22、現れた狂人
実穂は、屋上へと続く階段で戦闘となっていた。実穂の今現在の任務は、屋上から狙撃を行っている未久と未奈のところへ敵を送り込ませないことだ。近距離戦に不向きであるスナイパーだが、それ以上に、目標に対して集中している未久や未奈は、ほぼ完全に無防備な状態にある。幸いなことに自分は、WUSUから見れば完全なる裏切り者である。桜鎚を持っていることも相まって、WUSU兵達は実穂を狙うべき敵だと認識して向かってくる。一対大多数という圧倒的数の不利があるが、それは桜鎚と、純粋種としての自分でカバーできるはずだ、と実穂は自負していた。少なくとも、自分はここで倒れるわけにはいかない。自分が負ける、それは、未久、未奈が負けることであり、対抗者達が負けることとなるのだ。
実穂は、桜鎚を強く握りなおした。
実、カナ、価帆の三人は、元々価帆が使用していた研究所を奪還するため、彼女の研究所を訪れていた。研究所は今現在、対抗者達が占拠している。内部には無数のサポロイドと監視カメラが警備の目を光らせている。これは突破するには、一発のうちに大ダメージを与える必要がある。三人は、ある作戦を立案していた。その作戦に沿ってそれぞれが動き出す。
「価帆、準備はいいか?」
「待って・・・・・・うん、大丈夫だよ、お兄ちゃん」
価帆は今、この三人の中で一番集中力を必要とする役目を任されている。で、あるはずなのに、カナと話す余裕も若干はあるようだ。
「実?」
「どうした?」
カナの呼びかけに、実は振り向いた。カナは首を傾げながら質問をぶつけてきた。
「私もお兄ちゃんって呼んだ方がいい?」
この局面にきて全く予想外の質問だったが、実は完全無視を決め込もうとした。だが、そのカナの質問に即答する形で価帆が答えた。
「カナぁ、その呼び方は私だけの特権だよ?」
「ま、べつに呼びたいわけじゃないし」
その答えを聞いてカナがそう諦めの言葉を返して、二人の小さな闘争は収まった。
価帆の準備が整えば、次は実の出番である。手元に火球を発生させると、それを少しずつ膨張させる。その最大の大きさは、ちょうど研究所の入口にぎりぎり入る大きさ。実はそれを片手で調整しながら、もう片方の手では新たな火球を少しずつ膨張させている。
「行くぞ、価帆」
「うん」
実は、最大に膨張させた火球を研究所へと投げ込んだ。カナの指示で価帆が研究所内に反射防壁を作り出して火球の方向を変えていく。実際のところ、研究所そのものに被害がいかないように、価帆は研究所の内壁全てに反射防壁を展開している。火球は通路を警備しているサポロイドを巻き込みながら進む。目的地は研究所の中心部。そこにいるはずの終間帝、ただ一人。実と価帆にとっては、両親を殺された組織のトップに立つ男だ。
「中心部に到達!!」
「火球、爆破!!」
研究所内部において、実が放った火球を爆発させ、研究所内部に潜む敵を一掃する。そして、研究所自体をその爆発から守るため、決して狭くないこの研究所の通路、部屋の全てに反射防壁を展開させる。何十回にも渡って反射を行うために、反射防壁の展開者である価帆への負担は大きい。
価帆の体には、各所の爆発をほぼ同時に連続で受け止めることになったために、その衝撃、反動が襲いかかってきている。実にはどうにもできないことだった。この作戦が成功するかどうかは、この爆発に価帆が耐えられるかどうかがカギになっている。
「くあっ・・・・・・!!」
価帆がその痛みにうめき声を挙げる。しかし、実には手の出しようがなかった。ただ傍にいることしかできないのだ。
「爆発、小さくなってきた・・・・・・」
長い爆発がようやく終息し始めた。実は安堵の息を漏らしていたが、それでもまだ気を抜くことはできない。爆発が完全に収まるまでは反射防壁を展開し続けなければならない。
そして、爆発の規模が小さくなり始めてから一分後、爆発は完全に収まった。カナがその確認を完了し、実と価帆に告げた瞬間、価帆は足元から崩れ落ちた。実は回り込んで正面から抱き留める。研究所のどこかが爆発した、もしくは火災が発生している、などということはなかった。
だが、三人にとって予想外のことが一つ発生した。
「こんな作戦を展開させるとは、中々大胆なものだな」
「な・・・・・・まさか・・・・・・」
研究所と全く反対方向から現れたのは、終間帝だった。
来琥、亜里去は、桃斧槍を持つ三人のWUSU兵との戦闘に突入していた。来琥は刃薔薇を開いて銃弾を放って先制攻撃を行おうとするが、向こうのうちの一人が桃斧槍を投げつけてきたために適わなかった。刃薔薇を剣形態に戻して桃斧槍に対抗するが、その勢いに圧される。体勢こそ崩さなかったものの、相手がこちらにつけいる隙を与えるには十分だった。
こちらに桃斧槍を振り下ろしてきた者の斧部分へと、鞭が入った。その鞭は風を纏っている。
「亜里去!」
「早くしなさい、バカ!」
来琥の目の前に繰り出された鈴嵐は、その周囲に風を纏わせることによって、桃斧槍と互角に渡り合えるだけの刃を作り出している。これが暴走した時の鈴嵐の力、ということだろう。空調操作機構の能力が存分に生かされているものだと、来琥は感じた。
「うぉぉぉぉっ!!!」
来琥は刃薔薇を振り抜くが、その攻撃を察知した相手が鈴嵐から桃斧槍を離して距離を取り、その斬撃を回避する。来琥はそれでもしつこくもう一撃を加えにいく。しかし、向こうのもう一人がそれを阻止する。来琥と亜里去は一度飛び退いて距離を取る。
「一応名乗っておこうか、俺はアルナス・ナルクだ。そして、姉のメリアと、弟のベイブだ」
「覚えておこう!!」
来琥はそう言いながら再び走り出す。しかし、向こうは兄弟というわけあって、かなりの連携を取ってきている。波状攻撃。ベイブが真上から振り下ろし、それをかわしたところにメリアの槍が迫ってくる。それを刃薔薇でいなしたところに、アルナスの斧が振り下ろされる。それを刃薔薇をかざして受け止めるが、明らかな力の差があった。一度は桃斧槍に勝利している来琥とはいえ、三人一気に掛かってくるのは捌き切れない。
「くそ・・・・・・どうすれば・・・・・・」
アルナスの傍らにいる二人に向かって暴風が吹きつける。それが亜里去が行ったものであることは、想像に難くない。来琥はアルナスの腹を蹴りつけて自分も数歩後ろに下がる。
勝負は再びふりだしに戻った。と、思われた時、戦局は思わぬ方向ぬ動き始めた。
「てめぇらか、俺の桃斧槍を持ってるつーのは」
来琥達がその声の方に視界を向けた時、その中心にいたのは、磯城革新紅だった。
アリスは、浜比良内を巡回しながら、遭遇したWUSU兵への攻撃を行っていた。その中にはかつて言葉を交わしたものもいる。だが、それで攻撃を躊躇すれば、自分がWUSUを裏切ってまで実穂を守ろうとする意味がなくなってしまう。アリスは背後から銃弾を放って数人のWUSU兵をまとめて倒す。先ほどから、WUSU兵達の行動は集団的だ。最初のうちは、多くても四、五人程度で行動していて、町全体のあちこちで埋め尽くされていた。アリスはある程度の人数を殺戮していたが、それはおそらく送られてきた人数に比べれば何十分の一にも満たないほどの人数であってもおかしくはない。だが今は、先ほどのように、道という道にWUSU兵がいるわけではなく、数十人ずつに集まって行動している。まるで何かにまとまって進行していくかのように。
「何が始まるの・・・・・・一体・・・・・・」
アリスは殲滅行動を一端引き上げ、固まって移動していくWUSU兵達の尾行を開始した。もちろん、その間の周辺警戒は怠らない。常に左右と背後を気にしながら、尚且つ目標を見失わないように。
十数分が経過したころ、アリスはその行先を確認した。
「浜比良高校・・・・・・!?」
WUSU兵達は、固まった上で、浜比良高校を目指していたのだ。今、浜比良高校は学園祭の真っ最中であり、来琥や実穂がいる。二人に共通することは五神斬を持っているということだ。やはり、超能力者の掃討という名目のもとでWUSUが目標としているのは、五神斬。圧倒的な強さを持つその武器を、WUSUはまだ欲するということだろう。先日までは桜鎚の使い手たる実穂がWUSUにいたが、実穂が脱走するのと入れ違うように桃斧槍を手に入れた。さらにWUSUには疑似タイプの桃斧槍もある。現段階で運用されている疑似型はメリア、ベイブが使っている二つだけだが、今後、量産される可能性はある。もっとも、その疑似型の設計構築図や内部構造図が入っていたデータコンピュータは脱走時に実穂が破壊したために、バックアップデータが無い限り、かなり時間はかかりそうではあるが。
「私が食い止めないと・・・・・・」
自分がどこまでできるのかは分からない。でも、やれるだけはやるつもりだ。自分の限界でも構わない。自分が食い止めなければ、実穂を、皆を守ることはできない。
アリスは、浜比良高校前で突入のチャンスを伺っていたWUSU兵達へと銃弾の雨を真横から降らせた。
新紅が乱入してきたことにより、戦局は混乱を極めた。新紅にとっての敵は、オリジナルの桃斧槍を持っているアルナス、ベイブ、メリアの三人。対して来琥と亜里去の敵もまた、WUSUの三人。無駄な立ち回りをしなければ、来琥達と新紅は、それぞれ敵の数を増やす必要はなくなる。予想外の来客ではあるが、上手く立ち回らせれば、こちらにも勝機が見えてくるはずだ。
「亜里去、俺達の目標はWUSUだからな」
「分かってるわよ」
新紅に手出ししなければ、この勝負には勝てる。新紅は完全に自身の目的のために動いている。おそらく今新紅が持っているのは疑似型の桃斧槍だろう。暴走の感覚を全く感じさせないところが、それを思わせる要因となっている。誰が疑似型の桃斧槍を新紅に与えたのかは分からないが、おそらく、それによって五神斬に関する記憶は取り戻したのだろう。そうでなければ、わざわざこんなところまで新紅が出てくるはずがない。どう考えても新紅には、一日中動かないまま一日を終えているようなイメージしか湧かない。
「さぁ始めようぜぇ・・・・・・」
新紅は、その口元に笑みを浮かべている。人が見たなら、それは狂者の歪んだ笑み。戦いだけを生きがいとするような人間が見せるような笑みだ。
「物資奪還戦ってやつをよぉ!! WUSUのてめぇらを全員ぶっ殺してなぁ!!!」
「何故・・・・・・お前は研究所の中に・・・・・・」
「君たちがいない間、若干ではあるが、研究所の内部構造を変えて、地下通路を作らせてもらった」
帝はそう言いながら、勝ち誇ったような笑みを見せた。地下通路、たしかに価帆が使っていたころまでは、そんなものは存在しなかった。この一か月の間に、このような襲撃を予測して作った、ということなのだろうか。実は、歯噛みした。完全に一手先を読まれて先手を打たれてしまった。この一撃に賭けていたために、こちらには次なるまともな手立てがなかった。価帆は研究所全体に張っていた反射防壁のために、しばらくの間は戦えそうにない。カナはエネルギー系の反射能力。帝は能力を持たないが、自身が持つ圧倒的体術によってこちらを追い詰めてくるだろう。今まともに戦うことができるのは、自分一人しかいない、と実は覚悟を決める他なかった。
「お前が俺達の親に何をしてきたのか、その真実はもう知っている・・・・・・」
実は、自身の拳を握りしめる。だが、その目は帝から全くぶれることはない。
「だからこそ、俺はその真実を受け止め、そして焼き尽くす。お前の存在と共にな!!!」
そういいながら実は両手それぞれに火球を作り出してそれを振り抜いた。それと同時に、帝もまた、地を蹴って実へと迫った。
「望むところだと言わせてもらおう!」