3、過去を持つ者、語る者
男とすれ違った日の放課後、亜里去に呼び出された来琥は、カナも含めた三人で、殺陣椿の接触者を追い詰めるために動き出した。
「いい? チャンスは一日一回。逃せば明日まで待たなきゃいけないんだからね?」
カナがそう念を押すが、実際はそれ以上に面倒だろう。向こうがこちらの存在に気がつけば、殺陣椿との接触時刻や場所を変更、最悪の場合、完全に姿をくらます可能性もある。実質、チャンスは一度。この一回に賭けるしかない。
「ま、別にあんたが来なかったところで、私一人でも捕まえられるけどね」
「そういえば、亜里去、学校は?」
自分より早く来ることは別に大したことではないが、来琥の通う浜比良高校は、今日は昼過ぎには終わっていた。他の高校はそうではないというのは聞いていた。つまり言えば、他の高校はまだ小一時間授業があるのだ。亜里去が浜比良高校の生徒ではないことを来琥は確認済みであったために、余計に気になっていた。
「は? そんなの行く必要ないでしょ」
「は?」
亜里去から返された言葉に、来琥は拍子抜けした声で返してしまっていた。
「ちゅ・・・・・・中卒?」
「悪い?」
いらいらしながらも返された言葉に、来琥はさらなる返答を行うことができなかった。
「しっ! おままごとは終わりだよ」
カナのその言葉に、二人とも口をつぐんだ。本当は来琥も亜里去も、「何がおままごとだ!」と詰め寄りたい気分ではあったのだが。
三人の目の前を、一人の男が通り過ぎた。男というには、まだ若い。青年と言うほどの年齢だろう。鋭い目つき。ハーフグレーの髪が立てられている。あらかじめ決めておいた作戦に従って、三人が動き出す。男の前にカナが立ち、男に話しかける。
「ねぇお兄ちゃん、エクストってどこぉ?」
エクストは現在全国展開されているコンビニエンスストアの名称である。ここ十年間、コンビニの売り上げでは常にトップを独走している。そのエクストに行きたいという少女が目の前に現れて、何かを疑う者は普通に考えればいい。今回、カナは囮である。
「それなら・・・・・・」
完全にカナに気が逸れたと思われた瞬間、来琥と亜里去が同時に物影から飛び出す。同時とはいいっても、亜里去の方が若干男との距離が短い場所から走り出したために、男に到達したのは亜里去の方が早かった。亜里去は鈴嵐を振って男へと向かわせる。来琥の刃薔薇は、男を負傷、当たり所が悪ければ殺してしまう可能性があるために、あえて構えてはいなかった。
「俺を拘束する理由を聞かせてからとさせてもらう」
そう言うなり、亜里去の放った鈴嵐をかわし、保険の波状攻撃要員として接近した来琥の拳をかわし、カナを持ち上げて盾にしてくる。男は右腕だけでカナを持ち上げ、左手の人差し指の先から、火を出現させる。来琥と亜里去の動きが止まる。
「さぁ、言え。貴様らの目的を」
三対一という数の利を全く感じさせない戦い方だ。一番力がないと思われる者を盾にして、残りの味方の動きを封じる、古い武士道精神を重んじる人は「卑怯者」と罵るような戦術だろうが、今にしてみれば、これは立派な基本戦術だ。第一、三対一という数においてアンフェアな状況で、味方一人を盾にすることを「卑怯者」と言う資格はないだろう。
「やってみなよ。君の力は全てが無に帰す」
沈黙と共に、四人の時間が止まる。男の左人差し指からは、絶え間なく火が出続けている。再び時間が動き出した合図となったのは、男が出現させていた火を消した時のものだった。
男が火を消すと同時に、拘束されているカナの次に男に近かった来琥が走りだす。来琥が向かってくるのを見た男がその手を広げ、包み込むような形の手に火を出現させ、来琥へと放ってくる。しかし、その火球は横からの暴風によって軌道を逸らされる。来琥は尚も接近し、十分に距離が縮まったところで右拳を構える。男が自身の顔面の前にカナを持ってくる。来琥は拳を叩きつけることなく、その場で一回転し、後ろに飛びのく。それと同時に男の背中を亜里去の鈴嵐が打ち付ける。
「油断大敵だよ?」
男の拘束から解放されたカナがそう言いながら、男の足元に向けて亜里去が放つことができるはずの真空刃を放った。それも、亜里去がいつも放つのよりもずっと強力なものである。真空刃によって叩きつけられたコンクリートが破壊され、破片が男へと襲い掛かる。
男が破片を振り払うと同時に、カナに向かって炎を打ち出すが、カナの前でその炎はかき消される。その炎を今度はカナが放つ。不意をつかれながらもその炎を身を転がして回避し、立ち上がった男の背中に亜里去の鈴嵐が叩きつけられる。ふらついた男の左頬に、来琥の右拳が突き刺さると、男はそのまま倒れこんだ。
「俺は高真実。だが、それ以上のことを話す気はない」
「俺たちが聞きたいことは一つだ。殺陣椿への接触理由、それだけ教えろ」
実は自分が殺陣椿に接触していることがばれてしまっていることにあまり良い心地ではなかったようだが、来琥達の気迫とも呼べる詰め寄りにも決して屈する様子がなかった。
「まぁ、しょうがないか・・・・・・」
そう言って来琥は何も言おうとしない実の額に手をかざし、実の過去を詮索する。その中で、殺陣椿と接触するその理由と呼べる部分の記憶を掘り出す。直前に聞きたい事を尋ねておくことで、対象にその記憶を脳の前面に出させたため、目的の記憶を求めるには難しいことではなかった。
「三年前、情報の闇に隠れた五神斬生誕事件の黒幕を潰すこと・・・・・・か」
五神斬の存在を知っている。それは殺陣椿接触の時点で分かっていたことであった。だが、五神斬生誕事件の真相を知っているのは、まともにはいなかった。
「五神斬生誕事件・・・・・・!」
亜里去がその事件の別名称を震えながら呟いた。しかし、来琥はその事件について詳しいことは知らなかった。
「亜里去、やはり知っているのか」
「アンタは知らないの!? 刃薔薇を持っている・・・・・・五神斬との契約を行っているのに!!」
「刃薔薇は、その事件で俺が手に入れたものじゃない」
「確かに」
そこで口を挟んできたのは、カナだった。その目は全てを知っていると思わせるような目。
「あの事件の時、来琥は現場にはいなかった」
「何故そんなことが分かる?」
そこで実が口を挟む。それもそうだろう。見た目から推測される年齢として、そんなところに実際にいたとは思えない。それも三年前のことなのだからなおさらだろう。
「私のゴツバネットワークで手に入れたものなの。信憑性は高いと思ってもらって構わない」
ゴツバネットワークの存在が、カナを情報提供者として暗躍することのできる理由なのだろう。逆を言えば、彼女はそのゴツバネットワークを失ってしまうと、ただの国家戦力となる超能力者となってしまうのではないのだろうか。
「カナ、じゃあお前はあの事件のことをどこまで知っているんだ・・・・・・?」
「私が知っているのは、その事件の表の面だけ。私は全てを知りたいの」
来琥の質問にカナは即答で答えて見せたし、その答えに躊躇いはなかった。
「実。お前は五神斬生誕事件の黒幕を調べるために、殺陣椿に接触したんだな?」
「ああ。それ以外であいつに興味はない」
その実の答えを聞いて、カナがまるで自身が指揮官を務めているかのような口ぶりと態度で亜里去の方を振り返ると、得意げな笑みを見せた。
「さ、君の力を使って。亜里去」
「はいはい、やればいいんでしょ?」
そう愚痴をこぼしながらも、亜里去が真っ直ぐに腕を伸ばし、そこに気力を集中させる。そこに気を集めることで得られる未来。自分たちが真実を知らずに過ごし続けた時、どうなってしまうかを映し出す、亜里去の力。
「な・・・・・・何・・・・・・これ・・・・・・?」
亜里去は、現れた未来に驚愕と共に首を傾げるしかなかった。
五神斬生誕事件。その事件を正確に記憶している者はほとんどいない。五神斬そのものが世間に公表されてないために、五神斬生誕事件それ自体も『存在』を知っている者は全世界の人数にすれば〇コンマ未満という言い方でさえも大きく見積しすぎであろう。
五神斬。刃薔薇、鈴嵐、殺陣椿、桃斧槍、桜鎚の五つからなる武器。その五神斬が製造され、所有者を決定するために起こった闘争を、五神斬生誕事件と称されて密かに語られている。
五神斬生誕事件には、世界中から極秘の情報網において集まった屈強な戦士たちが集まった。だが、その中で二十五歳以上の者は全て弾かれた。理由は全て同じ。若い世代が極地に達するために、老いた者達が参加する資格はない、と。
残された十五人の青年少年少女達は、施設内のどこかに潜む五神斬を探し出し、契約を行うことでそれを扱う資格を得る、という古めかしいトレジャーハントまがいのことを行わせた。
過行亜里去は、何も知らずに施設に足を踏み入れ、状況も掴めぬまま、このゲームに参加していた。彼女自身、これに意識的に参加していたわけではなかったために、とにかく一刻も早く抜け出すために、施設の中を彷徨った。その途中で一人の少年に亜里去は出会った。頭はハーフグレーに染められていて、一度見たら長いこと記憶に焼きつきそうな立てられた髪型だった。年齢は亜里去よりも上で、二十かそれ以下であろう。その目つきは鋭く、口調も堅いものだった。
「おい、お前、この馬鹿げたゲームの主催者知ってるか?」
「え? し、知らない・・・・・・です」
「・・・・・・そうか」
少年はそれだけ聞き、満足した答えが得られないと判断すると、すぐに亜里去とすれ違って姿を消した。
その後、誰とも会わないまま、一つの部屋にたどり着いた。部屋の中には、鞭と思われる形の物体が置かれていた。真っ暗な部屋の中で、その物体だけがライトアップされている。
その時、後ろの足音に亜里去が振り向くと、そこには一人の男がいた。男は何も言わずに亜里去を見続けていた。無言のうちに退去を命じているかのように。
亜里去は深呼吸を一つして、自身の未来を見つめた。
今自分が一番近くに掴めるこの物体。これを掴んだ未来、掴まない未来。
彼女は、二つの選択肢を与えられた。掴まなければ自分は目の前の男に殺される。だが、掴めば、目の前の男はその憎しみを亜里去の両親へと向けるつもりらしい。彼女の目に映ったのは、何も言わずに赤い液体の水たまりの上で倒れる両親の姿だった。
(お母さん・・・・・・お父さん・・・・・・ごめん・・・・・・!!)
亜里去は鞭の柄を握り、それと同時に契約を交わした。手にした武器、烈風鞭・鈴嵐との契約を。
亜里去は握った鈴嵐を振い、男を部屋から退却させた。男はどこかへと走り出し、それきり姿を消した。
三日後、亜里去が学校から帰った時、彼女の両親は一人の男の下で倒れていた。男は一本の剣を握っていた。
「おい」
亜里去は、その男が誰なのか分かり切っていた。少なくとも今の自分には勝てるとは思っていなかった。
「その武器の名前だけ、教えなさい」
「・・・・・・殺陣椿」
男はこちらを振り向きながら答えた。亜里去は絶対に目を逸らそうとはしなかった。
「椿の花言葉は・・・・・・」
男は亜里去の横をすれ違いながら呟くように言った。
「『冷ややかな美しさ』」
男はそれ以降、あの時のように黙って姿を消した。
それからである。亜里去が戦う理由を得たのは。




