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9、心理と原理

 一人となった新紅が目を覚ましたのは、カナが立ち去ってから二時間半後のことだった。起き上がった新紅は、自分は思った以上に長く眠っていたことを知覚した。最後に新紅が覚えているのは、自分の中を気持ちの悪い何かが流れたような感覚だった。新紅は桃斧槍を握りしめると、自室のあるコンテナまで飛び上がった。

 足に触れた物に対する力の方向を重力や空気抵抗に縛られずに自在に動かすことができるのがこの能力だ。足に触れたなら銃弾もエネルギー系統の能力も、核兵器さえも跳ね返すことができる。もちろん、エネルギー量、もしくは質量が多ければ、それだけ反射時に必要な演算処理量も多くなる。脳内での自動演算とはいえ、脳に負担がかかれば集中力や戦闘能力にも影響が出てくる。だから新紅は膨大な質量、エネルギー量のものを相手にする時は、演算量を減らし、物体を『停止』させてから、反対方向へと『発射』することで、脳への負担を減らしている。この方法を使えば、その分隙が大きくなってしまうのが欠点ではある。何せ反射は、触れた瞬間に来たときと同じスピードで跳ね返すことができる。

「にしても最近は客が多いな・・・・・・こっちは暇じゃねぇっつうのに」

まだ読みかけの小説が残っている。今日中に読み終えるつもりだったのに、これでは明日までかかってしまう。

「にしても、あの時の感覚は何だったんだ・・・・・・」

僅かに残る意識の断片に映る自身の動きは、自分が指示して動いているものとはとても思えなかった。なりふり構わずいるやつ全てを消そうと暴れているようにも感じた。

 ――って、自分以外が邪魔だと思うのはいつものことか。

 読書の邪魔だからと、自分に関係のない人間はとことん始末している自分を、新紅は分かっていた。自分が人を嫌っていることも、人に嫌われやすい性格をしていることも分かっている。そして、それを改善する気もないということも自覚していた。

 ある意味、最低な人間だ。

 でも、それが自分だと思ってる。それでいいと思ってる。

「お、最新話か・・・・・・」

でも、それを考えてることすら、新紅にはほとんどなかった。


 来琥と亜里去は、その後の数時間の療養によって、完全に回復していた。

「ホントに大丈夫なの?」

カナが心配そうに亜里去に尋ねたが、亜里去は当然とでも言うような顔で言い返した。

「来琥と違って、私は自己治癒力が高いんじゃない?」

「俺はお前のせいで負った傷も治したんだが?」

そんな来琥の反論を亜里去は完全に無視したが、来琥も別に気にしなかった。

 桃斧槍と戦闘を開始する直前に起こったあの現象。今まで感じたことがなかった。考えられる条件は、やはり五神斬がらみだろう。実やカナは何も異常がなかったとなると、考えられるのはそれしかない。

「明日未。他の五神斬と戦う時は、もう二人では出られないぞ」

「やはり五神斬が関係しているか・・・・・・」

実から聞かされたのは、三つ以上五神斬が集まった時に発動する暴走についてだった。もし五神斬が五つ全て同じ場所に集まったとすれば、亜里去が見た未来が起こる。あまり信じたくはなかったが、自分たちがそれとほぼ等しい状態に陥ったのだから、可能性は否定できない。むしろ、肯定されるほどの可能性だろう。

「・・・・・・ああ、分かった。ところで、カナ」

「え、あ、何?」

「殺陣椿の方の情報は掴めたか」

「え、あ、いや、それは・・・・・・まだ・・・・・・」

カナが自信なさげにそう答えたのを見て、来琥は不思議そうに顔を歪めたが、すぐにその顔を正した。

「まだ回復は完全じゃない。少し外に出てきたらどうだ」

「そうさせてもらう」

来琥が玄関へ向かうのを見たカナが、亜里去の腕を強引に引いて玄関まで連れてくると、靴を履き終わった来琥へと押し出してきた。

「ちょっ!!」

振り返った来琥はいきなり現れた亜里去を慌てて抱き留める。赤面した亜里去がすぐに来琥を突き飛ばして自分の靴を履き始めた。


 とある女が男から貰い受けたのは、一本の鞭。各所にこの鞭特有の機構を体現するための装置が取り付けられている。男の方は、特殊な形状の剣を一本ずつ持っていた。

「面白いものを持っているんですね」

「俺ももらいものだ。形勢が面白いように変わってくれればな」

「変わるでしょう。これがあるなら」

女はにやりと口元を歪めてみせた。


 来琥と亜里去の出発点が来琥の家であったためか、来琥と亜里去は、買い物の帰りと思われる奈美と出会った。

「おお、ラッコ!」

「ら、ラッコ?」

亜里去がここで出るとは思ってなかった単語に首を傾げている中で、来琥は答えた。

「奈美、今帰りか」

「うん。今日は私の大好きなシチューを作るの」

奈美はいつでも笑顔で、いつも嬉しそうにしている、生きていることそのものが幸せとでも言うように。

「ラッコ、そちらの方は?」

奈美が体を傾けて来琥の後ろで二人のやりとりを見つめていた亜里去を見ながら来琥に問うた。来琥は体を寄せ、奈美と亜里去をそれぞれ紹介する形になった。

「二人は会うの初めてだったな。こっちは代々木奈美。俺の幼馴染だ」

「よろしくね」 

ここまで純粋な笑顔を向けられたことがなかったのか、亜里去は驚いてしまっていたが、照れくさそうに自己紹介した。

「過行亜里去です」

さすがに女相手ならば名乗るのだろう。そのことに少し安堵した来琥だったが、その安堵も、その一瞬で崩されることとなった。

「まったく、仲が良くていいわねぇ」

聞き覚えのあるその声にすぐに反応した来琥と亜里去は、その視線の先に木嶋相子がいることを認識した。二人が振り向いた視線を追うように、奈美も相子へと視線を向ける。

 奈美にとっては衝撃的だったのかもしれない。目の前で鞭を持った女がどう考えても友好的には思えない笑みを浮かべながらこちらに近づいてきたのだから。

「亜里去、奈美を連れて逃げろ」

「ダメだよラッコ! 怪我しちゃうよ!!」

奈美には自分が超能力者ということは知れている。だが、五神斬のことに関しては全く教えてない。教えてはいけないと思っているからだ。奈美に五神斬を、刃薔薇を見せるわけにはいかない。見せれば余計な心配をさせることになるし、最悪、WUSUに目をつけられて奈美を巻き込むことになりかねない。

 奈美と亜里去の姿が見えなくなった時、来琥は目の前にいる相子の顔を睨みながら問いかけた。その目は、揺らがない。

「その武器はなんだ」

「よく知ってる武器だと思うけど?」

分かっている。見た目だけで判断しても、どうみても鈴嵐だ。しかし、亜里去にその種の動揺がなかったということは、盗み出したわけではない。となれば、誰かが個人的に作ったということだろうか。しかし、おもちゃにしては完成度が高すぎる。鈴嵐の特徴である空調操作機構の動作部分や、その他細部まで細かく再現されている。

「契約者を必要としない五神斬だとは聞いたけど?」

「必要としない・・・・・・!?」

それはつまり、誰でも扱うことのできるということだろう。しかし、それでは問題が発生するはずだ。

 来琥の知識内では、五神斬は使用した際に発生する物理的な処理をデータ変換し、それを契約者に負担させることでその性能を発揮している。だからこそ、超能力者のような脳に大量の許容量キャパシティを持つ者でなければ五神斬を扱うことはできない。許容量キャパシティが少なければ、契約を結ぶことすら敵わないのだ。

「なんでも、データ変換後の処理を自動でやってくれるとかっては、聞いたけど、ね!!」

言いながら相子は鈴嵐を振い、振った先から空調操作機構による真空刃を発生させる。斜めに放たれたその真空刃を横に飛んで回避して、刃薔薇を構える。縦に振られて放たれた真空刃を舞台上でダンスを踊るように回ってかわし、その途中で花開いた刃薔薇から銃弾を放つ。相子がその銃弾をかわしながら接近してくる。

「速い!」

恐らく、鈴嵐の力だろう、と来琥は思った。走るときに空調操作機構を利用しているのは間違いないのだ。

 真空にした試験管の中と、空気が入った何も手を加えていない試験管の中で同じ質量、面積の紙を落とした時、真空にされた方の紙は一気に落ちていくのに対し、空気が入っている方の紙はふわふわと舞いながら落ちていく。これが一般に言われる空気抵抗というものだ。走っている時に前方から風が来ているように感じるのも、これと同じ原理である。恐らく相子は今、その空調操作機構によって走る際に邪魔になる空気を排出させ、空気抵抗を限界まで減らしているのだろう。

「接近戦なら!!」

来琥は刃薔薇を剣形態にして、振われたその鞭をかわし、足部分へと刃薔薇を滑らせる。しかし、滑らせると同時に、相子の姿が視界から消える。体勢を立て直した来琥が振り向くと同時に、来琥の左わき腹に鞭が入る。

「くっ!」

そのまま切り返して今度は右わき腹に鞭が叩きつけられる。その勢いで振り上げられ、袈裟懸けに振り下ろされた鞭を体勢を低くしてかわし、バネ動力のように足を延ばして斬りかかる。

「おっと」

そう呟きながら相子が風を起こして刃から距離を置く。体全てを風の流れに任せて体の位置をずらしたらしい。空調操作機構をここまで繊細に使いこなすのは、彼女の才能というのもあるかもしれない。機構の操作という処理にも、脳内のイメージを必要とする。それによって発生した振動や反動を脳内で処理する五神斬のシステムを覆し、それを武器そのものが処理しているということは、脳への負担は実質ないのだ。だからこそ、ここまで機構を連続して使い続けることができるのだ。

「武器一つでこうも違うの? 情けないねぇ」

そう馬鹿にしながら振った鈴嵐が来琥の左頬を叩く。その勢いに圧されて、来琥は地面にうつ伏せに倒れた。刃薔薇は握ったままだ。相子は鈴嵐を地面に叩いてしならせながら近づいてくる。来琥は立ち上がろう全身に力を込めるが、その力を発散させる前に鈴嵐を叩きつけられる。追撃とばかりに更に鈴嵐で叩かれる。その瞬間に、来琥の抵抗は止まった。それを見て相子は叩き続けるその手を止めた。その瞬間を狙って全身の力を爆発させた来琥は、一気に立ち上がって刃薔薇を横薙ぎに振う。しかし、それを軽く体を逸らせてかわされると、一撃逆転を狙っていた来琥の無防備な体勢を逆に狙って鈴嵐を叩きつけてきた。ここまでの攻撃の中で一番の衝撃が来琥を襲った。来琥は両膝から相子の前に倒れた。

「ふん、たいしたことなかったわね」

立ち去ろうとした相子に向かって、来琥は言った。

「イメージしてみろ・・・・・・空調操作機構が、思うように動作しない様を・・・・・・」

「動作しない・・・・・・?」

その一瞬の隙だった。

 来琥は獣の如き目で相子に肉迫し、刃薔薇を突き出した。相子が空調操作機構によって刃をかわそうとしたが、風は彼女の思うようには動かなかった。

「そんな!」

「もらった!!」

来琥が突き出した刃薔薇は、相子の左肩を貫く。そのまま銃形態に変形して左腕を切断しようとしたが、その前に刃薔薇を抜き取られる。だが、その代わりのように刃薔薇を振り上げ、その腹部に切り傷を入れた。相子はそのまま後退し、落ち着かせたのであろう脳内イメージで空調操作機構を使用し、遥か遠くへと飛び去って行った。

 脅威が去ったと体が知覚した瞬間、来琥は崩れ落ちた。倒れてから無意識のうちに止めていた息が切れ、呼吸が乱れる。揺れる意識の中で、来琥はメールを打ちこんだ。


 亜里去は送られてきたメールを黙読した。来琥から送られてきたそれは、ここからの亜里去の行動を示唆するものだった。

「ラッコからでしょ」

ソファでじっと先ほどの衝撃に耐えていた奈美が、ソファの上で下を見続けながら亜里去に質問というよりは、確認の意味で問いかけた。亜里去は、送られてきたメールに書かれていた通りに行動することにした。自身が黙読した内容と照らし合わせながら。

『俺からかどうかを聞かれたら、違うと答えろ。内容を見せるように言われたら、同時刻に送ったカナからのメールをみせろ』

「ううん、友達から」

来琥の指示通り、亜里去のメールボックスには、来琥のメールの二秒後にカナからのメールが入っていた。いつもより着信の振動時間が長いと思ったらこういうことだったらしい。

「あの人は、一体何なの・・・・・・?絶対、私たちの中の誰かを、狙ってたんだよね・・・・・・!」

奈美は涙ぐんでいた。それでも亜里去は、来琥に与えられたシナリオ通りに動くことにした。辛い嘘だということも分かっている。亜里去は嘘をつくのが下手でこそないが、プロでもない。それでも、これ以上彼女を巻き込みたくないという来琥の考えの方を、亜里去は尊重することにした。

『もし、木嶋のことを聞かれたら、WUSUの構成員だと伝えろ。掃討作戦のこともある』

「狙われていたのは、多分来琥と私。彼女はWUSUの人間。超能力者を狙っている」

「WUSU・・・・・・超能力者の掃討作戦・・・・・・?」

「・・・・・・うん」

これ以上嘘は吐きたくなかった。自分自身、嘘を吐くのが辛くなっていた。来琥の指示とはいえ、何も知らないこの少女を、目の前のことも受け止めるのに必死になるくらいにこっちの世界を知らない少女を、これ以上騙したくなかった。早くここから立ち去りたい。亜里去は強くそう思った。

「あいつ、優しすぎるのよ」

アドリブで突破しようと試みる。このアドリブが自分の本心なのか分からなかったが、それでも、壊れかけた心は、亜里去に無意識のうちに本音を吐かせていた。

「自分を犠牲にしてでも、誰かを守ろうとするから・・・・・・」

 何言ってんのよ。私は。

「・・・・・・じゃあね。また、いつか会おう」

「待って」

尚も涙ぐんだままの声で、奈美が呼び止めた。もういたくなかった。足を止めなければよかった。やろうと思えば、制止の声を無視して、家を飛び出すこともできたはずだ。それなのに、自分は足を止めてしまった。もう、うまく話を持っていかなければ、帰るために再び歩くことができない。

「さっき言ってたこと、嘘でしょ・・・・・・?」

その言葉に、亜里去は思わず振り向いてしまった。

 いつの間にか赤くなった空から、夕方を告げるカラスの鳴き声が聞こえてきていた。


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