10、優しい嘘
亜里去はこの上なく焦っていた。取り繕っていた嘘が全て見抜かれたのだろうか。
「来たメールはラッコからってことも、WUSUの人じゃないってことも」
「・・・・・・」
亜里去は自分の口が僅かとはいえ開いてしまっていることに気がつかなかった。今すぐにでも逃げ出したかった。彼女との関係はこれっきりにしたかった。もう顔も見たくない。嫌って見たくないと思うのではない。これから会えばきまずくなると思っていたからだ。
「きっと、その嘘もラッコが言ったんだよね・・・・・・」
そこまで分かっているとは。亜里去は完全に負けてしまっていた。
「あ、えっと・・・・・・」
言葉が出てこない。どうにか嘘を吐いたことを隠そうとしている自分がいることを亜里去は自覚していた。しかし、嘘を嘘で塗りつぶすというが、亜里去は嘘を塗りつぶすことすらできなかった。たとえ塗りつぶしていたとしても、奈美は僅かな塗装の違いを見つけてそれを暴くだろう。そんな可能性が頭をよぎったために、亜里去が口にできたのはたった三文字だけだった。
「・・・・・・ごめん」
「でも、ラッコが優しいってことは嘘じゃないんでしょ?」
「え・・・・・・?」
先ほど亜里去が早々に立ち去りたいがためにアドリブで言ったこと。一体そことそこまでに言った嘘とどう違ったのだろう。同じように言ったはずなのに。
「それはとっても嬉しいな」
「・・・・・・!」
もう亜里去は限界を超えていた。
奈美に背を向けて走り出す。玄関まで走り靴を急いで履き始める。こんなときに限って手元が狂う。早くここから出たいのに!
「亜里去ちゃん!」
奈美が玄関で帰ろうとしている亜里去を呼んだ。何も答えようとせず、ついに履けた靴を確認して立ち上がった亜里去に向かって、奈美は言った。その目に涙をためながら。
「優しい嘘を、ありがとう」
しかし、その顔は僅かであっても、笑みを見せていた。
ドアノブに手をかけた亜里去は、うつむきながら奈美へ別れ際の一言を言った。呟くように、でも確かに奈美には聞こえるように。
「あなたは・・・・・・バカよ」
亜里去はそう言いながらドアを開け放ち、走り出した。
来琥と亜里去が出かけた後、実はカナを追及していた。
「お前、二人に隠しているだろう」
「な、何を・・・・・・」
唐突に始められたその話に、もちろんカナがついていけるはずもなかった。実はもともとこういう性格であるがゆえに、言葉を選ぶのが苦手というのもあった。しかし、言葉を選ぶ必要もないと、実は思っていた。
「殺陣椿のことだ」
「あ・・・・・・」
カナがしまったとでも言わんばかりの顔で実を見た後に力が抜けたように下を向いた。
「あの二人を騙せても、俺を騙せると思うなよ」
言葉そのものは強くなっていたが、カナを怯えさせたくなかったがゆえに、口調は柔らかいものだった。それが功を奏したのか、カナは一度動揺させた心を落ち着かせたようだ。
「何で黙っている? 本当はとっくに掴めているだろう。きっと、俺たちが出会ったとき、すでに」
カナが再び驚いた顔で実を見つめた。
「そこまで知ってたの!?」
「やはり、その時も知っていたか」
「!!」
正直に言えば、さっきのはハッタリである。本当に知っているかどうかを確かめるための。来琥や亜里去からの話なら、カナは、殺陣椿に接触している実のことを、殺陣椿の情報を得るために掲げたのである。つまり、元々殺陣椿に関する情報を持っているのに、わざわざ実のことを提示したのだ。第一、実を捉えたところで、殺陣椿に関する情報として吐き出せることは僅かしかなかった。並べれば、五神斬生誕事件のことと、殺陣椿の本名、羅絶対駕ということぐらいだったのだ。
「お前は殺陣椿の何なんだ」
「それは・・・・・・」
そこでカナが黙り込む。それ以降、下を向いたまま何も喋ろうとしなかった。やはり、どういう形であれ、カナと殺陣椿の間には、なんらかの関係があるとみて間違いはないだろう。しかし、カナが何も喋ろうとしない以上、こちらがこれ以上追及しても意味はないだろう。だからこそ実は、これ以上何かを言い出そうとは思わなかった。しかし。
「誰にも言わない・・・・・・?」
実が立ち上がろうとした瞬間に、しばらく口を閉じていたカナがついにその口を開いた。
「ああ、約束する」
自宅に戻った来琥は表に出た実とカナの前で倒れた。
「明日未、お前・・・・・・」
体の各所を打たれた来琥は、ここまで歩いて来れたのが奇跡とすら思っていた。
来琥は相子が使っていたあの鈴嵐のことをずっと考え続けていた。契約者を必要としない五神斬。データ変換後の物理的処理を五神斬そのもので行う構造。それによって、超能力者以外でも扱えるようになった。相子が何の不自由もなく使っていたのがその証明だ。契約者を必要としない、それはつまり、五神斬の方から脳波に干渉することはないということだ。ということは、あの疑似五神斬は暴走することがないということだろうか。
暴走も契約も脳波干渉もない、超能力者以外でも使える、ということは、もし量産化されれば、誰もが自分たちと同等かそれ以上の力を持つことになる。それとも、量産を前提で作られた試作品なのだろうか。
「二人に、報告しておくことがある」
帝は価帆という少女に連れられてとある研究所に来ていた。彼女が個人的に使っている研究所だということだが、それにしては設備がかなり整っている。白を基調としたこの研究所は、彼女一人で専有しているものらしい。
しかし、帝は未だに疑問を持っていた。手先が器用でも、この年齢において五神斬の構築理論を理解することは難しい。五神斬は内部でコンピュータのような役割も果たしている。コンピュータが感知した反動や装填の際に、与えられたその障害をコンピュータそのものに吸収し、それをデータとして表示。演算処理能力によって、それらを情報として所有者の脳波へと送ることで、武器自体を不自由なく使うことができるのだ。
そこにはさらに複雑な演算処理式を必要とする。その処理式を五神斬そのものに行わせるとは、どうにも難しい話なのだ。
「君はこの技術をどうやって手に入れたんだ?」
「お父さんとお母さん、かな」
「二人とも科学者だったのか」
しかし、その仮説に対して価帆は異を唱えた。
「違うよ、科学技術研究者だよ!!」
変なところを強調されたが、帝はあまり気にしなかった。しかし、その次に言い出したことは、決して聞き捨てならないことだった。
「これ、量産してWUSUに売りつけるつもりなの」
「WUSUにか!!」
契約者を必要としない五神斬。桜鎚を所持しているも同義の状態のWUSUが、五神斬を長いこと使っている桜鎚を筆頭に、量産化した五神斬で攻めてきたら、確実に日本の超能力者は全滅するだろう。それはつまり、日本のオリジナルの五神斬たちが負けるということである。
「WUSUの資金力を吸収して、それを糧に新たな研究につきたいから」
「私欲のためなら、敵国にも手引きするか」
「元々五神斬だって、WUSUの力なしには作れなかったしね」
「機密なところまで知っているんだな」
そんな帝の皮肉な言葉にほとんど耳を傾けようとはしなかったが、それでも構わなかった。「そういえば、おじさんは、五神斬の何なの? 機密事項も知ってるようだけど」
彼女は五神斬に深くまで関わっているのだろう。五神斬に一番深く関わるのは、使用者でも提供者でもなく、製作者だ。そして、彼女はこの量産型五神斬の製作者。向こうが向こうで自身の正体を明かしたのだ。自分も同様に明かすのが筋だろう。
「君が量産型の五神斬の製作者とするならば、俺はオリジナルの五神斬の製作者、ということになるだろうな」
当時の開発チーム以外、このことを知る者はいない。五神斬生誕事件にて行われたトレジャーハントも、帝が主催したものである。
「当時の開発チームの中に、高真大路と、高真小夜という人達がいたでしょ?」
「ああ、いたな。五神斬の演算処理電脳の開発主任と副主任だったな」
その言葉を聞いた瞬間、価帆は手元にあった疑似刃薔薇を握ると、帝へと突き出してきた。帝はその突きをふらりと倒れるように体勢を崩す形でかわす。突き出した位置からそのまま横方向に振り抜かれた刃薔薇をしゃがんでかわすと、頭上から振り下ろしてきた。帝はその斬撃をサイドへのステップでかわし、振り広げようとした価帆の腕を、帝は片手で掴んで止めた。
「君は科学者だ。無理に戦う必要ない」
「言ったはずだよ。科学技術研究者って!!」
価帆は刃薔薇を銃形態に変形させて銃弾を放つが、腕の方向を変えたために、帝を標準に捉えることは叶わなかった。
帝は、そのまま価帆を引き寄せると引き寄せた腕を下へ、帝自信の左足を振り上げ、刃薔薇の刃の腹部分を蹴り、価帆の手から刃薔薇を強制的に離す。そこから間髪入れずに刃薔薇の柄を地面で蹴り、価帆がすぐには取り戻せない位置まで滑らせる。帝は価帆の腕を離した。
「なるほどな・・・・・・高真・・・・・・君の両親か」
「あの時から、お父さんもお母さんも帰ってこない! 何処!! 何処にいるの!?」
「彼らは、それぞれ五神斬の設計図を持って、世界中に散らばった。少なくとも、日本にはいない」
その言葉を聞いて、価帆は諦めて口を閉じた。帝は何も言わずに価帆に背を向けた。その帝に気が付かれないように、価帆は今度は桃斧槍を握って帝へと突き出してきたが、帝はその突きを回りながらかわし、大きく振り上げた足を桃斧槍の槍部分に振り下ろし、槍部分を床に突き刺す。
「君は黙って研究を続ければいい。君は科学技術研究者だろう?」
帝は皮肉そうに言いながら、価帆の研究所を去った。
どうにか自宅まで戻ってきた来琥は、ソファに横になりながら、実とカナへと鈴嵐のことを話していた。
「五神斬が誰かに作られてるってこと?」
「誰が作ってるのかは知らないがな」
カナがゴツバネットワークに接続して情報収集を始める。鈴嵐があるということは、おそらく、他の五神斬もあるだろう。鈴嵐だけが完成したとは考えづらいのだ。
「実、どうした?」
「・・・・・・いや、何でもない」
実が何か考え込んでるのを見て、来琥は声をかけたが、何でもないと言われて黙ることしかできなかった。
来琥は感づいていた。実が何かを知っていることを。そして、それを隠しているということを。