-10- 交流 終
都内某所、夜中。
昨今の異常気象という奴か、今年も日本は前例の無い天気が頻発する。
ゲリラ豪雨に見舞われ、局所的に異常な雷雨が降る。
そんなうっとおしい天気の中でも人で行きかう街中の裏通り。
そこに黒塗りのセダンが、とあるペンシルビルの前に停車する。
その後部座席から二人ほどの男が姿をあらわす。
そしてそのセダンはすぐさまその場を走り去っていった。
男達は消防法に違反していそうな貧弱な佇まいのペンシルビルに姿を消す。
カツカツと人一人通れるぐらいの急勾配な階段を小走りに男達は駆け上がり、3階まで。
階段すぐ傍のネームプレートも貼られていない部屋に入室していく。
部屋には先行して来ていた男が二人、計四人の男達。
後に入った二人はパンパンと服を叩き、少し濡れた服から水滴を払い落とす。
窓の外を左右に見渡し、人の気配を探る一人。
他の男は、鞄からなにやら資料のようなものを取り出し、談義を始めていた。
その中で一番目立つのは、数々の人物写真。それらをカードゲームのようにスっと並べていく。
「没办法,...日本政府使用这样的手段时」
「是手段传给」
「有多少人被抓?」
東アジアな言語で何やら不穏な会話をする四人。
その言葉からは、まさかというような言葉と、困惑した表情が見える。
一人はスマートフォンを取り出し、何やらメールを打ち、各々持ち寄った資料を汚れた事務机に広げる。
その中でも特に多いのが、写真だ。
十数人程の写真を机に並べ、それを指差し議論しているよう。
そして彼らは数点の写真を指差して取捨選択するような仕草をする。
その中には新見と白木の写真があった。
「两个人……」
「移除。合作伙伴是坏的」
「在、这家伙……」
一人が指でスッとある男の写真を上にあげる。
「如果你不给我们的邀请作出回应……」
「……」
四人は目線を合わす。
何か企む人間特有の目だ。
「对谁我要执行?」
「让我帮你一把吧」
その後、男達は何やら細かく打ち合わせをした後、その部屋を出て解散したようだ。
ペンシルビルを出る男達。
二人は少し離れた別の場所で、先ほどの車に乗車し、走り去っていく。
そして残りの二人は人ごみを選び、その中に消えていった。
打ちつけるような雷雨は、既に止んでいた。
……………………………………………
柏木の朝は早い。大体朝6時前後には目が覚める。
その理由は……オッサンだからである。
昔はいくらでも寝れたものだが、ここ最近は、何時寝ても必ず6時前後には目が覚めてしまう。
オッサン化すれば誰しもそう感じるだろう。
ボサボサ頭の寝起き柏木。目を細めてしばたかせ、あくび一発、首を左右にコキコキやり、両手で目をマッサージするように擦る。
「ハッ」と柏木は思う。
そう、昨日はフェルと行為に及んでしまった。
(あ~……やってしまった……しかも異星人と……)と思うが、恥ずかしいやら何やらで、両手で顔を隠してしまう。しかし後悔はしていない。
異星人とはいえ、あれだけの想いをぶつけられてはこうもなる。しかも地球人の手法が通用した……それに年齢相応の責任を持つ事も決めた。
チラと横を見る……彼女が横に寝ていたはずだが、その場所を見ると、彼女の姿は無かった。しかしその匂いから、昨日のことは夢ではない事を証明していた。
おそらく先に起きているんだろうと。
全身素っ裸な状態で寝台を出ると、この時期の朝は寒さでずいぶん堪えるはずだが、なぜかそんなことはない。丁度室温が適温になっていた。
暖房にしてはよく効いているが……と思いながら、クローゼットからジャージを取り出して羽織り、リビングに出る。
すると見たことも無い機械が置いてあった。ウィウィと小さく唸りながら暖かい波動を放っている。
(あぁ、なるほど、これのせいか……)
と柏木は思う。おそらくフェルがPVMCGでイゼイラの暖房器具を造成し、稼動させているのだろう……しかしよく効く暖房機だ。
『ア、おはようございまス、マサトサン』
「え?、あ、あぁ、おはようございます、フェ……どぇっ!?」
声の方向を見ると、フェルがキッチンでなんとも日本人的には懐かしい格好で作業をしていた。
柏木はその姿を見てズッコケた。
「な、なんっすか?フェルサン……その割烹着姿は……」
『カッポウギ?アァ、この服装はそういう名前なのでスか?』
「え、えぇ、ってか、どっからそんなもんを」
フェルは朝早く起きたので、柏木の部屋に置いてあった週刊誌を読んでいたようである。
そこでのある漫画の1ページを見せ
『ココに、デルンと同居する「オクサマ」と言う地位の、フリュの格好を真似てみたのでスが……』
「あ…あ、いや……あ、あぁ、そうでスか……ハイ、わかりました……じゃなくて、どこでそんなのを手に入れたんですか?……」
『ゼルクォートで作っタんですヨ?』
そういうとフェルはPVMCGを作動させると、割烹着がフっと消え、一瞬フェルが素っ裸になった後、フェルの体に、イゼイラの制服がフっとまた造成されて、いつものイゼイラ制服姿のフェルになる。そしてまた再度操作すると、割烹着姿のフェルになった。
柏木は一瞬のフェルの裸体にドキっとするが……
「え?PVMCGってそんな使い方もできるの?」
『エ?えぇ、というか、これが普通ですヨ』
「え?じゃ、昨日の……あ、いや、その、服も?」
『エ?……ハ、はい、そうデス……』
お互い少し照れながら話すが
「じゃあ、ヤルバーンのイゼイラ人も、みんな……」
『全員デはないと思いますが……ホトンドがゼルクォートで造成した服を着ていますヨ』
柏木はなるほどと感心する。PVMCGは想像以上にイゼイラ人、いや、ティエルクマスカ的には重要なインフラアイテムなんだなと思った。
今まで柏木的には「実物として触れても、所詮は仮想立体造形物」と思っていたが、なるほどこういう使い方をするのであれば、彼らには立派な生活必需品なんだなと感じた。
考えようによってはとてもエコであるし、実物をたくさん所有するわずらわしさも無い。
確かにPVMCGのパワーさえ稼動していれば、見た目も、触感も、重さも実物と何ら変わりが無いからだ。
「ちなみにフェルさ……あ、いや、フェル、 このPVMCGのパワー寿命ってどのぐらいなの?」
『ソうですね、フルパワーで使って、地球時間単位で300ネン程かと。デも、宇宙線を増幅してパワーを随時補充しますので、普通に使えば恒久的にズっと使えまス……ソうですね、マサトサンに頂いた、コの光起電力モジュールのトケイと同じデすよ』
「な、ナルホド……」
もうこの程度の事では、柏木もさほど驚かなくなっていた。
正直、この驚異的な科学力に、段々慣れている自分がいるのを実感している。
しかし、実際そのぐらいの物でないと、生活インフラの基盤として役に立たないだろうとも思うので、一応納得は出来る。
それにしてもフェルは、柏木にもらった時計を肌身離さず毎日着けている。よほど気に入っているのか、それとも別の理由か。
実は柏木は、この時計を交換したときの意味をまだ知らない。そして、それが今の結果である起点である事も知らない。
『トころでマサトサン、朝食ができましタよ』
「え?あ、そうですか、すみません」
『イエ、黙って保冷庫をアサってしまい、申し訳ないと思いましたガ……』
「はは、いいよ別に。何にもなかったでしょ」
野郎の冷蔵庫というのは、基本、ビールの保管庫に毛が生えた程度のものでしかない。
たまたまパンと卵があっただけの話である。
柏木の普段の朝食は、昨日炊いたご飯と、生卵の卵かけご飯と、インスタントの汁物で終わりである。
独身の身には、こういった女性が作る朝食というのは、嬉しいものである。
『コの「トゥルト」に似た食べ物を焼いて、これは……「クア」と思うのですガ、これも焼いて、トゥルトにのせてみましタ』
「トゥルト」つまり、食パンの事だ。「クア」というのは、卵の事らしい。
何かそのイゼイラ製のトゥルトとやらを焼く機械と、調理器具をPVMCGで作って、調理していたようだ。
さもあらん、フェルはさすがに昨日来たばかりで、地球の調理器具の使い方など知らない。
はからずも彼女は、昨日思い付きで柏木がハムエッグを作っていた事と同じような事を行ったようである。
「じゃ、これを少し切って……」
柏木は冷蔵庫からバターを取り出して、厚めに切り、塩と胡椒を少し振り、マヨネーズをかけてトーストの上に乗せ、それを折り曲げてパクリと食べる。
焼きたてのパンの熱に少し溶けかけたバターと卵が食欲をそそる。
「ん、うまい!」
フェルは、一応PVMCGのスキャナーで、バターとマヨネーズをスキャンし、食べれるとわかると、柏木のマネをして食べてみる。
『ン!オイヒイレス!』
「はは、じゃ、紅茶でも入れようか」
『ハイ』
二人揃って朝食をとる。
フェルは割烹着姿から、普段のイゼイラ制服に姿を変える。
「ところでフェル」
『ナんでしょウ』
「今日は一緒に官邸へ来てもらっていいかな? さすがに一人で俺の家にいても仕方ないでしょ」
『ソうですね~……わかりましタ……トころで、官邸ってなんですカ?』
「(ははは…そこからですか)二藤部総理が執務している場所だよ。日本の中枢の一つ」
『ソうなのですか!?そんなところへ私のようなイセイジンが行っても良いものなのでしょうカ?』
「良いも何も、俺の執務室も今、そこにあるんだよ」
『マサトサンの執務室がですカ!?……スゴイですネェ~。モチロン行きますでス』
「よし、決まりだな。みんなに紹介するよ、ははは……あ……でもどうしようか、フード被る?」
『?……ドうしてですカ?』
「いや、ここって普通の日本人が住まう集合住宅だからね。俺が出勤するときには、他の家の人もみんな出勤するから、みんなに見られちゃうよ、フードつけていないと」
『別ニかまいませんヨ。ティエルクマスカとニホンは国交がある国同士なのデすから、私も堂々とニホン国内を歩きたいでス……ソれに……自由入国の件もありますシ、ニホンの皆様にも、イゼイラ人や、他の種族の容姿をきちんと見てほしいでス』
「ん~~…………わかりました。そういうことなら、がんばってみましょうか」
『ハイでス』
フェルもニッコリ笑う。
そんな感じで、出勤の支度を終えてマンションを出ると、例の拡声器おばさんがゴミ出しをするために家から出るところでバッタリと顔を合わせてしまう。
そこでフェルの姿を見た途端
「うひゃぁぁぁ!……ま、真人ちゃん!……そ・そ・そ・そ・その人は?」
腰を抜かさんばかりに驚いた。というか、実際に腰を抜かした。映像的に。ゴミ袋二つ手に持って。
「あ、おばさん、おはようございます」
柏木もフェルのために極力自然に振舞う。
そして腰をぬかしたおばさんを起こしてやる。
『ハじめまして、お初ニお目にかかりまス。ヤルバーンから来ましタ、ティエルクマスカ―イゼイラのフェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラと申します。カシワギ・マサトサマのお宅でお世話になっておりまス。以後、よろしくお願いいたしまス』
フェルはおばさんに右手を右胸に当て、丁重に挨拶をする。
「え!!?ヤルバーンって……今ニュースでやってるあの宇宙人さんの宇宙船の!?本当かい!」
「えぇ、そうなんですよ。昨日、政府からの依頼をうけまして、こちらでお世話する事になりまして」
適当に話を作る柏木。
「あぁ、それでかい、あの昨日の夜の騒動は……あ……いや、こ……こちらもよろしくね、フ、フェ……フェルフェリアさん?」
『ハイです』
「いや~、しかし真人ちゃん、こないだはアンタ、パトカーで帰宅するし、今度はこんな……別嬪さんの宇宙人さんと同居だなんて……アンタどんな仕事してんだよ」
「いや、まぁ、ほら、いつもウチに来る四角眼鏡のヤツ、いるでしょ、俺の友達の」
「あぁあぁ、確か外務省だかに勤めてるっていう?」
「えぇ、あれの依頼なんですよ」
「へぇ~、アンタも大変だねぇ」
などと、このオバハンも割と順応が早い。
「んじゃ、私から自治会にも言っといてあげるよ」
「ハハ、すみませんおばさん」
このおばさんは、マンション自治会にも顔が利くので、何かと柏木も世話になっている。
色々と世話焼きなので、話を合わせておいたほうがいいのは確かである。
おばさんには、そういうことなので、SPとかもこのマンションに常駐するからよろしくとも説明しておく。特に興味本位で子供などを自分の部屋に近づけさせないようにとも。
「いやぁ~しかしこのマンションも宇宙人さんが暮らすようになるとは……大変な時代になったもんだねぇ……」
その点は全くその通りと柏木も思う。
ちょっと数十年前も、日本に外国人が来ただけで珍しがられていた時代、それどころか今でもそんな感じの日本である。
島国故であろうか、今も昔もこの日本では外国人が珍しい。これほど国際化した日本にあってもだ。
それが遥か宇宙の彼方からやってきた宇宙人ともなればどんなものかという感じだ。
しかも容姿からして人外。まだフェルは見た目の容姿は日本人……というか、地球人的にも寛容になれる容姿ではあるが、シエやゼルエなどはどう思われるのかという不安も少なからずある。
シエに限って言えば、美人は美人であるが、見た目が爬虫類で、喋り方もあんなのだし、ゼルエに至っては完全に獣系であるからして、そこのところも柏木的に少々不安がある。
そして柏木は駐車場へ。
そこに至るまでに、またこれがおばさんと同じような目に会うが、一回一回適当な話をしなければならなかったので大変だ。
駐車場に着くと、柏木はリモコンでエスパーダの鍵を開ける。
『コ、コレは……マサトサンの『ジドウシャ』というものですか?』
「ん?そうだよ、ヤルバーンのトランスポーターみたいなものだね、来る時も乗ってきただろ?」
『は、ハイ……で、でも、性能はコチラの方が良さそうですね』
「んー、まぁね」
『ヨろしければ、スキャニングさせてもらっていいですカ?』
「え?あぁ、どうぞどうぞ」
フェルはエスパーダをPVMCGで色々スキャンしてデータを取っているようだ。
そして、エスパーダに乗ってマンションを出た。
信号で止まるたびに、隣の車から覗かれる。そして相手の運転手は驚く。
フェルはそのたびに会釈し、愛想を振りまいていた。
柏木はその姿を見て、クスクスと笑う。そして相手の車に「事故るなよ」と思う。
『フーム……』
「どうしたの?」
『地球の科学では、まだ無人のトランスポーターはできないのでしょうカ?』
「またどうして?」
『コの間、マサトサンの「ぱそこん」を見せていただきましたが、あの性能なら「ジドウシャ」の無人化もできないことはないとおもうのですガ』
「ん~、フェルの言うとおり、確かに無理ではないけど、それをするなら一気に全部バっとやらないとダメだね、フェルんとこは、有人の車……というか、トランスポーターはないの?」
『陸上ヲ走る物ではないでス。有人の個人の乗り物は、空を飛ぶモノだけでスね』
「デロニカみたいなやつ?」
『イエ、もっと小さいのもありますヨ……』
「地球でも、鉄道……あ、鉄道ってわかる?」
『ハイ。軌道を走るトランスポーターのようなものですネ』
「そそ。で、その鉄道のような『行くところや走る場所が決まっている乗り物』は無人化が進んでるけど、自動車のような個人が任意の場所に行きたい乗り物は、まだまだなんだよ。フェルんとこのトランスポーターにしても、地球の鉄道に近い乗り物なんじゃないかな?で、自動車に近い乗り物が、その空を飛ぶ乗り物なんでしょ」
『言われてみれバそうですネ。ソレに、イゼイラや他のティエルクマスカの国々でも、個人で惑星内の長距離を特定の地点まで速く移動するときは、みんな転送機を使いますかラ』
「ハハハ、なるほど、確かにそういう手段もあったね」
そんな話をしながら官邸に到着。
官邸の警備員には話が通っているので、すんなり入れるが、警備員もフェルを見て相当驚いていた。
「おはようございます」
『オはようございまス』
「おはようござ……ひゃっ!」
「おはよ……うぉっ!」
官邸スタッフもこんな感じである。
で、そんなこんなで柏木の執務室へ。
すると噂を聞きつけた官邸スタッフが用も無いのに用を無理やり作って柏木の部屋にやってくる。
お茶っ葉を持ってきただの、コピー用紙の補充だの普段そんな事しないくせに現金なもんである。
柏木もさすがにそんなのを今日一日やられてはたまらんので、官邸内を案内してやってくれるように事務職の女性職員へフェルを託すと、嬉々として引き受けてくれた。
そしてお仕事開始。
年末で溜まっている書類を片付けていく。
やはり、ヴェルデオとの会見の影響は世界的にも大きかったようで、それ関係の報告書が多い。
この件に関しては、現在、事実上柏木が音頭を取ってしまっているようなものなので、真剣な目で書類を読む。
しばらくすると、コンコンとドアを叩きながら知った顔がニョキっとドアの間から顔を覗かせる。
「おはよう、マサトサン」
「ゲっ、白木」
「なんだよ、その「ゲっ」っつーのは、マサトサン」
「な……フェルと会ったのか?」
「あぁ、さっき挨拶程度にな。で、何?「フェル」ですか、へーーー、ほーーー、ふぅーーーん」
「あっ」
しまった、と口を押さえる柏木。
「ははは、まぁいいじゃねーか、俺も安心したぜ丸く収まってよ」
「ははは……はぁ、まぁね」
柏木も苦笑い。
「麗子もひと段落着いたら、遊びに連れて来いって言ってたぞ」
「はは、わかったよ」
丁度その時フェルも官邸案内ツアーから帰ってきたようで
『あ、ケラーシラキ、先ほどは挨拶だけでスミマセン』
「いやいや、で、フェルフェリアさん、うまくいったようで」
白木がニヤと笑う。
『エ?あ、は、ハイ……』
フェルはちょっと頬を染める。
「それはそうと、何か用なんだろ?白木」
「おう、そうだった。ちょっとミーティングがあるんだ。出席してくれるか?あ、フェルフェリアさんもよろしければご出席お願いできますか?」
「え?フェルもなのか?」
「ああ、まぁ今日は多分フェルフェリアさんをここに連れてくるだろうと思っていたからな」
「しかし、今日はミーティングの予定なんてなかったろ」
「いや、ちょっと問題が起きてな」
「問題?」
「あぁ、で、今もその問題の真っ最中だ。浜 官房長官が対応している」
白木はフェルと柏木を連れて官邸玄関を望める場所へ向かう。
「あれだ」
白木は親指で、影からそっと覗くように玄関方向を指差す。
柏木は覗くようにそっと見る。
憮然とした表情で、官邸を出て行く男がいた。数人のSPを引き連れている。
「!!」
フェルも覗こうとするが、柏木は手で「出るな」とばかりにフェルを抑える
「あれは……確か中国の梁 有為大使じゃないか」
柏木は話す。テレビでよく見る顔だ。
『チュウゴクとは、地域国家『チャイナ国』の事ですよネ』
「ああ、そうだよ、知ってるの?」
『ハい、一応調査はしておりまス。なんでもニホン国とは、あまり関係がよくない国と聞き及んでおりまス』
柏木と白木は、小さくコクコクと頷く。
「その関係か?白木」
「ああ、まぁな。で、フェルフェリアさんには……もう一つのフェルフェリアさんの方で出席をお願いしたいんですよ……」
その言葉にフェルは、少し困惑した表情を見せる。
それを見ていた柏木は「どうしたんだ?もう一つ?」という表情を見せる。
「……実はな、柏木……」
『ケラーシラキ、ソレは私からマサトサンにお話しまス……』
「ん?……何がなんだかよくわかんないけど、とりあえず部屋に戻ろうか」
そう言うと、三人は柏木の執務室に戻る。
ソファーに座るフェルは、意を決してあの事を柏木に話す事にした。
無論、白木も同席している。
『アノ……私は、マサトサンに秘密にしていたことがありまス……』
「……何ですか?それは」
『私、ヤルバーンの調査局局長の地位の他に、もう一つ役職があるのでス』
「……」
『実ハ……私……ティエルクマスカ銀河連合の……連合議員でもあるんでス……』
「え!?」
『ゴメンナサイ、マサトサン……こんな大事な事黙っていて……ゴメンナサイゴメンナサイ』
フェルは頭をペコペコ下げる。そして少し震えていた。
政府の仕事に着く柏木に、しかもこの件に関しては重要スタッフでもある彼に、こんな大事な事を黙っていたとしたら、烈火のごとく怒られると思ったからだ。もしかしたら大好きな柏木に嫌われるかもしれないと。
ちょっと半泣きモードのフェルだった。
「白木は……その事、知ってたのか?」
「あぁ、ちなみに、二藤部総理や三島先生も知ってる……大見や美里さん、美加ちゃん、麗子もな……あの時、ヤルバーンのレストランで初めてフェルフェリアさんと話したときに、リビリィさんと、ポルさんから聞いたんだ……すまん柏木。ここまでお前達が深い仲になるとは思わなかったんでな……もっと早くに俺が話しておくべきだった。フェルフェリアさんを責めないでやってくれないか?」
柏木はその話を聞いて、フゥと一呼吸置くと
「なんだ、それでかぁ」
と、頭をポリポリかいて、今まで思っていた謎が全部解けたかのような態度をとる
「へ?」と柏木の意外な反応にポカンとする白木とフェル
「いやさぁ、こないだの交渉の時、フェルがあんなヤルバーンの内政に関する話題で出てくるっておかしいと思ったんだよぉ……そんな事ならもっと早く教えてくれよぉ」
「い、いや……怒んないの?……お前だけ知らなかったんだぞ」
「なんで怒るのさ」
「え?」
「相応の理由があったから話さなかったんだろ?おめー、連合議員っつったら、そんじょそこらの地位じゃない事ぐらい俺にもわかるよ、まぁ美里ちゃんらが知ったのは偶然としても、んなことペラペラ言いふらすほうが問題アリアリじゃないか」
白木とフェルは、柏木があまりに普通なコンプライアンス感覚で応じるので、唖然としていた。普通なら「なんでそんな大事な事黙っていたんだぁ!知らなかったのは俺だけか!」とか言って騒ぎ出すシチュエーションを想像していただけに、あまりに拍子抜けだった。
「それに……」
フェルの方を優しい目で見る柏木。おののいている様子が見て取れたからだ。
「フェルも、そんな地位だと俺が知ったら、今の俺達の関係に問題が出ると思ったから話せなかったんだろ?」
『ウン』とコクンと頷くフェル。まぁこういう関係を持った後なら、大体想像はつく。
「ははは、ソンナ事関係ないですヨ……今知った。それでいいじゃん」
フェルの口調を物まねして話す柏木。その言葉を聞いたフェルは、何かのツカエが取れたように、安心した笑顔を見せ、頷いた。
「ハァ、心配して損した。お前が突撃バカってこと忘れてたよ」
白木も頭を描いて、一息つく。
「うるせーよ白木」
「はいはい、あー、んでな柏木、そういう事なんで、フェルフェリアさんは、ヤルバーンの事実上のナンバー2なんだ」
そう話すと、柏木は
「ゲっ!!それは知らんぞ!!」
「オイ、驚くのはそっちか!」
突っ込みを入れる白木。フェルは憂鬱だった顔も晴れて、クスクス笑っていた。
白木は、そういう事で、フェルのヤルバーンでの立場の詳細を柏木に説明してやる。
そして話を本筋に戻す。
「なるほどなぁ……それであの梁大使か……なんだかミーティング議題の想像はつくな」
柏木は顎をなでながら話し、続ける。
「ヴェルデオ大使には連絡したのか?」
「いや、梁大使が、昨日の夜にいきなり今日の朝に会いたいって連絡が入ってな。今の今の話で、まだだ。浜長官との話の内容も知らない。おそらくそこらへんもミーティングで出るだろ」
白木はそういうと、そろそろ時間だと会議室に二人を連れて行く。
「おはようございます」
会議の出席者に挨拶をする柏木。
「あぁ、おはようございます柏木さん」
浜が挨拶をする。そしてフェルを見た途端、目を少し丸くするが、そこは二藤部の懐刀ともいわれる浜である。極めて冷静だった。
「あなたが、ヤルバーンの……」
『ハイ、ティエルクマスカ連合所属、都市型探査艦ヤルバーン調査局局長 兼 連合議員のフェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラでス、ファーダ・ハマ。以後お見知りおきヲ。そして皆様もよろしくお願いいたしまス』
フェルがティエルクマスカ敬礼をすると、会議室メンバーも始めて生で見るイゼイラ人に驚きつつも、全員起立して礼をする。
「浜長官、総理と三島先生は?」
柏木が尋ねる。
「総理は今日、例の研修調査滞在受け入れの式典出席の為、羽田に行っていますよ。三島先生は新見君と共に、駐日ローマ法王庁大使館へ行っています」
「ローマ法王庁大使館?三番町のですか?」
「えぇ、詳しい話が聞きたいという事でね。ほら、三島先生はキリシタンでしょ」
「あぁ、確かそうでしたね。以前に法王猊下ともお会いになられていましたっけ」
「えぇ、その関係もありましてね。バチカンもかなり今回の件は重要視しているみたいです」
(そりゃそうだろうな……)と柏木は思った。キリスト教的には、教義自体に大影響を及ぼしかねない存在が地球にいるのだ。これはキリスト教に限らず、イスラム教、ユダヤ教などの一神教全般にいえることでもある。
むしろ神道的な考え方の日本であるから、国民全体の影響はこの程度で済んでいるという事もあるかもしれない。これが仮にキリスト教国で同じ事態が起こったらどうなるか、イスラム教国ならもう想像するのも憂鬱な事態になりそうだ。
柏木達は席に着席する。そして、先日作ったPVMCG製ノートパソコンを鞄から取り出す。
フェルはイゼイラ人らしく、VMCモニターを中空にポっと出し、VMCキーボードで会議の準備をした。無論コレを見たヤルバーンに行った者以外の会議出席者は度肝を抜かれた。
白木にはそんなものはいらない。頭の脳ミソで充分である……一番すごいのは、白木だったりする。
「では、始めます……急遽このような会議を行う事態になったのは、皆さんにももう知れ渡っていると思いますが、先ほどの梁大使の件です……」
浜は説明する。
梁大使が言うには、先日、ヤルバーンへのISS乗務員招待が公表された時の話であった。
その時、中国もヤルバーンへの接触を試みるため、ロケットを打ち上げたが、原因不明の事故で爆発。 これもヤルバーンが地球に来たせいだとして、そのロケットに乗っていた宇宙飛行士の遺族も招待者に加えろと言ってきたそうである。しかも、招待状は日本とヤルバーン連名だったとして、日本にもヤルバーンへ招待を進言する責任があるとして、陳情ではなく、抗議に近い文句を言ってきたそうである。
「何考えてるんだあいつらは……」
「テメーで勝手に爆死させといてこっちのせいかよ」
「ヤルバーンさんもたまったもんじゃないな」
会議出席者からは至って当たり前な意見が飛び交う。
「(まぁ、あの国らしいっちゃ、らしいけどな)」
と白木が柏木とフェルに耳打ちする。
「それで浜長官、どうお答えなさいました?」
柏木が尋ねる。
「はは、『二藤部総理にはお伝えしますが、基本的にそれはヤルバーンさんの主権の問題です。我々は関知しません。向こうが良いと言えば良いですし、ダメならダメじゃないのですか?』と言っておきました」
「まぁそうでしょうね」
柏木も鼻で笑う。
そして浜はフェルに尋ねる。
「フェルフェリア議員閣下、貴国、あ、貴船はどう思われますか?」
『ファーダ・ハマ、確認したいことガあるのですガ……』
「はい、なんでしょう」
『私達の調査でハ、このチャイナという地域国家は、国名こそ「人民共和国」と共和制を謳っていますが、その実態は政権を維持する中央組織によって組織独裁政治が行われており、言論の自由がなく、政府批判も行えズ、国民選挙も有史以来一度も行われた事が無い国という認識デすが、その認識で合っていますカ?』
「えぇ……一般的な認識としては間違っていないと思いますし、地球世界でも、ほぼそういう認識です。まぁただ、現在は自由経済を取り入れており、非常にイビツではありますが、以前ほど独裁性が厳しいというわけでは無くなっていますが……ただ、それも結局権力者の胸先三寸で決まるようなところがあり、『人治国家』の側面を持った国ですね」
『ナるほど……良く解りました』
フェルは目を瞑り、しばし考え込む。
『ティエルクマスカや、我が母国イゼイラの国是と、そのチャイナ国とはあまりに相反する政治理念の国デスね。モシ、仮に、そのような国がイゼイラの隣国であったなラ、イゼイラは最大級の警戒を行う対象の国になるでしょウ……そもそも、ティエルクマスカ連合全体もそうですガ、イゼイラで国政を選挙無しで行い、しかも特定の団体が独裁的に国政を行ウという国と交流を持つ事は、明確に連合法に違反しまス』
「……」
『ソもそも、そのような……』フェルは目の前のVMCで何か言葉を検索し、『……ニホン語は難しいですネ』と少し微笑すると『キベン?をあたかも正当な理由として使う国を、マトモな交流を行える対象として認識できまセン。おそらくヴェルデオ司令も認識を同じくすると思いまス』
「なるほど、わかりました」
浜は冷静にさもありなんとばかりにフェルの回答を聞くと
「では議員閣下、我々日本国は中国に対しての現状の回答を維持して問題ないということでよろしいですね?」
『正式ナ回答はヴェルデオ司令が行うと思いますガ、それでよろしいかト』
浜はコクコクと頷くと、まだ何かあるような表情を浮かべ、他の出席者の意見を聞いていた。
今いる出席者は、ほとんどが対策会議メンバーではない。ほとんどが外部スタッフだ。
対策会議メンバーは、間の悪い事に今日がヤルバーン滞在者受け入れのために、各部署で作業をしている。
まさか中国側が、この時を狙って梁大使を寄越したとは思わないが、正直タイミングが悪い。仮に柏木と白木がいなかったらどうなったかという話もある。
浜が官房長官だったから良かったようなものの、この事案を決定するには関係者があまりに少なすぎた。
「実は……」
浜がやおら出席者の意見を遮るように話す。
「……梁大使は、非常に回りくどい言い回しでしたが……向こうの言い分が通らない場合、何らかの対抗策も講じるような発言もしていましてね」
出席者は沈黙する。
「どのような?……と聞いても仕方ありませんな、そんな事言うわけありませんか」
と白木。
「はは、そうですね白木室長。ただ……中国という国は面子を潰されることを極端に嫌う国です。これは国というよりも中国人自体の国民性でもあるわけですが」
「えぇ、その通りですね」
「なので、彼らはその面子や体面を守るためにはどんな手でも使ってきます。そこは警戒しなければ……」
現在、前にもあるとおり、実際その兆候は目に見えて出てきている。
『メンツ?テイサイ?……どういう意味デすか?』
フェルが聞きなれない単語を柏木に聞く。
「つまり、自分の本来持っていて、揺ぎ無い立場や、人に自慢できる位置の事って言えばいいのかな?それが他者はそう思っていなくても、自分はそう思っていることだね、それを潰す事を『面子を潰す』というんだ。元々は中国にある賭博ゲームから来た用語なんだけど」
『チャイナは、ソんな事のために他国に不当な干渉ヲするのデすか?』
「あぁ、歴史的にそうだよ。これは国というより、中国人という国民そのものの気質といっていい。これは中国人自体も認めているから、別に俺達も蔑視していっているわけじゃぁない」
『フーム、そんな国なラ、ますます私達連合とはお付き合いできませんネ』
フェルは腕を組んで、呆れるように話す。
「まぁ、俺もフェルフェリアさんに同意だ。ティエルクマスカ連合という存在自体が、その面子や体裁を乗り越えているから、今まで連合国家として存在しているのだろうしな」
会議室に沈黙が流れる。
「しかし……」
柏木が一呼吸置いて話し始める
「疑問に思うのが、連中とてバカじゃないでしょう。一体何を考えて、こんな結果が見えるような事をしてくるのでしょう?」
柏木は自問自答するように、誰に問いかけるわけでもないような疑問を呈する。
何か思いつきそうな感じではある。
のど元までは行かないにしても、何かきっかけがあればポンと吐き出せそうなイメージはある。
しかし出てこないもどかしさ。
そのもどかしさなスイッチを切るように浜が話す。
「とりあえず、現状はそういう事です。今回はその報告のみに留めておきます。今はメインメンバーが揃いません。解らない事を安易な推測で考えても仕方ないでしょう」
浜がそういうと、出席者は同意する。
確かにこんな緊急の会議で何か本格的な対策を練れるわけでもない。
フェルも何か言いたそうだったが、とりあえずは引っ込めた。
今は今日から始まるヤルバーンの日本滞在者受け入れで、官邸的にも正直中国の戯言でもいうべき因縁に付き合っている余裕は無いのだ。
しかし、その戯言を無視することは絶対にできない。
かつて旧ナチスドイツの宣伝大臣『ヨーゼフ・ゲッベルス』は……
『嘘を何度も言えば真実になる。嘘から国民を守る国である限り、その国民は嘘をつくことが許される。なので、真実は国家における最大の敵である』
という趣旨の事を言ったそうである。
中国のやり方、特に政治的な交渉を高圧的に行う際は、この手法を必ず使用する。なので中国の戯言は、単純に戯言で済ませられないという厄介な事なのだ。
会議はまた日を改めてメンバーをしっかり集めて改めて行う事にするよう浜が調整することになった。
そして今回は、今日の出来事の確認だけで解散する事になった。
「厄介な事がまた増えたな……」
白木は渋い表情で話しながら柏木の執務室に足を向ける。
「こればっかりはな……お前らプロにやってもらうしかないよ。俺はなんとも……」
所詮は非常勤な柏木もさすがにこればかりは何とも言いようが無い。
『……』
フェルはすまし顔で黙して語らず。
そして執務室に入る。
「茶でも入れるわ」
「あぁ、すまんな」
柏木は部屋に入ると急須を取り、お茶っ葉を入れ始める。
『……』
「はいどうぞ、フェル」
『……』
「フェル?」
『ア!ハ、ハイ、ありがとうございまス、マサトサン』
「どうしたの?」
『イ、イエ、少し考え事ヲしていたので』
柏木と白木は顔を見合わせる。そして白木がフェルに語りかける。
「フェルフェリアさん、何か思っていることがあるなら、お話いただければ相談に乗りますよ」
『エェ……マサトサン、それとケラーシラキ』
「はい」
『コの星で、世界の政府が一堂に会する場として、『コクサイ連合』なる組織があると、以前おっしゃいましたネ』
「えぇ」
柏木と白木は頷く。
『ソの場に、私達も出席することは可能ナのでしょうか?』
「えっ!!?」
二人は驚く。
今まで日本以外との接触を完全に拒絶していた態度とは180度違う発言だからだ。
『イエ、私なりに考えたのですガ、やはり一度この惑星に存在する国家全てに対し、私達の態度を明確に私達の口から発表したほうが良いのではないかト……』
「あ~……う~ん、そういう事か……どうだ白木、お前はどう思う?」
白木は、目を瞑りながら、長方形眼鏡の真ん中をクリクリさせてしばし考える。
「……一長一短だな……」
「その心は?」
柏木の問いに答える前に白木はフェルに尋ねる
「フェルフェリアさん……もし仮に国連へ出席できたとして、発表する内容は今まで通りと変わらないわけですよね?」
『ハイ』
「なるほど……確かに、ヴェルデオ大使なり、フェルフェリアさんなりが、国連総会でヤルバーンの方針を発表することは、世界へ対し、明確なメッセージとなる。無論、彼らが侵略行為をしない事や、内政干渉を行わない事を明確に発言することは良い事だとは思う。その言葉に対する保証も我々日本政府が担保できるから信憑性に関しても問題ないだろう……しかしだな、そうなると結局俺達が先日やった交渉と同じ事をヤルバーンは地球世界とやらなければならんことになる。となれば……」
「ハァ……なるほどな……例の『機密』の話か……」
柏木は頬をパンパンと叩きながら苦い顔をする。
「あぁ、その通りだ……彼女達が日本のみに目的を絞って来訪する理由がその機密なんだから、世界中は『なぜ日本のみなんだ』とばかりに、その点を徹底的に追及してくるだろう……この間の交渉では、お前の機転でとりあえずああいう形で棚上げにしたが、今後長期に渡り彼女達が日本に滞在すれば、あの三島先生が作らせた『目的』じゃあ、普通に考えて納得せんわな、世界は」
『キミツ……ですカ……』
フェルが困惑した表情を見せる。
しかし白木が「その話は別にいい」と、フェルの心配を打ち消す。
「フェルフェリアさん、その話は別にいいのです。我々はその機密の存在は知りません。そういうことです……それに、私の予想ですが、あなた方のその機密な調査目的というのも、時間制限を設けずに長期に渡ってもいいから調べたい、と思っている事であるのは大体予想できます。それにわが国へ何か直接害をなすようなものでもないのでしょう」
『……』
フェルは何も言わないが、沈黙が是と言っている。
白木はコクコクと頷き
「まぁしかし、ヤルバーンのナンバー2なフェルフェリアさんからこういう言葉が出たのは貴重だ」
白木が柏木に同意を求める。
「あぁ、フェルがそこまで考えてくれているなら、むしろ日本政府的にも心強いな。まぁ、しかし、今ここで俺達が何か決められる訳でもない。この件は……」
「あぁ、次の対策会議メンバーがキッチリ集まったときに議題として考えてみよう。できればフェルフェリアさんも、この話を機会があればヴェルデオ大使に話してみてください。結果はどう出てもこちらは構いません」
『ワかりました。それと、もしコクレンの話が具体化した場合、先ほどのチャイナに対してのわが国の国是に基づく見解も織り込んだ方が良いですね』
「その点は、貴国のご自由になされば良いと思います。私達からはどうこう言う権利はありません」
『ナるほどそうですね。仰るとおりですケラー。ワかりました。この件についてはヤルバーンでも局長クラスで一度会合を持ってみます』
三人はお互いの目を見て頷く。
……その後白木は外務省本省に戻っていった。
柏木はその後も仕事を片付ける。その間、フェルもソファーでVMCモニターを展開して、何か作業をしていた。
柏木はふと時計を見る。
「そういえばフェル、昼ごはんまだだったね、お腹すかない?」
『ハイ、そうですネ、実は……』
とフェルは少しはにかむ。
「ははは、やっぱし。実は俺も……んじゃ昼ごはんどっかで食べようか」
『ハイでス』
フェルはニッコリ笑い嬉しそう。
「んじゃ……」柏木は指をパチンと鳴らし「あ、そうだ、あそこで食べようか」
『??』
柏木はスマートフォンを取り出してどこかに電話をする。
「あ、どうも春日先生、柏木です……いやお久しぶりで、どうも……えぇ、実はお願いしたい事がありまして…………」
柏木はフェルとエスパーダに乗り、『近所』の食堂へ向かう。しかもその食堂は予約が必要だ。しかも柏木の立場じゃないと入れない。
『ドこ行くですカ?マサトサン』
「もう着いたよ、ここです、フェル」
『ココ?……これがレストランか何かなのですカ?』
「いえいえ、ここは国会議事堂。日本の政治の中枢ですよ、ここの食堂で食べましょう」
『エェェェ!!い、いいのですか!?そんなところで』
「うん、さっきの電話、日本の議員さんなんだけどね、まぁ俺も単独で入れない事も無いんだけど、フェルが一緒だから一応議員さんに話を通しておいたんだ」
『キ、緊張しますでス』
「ははは、そんなたいしたもんじゃないよ、日本国民も見学ツアーなんかで利用するから、国民も一応許可取れば利用できる場所なんだ」
そんな事を話しながら衛士の許可をもらって衆議院側の駐車場に車を停める。
まぁ衛士も例の如くの反応。
すると春日が出迎えにやってきてくれた。
「あ、春日先生、すみませんご無理を言ってしまって」
「いえいえ、で、こちらの方が……」
フェルは自己紹介をする。
『……ヨろしくお願いいたします、ファーダ』
春日は、その容姿に今までフェルを初めて見た人達同様に目を丸くする。
フェルやイゼイラ人を見た人々の大体一番最初に驚く事は、その髪と肌の色と目である。
まぁ確かに水色の肌という点で、人類的にはありえないので無理も無い。リビリィなんかに至ってはピンクである。
「え……と、ファーダ?とは?」
春日は柏木に尋ねる
「はは、イゼイラ語で、『閣下』とかそういう意味です」
「あ、そうですか、いや恐縮です。私は自由保守党の春日 功と申します」
春日は名刺をフェルに渡す。
フェルは春日の名刺の表面をPVMCGを稼動させながら指でなでる。すると手品のように春日の名刺の日本語がイゼイラ語に変わる。
それを見た春日は「ほーーー」という顔をしていた。
フェルは名刺の内容を確認すると
『カ・ン・ジ……チョウ……この役職はどういうものナのでしょうか?』
「政党のナンバー2だよ。二藤部総理は自由保守党では、『総裁』という地位なんだけど、日本の総理でもあるから、実務上では、政党のトップの方と思っていいよ』
『ソれはそれは……ファーダ・カスガ。今後ともお見知りおきをお願い申し上げまス』
ティエルクマスカ敬礼を春日に贈るフェル。
そんな感じで、春日に国会食堂へ案内されると、春日が今国会にいる与野党の議員に声をかけたのだろう、食堂内には各政党の議員がたくさん詰め掛けていた。
フェルが食堂に入ると、議員が起立して
「おお~」
「あれが、イゼイラ人かぁ~」
「いやぁ~きれいな人だなぁ」
「テレビで見たのとはまた」
など言いながら、拍手でフェルを迎えた。
柏木はフェルを紹介する。特に『ティエルクマスカ連合議員』であることをを強調した。これはやはり同じ政治家として重要なところだろうと思ったからだ。
但しこれは現状、部外秘情報であることも付け加える。
案の定そうすると、各政党議員が続々とフェルに名刺を渡さんと列をなして寄ってくる。
そして柏木にも、名刺交換を求めてくる議員が殺到してきた。
なぜなら、さすがに今回ばかりは、彼が例の外国人招待での立役者の一人であることは知れ渡っているからである。
「民主生活党の……」
「日本立志会の……」
「日本共産連盟の……」
「生活環境党の……」
「公正党の……」
こんな感じで、対応も大変。しかしここで「まぁまぁ」と止めるわけにもいかない。
そんなことをしたら、春日の面子を潰してしまうことになる。
そんなこんなで数十分後、
「はぁ、やっとメシにありつけるよ……フェル、ごめんね、なんか大変な事させちゃって」
柏木はフェルに合掌する。
『ウフフ、構いませんヨ、マサトサン。ニホン国の議員サマとオハナシが出来るなんて、スバラシイ事デス。ヴェルデオ司令に自慢できまス』
「ハハハ、まぁ、でもここが一番いいんだよ、外野に邪魔されずにすむからね。なんせ日本の中枢だから、こういった政府関係者しかいないし」
そうすると春日がお盆を持って3人分のカレーライスを持って来てくれた。
「はいどうぞ柏木さんにフェルフェリアさん、国会食堂名物のカレーライスです。私のおごりですよ」
「えっ!そんな、申し訳ないですよ」
「ははは、構いません。これぐらいさせてください」
恐縮する柏木。フェルも感謝の言葉を述べる。そして、フェルはPVMCGでカレーライスをスキャニングしていた。
「ん?フェルフェリアさんは何をしてらっしゃるんですか?」
春日は柏木に尋ねる。
「一応、口に入れるものですからね」
「あぁなるほど、それは確かに大事だ」
そしてフェルはスプーンを取ってカレーを口に運ぶ。
『!!!コレはおいしいでス!!!コんなおいしいもの食べた事無いです!!!』
フェル的にドンピシャな味だったようだ。
『コれはヤルバーンのみんなにも教えてあげないト』
どうもフェルだけでなく、ティエルクマスカ的にドンピシャなようである。
みんな大好きな国民食カレーライスが、近いうちに宇宙にも進出するだろう。
そして、相当お腹がすいていたのか、夢中で食べるフェル
「あ、フェル……さん、ほら、ほっぺにルーが」
『ア……』
急に澄ました顔でハンカチをもって静々と頬を拭くフェル。
春日と柏木はクククっと笑いをこらえる。
そんな感じで雑談しながら食事を楽しんでいると、少しずつ与野党議員が柏木達の机に寄ってきて、雑談に混ざる。そんな中には、テレビで有名な自保党の元米百俵総理の息子やら、民主生活党の保守系議員やら、元防衛大臣の女性議員やらも混ざっていた。
するとやはりみんな政治家である。今後のティエルクマスカ―ヤルバーンとの交流の話になる。
色々みんな現実的な話やら、妄想や希望など入り混じった談義を熱く交わす。
これもやはりフェルが……イゼイラの要人がそこにいるからでもある。
フェル的にも、調査局局長の立場で、こういう話は大歓迎だ。色々と参考になる。
そんな話の中、元米百俵総理の息子 清水 幸太郎衆議院議員が一つの提案をした。
「……幹事長、フェルフェリア議員か、もしくはヴェルデオ大使に一度国会で演説してもらうわけにいかないんでしょうか?」
その一言に、集まっていた議員や、野次馬議員も、ポンと手を叩く。「そうだよ」「それがいいんじゃないのか?」と互いの顔を見て頷く。
柏木も(なるほど!そうすれば国連演説の件もしなくていいかも)と、ハッと気づく。
というか、なんで今までそうしなかったのかと。その発想が湧かなかったのかと。
「そうですね、なぜそうしなかったのでしょう?」
春日も言われてハタと気づく。
柏木は良い考えとは先ほど思ったが、(ちょっと待てよ)とばかりに「しかし……」と柏木がその理由を話す。
「恐らくですね、ティエルクマスカの例の『マスコミ禁止法』があるでしょう、その影響でその発想が出なかったのだと思いますよ」
「あぁ、なるほど、そうなれば国会中継が入りますからね」
と春日も「あぁそれがあるか」と腕を組んで考える。
すると清水は
「ヤルバーン母艦が大使館として機能するなら、近いうちにヴェルデオ大使は、信任状捧呈式で陛下に謁見なさるでしょうから、そのタイミングを見計らって国会で演説していただいても良いのでは?」
柏木はチラリと清水を見て(なかなかやるな、こやつ)と思いつつ
「清水先生のアイディア、いいんじゃないですか?……フェルさん、どうでしょう、その際は例のマスコミ関係の報道も容認していただきたいのですが……さすがにこればかりは日本国民だけではなく、全世界に向けて発信しないと」
『エぇ、それは構わないですヨ、日本国内の法ですから、私達が何か制限する権限はありませんのデ』
結局、日本特有の『配慮』がこんな簡単な話を気づかせないでいた訳だ。日本国内の法なのだから、こんな国事行事のような大事な事まで一般生活者並みの気遣いはかえって無用ということなのである。
「フェルさん、さっきの例の話ですけど、この件も踏まえて考えてもいいんじゃないのかな?」
『ア、確かにそうですネ……ファーダシミズ、良いアイディア、感謝いたしまス』
フェルは清水に礼をする。
清水は、頭をかきながら少し照れて礼を返す。
その後、国会を後にした柏木は、官邸に戻って白木に電話し、この事を話す。
白木も「その手があったか!」と納得した様子。
そして「あのプリンスはなかなかやるな、親父みたいな喋り方は伊達じゃねーな」と、いちいち一言多い。
「それなら考えやすいだろ、フェルも問題ないだろうって言ってるし」
『あぁ、それでヤルバーンが明確な立場を表明してくれれば、中国に対しても牽制が効く』
そう言って、次の会議で考える事にするという事で落ち着く。
「ふむ……なんとかなりそう……かな?」
『ワタシもそうなると、一度ヤルバーンへ戻る必要がありますネ』
「あぁ、そうだね、お願いできるかな」
『ワかりました。とするト……』
「ん?何か?」
『エ?えぇ、どこか広い場所を探さないと』
「は?……広い場所?……どういう意味?」
『ハイ、即帰還するには、転送装置を使えば一瞬なのデすが、少々開けた場所からでないと、他の物体も巻き込んで転送してしまうかもしれませんのデ』
「はぁ」
『コの間、病気の親御サマの娘サマを転送した際に、ベンキョウツクエごと転送してしまって、大変な目に合わせてしまいましタ……』
「ハハハハ、そうなのか、わかったよ、どこか探しておきます」
……そして
「今日はこれぐらいにしてあがろうか」
『オシゴト終わりでスか?』
「うん、ちょっと寄りたいところがあるからね」
『?ヨリたいとこ?』
「あぁ、フェルの服を買いに行こう」
『エ!服ですカ!?』
「うん、さすがにそのイゼイラの制服でこれからの生活、街を歩くのもどうかと思ってね、日本人が普通に着ている服を買ってあげるよ」
『ア、ありがとうございまス、マサトサン。嬉しいでス』
「ははは、まぁ礼には及ばないよ、さて、じゃ、帰ろうか」
……………………………………………
官邸を出た後、車で渋谷に向かった二人は、以前白木や大見と呑みに行ったときに車を停めた場所で駐車し、渋谷スクランブル交差点にある数字3桁なビルに向かう。
その時も、フェルは堂々とした姿で柏木の横に付いて歩く。
その姿に人々は「アレ……ニュースに出てた宇宙の人じゃないの?」「え?え?マジ?」とそんな風に話しながら、彼らが歩く方向の道を開ける。
『コの街は人が多いですネェ、マサトサン』
「まぁね、日本で1、2の繁華街だよ」
フェルは街の風景を見渡しながら歩く。
そして度々はぐれそうになる。
するとフェルはタタタっと駆け寄り、柏木の腕に自分の腕を回し、はぐれないように一緒に歩く。
以前は頬を染めてモジモジしていたフェルだったが、昨日の夜の事もあって、もうそんなこともなく、自然なものである。
まぁフェル的には「はぐれたら大変だ」と思っているのだろうが。
その行為に照れているのは柏木のみ。
その行為に及ぶと、ますます回りの視線を浴びる。
「あの男の人誰?」
「もしかしたら政府の人じゃない?」
「宇宙人の恋人?うそー」
などと、そんな声も聞こえたり聞こえなかったり。
そして渋谷のカジュアルな服飾店でフェルの服を買う。
なんか野次馬にもみくちゃにされそうなので、買った服は家に送ってもらう事にした。
そのあたりの騒動は前の通り。大変なものだった。
3桁数字のビルを出ても、ひっきりなしに写真撮影を希望する人が出て大変なものである。
柏木がまるで芸能人のマネージャーの如く断りを入れ、フェルの手を取って脱出する。
「いや~……やっぱり大変だな、フード持ってきたほうが良かったか?」
『フフフ、アんなフード付けたら、余計に目立ってしまいまス』
「いや、フェル……そ、そうかぁ?」
そんな話をしながら車に戻る道を歩くが……
『………………』
フェルは先ほどの騒動から、やたらと周囲を気にするように目をキョロキョロさせて歩いている。
ただ、首はあまり振らず、目だけで周囲を気にしているようだ。
柏木の雑談にも愛想よく反応するが、どことなく意識が別のところに行っている様。
様子が変だと思い、話しかける。
「フェル、どうした?なんかさっきから様子がおかしいぞ?」
するとフェルは少し開けたところで足を止め、柏木の腕を取り、抱きつく。
「お、おいフェル、こんなところで何する……」
柏木はフェルのいきなりの行動に狼狽する。
いくらなんでもここではマズイと。
するとフェルは、柏木の顔に自分の頬をくっつけて耳元で囁く。
『(マサトサン……ツけられていまスヨ……)』
「(えっ!)」
『(サきほどから、同じ人物が周囲で確認デきまス)』
「(何!?)」
『(私ハ、これでも調査局の局長サンですヨ)』
「(……なるほど、で、人数は?)」
『(オよそ10人ホドかと)』
そう言うとフェルは、柏木の顔をなでるような仕草に見せかけて、手のひらに小さなVMCモニターを再生させ、自分周辺で確認できる同一人物スキャニングの結果を見せる。
確かに周囲に10ほどの光点が見える。
「(あそこと、あそこ…………さすがですな、フェル)」
『(イエイエ)』
柏木もその光点の方角を目で追う。
パーカーを被った男、キャップを後ろに被る男、口にピアスを付けたり、目つきが悪そうだったり……ほか諸々。
確かに見た感じロクでもなさそうなのが数人。
「(で、どうする?このまま車まで歩いて逃げるか?家まで行き着けばSPもいるし)」
『(……マサトサンは、戦闘経験がアリますか?)』
「(!!……何をする気だ!?フェル)」
『(オウチまでツけられるのも何かと困り物でス。ここで懲らしめてやりましょウ)』
そういうフェルの顔を横目で見ると……あのレストランで見たときの、目の据わったボスキャラモードのフェルの目をしていた。
(ハァ~……)
と心の中でため息を突く柏木。
『(ドうですか?マサトサン)』
「(あ~……まぁ……模擬戦のようなものなら経験がありますが……それと、一応PVMCGに俺の部屋にあるライフル模造銃をデータ化してます)」
サバイバルゲーム経験者で、昨日FG42-Ⅰを実験していたデータがあるという事だ……しかし「だからどうした」という実績である。
『(ワかりました。充分です……`'&&%$&(=~|=*+)』
イゼイラ語で何か囁くフェル。
すると、柏木のPVMCGが反応する。
「(何をしたんだ?フェル)」
『(マサトサンのゼルクォート武装セキュリティ・レベル1を解放しましタ。これでパーソナルシールドが使えるようになりまス)』
「(えっ!?……パーソナルシールド?)」
『(体ノ回りにシールドを展開しまス。近接武器や、地球でよく使われている、金属片を化学反応で射出する形態の、携帯型武器程度の攻撃なら無効にできまス)』
「(ハハハ、そりゃすごい……ハァ……)」
『(戦闘になったら、必ズ発動させてくださいネ)』
「(わかった……で、どうする?)」
『(私ハ、アッチの方向に走りまス、マサトサンは向こうへ。敵は分散して追いかけてくるでしょウ、人気の無いところで叩きます。ソれでトッ捕まえて日本の治安組織に引き渡しましょウ)』
フェルと柏木の今の姿は、ハタから見れば街のど真ん中で宇宙人と日本人が情事にふけっている姿に見える。
しかしさすがにフェルだと思ったのは、こういう格好をすることで、野次馬がどんどん集まってくる事を見越しているようだ。
「なんだなんだ?」
「おいおい、宇宙人がこんなところで……」
というような感じだ。
自分が日本人的に珍しい容姿であることを、逆に利用しているようである。
これでカモフラージュになる。この状況では、連中も手出しは出来ない、まるでスパイ映画さながらの機転だ。
柏木はフェルが実は相当頭が回るスゴイ女性なのではないかと改めて認識した……まぁ考えてもみれば、連合議員であると同時に、宇宙をまたにかけるイゼイラ調査局局長……即ちヤルバーン幹部である。 相当の、それこそ兵士並みの訓練も受けているだろう。
考えても見れば当たり前かとも思った……と同時にすごい異星人に責任を持ってしまったとも、今、思った。
『デハ、ゴ武運を。1・2・3でダッシュでス』
「了解……1……2……」
『3!!』
刹那、フェルと柏木は、抱き合った状態を解いて、お互いの胸を両手で弾き、段取りの方向へ、ダッシュした。
柏木は渾身の勢いで走る。
フェルは、ボディスーツの何かの機能を発動させて、普通の同年代の女性とは思えないほどのスピードで走り出した。
賊はこの二人のいきなりの行動に「感づかれたか!」とばかりに、お互いが指差し何かを指示しあい、二手に分かれて柏木やフェルを追い始める。
柏木の方には、四人、フェルの方には六人行った。
やはり同じ人類である柏木の方が御し易いと思ったのか、フェルの方に人数を割いたようだ。
…………
フェルはとある路地で一旦停止し、連中が追いかけてくるのを待つ。
するとほどなく賊が「あそこにいるぞ!」と叫びながら「待てやコラァ!」と大声でフェルを追いかけてくる。
手には何やら物騒なものを持っている。
フェルは連中が追いかけてくるのを確認すると、VMCモニターを中空に出しながら、再び走り始める……VMCには、渋谷周辺裏路地界隈のマップが表示されている。
そして目的地を、とある袋小路に設定しているようだ。
大型ゴミ箱が散乱する路地に差し掛かると、フェルはジャンプし両の建物の壁をテンポ良く大股で蹴り上げながら、まるで空中を進むかのように颯爽と走り抜ける。
後から続く賊は、ゴミ箱をガラガラと崩しながら追いかける。
そして……目的地の袋小路に着くと、上方を見渡し……
『アれですネ』
と納得すると、PVMCGを作動させ、中空に円盤状の階段を形成させ、それをスタスタと空中へ駆け登って行く。
賊は「バカが、宇宙人ちゃぁ~ん、そっちは行き止まりだよ~ん」とかのたまわりながら袋小路に着くと……フェルはいない。
狼狽する賊……そんなとこいやしないのに、ゴミ箱の中を開けたりしながらフェルを探す。まぁ見るからに頭の悪そうな力まかせの連中ばかりだ。
『皆サマ、ワたくしをお探しですカ?』
上の方から声がする。しかも聞きなれない外国語訛りの日本語で。
賊共は上を見ると、さらに狼狽した。
そこには、ビルとビルの間に張られた有線の上に、腕を組んで颯爽と立つ水色の人影が連中を見下ろしていたからだ。
賊は、まるでギターの音でも聞こえてきそうなその状況を飲み込めず、声も出ない。
その金色に輝く瞳は、究極に冷たく据わっている。
フェルは腕を組んだまま、そこから背面に倒れると、一回転して重力を無視したような慣性で袋小路の入り口に着地する。
そしてフェルは一声
『見るかラに下っ端っぽいデすネ……誰にタのまれましたカ?答えナサイ』
まぁそんな問いに答えるはずも無い。
その信じられない能力に、完全にうろたえる賊達。フェルの問いかけも聞こえていない様子。
『フゥ、仕方アりませんね』
とっととカタをつけましょうと前に踏み出るフェル。
するとパニくった賊が「うわぁぁぁぁ」と喚きながら、手に持った鉄パイプをフェルめがけて振りかざしてきた。
鉄パイプはフェルの頭部に直撃する……直前に、バシッという音と共に閃光が光り、賊ごと数メートル吹っ飛ばす。
賊はゴロゴロと回転しながら、吹き飛ばされたあと、何が起こったのか理解できずに完全に目が泳ぎ、さらに恐怖におののきパニックになる。
その様子を見た他の賊は、完全に戦意喪失。
後ずさりしながら壁際にズリズリ移動、隙を見たつもりで、袋小路の入り口へ、背を向けて逃げようとする……が、フェルは容赦しない。
手のひらを賊めがけてかざすと、そこに光球が形成され、賊めがけて発射される……光球一閃、賊に命中すると、賊の体は青白い電光とともに痺れ上がり、白目をむき、もんどりうって気絶する。
路地のゴミ箱をバタバタと倒しながら必死で逃げようとする賊、しかしフェルは背後から容赦なく光球を連射し、六人を一瞬にして昇天させた。
…………
柏木は歯を食いしばり、必死の形相で
(確かこっちに、売れないコインパーキングがあったな)
と考えながら走って逃げる。
オッサンには結構厳しいランニングである。
(しっかし、フェルも結構根性あるよなぁ……女が土壇場で強いのは宇宙共通ってかぁ?)
もうまるで、フランス人ハーフの有名な快盗3世な走りでもう必死である。
ハァハァと息を切らせながら、オッサン体力を呪いつつ、目的の駐車場に到着。
「ヒ~、こりゃきついわ……ハァ、ハァ……」
柏木は両の膝に手を突き、息を荒くする。
そうすると柏木を追ってきた四人の男が姿を現す。
こちらの四人は、フェルを追っていったバカ丸出しと違い、全員スーツ姿であった。
サングラスで目線を隠し、コートを羽織っている。
(ん?、フェルを追っていった連中と雰囲気が違うな……俺が本命か?……)
柏木はフェルに言われたとおり、PVMCGに音声入力をする
「パーソナルシールド展開……【了解_】」
柏木の周囲の空気が一瞬歪む。
賊は柏木を駐車場の隅に追い詰めるように近寄ってきた。そして……
「カシワギ・マサトさんですね」
流暢ではあるが、どことなく訛った日本語で、賊の一人が語りかける。
「……もし、そうだとしたら、何ですか?」
「先ほどのイゼイラ女性とは仲がよろしいようで……よろしければ、色々とオハナシを伺いたいのですが」
「ほう、お話だけで済めばご相談にも乗りますけど、もしそうなら正規の手続きを踏んでもらえませんかね」
「ふっ、この状況でカタギが大した度胸だ。おとなしく我々に付いて来て下されば、事を大きくする必要も無いのですが……」
柏木はニヤと笑う。
「カタギ?ほう、私をカタギとお呼びになる……ならあなた方はヤクザかマフィアか、はてさて?警察か軍人という線も面白いですな……」
ポケットに手を突っ込み、大きな口を叩く柏木。しかし内心ドキドキであった。
フェルの解除してくれたパーソナルシールドのおかげで、かろうじて態度がでかい。
そして柏木が、その言葉を言った瞬間
「クソっ、舐めやがって!」
と男四人は懐から拳銃を取り出し、柏木に向けた。
柏木の偏った知識はその拳銃の形式をすぐに割り出す。
この間、ここ渋谷で買ったエアガンと同型の旧ソ連製マカロフPM、もしくは中国コピーの59式手槍(59式拳銃)の消音機付きだ。……状況から考えておそらく後者だろう。グリップが見えれば特定できるのだが……
さすがに柏木の人生で、エアガンを突きつけられたことは幾度もあるが、実銃を突きつけられたことなんか無い。さすがにブルった。
しかし、シールドの信憑性のおかげでなんとかパニくらずに意識を保てる。
「おとなしくオレタチについてくりゃいいんだよ!ボケが!」
柏木は周囲の状況を見る。
左方向に路地が見える……なんとかまだ走れそうだ……そして、そこへダッシュで飛び込むように走った。
刹那、金属を叩き合うような音が聞こえた瞬間、柏木の周囲でチュンチュンと音がする。
足元を狙っているようだ。
(うわっ、マジかよ!撃ってきやがったっ!)
男達はゆっくりと歩くように銃を構え追ってくる。
丸腰の男を追い詰める事など容易なこと……だ……
……と路地を覗き込んだ瞬間、そこに見えたのは、FG42-Ⅰを構えた柏木の姿だった。
「ボケはテメーだ、カス野郎!」
柏木はセレクターをフルオートにして引き金を男の顔面めがけて引き絞る。
バラタタタタ……とエアガンにしては大きめの音を唸らせて、まぁ……いわゆる違法な6ミリベアリングBB弾を叩き込む。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」
男は顔面を押さえてもんどりうって転げまわる。そりゃ強烈に痛いと思う。サングラスをかけているから、まぁ眼球直撃は避けられようものだが、おそらく顔面天然痘状態だろう。これだけ撃ちこめばサングラスもズタボロだ。
柏木は容赦なくもんどりうった男の全身に300連発ネジ巻き式マガジンの全弾を叩き込みながら男に接近する。
男はあまりの痛さに「ヒ~~」と泣き声になる。男は丸くうずくまって抵抗できない。
柏木は、その男の足首を無理やり取り、PVMCGで作った手錠をかけ、もう片方を近くにあった配管にかけた。そして男の持っていたマカロフPMの消音機を外し、銃身内にそこらのゴミくずを急いで詰め込んでその場に置く「撃ちたきゃ撃て。暴発してテメーの手が木っ端微塵だ」というような感じである。
その予想しない状況に他の三人は、何が起こったのかと近くにあった物陰に隠れる。
FG42のマガジンは、柏木の指令ですぐに代わりが光と共に造成され、全弾復活。
そして、物陰に隠れている一人に目標を定め、ダッシュで突撃。
当然反撃を食らうが、いくら撃っても柏木は倒れない。
柏木の周りでピカピカと閃光が走るだけで効いていない状況に、男は焦る。
すると、男の銃が装弾不良を起こす。
必死でスライドをいじるが、そのときは遅し、柏木が目の前に立ち、目前でFG42を突きつけた。
男は拳銃を離して柏木を見上げ、震えながら手を上げる。
「あんだけ俺に実弾ぶっ放しておいて、降参ってか?……アホが」
柏木は容赦なく引き金を引き、男の全身めがけてシャワーのように至近距離でBB弾を浴びせる。顔面は許してやった。
これまた悲痛な悲鳴と共に、男はそこらじゅう転げ回りうずくまる。
そして柏木はそいつにも手錠をかけ、ほったらかす。こいつの銃にはもう弾がなかったから放っておく。
「コラァ!あとはおどれら二人だけじゃ、あ~!? とっとと出てこいや!」
完全にキレた柏木は関西弁モードになっていた。
素人相手と舐めてかかっていた男二人は、この予想外の状況に完全に狼狽も狼狽、戦意喪失。後ずさりして逃げようとするが、そこに光球一閃、ビリビリと痺れ上がり、その二人は白目を向いてぶっ倒れた。
『マサトサン!』
「フェル!」
フェルが駆けつけてくれた。
フェルが四階の建てビルの上からシュっと飛び降り、トトトっと駆け寄ってくる。
さっきの氷のような表情とはうってかわっての、いつものフェルだった。
……その飛び降りる様子を見て柏木は(おいおい、すごいな……)とも思う。
『アァ、マサトサン、無事ですカ!?』
フェルは柏木の腕に抱きつき、心配そうに訴えた。
「ははは、大丈夫大丈夫、この通り。心配ゴザイマセン」
柏木も、フェルの頭を軽く撫でる。
『アァ良かった……デモ、大丈夫とワタシも信じてましたヨ』
「っていうか、フェルがシールドを設定してくれたおかげだよ、これがなかったら正直この作戦もなかったな」
『ウフフ、でしョ?』
「で、そっちは?」
『向こうニ牢屋を造成して、押しコンでいます』
「じゃ、この連中もそれにブチ込んでおくか……いや、PVMCGで手錠とか造成してるから、警察が来たときフェルはいいけど、俺の方は色々厄介になるから……」
『ワかりました』
フェルはもう一つ牢屋のような大型ボックスを造成し、四人のスーツ姿の男達をそこへブチ込む。
こいつらが持っていた拳銃は、後の現場検証などもあると思うので、その場に放置。
柏木もFG42の形状維持を解除する。同時にそこらじゅうに散乱したベアリングBB弾も一斉に姿を消す。
柏木が拳銃を見て検証すると、案の定、マカロフPMではなく、59式の方だった。グリップの出来や、銃全体の処理がオリジナルのマカロフPMより悪く、グリップの赤みが強い。
その後、この状況を鑑みて、柏木は話の通しやすい人物に電話した。
「……あ、山本さんですか……はい柏木です、お久しぶりです……えぇ、実は……………」
柏木は経緯を話す。
驚いた山本は「すぐ現場に警官をよこす。私もすぐに行くから心配するな」と真剣な声で柏木の要請を了承してくれた。
『……トころで、マサトサン』
「ん?」
『サッき、ゾクに話していたニホン語なのですガ……』
「は?」
『アトハオドレラフタリダケジヤ・トットトデテコイヤ……とは、どういう意味なのデしょうか?……どうもヤルバーンのデータベースにない単語ナのですガ……』
「い……いや、フェル君……それは気にしなくていいです……聞かなかったことにしてくらさい……ハイ……」
『??』
柏木はフェルの両肩を両手で抑え、教育した。
…………
その夜、渋谷のとある一角は騒然となった。
そこら中でパトカーのサイレンが鳴り、その一角を封鎖するように警戒線テープが張られ、警視庁の警官がわんさとやって来る。
警視庁の刑事が、柏木とフェルをパトカーに入れ、何やら色々質問しているようだ。
しかしなんとなくやりにくそうである。なんせフェルがいるからだ。
デカい牢屋をどうやって作ったか、なんであんな気絶の仕方をするかなど、ネチネチと聞かれているようである。
するとそのパトカーの窓をコンコンと叩く男がいた。
公安外事一課の山本・下村・長谷部。御馴染み外事警察三人組である。
山本はパトカーの刑事を呼び出し、何やら話をしている。
すると刑事は何か納得したように後部座席のドアを空け、出るように促した。
「山本さん、どうも」
「やぁ柏木さん、お久しぶり」
山本は旧知の友人と再会するかのように笑って手を上げる、そして三人と固い握手を交わす。
「下村さんと長谷部さんも、お元気なようで」
「おひさしぶりです」二人も笑って軽く柏木に敬礼する。
そして柏木が車を出た後、フェルがパトカーから降りてくると……三人は目を点にして石化した。
「もうみんなフェルを見たら同じ反応するなぁ……」
頭をポリポリかく柏木。
『ウフフ、仕方アりませんよ、マサトサン。私も慣れましタ』
むしろ最近はこの反応を面白がっている節があるフェル。
『トころでマサトサン、この御方々ハ?』
「あぁそうですね、あ、いいですか?山本さん」
「え?え、えぇ、って、もう名前言ってるじゃないですか」
ハハハと笑う山本達。
「あ、そうですね……すみません」
柏木は山本達の身分を説明した。
「……もしこの三人と出会ってなければ、フェルとも、もしかしたら会ってなかったかもしれない。そんな方々だよ」
三人はフェルによろしくと頭を下げる。
『ソ、そうなのですか!ソレハソレハ……私にとってモ、大恩あるお方ですね。私ハ……』
フェルは自己紹介をする。
『ヨろしくお願い申し上げます、ケラーヤマモト・ケラーシモムラ・ケラーハセベ』
フェルはティエルクマスカ敬礼の上級敬礼である、膝を曲げる仕草をして礼をした。
「い、いや、恐縮ですフェルフェリア議員閣下」
山本は恐縮しまくってペコペコ礼をする。いつもの視線鋭いクールな山本な姿ではない。
『閣下ハ結構デすよ、ケラー。マサトサンと御友人なら、ワタクシにとっても友人でス』
「は……どうも……」
そんな外交儀礼の後、柏木、山本達は、そのへんの自販機でコーヒーでも買ってポールに座り話を続ける。
柏木は、電話で話した件の詳細を山本に話した。
「なるほどね、そういう事だったのですか……フェルフェリアさん、あなた凄い方ですね」
『イエ、私も仕事柄、そういう訓練も受けていました。それだけの事ですのデ』
「私も今回は形無しですよ山本さん、フェルに守ってもらう感じになってしまいました。タハハという奴です」
「ははは、しかし『フェル』と呼び捨てとは、柏木さん、もしや……」
流石山本、外事一課のエース。会話だけで推測。
「あ~、っちゃ、しまった」と柏木、額を叩く。
「ハハハ」と笑う山本。
「柏木さん、異星人さん相手になかなか」とおちょくる下村
「いやいや、あやかりたいですなぁ」とオッサン化する長谷部
『マサトサン……『フェル』が何かオカシイですカ?』とプっとすねかけるフェル。
ゴメンナサイと謝ってしまう柏木の哀しい性よ。
「ハハハ、まぁ冗談はこれぐらいにして……柏木さんに、フェルフェリアさん、彼らをどうやって捕縛したんですか?まぁフェルフェリアさんは……大体想像つきますが、柏木さんは……」
「あ、え、えぇ……それなんですが……」
そう言うと、山本は柏木の左腕に目をやる。そして「あ~なるほど」な感じの表情を見せる。
「あ~、わかりました、それも想像つきます……その点は、まぁ、目を瞑りましょう。こっちで所轄の処理も何とかします」
「すみません、助かります」
「で、捕まえた連中なんですが……」
「何かわかりますか?私もできればデータが欲しいんです。どうも察するに本命は私みたいでして……」
「はぁ、なるほどね……さっき所轄の連中に聞いたんですが、フェルフェリアさんを追っていったのは、どうもこの辺を縄張りにしている『半グレ』連中ですね」
『ハングレ?なんですカ?それハ』
「うん、まぁ言ってみれば『ギャング』だよ」
『ギャング……ギャング……』と単語を例の如くVMCで検索『アァ、なるほど、意味が解りました。それであんな頭の悪そうな顔をしていたのですネ』
「おいおい、フェル……結構キツイなぁフェルは……」
と柏木は苦笑い。
山本は続ける。
「で、問題なのはもう片方、あなたを追ったほうです」
「ええ」
「まだ確定はできませんが……」と山本は前置きし「おそらく中国マフィアでしょうな」
「……なるほど、やはり……」
「やはり?……どういう意味ですか?柏木さん」
「いや、連中、私に『カタギ』っていう言葉を使ったんですよ。しかし……」
「しかし?」
「えぇ、『話がしたい。事を大事にしたくない。一緒について来い』とも……」
山本はコーヒーをグビっとひと飲みすると
「なるほどね……じゃあやはりあの件だな、これは……」
「あの件?」
柏木がそう聞くと、山本は手で柏木の言葉を遮り
「いや、この件はまだ話せません。確証がないので……まぁただ、あの四人を絞り上げても、良い情報は何も出ないでしょうな、恐らく」
「……」
しかし柏木はちょっと食い下がる。
「山本さん、中国といえば今日、官邸に梁大使が来たんですが……」
と振ってみる。しかし山本は
「……まだ確証がないんですよ、柏木さん」
と曖昧な、それでいて意味深な答えを返す。そして……
「ただ……あ、いや、やはりやめましょう………」
と煮え切らない返事をする。山本が柏木に対し、こんな言い回しをするのも珍しい。
そして更に続ける。
「柏木さん」
「はい」
「この話……こちらからも官邸に報告書を回しますが……一度今日の会話を新見統括官か、白木室長にしてみてください。何か話が聞けるかもしれませんよ……私から言えるのはそれだけです」
「……わかりました」
柏木はコクリと頷いた。
こうして、ヤルバーン到来以降、柏木の人生初の物騒な事件の夜が終わろうとしていた。
……………………………………………
フェルが12月のある日に、押しかけ女房としてやってきて、その時から柏木の身辺もバタバタと騒がしくなった。
なんせフェルが来た次の日には半グレ連中や、マフィアから狙われている始末で、身辺警護のSPの数もかなり増員され、近くの空き地には臨時の交番ができ、柏木のマンションの空き部屋はすべて公安が借り受け、SPの宿舎と化している。
まぁ、はっきりいって柏木のマンションは今、ちょっとした警察署付きのマンションと化しており、こと治安においてはおそらく日本で一番安全なマンションとなってしまっている。
そういうこともあって、住民にも意外に現状が好評で、夫婦喧嘩をする家庭も少なくなり、騒音騒動なんかもめっきり減った。
変にマンションの資産価値も一時的に高くなり、築15年の中古であるにもかかわらず、結構な値段で売却する住民もいるようである。
そんな感じの日常で、フェルも、柏木と別行動する時のいつも一緒にいてくれる女性SP達とも懇意になり、何かと日本での生活習慣などで相談していたりしている模様。
特に女性同士でないと話を出来ない事も多々あるものなので、そういうところではSPもその時は自分がSPであるのを置いといて、相談に乗ってあげたりしているようである。
日本に入国した研修名目の滞在者、つまるところ日本生活実験被験者とでもいうべき選抜メンバーの生活も順調のようで……
大森社長@会長のところでは、OGH傘下のITインフラセクションでイゼイラ人の技術的助言を得たりしつつ、新しい新規事業の実験に取り組んだりしているようである。
無論、他の日本メーカーにも門戸を開いており、OGHが音頭をとって、有名日本メーカーに中小企業と色々寄せ集めてプロジェクトチームを立ち上げたらしい。
ただ、大森社長からは何やらその件と、関係あるようでなさそうな……なんとも複雑な事案で相談があると連絡があり、後日会って相談を受けることになっている。
なんでも『柏木君でないとダメだ。他の人じゃ絶対無理』ときっぱり言われているので、これは大恩ある人の頼みなので断れない。
君島重工関連では、主に地球の航空機と車両に興味のあるイゼイラ技術者が、関連会社に客員研究員という形で調査に来ており、色々と現在の地球の技術レベルを想定した技術会合を頻繁に行っているようである。
船舶関連には、船舶専門のイゼイラ担当技術者というのがこなかったそうだ。理由は簡単で、現在のイゼイラでは『海上船舶』という海上を専門に航行する乗り物が存在しないからだそうである。
あるにはあるが、せいぜい個人の趣味やスポーツで使う程度の小型船舶ぐらいなもので、例えば航空母艦や潜水艦のようなものは、今はもう存在しない。
まぁ考えてもみれば当然の話で、例えばデロニカクラスの宇宙船ともなれば、シールド次第で潜水行為も可能なのだから、水上専門の船舶の必要性がない。言い換えれば水上船舶も、宇宙船や宇宙艦艇に統合化されているわけだから、そんなところなのだろう。
なので船舶部門に来たイゼイラ技術者は、資材関係や、設計関係の技術者で、船舶の建造工程を研究調査に来ていたようだ。
真壁教授及び、日本の有名国立大学関連では、宇宙物理学と、医学関係の専門家が講師として活躍しているそうである。
それはもうヤルバーンが来た時点で今までの地球世界で常識だった宇宙観が崩壊しつつある今、これら講師の授業は押すな押すなの大人気だそうで、この部分に関してのみは、外国人留学生の受講もヤルバーンは認めた。無論その中には東アジア某国関係の留学生もいる。
ヤルバーン側の意図としては、宇宙の構図を日本だけでなく、世界に向けて発信することでティエルクマスカの存在や、他銀河の知的生命体の存在を彼ら自身で公に知らしめる事ができ、有意義だと考えたわけである。
ヤルバーン側は、自国の例の『機密』に触れない範囲で、日本にいる世界の学生に向けても自分達の宇宙の知識を講義しているようだ。
医学分野では、日本の専門家と医療関係企業のみの対応に留めている。
特に医療関係企業は相当熱心に技術者を講義に送り込んでいるようである。
日本政府は、この事案で日本の医療技術全般の底上げを期待している。なぜなら、この成果が成就すれば、日本で現在社会問題となっている社会福祉関係予算の調整にも役立つからだ。
この講義には、実は例のすい臓がん患者の協力を得てヤルバーンでの医療実績も紹介され、医師達は感嘆の声を上げていた。
こと『がん』という病に対しては、それを経験した医師にしかわからない、悔しく苦い思いが沢山あるものなのだ。
しかし、例のナノマシンに関しては極秘とされているのでコレに関しては公開されなかった。
防衛省関係では、対策会議防衛省組メンバーと、警視庁、外務省関係者が中心となって、ヤルバーン側はシエやゼルエが先頭に立ち、今後のヤルバーンと日本の安全保障に関する計画について極秘裏に会合を行い、模索しているようである。
その中には、今、二藤部が取り組もうとしている『NSC―国家安全保障会議』関連の事項も含まれているようだが……
これの内容に関しては一切部外秘になっており、その詳細はわからない……
そんな感じで世の中が動く中、ヤルバーンの人々もクリスマスや年末年始には、懇意になった日本人達と日本恒例の行事をプライベートで楽しんだり、自治体の行事に参加したりするなど、一人の個人としても日本人達に馴染んでいった。
ある自治体では、農業に興味のあるイゼイラ人家族が日本の農作物の調査を目的に、とある農家でホームステイしていた訳だが、自治体の計らいで減反された田んぼの一区画と、家屋をそのイゼイラ人に無償で提供し、本格的にイゼイラ人家族が農作業を実践していることである。そしてその話題はニュースでも流された。
イゼイラでは、『小麦』に近い農作物が主食なのだそうだが、『米』に近い農作物がないそうで、イゼイラ人的には大変珍しいそうだ。
なので、『おにぎり』がヤルバーンで大変珍しがられていたわけでもある。
彼ら的には、仕事とはいえ、やはり趣味の範囲な仕事なので、イゼイラの労働概念が理解できない関係者は最初どうなるのかと心配したのだが、流石なことに、彼らは彼らの技術は一切使わず、日本の農作器具や機械のみで色々と研究しながら行っているようで、その飲み込みも大変早い事が関係者に評価されているようである。
一方、柏木もクリスマスでフェルとプレゼントなんぞの交換をしたり、お正月にはフェルの科学知識が爆裂した騒動で子供達を釘付けにしたりと、あれ以降、特にややこしい騒動も無く、平穏な日々を過ごしつつ、大人の男女な関係を……まぁしたりしてーの……年末年始はそれらしい生活を送れたわけであるが……
その後は官邸で仕事をいつものように行い、そして難題である例の中国の対応策を検討したりと忙しい毎日を送る。
フェルも例の国連関係の対応をどうするかや、信任状捧呈式の説明のために日本政府関係者と共にヴェルデオへ説明に行ったりと、大好きな柏木の元で生活できるのはいいが、彼女も相応な立場のイゼイラ人なので、実のところほぼ毎日、日本とヤルバーンを転送装置で行ったり来たりで、忙しくも充実した毎日を送っていた。
そしてもちろん、例の機密に関する調査も行っていた……
で、山代アニメーションの畠中はというと……
こればかりはイゼイラ人には未知の世界なもんなので、完全にイゼイラ人の方が「研修生」である。
色々と体験させてはいるが、畠中やスタッフは狂喜乱舞しているそうで……
なぜなら、イゼイラ人に作画を教えると、即座にPVMCGにその技術を取り込み、彼らは中空に何十もVMCモニターを展開させ、各担当監督が指示した作業を、PVMCGの事象予測システムを駆使してアっという間に完成させてしまうそうである。
着色や彩色なんかはお手の物。そしてPVMCGシステム各機能の使い方を教わった日本人スタッフは、その作業効率の爆裂的な良さに感涙し「いままでの私の時間を返せぇ~」とつぶやきで書き込んだとか書かないとか……
納期も無敵で、柏木に
「真人ちゃん、こいつら返さないからな、いいよな、ね、ね」
と不気味な連絡を入れてきたそうである。
ただ……
柏木の元には少々気になる報告も上がってきていた。
というのは、これらイゼイラ技術者達と、各日本担当者が技術的な話をするとき、日本……というか世界では当たり前の機械であったり、道具を『知らない』というイゼイラ人が多いという話なのだそうだ。
無論、技術理論や知識、能力などは、もうそれはすごいもので、当たり前の話だが日本人科学者や技術者など足元にも及ばないのだが、彼らがイゼイラ人と会話していて不思議に思う事は、日本人が『え?』と思うような事を『知らない』と言うことが多いそうである。
そして『それを詳しく教えて欲しい』と懇願してくるそうで、こういうところで日本人技術者は、彼らの『先生』となり、講義をする事が多いという。
そしてその講義には、どこからともなく沢山のイゼイラ人が集まってくるという……
この報告書を見て、柏木は「ハッ」と思った。
今まで感じていた違和感が、なんとなく掴めて来たのだ。
柏木もフェルと話をしていると、まま、そういう事に気がつく。
例えば、正月に遊んだ『凧』と凧の飛ぶ飛行理論を、柏木が教えないとわからなかったり、柏木の部屋に来たとき、どうも察するに『ライフル』や『自動拳銃』を知らないようであったりと……ソレと同じなのかなと思った。
柏木は、各担当者に、そういった事例を漏らさず集めて提出するように各部署へ要請した……
そんな日常で、数週間が過ぎた1月の末日のとある日……
……例の田辺夫妻結婚式という形の、ヤルバーン外国人招待当日を迎える。
結婚式に先んじて、ヤルバーンへ表敬訪問のために特別仕様のデロニカで到着していた皇太子御夫妻は、ヤルバーン自衛局員の最大級の栄誉礼を持って迎えられた。その栄誉礼形式は船籍がイゼイラ船籍なので、イゼイラ方式の栄誉礼を持ってお迎えする。
この対皇室、王室の栄誉礼の作法を探すのに、ヤルバーンはえらい苦労をしたそうで、1000年ほど前の資料にそれを見つけ、その資料を宮内庁の担当者と検討。地球で一般的に行われる国際的儀礼作法を加えて多少アレンジし、相当な訓練を行って今日にこぎつけたそうだ。
皇太子夫妻を乗せたデロニカは、ハンガーではなく、ヤルバーン都市空間内ブリッジ区画前まで直接乗り付ける。これはイゼイラの歴史でもここ千年は行ったことのない異例の事だった。
ハッチの前には、赤い絨毯がブリッジ入り口まで敷かれていた……イゼイラの正式作法では、ここは本来は、青いカーペットが正式だそうである。ここは地球式に、赤い絨毯に変更された。
そこへヴェルデオが出迎える。ヴェルデオは、警護員数人を整列して引きつれ、皇太子夫妻の前でイゼイラ最大級の敬礼――膝を地に着け頭をたれ、右手を右胸に当てる――を行い、その後、夫妻と握手。歓迎の意を述べた後、皇太子夫妻の周りをひし形に警護員が取り囲み行進。
まるで皇太子夫妻を護衛するかのように迎賓室まで案内する。
その間、カーペットに沿って、イゼイラ自衛局員がイゼイラの最新小銃型ブラスターで、『奉げ銃』を行っていたのであるが、実はこれは地球側の作法を取り入れている。
イゼイラの資料では、この場合、カーペットに並んだ自衛局員は、膝をついて頭を上げずに、しゃがんだ状態で、鞘に入った剣の切っ先側を背中に垂直に回して持つのが正式だそうだが、この資料を見た宮内庁役人は「地球人が見たら、少し封建的にすぎるので」という事で、自衛隊に『奉げ銃』を教えてもらってこちらに変更したそうである。
皇太子夫妻を警護する警護員の中には、リビリィの姿も見えた……もうガッチガチなようであった。
――ちなみに、イゼイラ式の作法の意味は、資料によると、『皇帝よ、私の事が気に入らなければ、この私の剣の柄を取り、私の首をお刎ね下さい』という意味から来ているそうである――
そして、迎賓室でヴェルデオと会談。
この際も、宮内庁からヴェルデオに日本国内の慣習上『極力政治的な話は行わないで頂きたい』という要請をされていたので、その会談内容は公開されていない。
なお、この際のそれまでの様子は、ティエルクマスカのマスコミ禁止法があるため、カメラマンのみの取材が許された。
この報道に関しては、通常報道が認められている。まぁ、皇室外交を悪く言うマスコミなどさすがにないからである。
その後、田辺夫妻の結婚式に田辺夫妻へお祝いの言葉を述べるために短時間訪問。そしてヤルバーンを後にした。
皇太子夫妻のデロニカが飛び立った後、式典参加者は、全員ヘトヘト。ぶっ倒れる者もいたそうである……それぐらいイゼイラ的には「皇太子」という存在が過去に威厳のあった存在であるか良くわかる話であった。
一方、田辺夫妻の挙式は順調に行われた。
無論、柏木とフェル、白木も関係者として参加していた。
大見は残念ながら、別の重要な任務のため、出席できなかった。
他、一部対策会議メンバーも同様である。
挙式は当初、神式で行われる予定であったが、せっかくヤルバーンで行うという事なので、ヤルバーン側に要請し、イゼイラ式で行うのもいいだろうということでイゼイラ式で行った。
イゼイラ式挙式では、イゼイラ賢者に扮した人物の前で、愛の創造主ビリュークに夫婦となることを誓った後、指輪ならぬ、ブレスレットの交換をするというものである。
賢者役には、役職の関係でフェルが選ばれた。
『今、あなタ達は、ビリュークによって、この愛の手錠を架せられました。今後、何時いかなるときも常にこの鎖であなた方ハ繋がれています。創造主の鎖は断ち切る事が出来ませン。なので何時いかなるときも共に助け合イ、共に行動し、共に悩み、共に喜び合う事が義務付けられます。解りましたネ』
これが例の腕のものをお互いがつけると「お付き合いしてください」という意味の原点にあたるものだが、ここは地球での慣習の事もあるので、指輪の交換にアレンジした。
この腕の物の話は、こういう理由がある習慣だったのだ。
そしてキスをするのが通例だが、イゼイラにはキスの習慣が無いので、このシーンを見たイゼイラ人出席者は、非常に珍しがったが……フェルはこれを見て一人顔を真っピンクに爆発させていた……こんな意味があったのかと……この様子を見ていた他のイゼイラ人は「フェル局長は、なんであんな顔をしているんだ?」と訝しがった……
柏木は頭をポリポリかきながらフェルの顔を見れなかった……
挙式後、普通はガラガラ車なブライダルカーに乗って新婚旅行といきたいところであるが、田辺、タチアナともに私服に着替え、ヤルバーン日本治外法権区画を出て、時の日本人参加者同様に、ヤルバーン内を散策する。つまり新婚旅行はココである。まぁ贅沢な話だ。
当然、挙式参加者も見学を許され、ティエルクマスカ―イゼイラの科学力を目の当たりにして驚愕しまくりであった。参加者親族もみんな「オーマイガッ」「エクセレント」「ブラボー」に「ハラショー」「トレビアン」を連発である。写真やビデオも撮りまくった。
特にヤルバーン側から撮影の規制も出なかったので、思う存分撮ったみたいだ。
「ここは本当に船内なのか?俺には夢を見ているようにしか思えん」と、船内ホログラフシステムを見たダリルの言。
「おい、見ろよ!メシが光って出てくるぜ!これで俺の服装がピチピチのワンピースなら、ここは24世紀だ!」とはしゃぐのは、ジョン。
「こんな車がありゃ、シベリアの湿地帯や凍土なんて関係ないな、トヨハラや、日車も多分いつか売り出すんだろうな」と所帯じみた感動をするのは、トランスポーターを見たアンドレイ
「この空中に浮いてるモニター見ろよ……飽きないぜ……」と何度もパワーをON/OFFして子供みたいに遊ぶブライアン。
「日本人になって良かったわ、これからもしかしたら何度もここへ来れるのね」と田辺に抱きついてキスしまくるタチアナ。
そして
「おいおい、宇宙じゃ泣きべそかいていたくせに」と愛妻をおちょくる田辺。
そして田辺はタチアナにチョークスリーパーをかけられていた。
その様は、バッチリマスコミに撮られ、昼のワイドショーでバーンと流された。
他、彼らの親族も同じような感動と驚きの声を上げ、それをビデオに撮っていた。
無論、日本のメディアも密着取材していたので、この映像は世界に配信され、もうブッチギリのトップニュースになった。
世界各国首脳も、この報道を録画し、各機関に配布、即時分析を始めたという。
当初、結婚式出席者について、田辺夫妻以外の日本治外法権区域外の活動は認めない方針だったが、フェル、三島、新見、白木のヴェルデオに対する助言と方針転換で、結婚式招待者も区域外の一部区画を除いた形での見学を認めた。
これには、世界各国がヤルバーンに対して一番不安を感じている情報不足を一部でも解消するためと、ヤルバーンの科学力を見せ付ける事で、彼らに対する工作活動は無意味である事を、一部の国に見せ付ける為でもあった。
そして日本的には、『これほどの相手と国交を持っているのは、我々だけだ』と言うことを暗に世界に宣誓するためでもあり、これによってティエルクマスカ―イゼイラに対しての世界的なイニシアティブと交渉権は、我々にあると知らしめる意味もあった。
無論、これは、彼らが打ったヤルバーンの安全保障と、日本政府の後々の外交交渉に対する布石でもあった。
結婚式参加者は、各国代表の親書を預かっており、それをヴェルデオに渡す機会も与えられた。
ヴェルデオは無論、敬意をもってそれを預かり、拝読後、検討する事を各国参加者に伝えると、元ISSクルーや、その親族達も安堵の表情を浮かべていた。
――後に、挙式参加者の撮った映像資料も、各国政府からコピーでよいので提出を求められた。
中国、韓国、北朝鮮等からもエージェントを通じて信じられない価格での買い付け行為があったそうであるが、彼らはイゼイラや、この挙式への参加を尽力してくれた日本政府との信義を守ってくれたようで、断固として断ったそうである。
そして彼らには今、各国の身辺警護官が付いているようである……つまるところ、米・英・加・露・EUも、韓国は良いとしても、他二国には最大の警戒をしているということだった――
……こうして、柏木とフェルがお互いに考えた企画、田辺夫妻のヤルバーン結婚式は、無事終了させることができた……
その日の夜、柏木・白木・フェル・リビリィ・ポルは、ヤルバーンの例のホテルのバーで打ち上げのようなものを行った。
柏木達は日本からビールを持ち込み、乾杯一声グイとやる。フェルとポルは、イゼイラのお気に入りな大人の飲み物。体が酔えないので、そんな感じ。
しかしリビリィは、柏木達のビールを拝借して、飲んでいた……そしてのど越しがえらく気に入ったようで、また持ってきて欲しいと頼んだりする。
……そんな冗談交じりな雑談をしながら歓談。その一日が更けていく……
……………………………………………
次の日、柏木は一人で朝を迎える。
フェルは残務があるため、片付けてから帰るということで、昨日は一人で帰宅した。
毎度のとおり、ボサボサ頭な状態で、歯を磨き、フェルが作り置きしてくれていたおじやのような正体不明だが、うまい朝食を摂りつつ、リモコンでテレビのスイッチを入れる。
早朝ワイドショーで、一発目に飛び込んできたのは、皇太子殿下のヤルバーン表敬訪問の映像だ。
柏木は、これに関して全く関与していないので、リビリィ達から聞いた話と、映像で見るのはこのワイドショーのそれが初めてになる。
皇太子がデロニカから降りてきた時の映像に、リビリィが5秒ほど映っていた。
ガチガチっぽいので、つい笑ってしまう。
そしてヴェルデオ大使との会見映像には、背後にVMCモニターを浮かばせたポルが少し映った。
真っ白な体のポルに、古式イゼイラ正装が良く似合う。
次のニュースはそれに関連して、田辺夫妻の結婚式と、それに関連する招待者の滞在に関するものだった。
皇太子夫妻訪問と、しっかりタチアナ夫人がダンナに決めたチョークスリーパーの映像も流されていた。
柏木は思わず吹き出しそうになる。
その後は、このニュースに関連した各国の動向など、他諸々。
米・露・加・英・仏 各国報道官の会見などのニュースが続いた。
内容といえば『わが国国民の受け入れを感謝し、今後もティエルクマスカ―イゼイラ政府の柔軟な対応を期待する』といったありきたりなものだ。
そんなニュースをチラ目で見ながら柏木は洗い物をする。
フェルに洗い物は俺がやると約束してしまったので、これは義務である。
……すると、そのバラエティ番組に速報が入った。
MCが原稿を読む。
『えっと、ただ今速報が入りました。え~、中国新疆ウイグル自治区で、『トルキスタン・イスラム聖戦同盟』を名乗る武装組織がウルムチ市郊外で、かなり大規模な戦闘行為を行っているというニュースが入っています』
柏木はこのニュースを聞くと、洗い物の手を止め、タオルで手を拭きつつテレビの音声を大きくし、ソファーに腰掛けてテレビを凝視する。
テレビには、海外配信映像で、戦闘状態になっているウルムチ郊外市街地の映像が流れていた。
中国武装警察との銃撃戦が映っていた……隠し撮りのようだ。
その武装テロリスト側の装備がチラと映る。
柏木の脳内資料的には
(えらい良い装備してるなぁ……)
と映る。正規兵クラスの装備を持っているようだ。
MCは続ける。
『えっと、そして、まだ続きがあるようで……この戦闘が開始された同じ時間に、トルキスタン・イスラム聖戦同盟は『この戦闘には、我らの意思に賛同した組織『地球統一連盟』も参加しており、我々には強力な装備がある。必ずや神の名の元に、トルキスタンを取り戻すだろう』とインターネット上で声明を発表しています……って、この『地球統一連盟』って初めて聞く名前ですね……』
柏木はこの聞いたこともない組織名に首をひねる。
『トルキスタン・イスラム聖戦同盟』は、ウイグル自治区で度々爆弾テロなどをやっている中東で最大勢力を持つイスラム過激派の派生組織で有名だが、この『地球統一連盟』なんていう組織は聞いた事がない。
聞くからに革新系の過激派組織っぽい、しかもヤルバーンが来てから動きが激しいと以前に白木から聞いた事があるような系統連中な名前だが……まさかイスラム過激派と革新系過激派が手を組むなんてのはちょっと考えにくいが、どうも手を組んでいるような報道をニュースは伝えていた。
そして、次の国際ニュースでも、中国がらみのニュースが伝えられる。
中国国内でここ最近頻発していた大規模な反日デモであるが、中国地方都市では最近、この反日デモに乗じて、中国共産党地方組織の汚職を糾弾する暴動に変わりつつあるという話であった。
(ふ~~~む……)
柏木は先日、自分の身に起きた例の襲撃事件をふと考える。
ここ最近、柏木の周りでは、中国に関係した事件が多いが、この報道を見ても、昨日のヤルバーン外国人招待事案に呼応したように勃発した事件にも見える。
何か関係ありそうでなさそうな、変な感覚を柏木は覚える。
カオス理論という言葉がある。
この理論で有名なのは、バタフライ効果で有名な、マサチューセッツ工科大学の気象学者、エドワード・ローレンツであるが、このカオス理論と言うのは、解りやすく言うと……
『人間は、将来完全な未来予想をする事の出来る機械を発明することができるだろう。でも、人間はその最初のデータを入力するとき、そのデータの完璧な値を入力することなど不可能なので、人間には完全に正確な未来を予想することなど不可能である』
という考え方である。
つまり、何か一つ小さなきっかけ、ある事象とある事象が一見全く関係ないような事でも、少しかみ合わせが狂うと、回りまわって後のマクロな事象結果に多大な影響を及ぼしてしまう……という事である。
そんな感覚を柏木は感じていた。
その感覚に呼応するように、柏木のスマートフォンが鳴る。
画面に出る名は白木。
「おう、白木か」
「よう、おはよーさん。昨日はお疲れだったな」
「お前もな」
「……で……見てるよな、テレビ」
「あぁ……なんだこれ……気味悪ぃな」
「特に……『地球統一連盟』とかいうのだろ?」
「あぁ、聞いたことねーぞ、こんな変なの」
「おぅ……でな、そいつらな……調べたんだが……ちょっとヤバイ」
「はぁ?」
ヤルバーンが地球に到来して数ヶ月。日本政府はティエルクマスカと国交を結び、そして先進諸国に対して、なんとかヤルバーンに対するイニシアティブを取る事に成功した。
しかしやはりこれは、日本とティエルクマスカだけの問題で終わりそうにない。
世界の歴史を刻む時間軸に、ヤルバーンと言うイレギュラーが入力された時、それはまるでカオス理論、バタフライ効果のように、ギシギシと地球世界の事象を別の世界へ誘おうと動き出す。
柏木やフェルは、そのスイッチを入れてしまったのだろうか……
世界がゆっくり動き始めようとしていた……
--- 交流 終 ----
次章 『変動』へ……
この度は「銀河連合日本」を読んでくださりありがとうございます。
本作で「交流」章は終了します。
次回投稿より、世界や日本が、ヤルバーンやイゼイラ人をめぐり動き出す事をメインに描く『変動』の章を執筆していきたいと思います。
さて、今回冒頭で書きました東アジアな言語ですが……はっきりいって適当ですw
雰囲気を出したいだけで書きましたので、あまり間に受けないように、平にお願い申し上げますw
どうも申し訳ございません。
時間軸的には、前投稿の番外編と前後するところがありますので、交互にお読みいただけると、またよろしいかとも思います。
では皆様におきましては今後とも本作共々よろしくお願い申し上げます。
主要登場人物:
~日本政府関係者~
柏木 真人(37)
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
白木 崇雄(37)
日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員
浜 雅幸
日本国 内閣官房長官 自由保守党 衆議院議員
二藤部の盟友。懐刀として知られる。
清水 幸太郎
自由保守党 衆議院議員
「米百票」の言葉で有名になった元総理の息子。国民にも人気がある若き政治家。
山本・長谷部・下村
警視庁公安部 外事第一課捜査官
田辺 守
JAXA-宇宙航空研究開発機構 宇宙飛行士。前ISSクルー
~一般人~
木下 玉代(名前初登場)
通称「拡声器おばさん」柏木のマンションの隣に住む、古参住民のおばちゃん。住民の面倒見がよく、柏木とも仲が良い。
しかし、このおばちゃんに見られると、瞬く間にマンション中に事が知れ渡ってしまうため、「拡声器おばさん」のあだ名が付いている。
田辺タチアナ(旧露名:タチアナ・キセリョワ)
元ロシア連邦宇宙局 宇宙飛行士 前ISSクルー 愛称はターシャ
地球帰還後、ロシア連邦宇宙局を退官。田辺と結婚し、妻となる。
日本に帰化。日本国籍を取得し、日本人となる。
~外国政府関係者~
梁 有為
中華人民共和国 駐日中国大使
ダリル・コナー
NASA-アメリカ航空宇宙局宇宙飛行士。前ISSキャプテン(コマンダー)白人
ジョン・ハガー
NASA-アメリカ航空宇宙局宇宙飛行士。前ISSクルー 黒人
アンドレイ・プーシキン
ロシア連邦宇宙局 宇宙飛行士 前ISSクルー
ブライアン・ウィブリー
カナダ宇宙庁 宇宙飛行士 前ISSクルー
~ティエルクマスカ連合 関係者~
リビリィ・フィブ・ジャース(26前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局警備部主任 女性 イゼイラ人
体色:パッションピンク
目色:白目に上部半分は藍色・瞳は藍色
髪型:ラフなバッサリ系・ボーイッシュ・鳥の羽状
身長;170cm Cカップ 体格はアスリート系
ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ(25前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局技術部主任 女性 イゼイラ人
体色:真っ白・カラーモードで言えば、C0:M0:Y0:K0
目色:白目に上部半分は薄紅・瞳は薄紅
髪型:オールバックでうなじまで・鳥の羽状 白い羽紙の先端に、黒と灰色のストライプが特徴
身長;160cm Bカップ 体格はスレンダー普通系
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(23前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性 イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分は金色・瞳は金色・まぶたに藍色のアイシャドーのような色素がある。
髪型:前髪が大きく肩幅ぐらいまで翼のように分かれ、肩甲骨あたりにまでかかる・鳥の羽状・藍色
身長;165cm Bカップ 体格はスタイルの良い陸上選手か、ビーチバレー選手系




