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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
25/119

-13-

 信任状捧呈式。


 フェルは、柏木の家にあるパソコンシステムをPVMCGでエミュレートし、それを使って、インターネットに接続。この言葉を調べていた。

 インターネットの使い方も柏木の家で覚えた。

 フェルは日本の言葉はしゃべれても、文字はまだまだなので、そこのところはPVMCGの翻訳機能に任せている。

 解らない固有名詞などが出てくると、その都度柏木に聞いていた。


…………


 日本国に着任した大使や公使が、当該国から発行された信任状を日本国天皇に提出する儀式。

 日本に限らず、各国で大使クラスの使節が着任するとき、その儀礼の規模などは大小あるにせよ一般的に行われるものである。



 さて、他国の場合、この信任状の捧呈は、各国国家元首に対して行われるが、日本の場合、法的にも国際的にも実は『元首』の規定がない。

 これはあまり一般には知られていないが、日本は『国家元首』が存在しない国なのである。

 では日本の天皇陛下の地位はというと、日本国民なら誰でもご存じの通り『国家の象徴』である。

 この『国家の象徴』という『象徴君主』を頂く国も、世界広しといえど、日本と、あとはスウェーデンぐらいであろうか?

 

 『国家の象徴』……つまり、国家のシンボルである。すなわちこれ、言葉通りで捕らえるなら 『象徴』イコール『その国のシンボル』 つまり日本で言えば、天皇イコール日本国のイメージそのものという理解も出来る。

 日本国のイメージそのものということは、日本という国に内包される文化、習慣、歴史、そして、その国に住まう国家の根幹をなす国民のイメージそのもの、という事である。


 そして日本は、その主権が『国民にある』と法で明確に定められている。

 つまり主権の最大行使権者が『国民』であるわけなので、この国の『国家元首』とは、言葉通りで解釈すれば国民そのものという理解もできるわけである。

 ということは、その『最大行使権者』の『象徴』である天皇は、いうなれば日本という国家そのものを体現しイメージさせる存在であり、その国の存在を世に知らしめる『主権者が国家元首相当の地位を委任した者に相当する』という解釈が出来る。

 従って、国事行為において、『内閣の助言と承認を要する』という記述も、そういう意味と受け取る事も出来る。


 ここで興味深いのは、よく日本国は、先のスウェーデンや英国、ベルギー王国のような『立憲君主国家』と考えられているが、日本の場合、その天皇が『元首』という国家最高責任者ではない。

 スウェーデンですら、国王に行政権がなく、国事行為すら行えない国王であるにもかかわらず、明確に『元首』と定義されている。

 日本の場合、議会に政治的にも国家としても最高責任があるため、現在の日本国という国は、基本『共和国』なのである。


 無論、これには有識者の間で議論がある。従ってこの解釈が正しいというわけではない。


 内閣法制局は、1973年と1988年に「日本国は立憲君主制と言っても差し支えないであろう」という見解を出しているため、一般的には『立憲君主国家の一つ』とみなされているが、『差し支えないであろう』という曖昧な表現で断定もしていないので、先のそう言った見方ができないでもないのである。


 こういった国は、古今東西、おそらく後にも先にも前例がない。

 そして、こういう珍しい国家体制になっているのは、先の地球で起こった地球史最大の地域国家紛争の影響でもある……ということもフェルは理解していた。


 彼女がこれを調べているうちに、注目したのが、日本の天皇が『神道』という神という概念の代弁者という形で、日本に君臨してきた事だった。

 つまり天皇は、この神道という宗教組織の最高祭司者でもあるという点である。

 この間クリスマスの時、柏木に教えてもらったキリスト教の最高祭司者『法王』と同じ存在なのだとフェルは理解した。

 そう考えると、この天皇陛下という存在は、過去にこの地球で起こった世界的な地域国家紛争以前は、国家元首であり、また国家的宗教祭事の最高責任者でもあったということでもある。


 そしてフェルが一番びっくりしたのが、ニホンという国では過去に色々と内戦で政権が変わり、その歴史の政権が、ほとんど封建体制であったにもかかわらず、その時の政権の長すべてが天皇家を滅亡させること無く延々と存続させてきている事だった。

 しかも、先の世界的地域国家紛争で日本に勝利したアメリカ国ですら、天皇を処断することに反対したというではないか。

 そして更に驚いたのは、その血統である。

 存在が不明瞭な天皇も入れると、二千数百年もの間、つまり国家・民族の創世時期から万世一系で君主の家系が存続している国など、ティエルクマスカの過去の歴史でもそうそう無かったからだ。


 従って、現在のニホン国が実質『共和国』であるにもかかわらず、そして『皇帝』が政治的実権がまったくない、ましてや『元首』と明確に定義されていないにもかかわらず、ここまでニホン国で影響力のある存在であるというのは、こういう日本人と日本国文化の根幹をなす存在だからなのだろうと思った。

 

…………



『フ~ム……マサトサン』


 腕を組んで唸るフェル。


「ほい」

『ニホン国の皇帝陛下……スゴイですネぇ……』

「いやまぁ、そりゃ俺達もすごい、というか、やんごとなきお方と思ってるけど、んじゃ何がすごいのかと言われたら、フェル達異文明の人とは感覚が全然違うと思うからね……フェルは何がスゴイと思うわけ?」

『ウ~ン、このいんたーねっとの資料を色々読んでいると、今のニホン国はどう見てもイゼイラと同じ『共和国』じゃないですカ』

「あ~……うん、まぁ言われてみればそうだけど」

『ティエルクマスカ加盟国をすべてミテも、かつて王政や帝政だった国の貴族階級が、そのまま残っている『共和国』なんて全くないですヨ、それニ……』

「それに?」

『二千数百周期デスか?……その存在が明確に確認できるだけでも一千五百周期ですよネ?……そんな長い間、一つの君主の家系がずっと続いているなんて聞いたことがありませン……必ズどこかで血筋が途絶えたり、政変があったりして血脈が変わってたりするものデすガ、このような血統というのは、本当ニ珍しいですヨ』

「そうなのか……あ~、言われてみれば確かにそれってものすごい事だよなぁ……」


 柏木は、フェルのような『地球の外から来た者』に指摘されて、改めて気づかされた。


(確かにそう言われたら天皇家って……その存在自体が世界遺産級なんだよなぁ……フェルのような異星人に指摘されて気づくってのも、なんだか情けない話だよなぁ……)


 そして柏木も、今まで聞いてそうで聞いていなかった事をフェルに尋ねてみた。


「ところで、イゼイラって昔はどういう国だったの」

『イゼイラも、共和国になる前は、帝政国家でしタ』

「え゛……そなの?もしかしてこないだ一緒に見た映画みたいな、黒い仮面とヘルメット被って、光る剣振り回すみたいな奴がいる、あんな国?」

『チガイますデスヨ!……そノ…………』


 フェルが柏木の疑問に、ちょっと困惑する。何だろう?


「あ、機密か?いや、いいよ、話せないなら」

『イエ、そういうわけではないですガ……えっとですね……』


 何か言葉を選んで話すフェル。


 フェルが語る。

 イゼイラはかつて、そう、地球時間で約1000年ほど前までは皇帝を頂く君主国家であったという。

 その時の国名は日本語に訳せば『聖イゼイラ星間大皇国』という国名だったらしい。

 ティエルクマスカ連合でも数少ない君主国家だった。

 以前、ティエルクマスカ連合で、かつて君主国家があったというその数少ない国の一つが、実はイゼイラだったのだ。


 とはいえ、独裁政治が行われていたようなひどい国ではなく、代々皇帝は、皇室の継承権者から元老院議員の選挙で選ばれ、元老院議員は、選挙投票資格試験に合格した国民から選ばれるというそんな制度の国だったという。

 選挙投票資格試験は、成人なら国民誰でも申し込めば受けることが出来たそうだ。但し、一度落ちると二周期は受けることが出来ないらしい。

 そして選ばれた皇帝は、地球時間で一期20周期、国政の全権が委ねられるという国家だったという。

 しかし、帝政国家とはいえ、皇帝が国民を虐殺したり、圧政を敷くような事は歴史上、記録にはないらしい。

 極めて平和なティエルクマスカ的には普通の国家だったそうだ。

 考えても見れば、暴君が君臨する国家がティエルクマスカ『共和』連合などに加盟できるわけがないので、まぁそういう感じで、いわゆる地球人的に思う『専制国家』みたいな感覚とは違う国だったそうな。

 確かにハイクァーン技術があれば、どんな政治体制でも、そうそう国でもめることなんてないわなと柏木は思う。


「へぇ~面白いね、んじゃ、イゼイラは選挙君主制国家だったわけだ」

『センキョクンシュセイ?』

「あぁ、地球ではそういうのは選挙君主制っていうんだ。地球でも大昔のローマ王国っていう国やポーランド、今では、そうだなぁ……バチカン……そのキリスト教の宗主国で、法王を決めるコンクラーヴェというのがそれに近いな。バチカンの法王さんも、一応選挙で選ばれるからね」

『エェ、まぁそうですネ、そんな感じでス……そして、当時の最後の女帝が、ティエルクマスカ連合全体の将来を想い、政治を国民に返すと宣言して、共和制になったデス』

「そうなんだ、へぇ~その女帝さん、偉いね」

『ハイ、その最後の女帝が、賢帝とも、賢者とも言われている、イゼイラで最後の創造主の仲間入りをした『ナヨクァラグヤ』なのですヨ』

「あぁ、あのヴェルデオ大使も言っていた……なるほど……地球じゃ、帝政や王政が共和制になるっていうのは、たいがいその王政なり帝政に不満を持つ人々が、政権を倒してそうなる事が多いんだけど、イゼイラではそういう感じになってたのか」

『ハイです。なので、共和制をもたらしたナヨクァラグヤは、今でもそれは多くの人に信奉されています。ですので、ナヨクァラグヤは、イゼイラではいつしか『希望と悠久の創造主』として崇められるようになりましタ』

「なるほどね、しかし、イゼイラのその『創造主』の概念って、日本の神様の概念とよく似ているね」

『ソうですねぇ、ニホンでも、世に足跡を残した人もカミサマというものになりますものネ』


 しかしその時、柏木は……


(ナヨクァラグヤが『最後』の創造主? ……じゃぁイゼイラのファバールとかディーズとかメルヴェンってのは、何から来てるのだろう……)


 と思った……





 ……とまぁ信任状捧呈式の話から、そんなお互いの国の歴史や文化談義に花をさかせる。

 


「ところで、フェルは明日も仕事?」

『イエ、明日と明後日はお休みを頂きました……流石にここのところ色々ありましたノデ、少し疲れましたデスヨ……』


 フゥ……とため息を一つつくフェル。


「はは、それがいい。例のシステムを安定させるのにも、かかりっきりだったしな」

『ハイ、おかげで、この『信任状捧呈式』というネガティブコードを抽出することもできましタし』

「あぁ、そうだね、そっちの方は白木や山本さん達も動いてくれてるそうだし、ゆっくりすればいいさ」

『ハイです』



 そんな話をしていると、夜の7時を少し回った頃、柏木のマンション屋上が、2つの明るい閃光に照らされる……



『……デスよね~、マサトサン、ウフフフ』

「まぁなぁ、あれはないよなぁ、ハハハ」


 部屋で談笑するフェルと柏木。


『デモですね、マサトサ……アレ?』

「ん? どうした?フェル」

『何カ、お外が騒がしいようですガ……』

「なに?」


 柏木はSPや警官が万全の警備を固めているこのマンションで『騒がしい』というのはあり得ないと感じ、緊張する。

 もしや『ガーグ』か?

 柏木は即座にPVMCGで、この間データを取ったワルサーPPK護身仕様を造成し、構える。

 フェルも目尻に鋭さを見せ、右手を帯電させた。

 そっと玄関に近づき、漏れ聞こえる音に聞き耳をたてる。



『……この説明書じゃァ、ココらへんのはずなんだけどなぁァ……』

『ウ~ン、ケラーシラキから頂いた説明書では、確かにこのたりのはずなんですけド……』

『シっかし、ドアに書いてる字、わけわかんねー字だよなぁ、みーんなおんなじに見えるゼ』

『ソうですねぇ……』

『おい、ポル、その扉に付いてるスイッチ、テキトーに押しまくればわかるんじゃねーか?』

『そそ、ソんな事して大丈夫なんでしょうカ?』



「…………ポル? ……今、ポルって言ったよな、フェル」

『ハイ、確かニ……』

「って、事は……」


 フェルと柏木は向き合って


「リビリィさん!?」

『リビリィ!?』


 柏木は急いで、かつ、バンっとドアを開ける

 そしてドアを盾にするように、横からニュっと顔をドアの向こうへ覗かせる。

 その柏木の頭の下には、フェルの頭。


『オ……』とリビリィ。

『ア……』とポル。

「……」ポ……と口を開けて二人を見る柏木。

『……』右……あ、いや、上に同じなフェル。



『……ウィっす、ケラー』


 ピッと手を上げるリビリィ。


『コ、こんばんは、ケラーカシワギ』


 ペコリとお辞儀するポル。



………………



 リビリィとポルを家に中へ招き入れた柏木。

 突然の訪問者に笑いも起こるしビックリもする。

 柏木はこの間久しぶりにヤルバーンへ行ったので、この二人と会うこと自体は久しぶりというわけではないが、日本国内で会うというのはまた違った雰囲気がある。


 そしてコタツに入り談笑する。

 フェルとポルは女の子らしく正座しているが、やっぱりリビリィはボーイッシュなので、大きくあぐらをかいて座っている。


「ハハハハ、なんだ転送で屋上から来たのか……またややっこしい『ガーグ』連中でも来たのかと思ったよ」

『ウフフフ、ソウデスヨ、リビリィ。マサトサンなんか『ケンジュウ』を造成して、目が据わってたんですかラ』

「何いってんだよフェル、フェルも右手を帯電させてたじゃないか、ハハハ」


 先ほどの様子を思い出して笑う二人。


『イやぁ面目ねーなァ、ケラー。なんせニホンの文字がぜんっぜんわかんねーからヨぉ』

『大変でしタ。ニホンのみなさんは、こんな線がたくさんある絵みたいな文字、みんな覚えていらっしゃるのですか?』


 リビリィが頭をかき、ポルが恐縮して話す。


 どうやら、屋上から一軒一軒家の表札を見て回って降りてきたらしい。

 確かに仕方が無い。人に聞きたくても、警察関係者のいる部屋は、下階に集中しており、上層階には、警官など警備していないからだ。

 さすがに不審者もこんな高いところからは、普通に考えて侵入しないだろう。


 しかし……白木からもらったという説明書が、あまりに略図にすぎて……確かにこれはわかりにくい。


(あんなアタマしてんのに、もうちょっとマシな図書いてやれよ……)


 と苦笑いになる。


 柏木は、ポルが大好きなオレンジジュース。リビリィには彼女が最近目がない缶ビールを出してもてなす。

 柏木も缶ビールを開ける。フェルは昨今大のお気に入りでコレクションもしている『お茶シリーズ』の一つ、アイスレモンティーである。


『プハァー、ア~ウメ、いや~この『びーる』って飲み物、いいよなぁ』


 リビリィも体のナノマシンで酔う事は無いが、ビール特有ののど越しがメチャクチャ気に入っているようだ。


「じゃぁ、今日ここに来れたって事は、リビリィさんやポルさんも入国許可が降りたってこと?」

『オう、そうだぜ、これがアタイの入国許可証。今日、ヤルバーンの日本大使館でもらってきたんダ』

『ワたしもコレがそうです』


 そうすると、二人は嬉しそうに例の外国人登録証明書を見せた。

 滞在資格が、今まで見たことのない文言になっている。


【在留の資格:協定による自由入国許可者(特)】


 となっていた。

 すなわち、この外国人登録証が、自由入国許可証となる。

 リビリィの話では、ヤルバーンと日本政府との協定が正式に発効したらしく、この外国人登録証をもっていれば、パスポート無しでヤルバーンと日本を税関を通さずに自由に行き来しても良いということになっているということだ。


 これは、ヤルバーンに転送装置があるためで、ヤルバーン乗務員が大使館員扱いとは言え、相当な人数であるからして、無造作に転送されまくっても困る。

 やはりそういう点、管理はしておかないとということで、こういう許可証制になった。

 そして自由入国時の転送条件として転送着地点が全国都道府県一自治体あたりに数カ所決められており、安保委員会以外の人員や、関連の事案以外、つまり『プライベートな娯楽や旅行』の場合は、その場所に必ず転送することが条件になっているという。

 今回、リビリィ達が柏木のマンション屋上に転送してきたのは、リビリィ達も安保委員会メンバーであるために自由に転送場所を決められる立場にあるので、そんな感じで職権を利用して屋上へ転送してきたのだ。

 在留資格の最後に付く『(特)』の文字が、安保委員会メンバー等の印となっている。

 

 この在留資格を持っていると、国内での就労や、居住も可能。但しフェルのような『永住者』と違う点は、その通り『永住』は許可されておらず、もしヤルバーンが地球から退去する場合は、現行ヤルバーン乗務員は全員日本から退去しなければならない事になっている。

 まぁ逆に言えば、それまではいくらでも日本に住んで仕事をしても良いし、家を借りるなり、買うなりして住んでも良いということになっている。

 これは、大使館が何らかの理由で閉鎖された場合の処置と同様なので、ごく一般的な国際慣例に則ったものだ。


 そして乗務員はヤルバーン帰還時、好きな場所から転送帰還しても良いということになっている。


 逆に日本からヤルバーンへの日本人の乗艦も許可され、収容人員の関係上、先着予約順で往来が可能になった。

 日本人がヤルバーンへ乗艦する場合、必ず政府が指定した旅行業者を介する必要があり、個人単独での乗艦は基本的に不可能となっている。

 そして、日本治外法権区からのヤルバーン自治区への入境という手順になっている。


 そして日本人は乗艦前に旅行業者へ『日本国』パスポートの提出が義務づけられており、ヤルバーンの審査が必要となっている……という体裁の、公安警察の審査がなされる。

 これで認可を受けた者のみ、ヤルバーンへの乗艦が可能となる。

 乗艦には、指定された航空業者のヘリコプターか、定期で飛ぶ、はっきりいって高額なデロニカに乗っての乗艦が可能。

 このデロニカ運用の運賃や、旅行業者から得られる宿泊施設利用料、ハイクァーン使用権の利用料等は、ヤルバーンの売上になり、今後ヤルバーンの重要な外貨収入源となる予定である。


 それでも、この事が発表され、各旅行業者がツアー商品を組んだところ、瞬く間に予約が埋まり、今や一番人気のある旅行商品となっている。


 但し、外国人の乗艦は永住外国人も含め、ヤルバーン側の元々の方針として、現状も不可能であり、帰化外国人の乗艦は、可能ではあるが、かなり厳しい公安とヤルバーン自治局の審査が課される。これは偽装結婚などによる不正乗艦防止のためでもある。


 現在、帰化外国人で審査無しのヤルバーン乗艦が許可されているのは、事実上あの『田辺タチアナ』ただ一人という状況である。

 これも、例の『ガーグ』対策のため、ある意味仕方の無いところでもあるのだ。


 あと、重要な点、ヤルバーン乗務員や日本人が、それぞれ日本国内、ヤルバーン内で犯罪行為を犯した場合の処置であるが、これはそれぞれの治安組織が逮捕拘束後、各所属国家へ引き渡す事とされている。

 この点、仮に無差別殺人のような凶悪犯罪が発生した場合の最高刑であるが、コレに関してはお互い量刑に相違点があるため、各国家における法で、同等の刑罰が出せるように今後も両国司法当局での摺り合わせが行われる予定である。


 というのも、日本の場合の最高刑罰は『死刑』であるが、イゼイラには死刑制度がない。その代わりに最高刑として『記憶・人格消去による矯正刑』と『有期限生体機能停止刑』という二つの刑があるらしい。

 前者はその名の通り、記憶と人格を強制的に消去して矯正するという、言い換えれば『人格に対する死刑』とも呼べる刑罰と、後者は有期で、仮死状態にして拘束するという刑罰。これは100年や200年単位にも及ぶ、言い換えれば『人生に対する死刑』ともいえる刑罰である。


 この刑罰を聞いた日本の司法当局者はどう理解したら良いのか解らず……というよりも、日本国内に比較できる刑罰がないために、ヤルバーンへ司法当局者を研修に派遣する予定である。


 そんな事をリビリィとポルから説明を受ける。




『ンでさ、明日はポルといっしょに『トウキョウエキ』というトランスポーターの発着場を視察に行くんダ』

「東京駅? ……あ、あぁそうか、信任状捧呈式のお召し馬車……あ~、儀装馬車の出発地点だったな、確か」


 柏木は、ポンと手を叩き思い出す。


『ソのようですね、私も前もって色々と調べておきましたので、地理などもゼルクォートに入力済みでス』


 さすが調査局のエース。そこのところは抜かりのないポル


『マァ、だけど『ヤマモト』とかいう日本の治安部門の人も付いてくれるからナ』

「え? 山本さんが?」

『知っテるのか?ケラー』


 そういうと、フェルが


『ケラーヤマモトは、マサトサンのご友人の方ですヨ』


『あぁソうなのか、んじゃ安心だナ』とリビリィ

『ソウですね』とポル


「じゃあ、例の『ガーグ』対策の視察ってことか……」

『アァ、そういう事だゼ』


 とリビリィは少し真剣な顔つきになると


『オっとそうだ、それでだな局長、んでケラー』

「ん?」

『?』

『ポルがヨ、おもしれーモン作ったんだ……日本の『コーアン』ってところの人のアイディアでさ。見てやってくれよ』

「?? なんだ?」

『オモシロイ物?』


 柏木とフェルがそういうと、ポルはあまり見せないニヤっという顔をすると


『チョットお隣の部屋をお借りしまス』


 というと、フェルと柏木の寝室に入り、ドアを閉める。

 すると、ピカっと部屋が光ったと思うと……



 寝室のドアを開けて出てきたのは……麗子だった。



「えぇぇぇぇえ! ……れれ、麗子さん??」と驚く柏木

『ケ……ケラーレイコ……いつの間ニ??』とフェルもぶったまげる。


『オほほほほ、ビっくりしましてございま……アタ、舌かんじゃっタ』


 舌を噛んで口を押さえる麗子?


「麗子さん……にしては、すこ~し背が低いような……あ! PVMCGの服飾機能を利用したカモフラージュか!」

『ご名答でス、ケラーカシワギ。いかがデすか? コレを使えば私達イゼイラ人や、ダストール、カイラス人も、地球人に溶け込んで行動できまス』


 ポルが麗子の声色でしゃべる。


「いやぁ!すごいじゃないかポルさん」

『ホント、ゼルクォートの服飾機能をそういう使い方で使うとは……今まで考えもつきませんでしたネ』


 ポルを褒め称える柏木とフェル。


『エヘヘヘ……』


 と麗子姿で頭をかきかき照れるポル……麗子姿なので、メチャクチャ違和感があるが……

 というか、麗子のお嬢様口調をイゼイラ語でやっても……舌を噛むようである。


『ドうだ、すげーだろ。これでアタイ達も目立たずにニホン人の中で行動できるゼ』

「確かに。これがあれば内偵や諜報活動ではすごい武器になるな」

『もう既にジエータイとコーアンにこの機能を付けたゼルクォートを一個ずつ渡してる。アチラさんもエラい喜んでくれたヨ』

「そりゃそうだろ、こんなの地球じゃSF映画の世界でしかなかったもんなぁ……」

『ジエータイとコーアンじゃ、コイツを『キグルミ』とかいう名前で呼んでたぜ。どういう意味だ?』


 柏木はその意味をリビリィに教えてやると、リビリィは大爆笑していた。


『アハハハハ、そういう意味かヨ、確かにそりゃそうだアハハハ……んじゃ、ポル。そのキグルミ、ここで元に戻してくれよ』


 リビリィはそう言うと、ポルは顔を真っピンクにして


『ナなななな、何を言ってるんですか!こんなとこで、できるわけないデしょ!』


 そう言うと、ピュンっと寝室に行ってしまう。


『エ? ポルはどうしたのでス?あんな顔をして』

『アハハハハ、局長、実はあのキグルミな、一つ大きな欠点があってサ』

『欠点?』

『アレさ、服飾システムを元に作ってるダロ? だからさ……』

『ア、ナルホド……それはいけませんネ、ウフフフフ』


 フェルは両手を口に当ててニヒヒな顔をする。


「ん? どうしたんだ? あれの欠点?」

『アァ、ケラー、実はさ、あのキグルミ、着替えるとき一瞬スッポンポンになっちまうのさ、アハハ』

「あ、あ~あ~あ、アハハ、なるほどね」


 柏木は以前見たフェルの割烹着姿からイゼイラ制服姿になった時のことを思い出した。なるほどアレが起こるのかと……しかしあの時、フェルは平気でそれを柏木の目の前でやったということは、まぁ、柏木に色々許してしまってるからなのだろう。



 まぁそんなこんなで気の良い仲間と談笑するのは良いストレス発散になる。

 フェル、ポル、リビリィとも、ちょっと疲れ気味だったようだが、柏木の家に遊びに来て少し元気になったようだ。



 で……



『……トいうことでよォケラー……今日、泊めてくれヨ』

「あ、あぁ別に構わないけど……いいの?俺のこんな部屋で……確かヤルバーン人員用にホテルが指定されているはずだと思ったけど」

『申し訳アリマセンケラー、もう今日、自由入国が決まった時点で、ヤルバーンでもニホンに入国ラッシュなんです……日本政府が指定した『ほてる』がとれませんでしたのデ……』


 ポルが恐縮して話す。


『ニホンからもヤルバーンへ行く連中が多くってサ、トーキョーの指定外ホテルも満室らしいいんだよ……もうケラーにすがるしかなかったってワケよ』


 リビリィも恐縮そうに頭をポリポリかいて話す。


『ワタシもケラーのお部屋に飾ってあるこの『ジュウ』という物にも興味アリマスので、色々見てみたいデス』


 ポルもさっきからキョロキョロ部屋を見回す視線を向けており、リビングの壁に飾ってある柏木のエアガンコレクションが気になっていたようだ。


「はは、なるほどね、いいよいいよ、ここに布団出せば大丈夫だし。ポルさんも気になるエアガンがあったら、好きに触ってもらっていいよ」


 と柏木も恐縮するなと手を振る。


 そして……こういう状況でお約束の行為をリビリィが始める……


『デよ、でよ、でよ、ケラー……あのさあのさあのサ』

 

 リビリィはズリズリと柏木にすり寄り


「ん? 」


 質問するリビリィと、身を乗り出してそれを聞くポルの目がへの字になっている。


『ケラー、お休みになられるときは、局長とお二人で、あちらのお部屋で、ですか?ン?ン?ン~?』


 とリビリィ。


『ムフフフ……サっき、あのお部屋に入ったら、ケラーのシャツと、局長のニホン製のパ……』

 

 と意外にムッツリなポル。フェルに即行で口を塞がれ、モゴモゴ言っている。


『ナナナナナ、何を見てるんですカ!ポル!!』


 顔をこれまでになくピンクに染めて狼狽するフェル。

 横でリビリィがポルを救おうとヘの字な目の笑いを浮かべてポルの口を塞いだフェルの腕を外そうと格闘する。


 まぁ彼女達は、ずっと一緒にいた親友同士だそうなので、仲が良いのはいいが……フリュが三人も揃えば、そんな話にどうしてもなるのだろうか? しかもデルンの前で……

 もうこれは宇宙共通なのだろう。


 リビリィの努力で一瞬フェルの手の平がポルの口を外れた。


『ケラーノシャツの横にィ! フェル局長のパンモゴモゴがあるむぁずモゴモゴ!』


 再度ポルの口を塞ぐことに成功するフェル。

 フェルがなんかキャーキャーとか言ってドタバタ劇状態である。

 リビリィとフェルが


『局長、観念しろイ!白状するんダ!』

『シ、知りませんヨ!ワ、私は無実デス!』


 とか言っている。何が無実なのかよくわからないが。


『モゴ……ンツが何よりの証拠でス!あんなところにパ……モゴモゴモゴ』


 フェルの拘束から必死の抵抗を笑いながら試みるポル。

 さすがにこの様子を見て、柏木も首を振り笑ってしまう。


 仲良きことは美しき哉……


 

 しかしまぁこんなイゼイラ人的にはうら若き乙女が三人もいるど真ん中で、中年デルンが堂々とベッドで寝るわけにも行かず……柏木の今日の寝床は、応接室のソファーになった……

 フェルもベッドでは寝ずに、リビングに布団を敷いて、三人揃って就寝したようである。

 久々にフリュ三人で色々話す事もあったようで、まぁこれはこれで、良い事なのではないでしょうかと柏木は思った。




……………………………………………………




 次の日、東京駅。


 当初は、柏木のマンションに公安の車がリビリィ達を迎えに来る予定だったが、フェルは休みでヒマもあるし、柏木も政府スタッフとして無関係ではないので、今日の執務を中止して、リビリィ達に付き合う事にした。

 そういうことで山本に連絡を取り、柏木のエスパーダで東京駅まで向かう。


 東京駅近くの適当な駐車場に車を停め、待ち合わせ場所に向かう。

 ただ、今回は儀装馬車のコースなどを視察するため、どこに『ガーグ』達の目があるとも限らないので、フェル、ポル、リビリィは例の通称『キグルミシステム』で、日本人女性姿になり、カモフラージュして東京駅に向かった。


 フェルは、その左右に広がる特徴的な羽髪がキグルミシステムで日本人意匠を計算して造成する時、邪魔になる……というか、ヘンテコな前髪を左右に分けたツインテール女性姿になってしまうので、羽髪を束ねてリボンで縛り、ポニーテール風で清楚な感じの日本人女性に。


 ポルはそのままで、目がクリっとした可愛らしいオールバックな日本人女性姿。愛用眼鏡と合わせて眼鏡っ娘である。


 リビリィは髪の短いボーイッシュで健康的なアスリート風日本人女性姿に。いつも愛着している迷彩服をその上から羽織っている。なかなかカッコイイ女性姿である。


 そして待ち合わせ場所に向かう。

 朝の出勤時で人も多いが、彼女達とすれ違うサラリーマンにOLは、彼女達を全く意識すらしない。


『オぉ~……すげぇ……ニホン人、アたい達をまったく意識しねーナ』とリビリィ

『ソウですね、コレは本当に凄いデス』とフェル。


 そしてフフンと得意顔のポル。

 フェルは建物のガラスに写った日本人女性姿の自分を眺める。

 PVMCGが計算した、フェルを素体にした近似値的な日本人女性姿だ。

 そして初めてはいたスカート姿に、後ろ姿をうつして見たり、横を向いてみたりと色々と自分の今の姿を眺めてみる……だが口を波線にして、柏木に訴える。


『マサトサァ~ン、この『すかーと』という服……やっぱりどうも慣れませン……スースーしますヨ……』

「ハハハ、まぁ我慢我慢。でも似合ってるよ、しかしフェルやポルさん、リビリィさんも、日本人の肌色や目の色、髪にすれば、そんな見た目の女性になるんだな」


 柏木は腕を組んで、ウンウンと頷きながら(これはこれで悪くない)と思う。


 そして待ち合わせ場所に到着。山本が柏木の姿を見つけ、手を挙げて挨拶する。


「あ、どうも柏木さん……電話もらったとき、まさか柏木さんも一緒に来るとは思いませんでしたよ」


 意外そうな口調の山本。


「ハハ、どうもおはようございます山本さん。 実は……」


 柏木は、リビリィ達に付き添った経緯を山本に話す。


「あぁ、そうですか、リビリィさん?という方とお知り合いとは。 なるほど柏木さんが一緒なら有難いですなぁ。しかし……話には聞いていましたが、それが『キグルミ』とかいう装備ですか……いやぁ見事なもんですなぁ。で、フェルフェリアさんはどちらの方で?」

『ア、ワタクシです、ケラー』

「おお、日本人姿もなかなかいいもんですな、フェルフェリアさん、ハハハ」


 と山本も、お世辞を一発かます。

 そして柏木がリビリィとポルを紹介した。

 山本はイゼイラ人姿のリビリィとポルの写真を懐から取り出して、日本人姿の彼女達と比較する。


「なるほど……なるほどね、うんうん、面影はあるな。わかるわかる」


 と納得した様子。


「なるほど、そういう感じで機能する訳か……じゃぁ今から色々視察しますけど、そのままでいけますな」


 そういうと、山本は四方に目線を向け、手で何か合図をすると、耳にイヤホンを付けたスーツ姿の男性や女性が、その場から去って行った。

 どうやらリビリィとポルに対する護衛の公安警察官だったようだ。

 柏木もその方向を見る。すると以前護衛してくれた公安の男がいたようで、ニコっと笑い、ペコっと挨拶する。するとその男も手を上げて挨拶を返し、その場を去って行った。



 …………


 

 信任状捧呈式の過去の馬車列コースは、最も最近のものでは……


 明治生命館>馬場先門交差点を右折>皇居外苑>皇居正門>宮殿南車寄


 というコースをとるものであった。

 しかし、この明治生命館が出発点であるのは、2012年まで東京駅が工事のための処置であり、本来は東京駅が出発点となる。

 今回、ヴェルデオ全権大使を乗せた馬車がとるコースは、元来の東京駅が出発点となる予定である。

 柏木達はそのコースを山本の運転する車で一応に見て回った。


 途中、要所要所で車を停め、『ガーグ』の行動に関して話しあったりしてみるが……


「山本さん……やっぱこれって、テロ屋みたいなのが襲撃するって、どう見ても無理がありますね」

「えぇ、やっぱり柏木さんもそう思いますか……」

「私もちょっと動画サイトなんかで調べてみたんですけど、確か……警護車両三台に大使を乗せた馬車と関係者を乗せた馬車二列、そして警護車両がまた三台……あと、軽トラが後ろからひっついてきますね?あの軽トラってなんなんですか?」

「軽トラ?あぁ、軽トラね、あれは馬糞回収用の車ですよ」

「あぁなるほど、そうか、馬車ですもんね、なるほどね」


 そんな話をしていると、リビリィが


『デモヨ、ケラーヤマモト、そのトゥルカ……あ、バシャか? 話じゃ普通にああいった……』と道路を走る車を指さして『有人トランスポーターと一緒の道を走るんだロ?』

「あぁ、そうだよ」

『じゃァ、フツーに武器持った連中にトランスポーターで襲撃されるって事もあるんじゃないっスか?』

「いやぁ、今回に限っていえばそれは考えにくいね」

『今回に限っテ?どういう意味っすカ?』

「あぁ、まず今回は『ヴェルデオ大使が乗る馬車』ってことだよ、リビリィさん達はあまり自覚がないかもしれないが、我々日本人、いや地球人にとっちゃ、『異星人の大使が天皇陛下に信任状を捧呈する』なんてことは、今までじゃもう考えられない事だからね」


 そういうと柏木が


「つまり……見物人がそりゃぁ山のように沿道を埋め尽くすかもしれないってことだよ、リビリィさん」

『ガーグの連中モ、そんな中で騒動を起こすとは考えにくい……って事カ……』

「そういうこと。それにそんな状況だと、警備も物凄いからね……まぁ普通に考えたらこんな路上でテロというのはなさそうなんだけど……まぁ俺もそこのところは素人だから、どうです?山本さん」

「まぁ普通に考えりゃぁなぁ、そうなんだが……」


 山本はアゴに手を当てて周りの風景を見渡す。

 するとポルが


『ガーグのやる事ハ、普通ではない……といウ事ですよネ、ケラーヤマモト』

「そういう事ですな、ポルさん」


 フェルもキョロキョロとあたりを見回している。


『最悪、コースを変更してもらっタり、このトゥルカに乗る儀式を特例で中止してもらったりする事はデキないんでしょうカ?』


 フェルは、こんな街中で騒動を起こされたら相当マズイということを感じているようだ。

 その問いに柏木が答える


「いや、それはヴェルデオ大使も望まれないんじゃないかなぁ」

『エ?どうしてですカ?』

「ハハ、それはフェル自身が帰ってからでも大使に聞いてみればいいよ」

『?? ハ、ハイ……』


 ポルもフェルと同意見だったようだが、リビリィは柏木の言いたいことを何となくだが察していたようだ。さすが『警備部主任』の肩書きは伊達ではない。

 無論山本も同じ。公安外事課という元来は諜報員のような仕事をしているとはいえ、彼も初めから外事課の警官だったわけではない。

 昔は交番勤務から始めた街を守る警察官だった時期もあるのだ。

 市民の安全を考えればフェルの言うことが正しい事ぐらいは解っているし、もしそうなら、初めからそれを提案している。



 その後、儀装馬車コースを一通り回った柏木達はそのまま霞ヶ関へ向かい、警視庁へ案内された。

 地下駐車場から本庁内へ。

 途中、フェル達三人娘は、手洗いへ寄り、偽装した日本人姿を解除する。これは山本からそうしてくれと言われたからだ。でないと、今のままでは正体不明の日本人女性を三人連れて本庁内をうろついてしまう事になる。


 途端に庁内で三人娘は目立ちまくってしまう。そりゃそうだピンクに水色に白である、これで目立たない方がおかしい。

 特にフェルは有名人なので、すれ違う警官という警官から敬礼をされる。その都度フェルも会釈して返す。


 そして会議室へ案内される。


「みなさん、すみませんがここで少し待っていてください。あいつらがいたら呼んできますから」

「下村さん達ですね?」

「そそ」


 山本は柏木達にそういうと、会議室から出て行った。


 柏木達はその間、少し雑談。


『ナァケラー、ちょっと聞きたいことがあるんだけどヨ』

「ん? なんだい?」

 

 リビリィが、何か疑問に思ってることがあるようだ。


『アのさ、ニホンの『ケーサツ』や『ジエイタイ』の人ってさ、敬礼するとき、頭にこうやって……手を当てるよな』と、地球で一般的な敬礼の格好をし『あれ、どういう意味があるんダ?』

「はは、あれね、なるほどイゼイラ人はああいうのにも興味あるのか……えっとね、あれは実は大昔のイギリス……えっと、ブリテン国が発祥なんだけどね……」


 柏木はいつもの偏った知識をリビリィに披露した。


 地球での中世、英国の国王に、観閲式などで英国の騎士達が全身を甲冑で固めて馬に乗り、国王の方を鎧のフェイスマスクを上げて、素顔をさらして敬意を表するわけだが、その際、パカパカと馬の振動であげたフェイスマスクがバシャッと降りてしまうわけである。それでそのフェイスマスクが降りないように手で格好良く押さえておくために現在の敬礼の格好でフェイスマスクを押さえて、観閲式にのぞんだ……それがルーツである。


『ヘ~、ソんな理由があったのカ』

「うん、なので日本は昔、英国から近代軍隊の方式を輸入したからね、その時の儀礼を、なんか今でも忠実に守っていて、あの敬礼、日本で正式にするときは、制帽やヘルメットなんかのかぶり物をしている時にしか本来しないんだよ。そういうかぶり物をしていないときは……」と柏木は席を立ち、カクっとお辞儀のような格好をして「こういうのが略式の敬礼になるんだよ」


 そう説明すると、リビリィに限らず、フェルやポルも「ほぉ~」と納得したように聞いていた。


「じゃぁ、俺も質問だけど、ティエルクマスカの右手を右胸に当てる敬礼ってどういう意味なの?」


 これに関してはフェルが答えた


『エっとですね、この敬礼は、ティエルクマスカ式というより、正確には『イゼイラ式』なのでス』

「あ、そうなんだ、じゃぁシエさんやゼルエさんは?」

『ティエルクマスカでは派遣員なども、その船舶が所属している国の敬礼で応じるキマリになっているデス』

「じゃぁ、本来はダストール式や、カイラス式の敬礼もあるわけだ」

『ハイソうですネ。 デ、このイゼイラ式の敬礼の意味ですが、イゼイラ人も地球人と同様に左胸に心臓があるのですが、イゼイラ人は『左胸に心臓があって、右胸には魂がある』と昔から考えていまス。デスので、右胸を押さえて『魂から敬意を表します』『私の魂をあなたに贈ります』という意味があるのですヨ』

「なるほど、そんな意味があったのか」


 そんな話をしていると、山本が下村と長谷部を連れて戻ってきた。

 そして……研修のイゼイラ人を一人連れていた。


「あぁ、こんにちはフェルフェリアさん」と下村と長谷部、話したばかりの敬礼をピっとする。


『アレ、帽子被ってないけどアノ敬礼したぞ?』とリビリィ

「ははは、まぁああはいったけど、挨拶代わりにも使われてるから、普段はあんな感じなんだよ」

『ソうか、んじゃあたいも……』


 と、リビリィとポルが、地球式敬礼で応じ、自己紹介をした。

 すると、下村や長谷部も「お?」と笑顔で逆にティエルクマスカ敬礼で応じ、自己紹介をする。

 そしてフェルが


『アナタは、確か自治局主任のケラー・セマル デスね』

『ハイ、フリ……』と言おうとした瞬間、柏木をチラと見て『……ファーダ、セマル・ディート・ハルルでございます』


 セマル・ディート・ハルル。自治局主任で、シエの部下でもあるデルンだ。日本の警察機構を学ぶために派遣されていた。体色はフェル同様水色で、目の上部分と瞳は藍色。典型的なイゼイラ人である。

 しかし、地球のダブルなスーツを身にまとっており、ポケットにはサングラスを入れていた。


(ハハハ、こりゃ本当に日本版エイリアン・ネイションだなぁ)


 と思わず微笑んでしまう。


 そして、捧呈式・儀装馬車コースを回った感想をお互いに述べ合った。


『……ウ~ん、結局何が起こるかわかんねぇってことになるッスねぇ』


 リビリィが腕を組んで唸る。


『ソうですね、今回リアルな地形的条件を観察すれバ、何かヒントがあると思いましたが、ヴェルデオ司令のホウテイシキがニホンでそこまでショー化され、人でごった返す事が予想されるとするなら、地理的、地形的条件もあまり意味がなさそうでス』


 ポルもVMCモニターを見ながら、今まで収集したデータを見て、眼鏡をクイと上げていた。

 山本達も、セマルにVMCを相当見せられていたのだろうか、もう慣れたものだ。驚く様子もない。


『ウ~ん、先程の話、やはり今、ヴェルデオ大使に聞いてみましょウ』


 フェルは少し考えて、おもむろにそう言うと、PVMCGを操作して、50インチクラスのVMCモニターをドカっと会議室に映し出した。

 さすがに山本達はこれには少しビックリする。


「おいおいフェル、そんなデカいの出すならあらかじめ言ってくれよ、俺もビックリしちまった」

『あ……ウフフ、ゴメンナサイ』


 そういうとフェルはヴェルデオを呼び出す。

 ヴェルデオはどうやら食事中だったようだ。後ろのテーブルに、『あさま山荘事件』で活躍したカップ麺が置いてあった。

 それを見て山本達や柏木は「え?」という目で見る。


『あ、司令、お食事中でしたカ、失礼しました』


 とフェルは、敬礼で失礼を詫びた。


『アぁ、いえいえファーダ……あ、いえ局長。今終えたばかりです。で、どのようなご用件でしょう……というよりも、そこはどこですかな?』

『ハイ、ここは『ケイシチョウ』というニホン国の治安機関本部でス……今、例の『シンニンジョウホウテイシキ』の警備や例のネガティブコードについて調査していたのですが』

『ン? 今日、局長はお休みと聞いていましたが……ア、リビリィ、ポル、お前達がまた局長を連れ回してるんだろう……』

『エ? あたいたちが? 違いますヨぉ司令……局長ぉ……』

『ウフフフ、司令、私がヒマなのでお付き合いしてるだけですヨ、ご心配なされぬよウ』

『ハハハ、そうですか、で、そちらの日本のデルンの方々は?』


 そういうと、山本達はバっと起立し敬礼。


「ハッ、ヴェルデオ大使閣下、私は日本国警視庁公安部外事一課所属、山本竜也やまもとたつやと申します。この二人は私の部下の下村健二しもむらけんじ長谷部光男はせべみつおです」

「よろしくおねがします大使閣下」と下村、長谷部。


『ハハハ、ソうお堅くなられぬよう、お名前は局長よりお聞きしております。こちらこそよろしくお願いいたしますケラー』


 ヴェルデオも敬礼し、まぁまぁと手で押さえ、恐縮するなと言った。


『デ、君は確か、シエ局長の部下のセマル主任だったね、その服装、良く似合ってるじゃないカ』

『ハい司令、恐縮です。お久しぶりになりますネ』

『ソうですね、もう君は二ヶ月以上そちらにいますからね、どうかな?日本の治安機構の研究ハ』

『ハい、大変勉強になります。いかんせん私達は自治局員とはいえ、本国治安機関のような本職ではありませんから、こういった本職の方の仕事は大変参考になりまス』


 ウンウンとヴェルデオは頷く。 


『ケラーカシワギも、局長とは相変わらず仲良くやっておられますようで? ン? ン?』

「大使ぃ……みんなの前でその話は勘弁してくださいよぉ……」


 柏木とフェル以外のみなさんは、ニヘラ顔で柏木とフェルを注視。

 柏木は頭をポリポリかき、フェルはうつむいて頬染める。


 そんな前置き話もそこそこに、フェルが本題へ。

 内容は、先程の視察の結果である。そしてフェルは、ヴェルデオの身を案じ、万が一に備え、捧呈式の儀装馬車のコースを変更してもらうか、もしくは儀装馬車の式を省略してもらえないか日本国に頼めないかということを話した。

 するとヴェルデオは柏木の言ったとおり


『局長、それはできませン』


 と、イゼイラ人的にはまだ若いフェルに、優しく諭すように首を横に振る。


『エ、どうしてですカ?司令……』

『それはそうでしょう局長、ニホン国の皇帝陛下がご用意して下さる最大級のおもてなしを変えろなんて、私から言えるわけがないではないですカ』

『ソれはそうですが……あのネガティブコードが出ている以上、『ガーグ』の脅威は警戒しないと……現状、どんなものなのか想像もつきません……仮に、襲われるような事があっても、ワタシ達の身は守れるかも知れませんが……予想される事態で、観衆への被害などを考えれば、とんでもない混乱が発生する事も考えられまス……そのような混乱は避けるべきではト……』

『局長……』

『ハイ』

『アナタのケラーカシワギが、なぜ『メルヴェン』や『ヤチホコ』の創設を提唱したかお忘れになりましたか?』

『エ?』


 柏木も横でフェルとヴェルデオの会話を黙して、そして笑みを浮かべて聞く。

 柏木は(やはりそう言うよな)と思っていたことをヴェルデオはフェルに語りそうだったからだ。


『どうですか? 局長?』

『メルヴェンや、ヤチホコは……私達ティエルクマスカやイゼイラとの関係を、『ガーグ』に知らしめるため……ア!そうか……』

『ソうです……もし仮に『ガーグ』達が、テロを私の乗るトゥルカにかけてきたとしても、正々堂々とそれに正面から立ち向かっていく義務が私達にはありまス……逃げてしまっては、彼らに負けたことになります』

『……』

『確かニ、観衆に混乱をもたらすやもしれません、しかしそれもきっちりとニホンのにみなさんに見てもらう必要がアリマス。そして、我々とニホンの絆を知ってもらう必要がありまス』

『……』

『そして、仮に混乱が起きたとしても、私達には、ニホン市民の皆さんへ被害を出さないようにできる技術がありまス……そして万難を排して、私はニホンの皇帝陛下に信任状を献上致します。それが私達ティエルクマスカ連合人のニホン国民に対する誠意ではありませんカ?』


 フェルは、そのヴェルデオの言葉にウンウンと頷いて


『ソウ……ソウデスヨね……私はあの会議での大事なことを忘れていましタ……まだまだ未熟でス』


 そういうとフェルは柏木の方を見る。

 柏木もコクンと頷いた。

 山本達やセマル、リビリィにポルも頷いている。


「フェルフェリアさん、我々警視庁も、全力をもって大使閣下をお守りします。ご心配には及びません」


 と山本。その言葉にフェルとヴェルデオも頷く。

 

 で、ヴェルデオの表情が少し深刻になり「理由はそれだけではない」と続ける。


『実は局長、後ほどお伝えしようと思っていたのですが……』

『ハイ?』

『この事はファーダニトベや、ファーダミシマには既にお伝えしているのですが、みなさんがいるなら丁度良い……実はですな、大変な事が先程起きまして……』


 ヴェルデオは、画面の向こうで、金庫のような感じの保管庫から、大事そうに綺麗な箱を取り出す。


『これをご覧下さい……』


 ヴェルデオは書状のような物を一枚、箱から取り出し、画面に映す……

 フェルやリビリィ、ポル、セマルは、その書状に書いてある文字をマジマジと読む。

 柏木や山本は何が書いてあるのかサッパリわからないので、結果待ち。


『…………』


 それを読むフェル達イゼイラ人の顔色がどんどんと変わっていく……

 そして……


『エ……えぇぇぇぇぇぇ!!』とフェル

『ソ、そんな……マジかよ……』とリビリィ

『コ、こんな……たかだか調査船一隻の外交交渉に……ウソでしょ……』とポル

『本当でス……一体……』とセマル


「おいおい、どうしたっていうんだ?」と山本、フェル達の石化ぶりに少し狼狽する。


「フェル、どうしたんだよ、教えてくれないか?」


 柏木は落ち着けとばかりにフェルの肩に手を当てる。


『は、ハイ、ゴメンナサイ、マサトサン……ハァ……まさかこんな事に……』

「で、何だったんだ?」


 柏木が尋ねる。

 フェルは、ゴクンと唾を一飲みし答えた……




『ア、あの書状は…………ティエルクマスカ本国の……連合議長と、イゼイラ共和国議長のサインが入った……大使信任状デス……』



 一瞬の沈黙……


 柏木と山本達は顔を見合わせる……そして……


「な、なんだって!!!!!!」


 そう言うとバっと画面を再び見入った。




 ……イゼイラが大使館であるのは、今までの日本とヤルバーンとの交渉で、現在あくまで『大使館のように扱う』との状態であった。

 従って今回の信任状の捧呈も、ティエルクマスカの法で、自治権を持つヤルバーンの首長であるヴェルデオ『司令』が、ヴェルデオ『大使』として自分が自分に発行する信任状の予定であった。


 なのでヴェルデオはティエルクマスカの『全権委任大使』なのである。

 『全権』を委ねられているため、日本のような地域国家レベルの国であれば、ヤルバーンの自治権の範囲で、大使館設定などの行政判断も、フェルとの合議で可能なわけだ。


 そして、事後報告で、ティエルクマスカ本国に『ニホンと国交ができたので、ニホンに大使館扱いの施設を設定しましたヨ』と報告すれば良いだけの事であったのだが……


 まさかティエルクマスカ連合議長と、イゼイラ共和国議長の連名サイン入りの信任状が届くとはゆめゆめ思っていなかったようである……


 こうなると、事はヤルバーンだけの事ではなくなる……

 この信任状を天皇陛下に渡せば、ヤルバーン自治権以上の……ティエルクマスカ連合とイゼイラ共和国の正式な意思として、日本と国交ができてしまうのだ。

 

 そう……もう『みなし大使館』のようなものではなくなる。

 日本の相模湾海上に、正式な『 隣国 』として、ティエルクマスカ連合と、イゼイラ共和国が存在する事になる……

 地球という惑星の上に、そして日本国領土の中に、5千万光年彼方のアホみたいにバカデカイ国家の領土が正式にポツンと一つ誕生するのだ……

 

 これがどれだけ恐るべき程大変な事か、柏木や山本は即時に理解した……おそらく二藤部や三島も同様だろう……


 一番簡単な例をあげて言えば……ヤルバーンはこれで、独自の判断で地球から『退去』することができなくなったのだ……

 当たり前である。どこの国が一介の首長の判断で、大使館を引き上げるかという話である。しかも、ヤルバーンは宇宙船とはいえ、その大きさから「領土」にも匹敵するものだ。


 そして何よりも、彼らの『大使館』や『領土』に、ティエルクマスカ人が自由に行き来できると言うことだ……これも当たり前である。イゼイラ人がイゼイラの領土をどう行き来しようが彼らの勝手である……


 そして、ティエルクマスカ連合議長の信任サインも入っていると言うことは……この信任状を捧呈した瞬間から、ダストールや、カイラスなどの連合加盟国とも『 隣国 』になってしまうのだ……


 柏木は、唾を飲み込みながらヴェルデオに尋ねる……


「た、大使……その信任状を……本当にお渡しになる気ですか?……」

『ソ、それはそうでしょう……私も自治権を持つヤルバーンの司令とは言え、ティエルクマスカ本国の命令で動く人間です、渡さないわけにはいきませんヨ……』 

「かーっ……まさかここにきてそんな事が起こるなんて……総理や三島先生の心臓が止まってなきゃ良いけど……」


 山本も腕を組んで……


「こりゃぁ……ますます式を絶対に成功させないといけませんね……もし失敗すれば、ティエルクマスカ本国や、イゼイラを冒涜する事になってしまう……もし『ガーグ』の策略を許せば……」

「えぇ……」


 柏木はそれ以上は答えなかった……



 

 サラエボ事件……

 1914年6月28日 オーストリア=ハンガリー帝国フランツ・フェルディナント大公が、ボスニアの首都サラエボで、ボスニア系セルビア人民族主義者、ガヴリロ・プリンツィプにより暗殺された事件である。

 これが後の地球世界での『第一次世界大戦』へ発展する……


 これと同じである。

 もしヴェルデオに事が起これば、今の状況だと、確実にティエルクマスカ本国が動く……


 ヴェルデオの話だと、仮にこの信任状を渡しても、ヤルバーンの自治権は『独自退去が不可能になる』など、一部制限が加えられるが、本国から特に命令が無い限り現状のままだそうである。

 しかし、重要なのは、本国がこのヤルバーンの任務を、相当重要視しているということだ。


 ヴェルデオは話す。


『ケラーカシワギ』

「はい」

『ファーダニトベにもお話ししましたが、この件、みなさんが思っているほど恐れるような事では無いのも事実でス』

「え? ……と言いますと?」

『つまり、こんな信任状を送ってくると言うことは、連合や共和国本国も、ニホン国の我々に対する対応を、極めて高く評価してくれているということでもアリマス……はなはだ失礼を承知で申し上げますが、地域国家レベルの国で、しかも我々よりも科学力や技術力も劣る国に、普通はこんな対応を本国はしませン』

「つまり……この捧呈式に対して、本国は援護射撃をしてくれていると?」

『ハイ、確実にそうです。そういう意思がありありと見て取れます……この書状の文章を読んでみても、明らかにニホン国を我が連合と対等以上に扱っている文言が書かれています……私も長年探査艦の司令をしていますガ、こんな事は初めてです……』

「では……」

『ハイ、私は何があっても、ニホン国の皇帝陛下のお招きを受け、この手で、この書状を、ニホンのしきたりに則って、お渡しに参ります。命をかけてモ……』


 柏木は、ヴェルデオの決意をしかと受け取った。

 山本達も、このヴェルデオの言葉を聞き、何かを決意したようだ。

 フェル達イゼイラ勢も同様であった。



 そしてヴェルデオとの通信を終える……



「……山本さん、私は今から官邸へ行きます」

「わかりました……柏木さん、こりゃぁお互い『全力』ですな……私も久々に武者震いがしてきました」

「私もです」と下村。

「えぇ」と応じる長谷部。

『面白くなってきましタ』と、シエ仕込みの不敵さを見せるセマル。


 そして山本がフェルに


「フェルフェリアさん、今までの大使との会話……その、録画とかしていますか?」

『ロクガ?……エ、ハ、ハイ』

「では、その録画データをセマル君のPVMCG……でしたっけ? ……に転送してやってくれませんか」

『ハイ、構いませんが、一体何にお使いになるのデす?』

「こっちの気合いを入れるためですよ」


 スーツ姿のセマルは山本の言葉の意味を理解しているようであった。

 そしてポルが


『セマル主任』

『ナんでしょう、ポルタラ主任』

『コのシステムを差しあげマス。効果的にお使い下さイ。その『すーつ』姿でしたら、うまくお使いになれば良いアイテムになりまスよ』

 

 ポルは、セマルのPVMCGに例の『キグルミシステム』のシステムデータを送った


『ハハハ、なるほド、これが噂の……』


 セマルは左腕を上げて、ポルに礼を言う。

 すっかり日本の警官っぽさが板に付いてきたセマルである。


「では柏木さん、官邸まではウチのパトカーで送らせます」

「いえ、私も車で来ていますので、東京駅まで……」

「いや、行くなら早いほうが良い。貴方の車のカギ、貸して下さい。車の方は下村に官邸へ持って行かせます」

「ハハハ、そうですか……下村さん、私の車、デカいですよ、ぶつけないで下さいね」

「ぶつけたら官費で弁償しますよ」


 おいおい、ぶつけるの前提かよ……と柏木は笑いながら自分の車のキーを下村へ投げて渡す。


「フェルはどうする? 一応休みだけど……」

『ソんな事言ってられないデス。私もマサトサンと一緒に官邸へ行きますヨ。 リビリィとポルは、一度ヤルバーンへ戻って、シエやゼルエ局長に報告、協議してクダサイ。 今回の件、私達の技術を考えられる限り使っても構いません。万全の体制で行ウように。 連合議員の『ワタクシ』として命令しマス』

『了解だゼ局長、ポル、そうと決まれば急ごうゼ』

『ワかりました……ケラーヤマモト、どこかに広めの場所はアリマスか?』

「あ?あぁ、それなら表の駐車場を使えば良い……でもなんで広い場所が?」

『転送スル時に、広い場所の方が転送しやすいのデス』

「あ、あ~あ、あれね……いやはや、お宅らの科学力、ホントたいしたもんだよなぁ……」


 山本は内線で女性警官を一人呼ぶと、その警官にリビリィ達を案内させる。

 リビリィ達は、女性警官の後につき、小走りに会議室を出ていった。



………………



 その後、山本は上司に上申し、警視庁信任状捧呈式警備担当者を全員大会議場に集めた。

 そこでセマルのPVMCGを使用し、先のヴェルデオ達との会話を会議場に集まった担当者全員に見せた。

 そう、山本が『気合いを入れる』と言ったのはこの事だったのだ。


 そこで各担当者は、ティエルクマスカ―イゼイラ本国が、直に信任状を発行してきたことに柏木達と同様に驚く。そして会議場にどよめきが走った。

 そしてヴェルデオが『命をかけて、この信任状を天皇陛下に渡す』と言った瞬間、その言葉に全員の気合いが入る。そして中には涙する者もいた。


 山本は会議場の全員に話す。

 この信任状が、陛下に渡された瞬間、ティエルクマスカ全加盟国が日本の『隣国』になると。

 その意味はとてつもなく重大であると。

 この事は、政府発表も当然だが、マスコミをも通じ、全世界に発表されることになると。

 ヤルバーン自体が、もう単なる『バカでかい宇宙船』ではなくなると。


 そして最も重要な点……

 これによって国際秩序が大変革を起こし『ガーグ』をも含めた世の中の動きが猛烈に変わり、自分たち警察のありようも大きく変わるかもしれないと。


 加えて、ヴェルデオの身に不測の事態が起これば、5千万光年クラスの国際問題に発展するとも……



 これを聞いた警察担当者は全員、確実にその目の色を変えた……いや、変えざるを得なかった……




………………



 柏木とフェルは警視庁が用意してくれたパトカーで首相官邸に向かっていた。

 といっても警視庁本庁と首相官邸はすぐそこである。

 二人はパトカーの中で沈黙していた……というか、フェルは少し疲れたのか、パトカーに乗るなりコックリさんになっていた。

 柏木の肩に頭を寄せて、うつらうつらするフェル。

 その様子をパトカーを運転する警官はチラ見しては、笑みを浮かべている。

 無理に起こしておくのも可哀想だと、警官からも話しかけない。


 そんな警官の視線も無視して、柏木は窓の外を眺めて色々考えていた……


(ティエルクマスカ本国から信任状が届く?……という事は、ヤルバーンは5千万光年も離れた場所と、リアルタイムに近い連絡手段を持っているということか? もしそうなら、この地球で起こっている事も逐一彼らの本国へ報告されて当然か……その本国はリアルタイムに近い形で、地球の情勢を知っているという事になるな…………いや待てよ……彼らにはハイクァーンがある。ということはあの信任状も、本国で書かれた本物と同じ物がデータで転送されれば、ヤルバーンのハイクァーンで同じ物を造成させる事が出来る……ということは、あの信任状は、ティエルクマスカ議長と、イゼイラ共和国議長直筆の本物と同じという事じゃないか……なんてこった……改めてとんでもない技術だなこりゃ……確かにこんな通信技術持っていれば、電波なんて忘れ去ってるはずだよな……)


 そんな事を考えながら官邸へ向かう。

 そして……


(この信任状の内容……当日まで絶対に外に漏らすことはできないな……もし漏れちまったら……)



 この先を考える事、今はやめた。

 すぐに官邸が見えてきたからだ。

 

 柏木はフェルを優しく起こす。

 フェルはハっとして目をこすりながら柏木に笑顔を向ける……


 


 信任状捧呈式まであと三日。



 それまでに何が出来るのか……   







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― 新着の感想 ―
なよたけのかぐや姫…
[良い点] 地球に宇宙人が来たら?がきちんと描かれているとこ なろう的ご都合主義がないとこ 気になるとこは多々あるけど続きが気になる展開 [気になる点] 世代?のせいかもだけどタハーとかプクーとか表現…
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