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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
28/119

― 番外編 異星人が住む日常1  田中さん  ―

 ある日の日常……


 信任状捧呈式も無事に済み、ティエルクマスカ―イゼイラと国交が成立。

 そしてヤルバーン乗務員の自由入国が許可された日本。

 相模湾の空に浮かぶ日本に一番近い隣国、相模湾のその場所を、ティエルクマスカ銀河共和連合―イゼイラ星間共和国の領土として租借した日本。

 5千万光年彼方にある銀河系10分の1もの領有域を持つ国家と国交を持った日本。

 そこに『都市』と『自然』を内包する超巨大な宇宙船は、まぎれもないその国の『飛び地』であり『自治体』であり『大使館』であった。 



 それまで正式な発表はなかったが、先日、ヤルバーンの乗員数、いわゆるヤルバーン自治体の人口が発表された。

 なんとその数一万二千人……隣接する伊豆大島、大島町の住民より多い。

 彼らは一世帯、すなわち家族ぐるみでヤルバーンに搭乗している者もいるらしい。

 

 例えば、ヤルバーン自衛局ゼルエ・フェバルスは、既婚者であり、1児の父であったりするが、家族ともどもヤルバーンに住んでいる。

 ちなみにヴェルデオも既婚者だが、彼の場合は単身赴任で妻は本国にいる。


 ヤルバーンの運行稼働維持に必要な人数は、実はそれほど多くない。

 常時1000名程の人員で通常運行稼働が可能である。

 最少人数100名程度でも、最低限の運行稼働は可能。これはヤルバーン中央システムの、性能のなせる技である。

 ただし、人員を少なくすると、中央システムがその分を肩代わりすることになるので、中央システムの稼働率が落ちる。これはある意味仕方がない。

 それでも単純労働などは高性能なワーキングロボットがやってくれるので、それぐらいの人数で運行できるのだ。

 他、行政府、調査局、自治局、自衛局の運行稼働要員以外の任務要員や、科学局の研究要員などを含めると、常時4000名ほどが任務につき、シフト制で仕事についている。

 全くヤルバーンの任務についていないものもいる。それは『児童』で、ヤルバーンには1000名ほどの児童、つまり法で言う成人未満の各種族がいる。

 それら児童は『教育センター』と呼ばれる場所で一貫教育を受け、成人すると適性や個人の希望などを総合的に判断して、人事局から配属先を決められる。


 そんな人々が住む自治体宇宙艦艇が、ヤルバーンなのである。

 なのでハイクァーンやVMC技術が無ければやっていけないし、それらのおかげで本国にいるような生活をその船で営むことができる。


 とはいえ、そこはやはり、リアルな世界とVMCな世界の違いもあり、彼ら的には目指す惑星に辿りついたら、陸にあがって足を伸ばしたいものでもある。

 彼らは『冒険者』ではあるが『船乗り』ではない。

 宇宙という海を行く船の上で、一生を終えるというようなロマンはさすがに持ち合わせてはいない。

 彼らにあるのは新天地への希望なのだ。


 そういう感じで、日本から自由入国を許可されたヤルバーン乗務員は、ヒマを見つけては転送装置で、まるで近所のスーパーにでも行く感覚で日本へ上陸、日本という土地、国を楽しんでいた。

 はっきりいえば、今後はもう隣国以上の存在になるだろう。

 彼ら専用の特別な『外国人登録証』というIDさえ持って入れば、自由に行き来したり滞在ができる。

 実際その生活基盤を日本に置く者も既に出てきており、日本に農業や農作物を研究に来た実験滞在イゼイラ人一家や、フェルなどがその一例である……


 彼らには、当面日本国から『特別生活保護費』という名目で、毎月幾ばくかの金銭が支払われる。

 ソレを使って日本で彼らの好きな物品を購入できる。

 しかし彼らにはハイクァーン技術がある。

 即ち、一つのものを購入すると、瞬く間に『100パーセント同じもの』を複製され、ヤルバーン内で拡散、使用、消費されてしまう。


 したがって、通商協定には『日本国で購入した物品を、ハイクァーン複製化した場合、その複製品の日本国持込には関税がかかる』としている。

 シエのハンドバッグはギリギリこの協定前の複製だったのでセーフなのだが、本格的な国交がなされた現在、そういうところもキッチリされていた。

 つまり、ヤルバーンでは、地球で購入した物品の複製品、つまりハイクァーン複製品がきちんと管理されているということでもある。



 いかんせんティエルクマスカ人には『著作権』『特許』の概念がない。

 それも当たり前の話で、ハイクァーン配給制なので、そもそも貨幣の概念がないわけで『著作権』や『特許』……すなわち『知的財産権』の意識が皆無なのである。

 例えば、ティエルクマスカのある芸術家が、何かスバラシイ芸術作品を作ったとする。

 その作家は賞賛されはすれ、されたところで何か見返りがあるわけではない。というか、そもそもその見返り自体が必要ない。ぜいぜい何か良い役職をもらえるとか、そんなところである。

 仮に著作権を主張して、作品の公開を限定すれば、誰も見向きもしない。

 むしろハイクァーンで複製された方が、名声が世にとどろく。

 ポルにしてもそうだ。『キグルミシステム』という画期的な擬態変装装置を開発したにも関わらず、それで何か利益を得たかというと、何も得ていないが『キグルミシステム』自体はもう『メルヴェン』には無くてはならない装備になっていたし、自由入国する際のツールとしても完全に普及した。

 おかげでポルはヤルバーンでの名声を高める事ができた。

 そういう感じで、我々地球の貨幣経済社会とは全く価値観が逆になるのである。



 とはいえ、このあたりはさすがにティエルクマスカの人達であり、モラルが高い。その理由を話すと、さすがにソレはマズイと理解してくれたわけで、ヤルバーンが貨幣を会得する事業を確立するまでは、それでいこうと言ってくれた。

 なんだかんだ言っても、彼らは言ってみれば『一万二千人のエリート集団』なのだ。


 逆に日本側にも様々な消費優遇措置や税制優遇措置がなされ、ヤルバーン乗務員に、品物をデータ化させてあげた商店などは、10万円までの商品なら、その品物価格の30パーセントが税控除される事になっている。法人であれば、法人税。個人商店であれば所得税が控除される。

 そして残りの70パーセントの価格分は、ヤルバーンでのハイクァーン使用権に換算され、インターネットのヤルバーン行政区サイトからティエルクマスカの物産を選び、交換することが出来るようになっている。無論、その物品を転売する事も自由だ。ヤルバーン物産の中には、そういう小売店用に、ロット単位で交換してくれるものもある。

 ちなみに、小売店が仕入れる交換商品で人気のある物は、お菓子・服飾・雑貨・飲料食料品・アクセサリーなど。


 こうなると、メーカー側もアイディアをだしてくるもので、ヤルバーン乗務員用に、データ化専用の特別仕様商品というものを開発し、小売店に卸している。

 これで一回のヤルバーン乗務員のデータ化行為で小売店からマージンを取るという商法で儲けようというアイディアだ……なかなかみんな考えるものである。


 こうやって民間がいろんなアイディアを出し合って、全く通商概念が違うティエルクマスカの人々とも生活の営みを融合させていく……フェルが以前言った『科学技術の違いなど、小さなことだ』というのはこういうことなのである。

 知恵を持つ知的生命であれば、アイディアというものに種族の優劣などない。


 まぁそんなこんなで、日本国政府が多少のリスクを肩代わりしてやることで、ヤルバーンとの経済を活性化させる礎を築こうと官も努力しているわけだが、それが功を奏しているのか、日本人の消費傾向も上向きになりつつある。

 特に現在はまだ間接的ではあるが、ティエルクマスカとの交易と、ハイクァーンという要素が日本の新たな消費セールスポイントとなり、内需外需とも、好調な動きを見せつつあった。


 そうなると、日本人的にも、誰もヤルバーン乗務員を拒む理由などなくなるわけで、現在、ヤルバーン乗務員の家族の間などでは……


「ちょっといつもの『すーぱーまーけっと』でお買い物とデータを取ってきますね」


 などと言って、イゼイラのオクサマが日本へ転送移動し、スーパーのレジ袋から大根はみ出させて、ヤルバーンに帰って来るなんて事もしばしば見受けられたりする。


 そして、日本の商店などでは


『スミマセン、この商品をデータ化させてくださイ』

「あいよ、イゼイラさん、登録証みせてね……えっと?ナンバーが……はい。じゃ12000円分ね。毎度あり~」


 なんて光景も目にするようになった。

 そしてこの商店は、30パーセントの税控除を受けられ、残りの70パーセント分のハイクァーン使用権を、ヤルバーンからの仕入れに使ったり、銀行が用意した『ハイクァーン使用権換金サービス』を利用して、換金したりする。そしてメーカーや卸業者にマージンを払うという寸法。

 そのデータ元の商品も、そのうち日本人の誰かが買うかもしれないわけで、なかなか利益率の良い商売であったりする。

 この換金サービスを行っている銀行は、ヤルバーンと繋がりのあるOGH系や、君島系、イツツジ系の銀行グループ。

 OGHや君島、イツツジは、コレで得たハイクァーン使用権を利用して、日本治外法権区でのティエルクマスカから供与された技術の研究や量産、当地の日本人出張者への生活費に当てるわけである。


 つまり、ヤルバーン内日本治外法権区に限ってのみで言えば、ハイクァーン使用権は通貨代わりになっているといっても良い。

 本来、取引のできないハイクァーン使用権であるが、協定で日本治外法権区限定で、こういう事が可能になった。


 うまいこと出来ているものである。


 これが、あのヤルバーン招待日より、頭を捻って日本政府とヤルバーン行政局が考えた『日ティ銀連通商協定』の成果であったりする。

 まだまだ不安定であったり、公正取引法に違反するような犯罪行為などあるものの、不都合があれば話し合い、潰していく。

 噛み合わないところがあれば、知恵を出し合い整合性を取る。

 知的生命体同士なら、これができる。

 そして形にしていき、発展させ、新しいものになる。

 時間はかかるかもしれないが、かけがいのあるものでもある。




 そんな日常になりつつある日本、そんなある日の柏木ん家。


「フェル~、用意出来た?」


 鏡を見ながらネクタイをクイクイと締め、靴下を履く柏木。


『マダですヨ~ マサトサン』

「もうそろそろ出ないと、約束の時間に遅れちゃうよ」

『モうちょっと待ってくださイ~ ………………コんな感じかナ?』


 フリュの支度というものは、地球でもイゼイラでも長いものである。

 これを我慢強く待ってこそ、デルンの甲斐性である。

 で、フェルは何をしているかというと……お化粧であったりする。

 日本の化粧品とやらを購入したはいいが、全然使う暇がないので、今日こそはと日本の化粧品に挑戦していたフェルであった……ってか、アイシャドウみたいな色素を持ってるわ、金色の目してるわ、そんな『お羽髪』なのに化粧なんて必要なのか? と思う柏木であったりする。


『ハイ、できましタ……どうですカ?マサトサン』


 洗面所のカーテンからぴろりんと顔を覗かせ、目をぱちくりさせるフェル。


「お、お、お?」


 なかなか落ち着いた雰囲気でイイカンジ。

 綺麗な水色肌とマッチした色の合わせ方である。


「おー、いいじゃないですか」

『ウフフフ、ニホンのお化粧品もいいですネ。気に入りましタよ』


 化粧というのは、やはり知的生命共通の文化のようである。

 確かに、知性を持つ動物が、自分の容姿を誇示したいという習性は、必ずあってしかるべきなんだろうと柏木も思ったりする。


「ハハハ、よっしゃ、それじゃ行きますか」


 そんなこんなで家を出る。


 今日柏木は、大森と会う約束をしていた。

 以前、ヤルバーン日本自治区での会議の際、相談があるから空いた日に会社へ顔を出してくれと言われていたあの件だ。

 今日が設定した約束の日である。


 柏木とフェルは、エスパーダでOGH本社のある品川へと向かう。

 柏木は『大森宅地建物』社屋へは、何回も行った事があるが、OGH本社は初めてであるため、少し緊張。

 フェルがなんで付いてきているかというと『私モ行ってみたいデス!』と柏木にお願いしてきたので、大森に確認したら『是非是非、来てくださいな……ってか来て欲しい』ということで連れて行くことになった。



 車の中での雑談。



『マサトサン、マサトサン』

「ん?」

『アレから結局、なぜケラーオオモリのところへ行くか、理由は分かったのでスか?』

「いや、全然」

『フ~ム』

「『フェルが行きたいって言ってる』って言ったら『是非来てくれ』だもんなぁ」

『ワタクシは良く存じませんが、あのケラータナカという方の事っぽいでしたよネ』

「あぁ……『キレイになった』って言ったらそれでOKとか、ワケわかんないよ」

『私カら言い出しておいてナンですが、それでワタクシに是非来て欲しいというのも、ナんともですネ』

「うん……まぁ行きゃぁ、わかるだろ」

『マ、そういうことですケド』


 そんな感じで、品川へ到着。

 JR品川駅近くの駐車場へ車を停め、徒歩でOGH本社ビルへ向かう……が、柏木は初めてなのでどこかわからない。


 フェルが眼前にポっとVMCモニターを生成し、衛星軌道を周回しているヴァルメとリンクさせる。

 で、ナビのようなものを起ち上げる。

 近くを歩くビジネスマンは、その様を見て驚きながらフェルを振り返る。


『コッチですね、マサトサン』


 フェルは、柏木と一緒に歩くときは、必ず柏木と腕を組む癖が付いている。

 フェル的には、地球ではそういうふうに必ずするものだと、もう思い込んでいるようである。

 しかし、空中にVMCモニターを浮かばせて腕組んで歩く日本人と異星人のカップルというのも、結構妙な構図だったりする。


 歩きながら柏木は


「もう結構イゼイラ人、見けかるようになったなぁ」

『自由入国ノお陰ですネ』

「確かになぁ……」

『ア、あそこの人は……ウフフ』

「ハハハ、日本の服を着てるな」


 フェルやそのイゼイラ人の横を通り過ぎる日本人は、まだびっくりしたり、視線を追ったりはするが、以前のように腰を抜かすようなことはもうなくなった。

 それが普通になれば即座に順応していく……それが日本人でもある。


 フェル人気は相変わらずで、OGH本社へ行くまでに三人ほどから写真をねだられた。

 フェルが良いというので、柏木は下がって写真を取らせてあげたのだが……


「フェル、やっぱキグルミ使った方が良いんじゃないか?」

『ダメですよマサトサン。そんな事したら国交の意味ないじゃないですカ』

「まぁ、そうだけどさぁ……こうも芸能人ばりに目立つのも、いかがなもんかと思うのですが……」

『ア、『ヤキモチ』ですネ』

「はぁぁ?」


 そんな言葉どこで覚えたんだと柏木は思う。


 そんな会話を交わしつつ、OGH本社へ到着……したが、柏木は唖然とした。

 

「ま、まさか、このビルがそうだったのか……」


 品川にある、東京にいる人なら誰でも知っている超高層ビル

 それがOGH本社ビルだった。

 むろん、OGHだけが入っているビルではない。OGH関連傘下企業の本社ほぼ全て。かつ、外部企業にもフロアを貸している。

 オシャレなカフェに、有名飲食店とショッピングモールのようなものも完備する娯楽施設もある。


『フ~ム、ニホンでは、この規模の建物が『大きい』のレベルなのですネ』

「そりゃフェルの星に行きゃぁ、成層圏まで到達するようなビルなんかがあるんだろ?多分」

『ハイ、ありますヨ』


 しれっと言うフェル。

 フェルの話だと、軌道エレベーターのようなものでも『普通の建物』らしい。

 フェルと話をすると、本来なら『驚愕』するシーンも、とても小さいものに見えてしまうから困ったものである。

 ってか、空とぶ島に住んでるわけなので、今更な話ではあるが。

 というか、そんな建物云々よりも、これぐらいの建物を所有する企業のトップが、日本軍の格好して九九式軽機関銃のエアガン持って喜んでるオヤジであることの方が驚愕なのであり、その点を鑑みた『驚愕』が必要であったりする。



 二人はビルのビジネス区画ロビーに入る。



 柏木はロビーに行き、受付のお姉さんに、大森とのアポを頼む。

 無論フェルも一緒。


「政府特務交渉官の柏木真人と申します。大森会長と約束がありまして、お取り次ぎ願いたいのですが」


 そう言うと、ペコリを一礼し、柏木は名刺を受付嬢に差し出す。


『ワタクシは、ヤルバーン行政府内 調査局局長の、フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラと申します。同じくケラーオオモリにお取り次ぎをお願い致しまス』


 フェルも名刺を差し出してティエルクマスカ敬礼でお願いする。

 彼女は柏木に『名刺』を作ってもらっていた。で、名刺の使い方も教わっていた。

 フェルの名刺は、質素な明朝体で書かれたヤルバーンの住所と名前、役職、左上にイゼイラ連合旗の意匠が、カラー刷りで印刷されている。裏にはイゼイラ語と英語で同じような感じ。

 なかなかレアなアイテムだ。


 受付嬢は、フェルとその名刺を見てアタフタしながらアポ電をかけている。

 そりゃそうだ。柏木はいいとして、フェルは言ってみれば今話題の超大物である。

 横では別の受付嬢の方々が、フェルと柏木を見てコソコソ話。


(やっぱフェル~、次はキグルミしてこようよぉ~)


 と心の中で思うが、口に出すと説教されそうなので言わない。


 アポがとれたのか「どうぞ」と受付嬢に案内され、一緒にエレベーターへ。

 フェルもああはいったが、綺麗なビルの中をキョロキョロと見回していた。

 柏木も右に同じ。


 ポンとエレベーターがつくと、廊下を少し歩きオフィスの中へ。

 【OGH】のロゴがデカデカと書かれた入り口を抜け、オフィス奥へ。

 OGHの傘下企業のオフィスも同じオフィスにあるようで、営業マンやら広報やらが行き来する活気あるオフィスである。

 そこでもフェルが入ってくるやいなや、みんなの仕事の手が止まる。

 向こうの方では、背伸びしてコッチを見ている社員もいた。


「あ、柏木さん!どうも!」

「あ、どもども、お久しぶりです!」


 中には柏木の知った顔もいた。『川崎エクセレントモールビル』の事業で一緒に仕事をした人だ。

 大森宅地建物から異動か出向で来ているのだろう。大森宅地からこのビルのある傘下会社へ異動か出向となれば、大した出世である。


 そして【会長室】と書かれた扉の前に立つ。

 受付嬢のお姉さんが


「会長、お客様をお連れしました」

「おー、どうぞお通しして」


 カチャリと扉を開けて会長室へ招かれる。そこで受付嬢さんは退出。

 

「やぁやぁ、よく来たね柏木くんにフェルフェリアさん。お待ちしてました。歓迎しますよ」


 立派な部屋である。

 柏木の執務室なんざ比べ物にならない。

 壁には多分超高価な絵画がデンと飾られ、柏木なんか口にする事のないだろう洋酒が飲みもしないのに調度品のように飾られている。

 テレビ会議用の大型液晶テレビに……どういうわけか『四四式騎銃』が飾られていた……無可動実銃である……とうとう柏木に感化されてしまったようだ……後で聞くと、田中さんのチョイスだそうである。


「フェル、名刺名刺」

『ア、ハイです……』

「いやいや、ハハハ、そんなかしこまらなくても……」


 大森は頭をかきながら、フェルの名刺を受け取る。

 フェルも大森の名刺を受け取る。

 両手で名刺を出して、片手で受け取って……という日本のビジネスマナーなアレである。

 実はここに来る前にフェルにその作法を教えたりしていた柏木であった。


 大森は内線で……


「あ~、田中くん、コーヒー……って、フェルフェリアさんはコーヒーはOKですかな?」

『あ、ハイです。ありがとうございます』

「……コーヒー3つお願いしますよ」


 そういうと、大森は二人をソファーへ座るように即す。

 柏木が一声


「会長ぉ~、もう人が悪いですよぉ~……こないだはあまりお話できなかったですけど、こんなデッカイ会社の会長さんだったなんて、何年もお付き合いしてるのにぃ~……一言いってくださいよぉ~」

「わはは、あ~いや、すまんすまん、でも別にいいじゃないかぁ、こんなただの持ち株会社の親分って言っても、柏木君的には何も面白くないだろうさぁ」

「そんな事ないですよぉ……あんな企画もあったし、こんな……あ、まぁ今更ですけどね、ハハハ」


 こんな感じである。フランクなもんだ。

 普通なら金積んでも会いたいような財界の重鎮である……一応。


「フェルフェリアさんも申し訳ありません、今日はお付き合いさせてしまいまして」

『ケラー、そんな堅苦しくなさらなくてモ……ワタクシの事は『フェル』で結構ですヨ』

「そうですか、それではフェルさん、今後ともよろしくお願い致します」

『ハイでございます、ウフフ』


 よくよく考えたら、フェルは地位的に言えば、大森よりも上である。

 この三人の構図、かなり異様でもあったりする。


 そうしているとコンコンと会長室の扉を叩く音。

 例の変人美人秘書、田中さんである。

 完璧なビジネス所作で扉を開け、コーヒーをこれまた完璧な所作で三人にお出ししたりする。


「田中さんも、この間はどうもありがとうございました」

『ソの節はあまりご挨拶もできず、申し訳ありませン』


 柏木とフェルは田中さんにも声をかける。


「いえ、こちらも大森とまことに珍しい場所を体験させて頂きまして、大変勉強になりました。こちらこそ感謝いたします」


 ニッコリと笑い、深々と清楚に礼を言う田中さん。

 清楚さではフェルに一歩も引けをとらない。

 そしてこれまた完璧な所作で退出していく。


 三人は出されたコーヒーを頂く。


「ふぅ、やっぱいつ飲んでも完璧ですね、田中さんの淹れるコーヒーは……」

『本当デすね、この『こーひー』という飲み物はあまり飲まないのですガ、これはたいへんオイシイでス』

「そうじゃろ、彼女の淹れるコーヒーは世界一だ、はっはっは」


 なんか嬉しそうな大森。

 その様子を見て、ふと込み入った事を聞いてみたりする。


「ところで会長」

「ん?」

「いや、こういう事をお聞きしていいかどうかわかんないんですが……あの……田中さんって、一体どういう方なんです?」

「は? またどうして?」

「いやぁ……知ってます? あのサバゲーSNSでも結構話題なんですよ。『名誉会員の美人秘書が普通でない件について』とか」

「はぁ? なんじゃそりゃ」

「だって、あのサバゲー大会の時ですよ……普通いませんよ、大企業の秘書が社長に『エアガン買ってこい』って言われて、ボルトアクションやらカービンやら、軽機やらの違いがわかって、おまけに九九式軽機チョイスするなんて……」

「あ~そうかぁ……やっぱそう見えるのかぁ……」


 大森はアゴをなでなで考える。


『私モ、あのフリュの方の所作、ただの秘書サンだとは思えませんでス』

「えぇ、ぶっちゃけな話ですけど会長、田中さんと会長ってどういうご関係なので? ……まさか愛人とか……」

「はぁ!? そんなわきゃないだろう」

『アイジン? なんですカそれは? コイビトの一種デすか?』

「ほらぁ、柏木君が変なコト言うからフェルさんが妙な誤解するだろぉ」

「ハハハ、スンマセン……」


 柏木はポリポリと頭をかく。


「田中君……いや、真理子はねぇ、実はワシの姪なんだよ」

「え! 姪子さん? ……そうだったんですか!」

「うん、ワシのちょっと歳の離れた妹の娘でね」

「あぁ、それでいつも一緒に……でも益々それであの変な……あーいやいや、なんであんないろんな意味でスゴイ方なのかと……」

「うん、彼女、実はこのOGHに来る前は、国連で働いていたんだよ」

「こ……国連職員ですか!!」


 大森は話す。

 田中さんはOGHに来る前までは、国連職員で、米国で働いていたそうだ。

 田中さんの実家は名家で、そういう点では才色兼備、おまけに語学堪能。主に国連安全保障関係の仕事をしていたという。

 大学で国際政治関係の学科を卒業した田中さんは、その後、国連職員採用試験を一発で合格。当時ペーペーではあったが、安保関係の知識は豊富で、しかも名家出身であるため所作も完璧で、要人の間でもクールビューティで有名だったという。

 さしずめ、白木の女性版といったところだ、が、白木の方は『ヤサグレ官僚』であるが……


「なるほど、それでですか……いや、2年前だったかに、田中さんを初めて紹介された時、正直ただならぬ人だという雰囲気はありましたが……納得しました」

「うん、でも1年ぐらいで国連をやめちゃってね。あまり話してくれないけど、色々あったみたいだよ、夢敗れたというか、そんな感じで」

「夢破れた?」

「ああ、事務総長があんなのだろ、そういうところもあったみたいでね。すぐに嫌になったみたいだよ」

「……」

「まぁそれで妹からウチで雇ってやってくれないかという話があって、今に至るというわけ」

「なるほど……」


 その『夢破れた』内容が気になる柏木。

 いかんせん田中さんである。どんな内容なのか……しかしそれは永遠の謎である。

 フェルが横で聞いていて、割って入って尋ねた。


『コクレンというのは、この星の、例の地域国家間調整組織のことですよネ』

「あぁ、そうだよ」

『ソンな名誉ある職場で働いていたのに、なぜケラータナカはお辞めになったのですか? 事務総長が……とかいうお話ですガ……』

「あぁ、そうか、フェル的には例のあの件で興味あるんだ」

『ハイ』


 そういうと大森が


「例の件? なにそれ」

「あぁ、会長はまだご存知ありませんでしたね?……実はフェル達、国連で演説できないかって前に相談があったんですよ」

「そうなのか!」

「えぇ、今は保留にしていまして、まぁ代わりといっては何ですが、先の国会演説がそういう感じになったんですよ、例の有名な清水議員の提案で」

「ほう……」


 そして柏木はフェルに向き直り


「実はねフェル、今の国連事務総長って色々問題がある人なんだよ」

『問題?』

「あぁ……世界のマスコミの間でもあんまりいい評価じゃないんだ……いや、あんまりじゃないな……はっきりいって悪い」

『ソうなのですカ……』

「そう、だからあの相談を受けた時も、白木はあまり乗り気じゃなかったんだと思うよ。実は俺もなんだけど……なんというか、地球人の恥さらすみたいで、あの時はあまり詳しくは話さなかったけどね」


 大森は田中さんの話を続ける。


「それでさ、ヤルバーン関係の仕事が政府から舞い込んだ時、そりゃぁ真理子は喜んでさ、まぁ昔の夢再びってとこかなぁ、そりゃ張り切ってたよ。資料集めにスケジュール設定、はてはウチの社のコネ使って内偵までやってたな、ハハハ」


 ハハハと笑うが、少し困惑した笑いだった。


『トいうことは、ケラータナカは、私たちティエルクマスカ連合にとっても、貢献者とイうことになりますネ』


 フェルはニッコリ笑って言う。

 しかし……


「ハハハ……まぁ、そういう事になるんですが……」

「ん? どうしたんです会長? ……何か煮え切らないようですが」


 すると大森はちょっと困った顔になり


「いや、実はその事なんだよ、今日来てもらったのは……ちょっと相談に乗って欲しくてね」


 そう言うと大森は、フェルと柏木の二人を交互に見るような目線を送る。


「はぁ……」

『?』


 …………………………



 大森は内線電話をかける。どうやら秘書室にかけているようだ。


「…………」


 応答がない。


「……よし、出かけてるな」

「?」

『?』

「この時間、真理子はいつもお昼を食べに行くんだ。今がチャンスだ」

「え?」というと、柏木はPVMCGを見て「あぁもうこんな時間ですか、お昼時ですもんね」

「うむ……ちょっとついてきなさい」


 大森はそう言うと、掌をクイクイと動かし柏木達を誘う。

 そして一旦オフィスの外に出て、廊下を少し歩き、階段を使って下の階へ。

 そこにはOGHの総務部・法務部・秘書課などのオフィスが入った階になる。

 みんな食事に出て、階は閑散としている。人もまばらである。

 特に総務や法務などの実業務とはあまり関係のない部署は、時間通りのお昼を取りやすいため、なおさらである。

 

 大森は秘書室の前に立つ。

 スっとカードキーをスリットにスライドさせて、会長権限で秘書室に入る。

 むろん鍵がかかってるぐらいなので、誰もいない。

 そして奥の田中さんの席へ向かう。


「ん?ないな」


 大森は田中さんの机の上を見渡す。

 

「会長ぉ、ダメですって……いくら会長ってったって、そんな人の机の上をですね……」

「もう、いいからいいから」


 隣で見てるフェルは『?』な表情。

 そして大森は田中さんの机の引き出しに手をかけた。


「会長、それは……」

「い~からって」


 妙に意固地になる大森。

 

「ありゃ、鍵かかってるな」

「ほらぁ、もう……」


 状況が良くわかっていないフェルは


『ケラー? その引き出しのロックを解けばいいのですネ』

「ん?、え、えぇ……出来るのですか?」

『ソんなの簡単です』


 フェルはPVMCGをスっと操作すると、引き出しのロックがカチャンと解けた。


「おお!すごいですな」

「おいおいフェル、状況良くわかってないだろ……」

『ワかりませんけど、ケラーがマサトサンだけでなく、私もお呼びになるぐらいでス。緊急の事情なのでしょう? ここは手段を選んではいけないと思いまス!』

「ま、まぁそう言われたらそうなんだろうけどさぁ……」


 大森は、引き出しをスーっと開ける。

 良く片付けられた引き出しである。無駄なものは何一つない。

 アメ玉やら化粧品やら何もない……が……


 写真立てが伏せて置いてあった……


「あった……これだよ……」

「これ……ですか?」

「うむ」


 そう言うと、大森は柏木の肩に手を置き


「柏木君、フェルさん、これから君達に大変ショッキングな物を見せる事になる」

「はぁ……」

「これは君達にとっても無関係とはいえん」

『ハイ……』

「ちなみに前もって言っておくが、特に柏木君、真理子……いや、田中君の普段の雰囲気は知っているな」

「はい、そりゃもう礼儀正しくて、所作が美しくて、何でも出来て、変な……あ、いや色々な知識があって……」

「うむ、ついでに言うと、田中君は、茶道裏千家流免許皆伝、合気道四段……ちなみに田中君の実家、田中家は、二藤部君など足元にも及ばんバリバリの保守派で、家の家紋は『左三つ巴』だ。ちなみに猟銃免許も持っていて、確か……アメリカのどっかの街の保安官補佐の資格も持っておる。そこで合気道を教えておったらしい」


 柏木は(ゲッ!な、なんじゃそりゃ!)と思うが(あぁそれでかぁ……どうりで詳しい訳だ。あの件で……)とも思う……国連職員やってて、OGHの秘書という忙しい仕事やってるのに、いつそんなスキルを身につけたのだろうとも思う……だが、田中さんならやってのけるかも……とも思ったりする事で納得することにした……


 ……しかし……田中さんの保安官制服の姿……見てみたい気がする……


「す、すさまじい経歴ですね……って、その『左三つ巴』はよーわかりませんが……」

「うむ、従って今日のこの行為、田中君にバレたら死を覚悟したほうが良い」


 目を細めて、流し目で話す大森。

 柏木の肩を持つ手に力が入る。


「はぁぁぁぁ!?」


 そして大森は写真立てを取り、少し手を震わせながら……パッと表を向けた……




「え?……ええ?………えぇぇぇええええ!!」と文字通り目をむいて驚く柏木。

『ほぇ?……ア……エエエエエエエ!!」と頬を染めて両手を口に当てて驚くフェル。




 柏木は石化した……その予想外斜め上な写真に。

 てっきり『コスプレが趣味でした』とか言われたほうがまだ納得がいく。

 そういう予想をしていただけにこの写真はあまりに斜め上な予想外であった……いや、普通なら別に驚くほどの写真の構図ではない。しかし『田中さん』故にそうなった……


 フェル的には、田中さんと会ったのはここ最近、しかもろくに話したこともないが、この構図はかなり吹っ飛んだ……ってか、ちょっと羨ましかった。


 その写真に写っていたもの……


 ピンクのワンピースを着て、カワイイ系の帽子をかぶり、ニッコニコの満面の笑みを浮かべて右手でバシっと『ピースサイン』左腕は誰かの腕に絡めている。無論男だ……男である。男という時点でビックリ度100パーセントであるが、そこへ+100パーセントぐらい追加させるのが……






 ……お相手がイゼイラ人だった……






 幸せ度満点な笑顔のバックに映るは、こういう作品でもその実名を出すと、商標侵害で裁判所から召喚状が届くと言われている、世間では東京都指定害獣の呼び名が高い『ネズミ』をモチーフにした遊園地である。

 

 お相手のイゼイラ人もまんざらではない様子で、田中さんの頭を肩から腕を回して撫でるように手を当てている……

 そのお相手デルンは、フェルもよく知るヤルバーン科学局主任の人物であった。


『マままままままま……まさか……彼が、ケラータナカと……』


 柏木は(いや、白木と結託して、俺の家に押しかけてきたおめーはどーなんだ)と思うがそれはいい。

 写真からにじみ出る親密度のオーラが半端ない。

 これがハガキにでも印刷されて、モリサワフォント・新丸ゴシック 太ラインで『結婚しました』とでも書いて送られてくれば、信じてしまいそうなオーラである。


「……あ~……び……びっくりした……」

「状況、把握したかね? お二人とも」

「はッ、把握しましたであります会長閣下」

『ワたくしもでありまス 、ファーダ』

「よし、ではこれを元に戻す。完璧な現状回復でなければならん」


 大森は、写真立てをまた伏せて戻し、元あった角度に調整して引き出しを閉める。

 そしてフェルはPVMCGを使ってカギをかける。


「ではワシの部屋に戻ろうか……」


 そう言って秘書室を出ようとすると……


『! マサトサン、この部屋に近づく動体反応がありまス!』


 フェルが警報を鳴らすVMCモニターを見て、目尻を尖らせて言う。

 ってか、いつの間にそんな警戒システム作動させていたんだと。


「え! 真理子か! 早いぞ!」

「田中さんじゃなくてもマズイですよ会長! こんなとこ見られたら絶対アヤシイ奴って思われます!」


 オロオロする二人。

 ってか、そんな事するからだと。


「どど、どうします、会長!?」

「どうしますって言われても……いつもならあと20分は帰ってこないはずなのに……」

『フフフフフフフ、ご心配なク、お二人共……コうすれば、簡単にここから脱出できマス』


 フェルはそういうと、VMCモニターを作動させ、チョチョっといじると……転送光に包まれて三人は姿を消した……


 と同時に……カチャンと扉を開け、田中さんが秘書室に入ってくる。

 フンフンと鼻歌を歌いながら……

 フンフンフンのフ……で、鼻歌をやめる田中さん。

 目尻に鋭さを見せる田中さん。

 クンクンと鼻をすする田中さん。

 違和感のある匂いを感知する田中さん。

 「ハッ!」として、自分の机の引き出しに手をかける田中さん。

 しかし、鍵がしっかりかかっている……ホっとする田中さん。

 でも念のため引き出しを開ける田中さん。

 引き出しの中を見て、フゥと一息つく田中さん……だが、田中さんの目はごまかせない。

 その写真立ての置かれる角度に違和感を覚える田中さん……でも鍵がかかっていたので、勘違いかと思う田中さん。

 おもむろに写真立てを取り、写真を見る田中さん。

 ニヤァ~っと顔を緩ませる田中さん。

 写真を胸に抱いて『ウフフ』する田中さん。

 そして、大事そうに写真を机にしまって、仕事に戻る田中さんであった……



 …………………………



「はぁ……助かった……」

「うむ、さすがですフェルさん」

『イエイエです』


 転送で脱出に成功した柏木達は、OGH本社ビルの屋上にいた。

 さすがに会長室へピンポイントで転送するには座標データをとっておらず無理っぽかったので、ナビ情報を参考に本社ビル屋上に転送させた。

 しかし……超高層ビルのてっぺんはさすがに寒い……ってか凍る。


 そういうことで、柏木達は、お昼もまだ食べていないので、そのままエレベーターに乗り、1階に降りて本社ビル商業区画へ向かう。

 そして、大森お気に入りの定食屋へ。


 座敷部屋へ案内された三人は、大森の奢りで食事を注文した。

 大森は刺し身定食。

 柏木はトンカツ定食。

 フェルはカレー丼定食。

 フェルは何よりも日本のカレーに目がないので、目をへの字にして舌鼓を打つ。


『ヤはり、この『かれーらいす』は、宇宙で一番オイシイ食べ物ですネッ』


 そう言ってはばからない。

 柏木の家でも、毎週金曜日はカレーライスと義務付けられている……フェルがなんでもそんな書物を読んだそうで、日本の習慣だという屁理屈でそうなった……まるで自衛隊か旧海軍である。

 そしてフェルが研究したカレーが毎週金曜日に出される……料理上手なフェルが作るので、うまいから始末が悪い。なので、ここ最近、柏木は金曜日の夕食にカレー以外の食事を食べたことがない……まぁいいけど。


「いや~フェルさん、美味しそうに食べますなぁ、ハハハ」


 大森はフェルの食べっぷりを見て楽しそうに話す。


「この間ですね、国会食堂に行った時、春日先生が国会食堂のカレーを奢ってくれたんですよ。で、それから病みつきになってしまって……フェルの指示で、ヤルバーンのレストランにもメニュー登録されたんですが、これがまたイゼイラ人や他の種族さんみんなにウケちゃって、すごい人気の食べ物らしいんです」

「そうなのか、そりゃまた……ヤルバーンの方々みんなそうなら、今頃ティエルクマスカ本国にもいってるかもしれんな」

『モう、本国に『かれーらいす』の造成データはおくりましたヨ』

「そうなのですか!」

『ハイです。こんなおいしいものは、すぐにでも広めないと』



 みんなの大好きな国民食、カレーライスは、既にティエルクマスカ連合全加盟国に知れ渡っているようだ……



(まさか本国から議長二人の連名サインが入った大使信任状が来たのは、これが原因ってわけじゃないよな……)


 ……さすがにそれはない……だろう……



「しかし会長、あんな覗き見みたいなことして、正直気が引けますよ……」


 柏木は先程の田中さんの話を切り出す。


「まぁそれはそうなんだが……叔父としてはなぁ……あの真理子ってな、実は今まで男っ気がまったくない女だったんだよ」

「そうなんですか! あんな美人さんなのに」


 フェルと顔を見合わせて驚く柏木。

 フェル達イゼイラ人基準でも、美人の範疇に入るらしい……あえていうなら種族的なシルエットの意匠が人類に近いシエがそうなのだから、そうなのだろう。


「なんというか、真理子の実家の田中家が結構そういうので保守的な家柄でね。真理子も実を言うとそのうち見合いで結婚するんだろうとみんな思ってたんだが、あの写真を見てしまったらなぁ……」

「ところで会長、なぜあの写真の事を?」

「あー、いや、イゼイラ人の彼が、例の研修滞在実験でコッチに来てからの話なんだが、真理子が珍しくちょっとしたはずみでハンドバッグの中身を地面にバラしてしまってね、それを拾うのを手伝っていたら、あの写真立てが入っていて……見ちゃったんだよ。で、その時、真理子は何かいけないものでも隠すかのようにその写真をバッグに押し込んでいてね」

「……」

「でたまに秘書室に書類を取りに行くと、あの写真立てが真理子の机の上に飾ってあって、ワシが行くと、いつもさりげなくパタンとあの写真立てを倒すんだよ……」


 その話を聞いていると、柏木は大森の悩みを大体察した。


「なるほど、では、その田中さんの実家が、あの関係を認めるかどうか……というわけですね」

「そういうことだよ。ワシとしては、君達の例もあるし応援はしとるんだが……ワシ自身もイゼイラ人が相手となると、その~まぁなんだ、文化とか習慣とか、そんな感じの物も含めてだね、大丈夫なのかなぁと……」


 そう大森が言うと、柏木は少し頭を掻き、フェルは少しはにかんで


「あ~、で、私にフェルとの生活上の話を参考に聞きたいと……」

「うん、そういう事なんだよ。すまんね、こんな話に引き込んじゃって」

「いえいえ、いいですよ。会長の頼みでしたら、なぁフェル」

『ハイ、モチロンです。コレも国交ができての話です。コチラも同胞の事に関係する話ですので、ご相談に乗らないわけにはいかないでしょウ』


 で、そう言うと大森は身を乗り出して


「で、柏木君、ぶっちゃけた話どうなの? フェルさんと一緒に生活してて」

「いや、特に問題は……なぁフェル」

『ハイ、イゼイラ人的にも、特に文化トカ、習慣で不自由を感じた事はありませんガ』


 柏木はPVMCGを作動させて、窓OSを起動。

 VMCモニタを造成させ、日本側の報告書をチラチラっと検索し


「まぁ、なんですか……その~……」と少し恥ずかしがりながら「イゼイラ人との『カップル』って奴ですか?そういう資料はないですけど、例の実験滞在での報告書を見ても、特に大きな不平や不満ってのは出ていませんけどね」

「そうか……」


 そう言うと大森は腕を組んで


「フェルさん、女性の方にこういう事をお聞きするのも無礼を承知でお伺いしたいのですが……イゼイラ人と地球人の間に『子供』をもうける事ってできるのですか? ……あ、いやいや、その、アッチの方の話は私もイゼイラの医学資料は目を通しておりますので分かりますから……」


 フェルはちょっと頬を染めて


『ハ、ハイ……その……結果を先に言えば『地球人』なら、大丈夫デス……実際、ダストール人とイゼイラ人や、カイラス人とイゼイラ、ダストール人の混血というのモたくさんイますし……ただ……』

「ただ?」

『他種族ミィアール……日本語で『結婚』デスネ、その場合、イゼイラ人デルンと他種族フリュの場合、ある薬品を他種族フリュに飲んで頂くことが条件になりますケド……』

「ほう、ではその逆の場合は?」

『アノ……ソノ……ちょっとここでは……お話しにくいと言いますカ……ご容赦くださイ……』


 フェルは顔を真っピンクに染めて言う。


「あ!……そうですか、それはとんだ失敬を……申し訳ありません、いやはや……」


 柏木は(え? ……一体何をするんだ??)とちょっと不安になった。

 しかしフェルは


『マサトサンも……この話はご勘弁デスよ……その時になったら……言いますかラ……』

「え!? ……あ、あぁ、わかったよ……(その時……いずれ来るんだろうなぁ……)」


 これが恐らく習慣、文化の違いなのだろう。

 フェルはものすごく恥ずかしがっているが、もしその時になっていざ聞いてみたら、実は地球人的には全然なんてことない事だったりするのかもしれない。


 地球でもこういうことは大いにある。

 例えばイスラム教の男女関係などその顕著な例と言えるだろう。

 日本人や自由諸国的にはなんてことない、普通の男女関係な事でも、イスラム教圏では戒律に猛烈に違反することだったり、タブーであったり。


 それがイゼイラ人的に、思想、文化、戒律的なものか、それとも純粋に生理的、生物学的な行為に基づくものなのか今はわからないが、イゼイラ人と日本人が国交を強いものにしていけば、それもその内誰に教えられることなく日本人誰もが知るものとなるのだろう。 



 国と国、ましてや異種族同士が交流を持つという状態では、実のところ、この事は非常に大事な事なのである。



 柏木はこの件について、フェルは生物学的な事を言っているのだと思うが、田中さんの件で考えると、文化習慣の事になる。

 田中さんと、そのイゼイラ人デルンが結ばれるためにまず突破しなければならないことは、その田中家の『考え方』いわゆる『お家の事』なのだ。 

 多分柏木が考えるに、そのあたりは日本の典型的な名家にあるような、あんなこんなな、お家のしきたりのようなものなのだろう。

 田中さんの親族関係がどういうものかわからないが、もし田中さんが長女で男子のいない家だったりしたら『婿養子』ということも十分ありえる。

 そうなると『田中家』が、この二〇一云年以降の血筋で、その歴史に5千万光年彼方の歴史が刻まれることになる。

 ……普通に考えれば大変なことだ。


 そして、そういう名家で『子が作れるかどうか』というのは、実はものすごいウェイトを占める。

 しかも相手がただの『外国人』をすっとばした『異星人』である。

 この事を知った田中家当主の立場で考えると……自分の娘の嫁入り先が、5千万光年彼方から来た数十万年の歴史を持つ、超科学文明の使徒と知った時、どう思うか……である。


 そんな事をメシを食いつつ話す三人。


「まぁ……結論から言えば、こればっかりは当人同士の問題ですからねぇ……」


 定食の味噌汁を箸でくるくるかき回しながら話す柏木。


「う~む、結局そこに落ち着くか……こればっかりは外野が色々言ってもなぁ……」


 色恋沙汰、しかも将来のことも踏まえると、こればかりは当の本人達で超えなければならない、大きな山なのである。

 正味、外野は『応援』することしかできない。


「会長、この件、普通の色恋沙汰ではないですからね。今後色々とあるとは思いますが、私達もできる範囲でフォローしますから、今のところは見守るしかないですよ」

『ソの通りですケラー、私モ、マァ……何といいましょうか、他人事とは思えない事でもありますので、何かできる事がありましたら、今後も御協力を惜しみませン』


 確かに、フェル的にも捨て置けないところはあるのだろう。

 なんせ『ニホン初』は彼女なのだから……


「いや、すまないね。わかった……では今のところはそういうことで静観しようか……ワシもいずれその時が来たら、田中の家に行って、色々話さなければならん時がくるかもしれないしな」


 ま、そういうことである。それしかない。

 

 しかし、今回の一件、柏木的にもかなりショッキングだった。

 あの田中さんの別な一面を、どう表現したら良いか……ということである。

 いつも大森の傍らで、冷徹なマシーンのように仕事をテキパキこなし、柏木は知らないが、白木には湯飲み一つで無言の圧力をかけ、諜報員ばりの内偵もこなす。

 有能を通り越している。ある意味白木よりも上である。

 それがあの格好で、満面の笑みのピースサインには参った。

 柏木の脳内人物データ更新どころか、バージョンアップである。



 柏木は大森とまた会う約束をして、OGH本社ビル商業区画で別れる。

 まぁ今日は『ガーグ』がらみな話でもなかったので、これも平和な証拠かとも思った。


 フェルと柏木は、ここまできたのでウインドショッピングでもしながら帰ろうという事になり、のんびりと商業区画のいろんな店を覗きながら帰る。

 フェル的にもいい経験になっていたようだ。


『コういう施設が『しょっぴんぐもーる』というものなのですネ』

「ああ、そうだよ。イゼイラには無いの?……って、あぁそうか、ハイクァーンがあるから、こういう施設は無かったんだっけ」

『ハイです……でも、ニホンに来てから、こういう施設もあったほうがいいなぁと思うようになりましタ』

「どうして?」

『私がマサトサンのお家に初めて行った次の日……あの襲撃事件の時ですけど『シブヤ』で服を買ってもらったでしょ? あの時、純粋に楽しかったですかラ……それにいつもの『すーぱーまーけっと』や『ショウテンガイ』に行くのも楽しいでス』

「ヤルバーンでもこういう店が出るのって、国交祭みたいなお祭の時だけだもんな」

『ソうです。なので、ニホンを見てると毎日が国交祭みたいですヨ』


 なるほどなと柏木は思う。

 満たされれば、失うものもあるということかと。


 今の日本でもそうだ。

 インターネットが普通になり、南米大陸密林地帯なネットショップや、楽しい天国みたいな名前のネットショップでクリック一つで好きな商品が届く。

 その影で、今まで行っていた行きつけの店に行かなくなる。

 家でなんでも買えるから、店に行く必要がない。


 こういったネットショップの究極の姿がハイクァーン技術とも言える。

 現在の地球でも3Dプリンターの登場で、造形物などの物品なら、3Dモデリングデータを販売するという形で、家庭や出力センターの3Dプリンターを使って造成させるという事も行われようとしている。 

 日本もこのままティエルクマスカと国交が深まっていけば、何年後か何十年後か、はては百年後かはわからないが、ハイクァーンの恩恵を受け、そういった感じの商業形態になっていくんだろうと柏木は思う。

 それが良いことなのか悪い事なのかはわからないが……


 この施設でも、やはりイゼイラ人の姿をチラホラと見かける。

 たまにフェルを見つけたイゼイラ人が、フェルにティエルクマスカ敬礼をしてさりげなく挨拶していく。

 フェルもやっぱり有名人なんだなと思う。


 そんな事を思いながら、フェルがアッチの店にいきーの、コッチの店にいきーの、嬉しそうに行ったり来たりしながら店舗街を歩いていると……


『ア! あれはッ』


 と、タタタっと大型玩具チェーンに走って行く。

 どうしたんだ? と柏木もその後をついていく。

 玩具店の店員は、いきなりのフェルの登場にビックラこいていた。

 そんな店員の視線をよそに、フェルはゲーム販売コーナーに直行していく……何かのデモを見かけたらしい。

 そして、ゲーム販売コーナーに行くと……


『そうカ……今日はこれの『ハツバイビ』だったのデすネ……』

「どうしたんだ?」

『コレですっ!』


 フェルは今ハマっているモンスター狩りゲームの新製品パッケージを見つけたのだった。

 バンッ! と柏木の目の前に差し出す。


「あぁ、あのゲームの新製品ね。なるほど、フェル、ハマってるもんなぁ」

『デすでス……コレはコウニュウしないと……『れじ』でオカネを払ってくるでスね』

「あ~ちょっと待った」

『ハイ?』

「俺が買ってあげるよ、それぐらい」

『エ、でも……』

「いいからいいから、今日は田中さんの秘書室からもうまく脱出させてもらったしな、ハハハ」

『ハ、ハイ……アリガトです。マサトサン』


 柏木はそう言って、ゲームをレジに持って行き金を払う。

 レジ袋に入ったゲームをフェルに渡す。

 とても嬉しそうなフェル。

 そして……


『マサトサン』

「ん?」

『さっきの話デすけど……イゼイラでは、こういう楽しみがナイのですヨ』

「こういう……楽しみ?」

『ハイ……イゼイラでは『オカイモノ』ということをしませんから、私達は、ニホン人のような『欲しいものを見つけた時の嬉しさ』や『オカネが無くて買えなかった時の残念さ』とカ、そういう感覚がありませんでした……なので、とてもこういう感覚が新鮮なのでス』


 柏木はなるほどな……と思う。

 多分、今の日本人や世界の人達は全く逆の考え方だろう。

 柏木がPVMCGを使ってFG-42Iを造成させた時の感動は今でも覚えている。

 好きなもの、手の届かなかったもの、お金をかけないと買えないものがデータを取るだけで簡単に作れる。そして簡単に消せて置き場所にも困らない。

 好きなPCを造成して、デスクトップPCですら、どこにでも持ち歩ける。これがとても楽しい。

 住む環境や、技術が違えば、こうも正反対な感覚になるのかと。

 面白いものでもあり、また、ある意味怖かったりもする。


 こういう事が『ティエルクマスカとの国交』なのかと、そう思うのであった。

 そして、一見無関係に見える事だが、田中さんも今後、こういった柏木と同じ感覚を体験する事になるのかな?とも思った……



 ………………………………



 その後、柏木はいつもの通りの日々を送るが、久しぶりにヤルバーンシステムが大規模『ガーグ』の反応をとらえた。

 例の『ポーランド上院議員殺害計画』だ。


 これの対応策を練る時、一つ問題が生じた。


 計画では、シエ率いる『メルヴェン―アルファチーム』がこの事件を担当することになっていた。


 ちなみにメルヴェンでは、チーム単位コードは、アルファ(A)・ブラボー(B)・チャーリー(C)・デルタ(D)・エコー(E)・フォックストロット(F)・ゴルフ(G)といったように、地球のチームコードが使われている。

 単純にこれは、日本側がまだイゼイラアルファベットに慣れていないためで、日本側が認識しやすいようにするためである。


 そして、シエが『キグルミシステム』で日本人に擬態、変装し、関西国際空港から議員を影で護衛。

 現状のネガティブコードでは、ほぼ100パーセントハイジャックは敢行されるような見込みだったので、ブルーフランス航空のエアバス内で賊が行動を起こした際、それを見計らって現行犯で一網打尽にする作戦であった……が……


 キグルミシステムでシエが例の近似値日本人姿になると……あまりにエロいのである。おまけにドが付くほどのエロ美人になってしまうのである。

 つまり『日本人になってもシエは目立つ』ということである……普通さがない。

 フェルや、リビリィも日本人モードでは別嬪さんだが、いわゆる『普通に別嬪さん』なのであって、シエのように『エロ別嬪』ではない。

 フェルはイゼイラ人姿の時は、人外ブッチギリな美人さんだが、日本人モードでは、意外と普通に『美人な人』である。

 なので、そんなエロ美人が関空から普通に乗客として乗ると、あからさまに怪しいと思われる。

 実際あのレギンスパンツな姿でウロつけば絶対人目を引きまくってしまう。

 が、まぁそれはいい。いざとなれば形状データを作って、それを使えばいいわけである。


 問題なのがパスポートである。

 シエは基本、当たり前ではあるが日本国籍ではない。

 いくら日本政府とヤルバーン行政府が親密であるとはいえ、いくら作戦のためでもシエのパスポートを日本政府が作ってしまうと、日本政府が公認で『偽造パスポート』を作ってしまうことになる。

 それでなくても日本のパスポートは持っているだけでも世界的には天下無敵で信用度が高い。

 万が一、フランス政府にバレて、シエのパスポートが日本人でもないのに日本政府が発行したものだとわかったら、シエの問題だけではなく、他の日本国民全体の問題にもなってしまう。

 更には、これが野党にでもバレたら、国会で与党叩きのいいネタになってしまう。


 そういう事で、どうしようかと考えていたわけだが、そこで柏木は……


『シエと背格好が同じ様な人のデータを取って、その人から許可をもらってそれを使えばいい。そうすればパスポートもその人の物を使える』


 と考えた。

 当初は女性自衛官か女性警察官の物を使う予定であったが、柏木がパっと思いついたのが、背格好が同じような感じの『田中さん』だった。

 そこで大森から田中さんに連絡を取ってもらい、そういう事だと事情を説明すると、なんと、田中さんは二つ返事で嬉々として快諾してくれた。

 そして、田中さんにヤルバーンまで来てもらい、ポルが完璧な田中さんの外観データを取り、あの『シエ・田中さんバージョン』が出来上がったわけである。



 その作業が済んだ後の、柏木と田中さんの会話。



「田中さん、お疲れ様でした」

「はい、柏木様もお疲れ様です」

「いや、ホント助かりましたよ、シエさんと田中さん、体格がピッタリに近いぐらいで作業もやりやすかったです」

「あら、柏木様、『体格が同じ』だなんて……私の『体格』をよくご存知ですのね」

「あ!……え、あ、いや……そんなんじゃなくてですね……ハハハ、まいったな」

「ウフフ、冗談ですよ。でも……お礼を言うのは私の方です。この度はどうもありがとうございました」


 田中さんは柏木に深々と頭を下げる。


「え? どういうことですか?」

「えぇ……今回お誘いを受けて、昔の事をちょっと思い出しまして……」

「……」


 多分、国連職員だった頃の事だろう。

 柏木は田中に言う。


「昔の希望にあふれていた時の事とか、自分にこれからどんな世界が待ち受けているのか……とか、そんな事を考えていた頃の事ですか?」


 カマをかけてみる柏木


「えっ!?どうして……」

「ハハハ、わかりますよ、大体そんなところでしょ。私も経験ありますし」


 と、知っているが知らないふりをして話す柏木。


「あ、そうですか……そうですよね、柏木様はそういうお仕事の経験も豊富でいらっしゃいますし……」


 まぁ確かに田中さんと柏木は、歳が12歳も離れている。

 田中さんから見れば、柏木のその言葉も信じられる。

 

 柏木と田中さんは、そのまま休憩所へ。

 柏木はハイクァーンでコーヒーを造成して田中へ渡す。


「田中さん、私が昔、ゲーム開発の仕事してたの……知ってますよね」

「はい、大森から以前聞いたことがあります」

「ええ……企画屋なんて事やってたんですけど、ハハ、実は私、あまり自分の企画したゲームを世にリリースしたことってないんですよ」

「そうなのですか?」

「うん、まぁその殆どを広報みたいな仕事ばっかりやらされてましてね……でまぁ口八丁手八丁で能書きがうまいもんだから、とりあえずは売上達成できて、いつのまにやら『主任』なんて肩書もらって……そんでもってちょっと調子に乗って会社辞めて『ネゴシエイター』なんて名乗って、コンサルタントみたいな仕事をやって……そこで大森社長ってか、会長と出会って、君島さんところとも付き合いができて……大阪に行って…………UFOと遭遇して…………何の因果か非常勤で国家公務員やって……ヤルバーンでフェルと出会って、ハハ、異星人が彼女ですからね……そんでもってマフィアに命を狙われて……今や『メルヴェン』の提唱者ですよ…………なりたくてなったわけでもないし、そう望んだわけでもないし、正味成り行き丸出しですけどね……でも、今の仕事や色んな出会い。好きですよ、私は……こんな事、なかなか経験できるもんじゃない」 

「はい……そうですね」

「昔の事を思い出して……っていう感覚も悪くはないけど、でもこれって、昔じゃ体験できない事ですよね」

「……」

「昔の事は経験として利用できるけど、やっぱ毎日新しいことばかりですよ、楽しいことも、鬱陶しいことも、怖いことも、驚くこともね」

「……」

「私はそう思いますよ」


 田中さんは、いつもの凛とした態度とは違って、柏木の言葉を俯いて聞いていた。

 そして、顔を上げて


「そうですよね」


 とニッコリ笑う。


「ま、田中さんは私なんかよりメッチャ優秀でスーパーな人ですから、もっとガンガン行ってもいいんじゃないっすか?」

「いいのですか?ガンガン行っても」

「ええ、会長もそう思ってるんじゃないですか?」


 柏木は、田中さんに柏木流『突撃バカ』の流儀を教えた……教えたつもりはないが、結果的にそうなった。それで家のことも、アレもコレもやってみろと……結果的にそう言った。


 ……しかし、田中さんが『ガンガン』行ったらどうなるのかと……


 そんな話をしていると、田中さんは柏木の体の向こうに目線をやり、例の嬉しそうな笑顔を放つ。


「?」


 柏木は田中さんの目線の方へ顔を向ける。

 すると、そこには例の写真に写っていたイゼイラ人デルンが、田中さんに向かって手を振っていた。


「あ、柏木様、申し訳ございません、私はこれで……色々と、どうも有難うございました」

「はい、こちらこそどうも有難うございました」


 田中さんは柏木にも笑顔を見せると、深々と礼をして、そのデルンの方へタタタっと走って行く。

 田中さんはそのイゼイラ人と楽しそうに話している。イゼイラ人デルンも楽しそうだ。


 柏木はその姿を見て、思わず笑顔になる。


 そして、コーヒーカップを回収機へポンと放り込み、その場から立ち去った……






 ティエルクマスカ連合と国交が出来た……



 異星人がいる日本の日常。



 そのある日の……一つの出来事。

 








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