―19― (中)
柏木真人という男。
サラリーマンの父親に、専業主婦の母親、勝ち気な妹が家族。
普通の家に生まれ、普通に育ち、ちょっと転勤が多かったものの、まぁ一般的な学生生活を過ごし、卒業し、就職して、その才を開花させ、普通のサラリーマンに比べたら少し華やかな場所で活躍し……
総じて普通の生活を送る予定だった……あの日までは……
しかし……今はそうではない。
遥か5千万光年離れた地で、おおよそ常識外の場所で、常識はずれな人物と関係を持ち、そして更に常識はずれな告白を受けた。
ただひとつ強烈だったのは……奥様は女帝だったので……じゃなくて……
いや、確かに腕をサっと撫でれば何でもできる奥様ではあるが……ピコピコピコとは鳴らさないけど……
まぁいたって普通の生活をしていた人間が、普通でない場所へ放り込まれたらどうなるか?
答えは簡単だ。普通なら気が狂ってしまう。
それが例え心地の良いものだとしても。
しかし柏木という男、あの時からもう普通でないことが普通になってしまい、もうそれ自体が潜在意識の中で異常と感じられなくなってしまっている。
驚いても見るし、ひっくり返っても見る。唖然ともするし、呆けもする……しかしそれで済んでいる。
即ち、慣れてきてしまっている。
環境に順応するということは、そういうことなのだろう。
元々ちょっと人とは違ったところはあったにせよ、それが助けになり今の自分を取り巻く状況にも対応できた。そしてそれが自分でも気づかない彼という人間の価値であるからして、普通ではない人間関係も沢山構築できた。
ただ、そこまでは良かったが、そんな状況で済めばいいものを上には上がやって来る。
それが……今だった。
………………………………
『マサトサン、これがイゼイラでの『私』です……今から、愛するマサトサンに、恥ずかしくない『お嫁サン』にしてもらうため、きちんと『私のストーリー』をお話ししますネ……』
「あ、ああ……しかし……じ……女帝??……フ、フェルが??」
柏木的には日本での、わりとホエホエなフェルのイメージがどうしてもあるので、やはりその『女帝』という言葉とフェルの存在がイコールにならない。
『ハイ、マサトサン……隠すつもりは毛頭無かったでスけど……というより、今、初めてお話しする機会が出来たといったほうがいいでスね……』
それを告白された柏木は、一瞬腰を宙に浮かし、頭のなかに飛び交う情報を整理しつつ、ゆっくりと腰を椅子へ沈める……
『デモ……黙っていて……ゴメンナサイ……』
フェルは少しシュンとなり、上目遣いで柏木を見る……
ちょっと嫌われたかな……という感情もなくはない……なんせ、こんな告白誰が聴いても普通には受け止められないからだ。
しかし、フェルの予想は裏切られる。
「……そっか」
柏木は微笑し、目で頷きながら応じる。
『エ?……』
フェルはその意外な反応に俯いた顔をあげ、柏木の所作を見つめる。
そして彼は腕を組んで、口元を少し歪ませ、何かまた考えこんでいる。
そしてやおらフェルに目線を戻し、尋ねた。
「フェル……なるほど良くわかったけど……実際フェルはこの国の女帝……つまり君主や元首としての皇帝陛下様ってわけじゃぁないんだよね?」
『あ、ハイ……その通りですマサトサン』
「だよな、確か以前俺の家で『イゼイラは、かつては君主制国家だったが、今は共和制』『ティエルクマスカには、現在君主制国家はない』みたいなこと言ってたもんな」
『ハイです……というより、我が国の元首はファーダ・サイヴァルですので』
ウ~ンとまた考えこむ。
「あの、サンサさん?」
『何でございましょう、ファーダ』
「貴方のことを私は“メイドさん”と思っていましたけど……もしかして侍従長さんか何かですか?」
『その通りでございますファーダ』
また再びウ~ンと考えこむ。
『あの……マサトサン?』
「ん……んん?」
『何をそんなに考え込んでいるデすか?』
「あ、いや……フェルは日本語で『陛下』って呼ばれる身分なのに、君主でも元首でもない。おまけにこの国は共和制で、フェルはその……終生議員? つまりティエルクマスカの議員さんだろ? おまけに『終生』って付くぐらいだから一生モノの……」
『ハイ、そうですが……』
「イゼイラ人的に常識でも、地球人的に常識でない事っていうのもあるわけだよ……つまり、一つは、地球人的に『陛下』という称号は、その国の国家元首、君主ないしはそれに相当する地位の人でないとその呼称で呼ばれることはない。二つ目に、元首がサイヴァル議長で、フェルは『女帝』の地位を持っている。3つ目は『帝位』があるのに、なぜ国号が『共和国』なのか。四つ目は、フェルが女帝なら、フェルのご両親は何なんだ?……と、俺のような地球人はそう思っている訳です、ハイ……なので、こんなにも色々と驚いているわけだよ……」
地球人なら当然至極な疑問である。
その他、そんな最上級で偉い人間に、シエやリビリィにポルなどは、一見すればいくら親友とはいえ、ブッチギリで不敬罪まっしぐらな交友関係を持っていたり、シャルリからは呼び捨てだったり、皇帝に向かってヤルバーンヘ本国から召還令を送り付けてきたり、皇帝陛下サマを議会へ呼びつけたりと、全く今の話と合致しない状況がフェルの周りには多すぎると思ったからだ。
そういう事をフェルに尋ねた。
その言葉を聞いて、フェルとサンサはお互いの顔を見合わせキョトンとする。
どうやら、やっぱりそこのところの文明文化的な差があるようだ。
そして二人同時にポンと手を打ち『あぁあぁ、なるほど!』と同時に言ってしまう。
『ウフフフ、そういうことですか、マサトサン……それで驚いていたのですネ、ウフフフ』
『オホホホ、なるほど、ファーダのお国では、そういう意味で捉えていらっしゃったのですか……』
フェルは何だか少し安心したように笑う。
サンサも同じ。しかし柏木は余計に「???」となってしまう。
『ワカリました、マサトサン。これはキチンと説明しなければなりませんネ』
『そうでございますわネ。フリンゼの婿殿になられる御方なれば、きちんと御説明させていただかなければ』
サンサは腕をまくり、よっしゃとばかりに張り切りだす。
『ではフリンゼ、ここのところは私めにおまかせを』
『ハイ、お願いしますヨ、サンサ』
サンサは昔、フェルの家庭教師も務めた人物。教えるという行為は本職である。
サンサは、大きなVMCモニターを食堂上座に造成する。
何やら指揮棒のようなものも造成する。
そして、フェルのこの国の立場というものを説明しだした……
『まず、時はフリンゼ・フェルフェリアの本家始祖であらせられる女帝ナヨクァラグヤ陛下の時代まで話を遡らなければなりませン……時代は約……』
柏木もPVMCGでタブレット型VMCモニターを造成させ、窓OS8.1を起動。ペンを取って、メモを始める。
この事は日本政府への報告事項としても、重要なものとなるかもしれないからだ。
サンサは話を始める……
かつて、イゼイラの現在より……地球時間で約1000年ほど昔、聖イゼイラ大皇国女帝ナヨクァラグヤは、ティエルクマスカ連合の抱えるある問題を危惧し、突如『帝政解体令』を公布した。
それは皇国建国5万周期を記念しての行事の事だったという。
あまりに突如のことで、サントイゼイラ大広場に集まった建国を祝う国民は、相当に動揺したという。
それもそうだ。イゼイラ大皇国はそれまで帝政体制下で特に何か国政に問題があるわけでもなく、平穏な日々を謳歌していたのだから。
これには当時の貴族階級からも、帝が乱心したと大騒ぎになり、当時の皇国帝位継承権者同士の、派閥間内戦にまで発展したという。規模は小規模だったそうだが……
しかしナヨクァラグヤ帝は、民に被害が出ぬよう、最大限の努力を行い、民を味方に付け、その理由を説いて各派閥貴族を説得し、時には粛清まではいかずとも、かなりの強権をもっての処置も行い、帝自身が率先して共和制国家樹立へ奔走したという。
そしてほどなくして、現在のイゼイラ星間共和国に国号を変更、ティエルクマスカ連合本部にそれを通達。初代暫定議長に、元イゼイラ大皇国帝 ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサが就任。その直後に第一回イゼイラ共和国議員選挙と、議長選挙を公布し、隠居したという。
『……え? ナヨクァラグヤ帝は名前……だよな……フェルの本名、さっきナヨクァラグヤが後にきてたよな……あれはどういうことだい?』
柏木はふと思う。
よくよく考えれば、そのイゼイラ人の名前の事をあまり気にしたことがなかったので、今の話を聞いて疑問に思ってしまった。
『ハイ、確か、ニホン人のお名前は、家名を現す『セイ』と、個人の名称『メイ』で構成されていますよネ』
フェルがそこのところは答えに入る。
「ああ、そうだよ。欧米人の場合は逆のパターンがほとんどだな。欧米人の場合、ミドルネームを入れるけど、それも欧米人は名前のバリエーションが少ないから、ミドルネームで区別するという意味がある。元々は宗教の洗礼名なんかを付けていたそうだけど」
アメリカ大統領のジョージ・ブッシュ親子が良い例である。二人共、ミドルネームを抜けば、同姓同名である。
『ですよネ。イゼイラ人の場合、『名』『姓』と、その後に『始祖名』というものを付けまス。子供が二人いる場合は、父方の始祖名と母方の始祖名を交互につけていきます。例えば、ニーラチャンの場合は、あのコは確か妹サンなので、母方の始祖名が付けられていまス』
「なるほど……じゃぁ『ナァカァラ』というのは……」
『ハイ、あれは私の市民登録名でス……偽名ではないのですガ……せめて一国民として生活する時は、ナヨクァラグヤの名前は名乗りたくないですヨ……』
「有名人だもんな……」
『ハイです……』
柏木はフェルの心中を察した。確かにそれはそうだろう。
フェルはイゼイラでは超有名人だ。創造主にも名を連ねる始祖名をそこらへんで語れば、大変な事になるのは目に見えている。
『続けさせていただてもヨろしいでしょうか?』
サンサが二人の会話の間を見計らって話す。
「あ、すみませんサンサさん」
『ア、ごめんなさいサンサ。話がダッセンしてしまいましたネ』
微笑し、コクンと頷くと、サンサは話を進める。
……このイゼイラの共和制移行は、当時のティエルクマスカ連合に激震をもたらしたという。
というのも、イゼイラは当時よりティエルクマスカ連合五大大国の一角をなす国であり、その国家の政変は大きなニュースとなった。
そしてイゼイラ国民は、多くの、というよりもほぼ100パーセントの国民が共和制への移行を歓迎したが、皇室貴族の存在を完全に抹消してしまうことには、これまた多くの国民が大反対をしたという。
帝政時代のイゼイラは、その代々皇帝は、おおよそ善政を敷いており、圧政や弾圧なども歴史的になく、概ね平和な政体だったのである。
そして、イゼイラという国家が、その長い歴史において皇室貴族制度の威光や、その雅な歴史、代々善政を行ってきた帝政時代の権威というものを、ティエルクマスカ世界での政治プレゼンスを維持しているものである、ということも国民はわかっていたのだ。
つまり、皇室貴族制度自体が、イゼイラの『資産』であるということを理解していたわけである。
そういうことで、旧皇室貴族階級の権威を維持しつつ、市民階級と同じ釜の飯をうまく食えないかという事をお互い模索し始めた。
そこで議会は、旧皇室貴族の人々と真摯に話し合って、ある結論を出し、法律として制定させることにした。
それは、旧皇室貴族にあたる人々で、当主の地位に当たる人物にイゼイラ議会における終生議員としての資格を与えるというものだった。
無論、地位は共和制であるからして、基本は旧貴族でも、その受ける権利は一市民としての扱いだが、議員特権を恒久的に付与させることで、貴族階級であった人々の存在と権威の保全を図ろうとしたのである。
それを『イゼイラ旧皇終生資格議員法』として、明確に法の元の議員資格として制定したのだ。
そしてその法では、敬称も政府関係者の間では、『ファーダ』の他、議会などでは、旧皇室貴族の敬称で呼称することを義務付けている。
つまり、今のフェルの『フリンゼ(陛下)』という敬称は、現在のイゼイラではフェルにしか使われないフェルだけの敬称という意味なのである。
そして、いわゆる『帝位継承権者』にあたる人物については、イゼイラ大皇国時代は選挙君主制であったが、その部分は廃し、帝位第一継承権者に当たる人物を、ティエルクマスカ連合選出議員枠の一つに必ずこの終生資格議員を当てることとしており、いわゆる当時の皇帝に当たる人物は、イゼイラ終生議員でもあり、ティエルクマスカ連合終生選出議員でもあるという地位を得ることになってる。
しかも、この終生議員資格は、イゼイラで犯罪を犯し、第一級犯罪の刑が確定し、剥奪されない限りはどのような状態でも永続的に付与されるものとしており、例えばフェルの例をあげていうならば、フェルが今後、日本国に永住し、日本国籍を取ったとしても、その場合は『休職』という扱いにして議員資格は保持されるという。
こういう形で、イゼイラは旧皇室貴族の威光や、威厳、権威、歴史的資産の保全を行ったわけである。そして現在に至るという寸法だそうだ……
『……ということなのですファーダ。ご理解賜りましたでしょうか?』
サンサは指揮棒をポンポンとしながら、ドヤ顔で微笑を浮かべながら柏木に同意を求める。
「ほーーー、なるほど! よくわかりましたサンサさん。というか、サンサさん、ハハハ、教えるのウマイですね……こりゃプレゼン合戦やったら私、負けるかも?」
『お褒めに預かり、恐悦至極でございます。ファーダ』
サンサは嬉しそうに柏木に礼をする。
「しかし……その『旧皇資格終生議員制度』ですか? それはよく考えましたね……日本の現在の皇室制度とその意義が共通するところがあります……まぁただ、日本の皇室は政治権限が全くないので、そこのところが大きく異なりますが……」
『ハイ、ファーダ。ヤルバーンから送られてくるフリンゼの資料は、私も拝見させて頂いておりまス。ヤルマルティア国の場合は、色々と過去の確執でおっしゃるような制度になっているとかで……』
「はい。でも、皇室の存在を国家の権威や、資産とする考え方は共感が持てます」
『そうですね、そういう長い歴史として培ってきたものを捨てるというのは、よほど悪い印象がない限り難しいものです』
結果、日本の場合は、皇室の存在を維持する代わりに、政治を捨て、イゼイラの場合は、皇室自体の存在を捨てる代わりに、政治を取った……そう考えることも出来る。
どちらが良いか悪いかという議論は無意味だ。それは彼ら自身が、それが良いと考えてそうしたのだから、誰から文句を言われる筋合いのものではない。それで現在はうまくいっている。なのでそれでいいのだ……まぁ、日本の場合はそのあたりに今でも議論はあるのだが……
しかしフェルはその横で、なぜかプーっとしている。
「え? どしたんだフェル?」
『ブチブチブチ……』
「え? 」
何やら当の当事者は、その二人の爽やかな納得に異議がある模様。
『マサトサンはナ~んにも知らないデスから、そんなお気楽な事が言えるデすよ……ブチブチブチ……』
「ど、どしたの?」
『私はそういう資格を、生まれた時点で背負わされているんですよっ……子供の頃は、みぃ~んなが持っていたアレを造成したいってサンサに言ったら、そんなものは帝の末裔である貴方が持つような物ではないとか……アノお菓子を食べたかったのに、取り上げて……ブチブチブチ……お勉強しなかったら、あの指揮棒でピシピシ叩くんですよっ、サンサはさでぃすとなんです……ブチブチブチブチブチブチ……』
フェルは口を『 3 』の字にして、何やら過去の怨念をブチブチと言っている。
『フリンゼ……何かご意見があるのでしたら、あとで、ご・ゆ・っ・く・り 承りますが……』
『フ~んだ。 なんでもないですヨ~~~~~』
そのやりとりを見て、思わす笑ってしまう柏木。
まぁ、やんごとなき家に生まれたフェルには、ド平民な柏木にはわからぬ不便というものもあったのだろう。
ただ柏木は、少し……いやかなり安堵した。
もしフェルが本当に君主としての女帝とかだったら、それこそ普通の生活ができるかどうか心配になったからだ。
そんな地位なら、日本にずっと居続けることなどできないだろうし、フェルと気軽に旅行やデート……なんてのも無理だろうし……
色々と思うところもあったからだ。
まぁでも、実際日本じゃフェルは普通に庶民丸出しな生活もしているし、リビリィやポルにはフェルの男性関係でいつもからかわれーの、シエにはおちょくられーので、フェルが実際そんな身分ブッチギリな人物なら、不敬罪でどえらい事になっているだろうと思う。
つまるところ、生まれ以外はフェルも普通のイゼイラ人のフリュなのだ。
そして何よりフェルは、今はヤルバーンの誇る科学者でもある。
そう思うと結果、そういう事を知ることが出来たのも良かったのかなとも思ったりする。
しかし……『まぁ、そう話は単純ではない』とサンサは続ける。
「ええ、わかりますよ……フェルがその今では創造主として崇められている『ナヨクァラグヤ帝』の子孫だということですよね……」
『ハイ、その通りですファーダ……』
ナヨクァラグヤ帝は逝去後、当時の政治家や国民に『創造主』として奉られてしまった。
イゼイラに宗教の概念はないが、万人の為に尽くした人物を『創造主』として崇めるという習慣は地球同様に存在する。
そして、サンサの話では、現在のイゼイラ人の約85パーセントは『創造主ナヨクァラグヤ』の信奉者だという。
「え゛……んじゃ、フェルって……イゼイラじゃ生神様扱いされてるわけ?」
それもそうだろう。ナヨクァラグヤの子孫がリアルに生きているわけなのだ。そうなって普通だ。
『ハイ、前にも言いましたけど、私達にはその……くりすますの時にも言いましたけど『シュウキョウ』という概念がないのデスが……私のことを創造主ナヨクァラグヤの同位体として崇める人がたくさんいるのでス…………』
フェルは少し困惑した顔を見せる。そして
『私は普通のフリュなのに……そこをどうしても国民のミナサマに分かっていただけないのですヨ……困ったものでス……』
柏木はそこのところで一つある疑問を持っていた。
それをフェルに尋ねてみる。
「フェルさ、そのフェルの立場というものは良くわかった。俺ももう驚いたりしない。安心してくれよ。やっぱりフェルは俺の知っているフェルだ。それ以上でもないしそれ以下でもない」
『エ? マサトサン……』
フェルはパっと明るい顔をする
「ハハハ、まぁフェルが例えイゼイラでそういうストーリーを持っていたとしても、日本人の俺や、フェルを親しく思ってくれる地球人的には……フェルの言葉を借りると『ソンナの関係無いですヨ、フェルさん』って事だからな、ハハハ」
『ア、その言葉は……』
フェルは真っピンクに頬を染める。
フェルの事実上の告白みたいな言葉だったからだ。
「ということでですな……まぁ、その話はもう終わりとして……」
『ハイ』
「そのナヨクァラグヤ帝だけど……なぜイゼイラを共和制に移行しようとしたんだ? そこが疑問なんだが……あ、いやこれは俺個人というよりも、日本政府の人間としての疑問だ。答えられる?フェル」
すると、フェルはハっという目をしてサンサと向き合う……
『あ、アノ……それは……』
困惑するフェル
「あ、答えられないのならいいよ、無理にとは言わない」
『イエ、違うのです、マサトサン』
手を前に出して、目線を凛とし応じるフェル。
その雰囲気に今までの対応との違いを感じ取る柏木。
「え?」
『その事については……恐らく……恐らくですが……サイヴァル議長からお話があるかと……』
「!!」
もしかして、あの『機密』と言っていた事に関係するのか!? と心のなかで大きく語る柏木。
唇を口の中で丸めて、ウンウンと頷く柏木……やはりこの星、この国で今回の件の核心に近づくかと感じる。
「わかった……わかった。じゃぁ、その時まで待つよ……無理は言えないしね。こっちは招待されている身だ……」
『ハイ、申し訳ないデス、マサトサン。でも一つお話するならば……』
「うん」
『今回、私が召還された理由は、マサトサンやニホン国政府があの時、お知りになりたかった事の件だと……そう思っています。なので今は私からお話するわけにはいかないのでス』
やはりかと思う。
フェルが枯れるほど泣いていた時。通信で済ませりゃいい報告を、5千万光年の距離を呼びつけて話をするというほどの事といえば、それ以外にないだろうと踏んではいたが、やはりなと。
いや、それ以前に、柏木まで呼んでしまうのだから、言及があって然るべきかと……ほぼ確定だなと確信する。
ここは急いても仕方がない。彼ら的にも手順段取りがあるのだろう。待つしかないと思う。
「わっかりました。うん」
『ハイ』
二人はこれでも、まぁ言ってみればもう夫婦だ。お互いの事はもう言わなくてもわかる。
頷きあう二人。
「あと最後!」
人差し指をピっと立てて話す。
『ハイ、今日はマサトサンの質問にハなんでも答えるデすよ、私のストーリーをみんな知ってもらうデス』
「ハハハ、そうか、じゃぁ俺もフェルの事、頭に叩きこまなくちゃな」
『ハイです』
サンサも、とりあえず柏木にイゼイラ歴史講座を終えたので、フェルに促され、隣の椅子に座って二人のやりとりを聞いていた。
「フェルは、まぁ……聞けば今では敬称となってる『フリンゼ』だけど……まぁ……滞在中にお会いしてご挨拶させてもらう事になるんだろうと思うけどさ……フェルのファルンさんとマルマさんは現在どういうお立場なんだい? それと、どちらにいらっしゃるのかなって……ハハハ、相当なお立場な方なんだろ? 実は……さっきからそれを思うとドキドキしちゃってさ……そこんとこどうなんでしょ?」
柏木は頭をポリポリかいて、ちょっと照れくさそうに話す。
その話をした途端、フェルとサンサはハっという目をしてお互いの顔を見合う……
そして、目で何かを語り合っている。
少し俯いて……柏木の方へ向き直る。
『マサトサン……』
フェルは細い目をして……
『そうですね、私のファルンとマルマにお引き合わせ致します……』
「え!……え? 今から……ですか?……」
『ハイ……』
オイオイと急な話で、自分の身なりを確認しだす柏木。
しかしフェルは何かイマイチ積極的ではない。
その様子を見て、柏木は何かフェルの家庭的にマズイことでも聞いたかと思う。
フェルはやおら立ち上がり、平手で「こちらへ」と、ともに来るように誘う。
…………
フェルは柏木の手を握り、ゆっくりと、もと来た玄関ホールへと歩く。
サンサは一緒ではない。これは二人の問題だと思ったのだろう、食堂で待つと言って残った。
玄関ホールを出て、円環状に植えられた花壇を左方向へ歩みを進める。
すると、小さな門があり、その門を抜けると、すぐに細い階段が見える。
その細い階段には、両脇に白い薔薇によく似た花が一杯に植えられ、小高い丘のような場所へと続いていく。
そんなに急な階段ではない。ゆるやかな傾斜に歩幅の広い階段。
一歩一歩上がっていくと、城を見下ろすような高さにまで来る。
旧大地の海を背に、真っ白な城が日に照らされて栄える。
その海の向こうには、大きな段差の境界が見え、少しばかりの新大地の風景が、豆粒のように見えた。
美しい風景だ。
しばらく丘を登ると、平坦な地形になり、心地良い高台の風が、体を抜ける。
すると、人の背丈ぐらいあろうか、何やら綺麗なクリスタル状の記念碑のような物が二つ建っているのが見える。
フェルはその碑の前まで柏木の手を握り、しっかりと誘う。
そして……
『マサトサン、これが、私のファルンとマルマです……』
「え?……もしかして、これって……お墓?……」
フェルはすまし顔でコクンと頷く。
……そう、フェルの両親は、もう故人だったのだ……
「そうか……そういうことか……」
柏木は、フェルの頭を撫でて、肩をとり、側に引き寄せる……
「なるほどね……」
『ハイです……といっても、私がまだ小さい頃に亡くなりましたから、実は私も直接親の顔は覚えてイないのですヨ……』
「え? そうなの?」
フェルは小さく頷く。
フェルが柏木の実家でポツリと言った言葉。
自分にも親ができると嬉しそうに呟いた。
これはこういう事だったのかと……
「でもさ、フェル……どうあれ、ファルンさんとマルマさんにはちゃんとご報告しないとな」
『ハイ、そうですね……』
柏木は跪いて、何か一言クリスタルの碑にかけようかと思った。
しかしフェルは自分のPVMCGをソっとなでると……
碑の前に、大きな光が立ち、何やら人影が姿を現す……
「え?……え? え?」
すると、そこには……歳の頃は見た目30代のデルンと、20代のフリュが姿を現した。
デルンの方は、羽髪を7・3に分けたような端正な顔立ちで、典型的な藍色目のイゼイラ人、そしてフリュの方は、髪型がフェルによく似た藍色目の美しいイゼイラ人だった……
元皇族らしい立派な服装に身を包んでいる。
そしてその人物はフェルに語りかける……
『やぁフェル、久し振りだね……任務から戻ったのかい?』
デルンの方が優しい顔でフェルの頭を撫でて、そっと抱き寄せて話す。
しかしフェルの方は、作り笑いでそれに応じている。何か心は離れているよう。
『ハイ、ファルン。一時帰国ですけド、ただいまでス』
そして、次にフリュの方がフェルに話しかける。
『フェル、お仕事に熱中するのもいいけド、ちゃんと休む時は休まないといけませんヨ……』
優しそうなマルマだ。
フェルは彼女とも抱擁を交わす……しかしどことなくぎこちない。
そしてフェルはその二人に柏木を紹介する。
『ファルン、マルマ……私、今度、この方とミィアールする事になりまシタ。紹介しますネ、彼は、ヤルマルティア国のファーダ大使、カシワギ・マサトサンです』
「え? え? あ……」
柏木はナニがなんやらまたわからなくなる。
さっき死んだと説明を受けた人物が急に現れて、これが私のオトンとオカンですといわれても、どーすりゃいいのかと。
柏木は顎を前に突き出すように「えええ??」とフェルにどーしろと、目で訴える。
しかしフェルは微笑を浮かべて、コクンと頷く……つまり、大丈夫だと。
「あ、あ……はい、あの……私は、この星より5千万光年の距離にある、惑星地球の地域国家、日本国の特派大使を拝命しております柏木真人と申します……この度、彼女……フリンゼ・フェルフェリアとミィアールの誓いを立て、一緒になろうと決めました……そのご報告とお許しを頂きたく参上仕った次第でございます」
柏木はその人物に直立不動で挨拶し、一礼をする。
『え? フ、フェルがミィアール?……それは、本当ですか?』
フリュがフェルに尋ねる。
フェルはコクンと頷く。
『それは……しかも相手がヤルマルティアの、この殿方とは……それはめでないな、なぁサルファ』
『ハイ、あなた……フェルの毎日は、データで定期的に確認していますが、もうここまでの仲になっているなんて……ウフフ、血は争えませんわね、アナタ』
『何を言っている、オマエに言われたくないぞ……ハハハ』
柏木はこの会話にメチャクチャ違和感を覚える。
データで確認? この殿方? なんだそれは? しかも初めて会ったのに、普通なら下手したら『貴様のような異星の下賎なものに娘などやるか!』とかいわれそうなものだが、メチャクチャ既定事項で納得している……
『アア、ファーダ大使、申し訳ない。ご紹介が遅れましタ。私はフェルのファルン、ガイデル・ヤーマ・ナヨクァラグヤと申します』
柏木に平手を合わせる挨拶を求めてくる。
それに応じる柏木……しかし「!」と思う……温度がない……冷たくもなければ、温かくもない……
『ワタクシは、マルマのサルファ・ヤーマ・カセリアと申します』
これも同じ……
そしてその二人から、フェルは寂しがり屋だから、甘えてばかりで迷惑かけていないかとか、妙なところで頑固だから、迷惑かけていないかとか、いつかヤルマルティアに行ってみたいとか、柏木の両親にもご挨拶しなければとか……そんな有り体な挨拶を柏木にする。
そんな話に、フェルが割って入り、
『ファルン、マルマ……そろそろ、私達、もどらないと……』
『え、もうかい? もう少し話していけないのかい?』
『ハイ、色々と忙しいので……ゴメンナサイ……』
『そうか……じゃあまたいつでも話しにくるんだよ、わかったね』
『ハイです……じゃあオヤスミなさい……』
『ああ、お休み……』
そういうと、手をふりながら光と共に二人は消える……
呆然とする柏木……
「フ、フェル……あの二人は、一体……」
『ウフフ、ゴメンナサイ、マサトサン。驚かせてしまいましたね、ちゃんと説明しまス』
フェルはそういうと、傍にあったベンチに柏木を誘う。
日が少し傾き始め、白いボダールの輪の根本から、主星の蒼い本体が姿を現し始めた……
フェルは、食堂から持ってきたお菓子を柏木に渡し、一緒に食べる。
チョコバーのようなイメージの半生菓子だ。甘くておいしい。
そして、温かいイゼイラ茶も水筒のようなものに入れて持ってきていたようで、それも二人で飲む。
なんとなく落ち着いた気分になる。
柏木は、口をモグモグさせながら
「フェル、あの二人はフェルの……」
『ハイ、ファルンとマルマです……直接お顔は覚えていないのデスが、あのシステムのおかげで親はこんな方だったのかと認識できまス』
「え? システム?」
『ハイ、えっと、以前、マサトサンのオウチで、あのゲームをやっていた時、イゼイラの『脳エミュレーション技術』のお話をシタことがありますよネ』
「ああ、覚えてるよ」
『あのファルンとマルマは、私の親が、私のために残したものなのデス……脳ニューロンデータを元に創りだした、私の親のエミュレーションホログラフなのでス……』
「なんだって! じゃぁ……」
フェルが話すには、フェル達の技術では、脳のニューロン構造をそのままデータ化し、保存させることが出来るという。そして、イゼイラ国民は、成人すると希望するものはそのニューロンデータを国家医療管理センターへ保管し、脳障害関係の病気の際、治療に応用したりできるのだという。
時には、裁判所の許可を得て、犯罪捜査に使われたり、娯楽としてヴァーチャル施設で利用したりするそうだ。
そして……その脳エミュレーションデータを利用し、故人の仮想人格を作り上げることも出来るという。
しかもこの人格、仮想とはいえ、故人のニューロンデータを元に計算されて構築されるものだから、限りなく本人に近い結果を出力する……そう、限りなく本人に近いエミューレーションなのだ。
これは、家族や恋人を大事にするイゼイラ人が編み出した、哀しみの技術ともいえるものだった。
親しい者が死んだ時、彼らの哀しみは計り知れず、時にはその哀しみの縁から抜け出せなくなる者もいるという。
そして最も深刻なのは、フェルのように親の顔を知らない子供達などだ。
そういう子供の情緒を安定させる必要も当然ある。
そういう場合に、故人の人格をエミュレーションさせて『もし故人なら、こういう時にこういう発言をするだろう』『こういう時にはこういう行動をするだろう』という結果を見せることで、そういった哀しみを和らげるデバイスとして利用されるのである。
「そうか……そういうシステムなのか……」
『ハイ……なので、私は自分の親がどういう性格かも、あのシステムのおかげでわかりますから……』
「なるほどね……しかしつくづくすごいな……イゼイラのシステムは……」
『ウン……でも……やっぱり……ウソだから……』
「え?」
『親のいない私は、子供の頃は、あのシステムを良く使っていましタ……いじめられたり、サンサが厳しかったり、寂しい時なんかは……』
「……」
『デモ、大人になって……物の理屈がわかって……ウフフ、科学者になんてなったら……やっぱりウソはウソとして認識してしまいまス……』
「……」
日もかなり暮れてきた。イゼイラの恒星はもう見えない。
旧大地の水平線に、一日最後の光だけを残して沈んでいく……
そして主星ボダールの淡い光に世の景色を塗り替えていく……
そのちょうど合間の時間。イゼイラの色は、なんとも不思議な世界に変わる……
柏木は、フェルの言葉をじっと聞く。
まぁフェルも大人だ、いまさら昔の親の死をメソメソと嘆くような事は言わない。
ただ、柏木の仲の良い親子関係を見て、思うところもあったのだろう、色々と話したくもなったのだと思う。
『アの時、マサトサンから“ぷろぽーず”された時、一度ヤルバーンに帰ったでしょ?』
「あ、ああ、そうだったね」
『あの時、ぷろぽーずされたことを、このエミュレーションシステムにデータで送っていたのです』
「え? そうだったのか……」
『ハイです……そして、そのデータの結果を見たら、肯定的だったので……いいかな?って思っテ……』
「え゛……じゃぁ否定的だったら? どうなってたんだ?」
『ウフフ、そんなの関係無いですヨ、ウフフ、駆け落ちしちゃうデス』
「ハハハハ、そうか」
なるほどと思う。
なのであんな「フェルの毎日は、データで定期的に検索している」なんて不自然な言葉が出たのかと思う……確かに人間の親はあんな事は言わない。
「しっかし……俺はまさかイゼイラには死者を降霊する技術でもあるのかと腰を抜かしそうになったよ……なるほどね……ハハハ」
柏木はある意味トンデモナイ技術だと思わざるをえなかった。
結果はどうあれ、人間の脳構造や思考パターンを限りなく忠実に再現できるシステムなんて、そんなもが存在するとは……と……
「我、思う、故に我あり……」
柏木はポツンと呟く。
『エ?』
「ん?……ああ、この言葉はね、地球の大昔の哲学者で、ルネ・デカルトっていう人が言った命題なんだよ……俺の好きな言葉の一つでね」
『どういう意味デすカ?』
「うん、そうだなぁ……この世で、自分の見える世界って、本当のものかどうかって証明できるかい?」
『ウフフ、そういう事ですか、出来るわけアリマセンよね』
「ああ、そうだ、できないよな。触って、嗅いで、本当にあるじゃないか!って言っても、実際にある現実はそうであってもさ、それを「証明しろ」なんて事になったら、どうすんの?って話だよな?」
『ハイです』
「でも、そう思う自分はいるわけだから、最低限、そう疑問に思える自分の存在は絶対だ……って意味の言葉でね、この言葉、面白いから俺、好きなんだよ」
『ヘェ~ 地球人ってやっぱり高度な知的生命体ですヨ』
「ありがとうございます」
柏木はペコリと頭を下げる。
「でさ、あのフェルの親御さんをエミュレートするシステムに、この命題を言ったらどう答えるかってね……そんな風に思ったんだよ……」
『デモ、その質問に答えられたとしても、その答えが正しいかどうカということを証明するのも……難しいデスよね……』
「ああ、そうだな……」
フェルはさすがイゼイラ最高学府を出た科学者である。柏木のにわか知識にサっとそういう返答をする。
しかし……と柏木はフェルに語る。
「……このシステム、俺はいいシステムだと思うよ、フェル」
『そうですか?』
柏木は話す。
地球でも、故人への想いに引きずられて、人生をより良く過ごせない人はたくさんいると。
例えば不慮の事故で亡くなった人、死ななくてもいい事件に巻き込まれて亡くなった人、ある時急に発見された不治の病で亡くなった人などだ。
もし生きていたら、あの事をどう思ったか?
もし生きていたら、あの時言えなかったことが言えるのに。
そう言っていたら、あの人はどう思ったか……
それが本当かどうかは別にして、その可能性を得ることは出来る。
そしてその可能性を得て、故人の呪縛から解放されて、より良く生きていけるならそんなシステムもアリだろうと。
妙なイタコを騙る奴に高い金払って、わけのわからん霊なるものの声を聞くよりよっぽどいいと。
それで真っ当な人生に戻れる人がいるなら、そういうシステムも大いにアリだと。
「フェルだって、このシステムのおかげってのも、正直あったんだろ?」
『ソウ言われてみれば……確かにそうですネ』
「だろ? じゃなきゃ、俺とフェルの仲、データで送ったりしないよな」
『ウフフ、ソレを言われたら、私もツライところがありますよ……ウフフ』
「ハハハ、そうだろ? だから、それでいいんだよ。そう思ってくれるかもしれないって、そんなシステム、すごいとおもうよ」
『ソウですね……“我、思う、故に我あり”デスか……なら、このシステムも、“我のため”のシステムなのかもしれませんネ』
「そういうことです……そう思えば、良いシステムだよ」
『ハイです』
柏木の言葉が身にしみるフェル、ニッコリと笑う。
そして、一つ落ち着いたところで、彼はやっぱり聞いておいたほうがいいかと思い、フェルに尋ねる。
「ところでフェル」
『ハイ?』
「ファルンさんと、マルマさん、その……お亡くなりになったのはどういう……」
『ア、ハイ……事故だそうでス』
「事故?」
フェルが言うには、ガイデルとサルファも今のフェル同様に、当時探査艦の派遣議員として乗務していたそうだ。
そしてある国との交渉を行っていたそうである。
その国は、現在ティエルクマスカ連合加盟国になっている国だそうだが、これもフェル同様に一時帰国した後、交渉の調印式典のため、サルファをファーストレディとして同行させ、その国へ戻る途中、ディルフィルドゲート内を通過中に宇宙船が異常をきたし、宇宙船ごと亜空間で消失してしまったという。
『……ということなのだそうでス……私はまだ小さかったから、物心ついた時に教えてもらいましタ』
「そうか……じゃあ宇宙船のクルーも……」
『ハイ、最初はテロも疑われたソウですが、そういうテロをする動機のある組織もなくて……純粋に、宇宙船に何らかの不備があった事故だと』
「そうか……」
『私はまだ小さかったですし、式典を終えたらファルンとマルマはまた数日で帰国する予定だったそうなので、ファルンとマルマはサンサに私を預けたそうなのです……』
「なるほどね……じゃあご遺体も……」
『ハイ、死亡ということになっていますが、実際は行方不明と言ったほうがイイですね……でも亜空間での事故ですから……まず助かりません……平行世界に飛ばされたかもしれないということで、大々的な捜索も行ってくれたみたいですが、結局、何も手がかりがつかめなかったそうです』
それでも、やはり自分自身の記憶にはないことなので、いまでも実感はないという。
柏木はその話を聞き、フェルの事を可哀想だとも思うし、また逆にそれだったから良かったのかもしれないとも思う……そんな事件をモロに聞かされた物心ついた子供なら、そのような経験は絶対にトラウマになるはずである。
そしてまた……そんな境遇の子供を、ここまで立派な大人に育てたサンサを彼は尊敬した……
聞くところでは、フェルの両親が行方不明になった事件の当時、ディルフィルド航法を行う際、場合によっては機関試験を行わずにワープを行っていたそうである。
それは、それほどまでに機関の信頼性が高かった事もあり、それまでそういった事故もほとんど起きたことがないためだったからだそうだ。いわゆる技術への過信が産んだ事故だったそうだ。
そして、この事故をきっかけにティエルクマスカでは宇宙船をディルフィルド航法させる場合、軍用艦艇以外は、必ず短距離機関試験を行うことが義務化された。
そして緊急事態でないかぎりは、相対時差2日以内の距離の場合は、可能な限り通常亜光速航行を行うことが奨励されるようになった。
そういうこともあって、クラージェがイゼイラへ来る際、木星までの距離を試験航行したり、シレイラ号事件のあと、大型ゲート基地まで亜光速通常航行で飛んだのはそういうことに起因するそうである。
そんな話をしていると、日もとっぷり暮れて、ボダールの淡い光の夜になる。
ふと柏木は気づく……
「あ……この景色って……」
『ハイ、そうですヨ、マサトサン。あのヤルバーンの丘の風景でス』
ついこの間の事だが、なんとなく懐かしく思う。
フェルと初めて会った夜の出来事。
あの風景は、リアルではなかったが、今見える風景はリアルである。
「ハハハ、そうか、ここから見た風景に似ていたのか……」
『デスヨ。なので、明日の朝は、この風景でス』
イゼイラの一日の概念は、地球とほぼ同じだが、日没と日の出の周期は地球時間で、ほぼ48時間周期である。なので、イゼイラ人は、昼間の一日と、夜の一日を交互に過ごす。
まぁ、改めて、この美しいボダールを見れるのなら、夜の一日というのも、それはそれでいいかなとも思ったりする……
そして柏木は、しばしフェルの肩を取り、その風景に魅入っていた……
彼はその風景を、彼女の全ての語りを飾る挿入歌にも思えたのだった……
………………………………
……ティエルクマスカ科学の通信技術は本当にとんでもない凄さだ。
量子通信というものを実用化している。しかも地球で現在研究されているようなものをずっと発展させたものだ。
普通、地球で考えられている量子通信とは、情報伝達の手法であって、実際の技術は全て量子で解決できるものというわけではない。
量子間の情報伝達が行われても、その結果を出力するシステムが光や電気に変換されれば、そこから先はそういったデバイスの出力速度になる。
その点はティエルクマスカも変わらないのだが、インフラとして完全に整備されている点が脅威なのだ。
なので地球の情報も、事が起こったと同時にイゼイラ本星へ届く。そう、その言葉どおり『同時に』である。
現在、ヤルバーンでは地球のインターネット通信網を利用できるように整備されている。
当然、その通信信号は、コンバーターを利用してヤルバーンの量子通信設備にも繋げることが出来る。
柏木は、その量子通信技術で、地球のインターネットをイゼイラでも利用できるか? と冗談半分でフェルに聞くと、簡単にできるというので、それならということでイゼイラへ来る前に、そのシステムを構築してもらっていた。
そしてフェルの家……というか、城にある設備を利用して、量子通信で地球のインターネット網にイゼイラに居ながらにしてアクセスすることが出来るようになっていた。
柏木はホトホト驚く。
なぜなら、今、フェルの家……いや、城の寝室でPVMCGパソコンの窓OSを起動したモニターに映るのは、日本のニュースサイトだからだ。
ちなみに、件の掲示板も覗いてみた……フェルはヤルバーンで引きこもっているということになっているらしい。とりあえず情報操作は功を奏しているようだ……しかし……
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
フェルさんが引きこもって全然出てこない件について。
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
柏木に振られたとか。
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
>>***
まだいってんのかオマエは。
んなのフェルさんも一緒にイゼイラへ行ったって思うのが普通だろ。
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
誰か外務省に凸する勇者いないのか?
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
>>***
それやったら消息不明になるという噂が……
キャプテンのお姿を拝めるとかいう話も……あ、アレ?体が消えていく……
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
>>***
オイwwwww
「フェルが俺に振られて引きこもった? なんじゃそりゃ……で、なんだ?このアドレスは……」
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
http://****.com/*******~……****.jpg
中国がとうとう尖閣でやらかしました。
「うわっ、シエさんとフェルが百合してる薄い本の画像……これわえげつない……はぁ~……知らねーぞ……で、なになに?……」
名前: 名無しさん@未知との遭遇 投稿日:~
イゼイラ人の起源は韓国。フェルさんは在日
「…………お約束だなぁコイツら……で、こちらはっと……」
『【妄想】キャプテンの男性関係を想像するスレ【全開】』
「妄想じゃなくて、本当にあてがってやってくれよ……」
……見なきゃ良かったと思う……でも見てしまう……そこがつらいところ。
とまぁ、言ってみればヤルバーンのシステムで構築された量子ルーターとフェルの城のハブを利用した5千万光年先まで繋がるWiFiみたいなものを使っているわけである……とんでもなさすぎる。
すると、白木からメールが届いていた。
「お、白木からメールか……って、こんだけすごい技術使って、やってることがネットなんだもんなぁ……なんだか笑っちまうな」
まったくである。例えるなら10ペタフロップスのスーパーコンピューターで花札屋の8ビットゲーム機を遊んでいるようなもんだ。
「なになに……えっと……『お世話になります柏木大使閣下。フェルフェリアさんとしっぽりやっていますか? 早くお二人のお子様のお顔が見たいです』…………あいついっぺんブッコロしたほうがいいな……ってオメーも麗子さんといつ結婚すんだよ……しかし……麗子さんと白木の子供……なんか想像を絶するな……」
ブツブツ言いながらメールを開ける柏木。
イゼイラくんだりまで来てこのノリかと……せめてメールぐらいマトモに送れと……
で、まぁ冗談はそこまでで、以降は現在の日本の状況などがツラツラと書かれていた。
しかしそのメールの日付にギョっとする柏木。
「え?……確か……地球からここまで、一日遅れで6日で着いたんだたよな……このメール……今日より1日後から送られてきている……どういうこった?」
すると柏木の寝室にコンコンとノックの音が聞こえ、フェルが入ってきた。
プンと石鹸の良い匂いがする……どうやらこの城にも風呂を作って入っていたようだ。
その手には愛用の枕を抱えている。
『マサトサン……まだ寝てないでスか?』
「ん? ああ、ちょっとな。で、どうしたんだフェル」
『ソんなの……言わないとわからないですカ?』
口を尖らせて言うフェル。まぁつまり日本にいる時と同じように一緒に寝ようということだ。
「ハハハ、はいはい」
実のところを言うと、フェルの部屋にはベッドがないためだ。睡眠カプセルが置いてある。
しかし、まぁ結局日本で布団の寝心地に染まってしまったフェルは、睡眠カプセルよりもベッドを望んで柏木の部屋に来たということ。
柏木の部屋には、睡眠カプセルに慣れない彼のために、サンサが日本の物産データを参考にして、ベッドをハイクァーンで作って、設置してくれていた。なかなか気の利く侍従長さんである。
枕をベッドにポソっと置いて、柏木の座る大きなテーブルに近寄るフェル。
ちなみに、柏木にあてがわれた部屋は、かつてフェルの父が使っていた部屋で、メチャクチャ広い。
ここに客を呼んで会談もしたそうなので、応接室と会議室を足したぐらいの広さがある。
豪華なイゼイラ様式の調度品のようなものに飾られ、壁には壁画のようなものが描かれている。まぁこのオッサンにはおおよそ似合わない部屋だ。
そしてその部屋のど真ん中にベッドがポンと置いてあるので、なんとも寝る時はうすらさびしそうな感じ……
フェルは向かいの椅子を少し引きずらせて柏木の横に置き、チョンと座る。そしてVMCモニターを覗きこむ。
『ア、いんたーねっとのメールですね……うまくつながっているようですネ』
「ああ、おかげさんでね。助かるよ……しかしすごいな、この星で地球のネットが見れるなんて……」
『別ニ難しい事じゃナいですよ。通信信号の規格をコンバートさせればいいだけの話ですから』
「あ、いやそれはそうなんだけどさ、量子通信ってのがね」
そんな話をしながらさっきの疑問をフェルに尋ねる。
「なぁフェル、これ、白木からのメールなんだけどさ、日にちが明日から送られてきてるんだけど……」
『ン? アア、そういう事ですカ。それはそうですヨ、イゼイラの今日は、私達の主観時間から1日ススんでいますから、当たり前でス』
「え? じゃぁイゼイラでも一日すすんでいるのか?今日は……」
『ハイそうですよ、アノ4700万光年先のシレイラ号事件、ありましたよね?』
「ああ」
『アノ時、大型ゲート基地まで亜光速速度で飛びましたから、相対時間が1日ズれてるですヨ』
「え! たったあんだけの時間飛んだだけで!?」
『ハイです。まぁ1日ぐらいどうってことないデすから、あの区間のみ通常亜光速速度で飛びましタ』
そうかと思う柏木。なんか1日時間が地球とはズレると言っていたような事を思い出す。
これがその一般相対性理論という奴かと感じる。
つまり世の中は柏木達より1日進んでいる……柏木はイゼイラの暦なんてわからない。なので白木からのメールが1日先から届いたと錯覚したわけだ。
『デ、マサトサン、ケラーシラキからなんて言ってきているのですカ?』
「あ、ごめん、まだ詳しく読んでないんだ……」
『エっと……オセワニナリマス……カシワギタイシカッカ……』
「あ~! そこは読まなくてイイよっ!」
ピっと削除してしまう柏木。
『ア~~~! 別にイイじゃないですカ!』
「いいんだよっ」
『ム~~~ ゼッタイ変なコト書いてたですネ……』
ギロ目で柏木を睨むフェル……確かに変な事が書いてあった。
そのフェルのギロ目を痛そうにしながら、その後の文章を読む……と……
「えっ! おいおいおい、マジかよ……」
『?? どうシたですか? マサトサン』
柏木の表情にギロ目を元に戻し、訝しく聞くフェル。
「あ、いや……アメリカのハリソン大統領が急遽訪日するらしい……5日後だそうなんだが……」
『アメリカ国の大統領ガですか?』
「うん、貿易関係の協定を今、特定の国と共同で進めていてね、そこで日本とアメリカとで折り合わないところがあって、その話し合いに大統領が直々に来るそうなんだけど……」
『フムフム』
「そのスケジュールに、ヴェルデオ大使との会談が入っているらしい……」
『エ!……そうなのデすか?……』
「ああ……」
白木のメールには、米国からの強い要望……というか、その貿易協定のアメリカ側譲歩との引き換えでヴェルデオとの会談を要求してきたのだが、最初は無理だと拒否していた。
がしかし、ドノバンからの請願もあってのでヴェルデオと相談したところ、話すぐらいなら構わないと日本政府の困り具合を察して気を利かせてくれたらしく、首相官邸で会談するということになったということだそうだ。
無論、二藤部とも会談するそうなのだが、その内容は、例の産廃再生事業に、アメリカもいっちょ噛ませろという事。でないと貿易障壁とみなすぞ、とアメリカ企業連合からの圧力もあってので、そのあたりで話をしに来るらしい。
アメリカ側はヤルバーンでの会談を希望……というか推しまくっていたそうだが、それはヴェルデオが「国交がない」という“事にして”断ったそうだ。
とまぁ、そういう事もあるが、それだけではないということで、それ以外に内密の会談として、ガーグに関する話で色々とあるかもしれないと、ドノバンが言っている……ということが書かれてあった。
つまり、貿易交渉会談は、本題ではないということ。
「とうとうヴェルデオ大使も、日本以外の外国元首と会談か……」
『マァ、会談したところで何も変わることはないデスけどね、マサトサン』
「まぁそうなんだろうけど……地球世界的には、色々ありそうな予感がしないわけでもないんだよねぇ……」
と顎をかいてどうなるのかと思ってしまう柏木。
「……っと? で……あ~ あれの公開やめたのか……」
『マサトサ~ン、私は日本の文字、まだ良く読めナイデすよ……一人で納得してないで、教えて下さイでス~』
柏木の腕を掴んで左右に振るフェル。
「ん? ああ、ごめんごめん。えっとね、例の木星の映像、あったろ」
『ハイです』
「あれ、世界に公開する予定だったそうだが、急遽とりやめになったって」
『エ? ドうしてですか?』
「ああ、なんでも、あんなもの公開したら、一気に地球の宇宙産業がフッ飛ぶってな話でね。イゼイラさんだけが映ってる分には、それはそれで当たり前でいいんだけど、俺が映ってるのがマズイって」
『エ? でもマサトサンが宇宙に出たのはみ~んな知ってるじゃないですカ』
「ああ、でも宇宙船外で撮ったのがマズかったみたい。あれはやり過ぎだってさ、ハハハ」
さすがに宇宙船外で、木星見に興じる映像はインパクトありすぎだという。
せめて宇宙船内だけにしとけという事。
それでなくても、オマエが宇宙に行ってるってだけで、地球の宇宙産業はもう大改革を迫られているとの話。
で、とりあえずまだ公開が許せる範囲内な冥王星の動画を公開したということ。あれは宇宙船内の映像だけだったので、まだマシだったそうな。
それでも、冥王星の映像を公開した途端に、米国が会談の申し入れをしてきたということだそうなので、米国産業界は相当動揺しているのかもしれない……ということが書かれてあった。
『あの懸念事項になっているチャイナ国の事は何か書いてありマすか?』
「ああ、それも書いてるな……いまのところは大人しくしてるって。でも、あまりにも動きを見せないからかえって不気味だってさ」
『ナルホド……』
で、柏木はそこでまたイタズラ小僧のような顔になる。
「クックックックック……でもなぁ……俺ぁ冥王星に行ってるんじゃないんだよねぇ……」
フェルもその柏木の不敵な笑いに呼応して……
『フッフッフッフ、そうですよネ~……マサトサンはイゼイラに来てるんでスよね~……』
「ではフェルさん、例のものを……」
『ハイ、大使カッカサマ』
フェルは、イゼイラ近海宙域の映像と、イゼイラ本星の映像、その独特の地形の映像、イゼイラ人工大陸の映像、サントイゼイラの都市風景、軌道エレベータ、プラネットリング、イゼイラタワー、そして、イゼイラ政府が用意してくれている日本大使館予定フロアの全容の動画と写真データを柏木に渡す。
さすがにシレイラ号事件の映像は、送ってしまったらどえらい事になるので、帰国後直接報告することにする。
それこそ何かの映画ばりの騒ぎになりかねないからだ。
とりあえずそんな感じで映像を選んで、白木に送りつけてやることにした…………
「でさ、フェル……ご両親の事だけど、俺の親にも話していいかな?」
『ア、ハイ、構いませんヨ。マサトサンのご両親にも知っておいて頂いたほうがいいですよネ』
「うん、それと、フェルの立場も、白木とオーちゃんには話しておくよ……でないと後で知って大騒ぎになるよりいいだろ?」
『ソうですね』
「まぁそこらへんはサラっと流しておくからさ。皇帝の末裔なんてのは、日本にだっているし。皇帝陛下の玄孫さんなんかもテレビで活躍しているから、別にフェルの立場が珍しいってわけじゃないよ」
『ソうなのですか』
そんな感じでその辺りも返信メールを出しておく。
フェルはナヨクァラグヤ帝の子孫で、イゼイラ皇室の末裔だという事も。
ただ、現在のイゼイラには皇室貴族制度はないので、その代替として、フェルがティエルクマスカ連合議会と、イゼイラ議会の終生議員という立場にあるということ。その辺りを書いておくことにした。
このメールシステムでは、機密保全のため恵美や柏木の実家宛にメールは出せないので、白木からフェルの両親については知らせておいて欲しいと頼む……ただ、両親には、ナヨクァラグヤ帝の末裔だということは伏せておいてくれと。でないとそんなこと知ったら、まぁ恵美はいいとしても、親が即死すると。
そして、滞在日程も、特に決めて来てはいないので、とりあえず地球時間で2週間程を見て欲しいと伝えておく。
でもって、ポチリと送信アイコンを押す。
「で、この瞬間に、もう地球には届いているんだよなぁ、このメール。スゴイよなぁ……あ、そうだ。フェルさ、この量子通信の機能を使って、ライブな映像データはやりとりできないの?」
『ハイ、できますヨ』
「あ、やっぱりできるんだ……じゃあヤルバーンでこの星とテレビ会議みたいなことも?」
『ハイ。っていうか、してましたヨ』
「やっぱりね……」
そんなシステムがあるのに、フェルに帰って来いというのだから、ますます……というところだろう。
「フェル、もし良かったらさ、地球の二藤部総理や白木達と話させてよ、コッチにいる間に」
『わかりましタ。じゃあ、このフロアの方にそのシステムを設置させておきましょウ』
「ありがと」
つくづく思う。
そりゃ電波なんて使わんわなぁ……と……
ティエルクマスカの通信システム……本当にすごいものだ。
……とまぁそんな話をしていると、さすがに睡魔が襲ってくる。
イゼイラ時間的にはもう夜中だそうだ。
「ふわぁ~……じゃあ、そろそろ寝るかフェル」
でかいあくびをかまし、手で口を覆う。
そろそろ限界っぽい
『ハイデスね……フわぁ~』
思わず、もらいあくびしてしまうフェル。
フェルの金色目もちょっとくすんできた。
今日は色々あったので、良く眠れそうだ。ちょっと精神的にビックリしすぎたのでゆっくり休みたいトコロ。
寝床に入ると即眠ってしまうフェルと柏木、相変わらずフェルの抱き枕にされてしまう。
しかし今日はもう即行就寝なので、気にしない。
そんな感じでまた明日……
………………………………
太陽系第3惑星、ちきゅー
その島国国家日本国の東京。
フェル達がお休みのちょうどその頃、日本は真っ昼間である。
ヤルバーンから中継されてきたメールが、国際情報官 白木崇雄のパソコンメールボックスにペロリンと届く。
白木は外務省本省内、特務情報館室の自分のデスクで、出前のラーメンをすすり、昼食中であった。
「んお? 誰からだ?……って! おいおい柏木からじゃねーか!」
その声を聞いた白木の部下が「ええっ!」「おおっ!」と机をガタガタと立ち、白木のデスクに集まってくる。
「いやぁ、すごいですね室長、本当に届くなんて」と部下A
「半信半疑だったんですが、こりゃぁすごいや」と部下B
みんなメールソフトの『RE:柏木大使閣下へ、お元気ぃ~』と書かれたタイトルを見る。
「お前ら、良く考えてみろよ……よ~くな……この突撃ナントカの返信メール……5千万光年先から飛んできたんだからな……」
白木は部下に言い聞かせる。
部下の皆さんは「ありがたやありがたや」と手を合掌させて拝む……何が有難いのかよくわからんが……
そして、マウスポインターを合わせ、ポチリとそのメールを開ける。
「なになに……『白木、オマエなぁ……メールぐらいまともに送レ』……おいおい『拝啓、白木様』ぐらい書けっつんだよ……」
しかし、部下の皆さんは、柏木のほうが正しいと心のなかで思うが、言わない。
で、白木お得意のサヴァンパワーで、ツラツラとメールを数秒で一読すると、
「ななな……ぬぁにぃい!!!!!!!!!!」
と奇声を上げる。机の湯呑みがひっくり返りそうになった。
部下は白木のモニターを覗きこむが、数秒で読み終えてしまう怪人『記憶男』のパワーに圧倒される。
「どどど、どうしたんっすか、室長!」
部下の驚く……というかビビる顔を横目に、白木はマウスとキーボードを嵐の速度で手を動かし、カタカタポチリとやる。
「おい、お前!」
「はは、はいっ!」
「このUSBメモリー、すぐに統括官にお渡しして来い! すぐにだ……ゼッタイ落とすなよ……」
「い、いや、そんな急ぐならメールで転送すりゃぁ……」
「アホか! こんな重要なメール、危なっかしくて転送なんかできるかい! 手渡しで行って来い!」
これは白木のほうが正しい。
なんせ今や日本の官庁、特に外務省のサーバーは世のクラッカーどもの格好の標的だからだ。
正直、対策が完璧かといえば、そういえないところが悲しい。
ヤルバーンの協力も得て、そこのところは相当改善したのだが、100パーセントとはいえない。
世のクラッカーは、セキュリティが強烈であればあるほど燃えるらしい……
「……り、了解です」
そう部下が言うと、ダッシュで部屋を出て行く。
それを見届けた白木は、モニターに目を移し、少し猫背で……
「おいおいおいおい……まさか彼女がそんな人間だったなんてよぉ……」
手をパンパンと叩きながら、困惑顔を見せる白木。
メールの内容を見て
(またどえらい事を書いてきやがって、あの突撃バカは……あの突撃バカ能力には因果を操る力でもあるのか?)
と、薄ら笑いを浮かべながらほとほと呆れ返ってしまう。
がしかし、やはり自分の親友は究極に面白いやつだともワクワクもしてしまう。
そして白木が思うのはフェルの事だ。
白木的には、フェルの事をただならぬ人物と当初から思ってはいたが、そこまで斜め上な人物だとまでは予想できなかった。ってか、白木が聞き漏らさなかった『フリンゼ』まんまだったとは、冗談もほどほどにしろよ、とすら思ってしまう。
そんな感情を抱きつつ、そのメールを良く見ると、何やら圧縮データが数点添付されていた。
「ん?」とそれをフォルダーへダウンロードし展開する。
少しサイズが大きいので、展開し終わるまで茶を飲みつつしばし待つ……
展開終了。
ファイルネームは「イゼイラ星宙域」「イゼイラ本星」「イゼイラ首都」やらそんな文字が並ぶ。
「これ、動画データですね」
と部下A
「おう、そうみたいだな……ファイルネームからして、何やらトンでもなさそうな動画だと見たが……俺、開けるのイヤだぞ……なんかゼッタイ吹っ飛んでる動画に決まってる……おい、お前開けろ」
「えぇぇ? 嫌ですよーー、室長宛のメールなんですから……」
「なんだよ冷てぇヤローだな……チッ、わーったよ、俺が開けますよ……」
……クリックした……
……数分後……
……みんな石化した……
……アングリと口を開けて……
「……室長……これ……どこのSF映画ですか?」
「さ、さぁ…………」
何をどう理解していいのかさすがにわからない白木と部下の皆さん。
この映像を白木のサヴァン脳に記憶しなけりゃならんわけだから、白木の脳ミソに同情もする。
「この動画……劇場公開したら、いくら稼げるかな?……」と白木
「ノンフィクションスペクタクルですからねぇ……興行収益今年ナンバー1は間違いないでしょ」と部下A
「ってか、特定機密っしょ……機密を劇場公開してどうするんですか」と部下B
呆然とする外務省のお役人方。
イゼイラ宙域や、本星のプラネットリングをまとった人工的かつ自然な青い星の映像で石化してしまった……
「イゼイラって……外殻星だったのか?」
「ああ、この地形……神秘的というかなんつーか……」
「あれだ、あの宇宙戦艦の……ダーン!ギョギョギョギョ……ムモーンみたいな効果音の……」
「いや、あんな不気味じゃないだろ。星自体は地球みたいな美しい星だよ。外殻部分はそんなに多くない」
「でも星が出来たばっかりの頃は、あんなのだったんだろうな……」
みなさん衛星イゼイラを見て、やはり地球人なら誰しも思う感想を抱く。
この星のイメージ、特に日本人なら『アノ作品』のイメージがどうしても頭に湧く。
……そしてカニさんヴァズラーが映る。
「うわっ、キモ!」
「なんだあのカニは……」
「鍋何人分だ?」
と部下の面々……
人工大陸と首都サントイゼイラを見た時は、
「こ、これって……」
「ヤルバーンが連結してる……私こんなボードゲーム、昔遊びましたよ……」
「そうか、それであのヤルバーンは六角形だったのか……」
「ってか、広すぎだろ……こりゃぁ……」
「まぁ、少なくとも津波や地震に悩まされることは絶対ないわな……」
「しかし……大陸規模の広さで浮いてるなんてよぉ……」
「この状態を万年単位でやってんだろ? なんつー科学力だよ……」
と部下のみなさん。今見てる映像、どう見ても現実感がない。
今じゃCGでもコレぐらいの映像は作れるし、動画投稿サイトにもアップされている……そんな感じ。
そして、サイヴァル議長の映像が映る。
「これが……」
「イゼイラの国家元首か」
「みたいだな……これは重要な映像だぞ」
……とまぁ、そんな感じでみなさん一連の動画を鑑賞終了……
頭を抱えて唸る白木……
「まぁ……そうなんだろうけど……そうなんだろうけどよ……こりゃぁよぉ……」
ハァ~と溜息を大きくつく白木。
「ヤルバーンがいる時点で今更ですけど……まさかここまでとは……」と部下A
「柏木さんも……やってくれますね……といっても、向こうではこれが普通なんでしょうけど……」と部下B
「お前ら……今見たコレ……箝口令だからな」
と白木が部下に釘を刺す。
「今更何言ってるんっすか。わかってますよ室長……」
「そりゃそうでしょ、こんなの言えるわけないじゃないですか……」
「でも、どうします? 今統括官にメールのテキスト渡しに行きましたけど、この動画の方は……それと総理にも……」
と部下の皆さん。
「そりゃ見せるよ、はぁ~あ、総理のあのお腹の病気、再発しなきゃいいけど……」
ブツクサ言いながら、USBメモリーに動画データをコピーする白木。
そしてPCの電源を切る。
「んじゃ、ちょっと出かけてくるわ……」
「どちらへ?」
「決まってんだろーよぉ……統括官とこと、総理んとこ」
「はい、いってらっさい」
部下に背を向け、手をピラピラ振って部屋を出て行く白木。
やれやれという表情で白木は部屋を出ていった……
……ということで、官邸で新見と落ち合った白木は、二藤部達と緊急のミーティングを行った。
で、まぁそこで柏木から送られてきたメールの内容と、件の動画を見せたわけだが……
その反応は、言わずもがなである……
ただ、二藤部の持病は再発せずに済んだそうな。
……………………………………
セタール恒星系第4惑星ボダール第2衛星イゼイラ―イゼイラ星間共和国。
……の、次の日の朝。
相変わらずフェルは早起きだ。
柏木が目覚めた時にはもう寝床にフェルの姿はいなかった。
ウーンと大きく背伸びをすると、いつものごとくあくび一発。頭をポリポリかきながら、用意されていたイゼイラの部屋着に着替える……地球でよく見られるローブのようなものだ。そのデザインもそう代わりはない。生地の肌触りが妙に良く、そこのところで心地良い違和感を覚える。
窓のカーテンをバっと開けると……外は夜だった……イゼイラ的な……
しかし柏木は
「おおお、これはこれは!……へぇ~……!」
と感嘆の声を上げる。
そこには主星ボダールが、その巨大な姿を満天の星空に大きくその姿を晒していた……
(こりゃ素晴らしいなぁ……この風景は地球じゃありえないよなぁ……)
ボダールに纏う輪が遠近感を強調させる。
そして恒星セタールの反射光が淡い光を放ち、暗くもなく、また明るくもない独特の光量で世の中を照らしている。
これがイゼイラ特有の、恒星の朝の次に来る、主星の朝である。
おっと……とばかりに彼は机に置いていたスマートフォンを取って、窓を開けて写真と動画を撮る。
窓を開けると、その瞬間、イゼイラ独特の、今まで嗅いだことのない朝の空気が部屋を満たす。
(この写真、ヤルバーン大使館のホームページに壁紙用ダウンロード画像でアップしたら面白いだろうな……)
現在、在日ティエルクマスカ―イゼイラ大使館、通称ヤルバーン大使館は、ホームページを持っており、世界各地からアクセスが可能となっている。
そんなホームページなので、そのサーバーはヤルバーンシステム内にある。
当然、世界中のクラッカーからの不正アクセスが頻発しているが、そんなもの、イゼイラのシステムにクラッキングなんぞ地球のコンピュータシステムが出来るわけなどなく、逆にシエさん率いる自治局のみなさんがクラッカーを逆クラッキングして、悪さをするクラッカーのコンピュータシステムを破壊しまくっていたりする。
ヤルバーンのシステムにはボットウイルスなんぞ効果がない。ボットウイルスでボット化した先の先の先まで瞬時に追跡し、その大元を見つけ出す。
現在、どっかの国がおとなしいのは、そんなクラッキングの大元がそいつらであるからして、シエ姉さんのお仕置きを喰らい、どっかの国の軍のシステムが一時的に麻痺してしまっているからという理由もあったりする。
そのどっかの国は、文句も言えない。当たり前である。文句言ったら、自分らがやったとバレるからだ。
そんな事を考えていると、部屋をノックする音。
「はいどうぞ」
『おはようございまス、ファーダ。お目覚めでいらっしゃいますか?』
サンサだった。
にこやかな顔で朝の挨拶をする。
「あ、おはようございますサンサさん」
『いかがですか? イゼイラの朝は』
サンサは手にカートを押しながらやってくる……しかしそのカート、車輪が付いていない。宙に浮いている……こんなものにまで、こんな技術が使われているとは、すごいもんだ。
昨日、PCを使っていたテーブルへ、カチャカチャと食器を並べ、朝食の用意をしてくれているようだ。
「ええ、素晴らしい朝ですし、面白い朝でもありますね」
『ホホホ、そうですね、お話ではヤルマルティアの朝はいつも恒星の光で照らされるトか』
「はい、そうです。連合にはそういう星は他にないのですか?」
『確か、ダストールがハルマ……チキュウに近い周期だったと思いますヨ。私達の星は惑星ではありませんし、イゼイラは衛星にしては惑星並みの大きさがありますから、むしろイゼイラの方が特殊なのでしょうネ』
「ああ、なるほど」
そう話しながら、サンサは卓に朝食を並べていく。
すると、フェルも部屋に戻ってきた。
『ア、マサトサン。おはようございまス』
「やぁフェル、おはようさん。どこ行ってたの?」
『エエ、このお料理を作ってたデすよ』
「ハハ、なるほど、じゃあこの朝食はフェルのお手製なんだ」
『ハイです』
その料理、見るとやはり地球人的には見たこともない食事である。
以前フェルが言っていた『トゥルト』というものだろうか、パンか、ナンか、そんな粉物生地を焼いたようなものは理解できるが、何か緑色の半熟状のものが皿に盛られている。そして黄色や赤色、茶色の野菜類……だろう。そこに動物性蛋白なものが置かれ、ソース状のものがかけられていた。
匂いは、なんともいい香りではある。
聞けば、半熟状の緑の物体は、イゼイラの食用鳥の卵で、野菜類は、その通り野菜類だが、茶色の物体は、食用菌類。すなわちキノコのようなものだそう。動物性蛋白は、サンサが昨日、罠を使って獲った魚のようなものの肉らしい。
地球人が食用にしても問題ない物をチョイスしたそうだ。
正直、うまそうかどうかは評価できない。なんせ初体験だからである。
しかし外国に行った時の醍醐味が、その国の食事である。うまいかマズイか、それを体感するのも一興。
『サンサも一緒に食べましょウ』
『え? よろしいのですか? フリンゼ』
『ハイです、いいですよね? マサトサン』
「ええ、是非、私からも」
平手でサンサを席に座るように促す。
『アア、これは大変光栄でございます。フリンゼとファーダ大使と共にお食事ができるなんて……』
とても嬉しそうなサンサ。そんなことはあり得ないという表情でティエルクマスカ敬礼をしつつ、席を共にする。
そして喫飯。やはりうまかった。なんともコクのある卵。まぁ緑色というのが最初抵抗があったが、食べてみるとうまい。柏木はできたら醤油があればもっとうまくなると思ったほどだ。
魚のようなものの肉もおいしい。食感はフグに似ていると思った。何とも弾力がある身である。刺し身でもいけるのではと思ったりする。
そして、そんな朝食の会話。
「昨日、お墓でフェルのご両親とお会い?っていうのかな? まぁ……お会いしてきました」
柏木はサンサに話す。
『そうでございまスか……』
サンサはみんなにお茶を入れ、トゥルトに何かを塗って配る。
そしてそれ以上の言葉は言わない。というか、何を言えばいいかわからないのだろう。
「まぁ、サンサさんは、聞けばフェルの親代わりをずっとしていた方だ。こうやって食事ぐらいいっしょに食べるのなんて、普通だろ」
『ソうですよネっ、子供の頃は、手が汚いとか、姿勢が悪いとか、あの指揮棒でぴしぴししてましたものネっ』
「まぁ」とサンサと柏木はその幼き頃のフェルの怨念に笑ってしまう。
『確かに……フリンゼが科学研究院の学徒におなりになられてからは、こういうお食事も随分久しぶりになりますわね……』
サンサもしみじみと語る。
『サンサ……』
フェルがサンサに向き直り優しい目をする。
『今まで、色々アリガトウです。サンサが厳しくしてくれたから、私も真っ当な人間になれたですヨ。それぐらいはわかっていますでスヨ……』
その言葉を聞いた瞬間、サンサは目に涙をいっぱいためて、オヨヨと泣き出す。
相当に嬉しかったのだろう。いや、嬉しくないはずがない。
実は、サンサは未婚である。ヤーマ家に人生を捧げて仕えてきたのだ。嬉しくないはずがない。
フェルの両親の死後、サンサは言ってみれば自分の娘のように、そして亡きフェルの両親に恥ずかしくないように育ててきたといってもいい。
今日のこの言葉は、サンサにとっても最高の贈り物となったようだ。
「ハハハ、まぁその話はそれぐらいいして食べましょう。お茶が冷めちゃいますよ」
柏木も貰い泣きしてしまいそうなので、早く食べようと促す。
『ア、そうでございますわね……スン……あ、ファーダ、お茶のおかわりをどうぞ……』
………………
……そして朝食が終わる。
後片付けはサンサが自分で全部やると行って、厨房に食器類を下げて部屋を出て行く。
フェルも着替えをすると行って自分の部屋へ。
柏木も着替えようと思い、昨日のスーツを羽織ろうとしたところ、若い侍女らしきフリュが
「こちらをお召になってください」
と、地球デザインの真新しいスーツを一式持ってきた。
「え? あ……スーツ? あ、どうも……」
サンサがハイクァーンで作成し、用意してくれていたものらしい。
濃紺に薄いホワイトストライプが入ったダブルのスーツにネクタイは黄土色系の薄い刺繍入り。
侍女がまたこれ丁寧に着るのを手伝ってくれる。
嬉しいやら恥ずかしいやら……
しかし……
「え? ……このスーツって……どおわっ!」
フランス製馬具メーカーな、例の新人類用機動兵器の名を冠するメーカーの馬車マークが描かれていた……
このメーカー、男性用スーツはあるにはあるが、非常に希少品で有名である。おそらく古着屋でもこのメーカーのスーツは別枠扱いで、希少骨董品扱いになるぐらいのものだ。
おそらく質が少々悪くても、軽く10万円ぐらいで買い取ってくれる。
ということは新品定価は……正直、柏木の給与で買うのは『投資』に近い。
「どどど……どしたんですか? このスーツ……」
『ア、ハイ、ヤルバーンのハルマ物品データベースに、ハルマの最高級デルン用礼装として登録されてありましたノで、ハイクァーンで造成させていただきました。お気に召しませんカ?』
「いや、召しまくりますけど……これは…………」
著作権を言っても……イゼイラでは意味がない。
口を波線にして苦笑いな柏木。
「ち、ちなみに、この服のデータ……お取りになったのはどこのドチラさんか分かりますか?」
『ア、ハイ、確か……ハルマのイツツジ様という方とアリましたが……』
「あ、そ、ソウデスカ……ワカリマシタ……(麗子さぁ~ん…………)」
『あ、そういえバ……』
「え?」
『ソのスーツを造成した時、このような物もポケットに入っておりましたが……私達では読めませんのでファーダならお分かりになるかと……』
渡されたものは手紙であった……
読んでみる……
『拝啓、柏木大使閣下。五辻で御座います。この手紙をお読みになられているということは、私がデータ化した最高級スーツをお召になられているということですわね。ちなみにそのスーツ。フルオーダーで値段は……』
ブーーーーと思わず吹いてしまう価格だった……ってか普通値段書くか?と。
侍女が思わす後ずさる。
『……男子たるもの、大使たるもの、そのぐらいの物をお召になりませんと……御役目、がんばってくださいましね……ちなみにオリジナルの方は、崇雄にあげちゃいましたザマス。オホホホホ 敬具』
「なんだよザマスって……俺のはコピーですって言ってるようなものじゃねーか……まぁソッチのほうが気が楽だけどさぁ……」
そうは言いつつ感謝する柏木。やっぱみんな期待してんだなぁと改めて責任の重さを感じる。
今日の予定は、柏木は視察名目の観光。フェルはイゼイラ時間的な午後から議会質疑。
……のはずだったのだが……
サンサが、柏木の部屋へ入ってくる。
『ファーダ、失礼致しまス』
「あ、はい、なんでしょうサンサさん」
『ただ今、ファーダ・サイヴァルよりご連絡が入りまして……』
「え? サイヴァル閣下から?」
『ハイ……至急の要件とかでお会いしたいと……もし差し支えなければファーダの予定を変更していただけないかという申し出だそうなのデすが……』
「フム……いや、別にこちらは特に何か国政的な予定があるという立場で今回は訪問させていただいている訳ではありませんので、一向にかまいませんが……なんだろう?」
さっそくか? とも思うが、フェルの議会質疑が午後からだという話なので、どうなんだろと思う。
『では……』
「ええ、お会いしますとお伝え下さい」
そしてサンサがその事をイゼイラ議長府へ伝えると、迎えを寄越すから、そのトランスポーターに乗って欲しいということだった。
柏木はその事を伝えるためにフェルの部屋へ。
ドアをノックすると「どうぞ」とフェルの声。
「やぁフェル……お、いい部屋だなぁ」
ヤルバーンにあるフェルの家の、日本人の女の子みたいな部屋ではなく、いわゆるお姫様的な部屋である……しかし、どういうわけか40インチテレビと、第4世代なゲーム機が置いてある。どうせここから日本のネットに繋げられるのをいいことに、そのうち遊ぼうと企んでいたのだろう。
『マサトサン……あ、素敵な“すーつ”ですネ』
「ん? あぁこれか? なんか麗子さんがハイクァーンデータを作って仕込んでくれていたみたいでね」
『ヘェー、そうなのですか、流石はケラー・レイコですネ』
「ああ、物事の読みがうまいというか、さすがは大企業の役員さんだよ……で、フェルは支度できたの?」
『あ、ハイ……ア、そうだ、サンサから聞きましたけド、急遽ファーダ・サイヴァルとお会いするとかで』
「ああ、そうなんだ。何かフェルは聞いてる?」
『いえ、なんにも……』
フェルも知らないようだ。というよりも柏木と同じぐらいにサンサから聞かされたらしい。
「ふむ……まぁ行ってみればわかるか」
柏木はポケットに手を突っ込み、軽く吐息をついて「まぁいいか」な感じになる。
「迎えが来るそうだけど、フェルもそれに乗って行くのか?」
『イエ、マサトサンとトランスポーターで一緒にイゼイラタワーへ行くつもりデしたけど……そうですねぇ……そのお迎えに便乗できるのなら、一緒に乗って行きましょウ』
「ああ、それがいいね」
そんな話をしていると、サンサがフェルの部屋へやってくる。
『あ、ファーダ、こちらにいらっしゃいましたか。お迎えがきたようですヨ』
そういうと「ささ、こちらへ」と迎えの者を部屋に誘う。
『カシワギ、オハヨウ』
『やぁ大使のダンナ、オハヨウさん』
「ああ、リアッサさんにシャルリさん! おはようございます。迎えの人ってお二人でしたか」
知った顔だったので、なんとなく安心する柏木。
『そりゃあね、アタシたちはダンナの警護役だからね、ま、そういうこったよ』
『コレガフェルノ城カ……立派ナモノダ。シエカラ話ニハ聞イテイタガ』
『そうだねぇ……さすが旧皇議員サマは違うね、アハハハ』
『ウフフフ、いらっしゃいお二人とも、ごゆっくりというワケにはいかないようですが、お茶ぐらい飲んでいけるのでしょ?』
そういう感じで、サンサに茶を入れてもらい一息いれるリアッサとシャルリ。
で、フェルも同乗してイゼイラタワーに行くことになる。
サンサが庭まで見送り、サンサの部下な侍女侍従達も整列して敬礼する。
『ハハハ、悪くないねぇ』
『フフ、ソウダナ』
前部シートに座るリアッサとシャルリは何かいい気分。
フェルと柏木も手を振り、今日の仕事へと出発する……とはいえ、柏木は基本ヒマ人だが……
トランスポーターでの会話。
『でさ、ダンナ』
「はい?」
『マぁ、あの城に泊まったとゆーことは、フェルの素性、知っちまったんだよね』
「ハハ、ええ」
『実ハ、シエモ、ソコノトコロヲ心配シテイタ……マァ、杞憂ダッタヨウダナ』
「ハハハ、そうでもないですよ、最初聞かされた時はひっくり返りそうでしたよ、なぁフェル」
『ウフフ、相当ビックラこイてましたものね、マサトサン』
「おいおい、そんな言い回しで言うか?……って、リアッサさん、なぜにシエさんがそこんところを心配するんです?」
『マァ、イロイロナ。ソノウチ話ス機会モアロウ』
ヤルバーンには、普通の探査艦とは違う、いわゆる特殊な人間や変わり者がたくさん乗っている。
それぞれにいろんなストーリーを持っている。
なので他の探査艦とは違い、政府から特別扱いもされている。そして注目も浴びていたりするのだ。
………………………………
さて、イゼイラタワーに到着した柏木はここでフェルと一旦別れる。
フェルは予定通り午後からの質疑応答のために議員達と色々調整があるようだ。
イゼイラ議会でも政党のようなものはある。しかし地球のような利権というものが存在しないので、その点は純粋な政策集団に近い。なぜなら貨幣経済社会ではないために、政党補助金や、寄付金のようなものの概念が無いためである。
そういう点、どこかの国の政治家達のように、資金繰りを気にする必要が無いため、純粋に政治へ専念できる。
ただ一つ。フェル達旧皇議員は、そういった政党のようなものに所属していない。
これは簡単な話、旧皇議員が政党に所属してしまうと、終生議員であるため、その政党は常に議員数を最低一人でも議席を確保してしまうからだ。それはちょっと不公平である。
なので旧皇議員は無所属であることが求められている。が、しかし、国民に対する影響力は相当にある立場でもあるので、各政党は自分達の政策を常に旧皇議員へ説明に来て、支持を求める。
そして各政党は、旧皇議員の支持を味方につけ、それを宣伝して、議会に挑むのである。
ちなみに、旧皇議員は、そういう立場でもあるため、政府の要職につくことはできるが、議長選挙には出馬できないのだ。
『……マァ、ソンナ感ジダナ』
「へぇ~ フェルも結構大変なんですね」
『そりゃあねぇ、フリンゼの敬称で呼ばれる議員サマだからねぇ、各政党も自分達の政策の支持をフェルから貰おうと色々と御意見伺いに来るよそりゃ』
『ヤルバーンデノ仕事モ、本国議員トノ通信面会ガ多カッタカラナ。色々ト政策デ、他ノ議員ノアイディアニ対シテ、ダメ出シモシテイタミタイダゾ』
「ああ、それで量子通信を普通にしていた……って言ってたのか……」
リアッサ、シャルリとそんなことを話しながら日本大使館予定フロアで茶でも飲みながらサイヴァルを待つ。
するとほどなくして、サイヴァルが秘書らしき連中を連れ添ってやってきた。そしてその連れ添いの中にはパーミラ人のフリュもいた。ジェルデアも一緒のようだ。
リアッサとシャルリは、その姿を見るやいなやシャキっと直立し、ティエルクマスカ敬礼をする。
するとサイヴァルは平手をかざし、そのままというジェスチャーをし、微笑で応じる。
『オハヨウございます、ケラー・カシワギ』
「おはようございまず議長。昨日はどうも」
柏木はリアッサとシャルリに目線で合図して、下がってもらう。二人はウィンクして無言で「またあとで」と応じる。
ジェルデアは柏木の秘書代わりとしてサポートしてくれるらしい。
柏木はサイヴァル達を、真新しいソファーの匂いが漂う応接室に誘う。
するとサイヴァルはソファーに座る前に、傍らにいた人物を紹介する。
『ケラー、今日はケラーにご紹介したい人物がいますので、まず先に』
「あ、はい」
『コチラは、ティエルクマスカ連合議会議長のファーダ・マリヘイル・ティラ・ズーサです』
「えっ!!」
いきなりの超大物のご登場に柏木は焦る。
ティエルクマスカ連合全加盟国を束ねるトップだ。
そのビビる目をする柏木に、サイヴァルはそんなに硬くなる必要はないとフォローする。
『ケラー、そんなに硬くならなくても良いですよ。彼女と私は親友なのです。なぁマリヘイル』
『ウフフ、貴方も、もうヤルマルティアのファーダにケラーだなんて、お気軽ですわねぇ……ファーダ
・カシワギ、ただ今紹介に預かりましたマリヘイルです。以後よろしくお願い申し上げます。あ、それから私にモ、ファーダは結構ですよ。私もケラーと呼ばせて頂いてよろしいかしら?』
マリヘイルは、地球式の握手を求め、柏木にそう語る。
「あ、はいこちらこそ恐縮です閣下……あ、いや連合議長」
その手を取る柏木。細く、柔らかく、温かい手だ。
柏木は二人をソファーへ誘う。
するとそれを見計らったようにジェルデアが、お茶を運んでくれる。
「あ、すみませんジェルデアさん」
ジェルデアは笑って頷くと、柏木の傍らに座り、VMCボードを造成して記録係としてサポートしてくれる。
『今日はこちらの勝手で予定を変更していただき、申し訳ありませんケラー』
「いえいえ、私も招待されている身ですし、今回は視察のようなものなので、むしろこのような席を設けさせていただいて有難いぐらいです」
『そう仰っていただけるとこちらも嬉しい限りです』
サイヴァルと柏木は、そんな挨拶の言葉を交わすと、次にマリヘイルが
『私もケラーが今日、サイヴァルと会合するというのデ、急遽混ぜてくれと頼んで飛んできましたのよ、ウフフ』
「ああ、そうなのですか」
『ハイ』
マリヘイルは屈託のない笑顔で、何か柏木と話せることを嬉しそうにする。
『ハハハ、マリヘイルは“かれーらいすの国”の大使と会えることが嬉しいんじゃないのか?』
『否定はしませんわ、ウフフ』
「は、はぁ? かれーの国????」
『ハハハ、フリンゼがデータを寄越した貴国の“かれーらいす”という食事。アレの信奉者の一人なのですよ、マリヘイルは。といいつつ、私もですけどね』
とサイヴァル。
「は、はぁ……」
『もう今じゃティエルクマスカでも“カレーライス”は連合国民食になりつつありますわヨ。これだけでもヤルバーンをヤルマルティアに送り出した価値があったというものです』
マリヘイルはキリッという正義の顔をし、ウンウンと頷く。
以前、柏木は、この二人連盟のサインの入った信任状を、カレーのせいと思ったことがあったが「マジデスカ」という感覚に襲われる……
そしてサイヴァルは続ける。
『ハハハ、ケラー、まぁその“かれーらいす”の話もそうですが、実は我が連合では、フリンゼの調査データで貴国や地球からもたらされる色々な文化や物品が既に波及し、各国でかなりの文化的影響を受けております。それは我が国も例外ではありません』
「そ、そうなのですか?……あ、そうか……」
そう言えばシャルリも地球のSF作品にハマっていると言っていたのを思い出す。
聞けば、ベッドや布団での睡眠や、風呂、すごいところでは、ある加盟国では『自動車』が大々的にブームになっているという……そのデータを見せてもらうと、なんと柏木のエスパーダを元にしたような、いろんな派生型のようなデザインの車がハイクァーン機械製品造成データで載っていた。
しかも、それをそのままハイクァーンで造成するのではなく、部品を造成して、組み立てるのが流行ってるという。
連合防衛総省では、柏木の持ってきたバレットや、シエやゼルエが調査した自衛隊装備品や兵装の研究も盛んになっており、科学省では、金属精製施設と技術、電子部品製造、印刷技術、さらには日本の古い伝統工芸品、例えば刀剣・刃物類の製造施設や、漆器、磁器の生産施設、漆塗りの技法や、竹細工の技法などが、その製品をそのまま造成するのではなく、生産設備と原料を造成し、ティエルクマスカの技術を併せた形で製造する研究が盛んになっているという。
「えええ? そんなものが?」
『ハイ』
「いやしかし、それぐらいのものなら、あなた方のハイクァーン技術を駆使すれば、どうという事のないものばかりじゃないですか……しかしなぜまたそんな設備を研究するようなことを……」
そう柏木が言うと、サイヴァルとマリヘイルはお互い顔を見合わせ、頷き合うと、今までの冗談を言っていた目を鋭くして、話の本題に入るという感じで……
『実はケラー、その事なのですが……重要な要望がイゼイラ……いや、連合としてあるのです』
柏木もそのただならぬ雰囲気を察して姿勢を正し、頷き彼らの話を聞く。
『昨日、貴国の皇帝陛下より賜りました品物の件なのですが……』
「はい」
『その品物……実はあの後、それを拝見し、その中身が我々……いや、イゼイラという国家としてはあまりに意外な物であったのデ、科学省に回し、失礼を重々承知の上で分析にかけさせていただいたのです……』
「は、はぁ……」
何の話だと、訝しく聞く柏木。陛下の贈り物が一体どうしたのだと。
『それで……その件で、よろしければ、私達二人を、貴国のファーダ・ニトベと一度会談させていただきたいと……そう要請したいのでス……いかがでしょうか? これは我が国と連合の正式な要請と受け取っていただきたい。無論、公式なものです。事後になるとは思いますガ、我が国の議会承認も取れる手はずになっております』
「えっ!……」
まさかそんな話だとは! と思う柏木。
あまりに唐突なので、言葉をしばし失う……日本と、イゼイラと連合のトップ会談である。これは……インパクトがありすぎる……しかも確か白木との話では、5日後にアメリカ大統領との会談が設定されている。
「まさか……議長、地球にいらっしゃるとか、そうじゃないですよね?」
『ハハハ、さすがにいきなりは無理でしょウ。それぐらいは心得ておりますよ』
「では如何様な形で?」
『あなた方が“リョウシツウシン”と呼んでいる方法で、リアルタイムでお話しさせていただきまス。当方のゼルクォート技術を使い、ヤルバーンとイゼイラ双方にホログラフ技術を使って、仮想空間を形成し……そうですね、まるでお互いがそこにいるような形でお話させていただくことができます』
「そんな事が……なるほど……」
お互い仮想空間上で、まるでその場にいるかのごとく会談ができるという事だ……すごいものである。しかしもうフェルの両親の件で見た技術のことを考えると、それもこの国では普通に可能かとも納得できる……
だが柏木は考える。
(しかし……確か白木が5日後にハリソン大統領との会談があるっていう話だったな……これは大変なことになったぞ……)
そして彼はサイヴァルに
「議長……日時はいつをご希望ですか?」
『こちらから申し上げておいて誠に恐縮でスが、可能な限り早い方が……』
「早いほうがいいのですね……」
念を押すように確認する柏木。
『ハイ』
「明日や明後日という話でも構いませんか?」
『モチロンです。むしろそれならば有難いぐらいでス』
腕を組んで、顎に手を当て、しばし二人から視線を外して考える。
(しかし……多分……これであの件も……おそらく確実だろうな……千載一遇のチャンスとはこの事だな……フフッ、白木達には少々死んでもらうしかないな……ヨシっ!)
柏木はジェルデアに目線を合わせる。
ジェルデアも万事了解とばかりに頷く。そして柏木も頷き返すと、サイヴァル達に目線を戻し
「わかりました議長、可及的速やかにセッティングしてみましょう。お任せ下さい」
そういうとサイヴァルとマリヘイルは「おお」と顔をほころばせ、
『ありがとうございますケラー、会談の際は、貴方モ是非同席頂きたい。無論、当方からはフェルフェリア議員も出席させます』
「え! 私とフェルもですか?」
『ハイ』
イゼイラ到着後、二日目でのいきなりの出来事。
本来なら今日はのんびりイゼイラ観光といきたかった柏木だったが……
奇しくも、イゼイラ側から提供された大使館予定フロアがのっけからフル稼働になるとは……
一度、ここから日本と話をしたいとフェルに言ったが、こういう形で実現してしまうとは……
しかもアメリカ大統領会談とのバッティングスレスレのタイミングだ。
しかしこの機を逃す訳にはいかないと柏木は思う。
突然の日・イ・ティ首脳会談……
(こりゃ、帰国したら白木からコロされるの確定だな……総理のあの病気……マジで再発しなきゃいいけど……)
真剣に心配する柏木であった……
いつも銀河連合日本をお読み頂きありがとうございます。
少々変則的ですが、予定通り本日、今話を投稿させていただきます。
次話から、来週金土日ぐらいの感覚でまた投稿できるように『努力』いたしますww
それでは今後とも本作共々よろしくお願い申し上げます。
柗本保羽




