変動
-変動-
日本のとある場所。
おおよそ日本ではそんな場所は普通に探しても存在しないように思えるその場所。
その場所の環境は森林地帯のようにも見え、また大きな平原もある。
森林には、木々が鬱蒼と生え、気候は温暖……そんな場所の夜。
妙に明るい月明かりに照らされて、暗い中にも影が落ちるモノトーンの世界。
そこにエンジンを唸らせながら数台の車両が大きく間隔をあけて停車する。燈火はしていない。
そしてその車両に対し、さらに間隔をあけ、人が待機する。
車両の名は、陸上自衛隊が誇る最新鋭戦車『10式』
C4I情報連携システムを搭載した戦闘車両である。
一台の戦車の戦闘状況を各戦車と連携させる事で、まるで各個別車両が大きな一つの高度な兵器として稼動する画期的なシステムを搭載した戦車だ。
最高速度は公称時速70キロ、しかし防衛省の公称データはかなりスペックダウンして発表されるというのは専門家の間では有名な話。実際は整地なら装軌車両であるにもかかわらず、時速100キロ近く出せるという。
そんな日本の誇る最新鋭戦車が、車体中に偽装を施し、何かを待っている……いや待ち伏せている。
彼らは何を待っているのだろうか?
すると彼らの待ち伏せる前方に、聞いたことも無いような機械音を轟かせ、ある物体が飛来してきた。
そう、ヤルバーンで見た例のイゼイラ製ブーメラン型『エ』の字戦闘兵器である。
彼らの名称で、この機体は『ヴァズラー』という兵器らしい。その意味は、イゼイラに生息するある肉食性の甲殻動物の名前だそうだ。
ヴァズラーは、空中をゆっくりと浮かぶように進み、周囲を警戒しつつ、下部翼のような部分を根元から下方へ折り曲げ、それを逆関節型の脚のような形に変形させて、着地する。そして上部翼のような部分から、航空機の引き込み脚の原理に似た感じで、腕のような兵装を出す。
機体胴部に張り巡らされたスリットのような部分で左右に行き来する光の光点が不気味である。
その歩行する姿は、日本のロボットアニメのような重厚さは無く、まるで動物のように身軽で自然だった。
民間人をとっつかまえて、血糊の雨を降らせるような演出があってもおかしくないような不気味さもある。
連中はフィフィと機械音を発しながら、周囲を警戒しているようだ。
そしてその後に、ヤルバーン戦闘員の姿が見えた。全員SF映画に出てくるようなヘルメットにゴーグル。そして何かマスクのようなものを付け、手に見たことも無いデザインの武器を抱えている。そう、皇太子夫妻歓迎儀礼で使われていたものと同じ形式のものだ。
まさか、ヤルバーンと日本が交戦状態に入ってしまったのだろうか?しかしなぜ?あれだけ友好的だったのに……
変形をして、直立歩行をし、確実にロボット状の機械でありながら生物のようにしなやかであり、また重厚な制動をするそれを見た自衛隊員は、ティエルクマスカの科学力に改めて戦慄する。
「まさかあんなエゲつない代物とやりあうハメになるとはなぁ……冗談はアニメだけにしてくれよ」
10式1号車――指揮車を駆る戦車長がボヤく。
「おっしゃ、全車気合入れていけよ……よ~し、まだだ……連中はまだ気づいていない……もっと引き付けろよ~」
彼はスコープを覗き、各車両に伝える。
「まだまだまだ……よし今だ!撃てっ!!」
10式の44口径120ミリ滑腔砲が一斉に火を噴く。
そしてその砲弾の曳航は一瞬にして、ヴァズラーに吸い込まれていき、ヴァズラー機体本体、脚部と正確に直撃する。
バン!ドン!と着弾光に着弾煙があがる……ヴァズラーは前後左右に機体を揺らしてその砲撃に翻弄された。
「よっしゃ!ヤったか!?」
着弾と同時にヤルバーン戦闘員が散開した。
中には、着弾のあおりを食らって吹き飛ばされる者もいたようだが……あまり衝撃はない様子。吹っ飛ばされた後、何か手を振ってジェスチャーした後、コテンと倒れる。
なんとなく戦死するには不自然。
『4号車より指揮車へ、敵『エ』型健在の模様。攻撃続行求ム、送レ』
「何ぃ!?」
ヴァズラーはボコボコになりながらも、その体勢を甲高い機械音と共にもどすと、敵をサーチする例の光線を周囲に浴びせかける。
「おいおい、冗談無しだぜ!あんだけの120ミリ砲弾食らってまだ立つかぁ!」
『隊長!見つかったようです!』
隣の僚車車長が無線機で叫ぶ。
「チッ、射撃しつつ後退!後退!」
10式十八番の全速後退スラローム射撃だ。
右に左に敵の射線をかわしつつ自動装填装置がリズムを奏でて砲を放つ。
他の車両が後退する10式2台を援護するように、ヴァズラーへ砲弾をどんどんと浴びせかける。
ヴァズラーも負けずに腕部の兵器を発射してきた。
キシシュッ!という音に、閃光一閃、かわす10式の横を射線に沿った爆炎が走る。
しかしヴァズラーの連続射撃は容赦ない。2号車の車体を分断するかのように命中した。
閃光はまるでレーザー旋盤で薄いトタンを炊ききるが如く10式を貫通溶断し、ドォっと車体を炎上させる。
「2号車!脱出できるか!?」
『2号車より指揮車へ……アウトです。乗員全員戦死……三佐ぁ、自分はどうもこれは慣れませんよぉ……』
「ボケェ!、ちゃんとやられんと格好つかんだろうがっ!壮絶に死んどけっ!』
『了~解、通信終ワリ』
「チィ……とんでもない技術だなこりゃぁ……」
横を見ると、ド炎上する10式キューポラハッチから、体中火ダルマになった乗務員が……なんかヨッコラショと出てきて、ボテボテっと倒れる……焼死のようだが……なんかポリポリとケツをかいている。
それを見た指揮車車長は、「ハァ~、基地祭でやってる戦隊物ぐらいの演技しろよぉ……」とボヤく。
『敵『エ』型撃破!撃破!』
「おっ!やったか!」
その間、援護の10式は120ミリ砲弾を総計30発以上命中させ、ヴァズラーを撃破した。
しかしそれでも2台追加で10式もバターのように焼き切られたようだ。爆炎が二つ見えた。
ヴァズラーは崩れるように背面へ倒れる。そして倒れた後、大爆発を起こした。
「あれに乗ってるヤルバーンさんも大変ですね」
ドライバーが指揮車車長に話しかける
「まぁな、でもコイツは面白いシステムだ、しかしあの変形ロボ公……シールド無しでも120ミリを30発以上食らわさないと仕留められんとは……一回の交戦で砲弾ほとんど使いきっちまうじゃねーか……なんともはやだな、もう砲弾残り3発しかねーぞ」
「ハハハ、でも、10式のC4Iも大した物ですよ、一応やっこさんに通用しています」
「ハンデ付だけどなぁ」
……………
別の場所、陸自三佐 大見健は、久しぶりに普通科部隊を率いて自ら戦場にいた。
密林の中、顔には迷彩ペイントを施し、赤外線暗視装置をかけて、手話のような動作で、部下に指示を出していた。
ある地点でアンブッシュする。すると、先ほどのような戦闘スーツに身を固めたヤルバーン戦闘員の姿が見える。
大見はジェスチャーで指示をすると、全員付け剣し、89式小銃の安全装置を「ア(安全)タ(単発)レ(連発)」の内、タに切り替える。
全員、草木の中に潜み、ヤルバーン戦闘員に照準を合わせる。
「……テっ!」
と大見が一声、隊員は指きり連射でヤルバーン戦闘員めがけてバババっと一斉射。
ヤルバーン戦闘員がピンク色の血を吹き出しながらバタバタと倒れていく。
しかし数人、散開し、難を逃れた戦闘員が反撃してきた。
ヴァシッ……という音とともに、ビーム光が曳航弾のように幾線も迫る。
「うぉっ!コワっ!」
大見が思わず呟いてしまう。今、頭部をかすめた。
「あだっ!」
隊員の一人が撃たれた様だ。その姿を見て大見は戦慄する。
銃創がどんどん、まるで新聞紙の一部を真ん中から焼いていくように広がっていく。
最初は10円玉のような大きさが、最終的にサッカーボールぐらいの大きさに広がり、焼け焦げになる。
「やられましたっ!」
部下が叫ぶ
「バカ野郎!そんな傷なら即死だ!しっかり死んどけ!衛生!」
衛生要員が死んだ?隊員の襟元をズリズリと引いて後退する。
その撃たれた男は衛生員にズリズリ引きずられながら
「お前、向こうさんのほうが演技うまいぞ」
とか言われている。
大見部隊とヤルバーン戦闘員が、小銃発射炎とエネルギー弾の閃光を交錯させる中、やたらめったら動きのいい戦闘員が一人、大見部隊の射撃をクイクイ躱しながらものすごい俊敏さで突貫してくる。
「(あ、あれはッ!)全員、後退!後退!、あいつはマズイ!」
するとその対象はフっとジャンプすると姿を消す。
その後、後方に展開している部隊から、悲鳴ともなんともつかない声がした。
「ぐわぁっ!……むぎゅ」
「わぁっ、タンマタンマ!……ぶちゅっ」
その声や、変な音を聞いて、大見は憂鬱になる。
「(やっぱり……あの人かよぉ……カンベンしてくれよぉ……)……全員、周囲の警戒を密してに後退しろ、アレの相手は俺がする」
こういう近代軍隊で、タイマン勝負なんてことは実際の戦場ではほぼ皆無である。しかし大見は今の相手が特殊なヤツと察したので、全員を後退させた。なぜなら……精神衛生上、いろんな意味であまり好ましくない相手と察したからだ。
大見は付け剣した89式を構え、周囲を警戒しながら、己の身を大きく晒す……
すると背後からザッという音と共に、首根っこを押さえられそうになる。
瞬間、体位を崩し「どぉりゃっ!」と気合とともに、背負い投げを自分の体ごと転げるように打つ。
意表を突かれた体術に、相手は驚きの表情を見せる。
投げられた瞬間、片手で体操選手のようにパンと地を跳ね、着地すると、鉤爪のような武器を腕からシャっと出し、構えに移る。
見れば見たこともない格闘技の、艶かしい動きの構えである。
大見は赤外線暗視装置を邪魔だとばかりにバッとはずし、薄く射す月明かりで相手の顔を確認し、銃剣道の構えを見せた。
「……やっぱりアナタでしたか、シエ局長」
『フフフ、オオミカ……ワタシノ襲撃ヲカワストハ、ナカナカ楽シマセテクレル……』
「あなたの撃墜マークは御免被りますよ」
『マァ、ソウカタイコトヲ言ウナ……ギャラリーモ見テイル』
「なっ!……」大見はそれを聞いて周りをバっと見る……「お前ら!後退しろと!」
『フッ』
シエは瞬間、周りの木々を土台にして三段飛びをかまし翻弄、まるで空中を泳ぐような技で、大見に突っ込んできた。フィクション作品にある忍者のような俊敏さだ。
「おわっ!」
大見はダダっと銃撃するが、照準が追いつかない。
突っ込んできたシエの鉤爪を89式小銃でなんとか押さえ込む。
シエの刃と89式金属部が擦れあい、火花が飛ぶ。その火花が、シエの尋常ではない戦闘スキルを証明していた。
彼女の鋭い縦割れ瞳と、大見の相手を刺す眼光が間近で交差する。
刹那、大見は小銃の銃床部をぐるりと回して顎に一撃を加えようとするが、シエは持ち前の柔軟さでグイとかわし、一回りばく転して後退、瞬間、踏み出て、回し蹴りをしてくる。
大見は咄嗟に89式を投げ捨ててその蹴りを抱擁するように受け止め、脚の関節をテコの原理で折り曲げ、動きを封じ、自分から倒れこんで、シエをうつ伏せにさせて地面に押さえ込む。
『クッ!ヤルッ!』
「(この腕を外したら……次はヤられる!)」
シエは鉤爪が災いして、倒れこんだ状態から効果的に起き上がることが出来ない。
大見は、組んだシエの脚を離すと、瞬間、一撃が飛んで来るのが容易に想像できるので、この状態を動かすことが出来ない。歯軋りして耐える。
……とそんな時、自衛官、ヤルバーン各隊員に装備された、共通連絡用インカムに通信が入る。
『制限時間。状況終了、状況終了』
大見とシエは、その通達を聞くと、「ふぅ」と力を抜く。そしてシエに組んだ腕を放した。
シエも眉間にしわを寄せた縦割れ瞳を穏やかな表情に戻して目を瞑り、「ふぅ」と艶なため息を一息つく。
そして大見の差し出した手をとり、立ち上がる。
「いや、さすがですねシエさん、お見それしました」
『ウム、オマエも大シタモノダ。ダストールノ格闘術ヲアソコマデウケキルトハ。シカシ変ワッタ格闘術ダナ?』
「はは、あとで説明しますよ」
自衛隊徒手格闘術である。日本拳法、相撲、合気道、柔道の技術を、大学教授や各格闘技師範(専門家)と合同で自衛隊体育学校第一教育課を中心に技術体系を作り上げた、世界でも屈指の軍事格闘技だ。
昨今、オリンピックでも、格闘技に自衛官出身選手にメダリストが多いのも、これによるところが大きい。
2008年頃に体系が更新され、今の格闘術は更に進化しているとも聞く。
状況終了の合図と共に、先ほどの燃え上がっていた10式の炎もフっと霧散し、エネルギー兵器の弾痕も、スっと消え去る。
ヴァズラーの炎も同様に消え去り、倒れた機体は再起動。ウィンという音を立てて、再び立ち上がり変形。空中に浮かんで『エ』型の形状に戻り、その場で滞空待機した。
火だるまになったり、ブラスターで撃たれたり、89式で血だるまになった自衛隊員やヤルバーン戦闘員も、その傷痕や火傷、血糊が消え去り、ウーンと背伸びしたりなどしてパンパンと服を叩いて立ち上がる。
自衛官が、イゼイラ人の土で汚れた服を、後ろからはたいて落としてやっている者もいるようだ。
お互いの機材を協力して撤収させつつ、自衛官、イゼイラ人が談笑している姿も見える。
そして……今まで鬱蒼と茂っていた森林や草木もフっと姿を消し、葉の付かない冬の木々の様相を見せ、今まで温暖な気候のようであった雰囲気の戦場が、一気に季節感の変わった風景になる。
ここは、北海道矢臼別演習場、北海道厚岸郡厚岸町、浜中町、野付郡別海町にまたがる16800ヘクタールもの広さをもつ、自衛隊最大の演習場である。
そう、柏木達が、田辺夫妻の結婚式を兼ねた外国人招待事案の仕事をしていたとき、大見はヤルバーン自治局、自衛局の協力を得て、この地の一部を使い、後の相互安全保障を兼ねた軍事力比較実証実験という名の実験演習を行っていたのだ。
しかしこの時期、北海道は豪雪で、こんな風景ではないはず。だが、木々は確かに冬の様相を呈している。
このおかしな風景の秘密は、演習場の一定範囲に展開するヴァルメにあった。
大見はシエと共に徒歩で本部野営地に戻る。その途上、色々とシエに尋ねた。
「シエさん、しかしすごいですね。この豪雪時期の北海道で、こんな環境を作り出してしまうなんて」
『驚イタカ?ヴァルメヲ数機展開サセ、連携シテ、シールドヲ展開サセル事デ、コウイウ環境ヲ作リ出ス事ガデキルノダ。コノ地ニアッタ雪ハ、ヤルバーンヘ転送シ、アリガタク使ワセテモラウヨ、フフフ。良イ水資源ガ得ラレソウダ。ヤルバーンノ丘ニ敷キ詰メテモオモシロイダロウナ』
「そうですか、ハハハ……という事は、この地は今、とんでもなく大きなドームとなっているわけだ」
『ソウイウ事ニナルナ』
大見達や戦車部隊が激戦を行っていたように見えた状況や、鬱蒼とする自然環境も、ヴァルメがプロジェクターのようなものになって、ヤルバーンの環境シミュレーションホログラフシステムが構成した、PVMCGの仮想物質構成な立体映像であったわけで、すべて仮想造形物で、撃破状況や戦死状況も、ヤルバーン中央システムの演出といった感じだったわけである。
銃以外の武器。つまり格闘用のナイフや銃剣、シエの鉤爪も非致死性の仮想造形物なわけで、刺されても斬っても、その雰囲気は出るが、実際に刺し斬りしているわけではなく、立体映像的にそういう風にシミュレーション映像化されるだけの話で、システムが解除された今、大見やシエ達の装備から刀剣類は霧散して消えている。
「小銃を撃ったとき、本当に発射炎が出て、撃てて、弾が出て排莢されて、当たったら血しぶきが飛ぶんだから、正直物凄く怖かったですけどね」
『ウム、ワレワレも最初困ッタノガ、ソノ『89しき』トカ『せんしゃ』トイウ武器ノ機能形態ガ不明ダッタノデナ、ニホンノ技術者ノ協力ガナケレバ、ココマデノ再現ガ難シカッタ』
大見はこの言葉を聞いて、単純にもうこんな原始的な武器が、ティエルクマスカにはないだけだろうと思っていた。柏木なら、この言葉を聞いてどう思っただろうか?
「しかし……自衛隊的には、このシミュレーションホログラフなシステム……欲しいよなぁ……」
大見は心の底からの本音を吐き出す。
『ドウシテダ?』
「いや、日本の自衛隊って、予算が……はは、慢性的に少ないんですよ……訓練で弾を撃つのも一苦労です。このシステムがあれば弾薬は薬莢気にせず撃ち放題だし、訓練も良い訓練が出来そうなものですが」
『ソウナノカ、苦労シテイルノダナ。シカシ今戦ッテ思ッタガ、オマエ達ハ良ク訓練サレタ良イ戦闘員ヲモッテイル。ソレハワカッタゾ』
「恐縮です、シエさん。それを聞いたら部下も喜びます」
………………
しばらく歩くと、本部野営地に到着。
部隊員を整列させる。
キビキビっとした動きに横で見るシエは感心した。
シエも体裁があるので、横で見るときは大見達の真似をして、見よう見まねで『休め』の姿勢をとる。
シエの姿は、体にピタッとフィットし、ところどころが露出するワンピーススーツに、イゼイラ製の何やら高度な技術を使った配線を持つ防弾ジャケットのような雰囲気の服装を羽織っている。
頭部には簡単なヘッドギア状の軽めな頭部防御装備以外は何も付けていない。シエの視力をもってすれば、夜間でも良く見える爬虫類系な目なので、夜間用暗視装備もいらないという。
その妖艶な戦闘的容姿に自衛隊員はチラチラと、どうしても横目で見てしまう。ちなみにシエはDカップだ。
その向こうでは、ヤルバーン戦闘員も同じような整列をし、イゼイラ人上官に訓示を受けていたようだ。
向こうも向こうでなかなかの規律である。
大見は部下達に訓辞をしていた。
今回の訓練の意義や、結果に対する反省など、諸々云々……
「……で、お前らにこの方を紹介する……シエさん、こちらへ」
シエが一歩前に出る。
「ティエルクマスカ連合、ヤルバーン自治局 シエ・カモル・ロッショ局長だ」
副官の「敬礼!」の号令と共に、部隊員全員がシエに敬礼をする。
シエもティエルクマスカ敬礼で返す。
「今回、お前達も思い知ったろうが、彼女一人にやられた隊員も実際多かっただろう、これが我々が今まで経験した事のない戦闘だ。この地球じゃ、アメリカ映画みたいなヒーローが一人で一部隊を全滅させるようなアホみたいな事はありえんが、今回はこういう地球人とは違う身体能力や、技術力があれば充分ありえるという事の証明にもなった。俺とシエ局長との格闘戦を見ていたものもいただろうが、あんな三段飛びができる地球人がいるか?いないだろう?これからこういう人々とも我々は連携を取らねばならん可能性もある……」
大見は『三佐』という階級らしく、なかなかの訓示をしていた。
「……でだ……今回、シエ局長にやられたヤツだが……」
と大見はざっと部隊員を見渡して、
「お前とお前、お前もだ、お前……」数人指差して「お前、前に出ろ」
隊員はザッと前に出る。
他の隊員は、クスクスっと笑いを必死にこらえていた。
シエも、済ました顔をしてはいるが、口元が笑いをこらえている。
大見は(はぁ~……)とカクっと下を向き
「お前ら……鏡で自分の顔を見てみろ……」
え?とばかりに指名された隊員はフェイスペイント用の鏡で自分の顔を見る。
……と、全員「ギョエ!」という顔になる。
……どいつも全員、顔や首筋、額、中には口に、バッチリと、藍色のキスマークが付いていた……
「恥ずかしい撃墜マークもらいやがって……とっとと顔洗って来い!その後、腕立て100回!」
シエの嬉し恥ずかしい撃墜マークを食らった隊員は、そそくさと洗顔へ走っていく。その姿を見て、整列した他の隊員もさすがに笑いをこらえきれず、声を出して笑ってしまった。
張本人のシエもクスクス笑っている。
その後解散、シエもその後、自分の部隊に訓示する。今度はお返しに大見が横に付いて、シエから紹介を受けていた。
シエが自分の隊員に言った訓辞は『自衛官はお前達以上に練度が高い。彼らを見習うように』と。
この言葉に大見は少し首をかしげる。
………………
自衛隊テントと、ティエルクマスカのVMC技術で造成された立派な仮設営舎が並ぶ演習地。なんともその組み合わせがミスマッチではあるが、絵になる風景。
その中の、ヤルバーン側が用意した、士官用会議室で休憩を取る大見達士官。
今日の演習は終わりである。
ヤルバーン士官との懇親もかねて、今実験演習では、休憩時間は多めに取られている。
シエと大見、そして査定スタッフとなっている久留米が何やら色々と話をしていた。
そこに「お疲れさん!」と豪快な声を上げて男が入室してくる。
ヤルバーン自衛局局長のゼルエだ。
その獣人姿な容姿は、いつみても日本人的には畏怖感がある。しかしカッコイイ。
ゼルエは地球のコーヒーが最近お気に入りで、自分で熱々のコーヒーを入れて大見達の席へ赴く。
『ヨぉ、ケラーオオミ、なんか聞いたゾ、シエとやりあったんだってナ』
席に着く前に、久留米へ敬礼をする。豪快ではあるが礼儀正しいデルンである。無論、久留米も起立して敬礼を返す。
その後、ドカっと着席。コーヒーをあおる。
『ワタシヲ寝技ニ持チコンダゾ、オオミハ』
『ゲっ、マジかよ!シエの俊敏さはヤルバーン一だぞ』
『ウム、アンナ格闘術ハミタコトガナイ』
『ホう、俺も今度手合わせ願いたいナ』
大見はメチャクチャ遠慮したいと思った。
ゼルエのあんな豪腕で殴られたら、即行で昇天しそうだ。ってか、やっただろと。今演習で絶対犠牲者が出てるだろうと。実際後で聞くと、いたらしい。
そして、自衛隊格闘術という物があるということを教えてやった。
『ワタシノ格闘技ハ、ダストールニ伝ワルモノデ、戦闘員用ニ作ラレタトイウヨウナモノデハナイ。地球ニハ、コウイッタ戦闘要員用格闘術ガ他ノ地域国家ニモアルノカ?』
「えぇ、アメリカのMACPに、ロシアのシステマなど、色々ありますよ」
『ホウ』
「ティエルクマスカ連合や、イゼイラ軍には、そういうモノはないのですか?」
『ジエイタイホド高度ニ体系化サレタ共通規格ナ格闘術ノヨウナモノハナイ。我々連合ハ、種族ニヨッテ体格モ違エバ基礎身体能力ニモ色々アルカラナ』
「あぁそうか、なるほど」
大見はシエとゼルエを見てその理由を理解した。
これだけ身体能力が一見して違うような種族同士で、共通規格の格闘術など、あまり意味が無いからだ。
おそらく主権を持った種族国家独自で、相応のそういったものがあるのだろう。
「では、今のヤルバーン内には、そういった格闘術を含めた戦闘術などを専門に極めた特殊部隊みたいなものはないのですか?」
『ナイ。ソモソモヤルバーンニハ『軍』トイウモノガナイ』
「え?ヤルバーンに軍隊がない?」
大見はきょとんとして訝しがる。
あれだけの戦闘兵器や戦闘要員を擁するのに、ヤルバーンには『軍事組織』がないという。
大見との話の間を割って、久留米が尋ねた。
「そこなんだが、お二人さん。今回の実験演習の結果ですが、ちょっと見てもらいたいんですよ」
久留米が査定結果のイゼイラ語に訳された物を二人に渡す。日本語が併記されていた。
今回の実験演習では、ヤルバーン側にあるハンデを設定して行われた。
1)シールド設定を行わない。
2)光学迷彩設定を行わない。
3)対探知偽装設定を行わない。
等、基本火力以外は地球戦力が通用するような形での設定が行われた。
これはいわずもがなで、マトモにティエルクマスカ技術全開で演習すると、一瞬で自衛隊側が敗北終了してしまうからだ。なんせ地球の兵器が通用しないなら意味がない。
実はこのハンデ設定の申し出をしてきたのはシエ達の方で、当初はハンデ設定を行わない形で行われる予定だったが、こういう形になった。シエ達には何か思うところがあるようだ。
シエとゼルエは、久留米から渡された資料を一瞥すると、「う~ん」と唸って
『ヤはりなァ……』
『アァ、思ッタトオリダ』
と言う。
大見も資料を読んだ。すると意外な数値が書かれていた。
両陣営とも10対0で10が勝利とすると、5対5。ほぼタイで戦ったという事だ。
自衛隊側からみれば善戦も善戦、勝利といってもよい結果だ。しかし、ヤルバーン側は大幅なハンデがあったとはいえ、あれだけの超技術の戦力でこの結果は敗北に近い。
大見は、先ほどのシエの訓示の意味がこの数字で理解できた。
つまり、ヤルバーン側の戦闘員は、決定的に練度が低いのである。これを5対5にしているのは、ひとえに戦闘兵器や装備の技術結果に他ならない。
「なるほど、シエさんやゼルエさんがハンデ付でやりたいといったのは、この結果が見たかったからなんですね」
大見が察した。
『ソういうこったケラー』
『サキホドノ話ダガ、ワタシ達探査母艦ノ乗組員ハ全員、基本的ニ、調査員、技術者、科学者、官僚、ソシテ政治家ダ。ソレラガ任務遂行ノタメニ、基本的ナさばいばる術ヤ、戦闘技術ヲ身ニ付ケテイルニスギナイ……』
シエが言うには、探査母艦のような船種に従事する乗務員の戦闘力は、未開の化け物のような猛獣相手には充分通用する戦闘技術だが、意思のある知的生命体となると、彼らの科学技術がなければこの程度だという。
ヤルバーン内で一番こういった戦闘技術に長けているのは、しいえていえば、外界と一番接触する機会の多い『調査員』らしいが、それでもいわゆる『軍人』という種の者に比べれば、全く劣るという。
結局、現在ヤルバーンの驚異的な戦力を担保しているのは、圧倒的な科学力に基づく兵器によるところが大きいということでもある。
「じゃぁ、ティエルクマスカ連合の戦闘を専門にする軍事組織のようなものは?」
『本国ニアル』
『アぁ、本国にはニホン語で言えば、『連合防衛総省』という奴があって、その組織は戦闘専門に訓練されてる連中デ、持ってる装備や技術もヤルバーンの比じゃネェ連中だが、基本ティエルクマスカ領域から出ることはねェ。ソレが、アンタらの言葉で言う『軍隊』ってヤツだな』
『ウム、実ハ、ワタシとゼルエハ、ソノ『連合防衛総省』カラ派遣サレテイル派遣員ナノダ。ヤルバーン防衛ノタメニナ』
『シエは、自治局、ツまり、アンタらの言う『ケイサツ』という部署担当で、俺は『自衛局』いわゆるアンタら『自衛隊』とオナジってわけよ。ニホン語の言葉も良く似てるだロ?』
ゼルエは、ガハハと笑うが、久留米は疑問を呈する。
「しかし、その連合防衛総省っていうのがあるのなら、そこの……まぁ『軍人』が多数探査母艦に同乗していてもおかしくないと思うのだが……」
『イるにはいるゼ、俺達と同じ派遣組がナ。ただ人数が少なイ。とてもじゃないが『グンタイ』と呼べるようなものじゃねぇ。ヨク考えてみろケラークルメ、俺達がどれだけの数の探査母艦ヲ宇宙ヘ派遣してると思ってるんダ?アンタらの世界だっテそうだろ、民間ヤ政府の船舶全部に自衛隊員を乗っけて航海させるカ?」
「あ……」
要するに、地球の大航海時代と同じようなものなのだろう。
最新の大砲があり、最新の銃があり、剣を装備した船に乗り冒険する船員が、すべて軍事教練を受けた者ばかりだというわけではない。
結局は、自分の身は自分で守れ。それができないものは、船に乗るな……といったところなのだろうか。
『ガハハ、まぁそういうこった。俺達派遣組が乗ってるだけでも本国的には破格の待遇なんだぜ、ヤルバーンは。で、まぁ俺達はヤルバーンの乗務員をそうやっテ定期的に戦闘訓練スル役を仰せつかってるわけダ。あの今ケラーカシワギとイイ仲のフェルフェリアや、リビリィ、ポルも、俺が鍛えたんだゼ』
「フェルフェリアさんを!?」
大見が目を丸くする。
『ウム、フフフ、アノ フェルハ、アンナ性格ダガ、結構ヤルゾ。イマダワタシモ、カシワギニ撃墜マークをツケラレナイ。フフフ』
シエは何か楽しそうに話す。
シエ的にはそんなフェルなので、柏木をネタにおちょくって遊んでいたわけだ……いや、実際柏木がフリーだったら、食べるつもりもあったかもしれない……
大見は目線を上に上げて、「マサトサン……」なフェルがバトってる姿を想像した……大見的に無理のある想像だったが、実際には既に二回ほど実証済みである。
『デだ、そこでケラークルメに相談なんだガ……』
「?……なんでしょう」
『オマエタチ自衛隊ノ練度ハ非常ニ高イ。ソレハオオミヤ、他ノ戦闘員ヲ見テ良クワカッタ』
『ソんでな、良かったら、ウチの乗務員を定期的に鍛えてやってくんねーか?』
「えっ!?」
『実際オレ達、防衛総省派遣組の連中だけじゃ手がたんねーんだよ。それニ……』
『……地球人トて相応ノ科学力ヲモッテイル種族ダ。ニホン以外ノ地域国家ガ何ラカノ形デ我々ニ通用スル兵器ヤ兵力、作戦ヲ考エツカナイトモ限ラン』
シエとゼルエは、今のヤルバーンは一番危ない状態だという。なぜなら、シールドを解除してしまっており、今後の交流事業の事もあり、日本人をたくさん受け入れるかもしれない。その中で何らかの形で日本との交流を妨害する連中の侵入を許す事もありえるかもしれないと言う。
そうなれば、些細な事でも日本とヤルバーンの関係を悪化させてしまうような事もないとはいえないと彼女達は考えているようだ。
『万が一』……これを考えるのが、今のヤルバーンには大事だという。
今のヤルバーン戦闘員の力では……もし、もし、である……何らかの不測な事態で、対等な組織戦に持ち込まれたら、地球側の兵力に対抗できるかどうかわからないという。
もしそうなって、ティエルクマスカ連合防衛総省の兵力を地球圏へ呼び込む事になってしまったら、大変な事態になるという。
シエやゼルエも、今の日本との関係が良いと思っているし、個人的にも日本人が好きだという。そういう事態にだけはしたくないと考えているようだ。
そして、これは逆に言えば、ヤルバーンに重大な何かがあれば、極めて短期間に5千万光年彼方から、この太陽系へティエルクマスカの軍事力を展開させる手段を、彼らは持っているということでもある。
そう思うと、久留米も確かに、そして正に、ヤルバーンと日本の、文字通り『安全保障』のためにも、これは考えなければならない事だと思った。
「ふ~む、なるほど、要は、最終的に人の練度ということか……」
久留米が腕を組む。
「そういう事になりますね」
大見も同意する。
地球の歴史でもそれは証明されている。
古くは、文永の役に弘安の役、近代では日露戦争にベトナム戦争、アフガニスタンにソマリア。
常に装備や規模に勝る軍隊が、それに劣る軍隊に絶対勝てるとは限らないのだ。
フィクションの世界も同様である。インフルエンザのウィルスで全滅する連中もいれば、自分達の持つ手段を最大限に利用して、相手の針の穴のような弱点を突いて勝つ例もある。
しかもヤルバーンはデカイとはいえ基本『宇宙船』である。『国家』の領土がそこにあるわけではない。
そう考えると、自分達の科学力に驕らないシエやゼルエは、優秀な士官だと久留米と大見は思った。
「……わかりました。しかるべきところと相談して考えてみましょう。しかしそれをやるにしても厳しいですよ、ウチの訓練」
久留米が話す。
『カまわねぇよ、ビシビシやってくレ』
『ウム、マァシカシ連中ニモ本業ガアルカラ、ソノアタリモアルノデ、考慮デキル方法ガアレバイイノダガ……本業ガオロソカニナッテ、日本ノ言葉ニアル『ホンマツテントウ?』ニナッテモ仕方ナイカラナ』
「……久留米二佐、あれ、予備自衛官制度を利用すれば?」
大見が提案する。
「あぁ、それは良い考えだな。あれなら定期的な訓練で済む。それで希望する異星人さんを本訓練に回してもいいか。あの制度をヤルバーン乗務員用に少し変更してやれば使えるかもな。給与も出るし、ハハハ、よし、んじゃその線で考えてみるか」
「もしかしてヤルバーン乗務員初のレンジャー教育課程修了者が出るかもしれませんね」
大見と久留米はそんな、まぁありえない冗談を言い合う。
『スマナイ、クルメ。デハ我々モ、オ返シト言ッテハナンダガ……ナ、ゼルエ』
シエがニっと笑ってゼルエを見る。
『アぁ、俺達自衛局の装備を一点、ジエイタイに提供するゼ』
「え!?装備を?……それは?」
大見と久留米が意外な言葉に少し驚く。
『アの『ヴァズラー』ヲ一機、ヤルバーンの日本治外法権区に送っておく。好きにいじってくれヤ』
大見と久留米はあまりの物に言葉を失う。
あのロボットアニメに出てきそうな兵器を一機、研究用に提供してくれるという。
大見と久留米は唖然とした表情でお互いの顔を見合わせた……そしてお互いこう思った。
(こりゃまた……ティエルクマスカ原器に加えてコレか……機密保持が大変だぞ……)
と同時に大見は思う。
(なぜ彼らは日本にこうも自分達の科学の産物を提供してくれるのか?何か思惑があっての事なのか?)
彼らにとっては、『ヤルバーン乗組員の戦闘練度向上』と『ヴァズラー一機』が同価値であるということだ。
現在、ああは言っても、その戦闘練度向上をしなかったところで今のヤルバーンの科学力を全開にすれば、仮に地球人が総がかりで戦いを挑んだとして、万が一にも彼らに勝つことなどありえない。それは確実にいえる。
そう思うと、大見はヤルバーン側の意図に対して、やはり少し疑問を持ってしまうのだった。
………………
その後、久留米は、ゼルエと今後の打ち合わせの為、司令部のテントへ。
ヴァズラー引渡しの件も含めて、防衛省技術研究本部から来ている幹部との調整も含めて報告に行った。
シエは大見と会議室で明日の演習についての打ち合わせを行っていた。
「あぁ、そうだシエさん」
『ナンダ?』
「あの~……アレですよ、あのシエさんの撃墜マーク、なんとかなりませんか?」
『エ?イイジャナイカ別ニ、オモシロイダロ?』
プっと口を尖らして話すシエ。
「い、いや、面白いっていうか……というか、ティエルクマスカやイゼイラには、ああいうキスの習慣ってなかったんじゃないんですか?どこで覚えたんです?」
『ニホン』
「はぁ?」
『てれびトカイウ公共電波放送ヲミタ。アレヲミテ、イイナトオモッタ』
「一体どんな内容の番組を観たんですか……ハァ……」
シエは日本のテレビ番組の、お笑いゲームバラエティー番組がお気に入りらしい。
そこで、おネェキャラが、負けたチームの男性に、無理やりキスをする罰ゲームがえらくシエ的にウケたそうだ。
特にシエは、百貫デブオカマタレントのファンだという。年末のケツ叩きな特番も観たらしい。
……確かにシエが好きそうな番組だと大見は思った。
『ナンナラ、オマエニモツケテヤルゾ、サキホドノ決着ヲツケルカ?』
シエは、両腕を広げて、両手をワキワキさせながら対面から飛び掛らんと構えだす。
「ち、ちょっと待ってください。自分は妻帯者なんですよっ!」
『ソンナモノ知ラン、言イダシタノハオマエダ、一度身ヲモッテ知ルノモ経験ダゾ』
「冗談は……う、うわっ!」
大見の両肩へ掴みかからんとするシエ。
ガタっと席を立って逃げ出す大見。
『ア、マテ!ニゲルナ!』
追跡するシエの俊敏さに大見は勝てるのか?
はてさて?
……………………………………………
政府特務交渉官 柏木真人は今、霞ヶ関 外務省本省を訪れていた。
無論、先日の襲撃事件関係も含めての話をするためだ。
本省ビルにある、とある会議室で待つ柏木。
窓の外から霞ヶ関一円の風景を眺めて、出されたお茶をすすりつつ待つ。
しばらくすると白木がやってきた。
「おう、お待たせ」
何やら書類をたくさん小脇に抱えている。
「あれ?今日はヨメさん一緒じゃねーのか?」
「誰がヨメさんだ!」
柏木は茶を吹きそうになる。
「あ、ヨメさんじゃねーの、ふーん、フェルフェリアさんに言ってやろ」
柏木は「わかったわかった」という仕草をして席に着く。
「フェルはヤルバーンだ。彼女も色々忙しいみたいでな、で、新見さんは?」
「おう、ちょっと遅れる。今、他の会議がまだ終んねーんだ。先やっとくか?」
「わかった」
「で」と一拍置くと白木は真剣な表情になり「あの話聞いたぞ、ちょっとシャレにならねーな」
「あぁ、フェルが機転を利かせてくれたから連中をしょっぴけたが、気がつかなかったら家まで連中を連れてくるところだった」
「しっかし、フェルフェリアさんすげぇな。人は見かけによらねーっつーか」
「何言ってるんだ白木、お前知らないだろ、フェル怒ったら怖いんだぞ。目が据わったらボスキャラなんだからな」
とそんなバカ話で本題に移ろうとしていたとき、新見がやってきた。
そしてやっと話が進む……柏木と白木だけでは、バカ話だけで十数分やらかすので丁度良いタイミングで新見がやってきたということ。
そんな感じで柏木は新見に渋谷での一件を詳しく話した。
新見もそのあたりの概要は、山本から聞いていたらしい。
そして山本が言ったあの言葉もあって、今日本省を訪ねた事も話した。
「……なるほど、山本さんがそう言ったわけですね?柏木さん」
「えぇ、新見さん達に聞いたらいいと。そうすれば何か教えてくれるかもしれないとも言ってました」
「ふ~む……ではやっぱりあの事かな、白木君」
「えぇ、恐らく」
「やはり何かあるんですか?」
柏木が自ら尋ねる。
こんな職に就いたとはいえ、やはり基本民間人な柏木なので、実銃ぶっ放されて追い掛け回されるというのは少なからず違和感はあるのだ。
言い方を変えれば、今の柏木は、実銃使ってでも何かされる立場にある人間という事でもある。
「まだ確証ある情報は得てないんですが……」
新見がそう前置きし
「実は、あのヤルバーン外国人招待事案前後から、中国政治部、まぁつまり共産党指導部と、軍部がかなり反目し合っているという情報が入っています」
「え?」
「いや、これはヤルバーンが地球に来る前から言われていた事なんですが、今回のはちょっと質が違う感じでしてね」
新見が言うには、今、相当数の中国共産党地方政治局の幹部などが行方不明になったり、事故で死んでいたりするというらしいのだ。
「そして、中国企業幹部の経営陣入れ替わりが激しくて、その幹部を調べてみると、軍部出身、もしくは軍関係に影響力のある人物で、かなりの数、そういった種の人間が就任しているらしいんですよ」
実はこれ自体はそう珍しい事ではない。中国という国は、軍部がホテルや鉱山経営、運送業務などの軍部直轄企業を作って経営するという事は外貨獲得のために普通にやっているからだ。
TES時代に柏木が中国に行った時の銃器バカ撃ち旅行も、こういった種のものである。
しかし新見がいうには、最近はあまりにあからさますぎるというらしいのだ。
特に外国資本の経営者にも軍部出身者が多くなってきているという。
中国での外資企業経営というのは、他国とは違い特殊である。
というのも、中国では純粋な100パーセント外国資本の海外法人というものが事実上造れないからだ。
中国で外国資本の法人を作る場合、必ず中国企業との合弁会社でなければならない場合が多い。つまり、中国人の経営者と労働者を入れる必要があるのだ。
これが実は、今現在でも言われている『一旦中国に進出すると、撤退がしにくい』という理由である。
撤退するときは、法外な保証金を払わなければならなかったり、設備の撤収をなんだかんだ理由をつけて地方政治局に妨害されたりと、結局利益を吸われるだけ吸われて、合弁会社の片方の中国資本に乗っ取られてしまうという事案が多々ある。日本の企業はこの事を知らずに安易に中国へ進出して、えらい目に会うパターンが多い。
「……クーデターの前兆ですか?」
柏木は普通に考えればそんな雰囲気だと思った。
「いやぁ、それはどうでしょうね。むしろそっちの方が解りやすいんですが、どうもそんな感じでもないんですよ」
新見にしては、かなりはっきりしない返事だ。
「そこでな柏木……」
白木が割って入る。
「例の『地球統一連盟』とかいう連中の話になるんだが……」
「あぁ、こないだの?……なんなんだ?アレ。ネーミングからして頭が花畑になってる連中丸出しな名前なんだが」
「まぁそりゃ仕方ねーよ、日本語に訳せばああなる。欧米で、連中の正式名称は『Unified Earth Federation』略してUEFだ。コッチの方がまだカッコイイだろ」
「たいして変わらないじゃないか」
「ははは、まぁいいや、でな、そいつらなんだが、この組織自体は、元々はお前の言うとおりたいした組織じゃなかった。まぁ……なんつーか、その母体がクジラが大好きな連中みたいな、そんな感じのマトモな職に就くこともできねぇバカの寄せ集めみたいな奴らで、実は随分前からチマチマ活動はしていた連中なんだよ」
「ふーん、環境テロ屋系か」
「まぁそんなとこだな……で、問題なのが最近の動きで……」
白木は持ってきた書類をバサバサと選んで
「あぁこれだ……この資料は部外秘だからな。今回こんな風になったお前だから見せるんだぞ」
「了解」
「……これは各国の諜報機関や警察から……まぁ色んな手段を使って取り寄せた資料だが……」
これは例の『ヤルバーン帰り狩りカウンター作戦』で、公安が二重スパイ化させた連中のヒューミントも含まれている。
「このUEFへ異常な金額の金が流れ込んでいる。それで購入されたものも多種多様だ……武器に情報機器、薬品、船舶、車両、航空機なんてものもある。どんな種類かまではわからんけどな」
新見も割って話す。
「そして更に調べると、この元々のUEFメンバー自体も、かなり入れ替わってるようでして、しかもかなり組織が肥大化しています」
「なるほど、で、これと私やフェルが襲撃されたのとどう繋がるんですか?」
「えぇ、例の柏木さんやフェルフェリアさんを襲った中国マフィアなんですが、山本さんの寄越してくれた資料と、我々の資料を総合して分析すると、どうも奴ら中国軍部から金をもらっていたみたいなんですよ」
「え!?」
続いて白木が話す
「でな、その金の出所が、軍部は軍部みたいなんだが、その軍部はさらにUEFへも出資しているみたいなんだ」
「UEFへ!?」
「あぁ」
柏木は渋い顔をして考える。
自分を襲った連中のスポンサーが、中国の軍部で、その軍部は金をUEFに回している。そのUEFはイスラムテロリストと共闘している……
「……クーデターじゃなくて、テロリストを利用した政権失脚でも考えてるのか?中国軍部は……」
「この構図だと、そういうことになるな」
「しかし、なんでそれで『俺と話がしたい。ついて来い』なんて事になるんだ?」
「あぁ……すまん、そこがまだわかんねぇ」
白木が頭を抱える
「そうですね、その繋がりがイマイチなんですよ……とはいえ山本さんが、柏木さん襲撃事件がらみで、私達に聞け、というぐらいの情報でしたら、これぐらいしかないんですけどね」
新見も同意する。
柏木は腕を組み、顎に手を当てつつ、外の景色を眺め、しばし考える。
柏木の偏った知識がフル回転していた。
誰に言うでもなくボソっと話し出す。
「……中国の軍部が、現政権を失脚させて、軍部が実権を握ろうとする……俺やフェルが襲われた……梁大使が文句を言ってきた……ふ~む……」
新見と白木はその柏木の独り言を黙って聞いていた。
今までの柏木の突飛な発想は政府内でも定評がある。ファーストコンタクターとはいえ、だからこそこんなただの個人自営業者が『内閣官房参与扱 政府特務交渉官』などという大層な肩書きを持っていられるのだ……なんせヤルバーンのナンバー2が、順調に行けば嫁予定者でもある。
「新見さん」
柏木は、何か思い立ったように切り出した。
「何でしょう」
「まぁ何時でもいいんですが……無理なら無理で構いませんけどぉ……できればその~、梁大使と一度話ができる機会を設けてもらうって……無理ですか?」
「ええっ!?」
二人は驚く。また何を言い出すのかと。
そして白木が
「何考えてんだお前!」
「何か思うところがあるのですか?柏木さん」
「えぇ、いやね、ほら例のUEFがらみなウルムチの戦闘があったでしょ」
「はい」
「あれの戦闘してる映像をニュースで観てたんですが、テロ屋さんの装備が、やたらめったら良い装備でしてね」
「……」
「あとでもしその映像あったら、確認して欲しいんですけど……私の目に間違いがなければ、連中、FN社のP90持ってたんですよ。あと、ボヤけてて良く見えなかったんですが、間違いがなければ、H&kのG41じゃないのかなぁって思うのもありました」
「!!!」
「カラシニコフの最新ライフルで、AK-12みたいなの使ってた奴もいたなぁ……」
その言葉に新見と白木の顔色が一気に変わる。
FNP90とは、PDWと呼ばれる銃種の、サブマシンガンとアサルトライフルの中間のような性能を持つベルギーFN社の銃で、G41というのは、ドイツのヘッケラーアンドコッホ社が製造するアサルトライフルである。しかもこの銃はまだトライアル中の代物で、そうそう巷に出回るような代物ではない。
そんな説明をして柏木は話す。
「あのニュースの映像観てて、イスラム系テロ屋が、あんな銃や装備どこから持ってきたのかなぁって不思議に思ってたんですよ……普通に考えて、イスラムテロリストが持てるような装備じゃありませんからね……なんか今の話を聞くと、中国軍部が政権転覆企むだけなら、なんでそこで私が絡むのかっていうのがどうもね……繋がらないんですが……なんか中国内部のいざこざってだけで終わる話じゃなさそうな、そうでないような……なんかそんな感じがするんです」
その話を聞いて、新見と白木は顔を見合わせる。
「そんでまぁ、一度こっちから乗り込んでご機嫌伺いに行ってやろうかと。なんだったらフェルも連れて行ってやってもいいかな?なんて思ったりしてます」
新見は、以前白木から「こいつは突撃バカです」と言われたのを思い出し、クククっと笑う。
「ハハ、なるほどわかりました……しかしそうなると我々だけで動くのは、少々荷が重い事案なので、その、梁大使の件、二藤部総理や三島先生にも話をしてみます」
「えぇ、お願いします。まぁ、私ごときの考えでどうこうなるとは思えませんが……」
そして白木が話す
「柏木よぉ、お前のガンマニアぶりも、そこまでいけば神がかり的だなぁ……よくそんなとこまで観てるよなぁ」
「ん?まぁ好きこそモノのなんとやらって感じだけどな、自分で言うのもなんだけど」
新見も話す
「いや、しかし柏木さん、そういう観察力って大事ですよ……その今の話で、我々もちょっと事を大幅に見直さないといけなくなるかもしれません」
「そうなんですか?」
「えぇ……」
新見と白木は、顔こそ笑っているが、底知れぬ不安さを感じているような……そんなオーラを出していた。
……………………………………………
さて、柏木はその後も色々と外務省本省で話し込んでしまい、本省を出たのは午後6時頃。
すっかり日も落ちてしまった。
エスパーダに乗って家路につく柏木。1時間ほど車を転がすと家に到着。
すると家に明かりが灯っているのが見えた。
(あれ?フェルが帰ってきたのかな?)
特にフェルの帰宅時間など聞いていなかったので、そうなのだろうと思う。
車を駐車場に停めて、警備につく警官に挨拶しつつ、エレベーターで家まで行く。
鍵をカチャンとあけて一声。
「ただいま」
そう言うと、やはりフェルが帰ってきていた。
しかし、玄関を見ると、見たことのない靴がある。
フェルはいつもPVMCGな服なので、靴は消して家に入る。で、見たことないスニーカーが一足あった。
『ア、オかえりなさい、マサトサン』
「あ、柏木くんおかえり~」
フェルの他、聞いたことのある声。
「あれ?美里ちゃん?!」
「やっほー、おじゃましてるよ~」
「ありゃ、どしたの珍しい」
「いやさぁ、お正月前に私の振袖のデータ、なんていうから何の話かなぁって思ってさ、んでうちのダンナに聞いたのよ、じゃぁ柏木くんとフェルちゃんが同せ……ゴホン同居してるって話じゃん。んでもって冷やかしにきたわけ」
「なんだよそりゃ、最初は言い直して、後のはモロじゃん」
「アハハ、まぁそう言わずに。私も気になってたから様子見も含めてね」
「でもよく俺んち入れたなぁ、チェック厳しかったろ」
『ケラーミサトが、デンワをくれたので、ホールまで私がお迎えにあがりましタ』
「あ、なるほどね。フェルが行きゃぁ問題ないか」
美里は柏木の『フェル』という言葉にネコのような顔をして耳をピクピクっとさせるが、あえて突っ込まないでやった。
「で、今日は私のおごりでスキヤキよスキヤキ」
そう言いながら、コタツの上に用意した、PVMCGなイゼイラ製コンロのようなものの上に、鉄鍋が置かれ、フェルと美里が用意した具材一式が並べられていく。
「おおおっ!そいつはすげぇ!……スキヤキなんて食べるの2年ぶりぐらいかも」
「……どういう食生活してんのよアンタは……フェルちゃん、こんなダンナなんだから、しっかり見とかなきゃダメだよ。ウチのダンナもそりゃひどかったんだから」
『ウフフ、ワカリましタ』
ダンナという言葉を率直に受け入れるフェル。柏木は「あ……」と突っ込もうとしたが……やめた。
「しっかし、相変わらず物凄い部屋ねぇ~、前に来た時よりは片付いてるけど……やっぱり?ん?ん?」
と親指で向こうを向いているフェルを指しつつ、結局冷やかす。
そんなこんなで、スキヤキは良い頃合に出来てきて
「いっただきまぁ~す」
『イただきますでス』
と一声、椀に生卵を割る。
フェルは温泉卵を椀で混ぜている。その様を見て、柏木が尋ねる。
「あれ?フェル、生卵はダメなの?」
フェルは口を波模様にして、プルプルと顔を横に振る。
『イゼイラにハ、生のクアをそのまま食べる習慣、ナイでスぅ』
「温泉卵はOKなのに?」
『コういう料理ならアりますヨ……クアは熱を通さないと……』
イゼイラでは、大昔……イゼイラ的な大昔なので、そら相当な昔の話……は生の卵を好んで食べる習慣があったそうなのだが、そのある時代に、大量の食中毒災害を出し、それ以降は伝統的に生の卵を食べる習慣が無くなったらしい。
考えても見れば、フェル達は、体にナノマシンを飼っているから、別に外国製の細菌管理がなされていない卵でも食べたところでどうということはないのだろうが、こういうものは伝統というやつなのだろう。
実はこういう大昔の食の伝統が現在でも引き継がれている物というものは、地球世界でもある。
イスラム教徒が豚を食べないという教義になったのも、一説では、大昔に豚で大量の食中毒を起こした事件があったからではないかという説もある。
中国においても、今でこそ日本食ブームによって、冷たい弁当や寿司などの食べ物も食べるようになったが、改革開放政策以前は、中国人のほとんどが菓子以外の食べ物で、温かくない食べ物は口にしなかった。
「じゃぁ、俺達がこういう食べ方してるの見て、違和感ないか?日本の卵は安全管理が行き届いているから、生でも大丈夫だぞ」
『食の習慣ハ、種族によって違うというのは心得ておりまス。デスノデ、違和感はありませんヨ。私ガ生のクアがダメなだけですのデ、お気になさらぬよウ』
フェルはそう言いつつ、肉をとり、温泉卵に漬けて一口。
『ンンン~☆』
相当うまいらしい。目がヘの字になっている。
――実際、スキヤキの卵を温泉卵にして食べてみるのもいい。はっきりいってうまい――
そんな感じで美里の主婦の味が今日の食卓を唸らせる。
うまい食事は会話も進む。
『ケラーミサト、今日、ミカチャンはオウチでお一人ですカ?』
「うん、そだよ」
『一緒ニ来ればよろしかったのニ』
「いやぁ、それが二日後にね、英語の弁論大会があるから猛勉強中なのよ。遊んでる暇ないんだって」
『英語……確かイーユーと呼ばれる国家連合体のブリテンという加盟国が発祥の、地球での国際共通言語でしたっケ?マサトサン』
「あぁ、そうだよ、しかし美加ちゃん、偉いね。弁論大会って、じゃぁ会話ぐらいはもうできるんだ」
「うん、もうかなりものですよ。ウチのダンナに教えているぐらいだから」
「へぇ~」
「やっぱこの」と美里は左腕を出し「PVMCG貰ったのが良かったみたい。バンバン英語の成績アップしてるわ」
「なるほどね、そりゃコレあればなぁ……フェルは日本語をまだ直でしゃべるのは難しいか?」
『ウ~ン……もうかなり覚エましたけど……』とフェルは翻訳機を切って「コういうカンじのしゃべりかたになるでスよ。いわかんありませんカ?」
と翻訳機なしで見事に日本語を話してみせた。しかしイゼイラ人特有の和音のような声なので、何かシンセサイザーを通したような発音になる。
「ワたしたちのコエは、地球ジント違って、ニホン語で言うと……シ、シュ、主音帯とフ、複音帯というのがあるので、こんなハツオンになってしまいマス。まだ単語ヤ語意のツカい分けがムズしいモノガありますガ……」
見事に日本語をしゃべるフェル
「い……いや、すごいじゃないかフェル!」と箸を止めて驚く柏木。
「って、フェルちゃん、絶対ソッチの方がいいって!なんか神秘的で!」と褒めちぎる美里
しかしフェルは翻訳機を再び作動させ
『デもやっぱりこの方が喋りやすいでス。考えル必要ガないですかラ』
「ははは、まぁそりゃそうだ。確かにイゼイラの翻訳機はえげつない性能だからなぁ。ま、フェルの好きにすればいいさ」
と納得する柏木。確かに少し喋るのに労力がいりそうだった。
「でも使い分けたらいいんじゃない?私は素の発音も素敵と思うけどなぁ……今の声、萌えちゃうよ?」
と美里。
『モえ?……なんですカそレ?』
「あ、い、いや、気にしなくていい……うん」
と手を出して制する柏木。
そんな感じで食も進む。
「ところでダンナからは連絡あった?今、北海道だろ」
と話題を変え、柏木は美里に尋ねる。
「うん、昨日あったよ。コレで」
と再度PVMCGを見せる。PVMCGの良いところは、盗聴やハッキングによる機密漏洩の心配がいらないところだ。
美里は続ける。
「なんかすごい演習なんだって。ヤルバーンさんと演習やってるってこと以外は、詳細は機密ってことで教えてくれなかったけど、柏木くん達は知ってるんでしょ?政府のお仕事してるんだし」
「ん?まぁね、詳しくは言えないんだ、ごめんな」
「いや、いいのいいの。そんなの自衛官の妻だったら普通だし」
柏木やフェルは、どういう演習か詳しい事を知っているので、「なるほどな」と思いつつ
「オーちゃん、言える範囲でなんか言ってなかったか?」
「あ~……なんかそういえば、ものすごい凄腕の戦闘員がいて、タイマンでやりあったとか言ってた」
「ほう」
『ドんな方デしたか?』
「ん~、なんか爬虫類みたいなイメージの女戦闘員だって。オリジナルのキルマーク付けてまわって喜んでるって言ってた。その人がなんかすごいらしくて、ダンナの部隊ばっか狙ってきて、引っ掻き回されて大変だって」
その言葉を聞いた瞬間
「ブッ!……ゲホッゲホっ!」
『ブッ!!……コホコホッ!』
柏木は糸こんにゃくでむせた。
フェルは豆腐が鼻に逆流しそうになった。
つまり、一瞬にして誰かわかった。
「ち、ちょっと洗面所……ゴホゴホ」
『ワ、ワタクシも……ケホッコホ……』
柏木とフェルは、むせたので洗面所に行くふりをして……いや、実際むせたが……
「(ゴホッ……フェル、シエさんこっちに来てるのか?)」
『(ソ、そうみたいデすネ……マァ、ヤルバーンとの演習となれば、彼女とゼルエ局長しか担当者ハいませんかラ……ケホ……)』
「(……こりゃ、近いうちにまた顔を合わせる事になるな……)」
『(……マサトサン、今度ハ気をつけて下さいネッ!)』
「(は、はいです……)」
とフェルにしっかり釘を差されつつ、二人ともチーンと鼻をかみ、その『キルマーク』とやらに言い知れぬ不安を覚えつつ食卓に戻る……特に大見に対して……
「あぁ、ごめんごめん美里ちゃん」
『スミマセン、ケラー』
「どしたの、二人とも……もしかして、今の話の『女の人』知ってるの?」
「ん?……あ、あぁ、まぁね」
『エェ、確かニ凄腕デす。ヤルバーンでは、有名人でス』
「そ、そうなんだ……二人がむせるぐらいだから、相当なんでしょうね」
「あ、あぁまぁね……でもオーちゃんなら大丈夫だよ、あいつも一応レンジャーだし」
とそんな感じで話をなんとかごまかす。
しかし、シエが何かわけの分からないスキルを覚えたのかと不安にもなる。
………………
そして楽しい食卓も終わり、みんなで後片付けをすませて美里は帰宅する準備。
しかし、例の襲撃事件の事もあるので、柏木が送っていくというと、美里は丁重に断わった。とはいえ、なんせ美里の住んでいる自衛隊官舎まで柏木の家から電車乗り継いでも結構かかるので少し心配にもなる。
すると、フェルが転送装置で家まで送ると言う。
フェルのPVMCGを使えば、ヤルバーンの転送システムを遠隔操作可能だという。
「え?転送装置?あの光とともにご登場するやつ!?」
『ハイ、ソウデス。ミカチャンのバイタルデータを追えば、場所もスグわかりまス。一瞬でご帰宅できますヨ』
「わっ、わっ、やるやる、やってやって!それ!」
美里は何かアトラクションでも乗るような期待感に目を輝かす。
地球人の転送実績は、例のがん患者の娘さんの転送実績があるので問題ない。
「じゃ、着いたら電話ちょうだい」
と柏木。
美里をマンションの屋上まで連れて行き、フェルはPVMCGを操作して、美里を転送した。
美里は光に包まれ、柏木達の前からその姿を消す。
……1分後、電話が鳴る。
「着いた!着いたよ!今官舎の公園、すごいねぇ~これ、感動ですよ!」
美里は軽く20分ぐらい電話で話していた……
家に戻り、コタツでフェルと話す柏木。
もちろん、その内容はフェルのヤルバーンでの仕事の事だ。
フェルは例の国連の話と、数日後に予定されている信任状捧呈式、それに関しての国会演説の話をヴェルデオと話し合ったそうだ。
『ヴェルデオ司令ハ、信任状捧呈式ハ大使になるためのニホンの必要手続きなのでもちろん受諾しますシ、ニホンの皇帝陛下に拝謁できることを心の底から光栄に思ウト言っていましたヨ。トテモ楽しみにしていらっしゃいましタ』
「ふむふむ」
『アト、ニホンの議会での演説モ、受諾するそうデ、駐ヤルバーン―ティエルクマスカ―イゼイラ日本大使館を通じて、ご連絡させていただきました』
「おー、それは良かった。例のマスコミ法関係で何か注文はなかった?」
『特ニ。日本側から公平な報道をマスコミ各社に要請するということだそうデスノデ、問題ないというお言葉を頂いておりまス』
「なるほど、じゃあとは国連演説か……」
『ソれに関しては、ヤハリもう少し考える必要があるト……』
「やっぱり白木の言った事か?」
『ハイ、私からはその懸念は言わなかったのですガ、ヴェルデオ司令も同じ懸念を持っていらっしゃいましタ』
「なるほどね……じゃぁそれはまたおいおい考えるという感じかな?」
『ソうなりますネ……ところでマサトサン、信任状捧呈式とハ、どういう手順で行われるのですカ?』
「あぁ、それね、ムフフフ、実はね……」
柏木は日本に大使が着任する際の信任状捧呈式について説明してやった。
これは日本では、初の米国女性大使、ドノバンが着任した時に、改めて話題になったものだ。
『エェェェェ?!!!トゥルカでお迎えが来るのですカ?!!!』
『トゥルカ』というのは、イゼイラの、地球でいう『お召馬車』のような乗り物の意味だ。
イゼイラでは、馬車のような乗り物は、もう『皇太子』という言葉並に、おとぎ話の世界の乗り物なのだそうである。
『イィなァ……トゥルカ、乗ってみたいなァ……』
お召馬車は、イゼイラでも女の子の憧れの乗り物らしい。
両の掌を組んで、ポワ~ンと何か想像しているフェル。
おそらくその妄想している馬車に同乗しているフェル的に素敵な人物は、地球の猿から進化した知的生命体で、37歳の自営業者であろう。
『……デも、心配でス』
ポワ~ンから、ハッと真顔に戻ったフェル。
『皇帝陛下の御前で、ヴェルデオ司令、ちゃんとデキるのかしラ……緊張してズッコケなければいいのですガ……』
日本人ならもちろん、世界的にも恐れ多い天皇陛下に、天皇、すなわち皇帝という位が、もうおとぎ話な世界のイゼイラ人がうまく立ち振る舞えるのか実に心配になるフェルである。
皇太子夫妻がヤルバーンに来訪した時であの騒ぎだ。そりゃ心配にもなる。
柏木は、二藤部や、三島、それに宮内庁の人たちがフォローしてくれるから心配いらないと話す。
……しかし……「ズッコケる」という語を当てはめるイゼイラ製翻訳機の性能に、改めて感心する柏木であった……
「フェル、そろそろお開きにしようか……お風呂入れば?」
柏木がコタツの上の湯飲みやお菓子を片付ける。
『ア、ハイ、わかりましタ。お先ニデス』
今でこそこうやってフェルは風呂に入ることを『覚えた』
実は柏木の家にやってきた当初、フェルは風呂やシャワーで体を洗うことを知らなかったのだ。
それを聞いたとき、さしもの柏木も驚いたが、さもあらん、彼女達は日本人とは全く違った方法で、体を洗う……というより、清潔にしていたのだ。
その方法とは、何やらPVMCGでカプセル状の物を造成して、裸でその中に入り、上から下に光のようなものに照らされて、ハイオワリ……そんな感じのものである。
聞くところでは、転送装置のシステムを利用したもので、この光を浴びることで、体の老廃物を全て除去し、消毒するというものらしい。
その後、好みの体臭芳香調整剤のようなものを浴びて、終了だそうな。
柏木も勧められて、一度やったが、やはりどうにも慣れなかった。やはり日本人は、湯槽に浸かって「あ~」というのが良い。
そこでフェルに風呂を体験させたところ、フェル的には老廃物の除去がイマイチということで、湯槽に入ること自体は気持ち良いと感じ、気に入ったそうで、『ア~ン~』なんて艶な声も漏れ聞こえてくるが、風呂からあがった後は、どうしてもその衛生カプセルのようなもので、きちんとしなければイマイチ気分が良くないらしい。
まぁこれも文化の違いかと柏木は思う。外国人だってシャワーだけだし、アメリカ人なんてのは、一週間に2回シャワー浴びるか浴びないかなんてのは普通だそうなので、まぁそんなもんかとも思う。
そんな感じで彼らの一日は終わる。
後は寝るだけ。
『オヤスミナサイ、マサトサン』
そんなところであった。
……………………………………………
柏木達が、そういう感じで就寝を迎えようとしていた夜中。
東京の街はそれでも動いている。
眠らない街とはよく言ったものだ。
首都東京。100万ドルの夜景などという言葉があるが、東京は都内総生産90兆円の夜景である。
そんな中、一台の黒塗りセダンが、もう車の数も少ない街中を、急ぐように走る。
その車のナンバープレートに書かれた番号は【外‐○×△□】その外の字は円で囲まれている。
どうやら赤坂方面へ向かっているようだ。
車は法定速度を軽めにオーバーしつつ、時にはキキキという音を立てながら交差点を曲がり、カーブを切る。 そして赤坂に近づくにつれ、ある場所から一定間隔で白人や黒人の姿が多くなる。
まるでその車の走るコースを熟知しているように、一定の間隔でその外国人は黒塗りセダンを目で追っていた。
セダンが彼らの前を通過するたびに……耳元を押さえ、何かブツクサと襟元に話しかけている。
セダンが、あるコンビニの前を通り過ぎる。
そのコンビニの明るい看板に、セダン前部が一瞬照らされた。
その照らされた前部には何やら旗が立っている。
その旗のデザインは……大きな星の周りに、労働者と農民と小資産階層と愛国資本家を表す4つの星……
その車の行き先は……東京都港区赤坂一丁目10番5号。
そう、アメリカ大使館である。
この夜中にアメリカ大使館には明々と明かりがついていた。
正門には、懐に何かを隠し持つ白人が数十人、その車を待っていた。
……しばし待つと、その車が現れる。
白人達は大きく手を振り、カモンカモン!と言った感じで、セダンを正門に滑り込ませる。
彼らはその車が正門に入ったと確認するや否や周囲を最大限警戒するように、彼らも大使館敷地内へ消えていった……
しばらくして窓のカーテン越しに映り込む影。
女性の姿と、少し背の低い男性の姿。
女性は男性と握手をする。
男性は手を横に広げ、首を振っているよう。
女性は幾度も頷き、彼の話を聞いているよう。
そして携帯?スマートフォン?無線子機?のような受話器を持ってどこかに電話をかけている……
この日の夜の出来事……
眠らない街の、みんなが寝静まった時間の出来事……
次の日の出まで、あと幾時間……
主要登場人物:
~日本政府関係者~
柏木 真人(37)
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
現在、フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラと交際中
白木 崇雄(37)
日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員
大見、柏木の高校時代の友人。
五辻麗子は婚約者。
注)特務国際情報官室は、本作オリジナルの架空の部署です。実在する国際情報官室は、第一~第四まで。本作では、ティエルクマスカ関係専門部署として本室を設定しています。
大見 健(37)
陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉→三等陸佐 レンジャー資格所有者
柏木・白木の高校同期で友人
大見美里は妻。大見美加は娘。
新見 貴一(46)
日本国外務省 国際情報統括官 白木の上司
常に冷静で、落ち着いた物腰の紳士。
久留米彰(40)
陸上自衛隊 三等陸佐→二等陸佐 大見の直属上官
天戸作戦 陸上自衛隊派遣スタッフ
-序-でのサバイバルゲーム大会へ、大見達部隊の参加を認めた人物。
~一般人~
大見 美里 37歳
大見 健の嫁 柏木とは大学時代の同期。
~ティエルクマスカ連合 関係者~
○イゼイラ人・カイラス人・ダストール人年齢は、地球基準の肉体(外見)年齢。地球時間年齢は、ほぼ×2の事
シエ・カモル・ロッショ(26前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 自治局局長 女性ダストール人
体色:リザードマン色 小さな鱗に覆われている。
目色:爬虫類系 白目に黄色瞳
髪型:赤色のロングヘアー・地球人と同じような髪
身長:173cm Dカップのナイスバディで妖艶な美女
最近、日本のテレビ番組にハマっている。好きな番組は、お笑いバラエティーゲーム系。特に罰ゲーム付き。
好きなタレントは、デブ系毒舌オカマタレント。
ゼルエ・フェバルス(35前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 自衛局局長 男性カイラス人
体色:チーター系体色。獣人
目色:獣人系 白目に茶色瞳
髪型:全身体毛に覆われている。
身長:185cm 兵士系マッチョ
最近、地球のコーヒーにハマっている。ブラックが好み。
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(23前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性 イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分は金色・瞳は金色・まぶたに藍色のアイシャドーのような色素がある。
髪型:前髪が大きく肩幅ぐらいまで翼のように分かれ、肩甲骨あたりにまでかかる・鳥の羽状・藍色
身長;165cm Bカップ 体格はスタイルの良い陸上選手か、ビーチバレー選手系
好きな日本の食べ物は、カレーライス。総じて甘辛系の食べ物が好み。
苦手な食べ物は、現状、生卵が判明。
柏木真人と交際中。




