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21、暴走制御

 桃斧槍との契約を、強制的に切断された新紅は、桃斧槍を含め、五神斬に関する記憶だけを全て失っていた。倉庫内において、自室で何をすることもなく、ただただ呆けきっていた。何か大きなものが自分の中から抜け落ちたような感覚。自分の中の欲求を最大限に満たしていた何かが。

 暇を持て余すことだけに時間を潰していた新紅は、何かが床に突き刺さる音を聞いて、ようやく自室から顔を出した。眼下にあるのは、斧槍と、斧部分の先に刺さった紙。少なくとも、その紙は故意に刺されたものであることは、新紅でなくても分かったことだろう。

 その斧槍の柄を握った時、失われた記憶の断片が一瞬のうちに垣間見えた。自分は、これを知っている。全てなのか一部なのかは分からない。だが、確かに自分はこの武器の存在を知っている。

 紙には、『本物はWUSUにある』とだけ記されていた。しかし、新紅はその文に興味は示さなかった。ただただ目の前の物の正体を確かめたかった。そして、自分がどういう存在なのか、ということも。新紅はその柄を強く握り、床に突き刺さったままの得物を引き抜いた。

 そこにあったのは、先端を鋭く尖らせた槍。そして、その刃の根本に巨大な斧を装備させた、古来に使われていた斧槍刃ハルバート。新紅は失われた記憶の断片を脳内で拾い集め、一瞬のうちにその断片を組み合わせた。斧槍刃、桃斧槍。自分が五神斬生誕事件こあくまたちのよるにおいて契約を結んだ五神斬。全てを破壊し、貫通し、切断する。どんな五神斬をも凌駕する、最強の五神斬。

「WUSUが持ってるってんなら・・・・・・」

その記憶を取り戻した新紅は、その口元を戦いへの悦びを表現すべく歪ませた。自分が求め続けた力、それを十二分に発散させるに足る破壊力を秘めた武器。

「ぶっ潰して取り返すまでよ!!」


 未久は端末に流れ出した放送の発信者が来琥だということをして、複雑な思いを抱いていた。向こうはこちらの顔が見えるわけではないが、それでも未久や未奈にとっては長い年月を置いての再会であった。来琥と未久、未奈が十年もの間別々に育っていったのは、親の問題がある。両親が離婚する際、父が自分たち娘二人を、母が来琥をもらって別れたからだ。しかし、父はWUSUへの工作員として潜入中に戦闘となり、そのまま戦死。母はそれを追ってか、その数年後に事故で亡くなっている。そんなわけで、親がいない自分たちはそれぞれがそれぞれの場所で育っていった。

 とりあえず、避難命令を出しておけば、まだアメリカ人の攻撃を受けてはいない人達を安全に避難させることができるだろう。だが、自分が表だって先導すれば、自分たちの存在がばれてしまうために、自分から動けないのが辛いところなのだが。未久や未奈に与えられているのは、WUSU兵を殲滅することであり、一般人の避難、護衛ではない。

 しかし、その放送をまじまじと見ているにも関わらず、全く動じない者達があちこちに見られた。それどころか、その放送を片手間に、世間話をしている者達がいる。ざわついている者がいないわけではない。それでも、そのざわつきには現実感が感じられない。さすがに未久は痺れ切らして、その放送を見ながらも笑っている男に向かって話しかけた。

「あの、逃げないんですか?」

何重にも連なるオブラートに包んだ言葉で話しかけたが、その要旨は、つまり早く逃げろという意味だ。だが、その男から帰ってきた答えは、未久には全くの予想外の答えだった。

「え? これも何かの催し物でしょう? いや~、最近のは凝ってますなぁ」

どうやら、この男のように笑っている者達(未久の視界内のほぼ全部)は、何かしらの学校側の催し物か何かだと思っている者がほとんどだった。WUSUの超能力者掃討作戦を知らないわけではないだろうに、何を悠長なことを言っているのだろうか。長年の平和ボケもここまでくれば、未久に言わせれば、ただのバカだ。

 男の答えに半ば絶句しながら、引きつった笑顔で後ずさりすることしか、その時の未久にはできなかった。だが、その引きつった笑顔も、遠くから聞こえた銃声によってすぐに真顔に戻す。銃声のした方を睨み付けると、WUSU兵がちょうど一人の超能力者を殺したところだった。しかし、それでも先ほどの男たちは、「見事な演出だ」などと賛辞と共に拍手を送っている。今のWUSUならば、一般人をも巻き込みかねない。何せ、核を撃ちこもうとすらしているのだ。そんなやつらが、「一般人は絶対に殺さない」などというプライドを持っているとはとても思えない。

「こちら明日未未久。WUSU兵を発見。排除を開始する」

カムフラージュ用のギターケースに紛れ込ませていた未久愛用のスナイパーライフルを取り出すと、すぐにその場から離れる。スナイパーは接近戦では甚だ不利なのは、周知の事実だ。その理由は、アサルトライフルやサブマシンガンといった中距離戦の銃のように連射もできなければ、近距離戦でのハンドガンのように発射時の低反動性や携帯性に乏しいところにある。銃弾自体は、元々遠距離から放つためにかなりの速さを持つ高威力のものであるが、それゆえに反動が大きい。平地で立った状態では、体への負担を無駄に大きくするだけであるのだ。

 未久が去った後、先ほどまで笑っていた男はWUSU兵の癪に障ったのか、眉間を銃弾で貫かれてあっさりとその命を失った。


 来琥と亜里去は、走りながら校内で暴れ始めているWUSU兵を探し回っていた。亜里去にとっては浜比良高校を探索するのは初めてであったために、来琥の後ろをついてくることしかできなかった。来琥は刃薔薇を、亜里去は鈴嵐を構えながら、校内を探索する。だが、その途中、外窓に映った光景に来琥は目を奪われた。

 浜比良高校の校門の前には、桃斧槍を持った男たち三人が浜比良高校を見上げていたからである。ここからでは人相を確認することはできないが、三人ともその体格は、同じWUSUにおいてもアメリカ人のそれとは一線を引くだけのものであることは、この距離からでも十分に確認することはできた。

「亜里去、あいつらを止めないと、面倒なことになりそうだぞ」

「全く、止めること自体面倒ね」

そう言いながら窓を開けると、片足を窓の淵に掛けながら、亜里去はそっぽを向きながら左手を出してきた。

「・・・・・・今回は特別に許してあげる」

来琥は亜里去が差し出したその手を握った。優しく、しかし、絶対に離さないように、強く。

「――行くよ!」

その一言と共に、亜里去と来琥は空中に飛び出した。亜里去が空中で空調操作機構を操作し、二人にかかる空気抵抗の量を増やすと同時に、下から上へと吹き上げる暴風を巻き起こす。それによって落下速度が極端に減少し、二人は何の不自由もなく地面に着地した。数十メートル先には、桃斧槍の三人が見える。ここまで近づいたことで、その人相が南米の人間のそれであると認識するまでそう時間は掛からなかった。

「亜里去」

「・・・・・・何よ」

来琥が亜里去に呟くように呼び掛けると、亜里去もまた、呟くように反応した。

「たとえ暴走しても、お前だけは傷つけない」

それは、対五神斬の前に来琥が言える、唯一つのことだった。亜里去に言葉を向けながら、来琥の目は、こちらに一歩ずつ歩み寄ってくる三人のWUSU兵に向けられていた。おそらく、あの中の一つは本物だろう。来琥が隠した桃斧槍を探り当てたということだろう。やはり、隠すだけでは駄目だったらしい。予想内の事象とはいえ、一か月も経たないうちに見つけられては、来琥の努力も無駄であったのだが、過ぎたことを悔やんでも、どうにもならない。今は、目の前の事を片付ける。

 相手との距離が二十メートルほどになったところで、来琥達の体に違和感が生じ始める。渦を巻き始める違和感は、男たちがその歩みを一歩進めるごとに大きくなっていく。だが、来琥も亜里去も、あの時と同じように暴走に呑みこまれるような失態を冒すつもりはなかった。暴走が体に与える負担は大きい。時にその精神を呑みこむほどに。だが、もし制御できれば、その精神だけでも、呑みこませずに戦うことができれば。数日前、暴走を制御するために訓練を行うなどと高をくくっていたが、そんなことをしている暇んど、本当はなかったのだ。向こうは本気で掛かってくる。例え一人が暴走しても、残る二人が上手くフォローに回るだろう。だが、こちらはそうもいかない。自分たちの力で、襲いくる巨大な力の波を受け止め、それを自分のものにする。簡単なことではないと分かっている。だが、それでも、今は。

「自分自身に勝つ・・・・・・それは、お前たちを凌駕することと、同義だぁっ!!!」

来琥を包み込んでいた違和感は、激しい吐息と保たれた理性と引き換えに消え去った。それは、隣にいた亜里去も同じだった。来琥と亜里去は、この時暴走の制御に成功したのである。

「暴走を制御するとはな・・・・・・こちらも、桃斧槍の力とやらを試させてもらおうか」

オリジナルを持つWUSU兵――アルナスは、不敵に口元に笑みを作って見せた。


 来琥達の戦闘が開始されたころ、対駕は自身の周囲に集まって来たWUSU兵を殺陣椿で両断していた。切っても切っても、次から次へとWUSU兵が押し寄せてくる。まず間違いなく、WUSUが狙っているのは殺陣椿――五神斬だろう。向こうがどれだけの戦力を用意しているのかは知らないが、向かってきただけ払い落とせばいい話だ。しかし、対駕は大きなハンデを背負わされていた。それは自身の超能力者としての能力である放電攻撃を行うことができない、という点にある。不用意に雷を放てば、無関係な者にも被害を与える可能性がある。殺陣椿だけで、全ての敵を一掃する。それがどれほどの苦行かは心得ている。だが、殺らねば殺られる、そんな当たり前な自然物理の法則に則って、対駕は殺陣椿を振う。

 幸いなことに、向こうは銃撃戦を挑んでくるものはいなかった。それはこちらが雷の能力によって味方もろともやられる可能性がある、と感じているからである。そう考えてくれているのは、対駕にとって非常に都合がよかった。

 ナイフで斬りかかってくるWUSU兵の斬撃を盾で受け止め、その状態で斬りかかってきたWUSU兵の腹部に、雷を纏わせた蹴りを食らわせる。放電はできずとも、この方法ならば確実にダメージを与えることができる。翳していた殺陣椿をそのままスライドさせる形で別のWUSU兵へと突き刺す。背後から斬りかかってきたWUSU兵へと刃を翳して受け止める。別方向から突進してきたWUSU兵を軽いステップでかわすと、左手に雷を纏わせる。背中を回転しながら左手で追いかけ、拳を突き刺す。そして、その回転を利用し、先ほどまで刃で応戦していたWUSU兵の腹部へと滑らせる。更にその回転の余力で、対駕の四時方向に位置していたWUSU兵に殺陣椿を袈裟懸けに振り下ろす。

「いい加減、俺には数で敵わないと悟ったらどうだ?」

対駕がWUSU兵に対して言えることはそれだけだった。傲慢だとは思わない。現に、WUSU兵達は未だ対駕にまともに触れる事すらできていないのだ。そして、それを相手にしている対駕自身、全く疲弊している感覚はなかった。だからこそ、きつい言い方ではあるが、撤退するよう諭したのだ。もちろん、それを聞き入れるかどうかは別だが。

 聞き入れるならそれでよし。聞き入れずに向かってくるなら、斬る。

 すでに周辺に一般人の姿はなかった。今なら使っても問題はないだろう。

 対駕は殺陣椿に雷を纏わせる。WUSU兵の一人が、それを阻止しようと対駕へと突っ込んできたが、殺陣椿の刃先を向けられてその動きを止める。その刃先を向けられたWUSU兵はなす術もなく、ゆっくりと後ずさりを始めた。対駕は、今一度WUSU兵へと言い放った。

「さあ、終わりにするか、続けるか!!」

よほどの忠誠心の上に戦っているのであろうWUSU兵達は、対駕が与えた二つの選択肢のうちの後者を選んだ。WUSU兵が数に任せて迫ってくる。

 来るならば仕方がない、と対駕は一度息を整えた。

 終わりにするか、続けるか。

 しかし、続けるというのは、それすなわち、向こうにとって最悪の形による終わりを意味するものだった。

「お前たちの行動は、終わりを選んだ、それだけだ」

対駕は、その刃先、そして、空いていた左手の指先から同時に雷を放った。二つの雷は、次々とWUSU兵の体を貫いていき、床に倒れる数を増やしていく。ちょうど駆けつけて、その光景を目の当たりにした援軍のWUSU兵も、対駕の鋭い目つきに恐れをなして逃げ出した。

 対駕を中心とした円状に、WUSU兵の死体が並んだ様を拝めたのは、それから数秒後のことである。


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