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フェルフェリア――フェルという名の他とは違う雰囲気を持つ女性型。彼女が千里中央で遭遇したヴァルメを操作していた本人であったと知った柏木は、人生とは……と後の言葉が出ないなんともいえない感覚を感じていた。
「あ、あなたがあのヴァルメを操っていた……」
『ハイ、私があのヴァルメの遠隔操作を行っておりましタ』
「では、私があの時言った事も?」
『ハイ、よく覚えておりまス』
「あちゃ~」と心の中で思う柏木。
よりによって『かかってこいや!』と啖呵を切った相手が、こんなに美しい女性型とは、神様もえらいことしてくれると天に文句を言いたいと思ったのだが……
『アの時、とても嬉しかっタ……』
「……エ?は、はぁ?」
と、なんか勘が狂う方向に話が進み始めた。
『……アの時、私はとても悩んでおりました。どうやればニホンの方々とコミュニケーションを取れるのカ、正直手詰まりでしタ……』
彼女が言うには、もうどうしようもないから最終手段で日本人を一人、ヴァルメで中継してヤルバーンへ転送し、直接話を聞こうと思ったらしい。それであの従業員らしい女性を目標にしていたのだそうだ。
しかしそんなことをしてしまうと、危害を加えるつもりはないにしろ、誘拐になってしまうので、悩んで悩んで悩んで悩みまくって踏ん切りがつかなかったところに柏木が現れたそうだ。
「そうでしたか……それならば、私が現れて良かった訳だ。それをやっていたら私たちの出会いも変わっていたかもしれませんね」
『ハイ……でも……今でも、もしあの時、それを行っていたらと思うと……ワタシは……』
その時のことを思うと、今でも相当な良心の呵責に苛まれるそうだ。
実際にはやっていない事でも、もしそれをやっていたらゾっとするということは誰にでもある。
「ハハハ、まぁ、結果良ければいいじゃないですか、これも、ナ……なんだっけ?……ナヨ……クァラグヤさんのお導きですよ」
『エ……なぜその名を?』
「ヴェルデオ大使から聞きました。そちらの国で崇拝されている、賢人か聖人さんのお名前らしいですね」
『ハ、ハイソウデス…………ソウ、そうですヨね、こうしてカシワギサマにお会いできました……もう悩みませン』
フェルが、何か吹っ切れたように、にこやかに笑う
「えぇ、それがいい」
柏木はニッコリ笑って頷いてあげた。
彼女の顔を見ていると、なんともそういう気分になる。柏木もやっぱり男だったということである。
「しかし私もあの時、なんかひどい事いってしまったみたいで……」
柏木は頭をポリポリと描きながら申し訳なさそうにする。
『エ?……何ガですか?』
フェルはきょとんとして聞き返す
「え?いや、私、怒ってたから……」
『エ?怒ってらっしゃったのですか?いツ?』
どうも話がかみ合わない。
「ほら、あの光線みたいなのを発射した後」
フェルが言うには、あの光線は、人類のバイタルデータを収集すると同時に、相手の言語を解析するために、脳の言語野のニューロンパターンもサーチしていたそうだ。
彼らの技術では、この方法を使う事でも言語の解析はできるらしい。ただ、この方法だと、言語情報を物理的に直接収集するよりかなり能率が落ちるそうで、フェルが聞いた柏木の日本語を、千里中央遭遇当時の状況で訳すと……
『貴方がたが、日本人に危害を加える意思がないのは理解している。しかし、状況においては礼儀を失してはならない。他国への入国を希望する場合、”#$%&’のような事を行ってはならない』
『未知の国家に接触する場合、”ピンポン”なる媒体を介して、『初めてお会いする何某である。日本人との会話を要請する。対話をしてもらいたい』と言わなければならない。貴方がたはそういう儀礼を踏まなければならない』
『異星の方々、何か要望があれば、いつでも私が受ける。私は&%$交渉者のカシワギ・マサトである。覚えておきなさい』
という翻訳サイトのような感じに訳され、しかも熱心に話してくれるので、「日本人も私たちと対話したいんだ!」と嬉しくなったそうで、素晴らしいアドバイスをしてくれた日本人と思い、小躍りして喜んだそうだ。
柏木は、その説明を聞いて、「あ……そうですか……」と、少しクラっときた。
そして(ま、まぁいいか……)と思った。
「あ……いや……私の勘違いでした、申し訳ない」
柏木も意外にヘタレだった。しかし「交渉官」らしいヘタレ具合である。
『ソウですか、おかしいと思いましタ』
フェルも口に手を当ててコロコロと笑い、なんかウケている。
柏木もニコっと笑い(まぁ、そういう事なら、それでいいか)と、そういう事にすることにした。
その後、ヴァルメがいきなり機能不全アラートを発したので、急遽回収したところ、あの名刺が挟まっており、フェルは、『私が罪を犯そうとしたところを止めてくれて、しかも必死にアドバイスをしてくれて、また更に連絡先まで教えてくれた勇気ある日本人』と柏木のことを勝手に思い込み、それ以降、ずっと憧れていたそうである……まぁ直接そういう言及はなかったが、話を総合するとそう聞こえた。
しかし、やはり山本が言ったとおり、しっかりきちんとファーストコンタクトしていたのである。しかも間接的にとはいえ、こんな別嬪さんと。
ちなみにその後、この結果報告を受けて、ヴェルデオ大使が地球に混乱をもたらしたヴァルメを即時回収することを決定し、相模湾を日本の玄関口と想定して、その場所に鎮座し、日本側のアプローチを待つと同時にヤルバーン側もコミュニケーションの模索をしていたということらしい。
シールドに関しては、やはりそれでも敵対行為に警戒しての事だったそうだ。
『トコろで、カシワギサマ』
「はい?」
『ヒトつ、わからないことがあったのですが、私達ハ、”ピンポン”なるものを探したのですが、それに該当する交渉手段か、機器が見つかりませんでしタ。アレはどういうモノなのでしょう?』
「ピンポン!?……あ……いや、その……どういえばいいか……ええと……」
白木達は、遠目で柏木達の様子を見ていた。
大見も見ていた。
美里も見ていた。ドキワクで。
美加も見ていた。大人の男女のお話というモノは、今後の大人の階段のためにどういうものかと思いながら。
麗子も見ていた。ここぞというときにシャンとしなかったらぶん殴りに行くつもりで。
リビリィも見ていた。アワワと両手の握りこぶしを柄にもなく口に当てながら。
ポルも見ていた。彼女もリビリィに同じ。
「(なかなか面白くなってきたじゃねーか、な、麗子)」
と白木はコソッと麗子の耳元で話す
「(まだまだ甘いですわ崇雄、あそこでバっとやって、グっとやって、ブチューっとやって、そうしないと私には勝てませんわ!)」
「(いや、何考えてんだお前……ってお前に勝ってどーすんだよ、何を期待してるんだお前は)」
そこで白木は『ブチュー』の言葉である事を思い出す。
ポンと手を打ち(あ、そうか、それ聞いておいたほうがいいな)と思う。
実はティエルクマスカの人間で、今までそういうモノなんだと思いながらもはっきり聞かなかったことが一つあった。
「なぁリビリィさんにポルさん、一つ聞きたいことがあるんだが……」
『ナ、ななななんだよ、今はソレどころジャ』とリビリィ
『ソソソそうです……』とポル
「だーいじょうぶだよアッチは、奴も日本政府の人間として話をしてんだから」
『ウ、ウーン』と、言いながらリビリィは『デ、なんだヨ』と白木に向き直る。ポルも向き直るが、ちょっとチラ目で向こうを見つつ白木の話を聞く。
「あんたらの種族って、『男』と『女』の性別というか、そういう概念ってあるのか?」
『オトコ?オンナ?』
リビリィが中空にいつもの画面をポっと浮かべて何か検索している。
『アぁ、「デルン」と「フリュ」のことか、当たり前だろ……えっと、アレがデルン』
と、そこらへんにいる男性型を指差す。
『デ、あたいや、ポルがフリュ』
「子供を生むのはどっちだ?」
『フリュだゼ』
「じゃぁ、俺たち地球人で、アンタらは、どっちがその、デルンとフリュで認識している?」
『ケラーシラキや、ケラーオオミのダンナはデルンだろ?んで、ミカチャンや、ケラーミサトやケラーレイコはフリュじゃねーのか?』
「アタリだな」
『アたりメーじゃねーかよ、それぐらいわかってるヨ……だからアセってるんじゃねーかヨ!』
「ん?」
『リビリィ!』
とポルがリビリィの口をふさぐ。
「ほー、なぜ焦ってるのか聞かせて頂きたいが、無理かなぁ?」
白木がそう言うと、美里がポルの横の席に陣取り、麗子がリビリィの横に陣取る。大見が白木の横に座り、美加がパパの横にちょこんと座る……二人は逃げられなくなった。
これで白熱電灯スタンドがあれば、尋問状態である。
リビリィとポルは観念した。
しかし、月とアンドロメダ星雲ぐらいの科学技術格差のある相手に、こうも立ち回る白木もたいしたものである。
「って、そんなに大したこっちゃないだろう、別に取って食おうって訳じゃねーよ……ってか、マジメな話、それを聞かせてもらわないと、柏木や俺たちもこれからやりにくいだろう、な、いらない壁はとっぱらっておこうぜ、お互いに」
『ワ、わかったよ、話すヨ……』
リビリィは何か決心したように言う
『リビリィ……』
ポルはまだ何か困ったような顔をしていた。
『モういいじゃねーかよ、ポル。ちゃんとしとかないと、ケラーフェルフェリアがかわいそうだゼ』
『ソ……そうだけど……』
リビリィがまず話したのは、水色金色目の本名と、自分たちがそのフェルの部下であると言う事。リビリィはヤルバーン調査局警備部主任で、ポルは調査局技術部の主任だそうだ。
『デ、ケラーフェルフェリアは、この船の調査局局長なんだケド……』
「けど?」
『ティエルクマスカ連合の……連合議員でもあるんダ。あたい達にとっちゃ、超VIPなんだよ……』
「な……なんだって!?」
白木はバっとフェルの方を見た。(なるほど、そういう事か!)と思った。
あの羽田での時、彼女のみヴェルデオ大使と同格の態度だった事を思い出した。
超VIPって、そりゃそうだろう、日本の衆議院議員なんかと訳が違う。なんせ巨大な星間国家の議員ともなれば、格はとんでもなく上だと普通に考えても思うだろう。
『デも良い方なんだゼ、あたい達をトモダチと思ってくれてるカラ、イツも一緒なんダ』
「それで、近づく日本人を遠ざけていたのか……じゃ、あの遠ざけていたのは護衛か?」
『アァ、あたいの部下だよ……当然だロ?日本人デモさ、見ず知らずの異星人なんだゼアンタらは……』
「あぁ、なるほど、そうだな、まぁ確かにそりゃそうだ。そこんとこはわかった……しかしまだ疑問が一つあるんだが」
『何だヨ』
「今、そのフェルフェリアさんか?彼女を「ケラー」って呼んでいるが、さっき一瞬「フリンゼ」って呼んだよな、アレはどういう意味なんだ?」
サヴァン脳の白木を舐めてはいけない。
あのときの会話は、ため息のトーンまで一言一句記憶している。
『え!?ア、アンタどんな記憶力してんだよ……ゴメン、ソレは勘弁してくれないか?……ソレは言えねーんだ……』
ポルもリビリィをかばうように
『スミません、本当にソレは……』
「あ、あぁ、いや、わかったわかった。いや、スマン!そんな落ち込まないでくれよ、そんなつもりで聞いたんじゃねーんだ」
と白木が言うと
「そうですわよ崇雄、そこまで追い詰めて、女の子をいじめて」と麗子。
「白木さん、ジーーーー」と美里。
美加はイマイチ要領を得ていない。
「お、おいおい、俺が悪者かよ!、ったく……あ、そうだ、これで最後だ。なんで柏木とフェルフェリアさんが一緒にいたらアワワなんだ?」
『実は……』
ポルは、フェルが柏木に話した顛末の一部始終を話した。
「え!?そ、そうだったのか!!」と白木
「うそぉぉぉぉん」と美里
「ホントかよ……」と大見
「それは……偶然とはいえ……」と麗子
「へぇーーーーー!」と美加
『で、ソレだけならいいんだけどサ……』
とリビリィは話を続ける。
「どういう意味だ?」
『ケラーフェルフェリア……あーいや、フェルフェリア局長は、その件もあって……その……ケラーカシワギの事……憧れてるんだよ……』
「ええええええええええええええええ!?」と全員。
『ダってよぉ……あの部屋の……なぁポル……』
と口ごもるリビリィ
『え、エぇ……実は……局長、ケラーカシワギのホロプリント、部屋に飾ってるんでス……』
と自分の事でもないのに頬をピンクにするポル
全員しばしの沈黙が走る……
地球人勢は、何をどう理解したらいいのか、しばしの思考時間が必要とされた。
沈黙がマズイと思ったのか、リビリィが話す。
『ハネダでケラーカシワギの姿見たときは、焦ったよ……で、あの羽根が回る乗り物で飛んで行ってくれたとき、正直、ホっとしたんだよ……』
とリビリィ。そしてポルが
『今日モ、大使と会合ダって聞いていたので、安心してここに来たのに、マさかいらっしゃるトハ……』
確かにそうである。星間国家連合議員に+αが付くと予想される人物と、37歳独身の日給27000円な、成り行きな非常勤国家公務員ではあまりに釣り合わない。
「あ、あんなのがいいのか?」と白木が切り出す。必死で笑いをこらえていた。
「こ、これは絶対にブチューさせますわよ!」麗子が握り拳を作って意味不明に張り切る。
「柏木、あいつこの状況わかってるのか?不安だなぁ……」と大見
「この事知ったら、柏木くん、ショック死しちゃうわよ……いくら突撃バカでも……」と美里
「そのフェルフェリアさんって、柏木のおじさんのことすモゴモゴモゴ」パパに口を塞がれる美加
『フェルフェリア局長は、ニホン人との交流を楽しミにしていたんだけど、立場ガ立場だから、ナカナカそういうわけニはいかなくて……アタいも仕事だから……』
リビリィは複雑な心境を話す。
ポルがフェルの部屋で、柏木のホロプリントを見たとき、羽田での接触で柏木の姿が見えたらスっとんで行くのではないかと、警戒していたそうなのだ。実際にはフェルもその点は立場もあるので抑制したみたいだが……
なので、あの女子会でかろうじて済んだということだそうだ。
「んじゃ……まぁ、なんだ、とりあえず今はあのままほっとけよ……今水差したら、余計に落ち込んじまうぞ、その局長議員さん、な」
白木が「べつにいいじゃねぇか」とリビリィの肩を叩く。
そして、今聞いた事は、緘口令を敷くと白木は全員に厳命した……特に美加には、もし話したら来月のお小遣いナシという罰則付きで。
しかし白木は……
(新見統括官には話しておいたほうがいいな、コレはもしかしたら爆弾級のカードになるかもしれん)
と考えた……
柏木はなんか向こうの方で、変に盛り上がっている……んだろうと思う白木たちを横目で見る。
フェルは、リビリィやポルがいるのを気づいていないようである。
柏木はフェルに、柏木自身の事を色々聞かれた。
好きな食べ物は何かとか、どういう色が好きかとか、趣味は何だとか……さすがにサバイバルゲームとは言えなかった……思いのほか色々聞かれるので、なんとも好奇心旺盛な方だと思っていた。
しかし聞かれるのが、どういうわけか、自分の事ばかりで、もっと地球や日本の事を聞かれると思っていたのだが、少し意外であった……コイツだけ。
『ツかぬことをお伺いしますが、カシワギサマは、お歳はいくつですカ?』
「ん?え?あ、あぁ、今、そうですね……地球時間で37歳です」
柏木は咄嗟に「地球時間」という言葉を付けた。普通に37と言っても、おそらくあまり意味をなさないと思ったからだ。多分寿命も違うだろうし、フェル達の本星の時間感覚も違うだろうと考えたわけだ。
『エッと……地球人のミナサンの平均寿命が……地球の一周期が365分期ダカラ……』
とフェルは、中空に例の画面をポっと浮かばせて、何やら検索していた。
『ウふふ、わかりましタ』
「?」
『ワタくしは、地球時間でイウと、46歳ニなりますね』
「え!?46歳!?……いや、どう見ても……そうは……」
『ハイ、私達は、平均寿命が地球時間デ、およそ200周期ホド。最高齢の記録が250周期あるんデすよ』
「へぇ~~!すごい長寿ですね、あぁ、なるほど、では、あなた方の実際の肉体年齢は……」
『地球人基準だと、23歳前後グらいと思ってくださってよろしいかト……安心しましタ』
「え?何が安心なんですか?」
『イエ、こちらの事です。お気になさらぬよウ』
フェルは嬉しそうである。何が嬉しいのかよくわからないが。
「あ、ちょっと失礼」
柏木は袖をずらし、時計を見る。まだ昼の1時半だ。人と話している時、特に女性の場合は時計をチラチラ見るのは、あまり礼儀がよろしくないので、こうやって断って見る癖が付いている。
(まだ一時半か、まぁ会議は明日だしな、今日はゆっくりできそうだ。事前協議の打ち合わせは……)
『カシワギサマ?』
「ん?はい?」
『そのウデに着けているそれはなんですカ?』
「あ、あぁ、これは時計ですよ、この星の時間を計測する道具です」
『…………』
フェルは、柏木の時計をジっと見ている。
柏木の着けている時計は、某有名メーカーの量産品時計だ。電波ソーラーデジアナ時計で、価格は3万円ほど。そんなに高いものではない。家電量販店で買ったものだ。色はシルバー。メタルバンド式である。
柏木は、その腕時計を外し、フェルに見せてやった。
フェルはその時計を見て、ボタンを押したり、バンドをクリクリいじったりしながら、
『トても綺麗ですね。このベルトの細工もスバラシイデす』
こういうアナログなものが、彼女達は珍しいのか?と柏木は思う。まぁ考えてみれば、彼女達の着けている機器は、最先端をすっとばしたものばかりである。そして彼女も女性だからだろう、装飾品として見ているのかも知れない……と柏木は思った。
柏木は、ニっと笑ってその時計を「貸して?」と言うと、フェルの手を取り、大きさを見極めて、ポケットから10得ナイフを取り出して、トントンとベルトの大きさをフェルの腕の大きさに調整してやる。
そしてフェルの左腕を『しっかり』取り、元々着けていたリストバンド型端末を外して、その時計を左腕に『柏木が』付けてやる。
「ハハ、気に入ったならそれ、差し上げますよ。本当ならレディース物をお送りしたいところですが」
そう言った途端、彼女は顔をピンクに染めまくり、とても狼狽したようで、
『エ!……ソ、そんな!……ワ、私は!……ソノ……エっと……ンッと……』
時計をはめた腕を、胸に当てて、急にモジモジしはじめた。
「?」
首をかしげる突撃バカの柏木。
『ケ……ケラーカシワギ!……ななななななんて事を!!!』
とリビリィ。その一部始終を見ていたようである。
『アわわわわわ、そそそそそこまでいきまスか!』
クールなポルも柏木の暴挙?を見て、尋常ならざる狼狽を見せる。
「お、おおお、おいおいどうしたんだ?いったい」
白木もうろたえた。そしてこのいきなりの狼狽振りに、他の全員も何事かと思う。
それだけではない。回りを見ると、他の異星人も、ソレを目撃した者の話がレストラン中に伝播し、視線が一気に柏木に集まる。
「おいおい、リビリィさん、アイツが何かしたのかよ、見た感じ、自分の腕時計をフェルフェリアさんにあげただけじゃないか」
『ア……そ、そうか、地球人はわからないのカ……あ、あのナ、私たちの習慣じゃな……』
「おう、お宅らの習慣では?……なんだ?」
『自分の身に着けた腕のものを、相手の手を取って、腕に着けるのは……「ワたしと付き合ってくれ」って意思表示なんだよぉぉぉ……』
・
・
・
「な、何ぃぃぃぃぃぃぃ!!」と白木
「あ、あいつやりやがった!」と大見
「柏木さん!よくやりましたわっ!!」と無責任な麗子
「…………」ただ唖然とする美里
「???」よくわかってない美加
遠目で見ると、フェルは、さんざんモジモジした挙句、席を立ち、ピュンっとどこかに走っていってしまった。
柏木は、白木たちの方を見て、手を横に上げて、首をかしげる
「(ア、アホかてめーはっ!追いかけろっ!んでもって謝って来い!)」
と白木はジェスチャーする。このままでは極めて有効な政治カードが消えてしまう。
しかしその後ろで
「(何をしてらっしゃるんですかっ!今がチャンスですわよっ!追いかけてブチュっと!)」
と麗子が相手に抱きつくカッコウで唇を尖らせるジェスチャーをする。
柏木は、「ハァ??」という顔でアゴを前に出して、首をかしげる。
しかし、すぐにフェルはタタタっと走って戻ってきた。
「あ、アレ?戻ってきたぞ?」
白木は「どういうことだ?」とリビリィに問いかけるが、リビリィはその声に反応せず、ジっと柏木達を見ていた。ポルも右に同じ。
『カシワギ……サマ……』
フェルは大事そうに手に小箱を持って戻ってきた。
そして、その箱をパコっと開けると、異星人達がよく身に着けているリストバンドタイプの端末が入っていた。
しかし色が違う。白銀色の端末で、見るからに特注品っぽい。それに上部には、何か紋章のような物が刻印のように彫られている。
フェルは何も言わずに、頬をピンクに染めて、微笑を浮かべながら、柏木の左腕を取り、その端末を柏木に取り付けた。
『コレを……差し上げまス……』
柏木は、それを見て、
「い、いやこんな物を頂いては……見るからに高級そうだ。時計のお返しとしてはあまりに……」
『い、イいんです……ニホンの方とは習慣が違う事ぐらいは……解ってますカラ……デモ……受け取ってくださイ……』
「し、習慣?い、いやよくわからないですが……それでは有難く頂戴します。大切にさせていただきます」
柏木は笑って礼を言った。
『ハイ。いつかその意味……』
「え?」
『い、イエ、な、なんでもありませン。ワタシもこのトケイ、一生大事にしますネ』
「はい。お互いに大事にしましょう」
そう言うと、フェルはコクンと頷いた。
柏木もなかなか気に入ったようで、フェルに着けてもらった自分の腕を眺めていた。しかし使い方が良くわからない。
『コレは、こうやっテ……』
フェルが手を取り使い方を教えてくれる。さすがの柏木的にも照れてしまう。
色々教わると、想像を絶する便利な機械だということがわかった。
通信機能はもとより、全てが分子仮想凝固システムで稼動しており、時計機能のようなものは、端末の上にポっと画面が浮き出てくる。そのモニター画面も用途によって色んな角度や大きさで表示できる。
物凄いのは、ある操作をすると、自分のテーブル中空に画面とキーボードのようなものが出力され、ノートパソコンのように扱えることだ……しかしこの文明にもキーボードがあるということ自体にも驚くが……
完全な音声入力にも対応しており、「日本語入力」と言うと、文字がモーフィングして日本語に変わる。但しやはりちょっと直訳気味なところがあり、語意がおかしい。
時間表示などは、例えば2010年7月8日 11時10分39秒という表記を表示しなければならないところを、『紀元点後期2010周期7割期8分期 11微周期10細割期39微分期』という聞いたこともない表記で出てくる。おそらく彼らの言語をそのまま直訳したら、こういう日本語が当てられてしまうのだろう。
柏木的には、これはこれでなんかカッコイイと思ってしまった。
フェルに聞くと、仮想物質複製機能もあるようで、ある大きさまでで、特殊な物質を除いて、対象をスキャンする事で、仮想的に、しかも完全に分子的複製も電子的複製も行う事が出来るそうなのだ。なので地球製のPC規格レベルなら、完全にエミュレートでき、オリジナルの性能をはるかにぶっちぎる性能を持ったPCシステムを電子的にも分子的にもエミュレート構築することができるみたいである。
(コレ使ったら、ノートパソコンやタブレットいらねーなぁ、すごいなこれ。こんなの売り出したら、みんな目の色変えて買いに来るだろうなぁ……ってか、コレあればPC買い換える必要ないじゃん)
ティエルクマスカでは、星間国家レベルな国なので、構成国によっては星間共通規格以外のシステム構築をしている国家もあるそうなので、この仮想複製機能は結構重要な機能なのだそうだ。
もう柏木は驚きっぱなしである。本当に24世紀のSF世界が目の前に展開しているのだ。興奮が収まらない。そんな柏木を見て、教えるフェルも気合入りまくりである。
『アと、この機能は、今はセキュリティをかけていまス』
「何の機能ですか?」
『護身用ノ、武装構築システムでス。その他、いろんな武器を複製する時のレベル判断システムでもありまス』
「ぶ、武装構築システム??」
フェルの話では、宇宙を旅していると、知的生命体のいない惑星などでは、とんでもない凶暴な生物などともでくわす事があるそうだ。なので彼女達にとってこの機能は必須の物らしい。普段はヤルバーンからの信号でセキュリティをかけられているが、任務時等には解除される。しかしVIP級の端末になると独立セキュリティになっており、ヤルバーンの信号に左右されず、自由にセキュリティを外せるらしい。
『ドうしますか?セキュリティを解除しますカ?』
「あ、いや、その機能はそのままにしておいてください。日本では多分法律に引っかかってしまうと思いますので……」
柏木は、この機能を解除してしまうと確実に「武器準備集合罪」になってしまう可能性が高いとフェルに説明した。―――但し、「銃刀法違反」にはならないだろう。なぜなら、このデバイスは、法の定めるところの「銃」の定義を満たしていないからだ。しかし仮に柏木がこのデバイスで、拳銃『M1911コルトガバメント』を仮想構築してしまうと、「銃刀法違反」に問われてしまう可能性はある。
セキュリティのハッキングなども、地球の科学ではまず不可能なので、ここはかけておくに越したことが無い。もし没収でもされてしまったら、フェルが絶望の淵に沈んでしまう。
「フェルさん、聞けば聞くほど、これとその時計ではあまりに釣り合わない気がしますが……なんだか申し訳ないですよ」
確かにそうだ。方や家電量販店で3万円のものと、方や闇で売れば、地球では国家が総力を挙げて買いにくるような代物だ。
『イいんです。そのデバイスは私達の国ではポピュラーなものです。カシワギサマのくれたトケイと同じでス』
フェルにとっては、値打ちなどどうでもいいのだ。その物の中にある心の価値の方が重要である。
とはいえ、フェル的にも、実はこの時計は物としても相当な価値のある代物らしい。理由はわからないが……
(このデバイスを使えば、あんなエアガンや、こんなエアガンも……い、いやいやイカンイカン)
首をプルプル振る柏木。
『ド……ドウシタのですか?』
「え、あ、いえ、いやいや、はははは」
『ウ、腕の物を、局長が着けてあげていル……ウ、ウソだロ……』とリビリィ
『ソ、そんな……信じられない……しかも、あの端末ハ……』とポル
リビリィの話では、腕の物を着けて返すと、相手の意思をOKしたことになるのだそうだ。
しかもポルの言い様では、フェルが着けたものは、相当な特別品と思われた。
「普通、憧れの人から、そういうことされたら、そうなるわなぁ……」と妙にほのぼのする白木
「まぁ、柏木さんにしては上出来ですわね。あとは柏木さんがその意味をいつ理解するかですけど」と麗子
「アイツの突撃バカさ加減は、とどまるところを知らんな」と苦笑しながら言う大見
「柏木くんも、女性に惚れられるオトコになったのね~しかもド美人宇宙人さんなんて」と美里
「フェルフェリアさんって柏木のおじさんのかのじモゴモゴモゴ」美里に口をふさがれる美加
その時、白木のスマートフォンが鳴った。――ちなみに、現在ヤルバーン内では、日本の携帯キャリアーの基地局システムが構築され、携帯を使えるようになっている。
「はい白木です……あぁ、どうもどうも……えぇ……はぁ……あーなるほどね、そりゃマズイな、ちょっと考える必要がありますねぇ……ええ、はいはい……わっかりました、今から行きます」
電話をプっと切る白木。少し渋い顔だ。
「どうした白木、誰からだ?」
大見が怪訝そうに聞く。
「あぁ、財務省の関税局スタッフからだ。ちょっと問題が起きてるみたいでな……さて、お仕事の時間だ」
よっこらせと席から立つと
「柏木先生とフェルフェリア局長さんの、楽しいラブコメ鑑賞会は終わりだ。柏木を呼んでくる」
『あ、アタイも行くよ……』
『ワ、私も……』
ポルとリビリィも席を立つ
「ん?なんでだ?呼びに行くだけだぞ」
『行かねート、あたいの立場ないジャんかよ……一応警備部主任だゼ、アタいは……』
『そうデす……』
「あー、そうかそうか、はいはい。ではエスコートしてくださいな、ハハハ」
そして白木は、今来たばっかりの様に装い、柏木に声をかける。
「よぉ柏木、探したぜ」
白木は片目を瞑って柏木に話しかける。
「あ、あぁ白木か、どうしたんだ?」
「おう、急な仕事が出来たんでな、呼びにきた……ん?リビリィさん、こちらのお美しい方は?」
『あ?、あ、アぁ、こちらはケラーフェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ。ヤルバーンの調査局局長だヨ。あたい達の上司サ』
これは暗に柏木へフェルの立場を教えるための芝居である。
普通なら柏木に紹介してもらうところだが、そういうわけでワザとリビリィに聞いた。リビリィも察したのか、芝居に乗る。しかし議員である事は言わない。
「え?……フェルさんは、そんな役職の方だったんですか?」
『ア……ハ、ハイ。あ、そうか……私、話してませんでしタっけ?』
フェルは今気が付いた。
「え?は、はい」
『ア……ソ、それはどうも申し訳ありませン、ゴメンナサいゴメンナサイ』
フェルは失礼をした事をペコペコ頭を下げて柏木に謝罪する。自分の役職を話したつもりだったようだ。柏木に会えて盲目になってしまっていたようである。
「あーー、い、いや別にかまいませんよ、そんな頭を下げなくても……コッチが困ってしまいます」
柏木も両手を前にして振り、恐縮しまくる。
しかしそれで先のヴァルメの話も合点がいった。『調査局』という部署で働いているなら、そういうことなのだろうと納得がいったのだ。
「柏木、急な仕事が入った。これはマジだ。一緒に来てくれるか?」
「わかった……フェルさん、お話できて楽しかったです。また機会があれば」
『ソ、そうですか……』
フェルが残念至極な顔つきになる。しかし白木が気を利かせてやる。
「いや、フェルフェリアさんが調査局局長さんなら丁度いい、意見を聞かせてもらいたい。ご一緒していただいてよろしいですか?フェルフェリアさん」
『ハ、ハイ!わかりましタ!』
急に元気になるフェル。
しかし白木も気を利かせただけではない。実は本当に来て貰いたいのだ。
そして大見達の所へ戻る。
大見達も口裏会わせ、今偶然会った様に装う。しかしイヤミ全開な芝居である。
「よお、柏木、なんだ?えらく別嬪な異星人さん連れてるな。ナンパでもしたか?」と大見
「あらぁ~柏木さんもスミにおけませんですことね、ホホホホホ」と、わざとらしい麗子
「星間デートとはやるわねぇ、柏木くぅ~ん」と美里
「柏木のおじさん、綺麗なかのじょモゴモゴモゴ」麗子に言論統制を敷かれる美加
(お、おまえらなぁ、いい加減にしろよ!)
とフェルの後ろで口パクで怒る柏木。
知らぬは柏木ばかりなり。
横では苦笑いなリビリィとポルであった。
『ソ……そんな、でーとだなんテ……カシワギサマ、なんぱってナんですか?海難事故という意味ですよね?ナにかの比喩ですカ?』
……………………………………………
「では大見、麗子達を頼む。まぁそういうワケなんで今回、防衛省さんは、あまり関係ないみたいだ」
「了解だ白木。リビリィさん、お願いします」
『マかせといてくれヨ、もっと見てもらいたいところ沢山アるんだ。しっかり案内してやるヨ』
「柏木のおじさん、白木のおじさん、またあとでね~。ポルさんとフェルフェリアさんもまたね~」
「じゃぁ柏木くん、みんな、またあとでね」
柏木と白木達は、リビリィに大見達をまかせてブリッジ区画前で一旦別れる。
ポルは技術部主任ということなので、今回の仕事で助言をもらえるかもしれないため、同行してもらう事にした。
しかし一体どういった問題が発生したのだろうか?
柏木達はトランスポーターで政府要人が宿泊している区画へ向かう。
移動中、白木はその「問題」の概要を柏木とフェル、ポルに説明していた。
そしてリビリィから聞いた事を柏木に話していた。とはいってもアノ事ではなく、彼女ら「女性型」がきちんとした「女性」であること等だ。なので、柏木にもフェルにはくれぐれも『女性』として失礼のないようにしろ、などといったことを彼女達の前で教えていた。
柏木は、セカンドコンタクトの時の観察と推測で「おそらく女性だろう」と思っていたので、その事を白木に話すと、
「お前、そんなとこまで見ていたのかよ……ったく、『見る』ところはちゃんと見てるんだな」
とからかわれてしまう。
そんなこんなで宿泊施設に到着。柏木達の今夜の宿でもある。
きれいな施設だ。世界中の一流ホテルでもこうはいくまい。
水玉のようなものがフワフワ浮かんでいるようなオブジェがある。その水玉の中では熱帯魚に似た生物が泳いでいる。
何も無い空間のような所から滝のように水が流れているが、それに触ってもぬれない。これもホログラフィのようだ。
エレベーターのようなものがあるが、実は屋内用の転送装置らしく、一瞬で目的階層へと到達する。
相当な施設である。ヴェルデオ大使もかなり気を使ってくれているみたいである。
そしてミーティングルームに当てられている部屋に入る。
「よぉ、柏木先生待ってたぜ……って、うぉっ!ど、どなただ?その……女性?の方々は……」
フェルとポルを見て、三島ですらのけぞった。
やはりそれぐらいの容姿のようである。特にフェルを見てびっくりしていたようだ。
他の政府参加者も、目をパチクリさせていた。二藤部は初対面ではないので、他ほどではない。
「どうも三島先生、そしてみなさん、紹介します彼女はフェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラさん。で、こちらは ポルタラ・ヂィラ・ミァーカさん。フェルフェリアさんは、この船の調査局局長さんで、ポルタラさんは、調査局技術部の主任さんです。二藤部総理は羽田でお二人とはもう御面識ありますよね」
そして柏木は三島の前に行き、フェルとポルに三島を紹介する。
「フェルフェリアさん、ポルタラさん、こちらは、日本国の副総理 兼 外務大臣の三島太郎さんです」
『ハじめてお目にかかりまス、ファーダ・ミシマ。フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラと申します。以後お見知りおきをヲ』
『ワたくしはポルタラ・ヂィラ・ミァーカと申します。よろしくお願い申し上げまス、ファーダ』
二人は膝を曲げて三島の手を取り右手を右胸に当てて恭しく挨拶をする。この様式的な挨拶に、三島も紳士的に対応する。
いつもはべらんめぇ調の三島だが、英国留学の経験もあるサラブレッドで、政界随一の外交通だ。紳士的に礼を尽くし対応する。
そしてフェルとポルは、丁寧に政府スタッフにも一人一人挨拶して回る。スタッフは恐縮しまくりである。
「実は、ポルタラさんには、私達の案内をして頂いておりまして、フェルフェリアさんとは先ほどレストランでお会いしました。なんでも先ほど申し上げた役職の御方ですので、今回の問題で、アドバイスを頂けると思いまして、お連れした次第です」
「それはナイスだな、柏木さん」
「ははは、実際頼んだのは白木なんですけどね」
「なんだよ、そりゃ、柏木先生良いとこ取りかよ」
いつものツカミの三島と柏木の漫才が始まると、場に笑いが起こる。
『カシワギサマ、ファーダミシマは面白い方ですネ』
「だそうです、三島先生」
と二藤部
「総理ぃ、美人さんの前でそりゃねぇだろー」
場が和む。
「ハハハ、では始めましょうか、大塚局長、お願いできますか」
「わかりました」
財務省関税局のスタッフである大塚が説明を始める。
財務省関税局とは、全国の税関を預かる組織である。
大塚は話を進める。
「いや、まぁ……こういうご招待に預かった席で、こういうことを言うのも正直気が引けるのですが……今回の滞在で、まぁこちらも知識がなかった事もあるのですけど、予想だにしなかったことが頻発しておりまして……」
「関税局のスタッフさんが言うぐらいですから、輸出入関係の問題でしょうか?」
二藤部が尋ねる。
「はい。まず一つ目なんですが、現状ヤルバーン乗務員の方々と、招待の日本国民の親睦が予想以上に進んでおります」
と大塚。
「いいことじゃねーか、何が問題なんだよ」
と三島。
「えぇ、それ自体は何の問題もないんですが、そこで日本側招待客の持つ物品と、ヤルバーン乗務員の物品を記念にということで交換するケースが頻発しておりまして、その物品の価値格差が尋常ではありませんで、どうしたものかと」
大塚が言うには、一つのケースとして、ある日本人がスマートフォンで電話をかけていると、ヤルバーン乗務員がそれと自分の持ち物を交換してくれと申し出てきたらしい。もちろん日本人は嬉々として応じた。
そして交換したものが例のリストバンド型端末だったそうだ。ケースとしてはフェルと柏木のケースとよく似ている。
大塚は招待客に頼んで貸してもらったその端末を机に出し、
「これなんですが、ヤルバーンの方に使い方を教えてもらったところ、もうとんでもない技術満載の物でして、どう扱ったらよいかと……」
するとやわら柏木が
「コレと同じものですね」
と自分もさっきフェルからもらった同じもの(の高級版)を見せる。柏木も政府関係者だ。しかもスタッフからの信頼も厚い。
やはり自分だけ隠しておくというわけにはいかない。
「あれ、柏木さんも交換してもらったのかい?」
三島が身を乗り出してそれを見る。
「えぇ、さっきフェルフェリアさんに私の腕時計と交換してもらいました」
フェルも横で頷いている。なんか胸を張って。
そして柏木は、さっき教えてもらった使い方で、デモンストレーションをして見せた。
腕の上の空間に小さい画面を出したり、大き目の画面を出したり、自分の目の前に、17インチぐらいの画面を出し、そして自分の持っているボールペンを、分子仮想構築機能で複製して見せ、複製したボールペンで何か書いて見せて、そしてそのボールペンと描いた落書きを消して見せたり。
「こ……こりゃぁ……すごいというレベルの話じゃねーな」
「えぇ、本当にSFの世界ですね……」
三島が唸る。そして二藤部も目を丸くしていた。
横では白木も首を振って驚愕している。
そして二藤部が尋ねる
「フェルフェリアさん、この機械はヤルバーン、いえ、ティエルクマスカではポピュラーな物なのですか?」
『ハイ、老若男女普通にミナ、持っていまス。マァ、その性能は、私達政府職員と民間人で違いはありますガ……』と、机に置かれたサンプルを指差して、『コのタイプは民生用で、カシワギサマの持っているものに比べるト、使用できる機能ニ一部制限がアリマス』
そしてポルが補足説明を加える
『私タちの国では、この端末ガ、ニホンの皆様が持っている「すまーとふぉん」や、「ぱそこん」「ほけんしょう」「めんきょしょう」「かーど」と言ったものと同じような、生活インフラの基本になりまス。デすので、無くしたり、壊したりしても、再入手できるモノです』
「これで武器や凶器のような物も仮想複製可能ですか?」
大塚が、柏木と同じ懸念を聞いた。
『コのタイプは、安全セキュリティが固定なので、デキません。カシワギサマに差し上げた物も出来ませン』
柏木にプレゼントしたものはVIP用なので、本当は出来るが、フェルは嘘ついた。柏木は少々苦笑い。
三島は腕を組んで「う~ん」と唸る。二藤部も右に同じ、他のスタッフもだ。
「大塚さん、アンタの言いたいことが大体わかったよ」
と三島
「えぇ、こんな技術が日本に入ってきたら、日本中、いや、世界中のメーカーやバイヤーが目の色変えて日本人招待者を付け狙いますね」
二藤部も顎に手を当てて考え込む。
三島は続ける。
「あぁ、盗難なんかが頻発する可能性もあるな……」
「盗難などがなくても、招待客がネットオークションなどで転売する可能性もあります」
と大塚。
その価値はざっと見積もっても現実的な金額で億はするというものらしい。本当なら小さな国なら一つ買える額になる可能性もあるという。
彼が言うには、これほどの価値のある品物なので、本来なら関税の対象になるが、地球に価値基準となるものが存在せず、ティエルクマスカでは日用品という事なので今回は大目に見るという話なのだが、それでも憂慮しなければならない点は数多くあるという。
大きなところでは軍事転用の危険性だ。ポルは『この技術は地球の科学技術で複製することは不可能』というが、他のスタッフが『この端末単独でも、日本の仮想敵国に渡ったり、テロリストに渡ると脅威だ』と返す。
フェルは段々話を聞いていて不安になってきた。
もしかすると柏木に心をこめてプレゼントした端末が没収されてしまうかもしれないと。
白木はフェルを観察していて、タイミングを見計らい尋ねる。
「フェルフェリアさん、せっかく招待客が記念に交換してもらった友好の品物です。何かうまい具合に事を収める方法はないですかね」
『ウーん……ない事はありませんが……かなり特殊な方法ニなりまス……ポル、この端末は全てヤルバーンのメインシステムで管理されていますネ』
『ハイ局長。支給品、私物含めて全て管理していまス』
『ソうですか、なら大丈夫ですネ……みなさン、この端末ハ、装着した瞬間から、持ち主のバイタルデータを読み込み、持ち主を判断しテ、セキュリティをかけマス』
柏木は自分の腕を見て、
「え?では、この端末はもう私以外の者には使えないと言う事ですか?」
『ソうです。モチロン初期化もできまス。初期化すればバイタルデータをリセットできますが、初期化するにハ、監査局の許可が必要ニなります。コレは個人データ保護の為ですネ』
三島が自分の手に着けかけていた他人の端末をアワワと慌てて机に戻す。
『オそらくその端末は、交換の為に初期化されているのでしょウ。監査局の許可自体は手間のかかるものではありません。デすから、これを持っているニホン人のみなさんに、このヤルバーン内で一度この端末を装着シテもらいます。ソウすると、装着した人以外は使ウ事が出来なくなりまス』
大塚がフェルに質問する。
「その時点で、持ち主本人以外の人は、使用できなくなるわけですね……わかりました。ではハッキング等の可能性は?」
ポルが答える。その点ではポルは専門家だ。
『今ノ地球の情報機器技術では、100パーセント不可能でス』
「確実にそれは言えますか?」
『ハイ。逆に申しますと、可能と言えば可能です』
「え?」
『シかし、このセキュリティを解除するにハ、地球の情報機器の技術力デ行うとすると、地球に存在すル、情報処理機器を全て総動員してもおよそ、2467兆5678億8769万6500年かかりまス』
それを聞いた三島はハハハと笑いながら
「要は無理だっつーこった大塚さん」
「ははは、なるほどそれは無理ですね。では、あとは人間を含めた国外流出を止めるにはどうすればいいかということですね」
『ソれは簡単です』―とフェル『ニホン国の領域外にこの端末が出たとヤルバーンのシステムが判断した場合、転送装置を使用して、回収するようにしまス』
そして盗難された場合も、申請があれば転送装置で回収して、持ち主に戻すという。
犯罪に使用された場合は回収して没収するという話だ。
「て、転送装置?なんですかそれは?」
大塚が目をむいて尋ねる。
フェルは、いずもの艦上にヤルバーン乗組員が現れたあの技術だと説明した。彼らの転送技術であれば、事実上地球全土をカバーでき、地下一千キロメートルまでサーチできるという。
この説明を聞いて、最初はリストバンド型端末の話だったが、結果的にティエルクマスカの神がかり的な、とんでもない科学力を聞かされることになり、スタッフ全員呆気に取られる形になった。
それ以外にも、そのほかのティエルクマスカ製の小物や装飾品なども同じ形でティエルクマスカへの登録制という条件付で日本国内持込を許可する事で決着した。
しかし……大塚は話す。
「実はですね総理、この件はヤルバーンさんの方で解決できますが、もう一つの方はそういうわけにはいきませんでして……」
「といいますと?」
「実は調査をすると、このヤルバーンの都市空間……といえば良いのでしょうか?ここには「商店」や「PX」というものの類がないのですよ」
「えぇ、それは私達も気がついていました」
「で……もうこれもビックリしたのですが、このヤルバーンで、乗組員のみなさんは、日用品や食料品を調達する時、なんでも『原子物質プリンター』とでも言えばいいのでしょうか、それで調達しているそうなんです」
「げ、原子物質プリンター??」
そこでフェルが割って入り
『ハイクァーン造成装置の事ですネ?オオツカサマのゴ理解でよろしいかと思いまス』
柏木は(レストランで見たあの食べ物が出て来た現象の事か?)と思った。
しかし口に出して言わない。言ってしまうと、白木達の芝居がバレてしまうからだ。
「な、なんだい?そのハイナントカって言う奴は」
三島が聞きなれない言葉のオンパレードで、さすがのポップカルチャー大臣も混乱する。
『ハイ、ハイクァーンという我々の特殊な技術で、物質を原子レベルで分解、再構成する装置でス。我々は広大な宇宙を旅していまスので、食料や必要部材の補給などが現物レベルで行える機会がホトンドありません。ですので、廃棄物や排泄物、遺骸や星間物質などを原子レベルで分解、保管し、それを特殊な結合技術で再構成し、食料や部材、資材、エネルギーなどを製造していまス』
「じ、じゃぁ、俺達が食ったあの食べ物も原子レベルで人工的に作られたものってわけか!……し、信じられねえ……」
白木が思わず素になって驚く。
大塚も
「えぇ、白木室長と同じ意見です、私も……それを聞いたとき、後頭部を殴られたようなショックでしたね……つまりです、地球で貴重な金や銀、プラチナなんかもここでは作り放題というわけですよ。しかも原子レベルで作られますので、純度も……正味100パーセントなものをです」
大塚は渋い顔をして続ける。
「このヤルバーンでは、乗組員がある期間それを利用するために、その……ハイクァーン装置のエネルギー使用量権を給料代わりに割り当てられるわけですが、我々招待客も、お小遣い程度ですが、その使用量権を頂いています。で、招待客の一部がですね、まぁ悪気はないんでしょうが、その装置で「金」などの貴金属を製造しているらしいんですよ、物は小さいものなんですがね」
フェルはきょとんとして質問する
『ソれが何か問題があるのですカ?』
「あぁ、ティエルクマスカの方はまだご存じないでしょうが、この地球では「金」という希少物質を価値基準として世界経済が動いています。ですので、この「金」という物質の相場は人類の歴史上、大きく下がった事がないのですよ。しかしここで金を簡単に、しかも純度100パーセントなんていうものをどんどん製造されてしまうと、地球の経済は大混乱を起こしてしまいます」
「ということは大塚さん」
と二藤部
「えぇ、これに関しては大きく関税をかけさせていただきます。招待旅行みたいなものとはいえ、さすがにこれは黙認できません。今回は招待客の人数程度でその量も多くはありませんが、今後、ティエルクマスカさんと国交などの話が出たとき、この件はさすがに放置できません。我々関税局というよりも財務省レベルで」
そして大塚は、フェルに現在のヤルバーンの日本における立場も説明する。
「ヤルバーン都市型探査艦は、『艦』という船種になりますよね。という事はティエルクマスカ連合所属の政府所有船舶……というか、宇宙船ということになります。ですので、この地球では、国際連合というモノがありまして、そこの国際法で規定されている国連海洋法条約32条に該当する船舶扱いという事になります。つまり、日本領内にこの宇宙船はありますが、扱いとしてこの宇宙船内部は外国の扱いを受ける事になります。まぁそれをこういった宇宙艦艇に適用した前例はありませんが……」
「つまり、とりあえずは関税をかける正当な理由もあるという事か……」
三島は「なるほどな」と納得する。
『オ聞きしていると、ヤハリ色々と法律や、科学技術レベルでの問題ガ多くでてきますネ』
とフェルもさすがに役職ある者として、そして議員として考えさせられた。ちょっと深刻な表情だ。
しかし柏木はフェルに前向きになるように言う。
「しかしフェルフェリアさん、今回受けたご招待で、逆に潰さなければならない問題が明確化したともいえるでしょう、しかもすべて解決可能な問題です。逆に言えば、今回のご招待頂いた件で出た問題は、今後の日本と貴国の関係を深めるためにも、良いシミュレーションになっているともいえますよ」
『ナルホド、さすがはカシワギサマです。ソウですネ』
憧れの柏木の意見なのでOKなのか、それとも議員としてOKなのか、さてどっちか?
「私もそう思うぜ、柏木先生の言うとおりだ。今後ヤルバーン乗組員が日本人と接触する時に注意して欲しい事をまとめとこうぜ」
三島が締めにかかる。
結果、こういうことになった。
1)ヤルバーン乗組員は、日本にとって高度な科学技術を要する機材等を一般日本国民に可能な限り供与しない。
2)供与する場合は、ヤルバーン側がその機材を即時回収できるような体制をとる。
3)但し、政府関係者はその限りではない。
4)ハイクァーン技術を一般日本国民が利用する機会がある場合、日本国政府が指定した貴金属類等の造成を認めない。
大きくこの4点、他、諸々。
各項目に『等』が付くのがミソである。
あとは問題点が発覚した場合、随時会合して結論を出すという方向性で決定した。
そして、フェルを通して、この点をヴェルデオ大使に進言してもらう事にした。進言というよりも、おそらくはフェルも連合議員という立場上、ヴェルデオとはほぼ同格の立場と思われるので、必ず議題に乗るはずだ。そしておそらく明日の交渉の場でもこの点が話し合われるだろう。
つまり、二藤部や三島は、今は知らずの内に、ヤルバーンのもう一人のトップと話をしていたという事になる。
白木的にも、後ほどラブコメの一件も含め、報告しておく必要があると感じた。
「ということは、あと最後は帰るときの場所ですね……」
二藤部が言う。おそらく彼らが考えている事は当然各国エージェントも考えているだろう。しかもエージェントだけではなく、各国のメーカーやバイヤー、しいてはシンジケートなどの裏社会の人間もだ。
まともに羽田へ帰れば、入国ゲートでその手の連中が待ち構え、『ヤルバーン帰り狩り』のようなことが行われるかもしれない。
米国では当たり前の事だそうだが、大きな列車事故などが米国で起こったとき、弁護士が打ちひしがれる被害者を前に営業したり、担架で担がれる被害者のポケットなどに、無理やり自分の名刺をねじ込みまくるという事を平気でやるという話らしい。訴訟大国のアメリカらしい光景だそうだ。
おそらくまともに羽田へ招待者を帰すと、それと同じ現象が先の連中達によって世界規模の形で行われるだろう。無論おそらく日本のメーカー、バイヤー、下手をしたらヤクザなどの裏社会の連中も混じってくるかもしれない。極道のフロント企業を介して行われる可能性も大である。
二藤部的にはそれは絶対に避けたい。
「(フェルさん、情けない話ですが、日本国民も善良なものばかりではないのです)」
フェルの耳元で柏木が囁く。
しかし耳元に顔を近づけると、羽髪が顔にかかって良い匂いがする。なんとなく気持ち良かった。複雑な感覚である。
『(ソれは承知していまス。私達ティエルクマスカにも、善人もいれバ悪人もいまス。オんなじです)』
フェルは柏木の耳元で囁く。
なんか嬉しそうだ。
二人は微笑んで頷く。しかし微笑む意味が多分、柏木とフェルとでは若干違う気もする。
それを見ていた白木は
(お、なんか良い感じじゃねーか、二人とも、ククククク)
などと、思いつつ観察していた。
そして結論として、帰りは航空自衛隊の百里基地に招待客を降ろすことに決定した。
そして帰りのデロニカは、なんと光学・対波動迷彩をかけ、視覚的にも探知的にもカモフラージュして送るという事になった……帰りはえらく寂しいことになりそうだ。
そういうことで、帰国時間は、関係者以外には公表されないということになり、帰国後は、二藤部が記者会見することで帰国を報告する事で決定した。その際に今回の件も話すということになった。
そして柏木は帰国前に招待者を全員集め、今回の件を丁寧に説明する事を要請された。交渉官として、腕の見せ所である。柏木はそれを了承した。
その後、明日の会合、会談に向けてのミーティングが続行して行われ、フェル達も協力してくれたので、明日の会合に関してはスムーズに行えそうであった。
……………………………………………
「んっ……あ~……終わった終わった」
背伸びする柏木。明日の会合の事前ミーティング、結構長引いてしまった。
宿泊施設のロビーに降りて、ソファーに座り一息入れる。
フェルが柏木の前のソファーにちょんと座る。
白木は二藤部らとまだ少し話があるようで、ミーティングルームから出てきていない。
「フェルさん、申し訳ないです。長く付き合わせてしまいました」
『イエ、とんでもありません。こちらも有意義なお話ができましタ』
「はは、でも良かった。せっかく頂いたこの端末、取り上げられずに済みそうです」
『ハイ、私も嬉しいです』
フェルが嬉しそうな笑顔を見せる。
「しかしフェルさん、良かったのですか?あんな嘘ついちゃって」
『嘘なンかついていませんヨ、私が解除しない限り、セキュリティは固定とおんなじでス』
フェルはツンとしてしらばっくれる。
「ははは、まぁ、そういうことにしておきましょうか」
そんな雑談をしていると大見達が戻ってきた。
美里や麗子、美加が手に何か一杯持っている。
「あ、柏木くんにフェルフェリアさんだ……おーい!」
「あぁ、みんなおかえり」
『ミなさん、お帰りなサい』
柏木は女性陣の手荷物を覗く
「えらい沢山、何持ってるんだ?」
「柏木のおじさん、面白いんだよ~、なんかねー欲しい物言ったらピカーって出てくるの」と美加
「『こんなものが欲しい』って詳しく言ったら、それを作ってくれるんですもの。夢の機械ですわね」と麗子
「私なんか服を沢山作ったわよ。ほら!」と手に持った袋を見せびらかす美里
どうやらハイクァーン造成装置を使いまくってきたようだ。
柏木は、さっきミーティングで話していた事を思い出し尋ねる。
「ま、まさか貴金属なんか作ってないよな」
「それは俺がやめておけと言ったから大丈夫だ」
と大見。
彼もハイクァーンの憂慮すべき点に気づいたのだろう。
「さすがオーちゃんだ……あ、リビリィさん、すみませんね長いこと付き添わせちゃって」
『イヤいや、あたいも色々楽しかったゼ。久しぶりニ遊ばせてもらったヨ。地球にキてから、ゆっくりできたことなんてなかったからナ』
「そうですか、それは良かった。って、俺達がもらってるハイクァーン使用権って、そんなに多くないだろ、まだ明日もあるんだぞ」
『あタいのオゴリだよ、心配すんナ』
「あー……そうですか、すみません、みんなが迷惑かけちゃって」
自分の事でもないのに恐縮する柏木。
そうすると白木とポルもやってきた。
「おう、みんな帰ってたか」
『オつかれさまでス、みなさん』
「ちょっとかかったな白木、何話してたんだ?」
「いや、細かいことだ。なんてことねーよ」
白木は二藤部と三島に、柏木とフェルの関係を話していたのだ。ポルにも証言してもらっていた。無論、フェルが連合議員であることもである。
「もう何時だ柏木」
白木が尋ねると、柏木は腕の端末をスッと触って画面を中空に出す。
美加がそれを見て、目を丸くしていた。
「20微周期15細割期……ってことだから、午後8時15分ですな」
「そうか、もうそんな時間か、んじゃそろそろお開きにするか」
と白木は大見、美里、麗子、リビリィ、ポルに片目を瞑って話す。
「お、おう、そうだな、じゃあこれからは家族水入らずでやらせてもらうよ、行こうか美里、美加」
「おう、じゃ、また明日な」
と部屋に戻っていく大見一家
『ジ、じゃ、アタい達も事後処理があるから、ブリッジ区画に戻るヨ、行こうゼポル』
『ア、う、うン』
そう言うと、フェルが
『ア、では私モ……』
『アぁ、いいんだよ局長ハ、たいした仕事じゃないから、あとはあたい達がヤっとくし、じゃぁナ』
といってポルの手を引っ張って、そそくさと行ってしまった。
「んじゃ、俺と麗子もここいらで失礼させてもらうぜ、久しぶりに二人でデートだ」
「そうでございますわね、では行きましょうか崇雄」
「というわけだ、じゃ、また明日な」
と言って麗子と白木が腕を組んでいってしまった……と思ったら、少し距離を置いたところで、
「あー、柏木、ちょっとちょっと」
と手招きをする。
「……なんだ?」
「あのな柏木、後に残るは、お前とフェルフェリアさんだけだ、な」
「あ、あぁ」
「彼女は『女性』だ、な」
「あ、あぁ」
「一人でポツンは寂し~よなぁ」
「あ、あぁ」
「『交渉官』っつーぐらいなら、後はわかるよなぁ柏木君」
「あー、はいはい、わかりました。ちゃんとやります」
「結構結構、でも今はもう仕事の時間じゃねーからな、今は」
「??」
「じゃぁーな……行こうか麗子」
「はい、では御機嫌よう柏木さん、頑張って下さいましね。ホホホホ」
行ってしまった……
後に残るは柏木とフェル。
「フゥ……」
柏木は一呼吸置くと、フェルのところへ戻る。
『ミんな行ってしまいましたネ……』
フェルがなんとなく「取り残された感」を感じる。
「ははは、そうですね、じゃあ私達もこれからデートといきましょうか」
柏木は冗談っぽくフェルに言う。しかしフェルはあまりにも予想外なその言葉に
『でデデデートですか!……はははハイでス!』
と言うと、フェルは右腕に付け替えた端末を起動させ、画面を10ぐらい中空に開いて何かパパパっと調べ始めた。キーを打つ早さも尋常ではない速さである。
『準備完了しましタッ』
どうやらデートコースを設定していたようだ。
「ハハハ……では、外にでましょうか」
『ア、あの、カシワギサマ……』
「はい?」
『ニホンの方は、ド、どうやってフリュをエスコートして……下さるの……デすか?』
どうやらそのままポっと立ってスっと行くのが嫌らしい。
フェルは、モジモジしながら柏木に訴えた。
「あっ!そうか、それは失礼しました」
柏木は腕を『く』の字に曲げて「どうぞ」とばかりに差し出す。
フェルは感覚的に解ったのか、その腕に自分の腕を絡める。そしてニッコリと柏木に笑顔を向ける。
その姿は、宿泊施設中の異星人や、日本人に目撃され、全周囲オールレンジ攻撃の如く注目を浴びてしまう。
しかし柏木とフェルはそんな視線を気にすることなく表へ出て、フェルが待たせてあったトランスポーターに乗り込んだ。
外は地球時間に合わせて、すっかり夜もふけたホログラフィーに変わっていた。
トランスポーターの中での柏木とフェルの雑談。
柏木は(あ、そういえば……)と、前々から思っていた疑問をフェルに尋ねた。
「あぁそうだフェルさん、一つお聞きしたいことがあるんですが」
『何でシょう?』
「あなた方の事……人種呼称というか種族呼称といえばいいのでしょうか、どうお呼びすればいいのでしょう?」
『人種呼称?……ト、いいますと?』
「例えば、あなた方は我々の事を、星全体で住む人類の事を『地球人』と言い、日本に住む人間を『日本人』と言っていますよね。そういう感じの呼び方です。というのも、私達はあなた方のことを現在『異星人』『ヤルバーン乗務員』『ティエルクマスカの方々』と言っていますが、なぜこのような呼び方になっているかというと、あなた方が『連合国家』に所属するからです。連合国家であれば、おそらく主権を持った国家の集まりなのでしょう、つまりあなた方種族の母星やら本星やらがあって然るべきですよね?まぁそういうことですので、『何人』とお呼びすればいいのでしょうか?」
『ナルホド、そういう事ですか。テっきり『異星人』と私達を呼ぶ事が、地球や日本の方の慣例と思っていましタ』
「いや、さすがに最初はそれでいいかもしれませんが、これから国交の話などもある方々に対して、我々としてもそう呼び続けるのは失礼ではないかと思っております」
『ハイ、ではイゼイラ人とお呼び下さい。私達の母国は、ティエルクマスカ連合を構成する連合加盟国の中の一国で、今期の盟約主権代表国家になっていまス『イゼイラ星間共和国』という国です』
「わかりました。これで皆さんの事を失礼なくお呼びすることができます」
『恐らク、明日の会合でも、そういった事に関連する説明がアルと思いますヨ』
……………………………………………
そしてトランスポーターは、ヤルバーン居住空間の中のとある場所に到着する。
そこは綺麗な小高い丘だった。ヤルバーンの居住空間がよく見渡せる。
建物に煌く窓の灯りが綺麗だ。
どこからか聞いたことがない、がしかし心地の良い虫?か何かの声が聞こえる。
そして回りには誰もいない。
『私ノ、この船で一番好きな場所でス』
人工的に造成された空間であるとはいえ、その自然再現率の規模が違う。はっきりいってどこかの自然公園をそのまま持ってきたような所だ。
フェルは、ここを柏木に見せたかったらしい。
少し歩くと、そこにはベンチのように腰をかけるのに最適な高さの石が積まれてあった。
『カシワギサマ、ココにどうゾ』
フェルは柏木をその石の上に座らせる。
自分も柏木の横に座る。
『ソろそろ時間ですネ』
「え?何がですか?」
『マァ、もうしばし空を見てお待下さイ』
しばし待つ。
すると空の立体映像が、ダイナミックに変化する……
「あ……こ、これは!!」
圧巻であった。
柏木は声を出す事を忘れてしまう。
そこに映し出された夜空の光景は……
地平線より大きく顔を見せる、美しく青いガス惑星。そしてそのガス惑星には、土星の輪のようなものが十字にクロスして惑星を囲んでいた。
そのガス惑星の背後に流れる天の川、星の数は幾億万か。
そしてそのガス惑星に並ぶ1……2……3……合計5つの色とりどりな衛星。
地球では絶対に見ることのない夜空の景色だ。
美しいと言うには、その比較対象が地球にない。なので圧巻だった。
「こ、この景色は……」
『私ノ母国、イゼイラから見える夜景でス。とはいえ、これはホログラフィーで再現したものですけどネ』
柏木はこの空を見せられて、彼女達が、人類の想像も及ばないはるか宇宙の彼方からやってきた人々であると、改めて認識させられた。
『イゼイラは、惑星ではありません、あの主星ボダールの衛星なんでス』
「そうなのですか!」
『ハイ、とはいえ、その大きさは、地球の1.8倍はありますヨ』
「では重力も?」
『イエ、惑星の質量自体は地球とあまり変わりがありませン。星の密度が低いのでス。地球人の生活時間で言うと、1分期は、地球時間で約2分期ぐらいかナ』
柏木は宇宙とはよくできていると思った。夜という温度が下がる時間も、あの主星の反射光で長い夜の時間もしっかり気温が保たれるのだろうと。
「そうなのですか、では夜もあの主星に反射された恒星の光で……」
『ハイ、これぐらいの明るさが保たれています。なので、非常に過ごしやすい星です。ワたし達から見れば、地球の夜は真っ暗でス』
フェルは、クスクスと笑う。
「でしょうね、なるほどなぁ……」
フェルが言うには、イゼイラ人基準の1日の生活時間は、地球人とさほど変わらないらしいが、昼と夜が単純計算で24時間ずつあるので、地球のように日が昇り、そして落ち、また日が昇るまでが1日というわけではないそうである。
しかし、この主星の光景が見れるのであれば、夜が長いのもそれはそれで良いと思ってしまう。
しばし柏木はその光景に見とれてしまう。
柏木はフッと横を見る。
なんとなくフェルが自分にくっついているような気がするが……と思う。
フェルの視線はボダールに向けたまま。
でも少し頬がピンク色。
主星ボダールの淡い光が二人を照らす。
ヤルバーン滞在初日が終わろうとしていた……
主要登場人物:
~日本政府関係者~
柏木 真人
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
白木 崇雄
日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員
大見 健
陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉→三等陸佐 レンジャー資格所有者
柏木・白木の高校同期で友人
二藤部 新蔵
自由保守党総裁・内閣総理大臣。衆議院議員一般には保守系の憲法改憲論者として知られている。
三島 太郎
自由保守党 副総理 兼 外務大臣 衆議院議員。いわゆる「閣下」
大塚
財務省関税局 局長
~一般人~
大見 美里 37歳
大見 健の嫁 柏木とは大学時代の同期
大見 美加 13歳
大見 健の娘 都内某都立中学に通う元気な女子中学生。英語が得意。
五辻 麗子 27歳
白木の婚約者。総合商社イツツジグループ 会長令嬢 白木に惚れ、自分からアタックして無理やり婚約者になった勝気な女性
~ティエルクマスカ連合 関係者~
リビリィ・フィブ・ジャース
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局警備部主任 女性 イゼイラ人
ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局技術部主任 女性 イゼイラ人
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性 イゼイラ人