表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
35/119

―18―

『あんたら! コこはあたしが食い止める!……そこの警備員! 乗客を全員後部格納庫エリアに誘導しなッ! モタモタすんじゃないよっ! “ガーグデーラ・ドーラ”の餌食になりたくなかったらサッサと動くんだよっ!』


 シレイラ号2等客室エリア。

 2等とはいっても、日本のフェリーに見られる全員雑魚寝のような船室ではない……まぁ当たり前だが……

 この船の2等というのは、短距離旅客用、つまりチョイ乗り客用の船室エリアである。

 シレイラ号は全長2000メートル級の恒星間長距離旅客船だ。長旅を楽しむ者や、仕事で近くの星やステーションに移動するだけの者、色々な客がいる。


 今、そのシレイラ号は極限のパニック状態の中にいる。

 警報が鳴り響き、悲鳴に怒号が飛び交う船内。

 端々で爆発音が響き、船体と腹の底を揺らす。

 警備兵が乗客を誘導し、子供を無造作に担ぐ者。

 親とはぐれた子供を即座に抱きかかえ、退避するクルー。


 彼らは、突如現れた“ガーグデーラ”と呼称される未確認敵性体の襲撃を受けていた。


 このガーグデーラ、ティエルクマスカ連合では、地球から2000万光年ほど離れた宙域で、ティエルクマスカ船籍や、その友好国船舶とよく事件を起こす。

 ティエルクマスカ領近海宙域にもまれに出現し、民間船、軍用艦を見境なく襲ってくる正体不明の存在として連合各国ではよく知られていた。

 その正体ははっきりとはわかっていないが、ティエルクマスカ防衛総省の分析では、ある特定の行動を必ず取るため、海賊ならぬ宙賊の一種で、未確認の主権勢力が有する私掠船しりゃくせん、そしてそれら勢力が所有する機動兵器と考えられていた。

 いわゆる、どこかの国家公認のテロリストが操る兵器ではないかということだ。


 しかしその残虐無慈悲な行動は、容赦という言葉を知らず、目に付いたもの全てに、その搭載する自律兵器の性能を全開にして襲いかかってくる。しかも妙に性能がいい。

 

『クソっ! 粒子ライフルが全然効かない! 牽制にしかならないぞ!』


 シレイラ警備員が叫ぶ。

 その『敵性体』に粒子ライフルを打ち込むが、足止めぐらいにしかならないらしい。

 ライフルを速射しながら後退を余儀なくされる警備員。



 ―そのシレイラ警備員は、ハムール人という、イゼイラ人同様の鳥類系の進化種族だ。

 ただイゼイラ人と違う所は、手や足先に鳥類の意匠を色濃く残し、腕や足のスネに羽毛状の体毛を残している。眼の構造は人類と比較的よく似ており、髪の毛もイゼイラ人同様の羽髪。体色は人類の白人系の体色を基調としている。イゼイラ人と違い、単音発音種である。

 同じ鳥類系進化種族のイゼイラ人とは仲が良く、ティエルクマスカ連合加盟国ではないが、イゼイラとは独自に友好関係にある。すなわちティエルクマスカ連合の友好国でもある―



『無理すんじゃないよッ! 奴にゼル端子を埋め込まれたら事だからねっ! 無理だと思ったらサッサと引きなッ!』


 先ほどの威勢のいいフリュの声。

 どうやらカイラス人フリュのようだ。

 警備員とともに、その敵性体攻撃に手を貸しているようだ。

 しかしどうも形勢は不利。警備員達に後退を促している。

 


 獣人系カイラス人フリュではあるが、その女豹のようなしなやかな肉体に、スラっと生えそろったきれいな体毛。その体毛色は金色と赤のまだら模様。そして姉御系の顔立ち。

 鍛えられた体ではあるが……右目がゴーグルのような機械的な義眼になっており、左腕肘より先、右足膝より下と大腿骨の一部が滑らかな金属素材で出来た機械……つまりサイボーグ化されていた。

 機械化とはいえ、ゴテゴテしたロボット警官のようなものではなく、極めて靭やかで、素体の肉体を阻害するようなことはなく、むしろ元の肉体を強化しているような高度な機械化であって、義足、義手とはいえ、肉体と一体化しているようだ……つまりこのサイボーグパーツは既に彼女の体の一部となっている。



『おいアンタッ! 早くコッチに来なっ!』


 シレイラ警備員を呼び寄せると、その警備員の襟元をむんずとサイボーグ化された左腕でつかみ、隔壁シールド内に勢い良く放り込む。

 そしてガンっと横にあるスイッチを叩くように押すと、隔壁がゆっくりと下がっていく。


『お、おいアンタっ! 一人で無茶だっ!』


 ゆっくり下がっていく隔壁の向こうからシレイラ警備員が叫ぶ。


『心配すんじゃないよ、こちとらティエルクマスカ防衛総省、機兵化空挺戦闘団の一員……ここはまかせな』

『き……機兵化空挺戦闘団……どウりで……』


 警備員はそのフリュの部隊名通りな機械化された肉体を見て納得する……

 


 ――機兵化空挺戦闘団……ティエルクマスカ防衛総省精鋭部隊の一つ。

 重装化ロボットスーツ兵や、負傷した際、希望して体の一部、もしくはほとんどをサイボーグ化された兵士のみを集めて創設された、ティエルクマスカ随一の猛者集団として知られている……初代部隊長は、ゼルエ・フェルバスだった……ゼルエはロボットスーツ戦闘の達人として知られている――



 ……そして、隔壁がガンっと降り、さらにその上からシールドが張り巡らされ、空間が歪む。

 そのフリュはスイッチの横にあるモニターで、中にいる先ほどの警備員を呼び出す。


『ねぇ、アンタ、現在の被害状況、わかるかい?』

『あ、アア、この区画の死者は幸いな事にいない……ただ、重軽傷者多数、瀕死の者もいる……早く医療設備の整ったところに連れて行かないと……』

『わかった……で、一等や特等の長距離旅客エリアハ?』

『そこまではわからん……なんセこの状況だ』

『で、連中はやっぱり?』

『アア、この船のハイクァーンモジュールとゼルクォートリアクターを狙ってる』

『いくつあるんだい?』

『ハイクァーンモジュールは機関室に2基、生命維持用に2基。リアクターは各区画に1基ずつだ』


 そのフリュは渋い顔をする。


『それ全部持って行かれたら、この船は終わりだね……わかった。とにかく救難信号を止めないようにね。それと脱出艇で逃げようなんて思うんじゃないヨ、外に出た途端に撃ち落とされて終わりダ』

『わかってる……気をつけロよ……アンタ、名前は?』


『シャルリ・サンドゥーラだ』


『わかった。ケラーシャルリ、気をつけろよ』


 警備員はそういうと、シャルリという名のカイラス人フリュは、ニっと笑ってモニターを切った。


(とはいえ……アイツら相手に普通の武器じゃ役に立たないね、軍用重ゼルクォートがあれば重力子ブラスターが使えるんだけど……今回の任務じゃ、アんなのいらないと思って置いてきちまったからねぇ……手持ちの装備でやるしかないか……)


 シャルリは右手に大型の粒子ブラスターライフルをPVMCGで造成し、左腕の機械腕の掌を内側へ180度折りたたむように収納して、腕の先端からパイルバンカーのようなものを造成させる。


 ……周囲を警戒して移動するシャルリ。

 隔壁に敵性体が接近しないように、要所要所にトラップを仕掛けて移動する。

 今は右手しか使えないが、器用にトラップを設置する。


 右目の義眼から小型のVMCモニターが眼前に投影するように造成され、そこに何やらセンサーのようなものがチラチラとうごめく。

 ハァハァと息をするシャルリ。

 汗をかいているのだろうが、体毛の下のことなので見た目ではわからない。


 すると、センサーが、“ピー”と甲高い音を鳴らす。

 瞬間、通路の壁をドガっとぶち破ってそれが姿をあらわした。


(ぐぁっ!)


 後ろに吹き飛ばされるシャルリ。しかし一回転してしっかりと体勢を整える。

 パイルバンカーを地面に引きずり、突き立て、サッと立ち上がり、長い獲物ライフルを片手に敵へ発射口を向ける。


(やっぱりコイツらかい!)


 その敵性体の容姿……


 球体状の本体に、四本の多関節の腕のようなもの、そして脚部があり二足歩行をする。

 まるで細身のヒトデか何かが直立しているようだ。

 容姿は、何かそこらへんのガラクタをくっつけたような不気味な容姿で、その腕の先には、右上腕に何やら光学ドリルのようなもの、左上腕に獣の爪のようなもの、左右下腕に飛び道具を装備している。

 身長は3メートルから4メートルぐらいか?……でかい。

 キシシシシというような不気味な音と、フォンフォンという機械音を唸らせながら、シャルリを見つけると、光学ドリルを不気味な音を立てて旋回させる。


「ドーラ!……」


 思わず口から敵性体の呼称を呟くシャルリ……


「うらぁっ!」


 右手に持つブラストライフルを速射する。

 大型火器である。マズルから出る閃光は半端ない。

 周りの空気がイオン化されて輪っかになり閃光を追う。


 ドーラの六枝を容赦なく貫く閃光。

 手足を吹き飛ばし、球体本体のみにしてしまう。

 シャルリは地面に転げる球体本体にも容赦なく銃撃を浴びせるが、どういうわけか本体からは強力なシールドが展開され、高威力の閃光を霧散させてしまう。


(チッ! やっぱりダメかっ!) 


 ドーラの球体本体は、フっと空中に浮くと、何やら骨格のようなものを造成させて、撃たれてバラバラになった外装を引き寄せて骨格に装着させていく。


(させないよっ!)


 刹那、シャルリは猛然とダッシュし、完全に体が固着する寸前の球体本体めがけて、ドーラ本体のシールドの歪みを突き抜けてしがみつき、パイルバンカー状の武器を突き立て、ガンガンとピストンをかます。

 本体を貫くと、シャルリはグリグリとパイルで中身をえぐるように破壊し、サっと球体型本体より飛びのく。


 ……するとドーラは機能不全を起こし、光っていた本体が煙を吐いて生気を失ったかのように地面へ転がった……


「フゥ~~…………ガァァァァ!!」


 シャルリは端正な顔立ちから一転、牙を向き、何か野生の本性むき出しのような状態になる。

 と、瞬間、彼女の背後の壁が破られ、ドーラがもう一体姿を現す。

 後ろを取られた!

 右腕上部のドリルが彼女に振りかざされる……


(しまったっ!)


 と思ったその時!


 ドーラの六枝が吹き飛ばされ、化け物は崩れ落ちる。


(えっ!)



『シャルリ! ナニヲシテイル! トドメヲ!』

『今です! シャルリ! 早ク!』


 ハっと目を見張るシャルリ。


『フェルか! それにリアッサも!』

『モタモタスルナ!』

『アア!』


 球体本体にトドメの一撃を加えるシャルリ。


 その瞬間、十数人の光の閃光が、シャルリの周りに立ち上がり、その中から外骨格ロボットスーツを身にまとったヤルバーン戦闘員が転送されてきた。


『シャルリ!』


 フェルが駆け寄り、シャルリと抱き合う。

 リアッサとも平手を重ねあう挨拶。そしてその手を握り、背中を叩き合う。


『間に合って良かったデス!』

『あ、あア、フェル、リアッサ……もしかして?』

『アア、丁度コノ宙域ニ、ディルフィルドアウトシタ途端ニ救難信号ヲ感知シタ。デ、飛ンデキタトイウ寸法ダ』

『ソうかい……良カッタ……助かったヨ』


 シャルリは転送されてきたヤルバーン戦闘員の様子を眺める……

 そしてその見たこともない彼らの動きに驚く。


 ヤルバーン戦闘員は、何やら手信号のようなものでお互いに合図しつつ、お互いが頷きあい、そして部屋の前に来ると、何人かが連なって、肩を叩き合い移動するといったシャルリ的には見たこともない動きで周囲を警戒していた……


『な、なぁフェル……あ、あの動き……ありゃぁ何だい?……』

『ウフフ、後で説明しますヨ、それよりもけが人を……』

『あ、ああ、わかった』




 …………………………………………  




『ガーグデーラ一機撃墜!』

『これで何機だ?』

『25機でス』

『残りハ?』

『あと5機!』

『こいつらの母船らしきものは?』

『探知できませン!』


 デロニカ・クラージェブリッジで木霊する命令。

 その様子を観察し、聞き入る柏木。

 アドバイザーとして戦況を見てくれと言われ、一瞬考え込んだが、ここは日本ではない。

 大航海時代の船乗りと同じだ。出来る者ができることをする。

 そんな場所なのだと悟った柏木は、船長の要請に応じた……って言っても、技術も戦術も何もかも違う状況で、何が出来るわけでもないが……と思う。

 しかし、船長の要請に一応、応じることにした。


 ティラス船長は、顎に手を当てて考えこむ柏木に声をかける。


『大使、現在の状況、ドウ見ますか?』

「え?……あ、ハイ、いや、なんとも私の理解の及ばない状況でして……ハイ」

『フム』

「今、頭のなかで整理していたところです……ところで船長」

『なんでしょう?』

「あの“ガーグデーラ”とかいう敵ですが、ガーグという名がついていますが、どういう?」

『ああ、地球のガーグとは何ら関連性はアリマセン。我々は正体不明のモノに、ガーグという呼称をよく使うのです』

「なるほど……」


 「あいつは悪魔だ!」「この化け物め!」とか、そんな感じと同じなのだろう。

 それでヴェルデオはガーグという名前を、地球の連中に付けたのかと納得する柏木。


「あと……今の戦闘を見ていた私の所感ですが……あの飛んでいる“ガーグデーラ”とかいうモノ自体は大したことがなさそうですが……」

『ハイ、あの“デーラ”は戦闘能力を一応持ってはいますが、基本ただの輸送ポッドです……しかし、数が多い上に、母船を叩かないと、いくらでも送り込まれてきます』

「……」


 ウンウンと頷く柏木。


『そして、アレが厄介なのは、デーラ自体よりその中に積まれている“ドーラ”というゼルクォート仮想生命体の方です』

「ええ!?……何ですかそれは? 仮想生命体?」


 ティラス船長が説明するには、ゼルクォートに自律行動システムを組み込んで、生物のように振る舞う物で、一種の自律ロボット兵器なのだそうだ。

 このドーラが厄介なのは、再生力の強い生命の繁殖過程をゼルクォートに自律システムとして組み込んでいるため、チョットやそっとの事では倒せないそうである。

 クラージェの兵員用に積んでいる粒子ブラスターライフルは、本来相当の威力を持つ兵器だが、ドーラのコアであるゼルクォートがその威力を一瞬にして計算し、対応シールドを張ってしまう。

 しかもドーラのゼルクォートはセキュリティレベルが特定の攻撃に対してレベル10クラスに特化されているため、軍用の重力子ブラスターか、重粒子兵器……つまり高質量なエネルギーを発射できる兵器でないとマトモに相手をできないという。


「じ、じゃぁ……今、この船にある兵員用の飛び道具ではマトモに相手にできないということですか?」

『うむ、牽制には使えるが、破壊する事はかなり難しい……まぁ破壊する方法自体は別の方法で、あることはありますがね』

「それは?」

『接近戦を挑んで、剣やら斧やらハンマーで叩き潰すんですよ』

「そんな無茶なぁ!」

『フフフ、まぁ普通はそうですが……それができる連中もいるんです。実際、コア自体の防御力は低い。エネルギーシールドを肉体のようにまとって『生きているように振舞う』……それが仮想生命体です』

  

 ふむ……と思う柏木。


『そして大使……』

「はい」

『あのドーラタイプの兵器は、ティエルクマスカでは運用が条約で禁止されています』

「理由は?」

『それ単体ならば対処も何とかできますが、アレはとにかく大量に作れるのがミソです。そんなのを大量にバラまかれたら……もし一国に、ドーラのようなものを何千もバラ撒かれたらどうなります?』

「ハァ……地獄絵図でしょうな……地球にも“ゾンビ”なんていう化け物がありますが、ソレと同じぐらいの」

『ぞんび……ですか、ええ、資料で見ました。確か噛まれたらその対象も、ぞんびとかいう特殊な生物になるとかいう、地球で考えられた架空の化けモノ……でしたか?……』

「ええ」

『そのドーラも同じです』

「えっ!?」


 船長は言う。

 ドーラには攻撃した対象に『ゼル端子』とでも訳せる物を植え付けて、意のままに操ってしまう能力があると。

 それを付着されたり、植え付けられたらその場所から相手を操るのに適した端子を張り巡らせて、自分の支配下に置いてしまうらしい。

 生物、機械、もちろん機動兵器を問わず。

 その呪縛を解くには、その端子を植えつけた本体を叩いて、端子の仮想造成の効果を無効にするか、手術で端子を取り除くか、ゼルクォートの造成有効範囲外にまで離すかしない限り永久にそのまんまであると。


「うわっ、なんですかそりゃ!……ゾンビというより吸血鬼だ」

『キュウケツキ?……よくわかりませんが、ゼル端子を無効化したくてモ、ドーラが大量にいれば、どいつが操っている本体かもわからなくなってしまいますから厄介なのです』


 ドーラの支配下に置かれた味方を殺す訳にはいかない。しかし、味方は操られてこちらを攻撃してくる。

 つまり敵の良心を利用して、相手の戦力を削ぐという非道な兵器だ。禁止になって当然だと柏木は思う。


 ティラス船長からそんな説明を受けていると、突入部隊から連絡が入る。

 

『船長、フェルフェリア局長から連絡。対象人物との接触に成功』

『よしそうか! で、シレイラ号の乗客やクルーは!?』

『2等客室の乗客と警備関係者の安全は確保しているようですガ、なにぶんけが人が多く、瀕死の乗客もいるようです。けが人だけでもこちらに早く収容して欲しいと』

『了解した……ガーグデーラの状況は?』

『はい、現宙域の残存機は全て撃墜しましタ』

『よし、副長、シレイラ号に接近して、けが人を転送回収、直接医療室と娯楽室に送るように』


 ニヨッタは目線を鋭くして「了解」と叫ぶ。


 柏木はその間、また手を顎に当てて考えこむ……

 久々に、彼の偏った知識がフル回転する。

 しかし……この宇宙で柏木の偏った知識が通用するのか?

 その様子を見る船長。

 彼もこういった経験は幾度となくあるので、柏木が何を考えているか興味のあるところだった。



(エネルギー兵器が効かない……重力子兵器?…………ということは強力な質量を伴う物理的ダメージならOKって事か……でも、それぐらいの兵器、この人達なら持ってそうな………………あ! そうか!……あのヤルバーンの国交祭でのショップ……俺ん家に初めて来た時のフェルのあれ……はぁはぁはぁ……そういう事かな?……あ、そう言えばシエさんが……あーなるほど……あ、いけるか?こりゃ……)


 そう思うと、柏木は自分のPVMCGを操作しだす。

 空中にモニターとキーボードを浮かばせて、何やらやっている模様。


「あ、ニヨッタさん……」

『はい、何でしょう?』

「この船に、ヤルバーンのシステムに保存されている日本調査のデータ、コピーか何かでありますか?」

『あ、ハイ、一応持ってきていますが……』

「ハイハイ、ありますね……すみません、ここの自衛隊の調査項目、プロテクト解除してもらえませんか」

『えっ?』


 ニヨッタは船長の顔を見る。

 ティラス船長はウンと頷く。そしてニヨッタも頷く。


『どうぞ、解除しまシタ』

「すみません……えっと、装備装備……あ、あったあった……これとこれと……これは使ったことないからなぁ……どーしよ……まぁいっか……」 


 柏木はそのデータを自分のPVMCGに転送する。

 何をしてるんだと怪訝そうな目で見るティラス船長。

 すると柏木は、何か思い立ったようにスックと立ち上がり、PVMCGの先程転送したデータをロードさせると、服飾機能が作動し、88式鉄帽に防弾チョッキ2型改などの戦闘装着セット一式を造成し、身にまとう。

 

「よっしゃ、こんなもんでいいか……官給品はショップでも手に入らないからねぇ、ムフフ」


 パンパンと体を叩き、ちょっと重い装備のため、首をコキコキする柏木。

 船長や副長は「な、なんだ?」な表情。


『タ、大使!……一体何をなさるおつもりで?』

「船長、お願いがあるんですが……」

『?』

「ちょっとフェル達んところまで、転送してもらえませんか?」


 その言葉にティラス船長は目をむいて


『なっ!……何を仰ってるんですカっ! 危険すぎます!』


 しかし柏木は、顔を大マジな顔にして


「いや、船長、危険なのはフェル達の方でしょう。先ほどの話、聞くだけでも、思いっきりヤバそうな奴が相手じゃないですか」

『いヤ、まぁそうですが……』

「ちょっとその“ドーラ”とかいうヤツを直接見てみたくてですね……もしかしたらその怪物、効果的にやっつけられるかもしれません……私達の『技術』で……」

『え!?……』

「ご心配なさらずに、船長。ヤバくなったら私だけでもトンズラしてきますよ……でないと色々マズイのも自覚しています。無茶はしません……ただ、この状況です。やれることはやっておきたいですよ、やっぱ……」


 柏木はニっと笑う。しかしこの笑い方は突撃バカモード発動の笑みだ。

 本心を言えば、愛妻が危険を犯して戦ってるのに、ダンナがこんなとこでふんぞり返っていては男がすたる……というのも本音である。


 そんなことを言うと、ニヨッタが


『大使、失礼ですガ、バカも休み休み……!』


 と言っている途中で


『副長、大使ヲ転送部隊が活動中の場所へ転送したまえ。但し、最前線に送るなよ』

『船長!!』


 ちょっとまってよ! と言うよな感じでニヨッタが噛み付く。


『副長、復唱はどうしタ』

『クッ!……り、了解、大使を転送部隊後方へ転送進入させます』

「すみません、ニヨッタ副長」


 ペコリと頭を下げる柏木。ニヨッタも心配してくれていることは解っている。


 そして柏木は、駆け足でブリッジを出て行く。


 少し間を置いて、大きくため息を付き、ニヨッタがティラスに話しかける。


『フゥ……船長、いいのですか?……』


 ティラスは腕を組んで、


『もしかして、ここで彼らヤルマルティア人が持っていて、我々にないモノ……それが少しでも見れるやもしれんな……』

『エ?……』

『フフフ、副長、大使も言っていただろ、ヤバくなったら『とんずら』するとな。いつでも大使を転送回収できるように転送機の自動サーチ機能を彼に合わせておけ』

『ハ、り、了解』




 ………………………………




『ハァ、ハァ……フェル、これで何体目だい?……』


 息を切らせて尋ねるシャルリ。


『5体デすね……』


 シャルリを気遣うフェル。

 それもそうだ。

 粒子ブラスターライフルで、ドーラの六枝は吹き飛ばせるものの、肝心のコアにトドメをさせない。

 どうやってもエネルギー兵器を完全に無力化されてしまう。そして復活される。

 なので、フェル達が一斉掃射して一時的にドーラを達磨にして、即座にシャルリのパイルでドドメを指すという方法しか取れないでいた。

 つまり、シャルリばかりに肉体的な負担を強いていたのだ。

 

 2等客室の避難民達は、もう何とか大丈夫だろう。

 あとは一等や特等の乗客を救出する必要がある。しかしドーラは相当な数が船内に入り込んでいるようだ。

 彼女達部隊は、可能な限り急ぎつつも、警戒を厳にし、その区画に向かっていた。


『フェル、外ノガーグデーラハ、クラージェガトリアエズ殲滅シタソウダ』

『そうデすか、とりあえずはコチラに集中できまスね』


 とりあえずの時間を稼げたと思うフェル。

 しかし敵の母船が見つかっていない。つまり、まだガーグデーラのポッドを再度大量に送り込まれる可能性はまだあるのだ。



 ……そして、目的の区画に辿り着いたフェル達。



 しかし……



『(クソっ、ヤっぱダメだったか……)』


 小声で苦虫を潰すシャルリ。

 

『(アア……そんナ……)』


 手を口に当てて、その悲惨な光景を目にするフェル。


『(予想ハ……シテイタガナ……)』


 目に怒りの炎を燃やすリアッサ。


 部隊員も、その情景に戦慄し、首を振る者や、目を背ける者、色々……

 彼女達が見たもの……

 それは……ゼル端子を植え付けられた……乗客達の姿だった……

 老若男女を問わず、体にゼル端子から生え出す配線に、体の自由を奪われ、ドーラの意のままに動かされる生者。

 乗客からは悲鳴やうめき声が聞こえ、助けを求めるが、意図しない動きを強要され、どうしようもない。

 子供であっても老人であっても容赦がない。

 生きてさえいれば、けが人、昏睡者、重症者、誰彼かまわずだった……


 しかも、その人数があまりに多すぎる。

 そして、その支配を司るドーラが、区画の大ロビーホールに、ざっと30体はいる。

 どれが誰の支配を司っているのか、見当もつかない……つまり乗客を助けるには、全ドーラを叩き潰すしかない……おまけに傷病者にもその支配を強いている。これはかなりマズイ。

 奴らはおまけに体をうつ伏せに丸めて静止状態。

 おそらくゼル支配下に置いた乗客を操るのに集中しているのだろう…… 


 フェル達は、そのゼル支配を受けた乗客を見ると、何か労働を強いられているように見えた……


『(ねぇ、あれを見な!)』


 シャルリが何かを指さす。


『(あ、アレは!)』


 フェルが小さく叫ぶ。

 それは、この船に積まれているハイクァーンモジュールの一つだった。かなり大きい。

 それを乗客たちは運ばされているようだ……その後ろには、ゼルクォートリアクターも見えた。

 その荷を、ゼル支配下に置いた脱出艇に積み込もうとしているようだ。


『(マズイナ……コノママアレヲ運バレタラ、コノ船ノ機能ノ一部ガハタラカナクナル)』

『(それもそうデすけど、乗客サン達を何とか助けないと……)』


 この状況に困惑するフェルとリアッサ。


『(ソレもそうだけどさ……今暴れたら、あの乗客、全員コッチ向かって襲ってくるよ……あんな悲鳴を上げたり、泣きながらの子供がコッチに向かってくるなんて御免こうむるよあたしゃ……それに……今の体力であの数のドーラを何とかしろなんて……)』

『(サスガに無理……デすね……)』


 フェルがその後の言葉を言う。


 すると……ゼル支配を受けている子供のイゼイラ人乗客が、フェル達に気づいたのか『助けて~!!』と大声でコチラに向かって叫んだ。


 その声に呼応するようにドーラは起動を開始し、グァっと立ち上がり、その球体ボディで6枝の不気味な姿をこちらに向ける。


『マズっ!』


 シャルリが思わず叫ぶ。

 ガッシャとドーラがこちらに近づいてくる……

 と同時に、ゼル支配を受けた乗客も、チョコマカと小走りに走りながら、フェル達めがけて襲いかかってきた。


『そ、そんナ!』

『前衛部隊! 防壁シールドを展開しなっ!』


 シャルリが叫ぶ。

 すると、ヤルバーン戦闘員が前方へ出て、まるで機動隊員が学生運動を抑えこむように、亀甲隊形のごとく大型の障壁シールドを展開して、殺戮兵器と化した乗客の襲撃を抑えこむ。


 意図しない行為を強要される悲壮な顔とは全く逆の、腕に武器を造成して襲いかかる姿はトラウマになりそうだ。

 そこにめがけてドーラが下部両腕のブラスターをぶっ放してきた。


『クソが! こんな状況でブラスターを使うかい!? アの野郎!!』


 すると、障壁シールドを飛び越えて、ゼル化イゼイラ人少女がフェルに襲いかかってきた。


『うわ~ん!やだよぉ~!』


 泣きながらフェルに向かって手に造成させた刃物を振りかざす少女。

 動きを止めるために取っ組み合うしかない。

 フェルは少女の両腕をガッシリと捕らえる。

 ……しかし、フェルは組み手がどちらかというと苦手。


『クッ!』

『フェル!』


 撃退するわけにもいかず、少女の腕を抑えて、眉間にシワ、唇を噛み、何とか耐えるフェル。

 それを見て「耐えろ!」と叫ぶリアッサ。


 しかし、少女の力は見た目以上に強い。その力に押されて、仰向けに倒れるフェル。そして馬乗りになる少女。


『アアアアッ!』


 フェルの眼前に刃が迫る……このままでは力負けしそうだ。

 ギリギリと刃がフェルの首筋を狙う……今、スっと少しフェルの首筋を刃が触れた。

 ピンク色の血が、その小さな切れ目から滲み出る……


 助けに行きたくても、他の乗客を抑えこむので手一杯な隊員達。

 そこに向けて、ドーラのブラスターの閃光が頭上を飛ぶ。

 乗客に当たらないのは、身軽なリアッサが乗客を乗り越えてドーラの気を引き付けているからだった。




 すると……




 彼女達の後方から……『ドォーーーン!!』というバカでかい音がしたかと思うと、リアッサが相手をしていた前衛ドーラのコア周辺シールドがふにゃりと歪み、何かが貫通したかのように、左から右に破壊の衝撃が走り、コアの内部構造が飛び出てぶちまけられ、吹き飛び、大爆発を起こした!


 崩れ落ちるようにバラバラになるドーラ。


 リアッサ・シャルリは何が起きたのか、一瞬狼狽する。

 フェルに襲いかかっていた少女は、体に張り付いたゼル端子がフっと霧散し、気を失いながらフェルの胸に倒れこむ。


『エ……何?……エ?』


 フェルも狼狽し、その大きな爆発音ともなんともつかない音の方向へ目をやる。


 すると……



「痛って!……うぉっ! いって!……なん~じゃこの反動!……あ~チクショ!……立ちはやめときゃよかった!」



 ……テッポーキ◯ガイが『バレットM82』をやめときゃいいのに立ち射撃でぶっ放して、肩を抑えてもんどりうっていた……



『マ……マ……マサトサン!!?』


 少女を抱きかかえて叫ぶフェル。


「おー、フェル! 何とか間に合ったみたいだな! 痛って!……あーくそ……」


 パァっと顔が明るくなるフェル。

 右腕を抑えてぐるぐる振り回しつつ、左親指をピっとあげるテッポーキ◯ガ……あ、いや。柏木。


「あー、そうだ、こんな事してる場合じゃねーや……あーー、そちらのヤルバーン戦闘員の中に、ホムスさんって方、いますかーー?!!」


 柏木はでっかい声で叫ぶ。


『オ、おい、なんだいアイツは!』


 シャルリが目を丸くしてリアッサに問いかける。


『フフフフ、ナンデモ『突撃ドゥス』ダソウダ』


 朽ちたドーラを蹴っ飛ばして笑みを浮かべて応えるリアッサ。


『シャルリ! イマノデ、カナリノ乗客ガ“ゼル支配”カラ解ケタ、元ニ戻ッタ乗客ノ安全ヲ確保スルンダ!』

『わ、わかったよ!』 



 そして柏木の問いかけに、一人のヤルバーン戦闘員が手を上げて彼の元に駆け寄る。

 どうやら前衛のゼル支配下乗客を操っていたのは、柏木が葬ったドーラだったようだ。

 しかし、まだ支配下にある乗客はたくさんいる。

 ただ、今の一撃がドーラを狼狽させているようだ。

 仮想生命体であるドーラは、こういう時も『狼狽』『疑問』という行為を擬似的に見せるらしい。

 今までになかった反応だとシャルリは思った。


 逆に言えば、こういう反応を示すからこの兵器は怖いのだ。

 つまり、擬似的に考える事ができるのだ。自律意識『のようなプログラム』を持っているということでもある。


 ……柏木は、側に来たホムスという戦闘員に話しかける。


「あなた、確か自衛隊で、久留米二佐の元で訓練うけていましたよね?」

『ア、ハイ、ファーダ』

「で、確か射撃徽章の特級をもらいましたよね?」

『ハイ、ファーダ。私の誇りでありまス』

「結構、ではこの銃、わかりますよね?」

『エ……これは……確か“タイブツライフル”とかいう大型の狙撃を行う“ジュウ”ですよね……あ!そうか!そういう事デすか、ファーダ!』

「そそ、近接戦でドツキ合いするよりも、コッチの方が効果的でしょ?」

『ナルホド! わかりました。ではこれを使って私ニ……』

「そういうこと、頼みますよ……PVMCG造成の銃ですから、弾は気にせず、ガンガンいって下さい」

『了解であります、ファーダ!』


 思わず自衛隊敬礼をしてしまうホムス君。

 ホムスはPVMCG版・バレットM82を柏木から受け取ると、ホールの中2階に駆け上がり、周りを見渡して最適のポジションを取る。

 ロボットスーツを着ているので、ホムスは、あのデカいバレットをいとも軽々持ってあがる。

 

「誰か! ホムスさんのスカウトについてあげて下さい!」


 すると戦闘員の一人が手を上げ、ホムスの後を追い、横につく。

 ホムスは位置につき、射撃体勢をとると、元から付いている照準スコープを取っ払い、その部分にVMCモニターと、レーザーポインターを造成して備え付ける。それで照準精度をあげようという考えらしい。


 狼狽状態から立ち直りつつあるドーラ。

 そこへ向けて、ホムスの放つバレットが再度ドォーーン!という轟音とともに火を噴く。

 その発射炎と銃口から吹き出る見たこともない噴煙を放つ武器にシャルリは目を丸くする。


 ホムスの射撃は正確無比だった。

 さすがは自衛隊射撃徽章特級保持者だ。正確にドーラのコアを貫いていく。

 貫通し、爆炎を後ろに吹き上げながら、一体、また一体とホムスはドーラを葬り去っていく。

 ドーラが倒れる度に、戦闘員達は歓声をあげる。

 今までその卑劣な戦法と、耐久力にてこずらされて恨み骨髄。喜ぶ握りこぶしにも力が入る。


 しかしドーラも負けてはいない。ホムスに狙いを定め、ブラスターを放ってくる。


『クソっ!』

 

 ホムスは思わず口走る。

 それを見たシャルリは柏木に走って近づいてくる。


『ねえ、アンタ!』

「は、ははは、はい?」

『アノ武器、もう一つ造成できるかい!?』

「あ、ま、まぁ……」

『じゃ、もう一つ造成しておくれ、頼むよ』

「わ、わかりました」


 柏木はそういうと、PVMCGでバレットをもう一挺造成する。


「使い方は……」

『イイヨ、あのデルンのをみて、大体わかった。あたし達のブラスターと同じだ。このところを指で引きゃ、何かが飛び出て、命中するんだろ?』

「ええ、そうです。連続射撃は10回まで。10回を超えたら、この部分が造成しなおしますから気をつけて」


 柏木はボックスマガジンを指して注意する。


『わかったヨ……アンタ、創造主に見えるよ、ハハハ。これで勝てる! 助かったよ!』


 柏木もニッコリ笑って頷く。

 シャルリは、この武器が、先っちょの穴から自分の持つパイルのような物が勢い良く飛び出るような武器だと理解したようだ。

 シャルリはそれを受け取ると、しなやか、かつ、俊敏な動きで前に出る。

 その姿は、サバンナを駆ける獲物をみつけたチーターの如し。 


 すると今度はフェルが柏木の背中に抱きついてきた。


『マサトサン……マサトサン、マサトサン!』

「はは、フェル、危なかったな」

『ハイです。でも、本当に助かりマシタ』


 柏木の頬にぶちゅ~っとシエにも負けないようなチューをするフェル。

 柏木の頬は、チューの圧力にへしゃげてしまう。


「ああ、ひょうだフェル。ふぉにかく負傷者をなんとかひないと……まだこの化け物を操っている母船らしきものが見つかっていないらしいんだ……また来るかもしれないぞ」

『ア、ハイ。わかりました……でもマサトサン、よくドーラの弱点がわかりましたネ』

「ああ、そこらへんは船長から詳しく聞いたんだ。で、シエさんにもらったバレットのデータを思い出してね。そんでドーラの現物見ようと思って来たらいきなりコレだろ。イチかバチかでやったら、ドンピシャだった……イチチ、ちょっと肩痛めたけどな」


 柏木は民間人でありながら、遊びではあるが、実銃射撃経験は銃種だけでいえば豊富。しかしさすがにバレットはキツかったようだ……ってか撃ったことない。

 どうもティエルクマスカには、物理的に相手へダメージを与える兵器というものが、現在は近接用武器しかないようである。

 確かにあのドーラ相手では、某SFの光る剣を振り回す騎士のみなさんも往生するだろう。なんせエネルギー兵器が通用しない……まったく通用しないわけではないのだろうが、通用しにくい。

 おそらくティエルクマスカ的に、軍用レベルの兵器でないと無理っぽいところがあるのかもしれない。




『うらぁぁぁぁァ!』


 柏木的な視点では、えらいカッチョイイサイボーグ獣人お姉さんが、バレットを左片手に持ち、まるでロングバレルの大型拳銃でも扱うかのごとく、バッカスカ撃ちまくっている。

 かつての西部劇で、ガタイのでかいジョン・ウェインがウインチェスターライフルを片手で拳銃のようにヒョイヒョイと扱っていたのを見たことがあるが、まるでそんな感じ。

 柏木が一発撃っただけで、肩が抜けそうになった大型『狙撃』ライフルを、まるでピストル扱いだ。

 しかも狙撃銃なのに、狙撃せずに、至近距離でぶっ放し、コアを打ち抜くもんだから、ドーラもたまったものではないだろう。

 コアをガードすれば、援護のブラスターライフルの一斉射がドーラを襲い、達磨にされる。


 ……柏木がシエにデータをもらったバレットM82が、この場の戦いを決しつつあった。




 ………………………………




「船長! フェルフェリア局長から連絡。 大ホールのドーラはほぼ掃討完了、乗客も保護したそうです!」 


 通信担当のクルーが叫ぶ。


「なに! 本当か!? 反応は30はあったぞ……それを全部か!?」

「ハイ、カシワギ大使の持ち込んだ武器が、ドーラへ効果的に威力を発揮したそうです」

「地球の武器が?……“ジュウ”というヤツか……一体どんな威力なんだ?……」


 威力は……地球的には、対人、対物的には非情なほど強いが、装甲車両に対しては、本来たいしたことはない武器だ。実際の話、フェル達が使うブラスターライフルなら、地球の主力戦車級でも使い方次第では破壊できる。

 ティラスは首をひねりつつも……


「まぁそんなことは後でいい、今はとにかく負傷者の救出だ。死傷者の数は?」

「死者はいませんが、重軽傷者多数」

「死者はいないか……ゼル端子を埋め込まれたのが、かえって幸いしたな……」


 ゼル端子を埋め込まれた生物は、支配下に置かれている間はとりあえずは殺されずにすむ。

 

「船長、フェルフェリア局長達は、そのまま他区画に残存するドーラ掃討を続行するそうです……やはり連中の目的は……ハイクァーンのようですね」


 と、ニヨッタ副長が話す。


「やはりか……わかった。大使は?」

「そのまま同行を希望しています」

「ふぅ……仕方のない御仁だ……わかっ……」


 そうティラスが言おうとした瞬間


「船長! シレイラ前方4000マトルに空間歪曲確認! ガーグデーラ母艦です!」

「なんだと!」


 中距離センサーに大型船舶の反応が5……10……20……30の艦艇反応が映る。


「ガーグデーラ母艦、ポッドを多数射出! 数は……え?……300機!」

「さ、300だと! 奴ら、シレイラを徹底的に潰す気か!」


 ティラスは判断を迫られる。

 このポッドの数なら、おそらく搭載されているドーラの数は1000を超えるだろう。

 およそ3000前後のドーラを積んでいるはずだ。

 さすがに300もの数のポッドをクラージェ一機ですべて迎撃するのは不可能だ。しかも現在は負傷者収容作業を続行中だ……


 ティラスは苦虫を噛み潰す。

 さすがに無理である……ここまでかと思う。


「副長、大使とフェルフェリア局長達を強制転送回収。可能な限りの負傷者を転送後、この場を全速で離脱する……」


 しかし副長はその命令に待ったをかける。


「船長、その必要はなさそうですよ」

「なに?」



 シレイラ号後方1000マトルの空間が、水辺に砂利をぶちまけたかのような、沢山の歪んだ空間波紋を作る。

 その瞬間、バシバシっと閃光があちこちかで光り……超大型艦に引き連れられた、荘厳な艦隊が出現した。

 

「おお! 間に合ってくれたか!」と思わず立ち上がるティラス船長。

「ええ、これで助かります!」とニヨッタ副長。



 その艦隊……いや、機動部隊は、全長5000メートル級の、地球の航空母艦の甲板から上の構造を上下に張り付けて、ブリッジ周りを都市化したような異様な巨艦を旗艦に、大小さまざまな艦艇を伴って空間に顕現する。


 そして顕現と同時に巨艦正面や側面にある無数の発進口らしき場所から、ヴァズラータイプの機動兵器やら、ヴァズラーに良く似た重装型機動兵器やらをバカスカと射出し、ガーグデーラ・ポッドに襲い掛かる。

 同時に各艦から機動兵器部隊を援護する一斉射撃。

 


 それはもう一瞬にしてポッドは叩き落され、宇宙の藻屑となる。

 しかし何機かはシレイラ号に取り付くことに成功したようだ。


 機動兵器は意に介さずポッド迎撃に集中する。


「船長、ガーグデーラが退避しようとしていますが……ディルフィルド航法に入れないようですね……」

「フフ……それはそうだろう、あの船を見たまえ」

「え? あれは……?」


 そこには、何か三色団子を機械化したような500メートル級の艦船が複数見えた


「あれはダストールの最新鋭艦『時空間ジャミング艦』だ。詳しくはしらんが、あの船は強制的に空間の歪みを正常化する重力波を発信することができるらしい」

「じゃぁ、ディルフィルド航法は……」

「この戦闘空域では使えないということだな……あのガーグデーラどもは終わりだ」


 ニッと笑う二人。

 この瞬間、二人はやっと、安堵の息をつき、勝利を確信できた……




 ………………………………



『くっソ! まだこんなにいやがるのかい!』


 いい加減ウンザリしてくるシャルリ。


『モンクヲイウナ、彼ノオカゲデ、連中トマトモニヤリアエルダケデモ有難クオモエ』


 柏木にバレットを造成してもらい、バンスカ撃ちまくるリアッサ。細身の彼女だが、ロボットスーツのおかげで充分以上に扱えている。


『マダマダ負傷者はたくさんいまス! みなさん気をつけてくださイ!』


 この連中の中では、とりあえず一番『か弱い』フェル。負傷者の救護に奔走する。


「あーっ! こんな時にオーちゃんがいてくれたらなぁ……えっと、この医薬品は……って、異星人に効くのかコレ? フェルー! この止血剤、使っても大丈夫か!」


 自衛隊にもらった地球製の救急セットで、パーミラ人負傷者を止血して包帯でぐるぐる巻きにする柏木。フェルのお手伝い。

 大見に昔教わった知識を生かす。

 しかしフェルの方はイゼイラの救急セットなので、柏木に当たった負傷者はハズレだったかも?

 しかし負傷者が多すぎる。死者がいないだけマシかもしれない。

 だが、中には腕が吹き飛んだり、脚がないものもいる。

 柏木は目を背け、吐き気を催すが、フェルはイゼイラの医学なら、これぐらいは再生・完治できるから大丈夫だというので、安心はできる。

 ただ、ここ以外の区画では死者が出ているかもしれない……それを考えると、少し憂鬱になる。


 イゼイラ行きでいきなりのっけからコレである。

 これが宇宙規模の事故、事件かと思う。

 地球人の知らない宇宙……いや、ほとんど異世界といってもいいぐらいの世界観の格差だ。

 柏木の中では、対岸の火事でコレを見る自分と、倫理観で何かせずにはいられない自分が同居する。

 白木が以前言った言葉……『人間の正義なんて所詮半径数十メートルだ』……


 今は自分の目に見える数十メートルの範囲しか及ばない良心に従うしかないと彼は思う。


 そんな必至で決死の状況の中……


 柏木達部隊の周りに、何十もの光の柱が浮かび上がる。


『お、オイ!』


 シャルリが叫ぶ。


『フゥ……ヤットキタカ……オソインダヨ……』


 リアッサが安堵の声を上げる。


『アア……これで助かります……』


 フェルも胸に両手を当てて、負傷者に「助かりましたよ」と声をかける。


「ハァ……終わった……」


 パーミラ人の包帯を巻き終えて、その場にデンと座り込むテッポーバカ……


 転送されてきたのは、援軍の、近くの大型ディルフィルドゲート警備部隊の……地球的に言えば『空間海兵隊』のような部隊だった。


 彼らは船長に聞いた、噂の“重力子ブラスター”とかいう武器を使ってドーラをなぎ倒していく。

 柏木はそれを目撃するが、想像する以上にオットロシイ武器のようだ。

 何やらロケットランチャーのように肩に担いて使う武器みたいだが、発射されるエネルギー弾が無色透明。しかし、その弾道の周りの空間が歪んで見える。

 そしてものすごいスピードで目標に命中する。

 命中したドーラは当たった瞬間、その命中した場所を中心に、一瞬数十センチほど縮むようにバキバキと圧潰し、くず鉄のようになってゴンっと地面に転がる。


(うわぁ~……こんなの食らったらイチコロじゃないかよ……)


 おそらくこの武器を食らった生命体は、無条件で昇天だろうと思う。シールドを張ってもこれはキツイ……確かに軍用にしか使えない武器だと柏木は思う……




 ………………



 事件は終わった……そして戦闘も終わる。

 フェルはその警備部隊の海兵やらに何やら訪ねているようだった。

 そして柏木の元に何となくにこやかに戻ってくるフェル。


「フェル、やっぱ死者はいたのか?」

『イエ、重軽傷者や命の危険がある被害者はたくさんいましたが、死者は幸いなことにいなかったようです……良かったデス……』

「本当か!?」

『ハイです。乗客名簿で確認がとれましタ。ハムールの船員サンが適切な避難誘導を行ったのと、私達が早く駆けつけれたのが良かったみたいでス……』


 しかし少し考えこむ柏木。

 フェルの言葉に、おかしさを感じる。


(え? 『命の危険がある被害者』がたくさんいるが……良かった??? どういうこった???)


「……なぁなぁ、フェル、瀕死の者がいて、なんでそんなに安心していられるんだ?」


 わけのわからないフェルの言い回しに変な感覚を感じる柏木。

 ヘ?という顔をするフェル……少し考えて、柏木の疑問に「あぁあぁ」と気づく。


『エ、あ……そうか……そうですね、説明しますネ……イゼイラの医学を駆使すれば、心停止や脳死状態の患者でも、その状態になって一定時間以内なら、条件にもよりますガ、確実に蘇生させることができまス。私達の医学では、地球の医学とは『死』の条件や定義が、かなり違うのデすよ』


 あ、そうか……と手を打ち思い出す柏木。あの時のすい臓がん患者を思い出した。

 地球なら死亡確定なあんな病気でも、完治させることができるのだ。地球人の感覚で話はできないなと彼は思う。


 ただ……とフェルは言う。


『行方不明者が数人いたみたいデすが……どうも乗客名簿にそれらしき該当人物がいないらしいのデすよ……』

「ん?……じゃぁ……」

『エエ、おそらく今回の件を手引した、内通者の可能性がありまスね』


 コクコクと頷く柏木……まぁしかし、あとはハムール治安関係者の仕事である。彼らには関係がない。

 柏木も警備艦隊のMPらしき人物から軽く事情聴取を受けるが、このかろじて保たせていた状況が、柏木の持ち込んだバレットのおかげだと知ると、いたく感心していたよう。

 そして、柏木が日本の大使だとわかると、失礼を侘び、早々に解放してくれた。


 しかし……フェルも柏木も、リアッサもシャルリも、切り傷に油に、負傷者の返り血まみれだ。

 こりゃ船に帰ったら即行風呂……いや、衛生カプセル行きだと思う。



『この部隊の代表は誰か!』


 この海兵部隊の隊長らしきイゼイラ人が叫ぶ。

 すると「ハイハイ」とばかりに面倒臭そうにシャルリが手を上げて応じる。

 この部隊でいえば、代表はフェルだが、面倒な役を買って出てくれた。


『アいよ、あたしだよ隊長さん』

『うむ、オ前、所属は』

『ハイハイ、ティエルクマスカ連合防衛総省所属、第5機兵化空挺戦闘団のシャルリ・サンドゥーラ 一等キャスカーだよ。上官は現、都市型探査艦ヤルバーン自衛局局長のゼルエ・フェルバス。問い合わせたらすぐにわかるよ』

『え?……第5機兵化空挺戦闘団のケラーシャルリ! ハっ! 失礼しましたっ!』

『事後処理はアンタらにまかせるから、うまくやっといて、頼んだよ』

『ハッ! 了解であります!』


 

 その話を聞いて柏木はフェルに聞く。


「なぁ、フェル、一等キャスカーって……何?」

『え? ソウですね……地球のグンタイや、ジエイタイの階級で言えば“イットウリクイ”か“タイイ”サンですね』

「へー、結構偉いサンなんだ……でもなんかサイボーグっぽいよなぁ……」

『その通りデすよ、マサトサン。彼女はちょっと変人サンなんです……昔にも一度こんな戦闘があったのデすが、その時に手と足を吹き飛ばされて、右目が無くなったんです……で、体を再生させればいいのに、あんな風に好きでサイボーグやっているんでス……ちょっとオカシイ人なんですヨ、マサトサン』


 その声が聞こえたシャルリ


『あぁ~~? だぁれぁがオカシイ人だってぇ? フェル~』

『ア、聞こえちゃいましタ、ウフフフ』

『チッ、こっちゃぁねぇ、仕事の効率考えてこの体やってんだよ。壊れてもすぐクっつくだろ、こんな風にねぇ』

 

 と自分の腕を付けたり外したりするシャルリ…………フェルの言うことの方が正しいと思う柏木。

 そして、二人に近づいてくる。


『ああ、そうだ、アンタ、どこのドナタか知りゃーせんけど、サッキは助かったよ……しっかし変わった戦闘服だねぇ、ソレ』


 そう言いながら、迷彩服をマジマジと眺めて、平手を差し出してくるシャルリ。

 柏木もそこに手を置く……しかし、右目の機械化義眼が獣人フェイスに妙に合っていてカッコイイ。

 何かチカチカと動いている。


『ウフフフ、シャルリ、彼が惑星ハルマの地域国家ヤルマ……オホン……ニホン国大使、ファーダ・カシワギ・マサトですヨ』


 フェルがシャルリに紹介する。

 

『マサトサン、彼女が途中で合流すると言っていタ、ゼルエ局長推薦の、シャルリ・サンドゥーラです』

「えっ! あ、それは……どうぞよろしくお願いします。シャルリさん」


 ペコリとお辞儀する柏木。


『えっ! コのダンナがニホンのファーダ大使かい! あー、それはそれは、タイヘン失礼おば致しましてござります』


 変な敬語で、ティエルクマスカ敬礼をするシャルリ。


「あぁあぁ、いいですよシャルリさん。そんな……かしこまらなくても……」

『え? そうかい? ハハハ、そうこなくっちゃねぇ、あたしもスカしたヤツだったら一発ブチかましてやろうと思ってたんだけど、アハハハ、アンタ、あの武器の件といい、大使ノクセに度胸あるネ! 気に入ったよ』


 左腕で柏木の背中をバンバン叩くシャルリ……思わず「ぐぁ」と言ってしまう。


『デ、フェル、じゃぁこのデルンが噂に聞くアンタのダンナかい? ん? ん? ん? ん?』

『そそそ、ソウででデすよっ! ちゃぁ~んと配偶予定者になったんですよっ。マサトサンのゴ家族にもご挨拶したでスよっ』


 口をとんがらして得意げな顔をするフェル。


『か~っ、フェルをヨメにするなんざ、アンタも大したタマだねぇ、何考えてんだい?』


 柏木の肩に手を回して組んでくるシャルリ。


『ア~~、なんですか、それはっ! ヘンジンサイボーグフリュなんかに言われたくないですヨ~~~』


 柏木の後ろに隠れて、べ~ っとやるフェル。


『あぁ? アンタ! また言いやがったね! だからこれはだねぇ!……』


 柏木は思う……ゼルエさんも……また変なの寄越したなぁ……と……

 フェルってこんな性格だったっけ……と……




 ………………………………



 そんなこんなで、とりあえずは一件落着。

 疲労困憊でクラージェに帰還する柏木達。

 フェルが船長に報告を済ませると、ひとっ風呂ではないが、ひとっカプセルで衛生カプセルに入り、体の汚れを落とす。


 本当は風呂がいいなと思うのだが、こんな極限からの帰還では、カプセルでも有り難いと思う。

 サッパリしたあと、ミーティングを行う彼ら。


 クラージェの会議室に関係者が集まる。


 まずは、シャルリの紹介。防衛総省からの大物が来たということで、スタッフは全員緊張するが、あの調子のシャルリなので、一気に場が和む。

 シャルリは、ゼルエの要請で、リアッサとともに柏木の護衛任務に就くそうだ。


 それと、今回の殊勲賞なホムス君に、船長が船長権限で彼の役職を一つ上げた。

 柏木は当然だと頷く。ホムスも喜んでいた。

 彼の射撃の腕がなければ正直この場の雰囲気は作れなかっただろう。

 そして、ヤルバーン戦闘員を訓練する判断を決定した久留米は、やっぱりスゴイと思う。


 あと、最後に出てきたガーグデーラの艦隊は、警備艦隊が全滅させたそうだ。

 沈めたのは頑強に抵抗してきた3隻だったそうである。

 あとの艦には投降を呼びかけたが、自爆自沈してしまったそうだ……結局、シレイラを襲った目的は、ハイクァーンモジュールの奪取だろうという事以外は、わからずじまいだったそうな……


『それと大使、あなたの判断も素晴らしかった……あの武器がなければここまで持ちこたえられなかったでしょう、ハムール政府と警備艦隊司令からも感謝の言葉が来ていますよ』


 そう言って柏木を称える船長。


「いえいえ、私は何も……むしろシエさんに感謝したいですよ……あの武器を持って行けといってくれたのはシエさんですから」

『シエ局長が……そうですか……しかしなぜ……』

「シエさん、あの武器で一度危ない目にあっているんです。それでじゃないですか? まぁ今回のような事件に巻き込まれるってわかってたわけじゃないんでしょうが……可能性は考えていたんでしょうね……やっぱ流石ですよ、シエさんは……」

『ああ、確かそんな話、ありましたな、なるほど……さすがシエ局長といったところですか』



 ……………………………………


 ~ヤルバーン行政区 シエの執務室~


『クチュン……ア~、ナゼカクシャミガヨク出ル……ニホンデハ、ダレカガ噂ヲスルトクシャミガ出ルトイウラシイガ……ア、ヤッタ! 良イモンスターガデタナ』


 タブレットでまたゲームに興じるシエ。ガチャで金色の卵を引いたらしい……


 ……………………………………



「しかし船長、一つ疑問が……」

『はい、何でしょう』

「今回、あの“ドーラ”ですか? あの化け物に我々地球の対物ライフルが効果的みたいだったですが……それよりもずっと威力の高い粒子ブラスターですか? アレが効果全然ナシでしたよね、アイツのコアに……それがどうも未だに疑問なんですが……」

『その件でしたら、ニーラ副局長に説明してもらった方がいいでしょう、お願いできますか? 副局長』


 そう言われると、待ってましたとばかりにピョコっと立ち上がって、上座に行くニーラ……またコケそうになるが……今回は耐えた。


 コレに関しては、ティエルクマスカ関係者ならみんな知っている事なので説明の必要はないのだが、お初の柏木には教えておかないとということで、詳しく説明してくれるそうだ。


『えっとえっと、あのですね、ふぁーだ大使、これをみてくれまスか?』


 そういうとニーラは先程柏木が破壊したドーラコアのホログラフ映像を机に出す。


『実はですね、ふぁーだ。たんとうちょくにゅうに言うと、このドーラに使われているゼルクォートシステム……ティエルクマスカ加盟国の技術じゃナいんですよ……』

「え? そうなのですか?」

『はイ。そして更に言うなら、このシステム、私達のゼルクォートに比べたら、相当技術的に遅れているんですよね~ それに大型なんデス』

「遅れている? 大型?」

『はい~、つまりツまり、正確にはゼルクォートというよりも、彼ら独自の『仮想造成システム』の技術って言った方がいいんですよ』

「ほーー、で、その性能は? 遅れているっていっても、みなさんのブラスター、効かなかったじゃないですか」

『はい、えっとエっと、遅れているっていってモ、役立たずってのではないんですぅ、私達のゼルクォートは、任意の物質を自由に仮想造成できますよねー』

「ええ、まぁ……」


 ……ニーラが言うには、このドーラのVMC技術は、あらかじめ設定した物しか造成できないものだという話だった。しかもそのあらかじめ造成を設定できる数は、ほんの数個で、ティエルクマスカのPVMCGのように、任意で自由な色々なものに仮想造成ができないものだという。


 例えば、ドーラのVMCコアの場合、レベル10のエネルギー兵器シールド。仮想骨格。仮想生命ボディプロトコル。神経系等の仮想有機センサー系システムなど、いうなればあのドーラという擬似生命型ロボットの部品以外のものは造成できないという事。

 なので、ターゲットとなるティエルクマスカや、ハイクァーンインフラを持つ国々の一般兵装基準に対抗した防御がなされていると……


「なるほど……だから私の持つ大型の“銃”の弾丸や、シャルリさんの装備しているパイルなんかが効いたわけですね……」

『ですです……恐らく敵は、シャルリお姉さまの『パイルで接近戦』なんてのは希少な攻撃と思っているでしょうカラ、そのあたりを考えて、造成設定数に限りがあるために、物理シールドはあえて捨てているのでしょうネ』

「なるほど……だからあの“重力子ブラスター”とかいう周囲の環境ごと圧潰させてしまうエネルギー兵器や、私のバレットのような猛烈な破壊力を持った物理運動攻撃が有効だったのですか……で、弱点は怒涛の物量と、あのゼル端子とかいうもので補っていると」

『ですね~ なのでなので、警備艦隊の司令サンも、ばれっと? っていう武器のデータがほしいって言っていましたヨ』


 するとシャルリが割って入り


『ああ、そうだね、あたしもあの武器、気に入ったよ。あの発射音の豪快さがいいネ! あとであたしにもデータ、くれないかい?』

「あ、はいはい、わかりました。ではあとでクラージェのデータバンクに上げておきますから、お好きに転送して使って下さい」

『あンがとね、大使』


 左目をプっと瞑るシャルリ。

 ちょっとムっとするフェル。


 しかし柏木は以前からの違和感を更に深める……


(え? じゃぁティエルクマスカには、物理弾頭を持つ武器が……元々ないってことなのか?……え?……どういう事だ?……あ、いや、フリントロックみたいな武器は、以前の交換ショップで見たな……なら発達しなかった……って事か?……う~む……)


 まぁ考えても仕方がないと思う柏木。

 その文明にはその文明の技術発達史があるのだろうと。

 地球の基準に当てはめても仕方がないと思う……いや、思うことにした。


 柏木は話す。


「では、あのガーグデーラって賊がハイクァーンやVMC……いえ、ゼルクォートを狙っていたのも……」

『恐らくは自分達の戦力に利用しようとでもしていたのでしょう……我々のゼルクォートやハイクァーンが、あんな仮想生命体兵器に利用されたら事ですからね、仮に奪われてもベルナー発信機を付けてブラックボックス化しているので、追跡も回収も可能ですから、そうそう相手の手に渡ることはないでしょうが……』


 確かにあんなのがドーラのような兵器に利用されたら大事である。

 特にハイクァーンを使ったドーラなんてのはシャレにならない。なんせハイクァーンの場合は『仮想』でなく『リアル』になってしまうからだ。もし『ハイ端子』みたいなのを打ち込まれたら、親ドーラを叩いても端子は消えない……だから支配下に置かれた人を助けられるかどうかもわからなくなる……


 そして、敵もそんなものを作ってしまえば、きっと後悔するだろう。ヘタをしたらドーラは自分の複製も可能になる。

 そんなものを戦争の兵器で投入してしまったら、ハイ端子の支配下に置かれた敵国国民と無限に増殖するハイ化ドーラで埋め尽くされてしまい、国が一つ完全に滅びる可能性がある。しかも復興不可能、おまけにそこら中にある元素物質を原子化して吸収、増殖しまくると考えられるので、元素資源もアッという間に枯渇。

 再生還元なんかするわけないので、あの化け物が国を放棄せざるをえないほど、埋め尽くしてしまう可能性もある……ある意味、核兵器と同じか、ソレ以上だ……


『本国も、連中ガ何者なのか、全力で突き止めようとしていますがね……』


 船長は苦い顔だ。


「ティエルクマスカより、遅れた連中……なのですか?」

『いや、まったくわからンです。ハイクァーンやゼルクォートの技術が遅れているからといって、我々より技術的に遅れた組織かどうかはわかりませン……本国は、未知の国家の仕業ではないかと見ていますがね。あの母艦の次元溝潜伏機能は、我々のセンサーでも探知が難しかった……決して遅れた連中だとは思えなイですよ』


 ティラス船長は言う。

 あんな非道な兵器を平然と投入し、投降を呼びかけたら、当たり前のように自沈するような連中である。

 おそらく倫理観もメンタリティもがティエルクマスカ、そしてそれに近い地球人や日本人などとも全く違うような連中なのかもしれないと……



 ……宇宙は広い。

 ティエルクマスカ銀河では、連合各国はその加盟国を増やし、版図を大きく広げてはいるが、存在は認知できても正体が不明な国家や種族、何らかの組織など、今現在もゴロゴロあると……そういう点、地球の国際情勢とあまり変わらないとティラスは話す……いや、地球の場合は相手が未知でないだけまだマシだと……


 柏木はこの事実を帰国したら報告する義務がある。

 しかしのっけから、かなり考えさせられる内容である。

 ティエルクマスカのような、超科学万能な文明でも、そういった悩みはあるのだということ……

 そして、連合の安全保障や発展は、超科学技術故のタダで保証されているのではないのだということ……

 確かに、こんな途方に暮れそうな問題を、仮に貨幣の価値観を基準に動いている地球のような文明が抱えてしまったら……一瞬にしてパンクするだろうと。

 ハイクァーンや、ゼルクォート、ディルフィルド技術のような、俗な言い方をすれば、安保維持のコストが極限まで抑えられるような科学技術インフラがないと、とてもではないが担保できるものではない……


 なるほど、という言葉が何十回も、何百回もでてきそうな……考えさせられる内容だった……

 しかし……こればかりは地球人で、日本人の柏木にとっては……残念ながら対岸の話として聞くしかなかったのだった……




 ………………………………




 その後、先を急ぐクラージェは、事後処理を警備艦隊に任せて大型ゲート基地に向けて亜光速航行をおこなう。


 娯楽室のソファーで、呆けた顔をしながら壁面モニターを眺める柏木。

 するとその姿を見たシャルリが、柏木に近づいてくる。

 その独特の、静かではあるが機械的な音で近づくシャルリに気付き、柏木が振り向く。


「あぁ、シャルリさん」

『やぁ大使、なんだい、ヨメさんは一緒じゃないのかい?』


 柏木の肩に手をかけ、向かいのソファーに座るシャルリ。


「フェルは疲れて、睡眠ポッドで寝ていますよ」

『そうかい、あたしも流石に今回はコタえたよ……あんな状況、また味わう事になるとはねぇ……』

「え? じゃあ以前にも?」

『ああ……今回の状況とよく似た事件だったさ……まぁ大使達……チキュウジンか?……まぁそのチキュウジンさんにゃこういう宇宙は初めてだろうからわかりにくいと思うけど……こっちゃ、こっちで色々あんのさ』

「みたいですねぇ……私達の星にはSF作品っていう娯楽があるんですけどね……」

『アァ、知ってる。ヤルバーンから送られてくるデータで見たよ……なんか映像作品だったッけかねぇ……よくデキてるよねぇアレ……なんだったかねぇ……ちっちゃいゲートをダイヤルみたいに回して、いろんな宇宙の星に、地球の戦闘部隊が行くってヤツ、あったろ』

「あぁあぁ、あれですか、ええ、知っていますよ」

『アレなんかディルフィルドゲートの小さい版みたいで、よくデキてるなぁって感心したよ、あれ、アタシのお気に入りなんだ』

「そうなんですか!」

『うん……アレを見て、今回の任務、楽しみにしてたんだよ。自分達に不可能な技術を、こんな想像力で娯楽演劇にしちまう連中って、どんなヤツらなんだろうってね』

「ええ、で、まぁ、私達の世界のそんな想像上の事が、目の前で起きてしまってるってわけで……あの時は必死でしたから強制的に受け入れてしまいましたけど……今思い返したら……正直震えがきますよ……どう感想をいったらいいか、言葉が見当たりません……」


 そういうと、ハッハッハ! とシャルリは笑い飛ばし


『ナぁニいってんだい大使。それでフェルをヨメにしてちゃ、話があわないじゃないさ、ハハハハ』

「まぁ、そう言われれば、そうですけどね。ハハハハ」


 爆笑する二人。柏木も頭をかきかき照れ笑い。


『いやぁ、面白いねアンタ、ますます気に入ったヨ』

「いや、恐縮です」


 そんな風に話は進む。

 柏木的にも、一人でモヤモヤと考えるよりもいい発散になる。


 シャルリがハイクァーンで飲み物を2つ作って持ってきてくれる。


「ところでシャルリさん、お気にさわったら申し訳ないですが、純粋に興味本位でお尋ねしますけど……その手と足と目……そのさっきおっしゃった戦いか何かの時に?」

『ん? ああ、そうだよ。仲間を庇っちまった時に吹っ飛んじまってね。まぁ、こちとらの医療技術じゃ、再生もできて、普通に元の体にも戻れるんだけど……時間がかかっちまうからね、なので面倒くさいからさ、サイボーグでいいってわけでね』

「はぁ……そうなんですか……」

『そんなに珍しいのかい?』

「ええ……地球の医学じゃ、そんなにすごい義手や義足の技術はまだ……」

『そうかい、これはこれで結構便利なんだよ。機械だけど、感覚もあるから痛さや熱さ、冷たさも感じることができるよ……なのでこの手で……』


 ……といって、義手でストローをちょうちょう結びしてみせるシャルリ

 義手が、小さくシュシュシュっと音を鳴らす。


『ほれ、コんな具合』

「ほぇ~~ すごいすごい!」

『こんな事もできる』


 と、おどけて手首を360度くるくる回して遊んでみせるシャルリ。


「ありゃりゃ、ハハハ」

『ハハハ、まぁ、連合防衛総省で軍人ヤってたら、何かとコッチの方が都合が良くてね。元の体に戻すのは引退してからか、いい人見つけてからでもいいかナァってね、ムフフフ』


 手を口にあてて、目をヘの字にする獣人フリュ。

 話を聞くと、PVMCGも左腕に内蔵されているらしい。ただし政府職員用だそうだ。

 軍用は持ち出すのに許可がいるそうなので、今回の件ではそこが悔やまれるとも話していた。


『でさ、あたしからも質問があるんだけど』

「はい、何でしょう?」


 シャルリは目尻を少し鋭くして話す。


『今日のヤルバーン戦闘員の動きだけど……よく訓練されてたねぇ……ヤルバーンみたいな科学探査艦の戦闘員にしちゃデキすぎだヨ……それにあんな戦闘技術は見たことがない……フェルにあとで聞こうかと思ったけど……大使に聞いたほうが早そうだと思うんだけどネェ……率直なところ、どうなのサ』

「ああ、あれですか、そうですよ。私達ニホン国の防衛組織……『自衛隊』っていう組織の閉所戦闘技術……えっと、屋内戦用の戦闘技術ですよ」

『そうなのかい!』


 目を丸くして驚くシャルリ。本職としてやはり興味があったようだ……ていうか、さすがに良く見ていると柏木は思った。


「ええ、あれはいつだったっけかなぁ……日本でその自衛隊とヤルバーンの戦闘部隊と模擬戦をやったそうなんですよ……」


 柏木は、あの北海道での演習の事をシャルリに話してやる。

 本来は防機情報だが、シャルリはシエクラスの担当者だ。話しても問題ないだろう。


「……で、まぁそういう事で、わが国の自衛隊がシゴかせて頂いたわけで……それでメルヴェンなんていう安全保障組織もできたということです」


 ほえ~ っと口をポっと開けて感心するシャルリ……もうそんなところまで交流が進んでいるのかと。

 一度自分もその演習に参加したいと言うシャルリ。

 大見的には多分、こんな600万ドルはしそうな御婦人相手は、ご遠慮したいだろうと妄想する柏木……シエ相手というだけでも相当だったと彼が言っていたのを思い出す……ぬはははと苦笑い。


『シエを相手に格闘戦で互角だなんて、燃えるじゃないかい!』


 柏木は、シャルリの何かのスイッチを入れてしまったのではないかと後悔する……


 

 そんな話をしていると、時間が経つのは早いもので、大型ゲート基地に到着したとリアッサが柏木達を呼びに来た。

 ブリッジに集合する皆の衆。

 フェルもお目目パッチリでやってくる。


『マサトサン、おはようございますデス』

「ははは、おはようさんって……疲れはとれた?」

『ハイ、バッチリですヨ、ウフフ』

「そりゃ結構」


 そんなウフフな状況を、向こうのほうで、リアッサ、シャルリ、ニーラが「ねー」「ダヨナ」「あ~あ」とかいいながら、手に口を当ててヒソヒソ話をしながらフェルたちの方を見る。

 後ろで「わ、私は関係ないですよ!」なジェスチャーをするジェルデア。ちなみにジェルデアは既婚者である。


『マサトサン……見えてきましたよ、アレが大型ディルフィルドゲートです』



 クラージェがその姿を捉えた。

 みるみるうちにその容姿をはっきりとさせるその施設……


「うお…………こ……こりゃあ……」


 その全容を見て、柏木はまた唖然とした表情を見せる。

 その姿は、一度柏木も見たことのある物だった。

 それは……メルヴェン創設が決まった会議の時に、ホログラフで見た『機動人工亜惑星要塞』そのもの……その1/1スケールサイズのものだった……


 ケルビン正14面体状の、球体に直せば、直径500キロメートルもの大きさを誇る人工建築物だ。

 ケルビン正14面体というものは、正六角形を立体的に組み上げたものをいう。

 しかしこれを立体的に組み上げると、かならず正方形の穴ができる。この開口部がディルフィルドゲートになるそうだ。


 つまり、この機動人工亜惑星要塞という代物は、もし有事が起これば、この要塞そのものを前線に送り込み、そこからゲートを開口させ、後方基地からガンガンと機動部隊を送り込むという兵器らしい……


 それをフェルから聞いた時、柏木は……


(もし捧呈式でヴェルデオ大使に事が起こっていたら……コイツがやってきたのかぁ?……カンベンシテクダサイ)


 と思ったりする。

 しかしフェルの話では、この機動人工亜惑星要塞はもう兵器としては使えないものだという。

 というのも、この亜惑星の六角形状の構造物には都市ができ、この宙域の基幹ステーションとなっているので、もう兵器としての機能は持っていないという話。

 そして、現在はイゼイラ共和国の自治体として機能しているそうな。


 確かに眺めてみると、要塞表面には、大小様々な建築物がそびえ立つように都市のようなものを形成し、雲のようなものも見える。小さくうごめくは、何かの乗り物であろうか……


 つまり、人工的な準惑星のようなものと化しているのだ……

 スゴイというには、言葉がこの『スゴイ』という言葉で言い表せないほど……スゴイ。


 しかし……先ほどの艦隊といい、旗艦である空母の化け物みたいな船といい、この人工準惑星といい……ティエルクマスカのみなさんは、やることなすこと規模がデカすぎる……もうハイパービッグサイズだ。

 この調子だと、どっかの準惑星をまるごと利用して、アメリカのマウント・ラッシュモア国立記念碑みたいに、イゼイラ指導者の胸像を掘った星でもあるんちゃうかと柏木は思う……フェルに聞きかけたが……やめた。

 もし『アリマスヨ~ マサトサン』とでも言われたら、夢に見そうだ。


 船長の船内放送が流れる。

 今からこの人工亜惑星のディルフィルドゲートに進入し、一気にイゼイラ領内まで飛ぶということである。

 所要時間は、地球時間で約5日。

 シレイラ号事件があったため、1日スケジュールが遅れているそうだ。


 そんな感じで、また船内が慌ただしくなる。

 柏木達は、基本お客サマなので、ブリッジのシートで待機。


『人工亜惑星セルゼント州ディルフィルド管制センターよりデロニカ・クラージェへ、只今よりゲート通過シールドユニットを転送装着しまスので、準備をおねがいしまス』

『こちらクラージェ、了解』


 そんな船内放送が飛び交う。

 そして、クラージェにシールド装置が装着された。


『クラージェより管制センター。シールドユニット装着確認。各部問題ナシ。ゲート進入の許可を求めまス』

『管制センター確認。 目標設定、イゼイラ領 中央星イゼイラゲート……設定完了、進入どうぞ』

『クラージェより管制センター、誘導感謝する』

『管制センターよりクラージェ、よい旅を。それと……シレイラ号の一件、お見事でした。州民を代表して御礼申し上げます』


 シレイラ号救援に駆けつけた艦隊は、ここの警備部隊である。

 柏木達は、顔を見合わせて微笑む。


 まぁしかし、ここまで来れば一安心。

 クラージェは人工亜惑星ディルフィルドゲートに侵入し、ディルフィルドジャンプを行う。

 あとは亜空間の流れに身を任せて、イゼイラ本星まで一直線だ。

 その間の5日は……まぁ休暇のようなものだ。各々船内で時間を潰す。

 

 その間を利用して、柏木は今回の事件で、少し思うところもあり、色々と仲間に教えてもらうことにした。


 今回の事件で一番柏木の好奇心を揺さぶったのが、このPVMCGやハイクァーンの技術。

 これを敵対勢力が狙ってくるということは、やはり柏木のような地球人でも当然スゴイと思うことを、この宇宙のどこかに、それを持たない高度な科学技術を持った知的生命体もいるのだということを知る。


 そんな疑問を持った彼は、ニーラに、ドーラの一件で、自分では意識せずにもう使い慣れてしまっているPVMCGとはどういう仕組で動いているのか教えてもらうことにする。

 よくよく考えると、ハイクァーンは、原子版3Dプリンターという感じで理解はできているが、このPVMCGの原理はよく知らない。


『フムフム、で、ゼルクォートの仮想造成原理を教えてほしいということですねぇ~?』

「はい、お願いしますニーラ『博士』……まぁ、概要でいいんで、ええ」


 どうもニーラは『博士』という呼称に弱いらしい。


『わっかりましたですっ! ではでは、まず仮想物質というのは……』


 ニーラの話によると……

 PVMCGの仮想分子造成というのは、PVMCGに予め蓄えられている特殊な分子材料や、どこにでもある分子物質……それは大気中の物質であったり、水中の物質であったり、星間物質であったりと、そういったものを任意に集めて、それをコアにして、マイクロ事象変換シールド技術やマイクロ重力変動技術、光学技術などを駆使して言葉通りの『物質のまね事』を任意の分子にさせる技術なのだという。


 元々は、ティエルクマスカでの『大昔』に、まだ今ほど効率の良くなかったハイクァーンで物質を造成させる際、例えば機械なら機械の機能をシミュレーションさせるための、現代の地球技術的な言い方をすれば、『モック制作』のために開発された物だったそうな。


 それが段々と性能が上がっていき、様々な物質をエミュレーションできる性能を持つようになり、リストバンド型の小型化も可能になって、物質エミュレーション持続維持時間も、ほぼ恒久的な時間を維持できるようになり、現在の生活インフラツールとして普及したということだそうだ。


 ある物質をスキャニングすると、システムがその物質の耐久度やら、色やらのその物質が持つ特性を計算し、シールド技術で硬さ、柔らかさをエミュレーションさせ、重力子技術で重さをエミュレーション。光学技術で色をエミュレーション。その他、匂いや質感、風合い、化学反応など、固体から液体、気体まで、様々な物質をエミュレーションさせる事ができる。


 唯一できないものは、有機生命体の構造のみで、臓器の動きなどは再現できるが、細胞の働きのようなものまではエミュレーションできないらしい。この部分は、現在も研究中だそうな。


「ということは博士、PVMCGで出来た物というのは……基本、空気みたいにスッカスカということっすか?」

『ソういうことになりますネ~』


 柏木はその場で例のFG-42Iを造成すると……


「これがねぇ……どうみても……どこから見ても本物にしか見えないんですけど……」


 質感、色、風合い、叩いた時の金属音。どこからどう見ても本物である。


『だからダから、そういう風に見えたり、感じたりするようにエミュレーションしてるんですよ』

「へぇ~~~」

 

 柏木はFG-42Iのボルトをカチャカチャ手遊びさせながら……


「じゃあ、あのドーラとかいう化け物を作った連中も……その大昔のティエルクマスカか、イゼイラ並みのPVMCG技術は持っている……ということですよね?」

『そういうことになりますよね~』


 ウンウンと渋い顔で頷くニーラ。


「でさ、ニーラ博士、仮に……仮にですよ……『仮想造成』っていうぐらいだから、基本『仮想』なものなんですよね、これって」


 とFG42を見せて尋ねる。


『ハイ。そうですね』

「んじゃさ、ハイクァーンを使って、PVMCGみたいなポータブルな感じで『リアルなもの』を作る事って出来ないの?」

『ああ、なるほどナルほど、そういう事ですか~……ってか、ありますよ』


 口を尖らせて「え?」となる柏木。


「え?……あんの?」

『ハイ。『ハイクォート』という『ゼルクォート』のハイクァーン版がありますよ……でも、あんまりオススメしないです』


 ニーラが言うには、現在のPVMCGが生まれる過程で、やはり『リアル』なものを作れるPVMCGのようなものを作れないかということで、PVMCGのハイクァーン版みたいなものは作られているらしい。


 しかし、PVMCG……つまりゼルクォートとは違い、ハイクォートは、それで一旦造成してしまうと、消すことが出来ない……まぁリアルな物なので当たり前ではあるが、ソレ以上に、異常にパワーを食うので、物質造成の連続利用性に問題がある……つまり一つ大層な物を作ると、次に作れるまでにパワー充填で時間がかかるそうで、一般生活インフラとしては普及しなかったそうな。

 

『今でも、お食事とか作れるので、探検隊や、軍用サバイバルツールな利用用途で使われていますけど、普通ノ生活で使うことはあんまりナイですねー。一般生活で使っちゃったら、ハイクァーン使用権も減っちゃいますし……持っていった場所の周辺環境で、収集できる元素にも影響されちゃうので、造成できるモノにも限界がありますしねー。それなら普通にハイクァーンマシンを使って作ったほうが効率がいいでス』

「ああ、そうか、元素収集の問題とハイクァーン使用権があったか……なるほどね」


 そういうことかと思う柏木。うまく出来ているものだ。

 同じ機能を使えて、一般生活で普通に使うものなら、当然いつでも好きなところで取り出せて、消してしまえるPVMCGの方が確かに便利だ。別に使用権も特定の元素もいらないし。

 なるほどと柏木は思う。



 ……そんな感じで、勉強させてもらいつつ、到着までの日々を過ごす柏木。


 2日目ぐらいに、フェルが格納庫に『おっきなオフロ』を作ったから、入りましょうと言ってくる。

 やはりフェルはもう、今となってはお風呂抜きの生活は耐えられなくなってしまっているみたいである。

 城崎温泉のホテルでデータを取った温泉施設のミニ版を、ハイクァーンでクラージェの中に再現していた。

 ご丁寧に【 ゆ 】とかいうのれんまで作っている……自衛隊じゃあるまいし……と笑ってしまう柏木。


 クルー達は「なんじゃこりゃ」という感じで覗いたり。

 柏木は、「この、のれんはいらねーだろー」というが、フェルは「いるのデス!」と断固として譲らない……自衛隊の文献に書いてあるから、いるのだと主張する……調査局員フェルのほうが正しい。


 フェルが得意気に、クルー達に入浴の仕方や意義を説明していたりする。

 で、湯槽がひとつしかないので、デルンとフリュは時間制で交代。

 レディファーストで常にフリュが一番風呂になる。

 まぁしかし、風呂ができたのは有り難い。さすがフェルだと感心する。 


 ある時、夜間時間帯遅く、みんなが寝静まった頃に、こっそり柏木が一人でデカイ風呂を独り占めしていると……何やら外で声がする。


『アハハハ、でさぁ、船長がさぁ……』

『……ウム、ソレハ私モ聞イタゾ、アレハ笑ッタナ、ククク……』


 ……肩に手ぬぐいをかけて、リアッサとシャルリが丸出しマッパで入ってくる。

 堂々としたご入場である。


 ……ちっぱくて、可愛らしいバストで、長身細身なリアッサに、シエよりもデカイバストに、しなやかな筋肉質のシャルリ……手と足と目のサイボーグパーツもこれまた裸体に似合う……が、基本金色赤縞できれいな体毛に覆われているが、地肌がボディに対して良いデザインで露出していたりして、かえってそそる……


「どぉぁぁぁああああぁぁぁ!……」


 思わず叫んで、湯槽で180度回れ右な柏木。


「おおおお、お二とも!……今はデルンの時間帯ですよっ!」

『お、なんだい大使、アンタも入ってたのか』

『コレハ奇遇ダナ、カシワギ……マァ堅イコトヲイウナ、デルントフリュデ裸ノ付キ合イトイウノモ、イイデハナイカ』


(んな……シエさんみたいな事いうなよぉ~……こんなとこフェルに見られたら……殺されるな……絶対……)


 連合防衛総省な二人は、デルンに裸を見られることなど、別段何とも思っていない。


『心配いらないよぉ、どうせフェルに見られたらブッコロされるぐらいにおもってんだろ? ハハハ』

『フェルナラ、部屋デ爆睡中ダ。コンナ時間ニ起キテルヤツナド、夜勤シフトノ奴シカオラン。心配スルナ、カシワギ』

「は、はぁ……」


 おそるおそる振り返る柏木……しかし、隠すところ隠しもせず、堂々と突っ立ってる二人。

 やっぱり回れ右。


 シャルリは獣人っぽい風貌だが、デルンにアピールするところはきちんとアピールできている意匠。地球人でも好きなヤツは好きだろう……

 ヒューマノイド型の知的生命体は、二足直立するために、メスは体正面でオスを惹きつけるデザインに体が進化したそうだが、異星の進化もソレに準じているらしい……『相似』と『収斂』である。

 特にリアッサはマズイ。なんせ意匠が地球人に近い……エロ細身微乳美人はマズイ……

 

「とと、とにかく湯槽に入って下さいよぉ、振り返れませんよぉ……」


 フゥと首を傾げる二人。仕方ないので、湯槽に入ってやる。

 まぁシャルリはいいとして、リアッサは、シエのようにデルンをおちょくる趣味はなさそうなので、安心する柏木……

 この状況で、リアッサがシエだったらどうなるか……想像するだけでも恐ろしい……

 

 

 とはいえ、風呂の中で、二人といろいろ話もできた。

 リアッサはシャルリにシエの事を聞かれる。

 なぜあれだけのフリュにデルンができないのかとシャルリが聞けば、よーわからんとリアッサが応える。シエにデルンがいないというのは、ヤルバーンどころか、防衛総省の七不思議だという。


 そういうリアッサさんはどうなんだと柏木が聞けば、ただいま絶賛募集中だという。

 どういうわけか、リアッサも日本人デルンがいいという……友人の自衛隊員で、目をつけているのがいるという話。リアッサも、あの演習に参加していたらしい。


 しかし……ヘルゼンといい、オルカスといい、シエといい……そしてフェルといい……もしかしてヤルバーンのフリュって、日本に婿探しにでも来てんのか? と思ったりもする。



 ………………………………


 

 幸い、この事はフェルにはバレずに済み、そんな感じで五日間はアッという間に過ぎる。

 そう……イゼイラに到着の日である。


 船内放送で、カウントダウンが始まる。

 ブリッジシートに腰を掛け、その瞬間を待つ柏木……



『イゼイラ中央ゲートへのディルフィルドアウトまであと30ヘクトル………10・9・8・7・6・5・4・3・2・1……アウトします』


 ドォーンという感じで、亜空間の尾を引き、円環状の可視波動をまといつつ、クラージェは通常空間にジャンプアウトする。


 すると……そこには想像だにしない宇宙が広がっていた……


『ハァ……帰ってきましタ……』


 細い目をして微笑むフェル。柏木の手をしっかりと取っている……


『イゼイラカ……久シブリダナ……』


 リアッサもなんとなく感無量。


『モウ2周期近くになりマスね~ 地球時間ですけど~』


 シートを立ち、壁面モニターに駆け寄るニーラ。


『長いようナ……短いような……なんともですネ……私も何周期ぶりですか……』


 と同じくシートを立つジェルデア。


『あたしは、こないだ行ったばかりだからねぇ』


 と、一人あんま関係なさそうなシャルリ。


 そして、その壮大な空間を見る柏木……最後のトドメのような……壮絶な光景を目にする。


 そこは宇宙ではあるが、彼の知る……概念としてある宇宙とは、本当に程遠い風景。

 一言で言うなら……賑やかである……賑やかすぎるのだ……


 東京湾を行き来する貨物船や、旅客船、漁船に商業船。時には軍艦。

 湾にせり出た無数の波止場に埋立地。

 そんな感覚の世界が……そのまま宇宙空間に存在する世界。

 いや、宇宙空間自体が都市化されたような、宇宙空間そのものが、生活圏と化している常識を超えた世界……


 真っ暗で、闇の中。一歩外に出れば死の世界……地球人の一般的な宇宙観。

 しかし、ここには少なくとも、そんな死の世界観はない。

 真っ暗で闇の中? いや、逆である。

 綺羅びやかな空間建造物に、無数に行き交う宇宙船舶、宇宙艦艇。

 自家用車の如く飛び交う小型の宇宙艇。

 建造物の屋外に、宇宙服のようなものも着ずに建造物屋外で何かをする人々。

 おそらく木星のクラージェと同じようなシールド技術が使われているのだろう……


「ハハハハハハ!……これが宇宙だって? なんだそりゃ……このまま外に出て泳げそうな感じじゃないか!……」

『ウフフ、マサトサン。、さすがにそれはできませんよ。宇宙は宇宙でスから』

「ん~? ああ、そうだね……その通りだな、フェル……」


 もうこのまま気を失ってもいいやと……もうどうにでもしてくれと……ぶっ倒れたら後は頼むわ、な表情の柏木真人……


 フェルと柏木も、いつの間にか席を立ち、壁面モニターで外を見る。

 フェルが柏木の腕を組み、頭を寄せる。


『マサトサン……これが私の故郷……イゼイラへようこそ』

「ああ……今度は俺がお客さんか……」

『そうでスね、歓待しないと……ウフフフ』 

 

 柏木は、あれはなんだ、これはなんだと矢継ぎ早にフェルへ問う。


『アレは恒星エネルギー転送中継ステーションですヨ。恒星の軌道上に張り巡らせたエネルギー変換基地からのパワーを、各空間施設や、本星に送る役目を持ったステーションでス』


 柏木は「えっ!?」となる


「恒星エネルギー? 衛星軌道? 変換基地って?……イゼイラ……いや、ティエルクマスカは『ダイソン・スウォーム』を実用化してるのか!」

『だいそんすうぉーむ?』


 フェルはVMCモニターを出して検索する……ウンウンと頷く。


『ハイ、そうですよ、その『だいそんすうぉーむ』がティエルクマスカ国家群の基幹エネルギー技術でス』


 ほえ~ っとなる柏木。



 ダイソン・スウォームとは、アメリカの宇宙物理学者、フリーマン・ダイソンが1960年に提唱した『もし宇宙に、恒星間航行技術があるような超高度な文明があるとするなら、その文明の持つエネルギーソースは、最も効率の良い熱エネルギー利用法として、恒星そのものをエネルギー源にしているような技術を持っているだろう』と仮定した、高度知的生命体の、エネルギー利用法の仮説である。

 もしこのような恒星そのものをエネルギー利用をしている文明があるとすれば、必ずそのエネルギー生産施設は、余剰エネルギーを放出しなければならないため、一定間隔で恒星周辺の赤外線量の変異が人為的なパターンを見せるだろうと考えられた。

 従って、恒星観測時に、そのようなパターンを発見できれば、高度な異星文明が、その周辺宙域に存在する可能性があると言われているものである……ちなみに掃除機とはなんら関連性はない。



 ……そんな話をしていると、クラージェの周りをヴァズラーが取り囲み、編隊を組む。


 船内に交信状況が流される。


『コチラ、イゼイラ国防省・中央空間防衛巡航隊。ヤルバーン・デロニカ・クラージェの帰還を歓迎いたします。おかえりなさい』


 感無量なクルー達。

 一時帰国とはいえ、故郷に帰れるのは、なんともな思いがある。


『それと、ハルマ、ヤルマルティア大使、ようこそイゼイラへ、わが国を挙げて歓迎いたします。遠路はるばるお疲れ様でした』


 巡航隊員は、柏木が乗っていることを知っているようだ。


「や、ヤルマルティア?……なにそれ?」

『ウフフ、イゼイラ語で、ニホン国の事ですよ、大使サマ』

「そ、そう……ふーん」


 なんでイゼイラに、日本の事を示す固有名詞があるのかと思うが、まぁそんなもんだろうと思う柏木。

 

 巡航隊の護衛を受け、イゼイラ本星に接近する……



「これは……また……すげぇ……」



 もう何でも来いな柏木。

 先程から撮影しだした動画を撮る手にも力が入る。


 地球とは違った雰囲気の、青く輝く美しい星。

 海があり、陸があり……ここまでは地球と同じだが……天をつく山岳に傘のようなものが大きく被り、それが山脈になって連なる……まるでとてつもなく大きく、山を脚にした長いテーブルのようである……変わった地形だ……


「フェル……あの山のてっぺん……あれ、陸地か?」

『ウフフ、いいところに気づきましたね、マサトサン。あれは太古の昔の、この星の地表なのですヨ』

「え? そなの?」

『ハイです。イゼイラは地中に大きな空洞が大変多い星で、それが長い長い年月をかけて、地殻変動が起こったり、侵食されたりして、あの旧大地とよばれる地表が、今の新大地とよばれる場所に崩れ落ちて、ああいった地形を形成していまス』

「じ、じゃぁ、今見えるあの緑の大地や海は……太古の時代は地下だったってこと?」

『ソウイウ事になりまスね』


 関心ブッチギリな柏木、そういう星もあるのかと。

 おまけにその星には成層圏を貫く建造物に、それを支柱とした、惑星全体を囲む、帯の輪のような人工の大地……


 もうナニもかもが究極である……


 そして、主星イゼイラの向こうには……柏木も見たことのある巨大なガス惑星……あの初めてのデートでフェルが見せてくれた、惑星ボダールである……

 

「なるほど……だからイゼイラは衛星なのか……」


 改めて納得な柏木。




『マサトサン……』

「ん?」

『ん~ん……なんでもナイです……』




 笑みを見せ、組んだ柏木の腕に、少し力が入る。

 柏木はフェルの頭を撫でる。

 そして、ニヒヒな顔をする、他のフリュ共……




 地球暦 西暦二〇一云年、地球では春……ゴールデンウィークも近い頃。




 フェル、故郷へ帰還……





 「なぁフェル……」

 『ハイ?』

 「俺、気絶するかもしれないから……」

 『ウフフ、そうなったら、水を頭からぶっかけてさしあげますヨ』

 「ハハハ……スマン、そうしてくれ……」



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ