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20、浜比良祭、開催

 二週間ほどの準備期間を経て、浜比良祭はついに開催の日を迎えた。とは言っても、どうせ今日一日しか行わないので、閉会も今日のうちに行われるのだが。

 浜比良祭を前にして山積みになっていた来琥の仕事も、無事に終了し、今頃は奈美が、作ったケーキを販売しているだろう。各クラスの出し物、及び催し物は自由に決められる。ただ、商法の場合、学校側の審査で認められる質と値段が求められる。物を売り出す時、質が悪くては学校としての評判が落ちる。逆に高級品をふんだんに使って高額なものを提供することは、学校側が「品性に欠ける」の一言で切り捨てる。だから、安価な材料で質が高く、その上で利益がぎりぎり発生する程度の売値。それを決めるのは、全員が一番悩んだことだった。

「来琥君、あそこ行ってみようよ!!」

「あ、ああ・・・・・・」

来琥と実穂は、校内を歩き回って、各クラスの催し物を見て回っていた。それだけならば、別に何の問題もなかった。来琥の中で問題となっていたのはたった一つ。なぜか実穂が、来琥の左腕に自分の腕を回してきていたのだ。そこにどういう意図が隠されているのかは分からないが、来琥は敢えてそのことについては聞かないようにしよう、と一人勝手に決めていた。来琥と実穂の校内巡りは続き、一周して教室まで戻ってきたところで、ちょうど係りの交代の時間となり、来琥、実穂は店前に立って接客を始めた。元々一周してある程度遊び歩いた頃に順番になるような時間だったので、それを計算に入れての巡回だったのだが。

 店番をして十数分。予想の斜め上を行く売上にテンションを挙げ、奈美を始めとする調理グループが、追加分のケーキのデコレーションを行っている時、来琥は教室の人ごみの中に他の人とは明らかに雰囲気の違う人物がいることに気が付いた。見たことがある、あるいは会ったことがある人物ではない。その顔立ちが、来琥の脳裏で警報が掻き立てさせる。来琥は注文に来る客がいなくなったところで、来琥はすぐに隣にいた実穂に小声で伝えた。

「実穂。アメリカ人だ」

先日からずっと念を押されていたために来琥はすっかり、実穂への呼称を『針現』から『実穂』へと変更していた。その呼び方が、自分でも思っていた以上にしっくりと来たことに、来琥自身が驚いたことは、今日一日中感じていたことだ。

 実穂もどうやらその存在に気づいていたようで、無言のうちに首を縦に一回振った。しかし、それでもやってくる客への対応は欠かさない。頼まれた注文にそって、ケーキを低温ショーケースの中から取り出し、皿に乗せ、フォークをつけて客に渡す。客はそれを笑顔で受け取り、来琥や実穂もそれに対して笑顔で応対する。それでも、必ず二人のうちどちらかは、アメリカ人の方を捉えていた。相手にこちらの視線が気づかれないように、時折、話を織り交ぜながら、その存在を明確なものにしていく。

 時間が少しずつ過ぎる中、次の当番が来琥達のところにやってきた。それはつまり、来琥達に少なからず時間が与えられたということだ。実穂が監視、来琥がいつでも緊急事態の放送を流させられるように職員室にほど近い場所で待機することになった。


 実穂は来琥と別れた後、同じようにこの事態見越して潜伏させている二人に連絡を入れた。送り相手は未久と未奈。アリスは今、一個小隊で浜比良全体をを巡回警備している。ここまで用意周到なのは、二日前に対抗者達カウンターズ南部メキシコ支部から送られてきた情報が、そこにいた全員に少なからぬ衝撃を与えたからである。

 それは、今日、おそらく五神斬全てが揃っている場所という意味で、浜比良に大量のWUSU兵が送られ、それと同時に日本列島の二か所を同時に核兵器で殲滅する、というものだった。今、浜比良に集っている五神斬――刃薔薇、鈴嵐、殺陣椿、桃斧槍、桜鎚――を破壊するために、大量の歩兵を送り込む気なのだろう。何故、浜比良に核兵器を撃ちこまないのか、それはやはり、切り札となっているナルク兄弟が浜比良基地にいるというのが一番の大きな理由だろう。末っ子であるベイブが疑似型とはいえ桃斧槍を持っていたということは、残る二人のどちらか――おそらくは、階級的な面においてアルナスが持っている可能性が高いのだが――が、オリジナルの桃斧槍を持っている可能性がある。つまり、本命は数で攻め、元々の建前である『超能力者掃討』は、完全撤廃である核兵器によって行う。

 少なくとも今現在、アメリカの統治体制は一本の大きな柱を失って混乱の渦中にある。少なくともこれで、アメリカが中心となった軍を動かしていないということが証明された。南米は完全にWUSUを掌握しただろう。核兵器の所在も南米であることが分かっている以上、もう言い逃れはできないだろう。

 未久と未奈それぞれから了解という返事が返ってくる。任務とはいえはしゃいでいた二人は、これから浜比良校内の警備を個々に動いて強化するだろう。来琥にはまだ、未久や未奈が対抗者達カウンターズにいることは言っていない。だから、もし緊急事態である証拠の映像メモリなどが入手できた場合、未久、未奈からのものは実穂経由で来琥に送る必要がある。かなり面倒な作業ではあるが、一番確実な方法だった。

 実穂は端末を閉じると、再びアメリカ人に対する警備を人知れず再開した。


 対駕は、浜比良祭に顔を出していた。対駕自身は、アメリカ人が来ていることも、WUSUの作戦の存在も知らなかったが、それでも、目的があってここに来ていた。殺陣椿も、縮小させて隠し持っている。いざという時のために、持っておいて損はないだろう。

 過去に、対駕を身を挺して救った少女は、今この高校に通っている。それが何処にいるのかも把握している。だからこそ対駕は他者から怪しまれない程度の位置から、少女がいるであろう教室の近くで端末をいじっていた。

 だが、先ほどから妙な感覚がしていた。それは一瞬のうちに消えたのだが、体のどこかが言うことを利かなくなりそうな感覚がした。その正体が何なのかは分からない。だが、今のが極度に進行していれば、自分が我を失うほどに何か大きな力に呑みこまれてしまいそうになっていたことだけは明らかなことだった。

 そして対駕は、その少し後に妙な視線を感じていた。気配を故意に消しているのが感じられるが、それ以上に大きな感情を、対駕はどこからか受け止めていた。

 それは、明らかな殺気。他の者はどうなのかは分からないが、少なくとも自分に向けられているのは確かだった。

(また鈴嵐じゃなければいいがな・・・・・・)

そんな対駕の予測は間もなく、悪い意味で裏切られることとなることを、対駕自身は予測の範疇として考えてはいなかった。


 来琥は実穂と別れた後、とりあえず話かけられない程度に動き回り、職員室にほど近い場所で連絡を待った。連絡とそれに見合った証明写真があれば、緊急事態放送を行うことができる。だが、その担当をする教師が非常に頑固であるために、口だけでは幾ら言っても帰れ帰れと払われるだけだ。だからこその証拠写真。画像メモリは絶対的な証拠となるものの一つだ。また、合成写真であるかどうかは、画像を一度専用のスキャナかコンピュータ内の検証ソフトによって証明することができる。これによって、偽造写真であるかどうかも徹底的に調べられる。もちろん、そんな時間に余裕がある時点で、緊急事態なんてほざいている暇はないのでは、と思ったのは、来琥だけではないだろう。

 来琥は、周囲の警戒を行い、アメリカ人がいないかどうかを確かめていた。少なくとも来琥の周辺にそれらしい者はいない。来琥が職員室方面にゆっくり歩き出すのとほぼ時を同じくして、校内に銃声が響き渡った。先ほど実穂と回った出し物の中には、バーチャルによるシューティングゲームを行ったクラスがあったが、あれだってかなりの防音を施したものであるうえに、銃声も特殊なもので、一般に(といっても裏ルートだが)流通している銃の銃声とは聞き比べる必要もなく、その違いが顕著に表れている。

 直後、実穂から送られてきた画像メモリを開く。黒く光る銃口、その銃を握る、日本人とは到底思えない顔立ち。それは少なくとも遊戯の類ではないことが分かるだろう。

「先生、緊急事態放送の許可をください」

「証明物品がなければ許可は認められん」

相変わらず頑固なものだ、と思いながら来琥は端末に送られてきたメモリを見せた。はっきりと映っている銃身を見れば、さすがに信じるだろう。

「ふむ、証拠写真の検証を行う。五分ほど待て」

「五分!? そんな時間、待ってられません! 今すぐ許可を出してください!!」

「検証に出されて困るものなら、最初から見せるな」

「被害が拡大する前に、まだ何も知らない人に呼び掛けるためのでしょう!?」

「だぁから、確定的な証拠がなければ認められん。帰れ帰れ」

お決まりの台詞。こちらの話にまるで耳を貸そうとしない。こうしている間にも犠牲者が出ているかもしれないというのに。

「先生!!」

そう言ってこちらに走ってきたのは、一人の女生徒。同じクラスの者だった。その形相は、必死に死から逃れようとしているのが目に見えて分かっていた。その女生徒の呼び声に振り向いたその教師は、たいそう面倒くさそうな表情だった。

「銃を持ったアメリカの人が、いろんな人を殺し・・・・・・くはっ!!」

その瞬間、その女生徒は一発の銃声とうめき声と共に一瞬のうちに絶命した。間違いなく、銃弾は心臓を貫いていった。彼女の死を、無駄にするわけにはいかない。

「先生、早く許可を!」

「だっ、だから、しょ、証拠を・・・・・・」

完全にその教師は目の前の出来事に顔面蒼白になってしまっていた。目の前で起きたことが信じられないのか、もうパニック状態になってしまっている。来琥はその教師の襟元を掴んで、先ほどまでのような下手に出るような言葉の一切を翻した。

「目の前で死んでんだぞ!! 早く許可出せって言ってんだよ!!」

来琥の口調は、普段目上の者に対して使うそれではなくなっていた。ただひたすらに、自身の主張を押し通す。傲慢と言われようが、どんな処分を受けようが、被害をこれ以上広げないために、厳しい罰を代価にしても、この腑抜けた教師の顔面を一発くらいは殴りたかった。しかし、それは予想内の乱入によって阻止される。

「超能力者、確認!!」

WUSU兵、その手に握られているのは銃。おそらく、この後このWUSU兵は十中八九、こちらに銃弾を叩きこんでくる。来琥は掴んでいた襟を突き離し、自分は壁に隠れる。それと同時に銃弾が放たれ、紙一重で教師と来琥の間に銃弾が走る。教師の悲鳴と来琥の舌打ちが重なる。来琥の予想は正しかった。来琥はもうなりふり構っている暇はなかった。職員室に強引に押し入り、そのまま緊急事態放送室へと走る。緊急事態放送室に行くためには、職員室を通るほかない。放送に許可が必要なのはこのためだ。

 通常必要なことは学内専用の端末で配信されるのだが、それでは見たいときに見れる、逆を言えば、見たくない時は別にみる必要がなくなってしまう。その時のための緊急事態放送だ。その部屋からのみ、緊急通信という形で校内全ての端末に呼び掛けることができる。

「おい、明日未、何をして・・・・・・」

そんな制止の声を今の来琥が聞くはずもなかった。教師はこれだから信頼におけない。今の自分たちがどういう状況に陥っているのか、危機感が全くない。少なくとも職員室にいるこの教師たちは、先ほど来琥の目の前で起きた出来事を知らない。そして、先ほどの銃声が何を意味するのかさえ。

 来琥は緊急事態放送室のすぐ近くにいた教師の手首を捕まえると、放送室の指紋認証装置をそれでパスする。そして、緊急事態放送の設定を手元のキーボードで入力していく。来琥の指と目は忙しなく動き回っていた。そして、全ての端末へのアクセスが完了すると同時に、背後の扉が開く。そこにいたのはWUSU兵。すでに銃口はこちらを標準の中に収めている。放送室は広いわけではない。少なくとも、今の状態から場所を広く使って立ち回る、等ということはできない。

 ここまでか、と来琥が感じた時、WUSU兵は横合いからの刃に切り裂かれる。

「全く、ちょっと様子を見に来たらこれなんだから」

その後に愚痴を零しながら現れたのは、亜里去が現れた。

「心配してくれたのか?」

「し、心配なんかしてないわよ、ただちょっと気になってきただけよ!」

それはつまり心配ということだったんだろう、とこんな状況でなければ言っているだろうが、今は素直に感謝することにして、緊急事態放送システムの全てを立ち上げる。

「ありがとな、亜里去」

来琥は一度、そう呟くと、校内の全端末へ向かって画面を表示させた。

「浜比良高校内にいる、全ての皆様に報告させていただきます」

ついに、緊急事態放送は開始された。


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