―14― (下)
『対物ライフル』―― 英語では『アンチマテリアルライフル』という。
一般ではあまり聞き慣れない銃器名称である。
かつては、そう、第一次世界大戦後期~第二次世界大戦前期ぐらいまでは『対戦車ライフル』日本では『自動砲』という名称で呼ばれていた時期もあった。
使用弾薬は12ミリ~20ミリクラスを使うのが一般的である。
弾薬の大きさを例えるなら、12.7ミリ弾薬であれば、太字細字が両端についたフェルトペンぐらいの大きさの実包を使用するライフルである。
非常に強力なライフルで、歩兵が携帯できる銃器としては最大高威力クラスの一つだ。
第一次大戦時期の戦車はまだ黎明期で、装甲防御性能も歩兵が使用できる兵器を中心に対応が考えられていたため、このような大型弾薬を使用する超大型ライフルのような武器でも戦車を撃破する事ができた。
しかし戦車の防御力が高性能化するに従って、威力がより強く、効果的な破壊をもたらせる対戦車ロケットランチャー、いわゆる『バズーカ』等のような成形炸薬弾を使用する携帯兵器に取って代わられ、その後は衰退した兵器であった。
しかし時は流れ、1982年。
イギリスとアルゼンチンの間で勃発した『フォークランド紛争』にて、アルゼンチン軍が採った戦法。
12.7ミリ実包を使用する重機関銃に狙撃スコープを取り付け、超長距離単発射撃を行うという戦法が、英国軍に大被害を与えた。
当時の英国軍は、そういった超長距離による組織的狙撃に対する効果的な対応策を持っていなかった。したがってアルゼンチン軍の狙撃陣地を潰すために高価な対戦車ミサイルを使用しなければならなかった。
この時の戦訓がきっかけになり、超長距離を大威力・低コストで狙撃できる『対戦車ライフル』の運用思想が見直され、軽車両破壊や、超長距離対人狙撃用兵器『対物ライフル』という名称で再び現代に復活することになる。
……………………
「チッ! なんなんだあれはッ!」
対物ライフル『バレットM82』の照準スコープを覗く男が思わず叫ぶ。
どうやらアジア人のようだ。日本人ではない。
和田倉門交差点あたりで、儀装馬車の狙撃を試みようとしていた『ガーグ』と思わしき工作員は、その異様な光景を見て戦慄した。
和田倉門を左折する儀装馬車を狙撃する。
ヴェルデオ達の殺害の有無は別にどうでもいい。儀装馬車に当てることができれば良いという依頼を受けていた。
対物ライフルの威力で、儀装馬車に命中すれば、大きな被害をもたらすのは必至だ。
馬ならば馬は確実に即死。
馬車でも軽く貫通し、おそらく中の乗員もただではすまないだろう。
依頼者に言われた、イゼイラ人が体の周りに張る『シールド』を使っていたとしても、ピンピンしている……というわけにはいくまい……と彼は勝手に思っていた。
彼的には依頼者の真意は知らないし、どうでもいい。受けた依頼をこなすだけだった。
バレットM82など、島国日本では密輸するにしてもその大きさからして相当難しいブツだが、やりようによっては不可能ではない。
海上での受け渡し、潜水艦での隠密上陸による受け渡し、在日米軍からの横流し……金さえかければ色々方法はある。
工作員的には、簡単な作業のはずだった。
永代通り側のビルの屋上から、和田倉門交差点など長距離のうちに入らないからだ。
のんびりと目標の馬車が来るのを待って、スコープを覗いて、レティクルに入った馬車に引き金を引くだけの簡単な作業のはずだった。
しかし彼の見た光景。
あのベビーヘキサが儀装馬車進行コースを守るかのように等間隔で並び、多数の人型の妙な物が空中を浮いて、馬車を守るように進んでいる。
工作員はふっとスコープに入ったある現象を目撃する。
一匹の鳩が交差点を横切るようなコースで着地しようとしていたが……何かにぶつかったように空中で失速し、あわてて体勢を整えて、逆方向に飛び去っていった。
そして空中に水の波紋のような模様が浮かび上がっている。
(あ、あれは……)
ハッと以前読んだ新聞記事を思い出した。
ベビーヘキサが強力なシールドを張って、ミサイルも砲弾も防いでしまうことを。
(チッ、そういうことかよ……こりゃ無理だな……んー、他に何か……)
そう考えながら、空を見ると、報道のチャーターした飛行船が飛んでいるのが見えた。
比較的低空である。
(あ~……あれが使えるな、ククク、あれなら報酬並の事ができるだろ)
工作員はそう思うと、辺りを見回し、何か土台のような構造物を探すと、そこにバイポット(二脚)を固定し、ゆっくりと飛ぶ飛行船のエンジンに照準を併せる。
2~3発もぶち込んでやれば大騒動になるだろう。うまくすれば皇居に墜落だ。これで捧呈式はオジャンである。
そして別のビルに設置した囮の発煙筒を無線で発火させて、トンズラすれば仕事は終わりだ……
『……ナ~ンテ、カンガエテルンダロ、楽ナ仕事ノハズダッタノニナ』
「!!!!??」
工作員は、聞き慣れない外国語なまりの日本語にドキっとする。
そしてその方向をバっとみて、反射的に腰から45口径二重弾倉拳銃を取り出し、声の方へ向ける。
レギンスパンツをはいた艶めかしい、どうみてもエロい日本人女性が、屋上入り口のドアにもたれかかって、このクソ寒いのにアイスクリームをなめていた。
『ヨクハ知ランガ、自衛隊ニ教エテモラッタ狙撃ノ方法ハソンナ感ジダッタナ……ウマイナ、コノあいすくりーむトイウノハ……オマエモ食ベルカ?ン?』
工作員は「何者だお前は!」などとは聞かない。聞いたところで意味もない。見られたら消すだけだ。
彼は問答無用で45口径をバババっとラピッドファイアで発射してきた。
しかし……アイスを前に出すジェスチャーをしているシエの眼前で、弾丸はビシビシっと静止し、コロコロと下へ転げ落ちる。
そのさまを見た工作員は、何も喋らないつもりだったが思わず
「貴様! 異星人か!」
少し訛った日本語で叫んだ。
『クックック、ゴ名答ダガ……挨拶モナシカ……無粋ナ奴ダ、ワカッタ。オマエデ、トリアエズハ最後ダ。オトナシク捕マッテモラオウカ』
残り半分のアイスをパクっと口に入れると、少し「チベタッ」というような顔をし、モデルウォークで、ツカツカと工作員に近づく。
(チッ、ならばっ……)
工作員は、バレットをぐいと持ち上げ、腰だめでシエの方に銃身を向けた。
その瞬間、シエのPVMCGが警告音を鳴らす。
『!!』
ドンッ!という発射音とともにバレットは火を噴く。
工作員は、猛烈に跳ね上がる銃身に身を任せ、反動を受け流す。
素人がこんな撃ち方をすれば確実に後ろへ吹っ飛ぶが、銃の性能を把握していれば無理な射撃ではない。
シエはPVMCGが出した警告音にハっとし、後方構造物めがけて大きく、俊敏にジャンプした。
バレットの弾丸は飛び去ったシエの真後ろの構造物に命中し、コンクリートを木っ端微塵に粉砕して大穴を開ける。
(クッ!ゼルクォートガ警告音ヲ発スルワケダ、アノ『銃』ハ、ホカノヤツトハチガウワケカ!)
シエは思った。
パーソナルシールドで防げない威力ではないが、もし当たったら相応の被害があるということだ。
でなければPVMCGは警告音など出さない。
(コレハ、ナメテハカカレンカ!)
シエは、速攻でカタを付けようと、左腕にいつもの鉤爪と、今回はスタンブラスターを右手に造成する。
敵はまた二発をシエめがけてぶっ放してきた。
シエはすさまじい俊敏さでそれを躱し、ブラスターを二発工作員に向けて発射。
工作員は横に飛んで、何かの構造物に身を隠し躱した。
(! コイツ!素人ジャナイ!)
そう感じた瞬間、構造物の向こうから、ボール状の物体が二個、シエにめがけて投げ込まれる。
手榴弾だ。
( ! )
シエは瞬間、爆発物と察し、即座に上へジャンプ。PVMCGの緊急転送機能を作動させ、手榴弾を消し去る。
こんなところで爆発物を作動させるわけにはいかない。マスコミも見ているのだ。大騒動だけにはしてはならない―――そしてその手榴弾は、ヤルバーン直下、海上で爆発した―――
しかしシエが一瞬気をそいだ瞬間、ドンッ!ドンッ!ドンッ!と三発、バレットの発射音が鳴る。
(シマッタッ!)
シエは左手を前へかざし、シールドを全開にするが……
(カハァッ!!……)
バレットの弾丸がシエのドテッ腹に命中した……バレットの弾を至近距離で食らった。しかも二発。
命中と同時ぐらいに、シエのキグルミシステムが解除され、シエは全裸姿になる……そして……シエは『く』の字になり、屋上場外へ吹き飛ばされ……露な姿をさらしながら、ビルを落下していった……
「……ハァ、ハァ……あれが異星人か……化け物め!……クソっ」
工作員はバレットを構え、まだ警戒するように屋上際に足を進める。
そして下を覗く……
………………
……死体がない……彼はベチャっと潰れ、緑色の血に染まった、女性型異星人の死体が転がっているのを想像したのだろう、しかし……死体がなかった……
その時、彼の背後で甲高い音がする。
彼はバっと振り向くと、その瞬間、首根っこを猛烈な力でつかみ上げられ、足が地から離れた。
バレットを構えようとするが、銃身を押さえつけられて構えられない。
足をバタつかせ、つかみ上げる相手に蹴りを入れるがビクともしない。
そして彼が見たその姿は……縦割れの瞳に、体の一部がウロコのような模様に彩られた、爬虫類のような人間……いや、魔女だった……
『フフフフフフ……ヤッテクレル、オマエノヨウナヤツハキライデハナイゾ……クククク……グッ……』
そう、シエだった。
彼女は全裸姿で、首根っこを捕まえた必死で抵抗する男を見上げていた。
その縦割れ瞳は、完全にキレてるモードである。
大きなアザが2つ、シエの美しい肢体に刻まれていた。
シエは一撃を受ける刹那の間に、パーソナルシールドを全開にした。したがって服飾機能のパワーもシールドに回したので、キグルミシステムを維持できす、全裸ヌード姿になってしまった。
シエは生粋の兵士……いや、戦士である。戦場では生き残るために、裸だなんだ、などとは言っていられない。そんなもので恥ずかしがっていられないのだ。
なのでシエは柏木達の前で全裸ヌード姿になっても、何とも思わなかった。
彼女にとって、人前で裸になることぐらい、何ともないことなのである。
工作員は青ざめた……まるで魔界から来たようなその妖艶な姿に戦慄した。
「ぎ、ぎざま!なぜ生きている!!」
工作員は気道に空気がこもったような声で思わず叫ぶ。
『ナゼカダト?フフフフ、ワカッタ、ゴ希望ナラオシエテヤル、ソノ理由ハナ……』
そういうと、シエは工作員の首根っこを持って、円盤投げのような格好で体を一回転して振り回し……
「お、おい、や、やむぇろ!やめ、やめてく…おぁぉあおあぉあえおあぁぁぁァァァ……』
屋上から工作員を放り投げた。
工作員は、手足をばたつかせながら死の間際の表情を見せ、半泣きになり、ビルから落下していく……
……そして、地面に激突する瞬間、転送光とともに消え去った……
シエはその無様な姿を確認すると、PVMCGから手を離し
『ハッ』
と吐き捨てるように笑う。
そして……
『アイタタタタ……クシュン……ア゛~、ヤッパリ裸ハ流石ニ寒イナ……あいすくりーむタベナキャヨカッタ…………』
と痣ができた横腹をさすりながら、肘を締めてプルプル震えながらお尻をプリンと出し、地面に転がったバレットを拾う。
よいしょという感じで、バレットを肩に担ぐと、例のレギンスパンツな日本人モードにチェンジする。
やっと体裁が整って、いつものシエなスタイルになるが……リザード美人的には、ちょっと冷えるらしい。
『ヴゥ……グシュ……ダカラ、カタヲツケルマデ待テトイッタノニ……フェルノ奴……ブツブツブツ……コンナ大キナアザガデキチャッタジャナイカ……ブツブツブツブツ……フェルニ今度カシワギトノ『でーと』ヲ要求シテヤル……デナイトワリガアワン……デモ、ソンナコト言ッタラブッ殺サレルダロウナァ……オオミデモイイカナ……ウ~ン、妻帯者ハダメダナ……シラキハ……レイコモ怖ソウダナァ……ア、ソウダ、ヤマモトデモイイカ、シモムラモカワイイナ……ハセベモ……ウ~ン……ア、クルメモイタナ……ブツブツブツ』
レギンスパンツな、艷に歩く日本人女がバレット担いで、何かブツブツ言いながら、ビルの階段をトコトコ降りていった……お腹さすりながら……
…………………………
捧呈式のコースからは少し外れた永代通りの方では、ちょっとした騒ぎになっていた。
永代通りにある、とあるビルの上で銃声がするという通報があり、警察官が駆けつけようとしたところ、とんでもない美人がメチャクチャでかいライフルを肩に担いで堂々と街中を歩いていたのである。
もちろん即行で応援の警察官が束になって飛んでくる。
この『場』を読めない女性は、シエ日本人バーションであるが、まぁそんなもの担いでウロウロしていれば「ちょっとあなた待ちなさい!」という感じで、拳銃構えてホールドアップ、至極一般的な展開である。
サイレン鳴らしたパトカーもわんさとやってきて、騒然となる。
シエは『また、なんなんだ……』と言わんばかりに……ズズっと鼻を鳴らして頬をかく。
警官に囲まれた中心で堂々たるものだ……まだお腹をさすっている。
リビリィから連絡を受けた柏木と山本、下村、長谷部、セマルは、な~にか嫌な感じを抱きつつ、現場に急行すると……案の定だった。
「シ、シエさん!? 何やってるんですか! ……って、その銃、バレットじゃないですか!」
柏木の知識に、そのエゲつない銃のデータはあった。
『オー、カシワギ、コイツラナントカシテクレ……アイタタタ……』
腹部をちょっと抑えて頼むシエ。
山本は警察官の責任者に「心配ない、身内だ」と説明すると、警官隊を下がらせた。
しかし相当警察官は訝しがっていた。そりゃそうだ、アんな格好で対物ライフル担いだ女をまともに扱う奴なんかこの世にいないだろう。
柏木はシエの様子が少しおかしいと思い、すぐさま駆け寄る。
「どうしたんですかシエさん、何か様子がおかしいですよ……」
『アァ、今サッキナ、『ガーグ』ラシキ奴トヤリアッタ……チョット食ラッテシマッタガナ』
「え! ち、ちょっとその場所見せてください!」
『ン? ア、アア……』
シエはシャツの裾を少しめくって、大きなアザが2つ付いた腹部を、その部分だけキグルミシステムを解除して見せた。
「……え? バレットの弾を食らって、この程度で済んだんですか? ……ハァ、良かった……」
『アア、咄嗟ニシールドを全開ニシタ。ジャナケレバ正直ヤバカッタ』
「でも、本当に大丈夫なんですか?……腹部内出血とか、そんなのはないんですか?」
『大丈夫ダヨ、ゼルクォートデ、バイタルチェックモ済マセタ。アトデ医療局ノチェックモ受ケテオクカラ。 ワタシ達ハ、ナノマシンヲ体ニ入レテイルカラ、内出血ナドノ心配ハナイ。』
「そうですか……でも無事で良かった。 で、犯人は?」
『アノタテモノノ屋上カラ放リ投ゲテヤッタ』
「はぁぁぁぁ!?」
『フフフ、心配スルナ、地面ニ激突スル寸前ニ転送シテ、ヤルバーンヘ送ッテオイタ。アトデ『ケイサツ』ニ引キ渡ス』
柏木は(またそんな無茶を……)と思うが、シエが無事で安心する。
「まぁ、なにはともあれお疲れ様でした、シエさん」
『ウム……コレデ一応一段落ダロウ』
「えぇ、ヤルバーンシステムの方でも、ネガティブコードが解除されたようです」
『ソウカ、ソレハヨカッタ……』そういうとシエは口を尖らせてポソっと『デ、カシワギ、今度でーとニ誘エ』
「は、はぁ?」
『フフフ、冗談ダ。デハ本部ニ戻ッテ、テレビデモ見ルカ、ヴェルデオノ晴舞台ダ』
「ははは、えぇ、そうでうすね」
シエはそう言うと、柏木の肩を抱いて本部に向かった……とりあえず今回はこれでチャラとすることにしたシエであった。
……無論、バレットは警察へ引き渡す……が、シエ的には、ちょっと気に入っていたので、しっかりとPVMCGでデータを取っていた……
…………………………
シエがそんな大立ち回りをやっていた頃、ヴェルデオを乗せた儀装馬車は、ゆっくりと 二重橋前交差点へと進んでいた。
『フェル局長、シエ局長が例の、探知反応の始末をつけたそうです』
後方の馬車に乗るヘルゼンが、PVMCGで報告する。
「そうですか、で、シエは?」
『えぇ、寸前でガーグの作戦を阻止できたようです。報告では、非常に強力な武器を持っていて、あの空を飛んでいる浮遊船を狙撃、墜落させるつもりだったようですが』
「そうですか……良かったです……あんな浮遊船が、皇帝陛下のお城に落ちたとなれば、大変な事になるところでした。シエに『お疲れ様』と伝えておいて下さい」
『はい……ですが……』
「どうかしたのですか?」
『えぇ、シエ局長も少々怪我をしているようでして……』
「えっ!そんな……様態は!?」
フェルはVMCモニターに向かって身を乗り出し、本気で心配する。
『いえ、ケガの程度は大したことないらしいのですが……』
「そうですか……良かった……」
フェルは本気で安堵する。
しかし、自分がシエの制止を押して動いたから、シエの作戦が狂ったのではないかと思った。
とても責任を感じるフェル。
金色目が細く俯き、少しヘコむ。
『あの~……フェル局長』
「……あ、はい?」
『えっと、シエ局長のフェル局長宛のメッセージなんですが……』
「?」
『え~……『カシワギト、でーとサセロ』と……』
「…………」
その言葉を聞いたフェルは……瞬間、眠そうな金色目を据わらせた。
『責任を感じる?なにそれ?』モードに脳内が量子テレポートの速度でシフトする。
「ヘルゼン部長?」
『は、はい?』
「シエに返信を」
『は、はぁ、如何様に?』
「『……マサトサンに変なことしたら、ブッコロスですよ』と」
『は、はぁ?』
「わかりましたね……」
『り、了解です……(もう、送る方の身にもなってよ……)』
ヴェルデオは、横で聞いてて、ククククっと吹き出しそうになるのをこらえていた。
ジェグリは(……もうすぐ皇居なんですよ?みなさん……)と頭を抱える。
しかし、このシエの冗談で頭をシャキっとさせることができたフェルは、睡眠不足でハイな意識を通常運転に戻すことができた。
これがシエの、彼女なりのフェルに対する気合の入れ方だったのかどうかは分からないが、一応功を奏したようだ。
……で、そんな会話を馬車の中で交わしつつ、儀装馬車は二重橋交差点を超えた。
よくテレビなどで見る皇居正門前の大通りにさしかかると、フェル達を警護していたロボットスーツ部隊は全員着地し、儀装馬車の進行両脇に整列する。
全員、交互に地球式敬礼と、ティエルクマスカ敬礼で馬車を見送ると、日本人にはお馴染みの皇居正門前、二つのアーチが見事な造りの『正門石橋』を優雅に渡り、儀装馬車は皇居正門に入っていく。
正門をくぐった瞬間、ヴェルデオ達は一気に緊張する。日本国皇帝の宮殿敷地内に入ったからだ。
フェルは寝不足ハイな状態ながら、興奮を抑えきれないでいた。
馬車は皇居正門鉄橋、通称『二重橋』を渡り、宮殿南車寄へ馬車をつける……
…………………………………
柏木達は、東京駅臨時警備本部のテレビで、捧呈式の様子を見守っていた。
信任状捧呈式を完全生中継で、初めから最後まで中継するなどという事は初めてである。
それだけ日本中の関心を集めている行事という事でもあった。
それも当たり前の話だ。異星人が天皇陛下に謁見し、信任状を日本の作法に従い捧呈するなんて一体誰が考えただろうか。
日本人や地球人の想像する異星人と人類の関係なんていうものは、出合ったその日に戦争するか、隠れて逃げまわるかという感じ。
普段は人の姿をしていて巨大化し、怪獣退治に貢献してくれる異星人もいるが、それでもおおっぴらにウロウロしているわけではない。
しかし、今の日本、自由入国協定が発効してからは、東京でもイゼイラ人や他の異星人の姿をよく見かけるようになった。
渋谷・新宿・秋葉原に、梅田・ミナミに日本橋。中洲や札幌、はては沖縄から中山温泉、宇奈月温泉やらと日本中で彼らを見かけるまでになった。
しかもたったこの数日でだ。
転送装置もあるためか、彼らの移動速度が想像を超えるほど速いという事もあるのだろう。イゼイラ人達と日本人の交流は、ここ数日で関東の一部から一気に日本全国に拡大した。
ヤルバーン乗務員でも、やはり『日本全土』という単位でみれば、日本人に対し、警戒しているものも少なからずはいる。それは仕方がない。
そんな人達でも、ポルの発明した『キグルミシステム』を使って入国している。
その入国者数は、のべで言えば現在かなりの物だろう。
考えられない日常……それが今、世界中で日本だけに存在している。
それだけでも大変な事なのに、あまつさえティエルクマスカ『本国』と国交ができようとしている……
今、世界中から注目を集める国……それが日本であった。
そして、今日この日は日本中のテレビが稼動している。
ヤルバーンで行った二藤部達の会談中継以上だ。
『ヤット着イタミタイダナ』
シエが警備本部内のテレビを見ながら言った。
今のシエは、キグルミシステムを解除してダストール姿である。
女性警察官に、昆布茶を入れてもらい、ズズズとすすりながらテレビ中継を見ている。
お腹には、効くかどうかわからないがシップ剤を貼ってもらっていた。
「そうですね、ここまでくれば後は信任状を捧呈するだけです」
柏木もそう言うと、お茶をズズズとすする。
山本達や、セマル、他、警備本部の全員がテレビに釘付けだった。
NHKの特別編成番組を見入っていた。
テレビには、皇居・宮殿南車寄に到着した馬車から、ヴェルデオやフェルが降りてくる映像が流れる。
それを迎える中に、モーニングを着た白木も映っていた。
白木はヴェルデオやフェル達とも親しいため、今回は異例の事ということもあり、彼らのサポートとして宮内庁から助力を依頼されていた。
(白木は向こうにいたんだな……)
白木のモーニング姿に思わずニヤついてしまう。
あんな姿の白木を目にするのは初めてだった。
『ナァ、カシワギ』
「はい?」
『フェルモ、コレカラニホンの皇帝ニアウノカ?』
「いや、ヴェルデオ大使だけですよ。捧呈式自体はそれほど時間のかかるものではないです。基本、信任状を渡すだけですから……そうですね、15分ぐらいで済みますよ」
『ソウナノカ、ウ~ン』
シエは腕を組んで考える
「どうしたんです?」
『ウム、フェルハ連合議員ナノハ知ッテルダロ?』
「えぇ」
『ヤルバーンデハ、フェルハ事実上ノナンバー2ダガ、本国ニカエレバ、フェルノ方ガ偉イノニナ』
「えぇ、それもフェルから聞いて知っていますけど、大使はヴェルデオさんですからね、信任状捧呈式は、日本国が『大使』を承認する儀式ですから」
『ナルホドナ……シカシ、コレデニホン国トモ、ティエルクマスカ加盟国行政府ヤ、イゼイラ行政府ト直接関係ヲ持ツ事ニナル。ホントウノ意味デノ国交ガデキル』
「ダストールとも国交ができる……ということですよね」
『ソウダ』
「あ、そうだ、まだ聞いていなかったと思うんですけど、ダストールの正式な国名ってなんて言うんです?」
『ウ~ント、日本語デイエバダナ……『デルベラ・ダストールデルド星系連邦総国』トイウ。略シテ、ミンナ『ダストール』ト言ッテイル。ダストールハ惑星国家ダヨ』
「そうなんですか」
そんな話をしていると、NHKのアナウンサーと解説者の長い能書きの途中で、カメラの中継が入り、テレビ画面に【 ヤルバーン信任状捧呈式中継 】というテロップがデカデカと流れた。
NHKアナウンサーが、おごそかに話す。
『ただ今、皇居正殿、松の間において、ヤルバーン、ティエルクマスカ司令 兼 全権大使、ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマさんによる、信任状の捧呈が行われます』
そして、シエがまた尋ねる。
『カシワギ、フェル達はドコニイルンダ?』
「控室があるんですよ。そこで政府関係者の人達と色々打ち合わせしてるんじゃないですか?私も詳しくは知りませんが」
テレビでは、ヴェルデオが今上天皇へ、松の間入り口にて書状を盆に入れて持つ付添の侍従とともに一礼して、天皇の前に進み出る光景が流されていた。
今上天皇の横には、二藤部が書状盆を持って立っていた。
シエも、緊張の面持ちでテレビを見る。
『アレガニホン国の皇帝カ……』
ダストール人は敬語の概念がないので「あの御方が天皇陛下でございますか」というような言い方ができない。
柏木は(右翼にでも聞かれたら、えらいこっちゃ)と、少し苦笑い。
しかし、ダストール人は、相手を敬う概念がない訳ではない。
ダストール人がそういった感情を表現する場合は、態度で表現する。
シエは背筋を張って、礼儀正しく画面を見入っていた。
つまり、ダストール人は、言葉遣いは淡白だが『敬意』『敵意』『親しみ』といった諸々の感情は、体で表現する種族なのである。なので、柏木にもやたらと体を接近させてスキンシップをとろうとするが、これがダストール流の親しい者への感情表現なのである。
で、この感情表現が、親しみからその上へ行ってしうまうと……まぁいわゆる『食べられちゃう』ので気をつけなさいとフェルは言っているわけなのだ。
こういった言葉の概念は、地球にもある。
例えば、ロシア語には、『Mr.』や『Ms.』日本語で言う『~さん』というような、汎用的な敬称語がない。
ロシア語でこういった形式的な敬称を付ける場合は、名前の父称を付けたり『タヴァリシチ(同志)』という言葉に見られるような、固有の呼称を付けて呼ぶ。
なので、ロシア文学を原語で読むのは地獄なのである。
ダストール人の場合は、それが個々のアクションやジェスチャーになるわけだ。
シエは、そういう点、派遣員という事もあって、ティエルクマスカ的には国際人であるため、そういった言葉の習慣などは理解している。なので相応のTPOをわきまえた言葉遣いはある程度できるのだが、完全ネィティブなダストール人の場合……恋愛などの感情や、怒ったり、ケンカになったりした場合……大変らしい……
……ヴェルデオは今上天皇の前に立つ。
普通なら、ここで頭を垂れ、書状を天皇に渡すところであるが……
ヴェルデオは、ここでティエルクマスカ流の礼をした。
最上級の敬礼……右手を右胸に当て、左腕を後ろ背に回す。そして頭を垂れ、片膝を地に少し付け、立ち上がる。
『イゼイラ星間大皇国』時の、皇帝への謁見礼だ。
今上天皇は、にこやかにその礼を受ける。
そしてヴェルデオは、侍従の持つ書状盆から、信任状を恭しく取り、天皇陛下に捧呈する。
今上天皇は、それを両手で受け取り、二藤部の盆へ入れ、二藤部はそれを確認すると、一礼して下がる。
その瞬間、ヴェルデオは、在駐日ティエルクマスカ―イゼイラ大使として、日本国より正式に認められた。
そして、ティエルクマスカ敬礼を再度行い、その場から下がるヴェルデオの映像が流されている最中に、NHKのアナウンサーが、少し狼狽するような口調で、 新たに差し出されたのであろう原稿を読む。
『え~、今入った情報によりますと、外務省の発表では、この信任状には、当初の予定であったヤルバーン自治権上の、ヴェルデオ『司令官』署名の信任状ではなく……え?……あ~……ティエルクマスカ連合議長と、イゼイラ共和国議長連名の署名が入った信任状が捧呈されたとの事です。繰り返します……』
おごそかな映像なので、感情的に表現できないアナウンサーのもどかしさが伝わってくる。
そして、捧呈式は終了。
中継は終わり、スタジオの映像に戻る。
アナウンサーは、少し興奮気味に……
『今入ったこの、外務省の情報ですが……これはもしかしてヴェルデオ大使は、ヤルバーン自治権を超えた……ティエルクマスカ連合政府と、イゼイラ政府直接の信任を受けた大使、と、考えて良いのでしょうか?』
アナウンサーは解説員に振る。
『いやぁ、今の情報ですと、そういう事になりますね……いや、これは大変なことですよ……』
この中継を見ていた山本達や、警備本部のスタッフは「いよっしゃ!」とばかりに、その手に握りこぶしを作って喜んだ。
シエも、ニッコリ笑って思わず柏木に抱きつく……これで柏木はフェルの説教確定である。
柏木もスタッフや山本達、そしてセマルと握手する。
この本国議長達連名サイン入り信任状の件は、二藤部達によって、今の今まで伏せられていた。
この事を知っているのは、二藤部や三島達ら対策本部・安保委員会メンバーと、各政党幹部、そして……今上天皇だけである。
巷で国民は、茶の間で、量販店のテレビで、ランドマークの巨大液晶モニターで、この捧呈式の様子を見ていた。
書状が渡された瞬間、量販店や、ランドマークでは拍手が起こったが……国民の中でもこういった政治に強い国民は、この議長達連名サインの意味を理解し、拍手をしながらも唖然とする者もいた。
そして隣にいる知人に、事の重大さを説明している者もいた……
………………………………
ヴェルデオ達の復路は、何事も無く終わった。
ネガティブコードがヤルバーンの中央システムから消えたこともあり、ヤルバーン・自衛隊・警察の警備体制も往路よりは緩めの体制が取られ、ロボットスーツ部隊は、二重橋前大通りでその任を終了し、帰還していった。
とはいえ、柏木の言う「家に帰るまでが遠足」の通り、それでもヴァルメのシールド展開は変わらず厳にされ、油断のない警備体制はとられていた……
そして東京駅に戻ってくる儀装馬車。
信任状捧呈式の任を終えたヴェルデオは、ホッとした表情のもと、馬車を降りる。
白木も同乗し、普通のスーツ姿で二台目の馬車からヘルゼンらとともに降りてきた。
ヴェルデオ達は、御者の皇宮警官らに礼を述べ、ヴェルデオ達を待っていたトランスポーターに向かう。
フェルの顔は、完全に『もうネてもいいですカ』モードであったが、気合でこらえる。
ヴェルデオはそのままトランスポーターへ向かい、フェル、ヘルゼン、ジェグリと東京駅で別れる。
フェル達三人は、警備本部へ表敬訪問するため東京駅に残った。
ヴェルデオは、これからまだ一仕事残っているため、そのままトランスポーターへ乗り込んだ。サポートには白木が付いているようだ。
フェル達三人が、仮設警備本部に訪れると、スタッフが拍手で迎える。
シエ、山本、そして自衛隊警備担当者の長が代表して彼女らと握手をした。
「……え? 私、今日はただの一般見物客ですよ」
柏木が山本に誘われて、一緒に前へ出ろと言われる。
「な~に言ってるんですか、嫁さん来たのに迎えに行かないダンナがいますかよ」
そういうと、シエにケツを蹴られてフェルの元へ突き出される。
『マサトサン、タダイマです……』
フェルは三日ぶりの柏木の顔を見て、はにかみなながら話す。
「あぁ、おかえり。おつかれ様でした」
そう言うと、体育会系の警官達から、冷やかしの言葉を浴びせかけられる。
頭をかく柏木。しかしフェルはニコニコ……であるが、もう限界である。
それでもフェルはシエを見ると、シエを心配そうな目で見て
『シエ、話は聞きましたヨ、大丈夫ですカ?』
とシエを気遣う。
『アア、問題ナイ、心配スルナ。カシワギトモ、ブッコロサレナイ程度ニハシテイル』
と笑って応じる。なんだかんだ言っても、フェルはシエの事が心配だったのだ。
フェルはその『ブッコロサレナイ』の言葉に上目遣いで恥ずかしがってしまう。
『ソレヨリモ、私ガ心配ナノハ、オマエノ方ダ。モウ限界ダロウ……カシワギ……』
「えぇ、わかっていますよ。フェル、こっちにおいで」
『エ? 』
「あそこの仮眠室で少し休むといい」
『ア、ハイ、すみませんでス……お言葉に甘えて休ませていただきますでスよ……ア、デモ……』
「わかってる。『その時』はきちんと起こすよ」
『ハイです』
フェルの手をとって仮眠室に連れて行く柏木。
それを見ていたヘルゼンはシエに近づきイゼイラ語で
「いいなぁ、いいなぁ、フェル局長は……ニホンのデルンとあんな風になって」
行き遅れ感が倍増するヘルゼン。
『心配スルナ、ヘルゼン。ココニハ良いデルンガ沢山イルゾ。ナンナラ私ガ紹介シテヤロウカ?』
「え?本当ですか?シエ局長!」
『ウム、アソコノ、ヤマモトノ部下アタリガオススメダ。アノシモムラハ、私ガ目をツケテイル。アノ、ハセベナラ余ッテルゾ』
「あ、いいかもいいかも。で、あのケラーデルンはどうなんですか?」
『アイツハシラン。トイウカ、オマエニハ若スギルダロウ。シカシ、アッチナラ…………』
……さて、柏木の言った『その時』とは、ヴェルデオの『もう一仕事』の事である。
その『もう一仕事』とは……
そう、国会での演説であった。
現在、国会議事堂では短期臨時国会が開かれている。もちろんティエルクマスカ国交関連の議題がメインであり、今日の信任状捧呈式に合わせた期間で開催されていた。
既に各政党幹部・代表者には今回の信任状がティ銀連―イゼイラ議長連名であることは伝えられている。したがって既に各政党議員や、無所属議員にも各政党単位でこの事は伝えられており、二藤部達の根回しで、今臨時国会の議題の一部が、可決している状態である。
元々『ヤルバーン』との独自協定関係の議題で進められていたものだが、署名がいきなりあんな風になったので、その内容の一部修正に、官僚、役人たちは徹夜作業だったそうな。
特に領土関係の扱いは難航したが、官僚達は、こういう時に役に立つ『租借』という手法を使い、これを解決するというウルトラCを使った。
こういう時に役立つのがこの『租借』というものだ。
要するに相手に『貸している』わけなので、地権は地権者、すなわち日本にあるが、貸している間、その貸している場所で何をするかは『借り主』すなわちヤルバーン―ティエルクマスカの自由である。
これはなかなかに使い勝手が良い。
この手法は、実は北方領土関係で四苦八苦していた外務省官僚のアイディアだった。
実は外務省のこの官僚は、北方領土問題をこの方法で解決できないかと模索してたのだが、今回の件で、その彼のアイディアが実を結んだ形になった。
そういう感じで、まとめてみると、今国会で可決した、ヴェルデオ演説前に必要とされた国交関係の法案は以下のとおり。
◯現行の自治組織『ヤルバーン』の『みなし大使館』を正式な『ティ銀連―イゼイラ大使館』とすることの確認と議決。
◯相模湾海上65平方キロを、イゼイラ政府に1年毎の条約更改制で『租借』することの確認と議決。但し、ヤルバーン直下の漁業権と、領土領空権は現状どおりとする。
◯ヤルバーンを介したティ銀連との通商条約議決。
通常協定としての議決。これに準じる形で、ヤルバーンに外貨獲得のための協力を行う『財団法人ヤルバーン経済協力機構』が設立されたが、コレに関しては『経産省の天下り団体だ』として、野党の1割ほどが反対した。
◯ヤルバーンとの独自協定として、共同災害安全保障協定の締結。
これがいわゆる先の『日ヤ安全保障委員会』を正当なものにするための建前上、すなわち表向きの条約であった。
その他『日ティ銀連 犯罪人引渡し条約』や関税関係の条約など、一気に国会で可決していった。
これによって、日本とティエルクマスカは完全に行政府単位で国交を成し得た状態になった。
無論、相手本国は5千万光年彼方にあるので、その代表権は地球のヤルバーン自治行政府が代行するという形になる。したがって、状況的には現在とさほど変わらないが、最終的な行政責任がティエルクマスカ―イゼイラ本国に移ったことは、やはりとてつもなく大きい。
そして、最も大きい条約の承認は……
◯日・ティ銀連―イゼイラ友好条約
これの承認可決であった。
これは、連合議長と、イゼイラ議長連名の信任状が送られて来た際、同時に二藤部宛に親書も送られてきており、その親書に、是非ともこの条約を検討してほしいという旨の記載があったそうだ。
『友好』となれば、何も拒む理由はない。
二藤部も意を決して、この条約承認のために、各政党に相当な根回しを行った。
各政党代表に、親書の中身の公開をしたほどである。
……捧呈式が終わった東京駅では、紫に塗られたヴァルメもその任を追え、颯爽と、しかも物凄いスピードで、相模湾方向へ飛び去っていった。
そして祭りの余韻を残しながら、東京駅近郊は、普段通りのにぎわいを見せ始める。
群衆がいなくなり、普段通りの情景になって目立ったのは、その中に、休暇中か、非番か、勤務外時間か、東京に遊びに来ていたと思われるイゼイラ人の姿もチラホラと見えた。
道を尋ねるイゼイラ人に、おっかなびっくりながらも、親切に道を教える日本人OLやサラリーマン。
若者はそういう点、好奇心故か、いっしょに記念写真をとっている者もいた。フェルの例とおんなじだ……というか、フェルが日本でもう有名人なので、日本人的にも以前ほど抵抗感はなくなっていた。
ただ、やはり体色と羽髪が人外なので、その点はどうしても目立ってしまう。
日本政府はヤルバーン乗務員に『あまりネイティブの姿で行かないほうが良い場所』というパンフレットを配布しており、その場所では、ポル会心の力作『キグルミシステム』が活躍していた。
『あまりネイティブの姿で行かないほうが良い場所』……日本人なら誰でもわかる。
まぁいわゆるそんな場所である。
日本でもそんな場所はやはりあるのだ……だが、そんな場所のほうが楽しい場所だったりするので、始末が悪い。これはもう、なんともはやである。
そんな感じで、フェル達が臨時警備本部を訪問して3時間ほどたった頃。
国会での議事も一段落を迎え、ヴェルデオの演説が始まろうとしていた。
NHKの今日のプログラムはすべてこの関係である。
民放も、すべて特番にスイッチする。
そしてフェルさんはというと……仮眠室で布団ぶっ被っておネムであった。
スカ~っとこのまま放っておけば、イゼイラ創造主の元に逝ってしまうのではないかという感じで眠っていた。
『マサトヒャン、ソンナ事したらダメでスヨ…………ソンナことしたいならワラヒがいるじゃないれすカ……スカ~~……』
夢の中で柏木に説教するフェル。夢の中の柏木は、一体何をやらかしたのだろうか。
「……フェル~、もうすぐ始まるよぉ~……」
カチャリとドアから顔を覗かせる柏木……見るとフェルがこっち向いて、布団かぶって、ミノ虫のようになっている。
そのいじらしい姿に思わず笑みになる。
起こすべきか起こさざるべきか……それが問題だ……
「フェル、大使の演説始まるよ、起きて!」
「ほにェ……ア、マサトヒャン……もう朝れすか?」
素の寝起き声なフェル
「何いってんだよ、演説始まるよ、え・ん・ぜ・つ」
「ア!……そうれした!これは大変れす……よいひょット……」
布団からガバっと起きるフェル。しかしまだ目が寝ている。
柏木は持ってきた温かいイゼイラ茶をフェルに渡す。
フェルは、お茶を両手に仮眠室を出る。
少し睡眠をとったのが功を奏したか、ハイ状態からは脱したようで、頭脳の運転は通常モードに何とか戻った。
仮設警備本部では、スタッフが全員テレビを見入っていた。
ロシアで行われている五輪ニュースが終わった後、画面が衆議院本会議場の画面へ変わる。
そして大きく『国会中継』という淡白なテロップが流れる。
NHKアナウンサーが話す。
『国会中継です。本日は先程行われました信任状捧呈式により、正式に大使となられました、ヤルバーン・ティエルクマスカ銀河星間共和連合全権委任大使、ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマさんの議会演説が行われる予定です。今回のこの中継は、特別に日本だけではなく、世界各国の主要メディアを通じて、全世界に生中継されています。この地球で初めて、地球外知的生命体の来訪は、私達に大変な衝撃を与えましたが、あれから半年近く経とうとしている今、ヤルバーン母艦の方々と、我が国国民との交流も頻繁に行われるようになり、現在では大変良い関係を築いていると国民の世論調査でも評価されています。一方、ヤルバーン乗務員は、事実上日本国以外の、地球世界各国との政府間レベル交流は、事実上拒絶している状態にあり、この件についてヤルバーン自治行政府からは未だ何ら発表は行われておりませんが、今日のヴェルデオ大使の演説で、その点についても言及があるのか、どのような言葉を述べられるのか、全世界が注目しています……』
そして、ヴェルデオが姿を現す。
白木が官僚の一人としてサポートについていた。
平手で「こちらです」とでも言っているのだろうか、色々と案内をしている。
いつものヤサグレ役人の姿は微塵もない。
衆議院議長が壇上で起立し、平手で「どうぞこちらです」と演壇へ誘っている。
事務総長席の後ろには、いつの間にか日本国旗と、ティエルクマスカ連合旗が掲げられていた。
実はティエルクマスカ連合旗、お茶の間では本邦初公開である。
正三角形が大きく交互に並び、上下に二列。その中央に銀河を意匠化した楕円が描かれ、その右端に星の意匠が描かれている。そして、その星に斜めにクロスする土星の輪のような意匠。
これは、テイエルクマスカ連合所属の、イゼイラ共和国を示す旗だという。
銀河の意匠までが、ティエルクマスカ連合を表し、星とクロスする輪がイゼイラを意味するものだという。
もし仮に、日本が連合に加盟すれば、この部分が赤い丸か、日の丸にでもなるのだろう。
ダストールの場合は、ここが、ダストールのある恒星系の特徴的な二連親子恒星を模した意匠になるという。
ヴェルデオは日本国旗とティ銀連旗が見えると、旗にティエルクマスカ敬礼をし、そして壇上へ。
国旗に敬意を表するというのは、知的生命体共通なのだろうか。
ヴェルデオが壇上に立つと、起立していた衆議院議員が全員拍手で迎える。
議場の傍聴席や、議場内には、参議院議員の姿も映っていた。
特例で参議院議員の傍聴も許可されたようだ。
ヴェルデオも敬礼して議場左右と体を向け、拍手に応える。
そして議員は議長の言葉で着席。
議長は……
『本会議におきまして、議事の途中ではありますが、先程、信任状捧呈式にて、天皇陛下に信任状を捧呈され、正式に駐日ティエルマ…ティエル、ク、マスカ銀河共和連合、そしてイゼイラ星間共和国全権委任大使として就任された、ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ閣下より、大使就任のご挨拶があります……それでは大使閣下、どうぞ』
言い慣れない国名にかむ議長。議場からは、笑い漏れる。
議長も頭をポリポリ苦笑い。ヴェルデオに向かってペコリと陳謝。
ヴェルデオも議長の方を向いて笑っている。
ヴェルデオは議場へ一礼すると、VMCモニターを中空に浮かせ、演説を始める。
このさまに、議場から『おぉ~』という声が漏れる。
『……ニホン国シュウギイン、そしてサンギイン両議員の皆様、ファーダ・シュウギイン議長、ファーダ・ニトベ、このような名誉ある場で、大使就任のご挨拶をさせていただくことを大変光栄に思います。そして、これをご覧になっていらっしゃる日本国民ミナサマにご挨拶ができる事、大変光栄に思いまス……サテ、我々は、今より、地球時間で約一ネンと半トシほど前、本国を旅立ち、ミナサマが『銀河系』と呼ぶこの場所、そしてタイヨウケイという星系にあるこの惑星『チキュウ』へとやってきました……』
ヴェルデオは語る。
彼らの本分である文明探査任務の途中、この銀河に、ある程度文明を発達させた種族の存在を確認し、この星へ調査にやってきたこと。
そして、ISSと接触し、この文明が、これから宇宙へ進出しようとする高度な知性を持った文明であるという事が解ったこと。
彼らのそれまでの文明調査で、このような高度な知性を持った文明で、かつ、科学文明過渡期である存在の発見は、極めて珍しかったこと。
そして、自分達と初めて接触した種族が『ニホン人』であった事。
そして、その『ニホン人』が自分達とメンタリティ的に、相入れやすいという事。
そういったことを総合的に判断して、ニホン国と接触したと言う事を話した……
……もちろん、この話は、いわゆる『建前』である。
彼らの機密に関する事実を伏せるために『そういうことにしている』ということである。
これは以前の交渉で、柏木と三島が作った『ダミー』の目的に準じた事を語っている。
しかし、この話の中には、実は本当のこともあるのではないか? と二藤部達は見ていた。
それまでの交渉や交流により、日本の各情報当局担当者の一致した見解で……『彼らは、彼らの視点で見た『科学技術過渡期にある文明』を探していたのではないか?』という一致した見解を見せている。
これは、先の柏木が各担当部署に指示した『イゼイラ人達が『知らない』『分からない』といった日本や世界では当たり前のことを詳細にまとめて報告しろ』といった資料からはじき出された予想である。
この事例は、今現在でも続いており、外貨を獲得した彼らの消費傾向からも裏付けられている。
例えば『布団などの寝具一式』が爆発的に人気があったり、PVMCGのようなものがあるのに、スマホを欲しがったり、フェルの例にあるように、日本では安物の時計を大事にしていたりと、日本政府はそういうヤルバーン乗務員の消費傾向に、かなり疑問を持っていたのである。
現在、日本政府がブランド物製品の、ハイクァーンでの複製を特例で黙認しているのも、この事例を調査したいためでもあった。
最近の調査報告では、以前は、工業製品に興味の対象が集中していたのだが、だんだんと彼らの興味を引く技術年代が下がってきており、今では堺の刃物職人に弟子入りするイゼイラ人や、大田区や東大阪の部品製造の中小企業で体験アルバイトをするイゼイラ人なども出てきているそうである。
ただ、それがなぜ『日本』でなければならないのか?……までは依然謎である。
ヴェルデオは続ける。
『……ソして私達は、あの『アマトサクセン』という歓迎イベントで、ニホンの皆様の心を知る事が出来ました。今ではお互いの理解が進み、『自由入国』までさせていただいている事に、ワたし達は、大変感謝しておりまス』
そこで、ジョーク
『そのせいなのでしょうか、今では私達の種族、イゼイラ人ジョセイと、ニホン人ダンセイのある方が、大変良い仲になっていると聞き及んでおります。スバラシイ事デス』
議場に笑いが巻き起こる。
テレビから「あのに~ちゃんの事か?」とかいう声も漏れ聞こえた。
この話が流れると、警備本部に「ヒュ~」と、柏木とフェルを冷やかす声がそこらじゅうで出る。
柏木は
「そんなとこで言わなくてもいいじゃないっすかぁ~大使ぃ~」
と困惑顔。頬をかいて照れる。
フェルは
『司令モ、アトでお説教でス!』
と、照れながらプ~っとなる。
『コリャ、アトデ大変デスナ、フェル局長ドノ』
隣で艷やかに座るシエが、フェルに滅多に使わない敬語を交えて、イヤミ一発。
シエが敬語でイヤミを言うと、威力倍増だ。
フェルはシエをポカポカと叩いていた。
その横では長谷部に熱いビーム視線を送るヘルゼン。
長谷部は困った顔をしている。
……そして、まとめに入るヴェルデオ
『我が国ハ今後もニホン国の良き隣人として友好的な関係を堅持スルことを、我ら連合各国を代表シテ、お約束いたしまス。そしてこの『コッカイ』で決議された英断溢れる我が国との条約を盟約として扱う事を、お約束いたしマス。我が国は、今盟約に基づいて、日本の『主権』を最大限に尊重し、その意思を同じくすることをお約束致します』
……そう語り、演説を終えた。
演説を終えたあと、大きな拍手の中、ヴェルデオは議場を去る。
警備本部内でも拍手をテレビのヴェルデオに贈っていた。
警官、自衛官ともにみんな自分達の仕事が成就したことを喜んでいた。
フェルも、うっすらと目が潤む。
シエも同じく。人差し指でぬぐった目に浮かべる物がらしくない。
ヘルゼンは、オイオイと嬉し泣き……長谷部が「良かったですね」と話していた。
みんな満足そうだ。
……しかし……
柏木だけは、体面上、顔は笑いながらも、目は少し笑っていなかった。
ヴェルデオが最後に言った……『今盟約に基づいて、日本の『主権』を最大限に尊重し、その意思を同じくすることをお約束致します』……という言葉がそうさせた。
(大使……その言葉は……二藤部総理達と話し合って入れたのですか?……)
……そう、柏木には『ガーグ』に対しての、宣戦布告にも聞こえたのだ……
そして、この言葉を聞いた各国は……
………………………………
この演説の模様は、世界各国で放送された。
リアルタイムで放送された国もあれば、録画で放送された国もある。
様々な国で、有識者のコメントなどを交えながら放送された。
唯一、国民向けに放送されなかった国といえば、北朝鮮ぐらいであろうか。
中国ですら放送された。無論、編集付きの録画であるが……
しかし、今の中国なら、動画や違法録画されたDVD等でいくらでも観る事ができる。
当然、各国首脳もこの放送を観ていた……
そして、柏木の予想通り、この『今盟約に基づいて、日本の『主権』を最大限に尊重し~……』のくだりで、敏感に反応した。
~ 米国の反応 ~
米国は、ドノバンを介してもたらされる情報により、この件もあらかじめ知らされていた。
したがって、さほどの混乱はなかったが、それを知らされていたのは基本的にドノバンとハリソン大統領以下大統領府の一部スタッフ…つまり、ハリソンが信頼を置くスタッフ……のみで、議会には知らされていなかった。
当然議会はこの『主権云々』のくだりで、過敏な反応を見せ、駐米日本大使を呼んで、問いただすべきという反応も多くあった。
特に下院では、いわゆる在米韓国人団体や在米中国人団体のマネーでやりくりしている議員も多いため韓国系米国人や中国系米国人議員などの動きも活発になっているという。そして、日系米国人議員も呼応して動いており、一部では今後の日米同盟を不安視する意見もあった。
その不安視する問題の中心は、東シナ海海域を中心とした東アジアの動向で、この事により当然警戒される中国の動き……これは軍事問題に限らず、中国の出方次第では、米国経済にも直結する問題でもあるため、米国的には日本の今後の動向もさることながら、このあたりの動向を最も注視しているようであった。
~ ロシアの反応 ~
ロシアにおいてもいわずもがなで、件の発言で敏感になる。
現在、ロシアと日本は、表向きは決して悪い関係ではない。二藤部政権がヤルバーン飛来以前から進めていた北方領土問題を含む平和条約締結に向けたロシア外交の事もあり、ロシア的には日本の資源採掘技術の取り込みを図り、日本をなんとかだまくらかして、千島列島の開発を進めたい思惑があった。
しかし、今回のティエルクマスカとの、あまりに親密な日本の状況を見て、警戒感を抱くというのは特段不思議なことではない。
ロシアの有識者が考えたことは……
もし、日本が異星人の技術提供を受けた……と仮定したら、日本近海のメタンハイドレート等の資源を採掘することなどいともたやすく簡単にやってのけるだろうと考えた。
その埋蔵量は日本の年間総消費電力の500年分に相当する資源である。
そうすると、日本の視点に立ってみれば、別にロシアと交渉をする意味もなくなる。
それでなくても米国のシェールガス攻勢で窮地に立たされているロシアの資源外交は頓挫することになってしまう。
そして、実はロシアの周りは親日で、反露国家が非常に多い。
これらの国々が勢いづけば、CIS(独立国家共同体)圏内での、ロシアのプレゼンスにも甚大な影響が出かねない。チェチェン紛争のような民族問題が、さらに激しさを増すことも考えられる。
この事を懸念していた。
~ 韓国の反応 ~
この国の場合は深刻である。現在の円安傾向で、正直、国家財政は実のところ破綻寸前である。
韓国で唯一自慢できる三つの星の名を冠する世界的電気製品メーカーも、日本からの部品供給がなければやっていられない状態で、しかも円安と、この国の女性大統領の昨今異常とも思える反日行動で、日本との関係が最悪状態で、二藤部政権も事実上ほったらかしのような状態であるため、何も行動が起こせない。
今までは、その件の電気製品メーカーのおかげで食っていた状態であったが、実はそのメーカーも韓国が行った株式自由化で、現在は完全な無国籍企業と化してしまい、実のところ『韓国企業』ではすでにもうなくなっているという現実がある。
この財閥企業、実はその株式の50パーセント以上、一時期は75パーセントを外国企業が保有していた。つまり事実上『韓国企業』ではもうないのだ。
利益を株主に吸い上げられるだけで、税収も韓国的にはさほど得られないので、正直この財閥企業の存在は、現在の韓国には何もいいところがないのである。
そしてそれでなくても日本との国同士の関係が悪いところで、日本がティエルクマスカとの国交を正式に結び、その国境が事実上、東京都の真ん前ともなれば、日本的には完全に韓国など、経済的にどうでもいい国になってしまうのは必然とも言える。
実は現在、今国会で設立された『財団法人ヤルバーン経済協力機構』が、ヤルバーンの外貨獲得と、地球での経済活動のために、ヤルバーン乗務員と協力して、ヤルバーン資本のある事業を計画している。
もし、その事業が軌道に乗ってしまうと、本気で韓国経済は吹き飛んでしまうのだ。
そういう点、韓国の政治家などは大変な危惧を抱き、日本との関係改善を図ろうと、裏では色々やってはいるものの、その大統領が支持率稼ぎの『奇行』をやめる気配がないために、関係改善を全く図ることができない。
正直、前途真っ暗な状態であった。
こんな状態であるのに、件の大統領、今度は相模湾の港湾施設や、ヤルバーン乗務員転送ポイントの真ん前に、政治的な意図を持つ少女の像を建立しようと画策しているらしい。
そして、イゼイラ人らに、その少女達が受けた哀しい被害を訴えたいそうだ……
その事を知ったヤルバーン行政局のスタッフは『わけがわからない』と首を傾げているという。
そりゃ当たり前である……彼らには何の関係もない事なのだから……
~ 北朝鮮の反応 ~
北朝鮮はヴェルデオの発言に対し、予想通りの反応を見せた。
てっきり……『日本は異星から来た薄汚いネズミにも劣る異星人と結託して、我が共和国を消滅させようと画策している』だの『偉大なる同志によって、異星人ごときの科学力にも勝る我が共和国の科学力を駆使した必殺の無慈悲な攻撃をもって、必ずや10億万光年彼方に奴らを葬るであろう』ぐらいの能書きを期待していた日本政府だったが、実のところ意外な反応が返ってきた。
朝鮮中央放送は日本に対し『日朝平壌宣言は未だに有効であり、誠実に我が国は対応する用意がある』だの、『異星人の来訪は、我が偉大なる同志も共和国を挙げて歓迎する』だのと、えらく鬱陶しい好意的な反応を返してきた。
この反応の裏には、今や外国人にも知れ渡っているヤルバーンの『ハイクァーン技術』が欲しいという思惑がある。
なんせ地球上貧乏グランプリ鉄板のトップ3を常に爆走する国家であるため、この技術があればなんでも解決すると思っているのだろう。なので、今回は気持ち悪いぐらいに下手に出てきている。
そして、日本にもやたらと水面下で接触を試みてきているのだ。
その中には、日本と北朝鮮が抱える日本人なら誰でも知っている問題の解決もネタにあげてきているが、日本政府的には、そんな問題など、転送装置を使えば一発解決なので、現在ヤルバーン行政府と日本政府とで協議中であるため、今更交渉の題材にもならない事なのである。
忘れてはならないのは、ヤルバーンは基本
『例え日本と友好的関係を持てたとしても、地球世界の内政には一切干渉しない』
という旨を二藤部達にも伝えている。これはティエルクマスカの法に基づくものでもあるのだが、この日本が抱える問題は、さすがにヴェルデオやフェル達を憤怒させ、この問題だけは解決に協力する旨を日本政府に打診している。
ティエルクマスカの人達は、家族や友人、恋人などを非常に大切にする種族である。
なので、彼ら的にはこういう問題は、倫理的に最も『悪』とする事で、看過できなかったそうである。
~ 中東・アフリカ諸国の反応 ~
中東諸国は日本贔屓な国が本来多い。
それはいわずもがな。一番の石油のお得意様だからである。
あと、反米国家が多い中東アフリカ地域は、第二次大戦で米国とやりあった日本を未だに英雄視する傾向がある。
しかし、彼らが今、困っていることは、その虎の子の原油相場が現在、ダダ下がりになってきているということである。
これもやはりヤルバーンの影響が大きい。
現在、中東に限らず、他の資源輸出国家では、日本のみ『対日価格』とでも言うべき値段で、原油・天然ガスが取引されている。
これは言わずもがなで、福島原発の影響で、日本の燃料需要のみ異常で、言い値価格になってしまっているからである。
しかし、ヤルバーン飛来後、その技術で日本はメタンハイドレートなどの独自資源開発を始めるのではないかという投資家の憶測が入った。しかも国会演説のヴェルデオの発言で、その疑念は頂点に達した……そう、ジャパンバブルといわれた原油市場価格のバブルが弾けたのである……市場とは『憶測』で動くのだ。
そうなったら、もう中東原油産出国は日本を逃がすまいと必死に安売り攻勢をかけてくる。
ある意味日本的にはありがたい話だが、それを面白く思わない者もやはりいるわけだ……
そういう連中が、イスラム過激派と手を組む。そして『ガーグ』となる。
これも『色んな思惑』の一つなのである……
~ EUの反応 ~
EU諸国もおおよそ米国と同様の反応を見せていたが、EU各国で多少の温度差があった。
英国は英国女王が以前の外国人招待事案の時に渡した際の英国女王の親書をヴェルデオは受け取っていた。
その親書の内容は定かではないが、極めて丁寧な言葉で返書されており、概ね納得のいくものだったという。したがって現状は日本政府の動向を静観する姿勢を取っている。
フランスも同様であった。
問題なのがドイツで、ドイツは日本に対し、ヤルバーンとの交渉を仲介するようにやたらとせっついてきているという。
というのも、現在のEUは、ドイツ無しではその維持が難しいというお家事情がある。
ドイツ的には、今の日本の円安状況が、どうにも気に入らない。
ドイツというのは、経済的にも、技術的にも、日本と競合する分野が多々ある。そこでの市場競争の低下を恐れているのだ。
なんせ、こんな状況である。当然誰しもが思う状況……
もしやもすると、ヤルバーン技術の恩恵を受けて、日本が一気に技術超大国になることをドイツは異常に懸念していた。そうなるとドイツ経済はパーである。
まぁ確かに、現在その点、日本はティエルクマスカ技術の提供を受けてはいるが、日本がそんなものを一気に市場に出せばドイツどころか、世界経済を、いや、軍事プレゼンスまで混乱させかねないということは百も承知しているので、当面はドイツの懸念はあたらないのだが、長い年月で見た場合、ドイツの懸念もわからないでもない。
したがって、EU内部でも、日本を警戒するか、積極的に友好外交を行うか、割れている状況であった。
そして……
~ 中国の反応 ~
中国は案の定ともいうべきか、最大限の警戒をしていた。
一番警戒しているのは、日本の現在の政府が保守系政権であり、ヤルバーンが飛来する以前でも、中国の歴史恫喝外交が通用しなくなっていた状況に輪をかけて今回の件である。
しかし、今の中国、軍部と中央との確執があるのは先に述べた通りであるが、実のところ中央政府は日本に対して妥協案を含めた水面下の外交改善を積極的に求めてきている現実がある。
しかし、軍部が『ガーグ』的な状況にある今、中央政府が画策するその水面下の行動に軍部の行動が伴っていない。
実際のところ、日本的には『わけがわからない』というのが本音である。
日本の情報当局が分析するに、もしかすると中国の中央政府は日本に『SOS』を出しているのではないかという意見もある。
すなわち、例の『軍部のようなもの』の手にかかっていない中国の政治家は、いわゆる『まともな政治家』と見る事もできるからである。
実際、中国国内の混乱は、輪をかけてひどくなりつつある。
国民世論や有識者の間では、ヤルバーンと交渉を持つために『日本の一部を占領しろ』などという過激な論評も見受けられるようになってきた。
また、それとは逆に日本とヤルバーン―ティエルクマスカとの国交を『地球人類のために』妨害するべきだという論調も見られるようになっている。
軍部の『ガーグ』的な行動は、ドノバンのおかげである程度予測がつくようにはなったが、これを『中国全体』として捉えると、もう現在の中国は言葉通りの『カオス』であり、何が何やら、何が正しくて、何がウソなのかさっぱりわからない状態で『混沌』すぎて現状が『不明』という状況であった……
……そして、日本と領土に関する問題を抱える『中国』『台湾』『韓国』『ロシア』……中国と台湾に関しては、日本的に領土問題はないことになっているが……これらの国は、柏木が特に気にかけた『主権』の発言に過敏になっていた。
『彼らの脳内』では、もし、日本が、日本の主張する『主権』の場所……例えば『尖閣諸島』『竹島』『北方領土』のある千島列島を突然『租借するからそこを領土にしていいよ。そこにあるもの好きに使ってね』とでも言った場合、あのヤルバーンで、ゴンゴンと来られたら、彼ら的には撃退する手段を全く持たないため、いいようにやられ、事実上逃げるしかないわけで敗北確定なわけである。
そんな事態になった時、その時に「領土の主権交渉を平和的にしましょう」なんて言っても遅いわけで、日本から「ウチの領土ですよ、なんでそんな交渉しなきゃならんのですか?あなた方の誇る軍事力でどかしてみなさいな」と言われたら、どうしようもないわけであって、それを極端に恐れていた。
当然、彼らはその方面でも、被害妄想に駆られて、どうにかするために動かざるを得ないわけでもあった……
……信任状捧呈式。
その本質の内容である『日本がティエルクマスカ本国の行政権者の承認で国交を持った』という事実は、ヴェルデオの演説で、世界を今までにない次元へ引きずり込もうとしていた……
そう、完全にパワーバランスが変革しつつあったのだ。
そのパワーバランスは、軍事力という小さな話ではない。
経済、文化、科学、倫理、宗教、歴史、社会、考えられうる地球人類すべてのスキルに大きな影響を与えようとしていた。
そして、その変革の中心は、東洋の島国、人類最古で現在まで続く王朝を持ち、しかも共和体制をしく世界的に稀な政治体制を持つ国……日本であった……
かつて、第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンは、米ソ冷戦時代に
『人類が一致団結するためには、外的な脅威が必要である。例えばエイリアンが地球に攻めてきたならば、人類は一致団結することが出来るだろう』
という旨の発言をしたことがある。
この言葉の意味は、読んで字の如くだが、現在、ヤルバーンという外的な存在は、脅威でも何でもない。別に侵略をするわけでもなく、資源を奪い去っているわけでもない。
ただ、『日本という国限定で、深い交流を持った』というだけだ。
しかも極めて平和的に……
日本限定とはいえ、人類的には、本来喜ばしいことである。
しかし、これが平和的に『日本だけ』と国交を持った途端、レーガンの言葉とは全く逆の状態になる……なんともはやである……
運命とはいえ、これが『ガーグ』を発生させている根本原因であることは、柏木や二藤部達もある意味わかってはいるが、だからといってそれを認めるわけにも行かない。
難しいものである。
………………………………
柏木はその後、官邸にいつものように登庁した際、二藤部と三島の元を訪ね、国会演説の事を色々と尋ねた。
やはり、内閣官房参与という立場上、その真意を聞いておきたかったのだ。
柏木が尋ねたのは、やはりあの『主権』のくだりの事だった。
そして二藤部ははっきりという。
「ええ、そうです柏木さん。あの言葉はヴェルデオ大使と協議して、入れようという話になりました」
そして三島も
「ハハハ、さすが柏木先生だ。あの言葉の事を見抜いていたかぁ……」
「そりゃぁ、私だって一応『ネゴシエイター』を自称していますからねぇ、わかりますよ……なんでまたあんな危なっかしい言葉を入れたんですか?」
すると二藤部が
「ハハハ、柏木さん的には……『なぜあんな他国に疑念を持たすような言葉を入れたのか?理解できない』……というところでしょうか?」
「えぇ、そうですよ。もし私がビジネスであんな『虎の威を借る狐』みたいな言葉で交渉したら、一発で交渉破談ですよ……あんなの、ある意味『脅し』じゃないですか、変な誤解をして、とんでもない行動に出てくる国も無きにしもあらずかも……って感じですよ、どうなんですか?そこのところは……」
すると三島が
「おいおい、先生、俺だって一応経営者の端くれだぜ、それぐらいわかってらぁな」
「あ、そうでした、すみませんハハハ」
「ハハ、まぁ確かにアレだな、ビジネスマンの柏木先生ならそう思って不思議じゃねぇよ。でもな、柏木先生、俺達ゃビジネスをやってるわけじゃねぇんだ 『政治』をやってるわけだよ」
「えぇ、確かにそうですが」
二藤部が三島の目線を受けて、話をバトンタッチ
「柏木さん、政治の世界では、ビジネスの世界のように『誠意』や『信頼』で『信用』を得たりすることは、決して正しい手法であるとは限らないのですよ」
「? と、いいますと?」
「政治の世界では……そうですねぇ、どう言えばいいでしょうか……そう、相手に『確信』を抱かせたら『負け』なんです……」
二藤部が言う。
政治の世界で、もし『勝ち』という状況があるとすれば、それは相手に『疑念』を抱かせることだという。そして相手に『確信』を持たせたら『負け』だというのだ。
無論、『疑念』さえも抱かせない交渉ならばそれに越したことはないが、それは政治の世界では、なかなか難しい話である。
相手と何かを話し、交渉事をすれば、必ず相手は多かれ少なかれ『疑問』『疑念』を持つものだ。
二藤部はその意味を話す……
国と国同士が『疑念』を持つということは、これすなわち、相手を『警戒』するということでもある。
疑いを持った相手を警戒するという状況では、相手は『攻め』に転じない。
国が『攻め』に転じるときは、必ず何らかの『確信』を持った時である。したがって『確信』をもたれたら、外交では確実に『負け』なのだ。
なぜなら『確信』を持った相手は、すなわち、相手の手の内を知っている事になる。
つまり『答え』を知っているのだ。そんな相手に外交なり戦いを挑んでも、勝てるわけがない。
ビジネスの場合『疑い』を持った相手とは付き合わない……が鉄則である。
なぜなら、他に色々と選べる相手がいるから、好き嫌いができるわけである。なので『誠意』と『実績』が要求され、それで『信用』と『信頼』を得る。これがビジネス世界での『勝利』である。
確かに政治の世界でも『誠意』『実績』も必要ではあるが、政治の場合は、時と状況では、相手を選べない場合がある。
正に東アジア情勢がその最たる見本のようなものだ。日本はその場から動けないのだ。
したがって、相手の出方を封じるために、相手に『疑念』を持たせることも必要な事なのだという。
二藤部は続ける。
「……ですので、そうやって相手を封じ込めることで、それに付随してくっついてくる『ガーグ』も封じ込める事ができます。逆にそうすることで、それでも出てくるガーグは、『穴の少ないモグラたたき』ではありませんが、どっちにしろ認識しやすくなりますから、叩きやすくもなります」
柏木はポンと手を打ち
「あぁ!、それでメルヴェンや、八千矛を動きやすくすると」
「ご名答。そういうことですね。なので恐らく、他の国では『日本があの例の島をヤルバーンとともに攻めに来るのではないか』とか、そんな風に思っているところもあるでしょうね。でもそんな『疑念』は持たせるだけ持たせておけばいいんです。こっちのやる気がなければその『疑念』の状態は、ずうっと続きます。その状態を維持するだけ維持させておけば、少なくとも相手は動きません。そして仮に動いたとしても、その『疑念』に基づく動きだから、こちらもわかりやすいし、対処もしやすい』
なるほど! と柏木は思った。
確かに現状では、捧呈式のように、日本とヤルバーンの間で共に何かすることがあれば、フェルの例ではないが、芋の子を洗うように予想外の厄介事がアホみたいに起こる。
今回はテロに限ってのことだが、それ以外の何かもあるだろう。そうなるとヤルバーンの人員や日本の自衛隊や警察の人員を総動員しても、手が回らないのは目に見えている。
またフェルが、睡眠不足ハイモードになってしまう。
「なるほどですねぇ……そうか、それが政治かぁ……」
そう納得すると、三島が
「んなもん、今回のことだけじゃねぇよ先生、身近なとこじゃ、国会で俺らがやってる事もおんなじだぜ……あやふやなこと言って、意味不明なこと言って、やりもしねーこと言って、相手の様子や顔色を伺って、腹の中を探りながら、本命をドンと突きつける……まぁ、少なくとも小綺麗な世界ではねーわな」
「えぇ、そういうのは、私達民間人は、そうそう頻繁に経験することのない世界ですからね。その経験のあるビジネスマンってのは、正直ブラックです……まぁ、ないことはないでしょうが……そんなことばかりやってたら、そのうち仕事無くしますよ」
「ハハハ、それでいいんだよ先生。そんなのを日本国民がホイホイ許容してやってたら、この国はおかしくなっちまうよ」
「ハハ、確かに……でも私も『政府特務交渉官』なんて大層な肩書もらってますからね、三島先生みたいな腹黒さも少しは身につけないと」
と冗談交じりに柏木はいう。
「あ、そりゃねーよ柏木先生」
と二藤部と三島は笑う。
「でも、総理、三島先生、この件の真意は、ヴェルデオ司令も理解していらっしゃるんですか?」
「ええ、というか、どうやったら『ガーグ』の頻度を抑えられるか、認識しやすくするかという点で、かなり議論しました。で、やはりさすがはティエルクマスカですね、連合国家と言われるだけのことはあります。ヴェルデオ司令が、過去の交渉データバンクを元に、いろんなパターンをデータで用意してくれました」
「なるほど、確かに彼らなら『外交』という点では、達人といってもいいでしょうし」
「ええ、そうです。で、今回の……まぁ『作戦』をだせたわけです」
「では、フェルのやった『メルヴェンお披露目作戦』というのは」
「はい、国会演説での、あの時までがそういう事です」
「なるほど、ははは、なら、ヴェルデオ大使やフェルも、そうとう荒唐無稽な事をやったわけですね」
そう言うと、また三島が
「先生のやり方がうつったんだよ」
と揶揄する。
まぁ、今回の捧呈式は、政治の世界でもあったので、柏木はひとりの観客になってたわけだが、この二藤部と三島の話を聞いて、まだまだ学ぶべき事はあると感じる柏木であった。
そして、フェルやヴェルデオに対しても、さすがティエルクマスカ本国から派遣されているエリートであるとも感心した……
………………………………
その後、二藤部、三島、ヴェルデオ達の策はバッチリとはまり、世の不穏な勢力の動きは活性を鈍化させ、『ガーグ』の発生を予測する『ネガティブコード』も、信任状捧呈式のような異常な頻度ではなくなり、良い意味でも悪い意味でも安定化を見せる。
その後の大きな事件といえば、事実上の『メルヴェン』初仕事となった『ブルーフランス航空ハイジャック・ポーランド上院議員殺人未遂事件』であった。
この事件で、初めてメルヴェンが日本領域を超える越境事案となる。
そして、日本とヤルバーンが本格的にテロ対策で協調体制を取ったことが世間に知られるようになる事件となった。
この事件では、シエ達が航空機搭乗者と記念写真を撮りまくったたために、シエの容姿が世界的に知られることになり、その妖艶な美しさと、活躍時の堂々たる振る舞いから世界的にシエ人気が急上昇。
肖像権無視のガレージキットフィギュアが出まわったり、ド・ゴール空港では、Tシャツが人気のおみやげ品になるなど、西洋人ウケしそうなダークヒロインっぽい雰囲気で、ファンクラブみたいなのも出来つつあったりする。
そして、みんなシエの本名を知らないので、彼らの間では西洋人的なイメージで『キャプテンウィッチ(魔女隊長)』などというアメリカンダークヒーローみたいなニックネームを頂いている。
……ゼルエは『次はオレにも活躍させロ』と訴えていたとかいないとか……ゼルエなら、どんなニックネームを頂くのだろうか?……
インターネットでこの記事を読んだフェルは……
『マサトサン、「うぃっち」ってなんですカ?』
「日本語で……「魔女」っていう意味だよ……ハハハハハ、確かに、シエさんにピッタリのあだ名だなぁ」
『マジョ?』
「あ~、そうだなぁ……何て言えばいいのかなぁ……不思議な力で、PVMCGみたいな事ができるような、そんな感じのねぇ、本来はあまり良い意味じゃないんだけど、今では普通じゃない能力を持ったフリュさんなんかを例えるときに使う言葉なんだよ」
『そうですカ、いんたーねっとじゃ、こんなのを『マジョ』と言っていますけど、マサトサンの言っていることと、だいぶ違うようですガ』
そういうと、フェルは、中空に『ぴろりん』なアニメの魔女っ子画像を浮かべる。
「アハハハハ……まぁ、確かにそれも魔女といえば魔女だけど……どっちかといえばコッチかなぁ」
柏木はテレビの前に置いてあった、足に銃をくっつけ、デリンジャー拳銃の化け物みたいなのを持って、髪の毛で悪魔を造成したり、その時にやたらとストリップになりたがるメガネ美人の絵を見せた。
『ウフフフ、確かに、ソッチの方がシエっぽいですよネェ……………………取り込んじゃオ……』
フェルはその画像をPVMCGに取り込む……あとで絶対シエに見せる気満々だろと柏木は思う。
確かに、PVMCGで鉤爪は出すわ、手に電光球出して相手をぶっ倒すわ、ブラスター造成するわ……イゼイラ女性乗務員は、魔女っちゃー魔女みたいではある……柏木は(フェル、おめーの目が据わった時も、人のこと言えねーよ)と思ったが、口に出しては言わない。
『ア、なんですカ?マサトサン、その目は……何か言いたそうですネ、イイですよ、お聞きしますヨ、そこにお座りでス』
……柏木の嫁予定者には、お見通しであった……
…………………………………………
そんなこんなで、捧呈式も済み、一段落なある日の朝……
フェルも前の休暇が捧呈式の対応で、事実上オジャンになってしまったので、休暇の取り直しで、今日、明日と休みをもらった。
ヤルバーン人員の自由入国も、日に日に活発になっていくわけで、今日はそんな事もあって、昼からフェルは、ポルとリビリィ、シエ、ヘルゼンにオルカスを加えて、ヤルバーンフリュ軍団で、東京の色んな所を見物に行く予定であった。
ネガティブコードの監視なども、今ではヤルバーンの他のスタッフに任せてもいいぐらいに安定しているということで『ガーグ』対策も組織的に、軌道に乗りつつある。
自衛隊に訓練されたヤルバーン戦闘員は、見違えるほどの進歩を見せ、以前、大見達が冗談半分で言っていた『レンジャー教育課程』を修了したイゼイラ人が、二人ほど本当に出てしまった……
そのイゼイラ人は、現在、ゼルエの右腕として、ヤルバーン内での定期訓練教官の役を仰せつかっているという。
そういう事なので、フェル達幹部クラスにも、休暇のご褒美が出たのである。
しかし今日は平日であったりするので、カシワギサマはお仕事である。
フェルの作ったいつものおいしい朝食を食べつつ新聞を読む。
フェルは約束の時間まで、まだちょっとあるので、柏木のテレビゲームで遊んでいた。
モンスターをハンティングするMORPGなゲームである。アカウントネームは『フェルちゃん』
『ヨッ……ハッ……オヨヨ……こんなノ……サルバ星の……ダルゥガに比べたら……なんてこと……ナイ…で・ス・ヨっと……』
なかなかに楽しいらしい。
しかし、その『ダルゥカ』とかいう異星生物……ゲーム中のモンスターを見て比較考察する……これで『なんてことない』というのであれば、そやつは、どんな生物なのだろうと思う……宇宙は広い……そして宇宙ヤバイと思ったりする。
そして視線を新聞に戻す。
パラパラとめくり、流し読みする。
あの捧呈式の影響は、やはり大きかったようで、最近は外交関係の記事がやたらと目立つ。
各国はなんとかヤルバーンとの繋がりを持ちたいのか、日本政府に色々と外交攻勢をかけてきているようである。
まぁとはいえ、ヤルバーンが依然、外国に対して門戸を閉ざしているので、なかなかに進展しない。
やはりそういう点、ドノバンの功績は、アメリカ的には大きかったのだろう、最近は米国大使館への人の出入りが以前になく多くなっているようである。
そんなこんなで麗子からいつの間にか義務付けられてしまっている経済欄を読む。
以前、記事で読んだ航空機メーカーや重工業メーカーが『捧呈式』以降、軒並み株価がストップ高だという。
これは米国に限らず、欧州でも似たような状況。
そして、それら企業に部品等を納入している企業もM&Aが加速しているということらしい。
しかもそれらの資本が……
「中国マネーかよ……」
柏木はつぶやく。
そして日本でも……
ヤルバーン人員研修名目で技術調査滞在をOGHが受け入れた際、OGHが音頭を取っている共同研究プロジェクトチーム関連中小企業のM&A活動が活発になっているという。
今のところ、記事ではOGHや君島重工、イツツジが資本協力を行い、外国勢の資本流入を阻止しているが、こういった企業の国際的な体制の弱さを根本から見直さないと、安保委員会の財政面で頑張っている麗子や大森、君島達の努力も無駄になってしまう可能性もある。
ここは日本企業の、特に中小企業の弱さでもあり、ある意味、日本の経済的な弱点でもあったりする。
そして、こういうM&A攻勢をかける連中も、見た目は日本資本であるが、その資本の大元供給先は日本かどうか疑わしいものである。
以前、日本でも問題になった、野球球団買収時にインサイダーで有罪判決を受けたファンド会社の例もある……不透明な金の流れは、こういった事件が犯罪化するまで、その源流はわからないものなのだ。
こればっかりは自由経済社会であるかぎり、阻止は難しい。
テロや犯罪のような力技と法で正当性をもって阻止することが困難な世界なのだ。
金は一瞬にして国境を超える。国境を越えれば法も変わる。そしてその法も国益の名のもとには、絶対ではない。こればかりは難しい。
おそらく検察なども動いて、内定はしているだろうが……
「こういうのも『ガーグ』なんだろうな……しかし、コイツらは戦える奴が限定される……麗子さんや大森会長、君島重工さんに頑張ってもらわないと…」
またもつぶやいてしまう柏木。
すると
『大丈夫デすよ、マサトサン』
フェルがいつの間にかゲームを止めて、柏木の読む新聞を一緒に覗きこんでいた。
柏木は記事を読んで、脳内世界に入り込んでしまっていたので、気付かなかった。
「おゥ……フェル、ありゃ、あのモンスター倒したの?」
『ハイ、お仲間さんの協力で倒せましたヨ』
「そっか、面白い?あのゲーム」
『ハイです。ああいう『げーむ』の形態はイゼイラにもありますが、イゼイラの物はVMC造成させた空間の中で、自分自身が体を使って行うものや、脳エミュレーションシステムと、自分の脳をリンクさせて疑似体験したりするタイプが一般的なので、ああいう『画面』の中の映像を使って遊ぶものはありませン。なので、新鮮ですヨ』
おいおい、そっちのほうが面白いんじゃないのか?と思ったりする柏木、ってか、一度遊んでみたいと思ったり……
「で、さっきの話だけど『大丈夫』ってどういうこと?」
『ハイ、ヴェルデオ司令の話ですと、今度ヤルバーンでも、日本や他国の外貨獲得のために『びじねす』をすることになっていますよネ』
「あぁ、なんかそういう話だったね」
『その計画で、何かイロイロと考えているようでスヨ』
「なるほどね、あの『財団法人ヤルバーン経済協力機構』はそういう意味もあったのか……」
『でスね、まぁワタクシは貨幣経済はまだ勉強中でスので、詳しくはわかりませんガ』
柏木は、世が捧呈式以降、そして、メルヴェンの登場以降、日本とヤルバーン―ティエルクマスカ連合を中心に動いていくのを感じていた。
その動きはシエやゼルエ達の『力』だけの動きではない。柏木やフェル、ヴェルデオや二藤部達の『政治』だけの動きでもない。
大森、君島、麗子達の『経済』や、真壁達の『ソフトウェア』『ハードウェア』などの『技術』もその動き……いや、戦いに加わっていくだろう。
「本当に……全力だな、こりゃ……」
柏木は背伸びをして髪をかきあげ、大きく息を吸って吐く……
しかし、フェル達の活躍で、今はなんとか平穏である。
『ガーグ』の動きは少なかれあるものの、概ね『平穏』だった。
フェルや柏木は、そのいつ終わるかわからない平穏を、今だけは楽しみたいと思った……
いつも『銀河連合日本』をご愛読していただきまして、誠にありがとうございます。
さて、―15―にて、―変動―の章は終了の予定ですが、それまでに皆様から頂きましたご感想をモチーフにしたお話や、その他ちょっと追加しておきたいお話などを―番外編―として何話か、一話完結型で書かせていただきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。
で、今回、ティエルクマスカ連合旗のくだりが出てきましたが、その旗のデザインをイメージしていただく資料として、イメージ画をアップさせていただきました。
ご参考にどうぞ。
○ティエルクマスカ連合旗・参考イメージ画
ちなみに、下二つは 柗本保羽 の洒落です……どうもすみませんw