銀河連合日本外伝 Age after ― ヤル研秘宝館 ― 第四話
~ さて、この三年後の世界より遡る事一年前。かの時より二年後の世界をしばし体験する。 ~
丁度、柏木達がMHE宇宙船を見送り、米国も本格的な宇宙時代到来かと騒がれていたそんな時代。
米国の一件も落ち着いた頃、やっと「やれやれ」なところで政治的にも一段落つけられそうかなと、みんながそんな風に思っていた矢先の出来事であった。
この頃、アフリカ大陸―ギニア共和国を発端とした、この地球では恐るべきウィルス性疾患のトップ5に入る『エボラ出血熱』の流行が世界を騒がせていた。
さて、この国にはかの大森会長率いるOGH傘下の石油関連企業で、日本での石油エネルギーマネージメントのトップ企業でもある『アスカ・エネルギー産業株式会社』が、アフリカ北部アルジェリア民主人民共和国に国際共同出資の油田事業を展開していた。
国際共同出資企業であるからして、欧州、米国、カナダなど主要先進国の企業から派遣された従業員が数多く現地人と共同で働いていたわけだが、このアフリカ全土を襲ったエボラ出血熱の大流行により、この企業連合体における日本以外の諸外国も、各々母国から一時的な待避も勧告され、当時油田施設に残っていたのはアスカ・エネルギーの日本人社員と、残務が残っていた欧州米国カナダの一部社員だけだった……が……
実はこのアスカ・エネルギーの日本人社員の中には、総勢数十人のティ連人が混ざっていた。
イゼイラ人は元より、ダストール人にディスカール人、カイラス人にパーミラ人といったティ連主要国のスタッフが、皆して『キグルミシステム』の日本人モードでアスカの社員という体裁で混ざっていたのであった。
その目的は、当初日本のこういったエネルギー産業と、地球における砂漠地帯の環境調査に古代遺跡等々の調査という方針でやってきたつもりだったのだが、このエボラ出血熱の尋常ならざる流行にヤルバーン本州も非常に危惧した訳で、ヴェルデオは彼らティ連人スタッフの任務を少し変更し、アフリカに展開する国際医療NPO団体へ、異星人である身の上を秘匿した上で協力。『ティ連医療を駆使して構わないので、その疾病流行を沈静化せよ』との命を下し、彼等はその任務も含めて活動していた。
OGHの大森会長もこのヤルバーンの方針に大いに賛同、協力し、彼らティ連人チームは、アルジェリアのアスカ・エネルギー施設建物を拠点にして、モーリタニア・マリ・ニジェールといった国々、地域に飛び、医療活動を支援していた。
確かにティ連の医療技術はすごい。いや、すごいという範疇で語るのはもはや意味が無い。彼らの活躍で、その効果は目に見えてすぐに現れ始めた。
ティ連人は、やはり異星人ということもあってエボラウィルスには感染しないようであり、また彼らの医療技術をもってすればこの程度のウィルス性疾患などなんということもない。
抗ウィルス薬といえば、ウィルスの受容体がヒトの細胞に取り付くことを阻害する形態の薬品が地球医療では有名だが、ティ連のナノマシン型対ウィルスプログラム薬は、ナノレベルのロボットが直接ウィルスを攻撃して消滅させ、必要に応じ自律して細菌のように分裂し、仲間を増やして体の中を巡回、病原を駆逐するという物で、その薬品効果は段違いである。
地球でも同じ様な薬品を開発しようとしてはいるが、まだまだ実用以前の段階、理論レベルの話だ。
ということで、今回彼らの使ったナノマシン医療技術はまだ当時秘匿されていたので、OGH傘下の医薬品メーカーが作った臨床前の試験薬を緊急投入したという体裁にして、ティ連型のナノマシン薬を患者達に投薬し、それまでの悲惨なエボラ流行状況を一気に好転させる大活躍を彼らは見せていた。
ある日、丁度その日はこの油田施設の休日であった。ティ連人諸氏もそれまでに、てんやわんやの忙しさで大騒動だったわけだが、そんな努力のかいあって各国各地域のNPO団体にナノマシン薬の使い方もあらかた教育し終わり、あとは現場のNPOに任せてその日は油田施設内の宿泊施設で、久しぶりの休日を皆して楽しんでいた。
残務で居残っていた欧州、米国などの先進国企業チームもその薬品を投与してもらい、各自安心してこの場所で仕事をしていたのだが、それまでそんなこんなでそれは忙しく、日本人に扮したティ連人さん達のおかげで、やっと一段落できたというところだ。
ちなみにこの二年後のキグルミシステム。ポルとナヨの共同開発で、何と! 音声擬態の機能も備わっており、ティ連人、特に副音帯を持つイゼイラ人やダストール人の擬態効果が格段に上がっており、欧州・米国人からも彼らは完全に日本人と思われていた。
さて、そんなところで流石に外でスポーツというわけにはいかないのがこのあたりの気候である。
外は真っ昼間なら五〇度を軽く超える時もある。ティ連人諸氏はPVMCGに連動するインナースーツを着れば、完璧な空調が効いてそんな気温もなにするものぞというところだが、地球人諸氏はそういうわけにはいかない。んなところでスポーツなんぞしようものなら数分で血が炊けてしまってぶっ倒れるだろう。
ということで日本企業区画には大きな空調効いた体育館があり、そこで居残った欧州人や米国人を呼んでフットサルやバスケットボールなんぞに興じていたりする。
ルールを教えてもらったイゼイラ人やダストール人等々扮するティ連人がまたこのスポーツにハマってしまい、彼らの運動能力を駆使してプレイするもんだから、諸外国人や現地人からは『ホントにこいつら日本人か?』なんて目で見られてしまったりする。
その他別のティ連人は、転送を駆使して北の方のティムガッド遺跡やティパサ遺跡といった遺跡の観光を調査も兼ねて訪れていたり。
油田施設からは相当距離がはなれてはいるが、そこのところは彼らの科学力である。転送装置を使えば、何千キロ離れていようが、数秒の距離だ。
転送装置の使用は、ま、諸外国人には内緒で人知れず使われていたりする。
……と、そんな感じで休日を楽しむ油田スタッフ諸氏。ま、どっちにしろエボラの騒動が収まるまではしばしそういう仕事が主となってしまうだろう。それでもティ連科学のおかげで良い方へ向いているようなので、諸氏安心感もあったのだが……
フットサルに興じる諸氏がたむろする体育館に、ドバンと扉を開けて入ってくる現地人労働者。
「た、大変だ! みんな逃げろ!」
人種としてはアラブ人。アラブ訛りが強い英語で大きく叫んだ後、彼は汗をかきながら背後をたまに振り返り、もう完全に狼狽する口調で、
「武装組織がこっちに向かっている! かなり大規模だぞ! 俺は逃げるからな!」
そのアラブ人労働者の一言で、地面を機嫌よく転がっていたサッカーボールはどこかにすっ飛んで行き、フットサルに興じていた各国スタッフは目茶苦茶訝しがる顔をしながら互いの顔を見合う。
「武装集団? ドウイウ意味ダ?」
そんな疑問を呈するダストール人スタッフ。日本人スタッフは、テロリストであると教えてやっていた。無論生半可な連中ではないという事も。ちょっとこれは洒落にならない事態だ。
とにかくみんな退避の用意をしようとするが……今外の様子を見に行っていたフランス人スタッフが血相を変えて体育館に戻ってくる。
「おい、もう囲まれてしまっているぞ! 四方からテロリストの連中が迫っている!」
「アルジェリア当局に無線は入れたのか!」
「ああ! すぐに向かうと言ってはいるが……!」
と、その時、施設外の様子を見てきたアメリカ人スタッフが、
「まずいぞ! 連中は宣教軍だ!」
「なんだって……」
顔面蒼白になる諸氏。
独特の落書きのようなアラビア文字に円形マークがついたSISの黒い旗、そこに宣教軍独自の意匠が描かれた旗も見えたという。
ただ、一部日本人……に見えるティ連人のみ、妙に落ち着き払っていた。
そしてもう一人、落ち着き払っている日本人。しかも女性がいた。
「皆様、落ち着いて下さい。ここで狼狽しては、思考停止して助かる物も助からなくなりますよ」
なんと! OGH会長相談役秘書室長の田中さんだった!
二年後の田中さんは、OGH相談役に昇格、エライさんになっていた。
でもって傍らにいるなかなかに男前の日本人は……
「ザッシュ、今はとにかく時間がありません。各国のスタッフを集めて安全な場所に。他のティ連人スタッフ様と、PVMCGを所有している方は、私と共に」
「わかったマリコ。ボクも後から行く……サぁ、みなさん。とにかく安全な場所へ……アメリカ国の地下施設がいいでしょう」
勿論田中さんには、彼女の愛する旦那様、ヤルバーン科学局の現在は部長であり、OGH会長付相談役科学顧問の『ザッシュ・ハント・サーヴェル』が傍らに付く。
「ち、ちょっと待ってくれ。あんた達日本人はなんでそんな落ちついていられるんだ? それに『ザッシュ』って……日本人の名前じゃないだろ」
ドイツ人のスタッフが訝しがって尋ねる。
「マリコ、もうここに至っては、隠しても仕方ないだろウ」
田中さんはコクと頷き、「ではみなさま。もう……」と言うと、偽装したティ連人はPVMCGを操作して、その正体を晒す。
「なっ!!」
と驚く諸外国人。それはそうだろう。さっきまで妙にスポーツに長けた日本人だと思っていた連中が、なんとイゼイラ人にダストール人、パーミラ人にカイラス人だったとはと。
『ザッシュ、オマエハタナカノ言ウトオリ、スタッフヲ守ッテクレ。アト、ヤルバーントニホン政府ニモ連絡ヲ』
ザッシュが了解と頷くと、そのダストール人も頷いて
『ヨシ、デハココハ、我々ガ抑エヨウ』
とダストール人は、あとの異星人諸氏と田中さんに視線を合わせ、意志を確認する。
『マリコ、気をつけて』とザッシュ。彼は彼女の実力を一番良く知っている。そんじょそこいらの特殊部隊員より優秀だ。
それにティ連人スタッフも元々はヤルバーン乗務員だ。皆ゼルエら当時の防衛総省派遣員や、久留米達自衛官から、サバイバル訓練に戦闘訓練は受けている。だがそれを黙ってみておけない諸外国のスタッフも。
「まて! 俺達も手伝うぞ」
と米国人やフランス人にドイツ人スタッフ達。だが流石に彼らは基本一般市民だ。ティ連人スタッフと一緒に戦わせることはできない。そこはザッシュが説得し、とにかく今は隠れるようにと彼らを下がらせた。
アイコンタクトで田中さんと意志を確認するザッシュ。互いの信頼の絆は強い。
『よし、んじゃどうするよ、ケラー・タナカ』
カイラス人スタッフが、とりあえずこの施設では責任者の田中さんに指示を求める。
田中さんが確認するのは、皆のPVMCGレベル。幸いなことに武装レベル4まで使えた。
稼働繊維スーツにイゼイラコンバットスーツ。ブラスターライフルに無反動砲。パーソナルシールドに、シエ特製の複合装甲シールド。これだけ使えれば問題はあるまい。アルジェリア軍が到着するまでは持ちこたえられるだろう。
『タナカ……今回バカリハ、スタンモードトイウワケニハイカナイゾ』
「ええ。みなさん、相手は女性を奴隷として売り飛ばし、自分たちに従わないものはモノのように扱い、何の罪もない一般の方々を簡単に殺してまうような、理性ある知的生命体をやめた連中です。遠慮はいりません。彼らの信じる神とやらのもとへ送って差し上げましょう」
諸氏田中さんの言葉に頷き、ブラスターライフルに粒子榴散爆弾など防衛総省軍一般歩兵の装備を纏い、作戦通りの場所へ散っていく……
それからはもうみんな大奮闘であった。
基本テロリストどもは、日本製のピックアップトラックに対空機関砲をくっつけたものや、ランクルを歩兵輸送車代わりにしたもの、概ねそんなものなのだが、昨今は活動地域の政府軍から鹵獲した戦車や歩兵戦闘車まで駆使して石油施設に襲いかかる。
普通の軍隊ならまず降伏勧告でもするところだが、もういきなり人影を見つけては小銃から機関砲をぶっ放してくる。手を上げて投降でもしようものなら、奴隷扱いされるか、男ならその場で射殺もありうる状況だ。
そんな中、ティ連スタッフはパーソナルシールドを駆使してゲリラ的にテロリストへ襲いかかり、連中は知らない武器、ブラスター弾を食らって命中部分を焼き焦がされ、狼狽しながらバタバタと倒れていく。
更には、ピックアップトラックぐらいの車両なら、ブラスターライフルの徹甲モードでエンジンルームに大穴ぶちあけ、貫通させて吹き飛ばす。
敵を倒した瞬間、調査員のティ連スタッフはすぐさま光学迷彩をかけて周りの景色に溶け込み、次の標的へ襲いかかる。まるで『捕食者』の名を冠する映画に登場した異星人ばりの動きである。
田中さんも米国某州郡保安官資格保持者らしく、油田施設に次々と突入してくるテロリストを待ち構えて、ブラスターライフルの正確な狙撃で仕留めていく。
すると、スコープ状のVMCモニターに先程逃げ出したアラブ人労働者達が捕まっている状況を捉えた。恐らく身代金目的の人質にするつもりだろう。流石の田中さんでも、かなりの数の敵に捕まった労働者を助けることはあまりに無謀である……と思っていた時、せなを軽く叩く誰か。
ドキっとする田中さん。彼女の後ろを取るなんて、なかなかの人物……
『ヤァ、マリコ』
ザッシュだった。彼もなかなかやる。
「ザッシュ! なぜこんなところに! 他のみんなは!?」
『大丈夫だ。アメリカ国やフランス国のスタッフサンに元兵士の人がいてね。手伝うって聞かないんだ、ハハ。で、武器を複数造成して渡した。みんなを守ってくれてるヨ。で、ボクがマリコの応援に来たというワケ。フランス国のスタッフサンが「女一人で戦わせるな」だってサ』
「そう、もう、フフ……」
諸外国人にもプライドがあったのだろう。元兵士なら尚更だ、なかなかの気骨である。そこはザッシュも理解できるので、お言葉に甘えて彼等に武器を渡して田中さんを援護に来た。
仕方ないわねと苦笑いな田中さん。こんな笑顔ができるのもザッシュがいるおかげか。で、そういうことならと納得する田中さん。ザッシュも科学局の職員だが、ヤルバーンの乗務員であるかぎりは、それなりのサバイバル訓練は受けている。田中さんをサポートすることぐらいは可能だろう。
『あの、アラブ族という人種の人たちを助けるんだろ?』
「え? ええ……だけど、敵が多すぎるわ……」
『大丈夫。ホラ、あれみて』
ザッシュの指差す方向に、何やらゆらぎが見える。そのゆらぎは人型だ。
『調査局のダストール人スタッフだよ。彼らは調査探検用に、光学遮蔽迷彩を使う資格が与えられてる……よし、ボク達はあそこに構え、あの車両を吹き飛ばして敵を撹乱させ、彼を援護しよウ』
「わかったわ」
ザッシュと田中さんご両人、少し窪んた場所に陣取り、田中さんはカールグスタフ無反動砲を造成して担ぐ。ってか、田中さん、どこでそんなものの使い方覚えたんだと。
ドシュと宣教軍の歩兵車両めがけてグスタフを発射すると、敵のBMP-1に見事命中、爆散する。
中からアホテロリストが火だるまになって飛び出してくるが、そこをザッシュが牽制でブラスターライフルを速射モードで連射。
その攻撃に狼狽した宣教軍テロリストはこちらに向かって反撃しようとするが、背後を見せた途端、光学迷彩を解いたダストール人の調査局員スタッフが至近距離でライフルを連射し襲いかかる。
眼前の敵をなぎ倒し、指さして状況確認のジェスチャーをするするダストール人。
捕まった労働者達の安全を確保した。
こちらに向かって手を振るダストール人。ヨシ! とハイタッチする田中さんとザッシュ。
だが、ザッシュの持った無線機に、地下施設で他のスタッフを守るアメリカ人スタッフから連絡が入る。
『ザッシュ! すぐにコッチへ戻ってくれ!』
『ドウしましたか?』
『クソ野郎どもの戦車だ! 今カイラス人が援護に来てくれたが、俺達だけじゃちょっときつい! ってうおわっ!』
無線機からヒュ~……ドカッという音が入り込んで、戦車が地下施設のある建物に発砲しているのがわかる。
「ザッシュ、もどりましょう!」
『ああ、でも……』
今戻ると、ダストール人スタッフが一人になってしまう。彼はアラブ人労働者を誘導しようとしているが、彼の容姿にビビって労働者達が言うことを聞いてくれないようだ。
それを見た田中さんが「私が行きます」と出ていこうとするが、それに気づいたダストール人が「来るな」と田中さんを抑える仕草。
そして何か大きく指差してジェスチャーすると、皆が向こうを見た瞬間に彼は光学迷彩をかけて消える。
田中さんは指差した方を見ると……
「…………あ! あれは!」
『……フゥ、これで助かったね』
アルジェリア軍が遅ればせながら到着してくれたのだ。
「これで彼らは大丈夫ね。では施設に行きましょう」
と、地下施設建物の援護に向かうが、宣教軍もアルジェリア軍到着に気づいたのだろう。
ティ連人と田中さんらに予想外の手痛い反撃を食らい、ボコボコにされた宣教軍は撤退を開始したが、アルジェリア軍は油田施設を飛び越えて宣教軍を追撃する。
旧ソ連製の戦闘ヘリも従えて追撃急襲するアルジェリア軍。宣教軍も迎え撃つが、装備が全然段違いだ。 Mil-24Dハインド攻撃ヘリのロケット弾を撒かれ、殺虫剤を吹かれた虫けらのように吹き飛ぶテロリスト。まあこんなのが虫ケラのようにくたばったところで自業自得なのでどうということもない。
とにかく正規軍の到着でなんとか油田施設を守りきったわけだが、到着した正規軍の責任者に、それを成し得たのがティ連人と田中さんという日本人女性に一部欧州米国人スタッフの奮闘であったことを説明するアラブ人労働者達であった……
* *
……と、実はこんな事件が昨年起こっていたのだ。
後にアルジェリア軍の事情聴取を受け、その奮闘にアルジェリア大統領から勲章もらって一時帰国する田中さんとザッシュ君にその他スタッフなのだが、実はこの事件、当時日本でも非常に有名になった事件なのであった。
その一番注目されたところは、初めてティ連人がリアルで地球人類と戦闘行為を行ったという点だった。
まあ今回の場合は、相手が宣教軍というクソテロリストだったので、その戦闘行為自体は賞賛されて批判の声などなかったのだが、各国政府が注目したのは、ティ連人の決して軍人ではない人員が、彼らの当時使えるティ連武器と技術を駆使して状況的に圧倒的有利の宣教軍戦力をガタガタにしてしまったという点であった……あと、妙に戦闘力の高い正体不明の日本人女性がいたという話もあったりしたわけだが……
残念なことに、というか、田中さんやザッシュ達にとっては幸いな事にという表現になるが、その油田施設事件の映像的記録が何ら残されていなかったので、その様子は当事者の証言や、生き残れたテロリストから尋問して聞き出すしかなかったわけだが、このリアルな戦闘は当時国連からも調査団が派遣され、色々と調べられた事件だったのである。
更に、『地球人VSティ連人』という初の構図になったこのリアルコンバット事件は、ヤルバーンやティ連各国でもニュースになり、この地球世界のイスラムテロリストという過激な組織に対して徹底的な調査を行うようティ連本部からヤルバーン州軍や、調査局にも指示が出された。即ちSISや宣教軍は目出度く五千万光年彼方の惑星間連合国家からも敵視警戒される存在となったわけである。
なぜにティ連のような弩級超大国が、彼らから見れば、言ってみればハナクソのような、このSIS系のテロ集団に警戒し興味を抱くか……
早い話が、この連中のカルト的な思考や哲学が、ティ連人には理解できないわけで、こんなのが宇宙に出てきて勢力を拡大され、もし将来的に非合法でティ連製武装を入手されでもしたらどうなるかといったところも含めて、今後の対地球外交の研究材料としたい……といったところもあるようなのだ。
こんな一神教宗教の教義を都合のいい解釈で犯罪に利用する連中なんぞ、ハナからティ連の眼中にナシといいたいところなのだが、使う科学には相当の開きはあっても、知性の基準でいえば、こんなバカでも基本地球人である。そこは同格なので、連中基準の考えでトンデモ行動をすることまでを予測し、制することは、それがティ連技術があったとしてもこれなかなかに難しい。
地球世界で最新の科学をもつ先進国が、路上爆弾や自爆攻撃といった野蛮で原始的な攻撃に未だ翻弄されているのと理屈は同じである。
どんなに科学が優れていても、バカなことを普通にする本物のバカ相手にはこれ、その科学すらも通用しないところは多々ある。そこは警戒しないといけないという話である。
そんな事件があった後の、連合加盟から三年後の現在。一年前の出来事を振り返る柏木に白木、そしてあの時の当事者であり、今や安保委員会の民間企業連合側重鎮でもある田中さん。
彼女は明日で閉会する防衛協議会のヤル研側スタッフという体裁で参加していた。
いかんせんこの協議会は先の通り『国連安全保障理事会』管轄の協議会であって、田中さんのような所謂民間スタッフが参加できるようなものではないのだが、一年前のSISや宣教軍と対峙した人物として話を聞きたいということで、急遽彼女に『参考人』として来てもらっていたのだ。
「そうですか……グレヴィッチ大統領閣下がそのような事を」
柏木や白木から昨日のグレヴィッチとの会話を聞かされる田中さん。彼らの話す一言一句にコクコクと頷く。
「田中さん、まー外務省としても、政府としてもあの連中に関しては情報不足でお恥ずかしい話なんですがね。こういう言い方しちゃったら失礼極まるのを承知で言うんですけど、あの状況から脱出どころか反撃して、結果的に言えばあの宣教軍を追い返すどころか殲滅しちまった貴方がたな訳ですから、この手の話をお尋ねするのには、うってつけなところもありましてね」
白木が彼女を呼んだ経緯を説明していた。でもって柏木も、
「思い出したくもないお話でしょうが、なんせあの連中に対しては、我が国も距離的に縁遠い地域の出来事なので、正直よくわからないところが実際でして、まさか、かの地にスパイを送り込むにもスパイになる人に申し訳ないですし、はは。ま、そんなとこでして」
要するにあの地域の混沌さ加減が日本にいるとわかりにくいから田中んさんに教えを請いたいと、そういう次第なのである。いかんせん『行くな』というのにノコノコ行って、捕まってクビ掻っ切られて殺されてくるあほうがポツポツいるような状況であるからして、やっぱ危機感がイマイチ当地にいる人々と比べれば、そこはリアルに欠ける話で、グレヴィッチの話に乗ってやっていいものか、参考にしたいのでそのあたりをよく聞きたいといったところ。
「なるほど、お話はよくわかりました柏木様、白木様。で、この件についての私に対するお気遣いは無用にお願い致します。あんなテロ屋連中の一〇匹や二〇匹、あのような形になったところで何するものでもございません。私にとっては、台所のゴキちゃんの方がよっぽど震えが来るほど恐ろしい相手ですわ」
オホホと手を口に当てて笑う田中さん。その態度を見て口あんぐりで呆気にとられる柏木と白木。
さすが田中さんと言うかなんというか……やはり普通でないと思うわけである。伊達に日本有数の保守系家柄の娘はやっていない。ザッシュ君もえらい人を嫁さんにもらったもんだと感心したり。
ただ……「私の主観とは別に……」と田中さんが眦鋭く話し始める。
「私が大森の命でティ連の研究員様を調査研究のために隠密であのアルジェリアのような地にお連れしたのも、『化石燃料』とはどういうものかといった調査や、あのような地域の自然環境調査、有名な遺跡などを調査していただくためだったわけでございまして……状況の巡り合わせとはいえ、今思えば我が夫のザッシュや、その他のティ連人様方々がいらっしゃってくれたおかげで、あの窮地をぬけ出すことが出来たのも事実。かの時の経験がお役に立つのでしたらどんなことでもお尋ねくださいませ」
と田中さん。早速彼女もなんでも答えられるようにとPVMCGをセット。昼をまたぐと思われるので、今日の晩飯はどうする? とザッシュ君に電話していたり。
さて、当時の田中さん達、もちろんあの状況で日本のOGH系施設で働いていたわけであるので、秘匿モードのヴァルメ使って田中さんやザッシュ以下日本人スタッフに、あとはその他外国人企業スタッフともども転送させて脱出ということも選択肢にはあった。だが彼女達が残って立ち向かっていった理由は、あの施設そのものがテロリストの手に渡り、資金源になる事を避けたかったという事と、大勢いる現地人スタッフの安全確保が理由にあった。それを彼女達の立場なら出来るという判断があって、その場に残ったわけであるが、最悪転送で簡単に脱出できる状況ではあったので、当時の田中さん達の主観では、さほどの危機的状況とまでの認識はなかったようなのである。
「なるほど、ではやはりあの状況下でも、ティ連の技術装備が日本人スタッフや、ティ連人さんスタッフの安全を担保していたわけですね?」
柏木が田中さんに尋ねる。
「はい、そういう事になります。結果論ですが、それは居残っていらっしゃった他国のスタッフ様も同じでしょう。唯一例外を言えば、沢山のアルジェリア人労働者の皆様ですね。彼らはあの国が母国ですから、逃げ出すにも逃げ出しようがありませんし、あの人数を同時に避難させるほどヴァルメの転送キャパシティーがあるわけでもありませんですから、最悪致し方ない状況というものはありましたけど」
頷く柏木に白木。で、次に白木が尋ねる。
「やはりアレですか田中さん。連中は容赦無かったですか?」
「ええそれはもう……警告も何もなしにいきなりアッラーアクバルですからね。当時はエボラ出血熱の流行もあって、アフリカ全土で一致団結と言ってる最中に、あんなことをしでかす連中です。ザッシュや他の異星人種族様達も、彼等は理解不能だと仰っていらっしゃいました……本当に地球人類の恥ですわね」
少々語気が強い田中さん。だが、彼女の言うことももっともである。
特にこのアフリカで肥大化してきた『宣教軍』は、今やSISに匹敵する規模になってきていた。そしてその活動範囲もここ三年で相当拡大する。
国際情勢における『政治勢力』というものは、合法非合法に限らず、ある影響力の強い組織が弱体化すると、その組織にひっついていた組織が、取って代わろうとして必ず大きくなる。これはソ連崩壊後の東欧然り、湾岸戦争後の中東然りだ。
しかもこの現象は、国家に限らず非合法なテロリストのような組織にも言えることである。
米軍の執拗な攻撃で、組織の首魁が暗殺された某組織が弱体化し、その次に出てきたのがSISだが、そのSISもロシアと米国の空爆作戦と、中東諸国の反撃が功を奏しこれも弱体化しつつある。で、そこで大きくなったのが、SISの衛星組織であった『宣教軍』である。
この組織、今では宣教軍にこれまた付随する衛星組織の活動もあって、先のアフリカ諸国で『国家の中の国家』の如く不可侵の勢力範囲を持つようになり、その勢力はアルジェリア南部にも及び始めていたところであったのだ。
しかもSIS以上に残忍凶悪な組織としても有名で、アフリカ各国もその対応に頭を悩ませていた。
「……私達も、そういう状況下であるとは理解していましたが、まさかあのエボラ流行の最中にまで、あのような暴挙に及ぶとは……少々甘く見ていたところはありました。そこは猛省しなければならないところです」
渋い顔で頷く柏木達。
「では、理屈云々で片付くような相手では……」
「はい。もう全く。話では、集落を襲い、奴隷になりそうな人々をさらって、体に障害のある方々は皆殺しにされて……ということは普通に聞き及んでおりました。ですからエボラを治療するティ連人様方々も、エボラに限らず、あのアフリカ特有の風土病や、負傷、ケガなども献身的に診ておられたようで、何かあったときには健康的な体があれば、逃げることもできると、エボラ治療だけではない事もなさっておられたようですわ。本当に頭の下がる方々です」
「本当ですね。確かに……それに比べてあの連中は……」
そんな話を聞くと、だんだんむかっ腹立ってくる柏木先生。
確かにそんな宣教軍のような組織に入る奴らの理由として、貧困といったものもあるのは事実である。
貧困層を言葉巧みに騙し、洗脳教育を施し、人間爆弾にするのは連中の常套手段だ。
貧困が原因だといっても、悪に手を染めてしまえば、もうその理由も免罪符にはならない。ソッチに行ったお前が悪いのだという話になる。域外から義勇軍を気取ってやってくる外国人など論外である。これに日本人も混ざろうとしていたのだから、救いようがない。
「で、白木。グレヴィッチ大統領の言ってた難民の件、そこまで深刻なのか?」
「ああ。お前もニュースなんかで見てるだろ」
「おう」
「あんなの氷山の一角だ。グレヴィッチ閣下もあの時は言葉に出して言わなかったが、難民と、現地人との間でトラブルも既に頻発している。それどころか最近じゃ上陸を拒否して、送り返している始末だ……とはいえ、イタチごっこで欧州側のほうの対応が全然追いついていない状態だがな」
「フェルも言ってたけど……そのSISに宣教軍って、今やティ連でもガーグ・デーラやヂラールレベルの仲間入りだしなぁ」
「おう、聞いた聞いた。連中も宇宙級の敵生体の仲間入りかよ。めでてー話だぜ」
ただ、ここで柏木がふと思うこと。
「そこんところだけど白木……ティ連が宣教軍連中を、その『宇宙級の敵生体』とみなしたってんなら、連合防衛総省を動かせるって事なんだよな?」
「え? そんなのお前の方が詳しいだろ先生……まぁでも理屈ではそうなるわな? ただ、ヤルバーン州やティ連は、地球の地域情勢への内政干渉はしないという方針を一貫して貫いてるから、そこんところの噛合はあると思うぞ。特危もティ連が一声あげれば動かせるんだろうが、それやっちまうと、今度は日本国内が吐きそうになるぐらい五月蝿くなるからな……ま、お前もわかるだろそこんところは」
「なるほどね。やっぱそうなるか……ふうむ。二藤部総理達、どう考えてるんだろ?」
みなして複雑な表情である。田中さんも腕くんで考えこんでたり。
田中さんならここで素晴らしい助言の一つも……といいたいところだが、彼女が考えこむぐらいであるから、やはり事は複雑という話なのである。いかんせん元国連職員の田中さんであるからして。
(っつーことは、やっぱりここはトップの決断って事なんだろうなぁ……こりゃある意味『魚釣島事件』以上に難しい問題だぞ。なんせグレヴィッチ大統領の顔も立てにゃならんし、米国もあの条件出されちゃ、引くに引けなくなるんだろうし……あー、えらいこっちゃなぁ……)
ヤル研見学会となった防衛協議会。やはりヤル研の技術力に、ティ連の科学力。そんな担保があれば、こと国際安全保障体制の面でも、各国の思惑が色濃く出てきてしまうものなのである。今回はその筆頭がグレヴィッチ大統領の一件だ。
こりゃどんな方向に動いていくのが、益々わかんなくなったぞと思う柏木。
(ヤル研見せないほうが良かったかぁ?)と思うがもう遅い。さて、政府はどういう方針を出すのだろうか……
* *
という事で、数日間ではあったが、国際防衛協議会は閉会する。
結局各国のみなさんは、ヤル研の大人のおも……信じがたい防衛装備品の数々を見学して帰ったという次第なのではあるが、後にグレヴィッチ大統領の登場で、かの御仁の来日した目的が各国諸氏に知られた途端、ヨーロッパ諸国がみなしてグレヴィッチの日本とヤルバーン州に対する対応に賛同してきたという次第。
かのウクライナですら不本意ながらそういうことだった。つまりそれほど深刻な話という事でもある。
実際の話、もう宣教軍やSISは、アフリカ各地域に潜在的に存在するそんなテロ組織と完全にネットワークを形成し、ホルムズ海峡から大西洋へまで、当地の海賊連中と結託して進出してしまっていた。
更に先日、またアフリカの女学校が襲われ、女学生三〇〇人が誘拐されたというニュースが入り、日本人記者が誘拐され、殺害されたというニュースも入ってきた。
ティ連の技術で助けられなかったのかという話も話題になったが、転送技術で救出するにも本人確認できるバイタルデータがないと救出できない。つまり、いつものあの動画で拘束を公開された時にはもう既に殺害されていたという事なのだ。身代金だけ巻き上げて、そのままトンズラをやらかそうという腹だったのだろう。もうこれは正直許せるものではない。
地中海に面する国々、特にアルジェリアは南部がかなり連中の勢力下になり、リビアはリビア民兵とSISが結託し、かなり侵食されてきているという状況。 以前から米軍が頻繁に空爆を敢行してSISの拠点化を防いでいるが、決定打にはなっていない。
……という訳でそんなアフリカ情勢の中、国際協議会から三日後のとある日。
『フ~む。どうしたものでしょうか……』
ヴェルデオ知事が腕くんで悩む仕草。
ここは永田町の総理官邸。ヴェルデオ知事と会談する二藤部。無論議題は先のグレヴィッチが提案した件だ。連合としてヤルバーン州も乗れるかといったところ。
あれから二藤部とヴェルデオは、すぐにサイヴァルとマリヘイリルと、ガッシュへ連絡を取り、五者会談を行っていた……というかガッシュはたまたまイゼイラの議長府へ居合わせていたので、特別参加と言う事だった。無論ガッシュはもう総統閣下は退任しているので、一議員としての訪問だ。まあ早い話がイゼイラへ表敬訪問してたついでという話らしい。その会談内容は現総統に報告してくれるという。
『私としては、判断はヴェルデオ知事に任せルよ。基本的にヤルバーン州は自治国扱いだしね。現在の一極集中外交方針も、ニホン国が連合へ加盟シた段階で、成果を果たすことも出来ている。それにサマルカ国の一件もある。それにヤルバーンが特別州化した事で、地球世界の経済活動との絡みもアる。そう考えると現在の時点で、もう一極集中外交方針の一部は緩和されているようなものだしな』
とサイヴァル。
『タダ、ヤハリ、ヤルマルティアト、ヤルバーンノ完全ナ技術的優位性ガ担保サレナイト、ハルマ世界ノ不安定要因ヲ増大サセテシマウ事ニモナル。ソノ、『センキョウグン』ヤ『エスアイエス』トカイウ、テロ組織殲滅ニ、我々ノ技術ヲ使ッテ地域ノ安全ヲ担保サセタイトイウ話ハ理解デキルガ、ヤリスギルト、ソノ後ガ、コレマタ面倒臭イコトニナリカネン』
『そうですわね。ファーダ・ガッシュの仰るとおりデす。恐らくそういった話になるだろうと思いまして、連合科学委員会に、今後チキュウ世界で予測されうる科学技術の進歩と、我々の持つ技術を鑑みた公開推奨基準を作成させました。この基準範囲での技術公開であれば、今後我々の判断を仰がなくて結構ですよ、ヴェルデオ知事、それにファーダ・ニトベ』
マリヘイルはそう言うと、後程リストを作成させて日本の研究機関……即ち『ヤル研』を含めた該当機関へそのリストを送っておくと話す。
そして、この会談時点で、事実上ティ連技術の、日本と、一部米国『以外』の地域国家への公開規制が緩和されたのである……
『ファーダ・ニトベ……』
やおらサイヴァルが二藤部に語りかける。
「はい」
『そのテロリスト集団ですが……こちらへも現在色々と資料が送られて来ており、私も読ませていただいていますが……』とその後言葉を選びつつ『本当にその連中はそんな残忍な行為を平然とやってのけているのですか?』
と疑問を呈する。すると二藤部はコクと頷き、
「正直、こればかりは我々理性ある地球人にも理解不能なのです閣下。もう正直『狂っている』というしか言いようのない連中でして……ティ連世界では、このような存在は歴史上存在しなかったのでしょうか?」
『少なくともイゼイラには……確かにかつての進歩派と維持派の闘争などはありましたが……あとは我々ガ宇宙に進出しテ、先のヂラール事件のような半知性体との戦争ぐらいデスか……そのテロリストの行動原理に匹敵する連中といえば、ガーグ・デーラぐらいでしょうか……』
するとガッシュが
『ダストールモ旧軍政時代ニハ、思想組織トノ政治的闘争ハ、ハルマ同様ニ存在シタ時期モアルガ……ソノ「シュウキョウ」トイウ思想ヲ基本理念ニ、テロ組織ガ跋扈シタトイウ歴史ハナイナァ』
『パーミラも同様ですわ。そもそもその組織のやっていることが知的生命体の理性として許せる範囲を超えています……確かにティ連も含め、どの国も完全に理性が全てを凌駕している知的生命体だといった、そんなおこがましいことは申しませんが、不幸のみを拡散させる事しか能のないその組織に対抗することは、理性を持つ人々の義務でしょう……今回はそのグレヴィッチなる指導者の言に、乗ってみましょうか』
なんと、マリヘイル直々のテロリスト掃討作戦参画の言葉を得た。
その言葉を口真一文字にして聞く二藤部。無論感謝の言を述べるが、素直に喜べないところがあるのは事実だ。
それにまだ米国や欧州各国がその作戦に乗るかどうかも公言されていないし、国連安保理で何か決まったわけでもない。まだ内輪の話の段階であるからして、マリヘイルがティ連議長として責任持って決定してくれても地球世界が乗り気でなければ先に進まないのである。
確かに日本としては、グレヴィッチの話した『北方領土租借解決案の承諾』や、今後の日露関係に、世界に対するティ連技術格差への対応など、そういった諸問題解決の緒が見いだせてありがたい話ではあるのだが……このSIS問題は、日本やヤルバーン以外の、他国同士の利害関係も複雑に絡んでくる。
一番身近なところでは、シリア政権の扱いで米国とロシアが対立していた状況が良い見本だ。
悲しいかな独裁政権を維持させたほうが、SISのような連中を抑え込むのには効果的だったということを理解していたのはグレヴィッチの方なのである。そして元々はそういう形で中東の独裁政権をなんだかんだで維持させていたのは米国であった。だが西側先進国が開発したIT技術が、その独裁体制を崩壊させるきっかけになり、不安定な民主化思想が悪に狙われて今のような状況になった……
良かれと思ったことがみんな裏目に出る。何かある種コントみたいな話だが、そこにヤルバーンや連合日本が、日本や連合の国益のために巻き込まれていくというのも、なんとも不思議な話ではある。だが、逆に言えばそれほど看過できない問題、程度を超えた問題という事でもあるのだ。それは間違いない……
* *
さて、そんな問題を科学技術や軍事力でどうにかなるのかという話になれば、今までの地球基準であれば、大いにクェスチョンマークがつく。
そんなものでどうにかなるのであれば、今の軍事技術でとっくにどうにかなっているはずである。
そして、そんなテロリスト組織には、毎日近隣地域のみならず、世界中から頭のイカれたおかしい連中が参画しようとやってきて、いいように利用されるのも知らずに犯罪者の仲間になっていく。
もうその時点で後戻りなどできはしないわけで、ままそんな連中だと知って逃げ出す者もいるのは事実。そして各国政府に「間違ってました」と泣きついてもテロリストの洗礼を受けたものは、もう既に人としての信用をなくしている。そんな連中には世界から救いの手も伸びない。これは常識である。
まれにその家族が自費でプロを雇い取り返したとか言う話も聞くが、そんなのは本当に稀有な例である。
言ってみればその悪循環そのものが、このテロ組織に対する問題の最たる見本なわけであるが、それを地球の科学ではなく、ティ連の科学でなんとかできないかという話になって、なんとティ連本国から、日本とヤルバーン州の監督下で、連合本部が指定した技術であれば、地球世界に公開してもよいという判断が出た。
基準としては『今後地球世界で一世紀の間で実現が可能と思われるもの』という条件が付いている。
実際、サマルカ国が米国へ供与した『磁力式空間振動波機関』もその条件の範囲内だったので、供与が可能だったわけだ。
「でも、一斉に開示するというわけではないのですよね?」
官邸に呼ばれた柏木連合議員とフェル大臣。二藤部は昨日の五者首脳会談の内容を二人に話す。
「はい、それはそうなるでしょうね。あくまで開示の許可が出ただけであって、その開示権限は、我が国とヤルバーン州にあります。勿論我が国や、ヤルバーン州の国益もふまえた方法で行いますよ。ま、いうなればこれも外交カードというものですね」
と二藤部が少しニヤつきながらそう応える。だが、彼も今年で任期終了なので、この件の取り扱いは慎重を要するという話にはなるわけで……
「私もヤルバーン事件が起こる前、一国民であったわけですけど、前政権のような状況になった場合、また妙な方向にいってしまった時のことなども考えないといけませんね」
と柏木が言うと、二藤部も、
「その点はご心配なく。ヴェルデオ知事と話し合いまして、技術公開をする際は、ヤルバーン州と我が国双方の合意がないと、データバンクにアクセスできないような体制を作る方向でまとまっています」
「なるほど、それなら無茶なことは起こらないですか……」
するとフェルも、
『変ナ政治家がドゥスな事をするのはティエルクマスカ世界でも同じですヨ、マサトサン』
「あ、まーそうだね。うん、確かに……」
そういう事だ。こればかりは今のような安定した体制でいつもいられる保証などはないわけである。
前政権時の、宇宙人のニックネームを持った、今思えばフェル達が激怒しそうな馬鹿者を日本人は一時でもこの国のトップに据えていたという事を忘れてはならないわけで、ああいう事は二度とあってはならないのだが、民主主義国であるかぎりはその保証がないのも事実である。フェルはそういうところは連合各国も同じだと話す。なので日本が連合に加盟した事は、今持って思えば本当に賢明な判断だったと思うとフェルは話す。
「で総理、その件の各国への説明は……」
「はい。白木さんと新見さん。三島先生に走ってもらっています。あと、先のグレヴィッチ会談での我が国の回答ではないですが、今後の方針も……」
頷く柏木とフェルさん。その内容は既に知っている。そして二藤部は、
「米国へも打診し、マッカラム大統領の了承は既に得ています」
「では米国もやっとというところですか?」
「そうですね。で、我が国も……」
腕くんで考える二藤部。もちろん柏木も。フェルはさほど考えていない様子。
『コレでトッキジエイタイも、チキュウ内で活躍するのデスね』
「まぁ……そうなんだけどね、フェル……」
流石にフェルも、もう三年も日本に住んで、衆議院議員をやってるわけでるからして、柏木達の表情の意味も理解している。だが……
「あーー! 国内の政治でまた一悶着やらにゃいかんのですよ、フェルさん」
と頭をクシャクシャとやる柏木。横では二藤部がウンウンと頷く。
『ナルホド、そうなると毎度の事デスが、ニホン国サンは、メンドクサイですヨねぇ……』
「はい。で、フェルさん、またお願いできますか?」
『了解いたしましたデスよ。私がまた答弁に立つでス……連合憲章では別に何も問題無いのですけど……』
……さて、彼らが話す議題の意味。それは何を意味するものか……
大きく踏み出す一歩とも言える決断。これがグレヴィッチ大統領の言葉に乗せられた結果というわけではないが、いつかは決着を付けないといけない事のためといえば、意味もあるかと思う諸氏。
さて、地球世界でまた大きな節目となる出来事が始まろうとしている……
* *
……さて、半年後のある日のこと。ヤル研通例会議場、とんかつ処『瀬戸かつ』
昨今のヤル研も、研究員の種族数が増えに増えて星間国際色豊かである。
先のクローラーシステムを考案したイゼさんチームを始め、ダストール人チームにディスカール人チームと、色とりどり。
日本人研究員は、今やティ連の一員でもある日本国であるからして、その技術インフラと防衛力のために、ティ連技術を我が国家のものとするため税金を無駄……日夜研究に励んでいるわけであるが、ティ連研究員の皆様は、まま所謂発達過程文明の研究が主であるわけで、自分達の技術をなるべく使わずに、地球に現存する技術と、ティ連人の知識を融合させながらの発明品を開発して、本国にデータを送っていたりしていた。
そんな形で日本人やティ連人うまい具合に研究体制を整えていたりするわけだが、沢渡の発案で今回ある事が決まって、その通達が行われようとしていたりする。
「……というわけで、半年前に決まった世界各国への技術公開の件なんだけど、事前に配った俺のアイディアでいこうと思うけど、どうかな? もしそれでみんなが納得してくれるんなら、鈴木先生にお話して総理にも通してもらおうと思う。で、もう総理も任期終了間近だから、早くしないとね」
こればかりは日本のお家事情。二藤部政権も終わりに近づき、普通なら二藤部もレームダック首相として何をするわけでもなく、残りの任期を外遊に費やして、まま「ゆっくりしていってね」ってな感じで任期を終えるところなのであろうが、世界はそう見ていない。
総理の任期が終了しても次に自保党の重鎮として政局に影響を与える人物であろうし、更には今や安保委員会の盟友ともいうべき議員達、元防衛大臣の井ノ崎に、ティ連国内通商活性化担当大臣の春日、それに柏木やフェルさん大臣までも次の総理候補に名前が上がっていたりする。
つまり次期政権も下馬評では自保党の現政権を引き継ぐ政策になるのは自明の理なわけなので、世界各国の首脳は二藤部をまったくレームダックとして見ていないのだ。
即ち、各国も言葉に出しては言わないが、ドノバンですら知らない『安保委員会』の存在を薄々気づいており、日本の現行国策はこの委員会が実質の『首脳』として機能しているのではないかと思っていたりする。
実際はそんなことないのだが、まあ結果論的にそうなってしまうし、そう見えるのも致し方ないところではあるが……
それはさておき、瀬戸かつのヤル研メンバー。彼らも『連合日本』の一国家機関のメンバーである。リアルなガレージキット作ってるオッサン軍団というわけではない……確かに『ナントカとナントカは紙一重』な連中ではあるにはあるが……
で、ヤル研にも当然半年前に決まった、世界に対するティ連技術公開基準の通達の件。当然コレに対する意見を政府から求められてきたわけであるが、この半年間、例のSIS・宣教軍への対応もあって、まだヤル研としての正式な技術公開基準が決まっていないのであった。
取り敢えずという話で、かのイゼさんチームが作った『リニアクローラーシステム』は、特にティ連技術が使われたものではなく、あくまで『イゼイラ人科学者が地球の技術を踏まえて考案した画期的な発明品』ということで、米国政府とも協議の上、君島重工を通してロシアへもライセンスすることが決定した。
当然、その見返りはあってしかるべきで、ロシア側は日本と米国に対して約束通り『オブイェークトPOT-116』の設計や技術全般を全公開してきた。
更に日本に対して、かの『北方領土租借地認定の確約』を書面で通達してきており、これも日本にとって歴史的な出来事として近々政権をまたいで条約が締結される見込みとなっていた。これで日露平和条約も近く結ばれることになるだろう。
米国に対しては、CJSCAからの脱退……とまではいかなかったが、積極的参加は今後当面見合わせると通達してきた。ま、確かにこれは致し方無いところはある。もし完全に脱退してしまったら、中国がどんな動きを見せるかわかったものではないからだ。そこは彼の国にもおとなしくしていて欲しいところもあるので、そういう塩梅でとりあえず落ち着いた。
そして……ロシア側からの最大の要求。SIS・宣教軍討伐のための国際有志連合軍の結成。これは日本と米国も約束は守らなければならない。
体裁上は米国も面子があるので、米国とロシアの共同声明ということで、その組織発足を呼びかける形となった。
更にその支援国家として、真っ先に日本とヤルバーン州が名を連ねる。
日本は良いとして、ヤルバーン州が名前を出してきたことはとてつもなく大きい。つまりヤルバーンもその科学技術を用いた軍事力を展開すると公言したようなものだからだ。
更にこの国際有志連合軍に参画すれば、もれなく『日本の研究したティ連技術がついてきます』と公表したわけであるから、その点も大きい……但し『ティ連技術そのもの』ではないところがミソであるが。
それでもその技術を欲しい! と思う国はもういってみりゃ世界各国そうなので、欧州に中東、アジアとほぼ全域の国家が国際有志軍に参画を表明してきた。そんな中にはもちろん中国や韓国もいるわけで、なんと! 北朝鮮までその輪の中に入ろうと『偉大なる将軍様は、不埒なる人類の敵であり、この地球のゴミで、ダニにも劣るテロリストどもを駆逐するために起ち上がられた!』とかそんな放送をホイホイ流してたり。
「……いや、沢渡部長、そんな大盤振る舞いしてどうするんですか……」
呆気にとられるヤル研メンバー。流石に【世界の反応】にしては強烈に過ぎると。そこまでティ連技術欲しいんかいと。
「いや、そりゃね、取捨選択はするそうだよ。そんなの……まぁ五千万光年譲って、常任理事国の中国は……あー、やっぱ無理かなぁ……」
「韓国もでしょう。ティ連本部の主観では、連合の領土を不法占拠している国なんですから。そういうの連合は厳しいそうじゃないですか」
「豪州もヤバイって話だそうですよ」
「また何で? クジラか?」
「いや、もうそれはヤルバーンのハイクァーンもありますし、大したこっちゃないんですが、あの国、意外に親中国家なんでね、その方面で技術流出なんぞを……」
「はぁはぁ、そういうことね。昔、確か……潜水艦でもあったなぁ、そんな話」
結局はなんだかんだでLNIF陣営の欧州、米国系国家で落ち着くんかなぁと、そんな感じ。
「で、ここからが本題なんだけど……当面第一弾で技術公開する物件に案件だけど、ティ連人さんチームに頑張ってもらうよ」
その沢渡の話を聞いて『へ??』となる異星人さん達。
『あ、アノ、ケラー? それはどういう事デスか?』
「いや、あのクローラーシステムを見た柏木先生の発案なんだけどね、即ち、ティ連人さん達が今研究しているのって『ティ連の知識で、地球の科学を洗いなおしている』ってところなわけでしょ?」
『ア、はい、そうでスね』
「なら、君達の開発した物って、ティ連科学の知識は詰まっているけど、基本地球の技術なわけじゃない?」
『あ、ハイ……って、あ、そういうことデすか!』
ティ連人研究員さん達は理解できたようである。
つまり、先のリニアクローラーシステムに見られる『ティ連の科学知識と地球の技術でモノを造る』という方法なら、最低限ティ連科学そのものの流出にはならないだろうし、連合にも悪影響を及ぼす事もないだろうと。
「それに、柏木先生が言ってたけど……『この方法なら地球の発展や、ティ連人さんの発達過程文明研究双方のためになるし、安定していていいんじゃないか?』って言ってたよ」
おおー、と関心するティ連人技術者。
『流石は柏木連合議員ですね』
「うん、伊達にお宅らの星までいってないね。俺も『そういう考え方があったか!』って、頭叩いたからな」
すると日本人技術者が
「ああ、それでこの書類ですか、検討項目の……『ティ連人研究グループの開発品洗い出し』ってなってるのは……」
「そういうこと。これで世界が結束できるとなれば、面白い話だと思うよぉ~」
だが、と疑問を呈する声も。
「沢渡さん、でも~それなら私達日本人研究者の出番が……」
「そうそう、っていうか、我が国の対外防衛力って、法的には特危しかない訳ですけど、そのSIS掃討作戦に特危も参画するんですか? それって『特危自衛隊運用原則』に違反するって野党連中が五月蝿いっしょ」
「はは、その点は政治家さんに任せようよ。なんでも柏木先生にフェル先生、鈴木先生あたりが、色々考えてるそうだよ」
ほぉ、と頷く諸氏。で、その話を聴き終わったティ連人さん研究員達は顔を紅潮させて……
『私達の発達過程文明研究成果が、ハルマのお役に立つとは! 頑張らないと……』
みなして頷き、握りこぶし作ってたり。日本人研究員諸氏、まぁまぁもちつけと肩を叩く。
「で……そういうわけで、俺たち日本人グループも忙しくなるぞ」
「では、その柏木先生達の考えてる方向性って……」
「おう、ウチの研究成果物も全面的に……ね」
と片眼を瞑る沢渡。
「で柏木先生、それに準じた作戦名も考えてるそうだよ。それを今度安保理に提出してもらうって」
「どんな作戦名なんです?」
「えっと……オペレーション・ワンダーフェ……あ、コレ違った……」
目を細くしてジト目で沢渡を見る研究員達。
そんな作戦名って……流石に俺達でも怒るぞと。
「えっと、あった、これこれ……『オペレーション・ワールド・タスクフォース・コンベティション??』略称ワーコ……」
「さっきのと大して変わんないじゃないっすっか!」
みんなに怒られる沢渡。流石にそこまで落ちぶ……いや、そっち方向じゃないぞと、てか、自覚あるんかいと思うわけであるが、まぁそんなところ。
柏木のセンスの悪い作戦名はともかく、そんなところで地球世界へもティ連技術が一部解禁になり、世を正常に戻そうとする因果の修正力が働いた……というわけではないのだろうが、来るべき時に来るべき事象がやってきた地球世界。
この『SIS・宣教軍掃討作戦』がどういう結果を世界にもたらすか……
もしかしたらこの作戦が、地球世界の技術史における分水嶺になるかもしれない……そんな事を思う諸氏であった……