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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
29/119

― 番外編 異星人が住む日常2  七人のメルヴェン ―

『貨幣』

 いわゆる通貨の事である。さらに言えば、要は『お金』の事だ。

 このお金というもの、その本質とは何なのだろうか?


 原始時代、知恵を持った人類は、他人と他人とで意思をもって物品を交換するということを覚えた。

 いわゆる『物々交換』である。

 原始資本主義の始まりだ。

 こういう行為をする生物は、地球上ではヒトしかいない。

 この原始資本主義がヒトという生物にもたらしたのは何かというと、ヒトに森羅万象に対する『価値観』という概念をもたらしたのである。

 すなわち、物々交換というものは、『価値と価値の交換』ということになる。


 例えば、毛皮1枚とバナナ3本交換するのと、リンゴ7個と交換するのはどちらが得かということである。

 普通に考えれば、同じ食べ物ならリンゴ7個の方が得である。そりゃ誰しもそう思う。

 しかし毛皮を売りたい人は、本当はバナナと交換したい。バナナでなければダメなのである。バナナ命なのだ。

 しかしバナナなら、3本としか交換できない。

 さて、この毛皮の人にとって、バナナ3本とリンゴ7個どちらが得か? つまり『価値のある物』かという事だ。

 毛皮の人は、初志貫徹。毛皮をバナナ3本と交換。

 次にバナナ3本を、魚4匹で交換してくれという人と、パイナップル5個で交換してくれと言う人が来た。

 毛皮の人の脳内相場データでは、パイナップルのほうが価値があるっぽかったので、パイナップル5個と交換。

 更に、パイナップル5個が、ちょっと離れたあるところでは、毛皮2枚分の価値があった。早速交換。その人は、結局、毛皮1枚が2枚に増えた。

 そしてまた元の場所に戻って、その1枚余った毛皮でバナナを3本と交換すると、毛皮の人は欲しかったバナナ3本を純利益として得たことになる。


 まぁこれがリンゴやら、毛皮の話ならまだいいが、土地や家といった大きい物、サービスや技術といった話になったら、おいそれと物物交換というわけにはいかない。

 そこで、コミュニティの元締めや、しいては国のようなものが物流を厳格な決まりと罰則で管理して、物の価値を他の物で代替しようという考えが生まれた。

 銅の板1枚は、リンゴ1個の価値。銀の板は、リンゴ10個の価値、金の板はリンゴ100個の価値という風に。


 コレに関しては、江戸時代の日本が全く同じ考え方であった。つまり、江戸時代の日本は、『米』が貨幣の価値基準として動いていたので、これと同じ考え方だったのである。

 なので武士は米で給料を貰った。従って武士の経済的な位を『石高こくだか』と表現するのだ。

 武士は貰った米をお金に換金して日常生活品などを購入していたのである。


 つまり『物の価値』や『行為の価値観』の代替えで、物流、取引を円滑に行えるツールとして発明されたのが『貨幣』すなわち『お金』ということ。


 資本主義の大原則とは、今も昔もこの原始資本主義から何も変わっていない。

 例えば、「八百屋が、野菜を売ってお金を稼いで、パソコンを買いました」という事も、実のところ結果的に言えば、間接的に「野菜とパソコンを物々交換してる」ということと何ら変わりがないわけだ。なので、良い物で数が少ない物は高いし、たくさん作れる物は安いという当たり前の原理が成り立つ。


 しかし、そこは人間の意地汚さで『作れるところ』や『作れる人』『組織』『地域』そしてその『需要』によって、同じ物でも価値が変わると言うところに目を付けた。

 そしてさらには「みんなが欲しがってる物なら買い占めて、出納をコントロールすれば、いくらでも高い値が付けられる」と考えた奴がいた。


 これが言うなれば、今の先物取引の原点である。

「お前!これから作るその品物、これだけ予約な!!」というまだありもしない物の予約権の取引という奴である。

 人というものはかように知恵が回るだけに、このような想像と予測で取引することも覚えた。

 これも結局は『物の価値』の概念があるからこういう事になるわけである。


 今の地球社会の営みは、全てコレである。

 社会主義や共産主義がこの考え方から脱出しようと試みたことがあったが、結局社会主義者や共産主義者は、この『価値観』の本質がわからずに敗退した。


 そして今日本でも問題になっている電子通貨を名乗るアイテムの破綻問題も、この本質を理解していないために破綻という目にあうのである。

 通貨というものはその通貨の『価値』や、それを価値として認める『価値観』を共有し保証する沢山の人と、その人を統括する強大な権力組織が必要なのである。

 それがないものなど通貨として存在し得ないのだ。




 ………………………………




 ……とまぁそんな事をお勉強中の、柏木さん家のフェルさん。

 最近は時間を見つけては、柏木が家庭教師となって教えている。

 フェルが「教えてくれ」というので、こういった経済・社会と、国語の勉強もかねて書き取りなんかもやらせている。

 

 そろそろ春になろうかという季節。


 コタツ布団をとっぱらった机で、正座して柏木の作ったわかりやすいコピーの教科書を書き取るフェル。

 書き取るノートには、表紙に雷撃が得意な可愛らしい「ゲットだぜ!」なモンスターが描かれ【こくご】などと表記されている。

 日本語を学ぶ外国人などには結構重宝されているそうである。


『エっと……さ・き・ぶ・つ・と・り・ひ・き』


 漢字を書いて、横に読み仮名を書くフェル。

 なんとなくカクカクした文字である……まぁあまりウマイとはいえない。といってヘタというわけでもない。

 フェル達母国語のアルファベットっぽさ漂う感じの日本語文字である。


「あ~違う違う、それは『さき“もの”とりひき』ですよ」

『ア、そうか……間違えてしまいましタ……ニホン語を書くのは難しいデすネ』

「まぁねぇ、俺達日本人でも、「よーもこんな沢山の文字覚えるわ」って思うからなぁ……」


 フェル達イゼイラ語の文字は、アルファベットが36文字。他、記号が色々。数字が10文字……イゼイラ人は、地球の多くの地域で使う10進法が基準のようである……その文字のデザイン、字面は、三角形が基盤になったような文字で、地球に存在した文字にあえて例えれば、『洗練された古代アッシリア文字』のような雰囲気を持つ。


『マサトサン、この“サキモノトリヒキ”という制度、オモシロイですね』

「やっぱフェルもそう思う?」

『ハイ。うまく使えば沢山の貨幣が入手できまス。でも、失敗したら大変な事になりますネ』

「お、よくわかってるじゃないか。実はその制度って、日本発祥なんだよ」

『ソうなのですか?』

「うん、元々はフェルも大好きなお米を取引するところがオオサカというところにあって、そこで米の出来高なんかを帳簿上で売買し始めたのが始まりなんだよ」

『ヘー』

「でまぁ、そのオオサカにあった“堂島米会所”という先物取引所が、結局そのお米がありもしないのに、あるようにみせかけたり、「これぐらい米が今年はできるだろう」と思ってたらできなくてお米の取引ができなかったりして、最終的には潰れちゃったんだよ。そういう感じで、今の先物取引の良い点悪い点を先取りしたところだったわけ。画期的な経済システムだったんだけど、それを色々改良して、今の世界的な先物取引市場があるわけで、この堂島米会所は世界の金融関係者にも尊敬されてるし、この地球の世界中の経済教科書にも載るような所になったんだよ」

『ソれはスゴイですね……シカシ……フ~ム、ワタクシはその現物がないのに予想だけで“トリヒキ”するという感覚がよくわからないのですが……オオサカのニホン人サンは、せっかちサンなんですね』

「ハハハハ、確かに大阪の人はせっかちだよなぁ、良いところに目をつけるね~」


 柏木は大阪の『想楽』社長、高田とも取引がある。確かにそんな感じである。何より大阪在住経験も長い。フェルの言う事がなんとなくハマって笑ってしまった。


 まぁこれは事実で、大阪弁の「まいど!」や「ほな!」などという独特の挨拶言葉も、「まいどおおきに」が省略されて「まいど」になり、「ほんならさいなら」が省略されて「ほな」になった。

 今でもMの字マークのハンバーガーを「マクド」と言い、アイスコーヒーを「れいコー」というのもそういう感覚からである。

 大阪人の商人気質、時は金なり、効率優先主義の地域性が生み出した言葉である。


 そして大阪人の誇るこの三次元宇宙で、最も長く大きな意味を持つ、最も短い究極の言葉が……


「どや」


 である。

 この「どや」を訳すと、以下のとおり


「どうも◯◯さんこんにちは、景気はどうでっか? え? あきまへんか、そりゃお互いたいへんでんな。え? ウチはどうかって? そんなんアータ決まってまんがな、え? わかりまっしゃろ、こんな景気でっせ、ええわけおまへんがな。鼻血もでまへんわ。で、お宅、昨日いきましたんやろ? 何? 何ってアンタゴルフでんがな。ワシなんか昨日250も叩きましてんで、何しにいったんかわかりまへんわ、あんなん家でそこまで◯って委員◯でも見てた方がマシでっせ、ほんまにもうあきまへんわ……(以下1000字ほど略)」


 という感じである。

 テレパシー並みの究極の言葉である。この言葉をケースバイケースで使いこなしてこそ大阪人といえる。



「ということでフェル、貨幣経済の勉強と日本語文字を覚える勉強のダブル方式、どうですか?」

『ア、ハイ。大変良いデすね。日本の文字は大分覚えましたヨ』


 イゼイラ人は頭が良い。確かにフェルはこの短期間でかなりの日本語文字やら単語を覚えた。

 さっきの“さきぶつとりひき”も間違え方としては良い間違え方だ。『物』の読み方を覚えてはいる。


 経済の基礎もかなりわかってきたようだ。

 無論柏木も一応商売人であるわけで、中小企業規模の事なら教えられる。それ以上の学術的なミクロ経済やマクロ経済的な小難しいことはヤルバーンの方でも財務省の官僚や、真壁の紹介で著名な経済学者や経営者などを呼んで、定期的に講習を行ったりしていた。

 無論それにはフェルも参加している。


『コレをちゃんとお勉強しないと、例の計画ができませんからネ、ガンバリますヨ』

「結構結構、とはいえ俺の教えられるものっちゃー、日本語と青色申告の仕方ぐらいだけど。ハハハ」

『青色申告? ソれは“ゲンセンチョウシュウ”というのとは違うのですカ?」

「お、なかなか勉強してるなフェル。源泉徴収というのはね、フェルも、もう知ってると思うけど、かつて地球に存在した悪名高い独裁国家のナチス・ドイツが発明した税の徴収制度でね…………」


 フェルも一流の経理になる日も近い……かもしれない。


 そして世の『ナチスガー』と叫ぶ政治家が政治やってる国でのサラリーマンから税を徴収する制度が、ナチス・ドイツが考案した制度を後生大事に使っているというのも、なんとも皮肉な話である……




 ………………………………




「村田、例の法人設立の件ですけど、進捗状況はどのような感じですの?」


 株式会社イツツジグループ 常務取締役 五辻麗子は自宅のテラスでPVMCGを稼働させ、華麗なタッピングで書類仕事をこなしていた。

 バイオリンの独奏でも聞こえてきそうな大きなお屋敷。

 PVMCGで造成したキーボードの横にはマイセンのティーカップ……お金持ちである。

 

「はい。当初は政府が株式を50パーセント保有する第三セクター方式で行う予定です。社員の方はイゼイラの方々がまだ地球社会の貨幣経済について勉強中ということもありまして、当面はわが社と、OGH、君島、そして各官庁からの出向という形で行う予定となっております」


 麗子の秘書、村田がタブレットを指でスライドさせながら報告する。

 麗子なら執事……といきたいところだが、さすがに今の日本、そんな奴ぁいない。


「三セクですか……う〜ん……将来的な完全民営化の方は、政府から確約できているのでしょうね?」

「それが、そう簡単にはいかないようでして」

「どういうことですの?」

「はい……完全民営化した場合、やはり『ガーグ』方面での懸念がありまして、その問題がどうしてもクリアできません。やはりなかなか簡単にはいかないようです……」

「なるほど……やはりそれがありますか……そうですわね、市場に放り出してしまえば、もうそこは自由経済社会ですからね」

「はい。それと、いくらイゼイラや他の種族の方々が科学技術的に優れているとはいえ、経済となるとまた話は別ですし……いかんせんこの世界は勘と経験も必要ですから、そうおいそれとは……」

「確かに……優秀なシステムと科学技術でなんとかできれば、不況なんてとうの昔に駆逐できてますものね」

「そういうことでございます……ですので現状では実質、国営企業にならざるを得ないという感じでございます常務」

「国営企業ですか……わたくし達のような典型的な資本主義経済の回し者みたいな立場の人間が、国営企業の創設に手を貸さねばならないとは、なんとも皮肉なものですわ」

「ハハハ、まことにもって……しかしまぁ、将来的な国への投資と思えばよろしいのではないかと」

「まっ、そういうことですわね」


 麗子はそういうと、よっこらしょとテラスの椅子から腰を上げて


「さて村田、例の物は用意出来まして?」

「はぁ……用意はさせて頂きはしましたが……本当によろしいので?」

「私とて自分の今の状況は解っておりましてよ。ボディガードとて四六時中わたくしに張り付いているわけにもいきませんでしょう、それに……どうせモメるのわかっている事ですし」

「ええ、まぁ……あまり考えたくはないのですが、私としては……しかし私が持ってきたアレ、下手したら法に触れますよ……」

「そうなのですか? 私の知識では、触らなければいいということですけど? ウフフフ」

「はぁ……確かにそうですが……ちゃんと見張らせていただきますからね」

「はいはい、どうぞお気の済むようになさいませ」


 法に触れるとか、ボディガードがどうとか、あまり考えたくないこととか……何やら物騒な事を言っている麗子と村田だが……



 そして麗子は自宅の地下にある秘密研究室に入る……といっても倉庫を昨日改造しただけの場所であるが……扉に【勝手に入ったら死刑】とか、わけのわからない札が、かかっている……全然秘密じゃない……

 

「常務、これでございます」


 麗子の目の前にあるは、ボルトアクションライフル『ステアーマリンカ』

 村田が趣味の射撃で使う、彼の所有物だそうである。

 オーストリアのステアー社製狩猟用ライフルだ。

 狩猟用としては珍しいハンドガードが銃身先端まで伸びた軍用イメージの意匠を持つライフルだ。

 その機関部は『二つで充分っすよ』で有名なSF映画のプロップガンにも使われた。


「さて、やってみますわよぉ~……では村田、このライフルに弾をこめてくださいな」

「は、はぁ……」


 村田はライフルに弾を込める。


「できました、常務」

「はい、ご苦労様。ではでは……」


 麗子はマリンカをPVMCGでスキャニングしようとするが……警告音を鳴らし


【固定セキュリティにつきスキャニング不可_】


 と出た。


「まぁ、そうでしょうね」


 納得する麗子。


「しかし、私の予想では…………村田、弾を抜いてくださいな」

「かしこまりました」


 村田はマリンカから全弾抜き取った。

 麗子は再びマリンカをスキャンする……すると……ピロリンと音を鳴らし


【スキャニング終了。造成可能_】

 

「えええ!……じ、常務、こ、これは!……」


 驚く村田。村田もPVMCGがどういうものか麗子から聞いていて知っていた。

 なので驚くはずである。麗子や大見、美里に美加が以前ヤルバーンに招待された際、リビリィに頼んで、もらったPVMCGは民生用で、武装セキュリティが固定のはずである。本来殺傷用武器など造成もスキャンもできないものなのだ。それが“弾を抜いた”状態だと、簡単にスキャニングし、造成できるようになった。


 そして、驚く事に、弾丸の実包も簡単にスキャニングできてしまった。

 つまり、銃本体と、弾丸を別々にVMC造成すれば、『ライフル』として立派に使用可能になるのだ。


「やはりそうでしたか……」


 腕を組んでニヤつく麗子。


「ど、どういうことですか?常務」

「ええ、私の予想では、おそらくこのPVMCGはスキャニングする対象の、システム全体の物理的作動プロセスをシミュレーションして、危険物かどうか判断する仕組みなのでしょう……ですから、銃本体だけだと、PVMCGは『ただの鉄と木でできたよくわからない機械』と判断するのでしょうね。実際弾の入っていない銃など危険でもなんでもありませんから。弾丸にしても実包単体だと『可燃物の入ったただの金属の筒』なのでしょうね」


 これは、柏木が以前白木を通して教えてくれたデータから予想したことだった。

 包丁やナイフ、はてはコンパウンドボウまで造成できるのに、違法圧力のエアガンは、ある一定以上のガス圧だと造成できないと聞いたからだ。

 確かに、柏木はFG-42Iを造成した際、マガジンを付けたまま造成してしまった。

 柏木のPVMCGはVIP用なのでセキュリティ判断が民生用と少し違う。しかし、それでも『準空気銃』レベルでFG-42I改造のセキュリティが掛かってしまった。

 もし、麗子と同じ方法で造成したらどうなっていたのだろうか……


 麗子は続ける。


「柏木さんが“コンパウンドボウ”を造成できた時も、おそらく弓本体だけの造成だったのでしょう、そしてこのPVMCGは一旦造成した物には責任を持たないようなシステムになっているのでしょうね。おそらくこのライフルに、このタマを込めれば撃てると思いますわよ」

「しかし常務……そうなるとえらく無責任なシステムですな、このPVMCGのセキュリティは……」

「あら、そうかしら? 私はそうは思いませんことよ」

「え?」

「だってそうでしょう」とそういうと麗子は以前データを取った包丁を造成し「この包丁で肉を切ってお料理することと、生きた動物を裂いてシメること、何か変わりがございまして?」

「あ、そうか……」

「えぇ、そうです。そんな人のする行為までいちいち判断できるわけでもないでしょうし、そんな事まで監視するようなシステムでは、生活インフラの道具として成り立ちませんわ……それに……」

「それに?」

「おそらくティエルクマスカでは、こういった“銃”のような形態の武器がもう存在しないか……そんな理由でこういった系統の武器のデータがないのでしょう。なので私たち地球人的にはこういう裏技で作ることもできるのでしょうね」

「確かに……彼らの武器は、元々発射装置本体とエネルギーソースが一体化されているようなものばかりですし、そういう武器のシステムデータもありますでしょうから……彼らの武器ならセキュリティデータとして、予め登録されていてもおかしくないでしょうしね、なるほどです」


 複雑な顔で納得する村田。


「さて、これがわかれば充分です。話は早いですわ……まぁさすがにこのライフルのデータは危険すぎますし、村田の言うとおり、法にも引っかかってしまいますからね。それに私も銃など撃ったことございませんから、このデータは消してしまいましょう……あ、でも村田……あの頼んだ物は買ってきていただけましたでしょうね?」

「はい……あちらに……」


 そこには、なにやら訳のわからない物が沢山置いてあった。

 まぐろ解体包丁に長ドス、ゾーリンゲンの高級アーミーナイフに、十字手裏剣に棒手裏剣、はては正体不明な透明のドーム状半球カプセルに、巨大な建物解体用の破砕鉄球。鉱山採掘用のダイヤモンドドリルの先端……そして、ピコピコハンマーに定価32万円、M134ミニガンのエアガンまで置いてあった…………何をする気なんだと…………


「さて、いざとなればこれで『話し合い』に行かなければならないかもしれませんですわね、オホホホ」

「い、いや常務……そういう事は無い方が良い訳なんですが……」

「え~え、モチロンですわ、無い方が良いですわねぇ~……でもぉ? まぁ、前例を鑑みれば……ねぇ? ホホホホ」


 麗子は一体何の話をしてるのだろう……意味深な『話し合い』という言葉……まぁ麗子のようなタイプが面白がることといえば……大体一般的にはロクでもないことと相場が決まっている……




………………………………




「では柴野先生、この件については横浜市が協力してくれるということでよろしいですね」

「はい総理。一般産廃の方は、問題なく。いえ、むしろ市長の方は極めて積極的でした」

「では東北の瓦礫などの方は現状の集積地までヴァルメが中継して回収ということですね」

「はい。大阪の方は例の市長と知事コンビの了解を得ました。あの泉佐野市の埋立地を活用して集積させます。こちらもヴァルメを利用するということです。四国、中国、九州、沖縄、北海道の方も、目処が付きました」

「結構です。これで“ヤルバーン経済協力機構”の方も、まともな仕事をやったと言えるようになりますよ、ハハハ」


 経済産業大臣 柴野秋則しばのあきのりは、“財団法人ヤルバーン経済協力機構”の進捗報告を行うため、二藤部のもとを訪れていた。


「そうですね総理。これで財団法人の方を、そのまま三セクの方へ移行させ、おいおいヤルバーンの方で独自法人として運用できれば御の字です。まぁヤルバーン側への完全移行は何年先になるかわかりませんが……」

「まぁそれはゆっくり時間をかければいいでしょう。しかし、あのヤルバーンの科学局でしたか?そこのジルマ・ダーズ・テラー局長という方、なかなかのアイディアマンですね」

「えぇ、まさかあのような形で向こう側から提案してもらえるとは思いませんでした。やはり彼らは相当日本側の状況をよく研究していると思います……しかし……ハハ……あの方、地球時間で164歳ですよ……肉体年齢的には地球人的に82歳ですか?元気なご老体です」


 柴野が頭をなでて「参った」というような表情を見せる。

 そして二藤部が


「で、その副局長のニーラ・ダーズ・メムルさんでしたか?確か局長の孫娘さんだとか。そちらの方は……」

「はい、地球年齢で32歳、肉体年齢的には16歳です。イゼイラ的にはまだ『児童』らしいですが、その優秀さ故に地球的に言えば『飛び級』で副局長に抜擢された方だそうです。こちらは見た目はイゼイラ人の可愛らしい娘さんですが、これがまた祖父さんに負けないぐらい優秀な方でして、ジルマ局長の優秀な右腕としても活躍されていらっしゃるようで」

「はぁ、いろんな人材がいるようですね、ヤルバーンには……」

「まったくです総理」


 二藤部と柴野は一体何の話をしているかというと、先般、国会で承認された『財団法人 ヤルバーン経済協力機構』の進めるヤルバーン外貨獲得のための事業計画の話であった。


 で、一体どういう事業をしようというのだろうか?


 これは色々と日本側、すなわち“財団法人ヤルバーン経済協力機構”が提案書を持っていって検討したわけだが、その中には『観光』『運輸』『エネルギー』など色々と各省庁からアイディアが上がってきた。

 しかしそのどれもイマイチパっとしない。つまり、どれもやれば大儲けできるものではあるが、ただ、それをやってしまうと当初の予想通り日本の競合各社が甚大なダメージを受ける物ばかりだったのだ。


 唯一有力だったのが『観光』であったが……実入りが少ない。

 で、そこで逆にヤルバーン側の科学者であるジルマとニーラが提案したのが


『産廃回収と再生』


 であった。

 コレを彼らが提案した際、日本治外法権区会議場でのジルマやニーラの発言を振り返ってみると……



 ………………



『フ~む……ニホンのお役人さんの発言を聞いとると、みなさん何か変な誤解をしておるうようじゃナ』


 ジルマはアゴに生えた羽毛状のヒゲをモシャモシャとさわりながら話す。

 容姿は、ちょっとしおれた羽髪が、某相対性理論の学者のようなジジイである。


「誤解?……と言いますと?」


 と役人の一人がジルマに尋ねる


『ウム、どうもニホンの皆さん方は、ハイクァーンを無から有を生み出すような奇跡の装置と思っとるようじゃが……それはちがうぞ』

「いや、しかし私達の理解ではそうとしか……」

『アのなお主、そんな都合のいいモン、この世にあるわけないじゃろうが』


 そう言うと、ジルマはヨイショと立ち上がり、上座まで行き、ホワイトボードにペンで何かキュッキュと書き始める。

 なんと日本語である。さすが科学局局長、日本語もとうに習得済みのようだ。これには日本側スタッフも驚いた。


『まずじゃナ、ハイクァーンで物を作る時、元素が必要なんじゃ。前にフェルフェリアの嬢ちゃんが言っとったそうじゃが……ワシらは長いあいだ船で旅するから現物での補給がままならん。なので、いろんな場所から……そうじゃのう、廃棄物や同胞の遺体、排泄物に、宇宙の星間物質や色んな惑星衛星から採取した物質をハイクァーンで原子レベルに分解して保管するんじゃ』


 日本側スタッフは全員生徒となってジルマの話を聞く。


『例えば、“炭素”を例にとっても、人のクソを元素化した炭素も、“かーぼんふぁいばー”から分解した炭素も、炭素は炭素じゃ、わかるな?』

「ええ」

『うむ、そういったいろんな場所から集めた元素を自由に結合させて物質を生成することが出来るのがハイクァーンなんじゃ。そしてな、ハイクァーンのもう一つの特徴として、元素をいじって他の元素に変換させることもできる……例えば、そうじゃなぁ……ニホン人にわかりやすい所で言えば“金”じゃな、金なんかはお主らの科学力でも元素変換できんことはなかろうが、いわゆる貨幣経済的に言う「こすと」がかかりすぎるんじゃろ? しかしワシらの技術を使えば、例えば地球なら廃棄物としてどこでも入手できる“スイギン”なんかを金に変えることなんて簡単にできル』


 水銀にガンマ線を照射して、原子核崩壊させることで金が生成可能なことは、現在の科学でもよく知られている。

 しかし実際これをやるとなると、えげつない歳月とカネがかかるので事実上意味が無いのである。

 それを簡単にやってのけるハイクァーンというティエルクマスカの科学力と技術は、ほとほとトンデモナイものである。


 そんな事を思いながら日本側スタッフは、メモやノートへカキカキと局長の講義を聞く。


『つまりじゃ、ワシらのハイクァーンも相応の「こすと」がかかるわけじゃよ。もしなんでもかんでもポンポンと作ることができれば、ハイクァーン配給権なんていらんじゃろ、相応の「こすと」がかかるから、そういった『配給権』で造成をコントロールしとるんじゃ』

「ということはジルマさん、あなたがたがハイクァーンで物をつくる時のコストというのは、我々の貨幣経済的に換算すると……」

『うム、お主、なかなかいいところに気がついたな、そういうことじゃ。つまりアンタらの「こすと」の概念で言えば……異常に『安い』んじゃよ。もうそりゃぁオカネという単位では「ネダン」も付けられないぐらいにな……それでも、こすとがかかるのはかかる。なのでハイクァーン使用権という制約をつけて、みんな平等に配給制にしているのがワシらの国なんじゃ』


 日本側スタッフは納得した。ならば何か打開策はあるだろうと。


『そこでジゃな、ワシらから提案なんじゃが……ってかワシの孫娘のアイディアなんじゃが……ニーラや、オマエのアイディア、日本の皆さんに聞かせてあげなさイ』


 ジルマは可愛い孫娘を手招きして呼ぶ。


『はイ、おじーさま』


 ニーラは背丈は150センチ程、小柄なツインテールっぽい羽髪スタイルな見た目は可愛らしい少女である。

 日本側スタッフはその容姿にビックリして参加者リストを見直す。

 どう見ても日本人的に言えば高校1年生ぐらいだ。

 しかし参加者リストには『副局長』と書かれている。

 日本側スタッフは顔を見合わす。 


 トテトテとジルマの横に行き……いや、行こうとした途端につまずいて真正面からビタッ!とバンザイするようにコケた。

 持っていた日本側の書類と、日本で買ったという、とても大事にしているキャラクター筆箱と筆記用具、キャラクターノートをぶちまける。

 筆箱に筆記用具、ノートには可愛い鼻のない猫キャラの絵が書かれていた。


『ふェ~……』


 半泣きになるニーラ。

 日本側スタッフが総出で、あわてて書類や、筆記用具をかき集めてやる。

 どうもドジっ娘属性があるようだ……日本側スタッフは少し不安顔。


 で、ジルマから紹介を受ける。

 ティエルクマスカ敬礼をして、ペコリと頭を下げるニーラ。

 少しバツが悪そう。


『えっトえっと……先程はみなさんゴメンナサイ……えっと、では私の考えた“ジギョウ”について説明しまス』


 ニーラはVMCモニタを造成させて、あるデータを日本スタッフに見せる。


『えっト、これはですね、私が“いんたーねっと”や日本政府から提出してもらった資料なんかを調べて調査したデータなんですけど、ニホン国では、今、ゴミや廃棄物の再生利用を、国策としておこなっていますよネ』


 そういうとスタッフはウンウンと首を縦に振る。


『でもでモ、私の調べでハ、そのゴミや廃棄物の再成率が、たくさんできてる自治体でも、ゴミの総排出量の30パーセントぐらいなんですよ、で、で、そのホトンドが燃やされちゃってるんでス』


 フムフムと耳を傾けるスタッフ。


『ナのでなので、そのゴミをですネ、えっと、私達に預けてくれれば、元素分解して、みなさんのご希望の、いろんな素材に構成しなおしますから、その構成しなおしたマテリアルを、オカネを出して買って欲しいんです』


 ニーラは言う。

 特に、今日本で問題になっている、ヤルバーンが地球にやって来る前に発生した大規模地殻変動災害で発生した膨大な瓦礫やゴミなども、元素分解して素材に構成、構築しなおすのでそれを買ってほしいと。


 この話を聞いて日本スタッフは騒然となった。

 それもそうだ。今の日本、一番頭の痛い問題だったからだ。


 日本スタッフの一人が興奮気味にニーラに尋ねる。


「ち、ちょ、ちょっと待ってくださいニーラさん。今、その震災瓦礫は私達の世界で“放射能”と呼ばれる有害なものに汚染されているという問題も抱えていますが、それもどうにかできるとおっしゃるわけですか?」

『えっと、ハイ。多分ワタシ達の科学用語で“ヂレール核裂線能力物質”の事をおっしゃってルと思うデすけど、できますヨ……元素分解する際に、ヂレール核裂線物質だけをマイクロ転送除去して、地中1000キロぐらいに転送したりして埋めちゃったり、宇宙空間へまとめて、ポイって捨てちゃったりできまス』


 その言葉を聴いて、日本スタッフはさらに色めき立つ。


『えっと、えっと、で、ニホンのみなさんは、この“ヂレール核裂現象”を利用したエネルギーを使っているみたいですけど、そのエネルギー生産施設が大災害で壊れちゃって、大変な事になっていますよネ?』


 スタッフはこれまた全員総出でウンウンと頷く。

 頷く角度が段々と大きくなる。


『ちょっとだけ時間がかかるかもしれませんけど、この施設も、施設ごと元素分解しちゃっていいなら、やっちゃいますけど……』


 この言葉を聴いたスタッフはもう会議どころではなくなった。

 途中で椅子を倒さんばかりに立ち上がって、部屋を飛び出ていく者。スマートフォンを取り出して大声で話し出す者。てんやわんやの大騒ぎとなった。


『エ? ……エ? ……私、何かイケナイ事いったのかな? ……』


 そのサマに呆然とし、手をばたつかせてオロオロするニーラ……会議途中でニーラをほったらかしにして大騒ぎする日本人を見て狼狽してしまう。

 また半泣きになりそうになった……


 その横でおじいちゃんがニコニコしていた……



 ………………



「……とまぁそういう感じでして、担当者の話では、あの時は本当にショックだったと」


 柴野がハハハと笑いながら話す。


「ええ、私もその報告を受けた時は耳を疑いましたからね……しかしさすがティエルクマスカか、イゼイラと言いましょうか、本当にそんな事ができるなんて……」

「はい、これであそこに住む住人を帰してやることができます」

「……」


 しかし二藤部は少し沈黙する。


「総理?」

「ん? あ、すみません柴野先生……そうそう、ではその話は別にして、ヤルバーン側は、産廃やゴミなどをハイクァーンで元素還元や変換したあと、自分達が必要とする元素を差し引いた分のモノをマテリアル化して、再生造成。それを販売するという事業の方向性で良いという感じなのですね?」

「あ、はい。それでほぼ決着かと。あとは引き続き観光事業の方も、政府指定の観光業者と連携して継続するということで」

「なるほど、しかしそのニーラさんという方も考えましたね……もし彼らが地球にあるいろんなものを利用して、ハイクァーンで資源を作れば、地球の経済は大混乱になる……」

「えぇ、なので今まで使っていた不要なもの、廃棄する物を使わせてもらって、その『再生化料』を取るというやり方、ウマイと思います」

「そうですね、これなら市場に対し、そんなに影響を与えることもないでしょう。何せ廃棄物を元々あった原材料に戻すだけの話ですし、不法投棄するようなゴミや産廃も立派な資源に還元されて儲けになるかもしれないのですから、世の企業や産廃業者も願ったり叶ったりでしょう」

「ええ、うまくやれば各自治体の予算にも還元できる可能性もあります。なので、どの自治体も協力的なのでしょう」

「では、その方向性でお願いします」

「はい……しかし……」


 柴野が手を額に当てて少し渋い顔をする。


「? 何か問題でも?」

「えぇ、大阪の集積所予定地なのですが、少々厄介事が残っていまして……それを解決しなければならないわけでして……」

「厄介事? まさか“ガーグ”がらみとか?」

「まぁ……あれがガーグなのかどうかは見方によるのでしょうが、まぁガーグっちゃーガーグでしょうし、なんとも……一応、かねで解決できないこともないのですが、それをやってしまうと色々問題もあるようでして……」

「?」

「で、ですね、そちらの方はイツツジグループのヤルバーン事業担当者から、コッチに任せて欲しいという話ももらってはいるんですが……」


 どういうことだ? と、二藤部が少し怪訝な顔をした……




 ………………………………




 大阪府泉佐野市 りんくうタウン

 関西国際空港開業と同時に、大阪府企業局が都市計画事業の一環で大阪の副都心として計画した街であったが、2002年頃まではその分譲地の45パーセント程しか土地が埋まらず、大阪府の都市計画事業の大失敗作として有名な街……というか『空き地地帯』であったが、2003年に大阪府が定期借地制度を導入した結果、以降、企業進出ラッシュが起こり、今では95パーセントの土地が埋まる成果をあげている。


 しかし、残り5パーセントほど、りんくうタウン北側の広大な土地がまだ埋まりきっておらず、府としてもなんとかここを埋めたいと思っていたわけだが、そこへこの度のヤルバーン事業計画の件で、イツツジグループがこの残り5パーセントの土地を買い上げ、ヤルバーンへ送る再生資源用産廃の集積所として可動させる予定であった。

 そして港も近いために、ヤルバーンで高精度の資源化された再生マテリアルを輸出するための基地としても使用する予定であった……が……




「なるほどなぁ、こーいうことかよ。ありがちなパターンだなぁ……」とニヤついて話す白木。

「こういう連中と交渉っての、やった事ないからなぁ……」と頭をかいて鬱陶しそうな柏木。

『平和的ニ解決デキないものでしょうカ……』不安そうなフェル。


「フェルフェリアさん、こういう連中は口で言っても聴きませんから、一度体で教えて差し上げるのがよろしいのですよ……」


 と人差し指を立てて、フェルに教える麗子。


 麗子は今、そのりんくうタウンにある施設建設予定場所視察のために大阪までやってきていた。

 関係者として柏木とフェル。

 付き合いで婚約者の白木を引き連れている。


 建設予定地にはどでかい櫓が組まれ、敷地には有刺鉄線に高いトタンの壁。

 敷地の中は、うかがい知ることが出来ない。

 そしてそこいらに、巨大な横断幕やら、ペンキで塗ったくったようなデカイ文字で


【産廃集積地建設反対!】

【街を汚すな!】

【りんくうをゴミ捨て場にするな!】


 などと書かれている……が……


 よくよく見ると……小さい字で……


【日本政府は従軍慰安婦に謝罪しろ!】

【独島は我が領土!】

【독도는 우리땅!】

【宇宙人は帰れ!】

【地球連邦万歳!】


 などと書かれていたり……はては……


【天皇陛下万歳!】

【八紘一宇】

【日本に宇宙人はいらない!】


 などなど……で……


「はぁ……なんじゃこいつら……」


 額に手を当てて呆れ果てる柏木。


「ほんに……言ってる事がメチャクチャじゃねーか、ククク……おもしれー奴らだぜ」


 笑いをこらえる白木。

 そして麗子はフェルをチョイチョイと手招きして……


「フェルフェリアさんフェリフェリアさん、ほれ、これをお読みになって、ウフフフ」

『エ? ……これデすか? ……えっと、い・ぜい・ら……』


 そこにはこう書かれていた。


【イゼイラの鳥頭は焼き鳥でも食ってろ】


『トリアタマ? ……なぜ私達の頭髪が、ヤキトリと関係するのですカ?』

「ウフフ、あのですね、『鳥頭』というのはね、ゴニョゴニョ……」


 麗子はフェルに耳打ちするように話す。

 フェルの顔の眉間に、段々とシワが寄っていくのがわかる……

 そして究極にシワが寄った後、徐々に平静な顔へ移行し……目が据わって、ゴールデンアイボスキャラモードへフェルは移行していった……


 そう……鳥頭とりあたま……いわゆる『バカ』という意味である。

 『鶏は三歩歩けば物を忘れる』という日本の諺である。それをフェル達の頭髪にかけたものだ。


(あ~あ、しらねーぞオイ……)


 と柏木は思う……しかしもう遅い。この時点で平和的解決は不可能になった……

 

「でよぉ麗子、この究極のバカども、なんなんだこいつら」


 白木も呆れるのを通り越して、もうこの状況を楽しんでいるようだ。


「えぇ、いわゆる“居座り屋”っていう奴ですわね」

「居座り屋ぁ?……ってことはUEFや右翼とか左翼とか、そんなのじゃないのか?」

「当たり前ですわ、なぜ【独島は我が領土】とか言ってる連中と【天皇陛下万歳】が同居できますのよ」

「そりゃそうだけどよ、街宣右翼にもアッチ系、多いんだぜ?」

「まぁ、そういうのもいるでしょうけど、調べはついていましてよ。今回は別」

「じゃなんなんだよ」

「ヤクザ、つまり暴力団ですわ。進道会系城島組の連中」


 すると柏木が


「え゛……進道会系城島組って言ったら……関西で一番デカい広域暴力団じゃないですか!」

「そ。そいつらが地域住民を装って居座ってるわけ。ここに集積所建設反対なんてウソもウソ、結局おカネですわね。退去料、入札談合、色々考えられますわね」

「なるほど……」

「で、左翼系組織を装って、居座ってるという寸法でございますわ」


 しかし……と白木は


「それで【天皇陛下万歳】や【八紘一宇】はねーだろぉ、クククク……」

「ま、その程度の頭の中身ということですわ、ウフフフ」


 するとジッと目を据わらせて聞いていたフェルが


『ケラーレイコ、つまり、アノ連中は“ガーグ”とみてよろしいのデすね……』

「まぁ、似たようなものかしら? どっちにしろ社会のゴミであることは確かですわね」

『ワかりました、で、私はどのような事をすればヨろしいのですか? この城塞をジルフェルドブラスターで吹き飛ばすのが一番手っ取り早いとおもうのですガ……』


 まぁさすがに冗談だろうが……フェルは相当、言葉通り『鶏冠とさか』にきているようである……

 柏木は、この暴力団連中に同情した……ってか、ジルフェルドブラスターってどんな武器なんだと……


「ま、どっちにしろこの土地は今流行の言葉で言えば『法的にも履歴的にも我が社の土地』ですからね、例の計画を軌道に乗せるためにも、チャッチャとカタをつけませんと……あまり大事にするのもなんですし」

「でも麗子さん、ここはやっぱり警察呼んでですね……」

「何を言っていますの?柏木さん……それでこのあほうどもに『あぁ~ 私達の街がぁ~ うぇ~ん』『国家権力がぁ~』なんて芸をマスコミの前でされてごらんなさいな、あのアバタ顔の弁護士議員あたりに、二藤部様を叩くエサをあげてしまうような事になりますのよ。そうすればまた計画は伸び伸び、それこそ本物の『ガーグ』の跳梁を許してしまうことになります……おカネで解決しても、味をしめてまた別の所で同じことをやりますわよ。それに改正された暴対法のある今、おカネで解決したら我が社も奴らと同罪になってしまいますわ」


 そういうと白木は


「そうだぜ柏木、ああいう連中はそういった『弱者犯罪』のプロだ。いつのまにかヤクザが本物の左翼にすり替わっていたって事もありうる……マジメな話、早いことケリつけねーと、こういうところからほころびが出るもんだぜ」

「でもなぁ……ヤクザだろぉ~? お礼参りってのも考えないと」

『ソちらの方は心配いりませんヨ、マサトサン』

「え?」

『アトでケラーヤマモトにご連絡して、シエとゼルエ局長に、私達に何かあったら、その“ジョウジマグミ”の本拠地へ強襲……』

「あ~! わかったわかった、わかりました……(フェルに『鳥頭』は禁句だな……お~コワ)」



 ……そういう事で麗子達一行は、一旦ホテルに戻り、麗子の考えた策をみんなに披露。次の日の夜中に作戦を決行することにした。

 柏木はとりあえず山本に連絡し、事の詳細を伝えると……


「まぁ、フェルフェリアさんがいるなら大丈夫だろ、ほどほどにしといてくださいよ。終わったら連絡ください。大阪府警を寄越しますんで」


 とまぁそんな感じ。一応“ガーグ事案”として扱う了承を得た。

 白木は新見に報告して手続きを行った。

 これを二藤部と三島に報告した時の両者の反応は……


「まぁ……一応……ガーグですからね……いいのではないですか? ……ガーグなのかな?コレ」と二藤部。

「新見君よぉ……先生たちに程々にしとけって言っとけよぉ……」と三島。


 これで安保委員メンバーの白木と柏木監督のもと、国内の事案であるため……


『八千矛主導のメルヴェン任務扱い』


 として『日ティ共同災害安全保障協定』の範囲内での対応が可能となった。



 ……で、次の日……



 白木から連絡がいった大見が合流。

 その後、フェルから連絡がいったシエとゼルエが日本人モードで合流……相変わらずシエはエロい。そしてゼルエは怖い。



 柏木、白木、大見、麗子、フェル、シエ、ゼルエ……さしずめ『七人のメルヴェン』である。



「一応話は聞いているが、俺まで駆り出すかよ……」と大見、しかしやる気マンマン。

『タノシソウダカラ付キアッテヤル』とシエ、日本人姿で鉤爪を研いでいる。

『ソういうこった。ここんとこ体が鈍ってたからナ』とゼルエ、準備運動は万全。スタンライフルを調整中。


「まぁ……なんちゅーか、一応“ガーグ案件”になったんで、オーちゃん達がいないと格好つかないんだよ、ごめんなぁ……」

「まぁいいさ、どっちにしろあの場所をどうにかしないと、例の『事業計画』が前に進まないんだろ?」

「そうなんだよ……イツツジさん的には結構深刻なんだぜ」

『フム、ソノアタリハワカッタ……デ、フェルモ参加スルノカ?』

「え?」


 柏木はそういうと、フェルの方をパっと見る。

 フェルサンは目を据わらせて、右手に光球を出したり引っ込めたり……準備万端である。


「…………ハイ、ソノヨウデス……」


 で、ゼルエが


『で、ケラーシラキのダンナはどうするんだ?』

「あ?私ですか? ……なぁ柏木、FG-42I、お前のPVMCGでもう一挺造成してくれよ、確かアレ、スコープ付けられただろ、それで援護でもするわ」

「え? 白木、お前も参加するのか!?」

「しないわけにゃいかねーだろ、一応監督責任者の一人だからよぉ……まぁ、この中じゃ一番足引っ張るから、後方支援でもさせてもらうわ」


 “後方支援”って何なんだよと思うが……


「ハイハイ……ハァ……あ、そうそう、麗子さんは?」

「わたくしなら心配ご無用ですわ、準備万端でございます。オホホホ」


 柏木は口を波線にして、納得する。


「あー……でもまぁ……一応私が連中に“退去勧告”はしますからね……じゃないと交渉官の立場ないし……」


 でも無駄っぽい気がする……


(って、何で俺がいつの間にか音頭取ってるんだよっ!!元はといえば麗子さんが……!!)


 と心の中で叫ぶ柏木……

 なかなかに往生際が悪い。


『ケラーシラキ』


 フェルが白木のそばに行って話しかける


「ん?何ですか?フェルフェリアさん」

『ケラーのゼルクォートをお貸しください』

「え? はぁ……どうぞ」


 白木は腕から民生用PVMCGをはずすと、フェルに渡す。

 フェルはポーチから小さなメダル状のものを取り出すと、白木のPVMCGに浸透させるように埋め込んだ。


『ケラー、このチップでケラーの民生用ゼルクォートをバージョンアップさせましタ。これでパーソナルシールドが使えますヨ』

「パーソナルシールド? あ、前に柏木が使ったとかいうアレですか」

『ハイです』

「そりゃ助かります。すんませんね」


 ペコリと礼をする白木。


『ケラーオオミ、貴方も……』

「あぁ、フェルフェリアさん、私は大丈夫です。八千矛任務部隊は、全員“局員用PVMCG”を新たに受領しておりますので」

『ア、そうですカ、わかりましタ……では、ケラーレイコも……』


 そう言おうとすると、麗子は


「あ、フェルフェリアさん、わたくしも結構ですわ、ウフフフ」

『エ? デも……』

「お気持ちだけで充分でございますわ。でも、私は大丈夫ですの。まぁ、その時のお楽しみということで」

『ハ、ハァ……』


 フェルは首をかしげる。パーソナルシールドなしでどうやって? と……

 そして


『マサトサン』

「ん? なんだい?」

『エット……』


 そういうとフェルは柏木のPVMCGに何やらデータを送り込んできた。


「お? なにこれ」

『ハイ、マサトサンのお使いになる“えふじーよんじゅうに”というジュウに使う“びーびーだん”を、少し改造したデータです』

「え? BB弾を改造?」

『ハイです。発射した瞬間にタマの加速に比例して、タマが帯電するような仕組みにしておきましタ。これでスタンブラスターと同じような効果を得られまス。同時に、ゼルクォートの『武装レベル2』を解除しておきましタ』

「ハハ、そうか、ありがとうなフェル」


 これも柏木に対するフェルなりの思いやりなのだろう。

 柏木はフェルの頭をポンポンと優しく叩いてやる。そしてニコニコで嬉しそうなフェル……でもまだちょっと目は据わっている。

 そんなフェルの顔を見ていると……柏木もフェル達イゼイラ人の事を『鳥頭は焼き鳥食ってろ』と言うような連中に対し、だんだんとムカっ腹が立ってきた……



 さて、柏木達は一体何をやらかそうというのだろうか?

 ……まぁ、大体わかろうというものだろうが…… 



 麗子の作戦……というより、ただの金持ちの道楽という話もあるが……まぁその作戦を再度確認する皆の衆。




 …………そして夜中がやってきた。



 

 集積地建設予定地にレンタカーでやってきた7人。

 バタバタと扉を開け、舗装されていない地面をジャリと踏みしめながら降りる。

 “7人”といえば、エルマー・バーンスタインの曲を颯爽と流したいところだが、夜中のこの構図ではそれも似合わない。

 どっちかといえば早坂文雄というところか。


 柏木はいつものダブルなスーツ姿。手には拡声器を持つ。

 フェルはいつものイゼイラ制服姿。まだ目が据わっている。

 白木は都市迷彩に軽めの綿パン姿。両手をポッケにニヤケ顔。

 麗子は何やら探検隊のような格好……探検帽を被り、綺羅びやかな扇子でパタパタと仰ぐ。東南アジア官民合同事業の時に着ていたものだ。

 大見はデニムのジャケットにジーンズ姿。さすがに迷彩服という訳にはいかない。

 シエはいつもの日本人モード。モデルウォークが色っぽい。

 ゼルエの日本人モードは……コッチのほうがヤクザである。



 柏木達のやろうとすること……それは……


 

『……テステス……あ~、株式会社イツツジグループの所有する土地を占拠するみなさん。聞こえますかぁ!?……あなたがたは長期にわたって法人の所有地を不法に占拠しています。たぁだぁちぃに退去しなさい!……これから1時間の猶予を与えます! もぉし!退去しない場合、日ティ通商条約第15項に従って、日本国政府認可の元……『行政代執行』を行いまぁす!」


 柏木は、拡声器を口に当て、ときたまピィ~と音を鳴らしながら、大声で話す。


 『行政代執行』……それは執行する対象となる義務者が、行政上や法的な義務を履行しない場合に、行政庁が義務者が本来行わないといけない事を行政権限で強制的に行うことである。

 通常は法令に従わない者、例えば、公共の場所を不法に占拠し、私物化する連中や、ゴミ屋敷のような公共的に迷惑となる存在などの排除など、行政権限や裁判所命令など色んな形で行われる強制行為である。

 今回の場合、私有地への不法占拠にヤルバーンとの条約履行障害行為、犯罪隠匿行為の可能性、まぁいろいろある。

 それを『ガーグ』と認定し、柏木達安保委員会メンバーが執行者の権限を持ってやってきたわけだ。


 …………小難しい事抜きに話せば、早い話が『殴り込み』であったりする…………


 すると、見張りやぐらから何人かこちらを覗きこむ。

 柏木は……


『ハイ、これ! 代執行令書ね、こっちもさぁ、手荒なことしたくないのよ、とっとと出て行ってくんないかなぁ!……』


 そういうと、櫓からヘルメットにマスクをした男数人が頭を出して


「はぁ~? こっちは汚い汚いゴミを持って来られたら困るから、こうやって占拠してんの。住民のためにやってんの、アホなこと言っとらんと、とっとと帰りや~ ヒヘハハハハハ!」

「国家権力の横暴はんたぁ~い! へへへへ」

「7人ポッチでなぁにができるのぉ~? そこの別嬪のおねーちゃんなら大歓迎やけどなぁ~」

 

 シエの事だろう。

 そして……


「あ、おいお前ら、あそこ見ろや、鳥頭がおるで……コラァ~ こんな時間、鳥目で見えるんかぁ~ 鳥小屋でおとなしく寝とけやぁ~ ヘハハハハ!」


 とうとう連中は言ってはいけないことを言ってしまった……

 フェルの目は完璧に据わった。

 目は据わっているが、フェルの脳内では『ドッカーン!』な状態である。


(あ~あ、言っちゃったよ……)と頭をかく柏木。フェルの肩をとって、どうどうとなだめる。

(死んだな……こいつら……)と頭をかく白木。念仏を連中に唱えてやる。

(こりゃ遠慮はいらんな……)PVMCGの設定を始める大見

(トリアタマ? ソウイウト、フェルハ怒ルノカ……)今度言ってみようと思うシエ。

(ナんだかよくわからんが、そろそろかな?)と7つの傷を持つ男のような感じになるゼルエ。


『マサトサン……』

「はい?」

『アレはなんという生き物ナノデすカ?』

「え~っとですな……」


 そういうと、麗子が


「ヤクザという害獣ですわよフェルフェリアさん。遠慮なんてしなくてよろしくてよ……柏木さん、交渉決裂ですわね、もうよろしいのではなくて?」

「わかりました……では麗子さん、お願いしますよ、ハハハ」

「はい、承りました。ではでは……」


 柏木は、FG-42Iスタンバージョンを二挺造成し、その内の一挺、スコープ付きを白木に投げ渡す。

 白木はそれをパッと受け取ると、バイポットを降ろし、ボルトをバシャッと下げる。

 大見はスタンラピッドガン。ゼルエはスタンライフル。シエは鉤爪を両手に造成させる。

 そしてフェルは右手を帯電させる。

 それを見たヤクザ側は「な、なんじゃありゃ!」「あいつら何をする気だ!」と慌ただしく動き始めた。



 麗子は「さて」と正面バリケード門まで歩みを進め、PVMCGを作動させると……


 クソ馬鹿デカイ『鉱山採掘用ダイヤモンドドリル』を空中に造成させた。


「な、なにする気じゃ!」


 ヤクザは慌て、怒鳴る。


「こうするのですわよっ!」


 麗子はギュンギュンとドリルを高速回転させると、それを「そ~れ」なジェスチャーと同時に、バリケード門に叩きつける。

 作戦として話は聞いていた柏木と白木、大見も、さすがにその光景を見ると唖然とした……

 シエやゼルエ、フェルまでも、あまりに無茶な行為にポカーンとしている。

 フェルは思わず


『ケ、ケラーレイコ! あなたのゼルクォートって確か民生用じャ……モしかしてハッキング!』

「オホホホ、違いますわよ、フェルフェリアさん、ま、あとで教えてさしあげますわ」

『ハ、はいです……』


 その光景を目にして、据わった目も普通になったフェル。

 ドリルは、門のぶっとい鋼鉄製のカンヌキをブチ折ってバキバキと粉砕していく。


『オホホホホホホ! それそれそれ~!』


 ドリルを左に右に変幻自在に振り回す麗子。

 正面バリケード一帯は、完全に粉砕された。


「よし! 行くぞ!」


 真っ先に突っ込むは大見。

 その後からシエとゼルエが続く。

 

「んじゃ、俺はここで。よっこらせ」


 白木は見通しの良さそうな位置に陣取り、FG-42Iのバイポットを立て、スコープを覗く。


「じゃ、俺達もいくかフェル」

『ハイです。マサトサンは援護して下さいネ』

「あいよ、こういうのはフェルの方がプロですからね」


 フェルと柏木も突入。


「では崇雄、援護よろしくお願いいたしますわ」

「はいはい、どうぞ行ってらっしゃい」


 『行政代執行』という名目の、居座り暴力団排除作戦が始まった……


 

 ………………



 敷地バリケード内の全容は、予想外に大掛かりであった。

 暴力団連中がいつの間にか勝手に倉庫を造り、急増感はあるものの、立派な何かの施設になっていた。

 そして中には百人規模の人間がいるようだ。

 その人数にも驚きだが、かなり組織ぐるみの行動だと思われた。

 そして結構な乱戦になっている。

 日本刀やゲバ棒持って襲いかかるチンピラども。そんな連中をゼルエはバッタバッタと素手とスタンライフルで葬っていく……いや、気絶させていく。


『ナんだ、こんなもんか?』


 ゼルエは余裕である。

 シエは切れ味するどい鉤爪で、櫓の脚をズバっと切断……ミシミシと音をたてて、櫓はドカッと倒れる。

 中にいたアホは外に放り出され、気を失う。

 その後ろから大見が、ノびたチンピラを片っ端から拘束。そしてシエとゼルエを援護。スタンラピッドガンが二人の背中を守る。


 フェルはその身軽さと、スーツのパワーでカカカっと倉庫の二階へ壁を蹴ってショートカットで駆け上がる。

 二階入り口で守りにつくチンピラを、帯電させた右腕から発射される光球で一瞬の内になぎ倒す。


「フェル……すげ……」


 柏木も階段を登って急いで二階へ。

 大見はそのフェルのその姿に、以前北海道で言っていたシエの言葉を理解した。


 すると……二階から『銃声』が複数聞こえる。


『アアッ!』


 フェルの嫌な声が聞こえた。


「え!? 銃声!」


 柏木は戦慄する。

 

「フェル!」

『大丈夫デス!マサトサン!』


 柏木はドラム缶に身を隠すフェルに近寄る。


「ケガはないか?」

『ハイです。いきなりだったのでビックリしましタ』


 柏木はフェルの体を眺めて……なんともないようで安心する。

 まぁ、パーソナルシールドもあるので、大丈夫かとも思う。


「しかし……銃声ってどういうことだ? ただのチンピラヤクザじゃなかったのかよ……」

『マサトサン、あれを見てくださイ……マサトさんのおウチで見た“えあがん”と同じ形です』

「何! え!? あれは、AKじゃないか!」



 アヴトマット・カラシニコフ47型。現在のロシアでは民間企業となったコンツェルン・カラシニコフ社が製造している銃である。一般にはAKやカラシニコフライフルで知られている。

 日本では、過去の新興宗教団体の大規模テロ事件で有名になった代物だ。

 ロシアや旧共産国で使用されるアサルトライフルで、コピー品も数知れず。

 世界で最もユーザーの多い銃である。付いたニックネームは『世界で最も小さな大量破壊兵器』

 構造が単純でわざと精密に作らず、その“あそび”の多い構造から、泥にまみれようが、砂に埋まろうが正常に動作する恐るべき兵器でもある。

 中国では、ライセンス品モドキのコピー、56式でも知られる。



 柏木のPVMCGに通信が入る……外で頑張っている大見だ。


『おい柏木! 今の銃声じゃないのか!?』

「ああ! オーちゃん、連中AK持ってるぞ……って、おいおいおいおいおい……後から出てくる奴、全員AK持ってるじゃねーか!」

『何っ!』

「こりゃアタリ引いたぞ……『ガーグみたい』じゃなくて本物の『ガーグ』だぞこいつら!……白人まで混じってやがる」


 その白人は、やたらと巻き舌な発音でしゃべっているようだ。

 その通信内容を聞いた全員、目尻を鋭くさせた。



「麗子! 退けっ! こいつらガーグだ。ヤクザとつるんでやがる! 素人じゃ無理だ!」


 白木は、広い敷地の中、どこからともなくゾロゾロ湧いてくるヤクザや正体不明な白人相手にFG42をバンバンと放つ。

 サバゲーで鍛えた狙撃の腕は無駄ではなかった。麗子の後退を援護する。

 連中もタタタっとAKを撃ち、反撃してくる。


 一人の白人ガーグが、麗子を狙って撃ってきた……


「麗子っ!」


 白木が叫ぶが……


 麗子のPVMCGが警告音を鳴らした……すると麗子の周りが光ったかと思うと、彼女をドーム状の物体がズバっと覆う。

 AKの7.62ミリ弾は、そのドームに当たりはするが、ビシビシと鈍い音をたてて弾丸を弾く。


「オーホホホホホホ! 無駄無駄、無駄ですわよ!」


 手を口に当てて、弾丸の雨の中、高笑いする麗子。


『ナニッ! 民生用ゼルクォートデ、シールドダト!』


 それを見ていたシエが、目をむいて本気で驚く。

 右手に顔が腫れ上がったチンピラの襟元を掴んでいる。


『オいおいおい、どういうことだ? レイコ嬢、何をしたっ?』


 ゼルエもありえない状況に驚く。

 ゼルエの周りには、気を失ったチンピラが5人程、その屍……いや、醜態を晒していた。


「麗子!お、お前、何をしたんだ……」

「何をですって? 簡単ですわ。米国・ショーンセキュリティ社製の防弾超硬質アクリルガラス製ドームを仮想造成しただけでございますわ……こんな豆鉄砲、なんともございませんですことよ」


 それを聞いて「オイオイオイ」と呆れ返る白木……そんなもの普通の奴は入手できねーよと……さすがお金持ちである。


『ミ、民生用ゼルクォートデ、ソンナ使イ方ガアッタトハ……』


 本気で驚くシエ。


『アぁ、あのお嬢様、並じゃねーな』


 ゼルエも同感。


 白木が一応にホっとすると、柏木に通信。


「おい柏木! こりゃただの行政代執行じゃすまなくなったぞ! 警察呼ぶからな!」

『わかった! それと、八千矛部隊も回してくれるように連絡してくれ! コリャ普通じゃないぞ!」

「ど、どうした!?」

『今、倉庫二階をフェルと制圧したが……大量の密輸武器を発見した!……』



 ………………



「……10ケースはあるぞ……RPGも見つけた……」

『なんだと!……』

「とにかく早く頼む」

『わ、わかった』


 柏木はその証拠品を前に戦慄していた。

 この日本で、こんなブツが、これだけ大量に押収できてしまうとは……普通ではない。


『マサトサン……この先っちょが大きい筒はなんなのデすか?』

「ああ、それはね、RPG-7という対戦車ロケットランチャーだよ……」

『あーるぴーじー?』

「うん、この地球で歩兵が戦車を攻撃するときにつかう武器だよ……」

『センシャをですか?……それハ……さすがにパーソナルシールドでも防げないかもデス』

「ああ……ガーグの連中、この場所をヤクザとつるんで、武器密輸の基地にしていたのか……」


 最近、日本でも暴力団から押収される武器の中に、ロケットランチャーやグレネードランチャー。手榴弾やアサルトライフルなども含まれてきている。

 そういったニュースを良く目にしていた柏木は、その入手ルートが、こういうところからなのかと思った……


(もしや……捧呈式の時のバレットもこういうところから?……)


 当然考えて然るべき疑問であった……



 ………………


  

「オーッホッホッホッホ!それそれそれそれ! もう終わりですかしら!?」


 麗子はいつの間にかM134ミニガン 麗子カスタムなエアガンを二挺造成させ、弾帯を別途造成。

 柏木のFG42並な威力のガトリングエアガンを両手に抱え、高笑いしながら撃ちまくっていた。

 ヴォアアアァァァァァ……っという不気味な回転音を唸らせながら、放水するようにガーグ連中へ弾を浴びせかける。

 しかもそんなことをやりながら、空中に十字手裏剣やら、棒手裏剣やら、ナイフやら、まぐろ包丁やらピコピコハンマーを造成させて、逃げるヤクザを追尾攻撃させていた……さしずめ『フルアーマー麗子さん・デンドロビウム』である。


 ガーグ連中や、ヤクザどもは、全員悲鳴を上げて、転げまわっていた……相当痛かったのだろう……当たり前である。


 そして麗子……さすがお金持ちである……


 シエやゼルエも、もう形無しだ。

 麗子の独壇場であった……


 そんな感じで麗子のハイな姿を見物する白木、シエ、ゼルエの三人。

 そうしていると、パトカーのサイレン音が彼方から聞こえてくる……とはいえ、もうあらかた片付けてしまっていた。


 ……が……


 ドガッ!と倉庫のドアをぶち破り、大型トラックが飛び出してきた。


「麗子!よけろっ!」


 叫ぶ白木。ハっとする麗子。

 麗子も運動神経は良い方である……ミニガンを投げ出して「ハッ!」と一回転してトラックの暴走から身をかわす。

 するとフェルと柏木がそのブチ破られたドアから飛び出してきて


「おい! そのトラックを止めろっ!」

『ソのとらっく!大変なものをツんでいます!止めて下さイ!』


 と叫ぶ。


「ど、どうした柏木!」


 大見が叫ぶ。


「いいから、止めるんだ!」


 トラックは最初にブチ破ったバリケードから逃走しようとしていた。

 すると……


「わかりましたっ! 止めればよろしいんですねっ!」


 麗子が華麗にPVMCGをサっと触れ、VMCモニターを展開。

 そして、爆弾マークの書かれたアイコンを……逃げようとするトラックに狙いを定めてプチっと押す。


 すると……


 『あさま山荘事件』で活躍したような巨大破砕鉄球がトラックの真上に造成され、それめがけて勢いよく落下した。

 あたりに響き渡るような、なんとも表現しにくいドデカイ金属音とともに荷台が粉砕され、トラックは横転、停止?した。……


「よっしゃ! お手柄! 麗子さん!」

『スバラシイです、ケラーレイコ』


 麗子を称える二人。

 

「どういたしまして……ところで柏木さん、あのトラックがどうかしましたの?」

「ええ、行ってみればわかります」

『ハイ、あの“とらっく”には、最低最悪のものが積まれていましタ……』


 柏木は少し深刻な表情だ。フェルも同じ。

 その言葉に全員が訝しがり、トラックに駆け寄る……



「こ、こりゃぁ……」と大見。メチャクチャ渋い顔だ。

「ああ……俺も現物は初めて見るぜ」と白木。

『チキュウニモ、コレガアルノカ……ユルセン……』とシエ。

『アぁ、こいつだけはあってはならねぇ……』とゼルエ。

「まさか、こんなに沢山……どうやって……」と麗子。



 積み荷は麗子の放った破砕鉄球で道路一面にぶちまけられた。

 その中身は……



 麻薬だった……



 末端価格にして100億はいくだろう量の、大量の麻薬だ。


「こんな量のブツが大量に市中へ出回ったら、冗談じゃすまなくなる……」


 白木が腕を組んで、らしくない渋い顔で話す。


「あぁ、この量なら、自治体が一つ滅ぶな……」


 大見も同じく眉間にしわを寄せる。


『カツテ、大昔ニダストールノ植民惑星ガ、コレデ一ツ滅ンダ……コレハコノ宇宙ニアッテハナラナイモノダ……』


 シエは、その目に哀しげな表情を浮かべる。

 そう言うとシエはトラックの運転席に行き、窓をドガっと蹴り破り、中の運転手の胸ぐらをつかむが……その運転手はとっくにノびていた。

 シエは「チッ」と舌打ちすると、その手を離す。


 そんな事をしていると、大阪府警のパトカーがサイレンを鳴らして群れをなしやってきた。

 その後ろには、陸上自衛隊のトラックも随伴している。そう、新設八千矛部隊だ。


「やっとご到着か……ここは俺達の出番だな。おい大見、行こうぜ」

「ああ、了解だ」


 大見と白木は、到着した大阪府警の『組織犯罪対策部』担当刑事に話をしにいった。

 二人は刑事に安保委員IDを見せると、刑事は軽く敬礼をしていた。


 府警はそこらじゅうに転がる気絶したヤクザや白人を拘束、逮捕。

 逃げた者もかなりいたようで、緊急警戒線をすぐさま張ったようだ。

 おそらく今、関西中で検問が行われているだろう。


 府警も、その押収した武器と麻薬の量にさすがに驚いていたようで、これだけの量のブツを押収するのは前代未聞だという話であった。


 その後、柏木達は、中央区の府警本部まで同行し、府警の事情聴取に付き合う。

 まぁこれに関しては、三島の根回しもあって、すぐに終わる。

 その時でも、フェルと、ゼルエ、シエ日本人バージョンの事情聴取には、府警刑事もちょっとびっくりしていたという。


 で、麗子は? ……というと、府警が来る前に、フェルが転送装置ですぐに自宅へと転送させた。

 今回の7人の中で、唯一の民間人が麗子だったからである。

 さすがに民間人で、あの行為は色々とあとがややこしいので、あの代執行は麗子を除く6人でやったことにして、麗子はすぐに家へ返したわけである。

 まぁ、フェルやシエ、ゼルエがいれば、どうとでも言い訳はつく。

 それにあれだけの大手柄を立てさせてもらった府警的にも、彼らを無下にはできなかった。


 警察では、銃、麻薬、偽札事件の解決が、一番出世ポイント高いのである……




 ……………………………………




 さてその後、現場検証も終わったりんくうタウンのその土地は、きちんと整備がなされ、集積所の建設が始まった。

 イツツジ主導の元、きちんと競争入札がなされ、落札した建設会社が下請けに仕事を依頼するときも、イツツジが見積もりの検査を行い、正当な金額で行われているかチェックするという厳しい業務管理の元、建設が行われた。これは手抜き工事をさせないためである。


 これでやっとヤルバーンの外貨獲得事業が軌道に乗ることになる。

 その集積所建設地にはイゼイラの技術者も参画し、かなりの高度な施設が建設されているようである。

 その建設速度もかなり早く、りんくうタウンにはヴァルメが数機定期的に飛来し、ハイクァーン技術で化学処理施設などを3Dプリンターのように一瞬に建設していく様も見られ、りんくうタウンのちょっとした名物にもなっていた……



 柏木はその後、二藤部と三島に官邸へ呼ばれる。

 少し知恵を貸して欲しいということだった……


「総理、三島先生、おはようございます」

「よぅ、先生、おはようさん」

「おはようございます柏木さん」


 総理執務室へいつもの調子で顔を出す柏木。


「先日はご苦労さんだったみたいだな、柏木先生」

「いやぁ~ なーんか五辻常務の道楽に付き合わされたみたいで、なんともはやです……いつの間にか私が音頭を取らされてるみたいになっちゃって……たまんないですよ、ハハハ」


 柏木は渋い顔をしながらも笑顔で応える。


「ハハハ、安保委員会じゃ、『七人の安保』やら『七人のメルヴェン』とかいう噂もたっていますよ」


 わりと映画もよく見る二藤部も笑って応える。


「私的には『仁義なきナントカ』じゃないかって……あ~いやいや、政府関係者が言う映画じゃないですね」

「え? 私は好きですが、その映画」

「ありゃ、そうですか」


 そういうと三島が


「しかし、お手柄だったぜ柏木先生。確かにちょっと無茶かもと思ったが、まさか本物のガーグだったとはな……」

「えぇ、私もヤクザのカネ目当てな居座り事件と思っていましたが……武器だけではなく、まさか麻薬まで出てくるとは……それに犯人がアレですからね」


 アレとは……巻き舌発音な外国人の事である。


「あぁ、こりゃ同じようなパターンが日本の他の場所にもあるかもしれねぇ」

「ええ、結果論ですが……自治体が対応しなくて良かったのかもしれませんね」


 その理由は、自治体が対応し、各地方警察の事件扱いになると、準備周到に証拠を消され、逃げられてしまう可能性があったからだ。

 こういう事件の解決は、とにかく時間がかかる。時間をかけるという事は、連中に『考える時間を与える』という事でもある。


 二藤部達の話では、あれから城島組にも大々的な家宅捜索が入り、組長以下組員全員逮捕。事実上城島組は解散状態になったらしい。

 進道会にもマル暴ではなく、公安の手が入り、進道会に相当な脅しをかけたという。

 このあたりは、暴力団と警察の関係で、マフィアのように徹底的に潰すというわけにはいかないのだ。

 なぜなら、極道には極道なりの倫理と道理がある。これを潰してしまうと、極道はただの悪党になり、マフィア化する。そうなると半グレのように手がつけられない凶悪な組織に変貌する可能性があるからだ。

 矛盾した話ではあるが、世の悪を凶悪化させないために極道という存在は、非合法ながら必要であったりするのである。

 極道とは、表の世界と裏の世界の壁のようなものだ。この壁が崩れるとマフィアとなり、裏の世界が表に流れ込んで善良な市民生活に甚大な影響が出る。

 これが日本の他国の『マフィア』と違う、裏の世界なりのルールなのである。


「そうそう、それで先生、話は変わるけどよ、産廃再生事業の件、報告書読んだかい?」

「はい、なかなかおもしろいアイディアですね、ニーラ副局長ですか? 直接お会いしたことはありませんが、なかなかの方だそうで」

「ああ、なんでも日本人的な容姿じゃ、そこいらいにいる女子高生みたいな感じだそうだが、産廃再生のアイディア出したのそのお嬢ちゃんらしいぜ」

「確かにこの事業が成立すれば、日本や世界のゴミ問題も相当改善するでしょうね……ただ……」


 柏木は鞄から報告書を取り出し、該当するページをパラパラとめくる。


「これですが……あの原発を施設ごと元素化してしまうアイディア……これがちょっと引っかかるんですが……」


 柏木は頭をかき、少し悩む。

 すると二藤部が……


「やはり柏木さんもそこに悩みましたか……」

「えぇ、このアイディア、日本的には明日にでもやりたい物ですが……今の地球じゃ、色々問題ありますね……悩みどころです」

「ええ、私も原発事業を今の日本のエネルギー問題と考えた場合、原発依存度を将来的に減らすとしても、そのアイディアがあれば、原発を安全に使うことが出来るので、願ったり叶ったりな申し出なのですが……その技術を公表すれば、明日にでも日本中の原発を再稼働させることが出来ます」

「ええ。ティエルクマスカのこの技術があれば、原発も全然危険なものではなくなりますが……」


 この報告書を柏木が読んだ時、柏木の偏った知識がフル回転した。

 その知識が導き出した結果は……



「この技術があれば……核兵器も『使える武器』になってしまうって事ですよね……」

 


 二藤部と三島はウンと頷く……


 3人の見解は一致していた。

 もしあの原発で、このティエルクマスカの技術を使い、原発を分解して放射能も簡単にその言葉通り『除染』してしまうということは、核兵器自体を使える武器にしてしまうということなのだ。



 第二次世界大戦まで、そう、核兵器登場以前まで、この地球世界で世界最強の攻撃力を持つ兵器は『戦艦』であった。

 戦艦イコール国力と言っても良かった。

 後にその座は航空母艦に取って代わられるが、その空母にしても、現在でも国力の象徴とも言える兵器である。

 なので原爆登場前までは、世界はこぞって建艦競争にあけくれた。

 事実、この日本ですら当時は優秀な軍用艦艇を国産する能力が、アジアで唯一あったために『大国』と言われたのである。


 しかし原爆登場以降、世界は弾道弾開発に力を注ぐ。

 そして大陸間弾道弾の登場によって、デタント時代が幕を開ける。

 広島や長崎に落とされた原爆によって、人類は『核兵器とは使えない兵器』ということを知ったのだ。

 しかしその威力は絶大で、『勝者』も作らないが、また『敗者』もつくらない。

 その『使えない兵器』が、今の世界の安定を司る、黙示録世界に登場する神の雷槌のような役目を果たしているのが『核兵器』なのである。


 とにもかくにも、その『使えない』原因が『放射能』である。

 核兵器のもたらす放射能は、戦争の本来の意味である『敵の制圧と占拠・占領』を不可能にする。

 そんな兵器は軍事作戦的に兵器として意味が無いのである。

 敵国を叩き潰して利を得るのが戦争だが、その利を得られない戦争に何の意味もない。

 すなわち『脅し』にしか使えないのだ。


 なので北朝鮮も核兵器を欲しがる。

 イランも欲しがる。

 パキスタンやインドは世界の反対を押し切って配備した。


 ティエルクマスカの技術は、そんな核兵器を『使える兵器』にしてしまう。

 放射能を除染どころか、除去するような技術を原発災害に使えば、世界は……特に核保有国はどういう反応をするだろうか?

 下手をすれば、ヤルバーンが原発を解体したその時が、終末世界のカウントダウンになりかねない案件であったりするのだ。

 ともすれば、日本がその歴史の歯車を回すスイッチを押してしまうという事になりかねない。

 世界で唯一の原爆被災国なこの国がそんなことになれば、それこそ本末転倒もいいところになってしまう。

 政情不安な国や、隣の大国がこの事を知れば……である。

 かの国々の弾道弾発射ボタンの重さは、自由主義諸国のそれよりよっぽど軽い。

 なので二藤部も軽率に『それはスゴイ!ただちにやりましょう!』とは言えないのだ……


 ……頭の痛い話である……


「柏木さんが私達と同じようなお考えを持っているということは、やはりそういうことなのでしょうね……」

「ええ……しかし今の日本、そこまで考えられる国民がどこまでいるかといえば、そうはいないでしょう」

「まぁ……そんな話をうっかりしたら、野党はすぐやれ、明日にでもやれ、と言いかねません」

「難しいところですね……」



 三人はしばし沈黙してしまう……

 ティエルクマスカの技術は、世界に対する影響をソレほどのものまでにする物だということを改めて認識させられる……



 そして結局この件はもう少しヤルバーン側と『地球世界の政治的側面』も考慮して協議することとした。

 当面は、一般産廃やゴミと、放射能濃度が規定値以下である瓦礫の再資源化で事業を進めることにする。

 そして、世間には『ヤルバーンには優秀な放射能低濃度化の技術がある』という程度の発表に留めることにした……



 そしてその後『財団法人ヤルバーン経済協力機構』は株式会社化し……


『株式会社 イゼイラ資源再生開発研究機構』


 という第三セクターとして正式に発足した。

 

 日本中の国内業者や自治体で処理しきれない産廃が続々と各自治体の収容基地にやってくる。

 発足開始から、物珍しさもあって、のっけからフル稼働状態である。

 麗子さんもウハウハである。さすが商売人というところか。

 慈善事業だけではない。ちゃぁ~んと儲けも頂いてしまう。


 さて、この事業、説明すると以下の様なシステムになっている。


1)産廃業者がトラックに産廃、ゴミを積んでやってくる。

2)そのトラックの荷台ごと、スキャニング装置にかけて、どういう元素に還元できるか計測する。

3)計測データを顧客に提示し、再資源化できる資源、物質などをメニューにして渡す。

4)顧客は欲しい資源や物質にマルを付けて提出。

5)産廃やゴミを、各施設に設置したヴァルメでハイクァーンを利用し変換。

6)マテリアル化した資源を業者は手数料を支払い持ち帰る。

7)マテリアルを持ち帰らない業者からは手数料を取らず、ヤルバーンが必要とする元素を徴収した上で、残りのマテリアルをイツツジを通して販売。


 そんな感じである。

 そしてこの施設を市民国民に周知してもらうために、業者だけではなく一般市民にも開放しており、市民が持ってきた生ゴミや普通のゴミなんかを資源化して、3Dプリンターのごとくキャラクターグッズなどに形状変換して販売する『物質出力サービス』なども行っており、娯楽施設としても楽しむことが出来る。


 官民と、イゼイラ協力してのアイディアであった。


 特に『物質出力サービス』は大盛況で、連日ゴミを手に持った家族連れが列をなしてやってくるという感じ。

 そりゃそうだろう、異星人の超技術を身近に体験できるのだから、誰だって行きますよと。

 各自治体では、観光資源化しようと色々考えているようである。


 世界からもオファーが殺到し、特に隣のややこしい国の企業は、でかい顔で頼みに来ているという……


 当面は、イツツジなどの安保委員会指定業者を通しての取引が義務付けられている。

 しかしこれによる『ゴミ回収詐欺』のような犯罪もまた出てきているわけで……

 人をだまくらかして、貴金属を得られる電子機器などを強引に回収していくようなアホが出てきているという話だが、まぁそれもこういう新しいことが始まれば、多少は覚悟しなければならないリスクでもあったりする……困ったものである。


 柏木もフェルと一緒にゴミを手に持って、千葉県の施設に、視察ついでにやってきていた。

 相当並んで、変換してもらったグッズは……


 フェルはブローチに柏木は『梨の妖精』なフィギュア……


『マサトサン……ナンですか?その変なオ人形は……』

「いや、今流行なんだけど……」


 フェルは、ゆるキャラというものをイマイチ理解していないらしい……

 自分は近所のゆるキャラ化しているというのに……


「フェル、でもこれでヤルバーンも日本の貨幣や海外の貨幣を入手できるようになったね」

『ハイです。とても嬉しいですネ。これで得た“ガイカ”は、とりあえずヤルバーン行政府が保管して、きちんと貯めてから乗務員に支給することにしまスヨ』

「ああそうか、ヤルバーンじゃハイクァーンがあるから、給与という感じで支給しても意味ないもんな」

『ソういうことですね』

「いいなぁ~イゼイラは……そういう点給与の心配しなくていいもんな~」

『ソウデスねぇ~ 確かにその点は言えていると思いまス。なので今、ヤルバーンでも新しい企画が持ち上がっているのですヨ』

「ん? どんな?」

『ヤルバーン乗務員に、貨幣経済に慣れさせるために、日本円だけを使える『オミセ』……国交祭のようなものを常時行えるショップをいつも開けるようにしようっていう計画が上がっています。そこでヤルバーンに来たニホン人の方に、手作りのものを販売しようという計画でス』


 フェル達は、国交祭で行われていた物々交換ショップを日本円という貨幣を使ってやろうというのだ。

 それでこういった貨幣経済社会での『オカネ』の重要性を学ばせようという事だそうだ。


「おお! それは面白いな。是非やったらいい」

『ハイです』


 そんな話をしながら、柏木は施設にある喫茶店に入る。

 喫茶店内はフェルがやってきたと、一時騒然となる。


「ははは、ここでも有名人だなフェルは」

『モウ慣れましたでス。ウフフフ』


 ウエイターにコーヒーセットを頼む柏木。

 フェルは、ホットレモンティーとチーズケーキ。

 

 そして柏木はコーヒーをすすりながら……


「そうそうフェル、捧呈式の時、約束していたことだけど……来週ぐらいに行こうか」

『エ……』

「ほら、一緒に旅行に行こうって言ってただろ、やっとホテルの予約とれたよ、ちょっと待たせたけどな」

『ア!そうでしタ! ……ハイです!』


 メチャクチャ嬉しそうなフェル。


「おいおい忘れてたのかよ……ハハハ、まぁあの時のフェルはモード変わってたからなぁ」

『ア、ソ、そんな事ないデスヨッ。ちゃ~んと覚えていましたヨっ』

「はいはい、わかりました。そうですね、ハハハ」

『デ、で、マサトサン! どこに連れて行ってくれるのデすか!?』

「それはね……まぁ俺の思い出のある場所でもあるんだけど……」





 ティエルクマスカ連合と国交が出来た……



 異星人がいる日本の日常。



 そのある日の……まぁちょっとトンでもない出来事もありーのな……一つの出来事。



 




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