銀河連合日本外伝 Age after ― ヤル研秘宝館 ― 第三話
日本国が銀河連合に加盟した三年後の世界。そのとある日。
『国際防衛協議会』という各国の国防関係者が、現状の国防衛装備・防衛技術・国防体制のディスカッションを行う国際会議……という名目の、日本におけるティエルクマスカ技術運用を視察する国際集会である。早い話『国際ヤル研見学会』というところなのが、今回最初になるこの国際会議だ。
言ってみればみんなしてヤル研やティ連の防衛技術を見てみたい。よしんば手に入れたいぐらいに思って来ているわけなので、やはりその顔ぶれには軍事関係者が多いのは当たり前。サマルカ技術を取得している米国も、日本を除けば今やティ連科学の最先端をいく国家の一つではあるが、やはりその更に上手を行くティ連科学そのものをもう保持している日本との関係があって成り立ってる話。その真髄である『ハイクァーン』に『ゼル技術』はまだ日本やヤルバーン州を通さないといけないところが痛し痒しなわけであって、そこんところ米国もまだまだ色々と日本やヤルバーンに仕掛けをしたいとは思っているのが本音であろう……ただ、以前フェルが話した言葉。
『遅かれ早かれ、ティ連は地球世界にやはり関与していかなければならない』
『日本とヤルバーンだけ、地球から隔絶された社会としてずっとはやっていけない』
この言葉、重いものがある。
二藤部達日本政府もそこはやはり自覚しているところもあって、今のままでは日本や米国も進んだティ連技術は持っていても、そこに他国の干渉……早い話が裏で起こる間諜連中の暗躍。表と裏でやっている事の矛盾や目的の違う薄暗い作戦。所謂、かつて世界で暗躍し、その手法はどうあれ世界各国首脳が結果的にその存在を否定し、それに対応した地球における『ガーグ勢力』
この暗躍を再び招きかねないと、そんなところもあってティ連本部との折衝や協力も得て、その技術を供与するしないは別の話として、地球世界にある程度現状を公開するのも今後のためであろうという話で、今回の協議会も行えるように相成った。
ティ連―ヤルバーンとしても、ヤル研の『発達過程文明』のエッセンスが入ったティ連技術は未知のレベルであるとして、なんだかんだとティ連側も興味を持っていたりするのは、これ確かなところなのでもある。
* *
国際防衛協議会初日。
この日は各国の防衛関係ディスカッションが行われる。
今回の会議は基本国連管轄下に置かれている。公式な声明はないが、国連における事実上の最高意思決定機関「安全保障理事会」の影響下にあるのは間違いない。直接の言及はないが、いってみれば防衛関係、即ち安全保障関係で国連となれば、安保理が影響しないはずがないのでそういうところだろう。逆に言えば今回の協議会の内容次第で安保理が開催されるという可能性もあるという次第だ……だが、現在の日本、それが開催されたところで「だからどうした」という話ではあるが。
ちなみにこの三年後の世界では、日本は非常任理事国ではない。基本現在の日本、いや『銀河連合日本国』は国連から距離をおいているので、この非常任理事国選抜にも積極的ではない。
さて今回の防衛協議会議長国は、安保理における持ち回り議長国制度と同じく、フランスが議長国となっていた。
ということで初日のディスカッション会合は、各国が現在の安全保障関係における近況を報告する事から始まる。
当然地球世界の防衛・安保関係問題であるからして、この三年後の世界でも問題視されているのは、例のサラフムスリム国ともサラフイスラーム国とも言われる、略称「SIS」と呼称されるテロ組織への対応と、各国の主権問題、特に中国の南沙諸島進出やロシア・ウクライナ地方紛争に関する問題である。
この問題は、日本が銀河連合へ加盟した三年後の世界でも未だ尾を引きづっている。
そして、大きな大きな世界的安保問題。これこそ、その日本が銀河連合へ加盟した後の状態そのものの状況であって、これは世界で『防衛技術格差問題』という認識で一致していたりする。
『まず、SISへの対応ですが、安保理で決定したロシア、NATO、アメリカ合衆国の多国籍作戦が功を奏し、SISの規模を縮小させる事に成功しているのはご承知の通りですが、これにより中東の事態収拾を行えたのは良い結果ですが、アフリカ諸国おける貧困問題の拡大で、事態がアフリカ地域に集中してきており、アフリカ最大のテロ組織【スンナ・イスラム宣教軍】の地域拡大が現在懸念されています……』
フランスの有識者がプレゼンするが、ここでもやはり提案されることといえば……
『……ティエルクマスカ連合日本国、及びヤルバーン特別自治州に対して、有志連合軍として参画することを要請いたします。その理由は、ティ連技術を利用した兵器や技術のSISや宣教軍に対する有効性は明らかであり、特に連合日本国が公開したSCMSDF(特危自衛隊)の地球外地域の戦闘映像は……』
議長国フランス代表が原稿を読み上げる。内容は、三年前のティ連が演習を称する中東地域での戦闘映像や、此度公開された『ヂラール攻防戦』の映像の結果で、中東、及びアフリカ地域のテロ鎮圧作戦に協力してほしいという要請である。
無論、所謂自衛隊三隊、陸海空自衛隊は、三年前に成立した新安全保障関連法でこれらの事態に協力できないこともない。ただそれでも集団的自衛権を行使するには集団的でも『自衛』の状況にならないといけないわけで、そうなれば事実上それまでの自衛隊活動とそんなに状況は変わらない。
ということで防衛協議会はその最高運用管轄がティ連に属する『特危自衛隊』に協力を求めると、国連安保理事会総意の意見として、要請してきたのである。とはいえ、この場は安保理事会ではないので、強制権限はないのではあるが、ゆくゆくは安保理でもそういう話が出てくる予備折衝的な意味合いもあるという事なのだろう、という話なのは日本政府もわかっている話なので、ま、そんな話題も出てくるだろうなという事は想定範囲の話ではあった。
「それができれば、もうとっくにやっていますよって話ですよね、鈴木先生」
「そうですな柏木先生。特危は基本地球世界の地域国家問題には不干渉の立場ですからね」
『デモ、あのSISというテロ組織デすか? 私も調査しましたけド、聞きしに勝る凶悪犯罪集団ではないデすか。創造主の名のもとに、あんな卑劣な事を行えるなんて……』
フェルが指摘するのは、女子学生を集団で誘拐し、奴隷として売りさばいたり……といったその手の行動である。
「んじゃ、ティ連なら、あんなテロ組織、実際連合内にいればどう対処する?」
『ソレはガーグ・デーラと同じですヨ。もう即部隊を送り込んで殲滅でス。ただ……』
「ただ?」
『テロ組織というのにも色々あるでスヨ。表立ってそういっタ殲滅作戦ができる単なる武装集団いう連中が相手ならまだマシです。怖いのは内に潜んで工作活動をする輩ですヨ。調べるに、この『いすらむテロリスト』というのは、自爆攻撃を得意とするという話ではナイですか、流石にドーラでもそういうタイプはイマセン。私たちには理解できない戦法でス。そういったとこでどう対応できるか、そのあたりはもっと研究しないト……』
フェルがそういうと、柏木は眉毛を上下させて、
「そんだけわかってれば上等だ。流石ですなフェル」
『イエイエです』
つまり柏木や鈴木が言いたいのは、そんなところに首突っ込んだら、必ず泥沼化するのは目に見えてるので、そうならないためにどうするかを熟考してからでないと安易に応じられないということ。
もし日本政府やヤルバーン州が、ティ連の問題としてこの地球のSIS問題を重要視するというのであれば、「ティ連の科学、軍事技術」を使ってどう対処するか、そこをよく研究して考えないといけないということなのだということだ。
ただ単に、カグヤや、旭龍や旭光Ⅱを中東やアフリカに送り込んで、小汚いテロリストに爆撃を浴びせても、それはあくまで表の「当面」を安定化させたにすぎないわけで、本質の問題を解決させているわけではない。そこんところを考えないと……といったところだ。
ということで、日本政府や、ヤルバーン州政府代表、即ち防衛大臣の鈴木や、ヤルバーン州副知事のジェグリがフランス代表の意見に応える。
特にジェグリは、イゼイラから自治権を有している自治共和国扱いの自治体ナンバー2として、
『我々ヤルバーン特別自治州も、惑星地球に施政権を有する者として、そのテロ組織への対応を行う事はやぶさかではない』
と、回答した。実はこのSISに由来するテロ組織は、ヤルバーン州知事のヴェルデオも危惧しているところではあったのだ。その理由はまた別の機会にということになるが、実はこの件に関してのみで言えば、ヴェルデオ知事も、日本国を通じて各国要人と会談をいくつか持ったことはあったりする。
……ということで、他に現在でも問題視されている南沙諸島の領有権問題、これに関しては議題に出すなと中国が必死にも近い抗議をしてきたり。なぜならこの問題で現在の日本やヤルバーンが噛んできたら、もう中国としてはどうしようもないからである。
ただ、ヤルバーン州は地球の政治的問題には不干渉を貫いているので、この件にジェグリは一切コメントしなかった。
日本政府は、連合日本以前の話であるからして、それまでどおりの厳しい見解を中国代表に意見する。
ここはもうこの三年後も平行線だ。
ただ、尖閣諸島と竹島に関しては、今回議題には挙がらなかった。
尖閣諸島に関して中国は、以前ティラスに『次はない』と警告されていたからだ。そりゃあのVRの悪夢を垣間見た日には、あれが本物だったらどんなものか、さしもの中国共産党でも簡単に想像つくだろう。
しかも今の日本は、『連合日本』だ。事を起こせば、日本が動かなくてもティ連が動く。下手に手を出さない方がいいに決まっているわけであるからして。
竹島も現在日本政府が三年間の猶予期間を与え、全面退去するよう勧告している。
韓国政府は相も変わらず『妄言』やらなんやらと非難してはいるが、水面下でなんとか退去しなくていいよう外交攻勢をかけてきている。
今やヤルバーンが来る以前のように、『レッテル言い触らし外交』はもう使えない。
以前の『魚釣島事件』で連合の本気を見れば、そんなしょうもない事やらかそうもんなら、どうなるかということは思い知ったはずである。
で、最後はロシアさんだが……
先のウクライナでの件、クリミア半島の問題は、先の通りヤルバーンが来てしまった騒動で、なんとなく事はうやむやになってしまい、実際現在もなんとなくうやむやである。
北方領土問題も、こればかりは尖閣諸島や、竹島と違って『ヤルタ会談』レベルの歴史的事象までひっくりかえして話をしないといけない問題であり、そうなると米英まで引っ張り出さなきゃいけなくなる。
その他ロシアの実効支配は進みすぎているのでなんだかんだと割に難しい話であって、連合としても割と難儀な対応だという認識の話であったりするのだ。
そこへ向けてグレヴィッチ大統領がいきなり訪日してくるというもんだから、この件はその時に連合日本・ロシアの個別問題ということで、という話で、外務省が調整しているようである。
まあなんというか、この尖閣諸島や、竹島にクリミア、北方領土といった領土問題は、こんな防衛協議会のような場所で何か事が進展するというわけでもないので、いわば言ってみれば外交上の互いの認識を確認した程度の話なのだが、一番最初の議題、テロ組織SISへの対応は、国際的には急務である。
中東での活動はかなり抑えられたものの、スンナ・イスラム宣教軍のようなSIS衛星組織のような連中が幅を利かせ、それでなくても混沌としているアフリカ大陸が、更に拍車をかけたような状況に陥りかけている。これは先進各国、新興国各国ともに認識を共通する頭の痛い出来事だ。
……と、そんな真面目な世界情勢も含めたような話題もさることながら、結局この会議ではそんな問題も、ティ連の技術でなんとかできないかという話に帰結してしまうわけで、結局そこが本番。
日本勢にヤルバーン勢は、各国の防衛技術的な質問を矢継ぎ早に受ける。
「テロリストかそうでないかを簡単に見分ける技術はないか」「地下に潜伏する連中を燻り出す技術はないか」「テロリストとの戦闘時に、相手の兵器を一気に無力化する技術はないか」「自爆テロを事前に防ぐ技術はないか」「路上爆弾を効率よく発見、回避する手段はないか」等々。
そして、こういった対テロ戦術技術の他には……
「日本が採用を決定した機動兵器を貸与することはできないのか?」「米国がサマルカから得た技術を我々も入手するには、どういう基準が必要なのか?」「現状の地球技術の範囲で、ティ連の技術的助言を受けることは出来ないのか?」
といった物まで、そんな質問を鈴木に柏木達やジェグリは集中的に受ける。
こういった会合では各々がいろんな思惑をもって会議に挑んでいるわけであるからして、確かにSISや宣教軍のような連中に対する純粋な危惧もあるのは間違いなのだろうが、ままそれを利用してというわけではないが、先の質問のように『ヤルバーン・イゼイラ技術』をなんとか獲得できる基盤にコネを築きたいと思って各国やってきているわけで、結局そこに帰結する。
ある国は、日本政府に対して、数カ国合同出資の第三セクターを設立して技術研究しようとか、国連に公平な技術分配の組織を作って、日本にその組織の理事長国になってもらいたいだのとか、そんな意見を日本や、日本を通してヤルバーン州に話をしてもらいたいとか、どっかの隣の国は、いつもの芸で『共同開発』という全然『共同』で開発した試しのないハナから話にならない話を持ちかけてきたりとか、そんなところ。柏木大臣達、その各国の要望をフムフムと聞く。
「防衛協議会の名目っていう、ヤル研見学会ってなところで、結構お気楽に考えていましたが、こりゃこんなの、ミニ安保理事会じゃないですか……」
と柏木。なんだかちょっと考えていたのと違うぞと。
「やはりSISと宣教軍の影響は、特に欧州では深刻なのでしょうな。我々の技術でなんとかできないかというのは、体裁でもなんでもないのかもしれません。おそらく今会議で何らかの結果を出して、本腰いれようと思っているようですね、特に欧州各国は」
と鈴木。
「じゃ、本気の嘆願だと?」
「ええ」
フェルさん大臣は、
『じゃぁ明日、ロシア国のメツキ……ゲホゲホ……ファーダ・グレヴィッチ大統領が急遽ニホンへいらっしゃるのも、その関係もあってと見てヨロシイのでしょうか? スズキセンセイ』
「その可能性も否定できませんね。なんせ今日いきなりの話ですから、来日目的はこの会議の内容に準じるという話ですけれども、当然それだけではないでしょうから」
頷くフェルさん。意外にノホホンとはしてられないかもと思ったり。
旦那の顔を見ると、目を細めてどこかを見つめ、何か考える目をしていた。
そして今日最後の議題。
日本が世界に公表して、ある意味国際的な認知をしてほしいとも考えている議題……所謂『地球外敵性体への対応』であった。
現状ティ連の立場もあって、ガーグ・デーラの存在はまだ伏せられているが、政府が世界へ公開した「ヂラール」に関しては、こういう存在が宇宙にはいるという認識を世界も持ってもらいたいという意味も含んでの事でもあった。
まあこのヂラールも言ってみれば宇宙空間を越えた敵性体であるからして、近々どうこうなるという話ではないものの、万が一、億が一で考えれば、連中の残党か、もしくは分派した一派がこの宇宙空間へこないとも限らないわけであり、またこの広い宇宙、ティ連が知らない存在も当然いて然るべきであり、そういった仮想的な存在への対処も、今後の地球世界には必要となってくる。
その地球世界のかような存在は、当然世界各国の主権から独立した存在でなければならないし、また地球世界でも最強最高の装備を所有したした組織であらねばならない。
有り体な話、『地球防衛軍』的な感じの組織が一番いいのではあるが、それはまだまだ夢物語なので、地球世界での高度な国際安全保障組織のあり方を、有識者も含めて模索したりなんぞする。
ま、これに関しては、まだ少々時間を必要とされるだろう。
表向きは各国諸手をあげて大賛成だ。だがその諸手をあげて大賛成が曲者で、ひっくり返してみれば、『諸手を出して、ティ連技術ちょーだい』ってなところが本音である。恐らくそういった組織が出来れば、当然その装備はティ連的もしくは特危的な装備となるであろう。そこを各国色々どうこうしたいというのが本音であるのは間違いない。なので『地球防衛軍』どころか、『国連統合軍』ですら、今はまだ夢のまた夢な話なのである。
だが、何も話さないのであれば、それはそれで進展がない。なので、こういう場所でボチボチやって、将来に大きく繋げていく事も、これはまた大事な事なのである……
* *
というわけで次の日。
前日は各国の思惑も含んで……というとこもありはしたものの、それでも欧州各国の切羽詰まった状況はこれ本当で、この国際防衛協議会、というよりかは日本とヤルバーンに「手を貸してくれ」と遠回しに訴えてきた『嘆願』というわけで、これはこれで考えてやったほうがいいと、ジェグリ自身も思うところがあって、ヴェルデオに進言してくれていたりするわけで、それを伝え聞いた柏木とフェルは、共に欧州各国の代表者と短い会談をもって「話は通している」と報告してやった。
かつてこの地球では、『ブラックホーク・ダウン』という映画が上映された。
一九九〇年台~二〇〇〇年初頭にかけて米国が介入し、現在進行系で、所謂『宣教軍』も入り込んで余計にややこしい情勢になったソマリア紛争を題材にした映画だが、米国が結局アフリカ特有の、そのあまりの暗黒混沌さに音を上げて撤退したという、まさに人の負の感情の吹き溜まりとなったソマリア的な状況が、SISや宣教軍の影響でアフリカの途上国全土に波及し、現在中東よりもややっこしい状況になっている。
そこから派生する難民問題は欧州にとってはもう現在マックスレベルで看過できない事態となっており、SISや宣教軍の殲滅にNATOとして介入してはいるものの、あの米国を筆頭とした国連軍も撤退した魔界のような空間に、どの国も地上軍の投入をためらい、現行NATOや米国、そしてロシアの軍事介入も、SISや宣教軍の影響力を決定的に削ぐまでには至っていない。
そんな中で、ジェグリがヴェルデオに対応を進言だけでもしてくれるという事は、欧州各国にとっては涙出そうなぐらい嬉しいことであって、その報告を柏木やフェル、鈴木から受けた各国代表は、手をブンブン握って振って握手する始末。もう相当に頭をなやませていたのだと推察できた。
で……
午前中、そんな昨日の会合の延長戦で、各国代表と会談をしていた柏木達。
そんな中、とうとう『彼』が日本にやってきた。
時間としては、丁度昼を過ぎたところ。羽田空港はこれまた珍しい航空機を迎え入れる。
その名も『イリューシンIl-96―300』旅客機を改造した、ロシア大統領専用機。所謂ロシア版エアフォース・ワンか、空飛ぶクレムリン宮殿といったところ。
その内装は、グレヴィッチ大統領の命で、豪華絢爛に作られており、政府専用機としても使用されるため、本来は大統領専用機ではない……とはいわれているが、そこはそれ、そういうものである。
このIl-96という旅客機。大きさとしてはB-52ストラトフォートレスより、少しだけ大きいようなサイズである。旅客機でみれば大型にあたるだろう。実際、ロシア製旅客機の中では最新鋭機の一つである。
機体に大きくРоссияと書かれている。ロシア語で「Р」は「エる」と発音し、「о」は「おー」「с」は「エス」「и」は「イ」「я」は「ヤー」。
ロシア語はまあ大体キリル文字をローマ字的に読むと読めるので、これでロシアと読む。
そんなキリル文字が大きく赤く誇らしげに書かれ、ロシアの国旗である三色旗の色彩を持つラインが機体に流れるように描かれる。そんな米国のエアフォースワンとはまた違った威厳を放ちながら羽田空港に着陸する機体。
甲高いエンジン音をトーンダウンさせて静止するIl-96。飛行機のドアが開き、タラップ車が付ける。
そこから降りてくるは、シエさん曰く、目付きの悪いハ……いや、なかなかに狡猾なデルンという評価のゲオルギー・グレヴィッチ大統領だ。
今回は国際防衛会議に急遽出席のための緊急来日ということもあって、国賓待遇での来日ではない。それは先方も了承しているので問題はなし。それでも迎えに出るは二藤部に三島。
「ゴーラ! よくいらっしゃいました」
二藤部がグレヴィッチを迎える。
ゴーラとは、ゲオルギーの愛称系である。例えば、タチアナがターシャという愛称で呼ばれるように、ロシア語の名前は、名前によって愛称の呼称がほぼ決まっているのである。なので素人がロシア文学の原文版に手を出すと、登場人物が二倍になって見えるという罠が待っている。
グレヴィッチも普段母国でもあまり見せないニコニコ顔で応じる。顎を引き、口元を歪めて握手。
三島も満面の笑みでハグなんぞ。
先の柏木が言った話の通り、この二人は自保党代々続く総裁経験者の経緯から、個人的関係で言えばこのグレヴィッチとは仲がいい。グレヴィッチ自身も柔道家で知日派である。
旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ以降、実は日本の首脳はロシア首脳と個人的な関係で言えば、悪い関係ではないのである。ここは誤解してはならないところ。
グレヴィッチが首相時代の大統領が唯一例外だったが、アレも結局日本との関係を悪化させたためにグレヴィッチがもう一回出てきたという話もあるぐらいなのだ。
そして、このグレヴィッチもよく旧ソ連を倒してしまったゴルバチョフの次の酒飲み呑んだくれ大統領に師事していると思われがちだが、実はグレヴィッチが師事していたいのはゴルバチョフであるというのもあまり知られていない。
「ズドらーストヴィーチェ、シンゾウ、タロウ。三年前の宇宙船での結婚式以来ですな」
そんな言葉でグレヴィッチは親睦をアピールする。もちろんこれは個人的な関係もあるが、米国や中国に対する牽制でもある。
そう、マリヘイルが取り仕切った柏木とフェルのティ連国策結婚式に彼も出席していた事を忘れてはならない。ただあの時はロシアがウクライナのクリミア問題でスッタモンダやってしまった後の話だったので、丁度静観を決め込んでいた時期だ。なのでそんなに目立った事をやってはいない。
結婚式でも柏木に二言三言声をかけた程度だった。
ということで、日露首脳は、挨拶もそこそこに日本側が用意したトヨハラの高級車に乗り、空港を離れる。それはもうロシア側から日本側まで護衛の車列に守られての移動だ。とはいえ、当初はこの男、来日する予定などなかったわけであるからして、国賓来日ではないにしてもやはりそういう扱いにはなるわけで、やっぱりそこはいきなりの話、準備やらなんやらと困ったところは無きにしもあらず。
今回はグレヴィッチも扱いとしては、国際防衛協議会のイチ参加スタッフ扱いになる。いかんせんこの会場には、元首級の人物は参加していないので、彼と会談を持つ予定も急遽組まれた日露首脳会談のみである。それも国際防衛協議会スケジュール最終日にチョロっとやる程度だ。
つまりグレヴィッチ様の目的は……
「シンゾウ、この後のニホン国ヤルバーン技術研究機関の見学会だが、すぐにでも参加したいのだが」
「わかりました。ですが、今回ゴーラは急な来日でしたので、政府も相応の準備ができていません。従って、基本各国参加者と同じ枠で行動して頂く事になりますが、そこはご了承願いたい」
「わかった。そこは私も承知している。無理を言っているのはこちらの方だ」
とそんな話を幕張に向かって走るリムジンの中で話す二藤部とグレヴィッチ。グレヴィッチも今回ばかりは勝手が聞かないので、そこは合わせるといったところだろう。国賓でもないのに勝手はきかないわけなので、そこは彼も分別がある男である。
しばし走ると、件の幕張OGHゼルシミュレータ施設に到着する。
本日午前の会合はもう終了し、午後の部は、参加各国関係者代表を連れ添って、ヤルバーン日本治外法権区で、ヤル研見学会だ。
実際の話、今回の『国際防衛協議会』のメインディッシュはこれであるからして、昨日の安全保障状況に関するミーティングなどは前座にすぎないのだ。
各国代表団、今話題の人、グレヴィッチの登場に騒然である。彼が登場すれば、ドノバンやロドリゲス国防長官も対応しないわけにはいかないわけで、グレヴィッチに握手を求め挨拶に来る。
まあ現在、かのウクライナやシリア問題も後を引き、アフリカのSISに宣教軍の対応も含めて、ちょっとギスギスしている米ロだが、そこは大人の対応というやつだ。
中国代表団とは、同じCJSCA陣営同士、気さくなものである。
そして……
「ズドラーストヴィーチェ、カシワギマサト。お久しぶりです。三年前の式にはお招き頂きありがとうございました」
二藤部に呼ばれてグレヴィッチに対応する柏木連合議員。
ちなみにこのOGHゼル会議空間では、ティ連式翻訳機能が館内全体に働いているので、通訳は不要なのである。即ち、PVMCGと同じ翻訳機能が施設全体に働いている。なので会話もスムーズに行えるわけで、ヤル研訪問前に、このOGH施設で、まずは一発目、度肝を抜かれた諸氏ではあったのだ。
「お久しぶりです、グレヴィッチ大統領閣下。三年前はどうもありがとうございました。はは、私も色々あって、こういう立場に現在なっておりますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
そしてグレヴィッチはフェルの方を向いて、
「カシワギ夫人も相変わらずお美しく、ご壮健で何よりですな」
『イエイエです、ファーダ・グレヴィッチ』
ティ連敬礼で膝を少し折り、礼をするフェル。
三年も経てばティ連人の容姿も相当に浸透しているので、もう特段驚かれるようなこともなくなっている。
「さて、シンゾウ。私は今日、メインディッシュのみを頂くためにここに来たわけだが、これからかな?」
手を横にあげて少しニヤつき、冗談めかしに語るグレヴィッチ。まま確かにその通りなのだろう。ってか、いってみりゃ参加者みんなそうだ。
「これからみなして、そこの海上に到着するデロニカ……あー、ヤルバーンの旅客宇宙船に乗って、あのヤルバーン州タワーまで行きます。そこで我が国の治外法権区にある防衛省施設、ヤルバーン研究所の研究成果を見学してもらう段取りになっていますよ」
「それは、ニホン側の予め選んだ研究物なのか?」
そうグレヴッチが問うと、三島が、
「いや、ゴーラ。政府というよりも、ヤル研連中と、そこの柏木先生やフェル先生が選んだものだよ。あと、鈴木先生もかな?」
口を少し尖らせてウンウン頷くグレヴィッチ。彼が思うのは、要するにそれなりのソレらしいものだけ見せられても仕方ないわけで、そうなったらとっとと帰国とか……まま彼ならやりかねない対応をするところだったのだろう。だがそう言うわけでもなさそうな、きちんとした物を見せてくれそうではあるので、納得顔のグレヴィッチ。
ただ、その『きちんとしたもの』の基準が、おそらく相当かけ離れている……いや、まあそんなところだったりなかったり。
* *
さてそんなこんなで各国代表団諸氏は、OGH大型ゼルシミュレーター施設に隣接する港湾へ飛来してきたデロニカの日本政府専用機使用に搭乗し、ほんの数十分の旅だが、ヤルバーン特別自治州軌道タワーへ飛ぶ。
デロニカ自体は、現在でもヤルバーン観光におけるクルージングコースで活躍しており、日本としてはもう見慣れた乗り物になっている。当然現在ではヤルバーン日本治外法権区に赴く交通手段でもあるので、外国人にもその存在は知れ渡っており、ヤルバーン観光人気の乗り物だ。この三年後では一部LNIF陣営加盟国の外国人にも治外法権区への上陸を許可されている事は言うまでもなし。彼らにも大人気のコースであったりする。
あの接触から三年たったとはいえ、言ってみればまだ三年ともいえる。グレヴィッチやドノバンのような以前来たことある外国人や、割とよく来ている外国人はまだいいが、本日来たほとんどの防衛関係者はヤルバーンお初となるわけであるからして、デロニカを降機した後は、それぞれのお国の言葉で格納庫から日本国治外法権区に入って以降の『ここ』を感嘆をもって表現していた。
当のグレヴィッチ大統領閣下。彼はさすがに国家元首様であらせられるからして、SPにお国の護衛官に……日本側の特危隊側護衛として、シエさんがフンフンと護衛に付いていた。チロチロと彼の頭を見るシエさん。ペチっとやりたくて仕方な……柏木の方を見て、ニィ~っと不気味な笑顔を放つ。ちなみに今のシエさんは日本人モードだ。グレヴィッチは後ろをチロチロ見て、「なんだこの日本人護衛官は」というような視線を彼女に飛ばす。なんせいかんせん見てくれだけでいえば、自衛官の制服着たドの付く子持ちの人妻エロ美人が彼の背後を取っているのである。
シエの姿を見て三島に「この女性誰?」というような会話をしているようだ。それに応じる三島も少々タハハ顔。
ということで、グレヴィッチは国家元首特権ということで、ヤル研区画に入ると他の参加者とは別に、二藤部や三島が付き、他の参加者とは別行動となる。
グレヴィッチの解説役にはフェルがついた。でもって他の参加者への解説役には柏木が付く。まま、施設内に入れば沢渡や他の専門家も付くので特に問題はなし。
んで……早速ヤル研内覧会が開催される。
柏木達が昨日のミーティングに出席して、ある事に対する懸念が強まったりしていた。
それは何かという事だが、まー、なんというか、昨日の会議において各国はヤルバーン技術、つまりヤル研技術に対して思うことといえば……「テロリストかそうでないかを簡単に見分ける技術はないか」「地下に潜伏する連中を燻り出す技術はないか」「テロリストの戦闘時に、相手の兵器を無効化する技術はないか」「自爆テロを事前に防ぐ技術はないか」「路上爆弾を効率よく発見、回避する手段はないか」といった先の通りの話。
そりゃ当然である。バイタル追跡して転送回収が普通の技術のティ連技術にとって、これら要望はティ連技術を使えば、完全かどうかという話は別にして確かに不可能な案件ではない。
それにもしティ連技術のようなものを与えられれば、普通はこれらのような対策を講じる技術に力を注いだりもするだろう。
だが……外国人諸氏、彼らが見た物とは……
「c'est incroyable! このロボット兵器は何に使うのデスか!?」
「オー、マイ! 指に機関砲ねじ込んで、このロッド状のものを射出し、電撃を食らわせるのですか!?」
海坊主のような機体を見て思うフランス人技官連中は……
「これは……対潜用の潜水兵器ですか!?」と、流石ヤル研、なんともないぜ。
ビシュンと向こうでは、素粒子ビームを棒状に固着して、物体を溶断するアメリカ人が喜びそうな武器をデモンストレーション。
それを口あんぐりあけて見る白人ども。
でもって、やっぱり見せたあのゼル造成デモンストレーション兵器。
「こ、このロボット? に軍用艦艇の装備がついた巨大兵器は……」
アウアウになって指差し説明を求める英国代表。
「え、は、いや、これはですね。宇宙空間において、相対速度に対応する機動制御技術が非常に発達したティ連各国の機動兵器戦における、比較的頻繁に発生する接近戦での対応で……」
適当に『人型機動艦艇』の説明をする柏木連合議員閣下。こういのは昔とった杵柄でジェネラル某のプレゼン技術がキラリと光る。だが……
(こ、こんなのどー説明すりゃいんだよっ!)
まさか昨今流行りの日本の趣味というわけにもいかないしと。
ただ、唯一これら技術に理解度があり、色々と真面目な顔でヤル研のマッド……同志技術者と話すは、
「ミスター、このリアクター制御技術は、日本独自の設計でしょうか?」
「ええ、そうです。磁力空間振動波機関系の件ですか?」
「イエス。現在サマルカの技術解析は順調に進んでいるのですが、もっとリアクター系の設計を改良すれば、小型で高出力も可能かと思いまして……」
なんでも米国の技官さんや、科学者さんは、磁力式空間振動波エンジンでワープリアクター。ティ連科学用語でいうディルフィルドジャンプリアクターを造ってみようという計画が持ちあがっているそうな。
普通に重力子型のディルフィルド機関を使える日本勢から見れば今更な話なのだが、ティ連技術者はその話を興味を持ってフムフムと聞く。
ティ連でも磁力式空間振動波機関は、亜光速までの通常推進機関としてしか使った事がないので、磁力式でワープリアクターを作るという試みは画期的だという。
「流石はアメリカさんですな、沢渡さん」
「ですなぁ柏木さん」
米国も昨年のMHE宇宙船の成功で、現在完全に宇宙開発技術をサマルカ系の技術へシフトしようとしており、色々と外交規制の緩和を日本政府やヤルバーン自治州に求めてきてたりと、外交方面で色々互いに生産的な話し合いをしてたりする訳だったり。
ただ……ヤル件施設の見学に質疑応答を終えた各国安保関係者のみなさんが思うことは……
「なんか……とてつもなく高度で、すごいもんを見た気はするが……」
だからこれをどーすんのと。
確かに、これが常識的な反応であったりなかったり、あーほれほれ。
そりゃ確かにそうであろう。
普通こういった防衛技術なんてもの、その最前線で稼働する兵器開発なんてのは、末端の技術である。
例えば現実的な話をすると、『かの白い機動兵器があれば、戦場で無双』なんて話をする人もいるが、実際はかの白い機動兵器も、いうなれば戦場の末端で稼働するただのイチ兵器でしかないわけだ。
待機中は弾薬の補給に整備をする必要があり、戦場に出れば、本作戦前の偵察に情報収集、場合によっては工作部隊の工作活動、そして戦場への支援攻撃に各機動兵器への指揮管制、これらいろんな兵科の連携があって、かの白い悪魔な機動兵器も戦場でその能力をいかんなく発揮することができる。もしこれらがいくつか欠ければ、かの機動兵器も正直そんなに効果的な能力を発揮したかは甚だ疑問ということになる。
つまり、あの白い機動兵器が単独で強いのではなく、白い機動兵器を効果的に運用する様々なインフラがあっての話で、あの物語で最強であったのは、かの白い兵器だけではなく、強襲揚陸艦の兵科運用システム全体が強力であったがゆえに、という事でもあるのだ。
この喩えの通り、実のところ各国は、ヤル研のティ連技術にそういったところの物、先ほどの対テロ技術のような、所謂インフラ技術で何か収穫があればと少なからず思ってやってきたのだが、その実彼らが見たものは……
「なんだか、本国でやってるジャパンフェスエィバルのエゲツナイ版を見たようなだけの気が……でもすごかったような……」
となんとも言いようのない感覚にとらわれたり。
と、そんな話をヤル研サロンで一息入れながら話す世界各国の代表団。
で、興味深いのが中国の代表団。
彼らに対する有名な話を、この場でもご披露してくれるから面白い。
中国のこういった技術視察の団体が、例えば大田区の有名な中小企業や、東大阪の世界的な仕事をしている町工場などを視察する時、必ずやることが……
「トイレに行きたいのですが、どこですか?」
と言い出すそうだ。
すなわち、トイレは普通工場の奥まったところにあるのが通例なので、トイレに行くという事は、工場の内部をくまなく見せてしまうということになる。
即ち、場合によっては意識はしていないが、本来見せない方がいいものまで見せてしまう状況になることが多々あったそうだ。
なので、東大阪のとある工場では、来客用のトイレを工場外へ作ったという。
それ以降、急に中国人視察団は、トイレに行きたくなくなったのだそうな。
勿論そんなこと承知のヤル研メンバー。
トイレは警備室の横に作ってたりする。
と、そんな四方山話もあっての事で、訪問団諸氏のヤル研見学会はいろんな意味も含めて盛り上がってたり。
現在バスツアーみたいな見学だが、みなさんもっと自由に見学させてほしいと嘆願してきたので、急遽ティ連人スタッフも呼んで、いくつかのグループに分けて対応する。即ち見張り付けて見学させようという話である。
* *
さて、そんな感じで各国のみなさんも盛り上がってる中、こちらグレヴィッチ大統領閣下も日本政府の重要閣僚が付いて、ヤル研施設の対応を行っていた。
だが、苦笑いで冷や汗かいていたのは二藤部ちゃんに三島閣下。
なんせ「あの」とんでもない科学技術で出来た三島のよく知る某がいっぱいあったという話で、後の三島曰く彼に「リトル秋葉原」とまで言わしめたわけであるからして……二藤部は、
「やっていることは理解できますが……これはあまり野党連中には見られたくないような……」
なんて話。これ以上はあえて語らない。
とはいえ二藤部達安保委員会メンバーは少なからずこういうものがあるということは知っているわけであるからして。
でなければ「旭光Ⅱ」や「旭龍」が特危や陸海空自で運用されることなんぞないという話。
『デ、こちらがデスね、現在トッキ隊で運用を検討中のM型コマンドローダーと、中型支援機動兵器コマンドトルーパーで……』
フェルサンがグレヴィッチと、お付の技官・科学者へヤル研開発の兵器を説明する。
彼は腕を組んで顎に手を当て上目遣いで、これら兵器を睨みつけるように眺め見る。
触る事は許可されていないので、あまり近づけないのが歯がゆいところだが……
グレヴィッチは右腕を少し顔位置へ上げ、フェルの説明を遮る。
「失礼フェルフェリア大臣。アレは何でしょうか?」
グレヴィッチは、少し奥まったところにあった、車両を目にした。それは……
『ハイ? あ、アレは確か、私達イゼイラ人のスタッフが、このチキュウの技術を研鑽するために造った、センシャという機動兵器の走行システムを研究するための実験車デスね』
「ふむ……」
そう、あの現在君島重工と米国政府がライセンス交渉中のあのクローラーシステムだった。
グレヴィッチはそのマシンへ近づき……
「閣下、お願いがあるのですが……あの戦車をもっと近くで見せていただきたい」
『ヘ? あ、エット……』
そんな申し出にフェルは困惑。二藤部に視線を向けると、彼も頷いて「かまわない」と言っている。
『どうぞ』と許可すると、グレヴィッチは同行した技術者に科学者達をクイクイと呼び寄せる。
そう、かのクレムリンでの話に出ていた『ミハエル・ヤルナーエフ』と『ドミトリー・リビャネンコ』だ。
グレヴィッチもKGB出身でこういう兵器類には比較的理解がある。三人して巻き舌発音で、何やら討議しているようだ。
しばし後、グレヴィッチは二藤部に、
「シンゾウ、もしよければあの戦車の件で、話があるのですが」
「? あの戦車、ですか?」
「うむ。正確に言えば、私というよりも、我が国の技術者、あの二人かな?」
「ふむ……」
「あと……その件以外にも、少しね……確か、今日はアメリカンスキーのロドリゲス国防長官も来てたな……できれば露・日・ヤ・米で会談を持てないだろうか」
「四カ国会談ですか? ふむ、面白い提案ですが……」
と二藤部が興味を示すと、
「ゴーラ、急にどういう風の吹き回しだい? そんな感じで話をふってくるってことは、単にウチの研究機関の成果を見物に来ただけっていう話だけじゃなさそうだが」
「ああ、タロウ。そこのところも含んでの話もある……フェルフェリア閣下、ヤルバーンとしては如何か?」
そう問われるフェル。だが……
『ア、そう言われても、私は今ニホン国の閣僚サンですので……えっと……シエ?』
日本人モードのシエに話しかけるフェル。すると「え?」という顔でシエ@日本人モードを見るグレヴィッチ。するとシエはPVMCGに手をかけて……ダストール人のラミア美人なシエさんにチェンジする。
ちなみに服はリアルな制服なので、一瞬のマッパにはならないところが残念。
でもって、そのチェンジするサマをリアルで見せつけられて、びっくらこくグレヴィッチとロシア人のみなさん……どわっ!とそんな感じ。
「あ、あなたは!」
『私ハ、トッキジエイタイ一佐ノ、シエ・カモル・ロッショダ。巷デハ【きゃぷてん・うぃっち】デ通ッテイル。ヨロシクオネガイシタイ。グレヴィッチ閣下』
シエさん丁寧なティ連敬礼でメンチハ……大統領閣下にご挨拶。影で色々と護衛させていただいていたとそんなところ。
グレヴィッチも有名人にドッキリで会えて満面の笑顔で握手。基本彼は冗談好きなので、こういう事には寛容だ……で、
『……シエ、そこのところドウですか?』
『フム、私ハ、特危ヘ出向ノ身ダカラナ。私ノ方カラヴェルデオニ話ヲ通シテヤロウ。ソレデイイカ? ニトベ総理』
この中でヤルバーン州に関係している人材といえば今のところシエだけなので、そんなところ。
了承する二藤部。
ではということで、早速会談の手はずを整えようということになり、各部署へ連絡。
だが流石はグレヴィッチだ。そういう点グレヴィッチ主観で話を進めるもんだから、予定のスケジュールが狂うわ狂うわ。
いうなれば個人的な関係という点で、それだけ二藤部に三島が彼と良い関係を持っているからそういう動きも出来るわけであって、柏木が見た平行世界の日本国総理と米国大統領の関係と、ロシア大統領の関係も似たようなものだったという話。
そういうところの国際関係は難しいものなのである。
* *
ヤルバーン州日本国治外法権区画には、様々な日本の行政機関がある。
ヤル研は、かつての防衛省技術研究本部。現在の防衛装備庁のヤルバーン州分局も兼ねている。他に日本国在イゼイラ―ヤルバーン特別自治州第一大使館もあれば、東京都都庁分局や大島町役場ヤルバーン州出張所もあったり。
そんな中、グレヴィッチ大統領と急遽会談を持つことになった場所は、第一日本国大使館の大会議室。
この第一日本大使館は、大使館とは名目上で、現在では事実上の秘匿組織、かの『日ヤ安保委員会本部』となっていたりする場所なのでもある。
その会議室に、急遽呼ばれたヴェルデオ知事。まあ言ってみりゃご近所なのでそんなに時間をかけずにトランスポーターでやってきた。勿論ジェグリ副知事も参謀として同席だ。
米国からはドノバンとロドリゲス長官。
この急な四カ国……ヤルバーン州も自治国扱いなので一国としての話だが、そんな国々が会して会談となれば、他国もそれは少々訝しがる感じにはなる。特に中国や欧州主要国だ。
ただ、元々は担当者会合級の会議に元首のゴーラさんが飛び込んできたから話がややこしいわけであって、他国は重要閣僚級がいないためにそこまでの会談も出来なかったり。
米国もたまたまロドリゲスが挨拶も兼ねてやってきてたので設定できただけの事。
「……いや、申し訳ない。急にこのよう会談を設定していただいて」
「いえゴーラ。まあ確かに急な話ではありますが、明日にも各国との会談予定時間はあるでしょうに、急にまたなぜ?」
二藤部が訝しがるように彼へ問う。これが日ロ権益も含んだ問題なら、丁々発止やるところで、いちいち癇に障るあの外相もやってきてというところなのだろうが、珍しい事に今日はグレヴィッチの方から会談を持ちかけてきた。
確かに現在、結果論ではあるが全てにおいて大国化した日本にそうそう無茶を言ってくる連中もまあいないもんなのではあるが、体裁的なものを差し引いてもグレヴィッチの態度は珍しい物がある。
今の会談には、日露ヤ米の主要人員が全て揃っている。勿論柏木もいる。他、シエも特危の責任者代行として同席していた。シエに関しては、彼女の興味本位でたまたまいたためにそうなっただけの話ということもあるが……
「実は……ドミトリー大佐、例の設計図はあるか?」
「ダー、大統領閣下。これを」
隣に控えるドミトリー陸軍大佐が何やら大層な設計図を広げてみせる。
それを見た日本政府に米国関係者諸氏。真っ先に「!」マークが三つほど頭に点ったのは、柏木であった。
「これは! 確か……二年前、新見さんがフランスの兵器見本市で見たっていう……何てったっけかなぁ……オブイェークトタイプのPOT-114とかいう」
その言葉を聞いて、ニヤと笑みを見せるグレヴィッチ。
「よくご存知ですな、カシワギ議員」
グレヴィッチ閣下は、柏木の偏った能力を知らない。
「やはり……では大統領閣下、これって貴国の軍事機密資料では?」
するとグレヴィッチは手をヒラヒラと振り、
「いえいえ、114はもう廃棄されています。これは114ではなく、その発展型のPOT-116というタイプです」
確かに言われてみれば、純粋な設計図なのでイマイチ雰囲気は掴みづらいが、かの114型とはデザインの趣がかなり違う。というか、
(これって確か、以前動画投稿サイトにあがってた出所不明の例のやつじゃないか?)
と思い出してみたり。
以前の114型が、なんか日本の売れなかった特撮ロボット戦車物みたいな感じのイメージであったのに対し、この116型はもっと洗練されて、某機動兵器アニメの番外編に出てきた狼戦士の名を関するロボット戦車みたいな雰囲気だ……まあ旭光Ⅱや旭龍とは流石に比較にならないものの、それでも見た目にイメージは柏木先生の琴線に触れる。
ロシアの軍事設計図を目の当たりにして(かっけーーーー)と思う兵器バカ。やはりヤル研と同類でちたの図。
当のヤル研スタッフが、「おおーー」と目を皿のようにして見てたり……ってかてめーらの方がもっとすごいもん作ってるだろうと、ミハエル工学博士とドミトリー大佐の目が訴えていた。
「ん?」
そこでふと気づくは沢渡。同席しているイゼイラ人技師も同じく……
「これは! リニアクローラーじゃないですか!?」
『エエ、確かに。設計は全く違いますケド、構造的にはそうですね』
何と、ロシアの科学者連中もリニアクローラーを作っていたのだ……と思ったが、
「いえ、これはあくまで理論上の設計図にすぎません。この電磁クローラーシステムの設計は、まだ我々も現物としては完成させておりません」
すると柏木が、
「では試作車両も現存しないと?」
とカマをかけてみると、ドミトリー大佐はあっさりと
「いえ、試作車両は現存します。ただ、駆動システムはごく一般的なクローラーシステムですが」
ふむと頷く柏木。要はあのアップされてた動画は本物だったのかと納得。
ただ、ここで疑問に思う事を二藤部が問う。それは……
「ゴーラ、これは貴国の軍事機密ですよね? 普通なら我々が目にすることのない……しかもここには米国のロドリゲス長官やドノバン大使もいらっしゃる。どういうことですか?」
するとグレヴィッチはボールペンを手元で手遊びしながら……
「シンゾウ、それに長官、大使。我々はこのクローラーシステムに関して、日本のキミジマと米国政府がライセンス交渉を行っているという情報を持っています」
その話を聞いて、少々渋い顔をするドノバンにロドリゲス。商取引故に秘密であるのが普通だが、やはり漏れていたかと。
だが、このクローラーシステム自体の設計は、後に沢渡が言うにはロシア独自のものだという話。所謂偶然同じようなものをロシアとヤル研イゼイラ人さんは作っていたという話であった。だが、イゼさん達が作っていたものに比べると、技術的には相当遅れていたという話。ただ、改良の余地は多々あったという。
と、そんな話はさておきと、グレヴィッチはそれ自身は特に問題でも話の主題でもないという。
「このクローラーシステムの開発に、我が国も関与させてほしい。シンゾウやタロウも今、各国でティ連技術格差が問題になっているのは知っているだろう?」
「ええ、それは」
「うむ、要するにこのクローラーシステムをとっかかりにして、その格差を縮めてほしいというのも実際としてある。そして出来ればこの116型を二年以内に完成、量産させて、ある事に使いたい」
ある事とは? と諸氏首を傾げる。するとグレヴィッチはボールペンをプイと振って上目遣いで……
「SISと、宣教軍の殲滅だ」
と一言。「え?」となる日米ヤ諸氏。顔を見合わせる……
――まず、ロシア兵器の技術を米国と共同開発なんてこと、実際あるのかという話。普通に考えれば非現実に過ぎるが、これは実際にもう行われている。
一例として、共同開発という形ではなく、商取引という方法になるが、米国が開発していたFー35Bというマルチロール戦闘機の垂直離着陸型における垂直離着陸システムは、ロシアのヤコブレフYak-141というVTOL試作機の構造をヤコブレフ設計局(現・UAC統一航空機製造会社)が米国へ売却した技術を使用している。これはそれまでの例としてはありえない事であった事例だ。
そういった例もあるので、現在ではそんなに珍しい話ではなくなっているのだ――
グレヴィッチは続ける。
「もし、この116型が完成した暁には、米国へこの車両なり車両構造をライセンスしても構わない。但し、米国にもその作戦に参加してもらうという条件付きだが……」
ドノバンとロドリゲスは、身を乗り出してグレヴィッチの話を聞く。現在米国でもこの手の陸戦兵器はまだ開発されていないからだ。
実はこの話、一見聞くと、ロシアがヤル研で造った技術を買い取って、変なロボット型戦車作ってテロリストを皆殺しというような、なんとも安直な戦記物ストーリーに聞こえなくもないが、グレヴィッチが言うにはこれ結構深刻な問題なのだという。
……今現在、三年前のロシアと米国のSIS殲滅作戦が功を奏し、中東地域ではSISの影響力はかなり下火になった。更に言えば、所謂ティ連人を神の御使いと崇める『使徒派』と呼ばれる部族が、シンシエコンビのやらかした『演習』でその信仰心に火をつけ、SISへの抵抗を強めた結果、アフリカ方面まで追い返す事に成功したのだそうだが、逆に今度はアフリカ方面で頭角を現してきた宣教軍が、ナイジェリア・ニジェール・チャド・スーダン・エチオピア・ソマリアという地域で本気で影響力を持ち始め、真面目な話で国家化してきているのだという。
それらのテロ国家モドキは地中海沿岸部の国にも影響力を行使し始め、地中海を超えたヨーロッパへの難民規模が、二年前以上に膨らみ始め、クリミアを影響下においたロシアも、うかうかしていられない状況になってきているのだという話。
「……正直、我が国は、我が国の利益を考えて、二年前はシリアを支援してきたが、あのテロリストどもの負の連鎖はとどまることを知らない。これは米国にもその責任の一端はある。それは理解した方がいいロドリゲス長官にドノバン大使」
そう、ハリソン政権の前の政権で、中東のヒールをことごとく潰し、アラブの若者を民主化に目覚めさせたのが全ての始まりである。
弱い弱い弱っちぃ安直な民主化思想にイスラムテロリストが付け込んだのがこの状況だ。元来、民主化思想は国民の民度が高くなければ『弱い』のだ。民度の低い地域での民主化は、そこに邪なイデオロギーが介入すれば、一発で変異変貌させられる。それがかつての中東であり、今のアフリカなのである。
これも結果論だが、今思えばあの時のイラク・リビア・エジプト等々の独裁者達を生かしておけば、こんな事態にはならなかったのかもしれない。それを理解しているからこそグレヴィッチは現シリア政権を支援しているのだ。コレは何も彼なりの同盟感覚からではない。要するにシリアをテロリストから東西ヨーロッパを守る盾にしているだけの話なのだ。
民主国家の志から見れば、このグレヴィッチの言は悔しい話ではあるが、現状それが事実なのだから仕方がない。苦虫潰して聞く諸氏。
「つまり、今回は、このクローラーシステムが発端の話になるが、コレをきっかけにティ連技術を主要先進国へ公平に分配するシステムができないか提案したい……ニホンの行った先の中国との戦い……フッ、いや実際は戦闘にもならなかった『悪夢』だが、我が国も実際問題として、もう現在の現実を見据えるようにはなってきている。その辺りは理解してほしい」
つまり、クリミアはもう有耶無耶にしたし、そのクリミアでも地中海を超えた難民の対応はロシアとして結果的に行うことになっている。
そして当時のヤルバーン事件関係にはほとんど手を出さなかった。日本やティ連と対立する理由はロシアにはないと言いたいようだ。
「……これは実際、今のヨーロッパでは深刻な話なのだシンゾウ。それにヴェルデオ知事。もし、今西側欧州諸国の元首代表達がここにいれば、私と同じことを言うだろう。ニホンやアメリカは欧州から距離があるのでわかりにくいところもあろうがね」
グレヴィッチはボールペンを振り振り説明する。この男は寡黙なように見えるが、実は大の話好きでも有名だ。弁が立つ男でもある。
『要スルニ、グレヴィッチ大統領ハ、ヤル研ノ技術でデ、ソノてろりすと連中ヲ圧倒デキナイカト言イタイワケダナ?』
そシエが問うと、グレヴィッチも『そう思ってもらって構わない』と返す。
『ドウダ? ヴェルデオ』
『ふむ……これは私だけの単独判断で決めかねる話ですね……議会にかけてみないことニは……』
と、ヴェルオも流石に腕を組んで考えてしまう。
『ファーダ・ニトベ、どうでしょう?』
フェルが問うと、二藤部も
『確かに法改正で集団的自衛権云々の件はありますが、もしそれを実現するには集団的自衛権以上のものにもなりかねません。今すぐという話では……』
と渋い顔だ。
米国側も、何かグレヴィッチにあからさまに『現状の原因を作ったのは米国だ』と遠回しに言われているようで、少々渋い顔だが、彼らも欧州―アフリカ地域がそこまでの現状であることは、実のところ理解はしていた。
ただ、ここで一つ疑問が残る。
確かに日本や米国、ロシア、欧州各国という立場で見れば、この問題にスッタモンダ悩むのも理解はできるが、なぜにそこにヤルバーンも絡んで一緒に頭捻っているかという話である。
実はそこには大きな理由があったのだが、今その話はいい。
ソレ以上にヤルバーン州、いやティ連人州民が心を痛めるのは、SISや宣教軍がやらかしている奴隷売買や、理不尽な死を撒き散らす行為だ。これは正直看過できないという話。
っていうか、コレに関してはガーグ・デーラやヂラールの方がまだマシだという理解。完全な『悪』ではないかと。
グレヴィッチが急に訪日した理由が、今わかった。
つまり、ヤル研とヤルバーン的な軍事力をその目で確かめて、使い物になりそうなら共同でお互いを利用し、欧州・中東・アフリカからテロによる影響を一掃しようという、そういう考えなのだろうと。
今では地球史に残るかの作戦、三年前の『魚釣島事件』に『日ヤ演習事件』、そして先の世界に公開された『ヂラール攻防戦事件』での特危自衛隊の活躍。あのヂラールをテロリスト軍に見立てれば、そういう使い方もできるとグレヴィッチは見たのかもしれない。
そして皆が腕くんでグレヴィッチの話に考え込むと、まだ話を聞いてない人物が一人いたのを思い出す。
その視線は、柏木ティエルクマスカ連合議員閣下に注がれたりするわけだが……
「え? 何ですか?」
「いや、何だじゃねーだろ先生。一応ティ連議員っつー連合に意見できる役職なんだからさ」
三島にいやいやと突っ込まれる武器ヲタ議員。
「はぁ……まーそう言われましても……グレヴィッチ閣下のおっしゃる言、確かにご理解できなくはないですが……まさか特危が旭龍や旭光でソマリアに殴りこみっつーのも……」
うーんと唸る柏木。まさかこの防衛協議会がそんな方向性に行ってしまうかと。
すると間髪入れずにグレヴィッチはこの件に関する交換条件を提示してくる。
「シンゾウ、タロウ。それにカシワギ議員にフェルフェリア閣下。この問題が我が国や、東西欧州にとってどれぐらい深刻なものかを、この交換条件で理解していただきたい」
訝しがる顔のニホン勢諸氏。
「二年前、いや、もっと以前になるか。あの時、南クリル諸島の交渉において、貴国外務省が提案してきた件で、所謂ニホン国の言う『北方四島』を我が国に租借し、我が国が明確にかの四島を『日本国領』として宣言し、領海やEEZを北へ幾ばくか上げるという案だが……それを考慮しても良いと考えている」
「!!」
眼の色が変わる二藤部に三島。
そしてと更に付け加えて……
「米国には、貴国にもこれら条件を勘案した技術的な……まあ言ってみればサマルカ技術的なところの共同歩調を取ってもらえるのなら、我々はCJSCAから脱退し、LNIFに参画しても良いと考えている。勿論核や、北朝鮮に中国の件でも話に乗ろう」
この話にロドリゲス長官にドノバンは「えっ!?」となる。
「今回ばかりは、外交的なブラフというわけではないよ。そこは信じてもらってかまわない。でなければこのオブイェークトPOT-116の図面にしても、こんな場所で公開などしないよ」
不敵な笑みを浮かべるグレヴィッチ。さてどうだといわんばかりに、チップをかけてくる彼にどうするか、少々困惑する諸氏。
唯一余裕が有るのは、ヤルバーン州とティ連人さん達。なぜなら、彼らの感覚では、グレヴィッチの言うことは確かにもっともで、特に彼らの倫理観からして否定するところなどないからである。
ただ……かのクリミア事件が唯一この男を警戒させる。それに本国との折衝もある。どうするかといったところ。
ただ、柏木先生には何か腹案がある様子。何やら沢渡の耳にモショモショと耳に手を当てて何か確認していたり、はてさて?
さて、やはりこの世界のメンチハ……狡猾なる元情報部員。
ここにきて、やはり何かをやらかそうとするのか? この世界ではパナマからの文書もないので、そこんところではまだ揉めていない。
みなさん、考えどころであったりなかったり。腕くんで頭ひねる。
またこりゃ大変だという話であったりなかったりするわけである……