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― ヤルバーン招待日より2日前 ―
外務省国際情報統括官 新見貴一は、東京、赤坂にある米国大使館を訪れていた。
「ようこそ、ニイミサン」
応接室で新見を迎えたのは、在駐日米国女性大使ジェニファー・ドノバン。
ジェニファーは元々は米国スタンフォード大学で日本史研究の第一人者として知られ、知日家としても知られる。日本史や日本文化研究の著書も数多く執筆しており、大使になる以前は、大統領の対日外交顧問としても活躍していた。日本語も流暢である。
「お久しぶりです、ドノバン大使閣下」
「またお会いできて嬉しいわ、それにその『閣下』はやめて下さい。私達は友人でしょう?」
「ははは、申し訳ありません。一応体裁というものもあります」
「もう……」
新見はドノバンと握手を交わす。
「あの時は助かったわ、おかげで私達もすぐに対応できました」
「はい、あの原発事故の時ですね、あの時は本当に大変でした」
「そうね、あの時私のところに来てくれたのが貴方で良かった。情報を集めるのにも大変でしたもの」
そんなちょっと前の昔話でお茶を濁しながら二人はソファーに座る。
本来、外務省では米国への対応は外務省北米局が担当するのだが、ドノバンと新見は個人的にも友人関係にあるので、彼女が個人的に要請し、このように情報交換をする事がある。
「今日、お呼びした用件、例の件の情報ですが……」
「えぇ、ギガヘキサ……いえ、ヤルバーン母艦の件ですね」
「そうです。まぁ、あなたを前にして、色々建前を話しても仕方がないので単刀直入に話しますが、例の招待イベントに、我々米国人スタッフも参加させていただけないか……と言うことです。無論、これは大統領からの要請でもあります」
「なるほど……しかし、こればかりは我々がどうこうできないのが現実でして、率直に言えば無理でしょう」
新見は腕を横に上げ、はっきりといった。
ドノバンが新見を評価しているのはこういうところで、はっきりとモノを言うところだ。
「フム……もちろん貴方の事です、相応の理由があっての事ですよね」
「はい、というより、理由も何も、彼らがそれを望んでいないからですよ」
新見は苦笑いを見せる。
「これをご覧下さい。これは部外秘の映像で、おそらく外国人でお見せするのは、大使が初めてになります」
新見は白木がスマートフォンで撮影した例の映像をノートパソコンで再生し、ドノバンに見せた。そこにはヴェルデオと二藤部が話している映像が、かなり接近して撮影されていた。この映像での言質以上の証拠はない。
ドノバンは、ヴェルデオと、その背後に映っていたフェル達の容姿を見て唾を飲み込む。やはりこの容姿には相当驚いたようだ。報道の映像でもここまでの接近映像はなかったからだ。
ドノバンは映像を頻繁に一時停止させ、新見に色々と質問をする。
「彼らのこの髪は……鳥の羽?みたいですね」
「えぇ、「みたい」というより、そのもののような感じだそうです」
「どんな整髪料使ってるのかしら?」
「は?」
「ふふ、冗談です」
肌の色がなぜこんな色になるのだろう、黒人や白人、黄色人種どころの騒ぎではなさそうだ、など、さすが研究者出身だけあり、その映像を見る目は政治家の目ではなく、研究者の目になっていた。
「このカメラマンは見事な腕ですね。彼らの容姿が良くわかるわ」
「ははは、この映像を撮影したのは白木ですよ」
「えっそうなの? ふふふ、彼は報道カメラマンでもやっていけますね」
「本人に伝えておきます」
「……ニイミサン、この動画、コピーして頂けないかしら」
「えぇ、構いません。元々そのつもりで持ってきましたので、但し……」
「わかっています。私と大統領のみということですね」
「はい」
そして映像を見終わると、ドノバンは「ふぅ」と一息つき、
「ここまではっきり言われているなら、確かにどうしようもないですね」
「えぇ」
二藤部が国際的な人員で招待を受けると言おうとした矢先に、やんわりと断りを入れるような言い回しだったからだ。
「やはり、ニホン以外の国を排除しているのは、あの時、世界がベビーヘキサに対して攻撃を行ったからかしら」
「大統領閣下はどうお考えなのです?」
「率直なところを言うと、今のところまだ全然情報が無いからそれ以外の理由は……ってところね。ところで、ジエイタイはなぜあの時、迎撃行動を起こさなかったの?」
「それは、法律で出来ないからですよ」
「攻撃されていないから……ですか?」
「その通りです。自衛隊は相手が攻撃してこない限り反撃できません。現状ではこれは絶対です。確かに領空を侵犯されはしましたが、警告しても攻撃しても通じる相手ではありませんし、何しろ……ハハ、攻撃どころか、火事を消火してもらって修理までしてもらい、交通事故処理までしてもらいましたからね。あげくに障害者の治療まで……どうしようもありませんよ」
ドノバンは俯いてフフフと笑う。
「そうですか……ならばやはりそれ以外に理由は無いのかしら」
「実は各国の大使や情報部からもその点をよく聞かれるのですが……うーん……大使ですのでお教えしますが、実は今、我々には優秀なこの件に対する担当者がいまして」
「知っていますよ、例のファーストコンタクターでしょ?アメリカでは結構な有名人ですよ、彼は」
当然アメリカのインテリジェンスも彼の素性を調べるだろう。とすれば、TES時代の経歴など簡単にわかる。
「ははは、ご存知でしたか」
まぁ、当たり前である。建前でそう言っただけだ。
新見は続ける。
「実はその、彼の考えですと、あまりその事は関係ないのではと」
「ほう、その理由は?」
「彼の言い分ですと、『まったく関係ないとは言わないが、極端に考えるならば、そこまで凶暴な奴らなら、まずISSが真っ先に吹き飛ばされている』と言っています」
「なるほど……その点はISSのダリル・コナー船長やマモル・タナベと同じ意見ですね」
「それと……ハハ……あれだけの文明を持った異星人が、銀河の果て暮れにあるこんなちっぽけな惑星をわざわざ侵略しに来るほどヒマ人じゃないだろうとも」
「アハハハ、面白いわね彼。なるほどね、しかし確かにそれは言えているわ、空間跳躍ほどの技術を持つ文明なら、おそらく全てにおいて満たされた文明なはずです。何もない星をテラフォーミングする事ぐらい簡単でしょう。『侵略』という行為自体に意味を見出す事はできませんね」
ドノバンは大笑いしながら、その意見に賛同する。
「えぇ、そして『その上で警戒はしているだろうが、何か明確な目的があって日本に来たのだろう』とも……まぁそれが何か、というのはさすがにサッパリですが……その点を聞くためにもヤルバーンへ行くわけですけど……無論遊びに行くわけではありません、会合も予定しています。」
「しかしすごいわね、その彼。そこまで考えられるとは……」
「えぇ、なんせあの作戦を考えた本人ですから」
「え!?そうなの!」
ドノバンは驚愕した。なんせこれも本来は機密事項だからだ。しかし二藤部も近いうちに公表するとしているので、今なら話しても別段問題はない。
「まぁ、伊達にゲームデザイナーという経歴を持っていないということでしょうね。我々お堅い役人には出来ない発想です」
「確かにそうね」
そしてドノバンは、顔を引きしめて、新見に問う。
「では、その会合で私達米国、いや、国際社会との対話も要請してみると?」
ドノバンは、少し身を乗り出して尋ねる
「えぇ、もちろんです。しかし……」
「あの時の行動ですね」
「はい、やはり国務省ですか?」
「えぇ、あの件については遺憾だったと大統領からも内密に二藤部総理へ伝えてほしいと言われています」
「はい。あの件で対策本部のメンバーは……はっきり申し上げれば、かなり頭にきていたみたいですからね……やはりパンダですか?」
ドノバンは何も言わない。
「今の米国は正直複雑なのです。二つの顔を持っている……パンダハガーとドラゴンスレイヤーの狭間で動いているのです」
パンダハガーとは、米国内の親中派の事を指す事は前の通りだが、逆に対中強硬派のスラングとして、「ドラゴンスレイヤー」という言葉もある。この意味は言葉通りで「龍を殺す」という意味だ。
日本人の感覚では少し理解しにくいが、米国の軍人や政府関係者の間では自分のことを「パンダハガーだ」「ドラゴンスレイヤーだ」と堂々と名乗るそうである。
ドノバンは続ける。
「それ以上のことは私からは言えません。私は大使ですからね。ただ、これだけは言えます。ヤルバーンの行動と、日本政府のその対応次第でわが国、いえ、国際社会の動き方が大きく変わります。誰がどういう『意見』『意思』を主張し、どう『なびく』か、『誰が誰と、どう手を組むか』そしてどんな『行動』を起こすか……大事なところです。私個人のこの国への思いとしても……お分かりいただけますね?」
「なるほど」
ドノバンは、一息ついて続ける。
「ミスター・ニイミ……現在、彼らと接触できるのはあなた方だけです。どうにかして日本人以外の人間も彼らと接触させる事ができないでしょうか?……中国は……あの国はどう考えているか解りませんが、私達も他国の関係者と色々話をしています。その結果ではないですが、少なくとも自由主義社会は、この際直接の交渉は日本のみを窓口にしても構わないと考えています……まぁ今後の展開次第でどう転ぶかは解りませんが……とにかく我々には情報が必要です。でなければ日本以外の国は無用な警戒感を増幅させていくだけでしょう」
「えぇ、それはわかります……実は、それに関しては、例のファーストコンタクターが何か考えているみたいですが」
「ほう、どんな?」
「それは機密事項です……と言いたい所ですが、ハハ、私もまだ知りません。しかし、わが国としても現状のままで放置した場合の世界情勢も理解しています。それは二藤部総理も同じです」
「わかりました……ニイミサン、今回の事は本国にも伝えておきましょう……それと、一度ミスター・コンタクターとお話がしてみたいわ」
「ハハハ、ありがとうございます、大使。コンタクターの件も総理にお伝えしておきます」
そして新見は少し意地悪な表情をして、ドノバンに尋ねる。
「大使、一つお伺いしたい事があるのですが……」
「何でしょう」
「私は仮定で物事を言うのはあまり好きではないのですが……もしヤルバーンが米国へ向かい、米国に対し、わが国と同じ対応をしたとすれば、貴国は国際社会からの要求にどう対応するとお考えですか?」
「ふふふ、そういう質問ですか……どうでしょうね、あなたを前に綺麗ごとを言っても意味がありませんからね……まずは国益の為に動く……そういうことです……正直わからないということにしておきましょう。まぁ、でも特殊部隊を突入させたり、退役軍人が戦闘機で特攻したりする事はありませんよ」
「ハハハ、なるほど」
「では逆に私から聞きます。その質問を中国にしたら、どういう返答が帰ってくると思いますか?」
新見はフっと笑い
「大使閣下、それこそコメディです」
……………………………………………
― ヤルバーン滞在 二日目 会合当日 朝 ―
柏木は朝6時に起床し、11時より始まる担当者会合のための資料準備を行っていた。
しかし、昨日の夜は柏木にとっても色々思うところがあった。夜景ホログラフィーが変化してから、フェルはあまり喋らなくなり、とはいっても不機嫌なわけではなく、自分の顔を見てはニコニコ笑い、肩を寄せてくる。
さすがの鈍感朴念仁大魔王の柏木でも、「うーん、まさかなぁ……」とは思う。そしてプレゼントされたリストバンド型端末を見る。
柏木の突撃バカセンサーは、『女性との特殊な関係』という感知機能が学生時代より機能不全を起こしているので、センサーの反応が真空管テレビ並みにのろい。
ちなみにこのプレゼントされた端末の正式名称は、向こうの言葉で『ゼルクォート』と言うらしいが、日本側は『ポータブル分子仮想凝固生成装置(Portable virtual molecular coagulation generator)』略して『PVMCG』と呼称する事になった。
その後、彼女の宿舎、というか家まで送って行った。その時でも、柏木の乗ったトランスポーターが見えなくなるまで彼女は見送っていた。
「……」
柏木は昨日の事を思い出すと、なんとも複雑な気分になる。嫌な気分ではない。
が、今は仕事が優先。顔をパンパンと叩き、コーヒーを煽る。そして分子仮想凝固(VMC)モニターに向かう。
今、VMCモニターには一般的なPCで稼動するジェネラルソフト製の窓OSが動いている。そして日本語106キーボードを生成し、それで入力している。昨日、宿舎に戻ってから、物は試しで自分の持ってきたノートパソコンのアーキテクチャをPVMCGでエミュレートさせ、OSをインストールして動かしてみたところ、化け物のように高速に稼動し、パワーオフからの起動が0.1秒。窓マークの表示デモすら映らないという速さで、3Dベンチマークを走らせても、あまりに高速すぎて「計測不能」表示が出るほど。しかし困った事にエラーがでると、勝手にPVMCGがエラーを修正してしまい、そのエラー修正情報をジェネラルソフトに送信してしまう。
「これって情報流出にならないのかなぁ」
と少し不安になるが、このソフトの範囲だから大丈夫だろうと勝手に思う事にした。(ちなみに、この後、ジェネラルソフトは窓OSの最強を豪語するバージョンをリリースし、果物印のPCを窮地に追い込んでしまう事になるが、これはまた別の話……)
おかげで、千里中央の家電量販店で構想していたPC購入計画が即行で中止になった。(そしてその予算が新型エアガン購入に回る事がほぼ確定してしまった……買う暇があればの話だが……)
「それとあの件か……どうするかなぁ……」
悩むは、新見から相談のあった『外国人とイゼイラ人との接触』だ。
新見からは「米国との義理が果たせる程度で良い。難しいなら構わない」という話はもらっているが、柏木もプロである。無理っぽいかもしれないとはいえ、できれば結果は出したい。
しかしこれが、なかなかきっかけがつかめない。
アイディアはあるが、きっかけが今ひとつといったところだ。つまりどう切り出すか……という点である。
行き詰ってしまったので、エディターを隠し、ブラウザを開け、ニュースサイトを覗いて何かネタが無いか調べてみる。
そこで少し気になったニュースを見つけた。
【ISSクルー・ヤルバーン接触時の状況を語る】
(あ、あの時のクルーの人達、帰還してたのかぁ)
一通り読んでみる。当時の状況が詳細に記事にされていた。ヴァルメとの遭遇時のパニック、ヤルバーンが降下したときの畏怖と共に感じた何ともいえない美しさ等々
時系列的に千里中央に柏木がいたときとリンクするところもあるので、その記事の内容に共感を覚えてしまう。
……とその下の方の関連記事に目が留まる。
【ISSクルー 宇宙開発事業団日本人宇宙飛行士 田辺 守さん、元ロシア連邦宇宙局 宇宙飛行士タチアナ・キセリョワさんと結婚へ】
(んー??)
記事を読むと、田辺とタチアナが、あの時の事件がきっかけで、タチアナが田辺に想いを寄せている事がバレてしまい、結婚する事になったという。そしてタチアナは宇宙飛行士を引退し、田辺タチアナになり、日本国籍になるらしい。既に籍は入れているらしく、タチアナも日本での生活を始めているとか、結婚式は入籍に遅れて数ヵ月後になる事とか他諸々……
(これ……使えるなぁ……あ……コレだわ)
柏木は何か閃いたみたいだ。ポンと手を叩く。
ブラウザを閉じ、エディターを復帰させる。そして閃いた事をバババっと打ち込み始めた。
……………………………………………
― ヤルバーン 行政区画(ブリッジ区画) 司令官室 ―
「おはようございます、ヴェルデオ司令」
「おはようございます、フェルフェリア連合議員閣下」
ヴェルデオはフェルに右手を右胸に当てて、深々と頭を下げた。
「もう、その『議員閣下』はやめてください司令、私は今、調査局の局長さんですよ」
「ハハハ、そうでしたなフェルフェリア局長」
「そうやってみんな私をニホン人から遠ざけて一人ぼっちにするんです……リビリィだってわかってるはずなのにいつまでも護衛なんかつけてみんな……ブツブツブツ」
フェルは、ぷぅと頬を膨らませてすねる。
そして、ポインとソファーに座ると、ヴェルデオは司令官室のハイクァーン装置を使用し、お茶のような温かい飲み物を二つ造成し、一つをフェルに差し出す。
フェルは頬を膨らませたまま、フーとひと吹きしてお茶をすする。
「まぁそうおっしゃいますな閣……いえ局長、彼女とて仕事なのですから」
「それはわかってますけど、せっかくニホンの方々と色々お話ができると思いましたのに……」
フェルがそういうとヴェルデオは意地悪そうな顔をして
「ほう、昨日は夜遅くまでニホン人の方と深い交流をなさっていたと私は聞き及んでおりますが……」
「ブッ……」
フェルは噴出しそうになったお茶を淑女の技量でこらえ、懐からさりげなくハンカチを取り出して口を覆う。少し鼻に逆流した。
「そ、ぞんな゛……な、何のことですか?……スン……ケホ……」
ヴェルデオはフ~と一息ため息混じりな微笑をする。
「局長ぉ……もしかしてさりげなくやっていたとお思いでも?……もうヤルバーン中の噂になっておりますよ」
「そそ、そうなのですか?……」
「ハハハ、まぁ良いではないですか、私は応援いたしますぞ、まさかニホン人の方をお見初めになられるとは」
「見初めるなんて……そんな……」
「ケラーカシワギでしたか、なるほど、彼なら局長とお似合いの殿方になられるかもしれませんなぁ」
「……」
ヴェルデオの抑揚のついた言葉の冷やかし攻撃にフェルは顔が真っピンクに染め上がり、何にも言えなくなる。
「知ってらっしゃいましたか?局長」
「な、何をですか?」
「そのケラーカシワギ、あの歓迎イベント……「アマトサクセン」という名称の組織戦術だったそうですが、それを考案したのは彼だそうです」
「ええっ!?本当ですか?それは」
「はい、ファーダニトベから聞きました。まったくたいした方です。科学者でもないのに、こちらの交信不備の原因を見つけ出し、あのような方法でコンタクトを取る事を試みる……そしてそれをイベントにしてしまうとは……」
「そ、そうだったのですか……カシワギサマが……」
フェルは綺麗な火薬の大輪や、航空機で描かれた大空一杯の絵、見た事もない美しい絵で表現された映像の事を思い出していた。
「で……昨日のオブザーバーとして参加したという資料は拝見させていただきました。この本艦への招待についての記述ですが、資料にも書かれているとおり、確かに良いシミュレーションになっているようですね。……うむ、これは私もここまで良いデータになるとは思ってもいませんでした。今後のための貴重な資料になります」
「えぇ、私もその通りだと思います」
「それと、その後のニホン側のミーティングですか、ここでも今日行う担当者会合のほとんどの議論は出尽くしているみたいですね。あとは、アレとコレと……なるほど……うーん、今日の会合、私が出なくてもいいのではないかな、こりゃ」
「そんな司令……司令には大使としてファーダ・ニトベとの会談があるのですよ」
「ははは、わかっていますよ局長」
そう言うとヴェルデオは少し横を向いて、腕を組み、しばし沈黙し、何かを考えているようだった。
やおら向き直り
「局長、いえ、議員閣下」
「司令、ですからそれは……」
「いえ、今は私、ヴェルデオ『大使』が、議員閣下とお話がしたいのです」
その真剣な表情にフェルも少し頷いて姿勢を正して聞く。
「先ほど、ニホン側から、担当者会合の資料として、追加議題の内示があったのですが、それの内容が私一人で決定するのには少々困った案件でして」
「といいますと?」
「日本側が、地球の日本以外の地域国家の国民にも、このヤルバーンを見せてやってくれないかと。そして出来ればイゼイラの民とも交流させてやって欲しいと、そういう要望がありまして」
「それは……我々の目的とはまったく関係がありませんね」
「えぇ……我々にはまったくそういう事を行う義理はないのですが、ニホン側にも色々と複雑な事情があるようです」
「複雑な事情?」
「はい……電波が使えるようになり、この星の色んな情報の入手が可能になってわかったことなのですが……今のニホン国は、この星で最大の生産力と貨幣経済力を持つ地域国家、『アメリカ合衆国連邦』という地域国家と、友好条約と安全保障に関する条約を結んでいるそうなのです」
「……」
「そして、ニホン国は、数十周期前にあったこの惑星最大の地域国家紛争に敗北しており、その影響もあって、過去の確執や負の遺産のような物が周辺地域国家とあるようですね」
フェルはコクリと頷きながらヴェルデオの話を黙して聞いていた。
主に日本がこの星で起こった大規模な地域国家紛争でアメリカに敗北し、アメリカに占領されていた事。その紛争の影響で、チャイナ・ノースコリア・サウスコリアという地域国家と確執がある事、この惑星最大の領有地を持つロシアと領土問題を数十周期間抱えている事、そのチャイナが最近軍事力を強化し、日本がアメリカと同調して対応している事、などなど。
フェルは、両手を合掌させ、その手を口元に当ててヴェルデオの説明を聞き入る。
フェルは思い出したようにヴェルデオに話す。
「確か、その『チャイナ』という地域国家は、自国民を犠牲にしてまで、ヴァルメに攻撃を加えた地域国家でしたね……」
ヴェルデオはコクンと頷く。
そして説明を続ける。
「その『チャイナ』に隣接し、ニホン国本土の南方にある『タイワン』という小さな地域国家は、ニホン国と正式な国交がないようなのですが、実は非常に友好関係にあり人的交流も盛んという……まぁ現在のニホン国はなんとも非常に複雑な状況にあるようですな」
フェルはソファーにもたれかかり、少しうつむいて考えたあと
「ニホン国は、他の地域国家に対して、影響力はないのですか?」
「いえ、そういう訳ではないようですが……貨幣経済力は、この惑星で第三位、そしてこの星随一の技術大国として知られています」
「そうでしょうね、このトケイを見ればよくわかります。これほどのものを、加工工作機械と手作業で作る技術は、イゼイラにありません。ハイクァーンを使わないと……」
意味深な言葉であった。彼らほどの科学力を持つ種族が……一体どういう意味だろうか?
ヴェルデオは続ける。
「ん?その腕にはめている機械はどうしました?」
「え?……い、いえ、なんでもないですよ。日本の方と交換しました」
フェルは声を上ずらせ、腕を自分の後ろにさっと隠す……別に隠さなくてもいいのに。
ヴェルデオはニヘラ顔でフェルを見るが、あえてそれ以上は武士の情けで追及しない。
ゴホンと一つ咳払いをして、ヴェルデオは話す。
「……しかし、ニホン国は政治的な影響力というのは、この地球では正直、アメリカやチャイナ、ロシアほどはないようですね。これはどうもかつての紛争の確執と、それによって出来たニホン国の他の地域国家に比較して例を見ない特殊な法律による影響と、また、域内で資源や食料が完全に自給できずにかなりを輸入に頼っているところも影響しているようです」
フェルは後ろに隠した腕を前に戻し、手を口に当てて考える。
「(ヴァルメを攻撃しなかったのも、その法律によるものなのかしら)…………司令、私達が本国を離れる時に得ていた地球の情報と、かなりの相違があるようですね」
「はい、現在分析できているこの星と、ニホンの状況はこれぐらいです。随時分析は続行しますが……とにかく今のニホン国はその『アメリカ』という現在最も深い関係にある地域国家の意向は無視できない状況にあるようです」
ヴェルデオはやおら席を立ち、ハイクァーン装置でもう一杯お茶を造成すると、ティーカップを持って立ったまま話を続ける。
「私はこのヤルバーンの『司令』で『全権大使』である以上は、本国の意向を忠実に実行する責務があります。したがって私の見解ですと、この日本の意向は今のところ断わらざるを得ません。理由は簡単な話です。『我々には関係のない話』だからです。我々は『ニホン国』と国交関係を模索したいのに、なぜ関係のない他の地域国家と話をしなければならないのか、ということですな」
フェルはコクンと頷く。
まぁ、確かに言われてみればその通りである。ある国が利害関係の無い別の国に何らかの国交なり交渉なりを求めて行くのに、その近隣国家に「すんませんが、この国と国交を結ぶのでよろしく」などと手土産持って挨拶回りに行かなければならない義理など無い。
地球のような一つの惑星に国家がひしめきあう星なら、お互い知り合ったご近所同士で、そういう義理を通す必要がある時もあろうが、彼らは宇宙をまたにかける星間国家である。未知の文明との接触など日常茶飯事で、余計にそういう政治的な『義理』を通さなければならないという感覚が薄いのだろう。
「しかし、私という個人の立場では、確かに今のニホン国の状況を考えると、それを無下にできないのも理解できます……ところで閣下、あなたが連合議員ということは、既にファーダ・ニトベや、ファーダ・ミシマはご存知なのですか?」
フェルはコクンと頷き
「リビリィとポルが話したそうです。もう、あの二人ったら……私は普通のフリュとしてこの船に乗っていたいのにぃ……」
ヴェルデオは「ハハハ」と笑いながら
「いや、しかしそれはかえって良かったかも知れませんな」
「え?どうしてですか?」
「私はこのヤルバーンでは、序列的に閣下より上ですが、本国に帰れば、貴方の方が序列は上です。探査艦になぜ連合議員が交代制で同乗するか、理由はご存知ですよね」
「はい。『任務遂行に司令が政治的障害を認めて、任務遂行が困難と判断された場合、政治的障害を排除するために、司令と合議の上、一部の命令を変更するため』でしたよね」
「そうです。我が連合は広大です。何か問題が発生した場合、いちいち本国と連絡していてはいくら時間があっても足りない。連合議員が同乗しているのは、政治的決断を行ってもらう為です。なので私達探査艦にはある程度の独立した自治権も与えられている」
「はい。もちろんそれは理解しております」
「……で、今がその時です。私は今のニホン国をとりまく国際的情勢を考えると、現状のままの任務遂行が難しいと考えています」
「では……」
「この後の会合ですが……閣下、あなたも議員の立場で出席してください」
「え!?調査局局長じゃなくて!?」
「次の折衝、ケラーカシワギも出席するそうですな」
「カ……カシワギサマも!そ、そんな、お互い担当閣僚と幹部官僚の方だけじゃなかったのですか?」
フェルはまたも狼狽する。ここのところどうも狼狽癖がついてしまってるようである。
「その方々に要請されての出席だそうです」
「そ、そんな事になったら、私が議員だっていうことバレちゃうかもしれないじゃないですか!」
「ん~?……バレたら何かマズイ事でも?」
ヴェルデオはまた悪戯顔になってフェルに聞く
「そ、そんなの、私が連合議員だって知れたら……」
「ケラーカシワギに距離を置かれてしまう、それが怖いと……ムフフフ」
「し、司令はイジワルですっ!」
「はははは!すみません、ちょっと意地悪しすぎましたかね、ご心配なく。名目は調査局局長のお立場で結構ですよ。あとで、ファーダニトベとファーダミシマ達には、私からお話ししておきますよ」
「もうっ!知りません!」
フェルは半べそ顔でまたふくれっ面になる。
ヴェルデオは「まぁまぁ」と両手でフェルをいさめながら
「閣下、今日はケラーカシワギと、お互い知恵を出し合ってお決めなさい。私はそれに従いますよ」
「司令……」
ヴェルデオはウンウンと頷いた。その目はまるで自分の娘でも見るかのような目だった。
……………………………………………
― 日本国 ティエルクマスカ銀河星間共和連合 第一回総理・大使会談事前担当者会合 ―
~主要出席者~
日本政府:
内閣総理大臣 二藤部新蔵
副総理 兼 外務大臣 三島太郎
内閣官房副長官 岩本和夫
外務次官 斉藤光恵
国際情報統括官 新見貴一
特務情報官室 室長 白木崇雄
内閣官房参与扱 特務交渉官 柏木真人
内閣官房参与 東京大学教授 真壁典秀
防衛事務次官 河本一誠
陸上自衛隊 三佐 大見健
海上自衛隊 海将 加藤幸一
航空自衛隊 一佐 多川信次
他、外務省 総合外交政策局・経済局・国際法局・領事局スタッフ等々
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦 ヤルバーン側:
司令官 兼 全権大使 ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ(デルン)イゼイラ人
副指令 ジェグリ・ミル・ザモール(デルン)イゼイラ人
司令部 部長 ヘルゼン・クーリエ・カモナン(フリュ)イゼイラ人
調査局 局長 フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(フリュ)イゼイラ人
監査局 局長 オルカス・フィア・ハドゥーン(フリュ)イゼイラ人
自治局 局長 シエ・カモル・ロッショ(フリュ)ダストール人
自衛局 局長 ゼルエ・フェバルス(デルン)カイラス人
他、連合法務局・ハイクァーン管理局スタッフ等々
地球時間(日本時間)午前11時、ヤルバーン行政区の貴賓室で、日本国政府は地球初の異星人国家との歴史的な対外交渉を行った。
錚々たる顔ぶれである。そして今回、日本側が驚いたのは、ヤルバーン側にイゼイラ人以外の種族が混ざっていた事だ。なんでもダストールという種族と、カイラスという種族らしい。
ダストール人、カイラス人共、地球人同様の人型ではあるが、シエという名のダストール人の方は、皮膚が小さく規則正しく並んだきれいな鱗で覆われた爬虫類っぽい感じの種族で、瞳が爬虫類そのもの。藍色の唇を持ち、髪は人類と良く似た感じの赤い髪。妖艶な雰囲気を持つ美女で、何かのロールプレイングゲームにでも出てきそうな雰囲気を持つ。
これには日本側も驚いた。そして彼女が自己紹介した際も
『私ハ、シエ・カモル・ロッショダ。ヨロシクタノム』
といった感じで、ジェグリの話だと、ダストール人には敬語の概念がないという話だった。
そして他、カイラス人という種族のゼルエ・フェルバスという男性は、いわゆる獣人のような容姿で、全身毛に覆われ、色んな模様が入った体をしており体格も良く、大見よりも大柄かもしれない。顔つきもどちらかというと人間よりは獣に近い。性格も容姿同様豪胆な性格のようだ。
この二人を見た瞬間、日本人側は、このティエルクマスカ連合という国家は、様々な異星人が共存する広大な国家であるというその片鱗を見たような気がした。
今回の会合では、先日のフェルがオブザーバーとして出席する形となった日本側のミーティングで、実のところ数々の分野で担当部署が満足のいく回答を日本側が用意しているというフェルの報告もあって、事実上、各事案の確認を行う程度で済んだ。
なので、本来の会議プログラムを多少変更し、これら確認事項だけで済む事は、先に済ませてしまった。
そして、まだ不確定になっている交渉事項をその後で行う事になっていた。
まずその一つ……
~ 日本側に対する、ティエルクマスカ連合という国家についての説明 ~
ジェグリがティエルクマスカ銀河星間共和連合という連合国家についての説明を行った。
『マず、わがティエルクマスカがどこに存在するか、日本政府の皆様に説明いたしまス』
ジェグリが、机に天球図のようなものを立体映像で映し出し、そこに地球側から提出された観測写真を表示させる。
地球側は、その立体映像でまず一発目度肝を抜かれた。
『コこが、皆様方の惑星、あなた方が太陽系第3惑星・地球と呼ぶ惑星です。我々は地球の事を「ハルマ」と呼称しています。意味は単純に「水の星」という意味でス』
そしてジェグリは、天球図をグリグリと回し、グィっとアップさせ、ある銀河を表示させる
『ココが我々の本国が存在する銀河、ティエルクマスカ銀河でス……提出いただいた地球からの観測フォトを参照させていただきますと……これですネ』
ジェグリは、一枚の地球側資料の写真を中空に表示させた。
「こ、これは……」
東大宇宙物理学の真壁が驚く。
「これは、NGC 4565銀河じゃないですか!」
「ご存知なんですか?」
二藤部が尋ねると、
「知ってるも何も、有名な銀河ですよ。1785年にウィリアム・ハーシェルという天文学者でもあり、音楽家でもある人物が初めて発見した天体です。宇宙でも有数の美しい銀河として知られています」
そう真壁が説明すると、「ほぉ~」と日本側から声が上がる。
真壁は続ける。
「そして、私が驚くのは、この銀河の距離です。この銀河は、地球から約5千万光年もの距離にある銀河です」
「ご、5千万光年!?」
二藤部が本気で驚愕する。途方もない距離である。何せ他のスタッフはせいぜい数百か数千光年ぐらいと踏んでいたからだ。そう、フェル達は、光の速度で5千万年もかかる距離を空間転移しながらこの地球までやってきたのだ。
しかも更に日本側を驚かせたのは、彼らの国土……いや、国家領域が、この銀河の約10分の1にも及ぶという事である。そして他にも具体的な国名はなかったが、この銀河には彼らでさえまだよくわかっていない未確認の連合国家や連邦国家、国家を持たない知的生命群体などが数多く存在しているという話らしい。
ティエルクマスカ連合の国家形態は、盟約による連合制国家。つまり連合加盟国は独自に主権を持っており、独自に元首を持ち、自治外交を行い、軍事力を持っているが、盟約、つまり条約により連携しており連合加盟国国民による選挙によって、一定期間連合全体の安全保障と、連合全体の政策を決定する権限を持つ期間限定の中央政府「盟約主権国家」3カ国を選出するらしい。
そして持ち回りで2カ国が選出され、計5カ国で連合が運営される。
つまり、一つの主権が高度な自治を持つ自治体を統括する『連邦』制ではない。
地球で例えるなら、強力な法的拘束力を持ったEUのような国とでも例えればよいか。
更にこの5カ国の国民による選挙で、連合議長が選出される。この議長が国家元首となる――ちなみにこれら選挙では、自国民が自国への諸々に投票ができないというルールがある。
そして全国家に割り当てられた立候補枠から議員が選出される連合議会が存在する。
議員定数は政治派遣議員として探査母艦に搭乗する交代要員も含めて5800人。その中でも特別な地位にある者は、永久的に議員資格が付与されるそうだが、その点詳しい説明はなかった。
この説明を聞いて、日本政府側は呆気にとられまくりである。
アメリカだのロシアだの中国だの、国連だのEUだのというレベルではない。というか、よくそんな超巨大な組織が国家として連携できるなと感心を通り越して呆けるしかなかった。これも彼らの科学インフラの成せる業だろう。例の2人のイゼイラ人以外の種族を見ればそれも納得できた。
そしてその次の説明が日本側の興味を引いた。
彼らティエルクマスカでは、星間国家ばかりが加盟国ではないという。彼らには、国家形態の基準呼称があるそうだ。
一つ目は『星間国家』――これは、読んで字の如く自国星系外の星々をまたにかけ領有する領域を持つ国家である。イゼイラがそれに該当する。
二つ目は『惑星国家』――これは、主星となる惑星と周辺惑星が一つの国家として機能している国家である。白い悪魔なロボット兵器が活躍するSF作品に登場する「地球連邦」などがこれに当たる。
三つ目は『地域国家』――これは主星にいくつもの国家がある中の国の事で、現在の地球や日本がこれに該当する。
ティエルクマスカでは、地域国家が他の惑星を領有したりする場合や、スペースコロニーのような人工生活領域を国家とする国もあるが、この場合も地域国家に該当する。
但し、こういった国家形態での優劣はなく、全て同格に扱われ、基本持ち回りで盟約主権国家の権限はどの国にも来るので、ティエルクマスカでは日本より小さな国が盟約主権国家になり、そこから議長が選出された例もある。
柏木はこの説明を聞いて、眉間を指でつまんでいた。
なんというか、話がバカでかすぎて何をどういったら良いかわからなかったのだ。
もうはっきりいえば「はぁさいでっか」ってな感じである。これに何か意見しろといわれたら「帰らしてもらいます。どうもありがとうございました」と言いそうだ。
まぁ……もう聞いてるだけだった。
そして、他の担当者や閣僚も同じだった。
しかしそこで勇者三島が尋ねる。
「んじゃ何ですかな、ジェグリさんに大使閣下、日本も希望すればその連合に加盟する事もできるのですかな?」
しかしヴェルデオは否定した。
『残念ながラファーダ、連合に加盟するタメには、審査と加盟国の多数決が必要になりまス。そう簡単にはいかないでしょウ』
「ハハハ、まぁそりゃそうでしょうな。あなた方とは科学レベルが違いすぎる……ではお聞きしたいが、なぜあなた方はこんな遅れた星の、この日本にやってきなさった?」
『ソレは、今我々がある目的の調査を行っていまスが、これは機密事項で現在は申し上げられませン。ただ……その件もアリ、ニホン国となんらかの条約を結び、国交をもちたイ。これはわが連合、そしてヤルバーンの切なる願いである事は確かでス』
しかし三島は「う~ん」と唸って腕を組むと
「なるほど。しかしねぇ『秘密があって、それはいえないが、友人になってほしい』って言われても、普通は『ハイそうですか』って言うわけには行かないと思いますよ、まぁあなた方が地球で例のヴァルメを使って色々やった経緯もあるが、まぁアレはもういいでしょう。しかしそれでも、もう少しこちらが納得できる理由がないと、普通は首を縦に振ることはできないんじゃないですかい?……どうおもう?柏木さん」
いきなり話をふられて、「ほぇ?」となる柏木。
……ナポレオン戦争時のプロイセンの軍人、カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』によると、外交とは戦争であるらしい。外交交渉の時点で戦争とは始まっているそうだ。そして戦争とは外交の延長であるらしい。逆に言えば、血を流さなくて済む戦争が外交という事でもある。なので外交の段階で決着すれば、それに越したことはない。これで決着が付かないから世はドンパチをやらかすのだ。
従って、何かを外交で得る事ができれば勝利なのである。
この場合、日本的には彼らが何を目的にこの日本に来たかという言質が得られれば現状一応の勝利とすることができるが、普通の外交交渉なら極めて簡単な……というかどの国でも、本音か建前かは別にしても、一番真っ先に向こうから言ってくれるこの理由がわからないため、話を先に進められない。
目的がわかればその後の対応策も立てられるが、普通の外交なら、いの一番でわかるここが解らないので困っているのだ。
「う~ん……そ、う、で、す、ねぇ……」
柏木はボールペンをアゴでクリクリしながら考える。
そして頭をボリボリとかいた後、
「大使閣下、少しお伺いしたいんですが……」
『ナんでしょウ、ケラー』
「もし、あなた方が、この惑星でその機密事項の調査とやらで、何にも成果が得られなかった場合、どうなさるおつもりです?」
ヴェルデオは、実は今回の交渉で、この柏木の言動を一番注目していた。なんせあのような奇天烈な事を考えるような人物である。そして、ガードの固いフェルを落としてしまったような男だ。実は少し警戒しているのだ。
『……何モ成果が得られなかった場合ですカ……その場合は即時この惑星から退去することをお約束しまス。そして、二度と我が国家の艦艇がこの宙域に現れる事はないでしょう』
「では、何がしらの成果、結果が得られた場合は?」
『フフフ、ケラー、さすがですな、お話の誘導がお上手だ。それに答えてしまうと、目的を推測する事ができますな。それにはお答えできません』
「なるほど、それが機密事項ですか……では、お答え頂ける範囲で結構です。もし成果が達成できた場合、この日本、もしくは地球世界に対する攻撃や侵略行為は含まれていますか?」
この質問にヤルバーン側はざわめき、いきなりのこんな質問に狼狽するスタッフもいるようだ。
「何を言っているんだ彼は」「そんな事するわけないだろう」というような感じである。フェルも「カシワギサマ、一体何を……」というような不安げな表情になっている。
しかし柏木はあえてこの質問を振ってみたのだ。普通は「ハイそうです侵略します」などとは言わない。どういう反応をするかを見たかった。
『ソれは断じてありません。もしそのような懸念をお抱きであれば、イゼイラの民の名誉に誓ってありませン』
フェルも思わず声を震わせて
『ソ、そんなことは絶対にありませんよ、カシワギサマ』
と割って入ってしまった。「信じてくださいお願いします」と懇願するような表情だ。
「ははは、申し訳ありません。びっくりさせてしまいましたね。いや、失礼しました。私もハナからそんな事はないと思っています」
柏木は無礼な質問を詫びる。
ヤルバーン側も「はぁ~」「びっくりさせるなよオイ」というような表情を見せる。
「柏木さん、なぜそう簡単に思えるのですか?」
二藤部が尋ねる。
「詳しく話すと長くなりますので……ま、簡潔に言えば、5千万光年もの距離をワープしてまで、そんなことするヒマ人はいませんってことです」
新見がクククっと笑いをこらえていた。
「総理、三島先生、考えたんですが……あー、まぁ……なんですか……彼らが機密っていうんなら、それはそれでいいんじゃないですか?」
政府参加者が「えええ?」「おいおい」と柏木に疑問を呈した。
「どういうこった?柏木さん、アンタの事だ、なんか考えがあっての事だろ?」
「えぇ、まぁ、そうですね……『機密』っていうんだから、本来は我々が知らない事なんですよ……」
柏木が言うには、『機密』つまり『秘密』というのは、その存在を教えて隠す事に何の価値もない。もうその時点で秘密は秘密でなくなる。自分だけ知っていて相手が知らない事に価値があるから秘密なのだ。と説いた。本当の秘密とは、相手が知らない事に価値があると。
つまり、我々の主観で知らない秘密なんていうものは、主観者から見れば最初から秘密なんて無いことと同じ事だと柏木は言う。
「で、ですね、おそらくもしその『機密』っていうのを、我々が知っても、多分良いことなんて何もないと思うんですよ。むしろヤルバーンさんたちに迷惑をかけてしまう事になります」
「どういうこった?」
と三島。
「だってそうでしょ、仮に彼らに機密を教えてもらったとしても、今の日本じゃ、その機密、絶対外に漏れますよ。今の日本で、その機密を守り通す事ができますか?いや、むしろアメリカなんかに言うでしょ」
「まぁ……あまり認めたくはないですが、その可能性はないとは言えません」
二藤部が渋い表情で話す。他の出席者も否定できないところが悲しい。
「えぇ、いやまぁそれはいいんです。ですけどね、彼らが『調査』するのが目的というなら、外国勢が『私はあなた方が欲するものを知っていますよ~』とエサをちらつかせて、必ずヤルバーンさんに近づいてきます。そんな事をされたら、ヤルバーンさんも無視するわけにはいかないでしょう。そんな中に中国や韓国、北朝鮮が入ってきたらどうしますか?まぁ韓国や北朝鮮はいいでしょう、なんとかあしらう事もできます。しかし中国はしつこいですよ。『我々はソレを知っている。話をさせろ』『日本は我々の異星人に対する強固な善意を妨害してわが国の核心的利益を害している』『我々は異星人に対しての善意を妨害する日本を強烈に非難する』――とかそんな風に。どうします?」
柏木は白木の眼鏡を取り上げて自分にかけ、中国の報道官の物まねをしながら説明した。
日本政府側からはクククっと笑いを我慢する声が漏れる。
「まぁ、機密というのは色々あります。ともすれば万人の利益を損ねるものもありますが、時には『知らないほうが良い物』というものも必ずあります。知ってしまったが故に万人に迷惑をかけてしまうものもあるんです。それに、自分の器の大きさに合わない情報ってのもあるんですよ。私がヴェルデオ大使に失礼とは思いつつも、あんな事をお聞きしたのはソレを見極めたかったからですよ。で、私はその『機密』を日本は知らないほうが良い物と判断しました」
柏木は、彼らがその『機密』の目的を達したとき、彼らの方から話してくれるだろうと予想したのだ。
ヴェルデオは下を向きながら声には出さないが、笑っていた。
フェルもニコリと微笑している。
三島も笑いながら首を横に振っている。
二藤部も笑っていた。
「で、ヴェルデオ大使、失礼ながら貴方も少々迂闊です」
え?とばかりに非難されたヴェルデオは柏木を注視する。
「だってそうでしょう、そんな『機密があります』って機密をばらしてどうするんですか、そんな時は適当にネタ作ってウソの目的言っとけばいいんですよ……なんかティエルクマスカの方々は真面目すぎます」
そういうと、横からダストール人のシエに、
『ヴェルデオ司令、コノニホン人ニ一本トラレタナ』
と突っ込まれていた。そして二藤部が
「ヴェルデオ閣下、まぁ、柏木さんがああは言っていますが、然るべきときにその理由はお話いただけるのですね?」
と問うとヴェルデオも
『ハい、必ず。時が来れば、必ずお話いたしまス』
「……わかりました」
そして三島が頭をボリボリかきながら
「んじゃ~何だ。ヤルバーンさんの為に、なんか適当な目的、考えるか、なんかいいのないか?一応こっちも世間体があるからな。手ぶらってわけにもいかねーだろ」
となり、そこでフェルがやおら
『ファーダミシマ、では、日本の文化と技術調査を目的に入れてくださイ。コレはウソではなく、調査局の目的の一つでなのでス。コレは機密デハありません、そうですね、司令』
ヴェルデオは頷く。
『デは、この地球の国家情勢の分析も入れていただきたイ』と、司令部部長のヘルゼン
『俺からは、この星の軍事力の調査も入れてくれないカ』と、自衛局のゼルエ
「環境調査や、生態調査っていうのも、以前見た映画でありましたな」と内閣官房副長官の岩本
「日本のマンガやアニメの調査はありえませんよ、三島先生」と揶揄する外務次官の斉藤
「うるせーよ」笑いながら返す三島
『まんが?あにめ?ナんですか?それは』と興味心身で聞くフェル
「いや、フェルさん、そっちには行かないほうがいいと思います」と突っ込む柏木
三島は、カクっとなっていた。
そして、フェイクの彼らが日本に来た目的が作成された。
「おう、なかなかそれらしいのが出来たじゃないか」
スタッフが即行でまとめあげた『等』やら『鑑み』やら『1)2)3)』がやたら書かれたお役所文書を見て、「まぁこんなもんだろ」と納得する。そして、別に、「然るべきときにその目的を説明する」という覚書も作成された。
結局、最初の項目である『ティエルクマスカの説明』が、一気に『国交樹立の交渉』の話まで進んでしまい、第一段階で、『日・ティ銀連相互文化交流条約』という体裁でこの件は進める事になった。
おそらく昼からの総理・全権大使会談終了後に調印式が開かれ、正式に発効することになる。
今の地球で、このような条約は聞いた事がないような条約だが、やはり全く未知の文明相手ゆえの条約名で、それなりに体裁も整ったものとなった。
そして次の議題
~ ヤルバーンの日本における自治権と領有地の要望 ~
「領有地かぁ~ コレは難しいなぁ」と三島。
「自治権はどうとでもなりますが、領有地ですからねぇ……」と岩本
「そうですね、彼らの母船を着陸させれるような土地など、今の日本にはありません。それに他国に領土を割譲すると言うのは国民レベルの議論が必要になります。これは難しいというより、不可能に近いです」と二藤部。
そう悩んでいると、ヴェルデオが二藤部らに
『イや、ファーダ、何をお悩みか知りませんが、我々は領土など欲しておりませン』
「え?いや、領海や領空を有する領有地、すなわち領土ですよね、当然あの宇宙船を着陸させられる規模の」
『イ、いえ、ファーダ、何か勘違いなされているようです。我々のヤルバーンは、この空中停止した状態で、地球時間で100周期でも200周期でもそのままでいる事ができまス。ソして、ヤルバーンは、ハイクァーン技術で事実上、エネルギーが切れる事のない半永久機関で動いていますのデ、別に海上でもカまわないのです、どこでもかまいません。ちなみに我々のヤルバーンは、建艦されて以降、地球時間で10周期間着陸や着水をした事がありませン』
これまた呆気に取られる日本政府スタッフ。
本当に空飛ぶ島だったようだ。天空の城ナントカなんてものではない。白い尾を引いたら、本気でアレになりそうだ。
日本側スタッフは、もうこの文明は何でもアリだなと思えてきた。少々無茶な要求しても通るんじゃないかと。
ヴェルデオは続ける。
『デすので、このヤルバーン内でイゼイラ国の自治権を保障していただきたい。それで結構なのでス』
「あぁ、それで良いのですか」と二藤部。少し苦笑い。
「でもそれならば海洋法条約で、元々外国政府船舶は治外法権が認められているのでは?」と官房副長官の岩本。
しかし、外務次官の斉藤が否定する。
「しかし、それはあくまで国連加盟国で、地球の国家の話であって、ティエルクマスカの船舶に通用するかは現時点で厳密にはいえません。今、ヤルバーン母艦は日本領にあり、便宜的にわが国がそうしているだけの話であって、ヤルバーン母艦が不安定な地位にあるのは変わりがないです」
すると白木が
「では、ヤルバーン母艦自体を大使館扱いにしたらどうです?なら大使館はその国の領土と同じ扱いを受けられるでしょう」
というと、それでも斉藤は
「白木室長、それはウィーン条約に調印している国家にのみ通用する理屈です。やはり彼らの場合は……それに全長10キロメートルの空に浮く大使館など聞いた事ありませんよ」
と苦笑いしながら否定されてしまった。
「まぁそうですが」と白木も苦笑しながら「そうか……ウィーン条約か……しかしそのウィーン条約自体、国際的な慣習法を明文化しただけなんですから、必ずしも調印の必要はないのでは?」
「まぁ、彼らのいる場所はこの日本ですし、日本と国交を結んで、日本が大使館と認定すれば、それでいけるのかもしれませんが……」
「どうだ、柏木、なんかおめーらしい良いアイディアないか?」
またも振られる柏木。
「え?俺、いや、私ですか?……いやぁ~さすがにそういった国際法云々な話になると私の射程外ですよ」
「そっか……」
と項垂れる白木だが、柏木にはまだ何かあるようだ。
「まぁ……ただ、相模湾のアソコからヤルバーンが動くとなると、またひとモメありますよ」
「え?どういうことだ?」
日本政府全員が訝しがる。
「いや……実はこないだ休みもらった時、熱海まで温泉つかりに行ってたんですけどね……」
と話し出すと、白木が
「意外にオッサンくさいなお前は、ってもうオッサンか」
と突っ込む。
取るつもりもないのになぜか柏木が話すと笑いが取れる。残念なことにヤルバーン側は「?」な表情。
「あのな白木……ってまぁいいや、で、その時、作戦終了の後だからなんでしょうね、ヤルバーンがどっかに行ってしまうとでも思ったんでしょう、熱海の青年会議か商工会議所かみたいな人らがですね、【ヤルバーン移転反対!】【相模湾の名所を消すな!】とかプラカード持ってデモしてるんですよ」
その話を聞いて、政府側のスタッフは「はぁぁ?」という表情になる。
『ナ、なんと、ニホン人の方々は、我々が去ることを反対していらっしゃるのですか!?』とヴェルデオ。
『ソ、それは本当なのですカ?カシワギサマ』と目に星が付いているフェル。
『ソコマデ、ワレワレヲミトメテクレテイルノカ……』と妙に色っぽいシエ。
『嬉シいではないですか』とオルカス。
「……あ、い、いや、そういうのとはチョ~っと違うのですけどね、ハハハ……」と焦る柏木
柏木が言うには、要するにヤルバーンがどっかに行ってしまうと、観光バブルでウハウハな状態だった相模湾沿岸の観光業が崩壊してしまうと言うのだ。
「あぁ、それでですか……最近官邸に、地方自治体首長の「ヤルバーン招致」の陳情が多くて、なんのこっちゃと思ってたんですよ」
と岩本。
結局、作戦が終わり、首相と大使が会合すると言うこともあって「ヤルバーンがどこかに行く」という推測が噂になり、一人歩きしてしまったのだろう。各地方自治体がその噂を聞きつけ、そんな招致活動をする自治体がひっきりなしだったらしい。
柏木が続ける。
「まぁそういう事なので、私は詳しいことはよくわかりませんが、その~、大使館でいける可能性があるのなら、それでいいんじゃないですか?ヤルバーンさんは空中に浮かんでいるわけですし……あ、大使閣下、別にヤルバーンの下で漁とかやっても問題ないですよね?」
『ハ、はい、それはもちろん』
「では漁業権なんかの問題もとりあえずないようですし……」
この柏木の話を聞いた二藤部と三島と岩本がなにやらヒソヒソで話した後、二藤部が
「わかりました。ではその線で行きましょう。相模湾と関東一帯の観光業が壊滅するのは、今の日本経済を考えても、正直好ましくありません……ということですので大使閣下、日本国はヤルバーン母艦を現状の位置にいて下さることを条件に、ティエルクマスカか、イゼイラかの『大使館』として扱うことに致します。我々地球の慣習では、大使館敷地内はその国の領土と同じ扱いになり、治外法権区域になります。これをわが国が認めれば、ヤルバーン母艦の自治権は確定されます。いかがでしょうか?」
『オぉ、そうなのですか、うーむ、それで我らが艦が大使館としても機能できるのなら申し分アリマセン。大変感謝致しまス』
ヤルバーン側もスタッフがお互い顔を見合わせ、頷き納得していた。
「しかし柏木さん、よく指摘してくれたなぁ、その意見がなかったら、日本的にもえらい事をするところだったよ」
と、三島。しかし「一人で温泉行ってたのか?さびしー奴だな」と突っ込まれる。柏木は「一人でゆっくりするのがいいんじゃないですか」とかなんとか。
このやりとりにも、ヤルバーン側は「??」な反応だった。
ということで、この件については、一番無難な『ヤルバーンは、ティエルクマスカ連合とイゼイラ共和国の大使館として扱う』ということで決着した。ちなみに、住所は、『東京都大島町相模湾上ヤルバーン都市型探査母艦』になる……かもしれない。
そして最後の議題
~ ティエルクマスカ連合との通商協定 ~
これが難航を極めた。
日本的にどうしろと。
「こ……こりゃ、次の会合に回すしかねーな」
企業経営者でもある三島は、このショッキングな現実にもうお手上げといった感じだった。
「え、えぇ、そうですね……こんなことなら財務次官を呼んでくるべきでした。ここまで根本的な問題だったとは……」
「えぇ、今のところ、あの一言で終わってしまいました……」
と二藤部と岩本。
無論柏木にも話が振られた。が、さしもの柏木も
「こんなのどうしようもないっす」
とさじを投げた。
日本政府をここまでにさせたのはジェグリ副司令が放った一言
『我々ハ、貨幣経済を行っておりませン。従って通貨というモノも存在しませン』
この一言で吹っ飛んだ。
そして、ヴェルデオが言った言葉。
『我々の国の経済、通商体制ハ……うーん、地球ではあまり良い意味で使われていないようですが……しいえて……まァあえてということで当てはめるなラ……』と前置きした上で、中空に例の画面を浮かばせて、何やら検索した後『キョウサンシュギ体制というものに近い体制でス』
この一言で政府側は「えぇぇぇぇぇ!」となったのである。
しかし、色々説明を聞くと、日本政府側も「あぁなるほど……」となったのだが、その後で「こ……こりゃ、次の会合に回すしかねーな」となった。
なぜそうなったかというと、彼らが、ヤルバーン内でハイクァーン使用権を得て、衣食住に娯楽を享受しているのは先の通りだが、実は国家規模でコレだったのである。
要するに『ハイクァーン使用権の配給制』だったのだ。しかもその配給の規模が違う。小麦が月に数十キロで切符制、洗剤一個貰うのに、半日並ぶとかそんなチンケすぎる話ではない。
ハイクァーンで何でも作れる社会なので、彼らの社会にはいわゆる貧困層というものがいないのだ。
で、ハイクァーン使用権は、貯めることもできるので、ある一定量貯めると、個人で小さな宇宙船すら造成させることも出来る。しかもハイクァーンの衣食住に必要な最低限の使用権は保障されているので、使いすぎる事もない。
従って、彼らにとって『労働』とは、対価を求める事ではなく、自ら生きる意味のために行っている事であり、彼らが行った行為に対する成果や後世に残す意思やら、その賞賛であり、決して対価に対する物ではないのである。もうまるっきり24世紀の「宇宙、それは最後の~」な世界まんまであった。
もうマルクスあたりが聞いたら失禁しながら喜びそうな社会だ。
二藤部たちは、これを聞いて(あぁなるほど、社会主義や共産主義がこの地球から滅びていくわけだ)と感じた。
つまり、社会主義、それに続く社会主義の完成型である共産主義社会とは、彼らティエルクマスカ並みの超絶的な成熟した社会でなければなし得ない見果てぬ理想郷なのだという事である。
マルクスの提唱した社会主義という物の、最大の欠点は、「地球は無限の資源に満ち溢れている」という前提で語られている事である。
確かに地球がそんな星なら、社会主義は成しえるかもしれない。しかし実際は地球の資源は有限で、それ故に物に価値が設定され、資本が成り立つ。
その有限の資源に基づく資本価値のバランスがなければ、今の地球社会の経済は成り立たない。だから富める者もいれば貧しい者もいる。なので労働に対価を求めるし、労働自体に貨幣価値が付く。
しかし、ティエルクマスカのように、ハイクァーンで何でも作れる社会になれば、物の価値を司る『貨幣』自体に意味がなくなってしまう。従って労働する事に貨幣価値が無くなる。資本主義自体が意味を成さない。ティエルクマスカのマスコミ禁止法の一件にしても、事象情報に勝手に価値を設定し、それを操作して流す事ができる組織を作ることは、価値享受の平等を達成したティエルクマスカ的には「政府を転覆する行為」とみなされても仕方が無いわけだ。なので、このマスコミ組織を作る事や関与する事に重罪が設定されているのもこういう事情がある。
ヴェルデオが話す。
『シかしご心配なく。もちろん我々もかつては貨幣経済を経験していますのデ、そのシステムは理解していまス。連合以外の国家でも貨幣経済を行っていルところは現在もあり、通商行為自体は行っているので、心配は要りませン』
「で、あなた方が、貨幣経済を行っていたのは、何時ごろの話ですか?」
と三島が尋ねると、
『地球時間で、約5万周期前です』
三島は「タハー」と頭を抱えた。
この件については、彼らのその貨幣経済国家との通商実績を提示してもらう事で、次回の会合に回す事にした。とにかくティエルクマスカに日本円という外貨を持ってもらわないことには物流と通商に関して何も行えないのだ。
では、ハイクァーンで何か生成してソレを売ればいいではないかという話もあるが、それをしてしまうと、その生成した物の業界や業種を軽く脅かしてしまう事になり、そう簡単にいかない話なのである。これは先の招待客が貴金属を作ってしまう事と同じ事で、これをティエルクマスカという国家規模でやられたら、地球の経済は完全に吹き飛ぶ。
以上で今回会合の各議題討議は終了した。
結局最後の通商条約の締結に関しては、ヤルバーンが事例を提示してからという話になり、次回会合に持ち越しとなった。
『サて、今回、私たちは皆さんのご好意により、大変素晴らしい会合を行う事ができましタ。そして多くの配慮を頂き、感謝に耐えませン』
ヴェルデオが切り出す。
「いえ、我々もあなた方ティエルクマスカ連合、そしてイゼイラ国との世紀の接触、そしてわが国の国益に関する会合が持て、大変有意義であったと思います」
と二藤部。
『イ、いやしかし、今の会合では、利益を享受できているのは、一方的に我々だけで……機密に関しても、ケラーカシワギに助言していただいた形になってしまっており、ニホンの交渉官であるにもかかわらず大変に申し訳ない結果になっていまス』
「そうでもありません大使閣下、私たちは、貴方がこの国にいらっしゃる事自体が現在の国益になっています」
『ソウなのですか?』
「はい」
二藤部の言うとおりである。彼らがこの日本にいる。つまりティエルクマスカに関する権益が日本独占状態である事が現在保障されているからである。これは世界に対する重要なカードになる。そして、フェルと柏木の関係も、である。なぜなら、この関係を二藤部や三島は知っているからだ。
『シかし、我々もこのご好意に甘えてばかりもいられませン。私達からもニホン国に何か報いたいと思いまス』
そういうと、ヴェルデオはフェルに目配せをし、目で頷きあう。
そして、ハイクァーン管理局スタッフに、『例のモノを』と言い、資料を持ってこさせる。
それを机のホログラフモニターに表示した。
「こ、これは?」
二藤部が何かと首をひねって尋ねる。
『ハイ、これは連合に加盟した国に、連合から供与されるモノで、正式名『ティエルクマスカ連合原器』と呼ばれていまス』
「『ティエルクマスカ連合原器』?」
『ティエルクマスカとの加盟国の各種インフラを共通化させるためのものですネ。この原器を授受することで、正式にティエルクマスカ連合に加盟した事になります』
「え?いやしかしわが国は……」
『イエ、解っております。今回は、ニホン国のみなさんにご迷惑をおかけしたお詫びと、今回の会合で数々の便宜と、条約締結に同意していただき、正式に国交を結ぶ事ができる御礼として特別にこれを私の権限と判断でお譲りいたしまス』
「そうですか、それは大変感謝いたします。で、このティエルクマスカ原器の内容とは一体……」
『ハい、ティエルクマスカ原器は、わが国の根本をなすインフラ設備三点の基本規格器からなります。まず一点目は、コレ、ハイクァーン造成器の標準規格器10器』
「!!!!!!」
日本スタッフは度肝を抜かれた。しかしそれだけではなかった。
『次ニ、仮想分子凝固生成規格機10機。これにハ、あなた方が『PVMCG』と呼んでいる物も含まれます。そして次ニ……』
ヴェルデオは特大の機器のホログラフと、設計図を表示した。
『ディルフィルド航法機関、ツまり、デロニカなどに積まれている「えんじん」とその設計図5台。我らの交通移動手段の要です。あなた方が「わーぷ」とか「空間転移」と呼ばれる航法も司るものです。これの標準モデルです。これら原器三点を提供いたしまス』
「な、何ですって!」
思わず二藤部が叫ぶ。日本政府陣も騒然となった。
「す、すいません大使閣下、す、少しお待ちください」
二藤部は思わず席を立ち、手招きをしてスタッフ全員を部屋の壁際に呼び寄せた。
本来なら公式会議中にこういう行動をするのは失礼極まる行為なのだが、それを差し引いても日本側としてはあまりに予想外の申し出だったので、二藤部はやむを得ずこういう行動を取った。
休憩を申し出るにしても、あまり時間を取らせたくない。それに日本側に不利な条件でもない。いや、不利どころか想定外を通り越した有益な申し出だったからだ。
日本側スタッフはガタガタと席を立ち……いや、実際はそんな音もしないテクノロジーな椅子なのだが、そんな感じで壁際に移動した二藤部の下に円陣を組むように集まる。
ヤルバーン側は、「どうしたんだ?」と呆気に取られた表情だ。
「(困りましたね……、まさかああいった申し出があるとは……)」
二藤部が小声でスタッフに話す。
「(あぁ、全く予想外だな。どうするよ総理)」
と三島。
二藤部は頭に手を当てて、さすがに困惑したように
「(あの原器の申し出、素直に持って帰ってしまったら、とんでもない事になるのは確実です。ヤルバーン招待客を付け狙うエージェントどころの騒ぎじゃない)」
「(しかし、あの原器、もらえるなら是非貰いたいのは確かです)」
と大見や加藤、多川ら防衛省制服組が話す。無論防衛力向上な観点からの話も含んでの事。
「(だが、どっちにしろアレをそのまま持って帰るっていうのはリスクが高すぎる。アレを日本国内で秘密にし続けるというのは、ちょっと無理がありすぎますよ、絶対にバレる。そうなったら各国は必ず行動を起こします。少々無茶なことも絶対やらかすでしょう。今の日本にゃ……あー、あまり言いたくはないんですが、それを完璧に食い止める手段があるとは思えないんですがね)」
と白木。そして柏木が
「(まぁ、「有難く頂くけど、そっちで預かって欲しい」っていうのが無難でしょう。そこのところはちゃんと理由を説明した方が良いですね。どっちにしろあんなものをいきなり貰ったところで、それをそのまま明日から使えるというわけではないでしょうし)」
真壁が続く。
「(そうですな、あの技術を使いこなすには、まだ人類は相当な時間を必要とします。それこそ柏木さんが良く言う24世紀の話ですよ。ただ、アレを研究する上で派生する、我々が今持つ既存の技術の革新はおそらく想像を超えるものになるでしょう。国益という点で考えれば、可能な限り秘密にしておいた方がいい……選りすぐりの厳選された関係者や技術者、研究者以外はね。先ほどの柏木さんの理屈じゃないが、知っている人以外、知らない機密は初めから何も無いのと同じという感じで行くべきでしょう)」
真壁の意見に全員が「そうだ」「そうです」と頷く。
二藤部も納得したのか
「(わかりました。席に戻りましょう)」
と言い席に戻る。
二藤部はティエルクマスカ原器提供に最大級の謝辞を述べるとと同時に、現在の地球の情勢を鑑みたその技術がもたらす地球世界の混乱も説いた。そしてヤルバーン側で預かってもらえるよう、そして日本の技術者がその研究に携われるように要請した。するとヴェルデオは……
『ワかりました。なるほどそのような懸念がありますか……デは、このヤルバーンの中にもニホン国の治外法権区域を設けましょう。そこで研究なさるとよろしい。技術スタッフも当方より派遣しまス』
「え?よ、よろしいのですか?」
『私達モこのニホン国領土に治外法権区として本艦を大使館扱いにしていただきましタ。それぐらいはお安い御用でス。何でしたら、その区域にニホン国も在ティエルクマスカ・イゼイラ日本大使館を設定したらいかガですか?』
「なるほど、そういうこともできますね」と二藤部
「あぁ、良いアイディアですな」と三島
他、日本側スタッフも全員頷く。
「いっそのこと、大使館をカモフラージュにして、研究施設を併設したらどうですか?謎の円盤ナントカみたいに」
と柏木
「古いな、柏木先生は、アンタそれまだ生まれてないだろ」
と三島に突っ込まれる。そしてこの冗談を締めにその方向性で決定した。
だが、それでも不安は残る。全員に緘口令を敷くと同時に、この件は当面、超機密事項として二藤部と三島以外、自由に扱えないようにすることとした。
柏木的にもこの件は、コレで終わらないだろうなという、ぼんやりとした不安は抱えていた。
そしてそれ以上に、なぜにティエルクマスカはこのような超科学技術とも言うべきものを日本へ安易に渡すのだろうかと。
彼らの銀河では、こういった事が普通なのかと。
そんな疑問も残った……
「さて、今回の会合の議論はこれで全て終了したわけですが……新見さん、あなたから追加議題の要請があるそうですが……」
二藤部に振られ、今までほとんど喋らなかった新見が口を開く。
「はい。先般ヤルバーン側にお渡しした資料についてですが、この件に関しては柏木交渉官に一任しております……お願いできますか?柏木さん」
「え?一任ですか?……は、はぁ、わかりました」
またも振られ、今度は新見から丸投げされ、頭をポリポリかく柏木。とはいえまぁどうせ自分にお鉢が回ってくるのはわかっていたので、よしとする。
「では……実は、お渡しした資料にも記載させていただいておりますが、今『ヤルバーン招待イベント』とでも申しましょうか、今交渉にて国交も開かれることもあり、おそらくこれ以降、多くの日本人がこのヤルバーンを訪れることになることが予想されます。そこで、この件に関して地球世界各国からもヤルバーンを訪れたいと言う要望が多数日本政府に寄せられておりまして、ヴェルデオ大使閣下におかれましてはこの件について御一考いただけないかということなのですが、率直なところいかがでしょうか?」
するとヴェルデオがニヤと笑い。
『ソのご要望なら当方でも検討いたしましタ。そしてこの件について当方は、調査局局長フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラに一任しておりまス』
「え?フェルさ……いえ、フェルフェリアさんに?」
『ハい、フェルフェリア局長、よろしくお願いしまス』
ヴェルデオは悪戯小僧のような笑みを浮かべて柏木を見る。
『カシワギサマ、よろしくお願いいたしまス』
「あ、は、はい……」
柏木的には意外な展開。まさかフェルと交渉する事になろうとは……しかもヤルバーン的に肯定的でない案件で。
(まいったなぁ……フェルさん相手かよ……)
大見が白木の耳元で囁く
「(おい白木、いいのか?例の件、教えなくて)」
「(いいんだよ、おもしれーから)」
「(オイオイ)」
相手がヴェルデオなら『大使』という交渉慣れした相手だけにまだやりやすい。
しかしフェルのようなタイプと対峙するのは柏木も初めてであった。
しかもフェルのもう一つの役職……
知らぬは柏木ばかりなり……
フェルVS柏木。はてさてどうなるか……
柏木は、見つめるフェルの金色に輝く瞳に、何とも言いようのないやりにくさを感じていた……
主要登場人物:
~日本政府関係者~
柏木 真人(37)
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
白木 崇雄(37)
日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員
大見 健(37)
陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉→三等陸佐 レンジャー資格所有者
柏木・白木の高校同期で友人
二藤部 新蔵(59)
自由保守党総裁・内閣総理大臣。衆議院議員一般には保守系の憲法改憲論者として知られている。
三島 太郎(73)
自由保守党 副総理 兼 外務大臣 衆議院議員。いわゆる「閣下」
新見 貴一(46)
日本国外務省 国際情報統括官 白木の上司
○その他政府関係者
内閣官房副長官 岩本和夫(55)
外務次官 斉藤光恵(50)
内閣官房参与 東京大学教授 真壁典秀(76)
防衛事務次官 河本一誠(50)
海上自衛隊 海将 加藤幸一(58)
航空自衛隊 一佐 多川信次(42)
~外国政府関係者~
ジェニファー・ドノバン(50)
在駐日米国大使(女性)
~ティエルクマスカ連合 関係者~
○イゼイラ人・カイラス人・ダストール人年齢は、地球基準の肉体(外見)年齢。地球時間年齢は、ほぼ×2の事
リビリィ・フィブ・ジャース(26前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局警備部主任 女性 イゼイラ人
体色:パッションピンク
目色:白目に上部半分は藍色・瞳は藍色
髪型:ラフなバッサリ系・ボーイッシュ・鳥の羽状
身長;170cm Cカップ 体格はアスリート系
ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ(25前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局技術部主任 女性 イゼイラ人
体色:真っ白・カラーモードで言えば、C0:M0:Y0:K0
目色:白目に上部半分は薄紅・瞳は薄紅
髪型:オールバックでうなじまで・鳥の羽状 白い羽紙の先端に、黒と灰色のストライプが特徴
身長;160cm Bカップ 体格はスレンダー普通系
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(23前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性 イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分は金色・瞳は金色・まぶたに藍色のアイシャドーのような色素がある。
髪型:前髪が大きく肩幅ぐらいまで翼のように分かれ、肩甲骨あたりにまでかかる・鳥の羽状・藍色
身長;165cm Bカップ 体格はスタイルの良い陸上選手か、ビーチバレー選手系
ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ(58前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』司令 兼 共和連合全権大使 男性イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分はブルー・瞳はブルー
髪型:男性のオールバック系・鳥の羽状
身長:170cm
ジェグリ・ミル・ザモール(40前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』副司令 男性イゼイラ人
体色:黄緑
目色:白目に上部半分は緑・瞳は緑
髪型:男性のオールバック系・鳥の羽状
身長:180cm
ヘルゼン・クーリエ・カモナン(28前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 司令部部長 女性イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分はブルー・瞳はブルー
髪型:ロングヘアー・鳥の羽状
身長:162cm Cカップ
オルカス・フィア・ハドゥーン(30前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 監査局局長 女性イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分はブルー・瞳はブルー
髪型:短髪に7/3分けタイプ・鳥の羽状
身長:162cm Cカップ
シエ・カモル・ロッショ(26前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 自治局局長 女性ダストール人
体色:リザードマン色 小さな鱗に覆われている。
目色:爬虫類系 白目に黄色瞳
髪型:赤色のロングヘアー・地球人と同じような髪
身長:173cm Dカップのナイスバディで妖艶な美女
ゼルエ・フェバルス(35前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 自衛局局長 男性カイラス人
体色:チーター系体色。獣人
目色:獣人系 白目に茶色瞳
髪型:全身体毛に覆われている。
身長:185cm 兵士系マッチョ