― 番外編 異星人が住む日常3 城崎にて ―
『城の崎にて』
志賀直哉の著名な短編小説である。
東京山手線の電車にはねられた『自分』という存在が、養生のために兵庫県の城崎温泉を訪れ、そこで見る事象に死生観を感じる作品であるが……
ある人物は、小学生だか中学生だかの時に、その作品を学校の宿題で読まされた時……のっけから
「いや、どーやったら山手線にはねられるんだよ……」
やら
「いや、東京でケガして養生に行くなら、箱根や熱海でいーじゃん」
など……
まぁ日本の大文豪の書かれた恐れ多い作品に、妙な能書きをたれてクレームを入れていたわけであるが……
その変な屁理屈を垂れていた人物こそ……
我らが政府特務交渉官『柏木真人(37)』の幼き時代である。
まだ青きクソガキ時代、こういうひねくれた考えは誰しも持つものである……多分持つ……持つだろう。
こんなのが“関西造形芸術大学”なる大学に進学し、芸術を学ぶわけであるから、何か間違っていると思わないでもない……いや、それ故に進学できたのか?……という話もあるが……
………………………………
千葉の新設産廃再生集積地の喫茶店での話……
柏木が捧呈式の時に言った『旅行に行こう』という話。
目を輝かせてフェルが言う言葉。
『デ、で、マサトサン! どこに連れて行ってくれるのデすか!?』
「それはね……まぁ俺の思い出のある場所でもあるんだけど……」
ウキウキして聞くフェル。
「オオサカの隣に“ヒョウゴケン”という自治体があるんだけどね、そこの北部地方に“キノサキオンセン”という温泉地域があるんだ。そこに行こうかと思ってるんだよ」
『? キ・ノ・サ・キ・オンセン??』
「うん、“温泉”ってフェル、わかる?」
『オンセン……オンセン……』
フェルはVMCモニターをピコっと造成し、チラチラと検索する。
『エっと……地中の熱で熱せられた地下水……の事ですカ?』
「ま、まぁそうだけど、日本ではその熱せられた地下水を利用して、大きなお風呂にして入る娯楽があるんだよ」
『オフロですか! 大きなオフロ……大きなオフロ……』
フェルの脳内では、ポワ~ンと、柏木の家にある20倍ぐらいの風呂桶に入ってウフフしているフェル自身を想像する……
『大きなオフロ……いいですねぇ~……そんなのがニホンにはあるですかァ……』
フェルも風呂は大好きである。というか、柏木の家で初めてその素晴らしさを知った。
といっても、フェル的には衛生カプセルに入るという習慣があるので、風呂の方は、リラックス空間のような意識があり、体を清潔にするというイメージはあまりない。
柏木の家でも、フェルが風呂に入っている時には『ア~……』やら『フゥ~……』やら『ウ~ン……』やらと、やたらめったら艶かしい声を遠慮無しなデカイ声で唸り倒すので、結構男としてはヤバイ状況があるわけだが……
まぁそういうのもあって、“温泉”なるものを日本調査の一環として、フェルに体験させてやろうと考えたわけだ。
「まっ、ちゅーわけでフェル、来週は空けといてね。3泊4日で旅行ですから」
『ゼッタイ空けるですヨ。何があっても空けるデス。ガーグが来ても知らないフリ……』
「い、いやフェル、さすがにそれはマズイ……」
という柏木も、もし重大な予定が入ってしまったら、多分その時点で死んでるだろうと思ったりもする……
………………………………
ということで、柏木はその日を休業にするという旨を、執務室から各関係方面にファックスで流す。
最近は本業の方もなんとか出来るようになってきたので、軽めのネゴシエーションな仕事なら、依頼をこなしている。
従ってこれをしておかないと、プライベートな時間でもガンガンと電話をかけてくる得意先もいるので大事なことなのである。
無論、大見や白木、麗子に真壁、山本といった安保委員会の仲間にも流しておく。
ヤルバーンの方には、ヴェルデオやシエ、ゼルエ、ポルにリビリィにもメールで送っておく。
「ま、こんなとこか……」
……すると、FAXを流し終わった途端、電話がかかってきた。
「はい柏木です」
『どうも、柏木さん。五辻ですわ』
「あぁ、麗子さん、先日はお疲れ様でした」
『いえいえ、こちらこそ大変有難うございました』
「どうです?麗子さん。りんくうの方の施設、うまくいっていますか?」
『はい、おかげさまで。連日満員御礼でございますわよ。みなさまの奮闘あっての事ですわね、オホホ』
「ははは、そうですねぇ……まぁ、結果的にはうまくいったわけですから」
『そうですわね、有り難い事ですわ……それはそうと柏木さん、フェルフェリアさんと、ご旅行だとか?』
「あぁ、ファックス見てもらえましたか? まぁそういう事ですので、その期間は臨時休業させてもらいますよ、ハハ」
『なるほどなるほど、で、どちらまで?』
「兵庫県の城崎温泉まで行こうと思いまして」
『あらあら、えらく遠出なさるのですわね、で、どちらにお泊りなのかしら?』
「え? どうして?」
『どうしてって? 決まってますわよ、『緊急連絡先』を教えて頂きませんと、オホホホ』
「あぁ、そうか、そうですね……えっと、ちょっと待って下さいね……え~城崎温泉ホテル金……」
柏木は城崎で有名な大型観光ホテルの名前と住所と電話番号を麗子に告げた。
『あぁ、あそこですか、いいところじゃないですの。ホテルの施設で……確か遊園地のような場所もあるところでしたわね』
「知ってるんですか?」
『そりゃあ私ですわよ? 日本中の観光施設は、ほとんど回っておりますわ』
「あ、そうか、そうですよね」
……さすがお金持ちである……
『ハイ、わかりました……ではごゆっくりお楽しみくださいな』
「ハハ、えぇすみません。少しの間ご迷惑おかけしますが」
『いえいえ、ではどうぞごゆっくり、こきげんよう』
そんな感じで、関係者に予定を周知させる。
(さて、あとは総理と三島先生か……)
そんな感じで、総理執務室へ。
多分二藤部はいないとおもうので、秘書さんにでも渡しておくかと思っていると……
「よぉ、先生どしたい」
「ありゃ、三島先生、どうしたんです?」
「どうしたもこうしたも、総理帰ってくるの待ってるのよ、もうすぐ帰ってくると思うけど、何か用かい?」
「あぁ、いえ、これを渡しておこうかと思いまして」
「ん~? ……おう、これな、ハハハ、やっと行けるようになったか」
「ええ、なかなかホテルの予約が取れませんでして、やっとです」
「そうかそうか、じゃぁ、ちょっと待ってな」
「え?」
そういうと三島はそそくさと総理執務室を小走りで出ていき……すぐに戻ってくる。
「ほいこれ、持って行きな」
そういうと、分厚目の紙袋を手渡される。
「え! これって……いや先生、こりゃぁマズイですよ……受け取れないっすよぉ……」
「いいんだよ、こっちでちゃんと処理しとくから、な、もってけって」
「いやいやいやいやいや」
その紙袋を押したり返したり。
「あのな先生、おめーさん一人じゃねーんだからよぉ、フェルフェリアさんが一緒だろぉよぉ、男の甲斐性ってのもあるんだぜ、おまけに相手は外国の議員さんでVIPさんだろぉよぉ、先立つもんいるって……な、持ってけって、必要経費だ必要経費、んな心配しなくていーから」
「あ~……そうですかぁ? ……じゃぁ遠慮無く……すみません三島先生……」
深々と頭を下げる柏木。
まぁこういう遠慮なやりとりはお約束である。この場合、受け取らないほうが、相手のメンツを潰してしまうのでバツが悪い。
しかしコレ……ここだけの内緒の話であったりする……まぁしかし、そこらへんはうまくやってるのだろう……領収証はいらないらしい……
そんな感じで、餞別……じゃなくて官房機密ナントカをもらった柏木。
結構な大金であったりする。
そんなこんなで、近々の仕事を済ませ、帰宅する。
フェルは旅行が待ちきれないのか、まだ2日もあるのに、もうキャリーバックに自分の荷物を詰め込んで、キチンと用意していた。
そして何回もパンフレットを見たのか、結構な年季が入ってしまっている。
『マサトサン』
「はい?」
『コのあいだ、この“キノサキ”という場所、思い出の場所って言っていましたけど、マサトサンは行ったことあるのですカ?』
「うん……といっても、もう二十云年も前の話だけどね。俺の親に連れて行ってもらって、初めて『ホテル』っていうものに泊まったのがそこだったんだよ」
『ソうなのですカ……ウフフフ……早く明後日にならないかナァ~♪ ウフフフ』
「ははは、そんなに楽しみなんだ」
『モチロンでス。そのオンセンというオフロをとことん調査しますヨ』
ウキウキのフェル。
『マサトサン、で、参考までにお聞きしたいのですガ、どういうルートで、そのキノサキまで行くのですカ?』
「それなんだけどなぁ~ 悩んでるんだよ、実は東京からだと結構かかるんだよなぁ……」
『ト、いいますト?』
「うん、東京駅から新幹線で新大阪まで……まぁ2時間半だろ? で、新大阪駅からJR特急に乗って、2時間50分……で、まぁ諸々含めて6時間ぐらいかかるからなぁ……」
『結構かかるですネェ……』
「まぁね、でも、今回はそのコースでは行かない」
『転送装置使うのデすか?』
「うん、伊丹空港に指定転送ポイントがあるから、そこへ行って……ちょっと寄りたいところがあるから、そこに寄ってからね」
柏木は少しほくそ笑む。
『?』
………………………………
そんなこんなで、アッという間に二日後……
朝の六時に家を出る。
フェルは待ちきれなかったのか、昨日は宵の口から寝てしまい、朝4時起きであった。
その間、荷物を3回チェックしたらしい……いや、忘れてもPVMCGで造成すればいいだけではないかと思ったりもするが……
「さて、行きますか」
『ハイです』
ニコニコなフェル。
フェルの服装は、春とはいえ、まだ肌寒いために薄めのセーターに細身のジーンズ。その上から軽めのジャケット。日本の服装であったりする。
そして今日は、翼のように広がる件の特徴的な前羽髪をキャップ帽子をかぶって後方へまとめる。
そして伊達メガネをかけている。
これは、フェルがやはり有名人でもあるので、容姿的に軽く目立ってしまうため、ちょっとした変装である。まぁこれで普通のイゼイラ人っぽく見えるかな? ……ってな感じ。
柏木はジャケットにカジュアルカッター、下はジーンズ。
こういう格好をするのも久しぶりだ。
柏木とフェルはキャリーバックを転がしながら家を出る。
そしてマンション屋上に行き、転送、一旦ヤルバーン日本治外法権区へ。
ヤルバーンのフェルの家で朝食を摂った後、転送カウンターへ赴き、さらに転送、伊丹空港転送ポイントへ到着する。
それまでの所要時間、60分。
ヤルバーンで朝食と所用の時間で55分程とったので、実質、た っ た 5分である……東京、しかも自宅から大阪伊丹空港まで5分である……これがヤルバーン-ティエルクマスカの技術だ。
本当なら、東京駅から新幹線に乗って、フェルに新富士で富士山を見せてやりたいと思っていたのだが、それを捨ててもフェルを連れて行きたいところがあったので、今回はこういう手段をとった。
で、転送装置を使用した『国内移動』は、実は日本の一般国民にはまだ許可されていない。
無論それは日本の交通機関各社への配慮である。
なんせ日本じゃ、リニアモータカーで名古屋~東京間が将来45分とかで湧いている時に、ヤルバーンの転送装置を使えば、伊丹~東京間が数秒である。
そんなものを一般国民が使った日にゃぁどうなることかという話だ。
その気になれば、東京~ニューヨーク間も数秒だ。
日帰りどころか東京から「あ、ちょっとティファニーで朝メシでも食ってくるわ」ってな感じで行けてしまう。
日本人で、転送装置での移動を許可されているのは、対策会議メンバーと、安保委員会メンバー、そして許可を受けた政府職員、政治家のみである。
まぁ……いうなれば職権である。
しかし『職権乱用』ではない。
なぜなら、朝食を摂ったのは、『フェルのお家で摂った』からだ……そう、フェルが家に帰っただけの話である。それに柏木が付きあったのだ、うん、なので正当なのである……なかなかやることが役人の作文のような屁理屈である。
『イゼイラ重要人物の引率等に鑑み、迅速な移動を要するため、諸般の事情等諸々の懸案事項を踏まえた上で転送装置を利用した移動を効率的かつ限定的に行い、東京から大阪まで迅速に行動し件の人物の福利厚生案件を円滑に進行させるための……云々』
しかし、柏木的にもなかなか面白かった……実はフェルのヤルバーン自宅へ行ったのは、今回が初めてだった。
フェルが自宅へ招待するなり……いきなり何か「ハッ!」と気づいて、慌てて自分の書斎らしき部屋へ飛んでいき……
『今入っちゃダメでス!』
と、なんか勝手に騒ぐ。
何をしてんのかと思えば、机に飾ってあるデッカイ柏木のホロプリントを慌てて片付けていたのだ。
しかし……日本で購入したというベッドも……なぜかダブルベッドだったりするので隠す意味があまりなかったりする……
なかかなかに、いわゆる“女の子”らしい部屋で、色々と日本で買ったぬいぐるみなどで飾られていたり、日本のテレビ放送を見るためのテレビが置いてあったり……しっかり今流行の4世代目ゲーム機も置いてあったりと、まるで日本人の部屋のような感じだった……
……とまぁそんなやりとりもあってので、ヤルバーンのフェル宅で朝食を採った後、転送装置を利用して伊丹空港に到着した。
伊丹空港は今や、ヤルバーン転送ポイントに指定されてから活気づいている。
一時期は閉鎖するだのしないだのとモメまくっていた空港だが、ヤルバーンの転送ポイントに指定されてから、一瞬にしてそんな不協和音は消え去ってしまった。
伊丹空港でも、今や普通にイゼイラ人やら他の種族を見かけることができる。
そこから飛行機に乗って、いろんな地方へ出かける者もいるようだ。
空港カウンターで見かけたイゼイラ人を見て……
「なぁフェル、あの人達、なんで転送装置で他の場所に行かないんだ?」
『それは“ヒコウキ”という乗り物に乗ってみたいからデすよ』
「そうなのか?」
『ハイ、フィブニー効果で飛ぶ乗り物が珍しいのでスよ』
“フィブニー効果”というのは、イゼイラ科学用語で、地球でいう航空力学上の“揚力”の事だ。
ちなみに以前フェルに聞いた話によると、デロニカやヴァルメは、通常空間では“空間障壁”“空間振動パルス”という素人が聞いても何のこっちゃわからない効果で空を飛んだり、浮いたりできるらしい。ヤルバーンもその効果の延長線上にある技術で、いつまでも空に浮いていられるということだそうだ。
「所変われば品変わるってか……へぇ~……フェルも飛行機乗りたい?」
するとフェルは顔色をムっと変えて
『ゼ・ッ・タ・イ・嫌で・スぅ~~~~~~』
と口を尖らせてプイと横を向いてしまう。
「ええええっ? なぁんで? フェルもデロニカとか乗ってきたじゃん」
『デロニカは飛ぶ原理が解ってるからいいのデす……デモ、地球の飛行機は、あんなデロニカみたいな大きさのものがフィブニー効果だけで飛ぶなんて、アぶなっかしくて見てられないでス! 止まったら落ちちゃうじゃないですカ!』
「いや……まぁ……そりゃそうだけど……ハハハ」
旅客機がフィブニー効果で飛ぶと言う理屈はわかっていても、そんな不安定な原理で飛ぶ物に喜んで乗る人の気が知れないとフェルはおっしゃる。
実はフェルの言う事もわからなくはない。実際地球人もなんで飛行機が空を飛ぶのか、実はよくわかっていないのだ。
揚力で飛ぶと言うのも、結果、そうなっているからそうなのだろうというだけの話であって、ベルヌーイの定理だの作用反作用の法則だのと、揚力だけで説明できないことが沢山あるらしい。
実のところ『飛行する原理』というのは完全に解明されていないのが地球科学の現実である。
フェル的に言えば、飛行機イコール絶叫マシンと同義なのだろう……
シエなんかは全然平気だったのに……まぁ離陸時のGにしかめっ面はしていたみたいだが……
「まぁそんな事言わずに一度乗ってみなよぉ、大丈夫だからさぁ……」
『エエエエェェェェェェ………マ、マサトサンが一緒ならいいですヨっ……』
マサトサンが一緒なら、フィブニー効果の不安も消えるそうだ…………
そんな話をしながら“大阪モノレール・大阪空港駅”へ。
フェル的にも、こういったプライベート全開な時を過ごすのも久しぶりなので、飛行機の話にしても、いつもとはまた違った『局長』や『議員』という立場を忘れた普通のフリュな姿を見せていた。
それにしても、フェルであるかどうかは別にして、周りの日本人はやはりイゼイラ人となると、どうしても目線をチラチラと……おまけに付き添うのが日本人で極めて親密っぽいので余計そんな感じである。
まぁそれでも最近はそんな視線もあまり気にならなくなった。
フェルはモノレールが珍しいのか、席には座らず、立って外をずっと眺めていた。
何かキョロキョロしている。
窓に顔をムニュっと近づけ、下を見たり上を見たり……トテトテと運転席まで行って、口を尖らしながらジーっと運転手を凝視したり……挙句にPVMCGを操作して、何やらデータを取っているようだ。
フェル的には色々と珍しい様子。
柏木は思わずハハハと笑ってしまう。
まぁ、別に人様に迷惑をかけているわけでもなさそうなので、いいんじゃないかと。
そしてモノレールがある場所に近づくと、フェルは段々と顔色を変えてきた。
柏木はニヤニヤとニヤついている。
トテトテと顔色を変えて、柏木の元へ戻ってくる。
『マサトサンマサトサン!』
「はいはい」
『ア……あの、もしかしテもしかして……この場所って……』
「ハハハ、気がついたかい?」
『エ! じゃぁやっぱり!』
「ああ、ここはね……」
そう……『大阪府豊中市 千里中央』だった……
モノレール『千里中央駅』を降りる二人。
そこから、あの商業施設へ歩く。
『アア……ココは……』
フェルも忘れはしないその場所。
直接行ったわけではないが、ヤルバーンのヴァルメコントロールルームでモニター越しに見たその風景。
当時は人っ子ひとりいなかったこの場所だったが、今は普段通りの人で賑わう。
ちょうど出勤時間なので、少し向こうにある大型高層マンションから出勤する人達がモノレール駅の方向へ歩みを急いでいる。
フェルは地方物産展などがよく開かれる広場まで走り、上へ下へその風景をぐるりと見渡す。
柏木が……
「フェル、ちょうどこのあたりにフェルの操っていたヴァルメが降りてきたんだ」
『ハイ、そうです……そして……あのフリュの方を……』
「ハハ、そうだったね……まぁそれはもういいじゃないか」
『エ?……えぇ、もう今は懐かしい思い出デスね』
フェルもニッコリ笑う。
「で、ここで俺は空き缶を投げて……あの瞬間が今に繋がってるんだよなぁ……」
柏木は、空き缶を投げるポーズをしてフェルに見せる。
『ソウですねぇ……』
フェルも何か感慨深げ。
そういうとフェルは柏木の腕をキュっと取ってきた……
「おりょ?……」
柏木は何かのプレートを発見する。
それに近づくと……
【ファーストコンタクト記念碑・人類が異星人と初めて接触した場所】
などと書かれていた。そこにはヴァルメの彫り物も刻まれている。
「ハハハ、ちゃっかりしてるなぁ……」
柏木は、今回の旅行でこのコースを取ったのは、これが理由だった。
フェルと事実上、初めて出会ったこの場所に彼女を連れて来たかったのだ。
そんな少し前の、でももう随分昔のように感じるその時の思い出にふけっていると……
「あの……すみません……」
誰かが柏木を呼ぶ。
「え? ……はい?」
その方向を振り返る柏木。
すると……
「…………あぁ! やっぱり!」
その声の主は女性だった。下階コーヒーショップ店員の制服を着ている。
「あぁ!……も、もしかして!……」
柏木も、ハっと思い出す。
顔までははっきりと覚えていないが、その特徴的な制服に見覚えがあった。
そして……
『アア……あなたハ!……』
フェルははっきりと見覚えがあった……
そう、あの柏木とヴァルメが対峙した時、その前にフェルが目をつけてしまった女性だった。
「やっぱり! ……今バイト仲間から、イゼイラ人さんと一緒に男の人が上の広場にいるって聞いたんで飛んで来てみたら……アハハ、やっぱりそうやった!」
その女性はうれしそうに関西弁で話す。
そして柏木の腕を無理やり両手で取り、ブンブンと上下に振る。
「コッチのイゼイラ人さん……もしかしてフェルフェリアさんとちゃいますか?」
伊達メガネをかけてるとはいえ、金色の目をしたイゼイラ人といえば、彼女しかいない。
『エ?……』
フェルは柏木の顔を見る。
柏木は、コクンと頷く。
『ハ、ハイ、そうでス……』
「あー、やっぱり! ウチ、ファンですねん。握手してください!」
『ハ、ハァ……』
…………
その女性は、自分の働くコーヒーショップに連れて行く。
そして色々と彼女と話した。無論、あの時、あの日の事だ……
彼女の名前は、櫻井真澄というそうだ。名刺を貰った。
千里中央からは少し離れた”関西総合大学”の学生さんで、アルバイトとしてこの店で働いているらしい。
柏木とフェルも名刺を渡した。
「へぇ~、柏木さんって政府のお仕事してはるんですかぁ……」
【内閣官房参与 政府特務交渉官】という肩書の付いた名刺を見て、櫻井は感心する。
「ええ、まぁ、非常勤ですけどね」
へぇー、ほぉー、と関心しきりの櫻井。
「あの時の事ですが、警察の方から聞いたのですけれど、あのあとすぐに警官隊を呼んでくれたのはあなただったそうですね、その節はありがとうございました」
「いえいえ、アタリマエの事しただけですわ、お気になさらずに」
手をピラピラ振って話す櫻井。
「フェルもあの時のことを話してさしあげたら? これもメルヴェンさんのお引き合わせかもしれないよ……フェルもこれで気持ちの整理がつくんじゃないか?」
メルヴェン……イゼイラでは『愛と友情の創造主』である。
『ハ、ハイ、そうですネ……ケラー……いえ、サクライサマ……』
「はい?」
『実ハ……』
フェルは櫻井にあの時のことの詳細を話した。
ヴァルメ……当時はベビーヘキサの名前で呼ばれていた飛翔物体を操っていたのは自分だったと。
そして櫻井をヤルバーンヘ転送しようかどうか悩んでいたこと。
その踏ん切りがつかずにいた時、柏木が櫻井を助けた事。
「ヘ!? ……そ、そうやったんですか!」
『ハイです……あの時は本当にご迷惑をおかけしましタ……何とお詫び申しあげたらよいカ……』
「お詫び? 何いうてはりますのん、お詫びやなんてそんな……確かにあの時はかなりビビリましたけど、あとで家に帰って、なんかメッチャわくわくしてきて、もう友達に話しまくりましてん、おまけにあのUFOを操ってたのが、大ファンのフェルフェリアさんやったなんて、むしろ驚きと感動ですわぁ」
『エ? ……』
「しっかし、そんな事やったんなら、もうちょっと頑張っときゃよかったなぁ……もうちょっと気合入れて頑張っとったら、ヤルバーンに一番先に行けたん、私やったんやなぁ……ヘタレやなぁ私……」
なんか腕を組んで唇を噛み、わけの分からない後悔をする櫻井。
ポカンとするフェル……今まで悩んでたのは一体なんだったのかと……
「……ククク……ハハハハ」
思わず噴出す柏木。彼女のヘタレ具合で、結局フェルとこんな関係になったのかと思うと、笑わずにはいられなかった。
『……ウフフフ、そうですねサクライサマ、ウフフフ』
フェルも思わず笑ってしまった。
運命とはそんなものだ。
もし彼女がもうちょっと気合入れて頑張って、ヤルバーンに行っていたら、ファーストコンタクターの誉れは彼女のものになるはずだった。
もしかすると柏木は、今もずっとビジネスネゴシエイターとして働き、山本と会うこともなく、二藤部や三島と知り会うこともなく、そして……フェルやリビリィにポル、シエにゼルエやヴェルデオとも知り合うこともなく……何より、フェルと体を許し合う関係になるようなこともなかった……
無論、フェルもそう思っていた……何か不思議な縁を感じながら、ニンマリするフェル。
フェルはそんな事を思うと櫻井の前でおもむろにVMCモニターを展開し、監査局局員を呼び出す。
そして、イゼイラ語で何かを話し……フェル達の座るコーヒーショップのテーブルに何かを転送させた……
ピカっと光るそのさまに、櫻井は腰を抜かす。
店にいた客や、櫻井のバイト仲間も腰を抜かす。
テーブルに転送させたのは、綺麗な箱に入った民生用PVMCGだった。
『サクライサマ、もし、あの時、貴方がヤルバーンに来ていたら、これをお渡ししていたでしょウ。なので今、あの時のお詫びの意味も込めて、コレをあなたに差し上げまス』
「え? ……え? これって、もしかしてヤルバーンに招待された人が、イゼイラさんとよく交換してもらったって噂の?」
動画投稿サイトなどで、ヤルバーン招待客がうれしがってPVMCGの動画をアップしていたのを櫻井はよく見ていたので、これがどういうものか彼女は知っていた。
『ハイ、貴方と私がお友達になった証ですヨ』
「うわぁぁぁぁぁぁ……ほんまにぃ?……メッチャ嬉しいです!……やったぁ…………」
櫻井にとっても、今日この日は最高の一日になったようだ。
「フェル、良かったな」
『ハイです……マサトサン、アリガトウです』
「え? 何が?」
『コこに連れてきてくれたことでスヨ……』
「ハハ、そうか」
そんな二人をチラチラ見る櫻井。
「え? え? もしかして柏木さんとフェルフェリアさんて……」
柏木は片目を瞑ってシーというポーズ。
櫻井はデヘヘヘな目線。
「じゃ、私達はそろそろこの辺で……」
柏木が席を立つ。
「え、もう行くんですか?」
「すみません、もっとお話したいんですが、時間があまりなくて……これから新大阪まで行かなきゃならないんですよ」
「そうですかぁ……もっとお話したかったけど、しゃーないですねー」
「ははは、貴方も仕事があるんじゃないんですか?」
「あ、そやった。アハハ……」
フェルは、櫻井にPVMCGの簡単な使い方の基礎と、マニュアル表示モードを教える。
そして、すぐ腕にはめさせてバイタル登録。ヤルバーン招待客にも教えた注意事項を教えた。これは大事な事である。
櫻井もそんな代物なら、家に帰ってから色々やってみるという話。
彼女も今後はこのPVMCGを存分に使って、学業に卒論に就職活動にと活用していく事だろう。
櫻井は店の玄関で、二人が見えなくなるまで見送っていた。
広場の階段を登り、再度振り返り手を振る柏木達。
そして二人は『北大阪急行千里中央駅』の方へ向かって歩く。
「フェル、偶然とはいえ、良かったじゃないか」
『ハイ、何か胸の奥の奥に突っかかっていタものが取れたような気がしまス……旅行に来て、とても良かったでス』
なんとなく清々しそうなフェル。
「おいおい、まだまだこれからなんだぞ、ハハハ」
『ウフフ、そうですネ』
そんな話をしながら、日本でも珍しい構造の鉄道駅、千里中央駅に到着。
千里中央駅は、地下にある駅だが、半吹き抜けのような構造になっており、その上階両脇に食堂街が駅の長さに比例して並ぶという変わった構造をしている。
つまり、食堂街から駅構内や電車の天井を拝めるのだ。
二人は切符を購入し、北大阪急行電車に乗る。
北大阪急行は、大急電鉄と大阪府が出資してできた三セク会社で、その路線は【千里中央】―【桃山台】―【緑地公園】―【江坂】までである。これ以降は『大阪市営地下鉄御堂筋線』に管轄が切り変わる。
乗り入れというよりは、大阪市営地下鉄御堂筋線の延長路線で、江坂以降を別会社にしている感じの路線だ。
江坂の次は東三国、その次が新大阪である。
電車に初めて乗るフェルは、これまた席には座らず、窓の外をずーっと眺めていた。
こういう乗り物から見える風景が楽しいのか珍しいのか、時たまPVMCGを作動させて、何やら色々とデータを取っているようだった。
……しかし大阪の鉄道に乗って外の風景を眺める異星人がいる風景というのも、これはこれで珍百景であったりする。
そして新大阪駅へ到着。
新大阪駅ともなると、イゼイラ人の姿もチラホラ見受けられるようになり、駅の大型お土産店なんかでも虎の球団グッズなたこ焼き味のお菓子などをぶら下げたイゼイラ人もいたりする。
虎縞模様のメガホンを買っているイゼイラ人もいたり……何に使うのかわかってるのだろうかと……
フェルも口を尖らしながら辺りをキョロキョロと、それはもう物珍しそうに見回す。
完全に田舎者モードになっていた。
『マサトサン、この“エキ”は人が多いですネ』
「うん、オオサカで一番いろんな地方の人が集まる駅ですからね。はぐれないようにね」
『ハイです』
フェルは柏木の腕をしっかり取り、テクテクと歩く。
「今日のお昼は電車の中になりそうだなぁ……弁当でも買っていくか」
『エキベンというものですネ』
「お、よく知ってるなフェル」
『ちゃァ~んと予習済みデス』
エッヘンと胸を張るフェル。
という事で弁当を買う二人。
柏木はサンマの棒寿司にお茶。フェルは……カレーライス弁当にレモンティー……
「フェル……ま、まぁいいか……」
苦笑いな柏木。
なぜなら今日は金曜日だからだ……金曜日の義務である……
レジ袋を持って福知山方面のホームへ。そこで特急が来るのを待つ。
しばし待つと特急電車が到着。
今回は奮発してグリーン車である。
『はりゃぁ~ このデンシャの座席は、今までのモノと違って豪華デすねぇ……』
「グリーン車っていう等級なんだよ。一番いい車両なんだ」
『ヘェ~……』
フェルを窓際の席に座らせてやる。
イゼイラには、こういった鉄道のような大量輸送可能な陸上トランスポーターがないそうだ。
普通なら未来社会の構図……というと、柏木世代なら、なんかチューブの中を走る鉄道っぽいものやらを想像しそうだが、イゼイラにはそういうものがないらしい。
大阪モノレールから珍しそうにアッチいったりコッチいったりしていたのは、『鉄道』自体が見たことがないもので、珍しかったからなんだとか。
そんな話をしていると、特急は新大阪を発車する。
その時点で、もう12時を回っていたので、さっそくお昼にする二人。
先程買った弁当を開けて食べる。
無論フェルは大好物のカレー弁当なので文句なし。
柏木の棒寿司も一口食べて、気に入っていたようだ。
『モグモグ……マサトサン、この『デンシャ』というトランスポーターは電気モーターで動いてるデすよネ』
「ああ、そうだよ」
『見たとこロ、エネルギーバンクのような物が見受けられないのですが、エネルギーソースはどこに積んでいるのデスか?』
「駅のホームで、電線みたいなのが張ってあっただろ、あそこからこの車両の天井についている接点装置みたいなので、電気をもらって動いているんだよ。さっき乗った電車や、モノレールも同じ理屈」
『ナルホド、独立したエネルギーソースで動いていないのデスか』
「この車両はね、まぁ自動車みたいな内燃機関で動いているものあるよ」
柏木はディーゼル機関車や、蒸気機関車のような物もあると教えた。
『ス、水蒸気で動くですか? ウソデすぅ~~~』
そんな湯気で動く機械があるものかと訝しがるフェル
「え? イゼイラには蒸気機関の歴史はないの?」
『ハイ、ないでス。ジョウキで機械が動くわけ無いでス』
信じようとしないフェル。
ここでも柏木は違和感を覚える……
(いや、自動機械の歴史で、この蒸気機関を通らないはずはないと思うんだけどなぁ……)
『どうしたデすか?マサトサン』
「ん? あ、いやいや……」
そういうと、柏木はVMCモニターを作動させ、蒸気機関車D51の画像をネットで呼び出して、フェルに見せる。
「フェル……イゼイラの歴史で、これに似た乗り物のデータはないの?」
『ウ~ン……ナイです』
「そうか……」
そもそも、鉄道のような乗り物自体がイゼイラ史にはないという。
イゼイラ史の最初の大量輸送出来る自動機械としての乗り物は、のっけから航空機だったそうだ。それ以上はよくわからないという。
(最初から航空機って……変わった工学史を持つ文明だなぁ……)
『マサトサン』
「ん?」
『ソの、“ジョウキキカンシャ”という乗り物の動力機構、今度機会があれば調べさせてもらえマすか?』
「ああ、わかったよ。そうだなぁ、どこかの交通博物館にでも行けば日本じゃ普通に見れるんじゃないかな」
フェルも、柏木の話に興味を持ったようで、調べてみたいらしい……
……そんな話をしていると、時間も早く過ぎるもので、特急電車は福知山線・福知山駅停車後、山陰本線へ入る。
「この近くに、大きな自衛隊の基地があるんだよ」
陸上自衛隊・福知山駐屯地である。関西の自衛隊基幹駐屯地だ。
関西のベビーヘキサ騒動の際も、ここから自衛隊が出動していった。
フェルはそれ以降は、窓から見える豊かな緑の山々や河川に目を見開いて感動していた。
『マサトサン、綺麗な景色でスねぇ~……』
「ハハハ、そうだろ、この辺りはこういう景色がずっと続くからね」
山陰本線、円山川沿いに続く山々に河川の景色はいいものである。
フェルにはさすがに理解できないだろうが、そこにある自動車メーカーの古いロゴを掲げた商店や、たまに見えるとても古い蚊取り線香の看板を掲げる家、不自然なほど綺麗な店の横に、メチャクチャ古い商店が同居する町。
発展した日本でいてそうでない日本。
いわゆるイナカというものだが、そんな風景が心を癒やす。
円山川の川幅が広くなってきた。
もうすぐ目的地に到着する。
『トーキョーは、発展した街でしたが、こういう風景を持つニホンもあるのですネ……』
「これが、まぁ言ってみれば日本の本来の風景だよ。日本っていう国は、都市部とこういう田舎の風景が極端に分かれているところが多いんだよ。東京だって大都会だけど、ちょっと離れれば箱根や館山みたいな場所もあるし、大阪でも、大阪の都会な部分って実はほんのちょっとで、少しいけば富田林や高野山、そしてここみたいな風景になる」
『ソうですか……コレはきちんと報告書に書かないト……』
「ああ、ちゃんと報告してくれよ、ハハハ」
……そして目的の駅に到着。
『JR城崎温泉駅』である。
この場所には、まだイゼイラ人をあまり見かけないのだろうか、フェルが駅を出るやいなや、みんながフェルのことを一気に注目する。
これはフェルという個人ではなく、イゼイラ人だからである。
案の定、記念写真を求めてくる観光客や、おみやげ店の店員など。
みんながそんな感じであるから、柏木も断るのに偉い苦労をする。
フェルは別に構わないのだが、こんなことで時間を取られる柏木がたまったものではない。
「ははは、いやぁ、ここでもフェルは人気者だ……大変だなこりゃ」
『ウフフ、私は嬉しいですよ。これも国交の成果でス』
「まぁなぁ……」
そんな事を話しつつ、とりあえず駅前の商店街を見て回る。
いろんな魚を売る商店がやはり目立つ。日本海はカニが名物だ。
日本海名物ズワイガニの旬は、冬と思われがちだが、実は春先のズワイガニもうまい。
カニの季節が終わるギリギリ、春先のカニはうまいのだ。
ということで、そういう店にもカニがやはり売っている。これがなければ日本海側ではない。
『ア、コレハ小さいヴァズラーですねネ!』
「え……えぇ?ヴァズラー??」
ヴァズラー……例のヤルバーンに搭載されている『エ』の字型戦闘兵器の事だ。
この名前は、イゼイラに棲息するという大型肉食性甲殻動物のことだという。
『ヴァズラーじゃないですか、コレ』
フェルはズワイガニを手にとって、両手でピラピラと遊ぶ。
「い、いや、そのヴァズラー……カニみたいなデザインなの?」
『良く似てますヨ。ヴァズラーはもっと大きくて……そうデすねぇ……アレぐらいの大きさはあるデス』
フェルは近くに停めてある750ccバイクを指さす。
「ウ、ウソォ……」
肉食性で、ナナハンバイクぐらいの大きさのカニ……イヤすぎる……
『ヴァズラーも焼いて食べたらオイシイんですよぉ~』
いや、食うんかい、と思う柏木
フェルは店のあんちゃんに「はいよ、イゼイラのねーちゃん」と蒸したてのズワイガニの足を一本頂く。
『♪♫♬☆~!!』
非常にウマかったらしい。
ということで、期日指定して東京に4杯送ってもらう事に決定。
二藤部や三島達にも送ろうとフェルは言うが、それはダメと柏木に言われる。
まぁ、贈収賄になりかねない事だからである。こういうことをやってしまうと、どこから情報が漏れるかわからない。
それを説明すると、フェルは少し残念そうな顔。
まぁでも、隣の木下のおばちゃんには買っておく事にする。
で、聞くと、やはり味はヴァズラーに似ていたらしい……
「さて、とりあえずはホテルへチェックインしてからだな」
そう言うと柏木はタクシーを停め、日和山方面にあるこのあたりでは一番大きい観光ホテルへ向かう。
このホテル、このあたりでは有名なホテルで、なかなか予約が取れない人気のホテルだ。
タクシーの運転手も、イゼイラ人を乗せたのは初めてだそうで、饒舌になる。
この運ちゃんも、まさか自分の人生で、宇宙人を自分のタクシーに乗せるなど、ゆめゆめ思わなかっただろう。
しばらく走る。
柏木も懐かしさを感じる。
いわゆる『少年』だった頃、大阪に住んでいた頃、初めてホテルというところに連れて行ってもらった思い出である。
しかしやはりここにも時代の流れというものはあるようで、当時『ブルーきのさき』といわれていたホテルが破綻し、会社更生法が適用されて、大手の観光ホテルチェーン傘下に入った。
大阪にいた頃は、コマーシャルでも有名なホテルで、そのコマーシャルテーマを今でも覚えている。
ちょっと寂しさを感じたりする。
そんな思い出をしばし思い出しながら、件のホテルに到着する。
『フワァ~、綺麗な“ほてる”でスねぇ~』
「ははは、そうでしょー」
『ナニか遊ぶところもイッパイあるです!』
「デスデス」
ウキウキ度マックスなフェル。
もう子供のようにうろつきまくっている。
でも、スゴイ度でいえば、ヤルバーンの宿泊施設も相当なものだと思うけど……と思う柏木。
「まぁまぁフェル、とりあえずチェックインしないと」
『ア、ハイです』
そんな感じでフロントへ。
「いらっしゃいませ」
フロントマンが丁寧に挨拶。
「あ、予約を入れていた柏木と申します」
「はい、少々お待ちを」
……
「東京の柏木真人様ですね、ご予約承っております。えっと、ロイヤルスイートのツインですね」
「え???……いや、ちょっと待って下さい……私は普通の和室でお願いしたと思うのですが……」
「いえ、当方では和室をキャンセルなさって、ロイヤルスイートで承っておりますが……」
「はぁ?……」
どういうことだ?と
「あ、あの……そのお部屋、一泊お幾らですか?」
「はい……」
聞けば……かなりな高額。
「えええ! そりゃ何かの手違いですよ!、部屋変えてもらえませんか?」
「しかしお客様、そうおっしゃられましても……もう3泊4日分の代金はお支払いいただいておりますが……」
「はぁ???」
どういうことだと…………
すると…………
「ホホホホホ、遅かったですわね、柏木さん」
「えらい待たせやがったな、ハハハハ」
「え????!!!」と振り返る柏木
フェルも『ほぇ!?!?』な表情で後ろを振り向く。
「れ、れ、麗子さん! ……それに白木!!」
「はっはっはー、ビビったかこの野郎」
「ホホホホ、作戦大成功ですわね崇雄」
「おうよ、むははははは!」
手のひらの甲を口に当てて高笑いする麗子に、爆笑する白木がいた……
「どどどど……」
『エ? エ? ナ、ナゼケラーがこちらに?』
狼狽する二人。
「ナゼもナニもございませんでしょ、ここに泊まるって教えてくださったのは柏木さんじゃありませんか」
「え!? ……あ……」
そう、官邸の執務室でファックス送っていた時、緊急連絡先なんて言って麗子は柏木の宿泊先を聞いていたのを思い出した。
「あ、そうか、ハハハ……そういうことですか……ハァ……しかし、なーんでまた……白木まで……」
そんなことを言いつつ、柏木はその特級の部屋のキーを貰い、とりあえずロビーのソファーへ。
「……いやな、麗子がよぉ、あのヤクザの一件でさ、せっかく解決したのに打ち上げしてねーってんで、その計画立ててる時におまえらの旅行の話だろ? ならついでに付いて行ってそこで打ち上げやろって話になってさ」
と白木。
「そうでございますわよ、あの一件だけじゃありません。捧呈式の打ち上げもやってませんでしょ、それはちょっといけませんわ」
「え? ち、ちょっと待って下さい……んじゃもしかして、ここに来てるの麗子さん達だけじゃぁ……」
「あったりマエでしょう」
「はぁぁぁ?」
そういうと、何やら知った顔がゾロゾロと玄関方面から上がってくる。
「え? え? え? オーちゃんに美里ちゃん!……美加ちゃんまで!」
『シ……シエ! エ? リビリィにポル、ヘルゼンにオルカス?』
「よぉ、柏木、やっときたか」と大見
「遅かったわねー、もうちょっと早くくればみんなと回れたのにー」とピラピラ手を振る美里
「あ、おじさんとフェルさんだー」と美加。フェルの横のソファーへボソっと座る。
『オ、カシワギ、ヤットキタカ』と今日はダストール姿の色っぽいシエ
『ヨォーケラー、久しぶり!』といつも明るいリビリィ。
『コンニチハ、ケラー、お久しぶりでス』と、イカ焼きを手に持つポル。
『ア、お久しぶりですー』と行き遅れ感が少し薄らいだヘルゼン。
『こんにちはケラー、あの会議以来ですわね』と大人なオルカス。
「あ…… なんと、まぁ…… 大所帯な……」
呆然とする柏木。
『コレはまた……たくさんデすネ……』
フェルもまた唖然とする……
「あ…… でもあの打ち上げってんなら……ゼルエさんは? 山本さん達も……」
ふと疑問に思い尋ねる柏木。
『ゼルエハ、アレデ妻帯者ダカラナ。向コウハ向コウデ予定ガアルソウダ』
「あ、なるほど、家族サービスって奴ですか」
『ウム、レイコガ誘ッタソウダガ、都合ガ合ワナカッタ。ヨロシクト言ッテイタゾ、カシワギ』
「そうですか……」
「山本さん達は…… まぁ公安だからな、そうそう休みはとれねーよ」
と白木。
おめーはどーなんだと心の中で突っ込む柏木。
『ヘルゼンガ、ナーンカ残念ソウダッタガナ』
『ナナナ……何言ってるんですカ!局長!!』
なぜかうろたえるヘルゼン。
「……って、白木、こんなに大勢どーすんのよ…… 部屋とか……」
「何言ってやがる、誰が段取りつけたと思ってんだよ…… 麗子だぞ……」
「そうですわよ、柏木さん。今日は……」
麗子の話では、このホテルのスイートルーム全部屋を麗子の名前で貸しきったという……
「えええええ!? 大丈夫なんっすか? そんな事して!」
「こんなオフシーズンのスイートルームなんて誰も泊まりゃしませんわよ、なんてことありませんわ」
「い、いや、そうじゃなくて…… お金の方とか……」
「柏木さん、誰に向かっておっしゃっていらっしゃいますの? これはまた久しぶりにお説教をしなければならないようですわね、オホホホ」
「いや……はぁ……さいですか……」
……金持ちのやることはケタが違う……全部オゴリだそうだ……
しかし麗子の話では、例の回収施設が思いのほか好調に操業しているということで、これぐらいのお礼をしないと五辻家の沽券に関わるという話。
(しかし、何も俺にくっついてくることないじゃんかよ~)
なんか残念なような……嬉しいような……複雑な気分であったりする柏木。
フェルはまさかの驚きな、みんなとの旅行になって嬉しそうだったが……
みんなでキャイキャイ言ってはしゃいでいるようだ。
(ハハハ……ま、いいか)
フェルの嬉しそうな顔を見て、まぁこういうのもアリかなと……そういうこともあるかと納得した。
とりあえず部屋へ荷物を置きにいかないと始まらないということで、件の部屋へ従業員に案内されて行くと……
「こ……これは……また……」
『ふワぁぁぁぁ……』
……スイートルームである……そう、スイートルームなのだ……
やはり普通の部屋とは違う……日本海を望む場所にベッドが二つ。しかもそのベッドの前にガラス張りのジャグジーがある……ソファールームもそんな感じ。ちょっとした成金マンションのモデルルーム並だ。
すべてが大きなガラス張りのような窓から日本海を望む……
畳敷きの部屋で、奥の方に、小さなテーブルとイスが4つほどある部屋とはワケが違う。
しかし……このジャグジーがヤバい……ベッドルームからガラス張りで丸見えである……ちなみにコレは事実である……どっかのラブホではない……
「こ、これは……値段相応なお部屋というか……」
他のみんなもこんな感じで、大見一家で一家団欒できるデラックス和洋室。シエ・オルカス・ヘルゼンで同じくデラックス和洋室。リビリィとポルで、柏木と同じスイート。白木と麗子も同じスイート。
そんな感じだそうである。
そしてこのスイートやデラックス利用者専用のラウンジがあり、事実上、これら空間が貸切状態となっている。
……さすが金持ちである……
時刻はなんだかんだともう夕方の5時。
夕食の時間は7時に設定してあった。
その日は千里中央に寄ったりと色々あったので、結構お疲れであったりする。
しかし良い疲れ方だ。
そんな感じで柏木はソファーでしばしくつろぐ。
フェルは隣のベッドルームで、ぽいんぽいんと何かやっている……寝心地でも確認してるのか?……思わず笑ってしまう。
何回かぽいんとやった後、ベッドに寝っ転がって柏木の方を、金色の目でジーっと見るフェル。
「?」
ニタっと笑って、プイと向こうを向いてしまう……何考えてんだかと思う柏木。
そんな感じで部屋でくつろいでいると、ワイワイという感じでコンコンとドアをノックする音。
開けるとみんなが浴衣に着替えてやってきていた……シエの浴衣姿がこれまた……リビリィも意外になかなか……
「柏木、メシの前に風呂でもいっとくか」
「おー、そうだな白木…… フェル~ ご希望のオンセンに行こうか」
『エ! オンセンですカ? おっきいオフロ?』
「そうだよ、フェルはこれが楽しみだったんだろ?」
『ハイです!』
そういうと、チャチャっと二人も浴衣に着替える。
フェルは、浴衣の着方を美里に教わっていた。
フェルの浴衣姿もこれまた……なかなかである。
そして、みんな連れ立って大浴場へ。
そりゃもうそうそうたるものである……金色瞳で鳥の羽な水色・ピンク・真っ白な5人に、真っ赤な髪の薄青白い肌に、綺麗な緑の鱗模様が体側面に栄えるエロいリザード美人。そんなのを連れて大浴場に行く姿は、それは他の宿泊者を圧倒する。ここにゼルエがいたらどうなっていたかと思うと、これはこれで面白いかもしれない。
しかし、今思うと麗子達がいてくれてよかったと思う柏木。
もし柏木とフェル二人だけなら、フェルは女風呂に行った時、慣れない大浴場で不便があったかもしれない。麗子や美里がいる方が、かえって良かったかもしれないとも思った。
フリュ陣営は連れ立って女風呂へ。
『ン? カシワギ達ハイッショニコナイノカ?』
相変わららず場の読めないシエ。
麗子や美里、美加が「いやいやいや」と手のひらを左右に振る。
フリュ陣営、服を脱ぎ脱ぎ大浴場へ。
羞恥心というのも宇宙共通なのか、タオルを前にフェル達は浴場に入る。
『フワァァァ、おっきいお風呂ですネぇ』
宇宙人のみなさんは大感動のご様子。
フェルはてっきり柏木の家にあるような風呂桶の20倍ほどを想像していただけに、そのプール並みの大きさの湯気立つ風呂にビックリなご様子。
カコーンという音が風情である。
ヘルゼンやオルカスもびっくりな様子。
それ以上にビックリなのが、浴場にいる日本人女性のみなさん。そりゃそうだ。いきなり鳥の羽を頂いて、尾てい骨に尾羽を少し生やし、アッチの毛が風切り羽で、細く伸びておへそらしきものがない異星人が風呂に入ってきたのである……普通びっくりするだろう。
で、そこでやはり豪快なのがリビリィ。
前なんか隠さない。手ぬぐいを肩にかけ、堂々たるご入場である。
ちょっと筋肉質な体形は、別の意味でこれまたエロい。おまけに肌がピンク色である。
さらにその上手を行くのが、我らがキャプテンウィッチ@シエ局長。
マッパになっても、いつものモデルウォークは相変わらず。
丸出しで腰を手にあて、少し左に腰を曲げ、浴場を見渡す……『前を隠す?ナニソレ』と、そもそもそういう羞恥心がハナから念頭にない。
バレットの弾丸を食らったお腹のアザも綺麗になっていた。
この中では、まだ地球人にその体形的な意匠が一番近いシエだが、体の側面に見事に栄えるエナメル質な青草色の鱗状の模様に、青白い肌はちょっとヤバイ。真っ赤な髪に真っ赤な……である。
そのボディラインは今更説明の必要もなかろう。浴場全域にそのDカップバストと絵に描いたようなウエストとヒップが『文句あんのか。あ?』と言わんばかりのオーラを放つ……ソレを見る麗子的にはちょっと悔しい。美里はもう少し若ければ勝負できたのにと悔しがる……但し胸部だけ。美加は牛乳をもっと飲もうと心に決めた……
その想像だにしない女湯の構図に、浴室からは歓声やら奇声が乱れ飛び、大浴場の外まで聞こえてくる。
……無論、男湯の方にも聞こえてくる。
「まぁ……そうなるだろうなぁ、ククク……」
白木は浴槽につかり、手ぬぐいを頭に乗っけて予想どおりの展開にクククと笑う。
「だよなぁ……壮絶だろうな、女湯は……」
浴槽の縁に両腕をかけ、首をコキコキする大見。
「まぁ……結果、白木達に来てもらって良かったってことかなぁ……」
と柏木。首まで湯につかり極楽気分。
野郎どもはしばし無言。
三人揃えばいつも花咲くバカ話も、この癒しの空間ではしばし沈黙。
しかし隣の女湯では、日本人客も混じってキャーキャーと、これまぁ一鶏鳴けば万鶏歌うがの如し。
日本人客の勇者一人がシエに声をかけ、話せたのをきっかけにイゼイラ人フリュ勢の髪や肌をネタにてんやわんやの大騒ぎである。
麗子や美里が場を制するのにえらく苦労したりする。
『アら? フェル局長、一人で熱心に体を洗浄していますわネ』
三十路オルカスがふと気がつく。
フェルが一人、フンフンフン♪と鼻歌歌いながら、体中泡だらけに……いや、泡魔人と化してゴシゴシ擦る。
『クックック、今日ノ夜ノタメノ戦闘準備デハナイノカ?』
湯槽に浸かるシエが長い御御足をセクシーに組んで、頭に手ぬぐいのっけて言う。
『アらまぁ……なるほど……』
『エ、なになになに……戦闘準備って??』
ヘルゼンの耳に手をあて、ゴニョゴニョと話すオルカス。
ヘルゼンは、顔を真っピンクにして『いいなーいいなー』を繰り返す。
しかしある日を境に、ヘルゼンも行き遅れ感がかなり低下したそうだ。なぜだろう?
『オルカス、オマエハ誰カイナイノカ?』
『ハァ……私はもうあきらめました……監査局はそんな外に出る事もありませンし……出会いなんて……そういうシエはどうなのです?』
『フ~ム……ソレヲイワレルト私モツライガ……』
『ニホンのデルンも見る目ないですネ! シエ局長ほどのフリュ、そうそういませんよ!』
ヘルゼンが援護射撃する。
確かに、そして確実にその通りである。
マッパで無敵な女性などそうそう……
そんな異星人の会話を横で聞く麗子と美里に美加。
「み、美里さん…… 異星人女性の方々も、わたくし達と同じような悩みをお持ちですのね……」
「そ、そのようですね……なんともまぁ庶民的な……」
「で、いいのですか? 美里さん、美加ちゃんが話の輪に混ざっていますわよ」
「え゛……」
『ミカハ、マダ良イデルンハイナイノカ?』とシエ、美加の頭をなでている。
『実ハいるんだろ~ オ姉さん達に、正直に言いなさイ』とニヤつくリビリィ
『ソうです、これも調査デす』とポル。
「え~ いないですよぉ~」と美加
(はぁ……まぁ……これも勉強よねぇ……)
……な、お母さんであった……
…………
「ふぃ~ 良い湯でしたな」と柏木。
「何年ぶりかだな、こんなにゆっくりしたのは」と大見。
【 ゆ 】と描かれたのれんをパっと弾いてロビーに出る。
先に風呂から上がっていた白木は、名物の、無料サービスなアイス黒豆茶でも飲みながら、ラックの新聞をマッサージチェアに座り読んでいた。
マッサージチェアがうぃんうぃんと動いている。
その姿に、世界を股にかける国際情報官の姿は微塵もない。温泉に遊びに来た、ただのオッサンである。
柏木と大見も紙コップを取り、サービスのアイス黒豆茶をクイっとあおる。
スリッパをペタペタさせながら白木の横のソファーに二人はドッカリ腰掛ける。
「白木ぃ~ なんか面白い事でも書いてるか?」
なんとなくダレた感じで尋ねる柏木。
「あぁ?……あぁ、ククク、これだがよ、ほれ、ちょっと読んでみろよ」
白木の読んでいたのは、朝晴新聞。取材姿勢は、どっちかというと左寄り。
まぁ、日本では保守層やネットなどでの叩かれ役で、よくネタにされる新聞である。
従軍慰安婦問題の発端にもなった新聞であったりもするが、世の日本教育者連盟な加盟者や、アッチ系の大学教授などには大人気な新聞でもある。
そこで、世の教育者のみなさんが推薦する有名な社説がこの新聞には載っているわけだが、白木はその部分をポンポンと叩いて柏木に渡す。
「どれどれ……」
目を通す柏木……
………………………………
▼日本は今春の増税からの買い控えも、眼前の再増税への懸念もまるでないかのように異星人景気に沸いている。彼ら自身の領土であり住居であり大使館でもあるヤルバーンへの観光、彼ら相手の商売と観光誘致合戦、彼らやその持ち物を模した様々な新商品に、技術や思想を活用した新ビジネス。まさに花盛りだ。特に、彼らが日本円を得るために始めたリサイクル済み廃棄物の変換再販売などはその最たるものだろう。▼一部からは、世界初の廃棄物の全量再資源化の達成だとする声まで出ている。確かに良いニュースだし、放射能の除染も画期的な速さで進むだろう。だがちょっと待ってほしい。彼らがいつまでも相模湾上空に居続けてくれる保証などどこにあるのだろうか。▼彼らの大使館であるヤルバーンは『ふね』であり、彼らは『ふなのり』である。船と船乗りは母港に帰るからこそ船であり船乗りであるのではないだろうか。▼遥か彼方から飛来してすぐのころは混乱を見せたものの、飛来当時のまま相模湾沖に停泊し、技術の大きな遅れを意識させないほどの友好関係を築き、国交を結び、今では諸外国同様の気軽さで双方に往来できるようになり、官民の技術交流もまさに気のおけない隣人と呼べるほど活発になった。いまだに諸外国に関心を示さないのが少々不思議ではあるものの、日本政府や小紙では想像もつかない彼らの都合があるのだろうから、今は深くは言うまい。▼日本は彼らと仲良くなったが、彼らの都合はその技術と同じくらい想像がつかない部分がある。何の故あって信任状捧呈式の過剰な演出がなされたのか。なぜ秘密裏に逮捕するだけに留めて平穏を演出しなかったのか。そしてフランス行き旅客機に現れたメルヴェンを称する神出鬼没の治安組織。筆者にとってはまるで往年のSF大作や国際救助隊を名乗る人形劇を見るようだ。極めつけが、全世界が驚愕した遥か彼方の彼らの本国からの正式の信任状である。▼五千万光年離れた本国からの信任状が届いたという従前の技術では信じがたい事実が示すように、地球基準の距離の概念など彼らには通用しないのであるから、ある日突然、彼らに属する物体が、転送光線を出す小さな船とビルの一室になり、ヤルバーンが遠く木星の衛星軌道に移動していても不思議はない。そこに移動してもなお、彼らと日本との国交も往来も不便をこうむることがないのならば、だが。そして恐らくそうだろう。▼そう、彼らが突如地球に飛来した時に一部の国家がヴァルメにしたのと同じようなことを、彼らの母艦に対して行ない得るような地表にわざわざ泊め置くことの必然性は実はあまりないのではないか。そして、彼らの都合で、ちょっとそこまでと言って、他星系に探査に出てしまい、これまでの外交史にないほど長く地球を留守にすることも、その可能性自体は彼らの飛来から全く変わっていないのだ。いくら日本の都合を大切にしてくれるとはいえ、何せ彼らは異星人だ。距離も時間も、前例は何一つ通用しないと思っておいた方がいいのではないか。▼彼らに帰れというわけではない。そのように言う人は日本にはもう数えるほどしかいないだろう。彼らが日本と諸外国にもたらした変化と衝撃と恩恵は、小欄の紙幅では何ヶ月あっても語りつくせないほど幅広くそして大きいのだから。彼らと親密な現在、安保理の椅子さえ、日本政府が本気で望めば以前ほど困難なものではないだろう。もし突然帰ると言い出したなら万国こぞって引き留めたいところだ。だが悲しいことに、こと彼らに関しては日本の味方はいない。国交の無い諸外国にとって、彼らはいまだよく分からない外宇宙からの闖入者なのだ。▼小紙は以前『一発だけなら、誤射かもしれない』と書いて方々から批判を浴びたが、それでもあえて同じように言わねばならない。『一国だけなら、気まぐれかもしれない』と。▼小欄はもとより小紙にも、諸外国と彼らとの間の外交に口をはさむ権限などないのだが、それでも、日本という特別なひとつは諸外国という特別なたくさんに劣る気がしてならない。彼らは日本を高く評価してくれるが、それは大航海時代の船団がそうしたように、航海先での彼ら自身の安全のためという懸念が消えないのだ。国交がないまま観光した前例に遣欧使節団を出すまでもないだろうが、彼らにはぜひ地球の色々な地域を訪れ、それぞれの良い所をたくさん見てほしい。そして叶うならその後でも日本が特別の中の特別でいられたらと思わずにいられないのだ。▼日本は単に、広い宇宙を旅する『ふなのり』に、太陽系で一か所の『ふなだまり』に選ばれたに過ぎない。彼らを受け入れる環境が地球でもっとも整っていたという事実は誇らしいことだが、彼らがいずれ帰る船と船乗りだという事実を忘れたまま、彼らの技術や善意に頼った経済や社会を当然のものと受け止めることだけはないようにしたいものだ。彼らは船乗りで、帰るべき母港があり、日本は数ある寄港地の一つにすぎないのだから。
………………………………
柏木はニヤつきながらその社説を読む。
「ハハハハハ! なかなか朝晴にしてはうまいこと書くなぁ」
大見も横から覗き込んで読んでいた。
「『一発だけなら、誤射かもしれない』って……まだ引きずってるのかよココは、ハハハ」
この新聞の『一発だけなら、誤射かもしれない』は今でも名言……いや、迷言である。
「まぁ……しかし、俺達政府側がまだ情報を発信してないだけに、事実が曲げられて伝わってるとこもあるよなぁ……」と柏木。
「ああ、原発の事だな……『放射能能濃度を下げる技術がある』ってごまかしたが、ヤルバーンのあの科学力だ。コッチの意図した風には伝わらないか……」と白木。
「現場を見た俺個人の感想としては……やってもらいたいのが本音なんだが……」と大見。
「『一国だけなら、気まぐれかもしれない』か……朝晴にしちゃ、いいとこ突いてくるじゃないか」
柏木は腕を組んで唸る。
「朝晴はあんな新聞だが、科学記事に関しては結構優秀な記事を書くこともある。今回の社説は科学部と政治部のコラボみたいな感じだ……まぁ相変わらずの言い回しだが、今回に関して言えば、うまいところ突いてる記事だな」
白木と大見も同意する。
確かに、いまだヤルバーンは、日本側にその本意を見せない。
柏木個人としても、フェルと今では恋人以上の仲になり、こんなところまでも二人だけで来た。
田中さんの件もある。なんかヘルゼンも最近焦りが少なくなってきたように、感じないでもない。
そして、例の農業をやってるイゼイラ人家族は、先日官邸で聞いた話では、日本への帰化申請を出してきたそうで、役所が前例が無いために困惑してしまい『自由入国証があれば、ヤルバーンが大使館である限り、永住者と同じような権利がある』と説得し、帰化申請書をとりあえず返したと言う。
(実際、どうなるのかなぁ……)
と思う柏木。
産廃処理事業の件でも、事業計画としては今後数年単位の計画書が提出されているはずである。
それは、ヤルバーンが『ティエルクマスカの領土』として、そこにいるという前提で、そのような計画書が出ているのだ……
そんな話をしていると、フリュの皆様方も大浴場から上がってきたようで……
「ふぅ……いいお湯でしたわ……」と麗子。
「いやぁ~気持ちよかった!」と美里。
「のどが渇いちゃった」と妙にシエと仲良くなっている美加。
『フゥ、オンセントイウ物モ悪クナイ』と赤い髪をたくしあげ、艶っぽいシエ。
『コういう施設をヤルバーンにも作りたいですね』とヘルゼン。
『そうですネ、これは大変気持ちよいものです』とオルカス。
そして……
『アア、すばらしいオフロでしタ……調査は完璧でスッ!』
と、何の調査かはわからないが、調査だけではなく、色々と戦闘態勢が完璧に整ったフェル。なんとなく肌が光ってるように感じるのは気のせいか……
「じゃ、皆様、ご夕食と参りましょうか」
麗子に連れられて個室料亭に向かう皆の衆。
柏木が少年時代に来た時は、部屋で料理を食べただけに、個室料亭での食事は初めてである。
まぁ、この大所帯で、部屋がスイートだとそうもなろう。
料亭の部屋を見たヤルバーンフリュの皆さんは、まずその畳と座椅子にテーブルという構図に困惑する。
『ニホンデハ、地面ヘ直ニ座ッテ食事ヲスルノカ?』
と、今では外国人でも聴かないような質問をするシエ。
フェルは柏木の家でコタツ生活を送っていたので、こういう食事にはもうなれた物だ。
リビリィにポルも右に同じ。このあいだはコタツ囲んでビール飲んでいたのはリビリィ。
そんなこんなで、みんなが着席すると料理がどんどんと運ばれてくる。
仲居さんも、フェル達を見るとみんな最初は驚くものの、それゆえに異星からのお客となれば、気合も入る。
料理は日本海の海産物、ズワイガニは当たり前。“せこ”に“イカ”“ばい貝”“ハタハタ”“桜海老”“ホタルイカ”“カレイ”“あわび”“サザエ”と海の幸満点。
他、山の幸は知らぬ人はいない“但馬牛”で決まり。
異星人のみなさんもお気に召しているようで、みんな舌鼓を打つ。
特にシエは……
『カシワギ、ニホン人ハ、生ノ“クェールガ”ヲ食ベルノカ?』
ハマチの刺身を醤油につけ、とても美味しそうな顔をして、舌を出して艷にペロリといくシエ。
箸の使い方も、もう慣れたもののようである。
「く、くぇーるが? なんですか?それは」
『エっと、ダストール語で“オサカナ”のような海洋生物の事デスヨ、マサトサン』
「ああ、なるほど、そうですよ、おいしいですか?」
『ウム、ダストール人モ、ナマノ“オサカナ?”ハ大好キダ。ヨク食ベルゾ。コレハウマイナ!』
シエは、刺身がいたく気に入ったようだ……シエと刺し身……なんとなくマッチするような気がしないでもない……
イゼイラ人勢も最初は躊躇していたが、シエの言葉で食べてみると、みなさんいたくお気に召したようで何よりであった。
リビリィは、すっかり常用飲料となったビールをゴキュゴキュと飲みまくっている。
酔わないからいいものの、これで酔えれば大した酒豪になれる。
シエは関空での一件ですっかりハマってしまったコーラがお気に入りのようである。
まぁ日本人のミナサンはすっかりほろ酔い気分であるが、ヤルバーンの方々は、ナノマシンのせいでそういうことはない。
まぁ……悪酔いしないだけ良いのかもしれないが……
唯一あまり飲んでいない日本人は、大見だけである。
まぁ職業柄、緊急出動で呼び出しというパターンもありうるので、こればかりは致し方ない。
『ア、ちっちゃいヴァズラーです!』
カニ料理が出てきた。
オルカスが、カニを見てさっきのフェルのようにはしゃぐ。
「ヴァ、ヴァズラー??」
白木と大見がおんなじ反応……やっぱそう思うよなぁと思う柏木。
柏木がビール4杯目を飲もうとした時、隣に座るフェルがそのコップをプっと取り上げて小声で……
『(マサトサン……今日ハあんまりエチルアルコールを飲んじゃダメでスヨ……)』
「(え? なんで?)』
と聞いても、ツンとして何も答えないフェル。
「?」
相変わらず鈍い奴である……
「あぁ、そうそう、これもあったわね」
そういうと美里が、傍らから何かの食べ物を出してきた。
「お、そうそう、これがあれば酒も進む」
と同意する白木。
柏木はソレを見て
「あ、白木達、下の釣り堀行ってきたんだ」
「おうよ、なんだ柏木知ってるのか?」
「何言ってるんだよ、俺はガキン時に一度来たことあるんだよ、ここに」
「なんだそうなのか……これ、うめーよな」
そういうとポルも
『ワたしは、さっき一袋全部食べちゃいましタ』
と白状する。意外に食いしん坊なポル……そういえばさっきもイカ焼きを手に持っていた。
『マサトサン、コレはなんですカ?』
「ああ、“アジ”という魚の天ぷらだよ。この下に釣り堀があってね、そこで釣ったこの魚をその場でサバいて、天ぷらにしてもらえるんだ。これね~ 揚げたてもうまいけど、冷めてもこれまたうまいんだ。ここのホテルの名物なんだよ」
『ヘー…… では一つ……』
モグモグと食べるフェル。
『オイシイデスネ! マサトサン、じゃぁワタシ達も明日行きましょウ……って、その“ツリ”って何ですカ?』
「おいおい、そこからかよ、ハハハ……」
このホテルの、釣り堀、なかなかいやらしい。
テグスが小さなアジしか釣れないようになっており、大きめの魚がかかると一発でバラす。
しかし、小さめのアジだと、いくらでも釣れる。その見極めがなかなか難しい。
ちなみに一回500円也。
「しかし白木…… このアジの量、結構釣ってるな、うまいじゃんかよ、わりとムズいんだぞ、あそこの釣り堀」
「ハハハ、そりゃみんな結構バラしてたけどな、コイツがうめーのなんのって…… ほとんどコイツが釣り上げた」
そういうと白木は麗子の方を指さす。
「ホッホッホッホ、なんのなんの、あんなのお茶の子サイサイですわ」
「い、意外……」
ミスお金持ちの麗子が、あんな庶民の遊び丸出しの釣り堀でこの成果……わからんものである。
…………
そんな感じで、楽しい食事も終わり、各自自由にホテル施設を楽しむ。
大見一家がゲームコーナーへ行き、麗子と白木は外でデート。ヤルバーンフリュのみなさんも、ゲームコーナーやらお土産品店やらと色々回っているそうで、シエとリビリィ肉体派二人は、温泉のサウナが気に入ったみたいで、再度大浴場へ行っているとか……
そしてフェルと柏木は……
「えっと、これぐらいかな?うん……」
『何してるデスか? マサトサン』
「え?いや、このジャグジーってのに入ってみたくてね、お湯張ってるの」
『じゃぐじー? ……普通のオフロみたいに見えますガ』
「いやいやいや、これをね、こうやって……」
すると、ブワァァっと泡が湯の中から噴き出してくる。
『ヘェェェ…… こんナオフロもあるですカ!?』
「まぁね、普通はお金持ちしか買えないよ、こんな風呂」
フェルはPVMCGでジャグジー風呂をデータに取りはじめる。
「それも『調査』ですか?フェルさん」
『ハイです。 ちゃんと記録しとかないと……』
熱心なことであったりする。
「お湯の温度もこんなものかな、さ、フェル、お先にどうぞ」
『エ? マ、マサトサンが入るのじゃないのですカ?』
「オフロ好きでしょ、先に入んなよ、俺は向こうでテレビでも見てるからさ」
というのは、この部屋の風呂、ガラス張りで、ベッドルームから丸見えなのである。
するとフェルはちょっと考えた後…………
『マ、マサトサンがお先にどうぞデす……』
「え?」
『い、いいから先に入るデすよ!』
「あ?…… はぁ……」
そういうとフェルはピュっとソファールームに引っ込んでしまう。
「せっかくの一番風呂なのになぁ……」
といいながら、まぁフェルがそういうならと、柏木は泡立つジャグジーに入る……
「いいもんだなぁ……麗子さんに感謝しなくちゃな」
柏木は首をコキコキといわせながらリラックス。
吹き出す泡が心地よい。
大きな窓から日本海を眺めながら、再度の風呂である。
酒も少し入っているので気持ち良い。
すると…………カチャリと風呂のドアが開く……
「え?」
振り向くと……真っ裸なフェルが入ってきた……
「あ! フェル……! あ、ハハハ、そういうことか……」
『ハイ、そういう事でス、マサトサン……』
窓から差し込む大きな庭のかすかな照明が、フェルの綺麗な水色の肌を更に綺麗な青白い色に変える。
そこに金色の目と羽髪が目立って際立つ……
柏木は湯槽の端に寄り、フェルを誘う。
そして二人は一緒に湯船に浸かり、日本海を見る。
今日は天気が良い。星がたくさん見える。
「夏に来たら、あの水平線に漁火がたくさん見えて、きれいなんだけどね」
『イサリビ? なんですカ?それは』
「さっき食べた“イカ”ってのがあっただろ、あれの漁をしているところさ」
フェルにイカは明るい光に集まる性質があると教える。
『ヘェ~……』
そんな話も二言三言。
二人は沈黙してしまう……でも、嫌な沈黙ではない。
そしてフェルが柏木の顔をじっと見る…………
泡立つ湯槽で、柏木はフェルを抱き寄せて…………
そこから先を知っているのは、眼前に広がる日本海と、その空に浮かぶ星々のみ……
フェルの大浴場での戦闘態勢も無駄にならずに済んだようだ…………結構なことである。
ティエルクマスカ連合と国交が出来た……
異星人がいる日本の日常。
そんなある日の、みんなの休日……そして一つの……そんな出来事……
いつも『銀河連合日本』をご愛読していただきまして、誠にありがとうございます。
番外編は、とりあえずこれにて。
次に―15―へと続きます。
さて、今回、お話の中に某新聞の社説のような文章を掲載しましたが、これは読者様からご提供いただきました物を、許可をいただき転載させていただきました。
非常に、この物語をよくご考察いただいているもので、その例の新聞の雰囲気もさることながらww私も素晴らしいと思い、お願いした次第であります。
お名前のほうは、匿名ご希望ということですが、本作ご感想にも投稿なさって頂いている方です。どうもありがとうございますww
今話で、確かに記載させていただきました。
そして、今回登場するホテルは、実在するホテルをモチーフに書かせて頂いております。
少々アレンジを加えて、フィクションにしていますが、このホテルさんを参考にさせていただきました。
参考URL: http://www.kinparo.com/room/index.html
よろしくご参考下さい。
本作と合わせてサイトを見ていただくと、雰囲気も増すかと思いますww