―14― (上)
~東京 新宿 歌舞伎町~
外に放置されたゴミ袋をついばむカラスしかいないような早朝。
「下村ぁ!長谷部ぇ! お前右! セマル君は向こうから!」
「は、はいっ!」と下村と長谷部
『了解!』とセマル
セマルは、昨日ポルからもらった『キグルミシステム』で、日本人姿に変装していた。そこにサングラスをかけている。
なかなかにイケメンで、映画俳優のようだ。
ハァハァと息を切らして誰かを追う山本。
「クソっ! どっち行きやがった」
あたりをグルリと見回す。
すると路地の向こうから
「こっちです!被疑者発見!」
「チッ! 向こうかよ!」
路地のバケツやゴミ箱をぶっ倒しながら山本はその方向へ走る。
すると乾いた銃声が2~3発。
「何っ! 野郎、チャカ持ってんのか!」
下村と長谷部がとある路地の入り口壁際に体を寄せ、SIG-P230日本警察仕様を構えて伏せている。
「山本さん、追い詰めたんですが!……」と下村
「野郎、急に拳銃を出してきて……」と長谷部
「この先は!?」と山本
「行き止まりですが、金網なので乗り越えようと思えば乗り越えられます」と下村
「応援は呼んだのか?」と山本
「ええ、私がさっき」と長谷部
「チッ、なんで『外事』の俺たちが、こんな安い刑事ドラマみたいなマネしなきゃなんねーんだよ」
山本も懐からP230を出し、弾倉を確認して構える。
「ハハッ、安っぽい刑事ドラマって訳でもなさそうですよ、山本さん」
下村が路地になっている建物の屋上を見ろと指を指す。
セマルがOKサインを出して、ポケットに手を入れ立っていた。
すると、セマルは5メートルはあろうその屋上から、バッと飛び降りる。
「お、おいおいおい!セマル!」
思わず山本が叫ぶ。
その声に容疑者は反応し、後ろを振り返る。
セマルの落下速度が着地寸前に減少し、トっと片足を付けてから狭い路地に直立して、容疑者と対峙した。
「おお~カッコイイっすねぇ……」
と下村。
しかしその様に驚いた容疑者は、すぐさまセマルに向かって銃を構え、3発発射する。
「ま、マズっ!」
山本はそう言うと、銃を犯人に向けて構えるが、セマルは撃たれたのに倒れる様子もない。
それどころか、容疑者の放った弾丸は、セマルの数十センチ手前で、グニャリと潰れて、マッシュルーム状になり、空中に停止していた。
そして弾丸はそのままストンと落下し、カラカラと地面を転がる。
容疑者はその様を見て石化する。
セマルは右手を光らせると、何やら見たこともない鋭角なデザインの、銃のような形をした物体を造成させてそれを容疑者に向けて構え、2発発射した。
ヴァシュ!っという音と閃光が2回。すると容疑者はもんどりうって倒れ、白目をむく。
「セマル君!殺したのか!」
山本は思わず叫ぶ。
『ケラーヤマモト、心配には及びませン。スタンモードで気を失っているだけでス』
確かにその容疑者は、かすかにピクピクと痙攣していた。外傷はない。
セマルは日本で何かのドラマか映画でも見て、それにハマったのだろうか、その鋭角な銃のような武器を、トリガーガードに人差し指を入れてクルクル回しながらその形状を解除し、霧散させた。
下村と長谷部はその様を見て(セマルさん、出来過ぎっす)と顔を見合わせ両手を横に上げる。
『ホンチョウに引っ張っていって、水でモぶっかければ目を覚ましますヨ』
「ハハまったくかなわんね、セマル君その気があるなら日本に住めよ。帰化申請ぐらい俺たちでどうとでもしてやるしよ、その気があるなら外事で雇ってやるぜ」
『エ!ホ、本当ですカ!』
半分冗談で言った山本だったが、セマルの意外な本気反応に三人顔を合わせて笑った。
…………………………………………………………
昨日。
柏木とフェルは官邸で二藤部達と件の信任状の件で急遽話し合った。
柏木はさぞ二藤部達は頭を抱えているだろうと心配しながら総理執務室に赴いたが、意外なほど二藤部や三島は冷静だった……いや、冷静を装っていたと言った方が良いか。
流石に最初ヴェルデオにあの話を聞かされたときは、官邸スタッフ一同ぶったまげたそうで、てんやわんやの大騒ぎだったそうなのだが、冷静に考えると現状の『みなし大使館』状態であるほうがむしろ歪なのであって、将来的にこうなることは充分予想できるということもあり、ここは冷静にいかなければ状況に流されてしまうと、どうもみんな腹をくくっていたようだ。
今後のことで二藤部達が懸念していることは、ヤルバーン自体が今後ティエルクマスカ―イゼイラの領土として日本政府が認定するか否かの判断と、これを国会にかけて賛否を問うかどうかの判断だ。
これが普通の地球の国家なら『みなし大使館』が『大使館』になる分には何も別に問題ない。
しかし相手は『対角線長10キロの空とぶ島』みたいな大使館である。
まぁはっきりいやぁ敷地面積約65平方キロメートルの空に浮かんでる大使館である。しかも高さは600メートル程。ちなみに伊豆大島の面積は、約91平方キロメートルである……でかいわけである。
これを『ただの大使館です』というには、どう見ても無理がある。
しかし『大使館』となれば、国際法的にはイコール領土と同等な訳なので、どっちにしても『ティ銀連―イゼイラの領土みたいな感じ』になってしまう。なんせ地球的にも前例がないので『どうしましょう?』という話になる。
そんな感じで与党自保党が根回しを野党各党にしたわけだが、意外なほどに各党反対意見が出なかった。
……というのも、各党的にヤルバーンが日本領海にいてくれるほうがどうも都合が良いらしい。
例えば……
民生党的には、件のハイクァーン技術やVMC技術を使えば、弱者救済になるから……とか……
日本立志会的には、同じくハイクァーン技術を使えば生活保護費の削減になって、地方自治体予算が助かり、地方分権が進むから……とか……元東京都知事会派の方は、防衛技術の研究派遣なども視野に入れるべきと、変わらぬスキルの意見を出しているが、技術研究の方は、極秘裏に行われているのは周知の通り。
日本共産連盟は、まぁ言ってみれば共産主義の理想的姿がティエルクマスカでございますらしいし……
生活環境党の党首は、相模湾一帯の土地を買いまくっているという黒い噂もありーので……
公正党はまぁ与党ということもありーので……
実際問題として、あの場所にいるヤルバーンに今更『どっかいけ』なんて言える状況でもなし、仮に言ったとして、全国の観光業界や、財界から総スカンを食らって次の選挙は大敗。最近は労働組合ですらヤルバーンがそこにいることの雇用確保な恩恵に気づいてきており、一部団体が賛成に回るなどそんな感じで、各政党も世論や支持団体を敵に回すわけにも行かず……
まぁ今後の国会戦略的にも日本の政党はまだ『ガーグ』的な汚染もされていないか、もしくはされていてもそっちの方が都合がいいから反対しないか……そこはわからないが、うまく事を運んでいける感じではあるため、二藤部的にもそれがクリアできれば当面は問題もないだろうという判断で、とりあえずは冷静でいられるらしい。
世界の反応に関しても、二藤部達は逆にこれを武器に使おうという考えもあるようで、柏木はそういった事を説明された。
まぁ柏木的にはそのあたりは『政治』なので、自分がどうこう言う立場でもない。
政府の方針がそうであれば、内閣官房参与としては、その方針でいくのである。
『はいそうですか』で一応承ったわけではあるが、どっちにしろそれをそういう方向性に持って行くにしてもやはり『信任状捧呈式』を成功させなければ、現状が一気に地球的規模の危機になってしまうわけで、そのあたりはもう時間もないため警察庁担当者・防衛省担当者・内閣府担当者・宮内庁担当者がすぐさまヤルバーンへ飛び、徹夜状態で協議しているとのことだった。
無論、これにはフェルも参加しており、捧呈式当日までおそらく泊まり込みだろうとも。
そんな感じで息つく暇も無く、今日。
柏木は官邸で仕事という感じであるが、今回ばかりは警察と防衛省そしてヤルバーン自治局と自衛局がメインで動いているので、柏木的には出る幕がない。
ヤルバーンやティエルクマスカ関係担当の内閣官房参与とはいえ『ガーグ』が何してくるか解らない以上は柏木的にも首を突っ込むわけにもいかないし、まさか銃持って一緒に警備とかいうわけにもいかないので、これはこれで結構歯痒いのも事実だ。
柏木は新聞を読む。
一面はやはり明後日に迫った信任状捧呈式の記事で埋まっていた。
記事の内容を読むと、まだティエルクマスカ本国議長のサインが入った信任状の事は当然書かれていない。記事の論調も『みなし大使館』としての扱いで、ティエルクマスカ本国との本格的国交は未知数と書かれている。
(これが明後日にはひっくり返るんだからなぁ……今持ってるネタ、マスコミに売ったらどれぐらいで買うだろうな、ハハ)
先日、経済欄も読めと白木に言われたので、読んでみる。
日本経済、特に家電業界はあまりよろしくないようだ。
円安で輸出を持ち直したとはいえ、パソコンや白物家電などはもう昨今アジア勢に押されてどうにもこうにもな状況。経営の神様が興した企業も、パっとせず、尼崎のテレビ工場を売り飛ばすとか、液晶パネルで有名な企業も、それまでがあまりに酷い状況だったので、身売りは免れたものの、リストラでなんとか黒字を確保しているという次第。
やはり今までのデフレという奴は、相当に日本へグッサリと傷跡を残しているようだ。
米国も同様のようだが、特に民主党が推し進める軍事費削減と、社会保障充実政策のあおりを受けて、兵器などを開発している航空機メーカー、車両、重工業メーカーが軒並み低迷。合併などのリストラが加速しているという。
特に気になるのが、大手はまだそれほどでもないが、中小やベンチャークラスの大手下請け企業に中国の投資が入り込んでいるという話らしく、一部ではM&Aが加速しているという。
(今のアメリカは、中国マネー無しではやってられねーのかな?)
このあたりの企業クラスの話なら、柏木の偏った知識でも射程範囲なので、少し心配したりもする。
(しかしまぁ、日本も株価も上がった上がったっていうけど、よくよく考えたら、これでやっと数年前なんだもんなぁ……あのナントカショックまでは、円も120円だったんだぜ……)
と、そんな事を考えたりもする。
そして新聞もほどほどに机にあった警備概要資料を読む。
(で、今回の儀装馬車コースは?……)
今回の儀装馬車のコースは……
東京駅丸の内口>行幸通り>和田倉門左折>皇居外苑>二重橋前>皇居正門>二重橋
(なるほどね……行幸通りか……ビル多いなぁここ……)
狙撃には格好のポイントが多々ある場所だ。狙撃を防ぐならむしろ明治生命館出発の方が良かったかも知れない。
行幸通りなら観衆も集まりやすくなる。観衆が集まりやすいということは、『ガーグ』も集まりやすいということでもある。
ただ威風堂々といくなら、行幸通りの方がインパクトに勝る。難しいところだ。
(フェル達、どうやる気だろ……)
連中の狙いがわかれば、ガードの方針も絞り込める。しかし『ガーグ』のような一貫性がない敵相手にはそれが難しい。
つまりその場をしのぎきっても確実な勝利判定が出ないからだ。
(ヴェルデオ大使の暗殺……って線は無いよな、あまりに無駄すぎる。儀装馬車自体にシールド張れば、戦車の砲弾でも殺すのは難しい……なら一番可能性が高いのは騒乱か……要は騒げれば良いって線だな。それで式を妨害してヤルバーンとの関係悪化を目論むって線が一番濃厚だろうなぁ……とすると、悪印象を抱かせたいと思う相手は日本側か?ヤルバーン側か?それともどちらもか?……それをして一体連中に何の得があるんだ?……まぁ一番考えやすいのはUEFみたいな連中の『民族主義』じゃないけれど『地球主義』みたいなイデオロギーがらみか……それでも安っぽいよなぁ……まぁでもテロする連中の思想なんて考えてみれば、結果的にみんな安っぽいけど、その安っぽいことに最大の労力使うんだからなぁ……)
そしてその『安っぽい結果』を成功されたら、今の状況、とてつもなくタマランわけである。
そんな感じで官邸の執務室で色々作業をやっていると、いつものようにノックする人。
トントトトンのットントンと叩く。
約束時間通りの来訪である。
「あいよ、どうぞ」
「おっはよーさん」と入るは白木。
「ウっす……お、良い部屋じゃないか」と柏木執務室はお初の大見。キョロキョロと部屋を見渡す。制服でバシっとキめていた。
「おー、オーちゃん、久しぶり」
「おう、なんか偉そうな部屋に陣取ってるじゃねーか、柏木」
「成り行きですわ、えぇ……まぁ二人ともかけてくれよ、茶でも入れるわ」
二人に茶を出す柏木。お茶はフェルがいつも官邸に来るたびに補充していくイゼイラのお茶である。
ほのかな甘い香りに香辛料を混ぜ込んだような風味のイゼイラ茶は、柏木の部屋に来る客には結構好評だったりする。砂糖を入れると、また違う味を楽しめる。冷やしてもよし。
今では柏木執務室の売りになっている。前に来た経済界のお客からは『売ってくれ』といわれた。
「あ~、この茶、いつ飲んでもうめぇな、あ、そうそう、麗子がまた送ってくれって言ってたぞ」
「んん、聞いてる。フェルがこないだ梱包してたぞ、もう行ってるんじゃないか?」
と白木と柏木が話していると、大見がおかわりを頼む。
大見も気に入ったようだ。
そして柏木が続ける。
「で、今日来たって事は……」
「おう、大使の警備概要が決まった。これ書類、フェルフェリアさんからお前に渡してくれって」
白木にその書類を渡される……何とも変わった『紙』だ……というか紙なのか?これ、というような素材で出来ている。合成紙のようでもなし……まぁこの際どうでもいいが。
「うっしゃ、どれどれ………………」
書類をパラパラとめくって読む柏木……
読むウチに、最初は少し笑顔だった柏木の顔が……ページをめくるたびにどんどん眉間にしわを寄せていく……
その顔を見てニヤつくは、白木と大見……
……柏木は最後まで読むとすました顔になり、二人の方へ顔を上げる……そしてピっと指で書類を差し、目をぱちくりさせる。
白木と大見は、ニヤつき顔で、ウンウンと頷く。
……柏木は少し考える顔をして……もう一度目を(以下略)
……白木と大見はニヤつき顔で(以下略)
…………………………しばしの沈黙。
そして柏木は
「……おいおいおいおいおい、これ、マジでこんな事やる気かぁ!」
「ハイです、マサトサン」
と白木。横で大見がウンウンと頷いている。
「何が『マサトサン』だよ、だれ、これ考えたの」
「だから、企画立案、フェルフェリアさん。提供はヤルバーンでお送りします」と白木。
「企画協賛は、皇宮警察本部」と大見。
「はぁ?マジデスカ。って、これ、本当にフェルが言い出したの?」
柏木は半分呆れ顔で書類を指でズンズン突きながら話す。
「おう、なんか『全力で』って言ってたからな、フェルフェリアさん」と白木。
「俺も始めは冗談か?と思ったが、皇宮警察も、この際安全が100パーセント確保できれば手段は問わないって、なりふりかまってない状態だったしな」と大見。
「マジかよ……」と手の平で顔をこすり「まぁ……確かにこの計画でやれば、絶対ヴェルデオ大使は守れるけど……マスコミも見てるんだぞ、白木、これ……」
「まぁ、逆に言えば、そこんとこもあるみたいだぜ、『見せつけたい』ってのも」
「あぁあぁ、なんかフェル、言ってたなぁ……『私ハ未熟でした』とかなんとか……大丈夫か、フェルは……」
「なんか完徹で、ハイになってたという噂もチラホラと……」
「はぁ!?」
「いやいやいや、大丈夫大丈夫……というかよ、総理や三島先生も『それでいこう』って言ってたぞ」
「ホントかよ……」
大見はお茶の残りをグイと飲み干すと、三島の物まね混じりで
「ハハハ、三島先生は『フェルフェリアさんも、柏木先生の突撃ナントカがウツったんじゃねーか?』っていってたぞ」
「カンベンしてくれよ……でぇ、これぇ、もう決定事項?」
「あぁ、自衛隊の方もこれで既に準備中だ」と大見。
「三島先生がお前に意見もらってきてくれってんでな、どうだ柏木先生」と白木。
「意見も何もよぅ、俺はこんな警備関係は専門外だしよぅ……意見求められてもなぁ……んん~……『こんな事して大丈夫デスカ?』って事以外は特にないよ……」
「よっしゃ、んじゃキマリだな」
と澄まして言う白木。
「え?キマリなのか!?」
白木と大見はお互い顔を見て頷く。
突撃バカの柏木が驚くぐらいだから……相当なものだったのだろう……いろんな意味で。
そんな話をしてると、やけに外が騒がしい。
また何かマスコミと閣僚がやりあってるのかと思うが、どうも官邸警備をしている警官の声のようだ。
大きな声で何か慌てふためくように叫んでいる声が漏れ聞こえてくる。
「あ、あなた!許可証は!……ちょ、ちょっと待ちなさい!」
柏木達は「なんだなんだ?」と部屋を出て外を覗くと……廊下で背の高い女性と警備の警官がやりあっている……どっちかというと警官のほうが圧倒されているよう。
「おいおい、なんだあれ……えらい美人な……っちゅーか、エロいお姉さんだなぁ」
白木が眼鏡のフレームをいじりながら話す。
その女性、腰骨あたりまでしか上げていない、体にピッタリとフィットしたレギンスパンツを穿いて、これまた体にフィットした襟元の大きく開いた長袖シャツにジャケットを羽織り、高いヒールを履いている。
金銀二つのネックレスがこれまた良くお似合いで、レギンスのベルト通しにはダランと垂れるように巻いた程度のラフなファッションベルトを付け、シャツもレギンスの中に入れていないので、時々おへそが覗く……この時期、寒くないのかと思うが……
そして、ブランド物のハンドバッグを肩から下げているようだ。
容姿はロングヘアーな日本人……とんでもない別嬪、美人さんである。胸のサイズはDカップか? シャツの襟元から谷間が見える。
その女性は、警備にガミガミ言われるのに嫌気が差しているのか、耳に指を突っ込んでウザそうにこっちへ向かってくる。
数歩進むと警備に制止され、困ったような顔をする。
するとその女性が自分を眺める柏木達を見つけたようで、パァっと明るい顔になり
『カシワギ!オ~イ、助ケテクレ!』
と手を振っている。
「え?え?……その声……シエさん!?」
……………………
シエ日本人バージョンを執務室に招き入れる柏木。
官邸警備の警察官にペコペコと頭を下げて、シエの素性を説明、なんとかお許しを得た。
そりゃ、こんな格好で官邸に来る奴は普通いないわけで、警備担当者も怪しんで当然である。しかも喋る言葉がダストールなもんだから、日本人が普通に聞けば『なんちゅう態度のでかい女だ』と思われても仕方がない。
……とはいえ、キグルミシステムが計算した、シエの近似値的な日本人姿に、柏木・白木・大見一同ポカ~ンと口を開けてしばし見物。
とんでもなく美人である。フェルの日本人バージョンに負けていない。
フェルの場合は清楚さが際立つ清楚美人だが、シエの場合、単純に、かつ、異常にセクシーである。
もうミスユニバース世界大会にでもいけば確実に獲れる。
『オマエタチ、何ヲ呆ケテイル』
「い、いやシエさん……その服装はどこで?」
『ン?フェルカラ借リタ『ジョセイザッシ』トイウノヲ見テ、コノ服装ガ気ニ入ッタノデ『キグルミシステム』トヤラニ組ミ込ンデミタノダガ、何カマズカッタカ?』
プルプルと首を振るデルン三人衆(大変よくお似合いで。お似合いすぎて色々とヤバイです)と心の中で思った。
『フム、デハ部屋ヲ出ルマデ、元ノ姿デイサセテモラウヨ。少々コノ格好ハ窮屈ナノデナ』
そういうと、シエはPVMCGに手をかけて、オリジナルシエに戻ろうとするが……
「あ~!ここでは……」
と叫ぶ柏木……でも遅し。
『ン? 』
と柏木の方を見つつ、シエはモードチェンジする。
一瞬、全裸ヌードになるシエ。大見に白木はドッキリ顔だ。
柏木は顔を隠してる……そしていつものヤルバーン制服姿のシエへ。
しかし全裸を見られたのに、シエは平然とした顔をしている。ダストール人は、そういうこと、あまり抵抗がないのだろうか。
『何デ顔を隠シテイル、オカシナ奴ダ』
そう言うとシエはボスっとソファーに腰をかけ、長い御御足を前に組む。
そしてハンドバッグを開けて、中からモゾモゾと書類を取り出した。
ハンドバッグはどうやら仮想造成物ではないようで、シエの私物のようだ……どうも見た感じ、フランス製の、有名ロボットアニメに出てくる敵機動兵器の名を冠するメーカー製のようである。
普通に買っても、ものすごい値段の代物だ。
「シエさん、そのハンドバッグ……どこで手に入れたんです?」
『ン?……デザインガ気ニ入ッタノデナ、ヤルバーンニ来タニホン人ガ持ッテイタノデ、データヲ取ラセテモラッタ。ソレデ、ハイクァーンデ……』
「あ~、もういいです、わかりました。それ以上は結構です……聞かなかったことにします……ハァ……」
『??』
柏木は深く聞かないことにした……
そんなドタバタ劇もそこそこに、シエは少し真剣な顔つきになり
『実ハナ、先程マデ、セマルニ要請サレテ、『コーアン』トイウ部署ノ、『ヤマモト』トイウ治安担当者ト会ッテイタノダ』
「山本さんと?」
『ウム、聞イテイナイカ?』
「えぇ、白木やオーちゃんは?」
「いや?」と首を振る白木
「まったく」と大見
『ソウカ、マァ、朝早イ時間ダッタカラナ……ナンデモ今日ノ朝、『シンジュク』トイウ街デ一騒動アッタソウナノダガ、ソレノ取り調べニ付キ合ッテイタノダ』
えっ?と三人顔を見合わせる。
「シ、シエさんが取り調べ……やったんですか?」
『ウム、チョット脅シテヤッタラ、ペラペラ喋ッテクレタゾ、フフフ』
え゛……と思う三人。
(その縦割れ瞳で脅したんですか?)と言いたげな表情……でも言わない。
「ちなみにシエさん、後学までにお教え頂きたいのでございますが、どど、どんな脅しをおかましになられたので?」
『ン?ソウダナ 「オマエノ頭ノ中身ヲキレイサッパリ消シサッテ、地球ノブタシカ愛セナイヨウナ人格ニ作リカエテヤルゾ」トカダナ「オマエヲ転送装置ノ上ニノセテ、目ヲ瞑ッテ、システムヲ操作シテヤル。ドコニ飛バサレルカ見物ダナ」トカダナ、他ニハ……』
「あ~……もういいっす……」
三人は頭を抱えていた……
『ダッテ……ヤマモトガ手段ヲ選バナクテイイッテイウカラサァ……』
口を尖らして訴えるシエ……両手の人差し指の先ををツンツンと合わしている。
(いや、アンタもそんな脅し文句言えるぐらいだから相当なもんだよ……)と三人とも心の中で思うが……口に出しては言わない。
「公安さんはよぉ……」とタハー顔な白木。
「外事だからできるんだよなぁ……」と大見。
で白木が続ける。
「あー……で、シエさん、それで何か聞き出せたんですか?」
『ウム、ソレデダナ、ヤマモトカラ、カシワギ達ニ、コノ『調書』ヲ渡シテクレト頼マレテ、ココマデ来タノダ』
ほう、とばかりに、シエがハンドバッグから先程出した封筒を開けて、取り調べ調書を回し読みする三人。
調書には、やはり捧呈式妨害の概要が自白として書かれていた。
新宿のとあるバーで容疑者が飲んでいたところ、仲間らしき人物に捧呈式妨害を臭わす話をしていたとして、バーの店長から通報があったそうだ。
内容は、やはり『暗殺』の類いではなく『騒乱』の類を起こそうとする内容。
しかし、場所や手段までは聞き出せなかったらしい。
「ん~、今ひとつなぁ……」と柏木。
「あぁ、こりゃ下っ端だな」と白木。
「今ひとつヒネリが足らんなぁ」と大見。
『ヤマモトモ同ジ意見ダッタナ、マァシカシ、重要ナノハ、ヤハリ『ホウテイシキ』デ事ガ起コルト言ウコトダ、コチラノ方ガ重要ダ。ヤマモトモ、同ジ意見ダッタ』
「えぇ、確かにそうですね。それは言えています」
と柏木。
そう言うと、先程の『信任状捧呈式 警備計画書』をもう一度手に取り、読み返す。
普通に考えたら、このUEFの下っ端仕事だけでは終わらないと思うが、もっと『何か』が繋がる相関性があるのではないかと考える。
「どうした柏木」
大見が、柏木の黙して考える顔を見て尋ねる。
「うん、あのさ……相手はあの『ガーグ』という事を仮定して、みんな動いているんだよな」
「あぁ、それはそうだろう」
「じゃぁ、今回の妨害行為……目的は一つとは限らない訳じゃん」
「ん~、まぁそうかもしれんな」
柏木は、以前フェルに『ガーグ』の事を『色んな思惑を持った連中が、ちょっとした接点でもくっつき合い、また離れては別の思惑とくっつき……そういう事を連鎖的に繰り返す連中』と言った事がある。
その点で、どうにも引っかかることがあったのだが、それがポンと出てこない。
再度、計画書を読む柏木は
「やはりこれしかないのかなぁ……」
と少し考えるが
(まぁ、何が出てくるか解らないけど、ヴェルデオ大使と、観衆の安全確保が最大にして第一だしな)
と考え、納得することにした。
そして。
「シエさんはこれからどうするんです?」
『トーキョー駅トイウ場所二行ッテ、ホウテイシキノコースヲ見テ行コウカト思ッテイル。マァスコシノアイダ、トーキョー見物ダナ』
「え? 一人でですか? ……地下鉄とか乗れるんですか?」
『アァ、メトロトカイウ、トランスポーターノ乗リ方ハ、モウ覚エタゾ』
「さっきの日本人の格好でですか?」
『ウム、ナニカ問題アルノカ?』
「いや……まぁ……問題ないっちゃーないんですけど……なぁ白木」
「なんで俺に振るんだよ……なぁ大見」
「いやいやいや、俺は知らんぞ……あ、いやまぁ、知らない訳でもないが……」
シエとやり合った大見は……あの艶めかしい格好に、なんとなく不安を抱いてしまったりする。
そしてシエは男三人の前で、また堂々とPVMCGで日本人姿になるという女っぷりを見せるが、本当に異性の前であんな姿になっても、特になんとも思っていないらしく、ある意味アッパレとも思った。
……そして、あとで聞くところによると、やっぱりどっかのプロダクションのスカウトに声をかけられまくりーの、ナンパされまくりーので、相当鬱陶しかったそうな……
…………………………………………
………… そして、信任状奉呈式 当日 …………
今年は例年になく変な気候である。
春のように暖かくなったかと思えば、次の日は猛烈な雪が降る。
そんな日、週が繰り返しやってくる。
そして今日は昨日から降り続く雪が積もり、今も涔涔と雪が降る。
通例なら、これだけ雪が降れば、儀装馬車での奉呈式は中止され、自動車に変更されるのだが、今回は儀装馬車の運用が行われる事になった。
馬車を引くお馬さんも大変である……はっきりいってクソ寒い。
本日、東京の気温は最低気温-1度で最高気温3度。ちょっとした雪国並みである。
過去には雨の日に儀装馬車を運用した例も無きにしも非ずだが、戦後で言えば、このような……ある意味『絵になる雪模様』な状況では初めてではなかろうか……これはヤルバーン側と日本側が協議した結果であるため、問題なく運用できる状況にできるのであろう。
さて、ヴェルデオは早朝にデロニカにて羽田へと到着。
同行者は、フェルと副司令ジェグリに司令部部長のヘルゼン。
護衛担当として、キグルミシステムで日本人バージョンになったゼルエ。
その見た目は何かの映画で見た、体から爪を出して新幹線の上で暴れまくる亜人間なオッサンのようである。
スーツで決めてはいるが……正直ヤの字だ。ガタイがでかいだけに余計に目立つ。
デロニカから、まず降りてきたのは何かといえば……後部貨物格納庫から降ろされたVIP用のトランスポーターだった。
フィフィと音をたてながら、空港誘導員の指示に従って、バックで宙を浮きながら降りてくる。
そのデザインは、幅広な涙滴状でありながらもセダンのようなデザイン。そしてイゼイラマシンに良くあるスリット状の模様が特徴で、そのスリットにランダムで左右に小さな光がシュンシュンと走っている。色彩は漆塗りのようなメタリックブラックに、ところどころシルバーのラインがはえる。
驚くべきは、誘導員の指示に完璧に従いながらも、完全な無人機?……いや、無人車であるところだ。
この場合、車輪は付いていないが、あえて『車』と表現すべきだろう。
そしてその車は、まるで意思を持っているかのように、完璧に誘導員の指示に従っている。
誘導員がジェスチャーで、ヤルバーン入り口に付けろと指示をすると、その場へサっと横付けする。
これには誘導員も仕事をこなしながらも、窓から中を覗いたりと、本当に驚いているようだった。
相当高度な自己判断機能なシステムを搭載しているのだろう。おそらく、そんじょそこらの人工知能どころの騒ぎではあるまい。
面白いのは、こんな車輪もない完璧に車検外な宙に浮く車であるにもかかわらず、今回は特別で、その前後に【マル外】マークのナンバープレートを付けていることだ。これはなかなかレアな光景である。
次にヴェルデオ達が降機し、トランスポーターに乗車する。フェルとヴェルデオが後ろに乗り、ヘルゼンとジェグリが前に乗ったようだ。ゼルエは後ろに控える覆面パトカーへ同乗したようだ。
そしてトランスポーターの前後へ、その覆面パトカーと、一般パトカーに白バイが付き、走り出す……
その時、車列の空気が一瞬歪んだような気がした……そう、トランスポーターが車列全体を囲むようにシールドを展開したのだ。
ヴェルデオを乗せた自動操縦トランスポーターは、寸分の狂いもなく意思を持った生き物のようにパトカーの車列に速度を合わせる。
これをみた護衛の警察官は、口々に『どんなシステムで走ってるのだろう』と囁く。
車列の移動する予定コースは、首都高湾岸線から1号羽田線へ乗り換えて、首都高都心環状線へ、そして東京駅へ。
ちょうどデロニカが羽田へ到着した頃ぐらいから雪が止み、雲から薄日が差し始めた。
それを見計らったかのようにマスコミのヘリも飛び立ち、ヴェルデオ達の車列を空から追い始める。
マスコミ各局も今日は特別編成で、すべての局が今日の捧呈式の様子を、評論家やら芸能人やらを集めて、バラエティーから報道番組と全局全チャンネル、この様子一色だった。
ある局のヘリがヴェルデオの乗ったトランスポーターを上空から最大望遠で撮す。
トランスポーターは、涙滴状のキャノピーのようなものなので、ほとんどオープンカーのようなものだ。上から中の様子が丸見えである。
テレビカメラに映るは、件の四人。フェルとヴェルデオが何やら楽しげに会話している様子が映る。
『ハイ、え~、今、ヤルバーン・ヴェルデオ大使らを乗せた『トランスポーター』という乗り物を撮しています。戦闘機のコクピットのような感じの車内ですね、上空からでも車内が良く見えます……えっと、あの後部に乗っている女性イゼイラ人は、おそらく、今、ちまたで大人気のフェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ女史でしょうか? ヴェルデオ大使に何やら外の風景を説明しているようですね、楽しそうにお話しているようです。 前にお乗りの二人は、えっと……外務省の発表資料では、ヤルバーン副司令のジェグリ・ミル・ザモールさんと、ヤルバーン司令部部長のヘルゼン・クーリエ・カモナンさん……この方は女性ですね……フェルフェリアさん以外は、この東京の街はみなさん初めてと言うことだそうですから、ちょっとした観光気分を味わってらっしゃるのではないでしょうか……』
ヘリから中継する女性レポーターは、そんな感じでレポートしていた。
実際その通りで、ヴェルデオ、ジェグリ、ヘルゼンは、日本へ入国するのは初めてなので、レポーターの言うとおり『ちょっとした観光気分』でもあった。
……だが、
彼らは観光旅行に来たわけではない。
オルカスがフェルに
「フェル局長、今、日本のケイサツに『毒ガステロ』の犯行予告電話がかかってきているそうです」
「フ~ム、早速ですか……」そういうと、フェルはVMCモニタを造成させて「ポル、そういう事らしいです。早速ですが、早急にお願いしますネ」
「わかりました局長、ニホンの通信網にハッキングをかけます」
そういってしばし待つと……
「中央システム演算完了。容疑者通話地点の逆探知データをコーアンに伝えました」
「ご苦労様……これからこんなのがどんどん来るかもしれませんから、よろしくお願いします、ポル」
「任せて下さい、局長」
その後、容疑者の通話地点に、ヤルバーン自治局員が転送強襲し、容疑者を拘束。公安警察監督の下、ある処置を容疑者にその場で施す。
容疑者に、柏木が千里中央で浴びた光線と同じような物をその場で浴びせた。
この光線は『脳ニューロンネットワーク解析システム』といって、千里中央で柏木の言語情報解析にも使用された物だ……それをその場で使用し、テロ地点を割り出した……
どうもフェルは、本気でヤルバーン―ティエルクマスカ科学技術フルスロットル全開で応戦するつもりのようである。
ポルの行ったハッキングは、言葉こそハッキングと言っているが、我々の知るハッキングなんていう生易しいものではない。
ヤルバーン中央システムの処理能力を全開にした、日本の通信インフラ同化処理による介入である。
電話の通話地点割り出し程度なら2秒もあれば充分だ。誤差半径3メートル以内で即座に割り出すことができる。
そして割り出したその地点へ、ヤルバーン自治局員が転送で強襲をかけて容疑者を拘束。
その後は『脳ニューロンネットワーク解析システム』を使用して容疑者の脳内ニューロンネットワークを解析し、そのデータをヤルバーン中央システムで『脳思考エミュレーション』をさせれば、対象の考えていることも割り出すことが出来る。つまりテロ実行地点や、場合によっては共犯者の容姿や場所、アジトの場所、その他諸々。
この『脳思考エミュレーションシステム』は、その対象の脳内すべての思考が分かるわけではない。但し、時間的に最も近々の、しかも強い意志による記憶なら比較的簡単にエミュレーションさせて結果を出すことが出来るらしい。
即ち、テロのような強い意志で行う当日の記憶情報なら、比較的すぐにエミュレーションさせてその解答を得る事ができるのだ。
即ち、今日この日に限って言えば、電話で『犯行予告』などやってしまうと『ここでアホなことしますから捕まえてください』と言ってるようなものなのだ。
ちなみにティエルクマスカにおいて、この技術は本来脳神経医療に使われる物で、記憶障害や精神疾患の原因割り出しに使用される物である。そしてティエルクマスカの治安組織では、犯罪捜査のためにも使用している。このシステムで得た情報は法廷でも有力な動かぬ証拠になる。
本来は、このシステムを使う場合、ティエルクマスカの『人権』『プライバシー』に鑑み、裁判所の許可が無いと使用できないのだが、今回はフェルとヴェルデオとヤルバーン法務局との協議の上で、使用許可が出た。
フェルは細い目をし、手を口に当てて
「まぁ、この程度で終われば、苦労はありませんが」
そう言いつつ、ヴェルデオの方へ視線を向ける。
ヴェルデオは腕を組んでニコリとしながら、首を縦に振る。
……………………
UEFメンバーは、今、焦っていた。
まず第一発目の『毒ガステロによる騒乱』が、あっけないほど簡単に潰されてしまったからだ。
毒ガステロとはいえ、サリンやVXガスのような速効致死性ガスをまくつもりはない。低濃度塩素ガス程度の物を大量にまいて、東京駅に大混乱を発生させ、ヤルバーンに対し、日本人への悪印象を持たせようという作戦だった。
構成員の国籍は……まぁ、そういう国籍である。
日本人もいるが……まぁ、そういう連中である。
ヴェルデオ達の儀装馬車出発に合わせて、出鼻をくじいてやろうと思っていたようだ。
ガスをまくのは、ヴェルデオが儀装馬車に乗る、東京駅丸の内口近郊の予定だったが、いとも簡単に失敗した事を知ったメンバーは狼狽していた。
「もしかしたら身内に内通者がいるんじゃないか?」
この手のいわゆる『活動家』という類の連中は、敵、つまり相手を知ろうとしない。
良い大学を出て、無駄におべんきょうが出来るものだから、自分たちのイデオロギー中心に物事を考える。
客観的に見て、『そりゃ違うだろお前』と思うようなことでも、彼らの思想にハマれば正しくなるのがこの手合いの思考なのである。
早い話が『アホ』なのだが、お勉強のできる『アホ』なので始末が悪い。
そしてヤルバーン戦闘員の強襲から間一髪逃れて、逃げてきた共犯者数人がアジトに逃げ帰ってくる。
仲間に『ご苦労様』といって、状況の報告でも冷静に聞いて対応策でも考えてやれば、もっとマシなテロの展開も可能なのであろうが、帰ってきた仲間にかけた言葉の第一声が
「あんな簡単に失敗するのはおかしい。お前らの中に内通者がいる」
である。
まぁ無理もない。普通なら考えられない方法で、体制側もやっているのだ。しかし彼らの狂った思考では、その『普通では考えられない事』を『想像』する事ができないのだ。
せっかく良い学校出てるのに、勿体ない話である。
そして必死でアジトに帰還した同志の一人が、その信じられない状況を必死で説明する。
しかし他の仲間や幹部は、それを「言い訳」「失敗の責任逃れのホラ」と頭の中で処理し……
まぁ……そういう事である。
まぁ……どっちにしろ、こんな実力部隊は下っ端でもあるので、この程度かもしれないが……
………………………………
『……ト、マァソウイウコトダ、ヤマモト』
ヤルバーン自治局局長 シエ・カモル・ロッショは、例のセクシー日本人姿で、山本にそんな風になるだろうといった話をしていた。
彼女達は、東京駅に仮設された警備本部で指揮をとっていた。
まず一発目を潰した事に安堵するが、歓喜はしない。
シエ的には、この程度の事は、まぁ予想の範囲内だったからだ。
「なるほどねぇ、そこまで考えてたのかよ、アンタらは」
『ウム、マズハコレデ一ツ潰ス事ガデキル。トイウカ、勝手ニ向コウガ自滅シテクレルダロウ、ナノデ、地球人的ニ信ジラレナイホドノ速効性デ潰シテヤッタ』
「確かに俺たち地球人の理解を超えた方法なら、そうなるわなぁ」
『基本的ニナ、テロリストトイウ奴ハ、オマエタチノイウ『アホ』ト『天才』ノ差ガ、日本人ノ表現スル『月トスッポン?』トイウ程ノ差ガアルモノナノダ。ソノ中間ガ存在シナイ……下ッ端ノ愚カシサ加減ヲ利用シテ、コウヤッテ潰シテオケバ、当面ノ危機ハ防ゲル』
「まぁそうだな、しかしその『天才』になる『狡猾』なトップ連中は、自分から動くことはまず無い」
『ソウイウコトダ、下ッ端ノヤルコトニ一生懸命付キ合ッテル訳デハナイカラナ……全ク何カ別ノ事ヲ企ンデイル可能性ハアル』
「本当はそのトップを釣り上げたいんだがなぁ……」
『マァソウイウナ、イマハ『ホウテイシキ』ヲ成功サセルホウガ優先ダ。今日ノ私達ハ『ガーグ』退治ニキテイルノデハナイノダカラナ、ガンバッテイコウ』
そういうとシエは山本のお尻をギュっと鷲づかみにして、ニヤっと笑みを見せ、モデルウォークで本部を出て行く。
外の様子を見に行ったようだ。
山本はおもわず「うおわっ!」と声を出し
「あの姉さんにゃ、かなわんなぁ……」
と頭をかきかき呟く。
そして
「おい!下村、長谷部、セマル君!」
「はい」と駆け足でやってくる下村と長谷部。
『ナンデショウ、ケラー』とクールなセマル。
「どうも今日一日は、ダニ駆除に費やしそうだ。俺達も出っ張るかもしれん、いつでも出られるようにしておけよ」
「わかりました」と下村。
「了解」と長谷部
『了解ですケラー』とセマル
………………………………
それ以降も、今日は普通では考えられないほどの犯罪が多発した。
しかも、そのほとんどが『誘拐』『立てこもり』『危険物設置』といったテロまがいのものばかりだ。
ヴェルデオ達が羽田を出てからでも既に5件はそういった犯罪が起こった。
その中の三件は、今回の捧呈式とは何の関係もない物で、所轄警察の力だけでなんとか処理できたが、 二件はいわゆるテロであった……『誘拐事件』と『武装立てこもり』である。
要求条件について、誘拐事件の方は『ティエルクマスカ、ハイクァーン技術の世界への全面公開』で、武装立てこもりの方は『ヤルバーンとの交流中止と国交断絶、地球よりの退去』
要求する条件が全く正反対である。
一方は、ヤルバーン側に何かを求め、もう一方はヤルバーンを拒絶する。
どちらも立派な犯罪ではあるが、思考、思想が全く逆。
これが『ガーグ』すなわち『カオス』なのだ。
柏木の言いたかった本質がコレなのである。
どちらともやり方を間違えれば日本やヤルバーンの関係にダメージを与えられる。この点は共通するが、要求する物が違う……つまり目的が違う。
どこかでくっついてはいるが、完全にくっついてはいない。
さすがに下っ端相手とはいえ、これがこうも連続でたくさん続けば、さすがに嫌気もさして来る。
「やはりこういう作戦で来ましたね……」
総理官邸、地下にある危機管理センターのモニターで、現場のモニターや報道番組を見ながら柏木は言った。
腕を組んで片手を顎にのせる。
「鬱陶しいことを数多く発生させて、こちらを苛立たせるという作戦。まぁ予想通りだったなぁ」
三島も同様にモニターを見て話す。
「フェルフェリアさんも、これを見越してたってわけだ。柏木先生、何かアドバイスでもしてやったのかい?」
「いえ、今回はフェル独自の判断ですよ、彼女も色々考えたのでしょうね。大したもんです……ただ……」
「ただ? なんだい?」
「連中の『下手な鉄砲も数打ちゃ当たる』的な稚拙な騒乱作戦をここまで連発されちゃ、もう『アホな事件』ですまなくなります」
「ほう、その心は?」
「フェル達が疲弊しちゃうってことですよ……数は向こうの方が多いですから」
「なるほどね……だからガーグどもは大使が馬車に乗る前に、出鼻を挫きたいというわけか」
「そうだと思います……目的は正直わかりません、というか、今のところは連中の数だけ目的がある訳ですから」
「なるほどね」
柏木はモニターを睨み付けながら
(フェル……とにかく儀装馬車に乗るまでヘバるなよ……)
と思う。
そんな姿を見た三島が……
「柏木先生」
「はい?」
「そう思うんならさ……フェルフェリアさんに何か声かけてやれよ、元気出るようなさぁ」
柏木は三島の言葉に数回頷いて
「そうですね、では失礼して……」
そう言って席を立つと、洗面所に向かう。
そしてPVMCGの通信機能を作動させ、フェルを呼び出す。
すると小さなVMCモニターにフェルの顔が映った。
『ハイ……あ、マサトサン』
「がんばってるな、フェル」
『ハイ、がんばってますヨォ、マサトサンもカンテイでちゃんと見てて下さいネ』
「あぁ、もちろんだよ」
とはいえ、やはり少し憔悴しているようだ。さもあらん、白木の話では、ここ2日徹夜で寝ていないらしい。
しかし柏木はあえてその事は指摘しない。フェルが折れてしまっては何もならないからだ。
「なぁフェルさ……」
『ナんですか?』
「この件終わったら、少し長めに休暇取って、どこか旅行にでも行こうか」
『エ!ほ、本当ですカ!』
「あぁ、フェルもこっちきてから移動する所って東京近辺ばかりだろ、せっかくだから一緒にどこかいこうよ」
『ハ、ハイです! ウフフフ、楽しみですネぇ……マサトサンと旅行ですかァ……ウフフフ』
「ハハハ」
『じゃァ……あ、ちょっとまってくださイ』
フェルの顔がまた真剣モードになる。
横でヘルゼンの声がかすかに聞こえる。
『マサトサン、またガーグがらみの事件みたいデス』
「あ、あぁそうか、じゃ頑張ってな」
『ハイです、ではまたあとで……』
フェルは通信を切った。
(う~む……何ができるわけでもないが、俺も現場行った方が良いかな……)
そう思った柏木は、三島に断りを入れて官邸を出る。
今日はヴェルデオ達の車列通行のため、高速道路などが一部通行止めになっているので、道路は大混雑である。
柏木は三島にパトカーを使うように言われ、外に止まっていた緊急移動連絡用の白黒パトカーに乗り、東京駅へ向かう。
……サイレンを鳴らして走るパトカーに乗るのは初めてだったので、ちょっと良い気分になったりする。
………………………………
そして、フェル達の車列は東京駅に到着した。
フェル達は、それまでに何件も事件を潰して回った。
当初は捧呈式関係の事件のみに限定し、選択して対応していたが、どちらともつかない犯罪の報告も多く入るため、もうフェルはめんどくさいので情報が入ってくる事件を片っ端から潰して回った。
中にはコンビニ強盗から、ストーカー犯罪、アホ親の児童虐待に、パチンコ屋駐車場への子供放置、暴力団事務所も3~4件完膚なきまでに潰した。
……もうヘロヘロである。
自治局、自衛局実行部隊も結構バテていたが、それでも捧呈式を成功させるため、必死で頑張っていた。
ヴェルデオもさすがに心配して
「き、局長、もう程ほどでいいのではないですか? そこまでやれば充分でしょう、どうもガーグがらみの犯罪は一段落ついているようですし」
「い、いえ、き、きちんと始末して、このトーキョーから犯罪を一掃して、捧呈式を成功させるです……そ、そしてマサトサンと一緒に旅行に行くのですよ……そしてアんなことや、コんなことをするのでス……ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
フェルは、なんか目を据わらせたまま嬉しそうに笑う……新たなスキルを体得したようだ。
……ヴェルデオはさすがに引いてしまった……
……東京駅では車列を待つ観衆でごったがえしていた。
そこへパトカーと白バイに先導されたヤルバーントランスポーターが到着すると、マスコミから一般観衆まで、こぞってカメラのシャッターを切りフラッシュを焚く。
多くの日本人が生で始めて目にするその不思議な乗り物に、観衆からはたくさんの歓声が聞こえる。
「うわぁ、なにあの車……すごい……」
「空中に浮いてるよ……」
「もしかして運転手いないんじゃないの、アレ……」
「完全自動運転かよ、すごいな……」
テレビ局レポーターも興奮気味で
『今、ヤルバーンのヴェルデオ大使が到着しました!トランスポーターという、SF映画にでも出てきそうな乗り物に乗っての到着です。すごいです、スタジオの皆さん、見えますか、浮いていますよこの車……あ、ヴェルデオ大使が降りてきました。もうお茶の間の皆さんの間ではご存じのお顔ですね、大使は手を振って観衆に答えています……あ、もう一人、みなさんお馴染みの今、人気急上昇中、フェルフェリアさんですね、少々お疲れの様子ですが、ティエルクマスカの挨拶をして大勢の声援に応えています。そして緑色の肌のジェグリ副司令ですね、結構女性に人気があるジェグリ副司令ですが、ジェグリ副司令も観衆に手を振って答えています……そして、最後に降りてきたのはどなたでしょうか?……えっと資料によりますと、この方はヤルバーン司令部部長のヘルゼン・クーリエ・カモナンさんという方だそうです……この方もお美しい方ですね、どうもヤルバーンの女性はみなさんお美しい方ばかりのようです。この方も人気が出そうですね~』
ヴェルデオ達の服装は、イゼイラ探査艦乗務員用の外交用礼装制服である。
一般的に日本の信任状捧呈式の場合、男性は昼用正装、つまりモーニングコートで女性はイブニングドレスのような正装で出席するのが慣例であるが、さすがにイゼイラにはそのような慣習の礼装はないので、そんな感じの姿での出席である。
普段のフェル達が着る制服姿は、デザイン的に機能的な感じなのだが、今回は金銀煌びやかな飾り物を付け、階級章のようなものを付けたり、マントのような物を羽織ったりとかなりオシャレをしている。
ヴェルデオ達はトランスポーターを降りると、政府職員に誘導されて丸の内口へ停められた儀装馬車へ向かう。
ドアを開けタラップを二段三段と降ろし、乗り込むようにエスコートされるが、ヴェルデオやフェル達は、地球の『馬』という動物に興味を持ったのか、馬をなでたりしていた。
そして先導する皇宮警察の騎馬警官にも興味を持って少々乗り込むまでに時間を費やしてしまう。
「局長、この『ウマ』という動物、大変に美しい動物ですなぁ」
「えぇ、そうですね、調べたところではこの地球で自動車両が発明される以前は、非常に一般的な高速移動手段として地球世界のすべての地域において飼育されていた動物のようです」
「なるほど……この動物、イゼイラに輸入すれば喜ばれるかも知れませんな」
「そうですね、今度機会があればファーダニトベ達に掛け合ってみましょうよ」
「ええ」
そんなことを話したあと、ヴェルデオ達は馬車に乗り込む。
フェルがふと外を見ると、観客の中に柏木が混ざっていた。
「あ、マサトサン、来てくれたんだ……」
「お、本当ですな……ハハハ、なんなら私は降りて、後ろの馬車へ移動しましょうか?」
「もう、司令!何を言っているんですかっ! そんな事したら私がマサトサンに怒られますよ」
頬を染めて、ポスっとヴェルデオを叩くフェル。
でも、できるならそうしたいフェル。
柏木は、ピラピラと手を振っている。
フェルも柏木に向かって手を振り笑顔で答える。
「局長、さて、最後の仕上げですな」
「ええ、これでガーグの奴らにド肝を抜かせてやりますよ、ウフフフフフフフフ」
「貴方の『マサトサン』も度肝を抜いてしまいますな」
「ウフフフフ、これは、マサトサンの『アマトサクセン』と日本国民の皆様へのお返しです、ウフフフフ」
まだ少しハイになっているフェル。
ここまできたらヴェルデオも「ハハハ」と一緒に笑う。
礼装に身を固めた皇宮警察官が扉をロックすると、ピシっと敬礼し、馬車の後ろへ乗り込む。
それを合図にするように、馬車はカッポと進み出した……
……馬車列は、行幸通りに入る手前で一旦停車する。
騎馬警官も停止し、護衛の警護車両も停止した。
沿道に集まる観衆も、何事かとざわつく。なぜそんなところで停車するのかと。
馬車の中、フェルは車内でいくつもの小さなVMCモニターを展開させている。
ヴェルデオはその様子を横で見ていた。
「さて、いきますよぉ~……」
と、VMCモニターに手をかけようとした寸前、ピリピリとフェルに通信が入る。
『フェル、聞コエルカ?』
「シ、シエ? 何ですか?もう、これからって時に……」
『スマンナ、ダガ、マダチョット待テ、ソコデ待機シテイロ』
「え? どうしたのです?」
『探知装置ガ、中規模ノ、ニトロセルロース・ニトログリセリン トカイウ化学物質ノ反応ヲ捕ラエタ。ヤマモトノ話デハ、コノ反応ノオオキサハ、地球ノ『ジュウ』トカイウ武器ノ反応デ、シカモ大型ノ物デハナイカトイウコトラシイ』
「ということは……」
『アァ、オソラク『狙撃』ダナ。場所ノ特定ハ済ンデイル。私ガ行ッテ、チョチョイト、カタヲツケテクルカラ少シ待ッテイロ』
「もう、狙撃はないと思っていたのに…………シエ、そちらはまかせますよ。私達はこのままいきますです」
『エ? オイチョットマテ、キレイサッパリ済マセテカラデモイイダロウ』
「いえいえ、ちょうどいいです。やれるものならやってみろってんです……ウフフフフフ」
『………………オイ、ヴェルデオ』
「なんですか?シエ局長」
『フェル、大丈夫ナノカ? チョットオカシイゾ』
「まぁ……二日ほど寝てないそうなので……」
『フェルハ寝ナイトソンナ風ニナルノカ……ハァ……分カッタ、好キニシロ……カシワギニ言ッテヤロ』
「あ、なんですかシエ、それは!」
プチュンと通信を切るシエ。
「もう!シエ!」
睡眠不足のフェルは危ない。ここ重要。既にヴェルデオ達は充分にわかった。
「では、始めましょうか局長」
ヴェルデオが言う
「ええ、では行きますよぉ……ポル、聞こえますか?」
『はい、局長。いつでもどうぞ』
「では…………『メルヴェンお披露目作戦』を開始してください」
フェルのこの一声で行幸通り沿道の空気が大きく歪んだ。
行幸通りだけではない。儀装馬車進行コース沿道の空気全体が大きく歪む。
沿道の女性観客が一人、キャーキャー言いながら人をかき分けて道路ギリギリに所まで出ようとした。
しかし、女性は何か目に見えない力に押し返される。
「え?」
と思う女性。
何もない空間をポンポンと触ってみる……すると、触った何もない中空に水のような空気の波紋ができる。
同じように感じた観客が沿道沿いで同じような行動をする。
そしてそこらじゅうに空気の波紋がポワポワとできた。
観客は面白がって我も我もと何もない道路沿いの空中を叩く。
子供達も面白がって中空を叩きまくる。
空気の波紋が沿道を綺麗に飾る。
沿道を警備する警官や自衛官が、その空気の波紋を確認すると、隠していたプラカードを大きく上に掲げた。
【注意! ただいま、ヤルバーン技術のシールドを展開しています】
彼らは拡声器を使って、そして大声で叫ぶ
「ただいま、ヤルバーン技術のシールドが沿道沿いに張られました!みなさんあまり押し合わないで下さい!ただいま……」
その言葉に観客は驚く。まさか自分たちが直にシールドを体験するなど思ってもみなかったからだ。
次に、行幸通りの沿道上空からフィンフィンと聞いた事のない音が小さく……そしてだんだんと大きく聞こえてくる。
観衆はみな、今度はなんだと上空を見上げる。
すると……
行幸通り、そしてその進行方向のコース道路脇上空、ビルより高い高さで、何かが突如姿を現す。
光学迷彩と音響ステルスを解除したヴァルメだ。
ヴァルメは、何十機も、等間隔で沿道沿いを埋め尽くしていた。
しかもそのヴァルメは何かが違っていた……そう。機体色が紫色に塗られていたのだ。
紫色に塗られたヴァルメが沿道両脇にびっしりと列をなし、ゆっくりと回転していた。
観客からは、どよめきと歓声が沸き起こる。
「おおおおーー、ベビーヘキサだ!」
「すげーーーー!」
「もしかして、俺達や馬車を守ってるのか?」
観客の言うとおりである。このヴァルメが沿道の大規模シールドを展開していたのだ。
これは大見達が行った北海道での演習を参考にフェルが考えた物だ。
「まだまだ、これだけではありませんよぉ~……」
そういうと今度は別のVMCモニターで、大見を呼び出した。
『ケラーオオミ、舞台は整いましタ。出番デスよ、お願いしまス』
「了解ですフェルフェリアさん」
その言葉とともに、次に何かがまた空間を歪ませて、顕現しようとしていた。
行幸通りの道路真ん中で待機する儀装馬車を取り囲むように人型の何かがキラキラと光の柱を立てて姿を現す。
それは地上だけではない。馬車上空数メートルの空中からもその姿を現した。
何かが大量に転送されてきたのだ。
その現れた姿は、ロボットスーツかパワードスーツのようなものを装着した、ヤルバーン戦闘員……今は警備員だった。
外骨格のような感じで、大きなランドセルを背負ったようなロボットスーツに、SF映画に出てくるようなパイロットスーツを着込んだ戦闘員がソレを装着している。
地上に、空中に、30人……いや、30機が儀装馬車を取り囲むように転送され、警備し、待機していた。
そして、実はこの中には、ヤルバーン戦闘員に扮した自衛官数人、そう、その中の一人として大見も混ざっているのだ。
大見はこの日のために、ヤルバーンで三日、このロボットスーツ操縦の特訓をゼルエから受けていた。
これをみた観衆は唖然呆然……
そしてしばらく後、パラパラと拍手が起こり、そのぱらついた拍手は連鎖的に大きくなり、うねるような拍手に変わる。
馬車を警護する皇宮警察官も、みんなニヤついて「どうだおどろいたか」というような顔。
彼らは知っていたからだ。
フェルはその様子を見て「してやったり」な顔をしてニコニコしていた。
「大成功です。これで皇帝陛下の御前までお伺いいたしますよぉ~」
………………
柏木もそのとんでもない光景を目にし、唖然としていた。
まさに絵に描いたような『開いた口がふさがらない、全開ポカ~ン状態』である。
資料であらかじめ読んでいたとは言え、実際に現実をその目にすると、
(な、なんじゃこりゃぁぁ……)
前代未聞な信任状捧呈式の儀装馬車列。これは、はっきりいって日本の歴史に残ると柏木は思った。
フェルは、柏木の語った言葉をきちんと理解していた。
メルヴェンとは、ガーグという闇に対する光である事。
その姿を、そして活躍を世に知らしめること。
そして今日の信任状捧呈式。
絶対に観衆に被害を出さない……間接的にも、直接的にも。
この信任状捧呈式という場を利用して、ティエルクマスカ―イゼイラの意思を、ヴェルデオという個人だけではなく、『メルヴェン』が陛下と、日本政府、そして日本国民に届ける。
そういう意思を示そうとフェルは考えたのだった。
まぁ……しかし……いささか程度がでかすぎると柏木は思ったが……
柏木はポカンと開けたその口を徐々に笑顔に変え、フフフと笑う。
両手を腰に当て、首を横に振り、フフフと笑う。
馬車列は、ロボットスーツ警備部隊の登場と共に、ゆっくりと進み始めた。
馬車のこぎみ良いカッポカッポという足音と、ロボットスーツの不思議な機械音が同時に進む。
沿道では、カメラの電子シャッター音がここまで聞こえるほどたくさん鳴り響く。
沿道で警備をする警察官や自衛官は、通り過ぎる馬車列に敬礼を送っていた。
そして地上や空中を浮いて進む、驚愕のロボットスーツ部隊は、観衆の方を向き、全員ティエルクマスカ敬礼を送りながら進む。
いまだに観衆からの歓声と拍手が鳴り止まない。
日本のマスコミは、このいきなりの状況に、もう顔を紅潮させて唾を飛ばさんばかりにレポートしていた……視聴率も、うなぎのぼりだ。
丁度今、ロシアで行われている冬期五輪で日本の若き選手が金メダルを取ったらしい。そのニュースも併せて、これから当分マスコミは報道するネタに困らないだろう。
海外のメディアもこの様を見て「オーマイゴッド」どころの騒ぎではなく、各国の言語で考えられる限りの感嘆の言葉を使って、この状況を報道していた……
柏木は丸の内口方向から、皇居方向へ向かって遠ざかる儀装馬車と……新設メルヴェン部隊を見送る。
誰かが柏木の肩を叩く。
振り向くと山本だった。
「なんだ柏木さん、来てたんですか、本部へ顔を見せてくれれば良かったのに」
「ええ、まぁ……ちょっとフェルの様子を見にね……」
「はは、なるほど、で、どうでした?」
「ん~……やっぱお疲れ気味な感じでしたね、頑張ってますけど」
山本も腕を組んで、この前代未聞の風景を、フゥと一息ついて眺める。
「ま、見事なもんですな。柏木さんのアノ作戦に負けてませんよ」
「『アマト作戦』ですか?……まぁそうですね、今回は宇宙規模な事案ですからねぇ……そりゃ、ヤルバーンの科学技術全開でやられたら、たまりませんよ」
山本はフっと笑みを浮かべると
「柏木さん、宮内庁の話では、今回の式の方針……観客に被害を出さない、式を絶対に妨害させないという事ですけど……陛下のお耳にも入っていらっしゃるそうですよ」
「え゛……そうなんですか?……あ、まぁそりゃそうか……そうですよね、当然か」
「これでまぁ、皇居に行くまではもう問題ないでしょう」
しかし柏木も腕を組んで
「いやいや、山本さん……昔から言うじゃないですか……『おうちに着くまでが遠足だ』って……ヴェルデオ大使達が『ヤルバーンに着くまでが捧呈式』ですよ」
「そうですな、油断禁物って事ですか」
「えぇ」
まだ解けきらぬ残り雪の通りを進む馬車列。
柏木と山本は、馬車が見えなくなるまで見送っていた。
――― 『下』へつづく ―――