然ですネ』
「なるほどね……」
フェルがそう解説してくれる。
しかし、万年単位で宙に浮かんでいる人工の大陸という物自体がそもそも信じがたい。
風景に見とれていると、白く大きな敷地面積の広い建物が見えてきた。
綺麗な庭に、大きなトランスポーターの停留所。柏木は一目見てここが目的地だと理解する。
上空からイゼイラ人のフリュな看護師らしき人が、入院患者だろうか? に付き添っているのが見える……しかし……最近は看護婦と書いたら怒られるそうだ……寒い時代だと思わんか?
……トランスポーターは病院の停留所に着地、三人は降車する。
すると向こうから白い色の見慣れたイゼイラデザインの制服を来たデルンが、フリュな看護師を数人連れてやってきた。
『お待ちしておりましたサイヴァル議長、フリンゼ・フェルフェリア……そして、えっと……』
『コチラは、ヤルマルティア国の大使、ファーダ、カシワギ・マサトですヨ、医務長』
そうフェルが紹介する。
『おお、貴方がお話に聞く……それはそれは。私はこの医療センターの医務長を努めております、レント・ライカ・ソーデックと申します。よろしくお願いいたしまス』
レントというデルンはティエルクマスカ敬礼の後、平手挨拶を求めてくる。それに応じる柏木。
レントというデルン。変異種のイゼイラ人のようで、肌の色はジェグリと同じ緑。眼の色はブラウンである。髪型はオールバック系。典型的な医師という感じのイゼイラ人だ。
「こちらこそよろしくお願い致しますレント先生」
『センセイ?……センセイとは?』
レントはその聞きなれない日本語に少々首を傾げる。その言葉を翻訳機は適切に翻訳しなかったようだ。
『センセイとは、ヤルマルティア語で、学問を修めた者に対する敬称のことです、ケラー』
『アア、なるほど、それは恐縮ですファーダ』
挨拶もそこそこにサイヴァルが
『ケラー・レント、では連絡しておいた所へ……』
『ア、ハイ……』
レントは一瞬柏木の目を見る。そしてすぐに目線を外し、自分の後に続くように促す。
「……なぁフェル」
『ハイ?』
「イゼイラやティエルクマスカの人達って、ナノマシンやらなんやらで病気なんか克服してると思ったけど、結構病気の人、いるんだな……」
『ウ~ン、ソウですねぇ……私達の世界では、ウイルス疾患や、細菌性疾患、外傷疾患に、内臓疾患、悪性腫瘍のような疾患デ、こういう大きな病院に来る人はあまりいませン』
「だよな、そう思うよ俺も……こないだのガン患者さんの件でも驚かされたし」
『エエ、こういう病院に来る人っていうのハ、ほとんどがシャルリのような身体欠損な人や、ご老人のような終末期医療、脳障害、アト、特定の難病による方などですネ……』
「え? ティエルクマスカにも難病なんてあるの?」
『ソれはありますヨ……まぁ時間はかかりますが、ホトンドの病気は治せます。ただ……』
フェルがそこから次を話そうとした時、目的の場所に着いたようだ。
レントはその場所の入り口に立つと、浮かない顔で一息つき、そしてシュンっと扉を開ける。
そして受付のようなカウンターに座るイゼイラ人フリュな看護師に、何か一言二言話すと、手招きしてその場所に入るようにレントへ促される……
すると柏木は、その異様な光景に驚いた……
「な、なんだ? ここは……」
柏木は口を半開きにしてその部屋……いや、部屋ではない。大広間……というには大きすぎるその空間を見渡す……
真っ白な壁に天井そして床。明かりは天井と一体化した照明が、淡い光でその巨大な空間を照らす。
そして、縦横綺麗に並べられた何かの列……それはフェル達が睡眠時に使う、睡眠カプセルにも見えた……いや、違うか? これは……
「も、もしかして……棺か?」
思わずポロリと漏らしてしまう柏木。
その言葉を漏らした瞬間、全員が、柏木の方を見る。
フェルが彼の腕をクイと鷲掴みにする。
柏木が、その力のこもったフェルの握力に、えっ、という表情を見せ、フェルの方を向くと、彼女は少し険しい顔で、プルプルと首を横に振り「それを言ってはダメ」という表情を見せる。
柏木は、アチャっと言う顔をして、平手を顔の前に出して失礼を詫びる。
とはいえ、この異様な光景は一体なんなんだと……
そのカプセル状の物体は、優に千はあるだろう……そしてチラホラと、そのカプセルに寄り添う人々……家族か、恋人か、友人か? そしてみなが一様に哀しそうな顔をしている。
皆、そのカプセルに何か話しかける。しかし、フェルに注意されたものの、彼には墓場にいる霊に話しかけるような姿にしか見えなかった。
レントは、ある一つのカプセルの前に案内する。
そしてそのカプセルの何かを起動すると、上部の覆いが透明化した。
そしてその中には……一人の綺麗なイゼイラ人フリュが、死んだようにその姿を横たえていた。
しかし、顔色は良い……とても死んでいるようには見えない……
「こ……これは?……」
レントの話だと、このカプセルは生命維持カプセルだという。
「生命維持カプセル?」
『ハイ、そうでス』
「では、この方は死んでいるというわけではないのですね?」
『イエ……それが……』
レントは何か話しにくそうだ……それは医師として、何か認めたくないものでもあるかのようである。
すると、それを見かねたフェルが、柏木に説明をする。
『マサトサン、この患者サンは……ゼ・セル病の患者サンです……』
「ぜ・せる病?……」
『ハイ……ソうですね、ニホン語に訳せば……』
フェルはVMCモニターを生成させ、何か適当な言葉を組み合わせている。
『……“精死病”……とでも訳せばいいのでしょうカ……』
「せ、精死病!?……」
『ハイ』
フェルが言うには、この病気、死んでいるのか生きているのか、わからない病気なのだという。
その肉体は、普通に放っておいても、朽ちることはなく、腐敗することもない。 細胞死もせず、脳からは脳波を発することはなく、とはいえ、脳死をしているわけでもないという。
心臓を動かす施術を施しても、その施術をすることで、数十分は鼓動を再開するのだそうだが、またその鼓動は止まり、この状態をずっと維持するという。
脳死患者のように、生命維持装置がなければ生きていけないというものでもなく、何の処置も施さずとも、そんな感じの体なのだという。
新陳代謝も停止しており、栄養の補給もいらないのだそうだ……
まるで時間が止まったようになる『病気』なのだそう……
なので、この生命維持装置も、便宜上、この装置の中に入れているだけの話であって、何か特別な措置を施しているわけではないという。
そして、それはどのような状態で蘇生を試みてもそんな感じで、どうも死亡しているわけでもないという話。
まるで精気だけが死んだ生体のようだということで、この名称がついた……
『生ける屍』という言葉は聞いたことはある……いわゆるゾンビというやつだ。死んだ状態で、生きているかのように動的行動や反応を見せる空想上の動物、化け物の事だ。
しかし、このフリュは、あえて例えるなら『死んだような生者』とでも言うべきか……
なんだそれは?……と柏木は思う。
「じ、じゃぁ、ここにあるこのカプセルは全て!?……」
『ハイ、そうですケラー』
レントが説明する。
この病気は、何の前触れもなく、突如として発症するという……年齢、性別、状況関係なく……しかもイゼイラ人にかぎらず、ティエルクマスカ全域で種族を問わず発症しているらしい。
原因は不明。ティエルクマスカの科学をもってしても、何もわからない病気なのだという。
『最初の症例は、記録では1万周期前デした……当時は非常にまれな病気なので、さほど研究も行われず、不治の不幸な病気として、死亡扱いとして扱われてきたのですが……周期を追うごとにジワジワと発症例が増えていき…ここ二千周期程で、目立って発症例が増えてきましタ……』
「で、この人数ですか?」
『ハイ……色々治療を試みましたが……ナノマシンを使うような症例でもなく、脳エミュレーションデータも、どういうわけか取得できないのでス……なので、手の施しようがない状態でして……』
「脳エミュレーションデータが取れない? ならば、以前取ったデータを使えばいいのでは?」
『それとはまた別の話でス。症例を検査したいわけですので、最新のデータが欲しいのですが……』
「ああ、そういうことですか、なるほど……」
柏木は、そのフリュの患者の顔を再度眺める。
無表情ではあるが、イゼイラ人らしい端正な顔つきのフリュだ。
確かにそう言われれば、おいと言って体を揺さぶれば今にも起きてきそうな感じである。
心の臓も動かず、息もせず、脳波もないのに死んではいない状態……おそらく地球の医学なら、この場合、死亡と確実に断定されるだろう……
「先生、この方はこの状態でどれぐらい?」
『ハイ、この方はもう既に50周期を迎えるかと……』
「え、え、ええ!? ご……ごじゅう?」
彼はてっきりここ数年とばかり思っていた。
「じ、じゃあ……この方のご家族は……」
つまり、仮に彼女が既婚者なら、その子供のほうが見た目は歳食ってる状態なのだろう。
レントが言うには、この病棟……というか、ホールには最近で一週間前、最長で100周期を迎える人物が収容されているという……
そして、衝撃だったのは……現在、この病に侵されている患者数は、ティエルクマスカ連合全体で、約5億人はいるのだという……
「ご……ごおく!??」
彼は目をむいて驚く……そんな人数の人間が、突如この状態になるとは……と……
「……サイヴァル議長……」
『ハイ』
「もしかして……この病気が、連合やイゼイラの抱える問題なのですか?」
『ハイ……正確には“その一つ”でス』
「え?」
『ケラーに、この病気を御覧頂いた理由は、我々の抱える問題の、端的な、解りやすい一例としてご覧頂きました……』
柏木は腕を組んで、真剣な面持ちで、少し上目遣いに
「では、これが解りやすい例というからには、その続きがあるということですか?」
『ハイ……ではフリンゼ、ここからはケラーをお願いできますかな?』
『ハイ、あの場所へお連れすれば良いのでスね?』
『ええ、よろしくお願いしまス』
『かしこまりましタ、議長……ではマサトサン、行きましょうか』
フェルは柏木の手を引いて、病棟から出ようとする。
「え? フェル、サイヴァル議長はいっしょじゃないのかい?」
するとサイヴァルは……
『スみません、ケラー、私はこれからマリヘイル連合議長と打ち合わせがありまして……今日はここでお別れです』
「あ、ああ、そうですか……」
『では行きましょうか、マサトサン』
「うん、わかった」
フェルは敬礼、柏木はお辞儀して、病棟から出て行く……サイヴァルはその姿を病棟から見送った。
サイヴァルは彼らが病棟から出て行くのを確認すると、病棟の別の場所へと歩いて行く。
カプセルを見れば、患者の好きだった人形や、グッズ、花などが傍らに添えられている。
患者の親族や友人知人が、いつか目覚めるのを願って、患者の好きなモノを置いているのだろう……
サイヴァルはとあるカプセルの前に立つ。そしてそのカプセルを開けた。
長い羽髪が美しい、年の頃は見た目28歳ぐらいのフリュだ。
サイヴァルは、そのフリュの顔を優しく撫でる。そして、優しい顔でその患者に話しかける。
「ニルファ……元気だったかい? また会いに来たよ……」
そのカプセルには、患者名として『ニルファ・ダァント・リデラ』と書かれてあった……
………………………………
フェルと柏木は、病院に停めてあった公共トランスポーターを借りて、その場を後にする。
フェルはなんとなく悲しげな顔をしていた。なぜなら、サイヴァルと、ニルファと呼ばれる人物との関係を知っているからだ。
マリヘイルとの打ち合わせは事実だが、その前に彼がやることもわかっていた。
しかしフェルはその事を柏木には言わない……なぜなら、彼には関係無い話であり、余計な気遣いをさせてしまってはいけないという事と、仮に日本政府との首脳会談が行われた際、サイヴァルの個人的な事で柏木のフェアな感覚を偏らせてはいけないと思ったからだ……つらいところである。
フェルはそんなことではいけないと思い、パンパンと顔を叩く。その事を思うと、何となく切なくなって泣きそうになったからだ。
フェルとて対岸の火事な話ではない……あの病気は、何の前触れもなくティエルクマスカ人に襲いかかる……しかも周期を追うごとにその患者数は、増える傾向がある。
柏木に知ってもらわなければならないこと、その事を考えると、現実的にならないといけないと自分を鼓舞するフェルである。
とはいえ、トランスポーター内で終始無言になってしまう二人。
それもそうだろう。あんなものを見た後で、ワイワイと明るく喋っている方がおかしい。
「なぁフェルさ……」
そんな間を崩すために、柏木からフェルに話しかける。
『ハイ』
フェルも至って普通を装い、返事をする。
「フェルの質疑見学や、あの病院の事、そして……ジェルデアさんから聞いたんだけど、ヤルバーンがなぜにニホンに交流を集中するかって話……ああ、それと……フェルの身の上の事もなのかな? これって、ヤルバーンが『機密』って言っていた内容の事と見て……いいんだよな?」
フェルも、さすがにもう、という感じで……
『ハイ、そうでスね……もうここまでお見せしてしまっているのですから、機密じゃなくなりましたネ』
「そうか……じゃぁ、今まで見てきたこと、二藤部総理達に、事前に話しても構わないってことだよな」
『ハイです……というより、そうしないと首脳会談、できないですものネ』
「ハハ、まぁね。で、これから連れて行ってくれるところも、そういう感じのところかな?」
『ウン、そこでも色々とお話を聞いてもらうデすよ』
「わかりました……要するに、色々とイゼイラの知識を詰め込んで欲しいってとこだな、ハハハ、頑張りますよ」
『ハイです、頑張ってください。ウフフフ』
フェルはそう言ってクスクスと笑う。
柏木も、フェルの城に帰ったら、今日は徹夜で報告書作成だなと覚悟を決める。
あと、米大統領首脳会談とのタイミングがどうなっているかも心配になる。
そんな話をしていると、フェルはフェルの城がある方向とはまた別の、旧大地がある山岳の方へとトランスポーターの舵を取る。
……するとフェルは、その山岳地帯、旧大地の下を進むような進路を取る。
例えるなら、無茶苦茶大きなテーブルの下をくぐるような感じだ。
主星の淡い光も旧大地に阻まれて大きな影になり、辺りは真っ暗になる。
フェルはトランスポーターのライトを四方に照らし、明かりを確保する。とはいえ、非常に暗いので車はセンサー航行に切り替わり、ウィンド……というより、キャノピーグラスにチラチラとグラフィック映像で周りの障害物を表示する。
トランスポーターは緻密で正確に山岳の谷間を飛びかうと、フェルは「アっ!」と声を上げる。
「どうした?フェル」
『マサトサン……あれ……』
フェルの指差す方向を見ると……とてつもなく巨大な生物が見えた。
その生物は、地球でかつて生息したティラノサウルスクラス、いやそれ以上の大きさの大型生物だ……見るからに凶暴凶悪そうである……実際、フェル達のトランスポーターをその生物が見つけると、大きく牙を剥き出しにし、追いかけてくる……
その容姿は、恐竜に鎧をまとわせたような……そう、例のフェルが大好きな、あのゲームに出てきそうなイメージの動物だ。
「うわ……なんだあの動物は……見るからに凶悪そうな……あの甲殻、あれじゃバレットも効き目あるかどうかわかんないな……」
『フゥ、いつ見てもあの生物はおぞましいです……』
「フェルは嫌いなんだ」
『嫌イ?……私だけではありませン、イゼイラ人で、あの生物を好きだという者はイマセンよ……』
「え、そうなんだ……」
『ハイです。イゼイラ人にとっては、忌むべき生物デス……とはいえ、昔々大昔の話ですけどね。今はあんな動物でも、ティエルクマスカ連合憲章で、保護対象になっているデス』
「ふぅ~ん……」
柏木は彼なりにふと思う。
どうもこの星の生態は、旧大地と呼ばれる場所と、新大地では相当違うようだと。
旧大地では、まぁ言ってみれば地球の生態のような感じで、実際それに近い。
しかし、新大地の方は、何やら古生代のような生態みたいだと彼は思う……とにかく大型、いや超大型ビッグスケールな生物が多いのだ。
ヴァズラー然り、さっきの生物しかり、それまでにも、デロニカの名前の元になった『デロニカ』という大型の鳥類もみた……その大きさはモーターハンググライダーぐらいはあっただろうか……見た目は美しい南国の鳥っぽかったが……
そんな話をしていると、その凶悪そうな動物も追跡を諦めたようだ。
そして、何やら風景がいつの間にか変わっているのを感じた……
『モうすぐ到着ですヨ』
「あ、はいはい」
トランスポーターは、旧大地に覆われた谷間を超えると、大きな湖のような場所に到着する。
すると、その湖のど真ん中に、とてつもなく大きな島が見える。そして……その島は何か人工建造物と一体化しているような感じだった……
フェルはトランスポーターを、その島に備え付けてある発着場に着ける。
そこには武装したイゼイラ人が警備についていた……そして、何かの研究所らしき建物も見える。
フェルと柏木は、トランスポーターを降りると、警備兵に挨拶をし、その施設の中へ入っていく。
しかし柏木は警備兵に行く手を遮られるが、フェルが何やら説明をすると、詫びるように道を開け、敬礼してその場を通してくれた。
柏木はその施設をぐるっと見回してみる……旧大地の下、その深い場所にある日も差さぬ真夜中のような場所に、照明で照らされるその施設……
よく見ると、イゼイラ科学な、いろんな設備に交じる建物のデザインは、どこか古ぼけて、寂れていた。
そして、その深い場所へ歩みを進めていくフェル。
柏木はその後をトコトコとついていく……
「これは……遺跡か何かかな?」
そう漏らす柏木。
『エエ、ご名答ですマサトサン』
ニっと笑うフェル。
「でも、遺跡にしては……意匠が今のイゼイラなものにも共通する感じだけど……どのぐらい前のものなんだ?」
『地球時間でいえば……そうですネ、恐らく1000万年は昔の物ではないかと…』
「えっ!! い、いっせんまんねん!?」
『ハイ、で、この遺跡が発見されたのは……約10万年ほど昔のことだそうでス……』
「えええ? そ、そんな、昔に初めてって……」
フェルはコクンと一つ頷くと、柏木をある場所へ誘う。
そこは、どうもその遺跡に隣接する資料保管庫のような場所だった。
その保管庫は非常にだだっ広い。しかしあまり人が訪れることがないのか、そこに置いてある物品は、どれもホコリにまみれている。
フェルはそんな中の発掘物のようなものに近づき、フっと息を吹いてホコリを払って柏木を手招きして呼ぶ。
『マサトサン、これは何か分かりますか?』
「え?」
柏木はフェルにその物体を見せられると……どこかで見たイメージが湧いてくる……
「これは……どっかで…………あっ!!」
柏木は思い出した……そう、これはあのヤルバーンでの交渉の時に見た、ハイクァーン原器にそっくりだったのだ……
「これは……ハイクァーン原器、か?」
『ハイ……そうです……先ほどお話した、今から約10万年前に発見されたものですヨ』
「え、えぇっ!?」
『そして、これはパワーを供給すれば、今でも使えるものなのでス』
「な、なんだって!?」
柏木はフェルに、その保管庫にあったいろんなものを見せてもらった……
かなり大型な、ゼルクォートリアクターの、原型のようなもの。
粒子ブラスターの、原型のような武器。
中には、てっきり彫像だとばかり思っていたものは、ワーキングロボットのようなアンドロイドだった。
他、室内転送装置も置いてある。デザインはかなり古めかしいが、この転送装置も使用可能で、遺跡のあらゆるところへ転送可能だという。
そしてフェルは言う。
『マサトサン、そしてね、実は……この遺跡自体も……宇宙船なのデすよ……』
「はぁ? それって、その10万年前とかに?」
『ハイ』
「ち、ち、ちょ、ちょっと待ってよ……確かにフェル達ティエルクマスカ連合や、イゼイラが何万年もの科学文明を維持しているのは、以前聞いたから大体わかるけど……まさか10万年も昔からこんな科学力を保有してたっていうのか!?」
そう柏木が驚くと、フェルはウフフと笑い
『そう思いますよね? マサトサン』
「あ、ああ」
『実は……ソウではないのです』
「え?」
フェルは、外に出ようと柏木を誘うと、遺跡の奥へと彼を連れて行く……
大きな柱が並んだ回廊を少し歩く。
柏木は周りを見るが、確かに遺跡とはいっても、いわゆるローマやインカのような時代がかった雰囲気はない。
言われてみれば確かに、イメージとしては少し前に放棄されたヤルバーン船内という雰囲気である。
彼は円形広場のような感じの場所に連れてこられると、そこに積んであった資材箱のようなものにフェルは腰を掛ける。
そして柏木はフェルの対面に座る。
『マサトサン……この遺跡が、私達がチキュウに行った理由なのですヨ』
「え?……この遺跡が?」
『ハイ……ではマサトサン、今から少し、イゼイラの歴史についてオベンキョウしましょうか』
「あ、ああ……っと、あ、ちょっとまって」
柏木はいつものタブレットとペンを造成して、フェルの話に耳を傾ける。
するとフェルはゆっくりと、話を始める……
『私も、チキュウで、いろんな資料を拝見しました……なので、マサトサンに解りやすく説明しますと……今から地球時間で約……』
フェルはイゼイラの歴史、成り立ちを説明する……
イゼイラ人が文明を発生させたのは、今から地球時間で約60万年前、そして、地球で言うローマ文明ほどの文明に発展するのは、約55万年程前になるという……地球では、ちょうど北京原人が登場するかしないかといった時代だ。彼らは現在の旧大地でその文明を開花させたという。
そしてその頃は、旧大地がイゼイラ星地表の約87パーセントを占め、現在の新大地はまだほとんどが地下空洞の中だったという。無論、当時のイゼイラ人は地下の空洞世界がどういうものかは知らない。
しかし、約35万年ほど昔、ある天変地異がイゼイラに起きた。
主星ボダールの輪を構成する小惑星の一つが軌道を外れ、イゼイラに落下した。
その小惑星の落下をきっかけにして、衛星全体に及ぶ地殻変動災害が起き、かなりの旧大地が地下の大空洞に落ち、現在のイゼイラの原型になる姿になったという。
しかし、その災害で古代イゼイラ人はかなりの数が死滅し、当時として約6割のイゼイラ人が死んだのだという。
そこからが古代イゼイラ人、苦難の始まりだった……
現在の旧大地と新大地の状況になったイゼイラでは、新大地、つまり当時は地下だった場所にうごめく巨大で獰猛な生物が地表に姿を現す事になり、その中の一部が旧大地を支える山岳をよじ登り、そして飛行飛来し、かろうじて生き残ったイゼイラ人を襲い、捕食し始めた。
それはそうもなろう、自然界はここでも弱肉強食だ。
当時のイゼイラ人は、地球人の歴史と同じ、弓や剣、あとはせいぜいカタパルトのような武器しか持たず、その巨大な生物群に対抗する手段を持っていなかった。
後に火砲のようなものも発明されたが、まだまだ稚拙なもので効果的なものではなく、イゼイラ人は逃げ惑うような生活を送るしかなかったのだ。
当然、親兄弟、友人、恋人を、その新大地からやってきたおぞましい生物に食い殺されたものも沢山いた。
彼らにとってはそういった新大地の生物は、生きていくための敵でしかなかった。
なので、イゼイラ人は、歴史上、近代に至るまで、国家戦争、紛争というものをしたことがないのだ。 すなわち、戦争などしているヒマなんかなかったのである。
イゼイラ人はそういう経緯があって、親兄弟、恋人、友人をとりわけ大切にする種族という文化精神構造になっていったのだ。
そんな中、幸運にもその地形上、唯一新大地の巨大生物群に襲われることのなかったイゼイラ人の帝国があった。それがフェルのご先祖にあたる人々が興した国だった。
その国は、生きていくために知恵を働かし、知識人が優遇される国だった。
とにかくこの世界を生きていくための知恵や発明は、当時の皇帝はとことんまで率先して財をはたき、採用していくような、そんな国だったという。
発明とは、必要に迫られるものが率先して発達するという性質を持つ。
イゼイラ人は、元々は空を飛ぶ生物が頭脳を進化させ、飛行能力を退化させた知的生物だ。
本能的に空を飛ぶ理屈というものは理解できたのだろう。彼らはいわゆる原始的なグライダーや熱気球、飛行船のようなものを発明し、各地にちりぢりになった同胞や仲間たちを救い出しては帝国の領土へ迎え入れていた。
そして、そんな生き残った仲間たちを探す特殊な探検隊のようなものも編成され、変貌した地形のイゼイラ各地へと派遣していた。
中には、旧大地の風化のために、無謀にも新大地に降りて集落を作って、細々と生きている同胞もかなりの数に上っていたが、その新大地に降りた彼らを襲う悲劇が、あの先ほど見た『ツァーレ』という名の、この星最強の陸上生物だった……
『アノ生物には、当時の私達の武器では、どうにもできなかったのですよ……逃げるしかなかったそうです』
「なるほど、だからフェルはあの生物を忌諱していたのか……」
そしてそんな中、ある探検隊が、新大地に降りた同胞を探す旅に出ていた時、不幸にも飛行船が墜落し、ある場所に不時着した。
幸いな事に、日頃の訓練の賜物で全員脱出に成功した探検隊は、帰る手段を失ってしまう。
その場に留まることは危険と判断した探検隊は、新大地でも比較的安全な河川を遡って、落ち着ける場所を探していた。
すると、現在のココ、つまりこの湖畔を発見し、この遺跡に辿り着いたのだという。
そこで彼らが見たものは……今まで彼らが見たこともない技術の数々だった。
当時はまだ新品のような状態で保管、保存されているような感じだったそうだ。
しかし、彼らはそれが何かがわからなかった。
『……マサトサン、あそこに見える太くて大きな柱のようなものがあるでしょ?』
「ん? あ、ああ」
『アレが、この島……イエ、宇宙船の中央システムなのでス』
「ほう……」
その中央システムは、まだ当時生きていたそうで、彼らの存在に反応すると、彼らに問いかけたそうだ。
それは……
『私は中央システム“トーラル”命令を……』
と……
無論、まだ科学など知らない彼らは、そのトーラルと会話した。
お前は何者か、お前は何が出来るのか、お前はどこから来たのか……
当然、システム・トーラルは、答えられることには答え、彼らの要求に答えた。
そして、探検隊は、トーラルに言った。
『あの忌まわしい怪物どもに対抗できる力がほしい』と……
その言葉に応え、トーラルはハイクァーンで粒子ブラスターやディスラプターを作り、探検隊に与えた。
そして食料に装備、更には輸送機も作ってもらい、その使い方も長い時間をかけてトーラルから教えを受け、彼らは地上に蔓延る巨大生物を一掃しつつ、世界中の仲間を救い、帝国へ凱旋したという。
そして、当時の帝国で、彼らは英雄として讃えられ、当時の皇帝から賢者の称号を与えられた。
その探検隊の隊長の名が『ファバール』副隊長の名が『ディーズ』飛行船長の名が『マーシャ』隊長ファバールの妻の名が『ビリューク』と言ったそうだ。
――そう、イゼイラ人の『ノクタル創世記』とは、彼らの活躍を元に創造した寓話だったのだ――
後に帝国はその遺跡へ国家規模の研究部隊を送り込み、徹底的に調査した。
そして、トーラルに教えを請いながら、その超科学な遺産の使い方を習得していった。
しかし、当然その当時の彼らは、それを『科学技術』とは理解できず、いわゆる魔法や法術の類で、トーラルをイゼイラの救世主の類だと思っていたようだ。
当時の帝国は、そのトーラルがもたらす技術の威光を背景にその版図を拡大していく。
そして、後に民の楽園を計画し、最初の空中都市『サント』を造り、生き残ったイゼイラ人をそこに移住させた。
その名前が、今のイゼイラの首都『サント・イゼイラ』の名残だという。
そして時代は流れ、彼らにも、いわゆる『科学者』と呼ばれる種類の人間が誕生し始め、トーラルがもたらす技術が、何者かが作った『科学技術の産物』であるということを理解していき、そして現在にいたるのだという。
フェルは、ふぅと一息つくと、腰に付けていた水筒からお茶をコクリと飲む。
そして柏木にもその水筒を渡す。
柏木もその水筒に口をつけ、一口二口飲み、落ち着く。
気が付くと、柏木のタブレットは、彼が書きなぐった汚い字で一杯になっていた。
それほどまでに夢中になって聞いていたのだ……
『非常に簡潔にお話ししましたけど、大体そんなトコロなのです』
「えっ!? ちょっと待ってよ……じゃぁイゼイラの科学技術って……その、あ、いや、この遺跡からもたらされたものだということかい?」
『ハイ、その通りですマサトサン』
そうフェルが言った瞬間、柏木の今までの違和感が、一気につながりはじめた……
彼女達が、工業製品や、その技術に対し、異常に興味を持っていたこと。
揚力飛行型の機械航空機を珍しがっていた事。
テレビゲームを知らなかった事。
蒸気機関を知らなかった事。
鉄道を知らなかった事。
自動車がないと言った事。
そして……電波通信を知らなかった事……
柏木は、ある答えを容易に推測できた。
つまり、彼女達イゼイラ人は、そう、地球で言えば中世時代から、このトーラル遺跡の発掘品と、その未知の文明、その管理システムの助言を得て、一足飛びに……例えるなら、産業革命、航空革命、モータリゼーション、IT革命、水力・火力・原子力・自然エネルギー発電、そんな諸々をスっとばして、それこそ24世紀ばりの、いや、それ以上の技術を得てしまった種族なのだと……
そしてフェルは語る。
『そうです、マサトサン。その通りなのです……そして、このティエルクマスカ銀河の、連合加盟国は多かれ少なかれ、そのトーラルと呼ばれる文明の影響を受けた種族ばかりなのでス』
「じ、じゃぁ、ティエルクマスカ連合というのは、そのトーラルとかいう文明がもたらした技術を共有する国家群というわけでもあるのかい?」
『ハイ』
なるほどなと……
柏木は体をのけぞらせて、大きく吐息を吐く。
ダストール人やカイラス人、パーミラ人と、どう見ても姿形からして習慣や思想の違っていそうな種族同士がナゼにこんなにも仲良く共存できるのか、そこを以前、白木と共々不思議に思っていた彼であったが、そういう事だったのかと……
フェルは語る。
自分達は、自然の摂理で滅びかけていた存在だとはいえ、のっけから科学の最終段階ともいえる技術を落し物を拾うが如く手に入れ使ってしまったばかりに、それ以上の探求はもう出来ないと。
なので、彼女達にとって『科学を探求する事』というのは、今の技術がどのようにして成立したか、それを知る事なのだと……
地球人にとって、科学とは、人類の英知の歴史である。
物の理屈を考えてみる『発想の学問』である『哲学』から始まり、魔術、魔法、錬金術といわれた経験則から基づく技術の蓄積、そして、その経験則を現象から論理立てて追求しようとしたのが『科学』だった。
従って地球人的には、科学とは、探求と発見の歴史に他ならない。
しかし、イゼイラ人にとっては、その究極の姿をいきなり与えられたものだから、その技術に至る過程を探求する事……いわゆる『リバースエンジニアリング』する事が、彼女達にとっての『科学』なのだ。
しかし普通に考えれば、そんな事をしなくても、与えられた恩恵を普通に使えばいいではないかと誰しも思う。
しかしイゼイラ人は、いつしか自分達の持つ技術がどういうものかを探求しようと思い始めた。
なぜそうなったのか?
それは簡単な話だとフェルは言う。
古代のイゼイラ人は、その力を手にして、やはり奢り高ぶったからだと……
今までさんざん苦しめられてきたその凶暴な巨大生物に、復讐するかのように猛威を震い、駆逐し、当時の帝国はその版図を広げていったのだそうだ。
その結果、自然界のバランスが崩れ始め、それが自分達の生存にも影響を及ぼす事に気づいたのだという。
それを警告したのも、やはりトーラルシステムなのだそうだ。
ただ与えられた力をそのまま丸出しで何も考えずに使えば、世に悪影響を及ぼすという事を彼らは気づいた。
だから彼らは、種族を挙げて、彼らの『科学の探求』つまり『トーラル科学の原点』を追求することを種族規模で決意する。
そして彼らはトーラルの助言に従い、自然界と一線を引く事も決意。
ハイクァーンシステムを大量に造成し、現在の人工大陸を建造し始め、そこへイゼイラ人は居住する事にしたのだそうだ……それが現在におけるイゼイラ人の生活様式の基礎となった出来事だそうである。
「でもフェルは旧大地に城構えて住んでるよな」
『アレは仕方ないでス。お城は私のオウチですし、一応そういう立場の家系ですからネ……それと、別に旧大地や新大地に住んではいけないというわけではありませんので』
「じゃあ、旧大地や新大地に住んでいる人も、いるにはいるんだ」
『ハイ、その数は少ないですけど、いますヨ』
……そして、今ここにあるトーラルは、データごと丸々ハイクァーンで複製され、サントイゼイラへ移築。この遺跡のシステムは、稼動を停止させたそうだ……そして今は近代イゼイラ人誕生の地として大切に管理されているという。
「え! じゃあ、この遺跡にあるトーラルというシステム、サントイゼイラで今も稼動しているわけ!?」
『ア、ハイ。でも、今は同等のシステムが多数稼動し、並列運用されていますので、データ保管のみの補助システムとして運用されていまス』
「なるほど……じゃあフェル達イゼイラ人は、そのトーラルっていうシステムに、色々教えてもらいながらこういった文明を築いてきたわけだ」
『ハイ、そしてそれはイゼイラだけではアリマセン。イゼイラ人はトーラルから宇宙の事、この銀河の事、星々の事、色々教えてもらう上で、この銀河には、トーラルと同等の、文明の影響を受けた世界が沢山あることを知りました。ダストールやカイラスもそうです。パーミラも……』
フェル達イゼイラ人は、トーラルを作った文明とはどのようなものかを解き明かすために、そういった星々を訪れ、友好関係を築いていったという。それがティエルクマスカ連合の始まりだったそうだ。
「それで……そのトーラルとは何かわかったのかい?」
そう柏木が尋ねると、フェルは首を振る。
結局、謎のままなのだそうだ。トーラル自体にも、そのトーラルを作った者が何者なのか、記録されていないのだという。
そして、彼らの欲する『トーラルの文明が、ココに至る成り立ち』がわからないまま、幾万年が過ぎたという。
『……私達が、先の議会で言った言葉……『発達過程文明』と定義している文明や国を見つけたかったのですが、それがこのティエルクマスカ世界にはなかったのですヨ』
「それで、その……『発達過程文明』か? を探す探索活動をしている時に、俺達の銀河系まで脚を伸ばして、地球を発見した……という感じなのかな?」
『……』
「ん?、あ、ああ、そこは首脳会談の時って話になるのかな?」
『ア、ハイ……まだ確定した事デはありませんので……』
柏木は今のフェルの言葉、逆に言えば、確定すれば……ティエルクマスカ世界や、イゼイラにとって、大きな事になるのだろうと感じる。しかし、なぜにそこまでしてその『発達過程文明』とやらをティエルクマスカ世界は望むのだろうか?
普通ならそんなにすごい科学技術を手に入れることができれば、万事平穏、御の字ではないかと思う。
実際彼らの文明を見れば、何一つ不自由なく、恒久の発展を約束されているような文明ではないか。
『マサトサン』
「ん?」
『以前、マサトサンは、私達がなぜニホンの方や地球の方を見下したりしないか、お聞きになった事がありましたよネ』
「あ、ああ、覚えてるよ……確か、科学技術の違いを種族の優劣を測る基準として見ていないからだ……とか……」
『ハイ、そうです……今までお話ししてきた事から、大体お察しがつくと思いますが、私達は『進歩』というものを経験した事がないのでス』
「え!?……あ……そ、そうか……」
フェルに言われてハっと気づく柏木。そうだ、確かにイゼイラ人はそういうことになる。
イゼイラ人は、たまたま見つけた超文明の遺産を利用し、発展させたに過ぎない。
言ってみれば、道具の使い方は知っているが、その道具が発明された『経緯』を知らない文明なのだ。
『なので、私達は、チキュウ人やニホン人の皆さんを……そうですねぇ……憧れているのですよ。そして尊敬していまス……自力であのような文明を発達させてきた事、それは私達にとっては、敬意に値することなのです……私達は生き残るためだけに、利用できるものを利用してきただけなのですから……なので『発達』『進歩』という概念が希薄なのでス』
「なので、地球や日本の進歩の歴史を調べて……自分達の技術のルーツを知り、そしてイゼイラ人に『進歩』の概念をもたらせたい……そういうことかな?」
『ハイです』
「で、それがフェル達が『機密』としていたことな訳か……」
『ウン』
「そっかー…………」
確かにそれはそうだろう。そんな事を地球にやってきて、のっけから大っぴらに言う事なんて出来ないと柏木も思う。
そんなことを大々的に話せば、聞きようによっては文化侵略と受け取られかねない……
『チキュウジンの文化文明をください』なんて普通に言えば、なんだこいつはと思うのが普通だ。
しかもこんな超科学な文明世界からやってきた科学格差ぶっちぎりの相手から言われようものなら尚更である。
『地球人よ、お前たちを同化する。抵抗は無意味だ』とかいわれているようなもんだ。
(で、それをしなければ、イゼイラやティエルクマスカ的に、何かマズイことがある……と考えて普通だよな……しかし……それが『地球』という単位ならわかるが、何故に日本なんだ? 別に日本じゃなくてもいいじゃないか……ということは……)
これをフェルに問い詰めても、困らせるだけだ。そしてフェルはサイヴァルから話があるといった。
つまり、首脳会談を実現させればそれは明かされるのだろう。
そして、フェルの質疑が重要だといってフェルを召喚したにもかかわらず、いきなりそれが二の次な出来事になる……何か思いつくところといえば……
(やはり、あれか?……)
そんなことを思案していると、柏木のPVMCGが音を鳴らす。
柏木はそれを操作して、小さなVMCモニターを腕に浮かび上がらせる。
「はい……あ、ジェルデアさん」
『ファーダ、今よろしいですカ?』
「ええ、どうぞ」
『ニホン政府との、首脳会談の調整、とれましたヨ』
「あ! そうですか、で何時?」
『ホログラフ通信設備はすぐにでも使えるそうなので、明日にでもどうかト』
「わかりました。ではそれで」
『ハイ、ではファーダ・サイヴァルには私からお伝えいたしまス……で、その前にファーダ・ニトベから貴方とお話できないかという要請がありましたので、大使館フロアの方に、私がいんたーねっとを利用した“てれびかいぎ”を急造ですが、構築しておきましタ。それでお話下さい』
「ハハ、何から何まですみませんジェルデアさん」
『イエイエ、お安い御用でス。それでは……』
柏木は通信機能を切る。
「というわけです、フェル。とりあえず今日はここまでだね」
『ハイ、でも、色々とお話できて良かったデスよ』
「ああ、俺もだ……しっかし……地球人としては、どえらく壮大な話だよなぁ……これを報告しなきゃならないんだから、どこからどう総理達に話そうか……」
柏木は両手を合わせて、目をおさえて唸る……正直……ちょっと、いやちょっとどころか壮大に、途方に暮れる……
しかし、フェルやサイヴァルも、彼らの地球と日本に対する『機密』を、明確な『意図』として、開示してくれた。その期待にも応えてやらなければとも思う。
(あとは……なぜ日本か……そして、その今後だな……)
それは首脳会談の時に……ということかと思う柏木。
柏木はフェルの顔をじっと見る。
イゼイラ人という存在。それは、科学技術を強烈に発達させた種族……というわけではなかった。
強烈な科学力を、今はもうその存在を知ることも出来ない未知の者から『与えられた』種族だったのだ……そして、その影響範囲は、事情は色々あれ、ティエルクマスカ連合のほぼ全域に及ぶという……
(そのわけのわかんない文明……おそろしい程の科学文明だったんだな……)
フェル達イゼイラ人から見れば、地球人は自力で科学を発達させて、これから前に進もうという種族である。
しかし地球人から見れば、イゼイラ人は、ゴールから後ろへ向かうように、自分達がもし、あの恐怖の時代が無かったら……と『過去の可能性』を探そうとしている種族だ。
前へ進もうとする文明と、過去の可能性を探そうとする文明。
柏木は考える。その種族が共存しようとした時、どんな事が起こるのか……そんな事例を考えた学者なんていたっけ?……仮説でもあったのかな?……
(あ、でも……俺とフェルの関係って……)
そんな事を思う柏木。
不安もある……しかし、彼らの全てがわかり、前へ進む力と、後ろへ戻ろうとする力が交わる時、何が起こるのか……
そう考えると柏木は、ある種の興奮を感じずにはいられなかった……




