18、悲劇の予兆
浜比良祭まで、後五日。日曜日も姿を現さなかった実穂は、月曜日になってようやくその姿を見せた。サボったわけではないだろうが、休日二日を潰すほどに忙しい用事は、やはり大きな事象によってとしか思えなかった。
「奈美ちゃん、ごめんね~。私の分までやってもらったみたいで」
「全然大丈夫だよ。みんなも手伝ってくれたし」
手を合わせて頭を下げる実穂に対し、奈美が笑顔で返す。その笑顔には、一切裏表がない。素でそう思っているところが、奈美らしいところだと、来琥はよく知っていた。
「そっか。じゃあ放課後は皆に謝っとかないとね」
実際、皆が手伝ったというのは嘘ではない。そこにいた誰もが、自分の仕事を少し増やした感覚で行っていたために、そこまで重荷にはなっていなかった。それにしても呑気なやつらだな、と埒もないことをその時は思った。裏では五神斬同士での戦いが行われ、表面であっても、WUSUによる超能力者掃討作戦、最近には日米首相、大統領が死んだというニュースが入ったのだ。それなのに、ここまで緊張感をなくすことができるものなんだな、と無駄なところで感心していた。
「気にする必要はないさ、皆好きでやってるしな」
実穂に向かって、来琥はその言葉と共に微笑みを見せた。
その日の放課後、ノルマを終えて、鍵が開いている家に戻ってきた来琥は、見慣れた三つの靴と、まだ見慣れない靴を一つ確認してから靴を脱ぎ、リビングに足を運んだ。案の状、亜里去、カナ、実、価帆の四人が、それぞれソファに座って来琥の帰りを待ちわびていた。もちろん、来琥が座れる場所はない。全員がようやく来たかという顔をしているために、座れる場所がないことに余計に腹立たしくなった。
「まったく、どんだけ遅くなってるのよ!」
「ここは俺の家なんだが・・・・・・」
「遅れたアンタが悪い!」
人ん家に勝手に上がっている上にソファを四人掛かりで占領しているやつらに言われる筋合いはない、と反論したかったのは山々だったが、口にする直前、それは焼石に水と同じことだと来琥は気づき、反論をやめた。
「で? 人の家に上り込んでまでの話ってのはなんだ?」
どうやら、話はまだ行われていないらしく、来琥が来てから全員が聞くことになっていたらしい。確かにそれなら遅れた自分が悪いような気がしないでもないが、元々自分の家であり、今日集まって話をするなどということは全く聞かされていなかったということもあり、やはり一概に自分が悪いということにもできない。などということを口で説明しても絶対亜里去辺りに途中で遮られそうな気がしたので、やはり反論することは諦める他なかった。来琥が(仕方なく)床に座ったところで、カナがその口を開いた。
「私がWUSUの軍需産業を知り合いに持つ設計工学者に聞いた情報なんだけど・・・・・・」
カナにしては珍しくもったいぶった言い方だ。それほどまでに重要な事柄なのだろうか。
「WUSUは今、南米において核兵器の発射準備を完了させようとしているらしいの」
その言葉に凍りついたのは、来琥だけではなかった。
二世紀以上も前に完全撤廃させた核兵器を再び作り出した。完全撤廃を完了させても、結局設計図か何かを残して、非常時に使えるようにしたかったのだろう。核保有国の中でも先陣切って核兵器を完全撤廃したWUSUが、再び核兵器を開発してまで打ち滅ぼしたい国。
「それで、日本を狙い撃つ気か?」
実の推測に、カナは首を縦に振って肯定した。
「けど、それを知ったところで、私たちがどうこうできる問題じゃない。南米よ? 日本人である私たちが、入国を許されるはずがないわ」
亜里去の意見はもっともだ。日本人というだけで、今は敵対国ということで、日本側の空港が許さないだろう。
「だから今回、その任務はある組織に依頼することにした」
「組織・・・・・・?」
来琥がそう呟きを漏らしたのにちらとカナが視線を送った後、その組織名称を告げた。
「反WUSU組織、終間帝率いる、対抗者達」
「終間帝!?」
「対抗者達!?」
指導者の名前に来琥が、組織名称に価帆が過敏に反応した。実は声を挙げなかったが、価帆同様、対抗者達の方に反応を示していたのは、誰の目にも明らかなことだった。亜里去は、自分一人が置いて行かれているような錯覚に陥ったのか、不機嫌そうな顔をして来琥を見ていた。
「みんな、心当たりはあるみたいだね」
カナの言葉に対し、実は、その部屋にいる者がかろうじて聞こえるような声で、口から言葉を漏らした。
「対抗者達は、五神斬を開発した組織だ」
その言葉に、来琥の記憶がフラッシュバックされ、一つの事実が一気に繋がった。
三年前、帝から告げられた未来。奈美の死。それを妨げるために、五神斬を破壊するように指示された。その五神斬のうちの一つ、刃薔薇を帝が持っていたのは、帝が開発組織に所属していたから。刃薔薇を持ち続けながら契約が行われたなかったのは、帝自身が超能力者ではないこと、そして、帝の方が契約を拒否したというのがあった。
しかし、来琥の中で別の疑問がそこで生まれた。自分で生み出しておきながら、五神斬を何故わざわざ破壊させようとしたのだろうg¥か。五神斬の暴走を恐れてのことなら、そもそも作る必要などなかったはずなのだ。しかし、その疑問は、すぐに晴れた。帝が所属する組織、反WUSU組織。つまり、五神斬は対WUSUのために作られた可能性がある。そして、五神斬の模倣品が現れ、それがWUSUの手元に渡ったとした場合・・・・・・。
――この世界にある全ての五神斬を壊すんだ。
それはつまり、性能は異なれど、五神斬と形容して問題のないものは全て破壊しなければならない、ということだ。それは、オリジナル、模倣品の差別なく、ということだろう。つまり。自分は帝に、対抗者達にとっては、五神斬が流用された時のための保険ということになっているのだろう。全ての五神斬を破壊するにあたって、オリジナルを標的にする可能性も、場合によっては自分たちに刃が向けられるリスクを背負ってでも尚、わざわざ刃薔薇を渡した。もしかしたら、WUSUが超能力者の掃討作戦を行うことも見越していたのかもしれない。五神斬の存在を知ったWUSUが、『超能力者』の名目において五神斬を追い詰めるつもりであったことも。
一体、帝たちは、何処までの真実を知っているのであろうか。
放課後、実穂は以前までと違い、WUSUの基地ではなく、対抗者達の基地の方へと足を運んだ。基地内では、すでにいつものメンバーがそろっていた。ただ一人を除いて。
「アリスは?」
「そろそろ起きてくると思うけどね。かなり疲れてたみたいだし」
どうやら、アリスを拒絶しているような雰囲気はなさそうで、実穂はほっとした。まだアリスと未久、未奈はまともな自己紹介をしていない。元WUSUの人間とはいえ、今は仲間としての扱いを受けるのだ。自己紹介くらいは、早いうちに行った方がいいだろう。
その時、ちょうどアリスが寝ていた部屋のドアが開いた。開いたドアの先にいたアリスは、少なくとも寝起きとは思えない清潔に決められた格好で出てきた。その姿に、未奈が噴出しそうになっていたが、未久に背中を抓られて阻止されていた。
「そんなに固くならなくても大丈夫だよ。ここの人、元WUSUだからって拒絶したりしないから」
「あ・・・・・・はい」
「それと、敬語も禁止。実穂と同い年ってことは、私とも同い年なんだから、固いことはなしってことで、ね?」
「うん、ありがとう」
WUSU時代の名残なのか、きびきびしすぎていた自分の行動が恥ずかしくなったのか、アリスは赤面して下を向いてしまっていたが、その顔は微かに笑っていた。
「あ、自己紹介がまだだったね」
その未久の言葉に、はっとして顔を挙げたアリスは思わず敬礼しながら自己紹介を始めた。
「あ、えっと、アリス・ハイリアでありますっ!!」
「だぁから、敬語禁止だってばぁ」
「あ、え・・・・・・あ!」
先程言われたばかりの禁止事項にいきなり触れてしまったアリスは、またも頬を赤らめるしかなかった。クスクスと笑う未奈と実穂に挟まれて、未久が自己紹介を始めた。
「私は明日未未久。今十六歳」
「あ、私は明日未未奈。未久姉ちゃんの妹で、十五歳です」
「え、明日未・・・・・・?」
未奈が自分たちに接するように敬語を使っていることは横においておくとして、この姉妹の名字に動揺してしまうのも無理はないだろう。彼女らは、明日未来琥の兄弟にあたる者達なのだ。もっとも、来琥の方がこのことを覚えているのかどうかは分からないが。
未久は来琥と双子、大して未奈は年子として生まれた。未久は、来琥と双子でも自分の方が精神的にも大人であるから姉だと言い張るのだが、実際、先に外界の空気に触れたのは来琥の方が先らしい。そのことは、何故か当時は生まれていないはずの未奈から聞いた話であるが。
「来琥とは会ってるの?」
アリスのその質問から、話題はここにいない来琥のそれへと変わっていった。
「もう十年近く会ってないからなぁ、元気にしてるのかなぁ」
「ちゃんと高校生してるよ」
その質問には実穂が答えた。さすがに、放課後に同じ道を歩いているとか、クラスが同じでよく会話をするとかまで言えば、また、面倒なことになるだろうから、そこまで触れる気はない。
そこまで来て、「高校といえば」、と未久が思いついたように話を新たな方向へと斬りこみだした。
「実穂、WUSUに潜伏してる間に高校行ってたんでしょ?」
「いや、今も行ってるけどさ」
ささやかなツッコミは、当たり前のようにスルーされて、次なる言葉を発せられた。
「好きな人はできた?」
「でっ、できてるわけないでしょっ!」
実穂は、突然振られた自分への質問に、言葉の出始めを噛んでしまっていた。そして、その動揺の出所を直感とはいえ、きっぱりと言い切ってきた。
「もしかして、来琥だったりする?」
「なっ、なな、そ、そんなわけ・・・・・・ない、でしょっ!!」
自分が予想以上に赤面し、予想以上に噛みまくり、予想以上に顔が熱くなってしまったことに、実穂はさらに動揺してしまい、もうなにがなんだが分からなくなってしまっていた。
明日未姉妹がそんな実穂を見て(分かりやすいなー)と全く同じことを思っていたことを、実穂は知りようもなかった。
WUSUの基地では、すでに実穂やアリスのことなどはほとんど触れられず次なる作戦の実行を計画していた。今現在基地をおいているここ、浜比良を一気に攻め立て、それとほぼ同時に、北海道方面、九州方面の二つを核兵器によって爆撃することで、有無を言わさず殲滅する作戦だった。この作戦の実行のために、北海道と、九州方面の県に潜んでいるWUSU構成員がこの浜比良に集約される。偶然なことに浜比良に集結している刃薔薇、鈴嵐、殺陣椿、そして桜鎚。今度こそこれらの五神斬を破壊し、WUSUがこの世界において最強であることを証明する必要がある。それは、南米を中心にして決定したことだった。いや、むしろ南米諸国の独断だったと言っても過言ではなかった。仮にもカナダや中米にも、意見する権利はあったはずだが、南米諸国はこれを圧倒的な軍事力を盾に制した。クラウト大統領を失ったことで、WUSUの主導権は、ほぼ完璧に、南米が握っていた。
「して、作戦の実行はこの日で間違いないな?」
「問題ない。それまでには、各基地のWUSU兵も集まってくるだろう」
「では、作戦決行を、五日後とし、各自準備を始める。各員に通達!」
「はっ!」
そう言って、基地内部指揮の者がミーティングルームを敬礼の後に出ていき、浜比良のWUSU兵全員にそれが知れ渡ることとなった。
来琥も亜里去もカナも実も価帆も、実穂もアリスも未久も未奈も。多くの情報を持っているカナを持ってしても、反WUSU組織であるということを持ってしても、ある事実に気づくことは、できるはずがなかった。
WUSUが計画している三か所同時攻撃の日が、ちょうど浜比良祭と同じ日に行われるということを。その日の攻撃によって、自分たちが今まで築き上げてきた日常が酷く脆く崩れていってしまうということを。裏と表が、その日、混ざり切ってしまうことを。ある少年が、その日に人生のうち、最大の絶望を味わうことになってしまうことを。
作戦の実行まで、浜比良祭の開催まで、あと、五日。