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15、続く波乱

 九月四日。八月一日から三十一日までの一か月という夏休みを経て、始業式が執り行われた。夏休みの間、何度かWUSUの攻撃を受けたものの、それ以上のことが無かっただけましだろう。去年までと比べれば波乱の一か月だったが、夏休み前と比べれば、随分平穏な夏休みだったと言えるだろう。ただ、それでも気の休まる時はなく、常に敵の有無を警戒しながらだったために、お世辞にも羽根を心置きなく伸ばすことができた一か月とは言えなかった。

 殺陣椿との戦闘によって電流を諸に受けた亜里去は、体の各部の感覚器官の完全修復のために、来琥達が夏休みの間、入院していた。見舞いには、毎日カナが行ったということは、後から聞いた話だ。電気ショックによる感覚器官の麻痺は一時的なものであるとはいえ、中には後遺症が残るケースもある。浴びたのが超高圧電流であれば、さすがに亜里去もどうにもならなかったのかもしれないが、幸いなことに電流が流れたのは一度、それもそこまで大きくないことが、一時的な感覚麻痺だけに症状を留めたのだろう。

 連絡が取れなかった実は、夏休み前半には連絡が取れるようになり、再会も果たした。しかし、その表情は決していいものとは言えず、目的は達成できなかった、とだけ呟いて、帰ってしまった。実の隣にいた幼い女の子のことを聞こうとも思ったが、とてもそんな様子ではなかった。背を向けて少女と帰っていく実は、その姿勢こそいつもと変わらぬピンとしたものだったが、疲労と落胆の色が、その垂れ下がった頭からよく分かった。

 そして、来琥は新紅との契約を切断した桃斧槍を、夏休みを利用して県外の山まで持っていき、そこに埋め込んだ。五神斬の暴走を防ぐためには、まず五神斬そのものを近づけないようにしなければならない。桃斧槍が離れることで、暴走の可能性は一気に減るだろう。本当は破壊したいのだが、少なくとも民間企業に持って行っても軍事施設に持ち込んでも、取り上げるなり通報されるのがオチだ。だが、同じ五神斬の刃薔薇だからと言って、五神斬を物理的に壊すことはできない。破壊するには内部の分解プログラムを入力しなければならないのだが、来琥はそのプログラムを知らない。だからこそ、隠す以外に方法がなかった。


 二週間後に迫った浜比良高等学校学園祭、通称浜比良祭の準備に、始業式の日の放課後から生徒達は忙しくなった。高校生としての学園祭、というのは来琥達には初めてのことであるために、中学の時との規模は全く違うものなのだろうと予測こそしていたが、さすがに違った。中学では、各部門に生徒を分け、その中で班分けを行って作業分担するのだが、やはりその中で怠けるものはいた。もっとも、その部門分けの際から、各生徒の適性を考慮――といっても、決定は機械が行っている――して割り振られたものなのだが。

 しかし、浜比良祭では、必ず生徒一人一人に、放課後の時間をことごとく潰していく仕事の表が張られている。事情なしで何か一つでもサボリ、手抜きがあった場合は、問答無用で全教科の点数をマイナス八十点。つまり、不真面目な態度はそのまま留年への道を進むということだ。

「ラッコー、これ持ってー」

奈美が重そうにしている箱を来琥が支え、そのまま自分だけの荷物にする。この学校では、適性こそ機械が判断するが、人間関係なども考慮されている。誰との仲が良いのか悪いのか、その上で適性に合うのか。適性と友好関係、どちらかが欠けるのは誰にも心地よい気はしないだろう。

「あ、来琥君、これお願い」

来琥の姿を見つけた実穂が来琥の持っていた箱を見てその上に箱を重ねる、それによって、来琥の前方の視界は完全に箱で塞がれた。

「明日未、俺のも」

「あ、私のもお願い」

次々と持ち寄られる荷物を一挙に運べるわけがない。

「俺は運び屋じゃねーよ!!」

そう叫んで、遮られた視界のままに逃げ去るしかできなかった。


 亜里去の視界は暗く閉ざされていた。意識がないわけではない。感覚器官を遮断することで、治療を行っているためだ。今の亜里去には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感は全て閉ざされている。見ることも聞くことも嗅ぐことも食べることも触ることもできない。正確には、それら全ては行うことはできるが、脳に情報が送られてこない。だから実際、他の人から見れば、目も開けているが、実際は見えない、というわけだ。食べ物は全て、胃へ直接流入している。

 そうした治療の中、亜里去はずっと自分の敗北を悔いていた。あの時、誰かに目の前を遮られた時、自分が守られてしまうほどに弱いのだと悟った。これでは鈴嵐を手にした意味がない。元々、自分が死にたくないからとあの時鈴嵐を握り、なんの対策もできないまま運命を受け入れるしかなかった。だが、今は違う。運命を変えることはできる。殺陣椿を壊せば、暴走を止めることもできるかもしれないのだ。そうなれば、来琥の目的も少なからず達成することができるのだ。

 そこまで考えたところで、亜里去ははっとした。

 ――なんで、あいつのこと・・・・・・。あんなやつ・・・・・・。

 赤面した亜里去の周りに誰もいなかったのは、不幸中の幸いであったことは、言うまでもなかった。


 来琥達が夏休み明け初の授業に参加している間、日本首相官邸では、日米首相の対談が行われていた。日本現首相、岡本牧夫と米大統領、ナイク・クラウト。WUSUの代表として厳重な警備の中で行われた対談のプログラムの内容は、やはりWUSUが日本に行っている超能力者掃討作戦だ。岡本首相はこれを厳しく言及したが、クラウト大統領は、それに対して、軍事力を対等にするために必要不可欠、避けては通れない事項だと反論した。世界中の国を見ても、日本の超能力者の数は異常だ。軍隊を持たないという五百年近く前の日本国憲法第九条に関する事項を変更してないゆえに、政府は屁理屈を通して超能力者を大量に生産したのだ。国家戦力としてではなく、一人一人の人間としての成長、等と綺麗後を吐きながら。

 対談はそうした内容で時間一杯まで行われた。それだけなら、そこまで人々の記憶には残らなかったかもしれない。問題は、対談直後、岡本首相を含めた首相官邸の者達による見送りの時だ。両者が堅い握手を交わし、クラウト大統領の手が岡本首相の手から離れた時。

 クラウト大統領の眉間を銃弾が貫き、クラウト大統領の体がその衝撃の勢いで地面に倒されると同時に、辺りに銃声が響いた。クラウト大統領は即死だった。すぐに周辺にいたWUSUの護衛兵が周囲の警戒とクラウトの生死を確認したが、意味はなかった。

 そして、クラウト大統領の抹殺を目の前で見た岡本首相は、その事態に衝撃が走り、泡を吹いて倒れた。すぐに病院へと搬送されたが、ショックによる心肺停止状態となり、それから小一時間で、死亡が確認された。ショック死でもおかしくはない。数分前まで対立姿勢とはいえ言葉をかわし、数秒前にはその手を握り合った者が、一瞬のうちに、呆気なく死んだのだ。画面越しの紛争やデモの映像でもなく、映画やドラマでもなく、現実として、目の前で人が、寿命や病気ではなく、殺害という形で死んだ。そのことは、岡本首相には、かつてない経験だったということだ。本人は元々心臓が弱かったというのも、一つの原因と考えられたのだが。

 日米のトップが、それぞれ違う形とはいえ死亡したニュースは、日本、WUSUに限らず、全世界中を震撼させた。しかも、クラウト大統領に至っては眉間を貫かれて銃殺されたのだ。日本政府は全力を挙げて犯人の捜索を開始したが、普通に考えれば見つかるはずがない。今、日本中には、銃を持ったWUSUの構成員があちこちで超能力者を探し回っているのだ。考えられる容疑者は、百人、千人単位では数えきれないだろう。軍事関係者は、当時の状況を整理した結果、相手は超長距離射撃によって大統領を殺したという見解を提示したが、それだけではどうにもなるはずもなかった。


 今日分の作業を終えて帰路についた来琥、奈美、実穂の三人は帰路についていた。結局、来琥はその後も三往復ほどして全ての荷物を運び終え、その後もどうにか時間ぎりぎりで今日のノルマは達成させた。全部運ぶ時点で、お人好しが過ぎると思われるかもしれないが、逆に言えばあの状況で拒否してしまえば恐ろしく気まずく、そして除け者にされるような空気だったことは間違いなかった。さすがに除け者は考えすぎだろうが、悪い意味で一目置かれる可能性はあった。

「俺、このままパシリの座に就く気は絶対にないからな」

帰り道でのその一言に、奈美も実穂も堪えていたのであろう笑いを吐き出した。特に実穂の笑いは酷かった。大声で笑われたら、こっちだってどう接していいか迷ってしまう。奈美こそ、形容するならクスクスという世間一般でかわいいという部類に入るのであろう笑いだというのに。

「まぁ、私たちもなるべく自分たちで頑張るから」

実穂がようやく収まった笑いの後に続けた言葉がそれだった。「だったら今日からそうしてくれ」と言いたかったくらいだが、言ったところで過ぎた過去を変えることができるはずもないので、言うのはやめる事にした。


 そのころ、WUSUの基地内では、本場から新たに着任した者達が集っていた。しかし、その中で一目注目されていたのが、三人の男たちだった。全員、周囲のアメリカ人とは一線を引く体格を持っている。その三人の中の女性ですら、そんな印象を持たせた。

「ブラジルより、メリア・ナルク中尉、ただいま着任しました」

「同じく、アルナス・ナルク大尉、着任しました」

「同じく、ベイブ・ナルク少尉、着任完了です」

彼ら三人が兄弟関係にあると周囲が悟ったのはその自己紹介の時だった。

 ナルク兄弟は、年長は長女のメリア・ナルク、その次に長男のベイブ・ナルク、末っ子として、次男ベイブ・ナルクと続いている。三人とも、それぞれ体格はいいが、筋肉が全身から膨れ上がるような容姿をしているわけではない。長女のメリアに至っては、腕とウエストが誰からでも分かるほどに細い。他の二人も、身長こそ高く、腕筋もあるが、目立つほどではなく、むしろその辺のアスリートとさほど変わらないくらいだ。


 着任の挨拶の後、三人は揃って誰もいない廃墟となったビルの屋上に来ていた。元々高所に建設されていたために、屋上からは町を一望することができた。

「それにしても、なぁんで俺達がここまで来なきゃいけねーんだよー」

ベイブがそう愚痴をこぼしたが、その言葉に兄姉がまともに反応を返すはずもなかった。

「俺達をここに寄越すということは、WUSUはもうかなり疲弊してきているのかもしれん」

以前、WUSU内外を問わずよく言われていたことがあった。「WUSUの悪あがきの結晶」と。いつも自分たちが戦場に出てくるのは、WUSUが戦況的に見て不利になったときだ。戦場に出て、戦況をひっくり返すこともあれば、結局押し切られるということもあった。そう、自分たちは不完全な切り札。非絶対的な奥の手。

「まぁ、WUSUがこいつを託してくれたことには感謝してるがな」

そう言いながらアルナスは一本の武器を取り出した。全体的な槍のフォルム、その刃の根本に取り付けられた斧。

「桃斧槍の奴が負けて、どこかに消えたっていうから一か月間、総力を挙げてさがしたらしいからね。おまけまでついてきたしねぇ」

WUSUは八月の間、何処かに消えた桃斧槍の場所を探るべく、日本中を駆け巡った。その結果、山奥に埋まっていた桃斧槍を発見し、アルナス・ナルクの下へと送られてきたということだ。メリアとベイブが持っているのは、桃斧槍の構造を真似して作られた疑似物らしい。性能は同等のものだという話なのでそこまで不便することはないだろう。

「無駄なあがきだろうと、託されたからにはやってやるしかないからな」

「五神斬持ってるやつと、日本ここにいる反WUSU勢力をぶっ飛ばしゃいいんだろ?」

「早く見たいものね。日本人が恐怖と不安に震えるところ」


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