銀河連合日本外伝 Age after ― ヤル研秘宝館 ― 第二話
さて、所謂秘宝館といえば……普通に考えれば『秘密のお宝を集めた施設』と解釈して普通だし、フェルさんも常識的にそういう意味で言ったわけであるからして、それは恐らく間違いない……多分。
確かに柏木夫妻に子供が出来る前の話、柏木先生と一緒に真男に絹代や惠美と、どっかの温泉へ家族旅行に行って、同名の施設があって、その施設に対してフェルさんが妙に興味を示していたというのもあったような気もする柏木先生だが、それは関係ないだろうと思う……恐らく。
ということでこの地球世界では、フェルさんが思ってるモノと、その言葉の本来の意味するところが若干違うわけであって、この『秘宝館』なる言葉を聞いて、パっと思い浮かぶのは、兵庫県淡路島の某所とか~、その熱海のあそことか~、鳥羽のあっこあたりとか~……
まま、そんな場所をフっと頭に過ぎらせる。
これ、実はこんな博物館世界中にあるわけで、別に日本特有の施設というわけではない。
では、こんなのが何故に『秘宝館』なのかというと、勿論単純に人間が男女問わずその関係において、必ず通らなければならない、しかも人間が根源的に好きか嫌いかで言えば、どっちかといえば、ままおおよそ好きな生理的行為を資料にして展示、しかもそれを公に堂々と見せびらかしてしまえば、生物の根源的必須の生理的行為であるにも関わらず、大ヒンシュクを買う……どころか、モノによっちゃあ警察にしょっぴかれるような物を展示している場所であるからして、そういうところもあってので『秘密の宝』っつー訳であるらしいのだが、フェルさんが思わず発した『秘宝館』なる言葉。
えてして言い得て妙というヤツで、このヤル研連中のやらかした事、しでかしている事というと、この一般的認識でいう秘宝館の理屈がそのまま当てはまってしまうという……決してソッチ方面ではないにしろ、好きなやつならソッチ方面に匹敵する、ヘタすればソッチのほうで保健体育できるかもしれない奇特な方もいらっしゃるという話も耳にする……という意味でご発言なされたようで、決して熱海や淡路島のような観光地の意味は持っていない……のである、多分。
で結局何が言いたいのかというと、ここ現在のヤル研、正式名称、『防衛省防衛装備庁 ヤルバーン・ティエルクマスカ技術・装備応用研究所』という所で製造制作されている大人のオモ……画期的にすぎる恐るべき防衛装備品の数々。その秘宝館の名にふさわしく、コレを見る諸外国の関係者は、恐らくまさしくとりあえず、『秘宝館』ゆえの、ある意味リアルで普通ではないここの開発品を見てどう思うか……
間違いなくどんなバカでも思うのは、その反応、察してあまりあるものであるのは確かだ。そんでもって単に驚かすだけなら、こんな簡単な話はないわけで、最後にビビる諸氏の顔の写真をとって、一六〇〇円ぐらいで売りつけてお帰り頂いたら良いだけの話なのではあるが、事はそんな単純な話になんかなるわけがなく、結局連中がここを見学した後の話がメンドクサイのであって、前のヤル研会議で誰かが言った『モノによってはデフコン2』なのもあるわけであるからして……
「どうでしたか? 鈴木先生……」
柏木連合議員先生、鈴木と手分けしてどんな開発品が保管されているか、ぐるりと一通り見まわって、保管庫内の端にある書類作業用の事務机へ、楽に腰掛けて鈴木とフェルと沢渡と柏木三人、ざっくばらんなミーティングを行う。
丁度お昼休み時間なので、諸氏手弁当で昼飯なんぞを喫飯しながら話し合う。
ちなみに柏木はサンドイッチ。鈴木はコンビニの明太子おにぎり二個にお惣菜、沢渡はオルカスさんの愛妻弁当。フェルさんは、大好物のカレーパン。
「はあ……正直何をどう言って良いものやら……ま、はっきりいえば、物凄いとも言えますし、ありえないとも言えますし……」
といいつつも、元自だけあって食欲は旺盛な鈴木。ただ、おにぎり頬張りつつも少々ため息混じり。
「確かに……ってか、ちょっとオマージュし過ぎというか何というか……あ、沢渡さん」
「はい?」
「あの腕部五連装機関砲つけた機動兵器の試作品、なんでよりにもよってあんなんを……」
「いやぁ、すんません。正直アイツらの考えてる事なんてわかりませんので、ハイ」
「ええ!? いやいやいや、それはマズイっしょ」
柏木が言いたいのは、まあ『炎の匂い嗅いで、むせてしまうような』機体なんかを開発するのは、コレでもまだ良いのではないかと思ってはいる。実際ティ連の技術使えば良い物が出来る可能性はある。
ただ……あの腕部五連装機関砲の機体は、正直『機動兵器』というインダストリアルデザイン、即ち工業デザイン的見地から見てありえないデザインであり……あの意味不明な肩部とか、よりにもよって、なんで手の指の中に機関砲埋め込むかなぁとか、機動兵器がムチでしばき合いかよとか、それで汎用性がないとか「当たり前じゃ!」と思ったりとか、あんなの作って『新型陸戦兵器・量産型』とかドヤ顔でほざいているナントカ公国の技術者は、どんだけ趣味で給料もらってるんだよ、良いご身分だな、だからテメーらは負けるんだとか、でもカッコイイのであまり批判したくなかったり、なんとかその存在の正当性をこじつけてみたり、そんな風に訴えたくなるわけで、とはいってもそれを沢渡に全部訴えても仕方ないので、そのあたりを要約して……
「……いやま、第二次開発で中止になったとはいえ、とりあえず何か目的目標持って開発してもらわないと……確かにコストもかかりませんし、予算もハイクァーンやゼルシステム使えば、あって無いようなものですが……で、造った機体がよりにもよってあの青い機動兵器に似たシステムをもつ機体っつのも……はっきりいって、ナントカ公国の技術者と同レベルっすよ」
「あ、それは失礼な言い方ですよ柏木さぁん」
「いやいやいや、一応ですね、一企業の開発部門が、それでなくても機能性を求められる機動兵器にですよ、あの妙な怒り肩にムチはないっしょ。でもって、指に機関砲仕込む必然性がですね……私が社長なら、あんなの考えた奴はクビっすよクビ」
『エ? でもあのムチがカッコイイんじゃないですかぁ。あの肩ダッテ、威嚇効果を考えればデすね、ムチと両方うまく使えば、デルマ星の凶暴な巨獣「バイダルド」を脅かすのにも役立つデスよ……』
「あ、いや、フェルさん……そういう方面であの機体に援護射撃なされてもですね……」
顔に鎌付けた腕くっつけてビーム吐く不良品よりはマシだろうと沢渡……んなの造ってるんですか! と柏木連合議員。
何の話に熱くなってるんだこの二人はと、お茶飲みながら呆れ顔の鈴木防衛大臣。まま今は昼休みだし、いいのかなと。柏木も久々に熱く語ってしまった……俺もソッチ系の血が流れているのかと、今頃気づく大先生。
でもフェルさんは至って真面目。あの機体も三次開発以降まで進ませて、防衛総省でテストさせるべきだとカレーパンをふりふり熱弁するが……
「いや、流石にそれは……」と沢渡。一応良識があるように思えたが、「ちょっと調整にまだ相当時間がかかりますし……」と、
(いや、テストするんかよ)
と細い目して沢渡を見る。
『ウムウム、それがイイでス。ちゃぁんとテストして使えるモノは使わないと、モッタイナイサンですヨ。ウンウン。ケラー・サワタリ? キチんとしたモノならぽんぽんハンコを押してあげるでスから、ティ連にどんどんデータ送ってテストするですよ』
「は、了解いたしましたフェルフェリア大臣閣下」
柏木に鈴木は……
(まぁ……いっか……)
と……どうせテストするんはティ連のイゼイラかダストール、ディスカールあたりだろうしと。
* *
その後、鈴木に柏木、フェルさん達は手分けしてヤル研施設内を改めて詳細に視察。そしてその成果物を部下に記録させて、どんなものが製作されているか一通り見聞することができた。
もちろんここは国が所管する防衛省管轄の施設である。全部が全部、先ほどのようなイカレた……革新的な機動兵器ばかりというわけではない。
先ほどのイゼさん発明品『リニアクローラー』のように、現在の地球科学レベルでも、少々ティ連科学を道具的には使うものの、画期的な発明品はできるものなのである。
他、所謂ヤル研でも地道に真面目に研究を頑張っている方々はいらっしゃるわけで、とある日本人研究チームは、ティ連型トランスポーターとは違った、所謂『空飛ぶ自動車』の研究を行っているチームもいたりする。
このチームは、自分たちの研究成果物を既に一部世に出しており、それが先の『ヂラール攻防戦』で使用された『試製18式自動甲騎』の機能である『空間障壁造成踏破機能』である。
これはフェルが戦闘時によく多用する得意技『ゼルクォート空間障壁造成』を参考にしたモノだが、元々はヤル研のこのチームが考えていた『一般軍用車両にも、トランスポーター的な移動機能を持たせられないか?』 というコンセプトで作られたものであった。
それは、タイヤホイールに空間障壁を造成するゼル機能を取り付け、タイヤ直下にゼル造成された『空間障壁道路』とでもいうべき道を造成しながら、通常エンジンで走行できるようにするものであった。
このタイヤホイールを取り付けることで、一般車両でも通常エンジンの動力で河川を架橋無しで走行させることが可能になったり、うまいことすればもっと高空を『走る』ことも可能になるかもしれない。
現在研究中のものは出力の関係上、渡河作戦で使用するレベルが限界なのだが、それでもハイラ王国で使用されたホースローダーとの併用で、あのような機動性を発揮できるわけであるからして、この技術も画期的な発明であることには変わりはない。
とま、こういう研究を行っている方々もいるわけで、全部が全部あんなんではないのではある。そんな研究成果も見物しながらので、担当閣僚三人が直々に調査を行っていると、鈴木が柏木の元にやってくる。
「柏木先生、柏木先生……」
手をピラピラと、こっちゃ来いな感じで振る鈴木。どうも『艦艇船舶研究用』の大型ゼルシミュレータールームにに来いと言っているようだ。
柏木はフェルを連れて、そのゼルルームへ行く。
「何ですか? 鈴木先生……ってうぉぉぉあ??」
『ヘ? ア……うひゃーーーーーー』
その変な『艦艇』にぶっ飛ぶ柏木とフェル。横では鈴木が頭を抱えている。
「あっ! こんな!……おい誰だこんなボツ研究を後生大事にデータ化して保管してる奴は!」
これが何なのか知っている沢渡。
三人が吹っ飛んだその『艦艇』とやらだが……
所謂一般的な船舶型ではなく……何というか……『人型』である。
しかも、その素体となる人型ロボット素体にランドセル式に背部へ装着される多目的兵装ハードポイント。そのハードポイントは、フレキシブルアーム型で、各アーム先端部には、何故か測距儀の付いた二連装の口径約四〇サンチ前後の所謂『主砲』がくっついており、一般的な艦艇の特徴的艤装が、なぜかランドセル型バックパックに集中している。
でもって、その機動艦艇の中心になるロボット部では、妙に腰部がくびれていたり、胸部が出っ張っていたり、頭部が垢抜けてたり……どう見ても、これからまだ何か先への発展途上的なシルエットであるところが、柏木、鈴木の不安感を駆り立てる……ちょっといつの日か、担当イラストレーター様あたりにご協力を依頼しなければならないような意匠なのは間違いない。
「か、柏木さん……私は想像したくないのですが、これって昨今流行りの……」
「ええ……私も一瞬頭を過ぎりましたが、確かに……ですがそれを船の方のスケールに合わせて作って『人型機動艦艇』って……」
頭ボリボリかく柏木連合議員。だがその横で、
『ウワアアアア!……ロボット型の機動艦艇デスか! これは画期的ですね! 流石は発達過程文明サンの発想でスっ! こないだ見た『あにめ』では、機動艦艇が変形してロボット型機動兵器になってイマしたが、これは元々そういう意匠の……フガフガフガ……』
思わずフェルの口を抑える柏木閣下。
だが、この犯罪的な機動艦艇も基本ゼルシミュレーターレベルなのでまだ救われているが……
「柏木先生、この艦む……ゲホゲホ!……機動艦艇、ハイクァーンシステムにかけたら……」
「はあ……まぁ、できちゃうんでしょうなぁ……知りませんけど……」
もう正直どこからどこまでを官邸に報告すりゃいいのかと。しかも今回は海外連中が視察に来るわけで、まさかこんなの見せるのか? とも思ったりと、何ともエラいこっちゃという話になりそうだと胃が痛くなってくる柏木と鈴木。けれどフェルさんだけは大肯定。一人でキャッキャ言っていたりいなかったり。いやはやである……
ということで今日はこの施設でいろんな日本人の創りだす悪夢……驚愕のヤル研技術を垣間見た。
○イゼさん技術者チームの、画期的な『リニアクローラーシステム』
○日本人技術者チームの『空間障壁型道路造成システム』
○L型とH型コマンドローダーの中間、所謂戦車で言えば中戦車的発想のM型コマンドローダー。これは意匠的には真面目なデザインとして、パニック的なデザインであったり、戦闘人形的デザインであったり、複数の候補があった。これも近いうちに両方か、もしくはそのどちらかが採用されるかもしれない。
実は、この技術の一部設計が、日米の外交交渉で米国へ流れて、サマルカ技術との融合で、先のUSSTC部隊が装備したロボットスーツ型兵装が出来てたりするわけで、そこは米国も発達過程文明だ。彼らなりに努力もするだろう。その成果は同盟国として評価して然るべきものである。
○でもって、先ほどの『むせて』しまう系の機動兵器。これも何考えてるんだかと思うなかれ。現実的な候補ではあるのだ。発想がいかんともしがたいが、コンセプトは至ってマトモである。そこは買えるのは確かだ。
○腕部五連装機関砲装備の機動兵器も、まあその経緯や、歪んでしまった方向性はどうあれ、これも本体の構造研究は評価されて然るべきである。普通この手の機動兵器は、所謂工学の分野で言う『二乗三乗の法則』で、例えばコマンドローダーの大きさをそのまま一〇倍にすれば、一〇倍の能力を持ったロボット型兵器なるかというと、そう簡単なものでもないのである。
そのあたりは『旭龍』の研究で既に解っており、例えば自重一つをとっても、全高18メートル前後の金属の塊が歩くとなれば、それは一苦労だが、ティ連の重力子制御技術を持ってすれば、旭龍ですら機動重量を三トン程度にまでに制御できる。もっともっと軽くすることも可能なのだそうだが、現実的な運用重量を考えると、この重さが一番良いらしい。
そういう技術があるからこそ、この『腕部五連装機動兵器』という非現実的にすぎる兵器も実現可能なわけだ。
○その最たる見本が、先ほどの『人型機動艦艇』である。これも現在『現物』はまだ存在しないが、ゼルシミュレーター上では実現可能な物となっている。
これも一見ドツいたろかと思うような物ではあるが、よくよく考えると、これまでのティ連技術と、地球技術、そして発達過程文明的発想のある意味集大成ともいえる技術物件でもあるので、一概にアホ扱いできないところが……柏木達を悩ませる。
その他、ヴァズラーのシステムを発展させて、二年前に多川からもらった『F-15HMSC』の技術も解析し、本気で変形するF-15HMSCが出来そうになっていたりと、そんな研究も進行していたりするわけだ。
そして真面目なところで、これは柏木とフェル二人の話として看過できない情報として、やはりというか、予想通りというか、そうなってしまったかというか、そういう話もあって……
実はその米国が現在主力技術として研究している当のサマルカ技術のごく一部が、中国やロシア、EU諸国に流出してしまっているという情報もあるのだ。
実際ネットでは、『オブイェークトPOTシリーズの発展型がスゴイ』といった出所不明のスクープ動画が流れていたりと、そんな騒ぎもチラホラと。
何も日本と米国だけが『発達過程文明』ではない。ロシアやEUもそうである。中国は、もうはっきり言えば『無許可盗用技術文明』なところが今でも大部分を占めるが、それでも相応に現代では自国開発が可能ではある国なので、この国もそうなのではあろう、一応。
どっちにしろ、もしこのような事態が水面下で事が大きくなるような事になれば、それこそ将来的にフェルが並行世界で垣間見たあの現象が起こらないとも限らない。なので二藤部や柏木は、逆にヤル研の成果物を見せつけることで、水面下で薄暗く事が進行しないよう抑止をかけたのである。これもそういった外交の一環であったりするわけで、実のところ事を荒立てないようにするための、存外大事な作戦でもあるわけなのだ。
* *
かつて一九八〇年代。米国ではかの有名な元映画俳優『ロナルド・ウィルソン・レーガン』第四〇代大統領が発起した、現在では当時の社会主義大国ソビエト連邦を潰すためのブラフ(フカシ)だったと言われている『戦略防衛構想』所謂当時『スターウォーズ計画』や『SDI計画』等と言われたもので、当時の人々は『とうとう米ソは宇宙戦争時代に突入か!』などと噂されもしたものである。
ソ連の大陸間弾道弾ICBMや、潜水艦発射型弾道弾SLBM等を、宇宙空間や大気圏内超高高度で迎撃しようという兵装群構想。それがこの計画だったわけであるが、そこで発想された兵器は、赤外線レーザー迎撃衛星や、粒子ビーム迎撃衛星、極めつけは、もうまるっきり某宇宙戦艦アニメに登場する敵対勢力が使用していた『衛星にビームを反射させてリレーさせることで、惑星の何処にいても攻撃が可能な兵器』に似た迎撃レーザー兵器システム。コレに関しては当時の人々は、このシステムよりか、それ以前に同じ発想を行っていた件のアニメ作品と製作者の発想に驚いたものだった。
結局蓋を開けてみれば……というよりも、この『戦略防衛構想』がもたらした結末は、ソビエト連邦の崩壊と、米ソ冷戦構造の終結だった。
ソビエトがアフガニスタンに侵攻した結果、状況が泥沼化。その間隙を突いて発起されたこの構想。
ブラフだというのは実のところある種結果論的でもあって、当時は米国も本気でこの計画に於ける技術開発は行っていたのである。その成果が当時世界唯一の宇宙往還機『スペースシャトル』に後の『イージス艦』や『ステルス技術』『キネティック弾頭技術』やイスラエルと米国が共同開発している『戦術高エネルギーレーザー』に米軍艦艇に搭載予定といわれている『電磁レールガン』であったりする。
実のところ米国もこういった技術の継続研究を、成果が出るまで切磋琢磨していたのは事実なのではあるが、米国のそういった技術力の裏打ちと、巧みなプロパガンダと政治的戦術戦略でソ連へ巧妙にブラフを仕掛け、ソ連がそれに対抗しようとアフガニスタンでアップアップ言っている最中でも軍事予算を増大させ、更には米国の経済的な攻勢も伴って、その結果、ソ連の経済が最悪レベルの破綻を招き、最終的には、当時のソ連最後の大統領『ミハイル・ゴルバチョフ』による改革や情報公開が悪い方向へ傾いて、東側国民の抑圧された西側への憧れともいえる感情を発起させることにも成功し、ベルリンの壁崩壊と、ソ連クーデター失敗とともに、ソビエト連邦を粉砕することへと結果的に成功した。
その後の世界の動きは、また別の話になるが、この歴史的事実でも理解できるように、以前柏木達が『竹取物語事案』で行った世界へのプレゼンスで、『嘘に真実を混ぜると、ウソの威力は飛躍的に増大する』わけであって、その嘘が、この戦略防衛構想のように、実際に事実として成果物ができるような、そして後の世に採用され、使用されていくような高い高い技術力の裏打ちがあれば、事実と嘘の境すら見えなくなって、そのブラフは乗数的に威力を増し、何ら兵力を使うことなく敵対する勢力を壮大に『自滅』させる状況を作り出すことすら容易に可能なのである。
この世界で、なぜにこうまで世界各国が銀河連合と化した日本の技術やティ連の技術に執着するか? それは単に『ティ連の超高度な科学技術が欲しい』という単純な理由だけではない。
世界はこのソビエト連邦が崩壊したメカニズムを熟知しているのだ。即ち、何ら兵力を投入させずとも相手を葬れるこの現象に対抗、対応したいわけである。
日本はもちろんそんな攻撃的なことを意図してはいないが、結果的に状況がそうなってしまう可能性があるわけであって、やはり現在の地球における日本以外の世界は、『銀河連合日本』そして『ヤルバーン特別自治州』そのバックに控える『ティエルクマスカ銀河共和連合』を、希望や可能性であると同時に、脅威とみなさなければならないところも多分にあるという事なのだ。
「そーいうところを考えて欲しいんだけど、その『脅威』をまるっきり……幕張あたりのイベントかなにかと勘違いしてるんですから、どうしたもんなのかなぁ……っと、はい、ア~ン」
「あーん」
パクリと姫ちゃんへご飯食べさせる柏木。ご飯は姫ちゃんの大好きなフェル母さん特製のオムライス。両手を振って喜んで食べてたり。流石にカレーの味はしない。
三年経った姫ちゃんではあるが、そこはイゼイラ人の血が強い二人の娘、まだ見た目は一歳半というところで、まだまだ幼児である。
久々に親子水入らずの柏木家。
実のところこういう感じで家族三人揃ってという状況をなかななかに作り出せない柏木一家であって、やはり真男や絹代のサポートがなければ大変なのは事実である。それはシエ一家も同様で、今やシエ一家も真男や絹代の事を『お義父さんお義母さん』と呼んでいる状況だ。リビリィやポルにヴェルデオ夫妻と、みんなに世話になっている柏木にシエ達。
『ナルホド……そんな事情があったでスか……そういう歴史的な背景があるのであれば、良い発明に開発ができても迂闊に喜べないでスね……って、ハイハイ、ヒメチャンお茶ブーブーですね~』
すっかりママさんしているフェル。政治家職で忙しくても、そこはキッチリしないとというトコロである。
「ま、三年経ったっていっても、まだ三年ともいえるしな」と言いながら柏木は姫ちゃんの頭をナデナデして、「フェルが姫を産んだ時も……まさか、ハハ、地球人としちゃビックリの、ああいう形での出産とは思わなかったものな……こんな個人の身近なことでも、まだまだ知り合っていかなきゃならないのに、それが国家レベルの話になれば、どうなんだか……って、フェル、抱っこだってさ」
姫ちゃんがママさんに抱っこをせがむ。ご飯はもうたくさん食べた。
フェルが姫ちゃんを幼児用椅子から抱き上げて、自分の膝に座らせる。姫ちゃんはテーブルにあったオモチャで手遊びしだしたり。
『デモ、そこでチキュウの地域国家各国サンのお願いを聞いて、技術を渡しちゃったら……そうですねぇ、私の見るところ、イーユーサンやカナダ国サンは問題ナイのでしょうけど、チャイナ国やロシア国は、やはり警戒しちゃいまスよ』
フェルに限らず、どうにもティ連の皆様方には中国とロシアの評判は良くない。無論韓国や北朝鮮も同様なのだが、この二国は地球世界の国家バランスにあまり関与していないため、ティ連の関心は正直薄い。北朝鮮に至っては日本の抱える件の諸問題も、実は現在既に解決させてしまっているので、その気なればどうとでもできるため、興味がゼロともいえるほどである。
「まぁ中国は三年前の魚釣島事件があっての事もあるし、仕方ないけど……ロシアはここまで別段ヤルバーン州やティ連に何かしたってわけじゃないだろうさ……まあ地球的なおイタは結構やってるけど、それは地球の話だしなぁ」
と柏木さんはいうが、その中国との関係を決定的に悪化させた最大の要因は、今の地球の状況、パワーバランスを変革させてしまったおめーだろ、という話もあるがそこはそれ、もう済んだ話。
実は柏木と張徳懐との個人的な関係というのは、現在でも続いている。
たまに中国の、匿名使者が柏木に連絡をとってきたりすることはあるのだ。あくまで個人的にということで、官邸は全く通していないのだが。勿論二藤部達にはきちんと報告はしているが……しかもあくまで柏木への『個人的に』ということで、いつも官邸をすっとばして来るので、メチャクチャ困ったりしている。
この間なんざ、孫の誕生日に「シエとフェルの写真とサインが欲しい」とかいう話で「もらえないか?」と使者を通じて連絡してきたこともあって、まあそれぐらいならという事で応じてやったこともあった。
『ロシア国は、やっぱり三年前の、あのウクライナ国とかいうところの国土を侵犯シタのが、ティエルクマスカのイメージを物凄く悪くしましたでス。当然それから私達も、彼の国の情報を収集しますから、ロシア国がどんな歴史、ソシテ現在の大統領サンがどんな方かも調べるですヨ。で、そういった調査から出た結論ですからね』
「確かに……あの国はヤルバーン事件で世の中がスッタモンダやってる時でも、あまり表に出てこなかったからな。なのにウクライナの件やら、その他のところでは結構表立ってやってきたけど……」
そう。三年前、当時のロシア連邦、現在でもその指導者は変わらず、世では色々言われながらも、ある種独特のカリスマで、事実上の半独裁的な強権をもってロシアを引っ張る、『この世界』のロシア大統領……
「ゲオルギー・アレクサンドル・グレヴィッチ大統領だな……あの人の政権も長いよなぁ……」
『ファーダ・ニトベと、実はお親しい方という話デしたが』
「うん、ま、そのあたりは色々あってね。そのとおりだよ。グレヴィッチ大統領と二藤部総理は、個人的には親しいんだ」
お初の登場となるこの世界のメンチハ……
ロシア連邦の大統領就任期間は元々四年だったのだが、二〇〇八年の法改正で六年になった。この法改正も結局はこのグレヴィッチ大統領の大統領専制期間を長くするためだけの茶番とも言われている。
法では、ロシア大統領は、連続三選はできないので、事実上連続最長一二年の就任期間ではあるが……あくまで『連続』がダメなのであって、一つ間を置けば、また立候補できるのである。もうこれは誰の目で見ても茶番以外の何物でもない。こういう政治体制なので、大統領と意を同じくする議会の首相が結託すれば、文字通りお互いがとっかえひっかえ首相と大統領を交代交代でやって繋いでいくことで、事実上の独裁政治体制が簡単に完成する。結果、ナチスドイツの『総統』と事実上同じ効果をもたらしてしまう。
一人で『総統』をやるか、二人でやるか、その程度の違いでしかない。現在のロシアではそれを実際にやってしまっているのだ。
だが、その行為自体が一概に悪いものとはいえないところがこの国の実情である。
まず、帝制ロシアから、社会主義ソビエトになり、一応民主主義国家ロシアにはなったが、この国は歴史上『資本主義』というものを経験したことがない。
元々ロシア民族は、優秀な科学者や芸術家などを多く輩出する国家ではあるが、近代市場経済の歴史がない。それ故に個人資産を自由にできる体制ができてしまったことにより、一部の学歴ある若者達の、その頭の良さが祟って際限のないマネーゲームが横行し、それに伴う腐敗も蔓延し、国民の所得格差が物凄いものになってしまった。
社会主義体制崩壊後、国力が格段に下がってしまったが故に、欧米諸国の良い食い物にされかけた時、ロシア人の視点で見れば、救世主の如く登場したのが、グレヴィッチ大統領だった。
そこで彼が行ったのは、彼の参謀達が考えた『主権民主主義』という概念。即ち他国の干渉を一切排除し、受け付けず、国益のためのみの民主主義という古代ローマ時代の「寡頭政治」のようなイデオロギーの元に、まるで専制国家と民主国家の丁度中間のような政治体制をこの国は採ってきている。即ち国政の指導者史観で地球が動く民主主義だ。
客観的、即ち他国視点で見れば、なんともかの社会主義時代とは別の、妙な国家倫理の上に成り立つトンデモな国になりつつあるロシアだが、ロシアの主観では、こうでもしないと国が成り立たないところまで来ていたのだから仕方がないという理由も確かにある。
グレヴィッチ政権より以前の混乱したロシア政権では、ロシアン・マフィアが大手を振って政権・軍部内部まで食い込み、利権を貪っていたという本気の現状があったのだから、逆に言えば現政権の有り様は、その反動と言えなくもない。なのでそれを逆手にとって国家自体がマフィア化してしまった。
今のロシアはそんな国なのである。
『私はよくわからないですけど、そのロシア国も含めた今のチキュウ世界の情勢、決して良いってわけではありませんガ、極端に悪いというモノでもナイですし、マサトサンのよく言う「痛し痒し」で良くしていくしかないですよね……ネー、姫チャンもそう思うデスよね~。ハッホッハッ、トォツ!』
姫ちゃんの手をとって、体操遊びをするフェル。姫ちゃんキャッキャと楽しそう。フェルも、もう完全に地球的習慣に染まってしまって、異星人という自覚がなくなってきてたり。
「良くしてくしかないってか……良くしていくということは、日本やヤルバーン州、そしてティ連が積極的に地球世界へ関与していくってことだぞフェル」
『ハイですね。遅かれ早かれ、今の状況が続くなら、そうならざるを得ない時が来ちゃうですヨ。今後のチキュウ世界において、長~い目で見れば、そうなっていかざるを得ないでしょうし、それが現実デス。 ね〜ヒメチャン〜』
姫ちゃんに同意を求めるフェル。姫ちゃんも首を傾けてママの真似して『ね〜』とかやっている。
その二人のかけあいを見て、思わず笑ってしまう柏木。
だが確かにフェルの言うとおりだ。今後ずっとティ連と日本が、地球の他の世界と隔絶したに近い状態で、その歴史を刻んでいくなどということは、当たり前で考えてありえないわけで、そうなると連合日本もティ連として地球世界の某かに影響を与えるほど前へ出ていかなければならない時も、いずれ来るのである。
そんな事を思いながら瓶ビール一本ポンとあけると、姫ちゃんがパパにお酌しようと瓶に手を伸ばす。それをフェルが支えてやって、ビールをパパのグラスに入れる。柏木は娘をいい子いい子して、一杯やりながらテレビを眺める。
ニュースではその夜、『国際防衛関連協議会』に出席する各国関係者の来日を伝えていた……
* *
バラライカにドムラ、グズリにトレショトカ。テルミンはちょっとイメージとは違う。
咲き誇る林檎と梨の花、そんな出だしのロシア民謡。その名もカチューシャ。
日本では三年か四年ほど前に『戦車を乗り回すのが女性の嗜み』というアニメで有名になった。
妙にソビエト連邦に郷愁を抱く、変わった声優も有名になった。
『ドクトル・ジバゴ』か、『戦争と平和』か、古いところでは『誓いの休暇』なども有名だ。
赤の広場にクレムリン宮殿、白・青・赤の横三本ラインの旗が天高く翻り、モスクワ川の水面には、その赤い城壁が逆さに映る。
ソビエト連邦時代から使われている国歌、通称【祖国は我らのために】で知られる雄大な音楽が似合う風景。そのイメージは、正にこの楽曲とイコールだ。
日本の、真のライバルと言える国は、実は中国でも、韓国でもなく、このロシアかもしれない。
日本とロシアとの関わりは実に古く、一七〇〇年代まで遡る。
一七〇一年に、シベリアコサックのウラジミル・アトラソフが日本人の漂流民と出会い、初めて本格的な日本語をロシアに伝えたとされている。
一七〇一年といえば、日本では元禄一四年、徳川綱吉の時代である。
この国家面積だけはやたらデカイ国に、江戸時代から現在に至るまで、日本はなんだかんだといろんな事に巻き込まれてきた。
で、この三年経った現在でも、現在進行形の面倒事が『北方領土問題』だ。
銀河連合日本になった現在でも、ロシア政府は頑なに、のらりくらりとこの問題を避けて通る。
日本が力で脅迫してこないということをいいことに、あいも変わらずそんな調子である。
この北方領土問題は、ポツダム宣言の解釈や、そに時間的タイミング、条文の内容など色んな意味で互いの主張が噛み合わず、いつまでたっても平行線のままなのだが、唯一言えることは、ロシアと日本はこの北方領土問題があって、未だに平和条約を締結していない。即ち日本とロシアは外交上、いまだ戦争状態なのである。
これは、あくまで当時の状況を鑑みた上での体裁上という意味ではあるが、ある意味考え方によっては休戦状態にある韓国・北朝鮮よりも本来ひどい状態であるのが日露関係である。
そんな外交上は交戦状態の日本に、ロシア人が大挙して観光にやってきて、声優志願の女の子までいる始末なのだから面白いものである。
で、当のロシアで現在も大日本ブームなのだから、恐れ入る。
なので、そんな異常状態を早く解決したいと、ロシアのグレヴィッチ大統領や二藤部総理も、この北方領土問題に決着を付けて早期にロシアと平和条約をと思っていた矢先のヤルバーン飛来事件だった。
その後、日本はティ連に加盟し、主権をティ連と共有する連合国家になり、更に火星に施政権、即ち領土を持ち、一光年先に人工の領土も持つ。
即ち、それまで米国の衛星国家扱いされてきた日本が、一気に超大国となってしまったのであって、そんな日本ともなれば、それはロシアも警戒する。
確かに日本は非核兵器国家ではある。核兵器で第三国とのパワーバランスを保つような真似はしない。
ただ、ロシアは、今の米国同様に、最大級の警戒を日本に対して行っている。
意外な話だが、ヤルバーンが来る以前からもロシアは、実のところ結構「日本に」いじめられていたりするのだ。
海上自衛隊にロシア原潜の位置は全部チョンバレで、ちょっと領空侵犯したら、鬼の速度でたちまちスクランブルはかけてくる。おまけに一九七六年のベレンコ中尉亡命事件では、当時ソ連の最新鋭機Mig-25が件の人物とともに亡命し、Mig-25のテクノロジーを完全に持っていかれるわと、日本はロシアにしょっちゅう嫌がらせされてるイメージがあるが、実は嫌がらせしまくってるのは正直日本や米国の方なのである。そんな日本にロシアが核兵器以上の警戒をしているのが……
『特危自衛隊』であったり『カグヤ』『ふそう』『旭龍』『自動甲冑』『F-2HM』といったティ連技術満載の兵器兵装群だったりする。
~ クレムリン宮殿内・会議室 ~
閣僚がすでに席につき、大統領の登場を待つ……なんせ世間巷ではこの御方、鬼の遅刻魔で有名だ。たまたま出会ったナントカ協会の会長と話し込んで軽くドイツの首相を二時間待たせたりとか平気でやる。これも彼独特の外交戦術ともいう話だが、どっちにしろ、まぁ普通の民主主義国家の指導者ではないのは間違いない。
しばし閣僚達が待つと、彼独特の左腕を大きく振るような歩き方で衛視の敬礼を横目に見て会議室に登場。
真っ白と金色のイメージが強い会議室に姿を現す。
閣僚達は全員起立し、彼を迎える。
グレヴィッチは軽く頷き、鋭い眼光をで議場をひとなめ見回すとすぐに着席。彼の視線で「座れ」と言われたので着席するような、もう何とも国家の会議というよりもマフィアの総会のような、そんな会議である。
「例の件、明日のニホン国で行われる防衛協議会だが、現状予定に変更はないか?」
どっかと腰掛けて少し猫背気味な上目遣いで、指を振り、担当閣僚へ尋ねる大統領。
話の枕も、挨拶もなく、いきなり短刀直入である。
「はい大統領閣下、教育・科学省のミハエル・ヤルナーエフ工学博士と、国防省のドミトリー・リビャネンコ陸軍大佐が任にあたることとなっております」
閣僚がそう答えると、グレヴィッチは小刻みに頷き、その人名に納得する。
この二人は事実上の国営兵器メーカー『ウラル総合車両工廠』の幹部でもある。年齢は柏木達と同じぐらいの四〇代。かのオブイェークトPOT-114の主要開発スタッフでもある。
「恐らくこの二人が今回の任務には適任かと。技術研究院としては我が国でトップの科学者と、技術者ですから、おそらくティエルクマスカの技術に対しても、理解が早いかと考えます」
「そうか、ならそちらはまかせる。で、あのヤポンスキーの宇宙飛行士で、イゼイラの大使で向こうへ行っていた……」
「タナベマモルですな。我が国の英雄を連れ去ってしまった」
「ははは、連れ去られたというのは言い過ぎだが、そのタチアナ・キセリョワ宇宙飛行士との接触はできないのか? 彼女もイゼイラへ行ったのだろう? ヤポンスキーへ帰化したとはいえ、まったく接触できないというわけでもなかろう」
そうグレヴィッチが上目使いで話すと、連邦宇宙局スタッフが
「私達もそう思い接触を幾度と無く試みはしましたが、残念ながらヤポンスキーの公安警察の守りが堅く、うまく行きません」
「ФСБは動かしていないのか? 接触するだけならヤポンスキーの諜報部モドキの警察官など、簡単にあしらえるだろう」
ФСБ、即ちFSBとはご存知グレヴィッチ大統領の古巣、旧KGB(旧ソ連国家保安委員会)のロシア連邦版組織である。早い話がKGBと同類だと考えて良い。
「大統領閣下、それがそう簡単にはいかないようでして……報告では、タチアナ元宇宙飛行士には、イゼイランスキーの警護、どうも公安警察官扱いだそうですか、そういった手合の物も含まれているようで、もう鉄壁の護衛だという事でして。それに彼女自身も、自分をヤポンスキーだと自覚して生活しているようで、恐らく接触できたとしても、こちらに協力してくれるかどうかはわかりません」
グレヴィッチは冷静なすまし顔で小刻みに頷く。
では、ここで普通なら、こんなKGBあがりの政治家なら、タチアナの家族でも人質に取ってという話も想像するのだが、このグレヴィッチという男、自分の政権を脅かす政敵に対しては、色々黒や灰色の噂もあるのだが、そうでない場合には、別段なにをするわけでもない。こういう言い方も変だが、極めてそういう点、紳士的ではある。幾度と無く暗殺の危機に晒されてきただけに政敵に対してはマスコミも含めて容赦無いが、そうでない場合は柔道の精神と哲学を愛する紳士なのである。
「ふむ、なら仕方ないな、正攻法でいくしかないか……とにかくアメリカ人がサマルカとかいうティエルクマスカ構成国と関係を持てたというのは我が連邦にとっても看過できないことだ……国防大臣」
「は、大統領閣下」
「キタイスカヤのチャン主席は例のカシワギ連合議員と知り合いだという話だが」
キタイスカヤとは、ロシア語で『中国の』という意味である。語源は内モンゴル北部を支配していた勢力の『キタイ人』からきていると言われている。
「はい閣下、FSBの調べでは、例のウオツリシマ事件も、実はチャン主席の謀略だったという報告もあります」
「ガーグスキーか?」
「はい。我が国もガスプロムやその他大手の元国営企業で、らしき存在が蔓延り、『整理』するのに時間を要しましたが、恐らくイゼイランスキーの名付けたソレを、我が国同様に一掃する事が目的だったのではないかと」
「なるほどな。私としては、おかげでヤポンスキーやキタイスカヤにアメリカンスキーがヤルバーン連中に目を向けてくれたおかげで色々とやりやすかったがな」
不敵な笑みをうかべて笑うグレヴィッチ。
かのウクライナの一件にしてもシリアの一件にしても、彼は各国がヤルバーンへの対応に必死だったがゆえに、逆にその間隙をついて、他の方面での『やらなければならないこと』をやってしまったのだ。
彼の理屈では、ティ連への対応など、あとでどうとでもなる。いざとなれば、ウクライナやシリアを出汁に使って、また国際協調をちらつかせばいいぐらいに思っていたのだろう。なのであの時、中国に欧州、米国がドタバタやっていた時でも、この国だけは静観を決め込んでいたのだ。おかげでウクライナの一件ではいつのまにやら事はうやむや。シリアと『国』を騙るバカの対応は、これもなんとなくうやむやで落ち着いてしまっている。
即ち、グレヴィッチからしてみれば、これでいいのである。ここからのほうがかえってやりやすいという、そういう段取りだった。
だが、唯一誤算だったのが、米国の『ロズウェル事件』が実話だったという事実。GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)からもたらされたこの情報は、彼にとっても寝耳に水だった。
あんなウソ臭さ丸出しのネタが実話だったという事で、米国が連合日本を通じてサマルカと間接的に国交を持った事実は、ロシア的には痛すぎる事件だった。
さらに言えばその後の、火星に施政権区域を持ち、さらにはMHE宇宙船というもう明らかに軍事利用丸出しの技術を米国が持ってしまったという事実。これは第二次大戦時、広島と長崎に原爆が落とされ、その新型爆弾の存在を知ってしまったコミンテルン並のショックで、今でも相当焦っているのである。
従って、今回の国際防衛関連協議会だが、彼としては是が非でもなにがしらの成果を出したいところでもあった。
(最悪、あの件を持ちだしても……)
色々思案する彼、元諜報員という肩書の国家元首は何を思うのだろうか? そして、何やら考えのある彼、その参謀には官僚政治家だけではなく、軍人も数多くいる。米国と違い、太平洋またいでの関係ではない。いかんせん日本とこの国の国境は、あまり意識したことない人々も多いだろうが、最短ではたった数キロメートルの場所にある。
日露関係とは、想像以上にかくも複雑なのである。
* *
現在、この地球という惑星世界において、ティエルクマスカ連合が言うところの『地域国家』の勢力は、三極化しつつある。一つは言うに及ばすイゼイラ―ヤルバーン自治州に連合日本の在る『ティエルクマスカ連合』勢力。そして、米国を中心とし、欧州連合、豪州衛星諸国からなるLNIF陣営。そして中国・ロシアにアフリカ諸国からなるCJSCA陣営。
かつては、ここにイスラム国家を含めて四極と言っていた時期もあったが、あれからLNIF陣営にCJSCA陣営がイスラム陣営の切り崩しにかかり、イスラム陣営でも、その政治的関係の都合上、LNIF陣営やCJSCA陣営に別れて参加してしまっている。
例えば、CJSCA会議の参加国であったトルコやサウジアラビアは結局現在LNIF陣営に参画し、シリアやインドネシアはCJSCA陣営に名を連ねている。
そんな勢力図になってしまった現在の地球世界。それぞれの思惑を抱きながら『国際防衛関連協議会』が、開催される。
場所は、件のOGHが造った、かの広大な施設面積を誇るゼルシミュレーター施設である。
そこに立派な会議場を造成し、何がしかの立体デモンストレーションも行えるような形式で会議を行おうという次第である。
この施設自体、普段はティ連技術を使った娯楽施設として稼働しており、国内外を問わず観光客でいつも溢れかえっている施設である。もちろんその観光客の中には各国の間諜連中もあっての話である。そんなものは安保委員会も承知の助でやっている。
そもそもOGHがこの施設を造った理由も、日本のみのティ連技術独占状態も結構ではあるが、それでも世界に向けてのプレゼンスも、無用な不安を世界に抱かせないために必要だろうということで、連合日本の現状を発信する場所としてこの施設を造ったという側面もあるのだ。従ってOGH側が用意するプログラムの体験という形の観光に限ってのみ、外国人の利用も可能にしている。即ち、三年前にやったあのサバイバルゲームということである。
というわけで、国際防衛関連協議会開催期間のみはこの施設も会議貸し切りで一般観光客は利用不可である。無論前もって告知されていることなので観光客も来ることはない。なにせ周辺道路は封鎖されている状況でもあるからして。
今会議、本来首脳級会合ではないのが実際のところで、出席者のほとんどが、政府官僚に学者、軍人即ち武官であって、各国の政治家も担当大臣クラスがほとんどだ。実際主要各国を見ても、米国は国防長官にその他の国も国防相クラスか外相クラスがほとんどだ。副国家代表級を派遣してきているのはほんの数カ国にすぎない。
日本の出席者は、官僚クラスとして白木に新見、防衛省関係者、文科省関係者、学者クラスは無論国立大学系も含めて、ヤル研メンバーもちらほらと。その中には沢渡も勿論いる。制服組として、陸海空自衛隊関係者に特危側として大見に久留米、多川にシエ、香坂にニヨッタが出席していた。
勿論政治家組としての参加は……
「すごいねぇ~……こりゃサミット並みの参加人数だな。各国関係者の数、多すぎだろ」
『確かにスゴイですねぇ~。三ネン前の【アジアナントカ主権会議】よりも規模大きいのではないですか?』
久々に見る地球社会国際色豊かな会議、かなりの人数である。確かにこの規模の人数なら、このゼル施設でやったほうが良いに決まっているだろう。
まあ見てて飽きないのが軍人連中の格好である。米国はいつも見る、かの官僚的な制服で、ロシアの方々は、どことなく徽章類が赤系で勲章が派手っぽい。皿のように丸い形の制帽も印象的。
中国さんは、なんとなく服の生地がイマイチな感じ。そういうところ西側にはまだまだ勝ててない。
特危さんの制服は、陸上科は陸自、航空宙間科は空自、海上宙間科は海自の制服をいまだに流用している。もうこれはこれでいいのではないかと、そんな流れでそうなっているわけで、新しい制服を作る計画というのも特にない。なのでシエやニヨッタも今日は空自と海自の制服着てるわけで、これがなかなか似合ってたりする、というか、美人さんは何着ても似合うのだ。
一般自衛官と人目見て違うと分かる部分は付けている徽章類で、少々デザインがシャープでカッコイイのと、階級章のデザインに連合防衛総省のワッペンを肩に付けている点である。
で、まだ会議開始には時間があり、各国参加者はロビー活動に勤しんでいたり。
大体たむろしている人員を見て、どこがどういう繋がりで、仲が良いか悪いかなんてのはおおよそ理解が出来る。
特に連合日本と、ティ連―ヤルバーン州関係者は基本連合国家なのでいつもいっしょだ。
本日ヤルバーン州からは、久々のご登場となる……
「どもジェグリ副知事。お久しぶりです」
『やぁどうもファーダ・カシワギ。フリンゼもお元気そうで何より』
『ハイですジェグリ副司令……じゃなかった、副知事。お久しぶりですね、ウフフ』
でもって、科学技術関係で賢人ニーラ様にセルカッツ。防衛関係者でシャルリ姉に、こういう場所でこそのジェルデア州法務局部長。昇進して部長さんになったジェルデア。
他、州政府関係者にヤルバーン州軍関係者と、異星人さん側も盛り沢山だ。
セルカッツは米国を通じて欧州関係者とも知り合いができ、ソッチ方面の人に囲まれて大人気だ。
賢人ニーラ教授が巻き添え食らってやぁやぁと握手攻めに合っている。
その様子を見る柏木にジェグリ。あの時と比べて様子が変わったとニヤニヤしながら、
『いやはや、私もこういったチキュウ社会との国際会議に出席するなど初めてですから緊張しますナ』
「あれ、ジェグリ副知事、そうでしたっけ?」
『ハイ。サマルカ国とアメリカ国が繋がりを持つまで、一極集中外交は継続中でしタから、私が表立ってチキュウ社会の会議等に出席する機会などありませんんでしたからネ』
「あ、そうか、確かに……そこんところは全部フェルがやってたもんな」
『ア、そうですネ。うん』
そんな四方山話もそこそこ。やぁやぁと向こうから手を振りつつやってくるはドノバン大使。この三年後の世界で、米国の政権が変わっても大使やってるおばさんである。
普通、政権変わればこういった同盟国大使も政権の意思を色濃く反映する人物に差し替えられるものなのだが……
「どもども、ドノバン大使。相変わらずお美しく」
「あら、カシワギサンからそういっていただけるとは光栄ですわね、ウフフ。フェルフェリアさんもお元気そうで」
そう、フェルさんとドノバン大使が『お友達』なので、ドノバンが大使をやってられているという話。
今の共和党政権も、その点は利用させていただこうというところ。
で、ドノバンから紹介されるは、現国防省『ピーター・ロドリゲス』長官。「初めまして柏木連合議員閣下、フェルフェリア大臣閣下」と握手。で、ロドリゲス長官の子息がフェルの大ファンで写真を撮らせてほしいとせがまれたり。それを見ていたシエも手招きして来い来いと、パチリと一枚。
今回の国際会議は、この会議よりも皆してヤル研見に行くのを楽しみにして来ているようなもんなので、そんなに肩肘張った会議ではないはず……だったのだが……
「そうそう、カシワギサン。お耳に入れたいことが」
ドノバンとロドリゲスが頷いてちょっと顔を引き締め、頷きあうと、柏木とフェル、写真の件でたまたま一緒にいたシエを壁際に呼んで「今さっき入った情報なのですが」と声を低めて何やら話そうとすると……
「柏木さん! 柏木さん!」
ドノバン達のヒソヒソ話に割って入る防衛大臣の鈴木。人をかきわけ何やら焦っている感じ。
ドノバンとロドリゲスも鈴木の表情を見て、「日本側にも話が来たか」という顔をする。鈴木の焦る様子におおよその検討がついているようだ。
「どうしたんですか鈴木先生」
『センセイ、マァマァ落ち着いて』
シエはちょっと鈴木の様子を訝しがり、白木と新見を手招きして呼んでいた。
「いやはや柏木先生、大変です! 官邸からの情報ですが、ロシアのグレヴィッチ大統領が今会合に急遽出席するということで、モスクワを立ったという知らせが入りました」
「は!?」
『エ!?』
「今日の全体会議には出席できないそうなのですが、明日の個別会合や、ヤル研のプレゼンテーションに出席したいという話で、今官邸はてんてこまいになっていますよ」
その話を顎つきだして聞く柏木。聞いてねーよ状態。
「ドノバン大使、ロドリゲス閣下!」
柏木が二人の方を向くと、コクコクと頷く。どうもその話を事前に察していたようだ。
会場全体を見回すと、どうやらその情報が各国関係者にも伝わっているのだろう、何やら少々ざわつき始めていた。
この会合は本来そんな各国の元首級が来るような会議ではないのだが、ロシアの、件の大統領が電撃的に顔を見せるという話になれば、それは各国動揺もする。
『ぐれヴぃっちダイトウリョウ……アノ「メツキノ悪イハゲ」ガ来ルノカ? フム……』
「だぁぁぁ! シエさん! あまりここでその言葉は!……」
『チャイナ国ノ、チャン同様、ドウセオマエヤ、我々ガ目的ナノハ解リキッテイル話デハナイカ。フム、デハ私ガ、カシワギノ護衛ニツイテヤル。ソノ時ハ私ニモ会ワセロ。前々カラ気ニハナッテイタデルンダ』
「な」と柏木の肩を揉むシエ。現在特危自衛隊の、一介の一佐ではあるが、これでもシエさんは一応ダストール総統候補だったフリュである。頭抱える柏木大臣。旦那の多川の方を見ると、柏木の方を見て、目を細め、ウンウンと頷いていた。つまり「黙って言うこと聞いておけ」という意思。もうおとなしくしておいてくれよぅと、心のなかで祈る柏木先生。
会議初日にえらい情報が飛び込んできた。
この話は早速マスコミにも入ったようで、緊急電としてテレビでも大騒ぎになっていた。
官邸でも急遽日露会談が設定されることになり、二藤部に三島も久しぶりの会談となるためドタバタしているということである……実は意外な話になるが、このグレヴィッチ、二藤部も先の話でさることながら、三島とも仲が良いので有名なのだ。
かのペレストロイカで有名なソ連時代のミハイル・ゴルバチョフ大統領以降、ロシア首脳と日本政府自保党首脳陣とは、案外仲がいいのである。これ意外に知られていない話。
でも何故かその仲の良さが、国家間同士の関係となると、どういうわけか生かされないという不思議な関係にあるのが日本とロシアなのである。
明治時代、帝政ロシアと大日本帝国も、元来仲が悪い関係ではなかったのだが、やはり当時の国際情勢で戦争してしまった。
で、現在。社会主義ソビエト時代の、負の遺産、結局その大本の原因が、やはりどうしてもかの『北方領土問題』に行き着いてしまう。なんとも隣国同士の関係というものは難しいものである。
この原因。確かに領土問題もあるのだが、それは結果論の話であって、もっと根本的な原因。やはりその『国民性』というものが深く関わってくるという、もう根源的な話にもなるのだが、またそれは別の機会の話。
ままそんな話もあってので、冷静になって考えても見れば、あの大統領ならやりかねないなと。
戦車乗ったり、爆撃機操縦したり、射撃の腕前見せつけたり、熊と戦ったり? そんな御方である。こりゃ張主席や、ハリソンにマッカラム大統領と話するのとは訳がちがうぞと憂鬱になる柏木先生。
当然フェルも心配にな……
「あ、あり? フェルは?」
今さっきまでそこにいたフェルさんがいない。
『ン? 今サッキマデソコニイタガ……』
「あ、あれじゃないかしら?」
とドノバンが指差す先……お得意様のインド外相に国防大臣を紹介されていたり。
「ま、まぁフェルも……あそことの関係は大事だしなぁ……フェルゥ~」
手を振り振り嫁さんを呼びに行く連合議員閣下。結果、インドとの二国間交渉をする柏木連合議員。
ちなみにインドは現在LNIF陣営である。
さてさて、なんとも波乱の展開となる国際防衛関連協議会。
ここでかのメンチ……熊と戦う大統領閣下に秘宝館をお見せする事になるのか?
嗚呼おそろしあ……であったりする。