23、運命、未変更
相子は、WUSUの核発射施設の制御室において、工作員として潜入していた。核ミサイルはつい先ほど発射された。だが、それは相子の任務失敗を意味するものではなかった。相子の任務は、核兵器攻撃の阻止であり、核発射阻止ではない。それはつまり、核ミサイルの軌道を空中において変更させることで、太平洋上に着弾させる。そうなれば、犠牲となる生物こそ出てくるだろうが、犠牲者はよほど運が悪くはない限り、一人も出ないはずだ。
相子の用意は周到なものだった。監視カメラへの映像には、予めダミー映像を流し、制御室へ入るための指紋認証には、指を乗せれば必ず開くようにセットしてある。つまりは、指紋認証装置としての役割は全く果たせておらず、ただの開口ボタンと同じものとなっているのだが。そして、制御室内のWUSU兵達は鈴嵐で一気に殲滅した。軌道修正プログラムを核ミサイルに対して書き換えるには、百行近くあるプログラムを構築する必要がある。タイムリミットは五分。それまでに、このプログラムを書き換える。書き換えて見せる。
相子の指は、忙しなく動き回っていた。
実穂は周辺のWUSU兵の数が少なくなってきたのを確認すると、桜鎚を振って残っているWUSU兵を一掃する。すでにまともにその意識を保っている者はいなかった。実穂は未久と未奈の様子を見るために屋上まで駆け上がる。屋上では、狙撃を終えた二人がこちらに歩いてくるところだった。二人とも、特に狙われたような形跡はなかった。そのことに安堵しながら実穂は、次の段階に進むことにした。
「二人は校内に残っているWUSU兵を探して。私は校外の警備に向かう」
「分かった」
「了解!」
二人はそれぞれが返事をすると、腰に掛けられたハンドガンを握った。今はもう九割以上の一般人は校内には残っていない。さすがに人が次々に死んでいくのを見て、逃げ出そうとしない者はよほどの事情がなければ、バカとしか形容のしようがない。
実穂は未久、未奈と別れた後、階段を飛ばしながら下りて行った。
来琥と亜里去の目の前では、新紅が異常なまでの戦闘力においてWUSUの三人を圧倒していた。その目は、獲物を追い求める獣のそれである。先ほどの狂者の歪んだ顔はどこにも見当たらない。ただひたすらに目的の物を手にしようと暴れる猛獣さながらのその戦闘の中、新紅がアルナスの桃斧槍を弾き飛ばす。新紅は自分の持っていた桃斧槍を振り捨てると、その桃斧槍にジャンプして飛びつく。地面に対して演算反射を行うことによって生じる反発力を利用して飛び出した新紅は、その桃斧槍がオリジナルの物であると確認すると、プログラムコードを入力して桃斧槍とアルナスの間に契約糸を出現させると、そのオリジナルによってその糸を切断すると、そのまま自身との契約を結ばせる。おそらく、今この瞬間、新紅には暴走の危機が迫っているだろう。しかし、新紅は不敵に笑いながら地上へと降り立った。
「俺が・・・・・・そう何度も呑まれるわけねぇだろぉぉぉっ!!!」
新紅は暴走を制御し、自分の力へと変えていた。その顔は悦びと自信に満ちている。
しかし、そこで来琥達、特に来琥にとって予想外の人物が校内から現れた。
「ラッコ・・・・・・?」
校内から現れたのは、奈美だった。
実は帝へと火球を飛ばして攻撃を行っていた。しかし、帝の方はそれらの火球をかわすなり、実へと刃薔薇を振う。実はその斬撃を屈んでかわすと右掌の中に炎を溢れさせ、それを帝へと突き出す。帝は、その炎を殺陣椿で受け止めるとその時に実にできた隙につけいって刃薔薇を突き出す。しかし、実の体に刃薔薇は当たらなかった。実がかわしたのではない。実と刃薔薇の間に発生した防壁が刃薔薇を弾いたのである。
「まだそんな力が残っているとはな・・・・・・」
価帆が発生させた反射防壁。実は価帆に振り返った。先ほど崩れ落ちた価帆は今、自分の足で立って反射防壁を展開させていた。その息は荒い。このままの状態は、そう長くは続かないだろう。ならば、続いている間に終わらせるしかない。価帆がここまで力を発揮しようとしているのだ。自分がやらねば何の意味もない。
「実、私を忘れないでよ!!」
そう言いながらカナが実とは反対方向に位置し、作戦の前に吸収させておいた火球を放つ。帝がカナが放った火球の対応に追われている間に、実も火球を放つ。その火球を紙一重で帝はかわしてみせる。もちろん、それで終わりではない。帝がかわした火球はカナが吸収し、再び帝へと放たれる。実も火球による攻撃を行う。帝がかわした火球がカナに再び吸収されると、実は後方で待機していた価帆の名を叫んだ。
「価帆、行け!!」
「うん!」
それと同時に、実とカナは火球を放ち、帝はそれを回避してみせる。だが、攻撃はこれでは終わらない。直後、帝の周囲を反射防壁が取り囲む。そして、防壁に当たった火球は跳ね返って再び帝へと襲い掛かる。
反射防壁は自身の周りに展開することで自分に襲い掛かる脅威を跳ね返すものだが、その反射防壁を内側に展開すれば、当然エネルギー物質やら銃弾やらは、反射されてその内側を駆け巡る。反射防壁はその名称通り、本来の用途は防御であるが、逆転の発想によって、こうした攻撃に転じることが可能となったのである。
「なるほど、考えたものだな・・・・・・」
帝は達観したような言葉を吐いてこそいたが、その顔に余裕は感じられなかった。
価帆の反射防壁は徐々に小さくなっていっている。それはゆっくりと出力を抑えていると同時に、帝の逃げ場を少なくしていくことを同時に行っていることを意味していた。
実は、この戦いの行く末が見え始めていた。
来琥は、突如現れた奈美に驚愕を禁じ得なかった。確かに自分は奈美を置いたままにWUSUの存在を感じ、行動をしていた。だが、奈美はすぐに逃げ出そうとはしなかった。少なくとも、来琥が行った緊急事態放送は聞いていたはずだ。
「奈美、何をしてる?」
「ラッコも・・・・・・そんなところで、そんな物を持って、何してるの・・・・・・?」
しかし、そこで新たに予想外の別の乱入者が現れた。奈美の前に立ち塞がり、奈美を庇うような形で現れた男の右手には根本に巨大な盾を装備した剣が握られている。
「羅絶対駕っ・・・・・・!!」
来琥の横で、亜里去の感情が高ぶる。感情を制御できなければ、せっかく制御した暴走に呑みこまれる可能性がある。来琥は慌てて亜里去の気持ちを鎮めようと声を張り上げる。
「亜里去! 落ち着け!!」
その来琥の声がどうにか届いたのか、亜里去は深呼吸を一つしてその高ぶった感情をゆっくりと落ち着かせる。
「お前たちと敵対する気はない。俺は護るべき対象を守っているに過ぎない」
そう言いながら、対駕は殺陣椿を大剣型に変え、こちらの様子を見続けている三人のWUSU兵へと走り出した。その速さは、能力を併用して行われているものではない。以前亜里去が言っていたことであるが、対駕が持っている能力は雷。少なくとも、それを自己加速に応用することはできない。つまり、この速さは対駕が生来持っているものということだ。来琥も足の速さには自信があるほうだが、その来琥をうならせるだけの速さを、対駕は見せつけていた。
気づけば、対駕は暴走を起こしていない。走り出す少し前、僅かに呼吸が乱れていたのは、起こりかけた暴走を自力で制御したということだろう。
そして、対駕が走り始めると同時に、実穂も駆けつけた。その手には桜鎚が握られている。しかし、来琥は実穂の存在に気づくことができなかった。それは、対駕の圧倒的なスピードに目を奪われたからであるのだが、来琥にとって、そんな気の緩みが、全てを無意味の領域へと追い込むことになる。
浜比良高校の正面校庭に、一発の銃声が響き渡った。少なくとも、来琥が刃薔薇によって放ったものではなかった。
銃声と共に、対駕の体がその銃声に反応して止まる。
だが、撃たれたのは対駕ではなかった。
銃声の発生源は、WUSUの三人のうちのアルナスが握っていた銃からのものだ。
来琥の脳裏に、今まで考えたくもなかった一つの可能性が過って、来琥は振り向いた。
来琥の視界に映ったのは、銃弾を受けて前のめりの状態で極短時間とはいえ、空中を舞っている奈美の姿だった。それに気を取られて無防備になった来琥にも銃弾が送られてきたが、それは実穂が咄嗟のうちに展開した反射防壁によって防がれる。その直後に、実穂は、自分と、来琥、亜里去、対駕、新紅、そして奈美の体を全て覆う反射防壁を展開した。
「奈美!!」
「代々木奈美!」
「奈美ちゃん!!」
亜里去、対駕、実穂がそれぞれ奈美の名を叫んだ。来琥は奈美に誰よりも早く駆け寄ると、その首筋に手を当てた。一発の銃弾によって、脈はもうなかった。来琥は、その瞬間には、叫ぶ以外のことはできなかった。
「――奈美ぃぃぃぃっ!!!!!!」
来琥の悲しみは、その時に頂点に達した。だが、不思議とそれが爆発する感覚はなかった。ただ、その悲しみがほんの僅かずつ小さくなるにつれて、別の感情が大きくなっていた。だが、それでも何故だか心の中心はからっぽのような、そんな気がした。そして、それは来琥だけではなかった。亜里去も実穂も対駕も、心の中はそんな状態であった。唯一、新紅だけはそうはなっていなかったが、それでも、いつものようにけらけらと笑うようなことはしていなかった。
来琥は、無言のうちに立ち上がった。WUSUの三人の下に、正面校門から大量のWUSU兵が流れるように押し寄せてきた。来琥以外の者もまた、無言のうちに立ち上がる。来琥の左隣に対駕、更にその横に実穂が並ぶ。来琥の右隣には亜里去がつき、その隣には新紅がついた。
アルナスは、その光景に目を見張ることしかできなかった。驚きに呑まれていたわけではない。このようなことが起こるのか、と、目の前で起こった事実を、事実と受け止めきれていないのである。来琥、亜里去、実穂、対駕、新紅。WUSUの兵達の真正面に並んだその五人に共通することは、誰の目から見ても明らかだった。
新紅の右手には、槍を基調としたフォルム。そしてその槍の根本部分に巨大な斧を装備させた斧槍刃。
対駕の手には、鋭利なその刃先、そしてその根本に巨大な盾が装備されている鋭矛盾。
実穂の手には、古来中国などでの戦闘に使われていた棒、そしてその両端に全てを破壊させる恐怖さえ抱かせる鎚が取り付けられた両鎚棒。
亜里去の手には、鞭型の武器、そしてその各所から、独自に持つ空調操作機構による風の刃が形成されている烈風鞭。
そして、来琥の手には、一本の短剣。その刃の中心部は仮溶接されたように一本の筋が通り、その中に銃口を煌めかせている暗銃剣。
今、ここに全ての五神斬が、五神斬生誕事件以来に揃ったのである。