表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
10/119

-2-

 ISSが「ギガヘキサ」と接触する少し前。


 ビジネスネゴシエイター(自称)柏木真人は、大阪市中央区にある展示会場「大阪産業ドーム」にいた。

 今、大阪産業ドームでは、財団法人大阪ベンチャー支援協会と呼ばれる大阪府外郭団体主催の合同商談会が行われていた。

 柏木はその商談会に参加する大阪のとあるベンチャー企業から依頼され、東京の大手重工業機械メーカーに商品を売り込むプレゼンテーションを行っていた。

 無論、その大阪のベンチャーとは、商品開発の段階から関わっており、部品の調達や生産ラインの確保など、数々の営業のような仕事も手伝っており、この度、無事に商談をまとめることができた。


 こういったベンチャー企業というものは、創業者の技術力や発想力で起業される場合が多い。

 テレビなどで紹介されるような華やかなベンチャーなどごくわずかで、その他ほとんどのベンチャーは、営業力やプレゼンテーション能力に問題を抱える場合が多く、つまりはベンチャーがベンチャー故の会社の方針や商品の魅力を外に効果的に伝える能力に問題を抱えている場合が多いのである。

 特に技術者出身の創業者に多いパターンが、外に自社製品を説明する場合、今まで営業などやったこともないような人間が、何も知らない人間に商品を説明する際、専門的なことを何も知らない人間に自分達と同じ目線で説明し、結局相手に話の半分も理解されずに失敗するという場合で、それでせっかくの魅力的な商品をパーにしてしまうパターンが多い。


 例えるならこういうことである。


 あるOSの取扱説明書に


「このオペレーティングシステムは、みなさんのコンピューターライフにエキサイティングな体感を提供します。短いインストール時間に、わかりやすいグラフィカルユーザーシステム、そして起動後は豊富なメモリーを利用したマルチタスクシステムにより、快適なコンピューティング環境を提供します」


 と書いてあったとする。

 このひらがなより、カタカナの方が多い説明を齢70や80のジーさんやバーさんに見せてどれぐらいのお年寄りが理解できるだろうか?


 すなわちコレと同じことである。

 こういったやり方で何も知らない他社の営業に売り込みにいくわけだから、そりゃ失敗もする。


 今回の柏木が依頼を受けた会社もいわゆるこの手の会社で、創業者が技術畑一筋の出身で技術力はピカイチだが、営業力や宣伝力がない。そこで柏木が助力を買って出たというわけである。


 


「どうもおおきに柏木さん、ほんま助かりましたわ。ウチの社員は全員技術屋ばっかりなんで、こういう対外交渉はホンマ苦手でしてな、TESさんに相談させてもろて正解でしたわ」


 このベンチャー会社「株式会社 想楽」社長の高田は、かつてTESに部品を納入していた大手部品メーカーの出身で、2年前に独立して画期的なモーターを開発したのだが、さきほどの理由でそのモーターの魅力を宣伝しきれずに、かなりきつい営業状態にあった。そこでTESに相談したところ、柏木を紹介され、柏木はこのモーターの宣伝広報と営業を営業委託契約という形で手伝っていたのである。


「いや、良かったですね社長。私も今回の仕事はやりやすかったですよ、いや、社長の会社が作ったあのモーター、本当に良いモーターだと思います。今回は重工業機械向けの受注でしたが、小型化すればロボットのサーボなんかでも使えるんじゃないですか?

もし小型化が成功したらまた誘ってくださいよ。工業用ロボットメーカーでもツテがいくつかありますんで、そっちの方にも話してみますわ」

「え?ホンマでっか!?うれしいなぁ。柏木さんに来てもろてホンマ正解でしたわ。そん時はまたよろしくたのんます。あ、今回ホント助かりましたんで、お支払いの方もちょっと色付けさせてもらいますわ」


 高田は本当に感謝してるようで、深々と頭を下げる。


「いや、いいですよ社長、ちゃんと御契約いただいた金額で構いませんって。私も自分の仕事をキッチリさせてもらっただけですから」

「いや、そんなんあきませんわ。ウチはこれ失敗したらマジで店たたもうかと思ってたぐらいですから。今回、こんな大口でしかも10年契約なんてすごい契約させてもろて、おまけに生産ラインの確保に次の研究開発資金まで引き出していただいて、しかもウチの営業の指導までして頂いてまんねんで、そんなん絶対バチあたりますよってに」

「ははは、わかりました。私はご契約通り頂けたらそれで結構ですので、そちらは社長のお好きになさっていただけたら結構ですよ」 

「わかりました。好きにさせていただきます。色の分は今後の柏木さんの利用手付金ということにさせてもらいます」

「はは、了解しました。そういうことにしましょか」


 これで契約終了である。柏木は今回、相手大手メーカーをかなり炊きつけて、専属開発契約まで締結させた。そして柏木が考えたアイディアをそのモーターに付けて想楽に特許申請させ、柏木のアイディアが付いたモーターを使用した場合、大手メーカーからそのモーターを使用した部品単価に10パーセント上乗せしてもらい、その中の7パーセントを想楽に、3パーセントの特許料を柏木に払ってもらえるように契約したため、柏木的にも結構良い仕事だったのである。

 本当は、商品単価にしたかったのであるが、いかんせん重工業機械なのでそれをやってしまったらメーカーの商品価格が高くなってしまい売れなくなるため、お互いにおいしくないことになるので、部品単価に上乗せという形で落ち着いた。


 まぁどっちにしろ特許が正式に通るまでには結構時間がかかるし、おまけにその特許が通るかどうかもわからないため、そこはオマケみたいなものである。もし特許が通れば、大手メーカーも独占契約になるので商品にもセールスポイントができるわけで、お互いにとっても良い取引になるのだ。そして将来的に想楽が大手メーカーに買収でもしてもらえれば、コレはコレでひとつの良い方向性ではあるので、そのあたりも高田には説明しておいた。

 ベンチャーにとって大手企業に買収してもらえることは、経営的に決して悪いことではないのである。




「しかし柏木さん、お宅アレですな、標準語しゃべってはるけど、イントネーションに関西弁が入りますな」

「わかりますか?」と柏木はニンマリ笑い「実は小6から高1まで千里に住んでたんですよ。で、大学時代に関芸大にいましてね」

「あ、そうなんでっか!なるほどなそいでかぁ どうりでお付き合いしやすいと思ってましたんやわ」

「これでも一応、関西の商習慣は知ってますよってに」


 と関西弁で応じる。

 関西の中小企業は横のつながりが非常に強い。それはベンチャーとて例外ではない。特に特定の業種ではほとんど連合企業体のように仕事を回しあいしているような業種もあるため、独特の商習慣がある。逆に言えばその仕事が回ってるベースとなるクライアント企業がつぶれてしまうと、莫大な数の連鎖倒産が起きる恐れがあるので、そのあたりは一長一短なところがあり、最近のグローバル経済ではこの関西風な商習慣が崩壊しつつある傾向がある。



「ははは、んじゃ今度また呑みにいきましょや」

「えぇ、是非」

「で、今日はこれからなんか予定おまんのか?」

「えぇ、実はちょっと千里ニュータウンの方へ行ってみようかと思いましてね。子供の頃住んでたところがどうなってるか見てみようと思いまして……大阪には結構来てるんですが、なかなか行く機会がなくてですね……」

「千里のどちらでんのん?」

「万博の近くですよ。山田です」

「山田でっか……確かウチのヤツが吹田の方に今日行く用事があったはずですわ、そいつに送らせますよってに、好きなところ言ってやってください」

 

 高田は自分の部下を大声で呼んでいる。


「あーいやいや社長、別にかまいませんって、そこまでしてもらわなくても」

「何言ってまんねん、もう車呼んでまいましたわ。遅いでっせ」


 と、笑いながら強制的に確定されてしまう。これが大阪である。一旦決まると……いや決まる前に何でも事が予約確定してしまうので、もうここは親切に甘えるしかない。





 柏木は、高田の部下が運転するライトバンで大阪堺筋を北に向け走る。

 梅田から新御堂筋に乗り、さらに北へ。

 江坂を抜け、服部緑地を越えたあたりから緑が多い風景になる。

 大阪は緑が少ないとよく言われるが、なんのなんの、大阪府下でみれば、北大阪は大変緑が多い。というかベッドタウン化されたイナカである。新御堂筋のドンツキはエテ公の聖地、箕面なのだ。


 そして豊中市千里中央に到着する。

 千里中央は、豊中市ではあるが、吹田市と道路一本の市境にあり、よく吹田市と勘違いされる場所である。

 山田に行くのであれば、ここから大阪モノレールを使えば一駅、万博まで足を伸ばすなら、もう一駅で到着するので、丁度いい。


 柏木は、高田の部下に礼をいい別れる。そして随分と久しぶりになる千里中央の大型商業施設に入った。

 ちょうど腹が減ってきたこともあるので、どこか空いている飲食店を探す。しかし本当に久方ぶりの施設なので、自分の子供の頃の記憶と全然施設が合致しない。

 昔よく通った玩具店も倒産してなくなったらしいし、両親によく連れて行ってもらったボーリング場もなくなっていた。

 正直もう別の施設という感じで、なんとなく懐かしさと、時の経つのを感じる。

 まぁしかし、かろうじて施設の構造はかつての記憶とほぼ同じなので迷わずにすむ。


 最近できたという大型家電量販店ビルの最上階に食堂街があると言うので、そこへ行ってみることにした。

 ついでに近々買い換えようと思っているノートパソコンの品定めもしてみることにする。

 このところ仕事も忙しく、暇ができた時はガンショップばかり行ってるので、こういう家電量販店にくるのも久しぶりで、最近の新機種の進歩に目を見張る、と同時に


「今のノートって、スペックの割りに安いなぁ……」


 と呟いてしまう。そういえばテレビも買い換えたいなと考えテレビコーナーに行くと、大手メーカー製大型液晶テレビが特価で59800円とこれまた安さに驚く。

 本当ならもっと安く買えるのだろうが、こういう物価に疎い柏木は、この価格でも安いと思い、今回の仕事の収入で買い換えようかなと本気で思ったりする。


 柏木は事務所兼、自宅の分譲マンション暮らしである。大学時代以降、女気のある生活などトンとしたことがないので、こういう家具家電類、洒落た内装などといった類には非常に疎い。


 AV機器といえば、自宅には20インチの小さなテレビとブルーレイデッキ、ゲーム機にパソコンがあるだけで、あとは壁に銃がズラリと飾られ、ハンガーは私服用と仕事着用と迷彩服用に分けられている。

 一つだけあまってる小さな部屋が応接室になっており、リビングもまるで武器庫な状態なので、とてもではないが女性を呼べるような家ではない。まるで野戦キャンプのような家なので、その小さな応接室がなければ客も呼べないかもしれないという有様だ。


(法人化するのだったら、あの部屋はちょっとまずいよなぁ……)


 実は柏木自身も自覚してたりする。


 そんなことを考えつつ、本気でテレビを物色し始めた。

 その大型量販店では、ポール状のベンチが備え付けられており、少し歩きつかれた柏木は、そのベンチに座りテレビを眺めて比較分析を頭の中でやっていた。




 すると、おかしな事が起こった。


 家電量販店のテレビは、デモンストレーションでいろんなテレビ局の番組を放映している。この時間だと時代劇の再放送や、ついこないだ流行っていた番組の再放送、情報バラエティ番組。これらの番組が何十台も並んだテレビから映されているのだが……


 それらのテレビから一斉にニュース速報の音が鳴り、速報テロップが流しだされた。

 そして、生放送の情報バラエティ番組系の進行が一時ストップし、MCに速報ニュースの原稿が渡されていた。


 その他の番組を流していた局も次々に現放送を中止し、報道センターの画像に切り替わる。何十台ものテレビがほぼ一斉にそういう感じで画像を切り替えるのであるから、その様はまさしく異様だった。


 その異常な状況に、量販店に訪れていた客もさすがに足を止めてテレビに見入っている。

 子供連れの主婦がいた。この真昼間の平日に何をしてるのかわからないカップル客もいた。休憩時間なのだろうか、制服姿のOLもいた。

 それらの客が足を止めて、その異様な状況の店内のテレビを見ていた。


 そして柏木は自分の目の前にある情報バラエティ番組を流しているテレビを見た。かすかに聞こえる音声を聞き取ろうと、ベンチから立ち上がり、そのテレビに近づく。


 テレビの男性有名MCは話し出す。

 非常に有名なプロのMCでもある彼は、その原稿を一読すると、カメラの向こうのADに……


『え?この原稿読むの?』


 と訝しげに聞く。するとかすかな音声で『はい、お願いします。緊急です』と言われている。

 カメラは、同様に訝しがるゲストコメンテイターの顔を映す。そして、MCにカメラが戻り、


『はい、えっと……今何がなんだかよくわからない速報が入ったんですが、』


 と前置きした後、首をかしげながら


『さきほど政府の緊急発表で、--ISS-国際宇宙ステーションが、正体不明の巨大な人工物体と接触した--と発表したそうです。えー、それでCNAの方でも米国政府とNASAの共同発表という形で同様の発表が行われたと伝えています。……ってコレ、どういうことなんでしょうね』


 と番組出演のゲストらにMCは振っていた……そして、


『えー、このニュースは今後何かわかり次第、随時伝えていきます。で、次の話題……』


 民放は、このニュースより、全国ラーメン食べ歩き美人の話題の方が優先されるようである。


「あぁ、店員さん、ちょっと」


 柏木は客に混じってこの番組をチラ見していた量販店の店員を呼びとめて、


「あのテレビのNHKの音声、もっと大きくならないかな」


 と頼む。

 店員も、事が尋常ではないことを察し、リモコンを持ってきてNHKの音声のみ、大きくしてくれた。


『……繰り返します。さきほど、政府の緊急発表として、ISS-国際宇宙ステーションが、正体不明の大型人工物体と接触、現在その正体不明の人工物体を監視している--と発表いたしました。そしてCNNの報道で、アメリカ政府とNASA-アメリカ航空宇宙局が同様の緊急発表を行っているということです。また午後1時より、この件について、内閣総理大臣より緊急の記者会見が行われる予定になっています……』


 NHKの音声を上げてもらった途端、テレビコーナーに続々と人が集まり、街頭テレビの様相を呈していく。

 集まった観衆の声を聞いてみると、「宇宙人の襲来?」「えーまさかー」「中国の新兵器だったりして」「そんなもん作ってる暇あったらPM2.5を何とかせーや」といった素人の憶測が飛び交う。


 柏木はこの状況を黙って見ていた。

 同じ内容を何回も繰り返すNHKアナウンサー。それがこの何がなんだかよくわからない状況に緊迫感を与えていた。そして、


『え?はい?……あ、ただ今、ISSに長期滞在をしている田辺守宇宙飛行士の撮影した映像が入りました。ご覧ください』--そして田辺が撮影した映像に切り替わり、テレビでは自分撮影をしながら難しい顔をしている田辺の顔に切り替わる。


『えー、ここはISS日本モジュール「きぼう」です……』


 普段テレビの報道番組や科学番組で見る温和な表情の田辺が、極めて真剣な表情で時間や経緯などを淡々と伝えていた。

 そして……


『では、今から撮影します……』


 田辺の持つカメラの視点が変わる。カメラを持ち替えてるため、グリグリと風景が周り、凝視していると目が回りそうになる。

 英語で隣のクルーと何やらしゃべっているようだが、英語のわからない柏木には何を言ってるのかわからない。


 そしてカメラがISSの窓に向けられ、自動フォーカスのピントが調整されていく。そしてその衝撃の映像が量販店の60インチ液晶テレビに大きく映し出された。





「ええぇぇ~!何あれ!」「うそっ!マジかいな……」





 量販店のテレビに群がる客達にどよめきが走る。

 手の空いている店員も、接客を忘れて画面を見入っていた。  





「えぇ?……こんな……」





 柏木も思わず唾を飲む。

 そして鳥肌が立った。

 普通ならあり得ない光景がテレビに映っている。これはまるであの時、9.11テロ事件で旅客機が国際貿易センタービルに突っ込む映像を見たときと同じ感覚だ。

 あの時、テレビをつけた瞬間真っ先に飛び込んできた非現実的な映像を、最初はハリウッド映画のSFXかと思った。

 今目の前にある映像は、まさにそのときと同じ感覚だった。


「ありえねーよ……」


 ポソっとつぶやく。


 そしてテレビではアナウンサーが続ける。


『この映像は、先ほど外務省から各報道機関に配布された映像で、外務省によると、筑波宇宙センターで行われていた、数日後に来日する予定である、インド科学大臣筑波宇宙センター視察の打ち合わせ中にこの事態が発生し、その際にJAXAスタッフから外務省職員へ、日本政府に提供するように託された映像であるということです。日本政府はISSの田辺守 宇宙飛行士に、この事態の詳しい状況の情報提供を引き続き要請しており……』


「外務省?インドの大臣?……白木か!」


 思わず口に出してしまった。

 先日のサバイバルゲーム後の打ち上げ居酒屋飲み会で、実はこの話題が出たのである。

 普通ならこういう外国要人のスケジュールなど柏木のような民間人に話して良いわけないのであるが、まぁそこはそれ、友人が片方は自衛隊の幹部。片方は有名ゼネコン社長に信頼を置かれているビジネスネゴシエイター。つまり守秘義務の方は黙っていても問題ない信頼の置ける友人同士のため、話してしまったのである。

 しかしその内容は、ヒンディー語習得までの白木の悲惨な話がメインで、その時の爆笑ネタとなっていた。

 しかしニュースで「外務省」で「インド人」と言われればほぼ確定だ。


 柏木は人をかき分けながら、満員御礼のテレビコーナーを抜け出す。そして外にいったん出るとスマートフォンを取り出し、白木に電話をかけた。


『……ただいま、電話が大変混雑しており、かかりません。もうしばらく……』

「クソッ」


 白木に聞けば、もっと具体的なことが聞けるかもしれないと思ったがこの状態だ。多分日本中こんな状態だろう。とはいえ仮に繋がったとしても、こういった国体にもかかわるような問題をさすがに一民間人に話してくれるはずもないか、とは思いつつも、もう一度電話をかけてみた。


 ……やはり駄目だった。


 しかしその時、柏木の電話が鳴った。

 着信を見ると、大見からだった。

 慌てて電話に出る。


「オーちゃん?」

『おう!柏木、俺だよ。やーっと繋がったな……その声の様子じゃ、もうニュース見たな』

「あぁ、なんだあれ?自衛隊さんの方にも何か情報行ってるのか?」

『いや、今お上から待機命令が出た。その程度だ……待機命令が出るのは、地震があっても出るからな、珍しいことじゃない。まぁ仮に何か情報あってもさすがに話せないよ』

「まぁ確かにな。ごもっともで」


 当たり前の話である。これで話してたら自衛隊員失格である。

 しかし白木は話すのであるから、どうなんだろうと柏木は思う。まぁ白木基準は常人にはわからないのでスルーすることにした。


「で、何? ということは今仕事中だろ」

『いや上官に言われてな。って俺だけじゃないが情報収集しろってな。とにかく上と連絡がつきにくい』

「危機管理対策本部できてないのか?」

『みたいだ。事が事だけに仕方ないだろう。近々の危機でもないしな……で白木に電話したんだが、全く繋がらないんだ。お前、電話かけたか?』

「あぁ、今かけてた。でも俺の方もバツ」

『そうか……わかった。すまん』

「いやいいよ、俺もあいだ見て何回かかけてみる。何かわかったら連絡するよ」

『すまんな、で、もう一つ頼みがあるんだが……』


 恐縮そうに大見は話す


「何?遠慮なく言ってくれ。俺ごときにできることなら」

『家にかけて美里に俺のこと話しておいてくれないか?』

「ん?繋がらないのか?」

『あぁ、だいぶ混線してるらしい。こっちも今からミーティングなんでな』

 

 ここで、「繋がらないならメールで済ませば良いではないか」と思う人もいるかもしれない。

 しかし自衛隊では、機密保持のため、スマートフォンの隊内持ち込みは禁止されているのだ。

 ガラケーでショートメールという方法もあるが、大見は実はテンキーでメールを打つのが大の苦手なのである。


「わかった。携帯キャリアーでもだいぶ違うだろうから、俺からもかけてみるよ、ってかメール打つ努力しろよ!」

『俺がガラケーでメール打ったら、一日かかる。お前も知ってるだろ』


 と笑いながら話す大見


「あー、そうだったな、わかった。なんとかやってみる。俺からのメールでも良いよな」

『あぁ頼む、重ね重ねすまん。 じゃ、仕事があるんで』

「おう、また連絡くれ」


 電話を切る……柏木はスマートフォンを額に当てて考え込む。


(こりゃ相当世の中混乱してるな……人工物?宇宙で人工物つったら、異星人しかいねーじゃねーか……これはこのままじゃ終わらないぞ、多分……)


 柏木の嗅覚がそう告げる。


 柏木は量販店に戻り、タブレットコーナーに直行する。そして店員を呼び止め、


「すみません、7インチか10インチぐらいの、ワンセグが見れるタブレットはありますか?」


 



……………………………………




 東京-総理大臣官邸


 ここ官邸でもやはり大混乱になっていた。

 この事態の第一報は、米国のジョージ・ハリソン大統領より電話でもたらされた。そしてその証拠となる映像データや各種ファイルなどは、機密暗号処理もかけられずにヒラデータで送られてきており、いかに危急の状態であったかが理解できた。


 逆に言えば、ここまできて、あのようなデカブツがお天道様にいれば、場所が場所なら空を見上げれば誰でもわかることなので機密にしても仕方がないという事もあった。

 おそらくロシアも同様にデータを同時期に得ているだろうから、とにかく先に世界へ発信し、この事態へのイニシアティブをとりたいという思惑もあったのかもしれない。


 政府は……正直この事態にどうしたらいいか本当にわからなかった。

 先の通り、異星人と遭遇した際のマニュアルなど何もない。

 「巨大な人工物」が「宇宙から来た」となれば、異星人に決まっている。

 もし「異星人」なら基本扱いは「外国」である。

 とすれば、別段領土領空を侵犯された訳でもなく、長距離兵器で攻撃されたわけでもない。おまけに宇宙空間に領空の概念はない。建前は宇宙条約で国際共同管理物件なのであるが、逆に言えば誰のものでもないので何か主権を主張するわけにもいかない。

 ISSが大きな衝撃を受け干渉を受けたといっても、別に被害があったわけでもなく、またその衝撃の原因も特定できない。


 ということで、内閣法制局と協議しても答えが見つからず、結局のところ実際問題として現状としては、ただ対岸の火事として傍観するしかないのが実情なのである。

 しかし自由保守党の総裁であり、現内閣総理大臣の二藤部にとべ 新蔵しんぞうは、とりあえずの手を打った。

 国民から見放された前リベラル政権であった民主生活党から政権を奪い返し、衆参両選挙で大勝。二藤部の提唱した経済対策もとりあえず順調に推移しているときに起こったこの事態である。ここで下手を打てば、政権崩壊になりかねない。



 前政権であった民生党は、東日本大震災の時、その対策であまりに稚拙であり、おまけにその重要閣僚や議員が、中国、韓国、北朝鮮寄りの配慮配慮な政権運営をしてしまったために、決定的に国民から見放された。

 一番マズかったのは、震災前の、中国の漁船が海上保安庁の船に激突した事件である。その動画を機密指定し国民に公表しなかった事件は決定的で、「この政党はどこの国の政党なんだ」と徹底的な批判を受けた。

 後にその映像は、海保の職員の匿名で動画投稿サイトに投稿され、世に知られるところになった。




 今回の事態では、対外交渉のために、たまたま筑波宇宙センターに外務省と文科省の役人がいることを知った二藤部は、即座に情報を持ってこさせるように指示し、ルートは何でも良いから報道各社に早急に情報を提供するよう指示した。

 これは無論中国漁船衝突事件の教訓からの事であり、二藤部政権では今回の事態のデータ、特に映像データは即座に報道へ公開するように指示したのである。


 そして有識者を早急に集め、1時に迫った緊急記者会見に備えていた。


「……しかし、このまま傍観というわけにはいかないのじゃないですか?」


 二藤部が内閣法制局長官、堀本に尋ねる。


「はい総理。しかし難しいのが、先ほども申し上げたとおり、我が国に何も起きていないというのが難点でして、いわゆる「危機管理」という状態ではないのがネックとなっております」


「しかし、危機でなくても世界的に異常事態であるのは確実です。そう、例えば「異星人対策本部」のようなものを立ち上げても問題ないでしょう」

「それなんです。「異星人」かどうかも確定できていません。とはいえ、確かに総理のおっしゃるとおり、あんな人工物を作れる国なんて地球には存在しませんから、間違いはないのでしょうが、その「異星人」の「人」がいるかもどうかわからないわけでして」


 宇宙物理学の権威で、齢70を超える東大宇宙物理学、真壁教授が割り込んで話す。


「その通りです総理。ドレイクの方程式から考えても、無人の人工物の可能性もあります」

「ド、ドレイクの方程式?」


 聞いたこともない言葉に、二藤部は聞き直した。

 そこへ副総理 兼 外務大臣の三島みしま 太郎たろうが割って解説に入る。


「総理、ドレイクの方程式ってーのは、わかりやすく言えば、このバカみたいに広い宇宙で、宇宙人の文明って奴がどれだけできるか、そしてその文明が滅びずに宇宙に進出して、どえらい宇宙船作って、ほかの異星文明と接触する確率がどんだけあるかって指針みたいな方程式のことですわ。確か……アメリカかどっかの天文学者で、フランク・ドレイクだったかな、そんな名前の奴が考えた方程式ですわ」


 さすが日本のマンガ・アニメ・雑学などに詳しいポップカルチャー大臣の三島である。

 秋葉原では絶大な支持を誇り、真壁同様、齢70を超えるが、その発想はまだまだ若い者には負けない元気な御大である。いつも世の中をそのべらんめぇ口調でぶった切り、日本の可能性を常に信じて疑わない政治家である。



 そして、こういった物語には欠かすことができない政治家である。



「さすが三島先生ですな。その通りですわ」


 真壁も感心する。


「では、このまま国連で協議され、破壊処理ということもありうると?」


 二藤部が訪ねる。が、三島は即座にそのポップカルチャー知識で否定した。


「それは無理でしょうな、総理」

「なぜです?」

「あの人工物体、えーっとアメさんでは、確か、ギガヘキサとかいうコードネームで呼んでましたな。

そのギガヘキサ、JAXAの田辺さんの話じゃ、いきなり空間が歪んで、フラッシュとともにご登場という話じゃないですかい、ちがったっけ?」


 同席していた外務省情報統括官の新見にいみ 貴一きいちに訪ねると、新見はコクっと頷いた。

 そして三島は続ける。


「多分、それって『ワープ』って奴でしょう」

「ワ、ワープ!?……あの宇宙戦艦ナントカとかいうのに出てきたやつですか?」


 こういう政治の場では絶対出てきそうもない単語に二藤部は面食らった。


「そそ、それだよ……と、いうことは、空間をぶっちぎって飛んできたというわけだ。俺も詳しくは知らねぇが、なんかアニメの世界じゃ、人工的に造ったブラックホールだか、ホワイトホールだかを使って、空間を歪めて、亜空間っていうこの宇宙とは別の空間を通ってやってくるような移動方法でやってきたという事になる。そんな空間を歪めてやってくるような宇宙船に俺たちの世界の武器なんか通用するはずねーじゃねぇですかい。多分、核兵器使っても傷一つつけられないんじゃねぇか?」


 二藤部が「どうですか?」とばかりに真壁の方を向くと、真壁はクククっと笑いながら


「いや、さすが例えが三島先生らしいですが、概ね私も賛成です。ここで学術的なことを言ってもあまり意味がないので省略しますが、そんな「ワープ」を使って亜空間を飛んでくるような強度を持った船なら、核兵器など何の意味も持たないでしょう。内部から破壊させるならまだしも、外部からの破壊ならまず不可能でしょうな」


 二藤部が腕を組んで考え込む。そこへ三島が、発想を変えたら良いと助言した。


「要は、あのお客さんを常にマークできれば良い組織を作ればいいわけだろ?なら『未確認人工物監視委員会』ってのを作って、もし万が一、『日本に』事が起これば、危機対策本部に昇格させればいい。で、仮に人類と交渉を求めてくるようであれば、あとは国連の仕事だ。その時また考えれば良いんじゃないですかい?

 まぁ、危機管理センターは、別に危機じゃなくても使っていいんですから、会議なんかはあそこでやりゃいい。よく危機管理センターなんていわれてるが、あそこの正式名称は『内閣情報集約センター』ですからな」

「それしかないようですね、ではそれでいきましょう」


 とかく政治というものはまどろっこしい。正規の理屈と段取りがつかないと、組織一つ作るのも四苦八苦するのである。よく報道などでは、何か事が起こると対応組織がポンポンできるように思われているが、逆に言えば対応ができない、もしくは遅れた場合、それに準じた組織はなかなかできない。

 そういった組織を作るには、やはり相応の法的根拠が必要だからだ。


 前政権は、自分が偉いと勘違いした愚かな首相によって、思いつきでポンポンと似たような組織がバカみたいに作られたおかげで、組織の矛盾が矛盾を生み出しまくり、何も決められない状況に陥ってしまった。

 そういった事を避けなければならないため、一見まどろっこしく見えるが、これもまともな政治の世界では大切な通過儀礼なのである。





…………………………………………………………






 柏木は今、千里中央、大型商業施設のうどん屋にいた。

 天ぷらうどん定食を食べていた。やはりうどんは関西風の出汁に限る。関西の居住経験が長い柏木にとって、味の濃い関東風出汁より関西風の出汁の方が好み。

 

 店内には柏木一人しかいない。

 そう、他の客はあの報道が知れ渡ってからみんな帰宅し始めたからだ。

 震災や台風ならともかく、ただ「訳のわからないものが宇宙からやってきた」という報道が大々的になされただけで、このたくさんの人で賑わっていた商業施設に閑古鳥が鳴いてしまうのである。


 3.11以降、日本人は災害に敏感になった。いや、災害なんて今現在はないが、大方「宇宙人といえば攻撃してくるもの」というハリウッド的先入観がそうさせているのだろう。

 そして誰かがそれを理由に帰宅を始めれば、我も我もで帰宅を始め、それが乗数的に波及し一斉帰宅させてしまう……とかく人間の集団心理とは恐ろしいものである。


 ということもあり、柏木はいつ乗れるかわからなくなった、ごったがえす北大阪急行に乗るのをあきらめ、同じくタクシーに乗るのもあきらめた。仮に新大阪に行けたとしても、おそらく座席は予約で満席だろう。立ち乗りで2時間半かけ東京に帰るのはさすがにきつい。

 さきほどネットで調べたら、新大阪から梅田近郊のビジネスホテルも満室である……


 柏木は帰宅難民になってしまった。


 とりあえず、うどんを食べながら大見の家に電話をしてみるが、これがまたなかなか繋がらない。仕方ないのでメールを打っておく


『おひさしぶり。柏木です。さっき旦那から電話がありました。待機がでたようです。なかなかつながらないので代わりにメールしてくれと頼まれました。ということで問題なさげ。また旦那と飲みにでもいきませう。柏木』


 白木への電話はあきらめた。白木のスマートフォンは官給品だと聞いてるし、それに仕事が仕事なのでメールはあまりよろしくない。また機会を見つけてかけてみることにする。


 柏木は買ったばかりの10インチタブレット端末の封を開け、チャチャっとセットアップを済ましてワンセグテレビのアプリを起動する。


「あ、すみませーん、電源借りれますか?」


 店の主人に許可をもらい、ACアダプターを足下の電源に差し込んで充電しながらワンセグテレビを見る。もうすぐ内閣総理大臣の緊急記者会見だからだ。

 ワンセグを見てると、いつの間にか店の主人も後ろに立って、柏木のワンセグを見ていた。柏木は気を利かせてイヤホンジャックを抜き、音量を上げて聞こえるようにしてやる。


「あ、ごめんね」


 主人が恐縮する


「いえいえ、やっぱり気になりますか?」

「そらこんなんやもんね、ウチもここで商売してだいぶなるけど、こんなん初めてやさかいにねぇ……仕事しててニュース見てへんけど、なんかすごかったんやて?」

「えぇ、もうドギモ抜かれましたよ。まさか生きてるうちにあんな事が起こるなんてね」


 柏木と主人が雑談を始めると、主人がお茶を入れて柏木に持ってきてくれた。主人も隣の席の椅子を引っぱってきて、柏木の隣に座り、ワンセグを眺める。

 お茶をすすっていると、緊急記者会見が始まった。




タブレットには、二藤部が国旗に向かって一礼し、壇上にあがる姿が映し出され、『首相緊急記者会見』という文字が大きく映し出されていた。


『えー、それではただ今から二藤部内閣総理大臣の記者会見を行います。えー、冒頭、総理から発言がございます。総理お願いいたします』


『えー、先般、国民の皆様におかれましても、既に報道などでご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、地球衛星軌道上において、突然、正体不明の大型人工物が出現し、ISS-国際宇宙ステーションがそれと遭遇いたしました。これは米国政府、NASAからも資料提供され、そして我が国の宇宙研究機関であるJAXAからの報告でも確認済みであります……』


 そして二藤部はこの情報を得た経緯などを話し、今後の国の方針を語る


『……本件において政府は、-未確認人工物体監視委員会-を設置し、ISS共同参画国家である米国、ロシア、カナダ、EU各国と情報を共有し、監視を継続していく方針であります。国民の皆様におかれましては、今後、未確認人工物体になんらかの動きがあり次第、即時、手段と経緯を問わず、情報を発信していく方針であります……』


 一通り総理官邸で話し合われた推移を段取り通りに話し、そして、記者の質問に移る。


『えー、それでは皆様からの質問をお受けいたしたいと思います。私の方から、指名をいたしますので、質問の前に、所属とお名前を明らかにしてからご質問をお願いいたします。えー、多くの方から質問をしていただきたいということもございまして、質問はなるべく簡潔にお願いいたします。えー、それでは質問ご希望される方、挙手をお願いいたします』


『毎朝新聞の島田と申します、先ほど未確認人工物体監視委員会を設置するという事でしたが、これは危機管理組織とはまた別のものなのでしょうか?』


『現状ではその通りです。危機管理組織とは違います。実際、現状で我が国は「危機」とよばれる状態にありません。何某らの侵略行為や、侵犯行為を受けたわけではありませんので、そのようになっています。但し、もし万が一、今後その人工物体が我が国やもしくは他国に対して危機をもたらす行為に及んだ場合、この監視委員会が即座に危機管理組織に昇格する手はずとなっております』


『産業新聞の木内と申します。今、未確認人工物体という呼称で呼んでいますが、その物体は、いわゆる「異星人」のものと考えて良いのでしょうか?』


『本物体は、みなさんも映像をご覧になったとおり、あきらかに人工物体です。しかもISSに滞在中の田辺守 宇宙飛行士の証言から、有識者の見解では、あきらかに空間を跳躍する技術をもって現れたという確度の高い推測がなされています。したがって、何らかの、地球の科学技術レベルを遙かに凌駕する高度な文明が所有するものであるのは疑いようがありません。しかし本件物体の中にいわゆる「異星人」と呼ばれる知的な生命体が存在しているかどうかは現在確認できていません』


『空間を跳躍する技術というのは、ワープしてきたという事ですか?』


『よくアニメやSF作品などで使われる「ワープ」という手法と同種のものと考えてもらって結構です』


 この瞬間、記者会見場は一斉にどよめき、記者クラブに走り出す記者も現れた。

 この「ワープ」という言葉が首相の口から出たことが相当なインパクトであったらしい。

 そして最後の質問になる。


『日本や米国などは、その人工物体とコンタクトをとろうと試みているのでしょうか?』


『それはまだ行われておりません。というよりも、どうやればいいか全くその手法がわからないというのが現状です。実際問題としまして、彼らが我々の言語を解するかどうかも不明ですし、電波などで通信を試みようにも、その周波数などもわかりません。電波というものを使っているかどうかさえ不明です。それに今はまだ地球衛星軌道上に鎮座している状態ですので、この件につきましては各国で検討中の事案ということになっております』 


 


 記者会見は、約1時間半にも及んだ後、終了した。

 いつもは政府の揚げ足をとったり、何かあれば靖国参拝や、憲法9条、いわゆる従軍慰安婦の事をお決まりのように質問に織り交ぜてくる毎朝新聞も、さすがに今回ばかりはそういった揚げ足取りの質問はしてこなかった。それ以前に、今回は、報道各社も政府のこのたびの情報伝達の早さを比較的高く評価していた。




 記者会見の放送が終わると、その後解説者が解説しながら、例の田辺飛行士の撮影した映像を流していた。そしてその後入ってきたNASA提供のISS外部カメラの映像なども流していた。

 隣に座っていたうどん屋の主人はむしろその映像に食い入るように見入り、ポカンとした顔で画面を眺めていた。

 そして主人は一言。


「この地球はどうなるんやろなぁ……」


 核心を突いた言葉である。

 記者もこの一言を言っていないことに柏木は気づく。そう考えると、このうどん屋の主人の方が、記者会見に出ていた記者連中よりも、よほど優秀なのではないかと思った。

 そして今、この千里中央の商業施設に人がいなくなってしまったのも、この言葉を全員が思ったからだろう。



「大将、ごちそうさま、お勘定お願いします」

「はい、750円ね」

「長いことすみませんね、居座っちゃって」

「いやいや、こっちもテレビ見せてもらってどうもありがとね」


 1000円出したお釣りは300円だった。50円オマケしてくれた。

 目線で礼を言う柏木。


「あ、そうだ大将、ここらへんで泊まれるところない?」

「え?ここらへんの人やないの?」

「えぇ、東京から出張で来てたもんで……今回の件でアレでしょ、ネットで調べたらホテルも満室でね、帰宅難民になっちゃった」

「あー、そりゃ難儀やねぇ。あ、この施設の外に大急ホテルがあるわ、あと、それか……浪速大学の方にマンガ喫茶がたくさんあるから、それを使うかやね、あ、大急ホテルは仕出しよく行くから、聞いてあげるわ」


 大急ホテルか!そうかその手があったかと柏木は手を打った。このホテルは、伊丹空港が近いので、結婚式や、その後の新婚旅行前によく使われるホテルで、ビジネスで一泊という感じのホテルではないのだ。

 大将が電話をかけると、2人部屋ならあるという話しらしい。

 少々高いが、それで良いといい、予約を取ってもらった。灯台もと暗しである。みんな帰宅してしまうのであれば、わざわざ北大阪のこの千里中央に泊まる奴などいないという寸法だ。


 柏木は主人に礼を言うと、人っ子一人いなくなった……わけではないが、人もまばらな商業施設の広場に向かう。

 その広場の横には、そびえ立つような高層マンションができており、見上げると怖くなるような高さに目もくらむ。

 さっきのうどん屋は、今日はもう閉店するみたいである。柏木が店を出てほどなくシャッターを閉めていた。

 そしてあちこちでシャッターを閉める音がする。もう今日は商売にならないからだろう。時間はまだ昼の2時を回ったところである。こんな天気の良い平日の2時に店を閉めるとは大変だなと感じた。


 近くのベンチに腰を下ろし、施設の大通りを眺める。

 人がいない商業施設……ショッピングモールとはこんな風なんだなと思う。


(こんなところで夜中にサバイバルゲームやったら、メチャクチャ燃えるだろうな……大森社長に言ってみるか?)


 などと状況を考えないアホな思考に、自分で(何を考えてるんだか……)と思う。


(地球がどうなる……か……地球よりも、日本がどうなるか……ってのもあるだろうな)


 もう一度白木に電話をかけようかとスマートフォンを取り出すが、やっぱりやめる。電話をかけてどうなるもんでもなしと、自分でも頭の中が少しクールダウンしたのを感じる。


(ワープで地球くんだりまで来て、何しに来たんだろう……侵略?……もしそうなら相当ヒマな異星人だな)

 柏木的には、昔SFゲームの大作にも関わった経験上、自分なりのこういった異星人の哲学がある。彼的には異星人がこの地球を侵略するという行為は考えられないのだ。


 夏が終わった秋の始まりの季節とはいえ、世はまだ暖かい。そんなこんな考えていると、今日は色々あったのか、うつらうつらと睡魔がやってきて、そのままベンチに居座って眠り込んでしまった……








……………………………………………………








 柏木のスマートフォンが鳴る。

 

「ほぇ?」


 うっかり寝込んでしまった。無理な体勢で眠りこけてしまったのでちょっと首が痛い。

 しかしちょっと着信音がおかしく、自分が普段設定している着信音と違うのでうろたえる。

 

 スーツの胸ポケットをまさぐってスマートフォンを取り出し、画面を見てギョっとした……



【 国民保護に関する情報:発射情報。先ほど衛星軌道上に静止する未確認人工物体から、なんらかの飛翔体が発射された模様 】

【対象地域:日本全域】





「え゛っ!……」





 柏木はギョっとした。

 慌てて腕時計を見ると、2時間も眠りこけていたらしい。


 柏木は鞄からあわててタブレットを取り出し、ワンセグテレビをつける。

 するとNHKのアナウンサーが普段より強い、刺すような口調で話していた


『……ただ今、日本政府はすべての国民に対し、警戒警報を発令しました。先ほどNASA、およびJAXAの情報によりますと、地球衛星軌道上にある未確認大型人工物体、通称「ギガヘキサ」より、大量の飛翔体が地球各地に向けて発射された模様です。飛翔体はISS-国際宇宙ステーションに接近し、壁を透過する光線を発射、JAXA乗組員に照射されたようですが、今のところISS設備に被害はなく、JAXA乗組員にけが人などは出ていないようです。』


(おいおいおいおい、マジですか……これでその飛翔体とやらから、3本の足でも出たら洒落にならんぞ!)


『現在、飛翔体は世界、及び日本各地で確認されており、謎の光線を人間や建物、自動車などに照射しております。ISS乗組員、田辺守 宇宙飛行士の話によりますと、その光線を浴びても特に体などに影響はないということで、日本政府は、仮に飛翔体から光線を浴びたとしても、無理に抵抗せず、反撃行為などは絶対行わないように注意をしています。……政府は午後4時に「未確認人工物体監視委員会」を「未確認人工物体対策本部」に昇格し、内閣情報集約センターで指揮を執る方針を発表いたしました。現在日本領空に侵入した飛翔体には、航空自衛隊、及び在日アメリカ空軍、在日アメリカ海兵隊が対応しておりますが、今のところ飛翔体を撃墜したという情報は入っておりません』


 すると柏木の頭上から轟音がとどろき、見上げると航空自衛隊のF4ファントム戦闘機が3機ぶっ飛んでいくのが見えた。

 その直後、どこか遠くから、サイレンのような空襲警報が響いてくる。


(なんてこったい。大阪で戦闘機が飛んでるなんて尋常じゃないぞ!……こりゃ早くホテルに行った方がいいな……)


 すると人気のいない商業施設の向こうの方から大きな女性の悲鳴が聞こえた。

 その方向はこの施設でコンサートなどが開かれる一番大きなホールの方だ。

 反射的に柏木はその方向へ走る。男としては女性の悲鳴となれば聞き捨てならない。





 そしてそのホールへ入る入り口に差し掛かった時、柏木はその足を急停止させ、思わず後ずさった。

 

 そして青ざめた。


 目の前には、全長10メートル程の大きさの六角形状の物体が、ホールに着陸寸前まで降下滞空し、空中で静止していた。

 その物体は、まるで何層にも金属板が重ねられたような構造で、その重ねられたスリットからキラキラ光る光線を循環させていた。

 そして何か聞いたこともない低音の機械音のようなものをうならせて滞空している。


 よく見ると、その六角形の物体の一つの頂点には、縦長長方形のセンサーのような物が付いており、それを目標に向けて観察しているようである。


 悲鳴の主である女性はすっかり腰を抜かし、その場にへたりこんでいた。そして青ざめた表情でその物体を見上げていた。どうやらこの施設のどこかの店の従業員だろう。避難中にこの場に遭遇してしまったようだ。

 

「大丈夫ですか!!」


 大声で女性に向かって叫んだ。

 女性は、コクコクと頷いている。

 柏木は近くにあったゴミ箱から缶ジュースの空き缶を取り出し、物体のセンサーと思わしき物の背後に回って空き缶を投げつけた。

 空き缶は、物体に接触する直前でパンっと弾かれどこかにすっとんでいく。


(うわっ、シールドかよ!マジですか!)


 すると物体は、機体をグルっと回転させ、センサーを柏木の方に向けた。

 その瞬間、柏木はシーッのポーズの後、女性に向かって大きく手を「逃げろ」と振り、女性は頷きながら大きく礼をし脱兎して逃げていった。


 物体は、柏木にゆっくりと接近する。

 逃げようと思えば逃げれたかもしれないが、好奇心が優先してしまった。先の女性の状況を見ても、危害を加えるようなつもりはどうもないらしい。


 物体は逃げない柏木に相当興味を持ったのか、ほとんど着陸寸前の高さまで降下滞空し、柏木の鼻っ面まで接近してきた。


 そして柏木めがけて例の光線をバシッと浴びせてくる。

 柏木はその光線のまぶしさに目をしばたかせながら、なるように任せていた。

 その光線は、柏木の体を透過し、扇状に右に左に、上へ下へなめるように柏木の体をまさぐり、照射を中止する。


 そして物体が柏木から距離を置いて、離れていこうとした瞬間、柏木は……


「おい……ちょっと待てよ!」


 柏木はなんか腹が立った。そして状況をしばし忘れて物体に向かって叫んだ。

 

 その言葉を理解したのかどうかは分からない。しかしその声に反応した物体は停止した。

 今度は柏木がその物体にツカツカと近づき、センサーらしき物に向かって指を突き立て話す。


「あのな……アンタらが人に危害を加えるつもりがないのは良く分かった……でもな、物には礼儀っつーものがある……いきなり人の家にノックもせずに入り込んできて、冷蔵庫まさぐるようなマネしてんじゃねーよ……」


 なんか、だんだん自分でもわからないがテンションが上がってきた。


「まず、知らない人の家に訪問するときは、ピンポン鳴らして『はじめまして、私はどこそこからきた何某です。お話を聞いていただけませんか?』からだろうが!お前らの星はそんな礼儀もないのか!!」


 柏木は目が据わったまま、スーツのポケットをノソノソとまさぐり、名刺入れを取り出して、


「おい、異星人、なんか文句があるんだったら、いつでも俺が受けてやる……俺はビジネスネゴシエイターの柏木真人だ!覚えとけ!!!」


 そう言うと柏木は、自分の名刺の束を物体のスリットめがけてブスっと刺した。


 物体は面食らったかのように急に後退し急上昇。

 あっという間に点になり、南の方へものすごいスピードで飛び去った。


 

 柏木はハっと我に返り、


(俺は、何してるんだ?……)


 と自分の考えなしの行動に自分で呆れる。

 ふと考えると、シールドで良く吹き飛ばされなかったものだと、怖さが後から湧いてきた。

 どうやらシールドが発動するには、ある種の条件があるらしい。

 

 柏木は自分の行動に自分で呆れながら、その場にへたり込んでしまった……





 するとまたスマートフォンがあの音を鳴らす。

 朦朧としながら胸をまさぐってスマートフォンを取り出す。

 手に力が入らない……スマートフォンを落としそうになる。

 そして画面を見た……


【 国民保護に関する情報:接近情報。先ほど衛星軌道上に静止する未確認人工物体が地球に降下。極東地域に進行中。東京上空通過の可能性あり 】

【対象地域:日本全域】


「?!……なんじゃこりゃ!」


 柏木は思わず声に出して叫ぶ。

 鞄からタブレットを無造作に抜き出し、ニュースをつける。


 アナウンサーが、かなり焦るような、しかも強い口調で話していた。




『……新たな情報が入りました。アメリカ太平洋軍司令部の発表によりますと、先ほど地球に降下した大型未確認人工物体は、そのまま移動を開始。ウェーク島南40キロの地点を、極東方面に向けて、時速約60キロの速度で進行中です。現在アメリカ第7艦隊が未確認大型人工物体を警戒、追跡しているようですが、このままの進路を維持しますと東京上空を通過することになり、政府は本日午後5時、関東全域に非常警戒態勢を発令。戦後初となる事実上の戒厳令を発令いたしました。後ほど総理官邸より緊急記者会見がある模様ですが……』






 柏木はつぶやく。





「おい……俺か?……もしかして俺なのか?……」





 異星人の妙な物体に説教食らわし、あげくに『文句があるなら俺のところに来い!』とぶちまけ、自分の名刺までぶっ刺して追い返した直後の出来事である。


 そう考えても仕方のない事だった……









主要登場人物:


柏木かしわぎ 真人まさと

 元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター 白木や大見の高校同期で友人


高田

 大阪のベンチャー会社「株式会社 想楽」社長

 柏木のビジネスクライアント


大見おおみ たけし

 陸上自衛隊 二等陸尉 レンジャー資格所有者

 柏木・白木の高校同期で友人


二藤部にとべ 新蔵しんぞう

 自由保守党総裁・内閣総理大臣。衆議院議員一般には保守系の憲法改憲論者として知られている。


三島みしま 太郎たろう

 自由保守党 副総理 兼 外務大臣 衆議院議員。いわゆる「閣下」


堀本

 内閣法制局長官


真壁

 東京大学 宇宙物理学教授


新見にいみ 貴一きいち

 日本国外務省 国際情報統括官組織 統括官 白木の上司





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 三本脚の所は「宇宙戦争」ですね。 こういう所分からなかったら気になる質でして、同じような人のために書いときます。
[良い点] 面白いです!これはただの豆知識なのですが、隊内は一応携帯端末持ち込み制限があり、しまう場所もありますが、上級部隊の視察が入らない限りはみんな普通に持ち込んで仕事中に使ってます(笑)特に連隊…
[良い点] 描写が詳しくて想像が捗りますね! 参考にしたい作品の一つです! [一言] 柏木さん……えええ………(困惑 ま、日本人だもんね(納得
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ