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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
36/119

―19― (上)

 大きな飴玉のように蒼く、環をクロスさせてまとう主星ボダール。

 その衛星軌道上に、やたらと煌びやかな空間がドッカリと浮かぶ。

 中心には、その煌びやかさを纏うようにその威厳を見せる衛星『イゼイラ』

 その星は、まるで自然と人工物が見事に融合したような、そんな風にも見える星だった。


 クラージェは、星をぐるりと囲むリング状の建造物を抜ける。

 プラネットリングとでもいうべきその建造物には、内壁に自然環境と人工建築物が見え、その地形は長い長い区画ごとに極端に分かれて見える。


 ある場所は風光明媚なスイスのような地形であったり、あるところでは極端に岩石の多い場所であったり、またあるところでは一面が黄色い大気の空間であったり……


 フェルの説明では、この惑星をリングのように囲む人工の大地は、ティエルクマスカ各加盟国の環境が再現された、『治外法権コロニー区画』なのだそうだ。

 そこは、ティエルクマスカの安全保障関係者や、外交関係者、研究員などが居住する区画だそうである。

 なぜこんな感じでそういった区画があるのか?と柏木が聞くと、やはり各種族の生活環境に配慮したものだからだという。

 イゼイラ人やダストール人、他のヤルバーンに搭乗する知的生命体は、適応大気成分が地球環境とほぼ同じだったためになんら問題はなかったが、加盟国の種族の中には、呼吸する大気主成分が二酸化炭素の種族や、メタンの含有量が多くなければならない種族、他、非ヒューマノイド型の種族もいるそうなので、こういう施設も作ってやる必要があるのだという。


 柏木は、まるでネズミ遊園地か、大阪市此花区にある遊園地のアトラクションカーゴにでも乗っているかのよう……今でもまだ夢を見ているのではないかと思う。


 護衛についていたヴァズラーは、そのプラネットリング領域を越えると、翼とも四枝ともいえる部分を左右上下に振り、散会。帰投していった。


 クラージェはそのまま大気圏にシールドを展開させて突入。

 大気圏降下準備なんていうまどろっこしい真似なんざしない。実際、クラージェが突入している横でも、まるで家の玄関をまたぐかのごとく、普通に他の宇宙船舶も大気圏へバンバンと突っ込んでいる。そして、そこらじゅうからあまりにも当たり前のように大気圏から上がってくる飛行物体も数知れず。

 この星の空間移動マシンには『助けてください少佐』なんていうことは、まずない。大気圏に突入して、無駄死にするなんていう事は、よっぽどヘボをかまさないかぎり、まず起こりえない。

 事実、フェルさんのお話では、大気圏を突破するなんてことを難しいなどと思った事は、まったくないという。

 それもそのはず、ヤルバーンが地球に降下した際もそうだったが、この星の空間移動マシンは、大気圏に降下する際、地球の宇宙船や、隕石が大気圏に突入する際に起こる『空力加熱現象』が微塵も発生していない。


 この空力加熱現象というもの、よく誤解されるのが『大気との摩擦熱』といわれているが、それは間違い。

 宇宙船や隕石が、超高速で大気圏に突入する際、そのスピードで空気が超圧縮されて加熱する現象である。大気との摩擦ではない。空気とは、圧力が加わると過熱するのだ。

 

 ティエルクマスカの空間移動マシン。ここはわかりやすく、あえて『宇宙船』というが、その宇宙船は移動システムを『空間振動パルスエンジン』ともいうべきものを主機関としている。

 これは強力な磁場を展開したり、重力子を放出して、推力方向の空間を一時的に一瞬歪ませて、また空間が元にもどろうとする反発力を利用。これをパルス状に発生させ、自分のいる空間をずらしながら進むという推進方式である。

 従って、機体周辺の空間をずらしながら進んでいるということなので、主観的に見れば、その主観者は、その場に静止し、動いていないという事になる。しかし実際は空間が移動しているので客観的には動いている。空間ごとずらして動くので、大気圏の中に入っても、空気が圧縮されない。なので空力加熱現象は起きない……という理屈らしい。

 そこに諸々のシールドシステムによる効果などいろいろと加わり飛んだり空中停止したりする。

 補助的な物理推進システムも積んでいるが、ほとんど使うことはないそうな。

 大したもんである。


 

 そんな感じで大気圏を何事も無く抜けると、クラージェは緑豊かな大地と綺麗な河川を見下ろす空を飛ぶ。

 船長は、柏木に少しイゼイラの環境を楽しんでもらおうと、ゆっくり飛行してくれた。


 本当に地球にも負けない美しさだ。

 自然が豊かである。正直、地球の環境破壊が恥ずかしいぐらいである。

 はるか向こうには、イゼイラ特有の旧大地を頂いた巨人のテーブルのような山岳の稜線が見える。


「これは撮っておかないとなぁ」


 思わず柏木は呟いて、地球ではまずありえない風景をカメラに収める。


『ウフフ、マサトサン、あとで観光の時間モありますから、その時にゆっくり撮ればいいじゃないでスか』

「あ、アハハ、まぁそうだね……いやぁ、まるっきり田舎者モードだよなぁ、俺」

『それよりも、ホラ、あれを見てくだサい』


 フェルは地上のある地点を壁面モニターに拡大して写す。


「どぉわっ!……でかっ!……これが例の噂に聞く……大変美味と仰られる……」

『ハイ、ヴァズラーサンですよ、ウフフフフ』


 上空から見える、森林のちょっと開けた場所に、異常にデカイ……カニとエビを足したような、足の異常に太いバカデカさ抜群の、甲殻動物がノソノソと大きなハサミを動かして……お食事をしているようであった。

 

「へー、あれが噂の……あれって肉食性なんだろ? あのハサミでやられたらイヤだなぁ~」

『イエイエ、マサトサン。肉食性デすけど、主食は小動物や、遺骸なんかを食べてる自然界のお掃除屋サンですヨ。性格は本来大変おとなしい動物サンです。エサを手であげても、あのハサミで摘んで美味しそうに食べるデすよ』

「え、そうなんだ……いやてっきり戦闘兵器の名前になってるぐらいだから、獰猛なのかと……」

『獰猛デはないですけど、産卵期のクアを抱えている時の親は、メチャクチャ強いデス。あの大きなハサミを振りかざして、クアを守るデスよ。もう怒ってたら、トテモ近づけませんデスよ』

「なるほどね、その『守る』姿をしてヴァズラーの名前をあの兵器に付けたんだ」

『そういうことデス』


 へーと思う柏木。そう言われてしまうと、ヴァズラーもなんとなく可愛く見えてくる。


「でも……フェル達、あれ、食うんだろ?」

『今は、ハイクァーン造成品しか食べられないデすよ。動物自体は法で捕獲が禁止されていまス』

「絶滅危惧種とか?」

『ソうではありませんが……マサトサン、気づきませんか?』

「ん? 何が?」

『地上に……建造物がホトンドないでしょ?』

「あ! 言われてみれば……確かに……」


 確かに、言われてみれば、地上に人工の建造物がほとんどない。

 たまに見えるが、それは何かの研究施設ようで、生活感のある建物ではない。

 そして、遺跡のようなものがポツポツと見える。


「え? フェル達って……地上に住んでいないの?」


『ハイ、私達の住んでいる場所は……アソコです』


 そういうと、前方の壁面モニターをフェルは指すと……

 

 そこには、超巨大な空中都市が見えた……


「うわっ! あれは……!」


 前方の壁面モニターに駆け寄る柏木。

 流石にパイプオルガンの曲が聞こえてくるような不気味な都市ではない。

 明るい太陽に照らされて、建造物の光と影が独特のコントラストを描いている。

 その後ろの背景には、昼間でも見えるボダールの輪。

 空中に浮かんでいる都市と大地。

 直下の海上には、尾を引いて雄大にその都市の影を延ばす。


『マサトサン、私達は今、ほぼ国民全員が、あの空中大陸に住んでいるデすよ』

「……」


 ポカ~ンと口を開けっ放しのオッサン。

 フェルの言う事が、聞こえてるかさえ不明。


「な……なるほど……では、そのヴァズラーを捕獲しないのも、自然保護とか、そんなところですか?」

『自然保護ですカ……確かにそれもありますけド……それだけではないのでス』

「え?」

『マァ、その点も、おいおいお話しますね。イゼイラの歴史も……今はそれよりも、ホラ、マサトサン、着替えてちゃんとしないト……もうそろそろ到着しまスよ』


 ハっと気づいて、自分の服装を見る。

 まだ迷彩服のままだった。


「あ、そうか、こりゃいかん」

『ウフフフ、私もお手伝いしまスよ』


 そういって、いっしょにブリッジを出て行く二人。



 ……そんな二人の仲を見物していたフリュ三人とデルン一人。


『いやぁ~ フェルのヤツ、しっかり“配偶予定者”してるな、お熱いこって、ニヒヒヒ』


 シャルリがニヒヒな笑顔で笑う。


『ナァ、ジェルデア、イゼイラデハ配偶予定者ハ法的ニ、“婚姻”シタトミナサレルノダッタッケ?』


 リアッサが法の専門家、ジェルデアに尋ねる。


『ハい、そうですよ。正式な婚姻者と比べると、家名相続権や、ハイクァーン増分配権などの制限がありますが、ハイクァーン家族増分権や、家庭内合算使用権などは、婚姻者と同等とみなされます』


 どうも、イゼイラでは、いわゆる『婚姻を前提にした恋人同士』も、役所に『この人とお付き合いしています』と申請することで、いろんな権利が授与されるようだ……つまり、【ただの独身者】から【お付き合い】→【婚約者】→【婚姻者】という段階で役所に申請すれば、権利が色々と付与されるようである。

 かなり変わった制度だ。


『ナぁ、リアッサさぁ、アンタもその“ジエイタイ”とかいうところのデルン、狙ってるんだったら、ダストール人お得意のツッコミで、モノにしちまったらどうだい?』

『ウ~ム、ソレガナァ……』


 腕を組んで、照れるわけでもなく普通に考えこむリアッサ。


『なんだい、何か問題がアンのかい? アンタも結構なフリュだとアタシは思うけど?』

『ソウカ? ウーム』

『なんだよ、ハッキリしないネ、アンタらしくもない』

『イヤ、ニホンノデルンハ、ドウモコノ、胸部ガ大キク肥大シテイルフリュガ総ジテ好ミノヨウナノダ』

『アタシみたいにかい? なんでさ』

『地球人ハ、カイラス人と同ジク、ソノ胸部カラ出ル栄養物質デ、子供ヲ育テルヨウナノダガ、ソコノトコロナノダロウナ……子孫繁栄ヲ考エルノハ、ドノ種族デモ同ジダロウ。私ノ体型的ニ、ニホン人デルンノ興味ヲ引ケルノカ、イマイチ自信ガナイ』

『アア、確かにアンタやイゼイラ人は、フリュの胸部ノ役割がアタシ達と違うからねぇ……』


 すると指を口に当てて、ずっと聞いていたニーラが……


『じゃーさ、じゃーさ、リアッサお姉さまの胸部、手術で大きくして、そのデルンサンにアタックすればいいんじゃないデすか?』

『ソレハソレデマタ違ウヨウナノダ……ナントモ、ニホンノデルンハ難シイヨウナノダ、ニーラ』

『じゃーさ、じゃーさ、そこのトコロふぁーだ大使に聞いてみたらイイんじゃないですか?お姉サマ』

『ソウダナ~…… 一度聞イテミルカ……』


 また厄介事が増えそうな柏木……どうも異星人フリュのみなさんは、何か誤解しているようだ……良くも悪くも……




………………………………




 クラージェは、ついにイゼイラ中央星 首都『サントイゼイラ』中央宇宙港へ到着する。

 その中央宇宙港には青いカーペットが敷かれ、もう歓待準備万全の状態であった。

 もちろんそれは空をとぶクラージェからでも確認できた。


 しかし、なんだかんだいっても柏木は所詮大使である。しかも特派大使であり、仮にこれが地球なら、そんな大げさに歓待されるような立場の人間ではない。

 しかし、やはり5千万光年という単位は、彼らですら相応な距離なのだろう。

 そんな彼方の宇宙から、日本とティエルクマスカ―イゼイラ両国の国交へと導いた、いわゆる最大の貢献者がやってくるとなれば、そしてイゼイラ側から『招待』したとなれば、これぐらいの歓待様式になるのだろう。

 更には、連合議員の配偶予定者でもある……そして、イレギュラーではあったが……シレイラ号事件での貢献と活躍は、もう既にイゼイラ国民全員が知るところとなってしまっている。

 これは当初の予想以上に大変なことである。


 柏木は今、天戸作戦の時、あの羽田空港での時に着用していたブランド物のスーツを、パリっと着こなしていた。髪もオールバックに整え、いつものビジネスモードのスタイルである。

 そしてフェルは……あの柏木の実家に来た際に着ていた、白いドレスともいうべき勝負服姿だった。


『おお、フェルフェリア局長、見事な『サーマル』の衣装ですな』


 ティラス船長が、フェルの姿を見て讃える。


「さ、サーマル? 船長、この服装に何か意味があるのですか?」

『おや? 大使はまだご存知ありませんでしたか?』

「え? は、はい」

『アれま、これは……局長、ちゃんと教えて差し上げないと……』


 ティラスが目を細めて、そうフェルに言うと


『そんな様式は関係ナイデス。ね、マサトサン』

「ん? まぁ、なんだかよくわかんないけど、ハハハ」

『ハハハ、それはいけませんぞ局長……あのですな大使、そのサーマルの衣装は、イゼイラのフリュが、デルンと正式に配偶予定者となったことを宣誓する衣装なのです。ですので、その衣装を着たフリュには、他のデルンはもう言い寄ってはいけないという習慣があるのですよ、イゼイラには』

「え! そうなんですか!……おいおい、フェル、それは言ってもらわないと、ハハハ」

『ウフフフ、そうなのデすよ、マサトサン。覚悟するのデすよ』


 もうアナタは私から逃げられない……ってな感じである。


「ハイハイ、わかりました。ハハハ」

 

 そんな話をしていると、クラージェは着陸する。


 搭乗口にて待機する柏木。さすがに緊張もする。

 今回は、クラージェクルー達にも、シレイラ号事件解決の勲功で、なんらかの賞の授与があるらしい。




 そして、ハッチが開く……




 フェルがしっかりと柏木の腕を取り、柏木がフェルをエスコートするような形で、外にでる。

 そして、イゼイラの地……空中人工大陸にその一歩を記す……


『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』


 アポロ11号 ニール・アームストロングが月面にその足跡を初めて記した際に言った言葉である。

 この時に語った『偉大な飛躍』は、今、遥か5千万光年彼方のこの地で現実のものとなった。

 これは誰がなんといおうと、彼の物語に刻まれた、偉大な一歩である……


 そしてその一歩は、二歩三歩となって歩みを進める。


 中央宇宙港は、それは羽田空港なんざ比べ物にならないほどのバカデカイ港だ。

 なんせその港に停泊する宇宙船舶は、着陸できる船で最大600メートルクラス。

 大型の1000メートル以上の物は、空中に滞空待機して、転送機で搭乗するような、常識を超えた広さと規模の港である。


 真っ直ぐに敷かれた美しい藍色のカーペットの横には、捧げ銃をするイゼイラ兵士。

 これは日本からの来訪者を歓迎する意味も兼ねているのだろう。以前、自衛隊がヤルバーン関係者に教えた様式をそのまま行っているようだ。


 柏木はやはり日本の情報は、この5千万光年彼方へ即座に届いているのだと痛感する。

 フェルから聞いた量子通信。地球でも現在研究開発が盛んだが、もし地球でも実現すれば、こんな情報伝達社会が来るのだろうかと思ったりもする。


 向こうから、見た目の年齢は60前か? そんな風貌の、立派な服装の人物が、堂々とした足取りで近づいてくる。


 その姿を見たフェルは、ゆっくりと柏木に組んでいた腕を抜き、その人物にティエルクマスカ敬礼をしつつ、深々と頭を下げる。


 ん? と思う柏木。

 おそらく偉いサンだろうと思う。

 するとフェルが、柏木の耳に顔を寄せ……


『(マサトサン、あの方が、イゼイラ共和国の国家元首であらせられる、ファーダ“サイヴァル・ダァント・シーズ”ですヨ)』


 えっ! と思う柏木。いきなりの超大物のご登場である。

 大使となれば、本来こちらから元首の元に出向いて、よろしくたのんますと言うのが筋であるが、向こうから大使職に会いに来るなどいうのは、外交的に本来異例の事といえる。


 サイヴァルは柏木に、地球式の握手を求めてきた。

 そして一声……


『遠路はるばるようこそオイデくださりました。ファーダ・カシワギ・マサト大使。わが国は国家をあげて貴方を歓迎いたします』

「わざわざのお出迎え、まことに痛み入ります。サイヴァル・ダァント・シーズ議長閣下。本来ならこちらから閣下の下へお伺いすべきところを、大変恐縮に思います」


 柏木はさすがこういう状況では場慣れしている。軽く首を縦に振り、会釈で応じる。

 頭をヘコヘコ下げるような真似はしない。彼は大使である。つまり日本国政府内閣と、二藤部の代行なのだ。

 銀河辺境の一地域国家とはいえ、国家は国家である。そしてその代行だ。その態度振る舞いが、日本国そのものと受け取られる。そういう点はビジネスと同じ。プレゼンでは、その会社そのものと受け取られる。そういうところはもう彼の体に染み込んでいた。


 その柏木の堂々たる態度に、サイヴァルもニコリと笑い、硬く握手を返す。そして2度3度とその手を縦に振る。


 そしてサイヴァルは、フェルのほうを向き……


『フリンゼ・フェルフェリア……よくお帰りになられた。ご苦労様でございます』

『ハイ、ファーダ・サイヴァル。おひさしゅうございます』


 フェルとサイヴァルは、平手をあわせるティエルクマスカ式の挨拶。

 フェルも、少し緊張しているのか、その笑顔も少し硬い。


『フリンゼ、そのサーマルの装束、大変良くお似合いですな』


 サイヴァルはフェルのその姿を見て、彼女が今、フリュとしてどういう位置にいるか理解した。

 フェルは頬をポっと染めて


『ア、ハイ、ファーダ……恐縮でございますデス』


 そしてサイヴァルは二人を見て


『ハハハ、今日はヤルマル……あ、いや、ニホン国ファーダ大使の御来訪と、フリンゼの帰還を同時に祝う日です。ファーダカシワギ、我が国、我が星をごゆっくりご覧になっていって下さい。そして両国の今後について、色々とお話し致しましょウ』

「は、閣下、私も本国より、おっしゃるとおりの命を受けてきております。色々とよろしくご教示いただきたいと思います」


 ウムと頷くサイヴァル。


 柏木達は、サイヴァルに誘われ宇宙港迎賓用到着ロビーへ。


 すると……そのケタ違いに広く、またイゼイラ様式の装飾で飾られた迎賓ロビーには、日本の羽田と同じく、たくさんの見学に来たイゼイラ人や、多くの種族でごったがえしていた。

 お目当てはどうもフェルのようだ。

 何やら、歓声奇声が乱れ飛ぶ。このあたりは日本の感覚と大して変わりなさそう。

 しかし、イゼイラ語やら、なんやら語やらが交じり合って、何を言っているのかよくわからない。

 さすがの超絶高性能イゼイラ製翻訳機も、これだけの音声を同時に翻訳するのはキツイみたいだ。

 その中から任意の音声のみを抽出して翻訳し、柏木に聞かせる。


『フリンゼ! おかえりなさイ!』

『ああフリンゼ! よくぞご無事で!』

『フリンゼ! お疲れ様です!』


 柏木は、この先ほどからフェルを呼ぶ時の冒頭に聞こえる『フリンゼ』という敬称、これはなんだろうと疑問に思う。

 そう、新見達はこの事をあえて柏木に教えなかった。なぜならその意味するところがあまりに強烈すぎたからだ。

 なので、イゼイラに行けば、否応なくその意味するところがわかるだろうと踏んで、あえて柏木には教えなかったのだ。


『お、おい、見ろ! フリンゼがサーマルの装束をおめしになっているぞ!』

『本当だ……お相手は一体誰だ?』


 と、フェルの姿を見ると、話はそういう感じに否応なくなるわけで、そこでみんなの視線をあびるは……


『おい、あの濃紺の服を着た種族、何者だ?』

『ファーダ・サイヴァルと一緒にいらっしゃるぞ』

『新しく国交を持った種族か?』

『ダストール人に姿形は似ているが……』

『目がハムール人みたいだな……』


 すると誰かが大声で……


『おイ! あのケラーデルン、情報システムに上がっていた、ヤルマルティアからの使者、大使らしいぞ!』


 と叫ぶと、


『本当か!……』

『ウソ!……』

『まさか!……』

『ヤルマルティア……本当にあったのか!』

『おおお……』

『も、もしかして、フリンゼのお相手は……』

『あのケラー……いや、ファーダ大使か!』

『い、いやちょっとまて、あの大使は確かシレイラ号事件の時事情報バンクに映ってたぞ……』

『ああ、確かそうだ……』

『あ、あの変な武器を持ってきた人か?』

『そうだよ、あのデッカイ音の鳴る変わったブラスターでドーラを最初に木っ端微塵にした人だ!』

『おおー そうか!』


 と騒然となる。



 ―ティエルクマスカに営利目的のマスコミはない。

 しかし、日本語に訳すと、広域情報省という政府省庁や、ボランティアの映像記録員が時事を記録し、ナレーションも解説も付けず、編集もせずに、そのままイゼイラのネットワークへ流す。そして国民はその時事データバンクを閲覧し、その日の情報を知る。

 時事情報の解説は、これまたボランティアでいろんな人、組織が、まぁ当たり前ではあるが無償で行い、それをまた流し、時事情報の解説を、いろんな人間の意見を聞いて、国民は比較参考にする。

 

 そんな感じの、本当の意味での報道の自由が保証されているため、今日の出来事も広域情報省は、最大の人員で臨んだ。


 柏木もその様子を見て、いわゆる日本のマスコミとは随分違った報道体制だなと感じる。

 インタビューもしてこない。

「すみません! 何か一言」といったマスコミのバカの一つ覚えのような台詞も聞こえてこない。

 なぜなら、特ダネを追う必要がないので、後ほど開かれる広報会見で担当者や記録員が普通に質問をすればいいだけの話。

「すみません! 何か一言」のような、営利につながるスクープ狙いな、意味のない「一言」を追う必要がないからだ―


 


 ……そしてその誰かが言った一言は、瞬く間にロビーにひしめく人達に伝搬し……妙な事が起こった。


 柏木が人だかりの横を通り過ぎると、柏木を見る誰もがティエルクマスカ敬礼をしつつ、足を軽く折るような仕草で、深い礼をするのである……

 PVMCGで撮影していた広域情報省スタッフも、記録装置を傍らにおいて同じような仕草。 


(え? え? お、おいなんだよこれ……もしかして……俺にか?)


 柏木は少し狼狽する。


「フ、フェル……こ、これは一体?」


 思わず傍らのフェルに訊ねてしまう柏木。

 しかし、フェルは笑みを浮かべてウンウンと頷くだけ。

 暗に「わかっていますよ」と言われているよう。

 サイヴァルにもチラ見され、微笑を浮かべられる。


 その態度から、柏木も大体察した。

 おそらく……これが例の事の一つなのだろうな……と……


 そう、おそらく彼らの日本に来た目的の、何らかに関係するものなのだろうと。


 そして柏木は、大衆からしばしの礼を尽くされた後、誰かが叫んだ一言から、大歓声を浴びることになる。


『ファーダ大使! シレイラ号を助けてくれてありがトう!』

『おお、ソうだ! 私も記録映像を見た!』

『ありがとう!』


 そう、あの時の戦闘の映像も、ヤルバーン戦闘員の装備するライブ映像記録装置で、逐一クラージェのサーバーのようなものに保存されており、ティラス船長はそれを本国に逐一送信し、提出していたのだ。

 無論、それは、広域情報省の公民情報閲覧システムで、国民は全員、その映像情報を知ることが出来る。

 なので、あの事件も、殆どのイゼイラ国民が知っていたのだ。


 シレイラ号は、イゼイラの友邦ハムール公民国の船である。

 当然、イゼイラ人も、多数乗船していたが故に、彼らの関心も高かった。

 柏木達がイゼイラに到着するまでの五日間、ここイゼイラでは、彼がシャルリや、リアッサ、ホムスに渡した『バレットM82』の話題で持ちきりだった。

 柏木がバレットでドーラのコアをぶちぬいた瞬間の映像は、『一日』の閲覧回数が3億を超えるという凄まじさだった。


 途端に、ロビーは、ワァァァァァァっという歓声に満ち溢れる。

 柏木は「ななな、なんじゃ! おいおいおい!」と狼狽しまくってしまう。


 フェルはクスクスと手を口に当てて


『マサトサン、みなさんシレイラ号の事、知っているのデすよ』


 と声をかける。

 サイヴァルもその場で立ち止まり


『ファーダ、我が国の国民に手を振って、応えてやっていただけませんカ?』


 と耳元で言われる。


「は、ははは……そんな大層なことしたつもりはないのですが、は……ははは……」


 柏木はちょっと困りながらの照れ笑いを浮かべながら、ロビーの大観衆に手を振り応える。なんとなく笑顔は不自然……するとさらに歓声は大きくなる。


 そして更に、後ろから続くリアッサやシャルリ達が姿を見せると、更に歓声は大きくなる。

 ニーラやジェルデアの、医療室での奮闘も記録されていたので、彼らにも賞賛の声が飛ぶ。


 で、最後にティラス船長とニヨッタ副長と一部のクラージェクルーにホムスを含むヤルバーン戦闘員の一部が姿を見せると、歓声は頂点に達する。

 彼らの、クラージェ船内での決死の機動戦闘指揮や、シレイラ号での屋内戦闘映像は、まるでノンフィクションスペクタクル映画のごとく手に汗握る記録映像だったからだ……しかも勝っている映像なので尚更である。


 宇宙港ロビーは、フェルの帰還と日本国大使の到着と、シレイラ号救出の英雄のみなさん到着という、三本同時の大イベントと化してしまっていた。


 柏木は観衆の熱狂を細い目で、笑みを浮かべて見渡す。そして目線をサイヴァルに向ける……

 サイヴァルはその柏木の目線に気づいて、彼に近づき……


『何ですかな? ファーダ』


 と、悪戯オヤジのようなニタリ顔で、柏木に問いかける。


「議長閣下、もしかして……狙ってましたね?」

『はて、何の事でしょう? フフフ』

「ハハハ、いえ……なんでもありません」


 柏木は、このサイヴァルというデルンが、シレイラ号事件の解決と勝利を利用し、遥か5千万光年彼方から、万難障害排しての日本大使到着と、フェルの帰還というストーリーを仕立て上げたのではないかと感じた……柏木は、このオヤジも、あの米百俵元首相みたいな劇場型かぁ? などと思ったりする。

 政治家っちゅーのは、日本も、地球も、5千万光年彼方のイゼイラも、同じようなもんかいなと……これも知的生命体故の『相似』と『収斂』なんだろうか? と思ってみたりみなかったり……



 ……その後柏木達は、用意されたトランスポーターに乗り、イゼイラ行政の中心、イゼイラタワーに向かう。

 信任状捧呈式の際はこのトランスポーター、首都高速を自動車のごとく走っていたが、ここではサっと空を飛び、空中を走る自動車ともいうべき性能で、摩天楼の街の中を進む。

 地球なら、護衛はSPの乗る黒塗りワゴンに白黒パトカー、そして先導するは白バイといったところだが、この星の場合、黒塗りのトランスポーターを護衛するは、捧呈式の儀装馬車護衛で登場した飛行装備付きの重装ロボットスーツである。


 一般的な、シレイラ号事件で活躍したようなロボットスーツは、細い可動骨格を身にまとう程度の、機械化された戦闘服というイメージだったが、この護衛で随伴するロボットスーツは、バイザーのない頭部と胸部を守るような装甲や、全身を覆う装甲スーツに、翼状の浮遊ユニットを付け、頑丈な可動骨格で守られたような、戦闘服の付属品のようなものではなく、完全な『兵器』としてのロボットスーツだった。

 本来は肩部や腕部に固定武装が装備されているが、この度は腕部武装のみの仕様となっている。


(なるほど、このイゼイラでの要人警護ってのは、こういうものが普通だったのか……)


 つまりフェルは、あの捧呈式の時、このイゼイラ要人警護の方法を、馬車でやってみせたのだ。

 なかなかにフェルも演出家だと思う柏木。


 今トランスポーターには、後部座席にフェルと柏木。対面の座席にはサイヴァルが座っている。

 

『ファーダ大使。イゼイラを初めテご覧になった感想はいかがですかな?』

「はい……驚かされるばかりで……実を申し上げますと、この星の構造にもかなり驚いております議長閣下」

『ほう……と、いいますと?』

「ええ、地球にはこの……旧大地と新大地ですか? 先程フェルフェリア議員から教えていただいたのですが、こういう構造をもった地形が地球にはありませんので……やはりあの地形を見て、まったく地球とは別の世界に来たのだということを感じております。それと……」

『……』

「この空中に浮かぶ人工の大陸を見て、この星、そしてこの国、この文明が、いかにして築きあげられたか……大変興味があります」


 柏木は本心を言った。

 そしてこの本心こそが、彼がイゼイラに来た、そして送り出された意味そのものでもある。

 彼は好奇心と本心に、その本音を混ぜてサイヴァルに話した。


 この国この文明が如何にして築かれたかを知る。

 それは恐らく例の『機密』とやらに直結する事であるのは間違いない。でなければここに来るのは柏木でなくても良いはず。

 いくら彼がフェルの配偶予定者とはいえ、本当に国家の過急な命であれば、そんな甘っちょろい事は普通言わないはず。そして別に外交官資格でなくても良いはず……多分、そうなのだろうと彼は感じていた。


 サイヴァルは、その柏木の言葉を聞くと、フェルと目線で頷きあっていた。もちろん柏木はそれには気づかない。


 柏木はサイヴァルから、イゼイラタワーに向かう道中に見える風景について色々と説明を受ける。

 このトランスポーター、確かに空は飛ぶが、どうも見た感じ、空に道路ならぬ空路があるみたいで、一直線に目的地まで……というようなものではないようである。

 摩天楼な建造物の谷間を、スイスイと順路でもあるかのように飛行する。

 地上には自動車のような地上を走る乗り物というものがない。

 おそらく地上から空を見上げれば、まるで道路のない高速道路に車が走っているような……そんな情景に見えるのだろう。

 なんせこのトランスポーター、この星すべてのソレが無人で中央の交通システムで制御されている。

 事故というものも、よほど人為的なものか、不可抗力的な災害でもない限り起こることはない。

 サイヴァルの話では、マニュアルで操縦することも可能だそうだが、この大陸の外に出るようなことでもない限り、まずマニュアル操縦モードは使うことがないだろうと。


 そしてヤルバーンと同じ光景も、この都市で垣間見えた。

 それはやはり一見『商店』らしきものがないのである。

 確かに、服飾品や、装飾品のショーウィンドはある。おそらく娯楽作品だろう物の宣伝や、食べ物の宣伝のようにイメージできる広告のようなものもある。

 しかしソレは地球的に言う商業目的の『広告』のようなものではないのだろう。

 恐らくハイクァーンで造成できる物の見本や、新しくできた造成データの紹介のようなものなのだろう。


 しかし、柏木はチラと何かを見つけた。


「議長閣下」

『ハイ、何でしょう』

「以前、フェルフェリア議員や、ヤルバーンのいろんな方々から伺いましたが、この国の方々は貨幣取引を行っていないとお聞きしていますが」

『ええ、その通りです』

「しかし、どうもポツポツと、いわゆる貨幣で取引をする場所があるようですが……『お店』のような……」


 柏木はそのあたりを指さす。


『ああ、なるほど、そこをお気づきにナラれましたか、ハイ、我がイゼイラ国民は、貨幣取引を行っておりませんが、ティエルクマスカ加盟国外の他の友好種族国家で、少なからず貨幣経済を行っている国はありまス。それらの種族がこの星で同じく別の貨幣経済国家と商取引をこの星で行う場合もあります。そういう他種族の、いわゆる貨幣取引用のショップですな』

「ああ、なるほど、そういうことですか……では、あのショップはイゼイラ人が利用することは……」

『ホトンドありませんが……確かヤルバーンでも、治外法権区が出来て、そこで働く我が国国民に『給与』をお支払いいただいているようですな』

「ええ、そうですが」

『ソレと同じです。そういう国へ出かけて、何がしらの労働を行って、少なからず貨幣を得て帰国した国民が利用する事はありますので』

「なるほど……」


 おそらく、現在の日ティ銀連通商条約も、こういう例を参考に作られたのだろうと思う柏木。

 なるほどな、と感じる。



 そして、そんな話をしつつ、彼らはイゼイラタワーへ到着する。

 イゼイラタワーはこの星の、行政の中心。様々な行政機関の中枢が集まる巨大な建築物だ。

 その全高は、1500メートル近くにも達する。

 議長官邸ともいうべき施設も、この建物の中にある。

 柏木は、そのえげつない高さの建築物にポカ~ンと口を開けっぱなし。

 地球で最も高い高層建築物は、800メートルほどあるアラブ首長国連邦の『ブルジュ・ハリーファ』という超高層ビルだが、このイゼイラタワーは、横も縦も、その大きさの規模が違う。まるで人工の山岳が一つあるよう。

 それが浮遊する大陸の上に建っているのだから、浮遊高度を含めたら、2000メートル近くになる。

 

 ……もう大したものだという言葉では表現できない……えげつないと言う他ない……


 そのタワーの中腹に入っていくトランスポーター。

 その手前で、重装ロボットスーツ護衛隊は散会し、帰投して行く。

 トランスポーターはその施設の大きな駐機というか駐車というか、そういうスペースにある豪華な正面玄関のような場所に、停止する。

 柏木達の乗ったトランスポーターと、ティラス船長やシャルリ達関係者のトランスポーターなど含めて5台ほど。

 おそらくイゼイラの行政府関係スタッフと思われるであろうイゼイラ人が、トランスポーターから降りる彼らをサポートする。

 

『ファーダ大使、これをお忘れにならないよウ』


 ジェルデアが柏木に、二藤部から預かったアタッシュケースを丁重に手渡す。

 あの羽田で二藤部から預かった重要なケースは、ジェルデアが大切に管理していてくれたらしい。

 さすがヤルバーン法務局主任である。


「ああ、すみませんジェルデアさん……そうですね、これを忘れちゃあ、帰ったら非難轟々ですね」


 柏木はジェルデアに礼をいう。そして一礼してそのケースを受取る。

 そして、ジェルデアは、柏木が天皇陛下より信任を受けた信任状をサイヴァルに渡す手順についての説明をする。


 地球では、特派大使や全権大使という上位の外交官には信任状が国家元首ないしはそれに準じる地位の者から発行され、当該赴任国の代表に渡される。

 日本国の場合、それは天皇が発行する形式を取る。

 そして、それぞれの国の儀礼に則って捧呈されるわけだが、イゼイラには、所謂日本のような『信任状捧呈式』のような儀礼、式典はない。

 これは、加盟各国が連合法の元の同じ主権集団だからであり、そういう儀礼は連合設立時に省略する方針としているからである。

 それ以前に、たくさんの加盟各国の、めまぐるしく入れ替わる大使にそんな儀式をいちいちやっていてはキリがないというのがあり、行政の円滑化を図るという側面もある。


 従って通常は、データで信任状に相当するものを送付し、各国代表府の責任者に認証してもらって、後日、適当に挨拶に来て終わりというのが通例であるが、イゼイラ政府は今回の、柏木の来訪に関してのみ、日本でヴェルデオに対して礼を尽くした儀式、儀礼に則って認証してもらったという事に対する返礼の意味も兼ねて、国家宰相級の出迎えをもってこれに応えたのだ。


 そういったことをジェルデアから説明される。

 ジェルデアの役目はこういう場合の法、行政に関しての柏木のサポート。つまり秘書のような役を請け負ってくれている。

 ジェルデアは先の研修滞在時に、日本の法務省や、検察庁などに派遣されており、そこで日本の法なども研究していたので、日本の法律にも今では非常に詳しい。なのでこういう場面では大変心強いサポートスタッフである。

 イゼイラのことに関しては何にもわからない柏木であるからして、大変有難い話だ。



 柏木は、ここでジェルデアを除いたフェル達や他の仲間と一旦別行動をとる。



 そして彼はサイヴァルに、ある部屋へ案内される。

 地球には『動く歩道』という水平に動くエスカレータがあるが、そういうものに乗って、スーッとタワー内の施設をめぐりながらその部屋へ案内される


 まぁしかし……その案内された『部屋』は、部屋というにはあまりにダダっ広く、部屋数も大変に多い。

 まるで六本木かどっかのビジネスビルの一階貸し切りクラスの広い部屋だ。

 そして、立派なイゼイラ様式の調度品や机、ソファー、テーブルなどが置かれている。

 応接室に、宿舎とでもいうべき高級マンションクラスの部屋。食堂に大きなキッチンなど……

 なんだここはと思う柏木。


『ファーダ大使。ここは我が国が、今後のニホン国大使館として使えるようにゴ用意させていただいたお部屋でス。ファーダがイゼイラ滞在中は、どうぞこのお部屋で執務をなされるが良いでしょう』

「えっ! こ、こんなすごいお部屋を、我が国のために頂けるのですか?」

『ハイ、このイゼイラタワーには、各加盟国や友好国大使館のほとんどが入っております。この建物のこの区画は、言ってみれば『大使館エリア』みたいなものですな。ダストールやカイラス、パーミラ、ハムールの大使館も、このエリアにありますぞ』


 つまり、それらティエルクマスカ主要国クラスの扱いをしてくれるということだ。


「そ、そんな……我々のような国にそこまでの配慮をいただけるとは……」

『いえ、友好国とならばそれぐらいは当たり前の事です』

「何から何まで色々と……感謝に絶えません。議長閣下」


 柏木は深く礼をする。


『で、確か……聞くところでは、ヤルバーンに治外法権区を作って、そこに現在日本国の大使館を置いているというお話でしたな』

「はい、その通りですが」

『では今後、こちらに正式な全権大使が赴任して頂ける際は、ヤルバーンの大使館は、総領事館として設定されるがよろしいかと』

「そうですね……わかりました。その件も二藤部総理に伝えておきましょう」

『よろしくお願い申し上げます』


 柏木はその部屋をぐるりと見回して眺める。

 もうこんな大使館まで用意されているのかと……本来なら日本がどこかの土地を買い上げるか借り上げるなどして設定する大使館だが、イゼイラ側が用意してくれるなんてのは、破格の待遇だと思う。

 恐らくは、不慣れな右も左もわからない、言ってみれば田舎国家の日本という遥か彼方の国家であるからして、ある意味気を使ってもらってるのかとも思う。


 そしていずれはこの部屋に、日本人の誰かが赴任し、イゼイラと色々交渉を行うようになるのだろう。

 ビザをここから発給し、日本にこれまたドデカい宇宙船でやってくる人々もいるのかなと思うと、なんとも途方もない話だと思ってしまう。


 そして逆に、いつか日本からイゼイラへ行く人もいるのだろうと思うと、もう日本も今までのような政治や外交をやっていられないのではと不安にも思えてくる……


 そんな事を思いながら、柏木は議長官邸の応接室へと案内される。

 そこで、サイヴァルに、信任状を渡す。

 サイヴァルはティエルクマスカ敬礼で、この書状を受取り、秘書に丁重に渡す。


 お互い起立しての礼を尽くした対応である。

 いかんせんティエルクマスカでは、こういった書状でのやりとりということをほとんどしないので、全て日本側のやり方に合わせてくれている。

 本来なら、ティエルクマスカ的には、この応接室で『やぁどうも』とやってきて少し会談して『んじゃよろしく』と言って帰るだけの話。

 なので、サイヴァル的にも少し緊張していた。


 そして柏木は『例のもの』をサイヴァルに渡す……


 柏木が大切に持っていたアタッシュケースを一旦ジェルデアに手渡し、ジェルデアがアタッシュケースを抱えて、柏木に見えるように丁寧に開ける。

 柏木はアタッシュケースに一礼。

 その紫色の巾に包まれたきれいな箱を取り出して、半回転させ、巾を丁寧に解く。

 すると、やんごとなき家紋が描かれた漆塗りの箱が姿を現す。


 サイヴァルは、その金色の、日本人なら誰もが知っている恐れ多い家紋の描かれた箱を、少し首を傾げて眺める。

 そして、柏木がやたらと礼を尽くしてその箱を扱うので、少々訝しがる表情。

 

「議長閣下……これは我が国のテンノウヘイカ……あ、いや、皇帝陛下よりお預かりした、議長閣下への贈り物です。どうぞお収め下さい」


 その言葉にサイヴァルは『えっ!』と目を見開く。


「中に入っている物がどういうものか、私は存じ上げませんが、私の所感ですと、この箱や、あの布にしても、我が国では最高級の物を使っております。そして、このマークは、皇帝家の家紋で、この箱だけでも……ハハハ、日本では正直、家宝になるぐらいの代物です」


 柏木は、少々解説を加えてやる。

 まぁそのあたりは仕方ないだろう。なんせ相手は異星人であるからして……


 そしてサイヴァルは……


『ニ……ニホンの、コ、皇帝陛下の贈り物ですか……それは……恐悦至極でございます。いや、まったく予想だにしない事で……いやはや……』


 サイヴァルは再度姿勢を正し、ティエルクマスカ敬礼の最上級様式を行った後、その贈り物を両手で受け取り、秘書に……


『丁重に扱うよう。後ほど私の執務室に持ってくるように……』


 と言っていた。

 秘書も緊張して、敬礼の後それを扱うと、爆発物でも扱うよな面持ちでそれを扱っていた。

 その贈り物を渡したあと、サイヴァルは満面の笑みで柏木をソファーへと誘う。


『……いや、ファーダ大使。アノ贈り物を見ただけでも、ニホン国と、我が国の交流が予想以上に進んでいることが理解できます。嬉しい話ですな』

「はい、私もそれは実感しております……ハハ、実のところ正直申し上げますと……一時期はどうなることかと思ったのも事実でして……」

『いや、そのお気持チはわかります。私も聞き及んでおりますよ、ファーダが最初に我々とコンタクトを持った御方でもあるということは……そして、今の交流の基礎を築いた一大イベントを計画なさった御方だとも……』


 こりゃもう完璧に日本の情報は、こっちに伝わっているなと感じる柏木。

 となれば、もう変な体裁を気にしても仕方ないと思う。

 ごまかしも意味が無い。

 今、この瞬間も、地球の情報はココに伝わってきているだろう……ってか、量子通信とは恐ろしいものだとも思う。5千万光年先の情報が、そこにあるもののように伝わるのだ。

 正直、地球の国家同士でやるような……腹の探りあいなんかしても仕方ないと思う。

 ここは単刀直入にいった方が得策だと思う。


 なんせ柏木は……『招待』されたとはいえ、いってみればワケもわからずに、フェルに連れて来られたも同然なのだから……


「議長閣下……」

『ハイ、何でしょう』

「今回、ご招待を受けた立場で、こういう事を申し上げるのは失礼を重々承知で、お訪ねしたいことがあるのですが……私も日本国の大使として、議会や二藤部総理の命を受けてここにいる身でございます……」


 この言葉にサイヴァルは、目を真剣にして頷く。


「今、貴国のヤルバーンはただの探査母艦ではもうなくなり、貴国、そしてティエルクマスカ連合の自治体として扱われています。これもヤルバーン乗務員のみなさんや、我が国のスタッフ双方努力の賜物で、色々と万難ありましたが、今はそういう形でお互いの主権を尊重し、共存ともいうべき状況が出来上がってきたわけでありますが……」

『……』

「ただ、これもある事を棚上げにしての事であって、やはり私は政府の使者として、この国に形はどうあれこうやってやって来まして……やはりお尋ねしなければならないことが、どうしてもあるわけでして……その点を、イゼイラ政府の代表である議長閣下にお尋ねしなければならない……まぁ、そういう使命というものを受けておる次第で……ハハ、そんな感じであります」

『ははは、なるほどファーダ大使、そうですね……確かに、理解できます。わかりますよ』


 サイヴァルはコクコクと何度も頷き、笑みを浮かべ柏木の話に同意する。

 そして少し考えるような目をするサイヴァル……


『ではこうしましょウ、ファーダ』

「?」

『まずはお互い“ファーダ”などという敬称で呼び合うのはヤメにしませんか? そこからが良いと思うのですが』

「なるほど、それは名案ですね……えーっと……サイヴァル議長」

『結構、では私は……』

「ケラー……でいいのではないですか?」

『ハハハ、わかりましたケラーカシワギ』


 まるで自分がドノバン大使みたいだと思う柏木。


『いやぁ、これで肩が少しはほぐれますよケラー……私も正直固ッ苦しいのはあまりね……』


 サイヴァルは肩をコキコキやるような仕草でおどけてみせる。


「いや同感です議長、私も議長がそのような御方で助かりました……ハハハ」


 柏木も背筋を伸ばしてウーンと軽く一声。

 サイヴァルは席を立ち、扉を開けて誰かを呼んでいる。


『あ~ ケラーは、イゼイラ茶をお飲みになったことは?』

「はい、フェルフェリア閣下……あ~、ウン、フェルがいつも淹れてくれますので、大好物です」

『ハハハッ、それはいい。では……』


 サイヴァルはスタッフにイゼイラ茶を二つ。そして何か菓子のようなものを持ってくるように言いつけているようだ。

 サイヴァルはソファーに戻りつつ


『いやはや、“フェル”ですか、ハハハハ。なるほどフリンゼのあの衣装ですからな……おめでとうございます』

「いやぁ~」と頭をポリポリかきながら「実は、私の両親にも会ってもらいまして……私の方からミィアールを……こちらに来る前に申し込みました……」

『おーーそれはそれは……なるほどなるほど、ではあとは“配偶予定者申請”をすれば、一時国籍を得ることが出来ます。それで正式にミィアールすればケラーも正式にイゼイラの国籍を取得できますな』

「えええ!? そうなのですか?……って、それって自動的にそうなるのですか?」

『え? ハイ、そうですが、何か問題が?』

「ええ……いや、実は日本は法律で二重国籍が認められていないのですよ……まいったな……」

『ふーむ、ティエルクマスカは御存知の通り連合国家ですからなぁ……二重国籍なんてのは普通ですよ』


 ああそうかと思う柏木。確かにティエルクマスカは、各国が主権を持ってはいるが、基本連合国家だ。連合内では二重国籍なんてのは当たり前だろうと思う。


『なるほド、では私からヴェルデオ司令に連絡して、そのあたりの法整備をお願いできないか、ファーダ・ニトベにお願いしておきましょう。でないとフリンゼ的にも、我が国的にも少々困った事になりますからなぁ』


 またその言葉が出たと思う柏木、『フリンゼ』である。


「あ~ 議長?」

『はい?』

「その……フリンゼという敬称……どういう意味なんでしょうか?」

『ん!?……え?……ご存じなイ?』

「え? あ、ハイ……」

『あちゃ~……そうでしたカ……ではフリンゼはまだケラーには仰っていないと……』


 サイヴァルは腕を組んで考えこむ。

 そうすると、先のスタッフがイゼイラ茶とお菓子を持って入室してくる。フリュなスタッフさんである。


 このお茶の匂いは、フェルが以前淹れてくれた『最高級』なイゼイラ茶の匂いだ。

 柏木はスタッフに礼をする。

 スタッフも会釈するが……サイヴァルを見て「何してんだこのオヤジは……」と言うような目で退出していく。


『ケラーカシワギ』

「あ、はい」

『その事ハ……私の口からよりも、フリンゼ自身からお聞きなさったほうがよろしい……これは彼女のストーリーですからな……』

「え? はぁ……」

『私はその事を知って“配偶予定者”になられたものだとばかり思っていました……』

「え?」


 そう言うとサイヴァルは姿勢を正して……


『ケラー』

「はい」

『先程、ヤルバーンと地球の間で“棚上げ”にしている事と言うもの……それはヤルバーンが“機密事項”として扱っている物のことですな?』

「ええ、その通りです」


 柏木はいきなり本題が来たので、目尻を鋭くし、姿勢を正す。


『フム、確かにそのヤルバーンが機密としていること……それは連合として指示したものであるし、このイゼイラの命令でそうしているものです』

「なるほど……」

『おそらく……今日にでも、ケラーはその『フリンゼ』という言葉の意味を知ることになるでしょう……そして……それを皮切りに、ヤルバーンが『機密』としていること……つまり我々イゼイラ政府がヤルバーンをチキュウへ送り出したこと……それを貴方は知ることになります……』


 やはり……と思う柏木。

 そう、やはり言及があるのかと……イゼイラ行きの判断は間違っていなかったと……

 これは、このイゼイラでの出来事全てが正念場になるなと……そう感じる柏木。


『ただ……』

「……」

『フリンゼフェルフェリアに関しては……貴方は相当な覚悟を持って彼女の話をお聞きになられたほうがよろしい……』

「覚悟?」

『ええ、“覚悟”です……よろしいですね?』


 何が何だかわからない柏木だが……


「はい……私も、もう家族に彼女を……まぁ……嫁にすると宣誓し、紹介までしてしまいました。責任・義務以上のものはもう彼女に感じています」

『ハハハハ、結構。それを聞いて安心しましタ』


 とはいえ、何かまたトンデモナイ大事に巻き込まれるのではないかと思ったりする柏木。

 まぁ、ここまでくればもう何が来ても驚かんぞと。

 正味『かかってこいや!』などと根性据えてみたりする。


 そして、そういうことならと今日の会談はこれぐらいにしようということになる。

 柏木は今回大使とはいえ、何か政治的な議題をもってきているわけではない。

 どちらかというと招待を受けている身なので、所謂『イゼイラ視察』の意味合いのほうが強い。

 しかし重要な視察である。なんせ初めての場所で事前情報すらない。

 まるで状況的には『慶長遣欧使節』である……とにかく目に入る物すべてが新しく、珍しく、驚きだった。

 フェル達が地球、いや日本に来た時も、そして日本本土へ上陸した時も、今の柏木と同じような感覚だったのだろう。そう考えると、お互いの気分は同じようなものかとも思う。


 そして柏木は議長官邸応接室を後にする。

 外で待っていたジェルデアが声をかける。


『お疲れ様です。ファーダ議長との初会談は如何でしたか? 大使』

「ええ、もう初っ端からいろんな意味で“有意義”でしたよ」

『ソうですか、それは良かった。では下のロビーへ行きましょう。フェルフェリア局長達がお待ちですよ』


 そういう感じで、柏木はジェルデアに連れられ、この巨大な政府庁舎集中ビルとでもいうべき巨大な建築物のロビーへ向かう。

 屋内転送装置を使い、一瞬でその場所へ。

 すると、フェルやティラス船長、シャルリ達が待っていた。


『ア、マサトサン、おかえりなさい』

「ああ、フェル。お待たせ」

『どうデしたか? 会談の方は』

「ん? あ、ああ、まぁ最初という意味ではあんな感じじゃないかな。何も問題なかったよ……フェル達は何をしてたの?」

『あ、ハイ。帰国手続きと、議会への資料提出デス。明日、私は当初の帰国目的の議会質問がありますから……フゥ、大変ですヨ……久しぶりの議員としてのお仕事ですからネ……』

「ハハハ、何言ってんだよフェル。それがフェルの本職だろ?」

『ソウですけど……調査局局長のお仕事の方がイイです……気が楽ですし……』


 少しプーとなるフェル。

 まぁフェルは、本来は政治家というよりも科学者なので、それもそうかなと思う。


 ティラス船長、ニヨッタ副長、シャルリ、リアッサは、防衛総省へ報告へ。

 ニーラは、科学省の仲間へ顔を見せに行っていたそうだ。

 

「あ、そうだフェル」

『ハイ? なんですカ?』

「アレはもういいの?」

『ヘ? アレ?』

「ほらぁ……なんか言ってたじゃん。『白木と新見さんのツメノアカ』とかなんとか……」


 そう柏木が冗談っぽく言うと、フェルはポンと思い出したように手を叩き……何かがメラメラと、そしてゴゴゴゴゴとこみ上げてきたようで……


『そうデスっ! それを忘れていましたっ! マサトサン、思い出させてくれてアリガトウでスっ!』


 ドッカーンとなるフェル。


「へ?……」


 そういうとフェルは何かスティック状のものを鞄から数本取り出し、指の間に一本一本挟んで握る……


『フッフッフッフ……コレを外交局の、くそやろードモのオシリにブチ込んでくるでスっ!』

「え? え?」

『ヘッヘッヘッヘッヘ……』


 両手にスティックを持ち、何か『コノウラミハラサデオクベキカ』な漫画の顔になるフェル。

 金色目がメラメラと燃える……


「(あ、あ、あの……シャルリさん?……あのスティック状の物は一体……)」

『(ん? あ、アア、あれは日本語で『チューシャキ』という奴だよ、アレをプシュっとやれば、中の薬剤が体の中に入るんだヨ……って、どーしたんだいフェルは……なんか面白そうだけどさ、ククク)』


 はぁぁぁ? となる柏木。


「フ…フェル……その中の薬剤はいかようなもので?……」

『この中にハ、ケラーシラキト、ケラーニイミの遺伝子情報が入ったナノマシンが入ってるデすよ……クククククク……』

「ほぇ?」


 その瞬間、ギンっという目になるフェル。刹那、ものすごい勢いで走って行くフェルサン……


「あ、お、おい、待て、待て待て、フェル!」

『フッフッフッフ! これで外交局もマトモになるですヨ~~~~~…………』

「あ、コラ! 待てって!……あーもう、みなさんも見てないで止めて下さいって!……白木と新見さんの遺伝子情報薬って、そんなものいつ作ってたんだ? フェルは……」


 みんな笑いながらフェルの後を追い、止めに行く…………フリをする。

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

「あ、フェルフェリア議員、お帰りなさ……え? 議員? ど、どうしたんですか?」

「フフフフフフフフフフフフフ、私はねぇ……私はねぇ……泣いちゃったんですよぉ、もう、一生分……ブツブツブツブツブツ…………」

「え? え? え? な、何の話ですか???」

「このオチューシャをするとね、み~んな賢くなるですよぉ~~良かったですねぇ~~」

「は、はぁ? オ、オチューシャって……」

「さぁ~~ み~んな大人しくするですよぉ~~」

「え? え? ち、ちょっと!ま……ぐへ! そ、そんな羽交い締めに……あ、あだっ!それをオシリにって!」 



 ……その後、外交局の方から、阿鼻叫喚な悲鳴がイゼイラタワーに鳴り響いたという……




 ………………………………




『ヒィ~……ア~ッハッハッハッハ……ヒ~……死ぬ……助けて………』


 腹を抱えて爆笑が止まらないシャルリ


『ククククク……ハハハハハ、ソレハ外交局ノ連中ノホウガ悪イ……ハハハハハ』


 ダストール人の爆笑姿も初めて見る。


『デスよねー、あはははは、私に相談してくれれば、もっと効き目のあるお薬を作ってあげたのにー』


 悲鳴を聞き、駆けつけたニーラ。そのフェルご乱心の様子を見て、同じく笑い転げる。


 ティラス船長やジェルデアも笑い転げる。

 真面目なニヨッタは「もー」と腕を組んでいるが、プププっと内心は爆笑の模様。


 柏木からフェルが乱心した理由を聞いて、みんな笑いが止まらない。

 

「おいフェル~ 本当にやるかよ……しかも用意周到じゃないか……」

『外交局のミナサンが、きちんとお仕事できるお薬を打ってあげたのデス、私はちぃ~っとも悪くないデスヨっ』


 フェル、反省の色、微塵もなし。プイと向こうを向いて正当性を主張する。


「でもなんかナノマシンに、白木と新見さんの遺伝子がどうのこうのとか……」

『そんなの定着するわけ無いですよっ オシッコで流れちゃうだけでス、良いお仕置きデスヨっ!』

「いやぁ~、でも注射器振り回してケツにマジで打ち込むか? 普通……」

『ナニを言ってるですか、マサトサン! あれがマサトサンの招待状だったから良かったようなものの、もし宣戦布告文書なんかだったら、オシリにチューシャじゃ済みませんよッ!』


 指を立てて、前後に振り、柏木にも説教しだすフェル。

 

「宣戦布告文書って……それを言われたら日本人としては言い返す言葉が……ハァ……」


 まぁ聞くところでは、注射とはいえ、いわゆる地球にあるような長い針をぶっ刺してチューとやるような、子供の大嫌いなもののようではないようで、ティエルクマスカでは一般家庭のハイクァーンで造成できる普通のツールだそう。

 栄養ドリンクのような形で、極めて、これまたごく普通に利用されるようなものらしい。

 ただ、ちょっとチクっとするようで、イゼイラではこの栄養剤注射を、言うことを聞かない子供のお仕置きなんかでよくオシリに使う事があるという話らしい…………柏木も、もしフェルに怒られたら、これをやられるのかと思うと……今後のために、脳内データバンクにインプットしておくことにした……

 

 

 そんなこんなで、今日の仕事はみなさんこれでおしまい。


 ジェルデアがみんなに明日のスケジュールの確認を行う。

 柏木は明日、フェルといっしょにいわゆるイゼイラ時間のお昼すぎまでは、イゼイラの名所や自然を見物するための、いわゆる観光めぐりである。

 フェルがいろんな場所を案内してくれるらしい。

 そして、その後にフェルは議会質問があるので、イゼイラ議会へ出席。柏木は、もし叶うならその議会を見物したいということで、サイヴァルに要請していた。

 その後、柏木は大使館で加盟各国の議員との面会の予定。

 その後は特にナシ。フリーである……ただ、場合によっては、少しサイヴァルが同行してほしいというところがあるらしい……


 柏木は、今日の宿は大使館の中にある大使公邸と思ったが……


『マサトサン……』

「ん? なんだいフェル」

『滞在中ハ……私の実家に泊まって下さい……オネガイ……』


 フェルは柏木の袖を取って懇願する。


「え? あ、そうか、フェルの実家か、そりゃ当然だよな。うん、わかった。是非お伺いさせてもらうよ……それに、フェルのご両親にもご挨拶しなくちゃな」


 そう笑ってフェルにいう。

 しかしフェルは少し困惑したような……作り笑いだ……

 ハテ? と思う柏木。しかしフェルは少し頬を染めている。嫌なわけではないようだ……


 柏木的には、そりゃそうだろうと思う。

 日本でフェルは柏木の実家に一泊したのだ。コッチでは妻の実家に泊まって当たり前かとも思う。

 

 柏木とフェルは、他のみんなに挨拶をして今日はこのロビーで別れる。また明日と。


 柏木は、フェルに連れられてトランスポーター発着場へ。

 そしてフェルに促されてトランスポーターへ乗り込む。

 

 トランスポーターは空を舞い、人工大陸外周部へと舵を取る。


「ん? フェル、こっちって人工大陸の外へ行く方向じゃないのか?」

『ア、ハイ。こっちでイイのですよ、マサトサン』


 まぁ、フェルが自分の家に行くのだから間違いはないのだろうとは思うが……


 するとトランスポーターは大陸外周部から飛び出して、洋上へ。

 交通システムの管理から抜け出したのか、フェルは座席の周りにタブレットのようなものを宙に造成させ、右手を左右にスライドさせたり、左手を上下にスライドさせたりするような行為を見せる。

 そして、機体はそのスライドさせた手の動きに同期させたような挙動を見せる。

 どうも、向こうに見える山岳地帯の方へ進んでいるようだ。

 人工大陸を出た途端、フェルはトランスポーターのスピードを一気に上げた。


「フェル……もしかして、手動で運転……っていうか、操縦しているのか?」

『ハイ、そうですよ、ウフフ、マサトサンも操縦してみますカ?』

「あ〜 いやいや、遠慮しておきますよ、なんか難しそうだ、ハハハ」

『ウフフ、ジエイタイのみなさんの話では、ニホンのジドウシャより操縦は簡単だという話ですよ』

「なんか多川さんがヴァズラーでもそんなこと言ってたよな」


 フェルの話では、基本、イゼイラの乗り物は、手動マニュアル操縦の際でも、半自律型操縦で操作するのだという。

 地球でも戦闘機など航空機の自動制御コントロールデバイス技術で『フライ・バイ・ワイヤー』というものがあるが、そういうものよりも、もっと高度なものだそうである。

 つまるところ、例えるなら『馬』と『人』の関係とでもいうべきか。

 人が馬に乗る時、馬を操縦しているわけではない。馬に“指示”を出しているのだ。なので馬は例え人が「右にいけ」といっても、右方向が断崖絶壁であれば右には行かない。

 そういう感じで、つまるところ“操縦する”という感覚よりも“指示を出す”という感覚の操縦方法が、イゼイラ技術な乗り物の“手動操縦”なのだ。

 なので、多川もヴァズラーを『自動車を運転できれば、操縦できる』といっていたわけである。

 多川的にみれば、F-4ファントムを飛ばすことに比べればヴァズラーの操縦なんぞ、まるでテレビゲームの自機でも操るような感覚だったのだろう。



 とまぁそんな雑談をしていると、目的地に近づいてきたようだ。

 しかし……


「お、おいフェル……なんか上昇してないか?」

『あ、ハイです。私のおウチは、この旧大地の上にあるでスよ』

「え!? そうなの?」


 トランスポーターは、テーブルのような山岳の脚になる山地をくぐるのではなく、手前で急上昇し、山の頂上へ向かって飛ぶ。

 すると山岳頂上にも地上同様の緑の大地が広がる。

 山の上に山がある風景。そして川があり、地上ほど大きくはないが、海か湖か。

 まるで大地が上と下、二重構造になったような不思議な光景。


 そこにも遺跡のようなものが点在し、動物の姿もそこかしことなく見える。

 ただ、新大地ほど大型の動物はいないようで、その場所の生態は地球のそれによく似た感じだった。

 そして、誰に指摘されずとも目に入る大きな建物。

 

「あれは……城か?」


 風光明媚な景色に溶けこむように佇むその建造物。

 山の上にある巨大なテーブルのような大地。そしてその不思議な場所の海のそば。

 シーサイドな場所に氷山のように真っ白な、そして鋭利なデザインの城郭がそびえ建つ……



『ウフフフ、マサトサン。あれが…………私のおウチですよ……』



 ほえ?? となる柏木。

 柏木は一瞬意識がトんだ。

 口をポっと開けて、フェルの顔を見る。

 数秒後、その城に目線を移す。

 その城とフェルの顔を交互に見て、フェルを指さし、城を指さし……目で何かを尋ねる。


『ハイ、そうですヨ。ウフフフ ビックリしましたか?』



 言葉に出ない柏木の質問にそう応えるフェル。

 コクコクと頷く柏木。

 ナニがナンやらよーわからなくなる。


(いや待て待て待て……この国は共和制だろ? なんでこんなバカデカイ『城』がフェルの実家なんだ? え? フェルがGSのCEO並みの超金持ちだとか……って、この国は貨幣経済制じゃなかったんだっけ……まさかこれがこの国の国民が住む普通の家とか、そんな……わきゃねーか……どういうことだぁ?)


 腕を組んで口をモゴモゴさせながら何から色々考えこんでしまうダンナ。

 その姿をニコニコ顔で見る妻は、何か楽しそう。



 そしてトランスポーターは、その『城』の正面庭園に設置されている着陸場所に、ゆっくりと着陸する。

 

 柏木はトランスポーターを降りると、その地球でもよく見るような、所謂『城』と呼ばれるものの庭園を目の当たりにし、呆けヅラであたりの風景を体ごと回し見る。

 噴水があり、大きな花壇に美しい花が咲き、小鳥のようにも見える小動物が飛び交う。

 雲は高く、ほどよく日が出たり隠れたり。

 庭からは海が見え、その海の水平線にはボダールの輪が天に白く弧を描く。


 そんな風景を眺めながら、柏木はサイヴァルの言葉を思い出す……フェルを配偶予定者にしたからには相当な覚悟がいるという言葉。


 この城のような建物とこの風景が、その片鱗かと感じる柏木。


『マサトサン、マサトサン』


 フェルが柏木を呼ぶが、柏木はそれに応えない。


『マサトサン、どうしたですカ?』


 フェルは柏木の腕を取り、彼の顔を覗き込む。


「あ、ああ、フェル……ごめんごめん……いやぁ……なんといいますか……これがフェルの実家とは……」

『ハイ、そうです……これが私のおウチですヨ。ようこそマサトサン。私のおウチへ……』


 フェルは柏木の腕を取って組み、彼を城の中へ誘う。

 玄関というにはあまりにデカイ正面門をくぐり、大広間へと入っていく。

 

 ふと柏木は、自分の足元を見る。

 すると、何やら大きな図柄が描かれているよう……

 そして大広間のあちこちに、その図柄が描かれている。

 柱、カーテン、ガラスアートな窓……


 ハっと柏木は気づく……この図柄は……


(こ、これって……)


 フェルからもらったPVMCGを腕をまくってパっと見る……そう、PVMCGに描かれていた刻印と同じデザインだ。


(フェル……)


 やはりフェルが柏木に渡したPVMCG、これは相当な価値のあるものだったようだ……

 どう考えても3万円前後の量販品腕時計とは釣り合わない代物である。


 「フェル、君は一体何者なんだ?」と言葉に出そうになる柏木。しかしその言葉をグッと飲み込む。

 今、腕を組んで大広間を歩いているこの時に言う言葉ではないだろうと思う。


 ……とすると、その先にある左右に広がる大きなエスカレータのような階段の上に人影が見えた。フリュのようだ……


『フ、フリンゼ!』


 そう叫ぶその人影は、慌ててトトトっと走り、階段を駆け下りてフェルに近寄ってくる。


『フリンゼ! ああ、フリンゼ、お帰りなさいまシ……』


 どうも見た感じ……この城のメイドか何かのような感じである。

 着ている衣装があきらかに制服系だ。歳の見た目は40過ぎぐらいか?

 そしてまた聞く『フリンゼ』という言葉。


 そのフリュは、フェルに近寄ると、ティエルクマスカ敬礼をしながら深々と脚を曲げ、地に膝を軽く着いて立つ。


(え? この敬礼って……)


 そう、ヴェルデオが信任状捧呈式の時、今上天皇におこなったものと同じだ。


『ハイ、サンサ、ただ今戻りましたヨ』

『ああ……お戻りになられるのであればご連絡を頂ければ……でも、よくぞご無事で……シレイラ号の件、時事データバンクで拝見致しました……もう私めは心配で心配で……』


 オイオイと泣き出すそのサンサという名のフリュ。やはりメイドか何かのようだ。


「フェル、こちらの方は?」

『ア、ハイ、えっと……』


 フェルが彼女を紹介しようとした時


『フェル? まぁ! フリンゼを呼び捨てにするなど、なんて無礼な!』

「え? ええ? あ、いや……」

『ん~?』


 そういうとサンサは、右目にいつも造成している小さなVMCモニターをクイクイと上げ下げして


『なんですカ貴方は……どちらの種族の方でしょうか? 変わった服装ですわね、しかしフリンゼを名前で呼び捨てにするなんて、ダストール人ならいざしらず、無礼にも程があります!……貴方! この御方がどなたかご存知ですの? この御方はですね!……イゼイラ……』


 そうサンサが言おうとした瞬間、フェルがサンサの襟元をグイと掴んで、ピュ~っと向こうの方へ小走りに連行してしまう。


『あ、アラ? あらあらあら……』


 と、サンサが手を前に上げて、その言葉がドップラー効果になり、向こうへ引っ張っていかれる。

 フェルは頬を膨らまして、「モウ!」な表情。


 何か向こうのほうでモニョモニョ言っているフェル。

 なんだかちょっとプンスカな模様。

 ヒョエってな表情になるサンサ。

 コッチの方向を向いたり、フェルの方を向いたり……計10回ほど。

 

 話が終わったようで、サンサが顔面蒼白で柏木の方へダダダっと走ってくる。

 すると、ズザザっというような音がしそうな勢いで、柏木に対し、ティエルクマスカ敬礼をして跪く。


『フ、ファーダ大使……先程は誠にご無礼を致しまして……マさか、ヤルマルティアのファーダ大使とはつゆぞ知らず……どうかこの愚かなサンサめをお許し下さい……平に、平にご容赦の程を……!』

「は、はぁ? 一体何がどうなって?……」


 何のこっちゃな表情の柏木……フェルの方を見る。

 するとフェルが地球式の合掌をして「ごめんちゃい」なポーズで、渋い笑顔。


「あ、あはは、はいはい、別に気にしていませんよ、えっと……サンサさん、でしたっけ? どうかお顔を上げて下さい。さぁ……」

『アア、お許しいただけると……なんと寛大な……このサンサ、身に余る光栄、流石はヤルマルティアの御方、フリンゼがお選びになったファーダデルンです……今後はこのサンサめに何なりとお申し付け下さりますよう……』


 以下5分ほど、何かペラペラと喋るサンサ。

 

『モウ、サンサ、マサトサンはお許しになると言っているのですから、もういいでしョ?』


 フェルが戻ってきて、何かよーわからん状況に狼狽する柏木をフォローする。


『あ、はいフリンゼ……しかし、まさかヤルマルティアの殿方を配偶予定者にしてお連れなさるとハ……私はもう嬉しくて嬉しくて……』


 今度は先程とは打って変わってオイオイと嬉し泣きするサンサ。

 一体何なんだよと。

 フゥと一息つくフェル……


『ハイハイ、それよりもサンサ、いつまでもこんなところでマサトさんをほっぽっておくわけにはいかないでしョ? とにかく一息つきたいですヨ』

『あ、そ、そうでした。では食堂の方にお茶と、何か軽いお食事でもご用意いたしましょウ』

『ハイ、お願いしますネ』


 そういうと、サンサはサっと腕のPVMCGをなでると……あたりの扉からゾロゾロとサンサと同じような服装の、若いフリュやデルンがわらわらと数十人姿を現す。


 なんだなんだ? と柏木は思う暇もなく、彼は丁寧にスーツの上着をそのメイド? に脱がされ、フェルの周りにもメイドが簡易天幕を張り、例のサーマルの服装を脱がされているようで、天幕の中がピカっと光ったかと思うと、その中からいつもの制服姿なフェルが姿を現す。


 そしてサンサに案内され、食堂へ向かう。


 とすると……これまた映画にでも出てきそうなデッカイ食堂で、長い長いテーブルがあり、その上座の方に対面でちょこんと座る柏木とフェル。


 サンサがフェルの傍らで、何やら張り切って色々と指示を出している。

 柏木の側にそのメイドが近づくと、誰も彼もが一度、軽く膝を折る敬礼をする。

 まぁ今は大使という身分とはいえ、そこまでやられると、基本ド平民な柏木は、いちいち恐縮してしまう。


 柏木とフェルの前にイゼイラ茶と、食事が出される。

 食事の方は、何かの生地を焼いた物に野菜や肉系の具を巻いた食べ物のよう。

 ティーポッドから注がれるそのお茶の匂いは……いままで嗅いだ事のない良い匂いだった。

 柏木はカップを手に取り、一口すする。

 すると、思わず目がカっと開いてしまう。


「う……うまい……なんだこれ……」

『ウフフ、これが栽培物のイゼイラ茶ですヨ、マサトサン』

「え? 栽培物?」

『ハイ、このおウチのお庭で栽培されていまス。やはり栽培ものでないと、この匂いと味は出ませんデス』


 100パーセントの本物を作れるハイクァーンでも、『栽培』という環境の変化で味が代わる独特の風味までは完璧に再現するのは難しいという。


『フゥ、このお茶を飲むと、おウチに帰ってきたと思えまス』


 目を瞑り、微笑を浮かべるフェル。

 しかし、柏木は茶を二~三回すすると……やはり今の状況がイマイチ飲み込めず、聞いておいたほうがいいと思う。

 

「なぁフェル……」

『ハイ?』

「ちょっと聞いていいかな?」

『…………ウン…………』


 コクンと頷くフェル……


 やはりフェルもわかっているみたいだ。

 まぁそれも当然だろう。自分の彼女の実家が、こんなバカデカイ城で、そんなところに住んでいるとなれば、誰だってそう思う。

 フェルにしてもこの状況を誤魔化したいのなら、別にここに戻ってくる必要はない。どこか別の、人工大陸のどこかに家を持ってそこに行けばいいだけの話である。それ以前に実家に誘わずに、大使館で宿泊すればそれで終わりだ。


 しかしフェルも、柏木が自分の家族を紹介し、もう嫁になることが確定した状況で、このままというわけにもいかないと思ったのだろう。



「まぁ……もうわかると思うけど……俺、正直……ぶったまげてる」

『……』


 すこし俯くフェル。

 しかし柏木は笑って話してやる。


「でも、嬉しい」

『エ?』


 意外な言葉に驚くフェル。

 

「だってさ、フェルも、自分のこと、こうやって俺にちゃんと見せてくれてるからな」

『ハイ……』


 ニコリと笑うフェル。


「まぁでも……以前フェルは言ったよな……『私の人としてのストーリーがある』って」


 フェルはコクンと頷く。


「さっきね、サイヴァル議長に言われたんだよ……フェルの素性を知るには相当な覚悟がいるって」

『ファーダ・サイヴァルが?』

「うん。なんか聞いていると、俺がその事をもう知っていると思って、どうも議長は俺に招待状を寄越したみたいなんだ」

『ソ、そうなのですか?』

「ああ、そんな口ぶりだった」


 柏木はカップを手に取り、また一口茶をすする。

 サンサもその横で彼らの話を聞いている。サンサが残り少なくなった柏木のカップの茶を下げて、また新たに茶を新しいカップに注ぐ。

 柏木はサンサに礼をする。


「ぶっちゃけ……単刀直入に聞くけど……フェルってどういう……あ、いや……何者なんだい?」


 フェルはその質問に、フゥと一息つき、フェルも覚悟を決めたようで、少し目を瞑ったあと……


『ハイ、そうですね……私のマサトサンには、もうお話しなければなりませんネ……』


 少し微笑を蓄えてそう話すフェル。


『エっと……実は……』


 切り出そうとしたところ、横からサンサが話に割って入る。


『フリンゼ』

『え? あ、ハイ』

『それはご自分からお話するものではアリマセン』

『え? デモ……』

『私めからご紹介をさせて下さい。それがこの家にご奉公する者の勤めかと存じます』


 フェルはサンサの目を見つめて……コクンと頷く。


『ファーダ大使』

「はい」

『僭越ながら、私からご紹介賜らせて頂きます……この御方は……』

「……」





『旧・聖イゼイラ大皇国、皇族の末裔であり、現ティエルクマスカ連合・旧皇きゅうおう資格終生議員であらせられ、帝政時代最後の女帝から数えて、十五代目にあたられる女帝、フリンゼ・フェルフェリア・ヤーマ・ナヨクァラグヤでございます……ちなみに、フリンゼとは、ヤルマルティアの言語に訳せば『陛下』という言葉が適当かと……』


「なっ!!!!!!!!……………」



 その言葉を聞いた瞬間、柏木は脳ミソが爆弾で吹っ飛ばされるような感覚を覚える。

 フェルの金色目をじっと見つめて、口をあんぐりと開ける柏木……


 ……旧皇族? 陛下? 十五代目? 終生議員? いや、イゼイラは共和制だろう……って、いや、ナヨクァラグヤ??? それってあの話の…… ナァカァラじゃないのか? え? どういうことだ? 


 いろんな言葉が柏木の脳内に乱れ飛ぶ。

 そして改めて思い出す。

 サイヴァルの言った『覚悟』の意味……


 さっきまで注射器をもって、外交部にお仕置きにいったフェル。

 ドーラ相手にブラスターで戦ったフェル。

 柏木と離れたくないと泣きじゃくっていたフェル。

 城崎でアジ釣りに夢中になっていたフェル。

 温泉に浸かって戦闘準備を整え、柏木に肉体勝負を挑んだフェル。

 泉佐野でヤクザ相手にキレたフェル。

 信任状捧呈式でハイになり、東京の犯罪を一掃してしまったフェル。

 渋谷で半グレをボコボコにしたフェル。

 シエにいつもおちょくられていたフェル。

 

 ……そして、柏木の家に押しかけ女房してきたフェル……柏木を愛し、体を許したフェル……


 そんな思い出が一瞬のうちに脳裏をよぎり、そして地球じゃ、かなり天然なフェルと、今、サンサの言葉がイコールにならない柏木の脳内……


 しばし呆然とする……


『マサトサン、これがイゼイラでの『私』です……今から、愛するマサトサンに、恥ずかしくない『お嫁サン』にしてもらうため、きちんと『私のストーリー』をお話しますネ……』

「あ、ああ……」





 ……フェルは、共和制国家、イゼイラ星間共和国で、陛下と呼ばれる存在だった。

 そして、終生議員という言葉……フェルの本当の名……

 





 フェルは自分を語り始める……




 

 


 いつも『銀河連合日本』をご愛読していただきまして、誠にありがとうございます。


 次回作品投稿は、当方の連休諸事情により、おそらく5月連休明け以降になると思いますので、よろしくお願い申し上げます。


 楽しみにして頂いている皆様には、少々おまたせしてしまうことを心苦しく思います。


 しばしお待たせしてしまいますが、よろしくお願い申し上げます。



 それでは皆様におかれましては、今後とも本作共々よろしくお願い申し上げます。



柗本保羽 


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