その8:正月銀連サスペンス?劇場 フェルさんの、全然怖くない都市伝説。
皆様、2023年 令和五年 ウサギ年 新年あけましておめでとうございます。
昨年はちょっと当方の事情で、このオマケ劇場モノをアップできませんでしたが、今年は復活でございます。
で、此度は昨年出せなかった分も含めて、本編並のボリュームとなっております故、ご堪能いただければ幸いでございます。
此度のテーマは、オカルト概念の全くないティ連人フェルさんの体験した、不思議なお話です。
実は後の月丘君達の活躍に重大に関わるテーマかもしれなかったりなかたり……
ということで、お楽しみ下しませ。
ではでは、今年も皆様、良いお年でありますようにお祈り申し上げます。
世間には、『神隠し』と呼ばれるオカルトに分類される現象がよくある。
よくある……っつっても、実際にあったかどうかなんてのはよくわからないわけで、まあはっきり言えば『怪談』のたぐいであって、所謂ゴシップなおとぎ話である。
昨今はそういう話も真実味を持たせるノンフィクション調の話として語られるのが現代っぽいゴシップオカルト話というやつで、それが疑似科学的な表現を使えば、『超常現象』なるものの類として現代社会では語られる。
所謂それを今風な言い方をすれば、『都市伝説』という言い方になるわけである。
『夜中のテレビで、あの有名なアニメの不思議な最終回をやってた』
『夜中に急にニュース速報が入って、未来の死亡者の一覧が出てた』
『あそこの自動販売機で、知らない元号の硬貨が、おつりで出てきた』
とかそんな話は枚挙にいとまがない。
んなアホな、と思うような笑える話や、ゾっとするような話など色々あるわけだが、まーその大体の話が、まぶっちゃけ作り話の『ウソ』……というわけではないが、実のところ実際にあった事実、事象、事由、事件を元ネタにした創作話で、それがインターネット時代の時流に乗った情報伝達の速さでミームとなり、そこにいろんな演出がおひれはひれ付けて、まことしやかに世間で語られる様になったりしているような、そんなモノなのである。
と、そんな話題、と言った方がいいのだろうか、実はこういう話はティ連人さんの大好物であったりする。
かつて、ラフカディオ・ハーンという人物が、『小泉八雲』として西洋にはない独特の世界観をもつ日本の怪談話に興味を持ったように、ティ連人はこの手の話を積極的に聴取し、また調査していたりする。
で、なぜにこんな話にティ連人の皆さん方は興味をお持ちなさるかというと、実はティ連人のそのほとんどの人々が、今現在、所謂、地球人的な発想の『オカルト』というものの感覚や概念がないためである。
そらもう別宇宙や精死病で並行世界にも行ってまうようなお方々やさかいだし、さらに言えばトーラル文明の科学技術を享受した、文明社会の究極を現在進行系で生活基盤にしているような人々が彼らであって、まあ言ってみれば世の中の、特に『次元時空間』に関わるような現象は、ほぼほぼ網羅しているのが彼らである。で、当のオカルト現象の、その半分以上を占めるベースとなる話は『時空間異常現象』に関する話であって、その筋の権威であるニーラ大先生曰く、その手の都市伝説話はおおよそ彼らの科学で説明がついてしまうような事ばかりなので、彼らがこういった『都市伝説』を調査する場合は、その話の内容もさることながら、『そういった現象が起こる実際の事由』つまり元ネタを探すことに力を注いでいたりする。
こういう経緯になったのも、つまるところ『ナヨクァラグヤ帝』こと、『ナヨ閣下』様の精死病がらみの顕現がきっかけであり、これが地球人的な感覚であれば完全にオカルトと理解されてしまいそうな現象だったりするので、この事件がきっかけで他にもティ連基準の自然科学現象……地球人から見れば超常現象の類も彼らの範疇で言えば、モノによっては普通に自然科学だったりするわけであるからして……といったようなこの手の『都市伝説』も、研究材料として積極的にヤルバーンは調査しているのであった。
そんな事があっての、二〇一云年のある日のこと。
柏木先生が、ティ連統括担当大臣で、フェルさんが副大臣であった頃から数えて幾日経ち、恙無くティ連外交艦隊がお引き上げ帰国して、柏木が後に日本国ティ連派遣連合議員の役職につき、フェルさんがティ連統括担当大臣になり、かの歴史に残る惑星サルカス戦争があった後の、幾分か月日も経った頃のお話……
* *
「うわぁぁぁああああ、やっぱこえーよ!」
『モグモグムシャムシャパリポリ』
テレビ見て、一人震え上がっている柏木先生。
同じく柏木の隣でテレビ見て、目を細めながらカー○おじさん・カレー味をムシャムシャ食ってるフェル大臣。
一体何のテレビを見てるかというと、衛星放送の映画チャンネルである。
あの『ビデオ見たら呪われて死ぬ』とかいう作品。
なんでこんな作品を政治家夫婦が寄り添って見てるかというと、昨今オカルト・ホラー映画に感化されたような輩が犯罪を起こす事件が増えてきて、その手の連中がなんともOGHのゼル施設を使って、猟奇的殺人の予行演習なんてのを画策してたというから国会でもちょっと問題になって、警視庁や、OGH関係者、ヤルバーンの自治部門でゼル施設の利用規制をどうするかとか、そんな問題を協議しなければならなくなったわけである。
そこで柏木先生は、委員会質疑の事前質問内容の件もあって、資料として昨今の有名所なその手のオカルト・ホラー作品なんぞを参考に鑑賞していたという次第。
だが、柏木先生は政治家、かつ、元一般人でありながらヂラールやガーグデーラなんかとドンパチやりあってるというサバゲーマニア由来の結構なツワモノのくせして、実はホラーモノはてんで苦手であった。所謂ビビリである。
だがフェルさんは横で眠そうな顔してカレー味の○ールおじさんを食べて、ビールなんぞを飲んでたりする。
「あー、もうダメだ。止める」
『良いのデスか? マサトサン。委員会の資料でしョ?』
「だってこえーもん。フェルはなんともないの?」
『とゆーか、これの一体何が怖いのかサッパリわかんないです。まぁ? 演出が気持チ悪イのは理解できますけど、だからどーシタデスかというかナントイウカ』
「え? あの黒髪の女がテレビから這い出てくるんだよ、で、呪いに来るとか」
『ソんな事をして、あのフリュは何が楽しいですかネ? てれびからはいでてくるという「芸」をしたらコワイという発想が、理解できませんデス。私はあのシーンがギャグかなと一番笑いましたでスよ。ドゥス(アホ)ちゃうカと』
ウヒャヒャと笑いながら話すフェル。
柏木はフェルと一緒に生活してて、まぁ特に不自由や種族文化の差異なんてのもそう感じることなく、至って普通に生活している自分達がいると思ってたわけだが、確かにこの手の話題や作品の話なんぞをすると、フェルが明らかにやっぱり種族も文化文明も違う異星人であると、改めて認識させられるトコロがある。
というか色々聞くに、フェルに限らずティ連人は、ホントにこの手のオカルト・ホラーに対して怖いと思ったことが微塵もないらしい。
『そりゃネ、マサトサン。あのオバチャンが人をノロイコロス? のですか? まぁそんな行為をしたり、他の作品でもオンネン? で人を殺めるというような演出は、キモチワルイとか、エゲツナイなぁとか、そういう感覚は持ちますデス。んでその世界観なんていうのは、ナンカ「逃げるところがない」っていうような物語になってマスけど、私達の科学使ったら、みーんな解決できるコトばかりですから、だからどーしたというかそんな感じで見ちゃうデスよ。モグモグ……あ、なくなっちゃっタ』
カ○ルおじさんの袋をフリフリ、カラの袋をクシャクシャにしてゴミ箱に捨てるフェル。
残りの缶ビールを飲み干して、ちょっとプハーする。
「はー、なるほどなぁ……こないだ多川さんも言ってたけど、シエさんとこの手の映画を一緒に見てたら、多川さんはメッチャビビってるのに、シエさんはケラケラ笑ってたって言ってたからなぁ……『怨霊トイウ精神生命体ハ、アホシカイナイノカ? ダーリン』とかなんとか」
『ンじゃ、逆ニ聞きまスけど、マサトサンは、アレの何がコワイのでスか?』
「え、いや、人を呪って、その怨念がね……」
と、一般的なあの手の映画がコワイところを説明する柏木だが、フムフムとフェルも真面目に柏木の話を聞くと、
『ナルホド、結局は死生観の違いデスか。私達の感覚だと、死んだら並行世界のより良い自分と融合するデスから、あんな未練たらしく人様の迷惑になるような無様なコトはしないですヨ』
と、根本的なところで感覚が違うわけなので、こんな感じなのである。
で、柏木がもしあの女が本当に出てくるようなシチュエーションになったらどうする? とか聞くと、
『時空移送爆弾使ったら瞬殺デス』
でもビデオ見たら心臓発作にどうあがいてもなるんだよ、というと、
『心臓発作なんて、ティ連じゃ病気のうちにも入らないデスよ』
まあ確かに、ティ連医学では地球人基準の『死』なんてのは、死亡の基準にすら入らないケースが多々あるわけなので、そう言われると身も蓋もない。
「んじゃ、ゼルルームで、このビデオが再現されちゃったら?」
『トーラルシステムに内容をお笑いコメディへ書き換えさせたら良いですよ、ウフフ』
「でもトーラルシステムが呪いでハッキングされちゃうかもしれないよ?」
『ナヨさんを見て、マサトサンはそんなことができると思いまスですか?』
「あー……なるほど、確かにそれはないな。お笑いコメディどころか、美少女アニメの悲哀モノに書き換えられるわ」
いやはやである。
と、まぁそんなこんなで色々話をしているこの夫婦。まぁ確かなのは仲が良いことこの上ないのは素晴らしいことであって、そんなこんなで異文化の認識というのも色々と確認できた。
以前フェルは、前にも少し同じような話題が出た時、こんな事を言った事がある。
『アのねマサトサン、この宇宙は広いでス。何千兆もの銀河があって、そこにたくさんの知的生命体がいるデス。オマケに別宇宙や並行世界もあるですヨ。マサトサンも、そんなオカルトよりもコワイ、ガーグデーラや、ヂラールと戦ってきたでしョ? この宇宙を作った意志がモシどこかにいるのなら、そんな銀河の片隅にあるしょーもないオンネンにいちいち構ってる暇なんてないですヨ。たくさんの知的生命体が、日々いろんな境遇にあってるのに、ね?』
と言われてその時もまた、「それを言われたら身も蓋もないよなぁ」とタハハになった事があったりする。
今日も同じような事を、ちょっとほろ酔いのフェルサンに言われてベッドに入る二人。
でもやっぱり柏木は、まだちょっと思い出すと怖かったので、フェルの温もりでそれを紛らわせたり。っと、あ、そうそう、ちなみに本日姫ちゃんは、暁くんと一緒に八王子の柏木家実家にお泊りであったりするので本日は家で二人きり。
ということで本日はオヤスミナサイ……
* *
というわけで次の日。
柏木は件の事件の件で、予算委員会で質疑を受ける。ティ連連合議員も閣僚職なので、此度の件はティ連技術を扱う関係上、彼の役職も大いに関係がある。
フェルも担当大臣なので予算委員会に出席するが、ゼルルームの不正利用関連の対応は柏木が答弁するので、フェルさん今日は出席して椅子に座ってるだけのお仕事である。
今回の質疑応答では、なんでも参考人にホラー映画の有名な映画監督や、心理学者の類な人に宗教関係者が召喚されて、色々と意見を求められる。
それをティ連統括担当大臣の視点で、というよりは、前ヤルバーン調査局局長としての視点で話を聞いてたりするフェルさん。
でもまぁそれでもやっぱり地球人の死生観に基づくオカルト話の理屈がイマイチよくわかんないわけで、その『人の特定の負の思念が三次元世界に残留する』という概念に理屈が、科学者としてのフェルからしてもよくわからん地球人的発想なので、トーラル科学的にどう理屈付けたら良いものかなぁと、腕を組んで目をあっち向けたり、コッチ向けたりしながら考え込んでいたりする。と、その様子をテレビのカメラがばっちり映してたりするので、ネットなんかでは、『フェルさん、何考え込んでるんだろう』と話題になってたり……ここで寝たりしちゃったら炎上間違いなしなのだが、流石にそれはなかった。
そんなこんなで予算委員会終了。
『なんだか込み入った話になっちゃいマシたね、マサトサン』
「そうだねぇ。ってか、こういう話題ってこの地球じゃ尽きないものなんだよ」
『どういう事デスか?』
日本に限らず世界各国では、新しいメディアに映像作品、ゲームと流行した、所謂バイオレンス系の作品などは、必ず模倣犯が現れて犯罪になるケースというのは頻繁にあるものだと。
で、やはりというか案の定というかで、ゼルシステムの娯楽設備をそういった歪んだ楽しみで利用しようとする輩が意外に多く、それまでリアルさを売りにしていたゼルシステムも、ある程度の規制をかけなければいけないとか、そんな話であったりする。
「……で、一番残念なのが、自前の『同人ゲーム』データの形式をした、明らかにテロの演習をトーラルシステムに再現させているような偽装データも見つかってね。その他には、悪魔崇拝のミサみたいなものを、同じく同人ヲタクデータに偽装させたものとか、そんなのもあったそうだよ……まあ、規制は少しするかな、この手の連中のせいでね」
民主主義国の規制とは、元々からあるものではない。自由主義の名のもとに基本放置が原則だが、公序良俗を守れない頻度が多発したり、ユーザーから懸念が出ると規制が入る。
柏木の好きなエアソフトガンの世界や、モデルガンの世界もそうだし、2010年代にはそれまで日本では一切の規制がなかったボウガンや両刃の刃物に、食品の世界では牛肉の生食問題など、みんなこれは公序良俗の範囲を超えたバカや、元々の決まりを守らないアホが『やらかした』せいで規制がかかった例である。
と、そんな政治家としての話も喫茶室ですませて、少し休憩した後本日は帰宅と相成る。
「じゃ実家によって姫と暁くんを迎えに行って帰るか、フェル」
『ソウですね』
と喫茶室の席を立とうとした時、柏木のスマホが鳴る。
「ちょっとまってくれフェル……はい柏木です。あ、三島先生、ハイ、ええ……」
三島からの電話であった。しばし話すと、
「ごめんフェル、急用ができた。三島先生が言うには、今米国大使館にFBI関係の人らが来ててさ、向こうでもゼル施設の件の過激派組織の利用が結構問題になってるらしい。で、俺と話がしたいって、大使が来てくれないかって」
『ソウですか~、んじゃおチビサン達は私が引き取りにいくでスよ』
「すまないな、俺のエスパーダ使うか?」
『イエイエ、どうせまた「泊まっていけ」だのナンダノで、多分帰るの明日になると思うでスから、ノンビリサンで、電車で行くでス』
「はは、そうか、すまないな。じゃあ、後は任せるわ」
という事で、柏木の急な仕事で二人は喫茶室で別れる事になってしまった。
フェルの公設秘書が車を転がそうかと気を利かせてくれたのだが、柏木の実家がある八王子の果てまで送ってもらうのも申し訳ないので、秘書には今日の仕事はアガってもらって、やっぱり一人で行くことにする。
流石にフェルは超有名人なので、まあ素の姿であんまり一人でうろつくのもよろしくないというわけで、久々に日本人モードにチェンジして、ノンビリサンということで、久々に電車乗り継いで向かうことにする。
地下鉄乗って新宿まで行き、そこから私鉄に乗り換える。
フェルの日本人モードもかなり別嬪さんで可愛いので、みんなから振り向かれたり。
彼女のこのモード姿は今でも極秘事項の非公開情報なので、プライベートで遊びに行くときや、市中を政務調査する時なんぞに役立っている。で、結構ナンパされたりもする。
フェルもこんな感じで市中を歩きながら実家に帰るのも久々なもんだから、市内の様子などを観察しながら新宿の喫茶店でちょいとお茶飲んだりして、世の中を観察していた。
あのヤルバーンとの交流が成功した時から数年経つわけだが、今いるこの喫茶店でも、イゼイラ人や、ダストール人にディスカール人、サマルカ人と、そりゃもう星間国際色豊かだ。
まあこんな感じの、言ってみれば『民度』の高い方々が色々住む日本になったから良いようなものの、一時期ヤルバーンが来る前は、日本も少子高齢化の影響で他国からの移民を狙っていたような政治家もいたわけであり、安易な移民には反対といった運動も盛んだった。
今でもそうだが、当時から独特の道徳観を持つ日本人という国民性に合わせられる外国人なんてのは、相当日本を研究した、所謂『愛着』を持ってくれるような外国人でないと、この国で住み続けるというのは意外に難しいのである。
結局は移民の文化、習慣、風俗に根ざす『民度』が、その国に合うか合わないかの話である。これは日本に限らず外国に移住するとなったらどこの国でも出てくる問題であって特段日本に関してのみ特別だという話でもない。
ただ、他国からも認められるように、地球社会でも相当に日本人の『民度、倫理観』は、かなり高い部類に入る国民であるわけで、ティ連の人々がすんなりとこの国に順応してしまっているのも、その部分がやはり相当大きいのは間違いのないところではある。
ということで、そんな事も観察しながらフェルさんは、新宿駅から私鉄に乗り換えて、一時間ほどかけて八王子方面へ向かう。
あとは電車車内で居眠りでもぶっこいて、ゆっくり休みつつと、意外にそんな移動を楽しんでいるフェルさん…… まあ発車後、すぐに“クラっと”睡魔もやってきたようで、すぐにコクリと居眠りをぶっこいてしまうフェル。
まあ、もし変な変態野郎に襲われても、PVMCGの防犯モードも稼働しているし、安心なもんである。
ここんとこ、閣僚になってからは忙しいのもあって、それでもまだ特命担当の大臣だから自由が利くので良かったものの、旦那の柏木は毎日あんな調子であるからしてとか、そんなのもあるわけであったりする……
* *
……新宿から電車が発車して、丁度三〇分ぐらい経った頃……
カタンコトンと地球の『電車』特有の変わった移動音(異星人主観)を子守唄にしならがらフェルが居眠ってると、突然エアブレーキの音をさせて、電車が停車する。
『ふにゅ?』
とフェルは浅い眠りから目を覚ます。ちょっとヨダレが出かかってたり。
『(ん? 駅に停車デスか? アナウンスはなかった気がしますですけド……)』
車内には何人か人が乗っているが、ちょいとオカシイのは、みんなどいつもこいつも居眠りしている次第。一人も起きている気配がない。
フェルはどこかで事故でもあって、緊急停車でもしてるのかいなと思うと、なんと、乗降ドアが開いたではないか。
『(え?)』
と思う彼女。座席を立って乗降口へ向かい、外の景色を見る……どうやら駅に停車しているようだ。
『どこですかねココハ』
と、電車の液晶案内板を見ても、コマーシャル動画が絶え間なく流れているだけ。
寝ている人に「ここはどこですか?」と聞くわけにもいかないので、その駅の駅名を探してみる。
外の情景はどうやら夕方。空は夕焼け色……なのだが、それにしては夜間のようなイメージもある、なんとも今まで地球上で見たこともない不思議な情景である。
時計の時刻を見ても、まあそんな感じの時刻ではあるので気には止めなかった……だが、恐らく日本人、地球人なら若干の違和感を覚えただろう……
下手に電車を降りて発車されても厄介なので、車内を移動して外の駅名看板を探すと……ああ、あった。
『ひさらぎ』
と、書かれている。だが、ネクストとビフォーの駅名が汚れていて読めない。だがフェルはあまりこんな電車を多用する人でもないので、さほどの違和感はない。
まあそれでも現在位置を把握しておこうかとにPVMCGを立ち上げて、インターネットに繋ぐ……ネットには即座につながった。
この電鉄会社のホームページをVMCモニターで見て、『ひさらぎ』なる駅名を探すが……
『ほえ? そんな駅名ないでスよ……どうなってるデスかね? 乗る鉄道会社を間違えましたカ?』と思いつつ、フェルはふとPVMCGの通信状況ステータスが表示されているイゼイラ語表記を見てギョっとする。
『え!? 亜空間中継モード?』
亜空間中継モード……それはフェル達ティ連人がPVMCGで通信する際、地球の科学用語でいう『量子テレポート』という現象を利用して通信をする。
量子の性質で、対になった一方の量子の変化がどれだけ遠くにいても、瞬時にそのもう一方の変化が反映される現象を、トーラル科学を築いた銀河太古の文明は通信技術に利用しており、その恩恵をティ連人は受けている。
この通信方法を使うと、距離がどれだけ離れていても……その距離とは、宇宙空間の端から端までであっても、過去から未来、未来から過去であっても、別宇宙に並行世界、次元溝や、亜空間であっても、どんなところからでもリアルタイムに通信を行えるという、トンデモ科学技術なのである。
その通信を利用して、フェルは地球社会のインターネットにPVMCGをつなげたのだが、地球上同士や、まあ近所の宇宙近海でなら出ることのない『亜空間中継モード』のイゼイラ語表記と、アイコンが点滅しているのである。
この事象が示すことといえば……というわけだ。
『これは……エ? どういう事デスかね?』
ちょっと考え込むフェル。そしてそんな考え込んでいる間も、電車が一向に動くことはない。
流石にチョイと異常事態だと思うフェルさん。
先頭車両の方へ赴いてみる。運転士に何事かと訪ねてみようと思うが、ブラインドを下ろしていて中が見えない。
コンコンと窓を叩いても反応がない。
頭をポリポリ掻いて、『どうしたもんかいなデス』と思うフェル。
まあ普通にこのままだと実家に着くのが遅くなるので、とりあえす旦那に連絡しょうと思い、柏木のPVMCGを呼び出す。
すると特に何の異常もなく、VMCモニター開いて応答した。
「やあフェル、どうしたの?」
『マサトサン、今イイデスか?』
「ああ、かまわないよ。大使との話も今終わったところだ。これから家に帰るよ」
『ソウですか……マサトサン、ちょっと困ったことになってですネ、実家に行くのが少し遅れそうデスよ』
「え? どうしたの?」
『ア、イエですね、今電車の中なんですケド、なんか聞いたこともない駅に停車してデンシャが動かないのですヨ』
「ん? 聞いたこともない駅? 何言ってるのフェル」
『あいやですからですね、ほーむぺーじで、このデンシャの会社サンの路線図を調べても、今停車している駅の駅名が載ってないのですヨ』
「え? ……」
『デンシャ乗るの間違えたですかネ。私もまだトウキョウのデンシャの運行状況には詳しくないですから』
「……フェル、ちなみにその駅、なんていう駅?」
『えっとですね、“ヒサラギ”って駅名ですけど』
「はぁ?!」
* *
と、そんな話を聞いて、「何いってんだフェルは」と思う柏木だが、ちょうどその時、柏木の公設秘書が飛んできて、
「連合議員、大変です!」
「あ、ちょっと待っててな……はい、どうしました?」
「いや、今ヤルバーン自治局から連絡があったのですが、フェルフェリア大臣の、大臣専用追跡ヴァルメから大臣のバイタル情報が突然途絶えたと」
ご存知の通り、フェル達ヤルバーン出身の異星人には、非常事態に身柄の防護、護衛、バイタル追跡、緊急転送などを目的としたヴァルメが衛星軌道上から追跡をしている。その追跡信号が途絶えたというのである。普通ではありえない話だ。
「もしかして、大臣の身になにか……」
「え? あ、いや、今話してるけど」
「え、へ??」
秘書にVMCモニターの向こうでポヨン顔をしているフェルを見せる。
「大臣!」と秘書は声を上げる。ただ、ヤルバーン自治局ではいま大騒ぎになっていると。
「とにかく、ヤルバーン自治局にはフェルは無事だって言っといて下さい。だけど……ちょっとマズイ事になりそうかもしれないと。説明は後でするから」
「わ、わかりました」
と、秘書はその場から立ち去っていく。
「ということだフェル。どうもフェルは今、この地球上にいないらしい」
『ヘ?』
「まさかあの都市伝説が現実になるなんてな……どういうことだ?」
米国大使館で顎に手を当てて考えこむ柏木。とはいえ、こんな外国大使館内で大騒ぎしても、いらない事象を呼び込むだけなので、とりあえず通信状態を維持したまま大使館外に出た。
車を適当な場所で停車させて、
「フェル、その駅名看板を映してくれるか?」
フェルはPVMCGのカメラを看板に向けているようで、そこには確かに『ひさらぎ』と書かれていた。
だが、柏木は気づく。
「おいフェル! 電車から出たのか?」
『え、あ、ハイです。運転手サンとお話しようと窓を叩いても、無視されちゃってるですヨ。もうコレはクレームでチクリで通報モンですねっ!』
っとプンスカするフェルだが、柏木はそんなフェルの言葉を無視して、
「フェル、電車に戻れ!」
と、時すでに遅し。
『あ、マサトサン、デンシャの扉が……』
ホームを出ていく電車。フェルは一人駅に取り残されたようだ。
その容姿をカメラで撮影し、送ってくるフェル。だが、柏木は「チッ」と舌打ちをする。
「フェル、通信はとにかく繋げておけよ、で駅から出るな。今からヤルバーンで対策チーム作るから」
『ヘ? 対策チームですカ? えらい大事ですね……マサトサン、なにか物凄く焦ってますけど、ナニが私の身に起こってるデスか? もしかしてなにか知ってるです?』
「ああ、まああまり信じたくはないし、ちょっと変な状況だけどな。詳細はあとで話すよ。とにかく通信を切るなよ」
* *
ヤルバーン自治局は今、フェルからのヴァルメリンクが切れたと大騒ぎになっていた。
柏木も遅れて気づいたのだが、フェルからの通信が亜空間中継モードになっているという事実。
当時の自治局長リビリィに会って、その事を柏木は伝えた。
『オイオイオイ、ちょっと待てよケラー。それって……』
心配した現調査局局長のポルも、
『フム、普通に解釈すると、そのデンシャトランスポータに乗ってしまったばかりに、別の次元空間に強制転移してしまったと理解するしかないですね』
と極めて理屈を単純化してに解釈するが、たまたまヤルバーン州軍に来ていたシエも心配して、
『ダガ、ヴァルメノリンクヲ切ルトハ、相当強力ナ強制転移現象ダゾ。ドコノダレノ仕業カシランガ、ティ連ノ時空間技術ヲ前ニ、ナメタマネヲシテクレル』
で、そこにはヤルバーンの議会進行長閣下様のナヨ閣下もいて、
『妾が生きていた一〇〇〇ネン前のミヤコでも、結構な頻度で「カミカクシ」とやらが発生して、道士殿と一緒に良く見聞に行きましたが……』
ナヨさんが言うと、途端に説得力が別のベクトルの話になったりする。
「あ、いや、ナヨさん……本当にそんな神隠し、しょっちゅうあったんでゴザイマスか?」
『うむ、妾が大和を去るまでにも、知ってるだけで一五件はありましたね。まぁ、多分突発的な時空間の歪に不運にも民が巻き込まれたのではないかと思いましたが、当時の大和の民にそんな事説明しても理解不能でしょうから、モノノケとかいう特殊生物のせいにでもしておきましたけど、オホホホ』
なんじゃそらと思う柏木連合議員。ってか、確かにヤルバーンは大騒ぎなのだが、どことなく能天気というか、チャレンジャー精神に湧いているというか、やる気満々というか……
『ウーム、これがニホンやハルマ世界に伝わる、特異現象、「カミカクシ」というやつですカ』
と柏木の背後に立って、なんか唸ってるヴェルデオ。
「うわっ! って、知事、驚かさないでくださいよ!」
『いや、申し訳ないケラー。しかしこのフェル副ダイジンが今置かれている状況は非常に貴重な状況です』
すると調査局長のポルも鼻息荒く、
『モウ、この「トシデンセツ」的な状況を徹底調査ですヨネ!』
……柏木先生からすれば、もう怪奇現象の類の理解があるから、フェルの状況が心配でどーしようかと思うのだが、なんかティ連人のみなさんは、活気づきまくって「エイエイオー」な状況だったり。
柏木先生は、なんかもうかなり心配しまくって、フェルの生き死にに係わるような、そんな風に思ってたのだが、急ぎ簡単な調査結果を持ってきてくれたニーラ教授の報告を聞いて少し安心する。
『ふぁーだ。あのね、まずフェルお姉さまの事は、そんなに心配しなくていいと思いますよ』
「というと?」
『まずね、ゼルクォートのクォル通信ができているということは、その場所はそんな地球のオトギバナシや、カイダン話に出てくるような理屈の通じない変な場所ではないという事デス』
「まあ、それは確かにそうですが……」
『よく思い出してほしいのですけド、ファーダも精死病症状で精神が並行世界にいってしまいましたよね』
「ええ」
『私が思うにですね、アレの類似現象で、フェルお姉さまは肉体ごと何処かの並行世界に類似した場所に、何らかの理由で飛ばされてしまったのではないかと思うのですよ』
「え? まさかそんな事が」
ニーラ大先生が言うには、彼女の趣味で最近そんな都市伝説や、洋の東西を問わないそんなおとぎ話にオカルト話を研究してると、この地球という惑星ではそういう突発的な『パラレルホール』とも言うべき空間特異現象がまれ……というには少し頻度が高いぐらいで起こるのではないかと、そんな仮説を立ててみたりしているという事であった。その比較的珍しい現象を、地球の人々は『怪談』『都市伝説』という形で伝承しているのではないかと。そこのあたりはナヨさんの経緯と同じような感じではないかいなと……というか、ティ連人はこういう時、その発想に『霊的世界』とか、そういう発想をしないし、する概念がないので、ここでも地球人との大きな精神構造の差を見せられることになる。
で、ニーラ大先生は続けて、
『というこトで、今調査局と科学局の方で、フェルお姉さまのいる次元空間座標の性質を洗い出していますから、もうちょっと待ってくださいネ。で、ふぁーだは、フェルお姉さまと通信は繋がってるんでしょ?』
「ああ、ちょっとまって……フェル? 応答できるか?」
VMCモニターに移るフェルさんの日本人モードの顔
『あ、ハイですヨ』
「あれから変わったことは?」
『ええ……気づいたこととイえば、時間が動いていないのでは? ということと、なんか祭囃しのような音が聞こえる、といった事ぐらいですかネェ』
とそんな話をする。時間経過の異常については、その夕方とも夜ともとれない天候現象が、ずっと続いたままだという話からだそうだ。
(やっぱりな……まさかとはおもうが……)
と柏木はそう思うと、フェルに、
「まあ、実際役に立つかどうかは分からないが、コレを守っておいた方がいい」
ということを伝える。
1:電車を降りてはいけない。
2:降りてしまったら、人がいても話しかけてはいけない。
3:駅周辺の自動販売機の飲食物を口にしてはいけない。
4:駅から出るな。
5:万が一、駅から出て住人に話しかけられても、絶対に応えてはいけない
6:後ろから呼びかけられても振り返ってはいけない。
7:口笛や歌を歌ってはいけない。
8:線路を辿ると見えてくるトンネルに入ってはいけない。
「……ということだ。実はなフェル、今のフェルの状況に、実によく似たオカルト現象が都市伝説で日本にはあってな、参考程度だが、まあそんな感じだ。
『ナルホドナルホド……』と聞くフェルだが、そこは彼女も“元調査局局長”であって、発達過程文明を調査研究する科学者の一人、ニヤリと笑って、ハイハイと頷く。
その受け答えに、イヤ~なひと悶着を予期する柏木連合議員閣下。とにかく無事に帰ってきてくれと思うが、
『そりゃ無事に帰りマスですよ』と平然と言ってのけるフェル。どうなるのかいなと不安と、興味が半分づつ入り交じる柏木だが、振り向くと、ポル達は「イエー」な状態……大丈夫なのかなと……
* *
ということで、異界にいるフェルさん。
『フムフムなるほど。ところでマサトサン、なんかココの事、よく知っているみたいですが』
「ああ、実はな……」
柏木は日本で有名なヤルバーンが来て一年後ぐらいに流行った『都市伝説』とされている、実際には日本の鉄道路線には存在しない駅へ、実在の鉄道が引き込まれる超常現象、いや、怪奇現象の事を話す。
『ナルホド……都市伝説トイウヤツですね。で、私が実際に今体験していて、実況中継している状態だト』
「そういうことだよ。で、ネット掲示板で広がったそれも、スマホでのリアルタイムな通信はできてたそうなんだけどね」
『で、そのトシデンセツで、その被験者サンはどうなりましたカ?』
「わからないということになっている。途中で連絡が途絶えたそうだ。まあその時は、そういうネタ話とみんな思って、結局それに乗って遊んでたってな感じで掲示板でレスの返し合いなんかをしてたわけだが、不思議なことにね、後にわかったことなんだけど、よく似た名前の女子大学生が警察に行方不明届を出されててね。まあ当時は偶然の一致だろうとか、その事件が元ネタだとか、そんな事も言われたものだが」
と、この話をした途端、フェルは急に張り切りだして、
『トナルト、この世界を調査しないといけませんねっ! このまま救助を待つなんてことしてたら、元調査局局長の名折れでスっ!』
はぁ!? となる柏木。普通ビビるだろと。
で、今のフェルさんの頭の中では、調査局で叩き込まれた調査局員捜査網心得の条。
『伝説や言い伝えで、「やるなするな」と言われていることは、やってすれば正体がわかるからだ』
『死して屍拾うものナシ?』
の精神に則り、
1:電車を降りてはいけない→もう降りた。
2:降りてしまったら、人がいても話しかけてはいけない→人を探して聞き込みだ。
3:駅周辺の自動販売機の飲食物を口にしてはいけない→これはこの通り。ポンポン痛くなったらいけないので、コレは正しい。
4:駅から出るな→ということは駅から出て全力探索。
5:万が一、駅から出て住人に話しかけられても、絶対に答えてはいけない→即答準備
6:後ろから呼びかけられても振り返ってはいけない→振り返らなきゃ答えられない。
7:口笛や歌を歌ってはいけない→まぁこれは職務中にそんな趣味はない。
8:線路を辿ると見えてくるトンネルに入ってはいけない→絶好の調査対象。
とこんな感じで、調査局流脳内変換され、行動に移るフェル。
「おいフェル! 無茶するなって! 今ニーラさん達……が……」
ニーラやシエにナヨ達を見ると、フィールドスーツ着て、フェルのところに行く気満々。次元座標を割り出すため、トーラルシステムフル回転であった。
柏木はもう諦めて、皆のやりたいようにやらせることにしたわけであったりするが……
* *
さてフェルさん。
彼女もティエルクマスカ銀河内にとどまらず、この地球にやってくるまでに調査局員の一人として、ヤルバーンの任務の一環で、いろんな星々を調査してきたわけである。
その中でとある銀河の星系に存在した面白い星を思い出していた。
それは、何らかの理由で、時空間が非常に不安定ながらもハビタブルゾーンに存在し、非常に原始的ながら生命反応の兆候を見せる原始地球のような惑星であった。
もちろんそんな惑星を生身で調査できるわけがないので、ヴァズラーに搭乗して調査してたのだが、その惑星の不思議な現象として、時空間が不安定故に何処かの惑星の一部が一時的に転移しては消えるというリアル蜃気楼みたいな現象が頻繁に起きるのだという。
もちろん転移してくるそれは、その星から一定範囲の何処かの場所なのだろうが、ヤルバーンの調査以降、定期的に今でも調査が行われている星だ。
フェルは今いるこのヘンテコリンな場所に、その時の惑星を重ね合わせたりしていた。
(コウいうのがトシデンセツとかいう言い伝えで頻繁に起こるというのなら、結構ハタ迷惑な時空間デスねぇ)
そんなことを思いながら、駅を出ようとすると、駅舎のベンチに老婆が座っていた。
「え?」と思いびっくりするフェル。こんなオバーサンいたっけと。だがそこは調査局員。心得の条に従って、
『(フム……)コンニチハ、オバーサン。お一人ですカ?』
「はいはいこんにちは。そうですよ、見かけない顔のお人だけど、なんかおこまりごとかえ?」
『いえいえ、そういうわけではないのですけど、時刻表をさがしているのデスが、どこにもなくて……次のデンシャはいつくるですかネ?』
「そのうち待ってりゃいつかくるよ」
『そうですか、で……』
と次の話題を話そうと思っった途端、ババアは急に寝息を立てて居眠りしてしまった。
なんじゃコイツは、と思うフェルさん。やっぱりちょっと普通じゃないなと思う。ってか、柏木がよく姫ちゃんを躾ける時に話すオバケとかいう生命体の出そうな雰囲気の場所だなと。
そしてフェルは駅舎を出ると、自動販売機があるのを見つけたので、ジュースを一つ買ってみる。
柏木は飲んだらダメというので、流石にこれは持って帰って検査機器にかけようかとポーチに納める。
なんともよくよく見ると、確かに薄気味悪い場所ではある。そもそもとして建造物の雰囲気が日本のソレではあるのだが、二〇一〇年代より少し古い。それは彼女もそのあたりの資料を見たので理解できる。
駅を出て町を散策していると、また突然の住人らしき男性、年齢は四〇代か? が現れて、フェルに声をかけ、話しかける。
フェルは振り向いて、
「お姉さん、こんな何もない町に一人どうしました?」
『あ、イエイエ、ちょっと駅を間違えて降りてしまいましてネ、ここがどんな所か散策してたですヨ』
「そうですか……でも今日はもう遅い、ウチは旅館をやってるので、そこで泊まっていってはどうですか?」
『ハァ、お申し出はあがたいのですが、色々とワタクシも事情がありますデスので、ご厚意だけお受け致しておきます』
「まあそういわずに」
『イエイエ』
「まあそういわずに」
『デすから結構……』
「まあそういわずに」
フェルは明らかにその男性の態度がオカシイと思い、近づいてくる男性と距離をおきながら後退りし、パーソナルシールドを展開する。
「マアソウイワズニ……」
なんか声がおかしくなっている。目の色もおかしく見える。その瞬間、この場所がどういう場所か、おおよそ察したフェル。
男性が、不気味な笑顔でフェルの腕をつかもうとした瞬間……
「ギャア!」
とパーソナルシールドに弾かれて、オッサンは吹っ飛んだ。
初めて経験するのか、狼狽しまくるオッサン。
「あ、あんたナニをするんだ! 人が親切に言ってやってるのに!」
急に普通の人ぶって話すオッサンに、フェルは、
『ナニを言ってるですカ。普通の人なら二回ほど断れば、とっとと退散するデス。お宅こそ一体何者ですかっ!?』
そう言い放って、フェルはPVMCGで、愛銃デザートイーグル50AEを造成しようとした瞬間、
「おじさん、スケベ心全開でみっともないね、警察呼ぶよ」
と急に小学生ぐらいの子供がまた突然現れて、そんなことをオッサンに言うと、オッサンは舌打ちして退散していった。
再度ババアに次ぐ突然現象で、これまた「え?」と思うフェル。
彼女はその子供に視線をやる。年の頃は小学校高学年ぐらいか? 見た目は普通の男の子だ。
『アリガトウねボクサン、お名前は?』
と男の子に問う。だが男子はその問いに答えずに、ニッコリ笑うと、
「すごいね今の、どうやったの?」
正直フェルはこの男子も信用していない。現われるタイミングが良すぎるからだ。
それと……
『ウフフ、それはナイショですヨ。ちょっとした……ウーンと……マホーでス』
今のパーソナルシールドの発現を見て、それが何かわからない、つまりここは一見日本の街に見えて、フェルの知っている日本ではないということである。
今のフェルのいる世界の日本では、ティ連人のもつパーソナルシールドぐらいフィクションドラマでも取り入れられているので、小学生がゴッコ遊びするぐらい知れ渡っている。
「おねーちゃん、ここをよく知らないみたいだね。とにかくこの場所を離れよう。それと会って欲しい人がいるんだ」
『会って欲しい人?』
「とにかくコッチ来て」
先程のシールド現象を理解しているのか、その男子はフェルに触れようとしない。
フェルはこの男子が、所謂『男子なのか?』と疑念を持つが、まあこれも調査である。この子供の後をついていくことにする。
あってほしい人というが、一体どなたなんだろうかと。
道中、その子は……
「おねーちゃん、このあたりの人じゃないね」
当たり前である。だがあえて聞いてくるということは……
「まれにいるんだけど、ここんとこ増えてるんだよな、おねーちゃんみたいな人」
『……』
「ここの住人の言葉を信用しちゃいけないよ。さっきのでわかったと思うけど」
ということは、駅にいたババアもそうかと思うフェル。つまり電車はもう来ないのか? と言うことだ。
男子はとある広い公園のような場所に連れてくると、
「キャー! 助けて!!」
と女性の声。すると男の子は、
「あっ! あれほどあそこから出ちゃいけないって言っておいたのに!」
と悲鳴の方向へダッシュ。
すると、女性……年の頃は20代の女性が、ここの住人と思しき人々に追っかけられていた。かなりの人数だ。
フェルも男子の後を追い、その状況に出くわす。
男子は女性の手を取ってコッチに走ってくる!
「おねーちゃん! さっきのでこいつら追い返して!」
何故か、と問う状況でもないので、フェルはデザートイーグル50AEを造成し、弾丸をスタンモードで設定してドガン! と追ってくる住民めがけて発砲する!
フェルの射撃はさすが正確、次々と目つきの異常な普通でない住人に命中し、一人、一人と吹き飛んでいく。
住人はもんどり打って気絶するが……なんと、普通の人間なら丸1日は体がまともに動かないあの強力なスタン弾を食らっても、数十秒程で復活し、また襲いかかってくるではないか!
フェルはその様子を見て、(ナルホド、そういう事デスカ)と納得すると、弾丸を今度はディスラプター弾に変更し、
『男の子クン、この連中、コロシ……あ、いえ、消し去ってもナニも問題ないですよネ』
「うん、大丈夫!」
そこを確認すると、銃はディスラプター弾、つまり命中した物体を分子に分解する弾丸を発射。
ティ連では、PVMCG・レベル10に相当する、最も危険な個人用兵器として登録されているエネルギー弾を住民にぶっ放す。
すると住人は、命中した箇所から、うめき声をあげながら分子分解され、“光”となって消えていく。さしもの化け物も、コイツにはかなわなかったようだ。
(ナルホド、マサトサンの言ってたオカルト的な場所デスが、物理法則は一応平均的ナ私達の世界同様に通用するのデスね)
そのフェルの銃の威力に震え上がった住人は、打って変わって今度は必死になって逃亡していった……
* *
その後、状況が落ち着くと、駅まで戻ってきたフェル達。
男子の話では、“会って欲しい人”というのは、彼女なのだそうだ。彼女もどうやらこの空間に迷い込んだ一人という事らしい。
色々話をするが、その言葉の端々にフェルや男子に対して懐疑的な言葉を投げつける。
恐らく相当怖い目にあったようで、その女性はまだここにいる住民を全然信用できないらしく、フェルや男子とも距離を置いている。
で、少し落ち着いたところで話を聞こうと思うが、女子大生は喉が乾いているらしく、言葉にしては言わないが相当つらそうなようだ。
フェルはフェル専用の高機能PVMCGの『ハイクォート』機能を使って、清涼飲料を生成。女子大生に飲むことを促すが、拒否をする。
まあそう言わずにと勧めるが、そんな経緯なら致し方ないところもあろう。
『アナタはずっと先程のような目にあってきたので、ここにいる人を信用できないのデスね?』
「そうです……さっきは助けていただいて感謝していますけど、あんなテッポーを撃ってるしそれもどうなのか……ナニも信用できないわ、ここでは……住民はみんな不気味だし、あんなふうに襲ってくるし、ここはどこなの!?」
『マア落ち着いて。貴方、オナマエは?』
名前を言うのも拒否っていたが、なんとか説得して名前を聞き出すフェル。すると今度はフェルが驚き、
『ホントですか! フゥ、あなたは、日本で今捜索願いが出ている人物デスよ』
「えっ?」
驚く女子大生さん。
フェルは柏木があの時言った言葉を思い出す。まさかとは思ったケドと……
『なら、話が早いデス。貴方はヤルバーンを知っていますか?』
「え、あ、はい……あのフェルフェリアさん達が乗ってきた宇宙船のことですよね?」
その言葉に今度は謎の男子が訝しがるような顔をする。
で、フェルはコクと頷くと、PVMCGを触って、キグルミシステムの日本人モードを解除する。
すると、そこには今やテレビでも有名な、日本の国務大臣でイゼイラ人のフェルさんが顕現する。
……バーンとかSEが欲しいところ……
「あ、あなたは!」
『ウフフ、私の事は知ってますよね?』
「ふぇ、フェルフェリア大臣さん……なぜこんなところに……」
実はアンタと同じような感じで、あの電車乗ってたら迷い込んだと話すと、その女子大生は、一気に安心感がこみ上げてきたのが、ウワァアアアアと泣き出してしまった。
『大丈夫デス大丈夫デス。ちゃんとニホンへ帰れますからね』
抱きついてくる女子大生をヨシヨシして、安心させるフェル。
だが、次にビビってるのは、男子の方だ。
「て、天狗様! そんな!」
フェルさん達イゼイラ人は、水色お肌に、鳥の羽根髪、お目々は金色……まあ、天狗と言われたら、そう見えないこともない。
ということでフェルはPVMCGを操作して柏木を呼び出す。で、VMCモニターに突撃バカの顔が映ると、女子大生は更に安心感が増す。
「フェル、どうだ? 無事か?」
『無事も無事ですが、ここはアレですね、調査しましたけど、マサトサンが言ってたトコロと同じよーな場所でしたよ』
「え?」
するとフェルはその女子大生をVMCモニターに映して、
『この方、マサトサンが言ってた行方不明の女子大学生サンです。保護しましたヨ』
「な、なんだってーーーー!」とあんな表情になる柏木。
で、少しその女子大生からVMCを通じて簡単な事情聴取をすると、なんともあのSNSに投稿されていた同じ状況が合致するようで、これも特級のマスコミネタになると危惧する柏木だが、とにかくその女子大生を保護できたことはお手柄だとフェルを褒める。
『ソウですよね~、ワタクシのおかげですよネ~、調査してヨカッタですよネ~』
と旦那の褒め言葉に胸張って胸部が若干大きくなるフェルさん。ま、フェルのこういう性格が得をしていることは多々あるわけで、緊張感も少しほぐれるトコロである。
『で、マサトサン、この時空間の解析はできたノですか? ワタシ一人ならもっとこの空間を調査してもいいのデスけど、保護対象の方ができてしまいましたから、早急に帰還したほうがいいと思うので』
「わかった。さっきも聞いたけど、もう少し待ってくれってさ。なんか初めての時空間形態らしくて、ちょっと手間がかかるってニーラ先生が言ってた」
『ホー、どんな時空間なのか興味がアリマスね』
「なんでも人為的に発生しているかもしれない空間かもしれないとか、そんなこと言ってたけどな。人工的な並行空間だとか」
『初めて聞クですね、そんなのは……まあイイデス。ではまた連絡クダサイです』
「了解だ。じゃ」
VMC通信を切るフェル。その様子を見て女子大生も安心したのか、落ち着きを取り戻したようである。
ただ問題なのは、あの小学生クンだ。
『サテ、ボクサン。あなた、今、本当の私の姿を見て「テング」とかなんとか言いましたネ』
「……」
『その口ぶりでは、ワタシの事をしらないと見受けるデス。今のニホンジ人サンなら、大体の人はワタクシの事を知っているですヨ』
そう指摘すると、今まで明るく喋っていた男子は上目遣いでフェルを見て、
「おねーちゃんはどこから来たの?」
『ワタシは、地球という星から、五〇〇〇万光年、つまり光の速さで五〇〇〇万ネンかかる場所からやってきたデスよ』
「……」
そう話すと男の子は黙りこくってしまったが、刹那ナニかを感じたのか、表情がピクンとシタ感じで、来た方向を振り返り、
「こまったな。町の人達がお姉ちゃんたちをつかまえようとしてる」
『ほう、なぜですかネ』
「なぜだとおもう?」
『サア? ワタシの存在が珍しいからデスかネ?』
そうフェルは返すと、男子はニコリと笑って、
「おねーちゃん達、こっちきて!」
とフェルの手を取って走り出す。
女子大生も同じくフェルについていく。
* *
しばし線路沿いに走ると、古ぼけたトンネルの前に出た。
「おねーちゃん、このトンネルをずっといけば、元いた場所に帰れるよ」
フェルはチラと、トンネルの方を見る。で、柏木の言われたことを思い出す。
で推理なんぞをする。
《フーム、このボクサンは一応見た感じは、こちらの味方のようではありますガ、マサトサン達が言うトシデンセツとやらでは、このトンネルには入らないほうがいいとかナントカ……ここをどう判断するかですが……》
と考えていると、目の色が赤く変わり、殺意剥き出しのような状態になっている住人の大群がフェル達を見つけたようで、
「イタゾ!」
「ツカマエロ!」
とカマや棒に、巡査姿の警察官は銃を発砲してくる。無論警官もおぞましい感じである。
石礫を投げてくる者もいたが、その威力が人間では出せないような強力なものだ。
フェルも銃を構えて応戦。女子大生に自分の側にいるように言う。男子はもうほったらかしだ。
大体この世界の構造が段々と理解できてきたフェルであるからして、もうその男子を、ただの小学生の男の子とは見ていないフェル。
「フェルフェリアさん! あの子の言う通り、あのトンネルに入った方が! キャー!」
カマを投げてきた住民。だがフェルのパーソナルシールドに弾き返された。
その時、フェルのPVMCGが音を鳴らす。
『! ……ウフフ、もう大丈夫ですよ。私達の勝ちデス』
「え?」
そうフェルが言うと、途端に今度は住民の大群の向こう側から悲鳴が沸き起こる。
と同時に、ものすごい銃声が聞こえてきた。
さらにVMCモニターが立ち上がり、
『フェル! なんだいこいつらわ! 銃が全然効かないじゃないさ! 撃っても撃っても立ち上がってくるよ! ぞんびかい!?』
『シャルリですか!』
「フェル、救援に来た。やっと割り出しが済んでね。で、この連中どうすればいい? まさかマジで魑魅魍魎の類とか!」
なんか以前柏木がゲーム屋やってた頃、得意先からプレイしろと言われてやらされた、『サイレン鳴ったら村が消える』みたいなゲームに出てきた化け物どもを思い出す。
『ディスラプターが効くデスよ! 分子のチリにしてやってくださイ!』
『了解だわさ!』
だが若干例外が一名いるようで、指二本顔面の前に立てて、ものすごい速度で怪異と化している住民を斬り伏せているのはナヨ閣下。
愛刀小烏丸を超高周波振動モードで、バッタバッタと切り伏せる……なんか呪文みたいな言葉をブツブツいっているところが例外故であったりなかったり。
フェルが怪異住民の弱点を教えた瞬間、銃声の音が変わる。途端に住民達は恐れおののいて逃げ惑う。
だがフェルが容赦しなくて良いというものだから、救援部隊は言う通り容赦なく化け物化した住民に向けて発砲した。
その様子をぽかんとした顔で見る男子。
しばらくするとフェル達を見つけた救援部隊がドヤドヤとやってきた。なんと、中には特危自衛隊の小隊も混ざっていた。
「フェル! それと……」
女子大生の氏名を呼ぶ柏木。なんと彼は特危自衛隊作業服(戦闘服)着て駆けつけてくれたようである。
持ってる銃は、久々の愛銃であるFG-42Ⅰ
『マサトサン、どうもご苦労サマですネ、ウフフ』
『おいフェルぅ~、もうちょっと緊張感があってもいいだろー』
と他にもお仲間がたくさんやってきて、
『ナンカ、トンデモナイトコロニ来タミタイダナ、フェル』とシエ。
『これが異界というトコロですか。かの時の道士サマにも見せてやりたいものよのう』と、ナヨ閣下。
さっき、ナヨ閣下は早九字なぞ切りながら、化け物化した住民を調伏してたようである。
で、今シエも全然緊張感なく、腰に手を当ててフンフンと周囲を見回している……歌歌ってるし……
『どうするコイツよう』
と、今度はシャルリが怪異住民を一人とっ捕まえて尋問していたようだが、猛獣みたいなソレは、ナニもしゃべらないという。
と、シャルリが油断した刹那、その住民はシャルリのサイボーグ腕を振り切って逃亡。特危隊員が銃を構え、撃とうすると、柏木が制した。まあほっとけと。
『フウ、これで安心でスね。このトンネルを使わなくても済みそうでス』
さっきから特危隊員達は、「おー」とか「これは……」とか、そんな唸り声ばかりあげている。
それもそうだ、あの噂の都市伝説が現実に存在していたわけだから、そうもなる。
柏木もその噂の古びたトンネルを見て、「マジカヨ……」と驚いていたり……
* *
さてその後、ひさらぎ駅に集結した柏木達救援部隊と、女子大生にフェル。
しばしこの場所をフェル同様調査すると言って、ニーラ大先生がちょっと周囲を探索中であった。
というわけで待機中の諸氏。
なんかむこうで駅看板と一緒にピースサインで写真撮ってる特危隊員やヤルバーン軍兵がいたり。
『リビリィにポルもご苦労サマですね』
『なんかあたい達自治局のメンバーで十分だって言っても、みんな行く行くってキカネーんだしよう、ムハハ』
『それはコンナ、ティ連でも前例がない時空間は貴重です。みんな来たがりますよそれは』
と、メガネクイクイさせて、久々の戦闘服に身を包んでいるポル。
『デモ、なんでトッキサンもいるデスか?』
と当然の疑問をフェルは聞くと、シャルリが、
『軍の食堂でプラプラしてたのが何人かいたんで、ツマンできた』
『あらら』
まさか都市伝説真っ最中につれていかれるとは夢にも思わなかっただろう。
するとシエが、
『ソウイエバサッキノコドモガミアタランナ』
「確かに。事情聴取に付き合ってもらおうと思ったんだけど」
柏木もキョロキョロと周囲を見回すが、見当たらない。
フェルは、まあ大体いなくなった理由は察していたが……
と、そんな話をしているとニーラ大先生が帰ってきた。
『やーやー、これはスゴイ時空間ですネぇ』
「何かわかったんですか? 教授」
『あのですね、ファーダ。この空間は一種の転位並行世界かもしれないですね』
「転位……並行世界?」
ニーラが言うには、ティ連でも理論は確立しているし、観測はできているのだが、実際に調査をしたことがない時空間だそうである。
並行世界の一種だが、精死病で飛ばされるような並行世界と違って、物理世界として転移できるので、飛ばされても記憶が消えるようなことはないらしい。
『スナワチ、精死病で精神のみが飛ばされるような、「可能性の位相空間」と、物質的な異次元空間が合わさったような空間デスから、ゼルクォートやハイクォートも使えたりするんですよ。でも、この位相空間としての性質上、特定の物理現象は制限されるか、無効化する可能性もありますから……』
となんか難しい理屈を話すニーラだが、とにかくそんなややこしい場所ということらしい。
そんな話を聞く女子大生も、これまたポカン顔で聞いている。
すると……
「へー……人間って、もうそんなことまでできるようになったんだ」
え? と振り向くと、ひさらぎ駅のホームに立つ、さっきの男子。
「あいつらを昇華させる能力も持ってるなんて、驚いたな」
柏木が男子と話そうとすると、フェルが柏木を制して、
『ニホン国の人や、チキューの人は、他にもこんな体験をしたようなオ話をいっぱい持っているみたいデスけど、ボクサンはそんなのもしっているのデスか?』
「……」
沈黙する男子。
『モシ、この世界を統治しているお方がいるのであれば、その御方に一言言って欲しいのですけど、あなた達から見ればウチュー人サンになる私達は、コウイウ芸当を簡単にやって見せますヨ。それにこの宇宙には、何千兆もの私達と同じような命があるデス。私たちはこの宇宙の外にもでることができて、光よりも速い速度で移動することもデキるでス。それにこの場所にも、今後は何回でも、いつでも来ることができるですヨ。だからあんまりニホン人サンや、チキュウ人サンを困らせるような事はなさらないでくださいね、と言っておいてくださいネ。お互いのために』
その男子はフェルの言葉を聞くと、ニコリと笑って、
「じゃあ、またね!」
と手をふって、駆け足で何処かに走り去ってしまった。
フゥと吐息をついて、フェルは、
『じゃぁ、帰りマスかミナサン』
そう言うと、その異界ともいうべき空間から光柱を立てて、全員転送されていったのであった……
* *
~ その後 ~
元の世界に戻った件の女子大生は、日本政府とヤルバーン自治州による事情聴取を受けた。
もう今の日本や地球世界では、別宇宙や亜空間なんてのはティ連科学のお陰で普通に知るところとなっているので、今回の事件も特に機密指定をされることもなく、その女子大生は両政府の許可を受けて、その体験談を書籍にして発売したところ、SNSでも大きな話題となってミリオンセラーの大ヒットとなり、今や売れっ子ノンフィクション作家となって活躍している。そして彼女の腕には、フェルからもらったPVMCGが付けられていた。
これは此度の件でお知り合いになった記念というのもあるのだが、ソレ以上にまた何か特異な現象に巻き込まれた時の救難救助用としての意味もあったりするわけである。
まあ大体こんな現象には、オカルト的発想をするなら、なんかが憑いてきて、また悪さして、一件解決したかに見えて事象が復活して……なんてクソややこしい事後処理をフェルなりに考えた処置であって、まあお守りみたいなものだと女子大生には理解させている。
で、此度のフェル本来の目的。つまり八王子に姫ちゃんをお迎えに行ったのは結局それから二日後の話で、これまた実家の真男や絹代達に説明するのにも苦労した。おチビ二人は学校サボれて嬉しかったみたいではあるが。
そしてあの時空間……
一様に世間で知られた『都市伝説』が、オカルトからティ連科学で解決を見たという事で、ゴシップな立ち位置から一転して社会現象となり、件の電鉄会社は路線の総点検をする羽目になってしまった。
テレビでは電鉄会社の幹部がここ数日毎日記者会見をして、ティ連の技術者が出向で色々と今後の対策を講じるための技術的な話なんぞを報告している。
SNS等々を見ると、嘘か真かはわからないが、類似の事例も書き込まれたりしているので、警視庁が把握している実際の行方不明者状況と合わせて調査を開始している。
だが、この問題を警視庁やヤルバーン関係部署が調査を再開した途端、その行方不明者の中には、北の黒電話が支配する国家が過去にやらかした事例が新たに発見されたりと、別の分野でも大事になってたりする。
つまりヤルバーンが救出した事例よりも、新しめのがまだいたということだ。これは結構な問題になり、後のこの世界の『黒電話の運命』を決める事由になったりする事件となった。
そんな実社会の事件事由もありつつ、あれからニーラ先生の研究した結果によれば、あの時空間に関するデータを精査すると、今現在でも座標を追える事は追えるが、並行世界としての性質である『可能性』に関する位相のゆらぎが激しくなったとかなんとか、そんな難しい理屈で、時空間をつなげることが当面できなくなった、という話である。
その話を聞いたフェルは、彼女なりのあの世界感を理解した感覚で、『さもあらん』と思うわけで、彼女も日本人や地球人の持っている、オカルト的感覚の本質と言うものを少々理解できてきたような、そんな感じであったりもする。
ちなみにフェルがあの世界で購入した缶入り清涼飲料だが、気がついて取り出したところ、中身は空で、缶もかなり朽ち果てた状態になっていた、と言う事であった。
さらにニーラ教授はその数年後、ガーグデーラと呼ばれたゼスタール合議体とティ連が和解した時代、即ち月丘和輝達が活躍する時代になってから、極めて重要な点に気づいたことがあったらしく、此度の事件を改めて調べ直したところ……
スール・ゼスタールの『ナーシャ・エンデ』内に存在するスール達が在る特殊なエネルギー空間が、あの時の空間に近い空間性質を持っている施設だということを発見したそうな。
この研究は、現在もゼスタールの協力を得て、進められている……
--フェルさんの、全然怖くない都市伝説。 おしまい--