表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
23/119

-11-

 次の日、午前4時頃。

 就寝中の柏木とフェル。

 いつも早起きなフェル的にも、起床には少し早い時間。


「\@*+?><)('……」


 なにか寝言を言っているフェル。

 笑顔な寝言。

 大体こういう寝言は「もうおなかいっぱいです」というのが相場だが、イゼイラ語な寝言なので、わからない。


 フェル達イゼイラ人は、ヤルバーンや母国で睡眠する時、スリーピングカプセルのようなものに入って睡眠する。

 カプセルに入れば、即時睡眠状態に入り、起床する時も、バイタルに準じた適正な時間にポッドが起床を促してくれるので、地球人の『寝る』という感覚の睡眠をしたことがあまりない。

 地球人的な『寝る』という事は、せいぜい疲れてうたた寝するか、昼寝をソファーでする程度である。


 そんな感じだったので、柏木の家に来たあの時、『布団』で寝るという行為を人生初でフェルは覚えたわけであるが、その気持ちよさに感動し、今ではヤルバーンの自宅にも日本製のベッドと布団を買い込んでいる。

 実は日本に今滞在しているヤルバーン乗組員にも流行っており、みんなそれぞれお気に入りの寝具を購入してヤルバーンに持ち込んでいた。

 それがさらに流行して、現在ハイクァーン造成トップ10に入っている状況だそうである。



 で、今、二人は安眠していた。 


 そんな時、枕元においた柏木のスマートフォンが大きな着信音を鳴らす。


「ん……んん?」


 柏木はスマートフォンの時計機能を目覚まし代わりにしているので、もう朝か?と思う。

 時計を見ると、まだ4時を少し回ったところ。

 

「誰だ……こんな夜中に……」


 隣で寝てるフェルが起きては可哀想だと思い、すかさずスマホを手に取り、音を消す。

 眠い目を細めて画面を見ると……白木からだった。

 プっと応答アイコンを押す。


「あい……」


 ぶっきらぼうに答える柏木。


「おう、柏木か」

「なんだよ白木、お前、今何時だと思ってるんだ?」


 フェルを起こさないようにそっと寝床を出て(お~寒っ)と思いつつ、ジャージを羽織り、そっとリビングへ、そしてソファーに腰を掛ける。


「あぁスマン、というよりも、俺も今叩き起こされたところなんだ」


 確かに白木の声もどことなく寝起き声だ。


「で、何だよ」


 ファァ~と大きなあくびをかましつつ尋ねる。


「あぁ、昨日のお前の言っていた梁大使に会わせるって話だが……アレ、ボツになりそうだ」

「なんだ、そんな事かよ。そんなのダメならダメで別にいいって言ったじゃないか……こんな時間に話すことか?」

「まぁ聞け、まだ続きがある」

「はぁ?」


 白木は少し間を空ける。


「梁大使が……アメリカに亡命した……」

「……!!!な、なにっ!!!」


 思わずソファーから立ち上がる。


「どうだ、目が覚めたか?」


 覚めた。朝のブラックコーヒーなど目じゃないほど覚めた。


「ど、どういうことだ?」


 柏木の声のトーンは、今のですっかり寝ぼけ声から通常モードになる。


「だから言ったろ、俺も今叩き起こされたって……新見統括官から今さっき電話があってな、ドノバン大使から電話があったそうで、ドノバン大使の話じゃ、亡命したというより、まだ亡命『してきた』というところだそうだが、詳細はわからん。統括官はドノバン大使に呼ばれてアメリカ大使館へ既に向かっているそうだ」

「それでお前はどうするんだ?」

「俺も今からアメリカ大使館へ行く。で、統括官からの伝言で、お前は、今日一日、フェルフェリアさんとともに家で待機していてほしいということだ。フェルフェリアさん、今日、何か用事あるのか?」

「い、いや、特に何も聞いていないけど……」

「もしフェルフェリアさんが都合悪いなら、お前だけでも家で待機しておいてくれ、いいな」

「わかった」

「じゃ、俺ももう出るから、またな」


 そう言うと、白木は柏木の挨拶も聞かずに電話を切ってしまった。


「ふぅ……」


 ドサっと再びソファーに腰をかける。

 スマートフォンを両手に持ち、両肘を両膝に当てて、スマホをプラプラ揺らしながら真っ暗なリビングで瞑目する柏木。


(中国で政治家が亡命するっつったら、政治犯で捕まるかもしれないか、殺されるっつー理由しかないじゃねーか……って事は、昨日の話から考えたら、軍部から何か睨まれてるのか?……あんなしょーもない文句言ってきたばかりなのに……わからん……)


 そんな事を考えてると、寝室のドアがガチャリと開く。


「マハトヒャン……オはようございましゅ……どうしたのれすか?今日は早いれすネ」


 柏木に買ってもらった大きめの長袖シャツを羽織ったフェルが、目をこすりながら起きてきた。

 素の声で日本語を話す。

 まだ眠いのか、ロレツが回ってない。目もトロンとしていた。


「あぁ、フェル、おはよう。って、起こしちゃったか?ごめんな」

「イエイエ、ちょっと早いれすけど、いつも5じぐらいにはメが覚めまスのデ」


 フェルの和音のような発音で奏でる素の日本語は、なんとも美しいが……やはりちょっと寝ぼけ気味であった。


 そんなことを言いつつ、フェルは棚に置いてあったフェル専用PVMCGを手にはめてパワーをONにする。

 そして手を口に当てて、あくびをしていた。

 異星人もあくびするんだ……と思う柏木。

 よくよく考えたら、フェルの寝起きを見るのは同棲してから初めてだったので、何か新鮮だった。

 いつも柏木より先にフェルは起きている。

 素の日本語を、しかもこんな寝起き丸出しで喋るフェルを見るのも実は初めてだったので、フッと笑ってしまう。

 もうすっかりプライベートが同化してしまい、お互いの色んな所を知り合った感じで、生活感丸出しだった。


 フェルは風呂場に行き、シャツをモゾモゾと脱ぐと、そのまま洗濯機にポソっと放り込み、PVMCGを使って、イゼイラ制服のインナースーツ姿になる。


 そのまま洗面場で電動歯ブラシをミ~っといわせながら寝ぼけ眼で歯を磨く。

 この電動歯ブラシは、最近家電量販店でフェルが気に入り買ったものだ。振動が気持ちいいらしい。

 イゼイラ人の歯は、地球人のように複数の歯で構成されておらず、隙間のない一体の歯で構成されているので、よく磨けて使い勝手が良いらしい。

 ヤルバーンでは歯磨きのような行為も、例の衛生カプセルでやってしまうので、なかなかにこういう物が新鮮感覚で良いのだそうだ。

 そしてその後、洗顔。


 ポソポソとタオルで顔を拭くが、まだ眠いのか、フェルは口をムニャムニャさせながら、細い目をして台所へトコトコ行き、イゼイラのお茶を入れてくれた。

 

『フゥ……アァ目が覚めまス……マサトサン、誰かとお話していたみたいですガ』

「ん?あぁ、白木とね」

『コんな時間にデすか?』

「うん……」

『ナにがあったのです?ケラーシラキがこんな時間にマサトサンにお電話なんて、普通では無いでしょウ』


 柏木は「実は……」と先ほどの内容をフェルに話した。フェルは梁大使の事は、官邸に行った時に話題になったので知っている。柏木に制されたため、直接見てはいないが、その後、テレビなどで観ているので、容姿も知っていた。


『アのチャイナ国の大使が、アメリカ国に亡命ですカ……』

「うん、で、実は昨日俺、外務省に行ってたんだけど」

『例ノ襲撃事件の件ですネ?ケラーヤマモトがお話していた』

「うん、昨日、美里ちゃんが来ちゃったから、話しそびれたけど……」


 柏木は昨日の外務省本省での出来事を話した……今の中国の事、ウルムチの事、中国マフィアの事、そして、UEFの事、その相関性等々。


『ナルホド……では、梁大使の件、普通ニ考えれば、それらの件ト何カ関係があると思いますよネ』

「そういう事になるよな……ところでフェルは今日、何か予定あるの?」

『イエ、特に……というカ、調査局員は調査がお仕事デすから、予定があるといえば予定は常にいくらでもアります』

「例の『機密』の件も含めてかい?」

『ソ、ソレは……機密デス……』

「ハハハ、ごめんごめん、じゃぁ、今日は俺に付き合ってもらえるかな?」

『モしかしテ?……』

「あぁ……まだ連絡がないからわからないけど、多分アメリカ大使館に行くことになるかもしれない。その時にアメリカのドノバン大使と、梁……元大使かな?……に会ってもらうことになるかもしれない……おそらくヤルバーン、いや、イゼイラ人として初めて外国の要人と会うことになるかもしれない。フェルの連合議員としての立場でね」


 フェルも少し顔を引き締めて


『ワかりました。それも調査の一環として見るのも良いでしょうネ。日本の状況に関する事ですから、ヤルバーンにとっても重要な事でス……しかシ……』

「ん?しかし?なんだい?」

『私ニも立場がありまス。マサトサンならわかってもらえますよネ?』

「あぁ、もちろんだ。そのあたりは俺達がどうこう言うことじゃない。フェルにまかせるよ」

『ハイです……でハ、ヴェルデオ司令にも、一言連絡しておきますネ』


 柏木はコクンと頷く。

 フェルと柏木の阿吽の呼吸もなかなかサマになってきた。

 そして、フェルはヴェルデオに連絡して、内容を伝えた。

 ヴェルデオもフェルと同様の考えを示して、行動を了承してくれたようだ。というよりも、ことヤルバーンの内政問題解決に関しては、ヴェルデオがフェルに相談しなければならない立場なので、こういう場合、ナンバー2とはいえフェルの意思の方が事実上優先される。

 柏木は、この様子を見て、フェルがどれだけ重要な立場の人物であるか、改めて認識した。

 と同時に、以前白木が言った、それだけではない何かがある人物ということも、どことなく感覚的に感じてもいた。

 そんな人物に責任を持つ行為を行った自分自身にも、改めてその重さも感じていた。


 

 フェルがリビングデスクの上で、PVMCGを使ってヴェルデオと話している時、柏木は壁のラックに飾ってある自分のエアガンコレクションを眺め、物色していた。


 ワルサーP38にベレッタM9、ストレイヤーヴォイド……


「大きいな……」


 九四式拳銃にベレッタM1934、USPコンパクトに、ワルサーP99コンパクト、ワルサーPPK……


「フッ、これでいいか」


 手にとったのはワルサーPPK。何かの映画でも想像したのか、これをPVMCGへ取り込む。

 そしてVMCモニターを出し、柏木が作った何かのツールを起動させ、何やら画面を色々スライドさせる。

 ある項目に指を当てるが、少し考える……


「……チッ……仕方ねーか……万が一……万に一回、なければいいが……」


 そう呟いて、あるスライドバーをMAXにしてタップし、データ化を完了させた。



………………



 「自宅で待機」

 結構つらいものがある。

 いつ連絡があるかわからないため、やることが制限されてしまうためだ。

 結局のところ、家でボーっとするしかない。

 かといって本当にボーっとするわけにもいかないので、別にしなくても良い掃除をしたり、書類の整理をしたり、それでも間があくと、お茶を何杯も飲んだりと「待つ」というのも結構労力がいる。


『マサトサン』

「ん?何ですか?」


 フェルは暇なので、柏木のVTRコレクションを観ていた。

 新しいのから古いのまで色々ある。そこで目に付いたものを観ていた。

 そりゃ、朝の4時過ぎに電話がかかってきて「待っとけ」と言われたら、やることといえばそんな事ぐらいしかない。

 フェルが観ていた作品は『サイマス・キュデルカの亡命』という、1978年制作、洋物テレビ映画の録画だ。

 ストーリーは、旧ソ連の西側にあこがれる船員が、寄航した米国で船から飛び降り、亡命を図るが失敗、その後の彼の生活を描くドラマだ。

 日本ではメジャーな映画ではないが、秀逸な作品である。

 ビデオにとっていたものをDVDにダビングしなおしたもので、柏木自慢の映像コレクションだ。

 フェルは、『亡命』という言葉につられて観てみたのだろう。


『マサトサン、そのチャイナ国の大使は、なぜニホンに亡命せずに、アメリカ大使館に行ったのデショウ?』


 フェルはデッキリモコンの一時停止ボタンを押して、知らない者なら、当然の疑問を柏木に聞いた。

 日本にいるなら、日本に亡命すれば良いではないかと。


「んー……俺も詳しくは知らないんだけど、確かね、日本って法律で政治亡命を認めていないんだよ」

『ソうなのですか?』

「うん、フェルも、もう知ってると思うけど、日本の周辺って国同士がややこしい問題抱えてるだろ?だから政治亡命を認めていないんだよ」

『デは、「日本に亡命したい」と言ってきた場合はどうするのですカ?』

「確か、一定期間猶予を与えて、難民として扱うんだけど、その間は亡命者さんが自分で受け入れてくれる先を探す事になる。そしてどこも受け入れてくれなければ、強制送還って事になる……ってそんな感じだったと思うけど」

『ソうなのですカ……』

「そう、日本っていう国は、移民に関しては結構審査が厳しいんだよ。ただ、その人の身元や生活能力に問題ないと認めた場合は、最近は比較的早く帰化の認可が下りるみたいだけどね」

『……』


 フェルはその言葉を聞いて、何か考えてるようだ。

 柏木はフェルの様子を見て、その内容が大体わかった。

 おそらく、ヤルバーンの人達の中で、日本に定住したいと考えている人が少なからずいるのかもしれない。そういうことなのだろうと。

 

「もしかして、ヤルバーンで、日本に住みたいって人、いるの?」

『ア……イエ……そういうわけでハ……』


 やはりそうみたいだ。


「ははは、隠さなくてもいいよフェル、そういう人達が日本へ自由に行き来できるように俺達が頑張ってるんだろ?」

『ソうですね……確かニ』


 フェルは少し微笑むと再生ボタンを押し、再びテレビに見入る。


 映画は佳境に入っていた。



 政治犯としてソ連当局に拘留されていたサイマスは自暴自棄になり、ソ連の自由のなさを法廷でぶちまけ、いよいよ立場が危うくなる。

 しかし、彼を助けるために活動していた米国の人権団体が、彼がかつて色々な理由があり、正規に結婚していない米国人女性から生まれた私生児であることを突き止める。そしてアメリカ国籍が法的にあることを世論に訴え、彼の返還を要求するように政府に働きかける。

 そして、彼はめでたく米国に「強制送還」され、妻子共にアメリカへ移住する事になる。

 ラストで彼は、物語冒頭で米国の海へ飛び込んだ時、その際助けてくれた米海軍軍艦の招待を受ける。

 兵士から栄誉礼を受け、歓待されるシーンで終わるが、その中に当時の艦長はいなかった。なぜなら、ソ連人を軍艦に載せ、サイマスを引き渡してしまったからだ。つまり、治外法権である軍艦内で、ソ連の法の執行を許してしまったからである。

 そんな意味深なシーンで、映画は終わる。



『フゥ……この『えいが』 面白かったでス』

「ははは、フェルもなかなか目が利くね、俺もその映画お気に入りなんだよ。良い作品だろ?」

『ハイ、ドキドキでしタ』

「昔のテレビ映画だけど秀作でね、ソフトで売ってないんだよそれ。その録画、貴重なんだぜ」


 そう言って柏木は笑う。


 

 そんな感じで暇を潰していると、午前8時頃、柏木のスマートフォンが鳴る。


「来たか……」


 そう呟き、電話に出る。


「白木か?」

「おう、もう目ぇ覚めてるか?」

「あたりめーだ、あれからどんだけ経ってると思ってるんだよ。フェルなんか映画一本見終わって感動してるとこだぞ」

「ハハハ、そうか、待たせたな。んじゃ、すまんがこっちまで来てもらえるか?」

「わかった。アメリカ大使館でいいんだな?」

「ああ、で、フェルフェリアさんはどうなんだ?」

「連合議員として行かせてもらうって」

「わかった。んじゃ、そういう感じでこっちも段取り付けとくわ……クックック、あのオバハン喜ぶぞぉ……」

「おいおい白木、んな笑ってる場合じゃないだろ、で、例の梁大使には会えそうなのか?」

「あ~……その辺もまぁ、こっち来てからだ」

「はいはい」

「……くれぐれも気をつけて来いよ……」


 白木は少し神妙な声で言う


「あぁ、まぁそれは解ってるが……俺はフェルを襲おうとする奴がまだいるなら、そいつらに感心するよ」

「まぁそりゃそうか、ハハハ、んじゃ、待ってるぜ」


 白木は電話を切った。

 振り向くと、フェルが……


『マサトサン……最後の一言ハ何ですカ?……人を猛獣ミたいに言わないでくださイ……』


 腕を組み、少し目を細めて説教モードに入ろうとするフェル


「あ……ハイ、どうもすみませんデス……」


 謝ってしまう柏木の悲しさよ……時間ないし……




…………………………………




 柏木はエスパーダを転がし、赤坂へ向かう。

 柏木は、フェルを後部座席に座らせている。

 さしずめ柏木が運転手で、フェルがVIPといったところだ。

 体裁的にもこれがいい。


 8時ぐらいともなると、出勤ラッシュではっきりいって道路は混む。

 1時間以上かけてなんとかアメリカ大使館に到着。

 マスコミなどは押しかけてきていないようなので、この事はまだ外部に知られていないらしい。

 アメリカ大使館ほどになると、番記者が必ず付いているはずだが、平穏な様子なので、そういうことなのだろう。

 大使館内で、かなりの数のアメリカ人がそれとなく警備に付いているようだ。

 素人目には一見してわからないが、やはり相当緊迫している感じである。

 

 フェルはさすがに状況をわかっているのか、正門へ近づく前にPVMCGを作動させて、窓にスモークシールドを展開させた。これで外から中の様子は全く見えない。

 柏木の車に、どこかの記者が覗きこむが、全く中の様子がわからないのか、諦めて去っていったようだ。


 正門で柏木は少しだけ窓を開けて、目線で警官に合図する。

 警官は窓の隙間からフェルの顔をチラと見るが、もう日本では有名人なフェルなので、そんなに驚く様子もない。

 警官はフェルに軽く敬礼すると、フェルも会釈して返す。


 しかし大使館内に入ると、アメリカ人警備員……おそらく私服のアメリカ海兵隊員だろうと思うが、フェルの顔を見た途端、目を飛び出させんばかりに驚く。

 「Wow」などと小声で言っているが、すぐに我に返り、さっと平手でさりげなく促し、車を通した。


 そして正面玄関に車を付ける。

 フェルは用意していたフードを頭に被り、柏木のエスコートで車を降りた。

 柏木の車は、大使館員が駐車場まで持って行ってくれたようだ。


 正面玄関ホールでは、ドノバンと新見、白木が待っていた。


 そして、ドノバンとフェルが対峙する。   


「フェル……フェリア閣下、もういいですよ」


 柏木がフェルに耳元で囁く。

 フェルはコクンと頷くと、フェイスマスクを外して、ファサッとフードをとり、その素顔をドノバンの前に晒した。

 フェルはプルプルっと首を振って、羽髪を整える。


「オー……マイ……」


 思わずドノバンは漏らす。

 その容姿を直接目にすると、誰もがそう思う、これも仕方ない。

 今でこそ柏木の近所では、「宇宙人フェルちゃん」子どもたちからは「フェルおねーちゃん」で通っているが、それでも最初はみんな驚いたものだ。


 フェルは、ドノバンを前にしても、顔色一つ変えない。堂々たるものだ。 

 新見が驚くドノバンを放置するわけにもいかないので、フェルを紹介した。


「大使、この方が、先ほどお話しした、ティエルクマスカ連合所属、都市型探査艦ヤルバーン・調査局局長であり、ティエルクマスカ連合議員でもあらせられる、フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ閣下です……フェルフェリア閣下、こちらが在駐日アメリカ合衆国大使のジェニファー・ドノバン閣下です。ドノバン閣下は、私の長年の友人でもあります」


 フェルは、新見の「友人」という言葉を聞いて、今まで顔色一つ変えない氷の表情を崩し、笑顔をドノバンに向けた。

 そしてティエルクマスカ敬礼をして、


『ケラーニイミとゴ友人ならば、ワタクシも相応の礼を尽くさねばなりません。よろしくお願い申し上げまス、ファーダドノバン』


 そう言って握手の手を差し伸べた。

 そしてその手をドノバンも取る。ドノバンは相当緊張していたが、また嬉しそうでもあった。

 ただ、初めてフェルたちイゼイラ人と会う人がかならず聞く質問「ニイミサン……ケラーや、ファーダとは?」……


 そして、新見は柏木も紹介した。


「初めましてカシワギサン、あなたとは一度お会いしてみたいと思っていましたのよ。ニイミサンから色々とお話はお聞きしています」

「は、光栄ですドノバン大使閣下」

「フェルフェリア閣下、そしてカシワギサン、今日は非公式な会合なので、この様な形でしかお招きできなかった事を心苦しく思います。どうか状況を察し、ご理解ください」


 ドノバンは深々と頭を下げた。



 柏木達は応接室へ通される。

 さすが地球世界最大の経済大国な大使館だけある。内装も見事なものだ。

 ドノバンも相当気を使っているのか、非公式会合とはいえ破格の対応である。

 これが新見、白木、柏木だけなら、会議室で事を済ませるところだろう。


 ドノバンは全員をソファーへ座るように促し、いつもの社交儀礼な話の後、本題に移る。


「さて……どこからお話ししたら良いものか……」


 と両の掌を上に上げて前に出す。

 明るく振舞うが、睡眠もろくに取れていないはずだ。やはり疲れが見える。


「そうそう、カシワギサン、それにフェリフェリア議員、こういう席では、私に『閣下』は無用でお願いします。ニイミサンやシラキサンにも、いつもそうお願いしています」

「ハハ、わかりました大使」

『カしこまりました……エっと……」

「ケラー?で結構ですよ、フェルフェリア議員」

『ハイです』


 ドノバンは笑顔で頷くと、話の内容を決めたようで、一息置いて続ける。


「カシワギサン、それにフェルフェリア議員……やはり今日は、例の襲撃事件の一件で、梁大使と話が出来ると思っていらっしゃった訳ですよね?」

「えぇ……まぁそういうことです。本来なら、こっちから中国大使館へ乗り込んでやろうと思っていましたので」

『ソれは初耳ですヨ、マサトサン』

「え?……あ、そうだっけ……」


 頭をポリポリかく柏木。

 ドノバンも、その様を見てフフフと笑う。

 そしてフェルの『マサトサン』という言葉を聴いて、この二人の関係を大体察した。

 彼女も女性である。そこんところはそういうものだ。


「なるほど、しかし残念ですがご希望に添えそうにありません」


 ドノバンは申し訳なさそうに答える。


「えぇ、わかっています。もう既にどちらかへ移送されたと」

「はい。いかんせんこちらも急な出来事でしたから……ですので急いでニイミサンに電話して、夜中に飛んで来てもらったわけです」


 白木が話の途中、割って入り


「では大使、新見統括官と同席して、梁大使から今回の件の話は、何某かでも聞き出せたわけですか?」

「えぇ、その点少なからずは……もっと色々と聞き出したかったのですが、情報部の手も早くてですね、そういう感じです……大使といえどこういう場合、できる事は限られていますから」

「しかし、そんな情報、私達にペラペラと話してもいいのですか?」


 すると、ドノバンは、フフフと笑い。


「かまいませんよ、どうせあなた方も、タダとは思ってらっしゃらないのでしょ?」

「ハハ、なるほど、そういう事ですか」

「まぁ、フェルフェリア議員とお話させて頂けるだけでも、私個人としては充分お釣りがきますが」


 とドノバンは笑う。

 白木は続ける。


「で、中国ですが、この件については何か?」

「いえ……まだ何も……もちろんわが国も時間を置かずこの事を公表するでしょうが……頭の痛い話です」

「でしょうね、どこか発展途上国の大使ならいざ知らず、今話題沸騰中のわが国で、駐日大使ともなれば……」

 

 しばしの沈黙。

 確かにアメリカとしては頭の痛い話だ。そして一番やって欲しくなかった事かもしれない。

 梁大使もバカではあるまいし、それぐらいの事は解ってるはずだ。しかしそれをしなければならない程の何かがあったわけなのだろう。

 

 柏木が尋ねた。


「大使、単刀直入にお尋ねしますが、その梁大使が亡命した理由、今のウルムチの件などと、何か関係があるのですか?」


 この質問にドノバンと新見は顔を見合わせ、頷きあう。


「えぇ、結果として言えばその通りです……今からお話しすることは、私が聞いた情報部の情報も総合させたお話になりますが、よろしいですか?」

「えぇ、お願いします」

「わかりました……まず、今回の件、そうですね、このストーリーをお話しするには、前民生党政権の頃まで時間を遡らなければなりません……」



 ……ドノバンが言うには、前民生党政権が、尖閣諸島を国有化宣言した頃まで話は遡るという。


 その頃、民生党が行ったその行為に大いに反発した中国政府は、水面下の関係者交渉で尖閣国有化を棚上げにすることを何度も要求してきたという。

 ここまでは今の日本人なら、そういった事に詳しい関係者であれば誰でも知っている話だが、その時に日本が応じた答えは、例の如く、『尖閣諸島に領土問題は存在しない。今後も尖閣は歴史的にも国際法的にも日本の領土である』という回答だった。

 この回答に、中国政府は大いに不満を抱き『我々は今後の中日関係を鑑み、日本が領土問題があることを認め、棚上げにする事で矛を収めるつもりだった。しかし、その回答は話し合いではなく、軍事力で対峙することを日本は選択したとみなすが、それで良いのか?』と迫ったらしい。

 その回答に日本政府は何も応じなかった。それを中国政府は是とみなし、現在の緊張状態があるという。


 それで現在の日中の緊張状態があるのはそれまでの通りだが、中国自体もそれがエスカレートし、折しも二藤部政権に政権が変わって、景気も回復基調、円安効果、中国の人件費向上での景気停滞、それに加えて中国公害問題など、政府は中国国民から矢面に立たされる場面が多くなり、その批判の矛先をかわすために日本への圧力を強めていかざるをえない状況になった。

 そのあたりから、今まで活躍の場がなかった鬱憤を晴らすかのように軍部が中央政府から離反し始めたという。



 そんな最中に起こったのが、今のヤルバーン飛来事件だった。



 この事件について、当初は日本も国際的に協調対応するだろうという腹積もりでいた中国政府は、ヤルバーンの、日本を狙い撃ちにするような行動と、日本のみのヴァルメの異常な行動に危機感を覚えた。


「もしかすると、既に日本と異星人は何らかの交渉を持っているのではないか」


 そんなところだろう。恐らくいろんなことを想像したのではないかとドノバンは言う。


 異星人技術の譲渡交渉やら、そんなとこだ。おそらく中国的な発想をするなら、異星人の軍事技術に関する交渉などを妄想したのかもしれない。そんなことをされれば、東アジアの軍事バランスは、一気に日本に有利になる……いかにも中国政府的な妄想である。


 そしてその中国政府の妄想は、後に極秘事項としてではあるが、ヤルバーン日本治外法権区で現実のものとなっている。


 ……そんな妄想に恐れを抱いた中国が出してきたトンデモな一手が、日本に揺さぶりをかける例の「日本隔離案」であった。あくまで日本を揺さぶるためのブラフだった訳だが、中国は欧米の中国マネーの息がかかった政治家なども炊きつけて、その案に乗るような情報を世界に流したわけである。

 それで日本に世界と協調するようにとの圧力を暗にかけたつもりだったわけだ。


 しかし日本政府は、その不確定な情報を『世界は日本に異星人の対応処理を丸投げした』と受け取った。

 そこで結局柏木が放った『天戸作戦』という予想外の一手で、中国の日本とヤルバーンに対する疑いが現実のものとなり、それどころか日本に対して極めて友好的かつ、ヤルバーン側自身が「日本以外に興味はない」と言い放った。

 この結果は中国にとって、全く想定外の事だった訳である。

 日本と友好関係にある先進国は、この結果を受けて、結局その当時の時点では、日本と異星人は何の接点もなかったということがわかり、そして後のヤルバーンが行った日本に対する態度で、日本のご機嫌を損ねるのはまずいということで主要各国は中国の案から離反、現在に至っているわけだ。



「なるほど、あの日本隔離案にはそんな裏側があったのですか……」


 柏木が腕を組み、当時の事を思い出しながら聞いていた。


「う~ん、私もあの頃はペーペーでしたからね、その話は初めて聞きます。ドノバン大使」


 白木も唸る。当然である。白木は当時、新見の懐刀で優秀な官僚とはいえ、役職のないヒラ諜報員だったわけだから。


「新見さんは知っていたんですか?」


 柏木が尋ねた。


「えぇ、ここまで明確ではないですが、流れだけは。しかしもう過ぎたことですので、ファイルにしまって機密保護法扱いになる予定でしたよ、ハハハ」


 ついこないだの話とはいえ、もう思い出話なその話に、みんなの乾いた笑いが起こる。



「で、ここからですが……」


 ドノバンは少し姿勢を屈めて話し出す。


「ここからは梁大使の話がメインになります……梁大使が言うには、ちょうど日本国民がヤルバーンの招待を受けた頃、中国軍部に、謎の人物の接触があったそうなのです」


「謎の人物?」と柏木たちが声をそろえて訝しがる。


「ええ、それが誰かは全くわからないそうなのですが、その人物、名目上は例のUEF関係の身分で接触してきたそうです……そして梁大使にも接触があったそうですが、その人物が接触してきた頃から、中国軍部の人事がコロコロと変わり始め……」

「謎の事故死に、行方不明ですか?」

「えぇ、それだけではありません。軍部とは距離を置く大使クラスの交代もどんどん行われているようです……今はまだ話題にもならない途上国レベルで、ですが……そして、その様相が決定的になったのが、例のヤルバーンへの外国人招待の件だったそうです」

「あの事案が……ですか?」

「えぇ、シラキサン。あの事件以降から、中国政府は軍部の独断を抑えきれなくなった……有り体に言えば、現在の中国は、中央政府と、軍政府とでもいう全く2つの反目し合った政府が一つの国の中にある状態といえます」

「…………」


 かなり深刻な話である。特に柏木は基本民間人だ。もしかしたら聞いてはいけない話を聞いてしまっているのではないかと、正直少しビビっていた。

 しかし考えてもいた。その話を総合すると、ある結論が柏木の頭に浮かんだ。

 柏木は新見に話す。


「……もしかして梁大使があの時、あのタイミングで官邸に来たのも……」

「恐らく、ダメモトで中国人をヤルバーンへ送って、その功績を手土産に保身を図ったのかもしれませんね……もしくは……」

「もしくは?」

「軍部……いや?ちがうな……その『一派』とでも言えばいいのか……そいつらに迎合しようとしたか……ちがいますか?大使」


 ドノバンは、その新見の言葉に唇を口の中で丸め、少し黙した。

 そして手をパンパンと2~3回叩くと、やおら


「ニイミサンに夜中に急遽来てもらって、同席して頂いた時、梁大使が話した事は……梁大使がその軍部の息のかかった連中に、粛清……まではいかないまでも、その常軌を逸した人事を恐れて逃げてきた……つまり我が国に亡命してきた……というところまでだったのですが……」

「えぇ、そのとおりです」


 またドノバンは黙す。


 そして……


「フフ、さすがはニイミサンですね……『一派』ときましたか……」


 すると、今までずっと黙して聞いていたフェルが


『ケラードノバン、ワタクシも今は議員であると同時ニ、調査局の一人として聞いています。今、ニホン国とティエルクマスカには国交があります。その情報、地球の内政問題とはいえ、今後のニホン国にも多大な影響があるものと理解しました。つまりソレは、我がヤルバーンにも影響が及びかねないものと容易に想像できまス。よろしければ、その続きをお話いただけませんカ?』

「フェルフェリア議員……」

『ケラー、今までのお話で、貴方は信用できる御方だと私は思いましタ。さすがはケラーニイミのご友人です。もう『議員』は結構ですヨ』

「そ、そんな……」


 フェルはドノバンに笑って頷く


『代金のお支払いハ、私がいたしまス、ケラー』


 フェルがそういうと、ドノバンはウンウンと頷いて


「ウフフフ、わかりました。しかし、高いですわよ、フェルフェリア議……いえ、フェルフェリアサン」

『ハイです』


 ドノバンは意を決したように話しだす。


「実は、これは……私が懇意にしている情報当局……まぁ早い話がCIAの高官から聞いた話なのですが……まだ確認が取れていない、という前提でのお話ですけどいいですか?」

「ええ、お願いします」


 新見が応じる。


「わかりました……先ほど、ニイミサンが『一派』とおっしゃいましたが、実はその言葉、的を射ています」

「?」

「今の中国軍部……中国軍部であって中国軍部でない可能性があります……」

「えっ!!!」


 全員、どういう事だという驚きの声。


「……詳しいことはわかりません。ただ、何らかの途方も無い大きな力、そう……利権団体?それとも何かのカルト?イデオロギー?いやもしかしたらそれら全てか……そういった組織か何かか、今の中国軍部は、そんな得体のしれない者の影響下に徐々に置かれつつあるかもしれない……そういう情報でした」

「そうか!……それでつながった!」


 柏木が手を打って、少し大きめの声を出す。


『ソうですね、つながりましたね、マサトサン』


 フェルも同意した。


 つまり、その『中国軍部に見える何か』の連中が、柏木や、うまくいけばフェルを利用して、何かを画策しようとしていたという事だ。

 中国軍部が政権転覆をさせようと、テロリストを使って周りくどいことをやっている。それに柏木達は何の接点もないが、その何かが、軍部、しいては中国を乗っ取って柏木達を利用し、ヤルバーンに対し何かを画策しようと考えていたのなら納得がいく。


 つまり、連中は中国軍部を彼らの画策のための巣か根城にでもしようとしているのだろうか、そう考えることも出来る。

 今の中国のような人治国家なら、金?権力?身分の保証?そんなものでそういう事も可能だろう。あの国の高官の腐り方は普通ではない。そこを突けるほどの巨大な力があれば、十分可能なことだ。


「では、あのUEFというのは?大使」

「おそらくは、その『何らかの一派』の出先機関でしょう。日本のヤクザにもあるでしょう」

「フロント企業……という奴ですか?」

「えぇ、まず間違いないでしょう。おまけにウルムチのあのテロリストですが……」

「……」

「情報当局の見解では、おそらくPMCが偽装した連中ではないかと見ています」

「PMC!……民間軍事会社ですか!」

「えぇ」


 その言葉を聞いて、柏木はパン!と手を打った「なるほど!」と

 白木が話に入る


「柏木、俺達もお前に言われてあの後、ニュースの映像を確認したが……これで合点がいくな」

「あぁ、あの装備の良さ、納得だよ」

「ほれ、これ……答え合わせだ……まさか大使からこんな話が聞けるとは思わなかったから、いつ出すかタイミング見てたんだけどな、ハハハ」


 白木はバサッと鞄から書類を出して、柏木に見せた。

 防衛省情報本部から回ってきた資料だ。

 そこにも、「もしかすると、PMCが関与している可能性あり」といったような記述がなされていた。


「あいつら情報上げるのおせーんだよ」


 白木がブツクサ言う。


「茶番かよ……あの戦闘は……」

「あぁ、もしかするとあの中にいる本物の聖戦同盟の連中、途中でPMCが手を引いて、全滅するかもな……」 


 なんともやりきれなくなる柏木。複雑な気分だ。


「しかし、こんな大掛かりな茶番をやって、しかもPMCを投入できる連中って……」

「あぁ、普通じゃねーな、こりゃ……」


 白木がそう言うと、ドノバンが


「えぇ、実際普通じゃありません。これはもしかすると中国だけの問題ではないかもしれません」

「なんですって?」

「我が国にも、どうやらその手合が根を伸ばしているかもしれません。我が国だけではありません、他国でも」

「パンダハガーですか!」

「えぇ、そう『呼ばれていた』連中ですね、恐らく」


 あの時の国務省のヘリもそうだったのか?しかし、今となってはもうわからない。

 ただ、そう考えると、合点がいくところもある。



 ドノバンは、あらん限りの情報を、柏木達に語ってくれた。

 ただ、新見と白木は、コレ以上に深い深い情報もあるのだろうとは思ったが、柏木襲撃事件につながる不可解なこれまでの事象を検証するには充分な話だった。

 ドノバンは、米国大統領に影響力がある人物とはいえ、基本大使である。情報部が絡むような事件では、その影響力にも自ずと制限が出るが、相当な覚悟を持って話してくれたのだろうということは理解できた。しかもそれが米国内にも影響があるような事となると、尚更である。

 自国よりも、他国の方に信頼が置ける人物がいるというのも、複雑な心境だろうと思う。


「さて、これで私の情報大バーゲンセールはおしまい」


 ドノバンは両手を横に広げて「はいおわり」とばかりに背筋を伸ばす。


「このお話、幾らで買って頂けるのかしら?」


 とドノバンは片目を瞑り、フェルの方を見る。


『ウフフ、ワかりました。デはその情報の対価……ワタクシとケラーが『お友達』になるというのでは如何デすか?』

「えっ!?……それは!?……」


 ドノバンはこの言葉に目を輝かす。

 柏木もその真意がすぐに理解できた。


「あ~、フェル……フェリアさん、いいのですか?ヴェルデオ司令に相談しなくても」


 柏木が「え?いいのか?」という感じでフェルに問う。

 新見と白木も頷く。


『ハい、ここに来る前にヴェルデオ司令と通信して、色々な想定を交えて相談しました。その結果の私の判断です』


 朝方にフェルが色々とヤルバーンと通信していた。おそらくその内容の事だろう。


『タダシ……』

「『お友達』になるのは、私だけ……と言う事ですね?フェルフェリアサン」

『ハい……あくまで『お友達』は、貴方だけということです。ケラードノバン。それ以外はアリマセン』


 つまり、窓口はドノバンだけだ、という事だ。


「いえ、それでも充分すぎますわ、フェルフェリアサン。もう今みんなが見ていなかったら小躍りして喜びたい気分よ」


 両腕の腋を締めて横に振り、喜ぶドノバン。

 新見達はそのジェスチャーに笑った。


『ケラー、これは貴方が今までのお話で、信用と信頼に足る人物であると思ったのデ、このようなお支払いになりましタ。くれぐれも製品の『保証』はお願いいたしまス』

「えぇ、神と私の名誉にかけてお約束します」


 ドノバンは真剣な顔でその『保証』の意味を悟る。つまり『ウソついたら知らないよ』……ということだ。


 しかし、フェルも貨幣経済を知らない国からやってきたのに、『お支払い』やら『製品の保証』やら、よくそんな概念を覚えたものだと柏木は感心した……

 最近、フェルが色んな買い物をした時、説明書やら保証書やら、領収書やレシートなどを大事に取って保管しているみたいなので、そこで覚えたのかな?と思った。


『コれでお支払いは終了ということでヨろしいですか?ケラードノバン』

「はい。本来ならお釣りを渡したいところです……このような思いがけない措置を頂き、嬉しく思いますが、また急になぜ?……今まであなた方は日本以外の国との折衝は全く応じようとしなかったのに……」

『私とテ、今のオ話を聞けば、思うところはありまス。そしてアメリカ国とニホン国が緊密な関係にあることも承知しております。しかし、私達も任務、使命を負ってこの星に来ました。そういう点をサシヒキして、それらを鑑みた判断でス』

「わかりましたフェルフェリアサン。しかし私もアメリカの国益を担う立場の人間です。これから貴方と『お友達』としてお話しする機会があった場合、その内容を然るべきところに報告する義務も、私にはあります。それはご承知していただけますか?」

『アナタの得た情報は、アナタの物です。それをどう扱おうが、私達が関知するものではありませン』

「フフフ、わかりました。ご配慮感謝いたします」


 そういうと、新見達に向き直り


「ニイミサン、そういう事で……大統領は思慮深い方です。今回の件も日本国の今後も含め、真剣にお考えになっていらっしゃいます。それは私が保証いたします」

「えぇ、あの羽田の一件、実は私もハリソン大統領閣下が下した決断だとは、最初とても信じられませんでしたが、今までのお話でどういう事かよくわかりました」

「はい、実はそういう事なので、米国でも信用に足る人間が誰なのか、正直わからないところがあります。この一件、このまま放置すれば何かとんでもない事態に発展しそうな気がしてなりません。大統領も同じお考えでしょう」

「はい。この件は二藤部総理や三島にも私から話しますが、ハハ、おそらく総理も頭を抱えるでしょうな」

「そうでしょうね……そこで相談なのですがニイミサン……私もあなた方の当事者会合……確か、通称『対策会議』でしたか?そのメンバーにオブザーバーとして加えていただけないでしょうか?」


 その言葉を聴いて、新見、白木、柏木は顔を見合わせる。

 フェルは黙って聞いていた。


「今後米国内での、この事態に関する情報は逐一私が流します。無論、機密事項によっては情報を取捨選択することもありますが、そこはお互い様でしょう。しかし、可能な限り流すことをお約束します。如何でしょうか?」

「新見さん……私も大使のお話。一考の余地があると思います……」


 と柏木。


「確かにあの羽田での確執もあろうとは思いますが、今までの話をみんなに話せば誤解も解けるでしょう。それになんだかんだ言っても米国の情報網で得られる物は大きいですし、この話、少しでも味方は多い方が良いと思いますが……」


 新見はしばし腕を組んで考えた後


「そうですね、フェルフェリアさんもそのあたりを考えてギリギリの線で大使と『お友達』になることにしたのでしょう……事が事だけにって奴ですか……わかりました。今即答は出来ませんが、然るべきところに話を通してみましょう。白木君、君もそれで良いかな?」

「了解です統括官。ではそちらの手配は帰ったあと、早急に私が行います」

「頼みます」



………………



 「さて」とばかりにドノバンは手を叩き、


「話も決まったところでみなさん、お昼にしましょうか」


 そう言うとドノバンは内線電話をかけ、英語で大使館員にランチを頼んでいた。


「あ、もうそんな時間か」


 柏木はPVMCGの時計を見る。もちろんドノバンの前でVMCは作動させない。液晶パネルを造成させて、あたかもPVMCGをウェアラブルコンピュータのように偽装させていた。


「みなさんも食べていってちょうだい。フェルフェリアサンは、地球の食事は大丈夫でして?」

『ア、ハイ。今のところ特に問題のある物はありませン』




 柏木達は、大使館の貴賓食堂へ案内される。


 ランチには、スープにハンバーガーにサラダが出てきた。そこに紅茶かコーヒーが付く。

 ハンバーガーとはいっても、巷にあるMの字マークのような物ではなく、厳選された具材がデコレーションのごとく挟まって、バンズのてっぺんに品の良いデザインの串が刺さったような高級ハンバーガーだ。


 フェルはア~ンと大きな口を開け、ソースを口の周りに付けながら食べていた。

 ドノバンはその様を見てえらく喜んでいたようだ。

 味もさすが大使館だけあり、料理人が違う。それは上品な味でフェルも気に入っていたようだ。


 食事中のドノバンとフェルの雑談。


「フェルフェリアサン、一つお聞きしたいことがあるのですが」

『ナんでしょう?』

「もし差し支えなければお教え頂きたいのですが、フェルフェリアさんの母国……イゼイラ、ですか?そこにはどのぐらいの人種が存在するのかしら?」

『ジンシュ?ですカ?』


 なぜそんなことを聞くのかと首を傾げるフェル。『人種』の意味をイマイチ理解していないらしい。


 新見が説明に入る。ドノバンの本職が、実は文化人類学の学者であるといった事、セカンドコンタクト時の動画を見せた時、そこに映っていたリビリィやポルの肌を見て、なぜああいう肌の色になるのか?羽髪から、一体何から進化した知的生命なのかを疑問に持ったりしていたといったことを教えた。


 新見や白木は、ヤルバーンから提示された医学資料で大体のことは知っていたし、柏木もフェルとの夜の体験学習でおおよそ理解していたが、ドノバンのこの質問をフェルの口から聞くのは確かに興味があると、みんな耳を傾けていた。


『地球人のジンシュという概念で言うなら、イゼイラ人は、単一ジンシュデすよ』

「え?ピンクや真っ白、緑とかいった肌がありますが……」

『エェ、ソレが何か?』


 フェルは何のこっちゃという表情を見せる。

 ドノバンは、地球には黒人や白人、黄色人種など、そういった肌の色で人種を分ける概念があると話したが、イゼイラには、そういった分別の概念がないという事だった。


『イゼイラ人は、ワタクシのように水色の肌が多数を占めますガ、突然変異的にいろんな肌の色を持つイゼイラ人が生まれることは、よくあることでス』

「え?突然変異?」

『ハい。肌の色だけではありませン。水色の肌のイゼイラ人は、藍色の目を持つ者が多いですが……』


 と言いながら、自分の目を指さし


『私の目のような者も、突然変異として生まれてきまス……チナミに、この金色の目は、イゼイラ人全てを見ても、どうも私だけみたいです。デすので、私のちゃーむぽいんと?なのデスよ』


 と言い、フェルは微笑む。

 柏木は「え?そうなのか」と、ちょっと得した気分になった。

 しかしこの金色の目が据わるとボスキャラなので、いかんともしがたい。


 ドノバンは、そういうことなら、イゼイラでは人種差別という物はないのかと聞くと、有史以来、そういう記録はないという話だった。

 かつては……相当かつての話だが、職業差別や貧富差別があった時代もあるが、それも今や歴史の1ページということらしい。


 

 そして、どんな生物から進化したのかという話になると、柏木の予想通り、地球で言う『鳥』に似た生物からだという話。

 しかし、フェルがVMCモニターを出し――このVMCモニターにも、ドノバンは狂喜しそうなほど驚いていたが――その原始イゼイラ人に進化する前の段階の生物を見ると、それは彼らの予想を遥かに超えていたものだった。


 その容姿は、鳥といえば鳥だが、腕に翼を持ったような人型に近い意匠な感じの……地球にも存在したと言われている『ミクロラプトル・グイ』という生物と人を掛け合わせたような動物から進化したという事だった。

 で、フェルはイ~ッと自分の歯を見せ、地球人とは違う一体化したその歯も『この歯はクチバシが進化したものだ』と説明してくれた。


 このフェルの講義には、ドノバンだけではなく、新見、白木、柏木も「ほぉ~」と完全にフェル先生の生徒となってしまっており、四人とも、食事の手を止め、思わず聞き入ってしまった。


 ドノバンも久々に学者魂が疼いたのか、いつのまにやらペンとメモを取り出し、フェルの講義を学生のように書き留めていたようだった。




 ドノバンにランチをご馳走になった後、白木は今日の話を報告するため、挨拶もそこそこに官邸へと向かった。

 柏木とフェルも大使館を後にする。

 柏木達は、今後の事もあり、ドノバンから大使館に入る為のフリーパスのような特別IDをもらった。

 フェルもドノバンに、細身なブレスレット型で通信専用のPVMCG機器を渡したようだ。

 何かあった場合の通信手段として渡した。このブレスレットがあれば、盗聴される危険は、まず100パーセントありえない。

 但し、これが他人の手に渡ったり、何らかの研究対象にしようとすると、即座に消滅、つまり転送で回収されるという事も念を押して伝えておいた。

 くれぐれもドノバン個人以外での使用を行わないように、そして他言無用であるようにとフェルは念を押すように言ったようだ。


 それでもドノバンはこの予想だにしない超科学なプレゼントに、これまた興奮して喜び、誓って約束は守ると言った。


 つまりフェルは、本当に彼女が信用に足る人物か、このブレスレットでテストしたわけである。

 もしこのブレスレットが、フェルの警告を無視したような使われ方がされた場合、彼女との繋がりはそこまでだったという事である。

 まるで日本のおとぎ話のような感じである。


 そして玄関に停められていたエスパーダに乗り、柏木達は帰っていった。

 見送るは新見とドノバン。

 新見はまだまだドノバンとの打ち合わせがあるため、今日はアメリカ大使館に張り付きである。

 梁大使の事もあるが、世の混乱はそれだけではない。

 現在、緊迫の度合いを深めるシリア情勢、アフガニスタンにイラン。

 これらにも『奴ら』が絡んでいないとも限らない、そういった事である。


 ドノバンと新見は柏木のエスパーダが正門を抜けるまで見送っていた。


「ニイミサン」

「何でしょう、大使」

「カシワギサンとフェルフェリアサン。もしかて、あの二人って……」

「ハハ、お分かりになりましたか、実はその通りですよ」

「やっぱり?」


 ドノバンは腕を組んで笑みを浮かべる。

 エスパーダが見えなくなると、しばしその場でドノバンは新見と話し込む。

 

「ステキな話ですね。生きている間にあんな関係を目にするなんて」

「彼らの間には、話すと長くなりますが、ホント、映画のような出会いがあったそうです……柏木さんらしいというか何というか……」


 新見もヴァルメの話を思い出して、笑みを浮かべる。


「映画といえば……ニイミサンは、映画はお好き?」

「えぇ、まぁそこそこ観ますが」

「『エイリアン・ネイション』という映画はご存知で?」

「えぇ、知っています。確か……エイリアンの奴隷船が地球に漂着して、アメリカに移民として定住した後の話……とかいう設定の映画でしたね、確かアメリカ人と異星人の刑事コンビが活躍するSF刑事ドラマだったと記憶していますが……」

「えぇその通り。他に『第9地区』とかいう映画も最近ありましたね、これらの作品は、エイリアンと地球人の共生や共存を描いていますが、全て地球人が上位で、エイリアンはみんな貧しい……エイリアンの娼婦もいれば、マフィアのボス、エイリアンの超科学な武器を売る武器商人……みんなエイリアンがあまりいいように描かれていません。それに、ヤルバーンみたいに巨大でワープしてくるような……フフ、宇宙船に乗ってくる異星人がみんな地球人に管理されている立場にある」

「はい、ハハ……確かにそんな内容でしたね」

「まぁ、それら映画は、結局異星人を移民問題や人種問題のオマージュとして描いているのでしょうけど……確かに『E・T』や『スターマン』なんていうエイリアンとの愛や友情を描いた感動する映画もありましたけど、あれにしてもエイリアンは軍に追いかけ回される立場にありました」


 ドノバンと新見は、さすがに冷えてきたので、大使館の中へ入っていく。

 新見は話す。


「しかし、『未知との遭遇』なんていうのもありましたよ」

「そうですねぇ、アレぐらいかしら?他にはスーパーマン?これは外せないわね?……」


 ドノバンはクスクスと笑う。

 実はなかなかの映画通なのではないかと。


「う~ん……大使は何がおっしゃりたいんで?」

「ええ、彼ら……ヤルバーンが日本にやってきて、日本のみに拘る理由っていうのがね……カシワギサンとフェルフェリアサンを見ていたら、なんとなくわかる気がするの……なんでも聞くところではフェルフェリアサン、町の人気者だそうじゃない?今、スーパーマーケットに一人で買い物に行っているのですって?」


 米国の情報網、流石である。


「ハハハ、えぇ、確かにその通りですよ、正月に初詣にも行ったそうです」


 そんな話をしつつ、先ほどの応接室に入る。


「ニイミサン、以前、貴方は私に『もし彼らが米国に来たら、どういう対応をするか?』って聞いたことがありましたよね?」

「えぇ、覚えていますよ」

「今、その質問をされたら、その答え……地球人がエイリアンを管理するような社会で、娼婦や武器商人の役をやらせたり、地球に迷い込んだエイリアンを軍が追いかけ回すような映画を作る国に来たがるのかしら?って……そう答えてしまいそうです」


 ドノバンは乾いた笑いをすると、


「ニイミサン、今日お話したその『奴ら』ですか……彼らはそんな映画に出てくる地球人のような連中なのかもしれない……そんな風に思えます」


 新見はドノバンのその意見に、腕を組んで小刻みに何回も頷いていた。



…………………



 柏木はエスパーダを転がして家路に着く。帰りのフェルは助手席に乗っていた。柏木の隣がいいらしい。

 今日は朝4時に叩き起こされて、さすがにいささか疲れ気味である。今日は自主退社だ。

 内閣官房参与扱という肩書きは持っているが、用がないときは基本フリーランスなので、そこのところは融通が利く。

 

『マサトサン』

「ん?」

『今日ハ、久しぶりニ、リビリィやポル達と一緒にヤルバーンでお食事しましょウ』

「ん?そうだなぁ……それもいいかな?」

『ウフフ……今日のお話ヲ、ヴェルデオ司令にお伝えしなければなりませんので、丁度いいデス』

「ふむ、なるほどね、了解ですフェル」


 ヤルバーンへは、柏木ら政府関係者なら、転送装置で一発渡航なので、簡単なものだ。

 近所のスーパーにでも行く感覚で、ヤルバーンを行き来できる。無論、出入国の関係もあるので、最低限日本治外法権区経由でなければならないことは義務付けられているが。


『ソコでマサトサン、司令に報告するために、少々マサトサンの意見を聞かせていただきたいことガありまス』

「なんだい?俺に答えられることならなんでも答えるよ」

『ウ~ン……今日のケラードノバンのお話を聞いていて、不可解なところが一つありマス』

「というと?」

『単刀直入に言うト……その『奴ら』ですか?チャイナ国の一件も含めて……一体何者だとマサトサンは考えますカ?』

「あぁ~、そういう質問かぁ……なるほどね……そうだなぁ……何と言ったらいいか……ティエルクマスカの人達にはわかりにくい連中だと思うよ」

『エ!?マサトサンはお分かりになるのですカ!?』

「ん?いや?わかんない」

『ほェ??……どういう意味ですカ?』



 柏木は言う。

 奴らのような存在は、そのわかりにくいところを武器とする連中なのだと。

 例えば、単純に『異星人が恐ろしいから排除しようとする組織』とか『日本と異星人とがつるむのが、むかつくから妨害してやろうという組織』とか、『異星人の技術をあらゆる手を使って盗んでやろうという組織』とか、そんな連中なら、はっきりいって『わかりやすい』

 わかりやすいから、対処も出来る。言って見れば無意味に恐れる必要などどこにもない。なぜなら『目的がわかる』からだ。



 「しかし……」と柏木は言う。

 彼らは雲のようなものだと。

 言うなれば、先のような思惑を持つ連中、先の例だけではなく、他にも数多くある色んな思惑を持った連中が、ちょっとした接点でもくっつき合い、また離れては別の思惑とくっつき……そういう事を連鎖的に繰り返し、そう、まるでがん細胞のように肥大化した雲のような存在なのだとフェルに説明した。


「だから『誰』とか『どこ』とかそういう基準で潰そうと思っても潰せない。どこかのある部分の問題を解決させても、別のところで別の問題を起こす。そこを解決してもまた別の事で……そんな存在なんだと思うよ」

『ソんな……そんなのどうしようもないデス……』

「そうだね、まぁはっきり言えば、今の地球じゃ、力でヤルバーンに勝とうと思ってもまず100パーセント不可能だろうね、でもそんな『奴ら』が『敵』や『障害』として現れたらどうだい?ヤルバーンは勝てると思う?」

『ム……無理です……それを排除しようと思ったら……地球を侵略するしかないデス……』

「うん、そこだよフェル……つまり『奴ら』はそれをわかっている……フェル達ヤルバーンに対抗するにはそれしかないってね。だから厄介なんだ」


 フェルは柏木のその話を聞いてとても不安になった。そんな雲が地球世界を覆ってしまったら、どんな事態になるのだろうと。しかもその『雲』は、この地球世界の重要地域国家『中国』をターゲットにし、その画策をモノにしようとしている。米国でもそれは動いているようである……ドノバンの話を聞けば、そんな感じだった。


「前に俺がヴェルデオ司令に言ったことがある『機密』の話、あったろ」

『エぇ、確か『知らない機密ははじめから無いのと同じ』というマサトサンの持論でしたネ』

「うん……あれと同じだよ。言い換えれば『わからない存在は、いないものと同じ』……それが連中の戦法なんだけど……」

『ナんだけど?』

「連中は一つ致命的なミスを犯した」

『ミス?ですカ?』

「あぁ……それは、梁大使に姿を晒した。更に、梁大使が亡命した。そして俺達が知ってしまった……つまり、『俺達がわかってしまった』」

『ア……』


 柏木は、その『奴ら』は、まさか梁大使がアメリカに、しかも日本のような国で駐日大使館に駆け込むなどということは、大きな想定外だったのではないかと言う。


「フフ、そうだよフェル。俺達がわかってしまった。だからその『奴ら』を潰すということはできないまでも、『対処』は可能だ……そこのところで何とかできれば……」


 そして、ティエルクマスカが地球における最大の弱点がそこだと柏木はフェルに教えた。

 なぜなら、巨大な『相互理解の結晶』である『ティエルクマスカ連合』には、そういった『雲』は発生しないから、そういう存在を理解できないだろうと。


『……ソノ通りですネ……』とフェルは頷くと、いつぞやの憧れな顔をして『ウフフ……サスガは私のマサトサンです』と柏木をおだてる。

「おいおい、俺みたいな奴の意見をあまりヴェルデオ司令に声高々に言うなよ……俺が勝手にそう思っているだけなんだから」


 しかし、この柏木の見解、奇しくもドノバンが映画の話に例えた見解を補うようなものだった。



 現在のイスラム情勢も同じである。単純に『聖戦』などという宗教上の話で片付けれられる話ではない。

 もしそうなら今頃アフガニスタンはアラーを崇めるイスラム教徒の楽園になっているはずである。

 そうでない『思惑』があるから、いまだにあんな感じなのである。

 現在進行形のシリアもそうだし、イランもそう。

 世界中のそんな問題が『思惑』によって動き、その問題の性質が見えない場所でリアルタイムに変化する。

 性質が変わるから本質も変わる。コロコロ変わるから解決の糸口が見えない……というより解決できない。わざと解決できないようにしているのではないかとさえ感じる。


 そこに向けてヤルバーンのような存在が絡めば、なおさら事は複雑になり『奴ら』の格好の温床となる。そして、そう言った状況に住み心地の良さを感じる連中が巣食う。


 ティエルクマスカの人々が理解しにくいのも無理は無い。

 そういった事を乗り越えた姿が「ティエルクマスカ連合」そのものなのだろうから。



「……まぁだけど、知ってしまったから……これからも色々あるんだろうなぁ……」

『アノ時の事件……いや。ソレ以上のことがあるかモ……ですネ』

「うん……」

『心配いりまセン。その時はワタシがマサトサンを守りまス』

「え!?そ、それはぁ……」

『ア、ナんですかそレ?イヤなのですカ?マサトサン?……』


 フェルはまたその金色目を細めて、プーと頬を膨らまそうと構える。


「いや、フェルサン……地球じゃね、ソレは普通デルンの方が言うものでして……ハイ……」




 …………………………………………………




「こりゃとんでもないことになったなぁ……」


 腕を組んで唸るは副総理 兼 外務大臣 三島太郎。


「えぇ、まさかそういう裏があったとは……」


 予想通り、頭を抱える内閣総理大臣 二藤部新蔵。


 首相官邸に飛んで走った白木は、ドノバンとの会談の顛末を最初から最後まで彼らに報告した。


 梁の亡命の話に限っていえば、普通なら然るべきところを通して、二藤部達にまず話が行くはずだが、事が事だけにドノバンの独断で、真っ先に親友の新見に話をした訳であるから、こういう感じになった。

 

 しかも問題は、二藤部達は、白木から話を聞いたから良かったものの、かれこれもう昼を回ったというのに、まだ中国、米国両国から正式な発表が一切なされていない……こっちのほうが問題である。


 米国はまぁいい。普通でない厄介事が舞い込んできたのであるから、中国から正式な発表がない限りはアナウンスしないというのは、まだ理解できる。

 しかし中国が一切の沈黙を守っているのは不気味である。そろそろいつもの報道官のオバハンが出てきて、イヤミや、わけのわからん屁理屈の一発でも言ってきていい状況だが、そういうわけでもない。


「総理、いまのこの状況、マズくねーですかい?」

「えぇ、マズすぎます……米国に関しては白木室長の話だと、ドノバン大使を通じて、大統領の意思を知る事もどうにかできますが、中国がここまで何も言わないとなると……疑ってかかるしかないですね、色々と……」

「まぁこのままずっと黙ってるって訳でもないだろうが、あまりに遅すぎるな。普通なら何か訳のわかんねぇ汚職事件でもデッチあげて、梁大使を引き渡せ……とかアメリカに言ってきそうな物だが……」

「そのデッチあげるネタを作っている真っ最中か……それとも何か別の準備の真っ最中か……」

「どっちにしろ、こんな事があったっていっても、基本米中問題だから、俺達にゃ関係ねー話って事になりますからな、今のところは静観じゃねーですかい?」

「そうなりますね……」


 普通なら、この異常事態にマスコミもかぎつけて良さそうなものだが、そういう気配もない。

 相当巧妙にこの事実が隠匿されているのだろう。


「……総理、こりゃ例の件、前倒しでやったほうがいいんじゃないですかね?」

「あの件ですか……ええ……そうかもしれませんね……白木室長、あの件は柏木さんにはまだ?」

「はい、まだ話していません。次の会議の議題でしたので」

「わかりました。柏木さん襲撃事件の件といい、今回の件といい……これは悠長に構えている暇はありませんね」


  

 二藤部は、決心したように口を真一文字に結んで頷く。

 しかし、『あの件』とは何であろうか?

 柏木も知らないとなると、はて?……


「では、一両日中にでも関係者を……」


 白木が二藤部に目線に合わせる。


「はい、その線でお願いします。関係者には『極めて重要な案件』と伝えておいてください。会議場は例の場所で……」

「了解しました」



 何かが動く時、その『何か』だけが一方的に動くということはない。

 その『何か』につられて、他の『何か』も必ず動く。

 だから世界は複雑なのだ。


 その、他の『何か』の一つに日本も大きく関わろうとしていた……



 もはや『日本だけ』……という状況ではなくなったのだ……

 







 

注:今話において、物語の展開上、実在の映画作品の名前と、一部ストーリーを記述させていただきました。


「サイマス・キュデルカの亡命」(1978) 

 デヴィッド・ローウェル・リッチ監督

 テレビ映画


「スーパーマンシリーズ」(1978~)

 リチャード・ドナー監督他

 ワーナーブラザーズ


「未知との遭遇」(1977)

 スティーヴン・スピルバーグ監督

 コロンビア映画


「E・T」(1982)

 スティーヴン・スピルバーグ監督

 ユニバーサル映画


「スターマン/愛・宇宙はるかに」(1984)

 ブルース・A・エヴァンス監督

 コロンビア映画


「エイリアン・ネイション」(1988)

 グレアム・ベイカー監督

 20世紀フォックス


「第9地区」(2009)

 ニール・ブロムカンプ監督

 トライスター・ピクチャーズ/MGM

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ