6、思惑と権力
発表が行われてから、アメリカ人を中心とした国内のWUSU所属の戦闘員は全国各地で超能力者の一掃を開始した。来琥達がそのニュースを知ったのはカナが襲われてから三時間後のことであった。四人は一か所に集まってそのニュースを閲覧していた。といっても、カナはテレビでニュースが行われている間にもゴツバネットワークを使って情報の共有を図っていた。
「どうやら今回のことは、アメリカは賛成してないっぽいね」
「けど、各地で戦闘をしてるのはどれもアメリカ人だという話だ」
実がそう返すが、カナはテレビで行われているVTRの中で熱論する指導者を指差した。
「記者会見で熱論しているのはブラジルの首相。横一列に並んだ時も、アメリカは一番端に位置している」
「確か、主要国ほど内側よね。アメリカはWUSUの創設国のはずなのに・・・・・・」
来琥の知る限りならば、中心にいるのはブラジルを始めとした南米諸国だ。その次に中米、北米と並んでいる。アメリカとカナダが両端に位置している。
「まさか、南米はWUSUの主導権を握ったのか?」
「完全じゃあないだろうけど、握りつつはあるはずだよ」
カナの来琥の質問に対する返答に、実がさらに付け足す。
「おそらく南米は、上手いことアメリカを載せて兵を出させたんだろう。アメリカ人が襲えば、世界からのアメリカの評価は下がり、現在の絶対指導の場を退けるように言われる。その空いた指導者の席に、南米諸国が収まるつもりだろう」
「同盟国内で権力争いとはみっともないわね」
亜里去がその推測に出てきた権力争いを呆れるように言ったが、来琥がそれに異を唱えるが如く口を開いた。
「まだそうと決まったわけじゃない。それに、そのために犠牲になるのは俺たち日本・・・・・・超能力者だ」
この言葉を聞いてか、亜里去が悔しそうに口を閉じた。これですねなければいいのだが。
この超能力者の一掃が今後、本当に超能力者を全て消し去るまで続く場合、場合によっては五神斬が全てWUSUにわたる可能性がある。現時点でさえ、実穂の持つ桜鎚は、別の視点から言えば、WUSUのものという見方もできるのだ。よもや五神斬を持つ自分たちが全滅するとは思い難いが、可能性の一つとして考えておかなければならない。WUSUが五神斬のことを世界に公表するしないは別にしても、WUSUの軍事力が格段に上昇するのは間違いない。
WUSU内で、今現在はともかく、これまで一番の権力を持っていたのはもちろん創設国たるアメリカである。しかし、近年、南米諸国は軍隊を拡大していた。理由は簡単だ。お堅い軍人の家系の人間が国防関係の官僚になってしまったからだ。さすがに軍国主義なんて古臭い思想には囚われていないようだが、力によって全てを制そうとする動きがあるとみても間違いはないだろう。もし南米は本当にWUSUの権力を狙っているとしたら、拡大した軍事力でアメリカに脅しをかけたとしか思えない。核技術が衰退しているために、現代の研究者が、一から核兵器を作るのには時間がかかるのは誰の目にも明らかだ。
「南米や中米も派兵してくると思うか?」
「止むを得ない状況になれば、そうする可能性はある」
「止むを得ない状況って何よ?」
実の的を得ない回答に、亜里去が若干苛立ちながら聞き返す。やはり、先ほどの切り替えしですねてしまったのだろうか。後でご機嫌をとらないといけないのは自分であることに、来琥は分かっていた。といっても、話の中でさらに関係がこじれてしまう危険性は十分に秘めているので、油断できない。感情的になっている者を相手に会話するときに、よく自分も感情的になってしまうという欠点を、来琥は熟知していた。
「アメリカ兵では、役に立たないと感じたときだろうな」
「あくまでも上から目線か・・・・・・」
実の具体的な回答に来琥が感想を述べた。
そこで来琥は思い出した。WUSUの構成員のことを。
「そうだ、カナ。この前頼んでいた、WUSU構成員の針現実穂のことは?」
「それが、どこの誰も情報を掴めないの・・・・・・」
「WUSUの妨害工作か!?」
思わず立ち上がった来琥に、カナはしずかに答えを告げた。
「たぶんね」
来琥は一度呼吸を整えてからその場に座り込んだ。
五神斬の暴走がいつ始まるか分からないというのに、こんなことで足止めされるとは。まだ刃薔薇と鈴嵐以外には、桜鎚を持つ実穂しか居場所が分からないというのに。それに、いくら実穂との目的が一致しているとはいえ、こんな状況になったとすれば、実穂ともいずれ戦うことになるだろう。少なくとも、今の情勢で共闘はあり得ない。相手はWUSUで、来琥と亜里去は五神斬を持つだけでなく、超能力者でもあるのだから。
「こうなったら、早いうちに来琥の目的を達成しないとね」
カナのその発言に、思考をめぐらせていた来琥ははっとしてしどろもどろな答えしか返せなかった。
「え? はっ? 俺?」
カナは頷いてその来琥のしどろもどろな質問を肯定してから続けた。
「殺陣椿はまだだけど、もう一つの五神斬の所在は掴めたから」
「もう一つ・・・・・・」
亜里去がぼそりと呟いた。おそらく、殺陣椿ではないことに失望したのだろう。自分の復讐すべき相手の所在が掴めないのだ。しょうがない話だろう。
「斧槍刃・桃斧槍。五神斬中で最強と呼ばれる武器」
その固有名詞を聞いて、来琥は両手をきつく握りしめた。
WUSUが秘密裏に建造した地下基地の中に、実穂はいた。ここに来た目的は一つ。例のパートナーとコンタクトを取るためだ。しかし、連絡を入れたのは三時間前、集合時刻からはすでに三十分の時間が過ぎている。いくら時間にルーズだとしても、時間に遅れてくるようではパートナー間の信頼関係はよくなることはほとんどないだろう。
堪忍袋の緒も悲鳴を上げ始めたころ、待機室のドアのノック音が鼓膜を刺激した。
「アリス・ハイリアです。入室の許可を」
「どうぞ」
そう返しながら、実穂は祈った。どうか、どうか普通の子であってくださいと。外見にこそ現れていなかったが、実穂はそればかりを願っていた。なんなら年上でもいい。気は遣うが、ある意味一番楽な結果になる。なら、どういう子が普通なんだと聞かれて、答えることはできないのだが。
しかし、スライド式のドアが勢いよく横に滑り、人影を現させたとき、実穂は額に手を当てて落胆したい気分にさせられた。
へそ、ふともも、脇も大胆に見せている。しかもミニスカートだ。髪型こそ短くそろえられているが、何のフォローにもなっていなかった。
実穂が最初に思ったことは、むろん本人には聞こえなかった。
(露出、多!!)
なんで? なんで自分はこうも不幸の星の下に過ごすの? なんで願ったこと基本的に叶わないの? なんでコンビニで買うおにぎりが私のだけ具がないの? なんで新品の家電一発で壊れるの? なんで身に覚えのない架空請求のメールが来るの? なんで去年から体重だけしか増えないの? そしてなんで目の前のこの子はこんなににこやかな顔してるの!?
などという悲観にはまったのは一瞬のことであり、実穂はすぐに立ち上がって手を差し出した。一般的な社交辞令だ。どんな子であれ、ある程度折り合いはつけなければならないのだから、(法的にではないが)決められた手順を踏むのが妥当というものだろう。
「針現実穂です。よろ――!」
しかし、その社交辞令は一気にもみ消された。アリスがその手を取らずに実穂に抱きつき、そのまま体勢を崩した実穂はアリス共々ソファへと倒れこむ。
「こちらこそよろしくぅー! あえて嬉しいよぉ、ミホッ!!」
「ちょ・・・・・・こら、離れろ、アリス!!」
どうにかアリスを引きはがした実穂はすぐに立ち上がり、同じ状況に追い込まれないようにと身構えた。しかし、アリスはどうやら襲ってくる様子はなかった。しかし、それと引き換えかのようににやにやと顔を嬉々として歪ませている。
「今ので、スリーサイズ大体分かっちゃったかなぁ」
「な!!」
今抱きついた時にスリーサイズをアバウトにとはいえ図ったということか。たしかに今思い出せば、胸に顔をうずめられ、左手は腰に、右手は尻に回されていた。
――こいつ、本気だ!!
「上からぁ――」
「待てぇっ!! 言わないでぇぇぇぇっ!!」
いきなり弱みを握られた実穂は、ただただその秘密を封印させざるを得なかった。
とある一つの倉庫で、電子書籍を読みふけっていた少年は人の存在に気づいて電子書籍を倉庫内に作った自室のベッドに放り投げると、得物を持って自室を出た。自室までに積まれているコンテナから見下ろすと、数人の男たちがこちらを探していた。人相と体つきからして、全員がアメリカ人。一日中、というよりは、この一週間はずっと電子書籍を読んでいた彼は、アメリカ人がここに来た理由を知らないゆえに、堂々と男たちの頭上で仁王立ちして問いかけた。
「おい、てめぇら、何しに来た?」
男たちは、少年の姿を見つけ、銃口を向けるやいなや、銃弾を放ってきた。
「おいおい、何だよ」
少年は銃口を向けられると察知した瞬間に何もない空間を回し蹴りした。放たれた銃弾が見えない壁に当たったかと思われた瞬間、銃弾は反射して男たちへと降り注いだ。少年は呆れたように男たちを見下ろしていた。それはつまり、見下していると言い換えられるのだが。
方向転換の際の演算処理は面倒ではあるが、それは脳内で勝手に行われることで、少年が自発的に行う必要はなかった。引き続いて倉庫に入ってきた男たちも銃弾を放ってくるが、少年は通常ではできないような跳躍力で空中に飛び出すと、得物を男たちへと投げつける。男たちは銃撃をやめてそれぞれ別方向に散る。少年は高所からの落下にも関わらず綺麗に着地すると、手元へと戻ってきた得物の変形機構を操作する。得物の柄が一気に伸び、かなりの距離にいた男を腰から両断する。そのまま柄の長さを戻していき、最短になったところで得物を投擲する。その軌道上にいた一人の男を両断すると、わけが分からないままあたふたしている一人へと地面を蹴って急速に接近すると、先端で心臓を貫いた。
「うぉぉぉぉぉ!!」
背後から近接戦用のコンバットナイフを握った男が接近してくるのを見た少年は、得物を男へと振り下ろす。男はコンバッテナイフの腹で受け止めるが、抵抗むなしくナイフの刃が破壊される。飛びのいた男が様子を伺っているところに得物を突き出す。男が前転して斜め方向に突きをかわしたが、少年はそのまま得物を振り抜いて男を両断した。
少年は得物を肩に乗せると、ゆっくりと自室へと歩きだした。初っ端に銃弾の雨に濡れた男たちのうちの一人が体を震わせていたが、少年にその首を落とされてその動きを止めた。
「ったく、ゴミ処理誰がやんだよ・・・・・・ああ・・・・・・十個もあんじゃねぇか・・・・・・」
少年は足元にあった死体の一つを蹴り退けると、積み上げられたコンテナの上につくられた自室へと飛び上がった。自室に入った少年は血のついた得物を見つめた。この武器の基本形状は槍、その槍の攻撃範囲の少なさを補うためにつけられた斧部分が取り付けられている。柄部分は自由に伸縮可能、投擲すれば持ち主――いわば契約者――の下へ自動帰還する機能が取り付けられている。遠近全ての戦闘をこの武器一つで全て制すことができる。少年は思った。あの日、この武器を選んで正解であったと。この武器を持っている限りは人を闇の討ちに葬れる。人を殺していても日本では黙認される。少なくとも、殺人罪として罪に問われたことはなかった。少なくとも今までで死体を残したことがないというのもあるのだが。
「にしてもなんだぁ、このアメリカンはぁ?」
今までここを不用意に訪れた者は何人かいたが、ここに武装して、明らかにこちらを狙って入ってきた者は初めてだった。外国人というのもまた初めてだった。
「あー・・・・・・死体処理明日でいいか」
少年はそう言って得物を壁に立てかけると、ベッドに横たわり電子書籍の続きを読み始めた。「ったく、いいとこだったのに」と苛立ちの声を漏らしながらの再読であり、文面への集中力が緩慢な時であったにも関わらず、文章の隣にある緊急ニュースの報せに目をくれることは、それから五時間以上なかった。
彼の横では、彼が三年前に五神斬生誕事件で手に入れた、五神斬中最強の武器、斧槍刃・桃斧槍が静かにたたずみ、その刃を光らせていた。