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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
17/119

-8-

『ご要望ノありました、地球世界におけるニホン国以外の地域国家国民、本艦訪問事案についてでスが……』


 日本以外の諸外国人ヤルバーン来訪の要望。ヤルバーン的には肯定的でない要望である。

 この交渉を託された柏木真人は、なんとその担当者がフェルであると知って、どうにもやりにくい。

 

 柏木的には(なぜに調査局の局長がこんなヤルバーンの内政に関わる交渉をやるんだろう)と疑問に思いつつも、まぁ向こうが担当者だというならそういうことなのだろうと納得するしかない。

 しかし実は交渉相手が調査局局長のフェルフェリアではなく、ティエルクマスカ連合・探査艦政策派遣議員のフェルフェリアであるとは、露ぞ知らない。


 二藤部や三島、他日本側スタッフや、ヴェルデオらヤルバーン側のスタッフも、この二人の交渉を、まるで何かの競技を観戦するかのように観ていた。


『……私達ノ回答としては、そのご要望はお断りせざるを得ませン』


 フェルは、まっすぐ柏木の目を見て言った。

 その言葉には、何の情緒もない。額面どおりの言葉である。しかし、こういう官僚から出る額面どおりの言葉が一番崩しにくい。なぜなら、決定事項で基本的に変えることが出来ないからだ。

 そして柏木的には、まぁ予想通りの回答だった。


「フェルさ……あ、いや、フェルフェリア局長、その理由をお聞かせいただけますか?」

『ハイ、まず、我々には何の関係もない事だからです』

「何の関係もない?と、言いますと?」

『私達ハ、本国の命を受け、行動しています。その本国がニホン国と交渉せよと言っている訳です。ですので他の地域国家との政治的交渉を行う事は本国の決定に違反いたします。それだけのことでス』


 軍人が命令を受け、その命令を遂行しているに過ぎない……という理屈だ。なるほど、コレを言われては交渉の余地はほとんどない。


『デハ、カシワギサマにお聞きいたします。何故私達がこの星における他の地域国家と交渉する事をニホン国は望むのですカ?』

「この星は、あなた方の言う地域国家の集まりで、星として一つの統一した政府を持っておりませんが、国際連合という機関があり、国家としてはそれぞれ国同士の繋がりの強弱はあるにせよ、連携しております。従って我が国一国に何かあれば、その影響は全ての国家になんらかの影響がやはり派生するのです。従って当然今回の件についてもそれら関係国から何らかの要望があって当然であり、私たちはその要望に答える義務があります。特に同盟関係にある国、友好関係にある国とはです」

『ナるほど、地球の事情は良くわかりましタ。しかし、私達ハ地球の諸地域国家、これはニホン国も含みますが、元来何の利害関係もありませン。そういう私達がニホン国を訪問し、関係を持ちたいと望み、今回の条約締結まで漕ぎ着けましタ。それ以上の目的ハ、この会合に関して言えばありません、なのニ、私達はニホン以外の国に『ニホン国と関係持った』という事を他の諸地域国家に対して宣誓……情緒的に言うなら、『お伺イ』を立てないといけない道理があるとは思えないのですガ……』


 フェル達は、地球や日本の事情はおそらくこちらの説明以上によく知っている。柏木もそれぐらいのことは予想できた。彼らもこの地球に来てから、高度な情報収集は行っているだろう。

 しかしそれはあくまで彼らだけの話であり、ティエルクマスカ連合全体としてみれば、『知ったことではない』という理由は確かに正当性はある。おそらくそういうことなのだろうと柏木は思った。


(フェルさん、なかなかやるなぁ……)


 柏木は昨日のフェルの雰囲気とは全く違う『お仕事モード』のフェルを見て、少々彼女のデータを変える必要があるなと思った……というより、調査局の局長レベルで、ティエルクマスカ-イゼイラ的に高度な政治判断を行えるのか?と疑問にも思った。


「フェルフェリア局長、では……」


 とやおら言おうとした同時にフェルが……


『カシワギサマ、もしこれ以上この件で当方が望まない要望を続けるのであれば、内政干渉になります。どうかこれ以上はご容赦願えますカ?』




 ……キッツイ一発である……『内政干渉』という言葉。国家間の交渉では、事実上の交渉終了通告のようなものだ。これを言われるということは、『これ以上は話し合う余地ねーよ』『聞く耳ねーよ』と言われているのと同義だからだ。

 しかも日本のような小さな地域国家が、超が1000個ほど付く大国に『内政干渉』などと言われたら、それ以上の交渉の余地はほとんどない……が……



 柏木は二藤部や三島、新見の顔を見て、唇を歪めて少し首を横に倒す。

 こんな不利な状況なのに、なんかニヤついている。妙に雰囲気がおかしい。

 白木の顔を見ると、机に肘をついて、顎を支えて、ニ~と笑っている。

 大見の顔を見ると同じような感じ……大見は目線で「フェルを見ろ」と合図している。


(?)


 と思いつつフェルを見ると、さっきまで燐とした目線だったフェルが、柏木から目線を逸らし、チラチラこちらを見るような感じ。なんかいろんな意味で『もうオシマイ』なような顔をしている。

 ヴェルデオの顔を見ると、ヴェルデオは柏木に、目を細めて首を横に少し振るようなジェスチャーを送っている……「そんなんじゃダメ」と言われているような感じだ。


(え?ヴェルデオ大使?なんですかそれは)


 まるで「このまま終わったらダメ」と言われてるよう。


 もう一度フェルを見る。

 なんか「ハァ」とか、小さなため息をついている。

 今、なんとなく試合終了させたら不味い様な沈黙が流れている。


(なんだよみんな、『内政干渉』なんて言われたら終わりじゃないか、まだやれってか?……なんか俺がフェルさんをイジメてるみたいじゃねーか……たまんねーな)


 みんなの表情の真意を全然理解していない柏木。

 まぁ、仕方ないといえば仕方ない。


(まぁ……そういうことなら、朝考えた奥の手使うか……)


 鼻でフーと一息つくと、柏木はPVMCGを起動させ、窓OSを立ち上げる。その様を見て白木が


「俺も帰りに一つ貰って帰ろ」


 と能天気な一言。

 そしてエディターを立ち上げ、朝即行で書き上げたファイルをロードする。


「フェルフェリア局長」

『ハ、はい……?』

「先ほどの件ですが、そういう事であれば、当方もこの要望を取り下げます。どうもご迷惑をかけて申し訳ありません」

『エ!?……』


 フェルが「もう終わりですか?」と言うような顔。

 日本政府側も「えええ?」というような表情。二藤部や三島も「おいおいおい」と言うような雰囲気である。


「(おいおいおい、もう白旗かよ柏木)」と小声で白木。

「(お前らしくないな。もっと突っ込めないのか?)」と大見


 ヴェルデオもどういう真意か(柏木は)わからないが、渋い表情をしている。


 柏木は白木と大見に(まぁまぁ)と掌を少し振り、片目を半目にする。



「……で、ですねぇ、まぁちょっと話題を変えますが……」


 と柏木が「その件はもういいです」とばかりに明るいトーンで話し出す


「フェルさん、我が地球の国際宇宙ステーション、略称でISSって言うんですが、ご存知ですか?」


 柏木は愛称でフェルを呼んだ。


『え?、あー、ソレは私達がこの地球に到着した時、最初に接触した、光起電力モジュールを多数装備した宇宙船の事ですカ?』

「ひ、ひかりき?……あ、えー、はい、そうです。それです(太陽電池って言わないんだな……)」

『ソレがどうかなさいましたか?』

「実はですね、最近入手した情報なんですが、その乗組員が地球に帰還しているそうなんですよ」

『エ?』

「で、ですね~……その報告書を読んだのですが、なんでも相当ヴァルメに対して恐怖心を抱いていたらしく、ものすごい混乱があったそうなんです。そりゃもうヤルバーンが出てきたときの空間振動でISSは衝撃でアラート鳴りっぱなしになるわ、船内の物は全部ブチまけるわ、乗組員は頭ぶつけるわ、もうシッチャカメッチャカ」


 報告書なんて見てない。朝ネットの毎朝新聞の記事を見ただけだ。もう想像で吹きまくった。

 ホラ話半分であるが、まぁ間違ってはいない。

 『フェルの良心を揺さぶる作戦』である。


『エェ……そそそ、そうなんですカ?』


 フェルは不安げな表情。 

 柏木は、一番最初にフェルと話した時、フェルは調査局の局長だというので、おそらくヴァルメ操作を統括しているだろうと思い、こういう揺さぶりをかけてみた。

 初めて合ったレストランの会話を分析した作戦である。

 なかなか柏木もちょっと卑劣な男であったりする。


「えぇ~、そうなんですよぉ~、その乗組員にはですね、国際って言うぐらいですから、日本人も乗っていました。田辺守さんって方なんですがね、そしてロシア人女性で、タチアナ・キセリョワさんって方と、あと……」


 柏木が乗組員の説明をする。日本人一人、ロシア人女性一人、同男性一人、アメリカ人二人、カナダ人一人と。


「で、その方々が、ヴァルメとどう立ち向かうか!ってな感じで一致団結してお互いが協力しあい、状況を打開しようと努力したわけです」


 なんか柏木の口調が、だんだんとテキ屋の口上のようになってきた。柏木も変に乗ってきてしまう。


「……しかし!、そこに現れた一機のヴァルメが、田辺さんに怪光線を浴びせかけるっ、その長い長い照射時間、他のクルーは見ていることしか出来ません!」


 フェルは両手を胸に当てて、なんか聞き入っている。

 シエら他の女性陣もドキワクで聞いていた。

 ヴェルデオやジェグリはクククっと笑っている。

 日本政府陣も同じ。三島にいたっては(そこはもうちょっとこう……)となんか言いたげな表情。


「……そしてヴァルメが獲物をむさぼり尽くし去った後、他の地域国家のクルーたちは、我先に田辺氏に群がります!それはもう『大丈夫かぁ!!』とばかりに!……そんな中、他のクルーを押しのけて、田辺氏の体をまさぐる女性が一人、それはもう『どこか痛いところはないっ!?気分は悪くないっ!?火傷なんてしてないっ!?』とばかりに身体をまさぐり倒したのですっ!」


 まぁ大体合ってる。しかし基本ホラ話である。


『ソ……それでど、どうなったのですカ?』とフェル

「えぇ、幸いな事にみなさんご無事でした」


 ヤルバーン女性陣が「はぁ~」と安堵のため息をつく。というか(いや、アンタらわかってるだろ)と柏木は突っ込む。


「そしてですね、何が幸いするかわかりません。無事が解った瞬間、なんと!……タチアナさんが『わぁっ』と号泣して、田辺さんに抱きついてしまったのですっ……どういうことかお分かりですね?……ん?」


 ここまでホラ話が、事実と合致するのも珍しい。


『エ……まさか、まさカ』と目が輝くフェル。

『モシカシテ、そのフリュハ……』と指をくわえてちょっと羨ましそうな艶爬虫類系のシエ。

『ソの、ケラータナベの事を……』と婚期を逃しているヘルゼン。

『……』無言で聞き入る地球人的に三十路で独身のオルカス。


「そう、田辺さんの事を愛していらっしゃったのです。あぁ、マモル、あなたはどうしてマモルなのってな具合に」


(いや、それ心中モンじゃねーか、先生)とタハー顔で心の中で突っ込む三島。

 白木や大見はもう笑いの我慢の限界を越えそうであった。

 普段はクールな新見も手で口を押さえ、噴き出す寸前。というか依頼したのはコイツ。

 二藤部や他、スタッフも似たようなもの。

 ヴェルデオやジェグリ、ゼルエも向こうを向いてなんか肩を震わせている。


 ……基本的にもう事前会合の全議題は済んでおり、まぁもともと無理なのがわかっている追加議題であったので、日本政府的にもダメモトで議題を突っ込んだ訳だが、まさか柏木がここまで混ぜ繰り返すとは思いもよらなかった。

 柏木もなんか自分で言っていて、だんだん恥ずかしくなってきた。


「オホン……ア゛ー……とまぁこういう感じの事があったわけですけど、もうね、極限状態の恋というヤツですか?えぇ、なんとその田辺さんと、タチアナさん、結婚してしまったらしいんですよ」

『ケ、ケッコン?ナんですか?ソレは……』

「えっと、ちょっと待ってくださいね」と、PVMCGで、イゼイラ語を検索する「あぁ、これだな。えっとですね、『ミィアール』したそうです」


 そういうと、ヤルバーン女性人は、全員顔が真っピンク……シエのみ真っ赤……になり


『う、ウソ、ホントデスカ!』とフェル。

『ス、ステキダ……』とシエ。

『イ、いいなぁ……』と羨むヘルゼン。

『ワ、わたしも……』と意味不明なオルカス。


「でね、フェルさん」

『ハ、ハイ!』

「この二人、ミィアール、あ、いや、結婚はしたそうなんですが、式がまだらしいんですよ……で、モノは相談なんですが……まぁこういう言い方もアレなんですけど、元々はヤルバーンさんのヴァルメが原因な訳ですよね……で、彼ら、今のままじゃずっとこのヤルバーンに悪いイメージ抱いたままになるんですよ」

『……』

「それで……彼らって、各地域国家では、英雄扱いされている有名人なんですよね……このままじゃマズイと思うんです、ヤルバーン的にも」

『……』

「彼らだけでも、一度誤解を解く意味も含めて、ヤルバーンに招待して差し上げられないでしょうか?」

『ウーん、それはわかりますけド……どうしよウ……』

「実は、私的には、このヤルバーンで、結婚式挙げさせてあげたら面白いと思うんですけどね」

『ウーん、ウーン、どうしようかなァ……』


 とフェルはヴェルデオの方をチラと見る。するとヴェルデオが軽く頷いている。

 すると煮え切らないフェルを見て、シエが業を煮やしたかのようにフェルの美しい翼のように広がる前羽髪の片方をむんずと掴んで壁際に連れて行く。なんともまぁ荒っぽい、しかし後ろを向いたお尻が色っぽい。

『アイタタタ、ナ何するんですか、シエ、放してくださいィ~』


 そして、シエはヘルゼンとオルカスを手招きして、先ほどの二藤部のように壁際に呼ぶ。

 ヤルバーンの男どもはお呼びでないらしい。

 

『)))())''(&%&%%%'()()=(====|~|()=)((''』


 シエは翻訳機を切って何やら3人に話しているようである。


「(なになに?……治安に関しては、私が責任をもってやるから、いいじゃないか……おまえも……かまわないとおもっているんだろ?……)」


 白木が小声でシエのイゼイラ語を通訳しだした。


「(え!?白木、おまえ、イゼイラ語、わかるの?)」

「(そりゃな、あんな同時通訳のような翻訳機で一日中話していれば、イヤでもわかるさ、俺ならな)」


 ドヤ顔の白木「俺がいてよかったろ」ってな感じ。


「(す、すご……で、他には?)」

「(あぁ……フェルフェリアさんな……「でも?だいじょうぶかなぁ本国に怒られないかなぁ」……で、あの行き遅れっぽいの……「地球の悪い噂を消すのにもちょうどいい、これなら理由が立つだろ」……あのお局さんみたいなのな……「お詫びという事なら、理由はつくから、今回だけですむ、問題ない」……)」


 いつの間にか白木の周りに二藤部や三島、他日本人スタッフが白木の通訳を聞くために集まっていた。

 ヴェルデオらは(何をしているんだ日本人は?)みたいな顔。


 フェル達は、しばらく話しこんだ後、席に戻る。


『失礼イたしました、カシワギサマ』

「いえいえ、お話はまとまりましたか?」

『ハイ……それでは、先ほどのタナベという方の件デスが』

「はい」



『……ケラータナベ・マモルと、ケラータチアナキセリョワ、他、アイエスエスに当時御搭乗していた皆さンとご家族ご親戚の方々をヤルバーンへご招待いたしまス』



 この言葉を聞いた瞬間、日本政府スタッフは全員「よしっ!」と微笑して頷きあった。

 新見は、柏木に親指を立てている。

 これは予想外の成果である。なぜなら、当初は米国への対外工作の意味も含め、米国人のみという目標で行ったが、ロシア・カナダというオプションまでつける事ができた。しかも後に解った事だが、ISS船長のダリル・コナーは英国系米国人で、親戚が英国に在住している。そしてカナダ人のブライアン・ウェブリーはカナダのケベック州出身で、親戚がフランスに在住していた。

 これで米国、ロシア、カナダ、EUを日本側に引き込む事ができると考えられた。これで最も懸念される中国の主要各国への工作活動に楔を打ち込む事が出来るとも思われた。


「フェルさん、ありがとう、感謝します」


 柏木は友人としてフェルに感謝の言葉を送った。


『ハい、これでいいですよネ、カシワギサマ』


 フェルは首を少し傾げ、ニッコリ笑う。


「はい」

 

 柏木はフェルを見て笑って頷いた。


「それとヤルバーンの各責任者のみなさんにも感謝いたします」


 柏木は深く礼をした。

 日本政府陣も柏木に倣い礼をする。

 ヴェルデオやジェグリも、ニコリと笑い頷く。

 ゼルエは、ニィと笑うのはいいが、猛獣っぽい牙を見せるから、ちょっと怖い。


「あ、だけどよぉ、柏木先生」


 やおら三島が思い出したように尋ねる。


「はい?」

「田辺さん、式場とかもう予約してんじゃねーのか?今からキャンセルっつったって、キャンセル料もかかるだろ、負担かけちまうぞ」


 すると新見が


「三島先生、そちらの方は我々で何とかします。その式場業者にもここで式を取り仕切ってもらいましょう。それなら業者も文句はありますまい。それと式の費用もこちらで負担しましょう。まぁそういう名目で日本円をヤルバーンに支払えば……」

「あぁ、なるほどな、外貨か」

「えぇ、その点は岩本先生、例の」

「わかりました。アレでなんとかしましょう。金額は帰ってから」


『アレ』とは所謂、『官房ナントカ費』の事だ。


「お願いします」


 三島はガハハと笑いながら


「とんでもない金額の式になりそうだな」


 柏木は白木に


「今の話、聞かなかったことにしたほうがいい?」

「ん?知らねーぞ、何の話だ?知らない機密はないものと同じじゃないのか?」

「ハイハイ、そうですね」


 やれやれ、と聞かなかったことにする。

 日本政府陣がそんな話をしていると、フェルが思い立ったように話を振る。


『アの……カシワギサマ……』

「え?はい?」

『ソれと、ニホン政府の皆様方』


 ん?とばかりに美人のフェルの語り掛けに、ハイハイと全員耳を傾ける。ちなみに外務次官は女性である。その男どもの態度に少しムっとする。


『今回の交換条件といっては何ですが、もしヨろしければ、こちらからの御提案もお聞き下さいませんカ?』


 二藤部が少し首をかしげて


「どのようなご提案でしょう?」

『ハい、実は、私も調査局の者としてお願いした事があるのですが……』

「えぇ、どのような?政府としてできる事であればご協力いたしますが」

『ハイ、私達、ヤルバーンの乗組員のニホン国への自由な上陸を許可いただきたいのです。乗務員に、このニホンという国を直接見学させていただきタイのですが……それと、乗組員の、えっと、ニホン語で何と言えば良いのでしょう……」


 と中空に画面を出してパパパパっと検索し、


『コれかな?……フクリコウセイ?……の意味もありましテ……』


「え!?自由な、ですか?」

『ハイ』

「自由な……ですか……うーん、どうなんでしょうね、みなさん」


 二藤部はスタッフに尋ねる。

 当然みんな考え込む。


『ナ、何か支障があるのですか?』

「あ~いえ、上陸というか、入国ですね、それを許可する事は別に何にも問題はありません。ここは大使館ですからね。乗務員の皆さんは大使館員扱いになりますから、慣例ではご自由に入国してくださって結構なんですが……」


 二藤部はシーっと歯で呼吸する。


『?』


 フェルやヤルバーン側スタッフは訝しがる。

 そこで三島が、話しにくそうな二藤部の代わりに話す。


「要するにですなフェルフェリアさん、あなた方の容姿が……日本国内では目立ちすぎるんですよ、なんせ我々は異星人さんと接触するのは初めてですからね。私達だって最初あなた方を見たときは相当ビックリしましたから……」 

『ソ、そうなんですか?』

「えぇ、おまけに女性の方々はみんな美人さんぞろいだ。マスコミがほっとかねーわけないですな」


 三島の発した『美人さん』という言葉に


『ソ、ソンナ、お世辞がお上手です、ファーダ』とフェル

『ミシマカ……ヨクオボエテオコウ』とポソっと何か誓うシエ

『ニ……ニホンのケラーデルンも素敵ですワヨ』と陰謀めいたヘルゼン

『……ヨシッ』何かを決意したオルカス


 そしてヤルバーンの女共を見て、呆れ顔の同男衆。女性陣はちょっと意味を誤解している。


「まぁそういうわけで、そこのところなんですよ……」


 と二藤部は柄にもなく頭をポリポリかきながら三島の『お世辞』を肯定する。

 日本側スタッフもコクコクと頷く。そして(特にアンタと獣人さんと、爬虫類美人さんだよ)という念を視線でピピピっと送る。


 がしかし……と柏木が割って入る。


「彼らもずっとここに閉じこもっている訳にもいかないでしょう、ですのでこうしたらどうです?最初は人数を十数人ほどに絞って、然るべき地位のある人のところにホームステイみたいな事をさせるって言うのは?……研修生みたいな扱いで」


 大見も柏木に同意する。


「どっちにしても彼らとは長い付き合いになるかもしれません。日本国民にも慣れてもらわないといけないと自分は思いますが」

「しかし、誘拐、拉致とかそういう懸念もあるぞ」


 と空自の多川が異議を挟む。しかし


『ユウカイ、ラチですか?その心配はご無用でス』

「え?どうしてです?」

『仮にユウカイやラチされたとしても、ティエルクマスカ連合国民すべてが登録しているバイタルビーコンを追跡すれば、転送装置で簡単に人員を回収できまス』

「あ……あぁなるほど、そうか、そういうモノがありましたな、そりゃすごい、ハハ」


 政府スタッフからも笑いが漏れる。

 海自の加藤も意見を述べる


「総理、どっちにしろこれは避けては通れない事案です。まずは柏木さんの仰るような方法で事を進めてみては?問題があればその都度潰していけばいいだけです。そんなに難しい問題でもないでしょう。彼らの容姿自体はもう既に国民全員知っている訳ですし、今回の日本人のヤルバーン側への訪問は大きな問題もなく成功しているようですので、いけるとはおもうのですが」

「うーん……そうですね、わかりました。そちらの方向で検討してみましょうか……ではフェルフェリアさん、そういうことで自由入国の方は帰り次第、即検討し、2~3日中に結果が出せるようにやってみましょう」


 二藤部はそういうとフェルはとても嬉しそうに


『あ、アりがとうございます』


 と右手を右胸に当てて二藤部に深々と礼をした。

 


 このフェルの言葉を最後に事前会合は終了した。

 当初は午後1時で終了し、昼食会を入れて3時から調印式という運びだったが、柏木とフェルの交渉が長引いてしまい、2時に終了、3時に調印式という事になった。

 そんな訳で昼食会は中止になってしまう。昼食は各自自由に採るということで一時解散となる。



 


「柏木さん」


 部屋を後にしようとした柏木に話しかけるのは新見。


「あぁ、新見さん、お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様でした。100点満点以上の出来でしたよ」


 と親指を立てて柏木を賞賛する。


「いえいえいえ、アレはもう今日の朝考えたヤケっぱちの手段でしたんで……ハハ」

「ははは、そうでしたか、しかし当初は米国に義理立てできれば御の字と思っていましたが、まさかロシアとカナダのオマケ付きでくるとは」

「まぁ……結果論ですけどね、でもなんかフェルさんの性格につけこんだみたいで、あんまり良い感じはしないですよ」

「えぇ、それが外交というものです。今日なんかまだ全然良いほうですよ」

「といいますと?」


 新見は、呼吸を一つ置き、語る


「外交というのはね柏木さん、水鳥のようなものです……水面にはきれいな水鳥がスイスイと泳いで見えますが、水面下では足をばたつかせ、クソも垂れる。時にはきれいな表面とは裏腹に、裏じゃ殺し合いだって起きる。外務省の世界ってそんなところなんですよ」

「えぇ、昔、イラクでもありましたもんね」

「はい。あの時は痛恨の極みでした……」


 新見は苦い顔をする。

 この事件は、日本でも当時騒然となった事件だった。2003年の出来事である。


「今日でも『内政干渉』って言われた時には、試合終了のホイッスルがなりましたからね。私の人生で『内政干渉』なんて言われる日が来るなんて思ってもみませんでしたよ」

「ハハハ、まぁ一般の自営業者の方が『内政干渉』なんては言われませんな。まぁ……フフフ、しかし、面白かったですけどね」


 柏木は新見に葛飾柴又みたいにやっていけるんではないかと言われ、「それはどうですかねぇ~」と頭をかき困惑する。


「……では、ここからは正規の国家公務員の仕事です。後は任せてください、今回はどうもありがとうございました。このあとはごゆっくりどうぞ」


 と改めて礼を言う新見。


「はい。ではがんばってください」


 と柏木は新見と握手を交わす。


 新見との話が終わるのを見計らうように白木と大見も声をかけてくる。


「お疲れさん」

「お疲れ」


 と二人


「おう、お疲れ。メシでも行くか?」

「いやぁ、俺も大見もまだちょっと打ち合わせがあってな。そっちと一緒にとるわ。正規公務員のつらいとこよ、すまねーが一人で頼むわ」

「了解。あ、そうそう、調印式はお前らも出るのか?」

「まぁな、多分そうなるだろ」

「向こうさんは?」

「ジェグリさんと、フェルフェリアさんと、ヘルゼンさんが出る予定だ」

「あ、そうなの……んじゃあのリザード姉さんと、獣人さんは?」

「いや?聞いてないな。まぁ多分、お初で、容姿が容姿だから向こうも気ぃ使ってくれてるんだろ」

「ははは、まぁなぁ……あの二人はちょっとびっくりしたもんな、まるっきりゲームの中ボスキャラだ」

「ハハ、怒られるぞ、んなこと言ったら……おっと、んじゃ時間だ、そろそろ行くわ、またあとでな」

「おう」


 と二人と別れる。

 柏木は他のスタッフとも適当に挨拶を交わし、貴賓室のロビーを退出。階層転送装置をレストランルームに合わせる。

 そうすると瞬く間にレストランルームに到着。ほとほとこの装置は凄いなと感心する。

 レストランルーム……まぁルームというには、あまりにデカすぎる部屋だが、今日も賑わっている。

 日本人招待者が、イゼイラ人や他の種族と接する表情も、昨日と違ってかなり自然になってきていると感じた。

 考えてもみれば、こういう種族の違いで驚いているのは地球人だけだろう。

 向こうからすれば、爬虫類のような種族のダストール人や、獣人系のカイラス人に鳥の羽のような髪を持つイゼイラ人、他にも探せば色んな種族がこの船に乗っているわけだから、地球人のような種族が一つ増えたところで、なんて事ないのかもしれない。そうでなければ、フェルのあそこまでの態度の説明がつかない。 


 そんな事を考えながら、柏木は適当な席に着く。そしてテーブルのVMCモニターを開きメニューを見る。

 ツラツラとメニューをスクロールさせる。今日はなんと日本語表示が出た。ヤルバーン側も気を使ってくれているようだ。

 しかし、『プァロボアの肉詰めソースかけ』とか言われても何のこっちゃわからない。

 

 と……下のほうのメニューに……『タラコのオニギリ』と『手作りさんどウイツチ』というのがあった。


(なんじゃこりゃ??)


 画像をアップしてみると、オニギリの方は、どう見ても青いコンビニで会いたくなるところの生タラコおにぎりである。確か、税込み145円の方だ。袋まで同じデザイン。

 んでもって、サンドイッチの方は、その弁当箱風の入れ物から見て、日本人招待客の、どっかのオカンが作ったようなミックスサンドである。


(ありゃ、こりゃ、ハイクァーンでスキャニングしてパクったなぁ?)


 と思わず笑ってしまう。

 柏木も興味本位でオカンのサンドイッチ一つと、おにぎり2個を造成する。

 光とともに選んだ物が造成される。


 おにぎりにいたっては、袋のシワの形や位置まで全く同じ物が2個出てきた。

 もう一つは、典型的なオカン製のサンドイッチが出来上がる。

 弁当箱には、鼻のない、かわいいネコキャラが描かれていた。

 回りをよく見ると、このおにぎりとサンドイッチは結構な人気のようで、イゼイラ人達がうまそうに頬張りながら談笑している姿が見える。


(ハハハ……こりゃ別件で考えなきゃならん問題が出来たなぁ……)


 これがハイクァーンの凄さと恐ろしさなのだろう。なんせ全く同じもの、つまり本物がいくつも出来上がってしまうのだ。これで世界の名画なんぞをスキャニングして作れば、いくつでも本物を作ることが出来る。

 確かに、炭素ナントカ法とかいう真贋鑑定方法もあるんだろうが、見た目だけではおそらく真贋は見抜けまい。ナントカ鑑定団とかいうテレビに出して、目利きを称する連中に勝負を挑みたいところだ。


 しかし、この技術が盗まれてしまえば……例えば、裏社会の人間や、テロリスト、他、北の民主主義を掲げた独裁国家なんかが手にすれば、とんでもないことになるだろう。



 そんな事を考えながら、サンドイッチに手を伸ばそうとすると、目的のタマゴサンドを横からヒョイと横取りする手が伸びる。


「え?」


 ふとその手が伸びた方向を見ると、なんと、リザード美人のシエが、いつの間にか横に座っていた。

 そしてそのタマゴサンドを薬指と親指でつまんで、舌をペロと出し、艶な格好で平らげてしまう。そしてモグモグさせながら、柏木に上目遣いで視線を投げかける。

 縦に割れた黄色い瞳が何となく不気味美しい。


「あー……あなたは、確か……シエさんでしたっけ?」

『フフフ、覚エテイテクレタカ、カシワギマサト』


 いきなりのフルネーム呼び捨てに困惑するが(あぁ、確かジェグリさんが言ってたな……この人の種族は敬語の概念がなかったんだっけ)というのを思い出す。


『フム、ウマイナ、コノ食ベ物ハ……モウヒトツ』


 ハム野菜サンドも食べてしまった。


『カシワギマサト、今日ハ見事ナ交渉ダッタナ』


 モグモグしながらシエが話す。しかし鱗状の皮膚がテラテラ光ってなまめかしい。


「まぁ、一応それが仕事ですんで」

『ソウカ、オマエハ日本政府ノ人間デハナイノカ?』

「いえ、元々は民間人です」

『ソウナノカ』

「えぇ、それで食って……あー、いや、貨幣を得ていましたので」

『フム、ソノヨウナ事デモ貨幣を得ルコトガデキルノダナ、私ハソノ点ハ疎イノデ、ヨクワカラヌ』

「そう言えば、シエさんは、ダストールという種族の方でしたね、多いのですか?この船には」

『イヤ、ダストールハ、私を含メ3人シカイナイ。コノ船ノホトンドガ、イゼイラ人ダ。私ハ派遣員ダカラナ』

「じゃ、あの、ゼルエさんという方も?」

『ウム、カイラス人ハ5人ホドイル。アノアタリノ種族モ派遣員ダ。種族数ハ多イガ、人数ハ少ナイ』


 シエは指で周りを数点指差し説明した。

 そういうと、シエは今度はおにぎりに興味を示す。

 柏木は「ハハハ、どうぞどうぞ」とおにぎりを差し出す。シエは微笑し、それも頬張りだす。


『コレはスコシ塩辛イナ』

「ははは、それは日本じゃポピュラーな塩辛い系の食べ物ですよ」

『ソウナノカ、塩分過多ニナルゾ、ウマイケド』


 そんな会話をしていると、柏木はシエの距離が少しずつ近づいていることに気づく。


『ナァ、カシワギマサト』

「『柏木』で結構ですよ、シエさん」

『ソウカ、デハ、カシワギ……オマエ、今日、コレカラノ予定ハアルノカ?』

「え、いや別に……って、え?シエさん、そんな近づいて……む、胸が……」


 シエのDカップな胸が柏木の右腕にいつの間にか密着していた。そして顔も急接近する。

 しかもその縦割れな瞳を柏木の視線に合わせてくる。もうヘビに睨まれた柏木である。


「い、いや、って、ソレマズイですって、みんな見てますよ!」

『ワタシハ気ニセンゾ?』

「え?え?いやいやいやいや!」


 その場からの脱出を試みる柏木。

 しかし、両の腕をガッシリ掴まれてしまっている。さすが爬虫類系、これがなかなか力が強い。

 柏木の体には、シエの胸部が密着状態である。ちなみに胸部には鱗がない。

 若草のように香る体臭が、ほのかに良い匂い。


 そんなところへ、シエの毒牙?にかかりそうな柏木を助けるかのように、シエの脳天にピンク色の空手チョップが軽く炸裂する。


『アイタ!』

『何ぁニをヤってるんっすか、シエ局長』

『ナンダ、リビリィカ、オマエ、一応ワタシハ、オマエヨリ上ノ立場ダゾ。チョップヲ食ラワシテドウスル』

『ソりゃ食らわしもしますよシエ局長ぅ、一応アンタ自治局の局長サンダロ、ソレがこんなところでデルンを漁って何してるんっすカ』

『自治局の局長ガ、デルント交流ヲ深メテハイカン道理ハアルマイ』

『深メ方に問題があるといってるんです。おまけに……ホレ……フンっ』


 リビリィがアゴで向こうを見ろとシエに言う。

 すると、少し距離を置いた場所に……


 フェルがジーーーーーーっとシエのいる方向を見据えて立っていた。

 しかも目がごっつい据わっている。

 腕を組み、足を前で少し交差させ、背筋を伸ばし、左約数度腰を曲げた状態。

 元々、まぶたにアイシャドゥのような藍色の色素、触ると切れそうな切れ長な目を持つフェル。普段にこやかなフェルは、それはそれでクール可愛らしいが、元々その姿が金色目なアレなので、目が据わってしまうと、完全なボスキャラと化す。


『フフフ、彼女ノゴ登場カ、今日ハ退散スルシカナサソウダ。デハナ、カシワギ、さんどいっちトオニギリ、ウマカッタゾ』


 そう言うと、シエは柏木の頬をなでて、行ってしまう。去る後ろ姿は、まるでモデルウォーキングのよう。赤い髪を後ろへファサっとかき上げている。


「助かりましたよ、リビリィさん……ハァ、食べられるかと思った……」

『あ~ア、知らねぇぞ、ケラー……あ、来た。んじゃあたいはコレで』

「え?行っちゃうんですか?」


 リビリィは、スタコラと手を振りながら行ってしまった。

 その表情は、かなり苦~い笑いを浮かべながら。


「あ、ありゃ、行っちゃった……ホント、なんだかなぁ……ってうぉっ!」


 正面を振り向くと、とっっってもご機嫌斜めなフェルが、デンと座っている。

 しかも、ものすごい恨めしそうなギロ目で。


「フ、フェルさん?どど、どうしたんですか?……一声かけてくれても……」


 と言ってる途中で、フェルは、眉間にしわを寄せ、ギンと机の上にある食べかけのおにぎりとサンドイッチを睨み付ける。

 すると、それを柏木から取り上げ、スタスタと廃棄ボックスまで持って歩いていき、投げ捨てるようにベシっと捨ててしまう。


「あ、あ、あ、捨てちゃうなんて、ありゃ~、何怒ってるんだ?フェルさん」


 柏木もココまで来れば重症である。

 そしてフェルは、スタスタとまた柏木のテーブルまで戻ってきて、デンと座る。

 すると無言で、VMCモニターを開け、プンプン怒りながら、何か食べ物を二つ造成させ、一つを柏木にズイっと差し出す。どうもフェルの好物みたいである。

 フェルは、フォークのような食器でガツガツとその食べ物を突き刺してモグモグ食べ始めた。


「あ、あの~フェルさん?」

『シエなんかに……のばして……カシワギサマも……ブツブツブツ』


 プイと顔を向こうに向けて食欲旺盛なフェル。いや、やけ食いか?

 まぁ、さすがの鈍感朴念仁カイザーな柏木もフェルの最近の行動を感づいていないわけでもないので、


「あー、フェルさん、なんか誤解してますよ、彼女とはなんでもないですって」

『ブツブツブツブツ』


 ここまでくると柏木も面白いので、ふてくされたフェルをしばらく観察する。


『もウ……カシワギサマなんて……グッ、ゲホ』

「ほらぁ、そんなやけ食いするから、もう……」


 柏木は傍にあった水のペットボトルをフェルに差し出す。


『ングング、はぁ~……もぅ!カシワギサマも迂闊すぎでス!ヴェルデオ司令の事言えませんヨっ!』

「はぁ?」

『シエ達、ダストール人は、アんな……あんな……その……アノ……』

「へ?」

『エっとですね……色恋話に弱イんですよっ!もう……』


 フェルの話だと、ダストール人女性は、いわゆる恋愛話、しかも燃え上がるようなラブロマンスとやらの話に異常に弱いらしい。ダストールの文化芸術には、その手の話がゴマンとあるそうで、プロポーズなどにもそういった文学、叙事詩などの一文が引用されるぐらいなのだそうだ。


「そんなのわからないですよぅ、私地球人だし。それにあの話、一応事実なんですからね」

『ソレとコレは話が別でスっ!ホんとに気をつけてクダサイねっ!……食べられちゃいますヨ、本当に……その……アノ……』


 なんか自分で振っといて、勝手に頬をプシューっとピンクに染めている。一体どういう食べられ方を想像したのだろうか?


「はいはい、わかりました……って、フェルさん、それはそうと、調印式の方はいいんですか?出席するんでしょ」


 フェルは柏木からもらった腕時計をチラと見る。


『まダちょっと時間があります。なのでお食事をスマセようと思って来たら、この有様デスっ!』

「はいはい、これから気をつけますって」


 柏木は「まぁまぁ」と手をふりフェルをいさめる。


「ははは……って、あぁそうだフェルさん」


 柏木は思い出したようにフェルに尋ねる。


『ハイ?』

「いや、さっきシエさんに聞いたんですけど、この船って、イゼイラ人以外の種族の方って結構いるんですか?」

『種族数ハ十数種族ホドいますガ、人数ハ少ないです。ほとんどが専門職の派遣員デスよ。シエも艦内自治のスペシャリストという事デ派遣されていまス。元々この船ハ、イゼイラ船籍デすので、イゼイラ人がその大多数を占めまスヨ。ソレが何か』

「ん~、あー、いや、実は私達も、この船はイゼイラ人しかいないと思っていたのですが、結構な種族の方がいるようなのでね……ホラ、例の入国の話ですよ、早いうちに他の種族の方も日本国民に知っておいてもらったほうがいいんじゃないのかなぁと」

『ナにか問題があるのですカ?』

「いや、問題とか……あー、やっぱ問題になるのかなぁ、うーん……」


 と言いつつ柏木はPVMCGの時計を見ると


「あ~、フェルさん、早く食べないと調印式始まってしまいますよ、ホラホラ」

『ア、そ、ソウデシタ。モグモグ……あ、ハの、ハシファギハマ』

「はい?」

『ゴクン……今日も、アトで、その……』

「ハイハイ、わかりました、またお付き合いしますよ、だからほら、もう時間が」

『ハ、ハイ!では、行ってきまス』

「はい、頑張って下さいね、行ってらっしゃい」


 柏木は笑ってフェルを見送る。

 フェルはスタタっと走って行ってしまった。



 しかし、フェルにしてもシエにしても本当にティエルクマスカの人々は屈託がない。日本人に対し、まるで久しぶりに合ったような友人のように接してくる。なんとも不思議なものだと柏木は思う。

 そして自分自身も、フェルのような、言ってみれば人類的には人外の知的生命と、たった2日ほどでここまで……まぁ嫉妬されるまで懇意になるとは、あの作戦の時から思えば、信じがたい状況でもある。


 そんなことを思いながら、結局おにぎりとサンドイッチは、一つも手をつけることなくシエに食われ、フェルに廃棄されてしまい、残ったのは、フェルが造成してくれた正体不明の食べ物。見てくれはとてもカラフル。

「なんだろうこれは……」と思いつつ、箸ならぬフォークをつけてみる。フェルはこれをふてくされながらも、うまそうに食べていた。

 見た感じテリーヌのような食べ物みたいだ……気合でパクっと口にすると、甘酸っぱい味、女の子が好きそうな味である。肉系の食感と野菜系の食感があわさったような味、うまいもんだ。

 柏木はそのテリーヌのような食べ物を平らげた。



……………………………………………



 午後3時、二藤部内閣総理大臣と、ヴェルデオ ヤルバーン司令 兼 全権大使の会談と調印式が行われた。

 これはライブで日本国内にも放送されたが、ティエルクマスカの例の法律で、レポートなどをすることができず、また、共同記者会見も行われなかったため、日本国内へは、カメラマンが撮った映像のみ流された。


『ただ今より、日本国とティエルクマスカ銀河共和連合との相互文化交流条約調印式の模様を生中継いたします。ただし、今回の放送は、ティエルクマスカ連合での法律の都合上、一切の解説、コメント、コマーシャルの放送などを行う事ができません。あらかじめご了承ください』


 各局とも、このような感じのナレーションの後、二藤部とヴェルデオの挨拶と、その後の調印~調印終了後の握手までをリアルタイムで、一切の解説のない映像を、茶の間に延々と流し続けた。



 今回の『日・ティ銀連相互文化交流条約』は、行政協定という形で条約(協定)が結ばれた。

 二国間条約には大きく分けて『通常協定』と『行政協定』の2種類がある。この中で通常協定と呼ばれるものは、『日米安全保障条約』に代表されるように、法による正当性の判断が必要とされる条約に適用されるもので、政府代表者が条約を調印した後、議会での承認が必要とされ、議会の承認後に発効される条約である。

 そして、行政協定というモノは、条約の内容が既存法の範囲内、過去の国会審議で決議例のあるものなどの行政権限で可能な場合に適用される条約で、この条約の場合、政府代表者がサインし、条約書類を相手国と交換した直後に発効する。


 今回は、『相互文化交流条約』という、曖昧な命名の為、行政協定という形で即座に条約を発効させることができた。命名的に法の判断が必要とされるようなモノをある意味、あえて避けたのである。しかし、これが今回保留にされた『通商協定』の場合、『予算』という議会承認が必要なものが出てくるので、自ずと『通常協定』となる。


 現在の日本の場合、台湾や北朝鮮などの国交がない国とはこのような二国間条約が結ばれていない。言い換えれば、そういうわけで国交がないわけであるが、ティエルクマスカも同様で、突如日本にやってきたわけであるから、当然国交はない。なので、このような二国間条約の何某かが今回初めて締結された事で、正式に国交が開けた事になる。ある意味とても記念すべき日となったわけである。

 そして、これでこのヤルバーンが正式に大使館として稼動する。


 日本の色んな場所で、国民がこの報道映像を注視していた。

 お茶の間で、家電量販店のテレビで、町のランドマークにあるような超大型モニターで、スマートフォンや携帯電話のワンセグ放送で……


 このナレーションも解説も何もない、ただ事実を延々流すだけの素っ気無い調印式の放送が、なんと地上波各局平均最高視聴率60パーセントを記録した。それだけ国民の関心も高かったのだ。

 都内のあるランドマークの大型モニター前では、二藤部とヴェルデオが調印後に握手をした映像が流れた時、どこからともなく拍手が沸きあがったほどである。

 相模湾沿岸の自治体では、この瞬間に条約締結を祝う垂れ幕が役所に掲げられた。相模湾沿岸の観光業者も一安心だ。


 当然、この映像は、日本の通信社を介して、世界各国の報道機関へも配信された。無論世界の報道機関は、日本側の配慮など関係ないので、キャスターやらMCやら評論家やらが、色んな論評を付けて報道する。


 海外の報道機関は、その報道姿勢、言ってみれば政治思想とでもいうべき社の方針のようなものに極端な偏りがある報道社が多い。非常に主義主張を明確に記した発信をする。

 そんな中には、『ティエルクマスカの深遠な侵略の序章』だの、『日本は異星人と結託して、人類を裏切るのか?』だの、その容姿をして、ゴシップ紙には『ギリシャ神話のモンスターは宇宙人だった』といった妙なものまで出てくる始末。

 これもある意味仕方がない。なぜならこういった公式の場で正式にイゼイラ人が姿を見せるのは初めてだったからだ。とにかく、海外にはこの件に関する情報がない。もう正直、皆無のレベルである。彼らの情報は、結果論だが、現在日本が独占している状態なのだ。


 そして懸念される事態も。

 この事件を期に、水面下で細々と運動を続けていた世界各国の革新系組織が連携を見せ始めてきた。

 いわゆる「地球市民」を掲げる連中である。これらがティエルクマスカの来訪を機に、新しいテーマ『地球連邦』構想を掲げ、活動を開始し始めたという話も後にわかることになる。


 日本は当事者で、情報もそれなりに公開されているので、さほどではないが、今この時でも、世界各国の政治団体や、その実態が怪しげなNPOなどでは、徐々に動きが活発化してきている。こういった事も、結局情報の無さが根本にある。

 そしてそんな活動の裏には、例の国の姿もチラホラと……




 世にそんな動きが出始めようとする中、柏木も、フェルが待ち合わせ場所に指定した公園のベンチで、彼女を待つ間、PVMCGでこの放送を観ていた。


(これでティエルクマスカとイゼイラ相手に国交ができる……か)


 千里中央のあの時から、まだ半年もたっていない。というより、まだクリスマスも迎えていないこの短期間で、地球外の知的生命体と国交を持つ。しかもそれが日本だけというのも、なんとも感慨深いものがある。

 しかも、会ってまだ3日も経っていない……いや、あちら的には相応の時間らしいが……異星人の異性で友人以上の関係を現在持ってしまっている……しかし柏木的にはまだここらへんまでの認識しかない。


 そんな事を考えていると、放送も終わってしまった。

 多分フェルが来るには、まだしばらく時間がいるだろう。っていうか、調印式スタッフなのに来れるのか?という懸念もある。

 まぁしかし別に急ぐ理由もないので、少しこの人工的な公園を散策してみる。

 多くのイゼイラ人が、芝生(だろうと思う)に座ったり、寝そべったりとのんびりと過ごしている。おそらく彼らもこの船の乗務員なのだろうから、なんらかの職務を持っているはずだ。おそらく休憩か非番か勤務時間外か、そんなところだろう。

 一人のイゼイラ人青年……といっても、地球時間的には彼の方が年上なのだろう……と目が合い、会釈する。

 彼はPVMCGのスイッチをいれ、翻訳機を稼動させた。

 

『ニホンノ方ですか?』

「はい」

『ソウですか、いかがですか?ヤルバーンハ』

「えぇ、非常にいい船ですね。これが船内とは思えませんよ、いまだに」

『ソウですね、ワたしもソウ思います』

「え? あなた方はコレが普通じゃないのですか?」

『マァ、そうですが、ワタし達でも環境の良い所だと思いますヨ、この船ハ。この船に配属されてヨかったと思います……そうだ、ケラーニホン人、ニホンへの入国許可が出るって聞いたのですが、本当ですカ?』

「えぇ、最初は選抜者からだと思いますが、まぁそのうち自由に出入りできるんじゃないですか?」

『ソうですか、楽しみだなァ……あの絵でできた映像の場所、行ってみたいでス』

「旅行ですか、ハハ……あれは絵でしたが、実際はもっといいところですよ。あのアニメ、あ、いや、絵で出来た映像の冒頭に出てきた、伊勢神宮はお勧めです」

『ソうですか』


 そんな話を軽くしてその青年と分かれ、プラプラしていると、PVMCGの通信着信音がホワホワと鳴る。

 着信操作をすると、フェルが出てきた。映像付きである。


『カシワギサマ、イマどちらにいらっしゃいますか?』

「あぁ、待合場所の近くを散歩しています。もう着きましたか?」

『ハイ』

「じゃ、すぐ行きますよ、少し待ってて下さいね」



 柏木は待合場所に戻る。

 フェルは柏木の姿が見えると、手を振っていた。柏木も手を振って返す。


「お待たせです」


 フェルはプルっと首を振り


『私モ今来たとコですから』


 と笑って返す。お約束の返事は宇宙共通か。


「さてフェルさん、今日はどこに連れて行ってくれるのですか?」

『イイトコです』

「ん?」


 フェルが待たせてあったトランスポーターに二人は乗る。


『アの……カシワギサマ』

「はい?」

『先ほどハ、ゴメンナサイ……』

「あぁ、あれは別に……」

『イエ、そうではなくテ、会議での事デス』

「ん?何かなさいましたか?」

『内政干渉なんテいってしまいましタ……』

「あ~あ、アレですか、何をいっているんですか、ご立派だったですよ。私は感心しました」

『エ?』

「あのねフェルさん、交渉事で一番大切なことは、色々ゴチャゴチャ話はしますけど、結局最終的に態度をはっきりさせることなんです。ダメなものはダメ、良い事は良い。わからないことはわからない。はっきり言う事ですよ。でなければ、相手は変な誤解をしてしまい、その誤解から、想像もしないトラブルを招く事もあります。なので、ティエルクマスカの対応としては、あれは正解だったと思いますよ」

『そ、そうなのですカ?……ア、ありがとうございまス』


 柏木はコクンと頷く。

 フェルはまさか褒められるとは思っていなかったので、少し照れてしまう。


「むしろ私の方こそ、謝らなければならないですが……」


 柏木はポソっと言った


『エ?どうしてデすか?』

「え?あ、いや、まぁその辺はまたいずれ」

『?』


 

 そんな雑談をしながらしばらく走ると、昨日通った時は閑静な場所だった居住区が、なにやら賑やかになっている。


「あれ?昨日はこんなに人いなかったと思ったが……」


 よく見ると、日本人招待客の姿も多い。

 みんな何やら手に食べ物やら見たこともない光る玩具やら持っている。

 そして、パッと目に飛び込んできたのは、露天屋台だった。


「え?これって……お祭りか何かですか?」

『ハイ、今日は『国交祭』です』

「国交祭?」

『イゼイラのお祭りでス。イゼイラでは、未知の文明との交渉が成立した時には、必ず都市母艦で行う行事でス。イゼイラ人は、みんなこのお祭りができることを喜んでいまス』

「へぇ~そうなんですかぁ~」


 柏木も楽しげな賑わいに心を躍らせる。

 すると、道路の向こうで、麗子や美里、美加が、リビリィ、ポルといっしょに露店で何かもらっている姿が見えた。


「ははは、あいつらも来てたんだ」

『そうみたいですネ』


 そしてトランスポーターは、街の適当な場所に停止し、二人は降りた。

 そして色んな屋台を見て回る。


『ア、カシワギサマ、アレを食べましょウ』

「ん?」


 フェルは、柏木の手を引き、食べ物屋台の前に連れて行く。

 何かカップのようなものに、カラフルな物体がテンコ盛りされたような食べ物である。

『ハイ』とフェルに渡される。フェルは目をヘの字にしてうまそうにスプーンのようなもので食べていた。

 柏木も勇気を出して、口に入れてみる。


「あぁ、なるほど、これはいけるな」


 要はアイスクリームのようなものだった。アイスよりは粒子が粗い。何か混ぜ込んでいるようだが、少し芋を裏ごししたような食感に近い。

 味はフルーティである。まぁ何かの味に例えろと言われても、思いつくところがないので何ともいえないが、うまいかマズイかで言われると、とてもおいしい。


「お金は……あ、そうか、貨幣経済じゃないから、お金はいらないんだ」

『ソウですよ、地球ではオカネと交換なんですカ?』

「えぇ、もちろんです。地球では、物を入手する時、どんな物でもお金が要ります……しかし、これ、手作りですよね?原材料はどうしてるんですか?」

『ハイクァーンで、原材料ノミ造成して、アトは屋台のマスターの手作りでス』

「あぁなるほど!そういう使い方もあるのか」


 柏木は感心した。何でも造成できるハイクァーンだが、使い方によってはこういう使い方もあるのかと。

 そしてこれら屋台の店主は、こういった店を、まぁ言ってみれば趣味で出しているのだ。


「なるほどねぇ、これがティエルクマスカの人達の『働く姿』か……」


 ある意味、労働の理想的な姿である。地球人が『働く』根拠は、生活の糧を得るためだ。極端な話、糧を得られない労働に意味はない。芸術を志す者でも、結局は先立つものがなければその先に進めないから、それを得るために働かなければならないし、自分の理想とは違う何かを創造しなければならない時もある。

 しかし、ティエルクマスカの人達のように、こうまで物流や通商の価値観が違うと、地球人的な感覚で物事を見ることは全て無意味になってしまうのだ。

 柏木はそんなこの空間に、なんとも不思議な感覚を覚えていた。


 フェルと柏木は、そんな意味も含んだ雑談を交えながら、祭を楽しんでいた。




 少し歩きつかれたので、カフェのような露店で一休みする。


『カシワギサマ、何カ飲み物でも貰ってきましょうカ?』

「あぁ、いえ、別にかまいません。フェルさんは?」

『私モ大丈夫ですヨ』


 柏木は一息ついたところで、以前から疑問に思っていた事を聞いてみた。


「ねぇ、フェルさん」

『ハイ?』

「前から疑問に思っていたんですが、ティエルクマスカの方々と私達日本人、こんなに科学力も違い、あなた方は豊かで、国力も比較すら出来ないほど差があるのに、なぜこんなにも私達をあなた方と……こう、なんていいますか、同格に扱っていただけるのでしょうか?」

『??……おっしゃっている意味が良くわからないのですガ』


 本当に良くわからないらしい。首をかしげて問い返すフェル。


「お気に障ったら申し訳ないのですが、そう、我々は未開人だから差別するとか、そういう感覚はないのでしょうか?」

『ア~、そういう意味ですカ、解りましタ……ナルホドでス』


 フェルは柏木の言わんとするところが理解できたらしい。しかしここまで説明しないとわからないのだから、本当に彼女たちは、地球人や日本人を同格に見ているみたいである。

 そしてフェルが説明をしてくれた。


『ソモソモ私達は、この星の方々を遅れた種族と見ていませン。そしテ、もしあなた方が私達よりも色んな意味で遅れた種族なら、このように接触する事がマズありませン』

「その根拠は?」

『だっテ、みなさんは、私たちのことを理解できてるじゃアりませんか』

「え?」

『カシワギサマは、私の差し上げたゼルクォートを使いこなしているではありませんカ、それに、ニホンの科学者の方々は、私達の技術がどういうものか理解できているジャありませんか』

「……」

『科学や技術ガ進んでいるか進んでいないかなんていうのは、知的生命としてどちらが先に科学技術が発展したかというだけの話にスギません。重要なのは、その文化や技術や……もっと大きく言えば、その存在を理解できるか出来ないかという事です……地球や、ニホンの人々は、私達がどういう存在か理解していらっしゃいまス。カシワギサマ?貴方もそうでしょう?』


 柏木はフェルの言葉を聞いて、(か~っ!そうか、なるほど~!)と心の中で手を打った。

 人類は、SF作品のような創作の世界で、彼らのような存在がどのようなものか、色々と予想し、いろんなケースを物語として紡いできた。

 結局そのおかげで、彼女達のような存在も、当初は脳にリセットがかかったものの、結局理解できてしまっている。そこが彼女達には重要であって、科学技術のレベルとか、そういうモノは彼女達にとっては何の価値基準にもならない事なのだ。


『ソレニ…………』


 フェルはそういうと押し黙ってしまった。


「それに?何ですか?」

『い、イエ、何でもありません』


 少し作り笑いをするフェル。

 柏木のこの質問が、彼女の何かに触ったようだ。

 そして、この話題によるものなのだろうか、少し哀しげな顔で


『カシワギサマは、明日お帰りになるのですよね……』

「え、えぇ……」

『ソうですよね……もう会えないのカナ?』

「え?」

『……』

「オホン……ま、まぁ、現実的な話をすれば、今度いつお会いできるかはわかりません」

『ソうですよね……』


 柏木は、彼女が何を思っているのか、鈍感朴念仁エクスペリメントでもまぁそれなりに男としては薄々察してはいるので、変な期待感を持たせても悪いと思い、正直に答えた。

 彼は非常勤国家公務員とはいえ、基本民間人だ。

 正規の政府関係者なら、今後も行き来があろうが、彼にそこまでの権限はない。

 おまけに政権が変わってしまえば、柏木もお払い箱になる可能性もある。

 そう思うと、期待感を抱かすだけ可哀想だと思った。

 しかし、「まぁ別に気にする必要もない」と柏木はフェルに言う


『エ?』

「だって、コレがあるじゃないですか。お会いできなくても、お話ぐらいはできますよ」


 腕のPVMCGをポンポンとたたく。


『ア、そ、そうでしたネ、ウフフ……』


 しかし、女心としては、お話だけでは満足できない事もある。そこが複雑。


『明日ハ、お見送りにいきまスね』

「はい」

『ワたしたち、これからもずっと……その……』

「はい、ずっとお友達ですよフェルさん」


 柏木はにっこり笑う。


『お、友達……そうですネ、お友達かラですよね』

「え?『から』?」

『エ、イエ、なんでもありませン……』


 少しシュンとするフェル。

 正直、柏木はいっぺん死んだほうがいいと誰もが思うだろう。




 一休みしたあと、また屋台を色々と覗く。

 フェルに色々と解説をしてもらいながら、様々なイゼイラの文化・物産の説明を受けた。

 途中で、同じく遊びに来ていたシエとフェルが鉢合わせてしまう。

 シエは解っていてこれまた冗談で柏木を食べようとするが、フェルの猛反撃を受け、鬼ごっこをする始末。

 まぁこれはこれで見ていて楽しいので、決着がつくまで眺めている。

 しかし、どうにもリザード美女は、思いのほか……というより、相当すばしっこかったようで、息をゼーゼー切らせながらフェルが戻ってきた。


『シ……シエ……さすガに追いつけませン……ダストール派遣員だけのことはありまス……ジャンプ力が尋常ではアリマセン……』


 柏木は思わず笑ってしまい、またフェルに説教をうけるハメになる。


 そんなこんなで遊びまわっていると、とある露店で柏木は足を止める。

 模型か、玩具らしきものを置いているようだ。

 よく見ると、イゼイラ製の武器らしき精巧なイミテーション玩具が置いてある。

 柏木の趣味的にはクリーンヒットである。

 

(一つホシイなぁ……)


 と考えていると、フェルが


『カシワギサマ?これがホシイのですか?』


 と見透かされてしまう。


「え、い、いやそういうわけでは……イゼイラの武力の参考にですな、ははは」

『そうですカ、しかし、ここは物々交換の『ショップ』ですので、何か手作りのものがなければ、入手できませんヨ』

「え?物々交換?」

『ハい。何か手作りのものとなラ、交換してもらえます』


 柏木は、びっくりした。

 なんでもハイクァーンで製造できる社会故だからだろうか、この露天では、価値の交換を、物々交換で行っていたのである。つまりは、原始資本社会の構図だ。

 彼らは、手作りのものに価値を見出している。その価値観の交換で、このイミテーションを交換してもらえるのだ。

 結局、我々が使う『貨幣』とは、この価値観を数値で国家が管理しているにすぎない。やっていることは『価値』というものを『貨幣』代替にした間接的な物々交換と同じ事なのである。


(すなわち彼らは、価値交換の意味を理解できるわけだな、なるほど、これは良い物を見た)


 柏木はそう思った。

 これなら、彼らに外貨として円を渡しても、その意味を理解し、きちんと使う事ができるだろうと思った。

 なんせ貨幣社会が5万年前に終わったといわれては、そりゃ不安にもなる。


「んじゃぁ……これと何か交換してくれませんか?」


 と柏木は日本製のインクが熱で消せる最近流行のボールペンと、新品の手帳を取り出してお願いした。

 そうすると、それが彼ら的に珍しいものだったのか、非常に店主は喜び、一番高級そうな大型拳銃型武器のイミテーションと交換してくれた。


 なかなかに重厚なフレームデザインは、柏木の好みである。

 するとフェルが


『ソれは、地球語で言えば、『でぃすらぷたーがん』をモデルにしたものですネ』

「デ、ディスラプターガン??」

『ハイ、本物のそれでウたれたら、チリも残りません』


 と、フェルはウフフフと笑う。そして、「ゼルクォートのセキュリティを解除すれば、同じものを使えますヨ」と柏木を誘惑する。

 柏木は(な、なんじゃそりゃ)と、ちょっと腕を見てブルってしまった。


 ……柏木は、その店の品揃えを見て、ふと違和感を覚える。

 古い物をモデルにしたイミテーションでは、地球世界のフリントロック式銃のような物があった。更に古いものでは、そのままボウガンのようなものもある。こういうところは歴史的に考える事が同じなのだろう。しかし……


 柏木の偏った知識が違和感を訴えるが、その時はそれに気づく事ができなかった……




 

 ということで、会談終了以降は、この祭で遊びほうけていたわけであるが、いつしか日は落ち、夜になる。

 途中で先ほどのリビリィらと遭遇し、みんなで軽く食事を取った後、フェルは、リビリィ・ポル達とともに帰宅していった。えらくフェルは名残惜しそうだったが…… 


「柏木くぅ~ん、もしかして、今の今までフェルフェリアさんと、おデート?ん?ん?ん?」


 美里がお約束の突っ込み。


「柏木さんも、やっとお目覚めになりまして?結構結構。で、詳しくお話をお伺いしたいですわ」と麗子

「おじさん、宇宙人さんとデートってどんな感じだった?ねぇ、ねぇ」と美加


 ……柏木は頭が痛くなってきた……

 



……………………………………………




 さて、その夜。

 各々各自部屋で最後の夜を宿舎というか、ホテルで過ごしていたわけであるが……

 部屋の割り当ては、柏木一行の場合……


 柏木は、一人部屋。

 大見一家は、大見が一人部屋で、美加と美里が二人部屋。

 白木は一人部屋。

 麗子も一人部屋。


 という感じであるが、この日の夜、麗子と白木は同じ部屋にいた。


 まぁ、婚約者同士である。なので同じ部屋にいたところで不思議はない。

 しかし、婚約者同士で男と女が同じ部屋にいれば何をするか?といえば……普通に考えればヤる事は一つである。

 それが出来ないというのであれば、はっきりいってソイツはどうかしている。健全とはいえない。

 こういう場合、それができるほうが健全なカップルである。


 本作は全年齢対象なので、これ以上は書かない。ってか書けない。えぇ。

 なのでそのあたりは諸氏想像を膨らまして補完していただくことになるが、まぁそんなこんなで丁度第一回戦が終わった頃、白木のスマートフォンに着信音が鳴る。


「ん~誰だよ、こんな時に」


 と白木が興をそがれたようにボヤく。

 スマートフォンの画面を見ると、意外な人物の名が表示されていた。


「え゛?フェルフェリアさん???」


 そう言うと、傍らで露な姿で寝そべる麗子がシーツを胸に当てて起き上がると


「何ですって崇雄、あなたフェルフェリアさんとどういうご関係!?」


 と、全然気合の入らない冗談っぽい口調で言う


「アホな事言ってんじゃねーよ麗子」と笑いながらも「しかし、こんな時間になんだ?」と訝しがる。


 フェルには、日本政府から連絡用にスマートフォンが貸与されていた。それを使ったのだろう。無論、柏木や白木、大見、他、麗子や美里、美加の番号も記録されている。


 プっと応答アイコンを押して電話に出る


「はい、白木です」


 麗子が白木に顔を近づけ、内容を聞こうとする。

 白木はソレを見て、スピーカーモードに切り替える。


「(フェルフェリアさんは俺一人と思ってるんだ、余計な事言うなよ)」

「(はい、わかっておりますわ)」


『アの……ケラーシラキのすまーとふぉんでしょうか?』

「えぇ、私です。こんばんはフェルフェリアさん……こんな遅くにどうしました?」

『ハイ、あの……』

「え?」

『エっと……今度の日本入国の件なんデすけれど……』

「はぁ、それが何か?」

『エ……イエ、やっぱりいいでス。遅くにご迷惑をおかケしました、ゴメンナサイ、デハ……』

「あ~~ー、ちょっと待った待った!、ど、どうしたんですか?何かご相談事なら、お話を伺いますが……ご遠慮なく言ってください」


 麗子が白木の耳元で


「(崇雄、これはもしかして……)」


 白木は、通話口を指でふさいで


「(あぁ、多分こりゃアレだな……)」

「(ちゃんとご相談に乗ってあげなさいな)」

「(アタリメーだろ、こんな面白い事、他にあるか、クックックック)」

「(もう、そんな事じゃありませんでしょ!)」


 麗子は白木の裸の背中をベシっと叩く。


「イテっ!」

『ドうなさいました?ケラー?どなたかいらっしゃるのデすか?』

「え?いえいえ、ちょっと足を打ちまして、ハハ、どうということはないです」


 というと白木は


「(テメー、麗子、2回戦目覚えとけよ)」

「(ホホホホ、いつでもどうぞでございますわ)」



「あー、すいません。で何かあるんでしたら遠慮なく言ってください。政府は出来る限り『誠意を持って』ご対応さしあげますっ」

『ソ、そうですか?……では、お願いがございまシて……』






 はてさて、フェルの突然の白木への電話。その内容とは?……





 こうして、ヤルバーン滞在 最終日が終わろうとしていた……









主要登場人物:



~日本政府関係者~


柏木かしわぎ 真人まさと(37)

 元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官

 白木や大見の高校同期で友人


白木しらき 崇雄たかお(37)

 日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員


大見おおみ たけし(37)

 陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉→三等陸佐 レンジャー資格所有者

 柏木・白木の高校同期で友人


二藤部にとべ 新蔵しんぞう(59)

 自由保守党総裁・内閣総理大臣。衆議院議員一般には保守系の憲法改憲論者として知られている。


三島みしま 太郎たろう(73)

 自由保守党 副総理 兼 外務大臣 衆議院議員。いわゆる「閣下」


新見にいみ 貴一きいち(46)

 日本国外務省 国際情報統括官 白木の上司


○その他政府関係者


内閣官房副長官 岩本和夫いわもとかずお(55)

外務次官 斉藤光恵さいとうみつえ(50)

内閣官房参与 東京大学教授 真壁典秀まかべのりひで(76)

防衛事務次官 河本一誠こうもといっせい(50)

海上自衛隊 海将 加藤幸一かとうこういち(58)

航空自衛隊 一佐 多川信次たがわしんじ(42)


~一般人~


大見おおみ 美里みさと 37歳

 大見 健の嫁 柏木とは大学時代の同期


大見おおみ 美加みか 13歳

 大見 健の娘 都内某都立中学に通う元気な女子中学生。英語が得意。


五辻いつつじ 麗子れいこ 27歳

 白木の婚約者。総合商社イツツジグループ 会長令嬢 白木に惚れ、自分からアタックして無理やり婚約者になった勝気な女性



~ティエルクマスカ連合 関係者~


○イゼイラ人・カイラス人・ダストール人年齢は、地球基準の肉体(外見)年齢。地球時間年齢は、ほぼ×2の事


リビリィ・フィブ・ジャース(26前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局警備部主任 女性フリュ イゼイラ人

 体色:パッションピンク

 目色:白目に上部半分は藍色・瞳は藍色

 髪型:ラフなバッサリ系・ボーイッシュ・鳥の羽状

 身長;170cm Cカップ 体格はアスリート系


ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ(25前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局技術部主任 女性フリュ イゼイラ人

 体色:真っ白・カラーモードで言えば、C0:M0:Y0:K0

 目色:白目に上部半分は薄紅・瞳は薄紅

 髪型:オールバックでうなじまで・鳥の羽状 白い羽紙の先端に、黒と灰色のストライプが特徴

 身長;160cm Bカップ 体格はスレンダー普通系


フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(23前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性フリュ イゼイラ人

 体色:水色

 目色:白目に上部半分は金色・瞳は金色・まぶたに藍色のアイシャドーのような色素がある。

 髪型:前髪が大きく肩幅ぐらいまで翼のように分かれ、肩甲骨あたりにまでかかる・鳥の羽状・藍色

 身長;165cm Bカップ 体格はスタイルの良い陸上選手か、ビーチバレー選手系


ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ(58前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』司令 兼 共和連合全権大使 男性デルンイゼイラ人

 体色:水色

 目色:白目に上部半分はブルー・瞳はブルー

 髪型:男性のオールバック系・鳥の羽状

 身長:170cm 


ジェグリ・ミル・ザモール(40前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』副司令 男性デルンイゼイラ人

 体色:黄緑

 目色:白目に上部半分は緑・瞳は緑

 髪型:男性のオールバック系・鳥の羽状

 身長:180cm 


ヘルゼン・クーリエ・カモナン(28前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 司令部部長 女性フリュイゼイラ人

 体色:水色

 目色:白目に上部半分はブルー・瞳はブルー

 髪型:ロングヘアー・鳥の羽状

 身長:162cm Cカップ


オルカス・フィア・ハドゥーン(30前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 監査局局長 女性フリュイゼイラ人

 体色:水色

 目色:白目に上部半分はブルー・瞳はブルー

 髪型:短髪に7/3分けタイプ・鳥の羽状

 身長:162cm Cカップ





シエ・カモル・ロッショ(26前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 自治局局長 女性フリュダストール人

 体色:リザードマン色 小さな鱗に覆われている。

 目色:爬虫類系 白目に黄色瞳

 髪型:赤色のロングヘアー・地球人と同じような髪

 身長:173cm Dカップのナイスバディで妖艶な美女


ゼルエ・フェバルス(35前後)

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 自衛局局長 男性デルンカイラス人

 体色:チーター系体色。獣人

 目色:獣人系 白目に茶色瞳

 髪型:全身体毛に覆われている。

 身長:185cm 兵士系マッチョ


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― 新着の感想 ―
[一言] 何度か読み直してるけど、柏木や白木、その他の切れ者の関係者らが、なぜ彼らが日本だけを調査しようとしにきたか? について違和感に誰も気づかないのはやはり違和感ありますね。 普通に考えれば来た…
[一言] 柏木いっぺん死んでこい!爆発せよ!
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