14、兄妹
実に振り下ろされた殺陣椿は、彼の体に届くことはなかった。実が何らかのアクションを起こしたわけではなかった。実の目の前には、ぎりぎり視覚で認識することができるほどの透明な防壁が地面から半円状で広がっていた。実の全身を完全に覆ったその防壁に、帝の殺陣椿が弾かれ、帝と実との間に距離が空いた。周囲の防壁が消えると共に、実は火球を帝へと放つ。いや、むしろ逆で、実が火球を飛ばすと同時に、周囲の防壁が消えたと言っていいだろう。帝が火球を殺陣椿で防ぎ、防壁の発生者の一方の可能性を否定すると同時に、一方の可能性を確信した。帝は、実から視線を外し、価帆の方へと視線を向けた。
「その技術力に加えて、純粋種の超能力者・・・・・・全く、いつもいつも驚かせてくれる」
生まれながらにしての超能力者は、純粋種の超能力者と呼ばれる。純粋種は、人工的な超能力者と違い、理論づけることのできない特殊能力を持っている。その代表例の一つが、たった今価帆が発動させた反射防壁だ。実体を持つ物、持たぬ物問わず、触れたものを同一角度、同一圧で跳ね返す、人工的な超能力者でいえば、カナや新紅と言った演算反射系に分類されるものだ。
人工と純粋種の決定的な違いは、所持する能力数にある。人工は、基本的に能力は一つしか持つことができないのに対し、純粋種は科学的理論証明が現代において不可能な超常能力をいくつも持つことができる。
「君は、殺すにはもったいないくらいだな!!」
そこで実は右手を突き出し、その掌から炎を放出する。帝が数歩下がりながらその炎を殺陣椿で受け止める。しかし、実は炎の放出を止めなかった。大気中で激しく燃えている炎を、価帆が念力を送ってその動きを捻じ曲げる。発射部分から拡散方向に広がって、広範囲に攻撃する物だ。それを純粋種の持つ超常能力の一つ、超念力である。超念力によってその動きを強制的に変化させることで、変幻自在な動きを行って動き出す。炎が帝の周囲を取り囲み、各方向から一斉に襲い掛かる。四方八方からの炎に、帝が包まれる。
「さすが兄妹、攻撃に関しての連携も十分過ぎるな!!」
帝が炎の中から飛び出してきて、実へと斬りかかってくる。実は振り下ろされた刃薔薇をかわして価帆の前に立つ。
自分しか守れる者はいない。他の誰にも任せることのできない、自分自身への使命。
実は火球を帝へ向かって飛ばす。その火球の一部を価帆が超念力で操る。多方向から押し寄せてくる火球を前転一つで全てかわすと、一瞬のうちに実まで駆け寄り、殺陣椿の刃先を実に、開かれた刃薔薇の銃口をカナへと向けていた。
大剣型に今の僅かな時間のうちに変形させ、ある程度の距離を取った状態で実をいつでも屠れる体勢。銃口の標準も、価帆の眉間から全くぶれることがない。これが意味するところはつまり、価帆と実両方の動きを封じていることだった。一方が動き出せば、もう一方が犠牲になる。価帆が動けば実の首が刎ねられる。実が動けば、価帆の眉間を銃弾が貫く。
もはや、今の実と価帆には、打つ手がなかった。
亜里去に向けられた殺陣椿の刃先から、青白く光る電流が放たれた。
しかし、亜里去の体に再び雷が突き刺さることはなかった。途中で誰かに目の前を塞がれ、そこで消えた。自分を庇ってくれた者は、どうやら何ともたいようだ。それどころか、雷そのものが消えたようにも感じた。自分の目の前に立っているのが、長い髪から女性であることは分かったが、それ以外を認識することができないまま、力がふっと抜けてしまった亜里去は、そのまま意識を閉ざした。
亜里去の目の前に現れたのは、鈴嵐と殺陣椿の戦闘が開始されたことを知って駆け付けたカナだった。カナは対駕の前に立ってその雷を吸収した。反射はしない。する必要がなかったからだ。カナは今、力ではなく、言葉で解決するつもりだった。なぜなら、目の前のこの男は、カナがよく知る男だからだ。
「やっと見つけた。三年かかったよ」
「俺はもっとかかると思っていたがな」
カナの目の前でそう皮肉を言った対駕は、今の今まで亜里去に――今この瞬間はカナに――向けていた殺陣椿を降ろした。カナは、一度は安心したが、それでも気を抜くようなことはしなかった。亜里去は戦闘の疲れが出たのか、気を失ってしまっていたが、カナにそのことについて考える余裕はなかったし、あったとしても考える気はなかった。
「答えて。なんで殺陣椿を持ったの・・・・・・?」
「俺が二番目に見つけた武器だからだ」
「そういう意味じゃない!! ・・・・・・質問変えるよ。なんで五神斬を持ったの?」
「力が必要だった・・・・・・ただそれだけだ」
嘘だ。おそらく、嘘だ。力が必要なことに偽りはないかもしれないが、そもそも対駕は、体内電流の放出という超能力を元より持っている。力は元々あるのだ。わざわざ更に大きな力を持つ必要はないのだ。
対駕はそれ以上言おうとはしなかったが、カナのきつい眼差しを受け続けて観念したのか、呆れをお供につけながら口から零すように告げた。
「・・・・・・小さいころの命の恩人を守りたいだけだ」
「じゃあなんで亜里去の鈴嵐に固執してるの?」
「あまり長々と話はしたくないな」
「私は全てを知りたいの。だから教えてよ。お兄ちちゃん」
来琥の刃薔薇と新紅の桃斧槍が何度もその刃を交える。交わる度に響く金属音が、中世の戦いを彷彿とさせる。来琥は脇腹の痛みを抑えながら戦っているために、時折鈍りかける意識と感覚をどうにか保ちながら戦っていた。突き出される槍をかわし、振り抜かれる斧を刃薔薇で受け止める。しかし、斧を受け止めるには、どうしても片手では弾かれてしまう。それほどの重量感があるのが桃斧槍だ。
桃斧槍は、重厚なそのフォルム通りに、一振り一振りが重い。しかし、その重さを引き立てているのは、ほかでもないその扱い回しだ。重量感と共に、振った時のスピードは、五神斬の中でこそかなり遅い方ではあるが、一般的に見れば、そのフォルムからは想像もできないほどに速く振ることができる。刃薔薇や鈴嵐は、小回りが利く、連続で攻撃するタイプであり、その攻撃速度も速いのが特徴である。桃斧槍は、回しながら攻撃することによって、遠心力を利用して振り回すことそのものに使う肉体的エネルギーを抑え、叩きつける時のみ力を込めることができる。
「桃斧槍と刃薔薇じゃ、格が違うんだよ!!」
勢いよく叩きつけられた桃斧槍に両手持ちした刃薔薇で対抗するが、それでも足りずに押し切られ、数メートル後ろへと足を滑らせる。開いた距離を利用して刃薔薇を開き、その中に眠っている銃口から銃弾を一発発射する。しかし、こちらが刃薔薇を開くと同時に片足を振り上げた新紅は、放たれた銃弾を足裏で反射する。
「ぐはぁっ・・・・・・!!」
来琥の脇腹に激痛が走る。銃弾が来琥の脇腹、正確には先ほど抉られた傷口を諸に通るコースで直進してきたのである。その痛みに、視界が揺らぐ。脳に回る血が少なくなっているのか、思考回路に渋滞が起こる。一瞬晴れた視界で、新紅が桃斧槍の柄部分が短くされていた。それが意味する動作は一つしかない。
「言ったはずだぜぇ・・・・・・わざわざ殺されに来たなってなぁ!!」
新紅がそう言い放つと共に桃斧槍を投げつける。迫ってくる桃斧槍を避けようと来琥はふらつく足を動かす。それは、正確には避けることを第一として動かしたものではなかった。
来琥は迫る桃斧槍をかわすのと同時に、新紅へと走り出した。新紅へ向かって刃薔薇を振り抜く。しかし、刃薔薇は新紅の体には入っていかず、足裏で受け止められ、そのまま跳ね返される。来琥はそれで体勢を崩すことなく、跳ね返された勢いで逆回転して刃薔薇を振る。やはり足裏で受け止められ、弾き返される。来琥はまだ諦めてはいなかった。再び先ほどの逆回転を行って刃薔薇を叩きつける。案の状、刃薔薇は足裏で跳ね返される。
だが、これを狙っていた。
来琥は、投擲後に契約者の下まで戻ってくる桃斧槍に目を向けた。刃薔薇を銃形態――用途としては、刃薔薇を開いたということになるが――にして桃斧槍へ回転を利用して近づく。そして、刃薔薇と桃斧槍が重なる瞬間、来琥は剣形態へと刃薔薇を変形させた。むろん、その間には桃斧槍がしっかりと挟まれていた。来琥は回転を利用してそのまま遠くへと桃斧槍を放り投げた。
桃斧槍が音を立てて倉庫の端で止まった。
「てんめぇぇ!!!」
新紅が激昂して殴りかかってくる。来琥はこの新紅の浅はかな攻撃を狙っていた。来琥はその殴打を回避すると同時に、脇腹を斬りぬける。皮肉にも、来琥が抉られた部分とほとんど変わらない場所を。
「ぐっ・・・・・・」
新紅のうめき声を背に聞いた来琥は、すぐに振り返って新紅の背中に蹴りを食らわした。新紅がその衝撃に吐血する。来琥は刃薔薇を銃形態に変形させ、銃弾を放つ。銃弾は新紅の右肩に吸い込まれるように貫き、遠くへ飛翔していった。その銃弾による衝撃と痛みを新紅が全身を持って受け止めている間に、来琥は一気に新紅へと詰め寄り、低くした姿勢から体を伸ばし、それと同時に刃薔薇で一直線に薙いだ。
新紅が体勢を崩す。もう体勢を立て直すことができそうにはなかった。理由は一つ、新紅が気絶したからである。
「俺も言ったはずだ・・・・・・俺自身を、棘にするってな」
完全に身動きが取れなくなってしまっていた実と価帆は、二人同時に逃げ出す機会を伺っていた。これは、全てがタイミングの勝負。帝の腕が上げっぱなしで疲労が蓄積するタイミング、左手に持っている刃薔薇の標準がずれるタイミング。二人が同時に作戦行動を開始するそのタイミング。
二人の間で誰にも見ることのできない作戦考案が行われてから数分後、帝が数歩下がり、その両手それぞれの得物を握ったままに力を抜いた。
「ゴー」
そうなるときこそ、実と価帆が狙っていた展開。実は一気に走り出し、価帆は自分と実の周辺に反射防壁を構築する。その防壁の力も相まってか、実は帝へ普通に殴るよりもずっと強い殴打をお見舞いした。帝がその衝撃によろめいた一瞬の隙をついて、実と価帆は全力で走り出した。研究よりも命を優先させるのは当たり前の行為と言っていい。今の時代、研究成果を上げようとするよりならば、人は直感的、本能的に生という長くあり、二度と手に入らないものを求める。
「価帆」
「何?」
価帆に背を向けたまま走り続ける実は、本当にすぐ後ろにつけている価帆へと、優しく言った。普段の堅牢なイメージとかけ離れた。人らしい実の姿が、そこにはあった。
「研究所は、いつか俺が取り返す」
「もちろん、そうしてもらうよ」
価帆が面白そうに笑みを零したのに対し、実もまた、価帆に背を向けたままに笑みを零した。
来琥は、気絶した新紅と十数メートルの距離を置いたところに寝かされている桃斧槍の内部に取り付けられた装置を作動させる。そこに現れたのは、テンキーと四ケタの数字入力を求めるもの。来琥は構わず、次の数字を入力した。
「0015」
その数字は、五神斬という意味での「5」、そして、桃斧槍の製造番号一番を象徴する、「001」を組み合わせたものである。製造番号は、桃斧槍、殺陣椿、桜鎚、鈴嵐、刃薔薇の順番に、数字が割り振られている。
その数字を認証したプログラムが、桃斧槍と、その契約者、磯城革新紅との間に、視覚、触覚化された一本の赤白い糸が現れた。
「これが・・・・・・契約糸」
契約者と五神斬とを繋ぐ、普段は見ることも触れることもできない契約の証。触れることができるこの状態ならば、この糸を断ち切って、契約を強制的に解除することができる。
「刃薔薇を持って、桃斧槍の契約を断絶する!」
そう言って、来琥は契約糸を刃薔薇によって切断した。
契約を強制的に破棄したものに訪れるのは、契約成立後の記憶、もっと言えば、五神斬に関する事柄を全て忘れることになる。それは、精神的な記憶だけでなく、肉体的な記憶もそうだ。つまり、五神斬を手にしてから鍛えた体は五神斬入手前に戻り、五神斬を手にしてから負った傷は五神斬入手前に戻る、というものだ。
もちろん、何かきっかけがあれば、精神的な記憶に限り、復活する。
来琥は、己の務めの第一歩を踏んだ気がしていた。契約者を失った桃斧槍を持って、ゆっくりと歩き出す。桃斧槍と触れた時に契約が成立しないのは、すでに刃薔薇との契約が行われているためだ。他の五神斬と同じ媒体につきたくないという、桃斧槍自身の拒絶だ。
ふらつく足取りは敗者のものであったが、その歩みが止まらないことは、勝者の証明でもあった。