― 番外編 調査局報告書1 フェルさんのクリスマス ―
「ただ~いま」
官邸より帰宅する柏木。
カチャンと家の鍵をあけ、一声。
今までなら、次に誰もいない真っ暗な部屋の蛍光灯のスイッチを入れるところだが……
『オ帰りナサイです、マサトサン』
フェルがいた。玄関までトテトテと駆け寄ってくると、柏木の上着をポソっと脱がしてくれる。
柏木的にはなんか照れる。
はっきりいって『リア充氏ね』である……
まぁとは言え、37にもなればそれぐらいは許される。柏木は37なのだ。年越したら38になるわけだ。
あと2年で40である。アラフォーだ。普通なら大見のように中学生ぐらいの子供の一人もいて、おかしくない年齢なのだ。
それにフェルも地球時間的に言えば46歳である。姉さん押しかけ女房と言うことになってしまうが、まぁそこは寿命の違い、新陳代謝の違い、生体的違いもあり、肉体的には23歳、ここんところが星間異種族恋愛なところでもある。
イゼイラ人的に肉体は年下で、地球人的に年齢は年上と、まぁこんなありえないムカツク状況を柏木は享受している。
「フェルさんは、今日はどこにも行かなかったの?」
『マサトサン、『サン』付け……』
「あ、そうか、ゴメン。んじゃフェル」
『ハイです……今日ハですね、ケラーエスピーにお付き合い頂いて、すーぱーまーけっとトいう所でお買い物をしてきましタ』
「ん? 買い物か、貨幣経済初体験ですな」
『ハイ、ケラーエスピーに、色々アドバイスをして頂きました』
フェルは、日本政府から滞在費として、相当な金額の……まぁ言ってみればお小遣いを供与されている。
それを使ってみたいというわけで、女性SPが付き合ってくれたらしい。そこで買い物のコツを教わったそうだ。
話を聞くと、『この時間帯はセールが始まるから云々』だとか、『この時間帯のこの商品はもう少し待って商品が入れ替わった時がチャンス』とか、聞いてるとSPの人も相当所帯じみているとわかり、笑ってしまった。
しかし、フェルを見た商店街の人はもう大騒動で、他ならぬ人外美人ブッチギリの宇宙人フェルが堂々と街中、しかも普通のそこらへんにある商店街をうろついたわけだからもう大変である。
服装は、柏木に買ってもらったベージュのオフタートルネックワンピースチュニックに細身のジーンズ。他、数種類。
さすがにイゼイラ調査局の制服でうろついたらコスプレになってしまうので、柏木とナニした翌日に、官邸から帰る途中、渋谷まで服を買いに行った次第。
無論、柏木の奢りであるが、日本の服の事など何も知らない為に、結局店の人にお任せになったわけだが、ここでも『宇宙人が服を買いに来た!』と大騒動になり、黒山の人だかりになってしまう。
もう総つぶやき状態である。
渋谷のシャレた店のカリスマ店員も、あれにしようかコレにしようか相当悩んだ結果、素で派手なフェルなので、服は質素な方がいいということで、そんな服になった。
そんな感じで、商店街でも存在感抜群で、肌の色と目と髪型と頭髪がアレなので目立つわ目立つわで、普通の日本人女性な服装の方が、かえって目立ってしまうという有様。しかしフェルは気にも留めていない様子。
近所の好奇心あふれる女子中学生やら、高校生からは記念写真をねだられ、お買い物奥様、若いのからオバハンまで同じようにねだられ、スマホに携帯で写真は撮られるわで、フェルが別にかまわないというから良かったものの、SPも相当な仕事量だったという話。
しかし良いことも沢山あって、商店街の八百屋ではオマケを沢山もらい、肉屋では増量サービス、スーパーの歳末福引券は三倍増しで1等の果実マークのタブレットが当たった。
まぁてんやわんやの大騒ぎだったらしい。
そんな話をしながらフェルは今日買ってきた食材で夕食を作ってくれていた。
「え、フェルって、料理できるんだ……」
『アたり前でス。これでも未開の惑星なんかニ行った時のサバイバル術も身に付けてるんですヨ。でなきゃ調査局員なんてヤってられませんでス』
「あ、なるほどね」
『イゼイラの食材に似たのを探したツモリですが……調味料ナどはヤルバーンから持ってきましたのデ』
と、嗅いだことの無い匂いの、それでいてうまそうな料理を並べ、鍋から温めたメインディッシュを盛ってくれた。
はっきりいってうまい。少々甘辛いが、そこは多分フェルの好みな味加減だろう。
カレー用の牛肉がよく煮込まれたボルシチのような、そんな感じの食事だった。そこにパンが付く。
フェルも『ウン』と言いながら満足な出来のようで、大したものだと柏木は思う。
食事の後は、柏木が洗物をして、コタツで談笑。フェルが最近気に入っている柿ピーをつまみにビールを開けて晩酌など。
フェルも付き合うが、フェル的にはビールを飲んでも、酔わない。まぁお付き合いである。
イゼイラ人探査艦乗務員は、病原菌や病原ウィルスと毒物対策のために体にナノマシンを飼っているので、アルコールが体内に入っても、ナノマシンが異物とみなしてしまい、分解されてしまうため、意味が無いのだ。
そもそもアルコールを飲んで酔うかどうかもわからない。
話ではイゼイラ人的なお酒のようなものもあるらしいが、そんな風に体を少々改造しているので、酒的なものはあまり意味が無いらしい。
フェルはコタツに入る時はいつも日本人的な正座。
柏木はフェルに「つらいだろうから足を崩せ」というが、この格好が一番楽だという。で、正座しても足は痺れないらしい。ここんところは生物学的な事なので「あぁそうですか」な感じだ。
ちなみに、地球人は、イゼイラの酒のようなものを飲まないほうがいいらしい。
全てではないが、地球人的には毒性のあるアコニチンが含まれているものもあるそうなので、飲まないほうが良いと言われた。
逆に言えば、アコニチンはイゼイラ人にとって毒物ではないということである。
これは地球では、トリカブトなどに含まれる物質だ。
まぁそんな感じで、今日起こった出来事などを珍しそうに色々とフェルは話す。日本人的にはなんてことない話題だが、ティエルクマスカや、イゼイラ的には珍しいことばかりだという。
『あ、ソウダ、マサトサン、お聞きしたいことガ……』
「はい?」
『今日買っタこの書類に書いてある事なのですガ……』
フェルは、どこかで女性雑誌を購入したみたいだ。しかし文字がイゼイラ語になっている。
おそらく買ってきた雑誌をPVMCGで言語コンバートさせて仮想複製したものだろう。
つまるところこれがPVMCG仮想複製機能本来の真っ当な使い方である。決して趣味のエアガンを複製させて遊ぶ事ではない。
『コの、『くりすます』というのは何でスか?』
「クリスマス……あぁそうか、もうそんな時期かぁ~……ここ何年もクリスマスなんて意識したことなかったから、すっかり忘れてたナァ」
『ドういう意味ですか?』
「あ~昔の話だよ、こっちの事……気にしないでね」
学生時代の話である。こんな事話したら、絶対フェルはまたプーと膨れてしまうのが必至なので、適当にかわす。
で、フェルの質問に答える。
「ん~、元々は外国の行事なんだけど、その習慣が日本に輸入されて、毎年12月24日~25日に行う……まぁお祝い事のようなものだけどね。この日は一部地域を除いて、ほぼ世界中でクリスマスを祝うんだよ」
『ソれはすごいですね、一体何のお祝い事でスか?』
確かに、改めて『クリスマスって何?』と聞かれると、正確に説明できる『日本人』はそうはいないだろう、無論、柏木も含めて。
「うーん、俺も専門家じゃないから詳しい説明はできないんだけど……」と前置きし、「フェルんとこに……そう、イゼイラに『神様』って考え方、ある?」
『カミサマ、ですカ?』とフェルはポっとVMCモニターを出して、検索『「創造主」のことデすか?』と答える
「うーん、そう答えられると、ちょっと複雑なんだけど、まぁいいや、それ」
『ハい、ありますよ。ノクタル創世記ッテいうのがありまス。イゼイラ人全てが知っている創造主達のお話でス。もう昔々の……日本語で言えば、『シンワ』ですネ』
「なるほどね、地球では、その創造主っていうのが、『ヤハウエ』っていう存在なんだけど、そのヤハウエさんの代わりというか、なんというか……」
柏木は、キリスト教の『神の子』という考え方を説明するのに往生する。
別に神様の股の間から生まれた子供というわけではないからだ。この概念を異星人に説明するには、結構往生するだろう。
「まぁそんな感じで、創造主と同格の力を授けられた地球人で、イエス・キリストっていう人がいたわけなんだけど、その人が生まれたのをお祝いする日がクリスマスなんだよ」
正確には、降誕した日である。生まれた日ではない。しかしその『降誕』という概念を説明するのにもまた根性いりそうなので、まぁ『生まれた日』という事にした。
そして柏木はキリストについての説明をサラっとする。まぁ学校で習った程度の知識だが。
『ナるほど、それでこの方は、このようなおぞましい姿で象徴化されている訳ですね』
と、雑誌に載っていた十字架に賭けられたキリストの姿をさして言う。
確かに、何も知らない異星人が見れば、拷問道具に磔にされた人間の姿を有難く拝むのは奇異に映るのだろう。
『デも、ご立派な方ですネ、自由と平等と博愛という言葉は、ティエルクマスカにも共通するものでス』
「そう、まぁそういう事で、神様として扱われている……イゼイラ的に言えば、創造主の代弁者みたいな
……まぁ神様の一人として崇められているわけだね。そういう神様が、地球人の世にやってきた日がクリスマスなわけ」
『ナるほど、で、そのケラーキリストを崇める組織や、信仰する人達のシュウキョウというモノが『キリストキョウ』という存在なのデスネ……デモ……』
「何?何かわからないことある?」
『ソの、シュウキョウという概念が、よくわかりませン……カミサマという概念は、大体わかりマしたが、創造主達はその方々シかいないはずのに、ナぜこの地球には創造主の概念で、いろんな種類があるのでしょウ?』
フェルは、創造主達は、その柱しかいないのに、なぜキリスト教やイスラム教、仏教にヒンズー教と色々あるのだと聞く。
「もしかして、イゼイラには、そのノクタル創世記っていう物語に出てくる創造主しか、考え方がないわけ?」
『ハイそうでス。マァ、その創造主達固有の信仰はありますガ……』
「さっきから聞いてると、創造主「達」って言ってるけど、イゼイラは多神教なわけ?
『タシンキョウ?』
「あぁ……その創造主さんは、複数いるわけ?」
『ハイ、「星の主で主長ファバール」でしょ?「大地の主ディーズ」でしょ?「空の主マーシャ」に……』
「なるほど……なら日本と同じだな」
『ソうなのですか?』
「うん、日本もイゼイラと同じなんだよ。太陽の神様、天照大御神に力の神様、天手力雄それに日本ではこの世の万物に神様がいるという考えで、このPVMCGにも神様がいるんだよ」
と柏木は笑う。
『ヘェ~、イゼイラと似ていますネ』
「そうだね、そういうのが多神教で、キリスト教や、イスラム教、ユダヤ教のようにたった一つの存在が創造主で、神様は一柱しかいないっていう考え方が一神教というんだよ」
『ウ~ン』
「どうしたの?」
フェルは、地球人でも同じように考える疑問に行きついたようだ。
『ナら、その一神教同士や、一神教と多神教同士って、仲が悪いんではないですカ?』
「どうしてそう思う?」
『多神教同士だと、他のシュウキョウとかいう考え方も、たくさんいるカミサマとして数えられるとおもうのデすが、一神教は、その存在しか創造主がいないという考えだから、『ワタシタチのカミサマの方がタダシイ、本物ダ!』とか言って、もめるような気ガするのですガ……』
「実はその通り。そういうのもあって、地球じゃ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教っていうのは、お互い仲が悪いんだよ、同じ経典を原典にしてるのにね」
『デしょうねェ……同じ原典の教え同士で仲が悪いっていうのは、ワタシ達から見ればちょっとワカリません』
柏木は、さすがにイスラム教やユダヤ教までどういうものか教え始めると、キリがないのでやめた。
とりあえずクリスマスの話だ。
「まぁそういうことで、ハハ……クリスマスというのは、外国では家族と一緒に過ごし、家族同士がプレゼントを贈ってお互い家族の絆を確かめるためのお祝いの日ということになったわけなんですよ」
『ソれは素敵ですね、そういうのはいいと思いまス』
イゼイラ人は、家族や家族予定者、つまり恋人同士などを大事にする種族民族性があるので、この点は共感できるようだ。
「まぁそれが日が経つにつれ、家族から……まぁ……なんというか……恋人同士?とも一緒に過ごすと言う感じに発展したわけ。それで恋人同士でもお互いプレゼントを交換すると言う習慣になったわけよ、現代ではね」
フェルはその言葉を聞いて、『ソ、そうなんですカ?』と頬を染める。
「そう、ハハハ、なもんで、そんな女性雑誌でも、この時期になると、日本じゃクリスマスを祝う記事がてんこ盛りで掲載されるんだよ」
『ナナ、ナルホドでス……勉強になりまシタ』
しかし……と柏木は続ける。
「日本は元々……ってか、今でもキリスト教の国じゃないんだよ。それどころかキリスト教徒を迫害し、殺しまくった時期もあったんだよ」
『ソ、そうなのですか?』
「うん、まぁその説明はまた今度にするけど、それから政権が変わって、キリスト教も認められたわけなんだけど……丁度今から、地球時間で90年ぐらいだったかな?……そのぐらい前に、日本の当時の天皇陛下……えっと、日本の皇帝陛下が崩御したわけなんだけど、ちょうどその日が偶然12月25日で、日本は当時休日になったわけなんだ」
『フムフム』
「で、クリスマスが12月24日~25日でしょ?ちょうどその日も日本では休日だったので、外国の文化なんかを沢山取り入れようとしていた最中の日本にあって、クリスマスの習慣も、ドンピシャで日本にはまったわけ」
『アァ、それでケラーキリストと直接関係ない日本でもクリスマスがお祝いされるようになった訳ですカ』
「そう、まぁいわゆる流行だね。なので、日本じゃ外国のクリスマスとは色々とちょっと感覚がちがうんだ。日本は当時、大正デモクラシーって言われるほど、豊かで自由な時期だったんだよ。よく日本のクリスマスの習慣は、地球で起こった世界的地域国家紛争?の後の話と思われがちだけど、実はそのころからあったってわけ」
『ナルホド~……大変勉強にナリました』
「まぁ俺も詳しくは知らないから、間違ってるところもあると思うし、諸説あるから、あまり参考にはならないと思うけど」
『イエイエ……デハ私モ、マサトさんに……その……プレゼントを贈らないといけませんね。その日ニ……』
フェルは頬を染めて話す。
「え!?あ、ハハハ……」
柏木は頭をかいて照れてしまう。
…………………………………………
12月25日 クリスマス
柏木はフェルにクリスマスプレゼントにフェルの肌の色に栄えそうなプラチナ製のネックレスをプレゼントした。
『あ、アリガトウ、マサトサン……一生大事にしまス……毎日ツけますネ……』
メチャクチャ嬉しそうなフェル。
鏡を見て色々ポーズを取ったり取らなかったり。
『デハ、私はコレ……』
白銀色の箱に入った細長い箱。
パカっと開けると、そこには
『こ、これは!?』
フェルはさんざん考えた結果、やはりハイクァーンでなんでも作れるイゼイラ人としては、手作りのものがいいだろうと思い、色々と男性雑誌を漁って、地球人男性が好きそうなものを物色していたそうである。
で、柏木はビジネスマンであるからして、筆記用具がよかろうと。
そこで目に付いたのが、映画の宣伝記事に載っていた写真だった。
海賊映画の1シーンである。
そこでは、俳優が羽ペンを持って何か書いているシーンの写真が載っていた。
『コレですね!』
と思いついたフェルは、ヤルバーンへ一度戻り、色々試行錯誤して柏木用のプレゼントを作った。
それは、自分の羽髪の一番良いところを鏡で見ながら一つ引っこ抜き、その髪に合わせたペン軸とインクタンクとペン先をハイクァーンで設計して造成し、色々と手作業で細工。
で、出来上がったのが、フェルの髪の羽で出来た羽ペン型万年筆っぽい筆記用具だった。
これ以上愛情と気持ちのこもったプレゼントは他にあるまい。
お仕事に使ってくれとフェルは話す。
「こ、これ……こんなのもったいなくて仕事になんか使えないよ……」
柏木はあまりの素晴らしいプレゼントに泣きそうになった。
フェルの美しく青い羽髪ペンの万年筆。
このプレゼントは、今、官邸執務室での、重要書類サイン用として、鍵付き引き出しの中で大事にしまわれている。
そして、フェルの調査報告ファイルに、一つ日本の記述が増えた。
主要登場人物:
柏木 真人(37)
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(23前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性 イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分は金色・瞳は金色・まぶたに藍色のアイシャドーのような色素がある。
髪型:前髪が大きく肩幅ぐらいまで翼のように分かれ、肩甲骨あたりにまでかかる・鳥の羽状・藍色
身長;165cm Bカップ 体格はスタイルの良い陸上選手か、ビーチバレー選手系
※イゼイラ人・カイラス人・ダストール人年齢は、地球基準の肉体(外見)年齢。地球時間年齢は、ほぼ×2の事