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8、反撃の狼煙

 アメリカ人相手に一通り暴れた来琥と亜里去は、その場に倒れた。その傍らで、新紅がゆっくりと二人に近づいていくのが見えた。実が二人に対して行われるであろう攻撃を阻止するために、火球を作り出し、新紅へと放つ。新紅はその火の存在に気付くと、右足を火球に向かって突き出す。一度は押され、受け止める形となった火球が、そのまま跳ね返させる。

「何!?」

「下がって!!」

カナは狼狽える実の前に躍り出て、跳ね返された火球を受け止める。一度消失した火球を、威力を強めて撃ち出す。

「新紅はおそらく、私と同じ演算反射系リフレイクトタイプの能力。すぐに二人を連れて!! 私が食い止めるから!!」

「分かった。頼む」

実は倒れたままの来琥と亜里去を、五神斬と共に抱え込んで走り出した。

 殺戮目標が遠ざかるのを確認したのであろう新紅が、攻撃目標をカナへと変更する。カナは新紅に再び反射された火球を吸収すると、その力を強めて新紅へと撃ち出す。すでに火球はカナの上半身とほとんどかわらぬ大きさにまで膨張していた。新紅がその火球をも右足裏で受け止め、元来た軌道に引きかえらせる。カナは放たれたその火球を受け止め、どうにか吸収する。しかし、吸収した時点で、体への負担は大きかった。その負担に狼狽えている間に、新紅がこちらへと走り出す。全身の激痛に耐えながら、カナは更に膨張させた火球を新紅へと放つ。しかし、新紅は空中に飛び出して回し蹴りをし、その火球を弾く。弾かれた火球は床に直撃したが、一瞬の爆熱の後、消えた。

 そこでカナは、新紅が二つの理由から弾き返さなかったのを悟った。一つは、膨大なエネルギー量であるために百八十度の軌道変更を行うための脳内演算の負担を考慮して。もう一つは、カナが吸収したものでしか攻撃できないと感づいたからだった。

 成す術はなかった。元々カナは、体術関係で優れているわけではない。超能力者ではあるが、だからといって身体能力まですぐれているわけではない。超能力者のほとんどは、脳内の演算処理能力が脳回路手術によって急激に成長する見込みのある者がなっている。身体能力は全く無関係なのだ。

 しかし、カナが屠られることはなかった。新紅はまるで魂が抜けたようにその速度を落とし、カナの目の前で両膝から崩れた。その際に桃斧槍も取りこぼし、そのまま意識を失うと共に、数歩後ろに下がったカナの足元に倒れた。

 動かなくなった新紅の首筋におそるおそる指を近づけ、触れる。まだ脈はあった。それも安定している。意識を失っただけだろう。刃薔薇や鈴嵐といった別の五神斬との距離が離れたからか、契約者たる新紅の体力が尽きたのか。どちらにしても、この機会を逃すわけにはいかなかった。

「逃げろォォッ!!!!」


 戦闘前までいた来琥の家まで二人を運んだ実は自身の疲れを癒そうと一度大きなため息をつきながら椅子に座った。そこで思い出したように、カナを探そうと玄関の方へと向かう。外で子供でも遊び回ってるのか、軽快な靴音が聞こえる。全く、本当に表は平和だな、と実は思った。その表の平和すら、WUSUの掃討作戦で脅かされつつあるというのに、こちらは裏で五神斬にも関わっている。面倒なことになっているのは誰に問うまでもなく明らかなことである。

 玄関まで来た実の目の前で、ドアが勢いよく開かれた。そこにいたのは、息を切らして今にも倒れそうなほどに体力が底尽きているカナだった。

「もう・・・・・・」

入ってきたカナは、切れている息の間でそう呟く。そして、玄関のドアが閉まると同時に、天井の方向を見ながら叫んだ。

「もう走るのはやだぁぁぁぁぁっ!!!!!」


「ミホミホー、今度はどこ行くのー?」

「そのどっかにおいてきた緊張感を取り戻したら教えてあげる」

すり寄ってきたアリスを左手で払いのけると、基地の外に誰もいないことを確認して外に出る。むろんアリスもその後をついてきていた。

「言っておくけど、今回アリスは絶対に口出しはしないで」

「手出しは?」

「万が一なら許す。でも基本的にはダメ」

「ぶー」

そう言いながらアリスが頬を膨らませるが、実穂にはそんなことはどうでもよかった。ようやくここに来た目的を果たすために動くことができるのだ。全く、情報を掴むのにも苦労した。情報を掴んで任務完了になれる情報屋や情報収集職(どちらも一般的な職業ではなく、強いて分類されるなら『軍事職』となるのだが)と違い、実穂たちは自分たちで集めた情報を元に動かなければならない。そこは軍事面においてWUSUの悪いところだと実穂は個人的に思っている。一人一人にマルチな才能を持たせることで、緊急時にも補充要員として対応させたいのは分かる。だが、人には適性というものがある。苦手な分野を無理に修得させて、得意分野を疎外していたら、何の意味もない。

「殺陣椿・・・・・・」

実穂は一人、呟いた。これから接触する者の名を。その者が持つ神の武器の名を。

「え? なんか言った? ミホ」

こういう時ばかりはよく聞こえる耳でぼそりと呟かれた言葉を感じ取ったアリスが実穂の顔を覗き込むように背中を曲げてきたが、視界に入れないように顔を挙げた。


 実とカナは眠ったままの来琥と亜里去をソファに寝かせて、今までのこと、これからのことを話していた。

「五神斬の暴走・・・・・・過行が予知した未来の第一段階ということか・・・・・・」

「五神斬の距離が離れれば、多分暴走も止まると思うんだけど・・・・・・」

刃薔薇と鈴嵐が同じ場所にいても何も起こらなかったということは、三つ以上の五神斬が集まった時に暴走が起こるということだろう。どういう原理でそうなるのかは分からない。だが、そうなったという事実は、ここから先に変えていかなければならない。

「これでは、桃斧槍も殺陣椿も桜鎚も、必ず明日未か過行のどちらかが待機しなければならないということになるな」

しかし、それでは戦力の下げ幅が大きすぎる。

 今にして思えば、とんだ誤算だった。まさか五神斬が一箇所に集まった時に暴走するとは。五神斬について、ある程度の知識を持っている実でも、そこまでは知らなかった。

「暴走は制御できないのかな・・・・・・」

「それができれば、あんな未来は見えなかったと思うがな」

亜里去が見た未来。五神斬の暴走によって多くの犠牲と世界的戦争を発生させている未来。超能力者の掃討作戦を展開しているWUSUにも気を配る必要がある。先ほどは皮肉にも暴走によって一気に倒すことができたが、これ以降またあれだけの人数が一手に出てきたら苦戦を強いられるのは目に見えている。向こうは五神斬こそ持っていなくても、超能力者だ。しかも純粋種。その上、他の超能力を無力化する装置まで手元にあれば、少なくともその能力を顕著に発生させることになる実やカナでは太刀打ちできない。

直接の肉弾戦という手もあるが、向こうが銃を持っていれば近づけないし、カナは体術という体術らしいものがない。実自身も、体術、格闘術はあまり専門にはしていない。かろうじて護身用としての近接戦闘術は身につけていたが、熟練した者と対峙すれば、たちまちやられてしまうだろう。

「これじゃあ、来琥の目的も、亜里去の目的も果たせないよ・・・・・・」

カナが涙ぐみながら悲観的な言葉を吐くのを、実は止められなかった。


 指定時刻、指定場所。そのどれもに正確に到着した男に、実穂は話しかけた。

「初めましてかな? 殺陣椿」

殺陣椿そのなまえで呼ばれるのはあまり好きじゃない。俺は羅絶対駕らぜつ・たいがだ」

「針現実穂よ。よろしく」

「変わった名前だな」

「あなたほどではないわ」

実穂はまずは様子を見ていた。対駕がどう出てくるのか、それを見たかった。しかし、様子を見る時間は僅か数秒に留まることになった。

「それで、わざわざ俺を呼び出した理由は?」

「まぁ、早い話が、殺陣椿を破壊させてほしいの」

「それはできないな。俺だって目的があって持ち続けている」

やはり断られた。だが、最終手段に入るのはまだ早い。理由を問い詰め、そこから説得へと向かう。それが一番の近道であり、一番手間のかからない方法だと、実穂は思っていた。奇跡的にアリスも実穂の後ろで黙ったままであるため、ここまで事は予想の範囲内で進行していた。

「人殺し?」

「逆だ。人を守るためだ」

「それなしでも守ることはできるんじゃない?」

そこで対駕が殺陣椿の剣先をこちらに向け、その刃先に電撃を纏わせていた。

「アリス!」

「なーにー」

ここにきてもほとんど緊張感がないように見えるアリスにダメ元で声をかける。

「手出し許可!!」

「やったね!!」

そう言うなり実穂の前方に一瞬のうちに出てくると、雷を剣先から放った対駕へと接近する。放たれた雷へ向かって両手を突き出したアリスは、両腕を真横に広げる。雷はその腕の方向へとそれぞれ軌道を逸らした。

「その能力・・・・・・純粋種ネイティブか・・・・・・!」

「雷は私たちには無効よ!!」

そこで実穂は対駕の眼前に躍り出て、桜鎚を振う。桜鎚は両鎚棒という別名の通り、棒の両端に巨大な鉄槌が装備されたものである。棒としての機動力と、鎚の打撃力の二つを兼ね備えたこの武器は、特に接近戦で輝く。

 実穂は桜鎚のほぼ中心を持ちながら、左右の鎚を連続で対駕の脇腹へと叩きつける。このまま押し切れると思っていたが、さすがに向こうも殺陣椿。盾で一方の鎚を受け止めると、すぐに反対側の鎚も受け止める。腕の鍛え方が尋常じゃない。殺陣椿は決して軽くはない得物だ。それをこうも連続で振り続けるとなると、かなりのものだと分かる。そのうちに、盾で防いだ直後に剣でこちらを斬りつけてくる。いきなりの反撃で対応できなかった実穂は、右肩の部分の衣服を斬られる。体まで届かなかったのは奇跡と言ってもいいだろう。実穂は一度距離を取ると、桜鎚をまるで古風なカンフーさながらに振り回しながら接近する。対駕はその連撃を、まるで映画のように回りながらかわし、一瞬の隙に回った勢いで斬りつけてくる。

「くっ・・・・・・!」

 殺陣椿の『殺陣』は、『盾』のイントネーションを引用したものだが、殺陣そのものの意味は、映画や演劇においての斬りあいや立ち回りのことを言う。今目の前で映画さながらの立ち回りをしてみせるのは、この殺陣というものがあるのも一つの要因である。もちろん、契約者たる対駕自身の元々の才能も相まっているのだろうが。

「威勢がいいのは最初だけか!」

そう言うと同時に、対駕は殺陣椿の刃先が実穂に向くと同時に雷を発射する。体の自由が利かなくなった実穂の左肩を、大剣に変形した殺陣椿が駆け抜ける。両断はされていない。だが、確実な一撃だった。傷が深い。

「ぐはぁっ・・・・・・」

実穂はその場に片膝をつかざるを得なかった。対駕が再攻撃を行おうと実穂に接近してきたが、その前にアリスが立ちふさがり、それと同時に左手を突き出す。それによって二、三メートルほど対駕が後ろに下がる。その隙にアリスは両腕を頭上に上げ、そのまま横に広げ、視覚で確認することができる防壁を作り出した。

「反射防壁か。さすが純粋種ネイティブはやることが違う」

対駕は大剣状態の殺陣椿を変形させ、臨戦態勢を崩した。

「桜鎚は元々五神斬同士での戦いでは不利だ。なぜか分かるか?」

実穂は対駕を睨みはしたが答えるだけの気力は残っていなかった。肩で呼吸をしている状態なのだ。まともに口を利けるわけがない。

「確かに桜鎚は打撃力がある。だが、他の四つとは違い、『斬る』ということができない。鈴嵐でさえ、真空刃という形で斬ることができる」

アリスもまた、対駕を睨みつけていたが、実穂同様何か言おうとは思わなかった。ただただ防壁の維持に集中力を使っていた。

「もっと桜鎚にしかできない戦い方をしろ。針現」

そう言うと、対駕は二人に背を向けて去ってしまった。


 亜里去は、しばらく眠っていたような感覚をまだぬぐえぬままに、目をわずかに開けた。

「う・・・・・・ん・・・・・・」

「あ! 亜里去!」

「気がついたか」

どこからか声が聞こえる。亜里去は、晴れてきた視界の中に映る顔を見た。そこには、未だ眠ったままの刃薔薇の使い手がいた。

 ――なんだ、来琥か・・・・・・。

 しかし、そこで亜里去は眠気でぼやけていた意識が一瞬のうちに覚醒した。

「ってええええええええぇっ!!!!」

亜里去と来琥の顔との距離は僅かに五センチもあるかないかだった。鼻先に至っては目が覚めていた時には触れていた。唇さえも、何かの拍子に重なってしまいそうなほどに近かった。亜里去は飛び起きて来琥をソファから蹴り飛ばした。ソファから落ちた拍子にテーブルの脚に頭をぶつけ、来琥も目を覚ます。

「いったぁぁぁぁっ・・・・・・」

頭を押さえながら寝ぼけ眼をこする来琥と対照的に、亜里去は、顔面を耳まで赤くしていた。

「さすがに同じソファに寝かせるのは不味かったんじゃ・・・・・・」

カナが実に向かって申し訳なさそうに言うが、みのるの答えはじつに質素なものであった。

「しかし、片方が床では不平等だろう?」

その声は亜里去に筒抜けであり。

「アンタが犯人かぁっ!!」

「まぁまぁ、亜里去。大好きな来琥と一緒に寝られたんだし」

そこでカナがフォローにもならないことを口にしたが、もちろん意味はなかった。

「な・・・・・・だ・・・だだだ誰が・・・・・・こっ・・・・・・こんなやつっ・・・・・・」

「過行、顔が赤いぞ」

珍しく茶化す実の言葉も、火に油を注ぐだけの行為であることに変わりない。

「う・・・・・・うるさーーーーい!!!!!」

そう叫びながら来琥の腹を蹴った。

「なっ・・・・・・俺を蹴るなぁ!!」

そう反論する来琥に耳を貸すことなく、亜里去は来琥を指差しながら、顔を真っ赤にして叫んだ。

「別にアンタのことなんか、すっ・・・好きでもなんでもないんだからねっ!!!」

そこから亜里去の機嫌が直るのと来琥の後頭部にできたこぶが治るまでに時間がかかったのは言うまでもない。


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