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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
32/119

帰還

 ― 帰還 ―





ピッポッパッポ……


プップップッ……トゥルルルルルル…………トゥルルルルルル……


『ハイ、もしもし?』

「あ、母さん? 俺」

『オレオレ詐欺なんてはやらないよ』

「ハハハ、何言ってんだよ……」

『どうしたの珍しい……自分から家に電話なんて滅多にかけてこないのに』

「ん? あ、いや、ちょっとね……親父は?」

『え? 今テレビ見てるけど、代わる?』

「あー、いや、いいんだ……」

『なんだよ、変な子だねぇ…… 何かあったの? お金貸して欲しいとか?』

「え!? いやいや、仕事は順調ですよ、そんなんじゃないんだよ……」

『だったら何よ』

「ん? うん……いや、ちょっと……今度一度帰ろうかと思ってね」

『え? ……』

「あー、いや、実は……ちょっと会ってほしい人がいるんだ……」

『えっ! ……もしかしてアンタ! ……』

「まぁ……その……それ……」

『まぁ!! ……<<おとーさん!おとーさん!あのね……がね! ……>>』

「あー! 母さん!?母さん!?」

『で、で、いつ来るの!? ね、ね!?』

「はぁ…… あんま言いふらすなよ…… 実は連れて行く人……なんちゅーか……ちょっと……あー、いや、かなり特殊な人だから……」

『へ?』

「で、そうだなぁ……次の………………………………」





 ………………………………





 臨時休業……というか、麗子の陰謀で結果的にヤクザ撃退or捧呈式成功打ち上げ大会となってしまった、楽しくもアっというまに過ぎた休暇であったが、柏木は東京に帰京後、次の日はフェルと共に家でゆっくり休んで過ごす。

 溜まった洗濯物を片付けたり、掃除をしたり、いっしょにモンスター狩りのゲームを楽しんだり、フェルをダシにして、近所のガンショップに、新製品エアガンのデータを採りに行って、データをフェルからもらったりと、ごく普通の休日最終日を楽しんだ……ちなみに採ったエアガンのデータは最近発売された新製品、ワルサー2000のガスライフル……今度ヤルバーンに行ったら、造成してみようと思ったり……

 まぁイゼイラ人がPVMCGで商品をデータ化すると、政府から税控除とハイクァーン間接取引権をもらえるので、ショップ的にも良い利益になる。


 フェルの日本食材なイゼイラ料理で晩御飯。

 そして食後は二人でお茶でも飲みながら一服。

 昨日までの旅行話に花が咲く。


『旅行、楽しかっタですね~ マサトサン』


 両手に持った湯呑みをスリスリさせながら思い出すフェル。


「ハハ、そうか、気に入っていただけたかな? って、麗子さんに段取りを全面改訂されちゃったけどな」

『ハイ、とっても良かったデス……キノサキもモチロンですが、センリチュウオウのサクライサマにお会いできたことヤ、“あにめガイシャ”の、ケラーの皆様にお会いできたことも嬉しかったデすね』

「そうだね……しっかし、まさかイゼイラ人さんでアニメ作るってなぁ……前代未聞だよ」

『ウレル……と思いまス? マサトサン』

「そりゃぁ売れるだろー、まぁ但し、作品自体が面白くなきゃダメだけどね。まぁ山代が作って、イゼさんかな? ハハハ……が作るんだから普通に考えたら話題性だけでも大ヒットでしょ。おまけにフェル達の星のおとぎ話が題材だしね」

『ワたしたち、イゼイラ人もコエを同期させるそうデスが、うまく演技デきるのかなァ……』

「さぁ? それは努力次第って奴じゃないですか? フェルさん」

『ウ~ン……心配だなァ……』


 そんな話をしつつ、明日の話など。


「フェルは明日からまた調査局で仕事?」

『ハイです。明日はガーグ監視のシフトが私ですカラ、ちょっと遅くなるですヨ』

「はいはい……で、ガーグ、あれからどんな感じなの?」


 少し真剣な顔で聞く柏木。


『エエ、今日、報告書をみて見ましタけど、例のロシア国の動向を重要視シています……今のところはネガティブではないみたいですガ……アト、やはりチャイナ国デすね……ロシア国の動き以降、ちょっと不穏な動向が見て取れまス』

「やはりそうか……いや、そういう感じになるんじゃないかと思ってたんだよ……」

『エ、予測していたのですカ!? マサトサン』

「うん……」


 柏木も、この4日間、ただ単に休日を遊びほうけいていたわけではない。

 いろんな情報ソース……新聞、ネット、関係各所のメール等を見て、いろいろ考えていたのだ。


「なぁ、フェル……」

『ハイ……』

「明日、調査局に行った時、スタッフのみなさんに、中国の動向と同時に、アメリカの動向もよく監視しておくように言ってくれないか?」

『アメリカ国デすか? ……なぜまた……』

「うん…… 俺のカンだけど…… アメリカにこれといった動きが無いようなら……マズイ事が近いうちに起きるような気がする」

『……マズイ事? アメリカ国が何もしなければ……デすか?』

「ああ…………日本にね『風が吹けば桶屋が儲かる』って諺があるんだ……」


 江戸時代の浮世草子『世間学者気質』に登場する言葉である。


『大風で土ほこりが舞って人の目の中へ入る→世間に盲人患者が大発生する→盲人は音楽などで稼ぐしか手段が無いため、三味線がよく売れる→そうすると猫の皮の需要が増加し、世の猫が激減する→そうすると、ネズミが大発生し、桶をかじり倒すので、桶が破損しまくって桶の需要が増加する→ここで桶屋をすれば大儲けができるが、元手がなければ仕方がない』


 という笑い話が元の比喩的な諺だが、いみじくも現在のカオス理論のバタフライ効果を見事に言い表した言葉でもあるため、理論物理の世界では意外に有名な諺である。


『フムフム、ナルホド……つまり、ある一点を集中して監視するより、いろんな相関性を考えて監視したほうがいいという事デすね』

「そう、今回、例の国の問題でロシアがああいった侵略まがいの行為をしても、アメリカは何も動かなかっただろう? それ以前に、シリアという国の化学兵器使用にもアメリカは動かなかった……フェルは知らないだろうけど『共和党』っていう政権の時のアメリカは、こんな時、もうね、ハハ、呼んでもしないのに首を突っ込んで軍事力出しまくって“世界のお巡りさん”って比喩があるぐらいに、世界に対して軍事力をチラつかせて世界中の抑止力になってたんだけど、今のハリソン政権はとにかく動きが鈍い……ってか動かない……」

『コウイウ時、アメリカ国は動いたほうがいいということデすか?』

「ああ、シリアの件にしても、ロシアと妥協してしまったせいで、おそらく世のあんな独裁国家は『一回だけなら許してくれる』っていう悪しき前例をつくってしまったんだ……今回のロシアの件でも、おそらく中国は『ロシアがあんなことをしても、アメリカが動かないなら、ウチラもしてもいいアルよね』ってな感じで……やらかす可能性が高い……」


 フェルは腕を組んで考えこむ……


『モシかして、アメリカ国が動かない……イエ、動けないという理由は、この間、ケラードノバンが仰っていた……』

「ああ、その可能性が高いな……大統領といえど、付いてくる人がいなければ、そうそう動けるものじゃない……フェル……」

『ハイ』

「もしかしたら……メルヴェンが『世界のお巡りさん』まがいなこと……しなきゃならないかもしれないから、注意しておいた方がいい」

『ハイです……調査局スタッフにも、よく言っておきますデス』


 フェルが眼光を少し鋭くさせて柏木の意見に頷く。


「うん、俺からも総理や三島先生に提言はしてみるよ……まぁ……杞憂に終わればいいんだけど……」



 ……そんな話をして、明日の仕事モードに気持ちを切り替えて、二人は共に寝床につく……


 ……しかし……フェルはいつものとおりしばらくするとムニャムニャ言いながら、柏木を抱きまくら代わりにするので、なかなか仕事モードになれなかったりする……困ったものだ……



………………………………



 次の日、フェルはいつもの通りヤルバーンへ向かう。

 ついぞ忘れがちだが、フェルは連合議員であり、調査局局長である。ヤルバーンでは高官の一人なのだ。

 これでもフェルは、イゼイラ最高科学研究院を首席で修了している。これは日本でいえば大学院博士過程修了と同じようなものだ……どっかの私立芸術大学卒とはワケが違う……メチャクチャ頭もいい。

 フェルは基本科学者である。

 それでもって、とある理由で連合議員となり、探査母艦に派遣……というか志願して調査局局長兼務で議会より派遣された。


 だから……偉いのである……



 背筋を伸ばして颯爽と行政府を歩くフェル。

 靴の硬い足音が小気味よい。


「おはようございます。フェルフェリア局長」

「おはようございます。副主任」

「おはようございま~す。フェル局長ぉ~」

「ウフフ、おはようございます。主任」


 行政区画に出向くフェル。いろんな部局の職員が挨拶をする。

 笑顔と会釈で応じるフェル。

 いつものヤルバーン、朝の光景である。


「あ、フェルフェリアさんじゃないですか、おはようございます」

『アら、ニホン国の方でスね。オハヨウございます。どちらの部局の方でスか?』

「はい、財務省の……」


 名刺交換をするフェル。ペコリと一礼


「はは、まさか御名刺を頂けるとは」

『ウフフ、ニホンの習慣を取り入れましタです』

「そうですか、恐縮です。これは記念になりますね、ハハハ」


 昨日に引き続いて、司令部と中央銀行創設の打合せに来ていたらしい。

 

「あー、フェルフェリアさん」

『ハイ?』

「ヴェルデオ大使、何かあったのですか?」

『エ? どういうことデスか?』

「いえ……何か今日は元気がなさそうでして……お体でも悪いのでしょうか?」

『私達はナノマシンを体に入れていますので、ソれはないと思いますガ……』

「あぁ、そうでしたね……じゃぁどうしたんだろ?」

『フム、私も後で顔を出してみまス』

「ええ、そうして差し上げて下さい。ちょっと心配ですので」


 まぁヴェルデオが小難しい顔をするのも珍しいことではないので、後で寄ってみようと思うフェル。


 そんな感じでフェルは自分の執務室に赴く。

 フェルの場合、局長という階級よりも、連合議員の役職の方が当然優先されるので、その執務室も同じ局長階級と比較しても立派な個室である。

 

「えっと、これとこれは……これに挟んで……」


 日本で収集した“書類”を整理する。

   

「ふぅ、ニホンの“カミ”の書類というのも面倒なものですねぇ……あれ? 破けちゃった……」


 ハイクァーン装置まで持って行き、その破れた書類を修復する。


「……これでヨシっと……さて……」


 フェルは執務机にポソっと腰を掛けると、VMCモニターを幾つも出して、ネガティブコード監視システムを呼び出す。


(マサトサンは、チャイナ国と、アメリカ国の動向を良く観察しろと言っていましたが……)


 フェルはポポポっとキーを叩いて、コード相関性システムを呼び出す。

 そして音声入力で……


「システムに命令。現在までに収集した地球世界の世界各国動向パターンを参照し、現在の地球におけるアメリカ国が今後1年間、対外的な軍事プレゼンスを全く行使しなかった場合の、ニホン国における状況を予測しなさい」


【了解_…………地球世界の各種情報ソースを総合的に判断した結果、今後地球世界のネガティブインフォメーションに、アメリカ合衆国連邦が、なんら軍事プレゼンスを行わない場合を仮定すると、現行、最も警戒するべきネガティブアクションは、ニホン国南部に存在する『ヒガシシナカイ』『ミナミシナカイ』と呼称される地域に、高確率で集中します……『ミナミシナカイ』のネガティブアクションパーセンテージは15パーセントから70パーセント。『ヒガシシナカイ』のネガティブアクションパーセンテージは25パーセントから90パーセント……内、ニホン国近海『ヒガシシナカイ』域で発生が予想されるネガティブアクションパターン……


1)チャイナ人民共和国船舶による日本船舶への妨害行為……60パーセント

2)タイワン国船舶の大規模なニホン国領海侵犯行為……40パーセント

3)ニホン国領空域でのニホン国籍航空機への示威行為……30パーセント

4)チャイナ国のニホン国自治体、オキナワケンへの武力行使……15パーセント

5)チャイナ国のニホン国自治体、オキナワケンでの分離独立工作……40パーセント

6)チャイナ人民共和国によるニホン領センカクショトウへの武力侵攻……90パーセント


補足事項:これはヤルバーンが今後の内政不干渉行為を変更しなかった場合の数値です……以上_】


「90パーセント!? ……高い数字ですね……ヒガシシナカイですか ……それはどこですか?」


 フェルがそういうと、システムは日本の衛星写真を立体映像で浮かべ、その地点をズームする。


「こんな海域に? ……フ~む……私にはよくわかりませんね…… ではヤルバーンが内政干渉行為を積極的に行った場合のそれら数値は」


【条件変更:ヤルバーンが地球世界各国において積極的内政干渉を宣言、実行した場合の先ほどのパーセンテージは以下のように変化します……


1)チャイナ人民共和国船舶による日本船舶への妨害行為……3パーセント

2)台湾国船舶の大規模なニホン国領海侵犯行為……0パーセント

3)ニホン国領空域での日本国籍航空機への示威行為……95パーセント

4)チャイナ国のニホン国自治体、オキナワケンへの武力行使……0パーセント

5)チャイナ国のニホン国自治体、オキナワケンでの分離独立工作……85パーセント

6)チャイナ人民共和国によるニホン領センカクショトウへの武力侵攻……98パーセント


「えっ? 内政干渉をしたら、武力侵攻の数値が98パーセント? ……間違いありませんか?」

【再計算……変更なし_】


 どういうことだ? と訝しがるフェル……内政干渉したほうが、実力行使の数値が上がるとは不可解だと思う。

 フェル達イゼイラ人も、中国ごときの武力がヤルバーンに影響を与えるとは微塵も思っていない。

 さすがにこういう所はフェル達も冷徹なまでに認識しており、きちんとシミュレーション結果も出している。

 現行のヤルバーンの戦力だけでも、フル全開で地球と戦えば、2日で地球全土を焦土化させることが可能。しかも一方的にである。

 中国ごとき一国、15億の国民ごと消滅させるのに1時間もいらない。

 そもそも原発一つを元素化してしまうような能力を持つ相手に地球側がまともに戦えるはずがない。

 そんな圧倒的な戦力が地球世界の国際問題に干渉した方がネガティブパーセンテージが上がるとはどういうことだと。


(チャイナ国は、ヤルバーンが武力行使したほうが都合がいいということですか? ……わかりません……これはマサトサンに一度聞いてみないと……)


 フェルはこのデータを安保委員会共用データバンクに転送する。


 しばしそのような感じで仕事をこなしていると、フェルの部屋に部下のフリュがやってくる。


「失礼しますフェルフェリア局長」


 礼儀正しくティエルクマスカ敬礼をするフリュ局員。


「あ、はい? 何か御用ですか?」

「はい、ヴェルデオ司令がお呼びです」

「? ……そうですか、わかりました。すぐに参ります」


 そういうとフリュ局員は再度敬礼をして退出する。


(なんだろう? 珍しいですね、司令が他人を介して私を呼ぶなんて……)


 ヴェルデオは、フェルと話をするとき、自分からフェルの部屋へ赴くか、呼びつける時もほとんど自分から通信を入れてくるので、ちょっと怪訝な感じになる。


 そしてフェルは司令官室へ。


「おはようございます、ヴェルデオ司令。何か御用ですか?……」


 フェルはいつもの笑顔で司令室に赴いた…………




 ………………………………




 一方、柏木の方も、いつもの通り首相官邸に登庁する。

 柏木は正面玄関から登庁はしない。なぜなら正面玄関はマスコミの番記者が待ち構えているからだ。

 常に裏口から入る。

 実は柏木の素性はまだ世間に公表されていない。

 一時期は、ヤルバーンへの日本人招待の後、間をおかず公表する予定であったが、あの『柏木襲撃事件』が起きたために公表を急遽中止し、現在に至っているのである。

 とはいえ、例の如くネットにアップされているフェルさん動画や写真などで柏木が写りこんでいるものも多々あるため、当然「アレは誰じゃ」という話になるわけで、取材依頼なんかも少なからず来る。

 はっきりいって面倒くさい。

 そういうのもあってなるべく顔を表に出さないように、こういう場所でも結構気を使っているのだ。


 実は過去には関西ローカル……とはいえ事実上関東以外での多くの局で現在も放映されている『委員会』の名を称する、今は亡くなった関西で絶大な人気を誇る歌手がMCをやっていたバラエティー番組から出演依頼があったりしたのだが、全て内閣府と外務省がシャットアウトしていた。

 それでその番組で「あいつは誰だ」「実は元ゲーム屋の」などといった感じでネタになり、帰化台湾人のコメンテーターからは「正々堂々とテレビに出ろ」と厳しいお言葉を頂いたり、やたら女性の人権に五月蝿いおかっぱ頭の女性オバハンコメンテーターからは「怪しい奴」呼ばわりされたり、やたらと保守の超ベテラン有名俳優からは「実はラスプーチン」扱いされたりと、まぁ好きに言われ放題だったりしていたわけで、柏木的にもなかなかつらいものがあったりしていた。


 結局情報がない。わからないから噂が勝手に一人歩きして変異し、こういう事になる。

 でもまぁいいかと半分あきらめてたりもする。


 以前、二藤部から、ある独立した研究所を称するシンクタンクの社長から話があって「一度内密に話をしてみないですか?」と誘われたが、これも断ったことがある。

 柏木としては、個人的に大変尊敬している人で心動きそうだったが、例の襲撃事件の後のこともあって、自分に関わって人様の命を危険にさらすのも嫌だったので、そういう話は全て断っていたのだ。



「おはようございます」


 と関係者に挨拶し、いつものように執務室に入る。

 そうすると官邸の女性スタッフが、溜まりにたまった郵送物を持ってきてくれた。


「あぁ、すみません。お手数かけちゃって」

「いえいえ、で……柏木さん、フェルフェリアさんとご旅行だったんですって? ムフフフ」

「ええ? ……まぁ、ハハ」

「いいなぁ~ 私も旅行いきたいなぁ~」


 などと冷やかされる。

 

「で、休み中、どんな感じでしたか?」


 と尋ねる柏木。


「もうあのロシアさんの対応で大変でしたよ。ガーグがらみじゃなかったからいいですけど、もしガーグがらみだったら、柏木さんの旅行、中止だったかもしれませんね」

「そのガーグ云々の件は確定事項?」

「ええ、なので柏木さんにはご連絡しませんでした」

「そうですか、良かった……といえばいいのかな?」

「どうしたんですか?」

「あ、いえいえ、コッチのことです……どうもありがとうございます」

「いえいえ、では」


 そう言って女性スタッフは退出する。


(まぁその件はガーグでなくても……ってところだな……)


 そんな事を考えていると、ノックの音。

 

「ん? はいどうぞ」


 カチャリと開けて入るは白木だった。

 

「まいどです。柏木先生」

「あいよ、一昨日はおつかれさん」

「いやー、久しぶりにゆっくりさせてもらったわ」

「ハハハ、麗子さんにもお礼言っといてよ。なんか結局みんな麗子さんとこ持ちだったみたいだし」

「OKOK で、フェルフェリアさんは向こう?」

「おう、向こうは向こうでお仕事。ガーグシフトだってさ」

「そうか……やっぱロシアか?」

「ああ、今スタッフさんから聞いたが、アレ自体はガーグ事案ではなさそうだが……な……わかるだろ?」

「ああ、引き金にはなるかもしれねーわな」

「ああ……ってかどっちかというと引き金はロシアよりもアメリカになる可能性があるけどな」


 柏木のその言葉に白木も納得する。白木とて特務情報官室室長である。それぐらいの事はわかる。

 

「まぁいいや、で、今日は何の用じゃ?」

「ああ、そうだ……えっとな、明後日ぐらい空いてるか? 夜でいいんだが」

「おう、まぁ大丈夫だと思うけど、何?」

「いや、実は春日先生から伝言預かっててな、明後日のこの時間にこの場所で会って欲しいってよ」

「は? 春日先生が? ……どれどれ…… ! なんじゃこりゃ! 銀座の料亭じゃねーかよ!」

「みたいだな」

「おい……またなんか企んでるんだろ……」

「なんで?」


 柏木はタハーっという顔をする。


「あのなぁ……オマエがやってきてぇ、こんな『料亭』で会いたいなんてぇ……ロクなこっちゃないって相場がきまってんだろ!」

「まぁそういうなよぉ……」

「今度はなんなんだよ……」

「いや、まだそれは言えねー……まぁでもな、今度のはかなり前向きな話だ。それは保証する。心配すんな」

「チッ……ややこしい話持ってきたら、今度はキチンと、こ・と・わ・る からな」

「なんだよぉ、信用ねーなぁ……」


 といいつつ、クククっと笑う白木。


「オマエが絡んだら『中国の要人一人暗殺してこい』とか言いかねねーからな」

「言わねーよ!」


 そんな本気とも冗談ともわからないバカ話をしていると、さらにノックをする人物。


「はいどうぞ」


 入ってきたのはさっきの官邸女性スタッフだった。


「ああ、どうも、何です?」

「ええ……またお電話繋いでくれって話ですけど……」

「ああ、マスコミの取材ですか? ……」

「はい……今度はお昼のバラエティー番組への出演依頼なんですけど……」

「名指しですか?」

「ええ……」


 そうスタッフが言うと白木が


「はぁ……もうバレてるなぁ……」

「まぁなぁ……フェルといつも一緒にいて、ここへの出入りぐらいどこかで監視されてるだろうしな」

「多いのか?」

「捧呈式以降は頓にな……大阪の、例の『委員会』なんざしつこいぐらいだぞ」

「あぁ、あの危なっかしい番組か……あそこの、ほれ、こないだ亡くなったMCの歌手、二藤部総理と親しかっただろ、それもあるんじゃねーのか?」

「多分ね……まぁ……俺も出るのは構わないんだが……なぁ……俺が出たせいで誰かに迷惑かけるのがなぁ……それに俺の存在が機密指定だから、俺の判断で勝手に出るわけにはいかねーだろ」

「まぁなぁ……」


 そんな感じで、なんとなく困惑、かつ、メンドそうな柏木。


「あぁ、すみません、断っといてもらえますか?」


 スタッフに恐縮そうに言う柏木。


「はい……って、そうおっしゃると思って、もう断っておきましたけど」

「ハハハ、すみません」

 

 そのやりとりを見ていた白木は……


「ハァ……やっぱそろそろ限界だな」

「だなぁ……」

「あのな柏木……」

「ん?」

「明後日の会合なんだけどよ……まぁ……ぶっちゃけた話をすると、そのあたりのこともあるんだよ。詳しくはいえねーけどな……」

「あーそう……なるほどね…………で、誰をヤるの?」

「だから違うっつてんだろ!」




 ………………………………



 そんな感じで今日も一日が終わる。

 官邸を退庁する柏木。

 ふっと見ると桜の花がポツポツと咲き始めている。

 

(ああ、そろそろだな……)


 そんなことを思う。

 若い頃は桜なんざ見ても何の風情も感じなかったものだが、この歳になるとそんな感性も湧いてきたりもする。


(満開になったら、フェル連れて桜でも見に行くかなぁ……)


 満開の桜を見て、どんな顔をするだろうと想像したりしてみる。

 東京なら、八重洲に新宿御苑、変わったところでは六義園なんかもいい。

 しかし、柏木の個人的な意見を言わせてもらえば……フェルに見てもらいたい桜といえば……九段坂の坂の上だろう。かつての英霊は、フェルや今のヤルバーンを見てどう思うだろうか?


 そして柏木はハンドルを握り、帰路につく。

 途中、以前より目をつけていたケーキ屋が新規開店していたので寄り道をし、そこでフェルの大好きなプリンとモンブランを買う。


 そして帰宅。


 エレベータを上がり、いつものように鍵をカチャリと開け帰宅。

 フェルは今日、遅くなると言っていたので、部屋は真っ暗である。

 廊下の蛍光灯をパチリとつける……そしてリビングへ……

 

 真っ暗なリビングの電気をパチリとつける…………と……


「うぉっ!!」


 なんとフェルがいた……

 フェルはコタツ机に突っ伏している。


「フェル!」


 柏木はカバンを投げ捨て、フェルに近づくと……


『ス~ ……ス~ ……』


 眠っているだけだった……


(はぁ……なんだよ、びっくりさせるなよ……)


 とホッとする柏木。しかし、今日は遅いといっていたのになんで? とも思う。

 しかし……


「ん?」


 机の上を見ると……水滴の乾いた後がたくさんあった……

 「え?」と思う柏木。

 フェルの寝顔を覗きこむと……目の周りがクチャクチャになっていた……


「泣いていた……のか? ……」


 どうしたんだと思う。

 そして柏木はフェルの体を優しく揺さぶって彼女を起こす。


「フェル……フェル……」

『ン……エ……』


 フェルは、ちょっとボーッとした顔をしながらも、柏木の顔を見ると、笑顔を作り。


『ア……お帰りなさいデす、マサトサン……アラ、もうこんな時間デすか……ちょっと寝込んじゃいましタ……』


 そういうとフェルは机に写った自分の顔を見て、ハっとし、腕で目のあたりをコシコシとこすりながら洗面台へ走って行く。

 ジャーっという水道の音のあと、涙に濡れた顔を拭きながら……


『今からゴハンを作りますネ。ちょっと待っててくださイ』


 と笑顔で話す……しかしその笑顔は明らかに作り笑いである……無理がある。


 台所で料理の準備をするフェル……

 しかし、視線をチラチラと柏木の方へ向けている……感じがする。


『あ、マサトサン……着替えなきゃ……』

「あ? あ、あぁ、そうだね……」


 そう言うと、柏木は寝室へ入る……

 ネクタイを取り、カッターを脱ぎ、ズボンを脱いて、ハンガーに掛け、パンツ一丁になる。


(どうしたんだフェルは…… メシが終わったら聞いてみるか……)


 柏木は37歳。フェルは地球時間年齢では46ぐらいだが、イゼイラ人の寿命比率でいえば、まだ23歳相当である。

 実際、精神年齢もそんな感じだ。柏木は恋人であると同時に、まぁ言ってみれば兄のような感じでもある。

 ちゃんと話を聞いてやらないと、精神年齢的な年長者としてはイカンだろうとも思う。

 ……まさかイジメられて帰ってきた……なーんてことはなかろうとは思うが……一応ナンバーー2だし。


 すると、カチャリと寝室のドアが開く。


「ん?」


 と思うと同時にパタンと扉が閉まり……フェルがそこに立っていた。


「……どうしたんだ? フェル……」


 自然を装って尋ねる柏木……すると……


 フェルはその澄ました顔をクチャっと崩し……勢い良く柏木に抱きついてきた……そしてそのままベッドに押し倒してしまい……まるでむさぼるように柏木の口にむしゃぶりついてくる。

 キスの習慣などないイゼイラ人だが、これが地球人の愛情表現という事はもうわかっているので、柏木を離すまいとばかりにがっしりと抱きつき、必死の形相で食らいつく。


「ん!ーーん?! ンエン!」


 何事かと思う柏木。

 柏木はさすがにフェルの様子がおかしいと思い、体を押し戻し……


「ぷは……お、おい、フェル! ……ど、どうしたんだ…… 何があったんだよ……」


 するとフェルはじっと柏木の目を見ながら、顔を崩して


『フ……ふぇぇぇぇぇぇぇ……うわぁぁぁぁぁぁぁん』


 と泣き崩れてしまう……そして柏木の押し戻す力を上回る力で柏木の胸の中で泣き崩れる。

 それはもう嗚咽をもらし、何を言っても聞こえず、そして何かを言っているが、それを聞き取るのも困難なほどに。


 ただ、そこでわずかに聞き取れる言葉にならない言葉……


『マザドザントいっしょにいたいデスよ……マザドザントいっしょにいたい……イヤですヨ……イヤです……がえりたくない……がえりたくないですヨ……なんで?……なんででずか?……いまもどっだら、いつもどれるがわがらないじゃないれずか……ふうぇぇぇぇ…………』


(え! なんだって!)


 その嗚咽に濁った言葉にならない言葉から、フェルがなぜこんなに泣き崩れるのか、柏木は理解した……


「フェ……! ……」


 柏木はフェルに尋ねようとしたが……やめた。

 今のフェルはそんな状況ではない……狂ったように泣き崩れる今のフェルに何を聞いてもまともに受け答えすることはできないだろう……

 落ち着くまで待つことにする……

 柏木はフェルに何も聞かず、尋ねず、フェルの好きな体勢で気の済むまでそのままにしてやった……

 赤ん坊をあやすように、背中をポンポンと叩いてやる……


 …………


 コチコチと時計の針が進む音……

 『ふぅぅぅ……』と泣き止む気配のないフェル。

 顔を胸に埋めたまま。

 なんとかフェルも泣き止もうとするが、何かを思い出すと悲しくなるのだろう。

 沈黙と嗚咽の波が柏木の胸を震わせる。


 そして……ようやく落ち着いたのか、柏木の胸に感じるのは、フェルの温かい息遣いだけになった……



「フェル……もう大丈夫か? ……」


 優しく問いかける。

 胸の中でコクンと頷くフェル。

 フェルは自分から顔を上げて、憔悴しきった顔で柏木の目を見る……まだグズグズと言っている。

 だが、もうこれ以上ないぐらい泣きまくったせいか、少し落ち着いたようだ。

 しかしその美しい顔は、涙と鼻水でひどい状態になっていた。

 柏木はさっき脱ぎ捨てたシャツを手に取り、フェルの顔を拭ってやる。


「もう、聞いても大丈夫か?」

『ハイ……』


 柏木はフェルの顔を優しくなでながら


「どうしたんだ、びっくりしたぞ…… さっき『戻る』とか言っていたけど……」

『…………』

「ん?」

『マザトサン……お別れの時が来てしまいましタ……』

「…………」

『私に……本国から……帰還命令が出たのでス……』


 柏木はウンウンと頷いて……


「そうか……」


 その反応にフェルは少し意外そうな目をし


『驚かないのデすか? ……』

「フッ……さっきフェルが泣きながら言ってたしな……その時にもう驚いた……」


 そう言うとフェルはまたスンスンと言い始めたので、柏木はフェルの肩を抱いて、なだめる。


「で、いつなんだ? 帰るの」

『……2シュウカン後……デス……』

「二週間後か……じゃあ桜、見に行けないかもなぁ……でもさ、フェル、用が済んだら、また戻ってくるんだろ?」


 そう柏木が言うと、フェルはプルプルと首を振り


『わからないでス……もし……私と入れ替わりデ、別の派遣議員が選出されたら……もう戻ってコれないかも……ふぇぇ……じれません……』

「そうか……で、何で帰らなきゃいけないんだ?」

『ふぇ……連合議会に報告に帰って来いって……進捗を聞きたいって……そんなの……通信でもいいじゃないデすか……何で……』


 その言葉を聞いて、柏木は「ん?」と思う。

 確かにそうだ。報告だけなら通信で済む。信任状のデータを送ってきたことといい、ティエルクマスカにはどういう仕組みかはわからないが、5千万光年先の本国と、リアルタイムで通信できる技術があるはずだ。

 それをフェルに直に帰って来いという。直に面と向かって報告を聞かせろという。直に進捗を報告しろと……


 柏木は考える……それは柏木のビジネスネゴシエイターとしての経験が「何かおかしい」と告げたからだ。

 それは、ビジネスの世界でも同じような事はあるからである。


 ファックスやメールで報告すればいいことを、わざわざ面と向かって報告を聞きたがる会社は多々ある……で、そんな事をやる状況というのは、大体その次に会議をやりたがる時だ……

 ファックスやメールで済む話を、面と向かって聞いて、会議をやる……そういうその会社の状況は……


(何かを急いでいるか……焦っているか……とにかくイゼイラ的に重要な何かがあるってことか?……)


「なぁフェル……」

『ハイ……』

「なぜ戻らなきゃいけないか、何も聞いていないのか?」

『ハイ、ヴェルデオ司令の話だと……議会に出席して質疑応答してほしいということでしタ……』


 まだ鼻声なフェル。


(やはりな……議会の質疑応答か……こりゃ確かに通信じゃ無理だ……イゼイラやティエルクマスカには1000人規模の議員がいるって話だからな……そんな人数の質疑応答となれば帰って来いという話にもなるか……とすると、これは例の『機密』に関する事とみて間違いないな……って、え?ちょっと待てよ? ……)


 さっき、フェルは『派遣議員の交代要員が来る』と言った……


「フェル……帰るのは、フェルだけなのか?」

『エ? ……ハイ……』

「じゃ、ヤルバーンは?」

『現状維持デすが……』

「なるほど……」


 ではイゼイラやティエルクマスカ的には、日本の重要性は依然変わらぬわけかと思った。


「なぁ……フェル……」

『ハイ……』

「フェルも連合議員だ……やっぱり自分の職に責任もたなきゃ……わかるよな」


 コクンと頷くフェル。

 フェルもそれはわかっている。だから辛いのだ。投げ出したくても投げ出せない。

 なので、悲しくてしようがない。

 そして、そんな弱音をヤルバーンで吐くことも出来ない。

 命令である。それは局長であり、連合議員でもある彼女にとっては『絶対』のものだ。

 冷静に受領し、うごめきざわめこうとする感情を押し殺すしかない。


 なので……その感情を吐き出すために、せめて柏木の胸でわんわんと泣く事しかできない。


 ヴェルデオにこの事を話された時、ヴェルデオ的にもそれはつらそうだったとフェルは話す。

 彼の立場も理解できるので、誰を恨むこともできないとフェルは言う。

 それはそうだろう。イゼイラ人は家族や恋人をとても大切にする種族だ。それを引き裂くような事を言わなければならないヴェルデオの立場も相当なものだろうと柏木は思う……辛くないわけがない。

 なのでフェルはまだシエや、リビリィ、ポル達には話していないそうだ。

 もしこの事を話したら、この3人はヴェルデオに必ず突っかかっていくに決まっているとフェルは言う。

 特にダストール人のシエが、感情むき出しになったら大変だと。


「でさ……フェルは、俺と離れるのが辛くて悲しくて仕方ないんだろ?」


 ウンと頷くフェル。


(あ~…… 仕方ないな、ダメモトで言ってみるか……)


 柏木は何を思ったか……


「フェル……あのさ……」

『ナンですか? ……グズ……』


 まだ泣く寸前のフェル。




「俺も……付いていっちゃ……ダメなのか?」




 ……その言葉を、金色目を最大に広げて唖然として聞くフェル。


『ヘ? 今、何て……』

「いや、だから、俺もイゼイラに行っちゃダメなのか? って……」

『…………』

「いや、だってさ……今、イゼイラやティエルクマスカと日本は国交があるんだろ? ならこっちからイゼイラに行っても、問題ないのが道理だと思うんだけどさ……」

『…………』

「まぁ、もちろん総理や三島先生に一度相談してみる必要があるけどさ……実は明後日に春日先生と会うことになっててね、ちょっと話してみるよ」

『…………』

「だからフェルも、ヴェルデオ司令に話してみてくれないかな」


 フェルは柏木と今生の別れになるかもしれないと思っていただけに、平然とこんな事を言う柏木に、先ほどの悲しみも吹っ飛び、呆気に取られていた。


『ホ……本気……デすか? ……マサトサン』

「アタリマエだろ、冗談で言うかよ、こんな事」

『デも……マサトサンはファーダニトベ達にとっても、安保委員会にとっても重要メンバーだし……私……イエ、イゼイラの勝手でそんな事……』

「だからだよ……一度聞いてみてよ、な、フェル」


 柏木はニッコリ笑ってフェルに問う。

 

『ハ、ハイ……聞くデすよ……絶対OK出させるですよ……ゼッタイですよ……ふぇぇぇぇぇぇぇ』


 今まで悲しみのドン底だったフェルが、今度は嬉し泣きで泣き出す。


「お、おいおいおいおい」


 そういった途端、またガバっとフェルは抱きついてきて『ぶちゅ~』っと長時間のマウス・トゥー・マウスを食らわす。

 

「んんンンン~~!?」



 …………それから柏木は……3回戦ほどフェルに付き合わされた……城崎からこの方、大変である……

 しかしその日、結局晩飯を食べていない事に気づいた二人は夜中に喫飯。結局その日の晩飯は、お茶漬けになってしまった……




 ………………………………




 次の日……


 フェルはヤルバーンへ出向くと目をギラつかせて、わき目も振らず司令室へ向かう。

 フェルに挨拶する部下の声も聞こえない。

 カツカツと一直線に司令官執務室へ……

 ドアを叩くノックの音も心なしか強め。


「……? 誰かね?」

「フェルフェリアです。司令」

「ああ、フェルフェリア局長、入ってください」

「失礼しますです」


 フェルはティエルクマスカ敬礼をすると、ヴェルデオにソファーへ腰をかけるよう誘われる。

 イゼイラ茶を二つ造成して、一つをフェルへ。


「局長……昨日は大変でしたな……」

「ハイです……」

「ハハ……私も何もできず、申し訳ない……」

「いえ……」

「で、ケラーカシワギにはもうお話しなさったのですか?」

「ハイ……」


 そう尋ねるヴェルデオは、フェルと顔を合わすのも気まずそうになっているのかと思いきや、意外とサバサバしており、むしろ昨日の気難しそうな顔と違って、どちらかといえばニコニコしていた。

 フェルは(なんですか、昨日はあんなこと話しておいて……)と、すこしムっとする。


 とはいえ、ヴェルデオ的にも、ちょっとなんかバツが悪そうである。


 しばし二人は沈黙。


「あの……ヴェルデオ司令……」

「あー、局長、あのですな……」


 二人同時に話し出す。


「あ、え?……あ、司令……お先にどうぞです……」

「ああ、い、いや、局長からお先に……」

「あ……でも……」

「いえいえ……かまいませんよ、どうぞお先に」

「ハ、はい…… では……」


 フェルは、一呼吸置くと……


「あの……ヴェルデオ司令……」

「はい?」

「あの……その……」とフェルはモジモジして……「……マサトサンがですね……一緒にですね……行けないかって……言っているですよ?」


 フェルは上目遣いにヴェルデオを見て、訴える。

 そりゃフェルも意気込んで司令執務室に来たはいいが、まぁ言ってみればフェル個人の、極めてプライベートな我がままを訴えに来たわけである。

 連合議員が色恋沙汰で司令に直訴にきたわけであるからして、フェル的にも正直言いにくい事であるのも確か。


「え? ……今なんと? ……」

「え? ですから……マサトサンがですね……イゼイラへですね……一緒に行けないかとですね……ゴニョゴニョゴニョ……」


 急にトーンが下がるフェル。最初の勢いはどこへやら……

 そうフェルが言うと、ヴェルデオは意外な顔をして、目をぱちくりさせ……


「え? ケラーカシワギがそう仰ったのですか?」

「ハ……ハイです……」と言った後、声を上ずらせて「けけ、決して私が『一緒に来て欲しい』とか……なんて……言ってないですからねっ!」


 まぁ、確かに言ってはいない。しかし結果喜んだのはフェル。


 ヴェルデオはそのいじらしいというか、いつもの理知的なフェルとは違った妙な必死さ加減に思わず笑ってしまう。


「あ、なんですか!? 笑うんですか?司令! それはチョットダメですよっ! 私は……その……あの……」


 さすがに涙枯れ果てるまで泣いたとは言えない……


「ククク……ハハハハ、いやいや、申し訳ない。なるほど、そういう事ですか……ハハハハ」

「どうして笑うですかっ! 司令……ひどすぎます!……私は昨日必死に……グズ……ふぇぇぇぇぇ……」


 半泣きモードになるフェル。また昨日の悲しさがぶりかえしてきた。


「あー~ぁあぁぁ、すみません局長、申し訳ない、そういう意味で言ったわけじゃないんで……いやいや、それなら話が早いと言いますか、そう言う意味でしてね!……あぁあぁ~ほら、もう泣かないで……」

「ふぇぇぇ……グズっ……じゃぁなんなんでずか? そのはなじがはやいっで……グジュ……グスン」


 ヴェルデオは『こりゃ大変だ』とばかりに、机に置いてあった書類を小走りに取りに走り


「はいはいはい、これ、どうぞ」


 と、とっとと見ろとばかりにその書類……というか書状のようなものを渡す。


「今日の早朝に、本国から至急便で送られてきた書状です。どうもニホン語の文字翻訳に手間取っていたみたいですね……それがとどきましたよ……私もホっとしました……本当に……」


 そう言うとヴェルデオも少し涙目になる。

 安心したような、安堵の笑顔である……ふぅと一息ついたような……そんな感じで手元のお茶を一口飲んだ。


「え? ……本国からの……書状? ……」


 フェルは泣きかけの顔をパッと元に戻し、その書状を慌てて広げ、読む。

 ……とはいえ、全部日本語文字である。フェルの読む速度は遅い。

 PVMCGの翻訳機を起動させるのも忘れて、フェル自身の日本語読解能力で読み出した……


「えっと…… しょう・たい・じょう? ……ふぇるふぇりあ・れんごう・ぎいんの……はい・ぐう・よていしゃ……かしわぎ・まさとどのを……いぜいら・せいかん・きょうわこくに……ごしょうたい……いたしま……す??」


 その書状には、サイヴァル・ダァント・シーズ共和国議長直筆のサインが入っていた……


「え!!? ……これ……って……?」

「はい、共和国議長閣下の正式な招待状ですよ。ケラーカシワギへの」

「う……ウソ……」

「ウソもなにも、その通りです」

「い、いえ、でも、なぜ議長閣下がマサトサンの事知っているのですか?」

「それは私が報告しているからですよ……ヤルバーン幹部の仕事ぶりを報告するのは司令として当たり前でしょう」

「え……じゃぁ、議長閣下は私とマサトサンの事も?」

「ええ、ご存知でしょうな」

「え……あ……」


 少し狼狽したあと、ドッカーンと頬をピンクにするフェル。


 泣いたり照れたり……忙しいフリュだ。


 しかしサイヴァルだけならまだしも、連合議長までに自分の男性関係を知られてしまっているとは……


「まぁー、多分、マリヘイル連合議長閣下にも……」

「まままま、まりへいるかかか閣下にもですか!?」

「だってそうでしょう、あの二人はご親友ですし」


 クラっとするフェル……


「わわわ、私の、プププ……プライベートが……」

「でも、知られて良かったじゃないですか」

「え? ……」

「連合議員で……フリンゼである貴方の配偶予定者となれば、イゼイラとしてもケラーカシワギを一緒にご招待しないわけにはいかないでしょう」

「ハ……ハイ……た、確かにそうですが……」


 ヴェルデオは腕を組んで


「私も昨日、あの通達を受けた時、少々おかしいと思ったのですよ……こっちはきちんとそういうことだと報告しているのに、なぜ局長お一人だけなのかと……」


 結局、翻訳などの事務的な手違いでこうなったのだということ。

 昨日、ヴェルデオが気難しい表情だったのは、実はこの招待状のような何かの、柏木を同伴させる何らかの通達がなかったからだったのだ。


「……フフ、なんだ、そうでしたか……ハァ……私って、ドゥス(バカ)なフリュですね…………」


 ヴェルデオはフフっという感じで、その言葉を聞く。

 ヴェルデオ的にも、昨日、柏木の家でどんな感じになったか、まぁ大体想像はついていたからだ。


「まぁ、そういう事もありますよ局長……でも、良かったですな……」

「ハイです……司令、ありがとうございます」

「いえいえ、私は何も……」


 「とはいえ」と、ヴェルデオは少し真剣な表情になり


「この件をファーダニトベやファーダミシマにもお伝えしなければなりませんな」

「いえ、それは私が……」

「いや局長、実はその招待状だけではないのです。先程、ニホン治外法権区の大使にお渡ししたのですが、ファーダニトベ宛の親書も同時に送られてきましてな」

「親書がですか!?」

「はい、さすがに“親書”ですので、中身を見るわけにもいきませんでしたのでね、ただですな……局長の召還の事も鑑みて察すれば……おそらくあのことかと……」

「……あの事……ですか……」


 フェルの先ほどまでの半泣きべそもどこへやら。

 その「あの事」の話に、眼光も鋭くなった……柏木同行の件も一安心、やっと頭の回転も色恋アップアップモードから通常運転に戻る。

 唇を口の中で丸めて、ティーカップに写る自分の顔を見つめるフェル……

 

(マサトサン…… もしかするとあなたに……)




 ………………………………




「ハァ~~~ …………」


 これで今日ため息37回目の柏木。

 歳の数ため息つけば、何があるのだろう……そんなもんあるわけない。

 昨日は、あんな狂ったような生の感情剥き出しのフェルを見るのも初めてだったし、フェルがあそこまで乱れて……まぁあんな事や、こんな事をしたのも初めてだったし……なんとなく今日はゲッソリ気味の柏木。


 今日ばかりは、なーーーんもやる気が起きない。

 昨日の事もあるが、フェルに「イゼイラへ行く」なんて言ってしまったわけで、あの時はそう思ったにせよ、今思うとなんかトンデモナイこと言ってしまったようにも思う……が、本気でもあったりする。


 『突撃バカ』の彼である。バカのバカである所以は、世のバカは、バカになる部分のみ理性の制御が利かずに本能で動くのだ。

 脳のある部分に理性とは別の『バカ』という領域があり、そこが活性化する。

 だからバカなのである。

 しかし柏木が不安と思っているのは、バカになったところではなく、イゼイラへの同行が許可されるかされないかという点。

 悲しみで狂いかけたフェルのためにああはいったものの、許可されなかったら何にもならない。

 その結果が出ないことには、38回目のため息をつくしかない。


「ハァ~~~ …………」


 ため息ばかりついていても仕方ないので、また溜まった郵便物に目を通す。

 このところ日に日に郵便物が溜まっていく。

 ドッカと机の上に郵便物を置くと、ドスっと机の上に脚を起き、封筒の宛名に目を通しながら、ポイポイとゴミ箱に放り投げていく。


「なんか……最近、やたらマスコミからの親展が多いよなぁ……」


 一つ封を破ってみる。

 朝晴放送の封筒だ……宛名は『首相官邸内 柏木真人様』になっている……。

 『内閣官房参与扱 特務交渉官』の肩書まではまだ知られていないらしい。

 出入りしているのを見られて、ここに送ってきているのだろう。

 マスコミ的には、どういう役職かは分からないが、柏木が政府関係の仕事をしているということはわかっているようである。

 読めば、案の定、番組への出演依頼だ。

 今度は朝まで付き合う番組のヤツである。

 元TESのビジネスネゴシエイターの肩書で討論に出て欲しいそうな。

  

「出演者は…… あぁ? ……コイツが出るのか?」


 TV局買収問題で有名になり、インサイダーで実刑を食らった前科者『元時代の寵児』がご出演なさるらしい。


「ハッ……」


 と一笑に付すと、クシャクシャと丸めてポイとゴミ箱行きになった。

 中には、アンケートと称する取材目的丸出しの書類も入っている。

 

 ……結局、一通り郵便物を見たが、ろくなものはなかった。

 

「ハァ~~~ …………」


 39回目のため息。

 そんなため息のあと、コツコツと廊下を誰かが歩く音がする。

 やたらと甲高い音だ。そしてどこかで聞いたことのある足音。

 そしてコンコンとドアを叩く音。


「あいどうぞ」


 カチャリと開けて顔を覗かすは……フェルだった。


「ありゃ、フェル!」

『ウフフ、マサトサン、来ちゃいましタ』

「え? はぁ……」


 もう知った部屋とばかりに、ソファーへポスっと腰を下ろすフェル。

 なんか機嫌がいい。

 昨日とは打って変わった清々しい笑顔である。


 フェルは手に持つ鞄からモソモソとお茶の缶を取り出して、柏木執務室名物のイゼイラ茶を補給する。

 そしてお湯を急須に入れて、二つお茶を淹れる。


『ハイどうぞ、マサトサン』

「ああ、ありがと」


 ズズズと茶をすする柏木。

 そして一拍置いて……


「その様子じゃ、うまくいったみたいだね、フェル」

『ウフフ、ハイです……でも……私、ドゥス……イエ、バカみたいでした……恥ずかしいでス……』

「ハハハ、そんなことないよ、誰だってそうさ、普通の事だよ」

『ア、イエ、そういう意味じゃありませン』

「え?」

『エット……』


 柏木は(どういうことだ?)と首を傾げる。

 するとフェルは鞄からまたモソモソと封筒を取り出して、柏木に……


『マサトサン、はいこれ』

「? ……何これ」

『マァいいから、読んで下さイ』

「ん? あ、あぁ……」


 お茶をすすりながら、渡された封筒の中身を出して、一読する柏木……



 

 すると……




「ブーーーーーッ!!!」

『キャァ! ……マサトサン!汚いでス!』

「ゲホッ……ゲホ………!」


 むせ倒す柏木。

 フェルはハンカチを造成して、柏木がそこらじゅうに吹いたお茶を拭きまくる。

 柏木の手やスーツも拭いてやる。


「フ……フェル! なにこれ!」

『ウフフ、今日の朝、ヴェルデオ司令の元に届いてたデスよ』

「え!?」


 フェルは、なんでも自分の帰国命令と同時に届けるはずだったものが、本国の手違い……というか翻訳に手間取って、今日の朝届いたと話す。


『ウフフフ、だから……私はバカなのです……ゴメンナサイ……マサトサン』


 頬を染めて、昨日のことを思い出して話すフェル。


「ハハハ、そうか、そういうことか……なるほど『配偶予定者』か……」


 柏木も大方、ヴェルデオが言いふらしまくったんだろうと推察した。


『デモ……アリガトウでス……昨日は、色々ありましたけど……とても嬉しかったですヨ』

「ああ」


 頷く柏木。フェルの頭を撫でてニッコリ笑う。


「あーでも、この『サイヴァル・ダァント・シーズ共和国議長』って、もしかして……」

『ハイです。我が国の国家元首でス』

「え!! そうなのか!」

『ハイです……』


 フェルは話す。

 要は、そういう間柄だから、恋人同士一緒にイゼイラにおいで下さい……そういうことだと。

 そういうと、フェルは急にプンプンと怒り出す。


『本国の外交局がダメダメなのです! ちゃぁ~んと私の帰国命令書と招待状をキチっと同時に送らないからコンナことになるですっ! ……私はもう昨日、一生分の涙を流してしまいましたヨ! 本国に帰ったら、外交局に乗り込んでトッチメテやるですッ! ……ケラーシラキや、ケラーニイミのツメノアカをナノマシンに組み込んで、オシリからブチ込んでヤルですよっ!』

「いや、新見さんはいいとして、白木のはやめておいたほうが……余計ひどくなるぞ……」


 フェルは、昨日流した涙が相当悔しいらしい……


「あー、でもさーフェル。これを渡されたら正規のイゼイラからの招待じゃん、となれば、いくらフェルと俺の間柄っていっても、正規の外交ルートでって事で処理しないと色々とマズイんじゃ……俺というよりも、政府としてはどーすりゃいーわけよ……」

『ハイ、実は、その招待状ともう一つ、ファーダニトベ宛に、親書も送られてきましタ』

「なんだって?」

『親書ですので、内容はわかりませんが、恐らくこの件の事は、書かれていると思います』

「そうか……じゃぁ、あとは総理の判断待ちだな……」

『ソうですね……』

「まぁ、その辺は心配いらないと思うけど……まぁ、大丈夫だって……」

『ハ、ハイ』


 そう言うと、フェルは……何かモジモジしだす……


「ん? どうしたフェル」

『ア、イエ……あの……マサトサン……』

「はい」

『えっと、…………オトイレ……どこですカ?』

「んん?」

『お茶……飲み過ぎちゃっタ……』

「ははは、えっとね、そこを出て……」


 フェルはタタタと部屋を出て行く。

 フェルも、少しは安心して、気が緩んだのだろう。

 柏木も笑みを浮かべて40回目のため息を短く吐く。

 そして、引き出しを開け、招待状を封筒に入れなおし、大事にしまった。


(配偶予定者……か……『予定』が取れたら『配偶者』ですか……フフ……星間国家の国家元首に言われちゃぁなぁ……これでもう完璧に逃げるトコなくなったな……腹くくりますか……)


 柏木はスマートフォンを取り出して、電話帳を指でスライドさせる。

 ある電話番号を確認して、それをショートカット化させてデスクトップに置く。

 そして再びスマートフォンを懐に収めた……




 ………………………………




 次の日、東京銀座……とある高級料亭。


 いわゆる“一見さんお断り”なところである。

 やってくる客は、政治家、高給取りの実業家、とまぁそんなお決まりの人々。

 『ナントカ屋、お主も悪よのう』の現代版も、こんなところで行われる。


 つまるところ、わかりやすい言い方をすれば、良くも悪くも機密保持を図れる場所ということである。

 とはいえ別にコソコソくるようなところでもない。


 柏木は白木に言われた時間より先に到着し、女将に案内された部屋で待つ。

 お茶を出され、座椅子にあぐらをかいて、塀に囲まれた小さな小さな庭を見る。

 本当に隠れ家感満点である。

 こういう所で決まっていく政治というのもあるのだろうなと思ったりする。


 すると、外から廊下を踏みしめる音が多数接近。

 ふすまをスっと開ける女将。そして誘われるよに顔を覗かすは……


「こんばんは、柏木さん」


 春日だった。他ゾロゾロとやってきていた。


「よぅ、先生」と三島。

「こんばんは、柏木さん」と二藤部。

「お久しぶりですね」と新見。

「うっす柏木」と白木。


 柏木は崩した脚を正座させようとすると、春日から


「あ~ そのままそのまま」


 と手を差し出して制される。


 新見は、全員揃ったと女将に伝えると、とりあえず人数分の銚子を運んでくる。


「ままま、どぞどぞどぞ」

「あ、どもどもども」


 と、お約束かつ有り体な光景。

 そんな感じで料理も運ばれてくる。


「まぁ今日は、ミニ安保委員会みたいなものですから、とりあえずで乾杯ですね」


 と二藤部。


 そんな感じで、清酒をクイと一献。

 シ~っと歯の隙間で息をする三島。


「でよう、柏木先生……聞いたよぉ……大変な事になってんな」

「ええ、そうなんですよ。フェル、一旦帰国しなきゃいけないとかで……もう一昨日はフェルがわんわん泣いてもう大変でしてね……」

「はっはっは~ 愛されてるねぇ~」

「冷やかさないでくださいよぉ~…… まぁそれで『俺も一緒に行ってやるから』って宥めたんですが、それが向こうから『来てくれ』でしょう……で、総理、親書の内容も?」


 二藤部もチビリとやりつつ


「ええ、内容はそんな感じでした。付け加えるとすれば、柏木さんを正規の外交官という身分で寄越して欲しい……と書かれていましたけどね」

「正規の外交官ですか? 私が? でもなぜ私なんです?」


 すると新見が横から


「どうもヴェルデオ大使の報告書を、そのサイヴァル議長という方や、おそらくその閣僚が読んで、我々と同じように貴方のことを、この二国間関係での最も重要な人物と理解したのでしょう。実際そうですけどね」

「私が重要人物ですか……」


 白木も割って入り


「そりゃそうだろ『天戸作戦』成功させて、外国人招待事案をねじ込ませて、向こうの議員さん手篭めにして、挙句にメルヴェンの提唱者だ……まぁ俺達はともかくよ、知らねー人間が聞いたら『どんな奴だコイツは』って普通思うぞ』

「なんだよ!その『手篭め』って!」


 全員爆笑。


「でもよ柏木、実際さっきの話じゃねーが、フェルフェリアさんを『なだめる』ためだけにってわけでもねーんだろ? ……どうせオメーの事だ、なんか思いつくところがあったとか」


 柏木は春日からおちょこを差しつ差されつで


「ああ、まぁな」


 二藤部が


「聞かせてもらえますか?」

「はい、いや、簡単な話ですよ……『進捗報告』を向こうさんの議会で、質疑応答でやるって話なんですよ……」

「ええ、ヴェルデオ大使もそう言っていました」

「ということは……」


 三島がアゴに手をかけて身を乗り出し


「ティエルクさんの目的が何か見える……って事か?」

「ええ、それどころか、言及があるのではと……」

「じゃあ、そうなると……」

「はい、ヤルバーンの飛来した目的が、いくぶんかでも達成されている……と見るべきでしょう? で、向こうさんから私に『招待状』です……まさかメシ食いに来いってわけでもないでしょう……」


 全員、ウンウンと頷く。


「わかりました……では柏木さん……イゼイラへ行っていただけますか?」


 コクンと頷く柏木。


 しかし……と二藤部は続ける。


「でもね……ハハハ、柏木さん……あなた、今回の件の事の重大性を、イマイチ理解なさってないのではないですか?」

「え?」

「いや……本当にわかりませんか? 私なんかもう興奮して、それで正直……まぁ? いわゆる『ビビッて』しまっていますよ……」

「はぁ?」


 三島や春日は手を横に広げて「先生、これだよ……」という顔をして呆れる。

 新見はフフっと笑いながら首を横に振る。

 白木が可哀想なやつを見るような目で柏木の肩をポンと叩き


「俺な……今日こそ確信したわ……オメーの『突撃バカ脳』の構造を解明したら、絶対ノーベル医学賞もらえるって……」

「な、何!」

「おいおい、まだわかんねーのか?……おまえ……人類最初に『ご・せ・ん・ま・ん・こ・う・ね・ん』彼方へ行くんだぞ? You understand?」


 その言葉を聞いた柏木は……



「え? ……あ……」



 と固まってしまう。

 畳み掛けるように二藤部が言う。


「ハハハ、柏木さん、あなた、今後世界の教科書に載る人になりますよ……“ユーリ・ガガーリン”“ワレンチナ・テレシコワ”“ニール・アームストロング”と肩を並べることになりますよ……おまけに『宇宙飛行士』ではなく『外交官』として行くんです……世界は騒然となります……もう、私はいまから世界各国の首脳と、どう話そうかと……」


 すると三島もトドメを刺すかのごとく


「そうだぜ……今後の世界の日本に言ってくる事、だいたいこんなとこだろうな……なぜ世界各国と相談しないんだ! とか、日本だけずるい! とか、宇宙条約に違反する! だの……我も我もと自分の国の大使も連れて行かせろと、やんやと来るぞ……」


 すると柏木はかなり狼狽して


「い、いや、ち、ちょっと待って下さい……じゃぁ、この事、公表するんですか!」

「しねーわけにゃいかねーだろうよぉ、今じゃ世界中で有名なフェルフェリアさんと、おめーさんが忽然といなくなるんだぜ? おまけにどういう方法かは知らねーが、相当な方法で宇宙に行くんだろ、当然観測もされらぁな……そんな状況で、マスコミやら世界の首脳やらからどう言い訳しろってんだよ、ソッチのほうが難しいぜ」


 あっちゃ~……と顔を手で覆う柏木……

 全然そこまで考えが及んでいなかった。

 さらに白木が……


「どうせオメーのこった、アマゾンのジャングルにでも行くぐらいの感覚だったんだろ」

「はい、そうでしゅ……そっか……そうだよなぁ……今から行くのやめるっていったらフェルに殺されるかな?」

「殺される? んなもんで済むか!」

「ハァ……」


 やっぱり所詮は柏木だった……


 すると春日が助け舟に入り、


「ははは、まぁ柏木さんをいじめるのもその辺でいいでしょ。柏木さん、大丈夫ですよ、後はコッチでなんとかやります」

「い、いや春日先生、真面目な話ですが……『ガーグ』ですよ……そっち系の、いわゆる『交流反対派』とでもいえばいいのか……そのガーグの動き、メチャクチャ気になります」


 新見が「その話が出たか」とばかりに話に入り


「ええ、それと、例のロシアがらみでの動きでも、心配があります」

「はい、そうですね……」


 柏木は話す。

 もし柏木やフェルが、外交官としてティエルクマスカに行き、それを公表したとすると、当然世界各国は、日本がティエルクマスカ―イゼイラと現在以上の更なる接近を計り、自分達の理解を超えた関係になるのではないかと危惧するだろうと。

 そうなると、いよいよややこしい連中や国は、行動を起こすかもしれないと。


「なんだよ、ちゃんと考えてるんじゃねーか」


 と揶揄する白木。


「まぁな……でも、そうだよなぁ……俺がイゼイラに行くってんなら、世界的なインパクトも相当なもんだろうよなぁ…… あーくそっ、なんでそんな簡単な事に考えが及ばなかったんだ?俺」

「フェルフェリアさんが涙枯れ果てたからだろ? ぶはははは」

「はい……そうです……スンマセン……」


 しかし、柏木はフェルに『メルヴェンが世界の警察まがいなことをしなければならない』と予想はしていた。

 なので、あとはフェルがその言葉を聞いてどう段取りをつけているか……だった。


 そんな感じで、柏木を囲む政治家と官僚のみなさんは、柏木をさんざんイジメ倒したあと……


「では、柏木さん、あなたを日本国政府の『特派大使』として任命する方向性ですぐに進めます。よろしくおねがいしますね」

「特派大使?」


 『特派大使』とは、主に政府が、外国要人結婚式の出席や、葬儀、式典他、特別な事由で一時的に全権大使レベルの大使を派遣しなければならない際に任命、派遣する外交官である。

 非常勤国家公務員を特派大使に任命するのは極めて例のないことであるが、無理ではない。それに柏木はその称号を冠するだけの実績もある。


「なるほど、わかりました。謹んでお受けします」


 そういう事でとりあえず一件を落着させる。


 一呼吸ついたところで春日が……


「さて、柏木さん、ここからが本題なのですが……」

「は、はぁ? ……本題って、今のが本題じゃないんですか!?」

「アタリマエですよぉ、今のはイレギュラーな話ですからね」


 あ……そうか……と柏木は思う。

 確かに今日の会合は、フェルの一件が出る前の話だったと……

 もう柏木はどうとでもなれな気分でもある。


「ああ、そうでしたね……で、誰をヤるんです?」


 と頬をかき話す柏木。


「まだそのネタ引きずってんのかよ!」


 と白木が突っ込む。


「は? ヤる? 何の話ですか?」と春日。

「い、いや、いいんです……気にしないで下さい先生……」と白木。





 春日は話す。


「柏木さん……今からするお話は非常に大事な話なので、よく聞いてくださいね」

「はい……」

「まぁ、予定的にはこの会合が終わってすぐに……という段取で進めていたのですが、今回のイゼイラ行きの話で予定を練り直さなければならないんですけど……恐らく柏木さんがイゼイラから帰ってきてからの話になると思いますが……」

「はぁ……で、一体何を?」

「以前、国会食堂で三島先生が内閣改造の話をしたの、覚えていますよね」

「ええ……って、まさか!」

「はい、そのまさかです……柏木さん、イゼイラから帰還後、あなたには二藤部内閣の『ティエルクマスカ担当大臣』をやっていただきたいと思っています……これは冗談ではありません」

「え?……本気ですか?」

「はい、本気どころか、いくら考えてもあなた以外に適任者がいません。お願いします」


 春日は頭を下げて頼む。二藤部や三島も同じ。


「あーーー、そんな、頭上げて下さい! ……あーもう、わかりました受けます! 受けますって!」

「はぁ……そう言ってくれると思っていました」


 安堵する春日


「いえ……まぁ、その件については一応自覚もしていますから……三島先生があの時にお話された時に、一応覚悟はしていたんですよ……ハハ」

「え? なんだい先生、俺のせいかよぉ」


 全員これまた笑う。


「はぁ~ 私が大臣ですか……なんか日本、間違ってません?」

「知らねーよ先生、ハハハ」


 そして……と白木が次に話す。


「でな、柏木君、それで済んだと思ったら大間違いだぜ……まだ君には試練が待ち受けている」

「え~……なんだよぉ……まだなんかあんのかよぉ……」


 春日がハハハと笑いながら


「柏木さん、実は……我が党に『吉高喜次郎よしたかきじろう』衆議院議員という方がいらっしゃるの、ご存知ですか?」

「え? えぇ…… 確か、自保党、吉高派の親分さんですよね……」

「はい。 で、その吉高が近々に引退をする事になりましてね」

「はぁ……」

「彼は、小選挙区選出ですので……補欠選挙があるんですよ……」

「はぁ……って……えええええ! まさか!」

「ハイ、そのまさかです」

「お、俺……じゃなくて、私にその選挙に出ろって言うんですか!?」


 全員大きく頷く。


「い、い……いやぁ~そ、それは……」


 すると三島が


「先生の大臣就任の後に間をおかず、吉高先生は引退してくださる段取りになっているんだよ、あの人、心臓弱いからなぁ……柏木先生が後釜になってくれるなら、喜んで辞めるって言ってたぜ」

「い、いやでも~……」

「あの先生、どこの選挙区選出か知ってるか?」

「いえ、知りませんが……」

「大阪8区だよ」

「と言われましても……」

「千里中央ってとこか? そこがある場所」

「ええっ!」


 もう絵は既に描かれてしまっている……


 柏木はポワ~ンと、自分が千里中央のタクシー乗り場あたりで、街宣車乗って、マイク持って『柏木真人』というタスキかけて、必死で演説している姿を想像する……


「いやぁ~そりは……」

「でなぁ~先生、ヴェルデオ司令に言っちゃった事があってさぁ……」

「はぁ……」


 三島は頬をポリポリかいて、わざとらしい演技で……


「さっきの先生のイゼイラ行きの話、実はなぁ……選挙でフェルフェリアさんや、ヴェルデオ司令、シエ嬢なんかが応援に来てくれることを条件にしちまったんだよぉ~~ あー困っちまったなー……」

 

 これがネットなら『なー』のあとに(棒)と付くようなしゃべり方。

 柏木は目をギョっとさせて


「うわっ、三島先生! きたねっ! ……って、外国人の選挙応援でしょそれって……公職選挙法に触れないんですか?……」

「え? 全然触れないぜ。んでな、ヴェルデオ司令は『とても快く』OKしてくれたぜ、お安い御用だってよ、わはははは」


「是非とも応援に行かせて頂くとも言っていましたね」ハハハと笑いながら二藤部。

「確か、ヘルゼン女史や、オルカス女史も是非行くと言っていましたな」とクククとこらえる新見。

「ま、これで落選する奴がいれば歴史に残りますな」と腕を組んで頷きながら何か納得する白木。


 普通なら『外国人が選挙応援に行く』なんて話になったら、国賊だの、売国奴だのなんだのと大騒ぎになるところだが、今回ばかりはその『意味』『意義』が全く違う。

 極めて異例な『対外戦略』の一環なのだ。

 対ガーグ戦略ともいうべきか……これも『打って出る』作戦の一つでもある。

 柏木がどういう経歴の人物で、どのような経緯で選挙に出たかを公表する……これ以上強いインパクトはあるまい。


 経済的にも、文化的にも世界中に大きな変革をもたらしつつあるティエルクマスカ。

 観光業が成功し、国家的産廃再生事業でも日本に貢献してくれている。

 無論、彼らの外貨獲得という意味があるにせよ……である。

 その外貨にしても、彼らからしてみれば、別に無くてもなんら問題のないものなのだ。

 そして彼らが日本の隣国である限り、そんなに遠くない未来、例の原発に対しても、何らかのアクションがあるだろう……


 国際関係において、真の意味で『信頼』などという言葉はない。

 全てが自国の利益中心で動く。

 海外支援に海外協力、全て純粋ピュアな慈善事業でやっているわけではない。自国の国益があってこその……前提での行為なのだ。


 ただそれは……地球での話である。

 ティエルクマスカは壮大な連合国家であり、主権国家の集まりである。

 そんな国家群が何万年もの間、国体を変えずに成立するためには『信頼』というものは不可欠だ。

 彼らには、地球世界における国際関係の理屈など、通用しないのである。

 

 実際、彼らの今までの行為には、見返りを求めるものなど何一つない。

 唯一あるとすれば、それは彼らが求める『何か』のためである……

 それを確かめるためにも、ティエルクマスカとの関係を堅持し、維持し、誇示することは重要なのだ。


 そして、その中心が今や日本である。

 その意味を知らない人など、今の日本には誰一人としていない。

 その関係を固いものとする事に、だれがためらいを持つだろうか……


 ……『ガーグ』以外は……




「ななな、何を勝手に話を進めてるんですか!」


 すると白木が、手を柏木の肩に起き……


「柏木君……あきらめ給え……な……君は断れないのだよ……状況的に……」


 クックックと笑う白木。

 クラっとする柏木……

 白木は続ける。


「まじめな話、お前がイゼイラに行くとしてよ、向こうじゃ『配偶予定者』なんて言われてるんだろ?……まぁ結果論だが、こんな風になっちまったからには、コレぐらいのことしないとフェルフェリアさんに恥かかせちまうぞ……」

「ああ……まぁなぁ……それを言われると俺もつらいが……ハハ……どんな物語だよ、こりゃ」



 とまぁ、そんな感じで納得するしかなくなる柏木。

 柏木の人生に、またトンデモストーリーが追加されるやもしれない。

 何とも人生はわからんものだと……呆れながらも、改めて思う。



 ……フェルとの事で腹をくくりーの、こんな……予想外を超えた話で腹をくくらされーの……もしかしたら世界で一番不幸なのではないかとも思う柏木であった。


 その後、料亭を出た柏木はみんなと別れを告げ、一人徒歩で帰宅する。

 今日は車では来ていない。飲酒運転する訳にはいかないという事だ。


 ポケットに手を突っ込み、ちょっとほろ酔い気分で家路につく。

 さっきフェルから電話があった。

 二藤部から許可が出たことを伝えると、フェルはものすごく喜んでいた。

 今日の話も、そのうちフェルに話そうと思う柏木。

 まぁ、よくよく考えると、日本では選挙で勝てそうな相手を見繕って話をするのは普通の事である。

 別段フェルに秘密にしなければならないような内容でもないので、イゼイラでの事が終わってからでもいいかと思う。


(選挙出馬か……まぁ、俺の素性公表して、フェル達が応援に来て……シエさんがお色気振りまきまくったら……普通負けねーわな……)


 柏木はビルの大きな窓ガラスに写る自分を見て……


(大阪8区……か……この歳になって、またあそこに縁ができるなんてなぁ……)


 そう思うと、フェルの顔がポッと頭に浮かんでくる。

 フェルはこの話を聞いてどんな顔をするだろうと……

 フェルと同じ立場の『議員』になるかもしれない……それより前に、民間選出の『大臣』だ。

 


 ……柏木はそう思うと、道路のガードレールに腰を掛け、懐からスマートフォンを取り出し、昨日デスクトップに登録した短縮ダイヤルアイコンをプット押し、耳にスマホを当てる。


 しばしの接続音……

 相手は、ここ何年も電話をかけたこともない相手。

 話をしたくなる。

 そして、しなければならないとも思う……

 勝手なものだと思う柏木……



 …………



『ハイ、もしもし?』

「あ、母さん? 俺…………」







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