2、手がかり
来琥と亜里去が出会った次の日、来琥は亜里去に呼び出された。周囲には誰もいなかった。いや、人気のない場所を選んで呼び出されたのであろう。亜里去は人気のないと分かっていながらも、周辺を警戒していた。
「昨日私が追っていたあの女。名前は木嶋相子」
「何者だ?」
来琥の当然ともいえる一瞬のうちに出てきた質問にも、亜里去は戸惑うことなく答えた。
「殺陣椿の所有者の部下の一人よ。今私が殺陣椿に関してもっている唯一の情報」
実のところ、来琥には「それしか情報がないのか」と非難や罵倒は許されなかった。相手が気の強い亜里去だからだけではなく、来琥自身も、他の五神斬の情報を何一つ掴んではいなかった。つまり、来琥の目的を達成するための情報を掴むまでは、亜里去に協力する体勢を取るしかないということだろう。
「そいつはどこにいる?」
「本当はこっちが追い詰めたいけど、向こうもこっちを追ってきてるから正確な位置情報は掴めてないわ」
亜里去は尚も周囲に気を払いながら話を続けていた。
「で、なんであんたはその・・・・・・私に協力するわけ?」
「は? なんでって・・・・・・」
急すぎる話の別方向展開に頭がついていかなかったのは、来琥自身もそれを聞いていた亜里去にも分かっていたことだった。
「目的が少なからず一致しているんだ。少しでも互いを守れればいいだろ・・・・・・」
「なっ・・・・・・別に感謝なんかはしてないからね」
「感謝してほしいとも思ってねぇよ」
もし、第三者がこの二人のこの部分だけの会話を聞いたら、誰もがこう思っただろう。
なんだこのツンデレカップルは、と。
しかし、そんなことを互いに思っているはずもなく、短い沈黙の後、亜里去がどうにか気を必死に紛らわすかのように脱線した話題という名の列車を再び線路へと引き戻した。
「たっ・・・・・・殺陣椿に関する情報提供者と接触を計画しているわ。場所は浜比良養殖漁場倉庫跡地。・・・・・・よくまぁこんな跡地が残っているものね」
人は新しい物を求める。それと同時に、古いものにも愛着、執着を持つ。これがその人間心理の一つとも言えるのだが、残すにしても、もっと古くからの、世界遺産に登録されているような建築物を残すべきだろう。とはいっても、数百年のうちに世界中のあちこちで起こった巨大地震によって、本当に古くからの遺産レベルの建築物はほとんど残ってはいないのだが。
「とりあえず、そこに行けば殺陣椿の情報が手に入るんだな?」
「まぁ、そういうことね」
亜里去が腕を組んだままで来琥の確認を肯定する。弱くはあるが、風が辺りに吹き付けた。
一週間後、亜里去が提示した情報提供者が指示した日時。浜比良養殖漁場跡地。さすがに数世紀前から行われているだけに海からの距離はかなり近い。潮の香りが鼻腔をくすぐる。来琥は海にいったことがないわけではなかったが、潮の香りを嗅覚に感じたのは久々のことだった。地球温暖化による海面上昇に対応すべく行われた地球重力外への放水により、実際に放水された海域の魚介類は、別の海域への移動を余儀なくされた。そうして移動した先で、新しい環境に体がついていかずに死んでしまうという問題が起こった。そこで世界各国で注目されたのが養殖だ。すでに養殖漁業のシェアは高く、むしろ天然のものは高級品とされてきていた。そうした漁業事業によって、養殖も精密さと効率性が求められるようになっていた。早い話が、人は絶対的なボーダーラインを無意識のうちに欲していたということだ。
技術を求めるに当たり、旧世代の養殖では割に合わなくなってしまったために、旧世代の養殖漁場は次々と閉鎖していった。そのうちの一つがここ、浜比良養殖漁場だ。
漁場跡地の正面扉から、来琥と亜里去はゆっくりと入っていった。複数の気配はあった。だが、人の気配は一つだ。情報提供者のそれか、それとも。
「あなたたちが、私が持つ情報が欲しい人達?」
現れたのは、一人の少女。年齢は来琥たちよりもずっと下だ。強いて言えば中学生。だが、小学生と言っても何の違和感もない、むしろその方が合っている。肩よりも長いローズピンクの髪が、古くなった養殖場の壁穴から吹き抜ける隙間風で揺れる。こんな子が、殺陣椿に関する情報を持っているのだろうか。
「そうだ」
「じゃあ、まずはその権限があるかどうか、証明してみてね」
少女がそう言いながら口元に笑みをこぼすと、少女の近くにあったコンテナから人がコンテナを突き破って現れた。数は十。いかにも古風なスパイを思わせる黒いタキシードにサングラス。短く刈りそろえられた頭。全員がまったく同じ服装、体型だ。
「来琥! この男たち、全員サポロイドよ! 手加減はいらないからね!」
「了解!!」
サポロイドは、言ってみれば家庭において家事の手伝いを行う命令を受けた上でそれに沿って自律神経によって動くプログラムを組み込んだサポートアンドロイドとして数十年前に開発されたロボットである。男性の外観の執事タイプ、女性の外観のメイドタイプの二つがある。その数十年前に開発されたロボットのプログラムを独自に書き換えて戦闘用にしたのが、ここ最近裏ルートで流通しているのである。
「横から回る!!」
「勝手にしなさい!」
来琥は自身の自慢の一つである足の速さを利用して亜里去の左方へと常人以上の足の回転によって走り出す。来琥が横に回り込もうと走っている間に、亜里去が右手に握っている鈴嵐を構え、自分たちの右方へと走り出した来琥に気の取られた一瞬の隙をついて振り抜く。鈴嵐に備えられている空調操作機構によって、振り抜いた部分を中心に空気が裂かれ、真空の刃が走る。それはもちろんサポロイドを射線上に捉えていたが、それと同時に、奥の方で高見の見物のようにこの戦闘を見始めた少女に標準を合わせての攻撃だった。
殺陣椿に関する情報を持っている時点で裏の顔があることが明確ではあるが、サポロイドを十体も持つほどの資金力を持っているこの少女が、どれほどの力を持っているのかを知るために。
しかし、亜里去のそんな思惑は、その少女の前で阻まれた。
「なっ!?」
真空刃によって亜里去の思うがままに掻き乱されていた空調が強制的に止められ、すぐに隙間風の一部となった。
「まさかこいつ・・・・・・」
少女は真空刃を霧散させたときには全く動かなかった。強いていえば、自身に真空刃が向かって来たときに、こちらの攻撃を見て僅かに口元を歪ませたことだろう。
苦痛そうに歪めたのではない。戦いを楽しむかのように、笑いに口元を歪めたのである。
「超能力者!?」
そんな亜里去の言葉を来琥は聞き取ることができなかったが、その間にもサポロイドの数を次々と減らしていた。サポロイドの電脳部分は人間の大脳部分と同じ場所に置かれている。人間になるべく近づけるために行われた措置が、ある意味裏目に出たといってもいいだろう。来琥はサポロイドと距離をおきながら、刃薔薇を銃形態にし、開いた刃の中に光る銃口から銃弾を放ち、サポロイドの頭部を貫かせる。元々、来琥は射撃能力が高いわけではないが、一定の訓練を刃薔薇を持つときに行ったために、積極的な回避行動を行わない対象に対しての標的の狙い撃ちは難しい話ではなかった。
「亜理去!」
来琥はなぜか呆然としている亜理去の名前を叫んだ。それを呼ばれた本人はぶっきらぼうに返す。
「気安く名前を呼ぶな!」
「お前もな!!」
それに対し、来琥も同様にぶっきらぼうに言い返し、刃薔薇を握り直した。亜里去がサポロイドの体勢を崩させようと空調操作機構で来琥が飛びのいた直後に暴風を巻き起こす。しかし、サポロイドらは足裏の接地部固定機能によって吹き飛ばされずに踏ん張りを見せた。風が止むと同時に、来琥の刃薔薇の銃声が二度跳ねる。その銃弾もサポロイドの電脳部分を貫通する。ここまでで残ったサポロイドは三体。来琥はこちらに接近してきたサポロイドの一体を側面への回避で受け流し、その目の前にいたサポロイドの足を勢いに任せて斬りぬく。体勢を崩したサポロイドはそのまま地面に張り付いたように再び動きだすことはなかった。
直後、来琥を暴風が襲う。刃薔薇を床に突き刺し、その場で耐える。体勢を崩して吹き飛ばされることこそなかったものの、完全に攻撃を中断された来琥は、暴風の発生源――正確には、暴風の発生者――の方を振り向いて声を荒げた。
「何すんだ!」
「アンタが邪魔なんでしょーがっ!!」
そう言いながら亜理去は再び暴風を巻き起こす。来琥は飛びのいて暴風の発生圏内から脱すると、その暴風に体勢を崩したサポロイドへと銃弾を放つ。サポロイド等が暴風によって体勢を崩したあとにも関わらず、その銃弾を回避すると、来琥と亜理去それぞれに一体ずつ向かってくる。
「そっちは任せた!」
「言われなくても!!」
亜理去が目の前のサポロイドに向かって横薙ぎに鈴嵐を振るい、真空刃を発生させ、サポロイドを腹部から両断する。
来琥は向かってきたサポロイドの拳をかわすと、背面から刃薔薇を突き刺した。突き刺した刃薔薇を強制的に銃形態に変形させ、その刃を開く。より一層大きくなった穴により、サポロイドの動きは完全に止まった。
「これで証明はできたんじゃないか?」
「全く、手間かけさせてくれるわ」
戦闘型のサポロイドを全て破壊した二人がそれぞれに愚痴をこぼしていたが、少女にはそのことに対して何か反応する必要はなかった。だが、先ほど自分が『証明しろ』と言った以上、こちらから話題を振らざるを得ないのだろう。
「君たち二人って・・・・・・ほんとツンデレだね」
「なっ・・・・・・!!」
「俺のどこがツンデレだ!!」
「ぷっ・・・・・・ハモッってる・・・・・・」
自分たちで知覚したのと、少女に指摘されたことにより、その事実を知った二人は互いに焦りで顔を赤くして背中を向けあった。
「で? お前が持ってるという情報は?」
「それを得るためには、二人の能力がそれぞれ必要になる」
「俺たちの?」
少年の返答に、少女は首を縦に振って応えた。
「殺陣椿と何の関係もない男が、最近頻繁に殺陣椿に接触しているっていうのが、私の情報。この男を捕まえて、殺陣椿への接触理由を君の力で」
そう言いながら少女の目線は少年へと向けられていた。過去を見ることのできる能力。そして、もう一つ、未来を見るための能力。
「そして、君の力でその情報によってこの先起こり得ることを予測してほしいの」
情報を得るために、それぞれの力が必要になるとは、この二人は思いもしなかったのかもしれない。ただ、接触理由はまだいいかもしれない。問題はこの先、その情報をもとに何が起こるかだ。大したことでなければいいのだが、殺陣椿と何の接点もなかったはずの者が動いている時点で、そう簡単に収集がつくとも思えない。
「そういえば、まだ名前を聞いてないわね。私たちのことは知ってるようだし、不公平だと思わない?」
それを言われて少女は、自分がまだ目の前の二人に自己紹介をしていないことに気がついた。
「そっか・・・・・・じゃ、カナって呼んで」
「フルネームじゃないのか・・・・・・?」
少年がぼそりと呟いた言葉を全く耳に入れずにカナは続けた。
「さっき話に出てきたその男の持つ情報は私も欲しいから、二人についていくから、よろしく」
そう言ってカナはその顔に笑みを浮かべてみせた。
「ラッコ、この間はごめんねぇ。急に熱が出ちゃって」
自宅から姿を現した奈美がそう謝罪して来琥の横についた。
「いや、気にしてない。風邪なんて誰でもひく」
来琥はその謝罪を何の濁りもなく受け止め、僅かに笑みを見せた。周囲の通行人も、横にいる奈美も、今こうして高校生として学校への道を歩いている自分も、何の変哲もない人間だ。それがなぜか幸せなことのように思えていた。先日の木嶋相子との戦闘、カナとの接触もそう思わせる要因であったのだが。
そんな安らぎを感じていた来琥は、通行人の一人に一つの気配を感じた。自分が知っている者の気配。一人の男の気配。来琥はその気配を感じ、その顔を確認した瞬間、体中を悪寒が走った。自身が戦っているその意味を叩きつけられた時の感覚に、それは似ていた。
「どうしたの、ラッコ?」
「・・・・・・いや、何でもない」
来琥とその男の視線が交わる。交わっていた時間は一秒にも満たなかった。来琥は奈美に何かを悟られまいとして。男は何も変えることのできていない来琥を嘲笑わんとして。互いにすぐに目を逸らした。




