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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
13/119

-5-          序章  終

「お願いします!畠中はたなか社長!」


 パン!と手を合わせ懇願するは、柏木真人。何をそんなにお願いしているのか?

 しかしそのお願いされる相手は、机に置かれた書類を見て、呆然としている。


 ここは京都長岡京市にある山代アニメーション株式会社。日本で有名なアニメーション作品を多数手がけた製作スタジオである。柏木もTES時代にいくつかの作品で世話になったスタジオでもある。


 畠中と言われる男は、このスタジオの代表取締役社長である。

 

 畠中はその呆けたヒゲ面をあげて柏木の顔を見る。そしておもむろに机に置かれた書類をつまんで柏木に


「なぁ、真人ちゃん。これ、冗談だろ?」

「それがぁ……本当なんですよぉ……」


 畠中は柏木と同行してきた妙な男3人組をチラ見して、訝しがる。

 その胡散臭そうな男たちは、社内見学を称してやたらと目を四方八方にキョロキョロさせている。

 その中でも唯一年長と思われる男は、作画モニターを見て、妙に珍しがっていた。


 そしてその目を書類に戻し、パラパラとめくって「うーん」と唸って考え込む。

 その書類には、やたらと「甲」「乙」「丙」の文字が並ぶ。そしてその書類の最後の記名欄に達筆な筆書きで署名捺印されている人名は、『外務大臣 三島 太郎』


 いわゆる契約書である。


「まだ信じてくんない?」

「いや……まぁ……あ、で、あの男の人たち、誰?」

「あ、うーん……まぁいわゆる……ボディガード?」

「はぁぁぁぁ??」


 柏木は、その年長の男を呼ぶ。しかし名前では呼ばない。


「ん?何です?柏木さん」

「やっぱり素性言ったほうがいいっすよ……だってこの契約書、知らない人が見たらどう考えてもうそ臭いです。なんか私、フィリピンの養殖エビ投資ファンドの勧誘やってるみたいですよぉ」

「ん~、しかしなぁ……」

「それにそんなスーツでこんなところ来てキョロキョロしてたらヤの字の職業な人みたいじゃないですかぁ~」

「あなたもそうでしょう……あー……仕方ないなぁ……わかりましたよ……ホント、例外中の例外ですからね……」

「すみませんです……」


 男は、畠中の耳元で小さく囁く。そしてチラとバッジを見せた。そう、この男、警視庁公安部、そしてその中でも一番の機密部署、公安外事一課の山本だった。


 畠中は目をむいてその男を見る。そして他の二人も見る。下村がどこかに置いてあったキャラクターフィギュアを持って手遊びしていた。


「たのんますよぉ、畠中社長ぉ……」

「わかったわかった、わかりました……しかし、真人ちゃん、なんでこんなことになったわけ?」

「ごめん、それ言えないんです。まぁただ、企画書にもあるとおりの緊急事態、絵コンテもかなり雑に作ったんで、そこのあたりはフォローお願いします」


 畠中は柏木の作った絵コンテをパラパラと見て


「しかし……こりゃわが社始まって以来の責任重大な発注だなぁ……あの宇宙人に『電波通信』をわからせて、『シールドを解け』だなんて……しかも無声動画でだろ?」

「契約後に、即専門家も派遣させますよ。そのあたりの」

「いやまぁそれはいいんだけど……音入れちゃダメなの?」


(いや、そっちかい!)と柏木は心の中で突っ込む


「入れたって聞こえないかもですよ。まぁ絶対聞こえないとは確証ないですが……」

「モチベーションってのもあるでしょ」

「はぁ……」


 本来の目的は、いかにギガヘキサ人にシールドを解かせて電波通信を行わせるかだが、なんか話が別の方向に外れそうになってるので不安になってきた。


 柏木はここでヘソを曲げられても困るので


「あー、わかりました。好きにやってください。ただ基本は『聞こえない相手』ということを念頭にお願いしますね」

「OK、なら受けるよ。契約金も充分だし、一流どころ揃えてがんばってみるわ。まぁ納期はまかせて。1時間ものなら多分いけると思う」

「助かりますっ!!」


 パン!と手を合掌させて礼を言う。しかし、この現状で、どうしても音入れにこだわるとは、まぁなんとも職人というのはわからん物である。


「……あ、でも時間より内容重視でお願いします。納期的に内容が難しくなったら、1時間には拘りませんから」


 そうして話が決まったとこを見計らって、山本が柏木を手招きして呼ぶ。そして囁き声で


「柏木さん、あそこのフランス人とアメリカ人、そしてあれは中国人だな。で、あの韓国人、そのアニメの製作に入れないようお願いしてみてくれるか?」

「え?何でですか?」

「まぁ、こっちの身勝手だが、なるべく不安要素は排除しておきたい」

「あぁ……そういうことですか、わかりました。頼んでみます」


 その外国人は、海外からの研修生だった。

 柏木はその事を畠中に話すと、事情を察し、承諾してくれた。しかし柏木的にもあまり気分の良いものではない。

 だが、山本の気持ちもわかる。日本の『情報流出』というのは、『え?そんなところから?』というものが、案外多いのだ。





 そしてその他関係部署の連絡先や、来社予定の省庁関係者の説明を行った後、柏木は畠中に後を託し、山代アニメーションを出る。

 外には山本達お馴染みの3人組が待っていた。


「いやぁ、ああいうところで作ってたんですね、アニメって」


 下村が感想を述べる。


「柏木さんはこれで終わりなんですか?」


 長谷部が意外そうな感想を言う。もっと現場にくっついて、指示するものだと思っていたようだ。


「私はプロデュースだけですよ。要は段取り屋です。長谷部さんが言ってるのは監督さんでしょう」

「あぁ、そうなんですか、この間テレビで見たら、あの有名な監督さんが、なんか絵は描くわ声優さんの指示はするわ、みんなやってましたから」

「プロデューサーってのは制作費の捻出や宣伝広報、スケジュール管理なんかがメインですよ。おまけに私はもう現場を離れて久しいですからね、できる人見つけて任せる方が良いのできます。それに私もこんな役職についちゃったから、これにばかり関わってるわけにもいきませんし、時間もありませんしね……」


 本当なら、もっと詰めて横からやいのやいのとやりたいのが本音だが、そうも言っていられない。


「で、こっちは畠中さんに任せておけば大丈夫です」

「それで柏木さんは、これからどうするんです?」


 山本が尋ねる。彼らはここで別れるようだ。


「山本さんたちは?」

「私達はこれから京大へ行きます」そして小声で「例の細胞の話、聞いていますよね?」

「えぇ、白木から聞きました」

「あそこは、あの手の研究に関しては日本でトップですから」


 あぁ、なるほどね。と柏木は思う。そして、


「私は東京に戻って、明日、館山へ行きます」

「え?館山って、千葉のですか?」

「えぇ……私、あんな目にあったってのに、実はまだギガヘキサを生で見たことないんですよ」

「なるほど、現場視察ってヤツですか」

「まぁ、そんなところです。館山あたりが一番良く見えるという話だそうですから。それと天戸作戦の追跡監視本部が館山に置かれることになったので、スタッフへの顔見せもあります。対策会議メンバーの人達もかなり来ますんでね」

「ハハハッ!柏木さんもかなり板に付いてきましたな」

「付いていいのやら悪いのやら……元はと言えば山本さんのせいなんですからね」


 柏木は笑って山本を揶揄する。


 そんな雑談をするうちに、京都府警の覆面パトカーが迎えにやってきた。

 

 柏木は、JR京都駅まで送ってもらい、そこで山本達と握手をして別れる。今回の柏木のボディガードという建前の仕事の協力も、たまたま仕事をする場所が近かったため、山本達がかって出てくれたのだ。


 柏木の身辺をうろつく怪しい連中も公安の話では、柏木が『政府特務交渉官』になってから、めっきり少なくなったという。なので最近は一人で行動することが多い。

 柏木は、やっと解放されたと喜んだが、実はそれでも柏木の見えないところでずっとSPは今でも付いて回っているのである。その手の連中もさすがに政府要職に就く立場となった人間に直接手を下すのはためらったようで、その点で脅威レベルが下がったということになり、今までのようなあからさまな護衛をしなくなっただけなのである。




 

 その日の夜、全国のテレビ局は特別番組を編成、次のような政府広報を流した。


『……そして当日は、「ギガヘキサ」への対話を試みる政府の方針、いわゆる『天戸作戦』のため、全国のテレビ・ラジオAM・FM・短波ラジオに使用される周波数帯・アマチュア無線における一部の周波数帯を除く全周波数帯が一定時間、政府により独占的な使用が行われます。政府による、ギガヘキサに存在すると思われる文明人に向けて、友好のメッセージが発信されますが、もしこれが成功した場合、ギガヘキサ文明人からの返信が予想されます。どの周波数帯にメッセージが送信されるか予想できないため、通信を受信した場合その周波数の使用を政府が強制的に制限する場合があります。詳しくは、総務省ホームページをご覧頂き……』



………………………………………………



 次の日、柏木は館山にいた。


 しかし彼はすこぶる機嫌が悪い。

 眉間にしわを寄せて、苦虫を噛みつぶしたような顔をし、何かにいちいちいらついていた。

 そして隣には、同じくなんとなく納得のいかない顔の大見一等陸尉もいた。


 政府関係者用臨時プレハブを隔てて聞こえてくるその声は、どこかの民放女性レポーターの声だ。

 柏木のご機嫌を損ねる原因は、そのやたら巨乳で脳天気面のレポーターにあった。


「ハイ!ただ今、こちら政府関係者の控え室では、『おもてなし作戦』関係者が続々集まってきております。この『おもてなし作戦』で重要な観測地点となるここ館山では……」


 この局のレポーターは、『おもてなし作戦』の取材にきているようだ。


「……なぁ、オーちゃん……いつから作戦名、『おもてなし作戦』になったんだ?」


「まぁ……これがマスコミなんだろうなぁ……」


 大見も柏木に同意する。

 ある局でこの度の作戦を解説した時、どっかのMCが日本のおもてなしパワーがどうのこうのというアホみたいな能書きをたれ、何年後かの五輪招致で活躍したハーフの元アナウンサーの発した流行語にかけてこの作戦名を『おもてなし作戦』と表現し、それがみるみるうちに各マスコミに伝播。いつのまにやら正式作戦名『天戸作戦』の名前がどっかにいってしまったのだ。


「でも最初言ったのお前だろうよ」 


 大見が柏木を揶揄する。


「いや、まぁそうなんだけどさぁ……」


 マスコミというものは、とかくこういう事をやりたがる。

 ナントカ王子だのカントカ少女だの、うんたら男子だのちんたら女子だの、自分らの考えたフレーズを流行らせようとして、それを流行語やトレンディーと称する。この『おもてなし作戦』もその類いだ。

 海外メディアもいつのまにやら「Operation reception」 と言い出す始末で、どうにもこうにもである。


「それはそうとオーちゃん、一尉昇進、おめでとう」

「おう」

「しかしまた急だったな。どうしたの」


 大見の話だと、ベビーヘキサ襲来の時、当時東京に展開していた大見達の部隊を含む、警戒に当たっていた部隊が、ベビーヘキサを市街地に侵入させないように相当大規模な誘導作戦を行ったらしい。これが功を奏し、市街地の避難が円滑に行われたため、その際に従事した二尉以下の自衛隊員は、その際の功績が認められて一階級昇進になったそうだ。


「そうなのか、ご苦労さんだったねぇ」

「まぁな、あ、それとメールの件、すまなかったな。美里も礼を言っておいてくれと言ってた」

「あ、返信メールきてたよ、まぁあのあと、あんな風になっちまったから、うやむやになっちまったけど」


 柏木は、大見からの電話の後の事の経緯を話した。


「か~っ、あの電話の後、そんな風になったのか!」

「まったく、大変でしたよ、それで今は非常勤国家公務員ってわけ」


 そんなこんなで雑談をしていると、大見の上官、久留米三佐がやってきた

 大見はパシっと敬礼すると


「三佐、紹介します。彼が柏木真人さんです」

「どうも久留米です」


 久留米は柏木に敬礼する。柏木も調子に乗って敬礼した。

 あの会議が終わった後、各部署の連絡調整の打ち合わせがあったのだが、柏木は民間出身でしかも当日着任な状況だった事もあり、そのあたりは新見に任せてすぐに諸々手続きのため白木とともに色々回ったため、久留米と直接話すのはこれが初めてなのである。


「貴方のことは大見より色々聞いています。彼がお世話になったようで。あの時のサバイバルゲームの発案者だそうですね。先日の会議も本当にお見事でした。あのままやってればどうなっていたか」

「いや、お恥ずかしい限りです」


 そして久留米は柏木の耳元に近づき……


「で、サバイバルゲームの件、今後もよろしければお願いします。私の名前で参加させますので」

「了解です三佐殿」


 とコソリと話す。そしてお互いニヤリ


「あぁ、大見一尉、せっかくの所すまんが、ちょっと来てくれ」

「了解です……じゃ、またあとでな」

「おう」


「では、柏木特務交渉官殿」


 久留米は少し冗談めかしにそう言い、敬礼をしてその場を離れた。


 そして柏木も当初の目的をと、スーツの襟をクイと引っ張り、


(さてと……俺も現物を見に行きますか……)


 マスコミが絡んでくるのを避けるために、人気の少ない場所を見定めて、スっと建物を抜け出す。

 房総フラワーラインを渡り、漁港の方へ向かって歩く。

 漁港には、あけたところに臨時の本格的なヘリポートが建設され、陸上自衛隊のヘリコプターUH-1Jが3機駐機していた。


 マスコミというものはどこにでもいるもので、ここにもたくさんのテレビ局カメラの砲列ができ、各局レポーターのレポート合戦の様相を呈している。

 そしてそれにも増して観光客の数が多い。

 このあたり沿岸が、一番ギガヘキサを綺麗に拝めるということもあってか、ごったがえすような人だかりになっており、マナーを守らない観光客とのイザコザなんかもあるようだ。


 「ここからは入らないでください!」


 などと警官隊が警戒線を張って誘導する姿に柏木はご苦労様と思う。

 柏木は誘導する警察官に政府関係者のIDを見せ、観光客の流れを無視して先に進む。なんとなく優越感を感じるが、観光客からは「なんだこいつは」と冷たい視線を浴びる。


 しかし潮の匂いが心地良い。これで仕事でなかったら釣竿でも垂れたいところだが、警戒線を超えてもマスコミで一杯で、やはりここも仕事場であることを認識させる。

 


「…彼らがあの日に突如やってきて、これで3週間になろうとしています。彼らはあの日より沈黙を保ったまま。まったく動く気配がありません。ずっと沈黙を保っています。非常に不気味です。政府による関東全域の避難指示自体は一週間ほどで解除され、特に何か被害があったという報告は入ってきていません。

そして、私自身も今回彼らがやってきてから初めてこの場所に立つことができましたが、まさか直接目にするとこんなにも凄い…壮絶なものだとは想像すらできませんでした。ここ館山、養老寺近くの沿岸部からは大島が見えますが……」


 大きな声でレポートするレポーターの声が聞こえる。

 見れば、最近民放で売り出し中の人気レポーターのようである。


(インタビューにでも答えたら、サインくれるかな?)


 などとアホなことを考える。



「現在、自衛隊及び在日米軍が、この状況を24時間体制で監視していますが、何せ人類が初めて遭遇する異様な状況です。彼らは一体何の目的でこの地球に飛来したのか、そして、なぜ日本なのか、これらの謎は深まるばかりです。そしてこの状況を打開するために、政府は昨日、彼らとの交信を試みる、いわゆる『おもてなし作戦』正式名称『天戸作戦』を行う発表を行いました。」


 叫ぶようにレポートするテレビ局のレポーターは、芸のないありきたりな台詞で必死さを強調しながら、がなり立てるようにカメラに向かってしゃべり続けている。



(まだここでも言うか……)


 しかしまぁ正式名称も併用して言ったので許してやることにした。


「まぁがんばれや」


 柏木はそう呟くと、海岸線へと視線を向け、自分の普通な人生を変えた張本人を見つめた。


 圧巻である。

 うそのような光景。

 例えるなら、『島がひとつ空中に浮いている』と言えば良いか……


 遠近感もあって、向こうの大島の方が小さく見える。本当に大した文明だ。


 しかし不思議なことに以前のような畏怖に囚われるような感覚はもうない。連中が人々に危害を加えなかった……それどころか人の役に立ったのもあるのだろうか、なんとなくあの場所にずっと置かれているというのも、申し訳なく感じるようになった。 

 まぁ確かにいきなりやってきてわけのわからない円盤をバラ巻き、世界を大混乱に陥れたという事もあったが、進んだ文明が、遅れた文明に接触するときというのは、まぁこんなものなのかなぁと最近は変に納得してしまうときもある。


 江戸末期、ペリーの艦隊が浦賀にやってきたときの江戸の人達や江戸幕府も同じような感覚だったのだろうと思う。

 文献を見れば、ビビっていたのは幕府や諸藩大名だけで、庶民は今のギガヘキサを見に来る観光客のような感覚で、お祭り気分だったというではないか。


 今だってそうだ。どっかのテレビ局が、アフリカかアマゾンの言葉も通じないような聞いたことも無い部族に、日本人が出向いて交流したりする番組があるが、あれだってその部族の部族長にお土産で日本の便利な道具を渡したり、技術を伝えたり、彼らの作業や仕事を頼まれてもいないのに手伝ったりして信用を得ようとする。やってることはギガヘキサがベビーヘキサを使って我々日本人にやったことと同じなのである。


 要はおせっかいを焼いて、信用を得たいのではないか?……彼らがやったことは、そんな風にも思えたりもする……こういうのって、もしかしたら宇宙共通なのかなと考えたりもする。



 しかし……阪神淡路大震災に始まり、9.11テロ事件、そして先の東日本大震災に続いて、このギガヘキサの事件である。あぁ、そういえば、気色の悪い宗教団体の毒ガステロ事件もあったし、不審船事件で大事になったこともあった。白木ではないが、なんでこうも自分が生きている間にとんでもない事が頻繁に起こるのかとつくづく思う。大勢の死者も出た。まるで世界が死のアトラクションをやっているようだ。

 そこに降って湧いたような今回のギガヘキサ事件である。




「まったく……この国はイベントに事欠かないな……」




 作戦決行まであと10日。各関係部署に問題なければこの予定だ。

 さて、その時までお客さんが飽きずにここにいてくれるのかどうか……

 これで何処かに行ってしまえば、実もふたもない。

 初めは、とっとと何処かにいってくれと思っていた自分も、今は「まぁそう言わずにもう少し」という感覚になってるのが不思議だ。



 ……何はともあれ柏木は思う……今回ばかりは良いイベントになって欲しい……と。

 








………………………………………………………









 敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハタダチニ出動コレヲ撃滅セントス。

 本日天気晴朗ナレドモ波高シ。

 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ


 日露戦争・日本海海戦時に、名将 秋山真之が発したあまりにも有名な名言である。


 横浜で艤装を受けていた海上自衛隊ヘリコプター搭載護衛艦……になる予定であった「いずも」は、柏木が提唱した今作戦のために緊急改装を施され、「臨時作戦艦 いずも」と艦種呼称を変更され、作戦発動の時を待っていた。


 戦後日本始まって以来、初の特定目標相手に対峙、直接干渉する出航である。まぁとはいえ、かつて冷戦時代にソビエト連邦の原潜や、今ならロシア、中国の原潜相手に追跡劇を行っている我らが海上自衛隊ではあるが、今回は「映像」を武器に、しかも島のような相手に対峙しに行くのだ。しかしこの度は戦闘に行くわけではない。『話』をしに行く。しかもかなり奇想天外な。

 従ってさしずめ…… 


 目標見ユトノ警報ニ接シ、護衛艦隊ハタダチニ出動コレト交信セントス。

 本日天気晴朗ナレドモ波高シ。

 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ


 こんなところだろうか、ともかく乗組員の士気は高い。

 あの無茶な相手の直下に突入しろと言うのだ。米軍第7艦隊ですら、航路を変更したような相手に突っ込めと言う。

 乗組員達は、むしろあのアメリカ独立記念日を題材にした映画にでも出てきそうな相手に最接近し、その目で拝める事にワクワクさえしていた。


 ただ、問題もある。

 本作戦で虎の子となる件の動画データがまだ届いていない。柏木特務交渉官の話だと、山代アニメーションがギリギリまでチェックするということで、船で直接動画データを受け取ることになっている。何はともあれ、それがないと、どうしようもない。


 試写を見た関係者の話では、やはり有数の有名人気アニメを制作したところだけあって、その出来は上々と言うことで、モノ自体は納期通り完成しているのであるが、編集に手間取っているらしい。


 1時間ということだったが、アニメーション制作スタッフが今時の作戦に使用されるということと、異星人文明に見せると言うことで異常に張り切ってしまい、屍になりながら作ったと言うことで、柏木プロデューサーに「長すぎる!」「いらん部分が多い!」とダメだしを食らったところが多く、その部分を削る削らないでモメているらしい。なんでも現状では素の状態で1時間45分の大作になっているそうだ。


「なら全部見せたらいいじゃないか」


 臨時作戦艦いずもの艦長に任ぜられた海上自衛隊一等海佐 藤堂とうどう 定道さだみち艦長は、報告に来た部下にそう漏らした。

 藤堂はアニメのことなど分からないタイプの人間なので、こういうクリエーターに好きにやらせたらどういう目に合うか知らないのだ。 


 まぁ待つしかない、と、ブリッジを出て、外の様子でも見に行こうかと思ったその時……


「艦長!動画データ、届きました!」

「空自、第11飛行隊 松島離陸!」

「本部より入電、一五〇〇 天戸発令!」


 艦内に緊張感が張り詰める。

 藤堂は、姿勢を正し、向き直る。


「データは間に合ったな、よし、抜錨」


 藤堂が冷静に命令を下す。そして復唱が木霊する


「抜錨!宜候!」「抜錨!よーそろー」



 特務作戦艦いずもは、その巨体をキミジマ マリンユナイテッドの艤装整備港からゆっくりと離岸させる。

 甲板では隊員が整列し、港で見送る人々に敬礼を送る。

 上空では、政府の許可を得たマスコミのヘリがいずもの緊急改装された異様な姿を撮影する。

 

 軍艦色で塗られていた甲板は、今や真っ白に塗られ、とても空母型護衛艦の甲板には見えない。

 マストは緊急で増設され、そのマストの頂点には、動画投影大型プロジェクターが数台設置されていた。なんせ甲板全体が大型スクリーンになるのだ。規格外の画面対比スクリーンである。

 その姿は、まるで野外コンサートホールのステージを90度倒したようなイメージだ。

 投影角度を計算された臨時マストはその艦影をさらに異様なモノにしていた。


 いずもは白い波を引きながら、微速から速度を上げていく。本来なら法により東京湾航路には速度制限がある。しかし今日はこの作戦のため、許可された船舶以外の航行を制限、しかもすべてにおいて「いずも」と連携する船舶以外の航行を制限させているため、今日ばかりは東京湾は、いずものためだけにある。


 目標、すなわちギガヘキサ直下への到着時間は四時間後、プロジェクター投影にはちょうど良い時間である。

 空を見上げれば、空自ブルーインパルスの曲技飛行ショーが始まっていた。

 色とりどりの尾を引きながら、美しい模様を大空に描く。


 そして大きくハートマークを描いていく様が見て取れる。

 直後、その下に横一線にカラースモークを出したり消したりしながら


『ヨ ウ コ ソ』


 と書かれていく。

 その瞬間、藤堂は、本格的に作戦が始まったことを実感した。


「よし、プロジェクターの最終投影テストをやっておこう。本番で映らなかったらシャレにならんからな」

 

 藤堂は準備万端を期す。


「諒解。投影試験用意!」「とぉ~えい試験よぅ~い」

「投影始め!」「とぉ~えい始め!」


 いずもの甲板に、テレビテストパターンがデカデカと映し出される。全長200メートル級のテストパターンだ。まだ日も高いため、その映像は曇ったような映像だ。だが、それが映し出されたとき、艦内から「おおお……」というどよめきの声が上がる。


 本番でプロジェクターが動かなかったらシャレにならない。これも必要なテストなのだ。

 そして作戦用動画データの冒頭を5分ほど流す。 


 ……なんか可愛い女の子が出てきて、キラキラ星をまといながら舞い、「ピコン」だの「ぴょぉーん」だの妙な音が鳴り響く。そして当初は「無声動画」と聞いていたのが、いずも中にアニメ声が鳴り響く。


 こういう世界を知らない藤堂は、「こ、こんなものなのか?」と思いながら、その動画をブリッジから眺めていた。


……………………………………………………


 当然そのテスト映像は、いずもをモニターしている館山に設置された追跡監視本部にも届く。

 その映像を見て激怒するは柏木真人(37)であった。


「は、謀ったな!社長!!」

『ふははは!君の編集がいけないのだよ!』

「私とて政府の……いやいやいや、そうじゃなくて!なんなんですか、あれ!ロングバージョンの方じゃないですか!」


 柏木はいずもに送られてきた作戦用映像データの冒頭5分を見た瞬間、「やられた!」と思った。

 試写のとき、1時間の映像が1時間45分になったと聞いて、いやな予感がしたのだが、案の定、的中していたので、要らない部分をザックリ削るように指示していたのだ。そこで制作と相当もめた。

 山代のスタッフが屍になりながらもノリノリで作ってくれたのはいいが、1時間45分の内、肝心の『電波交信』『シールド解除』に関する動画が45分で、作戦とまったく関係の無いわけのわからんデモンストレーションアニメが1時間と言う本末転倒な動画が出来上がってきたからだ。


 監視本部では、本部宛の全体通信に必要な会話は、電話も全て施設内全部へオープンで伝わるようになっている。従って柏木と畠中社長のやりとりも本部中に筒抜けになっていた。


『あのな、真人ちゃん、あの動画、ウチのスタッフがどういう気持ちをこめて作ったかわかるか?』

「わかりません」

『おいおいおい、そんな冷たい事言うなよぉ……あ、ちょっと電話代わるわ』

「え?」


『ま、真人さぁ~ん……お、俺はもうだめです。後は任せました……ゲホッ』と作画監督の男

『わ、私の屍を乗り越えて、い逝ってくださいぃぃぃ……』と美術担当の女

『海行かば 水漬みづかばね……日本を……頼みます……』と音声担当の男

『お、俺さ……この作戦が終わったら、彼女と結婚するんだ……』と男性声優その1

『ということで柏木君!がんばってねっ!応援してるよっ!』とアニメ声な女性声優その1


(こ……こいつら……状況考えてやっとんのか!……クサい芝居しくさって!って死亡フラグ言うなよ!)


 思わず脳内で関西弁の怒りを轟かす。


 横を見れば、通信担当の陸自女性自衛官(WAC)が手を口に当てて涙を流しながら必死で笑いをこらえている。


『真人ちゃん、私らだって必死でやったんだよ、あの納期で1時間45分物をあのクオリティで普通できないよ、なんでも聞くところによるとさ、みんなでイベントやって宇宙人さんを歓迎しようって事じゃないか』

「ま、まぁそうですが……」

『ウチのスタッフもさ、ただ相手に説明するだけのアニメじゃなくてさ、宇宙人さんにも見てほしいのよ。だからさぁ、大目に見てやってよ、ね』


 そういわれると、これまた柏木も弱い。あれだけのクオリティとスタッフなら、おそらく山代アニメーション的にも完璧に予算オーバーのはずである(でも市販ソフト化して絶対売るはずだ……とも思う)


「あー、もうわかりましたよ!でも『電波』と『シールド』の部分は問題ないですよね?これは譲れませんよ」

『そこは完璧、お役人さんや、学者さんのお墨付きももらってる。猿にでも解らせてあげるから』

「さ、猿って……」


 そんなこんなの客観的に見るとコメディのようなやりとりをしばらくやって電話を切る。


「はぁ……やっぱ俺が直接渡すべきだったぁ……」


 そんな項垂れる柏木の肩を「ご苦労さんご苦労さん」ともむのは、海上自衛隊、加藤海将である。

 定年を二年後に迎えた将は、柏木の事を、会議の時から高く評価していた。


「あ、加藤さん、どうもすみません」

「柏木君、みてごらんよ」


 加藤は部屋の中を指さす。

 本部内が、なんとなく活気にあふれているように見える。


「君と、あの動画会社の社長のやりとりで、こんな感じになった。これは大事なことだよ」

「はぁ……そうは言いますが海将閣下、あの動画を1時間45分も見せられる「いずも」乗員の方々のことを思うと……なんともはや……」

「ははは、いいじゃないか、私はアニメのことは良く分からないが、良い物なんだろ?良い物なら世界…あー宇宙共通だよ、ははは。どうせ上映時間は腐るほどあるんだ。1時間でも2時間でも見せてやればいい」

「はぁ……」


 そこへドアをバタンと開け、スタッフが部屋の全員に呼びかける。


「みなさん!表に出て空を見てください、空自の方が頑張ってますよ」


 おお、とばかりにゾロゾロと全員が外に出て、空を見上げる。


 T-4練習機が左右から斜め上へクロスさせるように2機がジグザグを描き、一機が大きく楕円を描く。

 そして楕円に弾かれるような図柄で、またジグザグを描き、楕円の中に大きくバツ印を描いて飛び去っていく。


「なるほど、『電波を弾くシールドはダメ』と描いてる訳か!」


 外に出たスタッフが、オオオーと歓声ををあげる。


「これでお客さんに理解されて、シールド解かれたら、俺達の出る幕なくなるな」


 加藤が空自の曲技飛行を感心しながら話す。


「バツ印の概念とか、解ってもらえますでしょうか」


 近くにいたWACが漏らす。確かにその通りだが、それを言っても仕方がない。それよりもこれだけの事をやってのけるブルーインパルスチームの技量に流石だと思う。

 

「しかし、日も傾いてきました。これが最後でしょうね」


 そう言うと柏木は、空自第11飛行隊 ブルーインパルスの勇姿に、心の中で敬礼を送った。


……………………………………………………


 藤堂もこの空自の書いた空のメッセージを見上げていた。


「たいしたもんだなぁ、空自の連中」


 もう空はブルーインパルスがスモークで描きまくった絵に染まっており、さながら大空の落書き帳の様相を呈している。そして『シールド × 』の絵が、最後のメッセージとなった。


「我々も負けてられんな」

「はい」


 副官が高揚した顔つきで返す。


「で、併走してた消防庁さんの消防艇はどうなった?」

「はい、今、併走を解いて、探照灯位置に各自移動しました」

「そうか、あとは我々が突入するだけだな」


 藤堂は、ブリッジに臨時で設置した市販のテレビ数台を眺めた。

 そこには各放送局で流されているワイドショーやニュースが流れている。

 今、各放送局では、相模湾沿岸の観光地と化した場所の、今作戦を見守る観光客の映像を流していた。

 子供連れの観光客が、思い思いの宇宙人の格好に子供を仮装させ、お祭りを楽しむように作戦の成功を応援していた。

 そして「いずも」がギガヘキサへ直下へ突入と同時に、相模湾沿岸各自治体で花火が上がる手はずになっている。

 しかし、この手の仮装で異星人を表現する際、なぜ子供の頭に触覚のようなボンボンを付けたがるのだろうと藤堂は思う。


 


「マスコミのお嬢さん方はうまくやってるのか?」

「はい……えっとこちらのチャンネルですね」


 副官は、テレビの一つのチャンネルを変え、今現在のいずもを生中継でレポートしてるチャンネルに変えた。

 女性レポーターが臨時マストに設置された通用路から、この臨時作戦艦いずものシステムをレポートしているようだ。


「おいおい、あんなところからレポートさせて大丈夫なのか?」

「あの位置からがスクリーンがよく見えるということだそうで、どうしてもと」

「うーん、まぁ問題ないとは思うが、よく見とけよ、高波でも来て落ちたとか洒落にならないからな、今作戦では、マスコミの取材活動を可能な限り支援してやれということだから許すが、普通ならあんなところ許可せんぞ」

「了解」




 そして夕日が沈み、空の色が青から赤、そして黒へと変わっていく。先ほどまで雲と青空のコンストラクトが美しかった空も、少し雲が多くなり星の見える空よりも雲の比率が多くなってきた。


 そして柏木が当初提案したとおりのちょうどそのタイミングで、いずもはギガヘキサを屋根にしてその直下を航行する航路へ入る。


 そして各自治体が本部からの指示で、いずもがギガヘキサ中心直下に到着するまで、大規模な花火大会を沿岸部で行い始めた。

 色とりどりの花火が空で炸裂する。藤堂はさすかにギガヘキサ人も、この美しき火薬の狂想曲を攻撃だとは思うまい。というよりも異星人の文明にも花火なんてあるのか?


 などと思いながら、いずもは間もなくギガヘキサ中心直下に到着する。


 そしてそれに呼応して、陸上自衛隊ヘリ部隊と、消防庁消防艇隊が色とりどりのカラー探照灯をギガヘキサへ照射し、ライトアップを始める。もちろんこれはギガヘキサを単に光で飾ってる訳ではなく、目標視認向上の意味も兼ねている。


 

 藤堂は先ほどブリッジの外に出て、上を見上げた。

 なんとも言いようのない空だ。なぜなら、上に見えるはギガヘキサの底である。

 双眼鏡で覗くと、本体六角形の中に、蜂の巣のような模様で、六角形が無数に並ぶ。

 そして中心部にいくほど、大きな六角形ハッチのようなものが見え、そこからも何らかの物体が出入りするような場所に見えた。おそらくベビーヘキサよりはもっと大きな物体が出入りするところだろう。


 そしてそれよりもまだ大きな六角形状の物が、東西南北に数個規則的に並ぶ。これはなんだろう。

 撮影班は、この景色を資料にするため、パシパシと写真を写していた。


(ここまでは何事もなく順調に来れたが……こいつも直下に入られたのに、何も反応しないんだな)


 藤堂は、双眼鏡を外し、裸眼で改めて見る。ギガヘキサ人は自分の船に相当自信を持っているとみた。確かにこんなデカブツに、巡航ミサイルや対艦ミサイル、対空ミサイルを叩きこんでも、蚊ほども通用しないだろうと一目見て予想できる。


「副長、そろそろテストパターンを映して、動画……アニメだな、アレを流せる準備をしよう」

「了解」


 副長の命令、そして命令の復唱が木霊する。その後、今度はこの暗がりで、きれいに、そして鮮やかにテストパターンが投影される。


「よし、上々だな。あとは命令を待つだけか……」


動画を映写するのは花火大会が終わってから。藤堂はしばしギガヘキサを屋根にして、コーヒーを一杯。

乗組員は甲板でしばしの花火大会を楽しんでいる。テレビには、臨時マストから見た花火大会が映し出されていた。


………………………………………………………


「花火大会が始まったようだな」


 東京での仕事を終えた白木が急ぎ館山に駆けつけた。

 白木は新見とともに、ここ2日かけて各国の動向を情報収集、分析していたのだ。そして三島を通じて外務省各局に『各国要人と会うときは、「ただ作戦の内容と事実だけを言え」「理解を求めるな」「言ったらとっとと帰って来い」』ということを厳命させていた。

 これで各国がどう動くか見ようという腹だ。


 そしてさっそく数カ国が動いた。

 米国は日米安保を理由に、相模湾一帯に在日米海兵隊を展開。そして第7艦隊から発艦した哨戒機、早期警戒機などの情報収集系航空機を飛ばし、その様子を静観していた。

 中国とロシアも「海洋調査船」と称する情報収集艦を太平洋側へ展開し、様子見の状態である。おそらく多数の原子力潜水艦も展開させているだろう。海自の方でも、数隻その存在を確認し、追跡中である。

 そして、新見達の目論見通り、日本を安保理にかける話もうやむやになってしまったようだ。

 安保理阻止はとりあえず成功させた。とりあえずだが、時間は稼げた。


「さて、これでデカブツさんが、何か反応してくれたら、こりゃ見ものになるぞ」


 白木が「仕込みは上々」とばかりのニヤついた笑顔を見せる。


「しかし何もおきなかったら、世紀のズッコケだよなぁ」


 と柏木。それでなくてもアニメが心配である。


「まぁ、そん時はそん時よ」


 と柏木の肩をパンパンと叩く。

 大見は、現場で色々と指示をしているようで、大見自身も久留米三佐と何かやりとりをしている。忙しそうだ。


「柏木さん?」


 背後で呼びかけられ、「ん?」と振り向くと、そこにはテレビで見た有名人が立っていた。


「に、二藤部総理!」


 柏木はバッと椅子から立ち上がり、一礼する。白木も同じく慣れた感じで一礼する。


「初めまして。二藤部です」

「こ、こちらこそ。お会いできて光栄です」


 二人は握手を交わす。


「ははは、貴方がこちらにいらっしゃるということで、一言お礼を言いたくて急いでやってきました」

「お、お礼?」

「えぇ、この作戦のことですよ……本当にあの時の国連総会では正直手詰まりでしてね、どうしたものかと悩んでいたんですよ。で、そこに飛び込んできたのがこの作戦の話でしょう? 最初はあまりに荒唐無稽な話なので、みんな狂ってしまったのかと思いましたが、三島先生が「いける」とおっしゃるので、私も乗ってみることにしました。 まぁ、あの時はほとんどヤケクソでしたけどね」

「や、やけくそですか……ハハハ」

「でも効果覿面でしたよ、確かに荒唐無稽でしたが、他国もこれといって打つ手がない。そこへ理屈の通ったアイディアが出てきたわけですから、とりあえず様子を見てみようという感じだったんでしょうね」

「なるほど……」


 国際政治とは、ある意味この程度のものである。その最たる見本のようなものが中韓関係だろう。

 どう考えても、科学的に見ても無理のある荒唐無稽なホラ話が、政治カードとして、さも立派に通用する。そういう点では、荒唐無稽なこの作戦と大して変わらないのだ。しかし今、この作戦は実行に移されている。もうこの時点で荒唐無稽な話ではない。これで結果が出れば日本的には巨大な政治カードを手にすることになる。

 ここが相手の弱みに付け込んだイメージ戦略しかできないホラ政策と違うところである。


「柏木さん、そろそろですね。私もここで拝見しますよ」


 二藤部が柏木の横に座る。

 柏木は余計にあのアニメの事が心配になってきた。



「自治体の花火イベント、終了したようです」


 WACが状況を報告する。


「いずも、作戦動画再生開始命令を待っています」


 女性海上自衛官(WAVE)が判断を求める。

 そして、加藤海将が、「よし、再生開始」と命を下す。


 本部のモニターに臨時マストからの映像が映し出される。

 テストパターンから、暗転。再生が始まった。


 きらびやかな音楽がなり、『ぽよ~ん』だの『ぴょ~ん』だのとそれらしい音と音楽が鳴る。別に相手に聞こえやしないのに大層なものである。

 そしてディフォルメされた女の子や、山代のデザイナーが考えた宇宙人らしき女の子が出てきて、星をまといながら空を飛んだり土星をくるくるまわったりと、パースを変え、アップズームを多用して音楽に乗り画面を舞う……まぁいわゆるオープニングのようなものなんだろう……そんな絵が延々5分ほど続く。


 柏木は恥ずかしいやらなんやらで、画面を見ずにそっぽをむいていた。


 しかし、聞こえてきた次のシーンの音楽は、柏木の頭の中にあったロングバージョンとは違ったものであった…………おごそかな雅楽の音である。


「え?……」


 柏木は、バッと振り向く。


 その音楽に乗って、巫女の格好の女の子が、アニメ声で日本の成り立ちを説明している動画が流れる。

 見事な作画で描かれた伊勢神宮や出雲大社。その神木に光が降りそそぎ、木々の狭間からさす光が綺麗に表現される。


 そして宇宙人の女の子と日本人の女の子が山代アニメーションのご当地でもある京都、嵯峨野の竹林を楽しそうに散策したり、温泉につかったりと、日本中の名所旧跡をディフォルメされたベビーヘキサに乗って旅するような映像が楽しげに描かれる。


 春夏秋冬、春は花の咲き乱れる高原で花輪を作り、夏は海で磯遊び、秋は山々に燃えるような紅葉に驚き、冬は雪積もる合掌造りな家屋の中で囲炉裏を囲んで鍋をつつく。


 そして、秋葉原で宇宙人にコスプレをさせ、サブカルチャーを紹介するシーンが流れると、


(い、いや、ソレはいらんだろ……)


 と柏木に思わせ、東京でもんじゃ焼きを食べ、大阪でたこ焼きをほお張り、名古屋でミソカツ、福岡でラーメン……と日本の大都市の上をディフォルメされたベビーヘキサが行く。


 ……そんな楽しげな日本人の女の子と宇宙人女の子の日本漫遊記な情景を、見事な作画と音楽、音声、キャラクターで表現されていた。


「素晴らしいアニメじゃないですか」


 と二藤部。


「こりゃやられた……完敗だ……美しい日本……というやつですか、総理?」

「それを言われるとつらいですが……」


 と頭を掻く二藤部。


 結局、試写でみせられたロングバージョンもダミーだったのだ。柏木はまんまと一杯食わされたと思うとともに、さすが山代アニメーションだと感心しきりになる。そりゃそうだ。ダミーを作ってまでコレである。屍にもなるだろうと思う。


『ウチのスタッフもさ、ただ相手に説明するだけのアニメじゃなくてさ、宇宙人さんにも見てほしいのよ』


 畠中のこの言葉の意味がやっとわかった。

 柏木はつくづく、自分はまだまだ未熟だと思った。


 そしてアニメは電波通信説明のシーンに入る。学者のような女の子が、ビン底メガネをかけ、大きい指のついた指示棒で宇宙人に色々教えているようなアニメであった。

 ここには実写も使われ、無線設備で使用される部品の構造や材料の説明、日本人が10進法を使用していることの解説など、ここは素人では説明できないような難しいことを、学者監修のもと、可愛らしく描かれていた。


 そして、ソレと同じものが、「いずも」にも使われていることが説明されており、「いずものこの場所を例の光線で調べろ」というような表現がされていた。 


 そして、「その電波が、貴方たちのシールドで弾かれている」という表現の描写がされる。大きなパラボラアンテナを持った女の子が、ジグザグ電波を出しながら、ディフォルメされたギガヘキサのシールドで弾かれて、大きな涙をほっぺにくっつけているような動画である。







……そして最後は、夕富士に日本の旗がはためく様なエンディングで終わる……と思ったら、入れなくてもいいのにスタッフロールまで入る。


(やっぱ売る気だろこいつら……)


 そう思うと、どこかで見たスーツを着たディフォルメ男性キャラが、ベビーヘキサに「ブシッ」という効果音で名刺を突っ込んでるところで終わりとなる。

 つまり、「コイツが作ったから、文句があるならコイツに言え」ってなものである。

 そのシーンで、本部内に大きな笑いが起こり、やんやの拍手が鳴る。

 しかし柏木は、


(その事、機密事項じゃなかったのかよぉ……)


 役所の誰かが調子に乗ってやったのだろう。柏木は、やんやの拍手のなかで、一人ガクっとなっていた。


 本部の自衛官や、役人が、アニメが終わると同時に次々柏木に握手を求めてきた。

 そして二藤部も


「いやぁいい作品でしたね」

「えぇ、確かに、日本という国がどういう国かよく表現されていたと思います。それにあのクオリティですからね、スタッフも相当なものだったと思いますよ、しかし……」

「しかし、何です?」


 ここで柏木は、(自分はやっぱりプロデューサーには向いていないのかもしれません)と言い掛けたがやめた。

 結局、目先の目的のみ考えてしまい、作る側の思いがわかってやれなかった自分が少し情けなかったのだ。

 しかも畠中に堂々と「わかりません」などと言ってしまった。機会があれば謝りたいとも思った。

 そしてスタッフに賛辞を言いたいとも思った。

 結局、ギガヘキサ人に「コミュニケーションの取り方」以前に、「日本人と日本国という物は何か」という事まで教えてしまった山代アニメーションのスタッフに教えられた気がした。

 コミュニケーション手段を教えるのも確かに大事だが、もっと大事な「我々は誰か?」をスタッフ達はわかっていたのだ。


「え?……えぇ、いや、これでギガヘキサにいる連中にわかってもらえるかどうかです。勝負はそこですから」

「確かに……」


 白木が無言で柏木の肩をポンポンポンと叩くそして肩をぐっとつかみ、前後に振る。


 鬼と出るか、蛇と出るか、柏木、二藤部、白木はモニターをにらみつけた。




 ……5分


 …………10分


 ………………15分


 ……………………20分


 …………………………25分


「んー」


 唸る柏木


「まだ30分だ」


 焦るなという白木


「大丈夫だ柏木」


 という大見も心穏やかではない


「……」


 無言で語らぬ二藤部


 刹那、WAVEの甲高い報告が本部をつんざく


「ギガヘキサに動きあり!」



 ギガヘキサの鏡面外壁に張り巡らされた無数のスリットが、カっと青く赤く光り出し、そのスリットに無数の白光する光がキュンキュンと走り出す。

 もう消防庁の探照灯など役に立たない。ギガヘキサの何かが活性化した。

 空中に浮く巨大な超神秘的光景が、館山からもはっきりと見て取れた。


 本部のあちこちでガタガタとパイプ椅子から立ち上がる音がする。柏木もその音のひとつに混ざった。


 そして……


 バシュっとギガヘキサから「いずも」に例の光線が扇状に浴びせられる。しかもその浴びせた場所は、アニメでキャラが指摘したブリッジだった。


 「いよっしゃぁぁぁぁ!」「通じた!通じたぞ!」「きゃぁぁぁぁ!」「うらぁあ!」


 そこらじゅうで歓喜の声が上がる。

 柏木も白木や二藤部と満面の笑みで握手を交わす。大見も飛び掛るように柏木に抱きついてきた。


 ギガヘキサはやたら入念にいずもを調べていた。 光線を右へ左へ上へ下へ、ここまで時間をかけるのも今までデータにない。



 ……しかし……


「あ、あの……柏木交渉官……」

「は、はい?」


 柏木に声をかけたのは、気象庁から派遣されていた担当者だった。


「い、今、ふと思ったのですが……あのギガヘキサのシールドの中……空気、ありますよね?」

「え?なんでそんな事を?」


 横で聞いていた白木や大見、二藤部がその言葉に訝しがる。


「い、いや空気ぐらい…………え?………あー……………ああああっ!そうかっ!しまったぁぁ!」


 その柏木の叫び声に、本部内の歓喜が一瞬石化する。


「加藤さん!直ちに、いずもへ全速でその海域から離脱するように命令してくださいっ!」

「ど、どうした、柏木君!」

「ギガヘキサのシールドの中、真空かもしれません!今までのデータから見て、宇宙から一度もシールドを消した気配がないでしょっ!」

「そ……そうかっ!しまったっ……盲点だ!……い、いやしかし、ベビーヘキサを回収したときにシールドをあけたのでは?!」

「そんなものアテになりませんよっ!同じ性質のシールド同士なら反発しないシステムになってるかもしれないです!」


 なんだなんだと本部内がざわつく。

 その中を加藤はWAVEを押しのけ、通信マイクにしがみつく。


「いずも応答しろ!藤堂一佐!例の光線はどうだっ!」

『は、はい……今さっき照射を終えたようです……海将、ど、どうしたんですか?』

「詳しく説明してる暇はない!ギガヘキサがシールドをいきなり解除したら、瞬間的に超ド級の気圧変化がその船を襲うかもしれん!すまん!こっちのミスだ!直ちに全速でその海域を離脱しろっ!」

『り、了解!』


 加藤の言うとおりである。ギガヘキサは、宇宙から一度もシールドを解除した気配がない。そのシールドの有効半径がいくらかはわからないが、それでも全長10キロ、全高600メートルの正6角形体を囲むシールドである。しかも音の波も通さない。地球の物理兵器はすべて無効。核兵器も通じない。つまり核爆発の衝撃波すら通じないかもしれないシールドである。おまけに宇宙航行中はスペースデブリからも船体を守らなければならない。


 そんなシールドの中が真空で、それをいきなり消したとなれば……まったく想像だにしない超ド級の気圧変化が発生する恐れがある。どんなものなのか?まったく想像がつかない。下手をしたらサーモバリック爆弾級の気圧の変化が起こるかもしれない。そうなればいずも乗員全員、内臓破裂で全滅だ。



 ミスとは人間の常識という概念がもたらす弊害である。ミスというものの、そのほとんどの原因が「常識」である。

 柏木達は、電波や音が伝わらないという考え方に行き着いたのはいいが、「ではその中はどうなっているんだ?」という考えに行き着かなかった。これも初めてギガヘキサに宇宙で遭遇したときまで遡ればその原因がわかる。その原因は、「シールド」という物の存在を認知できなかった。それだけのことである。シールドの存在を確認できたのは、彼らが地球に降りてきてからである。

 「地球にいれば、空気があるから、どこでも空気があるだろう」という意識すらしない常識が、こういうミスを引き起こした。しかし、奇しくもこの事実によって、彼らのシールドは、現状音も通さないことが解ってしまった。簡単な話である。真空中では音は伝わらない。ベビーヘキサはどうであったか解らないが、少なくとも今のギガヘキサには音は伝わらないのである。



 そして不安は的中した。


 日が落ちてから多くなってきた雲。 

 ギガヘキサの上空に覆いかぶさろうとしていた雲海がその頂点からギガヘキサに向けて勢いよく、どんどん吸い込まれていく。そしてシールド有効半径を満たすように雲がギガヘキサを覆っていく。


 ギガヘキサがシールドを解除し始めたのだ。


 と同時に、ギガヘキサ底部の海面も波が唸り始める。海面上昇の兆候だ。まるで強力な台風の時の危険な高波状態である。

 ギガヘキサは、上部と底部から、徐々にシールドを解除し始めた。

 いきなり解除しないということは、彼らもそれを解っているのだろうか?もし解っているなら、底部も同時に解除したのは、システム上仕方のないことなのかもしれない。


 普通なら、諸手を挙げて歓喜したい状況だが、そうはいかなくなった。



……………………………………………



 藤堂はその突如起こった気候変動に狼狽した。

 沖の方はどうともない。このギガヘキサ直下のみで起こっているのだ。

 大きくうねる波に体がとられる。船もまともに進んでいるとはいえない。なんせこのいずもは艤装途中だ。今時作戦に、かなりデッチあげて装備を施している部分もある。まさかのこんな事態を想定してまで造ってはいない。


 ブリッジの藤堂は、体を必死で支えつつ窓の外に目を凝らした。

 するとギガヘキサの中心底部からゆっくりと波紋が消えるように空間が揺らいでいく。

 そして大気がギガヘキサの波紋の中心部へ吸い上げられていくような情景が見えた。


「そうか!そういうことかっ!」


 藤堂は加藤の『説明してる暇』のない理由を理解した。

 そして乗組員に、とにかく体を固定するように指示を出す。

 半完成品とはいえ、いずもは巨艦だ。なんとかなると信じたいが、こんな状況は予想もしていない。

 しかし艦内からは次々と被害の報告が入る。負傷者も少なからず出ているようだ。


「艦長!あれを!」


 副長の指差す先を見る。テレビに臨時マストの通用路で、船の揺れと風に立ち往生しているレポーターが映っていた。そしてカメラマンが必死に何か叫んでいる。


「あのバカッ!こんな状況でまだあんなとこにいやがったのかっ!」

「自分が行きます!」

「お、おい!副長!」


 副長が脱兎してブリッジを飛び出す。

 そして臨時マストの梯子を風と揺れに耐えながら急ぎ、かつ着実に必死の形相で登る。



「きゃぁぁぁぁぁ!」


 アトラクションの巨大ブランコのように揺れるマストで、レポーターは風と潮に煽られ、へたり込むことも出来ず、立っているのもやっとだった。普通の女性の体力であればもう限界である。


「早くこっちに来るんだ!」


 カメラマンが必死に叫んでいる


「いけないよぉーー!」


 レポーターはもう限界だ。このままでは足をはずし、甲板か海の中へ真っ逆さまだ。

 揺れ、風、潮は容赦なく彼女を襲う……そして彼女は足を滑らせた。


「あっ!……」


 彼女はギガヘキサの底を仰ぎ見る。何が起こったのか理解できない。握ったマイクが先に甲板へ吸い込まれる……


 その時、足首に猛烈な圧迫感を彼女は感じる。


「捕まえたっ!」


 副長が体をロープでどこかに繋ぎ、滑り込むように彼女の足首を両手で掴みあげていた。

 背後では、カメラマンがカメラを投げ捨て、副長のロープを必死で掴み、支えていた。


 通用路の手すりに折りたたまれるように落ちかけたレポーターを、手荒く起こし、引き上げる。そしてマストの支柱付近まで引きずり、カメラマンとレポーター、そして自分をロープで縛り上げた。もはやブリッジに降りる手立ては無い。 ここでやりすごすしかないと判断した。

          ・

          ・

          ・

          ・

          ・

 そして地獄のような時間が過ぎた……


「か……各部報告!」


 次々と被害報告が届く。負傷者も多いが、しかし幸いなことに致命的な被害はないようだ。 よくもってくれたと藤堂は「いずも」に感謝する。


 しかし……


『重傷者1!頭部骨折、意識不明!搬送の要あり!』

「クソッ!」


 藤堂はブリッジの壁をドン!と叩く。


 ブリッジから甲板を見ると、タンカに乗せられた血まみれの乗組員が一人、搬送されて出てきた。

 随伴者は、無線で何かを叫んでいる。無論、救護のヘリを要請しているのだ。 


 藤堂も苦い顔をしながら、ブリッジを出て、階段を駆け下り、負傷者の下へ走る。

 その瞬間のことだった。



「なっ!……」



 藤堂の目前で、ビカっと光る光柱が、一本…二本…三本……合計七本立ち上った……かと思うと、見たこともない異形の存在が、甲板上に姿をあらわした。



………………………………………………………



 館山の追跡本部で、いずもの外部カメラを見ていた柏木達は、その映像に戦慄した。

 カメラから目標の距離が遠く、はっきりと確認できない。

 7本の光柱がランダムに輝いたかと思うと、水色2、桃色2、黒1、黄緑1、白1といったカラーを持つ人型の存在が現れた、

 その存在は、何かを確認するような仕草の後、後ろに控え、狼狽しているようにも見える藤堂に目もくれず、まっすぐに負傷者の方に向かって走っていく。


「ズームは無理なのか!」


 久留米が指示する。

 WACが遠隔で機器を操作する。


「これが限界です!」


 その拡大した映像には、はっきりとはわからないが、先ほどの色は、服装ではなく、彼らの頭部、しかも肌の色を含む頭部ではないかと思われた。

 その存在は、彼らを見て、腰を抜かす負傷者随伴員に腰を低くし、ゆっくり近づき、何かジェスチャーをしている。

 随伴員も、何かに納得したかのように我を取り戻し、恐る恐る彼らに近づいていく。

 片や、他のその存在は、負傷者の周りを囲み、何か機材のようなものを取り出し、負傷者の体をまさぐるような動作を見せている。


 そしてしばらくして、後ろから恐る恐る藤堂が近づいて、彼らと何かジェスチャーで意思の疎通を試みているかのようであった。


「い……異星人……ギガ……ヘキサ人か……?」


 柏木が漏らす。

 異星人とおぼしき存在と、負傷者随伴員は、その血まみれの負傷者を囲み、随伴員は彼ら異星人の所作を見守っていた。


 すると……


 先ほどまで血まみれで、ピクリとも動かなかった負傷者が、のっそり起き上がり、しかも頭を抱え振りながら……担架から起き上がったではないか。


「おいおいおい、マジかよ、こいつ頭割って意識不明だったんじゃないのか!?」


 白木が驚愕する。


 周囲の随伴員は、負傷者の体を叩き、喜んでいるようである。そして遠巻きに見ていたのだろう、周囲から乗組員が恐る恐るも大勢集まってきて、彼らと何かコミニュケーションをとろうと試みているようだった。そして藤堂が敬礼をし、後から副長とレポーター、カメラマンも集まってきていた。カメラマンは業務用撮影カメラが壊れたのだろう、スマートフォンか携帯電話らしきもので、その一部始終を撮影しているようであった。


「異星人が、いずもの乗組員を治療したのか?」

 

 大見が頭に手を当てて驚愕している。


「どうやら……そうらしいな……」


 柏木がモニターを凝視したまま答える。


 あまりの戦慄した出来事、本部内にしばし、いや、それ以上の沈黙が走る。

 ギガヘキサのシールドが解かれたと思われた途端の出来事である。イレギュラーもイレギュラー、完璧な想定外である……そして……


「おい、柏木、何してる……」


 白木がモニターを凝視していた柏木の肩をグイと引き、顔を見据える。


「今がチャンスじゃねーのか? お客さん、向こうから出てきてくださったんだ、やれよ」


 そう言うと、横においてあったマイクを取って、柏木に渡す。


「おめー、交渉官だろ、ん?」


 そういうと、白木はニヤリと笑う。

 大見も首を縦に振る。

 二藤部も柏木の肩を取る。


 部屋を見渡すと、全員柏木の方を見据え、首を縦に頷く。

 WACとWAVEが、柏木の目を見据え、ヘッドセットを装着し、機器の操作を始める。


 加藤がやってきて、柏木の耳元で、


「柏木君、早くしないとマズイぞ……中国とロシアの海洋調査…いや、情報収集艦が全周波でギガヘキサに何かメッセージを発信し始めている……」


「火事場泥棒みたいなマネしやがって……」


 柏木の目が据わる。

 柏木はギガヘキサの映る大型モニターの前に立ち、マイクを構えた……





 日本国内のすべてのテレビ・ラジオ放送が番組--といってもギガヘキサ関連の報道番組ばかりだが--に、緊急速報が入る。


『ただ今、総務省より、総務大臣令として、放送法六十五条に基づき、放送要請が行われました。この放送要請は、本来、日本放送協会に対してのみ適用されるものですが、今「天戸作戦」実施期間中に限り、日本国内に存在する全放送事業者に適用されます……ただ今より、ギガヘキサに存在する文明人に対してのメッセージを送信します』


日本中のテレビが、館山に固定されたギガヘキサを望む定点カメラの映像に切り替わる。そしてラジオには沈黙が走る。


 そして柏木の声が、全放送業者、アマチュア無線の電波に乗り、ギガヘキサへ発信される。




『はるか彼方からやってきた異星のみなさん、地球、そして日本へようこそいらっしゃいました。私たち日本国民は、みなさんを歓迎いたします。

 そして、あなたがたがシールドを解除したとき、不幸な事故ではありましたが、私たちの同胞を、死地より救出していただき、大変感謝いたします。

 みなさんと初めて接触した我々地球人、そして日本人は、この星が始まって以来の他の星からの知的生命体の来訪という、かつて経験したことのない体験に驚きました。

 しかし日が経つにつれ、あなた方が我々の敵ではなく、むしろ我々と交流を望むお客様ではないかと感じ、このたび、あなた方に我々の思いを乗せた映像を見せるといった方法で、我々の国を知っていただき、そして我々と話す方法をお教えさせていただきました。

 異星の友人のみなさん、どうか我々日本人の言葉に答えていただきたい。お願いします』



 柏木は、なるべくわかりやすい日本語で、彼らに対する交流のメッセージを電波に乗せた。

 難しい言葉はできる限り排除した。情緒的な表現もなるべく排除した。

 彼らほどの文明だ、おそらく我々の科学力では想像だにしない翻訳を行うシステムもあるだろう。そう考え、なるべくわかりやすく伝えられる日本語にしてメッセージを送った。


 そして、今の言葉は、第一声は柏木自身の肉声であるが、2回目以降は録音して流されている。


「ふ~い、どうかな?」


 柏木が汗をぬぐい、その場にあったパイプ椅子に座り込む。

 本部内のスタッフ全員が柏木に小さく拍手する。彼らの返信を拾うために、大きな音は立てられないのだ。

 WACが「お疲れ様でした」とコーヒーを持ってきてくれる。


「おう、上出来だ。解りやすかった」


 大見が応じる。


 いずもでは、彼らはまた光に包まれ、ギガヘキサに帰っていったらしい。帰還した原因は、在日米軍海兵隊のヘリが先に負傷兵アリの無線を傍受し、いずもに接近してきたのだが、そのヘリが軽機関銃を構えて接近してきたそうで、それを見たギガヘキサ人は警戒し、乗務員に手を振り光の中に消えていったという。


「米軍のバカが……せっかくの状況をブチ壊しやがって」

 

 白木が怒りを露にする。


「しかし……光とともに現れ、消えるということは……彼ら、あの24世紀の世界みたいに、転送装置みたいなものを持っているということか?」


 柏木が熱いコーヒーをすすりながら話す。


「そういうことだろうな、まったく信じられん奴らだ」


 そんな雑談をしていると、WACが大きな声で叫ぶ


「みなさん関東放送が、何か電波を拾ったと連絡が入りました!」

「何っ!コッチに回せ!」


 大見が叫ぶ。

 関東放送とは、関東一円をカバーするローカル放送局である。そこの放送受信施設で何らかの電波を受信したという連絡が入った。


「なぜ関東放送なんだ?」

 

 スタッフの一人が聞く


「そんなのたまたまに決まってるじゃないですか、彼らは日本の放送施設の周波数なんて知らないんですから」


 WACの一人が答える。


「よし、中継くるぞ」


 久留米が館内放送に繋げるスイッチを押す。




『…………!”#%&$#”……さン……ヤルマ……ティア…のみナサん』



 女性とも男性ともつかない音声が館内すべてのスピーカーから流れる。


「に、日本語だ!……おい、この電波の発信源は!」


 久留米が叫ぶ


「上空を哨戒している空自E-767の情報ですと、大島周辺、ギガヘキサからに間違いないそうです!」

「うっしゃぁぁ!」「よしっ!」


 スタッフが腰に握りこぶしを作る。


 しかし、イマイチ何を言っているのかはっきりしない。

 だが、何回も繰り返される日本語交じりの意味不明なメッセージは、回数を重ねるごとに段々とクリアになっていく

 しかし柏木は「あせるな」とみんなに言う。


「しかし、音も電波も通らなかったのに、なぜ日本語のデータベースが彼らにあるんだ?」

 

 久留米が当然の疑問を柏木に問いかける。


「それは何ともいえませんが、考えられるのはベビーヘキサでしょう。どういう方法かは解りませんが、今思えば言語も含めた色んな情報を収集していたのかも。そして得た言語情報で彼らの翻訳に関する高度なシステムかなにかが、最適な言葉を選んでる真っ最中なんでしょう、とにかく今は聞きましょう」




『……ヤルマ……ニホンコクノ……みなさん、ワタしたちは・テェルク$%’ギンガ星カんレンゴ・・ウカラ…きまシタ……みなさンの…メセジ…たい変ウレしく…お・も・イマす』




 おおおおー!と本部内から歓声が上がる。書類を巻き上げての大騒ぎだ。

 そこらじゅうでスタッフが握手に抱き合い、ネックブリーカーをしている。


 柏木もスタッフからもみくちゃにされていた。その中で白木と大見は柏木に蹴りを入れている。手荒い祝福だ。


「これはすごいですね!」

 

 二藤部も興奮気味だ。しかも相手は、「地球人」や「地球世界」ではなく、日本語で「日本国のみなさん」と語っている。




『ワタしタチ・・ノ・ふちゅう意で、メイわくヲ・・ヲカケたようです・・・モウシわけ・・・ナイ』

『ワタシ…たチは、ニホンこクの・・ダイひょうト、オハナシ…したい…デス』

『ワタシタチは・・・イマか・ラ・・上リク・・・・シマす・・・』

『バショ・・・シメします・・・ソコで・・オハナし・・・・お会イ・・シマショ・・う』




「……!!!何!上陸する……だって!」

「えぇぇ!本当かよ!どこだ!?」

「い、いえ……どこっていわれても……」


 この『上陸する』という言葉に、本部内は狼狽しまくりである。

 場所を指定するといわれてもどうやって……と。

 彼らが地球の座標を知るわけないし……と。


 すると、大見が窓を開けて、指をさす。


「お、おい、アレのことじゃないか!?」


 大見の指差す方向を見ると、ギガヘキサが、ある方向に向けて、一直線にビーム……というよりも、強力な指向性光線を放っていた。


「おい、あの方角はどこになる」


 陸自スタッフが、簡易観測をし、机にある物をなぎ払ってバサっと地図を広げ、コンパス片手に計測する。

 陸自ヘリに、高度を上げて、正確な光線照射方向を報告させる。そして光線の上下角をしらべる。

 するとそこは……



 『羽田空港』



「間違いないな」


 久留米が陸自スタッフの目を見て確認する。全員YESだ。

 そこに通信担当WACが割って入り、


「三佐、行くなら早くしたほうがいいです。今、空自からの報告で、米軍もあの放送を傍受していたみたいで、太平洋上の強襲揚陸艦で待機していた海兵隊のヘリが羽田に向かって飛んだと連絡が……」

「クソっ!あいつら、余計な事ばかりしやがって……」


 日米安全保障条約である。米軍は日本が有事の際は、条約上、日本国領土を事実上自由に展開できる事になっている。現在、ギガヘキサが日本に鎮座したばかりの頃の安保発動が効力を発揮していて、関東一円に在日米軍が展開しているのだ。


「でも久留米さん、米軍が先に行っても特に問題がないんじゃ……」


 スタッフの一人が尋ねる。しかし白木が否定する。


「理屈じゃそうだが、アイツら脳ミソが筋肉でバカだから、ギガヘキサ人さん相手に、銃を構えながら『コニチワ、イラッシャイマセ』ってやるに決まってる。100パーセントやるな……こっちがせっかくお友達になりましょうって言ってるのに、それじゃ話にならんだろ」

「あ、なるほど……」

「よく考えてみろ、ハリウッド映画で米軍が、ワープしてくるような宇宙人相手に負けた映画があったか?あいつらの脳ミソはその程度なんだよ」


 二藤部が横で白木の説明に苦笑いしている。

 

「ということです、総理、早いほうがいいです。漁港にヘリを3機待たせてあります。それで羽田に急ぎましょう」

 

 久留米が二藤部を即す。


「わかりました。これもここにいて良かったという事でしょう、急ぎましょう」


 二藤部はそう言って頷くと、すぐに支度に入る。


「柏木、お前も行け」


 白木が促す。


「え?俺も?」

「ったりめーだ!名刺ブッ刺して、今さっき御大層な能書きたれたばかりだろう、お前が行かなくてどーすんだよ、政府特務交渉官様だろおめーわ、血税日給27000円分働け」


 と、「はよ行け」とばかりに柏木のケツを蹴る。


「わーったわかった、あーこりゃもう大変だな」 

「俺も行くから心配すんな、あ、久留米三佐、大見も借りていきます」

「わかった」


 そういうと久留米は大見を呼んで、肩を抱き、懐に隠し持っていた物を渡す


「一尉、もしもの時だ、これを持っていけ、総理達を頼むぞ。俺も行きたいが、加藤海将といっしょに指揮を執らねばならん、ここを離れるわけにはいかんようだ。」


 久留米は大見に9ミリけん銃をサっと渡した。


「!……了解しました……」


 大見は素早く懐に拳銃を隠す。

 自衛隊員は、銃器を携帯できる任務時以外に銃器を携帯できない。自衛隊員の武器所持は、警察と違い色々と制約があるのだが、久留米は万が一のことを考え、警備名目で銃を持ち込んでいたのだ。普通なら責任問題になるかもしれない。しかし状況が状況だけに悠長なことも言っていられない。

 二藤部にSPも付くだろうが、それだけでは少々心もとないのも事実だ。



 二藤部や柏木達は、仮設の本部施設を早足で出る。


「はいどいて!どいてください!どけっつってんだろコラ!」


 警官が、ごったがえす観光客やマスコミ相手に怒号を飛ばし、柏木達の道を押し開ける。

 時間はもう夜中の12時近い。しかし誰も帰宅しようとしない。

 柏木達は早歩きで仮設ヘリポートに急ぐ。


 ヘリポートでは、陸上自衛隊のUH-1J、3機がいつでも飛び立てるようにローターを回して待機していた。

 柏木、白木、大見、二藤部とSP2人が同じヘリに乗る。


「よし!いってくれ!」


 大見が指示を出す。

 そしてヘリは羽田に向け、飛び立った。







 回転翼を轟かせ、全速で羽田に向かうUH-1J。

 しかし米海兵隊のUH-1YとVH-60Dが編隊を組んで追いついてきた。

 それを見ていた白木は、目をギョっとさせる。


「おい!ありゃナイトホークじゃねーか!」


 ローターの音がうるさいので、大声になるのは仕方ない。


「あ!本当だ!……ということは!」

 

 柏木も、その偏った知識に、白木が言う機体シルエットはあった。


「あぁ!まずいぞこりゃ! ありゃ要人用のヘリだ!」


 米海兵隊には、要人輸送用としてVH-60Dナイトホークという専用輸送ヘリを所有している。


「ということは!」

「あぁ!多分!国務省の連中が乗ってるに違いねぇ! この時を待ってやがったんだ!クソっ!本当に火事場泥棒だ!」


 そして大見も


「アレ見ろ!あのヘリも白木の言ったとおりだ!」


 UH-1Yは、軽機関銃を丸出しにしてナイトホークを守るように飛んでいる。しかしV-22オスプレイでなくて良かったと柏木は思った。アレで来られたらさすがにブッチぎられて先行されてしまうからだ。


「どうせアレだ!『Oh!ニホンノミナサン!ワタシタチモ、コウショウニ、キョウリョクシマース!』とか言って、したり顔でノコノコ来やがるつもりだ! 日本に火中の栗を拾わせて、自分は栗だけ食おうって腹だ!ムカつく野郎だぜ!」


 白木が歯軋りしてがなる。



 しかし、その時である。


 背後から聞いたこともない機械音を唸らせながら、大型の飛行物体が迫り来る。


「うぉあっ!ありゃなんだ!」


 白木が身を乗り出して上を見上げる。

 矢じりのような形状の、大きさはジャンボジェットぐらいあろうか、かなり大型の飛行物体が柏木達ヘリコプター編隊の真上を速度を合わせて飛行してきた。


「ギ、ギガヘキサから出てきたのか!」


 柏木もその形状と飛行システムに圧巻となる。しかもその飛行物体は、既存の噴射式推進システムで飛行しておらず、これほど接近してもヘリの飛行に障害が出ない。

 しかも、まるで彼ら自衛隊のヘリを判別しているかのように、自衛隊ヘリに速度を合わせ飛行してくれているかのようだ。


 向こうの海兵隊達は、その姿に呆然としている。

 その瞬間、なぜか海兵隊ヘリ3機が急に速度を落とした。


「おいおい!どうしたんだ!?」


 白木が「何が起こったんだ?」と口を尖らせて海兵ヘリを眼で追う。

 よくわからないが、海兵ヘリは、墜落寸前になり、海面スレスレで機体を何とか安定させ、危険と判断したのか、引き返していった。


(もしや!……)


 柏木は、その飛行物体をハッと見上げる。

 彼らが何かやったのかと。


(彼らは、俺達とだけ、話がしたいのか!?……いや、まさか……)


「お……大見一尉!」

「なんだ!?」

「こ……これを!!」


 パイロットは操縦桿から手を離してみせる。


「お、おい!何をやって……えぇっ!」


 操縦桿から手を離しても、機体は驚くほど安定して飛行している……というか、何かに操られている様だ。しかも……


「そ、速度が上がっています……勝手に!」

「こ、このUFOさんがやってるっていうのか!?」


 白木もさすがにここまでやられると、柏木と同じ推測をその頭で考えた。無論大見や二藤部も同じである。


そしてそのまま彼らはその飛行物体に引っ張られるように羽田へ向かって飛行した……



………………………………………………



 その矢じり型の大型飛行物体は、自衛隊UH-1Jの操縦をパイロットに返すと、その巨体をまるで大鷲のようにほぼその場でひるがえし、ゆっくりと羽田の滑走路へ、垂直に着陸した……いや、着陸という表現は不適切かもしれない。なぜなら、その飛行物体は降着装置のようなものを出さず、地上から数十センチほどの高さで、微動だにせず浮いていたからだ。


 遅れて柏木達UH-1Jが飛行物体より少し離れて、ローター音を響かせながら着陸する。

 そして、柏木は、ローター風に頭を抑え、腰をかがめながら飛び出し、小走りで飛行物体の方に近づき、そしてゆっくりと足を止める。


 後から二藤部、白木、大見、SPと続き、その大型物体と対峙する。

 他のヘリに乗っている陸自隊員は、大見がその場で待機を命じた。


 今、羽田は閉鎖されているが、この情報がマスコミに伝わったのか、上空にはマスコミのヘリが大挙して押し寄せていた。

 東京湾側には、おそらくマスコミのチャーターした船が、これもまた大挙して押し寄せる。

 そしてしばらくして、機動隊車両がサイレンを鳴らし、自衛隊の車両とともに、空港滑走路に大挙して押し寄せてきた。その中には、やはりマスコミも混ざっているようで、マイクを持った者や、カメラを担いだ者も見える。


 サーチライトを放ち、押し寄せようとする機動隊や自衛官に向かって、大見が「くるな!」と大きなジェスチャーで制し、その離れた場所に待機させた。

 そして大見は、その機動隊の一人を呼び、絶対にそれ以上近づかないように言い聞かせる。


 

 柏木は自分の服装をチェックし、ネクタイをクイとあげる。

 千里中央でのあの時を思い出していた。

 あの時は、なんか怒ってただけのような気もするが、今回はそういうわけにはいかない。

 この時のためにやってきた……というわけでもない。確かに成り行きでこうなってしまったという感も無きにしも非ずだが、すべてはあの時を起点にして、今、ここにいる。


 さすがに、いつものやさぐれた口調の白木も今回ばかりは無言である。いや、いつもふてぶてしい白木ですら緊張を隠せない。

 大見はいつでも9ミリけん銃を取り出せるように懐に手を置いている。SPも同じような感じだ。

 何かあればいつでも二藤部に飛びかかれるような体位である。


 二藤部も極めて平静を装っているが、彼も人間である。心中穏やかではないだろう。

 なんせそれこそ悪の宇宙人のような中国の連中や、愚かな国な半島の連中、おそロシアな眼光鋭いハゲを相手にするのとは違うのだ。

 米国は……まぁいいやととりあえず置いておく。


 

 そして運命の時。



 大型飛行物体のハッチらしきものが開く。しかしどういう開き方か、機構がわからない。不思議な開き方だ。

 そこから人影が降りてきた。


 一人……二人……三人…………計5人のようだ。


 しかし彼らは驚愕する……その容姿に……


 その中の二人は、肌が透き通ったような水色。そして一人は明るい緑色。一人は、まるでアクリル絵の具のような白。そして最後の一人は、パッションなピンクだ。

 

 ゴクリと生唾を飲み込む柏木達。


 彼らは、普通の人間のようにいたって普通に柏木達に近づいてきた。

 何か会話をしながら、いたって自然に。

 そして警官隊が照らすサーチライトでその姿を露にさらす。


 柏木は目を見張った!






 


 その容姿シルエットは、地球人と大差なかった。

 肌の色が、とにかく特徴的だ。そして何よりも特徴的なのは、彼らの頭髪だった。

 それはまるで……鳥の羽のよう……いや、鳥の羽そのものだ。

 風切羽のような髪に、後頭部にいくほど羽毛のような髪になる。

 そして髪自体に、それこそ地球の鳥類のような綺麗な模様が走る。

 しゃべるその歯を見ると、また特徴的である。人類のように複数の歯で構成されていないようだ。

 人類の歯のような歯並びではなく、歯のスリットがない。つまり言ってみれば、口内の歯並び全体で、1本の歯のようになっているみたいである。

 

 顔立ち自体は、地球人に近い。決して醜悪な顔立ちなどではない、それどころか醜悪という形容詞とは全く縁のないような端正な顔立ちである。それは、地球人の性的な嗜好というよりも、何か造形物のような端正さがあった。

 そして、眼前に対峙した彼らを見て、さらに驚いたのは、その『眼』だ。


 地球人のように白目と黒目にあたるようなものはあるが、彼らは白目の部分の真半分上が、個人によって違うが、蒼や赤、緑や銀のようなストライプに分かれ、黒目の部分が、その色と同化している。まるで全員潤んだ瞳のようで、なんとも幻想的である。


 柏木は、その体型を注視した。

 水色の一人と、緑は、人類的な男性体型であったが、あとの3人は、胸部が人類の女性のように2箇所突起し腰部がくびれ、臀部、つまりお尻が比較的大きく、つまるところ女性的である。胸のサイズは、さしずめBカップ前後といったところか。しかしどちらかというと痩せ型で、あえて例えるなら、スタイルの良い陸上選手的なイメージである。


 身長は比較的高そうで、男性型二人は、水色が170センチ、緑が180センチ程、女性型三人は、白が160センチ程、水色は……髪型が少々特殊なので、頭長高で165センチ程、ピンクが170センチ程に見えた。ちなみに柏木の身長は、172センチである。


 柏木は(もしや……)と思い、股間部を見た。

 思ったとおりであった。

 ゆったり目の服装をした男性型の方は、股間が多少盛り上がりがあるように見え、ピッタリなパンツを履いたような服装の女性型の方は、股間に服装がピッタリ密着している。


(彼らにも、男性と女性の性別があるのか?……)


 そして女性型の中でも、透き通ったような水色の肌をした女性型異星人は他の異星人と比して、さらに特徴的であった。


 髪は、前部の鳥の羽のような前髪が、見事に鳥が羽を広げたように肩幅まで広がり、そして肩甲骨のあたりにまで美しく柳の枝のように落ちる。

 顔には水色の肌に濃い藍色のアイシャドウを塗ったようなまぶた。触れば切れるような、横に切れ長な瞳。そして目の色と白目の上部ストライプは鮮やかな金色であった。決して、肝臓が悪い人に見られる黄疸色のような色ではない。

 唇は見事なピンク色をしており、その女性型のみ、他とは違う独特の存在感があった。


 柏木は正直その女性型に見とれてしまった。


 女性としての美しさというのも少なからずあるのだろうが、それ以前に何か物凄く品位のある造形物か、芸術的な彫像でも見ているような感覚に囚われた。


しかし、しばしの幻想も、水色男性型が動きを見せたため、仕事モードに頭を切り替える。

 

 彼らの代表と思わしき、水色男性型が二藤部の前に歩み出て、右手の掌を上に見せて差し出し、何かを語りだす。おそらく見た目に年長らしき二藤部が、彼らの代表と直感的に思ったのだろう。


『===]]][[[[&%##%&7}}}}===``@@@@@:::::***』


 まるで和音を奏でるような言語である。無論何を言っているのかわからない。しかし瞬間遅れて……


『ハジメましテ、やっとアナた方と、意思ノソツウがデキましタ』


 翻訳機のようである。素晴らしい翻訳精度であった。


『ワタしハ、ティエルクマスカ銀河セイカんキョウ和連合 トシ型たんさ艦『ヤルバーン』司令、兼、ゼンけん大使 ヴェルデオ・ばウルーサ・ヴェマ と申しマス』


 二藤部は、おそらくその上に掌を置くのだろうと察し、その上に掌を置くと、


「私は、この日本国、内閣総理大臣、二藤部新蔵と申します。この国、そして国民の代表です」


 ヴェルデオをと名乗るその者は、「この国と国民の代表」という言葉を聞いて、大層喜んでいるようだ。そして二藤部は、その手をぐいと握り、垂直にもどし、握手の形にする。


「ヴェルデオ大使閣下、これが地球、そしてわが国の友好の挨拶です。遠路はるばるようこそ地球へ、そして、この日本国へいらっしゃいました。わが国はあなた方の来訪を、心から歓迎いたします」


 そう言うと、ヴェルデオはとても嬉しそうにコクコクと頷いて、しばらくその手を握っていた。


 初めはどうなるかと生汗をかいて見ていた白木も、フゥと深呼吸をひとつ置き、安心した顔を見せる。

 大見やSPもその手を懐から外した。




「ん?」



 白木がふと気づく。

 白木は、それでなくても目立つこの連中の中でも、とりわけ目立つ別嬪な先の水色金色目の女性型をちらと見る……そしてその視線を追う……


 肘で柏木をつつき、小声で語る


「おい、柏木」

「え?あ?」

「あの水色金色目、さっきからお前のこと、ジーーーーっと見てるぞ」

「えぇ?」



 柏木は、もう一度、その水色金色目を見る……と、視線がバッチリ合ってしまう。


 水色金色目な女性型は、口をポっと半開きにし、満面の笑みで柏木に首を横にかしげ、挨拶をする。どうも彼女ら女性型の会釈のようである。

 柏木も思わず会釈して返す。

 すると、会釈してもらえたのが嬉しかったのか、その切れ長の瞳の、一見すると、近寄りがたい雰囲気の女性型の顔が更に豊かな笑みになった。

 


「?????」


 柏木は妙な感覚になった。


「おめー、あんな別嬪の宇宙人に知り合いいたのか?お前のコネも宇宙級だな」


 白木は冗談めかしに話す。


「はぁ?……んなのいるわけないだろ」

「でも、あの顔は、どう見てもお前のこと、知ってる顔だぞ」



「うーん……」


 それ以上の言葉が出ない柏木。





 人類史上初の異星知的生命体との接触。

 それは米国でもなく、ロシアでもなく、中国やEUでもなく……今、この時、ここ日本で行われた。


 機動隊の照らすサーチライトが、彼らを舞台で演じる役者の如く浮かび上がらせる。

 羽田空港という大きな舞台で、地球人……いや、日本人と、異星人が対峙した。







 二〇一云年 


 秋なのにまだやたらと暖かいその年、



 日本人と、異星人の交流が始まった……





-----   序章   終   ------




次章 『交流』へ……



 


この度は「銀河連合日本」を読んでくださりありがとうございます。


本作で序章は終了します。


次回投稿より、異星人と主人公達の交流をメインに描く

『交流』の章を執筆していきたいと思います。


初投稿よりまだ一ヶ月も経っていませんが、大変な評価を頂き、当方も驚いている次第です。

今後も、誠意執筆させていただき、また今の世の中の思うところ、事象などをもじりながら織り交ぜて書かせていただきたいと思います。


なお、年末も差し迫ってきまして、私も本業がちょっとばかり忙しくなってきた次第でありまして、若干更新が遅れる場合がありますが、平にご容赦いただきたく思います。


では、今後とも本作共々よろしくお願い申し上げます。





主要登場人物:


柏木かしわぎ 真人まさと

 元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官

 白木や大見の高校同期で友人


白木しらき 崇雄たかお

 日本国外務省 国際情報統括官組織 第一国際情報官室所属の情報官 いわゆる外務省所属の諜報員


大見おおみ たけし

 陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉 レンジャー資格所有者

 柏木・白木の高校同期で友人


久留米

 陸上自衛隊 三等陸佐 大見の直属上官 

 天戸作戦 陸上自衛隊派遣スタッフ

 -序-でのサバイバルゲーム大会へ、大見達部隊の参加を認めた人物。


藤堂とうどう 貞道さだみち

 海上自衛隊 一等海佐 臨時作戦艦「いずも」艦長


加藤

 海上自衛隊 海将 

 天戸作戦実行責任者


二藤部にとべ 新蔵しんぞう

 自由保守党総裁・内閣総理大臣。衆議院議員一般には保守系の憲法改憲論者として知られている。

 


山本・長谷部・下村

 警視庁公安部 外事第一課捜査官


畠中

 山代アニメーション株式会社 代表取締役社長


ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ

 ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』司令 兼 共和連合全権大使




水色金色目の女性型異星人

 柏木のことが気になる女性型異星人。

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― 新着の感想 ―
ヴォイジャー号でありましたか
天戸作戦にて大役を果たした「護衛艦いずも」は将来護衛艦としての役目を終えて除籍された後に記念艦として何処かで展示されそうである。
[気になる点] 中露は電子戦機とかでECMしてこなかったんだ
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