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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
34/119

―17―

『空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた……天に神はいない。周りを一生懸命見渡したが、やはり神は見当たらなかった』

 ―ユーリ・ガガーリン― 人類初の宇宙飛行士が言った言葉。


『私はチャイカ(カモメ)』

 ―ワレンチナ・テレシコワ― 女性初の宇宙飛行士が、コールサインを確認するために言った言葉。


『人類がここまで来るのにどれだけの歳月とコストが必要になるか、しかしこの機体なら、簡単にここまでくる。大したものだ』

 ―柏木真人― 人類初の他惑星文明外交官として派遣された日本国特派大使が、異星人の宇宙船で宇宙に上がった時に言った言葉。

 


 ………………………………




 地球衛星軌道上に浮かぶ、対角線長150メートルクラスの六角形の物体。

 あのヤルバーンと比較すれば、大したことのない大きさだが、それでも地球の宇宙開発技術と比較しても比類なき宇宙船。


 その宇宙船は、船体にイゼイラ船舶独特のキラキラとした小さな閃光を上下左右に這わせながら、しばし待機していた。


 すると、地球上から二機の小型飛行物体がものすごいスピードで上昇してくる。

 しばしすると、その物体の形状が確認できた……ヴァズラーだ。


 一機のヴァズラーは、ノーマルなイゼイラ船舶所属の紺色。

 そしてもう一機は、白や青、赤のトリコロールカラー……決して地球連邦の試作機ではない。


 そう……防衛技術研究本部の例の試作機だ。


 この二機。

 一機はヤルバーン自衛局から自衛隊に提供されたオリジナルのヴァズラーで、もう一機が、日本製のハイクァーン造成制御システムソフトウェアで造成された、ちょっぴり日本技術のヴァズラーだった。

 デザインも少し違う。

 シルエットは同じだが、よく見ると、日本システム造成版の方が、なんとなく日本意匠で、あかぬけている。

 例えるなら、大戦中の戦闘機、ドイツの『メッサーシュミットMe262』と、日本の『橘花』のような違いっぽさという感じか?



 ……ちなみに、この日本システム造成版ヴァズラーには、とりあえずではあるが、非公式秘匿識別コード『XFAV-01』の番号が与えられている……



 国籍マークを日の丸でといきたいところだが、各国の衛星も監視している。なのでそれはナシ。

 しかし、XFAV-01のヴァズラーには、空自のテストパイロットと、指導教官 兼 コパイとしてポルが乗っていた。


 もう一機のオリジナルヴァズラーには、メインパイロットでシエ。コパイでリビリィが乗っていた。


 そう、ヴェルデオに許可を得て、XFAV-01のテストと、見送りと、世界に公表するための記録映像撮影も兼ねて、この宇宙へ上がってきたのだ。


 とはいえ、心情としては友人の見送りのほうが優先されてはいるが……



『ア、ヤルバーンのヴァズラーと、ニホン研究機関のヴァズラーですよ、マサトサン』

「お、本当だ……乗ってるの誰だろ?」


 居住区大ホールでプカプカ浮かびながら、それに気づく柏木とフェル。

 するとフェルのPVMCGに通信が入る。


『フェル、カシワギ、応答シロ』

『あ、シエ!』

『アタイもいるぜ』

『リビリィもですか!』


 ウフフと明るくなるフェル。柏木もモニターを覗いて挨拶をする。


『局長、私もいますよ』


 とポル。


『ポルはニホン版の方ですか?』

『ソうです、デザインが少し違いますが、いい感じですよ局長』

『ということだ、柏木さん、どうだ、びっくりしたろ?』

「あれ? 多川さん!」 


 マスク無しの自衛隊パイロットスーツな空自一佐の多川が画面に映る。


『ハハハ、ちょっとコイツのテストも兼ねてね、この嬢ちゃん達にせがまれて上がってきた』

「いや、多川さん、しかしよく操縦できますね、そんな代物」

『え? 意外に簡単だぞ。自動車の運転できたら操縦できるぞコレ……Gも全然無いしな』

「ハハハ、そんな自動車といっしょにしちゃ……で、ポルさんとタンデムですか?」

『そうだよ、ポル教官、結構厳しいんだぞ、ハハハ。こちとらも少し宇宙飛行士体験だ。いいなぁこりゃ!』


 なんとなく興奮気味の多川。


「で、なんでまたこんなところまで?」

『ウム、アメリカ国ノ、“ナサ”ト言ワレル組織カラ、“ドノバン”トカイウ、フリュヲ通シテオマエタチノ出立ヲ記録シテ欲シイト頼マレタノダ』

「そうなんですか」

『マァ、ソレグライナラ問題ナカロウ、アノフリュニモ色々ト世話ニナッテイルヨウダシナ。ニトベモ地球世界ニ公表スルニ足ル映像ガ欲シイト言ッテイタ。別段断ル理由モナイ。見送ルツイデニモチョウドイイ』


 するとリビリィが


『ダからよ、局長にケラー、とっとと行っちゃってくれよ、ベストショット撮ってやるからヨ』

『モう!リビリィ、もうちょっと言い方があるでしょ!』


 プンスカなフェル。


『ハハハ、ワリィワリィ』


 するとその時、船内放送が流れる。


『ディルフィルド航行、位相空間移動準備完了。各員は位相航行に備えて下さい。位相空間移動開始まで15ヘクトル、第一目標はタイヨウケイ第5番惑星。本移動は初期機関稼働試験も兼ねています。担当各員は機関データのモニターをお願いします。繰り返しますディルフィルド……』


『ア、もう時間ですね……ではシエにみんな、後のことはよろしくお願い致しまス』

「では、いってきます、みんな」


『気を付けてな』


 と二本指で敬礼する多川。


『キノサキデ言ッタコト、忘レルナヨ』


 とシエ。ウンと頷くフェル。


『カシワギ』

「はい?」

『フェルノコト、ナニガアッテモ受ケ止メテヤレ、イイナ』


 シエもやはり解っているようだ。大きく頷く柏木。


『ソレト、コレヲ持ッテイケ』


 シエはそういうと、柏木のPVMCGにデータを送ってきた。

 

「えっ!? これは……」

『コノアイダノ“ガーグ”ガモッテイタヤツダ。何カノ役ニタツコトモアロウ』

「でも、私のPVMCGは……」

『コレカライクトコロハ、ニホンジャナイゾ。宇宙ハナニガ起コルカワカラン。フェルニ、セキュリティヲ解除シテモラエ』

「ハハ、その時が来ない事を願いますよ」

『フフ、ソウダナ』


『ジゃ、あとはまかせてくれよ』とリビリィ。

『頑張ってくださイ』とポル。


 柏木とフェルは大きく頷いて、通信を切った。



 船の機体スリットに舞う閃光は、その移動速度を増し、光る輝きはどんどんと大きくなる……


 丁度その時、国際宇宙ステーション-ISSがクラージェの後方を移動するのが見えた。

 ISSはチカチカと発光信号を送っている。

 ブリッジシートに座る二人はそれに気づく。


『マサトサン、あれは何をしてるデすか?』

「発光信号だよ。ハハ、イゼイラの人達にそんなことやってもわかるわきゃないだろうに……」

『マサトサンはわかるのデスか?』

「さすがにわかんないよ、まぁでも、多分、『航海の安全を祈る』とか、そんな感じの信号だよ、イゼイラにはそんなのはないの?」

『アリますよ、デハ、返答を送っておきましょう。イゼイラ信号ですけども……』


 実際その通りだった。

 フェルはブリッジクルーに連絡し、イゼイラ式の発光信号で返礼する。

 まぁ、意味はあとでわかるだろう。

 要は様式の問題だ。


 

『ディルフィルド航行開始まであと1ヘクトル、カウントダウン開始。118・117・116……』


 人類が初めて体験するワープ航法まで、2分を切った。


『60・59・58……』


 機体のスリットが真っ青に光り輝く。

 すると、デロニカ・クラージェ周辺の空間がグニャリと歪み始める。

 側にいたヴァズラーは、その歪みを確認すると、左右に散開し、大きく距離をとる。ワープに巻き込まれないようにするためだ。

 リビリィやポルは、日本側から渡されたHDデジタルビデオカメラとPVMCGで、その様子をしっかり録画する……


『10・9・8・7・6・5・4・3・2・1……ディルフィルド位相航行……開始』


 その言葉の瞬間、クラージェは歪みに吸い込まれるように物凄い大きなフラッシュと共に消える。

 瞬間、重力波が発生し、ヴァズラーやISSは、ドーンという衝撃とともに機体、船体を揺さぶられる……


 ……その様子を生で見た多川は呆然とし、新たなISSクルー達は、先任のダリル達の体験を、幾ばくかでも思い知った……




 ………………………………




 太陽系第5惑星、木星。

 イギリスの作曲家、グスターヴ・ホルストの組曲が流れてきそうな巨大なガス惑星。

 その星がくっきりと丸く見える宇宙空間を、まるで写真を捻じ曲げるように空間がゆがむ。

 そして大きな閃光とともに、デロニカ・クラージェは巨大な空間振動波とともにその姿を顕現させる。

 ワープアウトしたクラージェの周りにあったスペースデブリは吹き飛び、久遠の彼方へと流れていく……


『ディルフィルドアウト完了。各員は機関点検作業に入ってくださイ。各機関に問題がない場合、本航行に移行します。本航行移行予定時刻は……』


 船内放送がとめどなく飛び交う。

 機関のチェックをしろやら、船体のチェックをしろやら、乗員のメディカル信号を確認しろやら、様々な言葉が飛び交う。


 地球人代表かつ、日本発の異星文明大使、柏木真人氏は……シートからケツを滑らせて、口を波線にし、びっくらこいていた。

 そのディルフィルド航法とやらに入った時、なんとも例えようのないムニョムニャした気分を味わったと思ったその瞬間、この状態であった……


『ウフフフ、マサトサン、マサトサン』

「あ、ああ、フェル……な、何だったんだ今の……」

『ウフフフ、コレがディルフィルド航法、その中の、空間位相航法ですヨ』

「あ、ああ、なんかそんな風に言ってましたデスね……」


 ハっと思い、柏木は時計を見る。

 出発から1分も経過していない……

 で、さっき船内放送で『太陽系第5惑星』とかいっていた……とすれば木星か、と思う。


「フ、フェル……もう木星に……着いたの?」

『ハイですよ、ほら』


 フェルはそういうと、PVMCGを作動させ、サロンの壁面に外の風景を大きく映し出した……




「おおお!!! おわっ!!!!」




 柏木はソファーからガバっと立ち上がり、今まで見せた事のない目と口の表情で、壁面モニターに駆け寄る。

 

 そこに映るは……巨大な、茶色系の色をカラーモードのように纏い、目玉のように大な渦を巻く……木星であった……


 柏木は言葉が出ない……そう、脳内はもうパニックと、ショックと、感動と、興奮と……何か人間の持つ根源的な純粋極まる感情に100パーセント満たされてしまっていた……


 背後からフェルがそっと近づき、優しく言葉をかける。


『ウフフフ、どうですカ? マサトサン。地球人で、初めてここまできた感想ハ』

「あ……ああ……『信じられない』という言葉しか……出ないよ……」


 ニコニコして柏木の驚きと狼狽を見るフェル。


「1分経ってないんだぞ……ボイジャー1号がここまで来るのに、どれだけかかったと思ってるんだ……こんなのアリかよ……たまんねーな……」


 柏木は驚きの顔から、だんだんとニヤつき顔になりながら、首を小さく横に振り、そんな事を小さく口走る。

 フェルはなんとなくドヤ顔な笑みを浮かべつつ、PVMCGを再度操作し、クラージェの船長を呼び出す。


『船長、今、船外活動シールドは張られていますカ?』

『はいファーダ。現在デロニカ3の船外作業中ですので、そちらに転送していただければよろしいかと』

『ワかりました。ファーダ大使をそちらにお連れしても問題ないですネ』

『ハい、問題ないかと』


 柏木は「船外? 連れて行く? ナニソレ」な顔。


『サテ、マサトサン、チョイトお付き合い下さいでス』

「え? どちらへ?」

『お外』

「ン?」

『お外に行くデすよっ』

「ンン?~~」


 目をむいて「ナニヲイッテルンデスカ?アンタハ」な顔をする柏木。

 フェルは「モウ!」という顔をして柏木の手をムンズと掴み、ズカズカと船内転送装置に向かって歩き出す。

 柏木は「え? え? え?」な感じで連行される。

 船内転送機にシュンっと入ると……瞬間にデロニカ3区画の……



「どぇぇぇぇ!!!! く空気がぁっ!!」



 船外にご到着。

 ブランド物スーツで決めてるのに、無様にうろたえるマサトサン。

 首を押さえて、空気がないと思い込み、しゃべっている芸大卒。


『ナニをうろたえてるデスかマサトサン』


 細い目をしてペチっと柏木の頭を叩くフェル。


「は?」

『モぅー……本当に空気が無かったら、出た瞬間に死んでますよっ』

「あ……そっか」

『マサトサンは“アマトサクセン”で、通信の障害をシールドにあるって見抜いたのにィ……モ~……ウフフフ』


 ダンナのうろたえようが、なんとなく可愛く見える妻。


「ま、まぁそうだけど……これは……」


 我に戻り、周囲を見渡す柏木。

 そこはデロニカの船外上部。

 満点の大パノラマどころの騒ぎではない。

 目の前には、漆黒の空間に、まるでどこかの山の上から景色でも見るように……神秘的な木星がポッカリ浮かぶ風景。

 そして、木星の衛星もポツポツと見える……木星の輪だろうか、そんな感じのデブリもまた絵になるように浮かんでいる。


 それが、超々高精細モニターや、ガラス窓や、そんなものを通した物ではなく、リアルな肉眼で見える情景。


 周りをみると、検査機のようなものを片手に、船のクルーやワーキングロボットが船外の点検を行っているようだった。

 某宇宙戦艦の作品では、船外作業を作業服のような制服と、ただのバイクヘルメットのようなものを被って外に出ていたが、この船では環境シールドのおかげで、こんな普段着のような服装でも宇宙空間で船外活動ができる。

 おそらく危険な宇宙線や熱なども、シールドで防御しているのだろう。これが事象可変シールドという物なのだろうと柏木は思った。


『どうですか?マサトサン』

「いや、もう……なんというか…………あ! そうだ!」

『?』

「これはきちんと録画しておかないと……人類的にはもう至宝の映像になるよ!」


 慌ててスーツの懐をまさぐりたおす柏木。


『ウフフ、そうですネ、お手伝いしますヨ』


 そういって柏木とフェルは、スマホのデジタルカメラ機能や、PVMCGの録画機能でこの地球人的には……まぁ信じられない光景を動画撮影する。

 フェルや船外作業員と一緒に撮ったりと、なんとなく和気藹々。


 木星をバックに観光地の記念写真の如く動画映像を撮る。

 ……これをNASAやJAXAに送りつけたら、どんな顔をされるだろうか……


『サテ、マサトサン』

「ほい」

『ちょうど良いので、ここで今回のマサトサンや私をサポートしてくれるスタッフをお呼びしましょう』

「ああ、確か昨日、ヤルバーンの各局長さんが俺のためにっていってたサポートスタッフさん達か」

『ハイです。今お呼びしますネ』

「うん」


 そういうとフェルはPVMCGで船内放送をかける。

 しばらくすると、3人ほど機内転送して、船外に人が現れた。


『ア、来ましたね』


 フェルはその人物に手を振る。

 相手もティエルクマスカ敬礼で軽く応じていた……


 3人は……

 一人はダストール人。一人はイゼイラ人。一人はパーミラ人のようである。前者二人はフリュ。パーミラ人はデルンのようだ。


 フェルは三人に柏木を引き合わせる。そして彼を紹介した。

 無論、柏木はヤルバーンでも有名人なので、今更紹介の必要もないわけだが。


 そして三人を紹介される……


『エッとですね、彼女はシエの副官で、ヤルバーン自治局副局長の『リアッサ・ジンム・メッサ』デス』

『カシワギマサト大使。話ハシエヨリキイテイル。ヨロシクタノム』

「こちらこそリアッサさん。よろしくお願いいたします」


 地球式握手をする二人。


 リアッサ・ジンム・メッサ(25)……やはりダストール人フリュらしい色っぽいフリュである。

 ヤルバーンに3人しかいないダストール人精鋭の一人をシエは回してくれたようだ。しかも副官をである。


 その着衣も……やっぱりピチピチであった……

 しかしシエのようなセクシーエロ別嬪ではない。

 バストサイズは小さい。Aカップである。しかしウエストが非常に細い。臀部は腰が細い分大きくも見える。というか全体的に華奢ではあるが肉が付いている所はしっかり付いており、細身で華奢なエロ微乳美人といったところだ……基本、ダストール人フリュはエロい。

 髪色は赤紫の耳が出るショートカット。左で分けているような感じ。

 顔もほっそり美人で、緑色の縦割れ瞳。しかし背丈はシエより少し高い175センチ程。

 声色はハスキーっぽい感じである。

 握手で柏木に向ける笑顔がクールビューティ。

 フェルの話では、彼女は柏木の護衛としてサポートに付くらしい。 

 


『ソして、こちらはマサトサンも名前は知っていると思いますガ、彼女が例の事業計画で有名な『ニーラ・ダーズ・メムル』チャンデス』

『コ……こんにちはファーダ。はじめまして。お会いできて光栄でスッ』


 ピョっと両手で握手を求めるニーラ。


「はい、よろしく、ニーラ博士。事業計画では日本政府を代表してお礼申し上げます」


 柏木もリップサービス。博士という、科学者ならタマラン敬称で呼んでやる。


『ははは博士だなんテ……そそそそんな……』


 照れまくるニーラ。

 年齢相応で、肩からはお気に入りの鼻のない猫キャラのハンドバッグを袈裟懸けにしている。

 ニーラは、柏木の科学技術アドバイザーとしてサポートに回ってくれるらしい。


『最後はパーミラ人のデルンサンで、名前は『ジェルデア・フェーバ・ジューン』デス』

『よろしくお願い申し上げます。ファーダ・カシワギ。ご高名、聞き及んでおりまス』


 ジェルデア・フェーバ・ジューン(29)……両生種パーミラ人のデルンである。ヤルバーン法務局の主任だ……白銀色の肌に白銀色の髪、眼の色は藍色一色で白目がない。首の後ろ……うなじの部分にスリットのようなものが複数見える。おそらくそれがえらなのであろう。

 法務局というぐらいで、さもあらん知的な見た目である。

 柏木はどことなく親近感を覚えると感じた。なぜだろうと考えると……そう、どことなく新見に雰囲気が似ているのである。

 彼は、ティエルクマスカやイゼイラの法務関係でサポートに付いてくれるそうだ。

 柏木は弁護士のようなものか? と理解する。


『あとの一人ハ……エット、道中デ合流するですヨ』

「え? もう一人いるの?」

『ハイ、ゼルエ局長が、本国の防衛総省から選りすぐりのサポート人員を一人都合してくれたそうデス』

「じゃ、ヤルバーンの人じゃないんだ」

『ソういうことになりますネ。最初の長距離ディルフィルドジャンプ後に合流する予定でス』


(長距離ジャンプ後って……軽く言うなよぉ……)と思う柏木。苦笑いで頭をかく。

 木星宙域でこのビックラこきまくりである。長距離ジャンプとかいう話なら、おそらく軽く銀河系を抜けるだろう。

 鼻で大きくため息をつく柏木……えらいとこ行く事になったなぁと今更思う。


 柏木は、みんなとお互いのPVMCGデータ情報を交換する。日本的に言えば、メルアドやらつぶやきフォローの設定やら、そんなものの交換というところだ。


「ああそうだみんな」


 思い出したように全員に話す柏木。


『ナんでしょう?』


 とフェル。


「いや、今、みんな翻訳機のスイッチを入れてくれているじゃないか」

『エエ、それが何カ?』

「いや、今度は俺が地球人一人になるから、俺が話に混ざる時、みんなも同胞と話しにくいだろ。だから俺一人翻訳装置使えば、みんなネイティブの言葉で喋れるからいいんじゃないのか?」

『アア、マサトサン。ソレはちょっと考えすぎでス』

「え?」

『私達イゼイラ人やダストール人相手ならいいですけど、パーミラ人サンや、カイラス人サンは地球人と同じく単音発音種デス。なので今のままの方ガいいですヨ。ソレに、イゼイラでも、イゼイラ人しかいないわけではアリマセン。いろんな種族サンがいますかラ、私達も翻訳機能は本国でもよく使いますのデ』

「ああ、そうなのか」

『ハイデス。なのでお気になさらぬよウ』

「わかった」


 そんな話をしつつ、親睦を深めるため、次のワープ時刻までデロニカ3船外に座り込んで、みんなと“月見”ならぬ“木星見”に興じる。

 点検作業員が気を利かせて飲み物を全員分持って来てくれたりする。みんな親切だ。

 柏木は、地球の木星にまつわる話などをみんなにしてやる。

 スマホに以前ダウンロードしていた、グスターヴ・ホルストの“木星”を聴かせてやったり。

 この曲には太陽系の惑星をイメージした曲が全てあると教えてやったり。

 そしてこの曲を作った作曲家は、“日本組曲”という舞踏用の曲を作っていたりと、ここは芸大卒の知識をみんなに披露していた。

 すると他のみんなは、ティエルクマスカには、星のために音楽を作るなどという感覚はないといい、いたく感心したりする。

 まぁそりゃそうだろう。ティエルクマスカで星一個にいちいち曲を作っていたら、一体いくつ曲がいるのやらと……

 

 さて、そんな感じでお互いのちょっとした親睦会のあと、クラージェは本航行に入る。

 全ての整備点検を終えたクラージェはディルフィルド機関を快調に稼働させ、木星宙域を短距離ジャンプする。


 次にジャンプしたのは、今回の運行の第一目標……


『冥王星』


 であった。



 現在の冥王星は、御存知の通り『惑星』ではない。

 古い世代の人は、太陽系の惑星を『水金地火木土天海冥もしくは冥海』なんて感じで覚えている人も多いだろう。

 しかし現在の冥王星は、惑星ではなく『準惑星』という呼称で呼ばれている。

 この準惑星というカテゴリーができるまで、太陽系の天体は、大きく分けて『惑星』と『小天体』という二つのジャンルしかなかった。

 しかし、昨今の宇宙探査技術の発達で、海王星の外には、冥王星クラスの星がゴロゴロしているということがわかってきた。

 現在でも優に1000個程の、冥王星前後クラスの星が発見されている。


 これらの言ってみれば『中途半端な大きさの惑星』『太陽系さんとはちょっとご縁が違う惑星』を総じて『準惑星』という呼称で呼ぶようになった。

 これをよく「惑星から降格された」なんて、まるで部長から課長に降格されたように言う人もいるようで、特にアメリカ人は、この星がアメリカ人天文学者が発見したものだから、「プルート」なんていう犬のキャラクターを作るぐらいのお熱の入れようで、この学会の決定にえらく反対したそうだが、天文学的には降格どころか、出世独立なぐらいの大改革であって、この冥王星クラスの惑星がゴロゴロ発見されてきたおかげで、こんな銀河の辺境にある太陽系にすら、ゴマンと星があることがわかってきた。

 そして、これらを総じて『太陽系外郭天体』というカテゴリーで呼称するようになり、新たな太陽系のあり方を発見する契機になったわけである。



 クラージェは、冥王星宙域にワープアウトする。

 地球出発から、この冥王星まで現在……なんと2時間半。

 それもその内、2時間27分は点検作業についやしているわけなので、ここまでくるのに実質3分。

 つまりクラージェのディルフィルド航法というものは、現状、光の数十倍の早さでこの宙域までやってきたということでもある。


 壁面モニターの冥王星と、その衛星……というにはデカすぎる、まるで2連星のような星『カロン』をソファーで眺める。


「はい、コレをご覧のみなさん。今私は冥王星宙域にいます……いまご覧になっているのは、冥王星と、その衛星、カロンさんです……えー、今私は、地球を出立して、木星での機体チェック時間も含めて、2時間半でこの宙域に来ています……いやぁ、なんといいますか……今まで人類が一生懸命宇宙開発に力を注いでやってきたこと……なんだったんでしょうね……NASAさん、すんません、お宅のニューホライズンズより先に来ちゃいました……いろんなデータをお取りになるんでしょうが、それよりもこのスマホの動画の方が価値があったりして……いやはや……デコボコ穴な爆弾素材のようなものはありませんな、ハハハ……キノコのような建物や、ミサイルもありませんよ……」


 柏木は、クラージェの食堂区画でイゼイラ茶でも飲みながらブツクサとこんなことをいっていた。

 柏木はもう太陽の光がかろうじて届く宙域に、かすかに輝く冥王星とカロンをスマホで撮影しながら今の心情をナレーションする。


 よく宇宙飛行士が宇宙に出ると、その死生観やら人生観やらが変わり、どういうわけかどいつもこいつも平和主義者になって帰ってくるという話を耳にするが……確かにそれもわからんでもない。

 たった2時間ちょっとで、人類が成し得なかったことを、柏木は一人でもうやってしまった。

 なんだか今まで小さいことで悩んでいた自分が、アホらしくなってくる。

 これが宇宙の持つ力という奴なのだろうか……新人類とかいう概念も、今ならわからんでもない。今なら俺もジョウゴを飛ばせるぞとアホみたいな事を思う柏木。

 見える!……私にも見える!……かもしれない……


『ア、マサトサン、ここにいましたか』

「ん? あ、フェルか、どうした?」 

『ハイ、今からミーティングをしますので、参加してもらいたいのですガ……どうしました?なんか呆けちゃってるみたいですけド』

「ん? ハハ、いやね、なんかフェル達の文明って、ほとほとすごいなぁと……」

『ウフフ、どうしてですか?』

「いやさ、地球じゃ数年前にこの星へ探査機をロケットで打ち上げたんだけどさ……その探査機、ここにくるのが来年なんだよ……」

『ナルホド、そういう事ですカ、ウフフ、まぁ仕方ありませんよ。クラージェはディルフィルド航法で航行すれば、光速の数百倍を、リアルタイムで移動することがデキます……確かにその探査機は追い抜いちゃいますネ』

「ハハハ、そういうことだよなぁ……さて、ミーティングがあるんだろ? 行きますか……」


 よっこらせと柏木は席を立つと、フェルに連れられてミーティングルームに向かう。


 ミーティングルームにはクラージェの船長に副長、フェル、リアッサ、ニーラ、ジェルデア他、各部所属長が出席していた。

 船長と副長、他スタッフに柏木は挨拶。

 船長の名は、ティラスというイゼイラ人デルン、見た目の歳は50代。副長の名はニヨッタというイゼイラ人フリュ、見た目は柏木と同じ37歳ぐらい。両者とも典型的なイゼイラ人だ。

 みなさん、責任を持ってフェルと柏木を本国まで届けるといってくれたので心強い限り。

 ティラス船長は今後のスケジュールを皆に説明する。


『サテ、今後の運行スケジュールだが、ニヨッタ副長、例の施設の稼動は問題ないのかな?』

『ハイ、先程信号を探知しました。問題なく稼動できるかと』

『フム、では予定通りでいけそうだナ』


 すると柏木は船長に問う。


「船長、先程“施設”と仰いましたが、それは……?」

『そうですな、ファーダ大使にはお教えしておかなければなりませんな……とはいえ、どこからお話すればいいか……』


 それもそうだ。ティエルクマスカの科学力を何にも知らない人間に説明しなきゃならないわけだから、ちょっと大変である。

 以前、クリスマスの時、柏木はフェルにクリスマスの事を説明したが、アレと同じだ。何も知らないもの相手に、その人が理解できるよう、知ってる人間が説明するという事は大変な労力を要する。

 以前、現代の脳外科医が江戸時代にタイムスリップして、江戸時代の人間に現代医学を伝えるSF作品というものがあったが、アレと同じである。

 とはいえ、そういうところは、これまたこのSF作品でもわかるように、現代日本人も『SF』というフィクションとノンフィクションを使い分ける知恵もある。なので江戸時代の人間に一から教えるよりはマシだ。


『ティラス船長、マサトサンは以前の、アマトサクセンを立案したお方でス。普通にご説明されてもある程度は理解していただけると思いますヨ』

『おお、確かそうでしたな。わかりました。では出来る限り噛み砕いてお話はしますが、わからないところがあればご遠慮なクお聞き下さい大使』

「ええ、すみません。よろしくおねがいいたします」


 そういうと、これからの運行計画をティラスは説明する。


 実はヤルバーンは太陽系に到達した際、この冥王星宙域にある細工をするため、一ヶ月ほどこの宙域に滞在していたそうだ。

 それは『ディルフィルド空間軌道ゲート基地』というものを建設するために滞在していたそうだ。

 

「え? 『ディルフィルド空間軌道ゲート基地』……ですか?」

『ハイ、ソウですね……わかりやすく言えば、あなた方が地球で使われている『テツドウ』というトランスポーターの『センロ』と『エキ』のようなものでス』


 こういわれて、柏木はなんとなくイメージできた。

 ティラス船長が説明するには、ハイクァーン技術と、この宙域の小惑星を利用して、要するにワープ鉄道の駅のようなものを作っていたのだという。しかも無人駅である。

 それを任意のある宙域に存在する、同じような施設へ時空間を繋げて維持し、駅と駅の間で、レールのようなものを繋げているのと同じような状態にしていると。

 この時空間接続に2ヶ月ほどかかったそうだが、すべて地球のヤルバーンからの制御と、細かい部分は自動制御で行われていたため、うまくいっているか心配だったそうである。

 結果、問題はないらしいということだと。


 とまぁ、そんな感じで説明を受けた。


 この時、柏木はふと思った。


(なるほど……あのサバゲー打ち上げで飲みにいったときの板状小惑星って、やはりヤルバーンの事だったのか……ということは、太陽系の果て暮れのココで、ソレを作っていたワケなんだなぁ……)


 と……


 するとニーラが更に説明する。


『えっとエっと、ふぁーだ大使、あのね、この“ディルフィルド空間軌道ゲート”は、ワタシ達が未知の宇宙に着いたときは必ず作るものなんですヨ』

「ほう、どうして?」

『それはね、早くオウチに帰れるからです』

「ということは……その通常のワープ航法、あ、いや、ディルフィルド航法とかいうものを使うより速く移動できる……ということですか?」

『そうデすよ。ディルフィルド空間軌道ゲート基地同士は、常に亜空間で繋がっている状態ですから、そこに飛び込めば、どんな距離でもひとっ飛びデス』


 そして、その到着先から、また別のディルフィルド空間軌道ゲート基地を使って乗り換えて……とそういう感じで、正味、鉄道の乗換えか、航空路線の乗り継ぎのような感覚で、天文学単位を移動するのだという。

 そして、この技術が、ティエルクマスカ連合の基幹交通技術で、この技術のおかげで、ティエルクマスカは連合国家を維持できているのだとニーラは説明した……なかなか賢いガキんちょである。


「なるほどね、だから行く先々でこの基地を作って移動を容易にしているという事ですか……なるほどなるほど……いや、最初、5千万光年を1年半かけてやって来て……直行移動時間は二ヶ月ですか? それでもすごいと思っていたのに、帰りは5日って……話が合わないじゃないかとおもっていたんですよ。しかもヤルバーンよりもずっと小型のこの船で……なるほどね~……そういうカラクリがあったというわけですかぁ……」


 するとフェルが話す。


『ハイです。ですから……そうですね……このゲートを使えば、航行シールド装置は基地からハイクァーンで作って提供できますのデ、その気になれば地球製で、現在の技術の宇宙船でも、イゼイラまで行こうと思えば行けますよ、ウフフ』


 どぇぇ!っとビックラこく柏木。


「え!!そうなの!!?」

『ハイです』

「いやしかし、仮にそうでも、今の地球じゃここまでくるのに相当な労力がいるからなぁ……ハハハ」

『エ? じゃぁ基地を地球の衛星軌道まで持っていけばいいだけじゃァないですカ』

「え?……いや、ハハハ……まぁそうだけどね……」


 こういうことを彼女達は平然と言ってのける。

 なんともはやだ。

 まぁ言ってみれば、彼女達からすれば、それほどこういった技術も『普通』の事なのだろう。


 ティラス船長は続ける。


『トいうことで、これから基地のある場所まで移動します。スグですよ』

「わかりました」


 クラージェは巡航速度で移動を開始。冥王星最大の衛星である“カロン”方向へ向けて舵を切った。

 カロンに近づくと、カロンの裏側に、何か天体のようなものが見えてくる。肉眼でもその姿がおぼろげながら確認できた。

 クラージェはその天体に近づいていく……だんだんとその天体の姿がはっきりと確認できるようになってきた……そして、その全容を柏木は目撃する……


 それは……小惑星でできたドーナツのようなものが2つほど重なった……それはもうあまりにドでかいリング状の物体であった。

 小惑星状の物体と、人工物が緻密に、かつ幾何学的にからみあった、何かの前衛芸術作品のような超巨大物体である。

 そのリング状の物体は、交互に、そしてゆっくり左右に回転していた。

 その物体の直径は、ニーラの説明では30キロ程はあるという。


「え!?……ニーラ博士、ヤルバーンはこれを一ヶ月で作ったんですか!?」

『はい……本当なラ、もっときちんとした資材を使いたかったのですけど、この宙域には良い元素をたくさん含んだ小惑星が多いのデ、それを使わない手はないだろってことで、こんな風になりました。ちょっと不格好ですヨね~』


 テヘッという顔をするニーラ。


「い、いやそういうことじゃなくって……これの工期が一ヶ月って……」

『エ? そんなものじゃナいですか?』


 話が全く噛み合わない……もういいやと思う柏木。

 ティエルクマスカの技術に、一言一言疑問に思うだけ意味が無いという事をようやく察する。


 おそらく進んだ科学とはそんなものなのだろう。

 そういうものなんだ……と認めて、それを受け入れるしかない。


 現在の地球でもそうだ。例えば、パソコンを一台買ってきて、そのパソコンを使うのはいいが、そのパソコンのCPUの構造やら、メモリーの構造やら、SSDやHDDがどうやって動いて、なぜそんな風に機能するかなんて気にしながら使う奴なんてのはそうそういないだろう。

 買ってきて、電源を入れて、OSが立ち上がるから使うのであって、CPUのパイプライン構造やら、SSDの記録素子の構造やらを誰が気にしながら使うかという話だ。

 それが、ティエルクマスカの科学力に基づくここまでの代物なら尚更である。

 んなもの、今の地球人に、しかも芸大出の37のオッサンが理解しようと思うだけ無駄な話ということだ。


 ニーラが言うには、ハイクァーンと、ヤルバーンの転送機能、そして、トラクターフィールドを使えば、そのぐらいでこの程度の施設なら普通にできるという事だそうだ。

 もう……ハイソウデスカってな感じであった。


 ニーラの話では、ゲートへの突入までにはまだ若干準備がいるということだそうなので、少し待ち時間ができた。

 すると、そのタイミングを見計らったかのように、リアッサが話しかけてくる。


『カシワギマサト大使』

「ああ、リアッサさん、ハハ、シエさんにも言っていますが『カシワギ』でいいですよ……どうもその『大使』てのに慣れなくて」

『フフフ、ソウカ、デハカシワギ、スマナイガ、オ前の付ケテイル“ゼルクォート”ヲミセテクレナイカ?』

「え、あ、あぁいいですよ」


 柏木は左腕をリアッサの前へ差し出す。

 リアッサは柏木の腕を取り、左に右にマジマジと見る。


『コレハ、フェルニモラッタモノカ?』

「え、えぇそうですが、なぜわかったんです?」

『ア、イヤ、コウイウタイプハ珍シイノデナ』


 リアッサの視線は、柏木のPVMCGに彫られている何かの紋章のようなマークに目がいっていたようだ……しかし柏木はその視線に気づかない。


 するとリアッサは船長、副長と話していたフェルに声をかけて呼び寄せる。


『ハイ、なんですか? リアッサ』

『フェル、このゼルクォートハ武装造成をレベル10マデデキルタイプダナ』

『ハイ、そうですが』

『フム……フェル、セキュリティヲ、レベル4マデ解除シテヤレ』

『エ?……でも……』

『ナニカ問題アルノカ?』

『マサトサンの話では、コレ以上のレベルは、ニホンの法に触れるとかで……』

『ナニヲ言ッテイル、ココハニホンデハナイゾ……モシ万ガ一ノ時ガアッタ場合、自分デ自分ノ身ヲ守レンヨウデハマズイダロウ』


 そういうとリアッサは柏木に、宇宙は甘いところではない。自分は最大限柏木を守るよう努力するが、万が一の事は例え外交官でも考えておいた方がいいと教える。

 例えば、船に不具合が起こり、未開の惑星に不時着することもある。その惑星の凶暴な生物から身を守ったり、もしこの船が海賊ならぬ宙賊まがいの連中に襲われた時、船に侵入されて白兵戦にでもなれば、武器がなかったら終わりだとか、そんな事を説明された。


 その話を聞いて、柏木はニュースなどでよく聞くソマリア沖の話なんかを思い出したりする。

 

『ウ~ン、どうしますか?マサトサン』

「うーん……フェル、そのレベル4まで解除したら、どんな武器を使えるの?」

『と言われましてモ……どう説明したらよいか……』


 柏木は以前、ヤルバーンの物々交換ショップで、レベル10を解除したら、ディスラプターガンとやらの武器が使えると聞いたことがあるのを思い出した。

 なんでも、当たったら最後、分子のチリになるような代物らしい。それが最強レベルなのだろう。


 悩む二人に、リアッサが助言する。


『ソウダナ、私ノ調査デハ……レベル4ナラ、地球人ニ解リヤスク例エレバ……ニホンノ、ジエイタイデ使ワレテイル“ケイタイ・タイセンシャ・ムハンドウホウ”トカイウ武器ノ威力グライマデナラ複製シテ仮想造成可能ダ』

「ええっ! パンツァーファウスト3ですか!……ほぇ~……どーしよ……」


 その武器の固有名詞がスっと出てくる柏木の偏った知識もたいがいである。


『マサトサン……言われてみればリアッサの言うことも、もっともデス。解除しておきましょウ』

「うちうって……そんなヤバイの?」

『ヤバイっていえば……ヤバイですヨ……あのモンスターのげーむ、アリましたよね?』

「はい」

『アんなのが、ゴロゴロいる星もありますですヨ』


 それを言われた瞬間


「わかりました、お願いします、フェルさん」


 思いっきり納得した柏木。頭を下げて、ピュっと左腕を差し出す。右手を添えて。

 まぁ、そうそう使うこともないだろと、そう思いつつ解除してもらった。



『ディルフィルドゲート突入準備完了。各員所定の位置につき準備をお願いします。繰り返しますディルフィルドゲート……』


 船内放送がまた慌ただしくなる。

 ディルフィルドゲートの起動準備が完了したようだ。

 巨大なそのドーナツを二つ重ねたような形状の巨大なリングが、回転速度を上げて交互に回り始める。

 リングを構成する人工構造物は、キラキラと閃光を放ちながら、さながら化けモノじみたメリーゴーランドのごとく煌びやかに光を放ち、グングンと回転する。


『ヤルバーン司令部からの通過許可を確認』


その放送を聞くと、柏木はふと疑問に思い、フェルに尋ねる。


「なぁフェル、今のって……もしかしてこの船って、ヤルバーンとリアルタイムで通信していたのか?」

『ハイ、このゲートの管制権限もヤルバーンにありますので、通過許可をもらわないと、使用できないのでス』

「なんだ、そうだったのか」


 このあたりは、柏木も天戸作戦立案時に、そういう通信手段があると踏んでいたので、そうは驚かなかった。


「でさ、どんな方法で通信してんだ? 地球なら電波を使うから、こんなところまできた宇宙船が仮にあったとしても、通信するのに往復軽く10時間はかかっちまう」

『私達ハ、ベルナー粒子……地球では“リョウシ”とよばれている物の、テレポート現象を利用して通信していまス。なので、通信距離というものはあまり関係ないのデすよ』

「えっ! 量子のもつれを利用してるのか! はぁ~……どうりで……」


 そりゃ電波なんざ使わないわなぁと今更ながらに納得する柏木。


『エ? わかるのですか? マサトサン』


 意外そうな顔をするフェル。


「うん、まぁ俺も一応そっち方面の仕事してたからね。概要だけならわかるよ。地球でもその通信方法は熱心に研究されてるんだ……じゃぁ……このスマホに撮ってる木星の映像とか、ヤルバーンに今送れる?」

『ア、ハイ、今のうちならまだ大丈夫です。ゲートに入ってしまってからではちょっとムズカシイですが』

「んじゃ、このスマホやPVMCGの動画データ、行く前に送ってくれないかな。二藤部総理宛で」

『ハイです。わかりましタ』


 そういうと、データを預かり、フェルは地球のヤルバーンに送信してくれた。

 柏木はニッヒッヒッヒな顔をして(みんなぶったまげやがれ)とほくそ笑む。



 そんなこんなで、ディルフィルドゲートの方も、程よく出力が安定したようで、突入準備に入る。

 柏木はシートに座り、準備するが、ちょっと不安げな顔。その理由は、このゲートの到着地。つまり向こう側の出口が300万光年彼方の場所というからだ。

 この一回のジャンプで、地球圏の諸々とはおさらばというわけ。


「ねぇねぇ、ニーラ博士ぇ……」

『はいはイ?』

「……ちゃんと目的地に……着きますよねぇ?……」

『はイ、もちろん』

「着いた世界が知的な猿ばっかりの地球でした……なんてこと、ないですよねぇ?……」

『エ? なんの話ですカ?』

「あ、いや、こっちの事……」

『ウ~ン……もしかしテもしかして、平行世界に飛ばされないか? って事デすか?』

「あ、いや、そこまでは……」

『えっとえっト……過去にぃ、確か2500周期前に一度そんな事故があったデすけどォ、その時の対処法としてはぁ……えっとえっと、遭難者のベルナーパターンをですねぇ、データバンクからゲートを使ってサーチするんですけどぉ……それでそれで……』


 人差し指をピっと立てて、熱心に解説するニーラ。片目を瞑って得意顔。


 ……しかし、聞かなきゃ良かったと思う柏木であった……なんのこっちゃわからん……


「しかし、そんなに便利なゲートシステムなら、一気にイゼイラまで繋げて飛びやぁいいとおもうんだがなぁ……」


 と漏らす柏木。すると後ろのシートに座るジェルデアが身を乗り出してきて


『ファーダ、このクラスのゲートは、移送距離の限界が300万光年なのデすよ』

「あ、そうなんですか……では純粋に性能という訳で?」

『そういう事デす。向こうに着けば、もっと規模の大きいゲートステーション基地がありますから、ソレを使えば一気にティエルクマスカ領内まで行くことができまス』

「なるほど……ではこのルートは、まだまだローカル線ってわけですか」

『ハハハ、ニホンの“テツドウ”に例えるなら、そういう理解でよろしいかト』


 するとフェルが話に入り


『ソレとですね、マサトサン。向こうで例の私たちをサポートしてくれる残りの一人と合流する手筈になっているデス』

「あ、木星で言ってたゼルエさん紹介の」

『ハイです。なのでどのみち行かなけりゃいけないデすよ』

「なるほどね」


 そんな話をしつつ、ゲート突入カウントダウンに入る。

 クラージェはゲートの自動突入準備システムから、機体にハイクァーンで何やら付属品を装備されると、ゲート正面にゆっくり進んでいく。

 ゲート通過の所要時間は、地球時間で約21時間ほどらしい。まぁほぼ1日だ。

 それで柏木は、この太陽系……いや、銀河系ですら宇宙に瞬く星々の一粒にしか見えないような距離まですっ飛ぶ事になる。


 柏木はさっき送った動画データが届いたかな? もうみんな見てるかな? などと思いをめぐらす。

 どんな顔をしているのだろうか……と。

 そんな事を思いながら、ニヤつき顔で、その時を待つ。


『ゲート進入、開始します。距離1000……900……800……』


 直径30キロのゲート、その環の中には、まるでシャボン玉の膜の表面のような、なんともいえない鏡面的なまだら模様がうねっている。

 その中に、豆粒のように小さなクラージェが進入していく。

 何かの映画にでも出てきそうな派手さはない。

 超巨大な渦巻きのようなものに吸い込まれるわけでもない。

 レールガンのような物にすっ飛ばされて、押し出されるような物でもない。

 何かの境界線をまたぐような、手に持ったコインを表面張力でピンと張ったコップの水面にスっと落としこむような、そんな感じでクラージェは空間境界面に進んでいく。

 

 そして……


 もしそこで音が聞こえるなら……ポチョンというような音がしそうな感じで、クラージェは境界面に飲み込まれていった……


 そして、クラージェはゲートに進入した途端に、何か例えようもないぐらいの怒涛な空間の奔流の中を進む。

 スピードなど知った事か……速度というものの極みの世界……究極の吸い込みと、究極の引き込みが交じり合う、光と、闇と、閃光とうねり……そんな空間をクラージェは何事もないように進んでいく。

 しかし、その船体には、何かから完璧に守るように光の繭に包まれて、進んでいる。




 柏木は、そんな世界を体感していた……




 ………………………………




 太陽系・第3惑星・ちきう。

 太平洋の西の端、ヨーロッパから見れば東の極地、なので極東という。

 大陸を超えたところにある、大陸に蓋のようにかぶさった位置にある龍の姿に似た島国、日本。


 その国の東京都という自治体にある首相官邸……


 主人がしばらく留守になった柏木の執務室にデンっと居座るのは……どういうわけか、ヤルバーン局長の我らがシエ・カモル・ロッショ@キャプテンウィッチさんであった。


 柏木は、シエに自分のいない間、ヤルバーン連絡員用に、この部屋を使ってくれてかまわないといっていたので、シエが日本人モードでお邪魔し、二藤部達の会議が終わるのを待っていた。

 今日でもシエは堂々とモデルウォークで正面玄関から官邸へ入っていく。

 最近は、あの記者発表以降、番記者の数も倍々にふくれあがり、官邸へ入る政治家という政治家に記者が群がる始末。


 そんな中、レギンスなシエがモデルウォークで記者達を道端に落ちている小石のごとく、意にも介さず堂々と彼らの前を抜けていくので、記者達は「ありゃ一体何者だぁ?」となるのは至極当然なわけで、マイクを向ける勇者も幾許かはいたそうだ……が、シエの貫くような殺視線に記者ら全員タジタジとなり、みんな遠巻きに見ているだけだった。


「総理の愛人とか?」

「そりゃぁないだろう、愛人を官邸に呼ぶかよ普通」

「じゃ、なんかのエージェントとか……」

「ありそうだが、あんなエージェント、目立って仕方ないぞ」


 と、そんな憶測を呼んだりしたり……



 柏木達が旅立って、既に十数時間。


 いつものエロビューティな姿でソファーに御御足組んで座り込み、最近買ったというエクスペリメントなタブレット端末を少し小指を立てた手でスイスイとなでながら、シエはアレ以降のニュースをネットで見ていた。

 で、一通りニュースを見終わると、タブレットを縦にして、最近ハマっているパズルゲームをプレイしたりして、暇をつぶす。

 青赤緑ピンクに黄色と紫の玉をカコカコとスライドさせてモンスターをやっつけている。

 貯めた魔法の石の数は90個。


『ア、今日ハシルバーナどらごんノ日カ……』


 欲しかったモンスターを進化させ、ゲットできてニッコリするシエ。


 すると官邸女性スタッフがシエを呼びに来る。


「シエ様、総理がいらっしゃってくださいと」

『ウム、ワカッタ』


 タブレットをスリープにして、ハンドバックに入れ、席を立つシエ。

 スタッフの後をスタスタと歩く。

 

 五階、総理応接室の手前で、カっとシエは光り、一瞬のマッパのあと、いつものダストール姿のシエに変身する。

 えっ! と振り向くスタッフは、いきなり容姿を変えたシエに、ひょえ! っとなる。


「もう! シエ様、いきなりその姿にならないでくださいよぉ……心臓に悪いですッ!」

『フフフ、スマナイナ。ニホンノ代表ニ会ウノダ、サスガニ、ウソノ姿デハ失礼ダロウ』


 そういうとシエは、スタッフに連れられて、総理応接室に入る。

 そこには二藤部と三島、春日、そして、官房長官の浜、真壁がいた。


 シエはティエルクマスカ敬礼をする。


「ようこそいらっしゃいましたシエさん、ま、どうぞおかけになって」


 二藤部はシエを席へ誘う。


『スマナイ、フ、ファーダ……』

「ハハハ、無理に敬語は結構ですよ、シエさん。ダストール人の方々の事は我々も存じております」

『配慮痛ミ入ル、ニトベ』


 ペコリと礼をするシエ。

 三島がさっそく本題ヘ。


「ところでシエさん、なんか急な用件だって? 何かあったのかい?」

『ウム、報告ト、渡シタイ物ガアッテ参上シタ』

「報告っていうと、柏木先生のことかい?」

『アア、マズソレカライコウカ……カシワギハイマカラ三時間ホド前ニ、冥王星宙域ヨリ無事、太陽系ヲ離脱シタ』

「そうですかい、無事に……って! オイオイ! 三時間ほど前!? 冥王星だって!?」

『ウム、ソレガ何カ?』


 呆けた顔でお互いの顔を見る二藤部達。

 まぁ確かにワープ技術があるのはわかっているにせよ、実際そういう言葉をリアルで聞くと、びっくりもする。

 二藤部が尋ねる。


「で、シエさん。太陽系を離脱したといいますと……」

『言葉通リノ意味ダ。ディル……イヤ、わーぷトイッタホウガ解リヤスイカ? ソレデ恐ラク、明日グライニハ、300万光年グライ先ニ到着シテイルダロウ』


 当たり前の出来事のように言うシエ。

 政治家のみなさんは、どう受け答えしたらいいかわからず、苦笑い。

 一人目を輝かせているのは真壁だけだった。


「何かもう、海外旅行感覚ですね、ハハハ」

 

 春日が思わず口に出す。

 全員それにつられて笑ってしまう。いやはやと。


『ソレト、コレヲ渡シテオク。カシワギカラノ映像資料ダ』

「え? 柏木さんから?」

『モクセイ? ト言ワレル宙域デ撮ッタ物ミタイダゾ、良ク撮影デキテイル面白イ映像ダ……メイオウセイトカイウ宙域カラモ送ラレテキタ。是非ニトベ達ニ見テ欲シイトメッセージガ付ケテアッタ……ドウスル? 今ココデミルカ?』

「も、木星……それに冥王星ですか!?」


 一様に驚く男衆。


 シエは応接室に大型のVMCモニターを仮想造成し、空中に浮かせる。

 この中で浜のみそれを初めて見るので、腰を抜かすが、その他のみなさんは慣れたものである。浜の様子を見て笑っていた。


 そしてシエは……衝撃の映像を再生する。


 大きな木星をバックに、宇宙船上部で作業をするイゼイラ人。


 まず、その宇宙服も着ずに、そこらの船の甲板上の船外作業みたいな映像に、全員が釘付けとなってしまう。

 真壁が……


「こ……こんな事ありえませんよ!……すごいすごい!」


 と一人興奮していた。


 リアッサ達の紹介。一人一人ティエルクマスカ敬礼をして、画面にニコリと映る。

 特にパーミラ人のジェルデアは、二藤部達にはお初だったので、驚いていた。


「へぇ……両生種族ですか……」と二藤部

「あれか、カエルみたいなもんか?」と、いらんこと言いの三島。ホッケの煮付けでまだ懲りていないらしい。


 シエが横から色々と解説を加えてやる。

 船外は環境シールドで保護されているから、いってみれば、ドームの中みたいなものだとか、パーミラ人の母星は陸地が星全体の10パーセントほどしかないとか。


 そして、何か飲み物を手に持って、和気藹々とやる柏木達。

 月見酒ならぬ。木星見酒。

 

 これにはみんなも……


「柏木先生、何しに行ってんだよ、一応公費だぞ、ハハハ」と三島。

「あれ? そういえばフェルフェリアさんが一つも映っていませんね」と春日。

「そりゃぁ、フェルフェリアさんは、コッチにいることになっていますからね」と二藤部。

「フェルフェリアさん的にはかなり不本意ではないですか?」と笑う浜。

「ということは……彼女はカメラマンですか?」と真壁。

『マァ、ソウイウコトダロウナ』とシエ。


 そんな事を話しつつ、全員爆笑。


 次に冥王星の映像。

 これは船内の壁面モニターからの映像だが、フェルが気を利かせて、船外モニターの映像も一緒に送ってきていた。

 これにはまた真壁も興奮して……


「こ、これは貴重な映像ですね! この映像だけでクルンプケ・ロバーツ賞をとれますよ……」


 とかぶりつきでモニターを見る。

 特に、衛星カロンを見れた事は、ものすごいことだと真壁は言う。



 ……そして動画は終了。


 二藤部達は、何か夢見顔。

 信じられない物を見た人間の顔というものは、独特なものである。


「ハァ~……これは……」


 深くため息をつく二藤部。


「先生……のっけからえげつないもの送りつけてきたなぁ……ハハハ」


 こういう知識もある程度、漫画的に豊富な三島。ちょっと呆けている。


「何か言ってましたね『NASAやJAXAに見せますか?』とかなんとか……」


 苦笑いな春日。


「こんな映像みせたら、両宇宙機関ともひっくり返りますよ」


 浜も苦笑い。


「まぁ……この件は今、国民的な話題ですからねぇ……民生党時代の、あの漁船映像みたいなこともできませんし……」


 二藤部も少し困惑気味。

 う~んと腕を組んで考えこんでしまうみなさん。

 そこでシエが一言。


『ニトベ、ドウセカシワギ達ガ帰還シタラ、オマエタチカラミレバ、モットスゴイ資料ヲ持ッテ帰ッテ来るダロウ、コノ程度ノ映像ナド、今更ドウトイウコトハナイトオモウノダガ』

「そうですね……わかりました、公開する方向でいきましょう。まぁただ……タイミングが問題ですけどね、ハハハ」


 とまぁそんな風な感じで決まってしまう。

 柏木が宇宙に飛び立って、のっけからこんな感じである。

 そして、今回の件でやはり二藤部達も言葉には出さないものの、やはり驚いたのが、ティエルクマスカの通信技術だ。

 冥王星と地球の距離を、タイムラグなしでやりとりしているという事実を今回の件で理解できた。

 この事実は、やはり地球の状況は、リアルタイムで逐一イゼイラに報告されていると見るべきであった。

 この事をシエに尋ねると、やはり「そうだ」という。

 それにいち早く気づいた柏木に、やはり二藤部達は冗談抜きで大臣の座に就いてもらわねばと思うのだった……




 ………………………………




 ドーン! というとてつもなくデカイ音が響きそうな、そんなビジュアルで水面から飛び出てくるように300万光年先のディルフィルドゲート基地から飛び出してくるデロニカ・クラージェ。


 クラージェは、機体に装着したゲート通過用フィールド発生装置をパージする。

 するとそのパージした装置をゲート基地が転送装置で回収する。

 このゲート通過フィールド発生装置を付けてさえいれば、その気になればスペースシャトルでもこのゲートを通過する事ができる。


『ディルフィルドアウト。ゲート通過完了。各員は通常航行体制に移行してください。ディルフィルドアウト……』


 船内放送が目的地到着を知らせる。

 そしてまた慌ただしくなる。


 ゲート通過時は、ゲートの亜空間的な物理法則に身を任せるため、船員は特に何もすることがなくなる。例えるなら、トロッコがひたすら坂道の軌道に身を任せて進んでいくようなものだ。

 なので、ゲート通過中はむしろ何事も無く、船員にとってはいい休息時間になる。

 思い思いの趣味に興じたり、睡眠をとったり、仲間とバカ話に興じたりと、そんな感じである。


 柏木はその21時間ほどの間、何をしていたかというと、地球を飛び立ってから、もうほとほと驚かされっぱなしであったので、自室で死んだように眠りこけていた。

 フェルが、柏木の部屋を訪れても何も返事がないので、病気にでもなったのではないかと心配して、部屋のロックを強制解除して様子を慌てて見にきたぐらいであった。


 そういう点、フェルも、もう柏木の事実上の嫁であるからして、それ以降は自室には戻らず、ずっと柏木の部屋で過ごしていたもよう。

 日本で一緒に過ごしていた時でも柏木が8時間近くも眠りこけるなんて事はなかったので、メンタル的な心配ということもあったのだろうが、柏木は心配には及ばないとフェルを安心させる。


 そしてクラージェ船内のサロン。


 柏木は、自衛隊から『作業着にどうぞ』と提供を受けた迷彩服3型を着用、半長靴2型を履いて船内をうろつく。

 新品おろしたてなので、名札に名前は書いていない。

 階級章には、自衛隊員がふざけて付けたのだろう、三等陸士の階級章が縫い付けてある。

 ペーペーよりまだ下の階級である。自衛隊に一般入隊したての教育期間中の階級である。

 この階級、平成22年に廃止されて、現在は存在しない階級だったりする。


 着た瞬間、柏木は……


(あの人らは……もう……多分オーちゃんの差金だな……)


 と苦笑い。自衛隊流のジョークに少し微笑んでしまう。

 大使で三等兵というのも、悪くはないと思ったりしたり……


 但し、自衛隊員が気を利かせてくれたのか、渡された迷彩服には八千矛―メルヴェン徽章が胸に付けられてあった……今では超エリート部隊の徽章だ……ここが連中の粋なところでもある。


 さすがに特に何もないときぐらいはラフな格好でいたいものだ。

 フェルからイゼイラ制服のPVMCGデータももらっていて、それも今度着てみようと思う。


 サロンの壁面一杯に展開された300万光年先の宇宙を腕を組んで眺める柏木。


 思えば遠くへ来たもんだ……そんなレベルではないが……


『マサトサン、どうですカ? 地球人で初めて銀河系を飛び出したご感想ハ」


 フェルが柏木に寄り添ってくる。


「ああ、フェル……ハハハ、そうだねぇ……宇宙はどこも真っ暗ですな」

『ウフフフ、そうですね。でもマサトサン、これから以降ハ、今までの宇宙と違ったものが沢山見えてきますヨ』

「そんな……フェル達はそれがどういうものか知ってるからずるいよ」

『ソうです、ずるいンですヨっ……ウフフ……でもねマサトサン』

「ん?」

『私達が、あの時以降、地球で見たこと聞いたことモ、今のマサトサンと同じ感覚だったのデすよ』


 確かにそれは解ると柏木は思う。

 アニメに、鉄道に、いろんな日本の工業製品。クリスマスにお正月、エアガンに戦車、小銃。

 これらすべてをイゼイラ人、いや、ティエルクマスカ人は驚きと感動を持もって受け止めている。

 こんな強烈な科学技術を持つ人達にもかかわらず……である。


 それは現代人が、過去の遺物を郷愁にかられて喜ぶような、そんな感覚ではない。

 全く新しい物を発見したような、そんな様相でもあった。

 フェルが柏木の家でモンスター狩りのゲームに熱中したり、シエがタブレットで今流行のパズルRPGにハマったりと、ティエルクマスカでは、日本人や地球人から見ればもっとすごいものがありそうな感じなのだが、そこの感覚がイコールではない。


 以前、フェルが話していたが、シエの部下のイゼイラ人が、自衛隊基地で大型特殊自動車、つまり戦車の運転免許証を取得したそうだ。

 自衛隊の戦闘兵器を研究するために取得したそうなのだが、それは大層喜んでいたという。

 そして、日本に遊びに行った際は、必ずレンタカーを借りて、日本の街を走っているという。

 それ以降、日本の各地で運転免許取得を希望するヤルバーン乗務員がチラホラ見えるようになったという。

 彼らからすれば、自分でダイレクトに運転する乗り物というのが珍しいのだろうか、その話を聞いた時は、交通事故を心配したが、どうもそれもないらしいので、そこらへんはティエルクマスカ技術でうまいことやってるのかな? とも思ったりする。


 そんなよもやま話をしていると、ニヨッタ副長が二人に話しかけてきた。


『ファーダ大使』

「ああ、どうも副長さん」

『船長が、ブリッジルームをご覧になりますカ? と仰られていますが、どうなさいますか?』

「え? いいんですか?」

『ハイ』


 するとフェルが


『行きましょうヨ、マサトサン』

「ハハ、そうだね、ではお邪魔させてもらいましょうか」


 ニヨッタに案内されてブリッジルームに入る柏木。

 そこは……


「おお~! これはこれは! ハハハ」


 まるでアノSF映画のようなブリッジだった。

 この船長席は、ハゲ頭がよく似合いそう。

 ブリッジクルーが全員起立して、柏木にティエルクマスカ敬礼をする。

 柏木も照れながら礼をして返す。


『ようこそクラージェのブリッジへ、ファーダ大使』

「どうもどうも……あ~、そのファーダは別にイイですよ船長。ニヨッタさんも」

『そうですか、わかりました大使』


 柏木は、ブリッジクルーの一人一人に挨拶しながら、その機器の説明などを受ける。

 船長席に座らせてもらう柏木。

 これが地球なら、旅客機のコクピットに、ただのオッサンが座らせてもらうという大問題になりそうな行為だが、クラージェは基本、船で、現在は制御システムによる完全自律航行なので別に問題はない。


「完全自律航行ですか!?」

『ハイ、まぁそんなものですよ大使、楽なものです。こういう宇宙船が緊張するときは、ディルフィルド航行時と、ゲート通過時、あとは……』


 ティラスがその後の言葉を言おうとした瞬間、船内になんとも言えぬ不協和音な音が鳴り響く。

 柏木も、その聞いたことのない不愉快な和音が、警報だと一瞬にして理解する。

 

 船内スタッフは急に慌ただしくなる。

 船長は落ち着いた口調で、クルーに問いかける。


『どうしタ?』

『ハイ、システムのセンサーが、短距離救難信号を受信しましタ』

『救難信号?』

『ハイ』


 顔を見合わせる柏木とフェル。

 お互いの顔は心配そうな表情。

 フェルは両手を胸に当てている。


 ニョッタが大声で何かに問いかけている。


『制御システム、この警報の具体的な概要を説明せよ』


 すると、船内スピーカーが抑揚のないシステム的なイゼイラ語で回答する。


『_現在位置より、1678セーラ。空間座標2876・0989・9876付近、救難信号を感知_船籍はハムール星系公民国所属、長距離星間旅客船シレイラ号_救難信号のレベルはアルケ__以上』


『なんだって! アルケだと!……船長!』


 ニヨッタが顔を青ざめさせて叫ぶ。


『ああ! 操舵士、直ちに当該座標へ緊急位相航法で急行』

『り、了解!』


 フェルも船長にかけより心配顔で話す。


『船長、シレイラって……!』

『ええ、そうです局長、急がないと』

『ハイ、もしもの時は、私もお手伝致します』

『感謝いたします局長、ゼルエ局長の一番弟子とも言える貴方がいれば心強い……まぁこの船のお客様に手伝わせてしまうのは心苦しいですが……』

『かまいませン。早く行かないと』

『わかっています』


 柏木は、このただならぬ状況に訝しがる。

 フェルの肩を取って、何事かと尋ねる柏木。


『ア、マサトサン、ごめんなさい。そうですね、説明しないと』

「ああ、まぁそれより落ち着けよ。で、何なんだ? 救難信号やら、アルケがどうのとかいう話だが……どこかの宇宙船が遭難でもしたのか?」

『ハイ……遭難ではアリマセン……』

「なんだって?」

 

 フェルは、フゥと息を一つ吸って目を大マジにして話す。


『ハムールという国の宇宙船が……何者かに襲われているようなのでス……』

「えっ!!!……」


 柏木は、カっと目を見開く。

 フェルは説明する。

 ティエルクマスカ連合加盟国ではないが、イゼイラの友好国、ハムール公民国という惑星国家の長距離旅客用宇宙船が、何者かに襲われていると。

 アルケというのはその救難信号のレベルであると……アルケ信号は、第三者のテロ・海賊行為を示すものであると。

 そして、信号を発しているのは、旅客用宇宙船なので、武装も最低限の防衛用しか積んでいないだろうと。

 さらに……


『その宇宙船には、これから合流するゼルエ局長の部下サンが乗っているです!』

「なんだって!!」

『その部下サンは、その船に乗って、超長距離大型ゲートステーションまで行く予定だったでス。そして、そのステーションで落ち合う予定だったデスヨ』

「そうか……なら早く行ってやらないとな……」


 そういうと船長が


『申し訳ありません、大使。本来ならこの警報を無視してでも、大使を本国へ送り届けるのが最重要任務ですが……我々も船乗りなのでス。この状況を無視するわけにハ……』

「かまいません船長。困っている人を見捨てて行ったなんて事になったら、私も友人や同胞に顔向けできません。行ってください……でないと、このメルヴェン徽章に泥を塗ってしまいます」


 柏木は胸についた六角形に桜の花があしらわれた徽章をポンと叩く。


 柏木とて、規模は小さいが、渋谷で襲われーの、麗子にヤクザ撃退に付き合わされーの、挙句にそれがガーグでしたとなりーので、もうはっきりいって慣れた……っていうか、現在の地球人で、一番常識はずれな体験をしてる彼にとっちゃ、こんな事が一つや二つ増えたところで、もう今さらである。

 

『おお、大使、ありがとうございます。貴方はうわさ通りの勇気ある御方だ』

「友人からは、突撃バカって言われてますけどね、ハハハ」


 お客様直々の承諾を得たクルーは気合全開、クラージェは現場へ緊急位相航法、つまり亜ワープ速度で急行する。



 移動中の会話。


「フェル、それはそうと、もし現場に着いたら戦闘になるかもしれないんだろ?」

『ハイ、そうですネ……』

「この船で大丈夫なのか?」

『ア、ハイその点は心配いりませン。このクラージェは巡航戦闘艇ほどの戦闘力は持っています』

「この大きさで“艇”かよ……そうか……あとはクルーの戦闘スキルだな……」


 柏木は顎に手を当てて考える。

 なぜなら以前、久留米の報告書を読んだ柏木は、ヤルバーンのクルーが対知的生命体戦闘では、戦闘慣れしていないということを知っていたからだ。


『カシワギ、ソレハ心配イラン』


 その話を聞いていたリアッサが後ろから話しかける。

 リアッサは体に防弾ジャケットの何かスゴイ版のような物をまとい、背中から骨格のような物が手足に伸びた機械のような物を装着している。

 そして手には、かなり大型の武器を持っていた。

 柏木はSF的知識で、それをすぐに軽装備な外骨格ロボットスーツのような物だと理解した。


「リアッサさん……」

『カシワギ、コノ船ニハ、オマエノ国ノ“ジエイタイ”ニ訓練ヲ受ケタ者モ沢山同乗シテイル。ソレマデノヤルバーン戦闘員トハ雲泥ノ差ダ。大丈夫ダヨ』


 コクンと頷く柏木。


「しかしリアッサさん、その格好……もしかして白兵戦になるんですか?……」

『ワタシノ予想ガ間違ッテイナケレバ……オソラクナ』


 渋い顔をするリアッサ……


『デハ、私も用意しましょウ』


 フェルもそういうと、人目もはばからず、PVMCGを操作して、マッパになったあと、戦闘服に姿を変える。


「フェル、もしかしてフェルも戦うのか!」


 エっと、愛妻を心配する柏木。


『ハイ、これが宇宙を行くものの掟のようなモノなのでス。助らけれるモノが助けないト……』

『心配スルナカシワギ、近クニイル他ノ船舶ヤ、警備組織モ、コノ信号ヲ探知シテイルハズダ』

「え、ええ……」


 柏木は政府関係者とはいえ、今は言ってみればお客さんである。しかも国賓級の。

 彼らもさすがに国賓をぞんざいに扱う訳にはいかない。

 そして柏木は基本、民間人である。こんな時に何もできない自分が歯痒い……




 ………………




 クラージェは、緊急位相航法から減速する。

 すると、途端に柏木は想像を絶する光景を目にする……


 クラージェの眼前には、全長2000メートルぐらいの翼が生えたような葉巻型デザインの宇宙船が、あちこちから小さな爆発と煙をあげていた……


 そして、その周囲には、何か羽虫のように、たくさんの小さな物体がその宇宙船の周囲を飛び交っている。

 更には、その物体から、何やら閃光のものが発せられ、その閃光が宇宙船に当たると、そこから小さな爆発が起こる。

 時には、爆発だけで済み、時には船体から噴煙が上がる。

 おそらくシールドが効いているところと、そうでないところがあるのだろう。


 そして、その小さな物体は、何機かが宇宙船に突っ込み、その機体をシールドに干渉させながらめり込ませる。

 その様子を見た船長とリアッサは……


『クソっ! やっぱり奴らか!』

『アア! 予感ガ当タッタ!……フェル! 転送機に行クゾ! 味方ガ来ルマデ、何トシテモ保タサネバ!』

『わかりましタ。 じゃ、マサトサン、行ってきまス……』

「フェル!」


 フェルは柏木の口にチュっとキスをすると、リアッサと共に行ってしまう。


「チッ! ハァ~……クソっ」


 目を瞑って首を振り、やりきれない柏木。


 すると船長が、柏木を呼び、船長席の横に臨時のシートをこしらえて、そこに座れという。


「えっ?」

『大使、貴方ハ自分では、ご自覚ないかもしれませんガ、『アマトサクセン』に『メルヴェン』の提唱者デス。私達ハ貴方を指揮者として大変高く評価していまス。ここで見ているだけでも結構、何かあれば我々にご意見を頂きたい……』

「要は……アドバイザーということ……ですか?」

『ソうです……お願いできますか?』

「…………」


 考えこむ柏木。

 

『転送準備完了ダ、イツデモ行ケルゾ』

『クラージェ医療室、準備をお願い致します。大量のけが人を転送するかもしれませン』


 フェルとリアッサの声が船内放送で飛ぶ。


『医療室、準備完了ですぅ!』とニーラの声。

『娯楽室にも、医療ポッドを配備しましタ』とジェルデアの声。


 柏木はブリッジモニターを見据える。

 そして思った。



(これが、シエさんの言っていた『宇宙』か……)




 すべてが日本人……いや、地球人初の体験。

 しかも300万光年先の、未知の宇宙……



 地球を出て、まだたった二十数時間である。

 その二十数時間後で、地球の常識が通用しない世界をまともに体験することになろうとは……



 

 これが……300万光年先の世界である……





 『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』

  ―ニール・アームストロング― 




 人類が初めて月面にその第一歩を記した際に言った言葉。





 1969年7月20日から四十数年後……柏木は人類初の宇宙戦闘を垣間見る……


 

 



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