交流
-交流-
「おっと、忘れるところだった……」
白木は懐からスマートフォンを取り出し、カメラモードをONにする。
少々遅れたが、二藤部首相とヴェルデオ大使の歴史的瞬間を記録しておく必要性を感じたからだ。
当然その理由は政治的理由で、おそらく、この後また国連の何らかの会合で今回の件が取り上げられ、協議の対象になるのはわかっていたからである。
挨拶部分はまぁ別にすっ飛ばしてもかまわないが、もし今、何か今後の日本と世界に対して彼らから重要な発言があれば、証拠として記録しておくのに越したことはない。
これが米国やEU、ロシアが相手なら別段そこまでの記録は「信用」の名でいらないのだろうが、ややこしいのは中国、韓国である。
こいつらは何かあれば「捏造」「妄言」というこの2つの言葉を使い分けてくるので、しっかりとした言質が取れるものがあったほうが良いに決まっている。
横では柏木が困った顔をしていた。
さっきから例の水色金色目な別嬪宇宙人お姉さんから見つめられ続けているからである。
会釈をしたのはいいが、視線を別の方へ向けても、見つめられ続けるので、なんとなく目の置き場に困ってしまう状態になってしまった。
『ファーダ・ニトベ、コの度、貴方がたノクニに色々トご迷惑ヲおかけしたお詫ビの意味も込めテ、ニホンコクの代表ノ方々ヲ、私たちノ船にご招待シたいですガ、如何ガですか?』
ヴェルデオはこう切り出した。「ファーダ」と聞こえた言葉は彼らの敬称を意味する言葉だろう。おそらく「閣下」とかそのあたりの意味だと思われた。
「本当ですか、それは素晴らしい。ご招待を有難くお受けします。ではこの事を我が世界の各国に通達し、代表団を……」
『いえファーダ、我々はニホンコクとニホン国民ノ方々をオ招きシタイ』
「え!?」
白木はその言葉にピクっときた。
こういった場合、普通の日本人、いや世界中の国民が思うのは、「地球世界」の基準で、たまたま日本がその代表に見られてる。もしくはたまたまそこが日本だったと思うのが普通なのだろうが、彼らは暗に『ほかの国の連中なんか別にどうでもいい。日本だけと話がしたい』と言っているのだ。
白木も世界中で場数を踏む情報官である。その言葉は短く穏やかでも、そこに含まれる語意はそういうことであることぐらいはすぐにわかる。
しかも、その言葉の語意を考えるのなら、それまでに交わされた会話、つまり『迷惑をかけた』のは日本に対してのみであって、他の国なんか別にどうでもいいという意味にも受け取れるからだ。
彼らはそういう意味で言ってはいなくても、他国は間違いなくそう受け取るだろう。
二藤部もそのあたりは敏感に察したようだ。しかし動揺の表情も見せず
「わかりました閣下、では我が日本国の訪問団を組織し、貴船へお伺いさせていただきます」
即座に相手のその言葉の真意を察し、対応する。ここで「いやしかし」とか言えば負けなのだ。相手の言葉に即断即決でいかに乗るかそるかを決める能力も政治家としてのスキルだ。
戦後の日本は、外交において、この最初のところで負けているパターンが多かった。これは政治だけではない。ビジネスの世界でもそうだ。こういった自分の意図しない返答を食らった時、もっともらしく取り繕うために「では、この案件は持ち帰って早急に検討を……」とやらかす。これは国際社会では通用しない。相手は権限を持つ「トップ」「担当者」と思って聞いているのだ。それが持ち帰って一体何の検討をするのだと。これが日本独特の「トップ」「担当者」の概念である。しかし国際社会の「トップ」「担当者」の概念は、多少のリスクを伴っても即決する能力が問われる存在の事である。
『ハイ。楽しみにお待チシテオります。デキれば、あの中型水上船舶ノ乗務員全員もゴショウタイしたい。』
彼らにとっては、『いずも』ですら中型船舶であった。
「え?しかし閣下、あの船には300人ほど乗艦しておりますが……」
『問題アりません。それと、ニホンコクの一般国民カラも数百人ホド選抜シていただいてホシイです。アレだけのスバラしく、タノシイ歓迎をして頂いタ。 相応のオレイをしなければ、わがクニのコケンに関わります』
なんと、彼らはこの作戦を歓迎イベントのようなものだと理解していたのだ。
しかもその返礼として、『ヤルバーン』に招待したいと言う。しかも数百人規模の日本人をだ。
『……ワガフネの乗員は、ナカナカ貴方ガタとコンタクトをトレずに大変心配シテいました。無視サれているのかとオモいました。ヤハリ、ヴァルメ……』
ヴェルデオは、その『ヴァルメ』という固有名詞を話すと、顔前に小さなモニターを空間に浮かばせ、何かを検索するように
『ヴァルメ……貴方ガタがベビーヘキサと呼んでいるモノです……それを使っタのが問題あったようデス……しかしコミニュケーションの問題ヲ通信方法にあると導きダした貴方がたニホン国の英知に我々は大変カンメイを受けました。アノ『絵』で出来た映像、タイヘン素晴らシク、良く出来てイマシタ。ソシテ、見てイテ楽しク、よくわかりましたヨ。アノヨうな表現方法ハ、ワタシ達の文化ニは、アリマセンノデ、大変新鮮でした』
これは山代アニメーションのみんなに報告してやろうと柏木は思う。
「では、貴方方は、この地球に現れた時から、貴方がたの通信手段で交信を試みていたのですか!?」
『モチろんです。あの小型有人ウチュウ船ニモ送っていマした』
ISSの事だ。というよりも、柏木の予想が全て見事に的中していたのだ。
ヴェルデオの話では、彼らがいくら通信を送っても地球、特に日本が何も反応しないため、その原因を探るためにヴァルメ、彼らの言葉で「小型探査機」を意味するベビーヘキサでその原因を探ろうと放ったのが、かえって仇になったと、反省しきりだった。
一通りの外交儀礼的な話が終わると、ヴェルデオは、二藤部の後ろに控える柏木達に握手を求めて歩み寄る。
SP二人、大見、白木と一言挨拶を交わしていく。
そして柏木の前に立つ。
「私は、日本国 政府特務交渉官の柏木真人と申します。初めてお目にかかりますヴェルデオ大使閣下」
柏木はこういう場では、相手は誰であれ臆さないというのを体が覚えている。無論、突撃バカだからである。至って紳士的に礼をし、手を握る。
『アナタは……』
ヴェルデオは、水色金色目の方に顔を向けた。すると水色金色目は、軽くコクンと頷く。
『ソウデスか、アナタが……アナタの助言ガナケレば、ワタシ達ハ、こうやってオ会いデキなかったカモシレません』
「え?助言……ですか?」
横に控えた二藤部が、柏木の事を説明する
「彼が、この度の作戦……いや、歓迎イベントを発案し、我々の交信の問題が通信方法にあると導き出した方です」
『ソウでしたカ……ソレは素晴らしい。これもナヨクァラグヤのお導きでショウ』
「ナヨ……?」
『アァ、申しワケアリません、ナヨクァラグヤとイうのは、我々の国デ信奉サレている大昔ノ賢人の名デス』
「あ、あぁそうでしたか、失礼しました」
『ファーダ・ニトベ、彼はニホンコクのサゾ高名ナ科学者の方ナのでしょう?』
「え?あ、いや、彼はビジネス・ネゴシエイターという職に就く、企画立案や事業間交渉などで著名な方です」
ただ、一部で……だが。二藤部は柏木が、ガンマニアであることを知らない。
『オオ、ナルホド、ソレでこの歓迎ヲ……貴方モ是非トも我がフネにお越しクダサイ。歓迎いたしマス』
柏木は二藤部の顔を見る。いくら政府特務交渉官でも、基本的には一般国民で、非常勤だからだ。
もちろん二藤部は首を縦に振る。
「はい、ありがとうございます。もちろん、喜んでお伺いさせていただきます」
ヴェルデオは柏木の握手した腕を力強く振る。
そうこうしていると、館山本部からのスタッフ、加藤や久留米達もヘリで続々到着し、二藤部達の下に駆けつける。
もちろん彼らも、ヴェルデオ達の姿を見た途端、腰を抜かさんばかりに驚愕したのだが、柏木や二藤部、白木の今までの経緯説明で、極めて友好的な異星人であると理解し、言語も通じるということでしばしの間、彼らとの親睦を深めることが出来た。
その後、緑色の男性型は、ヴェルデオの参謀であるようで、加藤や久留米達に、今後の招待の件を説明し、以後の調整について話をしているようである。
女性陸上自衛官(WAC)や、女性海上自衛官(WAVE)松島から駆けつけた空自関係者で、その中の空自女性自衛官(WAF)は、女性型異星人の肌や、服装に興味深々だったようで、積極的に話しかけていたようだ。そのあたりはやはり宇宙共通、女性同士ということか?
ちなみに、白色肌の女性型は、目が白と薄紅色のストライプで、オールバックっぽい鳥羽状の髪の色も白。全身真っ白であるが、髪の毛の先端に、黒と灰色の模様があり、それがアクセントになっている。どうやら技術関係者のようである。目つきはクリっとした可愛らしさがあり、WAFの一人が、自分の丸い伊達眼鏡をかけさせて、「カワイイ~」などとはしゃいでいるようだった……そしてその伊達眼鏡はプレゼントされたようで、その白色女性型は、気に入ったのか、その後もずっと着けている。
パッションピンクな女性型は、白目に藍色のストライプを持っており、少々体躯が良い。羽髪もラフでバッサリしており、目つきも少々眼光鋭いがフランクな性格なようである。どうも護衛担当の異星人のようで、同体格で体躯の良いWACが上着の交換をしていた。ピンクはその自衛隊正式戦闘服、迷彩服3型をとても気に入ったようで、嬉しそうに服に袖を通していた。
ちなみに、制服は官給品なので、ホントはこんなことをしてはいけないのだが、まぁ今回は大目に見てくれるだろう。彼らと親睦を深める方が、今は重要な任務なのだから。
こういう時に女性という存在は威力を発揮する。女性という存在は、相手が害意がないと理解できると、男性以上に好奇心を発揮する。ある意味突撃バカの柏木よりもすごい。相手は、容姿だけ言えば人外の姿を持つ異星人だ。それでも憶さないのだから、大したものだ。
WAVEの一人が、例の水色金色目に近づこうとすると、ピンクが止めに入ろうとするが、金色目はそれを制し、ピンクが引き下がる。金色目もその輪の中に入り、女性自衛官と親睦を深めていた。
その羽髪型と、独特の金色の瞳、容姿に女性自衛官は「ほえぇ~」となってしまっており、「すごいね~」「きれ~」とかまるでハリウッドのセレブでも見るような表情になっていた。
白木はその様子を眺めていた。そしてピンクのとった行動を見逃さなかった。
流石は場数を踏んだ情報官である。
ピンクは引き下がる時、さりげなく自分の右手を右胸に当てて引き下がった。
(あの水色金色目、何かの要人か?他とどうも雰囲気が違うな……)
「白木さん、あとの撮影は我々がやります」
外務省のスタッフが白木に声をかける
「おう、スマン」
「白木」
柏木が声をかけてきた。
「ん?おう、どうした」
「俺、戻るわ。今あの緑色の異星人さん……えっと、名前はジェグリさんといったか、今あの人にこっちの無線機と無線モバイル端末のサンプル渡して、通信環境を整えてもらえるようにお願いした。んでもって、招待の人員なんかの段取りがあるから」
「無線端末のサンプルか……まぁ連中ならあっという間にそれ以上のものを作っちまうんじゃねーの?」
「っていうか、こっちの通信規格を自分達のシステムで構築するとか言ってたから、まぁアレをそのまんま使うわけじゃないだろ、通信キャリアとかとの調整も必要になるから、そっちでも忙しくなるな」
「向こうの通信機器をもらうわけにいかねーのかよ、そっちの方が早いし、技術的にもウホウホだろ」
「あぁ、それも向こうに行った時に、そのあたりも色々話があるらしい」
「え!本当かよ、そいつはすごいな」
「まったくね……その手の機器の技術がもらえれば、スゲー事になるぞ」
白木はその話にニカっと笑みを見せるも、少々不安げな顔になる。
なんせ自分や新見が前に会議で言った『宇宙人さんとシッポリ仲良く』が現実になろうとしているからだ。しかも、コッチから言わずとも、向こうがそう言ってきたのだから、タナボタどころの話ではない。しかしこのタナボタを快く思わない連中もいるからだ。
柏木は続ける
「どういう訳かはわかんないけど、向こうの技術が、まるで新製品試供品キャンペーンみたいに手に入るかもしれないなんて……なんか後々色々ありそうな気もするけど……地球側で」
「あぁ、というか、例の細胞の時点で、もう一つ入手してるからな……あぁ聞いたか柏木」
「ん?何だ?」
「例の細胞、アレ、例の賞取った京大の先生の話じゃな、どうも細胞じゃないらしい」
「細胞じゃない?」
「あぁ、なんでも『ナノマシン』という微小な細胞レベルの大きさのロボットかもしれないって話だ」
「えええ!『ナノマシン』!!」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、SFじゃお約束のネタだよ。重症患者をあっとう間に直してしまうご都合主義なSF医療技術だよ、まぁ現実の世界でもたんぱく質かなんかを使って研究中なんだけどね」
「なるほどな、それであの先生、興奮してたのか……確かにそんなものとIPS技術が組み合わさったら、とんでもない医療技術になるな……しかも簡単に培養できて、自己増殖するそうだし」
白木はぼんやりとした不安を感じる
「んー……って、おっと、あまり話し込んでたら遅れちまう、じゃ、俺行くわ」
柏木が時計を見て慌てる。
「おう、頑張れよ、大見には俺から言っておく」
「すまん、じゃな」
白木はいつの間にかマスコミや政府関係者で大賑わいになってしまっているこの羽田滑走路を眺める。
なんか一箇所だけ女性型異星人と女性自衛官の女子会と化している場所を見て、フっと笑う。なんとものどかなもんだ。つい数時間前までは、日本の命運を掛けて必死に任務をこなしていた、燐とした彼女達とはうって変わってしまっているのを見て、日本の女性も大したものだと思う。
(ここに麗子がいたら、とんでもないことになるな……)
と、交際中の女の事を思ったりする。
「ん……ん?……んー~?」
例の水色金色目を観察する。なんせ目立つ女性型である。何をしても良くわかる。
彼女と言えばよいか……彼女は柏木がヘリに乗って帰ろうとする姿を見て、なんか手を伸ばして……あえて言葉にするなら「あ、待って……」というような格好をしていた。
しかし時すでに遅し、柏木は陸自UH-1Jに乗り、飛び立ってしまった。そしてとても残念そうな表情をして、ヘリを見送っていた。
「あの水色金色目……本当に何者だ?……マジで柏木の事知ってるみたいだな……ククククク……なーんか面白い事になりそうだ……」
その後、親睦会の様相を呈した羽田でのセカンドコンタクトは、2時間ほど続き、彼らは矢じり型飛行物体に乗り、ギガヘキサ……いや、彼らの母艦『ヤルバーン』に帰還していった。彼らが飛び立つとき、本部スタッフ、機動隊、自衛官、マスコミみんなが手を振り見送る。
時計は、既に夜中の5時を回ろうとしていた……
………………………………………………
-アメリカ ワシントンD.C ホワイトハウス-
「おはようございます大統領閣下」
大統領首席補佐官 リズリー・シェーンウッドが大統領執務室にやってきたジョージ・ハリソン大統領に一礼する。
「リズリー、昨日のCNN特番を見たか?例のジャパニメーション・レセプションショーを」
「はい、しかし本当にあそこまでの物を作って実行するとは……当初は通信方法のみの説明と聞いていましたので、少々……いや、少々どころか大いに驚きましたが」
「ハハハ、私もだ。アレでギガヘキサンの連中の心を動かしたとなれば、今年のアカデミー外国映画賞は、あのANIMEに決定だな」
「まぁ、意味があるのかどうか知りませんが、スタッフロールまで入っていましたからね」
ハリソンは、リズリーの入れたコーヒーの匂いをひと嗅ぎし、スっと口に流し込む
「あぁ、それからリズリー、まだ執務時間まで30分ある」
ハリソンは、時計を指でピンピンと突く
「ハハハ、わかったよジョージ」
「はははは……で、さっそくだが、昨日の例の件、いささか解せんモノだったな、あの海兵隊の報告は」
「あぁ、ヘリが急に操縦不能になった話だな……まぁああいう状況で考えられる事は一つだが」
「ヘキサンか?」
「それ以外に考えられるか?」
ハリソンは腕を組んで考え込む。
「なぜだ?……連中はいきなりニホンに居座ったことといい、昨日の事といい、それに……」
ハリソンは机の上に積まれてあった書類をバラバラと調べ
「あぁ、これだ、この……なんだ?家を直した事件やら、自動車修理した事件やら、それに……あぁこれ、身体障害者まで治しちまったというヤツだ。 こんな事例、他の国にはない。ニホンだけだ」
ハリソンは、書類を雑に机の上に投げる
「なんで連中はこうまでニホンに拘るような態度を取る?」
両の掌を上にあげ、疑問を呈するハリソン。しかしリズリーは壁に寄っかかり、あごに手を当てて首をプルプルと横に振る。
「ハァーッ」とハリソンはため息をつく。
リズリーは自分の場所を執務机の前の椅子に変え、背もたれを前にもたれかかるように
「まず……とりあえずだが、考えられる事として、ベビーが世界中に飛来したとき、軍事行動をしなかったのはニホンだけだ」
「ん?それは本当なのか?俺はそんな報告受けてないぞ」
「いや、本当だ。その結果がわかったのもつい最近だ。 なんせあの時は世界中が大混乱してたからな」
「しかし在日の我が軍は攻撃しただろう。どっちがどっちかなんて区別ついているのか?連中は」
「さぁな、まぁしかし攻撃したのは日本の領空外だ。さすがに本土上空で攻撃はできんよ。それでなくても沖縄の普天間やらオスプレイで評判が悪いのに」
「あぁ、そうか……そうだな」
「そこらへんは日本軍に任せられると思ったが、ヘキサンの奴ら、ニホンで慈善活動をやらかすものだから、攻撃する理由をなくして、避難指示を出しただけだ」
リズリーは、自分の鞄からニュース雑誌を取り出して
「それにコレだろ、コイツらと同類と思われても仕方がない」
それは中国の例のベビーヘキサ捕獲作戦の流出映像が載ったものだ。
「チッ、これか……張政権はやはり軍部の傀儡か」
「あぁ、こないだの会談でわかっただろ、官僚のペーパーを後ろから渡され、取っかえ引っかえで棒読みだ。アイツは、はっきりいって能無しだ……それでなくても民主党は中国マネーで政権運営してると共和党から突っつかれてる。次の大統領候補は、中国系か韓国系かなんて揶揄されている始末だ。そこへ向けてあの日本隔離案に乗るような発言をした」
「……あれは国務省のパンダハガーの勝手な発言だ。俺は反対したぞ。」
『パンダハガー』とは、『パンダ』を『ハグする』という意味で、いわゆる米国内での親中派を意味するスラングとして使われる。
「しかし日本の外務省はそうは受け取らなかった……我が国には、パンダ好きが多いんだぞ、今は。 それにニホンの外務省にはニイミと、その右腕のシラキがいることを忘れるなよ、アイツらは切れ者だぞ」
「……」
ハリソンは無言だった。
「……まぁ……日本的には裏切られた事を仮定するだろうな、当たり前に考えて」
リズリーは額に手をポンポンと当てて面倒くさそうに話す。
「そりゃな。そこへ向けてヘキサンが友好掲げて飛来だ。おまけにアニメで歓待大イベント、しかもそれが大成功ときた。アメリカ的には全く出る幕ないな。そこへ向けて、作戦が成功した途端に、国務省の連中がノコノコヘリで向かって、外交協力なんて、誰が喜ぶかってな話だろう」
執務時間まであと10分である。リズリーは置時計をチラと見る。
「ヘキサンの連中、見たか」
「あぁ、ショックだったよ。まさかエイリアンがあんな姿だったとは……人外の姿ではあるが、我々人類が見ても嫌悪感は微塵もない」
「しかし、あの人外なリオのカーニバルにでも出てきそうな連中をニホン人はすぐに受け入れている……こっちだったら悪魔の化身だのと騒ぐカルトな連中も少なからずいるだろうにな」
「シントウって奴か?」
「かもな、ニホン人は『ロボットはトモダチ』とか言い出す国民だ。相手がエイリアンだったらもっとトモダチにでもなれるだろ」
ハリソンは一つの不安を覚える。そして続ける。
「今のニホンなら、世界から孤立化しても、多分……」
「あぁ、中韓からは、いまだに前大戦のことで大量殺人者扱いで、おまけに世界的なレイプ魔扱いをされ、この国にも、あの変な銅像を立てて変態扱いだ……なんなんだあの像は、わが国は関係ないじゃないか……しかも国連ではいまだに敵国扱い。領土問題でも、敗戦国である尾を引き、効果的な実力を行使できず、地震でエネルギー購入でも足元を見られる……」
リズリーは、腕時計を見て、そろそろ時間だという感じで、上着を羽織る。
「まぁ、エイリアンは、ナンキンや、セックススレイブや、センカク、タケシマ、ホッポーリョウド……それこそ地球の前大戦の事など知ったこっちゃないからな。今後、日本と付き合っていくには、それがヒントかも知れません大統領閣下」
ハリソンは、時間通りに「大統領閣下」と言うリズリーに、苦笑いを見せた。
………………………………………………
さて、羽田空港でのセカンドコンタクトが、世紀の親睦会と化してしまったその4日後、柏木は昨日は休みをゆっくりと貰い、翌日には首相官邸にある自分の執務室でお仕事中であった。
基本的に、あの『天戸作戦』の成功で自分の当面の仕事はおしまいと思っていたのだが、なんのなんの、執務室に到着早々、各関係部署の報告やら企業からやってくる挨拶回りの嵐で、時々「俺ってこの仕事、どこまでやりゃいいんだろう」とふと疑問に思う時もある。
というのも、この仕事のおかげで、他のクライアントの仕事を全部キャンセルしなきゃならない恐れが出てきてしまった。
これは大変だ、信用問題に関わると思い新見に相談したところ、なんと残っていたクライアントの仕事は、新見が別の方面の業者を手配してくれているということで、きちんと経費を差っぴいた当初の契約金が口座に振込まれていたのである。
おまけに事情もきちんと説明してくれており、了承も取ってくれていた。後で聞くと、この手配には、山代アニメーションの畠中や、大森『社長』、君島重工関連の関係会社が協力してくれていたそうで、ホント有難い話だと涙が出そうになった。
この世知辛い世の中、お天道様はちゃ~んと見てくれているんだなぁと(しかし後で地獄のようにコキ使われるのを覚悟して……という条件付だが)
今のところ天戸作戦発案者である事と、ベビーヘキサ”ヴァルメ”とファーストコンタクトした人物であることはまだ秘匿されているが、二藤部から「近いうちに公表しなければならないかも」とは言われているので、またその時になったら想像もしないような忙しさが舞い込んで来るんだろうなぁと覚悟もしていた。
と、そこへノックの音がする。
「はい、どうぞ」
ドアを開けるは、三島太郎 副総理 兼 外相だった。
「よう、柏木先生、メシ食いに行こうぜ」
と、ざっくばらんに、メシを食う格好で柏木を誘う。
「あ、もうそんな時間ですか……喜んでお付き合いします」
とニッコリ笑って席を立つ。この仕事をやって良かったと思えるのは、柏木もファンであった三島と懇意になれた事である。巷では、秋葉原で絶大な人気を誇る人気閣僚からメシを誘われるとは、なかなかこれはこれで嬉しいものだ。
ということで、二人は国会まで車で向かい、国会食堂で食事を取る事にする。ここが外野に邪魔されず、実は一番落ち着いて話をしながら食事を取れるところなのだ。
三島が、テレビでも評判の国会食堂名物のカレーライスを奢ってくれた。
すると、そこに……
「三島先生」
「おー、春日先生、どうぞどうぞ」
自保党幹事長、春日 功が同席を求めてきた。
柏木的には、もうテレビ中継で見た顔のオンパレードで、さすがの突撃バカも多少なりは緊張もする。
「春日先生、紹介するよ、彼が噂の柏木真人さん」
「あ~あなたが!それは初めまして。お会いできて光栄です」
「あ、どうも初めまして、柏木です」
一見するとコワモテの春日だが、人当たりは物凄く良い人物で有名である。一部では、柏木や大見と同類とも噂されている。とくに彼の秘書が田中さん並に凄まじいらしい。
「さぁ、それよりさめないうちに食おうぜ」
と、名物のカレーに舌鼓を打つ
「うまいっすね、流石は噂の」
「だろ?」
国会食堂は、基本的に一般人は入れないが、国会議員同伴であれば、一般人でも入店する事ができる。それと、予約制だが、国会見学ツアーに参加した場合でも利用可能だ。
「あー、春日先生、いずれやる内閣改造なんだけどさ」
「えぇ、やるんですか?」
「いや、せにゃならんだろうよ、まぁ今すぐって訳じゃないけどよ」
「わかりました。で、何時ごろですか?」
「いや、それはまだわかんねぇ。あのティエルナントカとかいう国とのコレから次第だな」
「はぁ……しかしまだピンときませんね、私自身、報道で見ただけですし、あの容姿はあまりに衝撃的で、なんともかんともです」
「まぁなぁ、俺もそうだよ、でもこっちに直に見て来た方がいるわけだからなぁ」
と柏木の方を見る
「えぇ、そうですね、私もアレは夢じゃなかったのかと今でも思いますよ。あまりに彼らが現実離れしすぎていましたから」
三島と春日は、腕を組んでコクコクと頷く。
柏木は回りを見ると、野党議員や与党議員から、指を差されて、噂されているのに気づく。
(まぁ、そうなるよなぁ……)
ともう諦めた。
「でよぅ、春日先生、特命大臣の席に、この柏木さん、入れるかもしれねーから、よろしく」
「!!!!グッ……ブッ」
柏木はカレーが鼻に逆流した。めっちゃ痛い。
「ちょっ……ゴホっ……ちょちょっと待ってください!三島先生、何の話なんですか!」
「いや、だってよぉー、もしティエルクさんと国交の話でも出たら、日本中探してもアンタしか適任者いねーじゃねーか」
「いや、だから何の大臣なんですかって」
「ティエルクマスカ担当大臣。アレだ、北方領土担当大臣とか、アレと同じ類の大臣だよ。総理からもOK出てるぞ、ダメか?」
「い、いやダメとかってい、いや……うーん……」
確かに言われてみれば、おそらくティエルクマスカの連中と一番長く関わってきたのは……まぁそう望んだわけではないが自分だろう。無下に断る事ができない立場であるのも理解はできる。
「あー、もちろん今すぐって話じゃねーよ。考えといてくれればいいさ、新見君達は今のままがいいって言ってるし」
三島は手をピラピラさせて、あまり気にすんなとフォローする。しかしその話が出た時点でフォローになってないような気もする。
「はぁ……」
そして三島は話題を変える
「それはそうと柏木さん、例の向こうさんのご招待預かった人員の調整はうまくいってるのかい?」
「え?あ、えぇ、それがもう大変で、すごい反響でしてね、総務省の人が悲鳴上げてますよ」
「ほう」
「まずは、総理と私たち、もちろん三島先生含めた対策会議のメンバーでしょ、マスコミの代表若干名、それと、館山にいたスタッフの皆さんと家族……」
「か、家族ぅ?」
三島が意外そうに聞く
「えぇ、ヴェルデオ大使が、『家族や家族予定者、つまり彼氏彼女のいる方は同伴で』ってな話です。なんかティエルクの人たちは、そういうのを大切にする方々みたいですね」
「なんというか、えらい庶民的だなぁ……」
「というか、我々が考えすぎなのかもしれませんよ、容姿こそ違えど、メンタリティは私達と非常に近いです……むしろ向こうの方が日本側のメンタリティの相違を心配していたぐらいですから」
「ほー」
柏木の話だと、それにいずも乗員とその家族、国民から抽選で200家族(個人参加含む)で、総勢1000人前後になる予定だそうだ。結構な人数だ。
一般の国民に関しては、裁判員裁判と同じような方式で国からランダムで(かつ公安の助言で多少作為的に)選出した人物に招待状を送る方式を取った。これが一番公平で短期間で募集できると判断したからだ。
いかんせん期間も差し迫っており、公募などと言う方法を取っていられなかったのもある。
そしてこちらの方が、スパイの流入や、工作員流入のリスクも少ない。
案の定、そのほとんどが参加希望の返信を返してきており、この点では効率的に行う事ができた。
一部特定外国人から、差別だの何だのと抗議があったようだが、なんせティエルクマスカ側が日本人に限ると言っているのだから仕方がない。そこらへんのクレーム対応は総務省にがんばってもらう事にした。
「しかし厄介な事も起きてるようでしてね」
と柏木は続ける。
招待状方式なので、さすがにチケットの転売のような行為をしても意味がないため、そういうのは無いのだが、詐欺行為が頻発しているらしい。
『あなたはヤルバーン母艦よりの招待に当選しました。準備金としていくらか口座に振り込んでください』とかいう類の奴だ。
「バカな奴はどこにでもいるもんだ。警察はちゃんとやってるのか?」
「各都道府県警や警視庁でも今まで以上の体制でやってると言う話ですが……こればかりはなかなか」
「まぁ、今に始まったこっちゃないしなぁ」
三島が水を一杯口に含む。
「でよぉ、ヤルバーン母艦だっけ?俺達がアレに行くの、遊びに行くわけじゃねーんだろ?」
「えぇ、二藤部総理と、ヴェルデオ大使との会談を予定しています。それと、私達対策メンバーとの、今後の彼らの日本滞在……というか駐留というかの件で、自治権の話し合いなんかもありますね。まさか『日本領海にいるんだから、日本の法に従え!』なんて言える様な相手じゃないですから」
「自治権か……まぁアレだけの大きさの宇宙船なら、一つの国家の一部が移動してきたみたいなものだからなぁ」
「『都市型探査艦』なんて艦種ですからねぇ……まぁ広い宇宙を旅するわけですから、ああいうものなんでしょねぇ」
春日が話に割ってはいる
「柏木さん、記者会見なども予定しているのでしょう?」
しかし柏木はあまり良い顔をしない
「あぁ、そうか、それもありましたね、春日先生、良い質問ありがとうございます」
「え?どういうことですか?」
「大使の副官のジェグリという方から聞いた話なのですが、彼らティエルクマスカ連合では、『事象情報を扱う営利目的組織の結成と関与の禁止』という法律があるそうなんです」
「え?それって……」
「はい、いわゆる我々の理解では『マスコミの営利活動とその取材を受ける事は禁止』ってことですよ」
「いやいやいや、では彼らは言論統制国家ということですか!?」
「そうじゃないんです、言論の自由はむしろ地球の民主主義国家以上にあります。そこは問題ないみたいです」
「ではなぜ?」
「彼らの理解では、そういう営利目的のマスコミを作ったら、営利目的のために事象情報を取捨選択、情報操作して流す事もできるから、そっちのほうが国民の知る権利を侵していて悪い-という考え方みたいで、彼らの世界では、政府が公認した、私達の世界で言う動画投稿サイトの超高度版みたいな情報データバンクを見るか、非営利の団体がそういうことをやってるみたいです」
三島は腕を組んで「なんか地球人的には耳の痛い話だなぁ……」と言いつつ
「だから、営利目的で取材に来るマスコミの前には出れない……ということか……でも今回、マスコミも入っていいことになってるんだろ?」
「条件付ですけどね。なのでヤルバーン内での乗組員に対するインタビューは厳禁。カメラ撮影のみでスポンサーを付けた番組には流さない、映像に主観意見を入れた論評は入れない―――という事でなんとか許可をもらいました……なんかコレ、破ると結構彼ら的には重罪になるみたいで、気を使ってるんですよ。なので、大使との共同記者会見というのは、ヤルバーン母艦内に限って言えば、現実的には無理ですね」
「それは……彼らが日本に上陸した時も気をつけなければならない案件ですね」
「えぇ、なのでそのあたりの調整も考えています。基本的に日本国内では日本の法に従ってもらいますので、まぁそのあたりは関係ないですが、いらないトラブルを避けるためにも気をつけたほうがいいのは確かでしょうね。日本的に取材の慣習を彼らに合わせることが出来たとしても、海外メディア相手にはそういうわけにはいきませんでしょうし、パパラッチみたいな連中の事もあります。それでなくても外見的にメチャクチャ目立つ人達ですから……」
三島は、腕を組んでニッコリ笑いながら
「いや、しかし柏木さん、アンタすごいな」
「え?何がです?」
「いやー、あの羽田での接触以降、もうそこまで調整してるなんて……どーやったんだ?」
柏木はポケットからスマートフォンを取り出して
「ハハハ、なんて事はないです。コレですよ。私のスマホの予備機をジェグリさんに渡して、使い方を教えときました。んで無料テレビ電話アプリでネゴしてます。なんか彼ら的にこういう古い通信機器が物珍しいのか、しょっちゅうかかってきますよ」
すると、柏木の今持っているスマホの着信音が鳴る。画面には『ジェグリさん』と出ている。
「あ、噂をすればかかってきました。ちょっと失礼します……あ、ジェグリさん?柏木です、どうも……いえいえ……あぁえぇ、あの件ですよね……いやそれ、ちょっとマズイっすよねぇ……えぇ、はいはい……」
三島と春日はポカンとした顔で柏木を見ていた。
(国会で宇宙人とスマホで話してるなんて……この男……)
三島は、その後の言葉が出てこないほど…………突撃バカだと思った。
春日は、絶対この男を自保空間に引きずり込もうと思った。
………………………………………………
さて、そんなこんなで瞬く間に日は過ぎ、旧称ギガヘキサ、現在はヤルバーンという彼らの正式名称で呼ばれる都市型探査艦への招待の日がやってきた。
本日は羽田空港再開の日でもあり、その記念行事として、ヤルバーンからやってくる招待客用の旅客飛行体、例の矢じり型飛行体で、彼らの名称では「デロニカ」と言うそうなのだが、そのデロニカ3機が飛来するため、それを空港再開第一便として迎える事になっていた。
ヤルバーン母艦はいまだに相模湾に鎮座するものの、シールドが解除されていることと、もし航空機に不測の事態が起こった場合、彼らが救助活動を支援する事や、彼らの『トラクターフィールド』なる遠隔物理干渉技術で航空機の墜落や不時着を防止させることが出来るため、むしろかえってこの状態のほうが安全であると判断され、空港の再開に至ることになった。
ヤルバーンを右手に左手に眺めて離着陸する飛行場ということで、それまで以上に注目を浴びる事になり、経済効果も期待されている。
ちなみにデロニカの意味は、彼らの星での空を飛ぶ大型動物の名前だそうだ。
ヤルバーンや、ヴァルメ、デロニカという言葉も、日本人の発音に合わせている名称で、本来の発音では、人類は発音できない名称なのである。言ってみれば、彼らの翻訳システムがそういう具合に名称を人類用に調整してくれているのだ。
例えば、現在アメリカの事を、江戸時代はメリケンと言っていたのと同じ事で、我々はアメリカと日本語で今は呼称しているが、実際の発音は、実はメリケンの方が近い。それと同じような感じだ。
招待客は、最終的に1000人強の大所帯となる。デロニカ一機には400人が搭乗が可能。大きさの割に意外と少ないが、これも理由は搭乗後にわかる事になる。
まぁそれで、400人乗りが3機来るので問題はない。
羽田空港には、ひと目異星人の航空機を見ようと、これまたごったがえすような人・人・人で、航空機マニアのカメラと報道陣のカメラが列を成していた。
そして招待客は特別搭乗口でドキドキワクワクで待っていた。
「あ、きたきたきた!」「きたよー」「おおおお!」「うわぁ~すげぇ!」
空港ではその姿を見た見物客が大騒ぎである。
デロニカ3機が編隊を組んで東京湾方向からやってきた。きちんと指定された空路を守っての飛行である。
『デロニカ1・2・3ヨリ ハネダ管制塔へ、空港への着陸許可ヲ要請しまス』
「デロニカ1・2・3 指定の滑走路へどうぞ、着陸を許可します。ようこそ羽田へ、皆さんを歓迎します」
ヤルバーン側が電波無線設備が使えるようになったので、こういったやり取りも行われた。
デロニカ3機編隊は、指定された場所の上で、例のごとく大鷲のように同時に小さく旋回し、1・2・3の順で滑走路に超極低空で滞空した――まぁ表現的には着陸した。
そして側面底部のハッチが開くと、一機ずつ誘導員のような感じの女性型異星人が降りてきて、招待客の一行が来るのを行儀良く待っていた。
その異星人が出てきたとき、カメラがバシャバシャと鳴り、それはもう見学している人々も騒然となった。それもそうだ。メディア以外では、初めて彼ら彼女らを生で見る事ができるからだ。
黒塗りの高級車数台がデロニカ1番機に横付けされる。
そこから二藤部や三島、その他閣僚にSPがゾロゾロと降りてきて、異星人の誘導員に丁寧に案内され、デロニカの中に入る。
その次には、黒塗りのワンボックスタイプが数台やってきて、対策会議メンバーが1番機に案内されて搭乗。
その後、館山作戦メンバーとその家族、いずも乗員とその家族と1番機2番機に別れて搭乗していく。
最後に招待状を贈られた一般国民のバスが到着し、主に2番機と3番機に搭乗していく。
一般国民招待者には、普通のカップルもいれば、定年後の年金生活なお年寄り、まだ幼い子供を抱いたお母さんにお父さん、完全な個人参加など多種多様で、まるで海外旅行ツアーの団体客である。 実際、この人員整理を担当する観光庁の役人が、「はーい、こちらにお願いしまーす」などど、添乗員ばりに走り回っているようだ。
異星人誘導員の方々も頑張っている。こういう時に必ず出る勝手にどっかに行ってしまうガキんちょを抱っこして親の元へ連れて行ったり、要領を得ないお年寄りに付き添ったりとてんてこ舞いだ。
そんなこんなで全員乗り込むと、聞きなれない機械音を唸らせてフっと3機は浮かび上がる。そして垂直に高度を上げ、飛び立っていった。
デロニカの機内は、広い。大きさはジャンボジェット並みだが、ジャンボでいう翼の部分も搭乗空間になっており、しかも3階建てである。しかし、内部は一般的な航空機のように、座席が並んでいるようなものではなく、全ての座席が見たこともない繊維で出来たソファー型で、パーティションで区切られた半個室状になっている。
各階中央にはサロンのような空間があり、とてもではないが旅客機には見えない。どっちかというと船だ。これが大きさの割に乗員定数が少ない理由である。ティエルクマスカでは、デロニカは近距離星間宇宙船としても使われており、比較的ポピュラーな「宇宙船」だそうで、彼ら基準の『近距離』ならばワープもできるそうである。非常時には脱出機としても使われる。なのでこういった比較的ゆったりとした船内設計がなされているらしい。
窓は無いが、飛び立った後、しばらくすると、壁面が一気に消え、壁一面に外の風景が映る。まるでそこに壁など存在しないかのような高精細な外の映像に、乗客は大歓声を上げる。
デロニカは、すぐにはヤルバーンには向かわず、1時間半ほどゆっくりと関東上空を遊覧する。これも彼らなりのサービスなのだろう。そこに百里から飛び立ったF-15が編隊を組んで飛ぶ姿が壁に映ると、別に相手に見えやしないのに乗客は手を振っていた。そしてF-15のパイロットも手を振っているようだ。
「いや~たいしたもんだで、ビックリドッキリですな、白木さん」
「いや~まったくですなぁ、まさか生きてる間にこんな体験できるとはねぇ、柏木さん」
柏木と白木は、壁際に立って下を見る。
まるで自分が空に立っているようだ。
「で、オーちゃんは?」
「もうすぐ来るだろ、ってかまだ席にも着いてないのに飛ぶし、しかも飛んでるのわからないぐらいG無いし、まったくスゲーな、この宇宙船は……一機くんねーかな日本に……政府専用機で使ったらおもしれーぞ、コレ。コレに比べたら、エアフォースワンなんてクソだ」
なんか白木がえらく気に入ったのか、ボヤきまくっている。
「そういえば、お前、あの子連れてきてるんだって?」
「あ?麗子か?おう、まぁ同伴ってことだからな、連れてこなけりゃ俺が後で殺される」
「ハハハハハ、そうだな、あの子ならなぁ……はぁ、確かに」
「何だよそのため息は、俺様の愛するフィアンセだぞ」
「今どこ」
「席、というか部屋で着替えてるよ」
そんなこんなで話をしていると、大見一家がやってきた
「柏木くぅ~ん!白木さん!久しぶりっ!」
両手を前に出して、ピラピラ振る女性
「あー、美里ちゃん、久しぶり!」と柏木
「おう、美里さん、久しぶり」と白木
柏木の大学同期で、大見の妻、大見 美里である。白木とも大学は違うが、サバイバルゲームやらなんやらで知り合いでもある。そして……
「柏木のおじさん、白木のおじさん、おひさしぶりです!」
「あー、美加ちゃん、大きくなったなー」と柏木
「美加ちゃんも別嬪さんになって、彼氏できたか?」と白木
大見 美加13歳の中学1年生である。今日は学校の制服でやってきたようだ。なかなかに活発で素直な良い娘で、柏木や白木にもよくなついている。
「あ、白木のおじさん、このあいだの英語のテスト、ありがとうございました」
「おう、94点だったな、難しかったろ、全開で作ってやったぜ」
「なんだ?白木、それ」
「あぁ、美加ちゃん、小学校の時から英語の塾通っててな、英語が得意っつんで、美里さんに頼まれて、テスト作ってやった」
「白木の英語のテストか……変なスラングばっかりのテストだったんだろ、『Do you maggots understand that?』これを意訳しなさいとか」
すると美里が
「何バカな事言ってるのよ柏木くん、白木さんのテスト、なんか外務省の白書にカッコ付けてたみたいなのだったわよ」
「おいおい、そっちの方がやべーじゃねーか、いいのかよ、そんなんでテスト作って」
などと談笑していると、例の噂の白木の彼女、つまり婚約者がやってきた
「みなさん、お久しぶりですわ」
五辻 麗子27歳 日本の有名商社、イツツジグループの会長ご令嬢である。かつて白木が東南アジアに官民合同事業で出張していたときに知り合い、麗子が白木のサヴァン脳ゆえの知性をいたく気に入り、麗子の方からアタックされ、白木の婚約者に『なってあげた』そうである。よく知らないが……(結局麗子の方が、自分に媚びない白木にベタ惚れしてしまったそうだが、それを指摘すると、ひどい目に合うので、緘口令が敷かれている)
「(うわ、柏木くん、麗子さんも来てたの?)」
「(あぁ、そうみたい。まぁ同伴だし)」
「(私、あの人苦手なんだよねぇ、悪い人じゃないんだけど)」
「(まぁ白木の彼女だからなぁ~普通ではないわな)」
「あら柏木さん、久しぶりにお会いしましたのに、私に何かございまして?」
「え?いえいえ、お久しぶり、麗子さん、5年ぶりですか」
しれっとかわす柏木
「そうですわね、もうそんなになりますか、この度の件、崇雄から聞きましたわ。大変でしたわね」
腕組んで唇に指を当てて優雅に話す麗子。麗子なりに心配してくれていたみたいである。
「えぇ、まぁ、何の因果でこうなったかって話だけどね」
「でも、柏木さんの努力のおかげで、こんな不思議な乗り物に乗れるのですもの、これはこれで評価されて然るべきですわよ、もっとご自慢なさってもよろしいでしょうに」
「まぁ……俺としてはもっと普通な人生過ごしたかったんですけどねぇ……」
「あら、そんな事ですから37にもなってお一人なんですわよ、大体柏木さんは…………」
柏木は(しまった!地雷踏んだ!)と思った。これも麗子なりの心配なのだが、コレをやられると話が長い。麗子とは10も歳が離れているのに、10も上のような威厳があるのだ。実際、仕事でも度々世話になっているので頭が上がらない。
「……あの件でも、君島様のところじゃなくて、わたくしのところに話を持ってきてくれれば……」
これが20分ほど続いた。
白木は横で聞いてて面白いから止めない。
美里もプププっと止めない
せっかくのデロニカの遊覧飛行なのに、20分無駄にした……
「おいおい、麗子、もうそろそろいいだろう、ククク……」
白木がやっと止めに入る
「しかし崇雄、柏木さんほどの方がこういうことでは」
そこに美加が助け舟に入る
「麗子お姉ちゃん、あそこに異星人さんのお菓子があるみたいだから、食べに行こうよ」
「あら、美加ちゃん……そうですわね、お説教はここまでにして、では、お姉さんと行きましょうか」
「うん」
「美加ちゃんもすっかりお姉さんになりましたわね……」
などといいながら、美加が麗子の手を取って連れて行く。
「はぁ、助かった……」
「ククク、あー面白かった」
「白木、おまえなぁ……あーそうだ、美里ちゃん、旦那は?」
「そういえば遅いわねぇ……あ、あそこ」
「おう……おーい!オーちゃん、ここここ」
大見が手を上げて答える、そして近づいてくると……すると何か違う大見だった。よく見ると……肩の桜が違う。
「オーちゃん!え?何?それ!……三佐って……」
「あ、あぁ、いや、俺も驚いてる。2日前に通達があってな、試験も受けてないのにこんな階級になってしまうなんて、正直ありえんよ、しかもこのあいだ一尉になったばかりなのに」
「実は私もおどろいてるのよ、いきなりだったから」
と美里
「じゃ、久留米さんは?」
「あぁ、久留米三佐も二佐に昇進した」
「え?どういうこと?」
と二人が驚いていると、白木が種明かしをした
「実は、俺が新見統括官と相談して、三島先生を通して防衛省に手を回した」
「え?」
二人は驚く。
「実はな、俺も第一国際情報官室から異動になった」
「どういうことだ?」
「俺達の組織には、第一から第四までの情報官室があるんだが、今回の件で、ティエルクマスカ専門の部署で新しく『特務情報官室』が作られる事になってな、俺はそこの室長をやる。これで名実共に新見統括官の参謀になるわけだ」
柏木は驚く。そこまで話が進んでいるとは、さすがに柏木も知らなかった
「それに、防衛省ともこれからは緊密に連携していかなきゃならん、なので対策本部の防衛省関連の人員の階級を全員一階級あげてもらえるように進言したんだ。戦時中ならよくあることだ。もし……もしだ、ティエルクマスカと何らかの合同事業を行うような合意が今回得られた場合、指揮系統の問題もある。そこでこちらの人員が下に見られるようではマズイからな……とはいえ、国家規模がアリと太陽ぐらいの差があるから、だからどうとかいう話でもないかもしれんが……まぁこれは今回の件での臨時昇進みたいなもんだ。だから、大見は前の一尉も含めて、ギガヘキサ対策の貢献で二階級特進と思えばいいさ、勝手してすまないな、大見」
「あぁ、いやそういう理由があるなら、俺は一向にかまわんが」
「私もいいよ、お給料上がるし」
美里は能天気なものである
「久留米三、いや、二佐は優秀な方だ。対策本部関連以外にも色々動く事になるだろう。なので大見、お前はいってみれば対策本部での久留米さん不在時の代行と思ってくれればいい」
「わかった」
柏木が尋ねる
「じゃ、加藤さんや藤堂さん、それと女性自衛官のみなさんも?」
「あぁ、加藤さん以外は例外なくだ」
加藤は事実上、最高階級なので昇進はなかった。自衛隊には表向きは、将以上の階級はない。一将・二将という階級は無いのだ。しかし他国の大将、中将級の将階級との整合性をとるために、自衛隊では、同じ将でも『幕僚長たる将』というその上の階級がある。
白木は続ける
「お前にも話、あったろ、三島先生から」
「え!?もしかしてあの大臣の話!?」
そういうと大見と美里は
「えぇぇぇぇぇ!柏木くんが御大臣さまぁ~!?」
「おいおい、白木、それは冗談が過ぎるぞ」
冗談と言われてしまった。なので白木は……
「あぁ、さすがに新見統括官と俺は『そりゃやりすぎっす』と言ったけどな、さすがに柏木は大臣っつーツラじゃねーだろ、ぶはははは」
「なんじゃそりゃ!」
柏木が突っ込む。さすがにそこまで言わなくていいだろうと、笑うか?と。
「でも春日先生は、本気みたいだぜ」
と、白木はクギをさす事も忘れない。テメーは逃げられねーよと。
「しかし、オーちゃんが三佐かぁ……これからアレだな、『柏木、お前使えるようになったな』とか、『これだから学のねぇ奴は』とか『何だおまえ俺に勝ったつもりか』とか言われて、俺が『ひでぇ、コレだよ』とか『い、いつか殺してやる』とか言う仲になっていくんだろうなぁ……」
「何の話だよそんなネタ、誰もわかんねーだろ、ハハハ」
と大見が笑う。
そんな話をしているうちに、時間はすぐに過ぎ、デロニカはヤルバーン発着口へのアプローチをとる。遂にヤルバーンへ到着である。これで今まで謎のベールに包まれていたヤルバーン母艦の内部へ入ることが出来る。
壁一面に展開されていた外の風景は、発着口へ進入しかかると同時に一気に消える。どうやら到着したようだ。
機体は、ゴンと小さく振動した。
『ゴ搭乗の皆さん、ただ今、ヤルバーンに到着いたしましタ。オ忘れ物の無いようニお願いしまス』
柏木が凄いと思ったのは、今の言葉だ。彼ら異星人の言葉を聴くたびに、どんどんと翻訳機の性能が上がっているようである。
以前ほどの言葉の違和感がなくなってきている。しかも翻訳の音声が、本人の声色に近い音声になってきており、先ほどから他の人との会話を聞いていると、感情表現のような物も忠実に再現されてきているようである。しかもタイムラグが驚くほど少なくなっている。
「気づいたか?白木、オーちゃん」
「あぁ、すごい翻訳性能だな」と大見
「高度な学習機能があるんだろ、まぁこいつらの科学力みたら納得もするぞ」と白木
そして降機する。
他のデロニカからもゾロゾロと日本人が降りてくる。まるで巨大なツアーバス停留所状態だ。
先に二藤部達VIPが先導されて、別口からどこかへ消えていったが、他の日本人は胸にIDのようなものを貼り付けられ、自由に船内へ入っているようだ。一応、2泊3日の滞在なので、宿泊施設などはIDのような端末を操作すれば簡単にわかるようになっているらしい。
「うわぁ」と驚くは美里
「ひろぉぉぉい」と驚くは美加
「まぁ!……こんなに広いとは、驚きですわね」と麗子
彼女達は、航空母艦の格納庫のようなところを想像していたのだろう。
一般的なハンガーとは違い、ゴツゴツした機材や施設もなく、極めてシンプルな広間のような場所だった。野球場何個分かという感じの広さだ。周りを見渡すと、デロニカクラスの機体が他にも数機、そして、かなり多くのブーメランのような形をした機体も数多く駐機していた。ただのブーメランではなく、複葉機的な構造をしており、前から見ると『エ』の字のような構造の機体である。
異星人の動きを見ると、どうも有人機のようだ。
「白木、あの機体、戦闘兵器かな?」
「あぁ、お前もそう思ったか、俺もだ。乗り込んで調整でもしてるんだろうか?異星人の服装も他と違う」
「オーちゃんはどう思う?」
「俺もそう見たが……」
柏木は腕を組んで少し考えた後……
「俺、聞いてくるわ」
とスタスタとパイロットらしき異星人の元へ歩いていった
「あ、バカ!おまっ、何言って!」あせる白木。でももう遅かった。
「あちゃ~さっそくやらかすかよ、あの突撃バカは……」と大見
しかし観察していると……異星人は柏木に右手を右胸に当てて、丁寧に挨拶し、なんか懇切丁寧に説明してくれているようであった。
納得したのか、スタスタと戻ってくる柏木。呆気に取られる大見と白木
「やっぱ戦闘兵器だって。なんか変形して陸戦にも対応するみたい」
と教えられた事を懇切丁寧に語りだす。
「なんでも、やっぱり宇宙を旅してたら、色々と障害もあるらしくて、このクラスの船には必ず装備してる……って何?どしたん?」
「おまえなぁ……ハァ……」と白木
「やっぱり柏木は柏木だった……」と大見
「しかし、まぁこの突撃バカのおかげで、コイツらを怒らせると、アレが飛んでくるということはわかったな。ある意味お手柄だ」
白木は褒めてるのか呆れてるのかわからない言いよう。
「あぁ、とりあえず写真は撮った。こうやって堂々と撮っても何も言われないとは、機密部署でもないみたいだな」
と大見が携帯の写真を見せる
「そりゃそうだろ、機密部署ならハナからこんなところに着艦しねーよ」
「まぁ確かにな」
そうこうしてると、向こうから異星人、パッションピンクな体躯の良い、腕をまくり前を開け、ラフな着崩しをした迷彩服3型を着た女性型異星人と、伊達眼鏡をかけた真っ白な女性型異星人がやってきた。
『ヨぉ、ケラー・カシワギ!それにシラキにオオミ!』
翻訳機から聞こえる日本語はメチャクチャフランクな訳語だった。『ケラー』というのは、「~さん」やミスター、ミセスのような意味だろう。
「あぁ、あなたはこの間の、えっと確か……リビ……」
『リビリィ・フィブ・ジャースだ、リビリィでいいゼ、で、コっちの白いのは……』
『ポルタラ・ヂィラ・ミァーカでス。ヨろしくお願いします。私の事は、ポル で結構です』
ポルと呼ばれる女性型は、WAFにもらった伊達眼鏡の真ん中をクイと押し上げる。なんかインテリのようである。
このあまりの光景に、美里と美加、麗子ですら、バッチリ固まってしまっている。そりゃそうだ。髪がまるっきり鳥の羽で、肌の色が、方や真っピンクで、方や祇園の芸者など比較にならないほどの真っ白。しかも白目がストライプで色分けされてるのだから。
『ン?』
リビリィが美加の方を見る。
『コのカワイイお嬢ちゃんハ?』
「あぁ、彼、大見さんのお嬢さんで、美加さんと言います」と柏木が紹介する。
「あ……あの、大見美加といいます。父がお世話になっています」
とペコリと礼をする。
『オう、よろしくナ』
リビリィが右手の掌を上に上げて出す。
柏木は美加に、手を上に置くように美加にジェスチャーで教える。
『確か、ニホン人ハ、こうだったナ』
リビリィは、美加の手を握り、握手にする。
ポルとも握手できた。ポルは、のっけから地球式の握手である。
美加は宇宙人さんと握手したと興奮で顔を紅潮させ、美里に訴えていた。
「しかし、リビリィさん、お宅らのその翻訳機、段々性能が上がっていくな、どういうシステムなんだ?」
白木が興味があるようで問いただす。言語の達人である白木的には非常に興味があるところだ。
『アぁ、これか? ケラー・カシワギのおかげで、電波無線ガ使えるようになったのが良かったよ。 あたい達の中央システムが地球中ノ電波を拾って、どんどん言語パターンを覚えてる。日増しに性能が上がってるヨ』
「ほう、出来れば俺達も一つ欲しいところだぜ」
そこへポルが割ってはいる
『ソれは無理です、ケラー・シラキ。このシステムは、あなた方のシステム概念で例えるなラ……』
ポルは、中空に画面を浮かばせて、目線でチラチラと何か検索するように……
『くらうど……ト呼ばれているものに近いでス』
「あぁなるほど、クラウドか、そりゃ持って帰るのは無理だな。端末だけ持って帰っても仕方ないか」
『ワたし達の技術でも、やはり言語の翻訳にはそれなりのシステムがいるのデす。電波通信が使えるようになったので、以前よりも飛躍的にニホン語翻訳の精度が向上しましタ』
白木が「ん?」と疑問に思う。
「以前?……以前とは?」
彼らティエルクマスカがやってきたのは、「以前」と言われるほど前ではない。もしこれを言うなら、「最近」もしくは「この間」だ。
『ア……ソ、そのあたりの説明ハ、会合で説明されると思いまス。今、私からハ……』
「あぁ、そうか、そりゃ悪かったな、いや色々ありがとな」
『ソんな難しい話は後にしてよ、メシいこうゼメシ。あたい達はケラー達の案内仰せつかってるんダ。コんなトコで話してても仕方ないダロ』
リビリィが柏木の首に腕をかけてきて「早く行こうぜ」とばかりに誘う。
麗子がその姿を見て、不思議な気分になる。
「なんともフランクな方ですわね、メンタリティ的には、わたくし達と変わらないのではありませんこと?」
「えぇ、そうらしいです。変わってるのは姿と言語だけみたいな感じですね」
と大見が応じる。しかし心の中で(アンタのメンタリティと同じかどうかは知らないけどな)と思うが、口には出さない。
リビリィに先導され、彼らはハンガーを出た。
エスカレーターのようなものに乗る。それは、チューブ状のトンネルの中を、透明の板状のものに乗り宙に浮いたような感じで降下するようなものだ。柏木達は最初は宙に浮くそれにとまどった。美加や美里にいたっては、パパにしがみつき、落ちるのではないかと怯えていたぐらいだ。リビリィはそれを見てケラケラと笑っていた。麗子もすました顔をしてはいたが、内心はビビっていたようで、白木の袖をぎゅっと握っていたようだ。
そしてどんどん降下し、トンネルを抜けた。
川端康成のように表現するなら、トンネルを抜けると、そこは……大自然あふれる大地だった……
「なな……なんだこりゃ!!!」と柏木
「こ……これは……!!!」と白木
「ッ…………!!!」言葉が出ない大見
「はりゃぁぁぁあぁあぁぁあ……!!!」と美里
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と美加
「これは……素晴らしいですわね!!!!」と麗子
空から降下するように、空間エスカレータとでも言えばよいか、それは地上へ降下していく。
海があり、水平線が見える。
丘が見え、はるか彼方には幻想的な稜線の山岳が見える。
見たことも無い木々に林道。そこにシンプルではあるが、立派な建物が並び、街がある。
そしてその空間の中央あたりに、大きくそびえ立つ白銀色の塔を見た。
「なんなんだこの空間は……」
そう柏木が漏らすと、リビリィがニカ~っと笑いながら、アゴでクイクイっと「後ろを見ろ」と柏木に言う。
柏木が後ろを振り返ると、自分達が降りてきた空間エスカレーターのトンネルチューブの穴が、空にポッカリと開いていた。
「なるほど!ホログラフィーか!」
ホログラフィー、つまり立体映像だ。リビリィの説明では、ある場所までは、実際に存在する本物の施設で、ある場所からはホログラフィーだという。しかし現実との区別がつかないほど見事なものだ……というより、どうみても現実である。風の匂い、木々の香り。よく出来ていると思った。
リビリィは言う
『アたい達ハ色んな宇宙へ旅するからな、コレぐらいの船内環境ジゃないと、精神が参っちまウ』
リビリィは指を指してそこから見える風景を色々と説明してくれた。
中心にそびえる白銀の塔のような建造物が、船のメインブリッジで、都市母艦の行政区画だそうだ。
美里や美加はあまりのすごさに、スマートフォンでパシャパシャと写真を撮っていた。ステレオタイプな日本人丸出し状態だ。リビリィやポルは全然注意しないどころか、一緒に写真に入って記念写真を撮っていた。
地表に到着すると、リビリィは腕に装着している端末のようなものを操作する。腕の上に小さな画面が中空に浮かび上がり、それをポポポっと操作し、暫く待つと、トランスポーターのような浮かんだ乗り物がやってきた。
それに乗り、街中を走る。運転のような事はしていない。全自動のようである。景色を見ると、日本人招待客が思い思いに街を散策し、楽しんでいるようだった。
そしてトランスポーターは、中央にそびえ立つブリッジ区画に到着する。
ブリッジとは、軍艦なら艦橋区画のことであるが、そこはとてもブリッジと言う言葉には合わない広さで、優にショッピングモールクラスの広さがあった。
区画の中には、中空に浮いたモニターのようなものがあちこちにあり、何かをチラチラと表示している。無論、何が書いてあるかなんてのはわからない。
美加がその中空モニターを触ってみると、なんと触感があるのでびっくりする。
「ねぇねぇ、お母さん、これ、触れるよ!」
美里が一緒になって触りまくっている。ハタから見ると完全に田舎モノである。
後ろで大見が苦笑いしていた。
『コレは……ニホン語で言えば、「分子仮想凝固モニター」って言えばいいのかナ』
「ぶ、分子仮想凝固モニター?」
美里が聞きなれない言葉に「?」となる。
リビリィはその映像というか物体と言うかが投影されていると思われるスタンドの横をスっとなでると、パワーがオフになる。すると今までそこにあった宙空モニターが、フっと消える。再びオンにすると、パッとまた投影される。そんなものに触感があり触れるので余計にびっくりする。
「ということは、外のホログラフィーもソレと同じ原理なのか?」
と白木が聞くと、リビリィは「そうだ」と答えた。
「すごいな、こんな何気ないモノにも俺達には想像もつかない技術が使われている」
大見が感心しきりで自分も触ってみる。
そして……
『サぁ、こっちだゼ』
柏木達はとても大きな広間に誘われる。どうやらそこが食堂のようだ。とはいえ、食堂というヤボったいものではなく、完全にレストランである。日本人招待客でも賑わっており、異星人とも交友できているようで、そこはかと異星人と話している日本人もチラホラ見えた。
あいている席に柏木達が座ると、フっとテーブルから先ほどのモニターが現れる。メニューのようだ。しかし何が書いているのかサッパリわからない。
リビリィが、「これは動物の肉を焼いたもの」とか、「海の動物の……ニホン語でいえば、シチュー」など懇切丁寧に説明してくれた。
「しかし、俺達地球人が食べても大丈夫なのか?」
口に入れるものには厳しい大見が心配そうに尋ねると
『ソれは大丈夫。地球人のばいたるに合わせたものが出てくるから、心配いらないゼ……って言っても、ほとんどあたい達が食べてるもの食べても大丈夫みたいだけどナ』
「ほとんど……ということは、一部はダメなわけか」
『アぁ、調べたら猛毒になるモノもあるみたいだナ』
「その逆はあるのか?」
『サぁ、それはわかんね。アたいはまだニホンの料理なんて食った事ナいから』
などといっていると、料理がテーブルの前に、光のシルエットと共に浮き上がるように形成され、湯気とともに出てくる。
柏木達は、その状況に唖然であった。これも24世紀な技術みたいだと驚く。
『サぁ、あたい達の星の料理だ、食べてみてくれヨ』
柏木が一口、おそるおそる口に入れる。肉料理のようだが、何の肉かは聞いても意味がないので、スルーした……
「お、こりゃうまいや、みんな、これはいけるぞ。ちょっと味は薄めだけどな」
みなさんお口に合った様である。御の字だ。
食事をしながら、日本の文化の事や、ティエルクマスカの事など、色々とお互い雑談を交えながら情報交換をした。美加は、ティエルクマスカの学校の事なんかを聞いていたようだ。麗子はファッションの事などを聞いていた。
リビリィは、あのアニメを見た感想で、あの場所はどこだとか、あの丸い熱そうな食べ物は何だとか興味津々で聞いていた。
ポルは、白木と話が弾んでいたようで、自分の役職の事もあるのだろう、日本の技術的水準の事を色々訪ねているようだった。
しかし不思議な事に、これほどの科学技術の差があるのに、彼女達、いや、他の異星人も、決して日本人達を見下すようなマネをしない。それどころか、日本人の持つ小物や携帯やスマートフォン、文房具に装飾品などを興味津々で見ているようで、中には自分達の持ち物と交換している者もいるようだ。
彼らの物と交換ということは、日本人個人単位で、ものすごい異星人技術がヤルバーンより流れていることになる。
例えば、小物一つをとっても、その構成素材だけで100ぐらいの特許が取れるような代物だ。
しかしどういうわけか、ヤルバーン側は、それを規制するような素振りも見せない。
異星人側も、彼らから見ればまったく稚拙な技術であるはずの日本の、いや、地球の産物を交換してもらえた事を非常に喜び、中には小型の検査光線を当てて、熱心に構造を研究している者もいるようだ。
リビリィも、セカンドコンタクト時にWACと交換してもらった迷彩服3型をえらく気に入っているようで、アレ以降、一張羅のように毎日着ているらしい。ポルも同じで、この眼鏡というものが大変気に入ったようで、その伊達眼鏡に彼女らの端末を仕込んで改造し、ウェアラブルシステムとして使用しているそうだ。
そして
「お?あれは……」
白木が食堂を見渡していると、気づく。
「おい、柏木」
「ん?」
「あれ……ほれ」
白木は目線で場所を指す
「あ!あの人は……」
食堂の真ん中あたりで、ポツンと一人、何か端末を覗きながら作業をしている女性型が一人。
見れば、例の水色金色目の女性型だった。
しかし、何か寂しそうである。他では異星人同士、日本人と異星人といった感じでコミュニケーションをとっているようだが、彼女の回りには人がいない。
たまに日本人が近づこうとすると、さりげなく他の異星人が出てきて、接近を遮られているようである。それを見る水色金色目は、どことなく哀しげであった。
白木はその理由を薄々感づいているようだったが、柏木はその風景を見て、首をかしげる。そしてリビリィ達に聞いた。
「あの、リビリィさん、あの方、水色で金色の目をして、ヘアースタイルが見事な方、あの方はどなたですか?」
すると、リビリィは、ハっとした表情で、バッとそちらを見る。
『フ、フリンゼ……!!あ、オホン、あ、いやいや、あのおカ、あ、いや、あの人はあたい達の上司だよ』
リビリィの目が踊った。
『ソ……そそそ、そうです。』
ポルもなんかおかしい。
「?」
柏木は白木の目を見る。白木は目で頷く。
白木は目で「柏木、今こそお前の突撃バカパワー発揮の時だ。行け」と言う。
「この間、あの方には挨拶をし損ねたので、ちょっと挨拶してくるよ」
と言い席を立ち、白木に片目をつむる。
『アアアアアア、そ、それは……そこまでしなくてモ』
『ソソ、そうです。そんなことまでしていただかなくてモ』
リビリィとポルはえらく狼狽しているようだ。
白木がすかさず
「まぁまぁ、こないだもウチの女性自衛官がえらくお世話になったみたいで、一言お礼なんぞを言わせて頂けたら幸いなんですがねぇ」
と援護する。
柏木はツカツカと胸を張って、ネクタイをクイと上げ、水色金色目に近づく。すると、先ほどと同じく、さりげなく他の異星人が行く手を遮ろうとするが、柏木が政府IDを見せ、日本政府関係者とわかると、右手を右胸に当てて、身を引く。
「こちらの席、空いていますか?」
柏木はいつもの感じで紳士的に水色金色目に話しかけた。
すると、その声に彼女はびっくりしたような顔で柏木の顔を見上げた。
―――その容姿は例えるなら、その特徴的な鳥羽の髪型、そう、日本のアニメでかつて人気のあった悪魔が人間に乗り移った設定で出てくる主人公の、鳥の羽を頭に付けた女性型刺客っぽい感じ……あそこまで派手ではないが、そんな感じの髪型を持つ女性型である。ちなみに彼女はその羽で空を飛んだりは出来ない―――
その驚いた表情も、非常に綺麗な上に可愛らしい。
しかしその切れ長目金色ストライプな白目と瞳が特徴的だ。
「よろしいですか?」
柏木はニッコリ笑って再度聞く。
水色金目は、コクコクと頷いて、平手で「どうぞ」と誘う。
「良かった、断られたらどうしようかと思いましたよ」
そう言うと、彼女はぷるぷるぷると首を横に振り、とても嬉しそうにニッコリ笑い、首を横にかしげ、会釈をした。
突撃バカの柏木は、ここから今後の柏木の人生をこれまた大きく変える『文化的理解の相違』を連発してしまう事になる。
「私は柏木真人と申します。日本政府の交渉官をしております。この間は急な用件でご挨拶できずに大変失礼いたしました」
柏木は一礼した。
『ワたくしの名前は、フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラと申しまス。フェルとお呼びくだサイ』
そして
『ケラー……いえ、カシワギ・サマ、お会いできて大変嬉しいでス。お顔とお名前は、あの時より前に、すでに存じておりまス』
透き通ったような美しい和音の言語に、翻訳機の音声が被る。
「え?……どういうことでしょうか?」
フェルという名の女性型は、ポーチのようなものから、大切そうにシルバーに輝く小さな小箱を取り出した。
その箱をそっと開けて両手で恭しく柏木に見せる。
『コレ……』
「?……!!こ、コレは!!!」
その箱の中には、柏木の名刺の束が入っていた。
そう、あの時、千里中央でベビーヘキサ”ヴァルメ”に怒りの一撃でブっ刺した奴だ。
「な、なぜ貴女がそれを?……まさか、あのヴァルメを操っていたのは……」
フェルは、微笑みながらコクンと頷く。
異星人との交流。
彼らが日本にやってきた理由。
柏木は「俺か?俺なのか?」と以前思ったことがある。しかしどうやら本当にコイツだったようだ。
しかもその原因に関与していたのが、異星人の中でもすこぶる別嬪の女性型。
しかも普通ではない立ち位置の異星人のようだ。
こうして柏木達日本人の、ヤルバーン滞在1日目が始まる……
主要登場人物:
~日本政府関係者~
柏木 真人
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
白木 崇雄
日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員
大見 健
陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉→三等陸佐 レンジャー資格所有者
柏木・白木の高校同期で友人
二藤部 新蔵
自由保守党総裁・内閣総理大臣。衆議院議員一般には保守系の憲法改憲論者として知られている。
三島 太郎
自由保守党 副総理 兼 外務大臣 衆議院議員。いわゆる「閣下」
春日 功
自由保守党 幹事長 衆議院議員
~一般人~
大見 美里 37歳
大見 健の嫁 柏木とは大学時代の同期
大見 美加 13歳
大見 健の娘 都内某都立中学に通う元気な女子中学生。英語が得意。
五辻 麗子 27歳
白木の婚約者。総合商社イツツジグループ 会長令嬢 白木に惚れ、自分からアタックして無理やり婚約者になった勝気な女性
~外国政府関係者~
リズリー・シェーンウッド
アメリカ合衆国 大統領首席補佐官
ジョージ・ハリソン
アメリカ合衆国 大統領
~ティエルクマスカ連合 関係者~
ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』司令 兼 共和連合全権大使 男性型
リビリィ・フィブ・ジャース
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 職員 女性型
ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 職員 女性型
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 職員? 女性型 特別な立ち位置にある女性型異星人