表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
31/119

-15-          変動  終

 城崎の夜空。

 満天の星空。

 フェルと柏木が、互いの想いを確かめ合うその大空に瞬く星空。

 彼らを見る夜空の星々の数は、数えて多ければざっと4000個程。


 その星々が瞬く宇宙。

 我々の太陽系。

 水・金・地・火・木・土・天・海……かつては冥王星も惑星で、あるSF作品では、この星から破壊的な放射性兵器を発射されていたりしたものだが、今ではその冥王星も惑星から外され、準惑星となった……そして、この太陽系には、その準惑星クラスの星がゴマンとあることもわかってきた。


 太陽系ですらコレである。

 これが太陽系がある銀河系などという規模で見れば、2000億もの星々があり、この宇宙空間には1000億以上の銀河があるという。

 しかもそれらは地球科学で観測できる数であるからして、実際には文字通り天文学的な数の銀河が存在するのだろう。


 1光年という距離は、キロメートルにして9.5兆キロ。

 我々の生活じゃ、自動車の車検でメーターが、『地球何周分』とかで喜んでる基準では、もう距離という基準の範疇を超えている……


 地球から見える夜空の星々は、そのほとんどが今の世界を映していない。言ってみりゃ何百年や何千年、何万年、何億年もの前の世界を写している。つまり今現在はどうなってるかわからないものばかりなのだ……


 そして、そんな『無限に広がる大宇宙……』……ここでポッコンとかいう効果音でもあれば風情があるが、物語が違う……


 そんな宇宙に存在する、大宇宙という基準で見れば、『銀河系』と同じちっぽけな銀河。

 しかしその場所に住む主観で見れば、それは筆舌に尽くしがたいほど、とてつもなく……巨大な星塊……


 ニュージェネラルカタログコード4565……NGC4565銀河……

 我々地球人の呼び名。

 地球から5千万光年もの彼方……数字では表現できても、それは遥か久遠の彼方とも言うべき場所にある銀河……


 彼の者達の言うその名……


『ティエルクマスカ』


 その外辺部にあるセタール恒星系……

 太陽系の太陽に似た恒星にあるソーラーシステムを回る、十字の輪を持つ巨大な蒼きガス惑星


『第4惑星ボダール』


 その惑星を回る第2衛星……


 其の星の名『イゼイラ』


 ……星の周りには、様々な人工物体が宙に浮かぶ。

 人工衛星ならぬ、人工亜惑星を称するコロニーも数知れず。

 衛星イゼイラを囲む帯のような人工の大地も、天をつく構造物を支柱にして星を囲む。


 まるでそこかしこの賑やかな貿易港のように、平然かつ普通に行き交う宇宙船、宇宙艦艇、宇宙艇。

 その大きさは数メートルのものから、数十キロのものまで。

 『船』や『艦』の名を冠するものには、六角形や五角形、四角形や三角形と、そんなカタチをした物が多く目立つ。


 イゼイラという星からは、何本もの成層圏を貫いた建造物が伸び、その周りを何か羽虫のような機体が忙しく飛び交う。

 まれにその建造物が分離し、何かの構造物と入れ替わったりと、地球人の想像もつかないような情景が展開される。


 衛星イゼイラ……美しい星だ。

 衛星というには大きく、そのサマは、地球のように見えて、そうではない。

 大気の層を抜けると、大きな海原と大陸が見える。

 その比率は海6対陸4ほどだろうか?


 雲より高い山岳が天を突き、その山岳を支柱に傘をかけるような大地が点在する……

 かと思えば、緑豊かな森林に、日が燦燦とふりそそぐ豊かな地上……

 日は傘のような頂を持つ山を照らし、地表に大きくその影を落とす。

 日の傾きにその影は大地の草木に日の光を均等に与える。

 

 水平線や地平線には、主星ボダールの輪が。


 しかし、その豊かな星、その国家……星間国家イゼイラの中央政府星ならではの風景も、堂々たる威容で存在した……


 地上には、都市がない……

 人工的な建築物は、無いわけではないが『ほとんどない』というほど少ない。

 

 しかし、その上空には……まるでヘックスシミュレーションゲームのように、六角形の構造物が繋ぎ合わさった巨大……というにはあまりに広く大きい人工の陸地が宙に浮き、点在する。

 その上に、綺羅びやかな摩天楼の如き都市部が、人工の豊かな緑と一体化してそびえる。

 

 ……正に壮観、そして威風堂々。

 

 都市にはたくさんの水色の肌の人々、肌の色、容姿の違う人々が行きかう。

 低空にはトランスポーターが駆け巡り、高空には規則正しく頻繁に飛びかう飛行物体。

 そこには地球で見たデロニカやその亜種のような機体が頻繁に飛び交っている。


 そんな超科学な都市の中央にそびえる一段と威容を誇る建物。

 我々の言葉に訳せば『イゼイラセンタータワー』とでも訳せば良いか……

 その建物の、とある一室。


 ………………


「ファーダ・サイヴァル議長、ファーダ・マリヘイル・ティラ・ズーサ ティエルクマスカ連合議長がお見えになりました」

「おお、あちらからお越しいただけるとは恐縮だな。すぐにお通ししてくれ」

「畏まりました」


 サイヴァルというデルン。その服装はイゼイラ式の正装に身を包んだ高官のようである。

 『議長』の肩書きで呼ばれていた。


 マリヘイルと呼ばれるフリュは、サイヴァルの秘書か何かの案内を受け、サイヴァルの執務室らしき場所を訪れる。


「ファーダ・サイヴァル・ダァント・シーズ議長、お久しぶりですわ」

「お久しぶりでございます、ファーダ・マリヘイル。今日は一段とお美しいですな」

「またそんな……おだてても何も出ませんわよ、サイヴァル議長」

「ハハハ、一応、社交ナントカというヤツですよマリヘイル連合議長」


 サイヴァルはマリヘイルにティエルクマスカ式の平手を重ねる挨拶をすると、そのままソファーへと誘う。



 マリヘイル・ティラ・ズーサ……

 ティエルクマスカ星間共和連合の偉大なる連合議長だ。

 ティエルクマスカ連合全体の意思を束ねる連合元首である。

 

 地球人的な肉体年齢で言えば、40ぐらいであろうか……元首という地位で見れば、比較的若いフリュである。



 ……彼女はパーミラと呼ばれる種族で、イゼイラからは、数百光年離れたパーミラヘイム星間連邦共和国から選出されたティエルクマスカの現在のトップである。

 パーミラヘイムは、ダストールやカイラスとともに、イゼイラとは最も深い友好関係を持つ国の一つである。


 パーミラヘイム本星は、そのほとんどが深い海洋に覆われた惑星で、陸地は惑星全体の10パーセント程しかない。

 その惑星に住むパーミラ人も、とある海洋生物から陸海両用の知的生命へ進化した種族で、肺呼吸と鰓呼吸ができる両生類的な種族である。

 陸海両生生活ができる種族ではあるが、かつては主に人種的には2種に分かれていた。

 陸上での生活を主体としている『パーミラ・リム』という種族と、主に水中で生活をする『パーミラ・ミル』という人種がいたのだ。

 容姿的には変わらないが、まぁ、彼らの文化的なもので、そういった生活様式の種族だったのだ。


 リム種が地上での産物をミル種に提供し、ミル種は海の産物をリム種に提供するという共生体制が確立していたそうで、ミルがリムになったり、その逆もあるなど、そういう感じで人種の交流も行っていたそんな種族であった。

 彼女達の意匠も、人のそれに近いが、腕や足にヒレの様なものを持ち、手足の指の間には水かきのようなものを持つ。


 その容姿は人魚のように華麗であり、肌の色は白に近い白銀色をしている。

 そして髪の色も、種族的にほぼ全員、体表色と同じ白銀色をしている。

 眼の色は、藍・赤・茶・緑・黒と多種多様で、一貫した眼の色という物はない。眼球の形態は単色眼球で、いわゆる“白目”がない。


 陸海両生といえば、なんとなくいつも体が水に濡れているようなヌルヌルイメージがあるが、それに関してはそんなことはなく、陸上にいる時は、いたって体表は乾性であり、一見すると普通の陸上動物のようである。

 ただ、かつては、一定時間水の中にいないと、病気になりやすい種族であり、この種族的な生理生態的性質が、極めて高度な文明と科学技術を持つ種族であるにもかかわらず、彼らの遠方への宇宙進出を阻んでいた。

 

 これに手を貸したのが、パーミラと国交を持つために訪れたイゼイラであり、イゼイラの高度に進んだナノマシン技術と、遺伝子操作技術により、パーミラ人は水生の呪縛から解放され、悲願の遠方への宇宙進出を果たすことができるようになった。

 そしてイゼイラの空中都市技術の提供を受け、現在では、両生種であるにもかかわらず、そのほとんどがイゼイラによってもたらされた技術の空中都市で生活をする種族となっている。


 そして、イゼイラは、当時イゼイラ人が最も苦手としていた深海海洋開発技術を、それを最も得意とするパーミラ人より提供を受けており、両種族は現在でも極めて深い友好関係を持つ種族同士なのである。

 

 そしてもう一方の議長。


 サイヴァル・ダァント・シーズ……

 地球人的な肉体年齢的な外見は、およそ58歳といったところか。

 彼こそ、現在のイゼイラ星間共和国の最高評議会議長であり、現イゼイラの国家元首である。

  


「さて、今日伺わせていただいたのは……」


 とマリヘイルが切り出そうとすると、


「ヤルバーンの件ですな」


 とサイヴァルが応じる。


「フフフ、はい、そうです……私も色々と報告を受けておりますが、現在ヤルマルティアとの交渉権を持つのは貴国ですので、その報告をお伺いに参りました」


 マリヘイルは両腕を両膝に当てて、手をアゴで組み、目をパチクリさせながらサイヴァルに催促するような視線を送る。

 パーミラ人の特性であろうか、こういう感情の時は、腕についたヒレや耳にあるヒレのような部分がピクピク動くらしい。

 赤い口元はニッタリと笑う。

 

「ハァ……マリヘイル、そんなに慌てなくてもこちらからあとで行くと言っておいただろう……」

「だって……今日はヤルマルティアと国交を正式に持ってからの最初の報告期日ですわよ、もう待ちきれなくて……」

「仕方ないなぁ……」


 マリヘイルとサイヴァル、どうもこの二人は、互いの立場とは関係なく、深い友人のような間柄のようである。


 で、サイヴァルはそう言うと、マリヘイルのPVMCGに色々とデータを送る。

 マリヘイルは貰ったデータをVMCモニタを生成して、さっそく読み始めた……


「フゥ……これはものすごい量ですね……サイヴァル、これ、全部フリンゼが調べあげたのですか?」

「ああ、相当熱心に調べあげたみたいでね。まぁその中には、確か……ポルタラ主任とリビリィ主任、そして、ダストールのシエ局長のデータも含まれていると思うんだが」

「ダストールのシエ……まさか、あのロッショ家のシエですか! 彼女がヤルバーンに?」

「あ、あぁ、知らなかったのか?」

「え、えぇ……そうですか……シエが……」

「まぁ、彼女なりの決断だったのだろうな……あの時のダストールは、時のめぐり合わせが悪かったというかなんというか……『総統』後継者の派閥争いが今までになく激化していた……ロッショ家、ザンド家、バース家……同い年の、その三家の長男長女が実質、総統選挙での椅子の座を争っていたしな。おまけに新興勢力の、何と言ったか……ちょっと名前は忘れたが、まぁ結局状況としては政策論争のレベルで話が済んだから良かったものの、あの時は、シエなりに状況を長引かせるのは良くないと思ったか、それともウンザリしたか。彼女はそんなふうに思ったのだろう」

「そうですか……あの三家の中では、ロッショ家は一番の穏健派ですからね……シエは自ら身を引いたと……」

「うむ、シエ自身も保守的なダストール人の中では国際派だ。世の中をよく知っている……ハハ、ダストール人が感情論に訴えたら、どんな風になるか良くわかっていたのだろう……まぁ……シエは、あんな雰囲気のフリュだが、根は優しいフリュだからなぁ……しかし……腕っ節は他の二家の長男なんざ足元にも及ばんだろうが……ハハハ。でも、なんか他でも色々ともめてるという話も聞こえてくるし。彼女としては難儀な話なのだろうがな」


 ヤルバーンがイゼイラを出航する前の、ちょっと昔の出来事を思い出して、笑うサイヴァル。


「そうですわね、フフフ、今では防衛総省きってのエリートですから……」

「まぁそういう事だな。あの時は、あそこにシエが絡んだら、圧倒的にロッショ家が優勢になってしまって後々禍根を残すことになっていただろうからなぁ……あの御三家と、例の新興勢力以外の候補者は、泡沫もいいところだっただろうな、ハハハ」

「そうですねぇ……シエはダストール国民にも人気がありますもの……というよりも、シエ自身が本当は全然その気が無かったのではなくて?」


 シエ……何やら曰く付きのフリュのようだ。

 やはりただのエロ別嬪ではなかったようである。


「まぁなぁ……彼女がいきなり防衛総省に入隊した時も驚いたが……家名に縛られたくなかったのだろうなぁ……結局ヤルバーン行きを選択したのも、なんだかんだいって家の名前や、あのダストール政治独特の習慣から距離をおきたかったのだろうな……フリンゼやリビリィ、ポル達友人と一緒にいたほうが気が楽だと思ったんだろう」

「フフフフ、シエらしいというかなんというか……」

「しかし……あんなに良いフリュなのに、なぁ~んで、デルンが寄り付かないのか今だに不思議だよ……」

 

 そんな今の日本関係者には全く考えも及ばないサクセスストーリーが彼女にはあるようだ。


「そ・し・て……フリンゼの報告ね……ふむふむ……さすがフリンゼですね、やはり技術・文化系の報告が深いところまで書いてあるわ」

「ああ、特に当初の目的のあの件、やはりというかなんというか……」

「ええ、これは重要ですね……もちろん科学アカデミーにも?」

「うむ、やはりというか、ヤルマルティアに狙いを絞ったのは正解だったようだ」

「では、あの件についても?」

「いや……それはまだ……きっかけも得ていないらしい」


 サイヴァルが渋い顔で首を横に振る。


「そうですか……」


 ……彼らは何の話をしているのだろうか?


「では現状の進捗状況は……」

「科学省の判断では、60パーセントといったところだそうだ」

「60ですか……しかし半分は超えています……この状況でも……」

「いや、アレがわからないことには……我が国国民を納得させることが出来ない……だからフリンゼの無理を聞いて、派遣議員としてヤルバーンに乗せたんだからな……他の議員の反対を押し切ってまでだ……」

「それはわかりますが……この報告書にあるア・メ・リカ国?や、イーユーという連合地域国家の助力を得られれば、進捗は80パーセント以上にも伸びましょうに」

「それも考えたが……その報告書のココ……を見てくれ、今の我が国国民とのエートスが合わない……そのヤルマルティアの隣国に至っては……フゥ……論外だ……むしろヤルマルティアの『敵』といってもいいぞ、その関係は……そのアメなんとか国やエーユーだかの連合と関係を持ってしまえば、必ずその近隣国家が間接的にでも関係してくる……多分……『今の』イゼイラの民は、間違いなく受け入れることはあるまい……」

「ふ~む、難しいですね……イゼイラはティエルクマスカでも、最も『トーラル』の影響を受けている大国です……そのイゼイラの国民が納得しないというのであれば……今のティエルクマスカが抱える問題も進展しません……致し方ないですか……」


 マリヘイルは少し俯いて考える。


「申し訳ない、マリヘイル……だが、こればかりはな……我々の文化の問題でもあるのだ……必ず何とかしてみせる。フリンゼ達を信じてやってくれ」

「ええ、わかっていますわ…… だから私達は……」

「ああ、ヤルマルティアにヴェルデオ司令を直接大使として指名する『シンニンジョウ?』という書状を送ったのだ……ヤルマルティアの政府と皇帝陛下は快くその書状を認証してくれたそうだ」

「はい、その話を聞いた時は心からホっとしました」

「うん、これでヤルマルティアと我が国、そして連合行政府が責任を持って国交を持つことができる。以前よりずっとやりやすくはなる」

「ええ、それが今一番の良い知らせでしたからね……」

 

 マリヘイルとサイヴァルは、ニッコリ笑って頷きあう。

 

 彼らは彼らの主観で、何かに問題があり、何かの解決法を模索している。

 そして何かを求めて船を5千万光年彼方の太陽系へ送り出した……いくら超空間航法のようなものを持つ彼らでも、5千万光年は短い距離とは言えまい。

 そこまでしても、そしてそれがヤルマルティアという国でなければならない彼らの求める何かが、そこにはあるのだろうか?

 それが何かは……まだわからない。


 サイヴァルは話に一区切りをつけると、やおらソファーから立ち上がり……


「さてマリヘイル、お腹すかないかな?」

「え?……えぇ、まぁ……もうすぐ中期食時ですものね……何です?サイヴァル、改まって……」

「うむ、まぁ……迎賓食堂にとりあえず行こう」

「は、はぁ……」


 マリヘイルは首を少しかしげながら、サイヴァルの後に続く。

 下階の迎賓食堂へ、屋内転送装置を使って降りると食堂スタッフが二人のために食事の用意をしていた。

 二人は対面でテーブルに座る。


 傍らには、スプーンが置いてある。『スプーンのような食器』ではない。モロなスプーンだ。

 マリヘイルはそれを取り


「変わった食器ですわね……」


 と訝しがる。

 それを見るサイヴァルはムフフ顔。


 そして給仕が、立派な透明のグラスにきれいな白濁した濃緑色の液体を入れて持ってくる。

 中には氷が浮いている。

 マリヘイルは、目をむいて「なんだこりゃ?」な顔をする。

 ちなみにグラスには、無駄なトゲトゲは付いていない。


「ではマリヘイル、ハーサ」

「ハ、ハーサ」


 『ハーサ』とはイゼイラ語で『乾杯』のような意味だ。


 マリヘイルはその液体を、恐る恐る口に入れると……目が☆になり


「これはおいしい飲み物ですわね! ……お茶のようにも感じますが……」

「なんでもヤルマルティアの飲み物で、“あいすまっちゃみるく”という飲み物らしい」

「ほー……」

「ヤルマルティアで採れるお茶の一種に、家畜の乳脂を少し混ぜ、そこに糖分を加えたものだそうだよ」


 そういうとサイヴァルは、クイっと一気に抹茶ミルクをあおり、フゥと一息つく。


「これはこうやって一気に飲むのがうまい」


 それを見たマリヘイルも、一気に抹茶ミルクをあおり「フゥ」と息をつく。


「なるほど、何か清涼的な感覚と、のど越しのよさが同時に味わえますわね、ウフフ」

「ハハハ……では、次は今日の目玉になる食事の方だ」


 給仕がその……『例の』驚愕の食事を運んできた。

 その食事は、大きな深めの皿に、白い粒状の穀類と思われるものが盛られ、さらにその上から半分以上の面積に黒茶色の液体がかけられ、その液体の中に、肉が入っている。

 そして、今日のこの食事はスペシャルということで、更に肉を穀類の粉を振りかけて、油脂で揚げたようなものが小切りにされて、さらにその上に乗っていた。


 マリヘイルはその出された食事を訝しがり、クンクンと匂いをかぐ。

 その瞬間……


「こ……これは!……」

「はっはっは、素晴らしい香りだろう。香りだけではないぞ、まぁ食べてみようじゃないか」

「は、はい……」


 マリヘイルは、その先の丸まった食器で、白い粒と、黒茶色の液体を一緒にすくい、パクっと口に入れると……


「♪♬☆♫!!!~」


 その目はピッカリと輝く……どこかの和服を着たジジイのように、目や口からビームは出さないが、まぁそのぐらいのものだったらしい。

 マリヘイルは、次々とその食べ物を口に入れる。


「こ……これは!……なんておいしい食べ物なのでしょう!……私の人生で、これほどの食べ物、食べた事がありません!」

「だろ? 私もこの食べ物を食べた時、瞬間、あまりの旨さに自我が消えてしまったほどだ……」

「はい、おそらくティエルクマスカ全域を見ても、これを上回る味付けの食べ物は……そうそうないでしょう……もしかして、これもヤルマルティアの?」

「ああ、実はね、この食べ物、全部フリンゼが調査して、ハイクァーンデータとして送ってきたものなのだよ」

「ほぉ~~~それはそれは…… で、この食べ物の名は?」

「うむ、なんでも“かれーらいす”というそうだ。その中でも今回のは、“かつかれー”というものらしい」

「なるほど……」


 マリヘイルは、隣に出された水を飲むと、また一杯すくってスプーンを口に運ぶ。

 彼女もとうとうカレーという魔物に取り付かれてしまったみたいだ。


「科学局に成分を調べさせたが、体にも非常に良い成分が多数含まれている。ただ……少々問題があってな、この食べ物には……」

「問題? ……まさか有毒成分が?」

「ハハハ、まさか……いや、フリンゼの報告では、あまりにウマすぎるので、彼女も5分期に一度しか食べないらしい」

「それはそうでしょう、こんなおいしいもの、食べ続けたら中毒症状を起こすかもしれません……」

「ははは、それはどうか知らないが、その5分期に一回というのは、ヤルマルティアの習慣でもそうらしいよ。ヤルマルティアの文献にもそう書いてあるそうだ」

「では、ヤルマルティア人も、この食べ物のおいしさが中毒を引き起こすとわかっているのですね? なのでそのような戒律を……」

「あー……いや、だからその中毒はどうかしらないが、まぁ有毒どころか、ものすごく体に良いものなのは確かで……」

「でも、そんな戒律があるぐらいなのですから、相当なものなのでしょう?」

「い、いや、私はあんまり関係ないと思うが……」

「でも、フリンゼがそこまで報告書に書いてくるぐらいですから、ハイクァーンで各国国民が造成する時も、その注意書きを添えて造成させないと」

「は、はぁ……ハハハ、ま、まぁ、そうなのかなぁ……」


 みんなの大好きなカレーライスが、ティエルクマスカでは、中毒食品に指定されてしまった……

 “闇カレー造成”という犯罪が発生したり“カレーライス食用戒律法違反”などという法ができる事態になってしまうのだろうか……さすがにんなわきゃないと思う……多分……


 そんな感じで、五千万光年彼方の食べ物“かれーらいす”に舌鼓を打つ。

 普通、こんな迎賓食堂で出る食べ物というのは、一流を称する料理人が作るのはいいが、VIPクラスではもう食べ飽きたような、決まった味付けで、素材だけが一流の食べ物が出ると相場が決まっているものである。

 しかしマリヘイルとしても、今回に限っては非常に有意義な食事であった。

 なんせ年甲斐もなく、二杯目をいってしまったからだ。


「フゥ、今日は人生最良の日になりそうです……ゲプ」

「ハハハ、それは良かった。私も気に入ってもらえて嬉しいよ」

「5分期に一度ですね、わかりました……」


 マリヘイルも何か心に決めたようだ。


 食後のお茶……これはイゼイラ茶であるが、一杯のみつつの会話。


「しかしこのような貴重な食べ物を発見するとは、さすがフリンゼですね、さぞかし一生懸命任務を果たしておられるのでしょう」

「まぁ、確かにこれだけの情報をかき集めて送ってくるのだから、相応の仕事をしているのは確かだろうが……フフフ……まぁそれだけではないみたいだけどな」

「え? ……どういうことですか?」

「んー……ヴェルデオ司令の報告なんだが……」

「?」

「あー…… フリンゼな…… ヤルマルティアで…… 将来の伴侶ができたらしい……」


 一瞬瞳を最大サイズにして沈黙するマリヘイル……


「ま……まぁまぁまぁ……それは本当ですか!?」

「うむ、確定情報だそうだ。しかもお相手は当のヤルマルティア人らしい」

「あらあらあらあらあら…………それはそれはそれは……」

「ハハハ、意外だったろう、あのガードの硬いフリンゼを落としてしまうデルンがいただけでも驚きだが……まさかヤルマルティア人だとは……これもナヨクァラグヤのお引き合わせなのかもしれんなぁ……」

「そうですわねぇ……」


 なんとなくしみじみする二人。

 ほっこりしながら茶をすする。

 極めて肯定的である。


 そんな感じで、食事を御馳走になったティエルクマスカ連合議長 マリヘイルは、次の予定があるため、サイヴァルの元をはなれる。

 

 そしてサイヴァルはマリヘイルが去った貴賓食堂の窓から、イゼイラ都市を眺める……

 

 腕を後ろに組み、“休め”の姿勢でじっと外を眺めて何かを考えているサイヴァル……


(あのフリンゼがなぁ……そうか……今回の件も含めて、一度話をしてみねばならんかもなぁ……これもやむをえんか……)


 そして、前を見据えた目が、少し俯く。


(あの件を早くなんとかしなければ……周期を追うたびに悪化していく……もしこのまま……)


 サイヴァル・ダァント・シーズ……彼は、今期のティエルクマスカ連合、今期盟約主権国家、イゼイラ星間共和国議長なのだ……その悩みは、誰にも推し量れるものではない……




 ………………………………




『ヨッ! オヨッ…… ヨシッ、ツリアゲタゾ、イイカンジダ』

『ハわわわわ…… ふぅ、危なかったデス』

「ははは、そうそう、そんな感じ、二人ともうまいうまい……えっと、フェルが5匹にシエさんが6匹、俺が10匹だから……おお、いい感じだな」


 城崎での休日。

 フェル達は何をしているのかというと、ホテルに隣接する遊園施設にある釣り堀で、例のアジ釣りに挑戦していた。

 シエは昨日にもう体験済みだったが、フェルは今日が初めて……というか、“釣り”という物自体が人生初挑戦だったので、なかなかに熱中のご様子。

 しかしフェルはちょっとズルしている。

 VMCモニターを展開して、生簀いけすの中をセンサーでサーチ。大きい魚と小さいアジを完璧に見分けて釣り竿を垂れている。

 なかなかにズルッコだったりするが、生簀の監視員は、それが何かわからないので、注意しない。

 みんなもそれが何か、わかってても言わない……


 ……良い子は真似してはいけません。

 大人はずるいのです……


 そんな感じで成果を食堂で天ぷらにしてもらい、袋に入れて食べながら施設を楽しむ。

 昨日は時間の関係で見れなかったイルカやアシカ、トドのショーを見物。

 フェルやヘルゼン、オルカスが大はしゃぎだった。

 シエも態度にこそ出さないが、目を皿のようにしてそのショーを見る。


 イルカインストラクターも、有名なフェルや、キャプテンウィッチで有名な、シエ達異星人が見に来ているということがわかっているようで、そこはエンターテイナーのはしくれ、フェル達異星人フリュ軍団をステージに呼び、イルカやアシカと遊ばせていた。

 そのショーを見学に来ていた世の日本人デルンの皆さんは、イルカショーより、シエさんのいろんな所に目が行き、眼福だったようである。

 なんせシエの私服は、なんでもかんでもピチピチな服なのでいかんともしがたい……


 水族館では、ポルやリビリィが目を輝かせ、片っ端からPVMCGで日本の海洋生物のデータをとりまくり、楽しむというより、完璧な仕事モード。


『コれはすげーナ!」

『コの資料館は貴重でス!』


 とリビリィとポルは感動していた様子。

 この程度の水族館なら、日本中にあるのだが……


 そんな感じで今日も今日を満喫した彼女達であった……

 


 ……そして、また温泉に浸かり疲れを癒やす。

 すっかり“風呂”の意義を覚えた異星人のみなさん。


 シエとフェルが隣同士になり、マッサージチェアに座って、マッサージ器をうぃんうぃんいわせながら……フェルはストローでチューとアイスレモンティーを飲み、シエはコーラを飲みつつ昨日の白木のように新聞を読む。

 もちろん日本の文字はわからないので、VMCモニターを開いて、文字を翻訳しながら読んでいる。


「フ~ム……コノろしあトイウ国、ヤハリ信用ナランナ」

「今、地球で問題になっているあの件ですね」

「ウム、マァ、ろしあトヤラノ言イ分モワカランデハナイガ、主権国家ニ何ノ警告モナク軍ヲ送リ込ムトイウノハ、ドウ見テモ侵略ダゾ、ソコニ同胞ガタクサンイルナドトイウノハ理由ニナラン。何人同胞ガイヨウガ主権ハ主権ダ。ソンナモノハ関係ナイ」

「そうですよねぇ~ どんな理由があれ、主権国家に戦闘集団を送り込んだら、普通は戦争になります」

「ダガ、コノ問題ニナッテイル自治体モ、元々ロシア寄リデ、ろしあヘノ帰属意識ガ高イ地域ラシイ。コレガ旧体制ガ崩壊シタ時ニ、コノ政権ガ変ワッタ国ニ帰属シテシマッタトイウノモ、ドウニモ理解ニ苦シム」

「ですよねぇ~、なんかどっちもどっちな気がしないでもないですが……」

「シカシ……コンナ事ヤッテイル国ガ、ティエルクマスカト交渉シタイナドト……マァ、絶対ニ無理ダナ」

「ええ、こういうやり方を我が連合は一番嫌いますから……」

「コノ目ツキノ悪イハゲ……ナカナカノヤリ手デハアルミタイダガナ……」


 ……そんな地球の時事話もそこそこに、フェルは友人として、シエに込み入ったことを聞く。

 まだ二人のマッサージチェアは、うぃんうぃんと音を鳴らす。


「ねぇ、シエ……」

「ン? ナンダ?」

「……シエって……ダストールの総統候補の一人だったのでしょ?」

「……」

「良かったのですか? 国を出てきてしまって……」

「…………」


 シエは目を瞑って、マッサージチェアの振動に身を任せている。


「ワタシモ……オマエトオナジダヨ……」

「え?」

「普通ノ、フリュトシテ生キタイダケダヨ……ロッショ家ニ好キデ生マレタワケデハナイ」

「……」

「普通ニ生キテ……恋ヲシテ……デルンヲ好キニナッテ……ソンナ生活ヲシタイダケダヨ……ダガ……ハハハ……連合防衛総省ニ入隊シタ時点デ、モウ普通ジャナクナッテイルケドナ、フフフ」

「……」


 シエのマッサージチェアの方が、先に止まったようだ。

 シエは首をコキコキさせ、腕をぐりぐり回して背筋を伸ばす。


「フェル……」

「は、はい?」

「オマエハドウナンダ? オマエハ普通ノ議員デハナイ……旧オ……」

「シエ……」

「……ン?」 

「私は、辞めたくても辞められませんから……やっていくしか……ないです……」

「……ソウカ……デモ、カシワギニハ、キチント言ッテヤレ……アイツナラ、必ズオマエノ助ケニナッテクレル」


 コクンと頷くフェル。

 ヤルバーンでは、なかなか話せないことも、こういうリラックスした空間なら、ついぞ口に出る話もある。

 それは地球人なら誰しも、どこでも話す事。

 柏木や白木、大見もそうやって、友と話して、今がある。

 それはフェル達『異星人』とて同じ事だ。


 シエにはシエの、人としてのストーリーがある。

 フェルにはフェルの、人としてのストーリーがある。

 どれだけ親密になっても、その人の過去というものは、側にいたものにしかわからない。

 その人の過去を知るというのは、正味、物理的な時間と距離に比例するのだ。

 だから、知らない者には語ってくれなければわからない。

 話さなければずっとわからないまま……


 しかし、柏木は以前言った。

 

「知らない方がいい秘密というものもあるのだ。知ってしまったがゆえに万人に迷惑をかける秘密もある」


 と……


 彼に話すということ……それがいい事か悪い事か、今のフェルにはわからなかった。

 その物語は、今の地球人には理解の及ばぬ5千万光年先の、いちイゼイラ人のストーリーだから……


「……シエは……事が終わったら、どうしたいのです?」

「ワタシカ? ……ソウダナァ……私ハコノニホンニ……」


 そう言おうとしたその時に……


「おーい! フェル、シエさん! もうすぐメシだよ」

「何やってるの~ みんなもう部屋で待ってるよ~」


 柏木と美里が、スリッパをペタペタいわせながら二人を迎えに来た。


 シエは小声で……


「(マァ、今はコレデイイデハナイカ、ナ、フェル)」


 フェルもコクンと頷いて、


「(そうですね、今はこの時を楽しみましょう)」


 シエは、フェルの頭にポンと手を置く。

 まぁ、年齢的にはシエの方が、少し姉貴分だ。


『デ、今日ハ、私ノ方ガ“ツリ”デタクサン釣ッタカラ、柏木ノ隣ニ座ルゾ』

『ア、ナンデスカ!? そんな事聞いてませんヨッ!』

『フフフ…… 「カシワギ♪ ア~ンシテ♬……」トカヤッテヤル、フフフフ……』

『ア~! シ、シエ! ソ、そんな事したらタダじゃおかないデスからネっ!』




 ………………………………




 東京、夜。

 とあるホテルのバー。

 政治家というものは重要な政策を内密に根回ししたり、まぁ、プライベートな時間を持つために、必ず行きつけのこういう店を確保している。

 こういう店では、店の方もわかっているので、マスコミなどは入店させない。

 なので……密談のような事をするのにも便利だったりする。

 ある政治家は、一見さんお断りな料亭など、またある政治家は 、高級旅館の一室など ……

 まぁ色々あるのだ。


 そんな店に今いるのは……三島に春日、そして新見。

 副総理に、自保党幹事長、外務省官僚である。


「……総理も誘ったんだがよ、ロシアがあんなことしでかすから、それどころじゃ無くなっちまった…… あの男もロシア世論には勝てないということかなぁ…… それとも前から企んでやがったか?」


 目つきの悪いハゲ頭の顔を想像しながら高級葉巻をポッカリとふかす三島。

 三島的にも良く知っている人物だけに今回の件は、あり得ないことではないとは思っていた。


「ですねぇ…… 宇宙から異星人がやってきて、今後の国際関係がどうこうって話に、あーいう事やらかしますかね……あれもガーグとかいうヤツですか?」


 春日がグラスを取って難しい顔をする。


「ハハハ、あれはどうですかなぁ……あの国の、前の大統領がどうもロシアのな……まぁそういうのもあってので、黒海艦隊が動けなくなったら、ロシアの軍事プレゼンスに甚大な影響が出る……おまけにあの国は、ソ連時代の兵器研究地域でもありましたからな……まぁ、ガーグ的ではありますがな」


 そういうと、葉巻の火を消し、シガーケースにスポっと入れる三島。

 隣で、新見が、春日のグラスに酒を注ぐ。


「ところで新見君よ、例の件、うまく根回しすんだのかい?」


 三島は新見のグラスに酒を注ぐ。


「はい、そっちの方は……春日先生の方も、例の方向性でお願いします」

「ええ、わかっています。三島先生、総理の了解は……」

「とっくに得ていますよ……これで吉高よしたか先生も勇退できると……ハハハ、喜んでたよ」

「吉高先生……お体大丈夫なのでしょうか?」

「まぁ、歳も歳だしなぁ……ウチの党の定年制もあるし……おまけに心臓だろ、国会みたいなストレス製造装置なところにいなきゃ大丈夫だって医者が言ってたそうですがね」

「なるほど、ハハハ」

「それに……吉高先生を決断させたのは、やっぱり先の捧呈式の件だそうですわ……もう自分の知ってる政治が通用しない時代が来るって、落ち込むどころかえらい嬉しそうに言ってたそうですぜ」

「では、あの件は、吉高先生が辞表を提出する前に、機を見計らって彼に言わなければなりませんね」

「そうですな……新見君、そん時は白木君といっしょに、春日先生と……頼むよ」

「はい、フフフ、了解しております」


 新見は不敵な笑みを浮かべる。

 春日も、なにやら企む顔……しかしどっちかといえば悪戯小僧のような笑み。


「でも先生、今、城崎かぁ~ いいよなぁ~ カニうめーだろーなぁー」


 三島は語尾を延ばして、うらやましそうに話す。


「お土産、送ってきませんか?」


 春日も酒を一口。


「んなもん春日先生、こっちゃ官房ナントカ渡してるんですぜ、そんなのバレたらえらいことになりますわ」

「ハハハ、確かに」


 しかし新見も突っ込む。


「でも三島先生、そんな事言ったら私のような官僚が、先生達と飲んでるのも、相当問題ありまくりのような気もしますけど……」

「そこらへんは……あー……まぁ……そんなこまけぇこたぁいーんだよ」


 二人は笑う。


「でも、新見君、なんでも今回の旅行、フェルフェリアさんと柏木先生の、二人のラブラブな旅行だったのを、イツツジのお嬢が付いてったんだって? なんか白木君も巻き込まれたそうじゃねーか」

「いや、巻き込まれたというか……ハハハ、大見三佐といっしょに五辻常務のボディガード代わりで私が行けといいました。あの二人、一応婚約者同士ですので…… それにあの一件で、名声欲しさの跳ねっ返りな極道連中が五辻常務に手を出そうとかいう動きもなきにしもあらずだそうで……そんな感じです。柏木さんのボディガードは……ハハハ、まぁフェルフェリアさんがいますし」


 と新見が笑う。


「おいおい、フェルフェリアさんがボディガードって、なんだいそりゃ? 逆じゃねーのかよ」

「いやぁ、かの方、話ではすごいらしいんですよ、なんでもメルヴェンのシエ局長とタメをはるとか」

「ほ……本当かよ……」


 三島と春日は、脳内で誰しもが思う『マサトサン……』な彼女と合致しない映像をポワ~ンと思い浮かべる。

 そして二人は顔を見合わせ、首をかしげる。



 ……まつりごとというのは、何も議会だけで決まるものではない。

 こういうところでそのお膳立てができて決まってしまうこともあるのだ。

 それが政治であったりする。これは古今東西、今も変わらない。そういうものなのである……


 しかし、麗子に手を出そうと考える極道のみなさん……三島達は……極道連中の方に同情した……

 


 ………………………………


 

 そんなこんなでアッという間に3泊4日は過ぎ、柏木達は帰途につく。


 麗子達は但馬空港から城崎にやってきたようだ。


「え? 但馬空港から? ……おかしいな、但馬空港から羽田に直行便ってなかったと思うけど……確か伊丹経由だったような……」

「何を言っていますの? 柏木さん。 我が社のジェットで来たに決まってるじゃありませんか」


 え? と聞き直す柏木。

 そして……


「はぁぁぁ? プ、プライベートジェットっすか!?」

「はい、そうですわよ。何かご意見がございまして?」

「い、いや、みんな連れて?」

「ほい」


 ……柏木は、金持ちもここまでくると犯罪だと思った……


『ケラーレイコは、ご自分デ“ひこうき”をお持ちですカ?』

「ええ、そうですわよ……といっても、名義は会社のですけどね、ホホホ」

『へー、ワタシと同じデすね』


 ヘ? となる柏木。


「え゛、フェルも自家用機持ってるの?」

『ハイ、本国のお家にありますでス』

「あ、イゼイラにね、なるほど、そういう意味か」


 フェル達イゼイラ人は、小型の自家用宇宙船を持つのは、地球人が自家用車を持つのと同じぐらいポピュラーなことだと以前聞いたことがあったので、納得する。


「じゃぁ、麗子さんたちとは城崎温泉駅で、一旦お別れですね」

「え? なぜですか? 柏木さんも一緒にお帰りになればよろしいでしょう」

「いや、まぁ、フェルがちょっと……ハハ……」


 フェルが地球の飛行機が、科学的根拠に? 基づく理由で苦手だということを麗子に話す。


「……ということなんですよ、あとそれと、大阪からまだ寄りたいところがありましてね」

「あら、そうですの……残念ですわね」

「すみません麗子さん、ご好意だけ頂いておきます」

「いえいえ、そういうことでしたら仕方ありませんわね」

「それと……まぁ……いざとなれば転送で帰宅できますし……フェルの権限で。ハハハ」

「フフフ、なるほど、わかりました。では柏木さんの電車の時間まで、駅周辺を探索でもしましょうか」


 そういうことで、柏木一行は列車の出発時間まで城崎温泉駅周辺を散策する……


 この散策、結構ヤルバーンフリュさん達には好評であった。

  

 ある種、日本の原風景である大谿川おおたにがわの柳並木に太鼓橋。そして外湯の歴史ある古い建物。

 フリュのみなさんは、子供のようにアッチ行き、コッチ行き、ポルに至ってはPVMCGスキャナー全開であった。

 無論フェルも色々とデータを取りまくっていたようである。

 それもそうである。フェル達は日本に来てから、東京のような都会しか知らない。

 古い町並みといえば、捧呈式が終わってから休暇をもらって遊びに行った浅草ぐらいなものだ。

 こういう地方風景は全くの新体験であった。


『アレ? シエ局長は?』


 オルカスが気づく……シエがどっかにいってしまっている。

 すると、ある店で日本人観光客がザワついている。

 キャッキャ言っている若い客も。

 

 するとシエが色っぽいモデルウォークで、ある店から出てきた……手にソフトクリームを持っている……艶かしい舌で、レロ~ンとソフトをなめながら、モデルウォークで帰ってくる。


「なぁなぁ柏木……」


 白木が深い眼差しで柏木に語る。


「なんだよ」

「あれは……イカンなぁ……」

「あ? あ、あぁ…… あの舐め方は……色々とマズイい、うん」


 そして戻ってきたシエ。

 ちなみに、アイスクリームは、シエの大好物であったりするので、シエ的にソフトクリームは放っておけない。

 

『ン? ドウシタカシワギ。オマエモ欲シイノカ? ホレ』


 シエは、彼女がレロレロに舐めたソフトクリームを柏木に差し出す。


「え、ええ? ……」


 すると、トントンと柏木の肩を叩く誰か。

 振り向くと……


『マ・サ・ト・サァ~ン……』


 金色目の眉間にシワを寄せたフェル……柏木にはフェルから『ゴゴゴゴゴ』という音が聞こえた……



 ………………



 そして柏木達の列車発車時刻が近づく。


「じゃぁまた明日」と言う感じで、麗子達に見送られ、柏木とフェルは特急列車へ。


 帰りは、まぁ、フェルもお疲れなのだろう、グリーン車のシートにもたれかかり、クークーと寝息を立てて眠りこけていた。

 朝早めの出立だったので、おそらく昼過ぎぐらいには新大阪に着く。

 柏木も少し眠っておこうと想い、目を瞑る。

 フェルさんの頭が柏木の肩にもたれかかり、なんとなくニッコリと夢の中である……


 コールドスリープならぬ電車スリープは相対時間を短くするもので、あっという間に新大阪へ到着。

 フェルはちょっと眠い目をこすりながら、柏木についていく。


『マサトサン、キノサキでオオサカからどこか行くところがあるということでですガ、どこに行くのデすカ?』

「うん、キョウトというところに行こうと思ってるんだけど……どうするフェル?疲れたのなら先に戻ってもいいけど……」

『一緒に行くに決まってるデすよ。別に疲れてないですヨ、ちょっと寝起きなだけでス、ウフフ』

「ハハ、そうか、じゃ行こうか」


 二人はそのまま新大阪駅、新幹線ホームへ。

 一番早い先発の新幹線に乗り込む。席には着かないで、踊り場で立ったまま乗る。

 なぜなら、新大阪から京都へは、15分で到着するからだ。

 フェルに新幹線を調査させてやりたいというのもあった。

 案の定、フェルはPVMCGを展開させて、新幹線のデータを色々と取っていたが、乗車時間が短いので、今度機会があれば東京から乗せてやろうと柏木は思う。


 新幹線には、何人かイゼイラ人も乗っていた。

 フェルと目が合うと、軽くティエルクマスカ敬礼をする。

 フェルも軽く会釈。しかし……キャップ帽かぶって伊達眼鏡で『普通イゼイラ人』に変装したつもりだったが、やはりイゼイラ人にはわかるようである……まぁ、目の色がという話もある。


 そして京都駅に到着。

 お昼がまだだったので、適当なところでお昼をとる。

 京料理……とはさすがにいかない。ここはファーストフードで済ませる。

 地下鉄の名を冠するサンドイッチ店で喫飯。

 フェルは“生ハム&マスカルポーネ ”に柏木は“ローストビーフ”……フェルは京料理なんて知らないので、京料理を食べたいとも言わず、このサンドイッチをうまそうにアムアムと食べていた。ちょっとお腹がすいていた模様。


 しかし、さすが京都、かつての日本の中心。

 そういうデータをヤルバーン乗務員も得ているのだろう、やはりそこかしことヤルバーン乗務員の姿を見かける。

 さっき見かけた中には、ヤルバーンでも数少ないイゼイラ人以外の種族、ダストール人の姿を見かけた。おそらくシエの同僚か部下だろう……しかしダストールフリュは……なんであんなにピチピチの服が好きなんだろうと思う……ちょっとエロかった……

 他、柏木は、初めて見る種族のデルンとフリュの姿を見た。

 その人魚と半魚人を足したような姿の白銀色の肌は、かなり目立つ。ポルの真っ白というのとはまた違った感じである。


「フェル……あの種族さんは?……」

『アア、あれはパーミラ人の方でスね』

「ぱ、ぱーみら人?」

『ハイです、ケラー・パーミラ人はすごいデすよぉ……水陸両用ナのです』

「両生種ってこと?」

『ソうです。イゼイラ人とは、ダストール人やカイラス人と同じく仲の良い種族サンで、昔、陸上での生活に制限のあったパーミラ人サンを、イゼイラの医療技術で陸上でも快適に生活できるようにしてさしあげた時からのご縁でス』

「なるほどねー……やっぱすごいな、ティエルクマスカは」


 そんな話をしながら、今度はJR京都在来線から長岡京方面へ……

 そしてトコトコと在来線に乗り、JR長岡京駅で降りる。

 京都市内からはちょっと離れた、比較的郊外になる長岡京市は、長岡天満宮や長岡公園で有名。

 市内から少し離れていることもあって、やはりイゼイラ人は注目の的。しかしある理由であまり他府県の人達みたいにキャーキャーいうことはあまりない。

 むしろ、ニコニコと知らない人から会釈される。


 柏木はとある菓子屋へ。 

 するとその菓子屋の女将が……


「あら、また新人はんが入ったんどすか?」


 と柏木に尋ねる。

 「え?」となる柏木、しかし、その女将の言いたいことが(ああ、なるほど……)と大体察せたので


「いえいえ、今日はただのお客さんです」


 と応える。

 そこで手土産のお菓子を買うと少し歩く。


『マサトサン、さっきのニホン語、何て言ってたでスか? 翻訳できなかったでス』

「ははは、そうか、京都弁だったからな」

『キョウトベン?』

「ああ、日本の方言の一つさ。イゼイラ語には、方言はないの?」

『ホウゲンホウゲン…………ア、タハル地方変語のようなモノですネ。ハイ、ありますヨ』


 そんな話をしながら着いた所は……そう、あの『天戸作戦』の動画作成スタジオ。


『山代アニメーション株式会社』


 であった。


「アポとってないからなぁ……社長いるかなぁ……こんにちは~」


 と扉を開けると、向こうの方からヒョコっと誰かが顔を覗かす。


「あああああ! 真人さん! どうしたんですかぁ!」


 と『美術担当の女』が驚いたような顔で叫ぶ。


「し、しゃちょぉ~! お客さんですよぉ~」

「はぁ~! 客ぅ~!? 今日はアポの予定なんてないぞ! 誰!?」

「真人さんですぅ~!」

「はぁぁぁぁ!?~~~」

「それとぉ! 金色の目した『おイゼさん』ですよぉ~!」

「なに!!」


 そういうと、ドタドタと足音を轟かせ……山代アニメーション株式会社 社長の畠中が顔を出した。


「ま、真人ちゃん!」

「ども、社長」

 

 柏木はピっと手を挙げる。


『ハ、ハジメマシテでス……』


 フェルは、わけが分からず、とりあえず挨拶する。


「いやぁぁぁ! 久しぶり! いきなりどうしたの! ささ、入って入って……あー、ミヨちゃん!お茶、それと……こないだあそこが持ってきたお菓子あったろ、あれ出して!」

「は、ハイハイハイ」


 と美術担当の女……ミヨちゃんと呼ばれる女が、飛んで行く。


「あー、今、ち、ちょっと打ち合わせ中だから、15分ほど待ってね」

「あー、どうぞお構いなく」


 そういうと、応接室でしばし待つ。

 そしてミヨがコーヒーとケーキを持ってやってくる


「ね、ね、真人さん、もしかして、こちらの方って……フェルフェリアさん?」

「ん? あ、そうか、そうだよ」

「ですよね~ 金色のお目目のおイゼさんっていったら、フェルフェリアさんしかいないもの……あ、握手してくださいっ!」

『ハ、ハイ……』


 柏木はハハハと笑って


「フェル、帽子とメガネとってやりなよ、ここの人、フェルの事みんな知ってるからさ」

『ハ、ハイデス……』


 そう言ってフェルはキャップ帽を取り、プルプルと髪型を整え、メガネを外す。


「キャーーーー! 生フェルフェリアさんだーーーー」


 ……いちいちうるさい女である……


 そしてさんざん勝手に騒いで、仕事に戻っていったミヨ。

 柏木は、みんなで食えとさっき買ったお菓子を渡す。

 そして今度こそ本当にしばし待つ。


『マ……マサトサン……な、なんなのデすか?ここハ……』


 なんか変なトコに連れてこられたと不安がるフェル。

 そこらじゅうに“ぴろりん”なポスターや、フェルも見たことのないスゴイデザインのロボット兵器のポスターやらが貼ってあり、精密で良くできた人形などが飾ってある。

 

「ハハハハ、そうか、まだ言ってなかったけ、ここはあの『天戸作戦』で使ったアニメ……いや、絵で出来た映像あったろ、アレを作ったところですよ」

『ヘ……! そ、ソウなのですカ!!』


 フェルは驚く……あの素晴らしい映像を作ったところが……こんなハチャメチャなニホン人がいるところだとは思わなかった……フェル的には、もっと偉大な芸術家のような人達が、たくさんいるところだと思っていたようだ……


 そうすると、打ち合わせを終えた畠中が、急いで応接室にやってくる。


 部屋に入るなり……帽子をとったフェルを見て、ギョっという顔をする。


「お、おい……真人ちゃん……も、もしかして……この方……」

「フェル、ご挨拶して、ここの『シャチョウ』さんだよ」

『エ! ア、それは失礼しましタ。私は……』


 フェルはポーチからモソモソと名刺を取り出して、畠中に渡す。


「おお!!これはこれは! 私はこの会社の社長の畠中と申します」


 畠中も名刺を差し出す。可愛いイラストがチョコっと書いてあるので、フェルは何か得した気分になる。


「いや~ ビックリした。なんだよ真人ちゃん、来るなら連絡ぐらいちょうだいよぉ~、迎えに行かせたのにさぁ~」

「いやいや、私も実はちょっと旅行の帰りでしてね、フェルに一度ここを見せてやりたくて……もうフェルの立場、知ってますよね?」

「そりゃ、俺も一応対策会議に名前載せてもらってるからね……一度も出席したことないけど……ハハハ! ……それと、真人ちゃんと、フェルフェリアさんの関係も聞き及んでおりますですよ」

「ハハ、そーいう話はもう慣れましたよ……どこ行っても言われるし……ハハハ」


 柏木は頭をポリポリかく。

 フェルも照れ顔。しかしフェル的にももう慣れた。


「いや……社長、今日は一言申し上げたくて参上仕ったわけでして……」

「なんだい急に……」

「いやぁ……あの『作戦』の時の事っすよ……どうもすみません、まさかスタッフのみなさんが、あそこまで考えてたなんて……」

 

 ペコリと頭を下げる柏木。


「いやいやいや、顔上げてよ真人ちゃん……実は本当の事言うと、俺もあの『真』バージョンのこと、知らなかったんだよ」

「え!? マジっすか!」


 柏木は驚く。

 てっきり畠中の指示だとばかり思っていた。


「うん、俺もさぁ、ロングバージョンはアッチの方だとばっかり思ってたんだけどさぁ……蓋を開けたらアレだったろ……正直びっくらこいた」

「え?、じゃぁタっちゃんさんの独断?」

「そそ…… タっちゃん、メッチャ張り切ってたから」


 タっちゃんというのは、例のアニメを監督した人物だ。フリーの監督である。当時、あのアニメのために、畠中が頼み込んだ人気の監督であった。

 とにかく、NHK相手でもコンプライアンスお構いなしにヤる監督で有名だった。


「なるほど……それでか……ハハハ、理解しました。なるほどね……ハハハハ」


 畠中と二人は当時の事を思い出して爆笑する。

 「なるほどあの人ならやりかねない」と、そんな人物は、仕事をしていると一人や二人はいるものだ。

 こういうのはそういう世界で仕事をしなければ理解できない、まぁいわゆる『業界話』である。

 フェルは隣で聞いいていて、ちょっと『???』な顔。


「で、タっちゃんさんは?」

「うん、また新作やるってんで、まだこっちでやってもらってるよ。ほら例の……」

「ああ、そうですね……あ、いや、実はそれを見学させてもらいたくてフェルを連れてきたんですよ……フェル、一応彼らの上司か上官になりますから」

「はいはい、なるほどね、OKOK」

「で、社長、新作で例のって……もしかして……」

「うん……まぁここで話をするのもなんだし、お二人で実際現場見てよ……フェルフェリアさんの姿見たら、イゼさん達喜ぶよ」

『ヘ!? ……イゼさん達? ……ア、もしかして、『ジッケンタイザイシャ』のみなさんですカ?』


 フェルは思い出したように言う。


「そうだよ、フェルは知らなかったの?」

『イエ、あの絵の映像を作るところを研究するために派遣するというのハ聞いていましたけド……てっきりもう期間終了で戻ってきたとばっかり思っていましタ』

「なんだって? そうだったのか!? …………しゃちょぉ~~ ……拉致監禁してるとか……」


 柏木は以前、畠中の言った「もう返さなくていいよね」という言葉をふと思い出す。


「な! ……アホなこと言わんといてよ人聞きの悪い! 向こうさんがもっと教えてくれ調査させてくれって懇願してきてるんだよ……無下に追い返すわけにもいかないじゃないかぁ……」

「本当ですかぁ~~?」

「本当だって…… で、タっちゃんがそういうことならってんで、その新作、イゼさん達がメインで作ってるんだぜ」


 衝撃の事実。


「うぞっ! マジっすか!」

「そそ、 キャラデザに作画、演出、他諸々、一部声もね。 監督とメインのボイスぐらいなもんだよ、日本のスタッフは…… まぁ、アドバイザーとしてミヨとか付けてるけど…………ここだけの話だけどさ、もうキー局が放映権争奪戦状態なのよ……ムフフフフ」


 柏木は顔に手を当てて、ちょっと呆れ顔でハハハと笑う。

 今でこそ話せるが……天戸作戦時のあのアニメ……結局DVDとBDにして売った。

 総販売本数・現在120万本……今だ予約分がはけていない……

 近々、日本・海外で有名ゲーム機専用でダウンロード販売も予定中。


(社長も相変わらずだなぁ……)


 と思う柏木。


「ちゃんと給料も払ってるから心配するなって……」

「で、労働時間はぁ~?」


 細い目をして聞く柏木。


「ハハハ、そう来ると思った。それがさぁ、やっぱ彼らスゴイよね…… 相当無茶なこと言っても、キチっと就労時間内でスケジュール通りにやるもの……」

「そうなんですか……へぇ~」


 そんな話をしつつ時間も迫ってくるので


「まぁとにかく現場見て行ってよ」


 と畠中は上階の彼ら専用に作らせた作業ルームに案内する。


 上階の扉を開けると……


 そこはどう見てもアニメ制作スタジオには見えない異様な光景であった。

 そこらじゅうにVMCモニターが起ち上げられ、まるでその部屋の様相は、X型戦闘機を指揮するどこか遥か遠い世界の司令部のようである。

 イゼイラ人スタッフが忙しく行き来し、部屋の隅では打ち合わせをしていたり、キャラの動きをチェックしていたりと……おおよそ柏木の知識外の異様な光景がその部屋で展開していた。

 これで球状人工要塞の立体映像でもあれば、どこかの反乱軍の基地である。


「し……社長……なんですかこれは? ……」

「え? アニメ制作の光景……」

「……」


 唖然とする柏木……


 するとイゼイラ人スタッフの一人が、フェルを見つけ、目を輝かせやってくる。


『ファーダ・フェルフェリア!』


 イゼイラ人スタッフがフェルと柏木の前にやってくる。


『ケラー、お仕事ゴ苦労様でス』

『いえファーダ。マさかファーダがいらっしゃるとは……ご連絡イただければお迎えにあがりましたものヲ……ケラーカシワギもよくおいでに』

「いえいえ、みなさんも頑張っていらっしゃるようで」


 そういうと、そのイゼイラ人と握手をする。

 どうやら聞くと、今では新作の進行をほとんど任されているらしい。


「……では、タっちゃんさんは?」

『ハイ、打ち合わせのためトーキョーへ出張中デス』

「あ~ そうですか、残念。一言お礼言いたかったんだけど」


 そして、彼ら専用のスタジオを見学させてもらう……そりゃもうイゼイラ技術全開のスタジオだった。 たしかにこれでやれば作業はスムーズだろう。

 事象予測システムに、脳イメージスキャニングシステム、声紋エミュレータ。

(こりゃ……返したくないわな……)と苦笑いしながら柏木は思った。


「で、社長、新作の内容ってどんなものなんです?」

「それは秘密ぅ……」

「エエエエ……教えてくださいよぉ……」

「ははは、冗談だよ、さすがに対策会議の重鎮様にはお教えしないとな……ほいこれ」


 柏木は台本とプロット、絵コンテの一部をポンと渡される。

 するとフェルはそれを見て驚く。


『コ……これは!……もしかして『ノクタル創世記』じゃないですカ!』

「そうですよ、フェルフェリアさん」


 畠中が頷く。


『ハイ、えっとコレは……』とフェルは絵コンテをパラパラとめくり『第15節・混沌の章……ガーグの化身と戦う勇者のお話デすね……』

「ガーグ!? あ、そうか、ヴェルデオ司令の言っていたガーグの出てくる話って……」

『ハイです。このお話でス』


 フェルは頷く。


「タっちゃんがイゼさん達と雑談していた時、この話が出たそうでね、その内容聞いて是非アニメ化してみようって話になってさ、5千万光年彼方の『神話』みたいな話を映像化できるってワクワクするでしょ、即OK出したよ」


 畠中はそんな風に話しながら、イゼイラ人スタッフがデザインしたキャラクターと、そのキャラクターをアニメ調に有名キャラデザイナーがクリーンアップしたものを二人に見せる。


「へー、これがですか……はは、すごいな、イゼイラ人をキャラ化って……あの人がクリンナップしたらこんな風になるのか……」

『コれは……英雄ファルガですネ……ウフフフフ、ファルガはこんな風になるのデすか』


 フェルは夢中でそのデザインイラストを見ていた。


「実はね、真人ちゃん、コレって、まぁこういう言い方はなんだけど、プロパガンダにもなるんじゃないかってね」

「プ、プロパガンダ?」

「うん、ガーグって対策会議とかの関係者しか知らない用語でしょ、だからさ、ガーグって言葉は他の言葉に変えてね、今の『ガーグ』って奴もどういうものか、表現してみようってわけよ」


 柏木は、なるほどと思った。

 そうやってガーグの本質をアニメで表現して、そういう存在を知らしめようと畠中は思ったわけである。

 畠中も一応対策会議のメンバーである。そういった書類は、関係官庁を通して送られてきている。なのでそういった内容も一通り知っているわけである。でなければイゼイラ人の受け入れ先には指定されない。


 そんな感じでワイワイとスタッフらと歓談した後、時間がやってくる。


「じゃぁ社長、私たちはそろそろお暇します」

『トても楽しいものを見せて頂きましタ。どうも有難うございますケラー』


 深く礼をする二人。

「え? 二人とも今から東京に帰るの? 今からじゃ夜中になるんじゃないの? どっか泊まっていきなさいよ、手配するからさ」

「ハハハ、そうはいっても明後日から仕事でしてね、明日ぐらいは家でゆっくりしたいんで……ま、すぐに帰る方法はあるんですよ」

「? あ、そうなんだ……え? まさか!」

「はい、その『まさか』です」

「あ~ それって反則だよなぁ……ハハハ」

「ハハ、で、すみませんが、どこか広い場所、あります?」

「んーっと、あ、あのタバコ屋の横の公園は?」

「あ、はいはい、あそこですね」


 そういうと、畠中とミヨ、そしてイゼイラ人スタッフ数人が見送りに『例の公園』まで付き添ってくれた。

 そして光とともに柏木とフェルは長岡京市から消える……

 その様を生で見た畠中とミヨはびっくり仰天であったという……




 ………………………………

 


 ヤルバーン行政区画 司令官室

 

『デは、そのようにお願い致しまス』

「わかりました。ではそのように」


 ヤルバーン司令 件 全権委任大使のヴェルデオは、今、日本銀行のスタッフと会談中だった。

 その内容は、ティエルクマスカ―イゼイラの中央銀行創設の件についてである。


 いかんせんティエルクマスカは貨幣経済を行っていない。なので中央銀行のようなものが存在しないのである。

 ティエルクマスカ銀河内で、連合に加盟していない国で、貨幣経済を行っている国は少なからずある。

 がしかし、そういう国でもハイクァーンを使っているため、貨幣自体はそんなに重要な取引材料にはなならず、基本的に各探査艦の責任でそういった国々の通貨を保管し使用している。

 つまり取引額的にはそんなに大きな金額を取引することがないのである。


 しかし、ハイクァーンインフラを持たない地球や日本の場合、その取引を全面的に通貨で行わなければならない。

 しかも、先の事業が思いのほか好調で、今後、ドルやユーロといった海外貨幣の取引も絡んでくると思われたので、財務省のアドバイスで、ヤルバーンに中央銀行のようなものを作った方が良いというアドバイスを受け、日本銀行スタッフがその調整にやってきていた。


 無論、ヤルバーンの独自貨幣を発行するわけではないので、言ってみればヤルバーン行政府の口座開設の手続きにやってきていたのだ。


 日本銀行は、一般人や一般企業が口座を持つことはない。

 しかし“銀行”というぐらいであるからして、日本銀行の預金口座というのはあるのだ。

 その口座は主に銀行法の認可を受けた市中銀行や、外国政府中央銀行などである。

 これらは当座取引用である。


 当然ヤルバーンも一応“外国政府”であるからして、今後……おそらくないだろうとは思うが、日本政府からの円借款や、外貨両替、日本国債の購入などの機会があった場合などにそなえて、地球金融のインフラ共通化のために口座開設とともに、日本銀行スタッフがヤルバーン担当者にアドバイスを行いにきていたのである。


 例の産廃再生事業や、観光事業で得た貨幣は、それまでヤルバーンで保管していたが、日本円の現金、しかも億単位の金額をそのまま現ナマで保管するとなるとかなりの苦労がいる。

 ヤルバーン自治体内での基準通貨は、今後も“円”で行いたいということなので、市中銀行も今後ヤルバーンに展開して、イゼイラ人が支給された円を預けてもらうために支店を開設するかもしれない。

 そういう今後の展開も考えてのことであった。


「ヴェルデオ司令、ミーティングの方は終わりましたか?」


 司令執務室にジェグリが入ってきた。


「ああジェクリ副司令、今終わったところだよ……いやぁ、このニホンの貨幣経済は複雑だね、頭がこんがらがってくるよ、ハハハ」

「そうですね、特に『ゼイキン』という徴収制度は頭がおかしくなりそうです。なんでああまでニホン国民から『ゼイ』なるものを徴収するのかと……」

「まぁ、貨幣経済社会で国家を維持するには貨幣コストが相応にかかるということなのだろうね……その『ゼイ』を取らなければ国が維持できない。しかし摂り過ぎると国民が不満を抱く……我々にはわからない悩みなのだろうな、ハハハ」

「そうですねぇ……ニホン国民もさることながら、ファーダニトベ達も大変ですね」


 そんな話をしながら二人とも、苦笑い。

 しかし、宇宙にはいろんなその国のルールがある。これを来訪する側が守ってやらないと、平和的な交流、交渉ができない。そのあたりは彼らもよくわかっている。

 

「そうそう、話は変わりますが……」


 とジェグリが切り出す。


「本艦のニホン治外法権区の例の研究施設で、ニホンの『ボウエイショウ』の研究機関が、何か成果を出したようですよ」

「おお! それは本当かね」

「ハイ、自衛局が提供したヴァズラーを研究していたそうなんですが、ティエルクマスカ原器のハイクァーン研究用に、彼らの制御ソフトでヴァズラーを一機まるまる造成して、予備機の造成に成功したそうです」

「彼らの制御システムでかね! それはすごいな……それで?」

「そして、その研究過程で空間振動波を利用した斥力発生システムを独自に開発したそうです……まぁ、その空間振動波を作り出すシステムの解析はまだわかっていないようですが……」

「うむ、良い傾向じゃないか」

「そして、その研究結果を利用した装備を、彼らの航空戦闘兵器……えっと『エフツー』というものに装備して、今度テスト飛行をさせるそうです」

「ほーーー、さすが地球人……いや、ニホン人だな。やはり我々の思った通り、コノ国の人々は相当高度な知的生命体のようだ……我々が差し上げた原器をこの短期間でここまで使いこなすとは……」


 自国の高度な科学技術を、遅れた文明が手にしようとすると、普通は不愉快な事もあろうはずだが、彼らはどうもそれを喜んでいるようである……


「で、今、ボウエイショウ関係者から頂いてきたフォトがこれなんですが、これがその装備を搭載した『エフツー』という航空兵器だそうです」


 日本の誇る航空自衛隊の主力戦闘機『F-2』

 本来、完全オリジナル開発したかった新型戦闘機だが、開発当時の米国の圧力により、米国F-16をベースに開発された戦闘機である。

 F-16がベースといわれているが、その大きさはF-16を大型化したような……F-16の翼周りをそのまま大きくしたような容姿で、その性能は、当時のF-16とは全く別物の性能を誇り、事実上『F-16に似た全く別の戦闘機』といったような戦闘機である。


 藍色と水色の迷彩色が特徴の戦闘機ではあるが……そのジェグリが持ってきた写真には、F-2の翼下パイロンに、繭のようなずんぐりむっくりした増槽(増加燃料タンク)の親玉のようなものが取り付けられていた……


「こ、これがその斥力発生システムかね?……」


 パっと見、正直格好の良い……というものではない……


「はい、そのようで」

「え……えらい大きいんだなぁ……」

「ハハハ、まぁ、今はそんなところではないですか? 最初はそんなものでしょう」

「うむ、そうだなぁ……でも彼らには頑張ってほしいものだね。今後も協力は惜しまないように」

「はい、わかっております」


 彼らは一体何を期待しているのだろう……


「それと、あと、こんなものも預かってきております」

「ん?……これは……彼らの“ぱそこん”と呼ばれるもののキーボードではないかね」

「はい、で、その横のスイッチを押してみてください」

「ふむ……」


 そういうとヴェルデオは、スイッチを押してみる。

 すると、そのただの日本語106キーボードの上部スリットからせり出すように空中に画面がポっと浮かび上がり、窓OSが走りだした。


「おお! これはゼルクォートモニターじゃないか!」


 ヴェルデオはびっくりする……が……


「あ……あれ? モニターがただの空中投影映像だな……分子固定されてないぞ?」


 画面をさわるとスカスカと、画面を手が通り抜ける。


「ハハハ、これもニホンの『デンキメーカー』という組織の研究者がゼルクォートを独自に解析して、ニホンの既存の技術で作ったものだそうです」

「そ、そうなのか!? ……やるなぁ……」


 ヴェルデオは感心しきりであった。

 これはPVMCGを研究した上で、日本にある既存の技術を使ったものだということで驚いた。

 ジェグリは続ける。


「ヴェルデオ司令に見せたいとお願いしまして日本のスタッフからお借りしてきた試作品ですが、近々、それを製品化してハンバイするそうですよ」

「そうかー ……ニホンのみなさんも頑張ってるんだなぁ……原器を渡したかいがあったというものだ」

「そうですね。これで本国にも安心して報告ができます……」

「ああ……この事を本国科学アカデミーが評価してくれれば……」


 やはり彼らは何らかの目的があって、ティエルクマスカ原器を日本に渡したようだ……




 彼らがそんな話をしていると……




「ヴェ……ヴェルデオ司令!!!!」


 司令部のデルンスタッフが血相を変えて司令執務室にノックもせずに飛び込んできた。

 というか、彼らにもノックの習慣があるようである。

 ジェグリが少々きつい口調で……


「君、ここは司令執務室だぞ、ノックもせずになんだね? 敬礼ぐらいしないか」

「あ! ……ハイ副司令、も、申しわけありません! ……ですが……緊急の要件でして、ご容赦の程を……私も少々動揺しておりまして……」


 その司令部スタッフは、ハァハァと息を切らしている。

 そして改めて、ティエルクマスカ敬礼を二人にする。


「まぁまぁ、ジェクリ副司令……で、君、そんなに血相を変えてどうしたのかね」

「は、はい……私から説明するよりも、とにかく……これを……本国からの指令書です……」

「何? 本国からの指令書? ……」


 ヴェルデオとジェグリは顔を見合わせて首を傾げる。


「どれ……」


 ヴェルデオはその差し出されたVMCボードをスタッフから受け取り、一読する。

 横ではジェグリが覗き見る……


 すると……その文章を読む二人の顔が、普段の温和な顔からみるみるうちに険しくなっていく……


「こ……これは……!」とヴェルデオ

「これは……そんな……」とジェグリ


 一通り読み終わるとヴェルデオは一言


「これは……キツイなぁ……」


 ジェグリは……


「こんな時期に……一体どうして……」



 ヴェルデオはそのVMCボードを執務机にポっと投げるように置く……

 そして二人はそのままドサっと近くのソファーに座り、両手で鼻を隠すように合掌して考えこんでしまう……



 本国から送られてきたその指令書。

 そこに書かれていたその内容の一文……それは……








【……現状のヤルマルティア任務進捗報告のため、ヤルバーン都市型探査艦連合派遣議員、フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラの本国への帰国、及び、イゼイラ共和国議長への報告を命ずる……】






 

いつも『銀河連合日本』をご愛読していただきまして、誠にありがとうございます。


 『変動』章はこれにて終了します。


 次回からはお話は『帰還』の章へと移ります。


 内容は呼んで字のごとくですw



 では皆様におきましては今後とも本作共々よろしくお願い申し上げます。



令和元年 10月8日 追記。

令和元年7月18日に発生した、京都アニメーション放火事件犠牲者の方々に本物語を捧げます。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ