ゆきまちのきらきらやさん
その町は、ながい冬のまっただなかでした。
朝も、ひるも、よるも、白い雪がしずかに降りつづけて、
屋根も道も、まっしろな毛布にくるまれています。
町には、ひとりの女の子がすんでいました。
名前はミオといいます。
ミオは、冬があまりすきではありませんでした。
手はかじかむし、外で遊ぶと、すぐに鼻の先が真っ赤になります。
空はいつも雲におおわれていて、心までどんよりしてしまうのです。
「みんなは、どこが きらきら なんだろう」
あるひ、学校からの帰り道。
ミオは、雪の積もった道をとぼとぼと歩きながら、ひとりごとをこぼしました。
友だちは、「冬はきらきらしていてきれいだよ」と笑います。
でも、ミオには、白と灰色ばかりの世界にしか見えませんでした。
そのときです。
「きらきら、いりませんかー」
かすかな声が、雪のむこうから聞こえてきました。
風の音かな、と思いましたが、どうも人の声です。
ミオが顔をあげると、角をまがった先の小さな広場に、
見たことのない屋台が出ていました。
木でつくられた細長い台。
色とりどりの布。
その上には、小さなビンがたくさん並んでいて、
どのビンの中も、なにかがきらきら光っています。
屋台のうしろには、白いマフラーをまいたおばあさんが立っていました。
「……きらきらやさん、ですか?」
ミオが、おそるおそるたずねると、
おばあさんは、にっこり笑いました。
「そうとも。ここは『きらきらやさん』。
いらないくもりを少しあずかって、そのかわりに、きらきらをひとつ、わけてあげるよ」
「くもり……?」
「心の中にたまった、どんよりやモヤモヤさ。
小さじ一杯ぶんだけ、わけてくれたらいい」
おばあさんは、ちいさなスプーンをひらひらさせました。
「でも……わたしの毎日には、きらきらなんて、ないと思う」
ミオは、足もとの雪を見つめながら言いました。
「みんなは『雪がきらきら』『ライトがきらきら』って言うけど……
わたしには、ただまぶしくて、つめたいだけで」
おばあさんは、ミオの顔をじっと見つめました。
目はやさしいけれど、どこか、なんでもお見とおしのような目でした。
「ほう。じゃあ、ミオや。きょう一日を、ちょっと思い出してごらん」
「きょう一日……?」
「いちばん最初に、あさ目をさましたときのことから」
ミオは、言われたとおりに、目をつむってみました。
――朝。
重たいふとんの中で、ミオは、ごろごろ転がっていました。
外は寒いのに、ふとんの中はふかふかで、あったかかったこと。
「……あれは、すこしだけ、きもちよかった」
「それも、ちいさなきらきらだよ」
おばあさんは、台の上の空きビンに、こんこん、と指先で触れました。
すると、ビンのそこに、ちいさなひかりがひとつ、ぽっと灯ります。
「ほかには?」
「学校で、友だちが、おかしを半分わけてくれました。
わたし、お弁当をあわてて机から落としてしまって……
パンに雪がついて、食べられなくなって……」
そのときの自分は、たしかに泣きそうでした。
でも、友だちが心配そうに笑って、
「じゃあ、半分こね」と言ってくれた顔は、
今思えば、あたたかくて、ちょっとだけ、胸がじんとしていました。
「それは、大きめのきらきらだねぇ」
またひとつ、べつのビンの中に、光が生まれます。
「ほかには?」
「……帰り道で、すべって転びました」
ミオは、ひざをさすりながら言いました。
まだすこし、ひりひりします。
「でも、転んだあと、空を見たら……
雲のあいだから、少しだけ青空が見えたんです。
白い雲のすきまから、ふしぎなくらい、きれいな青でした」
その瞬間だけ、冷たい空気も、すこしだけおいしく感じたのでした。
「それも、ちゃんとしたきらきらさ」
おばあさんは、こんどは大きめのビンを手にとって、
そこに青いひかりをひとつ落としました。
「……ミオ。きみの今日のポケットには、もうきらきらが、こんなに入っておるよ」
おばあさんは、並んだビンを指さしました。
白いひかり。
あたたかいひかり。
すこし青いひかり。
どれもこれも、ミオの言葉から生まれたものです。
「でも、わたし、そんなにうれしいと思ってなかった……」
「うれしいって、さわがしく笑うことだけじゃないからねぇ。
あとから思い出して、胸がすこしあたたかくなるなら、それはみんな、きらきらだよ」
おばあさんは、そう言って、
ちいさなガラスのビンを一つ、ミオの前に差し出しました。
「これは、きょうのミオのきらきらを、ひとつにあつめたものさ。
ポケットに入れて持って帰るといい」
「でも……おかね、もってないです」
ミオがあわててポケットをさぐると、
中から出てきたのは、くしゃくしゃになったレシートが一枚だけ。
おばあさんは、それを見て、くすっと笑いました。
「お金はいらないよ。そのかわり……」
「そのかわり?」
「だれかのきらきらを見つけたら、教えてあげておくれ。
『それ、きらきらしてるね』って。
そうすれば、その人のポケットの中にも、ひかりがひとつふえるから」
ミオは、すこしだけ考えてから、うなずきました。
「……わかりました」
家に帰ると、台所から、いいにおいがしました。
お母さんが、あったかいシチューを作っているところでした。
「あ、おかえり。すべって転んだって連絡きたわよ。だいじょうぶ?」
「うん。ひざ、ちょっと痛いけど……大丈夫」
ミオは、くつをぬぎながら、お母さんの顔を見上げました。
湯気のむこうで、お母さんのほっぺたが、すこし赤くなっています。
「お母さん、その……シチュー、いいにおい」
「そう? よかった。ミオの好きなもの、いっぱい入れたからね」
その言葉を聞いたとき、
ミオの胸のあたりで、なにかが、ぽっとあたたかく灯りました。
「あ……」
ミオは、ポケットの中のビンにそっと触れました。
ガラスごしに、小さなひかりが一つ、明るくなるのがわかります。
「お母さん」
「なあに?」
「いつも、ごはん作ってくれて、ありがとう。
それ、すごく……きらきらしてると思う」
お母さんは、一瞬きょとんとしましたが、すぐに笑いました。
「なにそれ、急に。……でも、ありがと」
その笑い声もまた、ミオには、きらきら聞こえました。
その夜、ベッドにもぐりこんでから、
ミオは、ポケットからちいさなビンを取りだしました。
ビンの中には、昼間よりも、ひかりがたくさん増えています。
ふとんの中で、星みたいに、ちいさくまたたいていました。
「今日って、きらきら、いっぱいだったんだ……」
ミオは、小さな声でつぶやきました。
あったかいふとん。
わけてくれたおかし。
雲のすきまの青空。
お母さんのシチュー。
「ありがとう」と言えた自分。
ひとつひとつを思い出すたび、ビンのひかりが、やさしくゆれます。
「わたし、きっと、これからも見つけられる。
自分のきらきらも、だれかのきらきらも」
ミオは、ビンを胸に抱いて、目を閉じました。
まどの外では、まだ雪がしんしんと降りつづけています。
でも、さっきまでどんより見えていた白い世界は、
今は、月の光をうけて、ほんの少しだけ、きらきらして見えました。
ミオのポケットの中には、
これからも、たくさんのきらきらがたまっていくことでしょう。
――おしまい。




