1、進化の始まり
二十五世紀。西暦で言うならば、今年は二四十一年。
四〇〇年近く前から進行していた地球温暖化やそれに関係する環境問題は、少しずつではあるが、解決の兆しが見えていた。
一つは、人工のオゾン生成を行い、それを噴霧したことによるものだ。二つ目は、気温上昇による海面上昇に対し、地球外に放出することだった。大量の水を抱えた専用宇宙船は、別惑星の重力に捕まり、成功に終わった。三つ目は、火力発電を全面停止し、二酸化炭素を始めとする有害物質の排出量を低下させたことにあった。
地球全体を主として見たとき、あげられるのはこの環境問題の改善にあるだろう。しかし、人類にもまた、少しずつではあるが、変化が訪れ始めていた。
脳回路改造手術によって、一部の人間は、『超能力』に近い能力を手に入れようとしていた。それと同時に、全ての人間に対して脳内に個人情報を埋め込んだデータチップを埋め込むことが義務付けられた。表面上、このデータチップ埋め込みの義務化は個人情報の一括統一が目的とされているが、実際のところは、『超能力』を扱う者とそうでは無い物の区別をつけるための義務という噂が流れたのは、一度や二度ではなかった。
『超能力』を一部の人間しか会得していない大きな理由としては、『超能力』を使った時の体の負荷に耐えられるだけの肉体と精神力を併せ持った者が極端に現代に少ないということにある。技術進歩と世界全体における『平和ボケ』によって、現代の人間の力は著しく弱まってしまっていた。
「私思うんだよ」
そんな世界での、とある二人の帰り道。セミロングの髪の少女が横から話しかけてくる。
「ラッコみたいに、能力をたくさんの人が持つようになって、互いに牽制しあえば、それは何百年前の繰り返しじゃないかってね」
隣にいる代々木奈美の持論をぶつけられた明日未来琥は、なんの不自由もなく言い返した。
「俺が持つ能力で国同士が牽制しあうなら、是非とも見てみたいね」
来琥のことを『ラッコ』と呼ぶのは奈美だけである。十年以上の付き合いとなる来琥の幼馴染であるだけに、二人の仲を敬遠する者はいなかった。
そもそも、こうした一部の超能力者が力を上げてきた理由の一つは、『完全撤廃された核兵器に代わる新戦力』のためだ。核兵器は二十三世紀には完全撤廃することに成功し、超能力開発が始まったのも、計画そのものは、南北アメリカ大陸を一つとした西端アメリア連合(通称、WUSU)が核兵器を完全撤廃させた二十二世紀末からあったのだ。更に、日本はもとより核兵器を所有していなかったために、WUSUより百年近く、二十二世紀初頭には計画を本筋で進めていた。
各国で超能力開発が行われる中で、日本が他の国に比べてダントツに超能力者の数が多いのは、これによるものである。
「じゃあ、また月曜日ね?」
「おお、またな」
手を振る奈美に、来琥も手をふって応えた。
変化はいつだって突然だ。
世界が変わるのも、一瞬のうちに起こることだ。
奈美から今朝来たメールで、風邪を引いたから休むといった内容のメールを受け取り、一人で登校した月曜日。
各学校(大学、高校、中学、小学の全て)は、最近の治安の悪化を懸念して最低三人以上の警備員を置いている。来琥の通う浜比良高校も、五人の警備員を平休日問わずおいている。
その警備員が一人残らず倒され、浜比良高校の正面玄関には一人の女性が佇んでいた。その目は、新たな挑戦者を待ち望んでいるかのような、例えるなら獣が持つそれだ。
「アンタ、下がってなさい」
来琥は後ろからかけられた声が自分に対してのものであると近くするのに数瞬の時を有した。
振り返ったときにいたのは、ツインテールの少女だった。ライトレッド。オゾンの人工生成によって減少した紫外線のおかげで、黒髪という色素を推奨する必要がなくなった現代。髪の染色が全面的に許されたからといって、ここまで派手な色で染めるのも珍しいな、と思ったのは後のことであるが。来琥の目の前にあるのは、こちらを圧して、力でこの場から立ち去らせようとする目。手には鞭と思わしき得物が握られている。
来琥が再び前を向いたのは、地を揺らしながら接近してきた先ほどの女性の存在を感づいてからだった。
「二度目よ。下がれ」
すでに少女の目は来琥を捉えてはいなかった。一度目は忠告、二回目は警告という意味合いを含んでいるのだろうが、来琥もこの状況をよく把握しきれてはいないのだ。そう簡単に引き返すわけにもいかない。
少女が持っていた鞭を振りぬいた。振られた鞭は、暴風を巻き起こして真空の刃を形成し、女性へと突き進む。しかし、女性の方その刃を放ってくるのが読めたのか、掠らせもせずに回避を行う。
女性が少女へと突っ込み、拳を突き出す。少女はその拳をかわして鞭を振りぬくが、女性はそれをかわすとほぼ同時に少女の頬に拳を突き出す。
「あ・・・・・・おい!」
来琥は声を挙げて少女の安否を確認しようとしたが、それを少女を吹き飛ばした女性が妨げた。
「関係ない者は、早いうちに消えてもらうわ」
女性が拳を振り上げ、それが下ろされる前に、女性は鞭に打たれて地面に叩きつける。
「おい、大丈夫なのか!」
「下がれって言ってんでしょ!!」
「こんなことになって見過ごせるか!!」
来琥は言い返すが、少女もまた、更に言い返す。
「何の力もないくせに!!」
「・・・・・・力なら、ある!!」
「え――?」
来琥は懐に入れておいた縮小カプセルを取り出すと、縮小状態を解除する。膨大な冷気と共にカプセルは膨張し、やがて蓋が開く。
縮小カプセルは、温度によって体積を変化させる物体の仕組みを利用し、超低温によって物体を縮小させ、開封時に外部の常温が取り入れ、本来の大きさへと変えるものだ。
来琥は開いたカプセルの中から一本の剣を取り出した。剣本来のイメージとは違うものであるのは、その外見から分かる。柄と刃の間には、まるで花のがくの部分のようなものがあり、こちらは専門的に優れているものしか分からないが、刃の部分が全て打たれたものではなく、中心部分で仮溶接されたものであることが分かる。
「それ・・・・・・まさか・・・・・・」
少女が驚愕に満ちた顔で来琥を見つめた。来琥自身、この剣を持つのは数年ぶりといっても語弊はない。だが、構造も扱いも、十分に心得ているし、十二分にその性能が発揮させることができる自信もある。
「詳しい説明は後でする。だが、お前も後で説明をもらうぞ」
来琥は横からその剣の存在に心を奪われていた少女に向かって目を合わせずに諭した。少女はその声でようやく我に返ったようで、きつく言い返した。
「あっ、当たり前よ!!」
そう言って少女が鞭を構えなおす。そこで来琥は一つ思い出して少女に問いかけた。
「あの人、殺していいの?」
「やむを得ないなら殺すけど、部外者に殺されれば面倒だから、殺さずいく!!」
そう言うと少女は鞭を振りぬいて真空の刃を突き飛ばす。女性がそれをかわすと拳を来琥へと突き出してくる。来琥は拳をかわしながらすれ違い、腹部へと剣を滑り込ませる。
「ぐあはっ・・・・・・!」
女性がその痛みに耐えきれずにうめき声と共に一瞬体勢を崩す。少女がその隙を見逃さずに鞭を振りぬき、それによって女性が大きく吹き飛ばされる。地面を何度か転がった女性は立ち上がると、来琥達に背を向けて走り出した。
「あいつ、逃げるぞ!」
「深追いしないで! 地雷が仕掛けられている!」
「じ・・・・・・地雷?」
地雷はもはや旧世紀の兵器だ。旧世紀の地雷が廃れたのは、レーダーで感知されやすくなってしまったからだ。二十一世紀中ごろにはセンサー障害を起こして位置がばれないようにする粒子を噴霧させる地雷も開発されたが、むしろその一帯が地雷原であるという報せになったために、大した意味がなかったということもあった。その上、地雷はあらかじめ設置しておくものであり、銃や爆弾のようにその場の判断で攻撃させることができない兵器だ。だから、地雷などという古い兵器が使われるはずはないのだが――。
「現代の地雷は落穴式だ。しかもかなり深い」
落穴式。地面に使い切りのドリルを撃ちこんでおき、その周辺に物体の重みを感知すると、自動的に地面に対して垂直に掘り進み、深い地面の底へとその物体を埋めていくのだ。そしてそれを助けに来た者もまた、別の穴にかかるというわけだ。
「ふーん・・・・・・じゃ、話してもらうかな?」
「はっ?」
少女がとぼけたように目を丸くしてみせた。
「お前のこと」
「えっ・・・・・・なっ・・・・・・!」
先ほどのことを聞こうとしただけなのに、何故目の前の少女は顔を赤くしているのだろう。
「・・・・・・この、セクハラがぁ!!」
「ど、どこぐぁっ!!」
少女は鞭を振りぬいて来琥の頬を打ち付けた。
来琥はゆっくりと立ち上がった。まだ頬は赤く腫れて痛みを伴っている。
「名前くらい教えてくれたっていいじゃねぇか。俺は明日未来琥だ」
「セクハラ野郎に教える名前などない!」
根に持つタイプなのか、先ほどのことを理由に単に頑なに名前を言いたくないのか。
「じゃあいい。手を出すだけでいいから」
そう言って来琥は自身の右掌を少女へと向ける。少女はかなり躊躇ったが、とうとう諦めて左手をその掌の前にかざした。
来琥はその掌の先から少女の脳内の情報網へと侵入し、その中の記憶データチップから少女の名前を引っ張り出した。
「過行・・・・・・亜里去・・・・・・」
「何故名前を・・・・・・」
「お前の記憶のデータチップを漁らせてもらった。安心しろ、名前しか見ていない」
来琥のもつ能力。
「俺は人と歴史の過去を見ることができる」
「過去・・・・・・」
亜里去が、来琥が見ることのできる時間帯の名を呟くと、来琥は何か考え出した亜里去に構わずに続けた。
「けど、この能力じゃ俺は目的を達成できない。俺は、未来を変えたいんだ」
「私は・・・・・・」
来琥の肩を落としたような表情でそう言うと、亜里去がきっと鋭い目で来琥を見て言った。
「未来を見ることができる。そして、過去を払拭したいの」
「過去を・・・・・・」
来琥はこの時、自分とこの亜里去という少女が出会うべくして出会ったのではないかと思った。未来を変えたいと望みながら、過去を見ることしかできない自分。過去を払拭したいと望みながら未来を見ることができる亜里去。この対なる願いと力を持つ自分たちは、互いに力を生かす必要があるのだろうか。
「それよりも、その剣、刃薔薇でしょ?」
「ああ。お前の鈴嵐と同じ、五神斬の一つだ」
五神斬。国際レベル的にはA級の危険度に該当するほどの武器。表向きには公表されていない。理由は簡単だ。五神斬はその危険度ゆえに、その構造や設計図などが実物から容易に創作することができ、量産されれば、撤廃に成功した核兵器に代わる力として全世界が大量生産を始めるからだ。超能力者ではないものたちに、同等ともいえる力を差し出すのと同じこと。世界にも数えるほどしかいない超能力者によって保たれている現代の世界の均衡が、量産兵器によって崩されれば、二十一世紀に起こった第三次世界大戦に引き続いて第四次大戦が起こりかねないのだ。
五神斬の一つ、来琥の持つ暗銃刀・刃薔薇は、剣としての外見を持ちながら、刃の中に銃口を隠し持つという二重結合武器だ。五神斬は基本的にはこうした二つの武器が一つの武器に集約されたものが普通だ。だが、例外が一つだけある。それが、亜里去が持つ烈風鞭・鈴嵐だ。
鈴嵐は、元より鞭としての機能しか備えていない。他の五神斬のように、別の武器が取り付けられているわけではないのだ。その代わり、他の武器では実現不可能であった空調操作機構を取り付けることに成功している。この空調操作機構は、周辺に存在する空調、いわば気流を操作することによって風の力を思うがままに操ることが可能となったのである。つまり、鈴嵐が先ほどのように真空の刃を発生させることができたのもこの空調操作機構によるものであり、その機構の力のほんの一部ということになる。
「五神斬を全てこの世から消し去る。そうすれば、俺が知らされた未来を変えることができる」
「私の目的は一つだけ。殺陣椿の所有者に復讐すること」
「殺陣椿・・・・・・」
殺陣椿。剣と盾の二重結合武器。強固な盾と若干短めの剣が外見の第一印象だが、刃薔薇同様、変形機構を備えたこの武器は、変形することによって盾部分の一切を刀身の方に回し、大剣を作り出すことができる。
「その復讐に、俺も手を貸す」
「人にやってもらったら、復讐じゃないわよ」
「あくまで手を貸すだけだ。その代わり、お前にも俺の目的達成を手伝ってほしい」
「はぁ? なんで私が」
「ギブアンドテイクだ。互いの目的は少なからず被ってるんだ。協力してくれないか」
来琥の真剣な目つきに、亜里去は思わず目を逸らした。亜里去は目を逸らしたまま、本当に来琥以外には聞こえないくらいの声で言った。
「まぁ・・・・・・あんたがそんなに頼むなら、きょ・・・・・・協力してやってもいいわよ」
「じゃ、頼むぞ。亜里去」
この日、誰にも知られることもなく、二人は世界の裏側で戦うことを決意したのであった。
同時に、裏側の世界が誰にも知られることなく動き出したのであった。